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「古里は心のよりどころ」釜石出身、アルゼンチン在住の造園技師 猪又康夫さん映画撮影で帰郷

映画撮影のため帰郷した猪又康夫さん(左から2人目)、長男圭悟さん(同3人目)、フェルナンド・クラップ監督(左)らスタッフ 

映画撮影のため帰郷した猪又康夫さん(左から2人目)、長男圭悟さん(同3人目)、フェルナンド・クラップ監督(左)らスタッフ 

 
 釜石市出身で、南米アルゼンチンに渡り、日本の造園術を広めた猪又康夫さん(84)が自身の人生を描くドキュメンタリー映画の撮影で10月下旬、6年ぶりに帰郷した。首都ブエノスアイレス市の日本庭園を設計、施工するなど、同国の街並みに唯一無二の空間を生み出してきた猪又さん。日本を離れて半世紀以上になるが、古里釜石は今も心のよりどころ。今回の訪問で、旧友との再会や子どものころから慣れ親しんだ景色に力をもらい、生涯現役に意欲を燃やす。
 
 同映画は、日本人移民の著書を執筆したフェルナンド・クラップ監督が猪又さんの人柄とエネルギーに魅せられ、数年かけて口説き落とし、撮影が実現した作品。猪又さんがアルゼンチンで手掛けた仕事や歩んできた人生を紹介するほか、日系社会や両国の関係性について本人の視点で浮き彫りにする。アルゼンチン映画協会が制作を支援する。
 
 猪又さんと長男圭悟さん(44)はクラップ監督ら制作スタッフ3人と来釜。26日午前は漁船に乗っての釜石湾内周遊、午後には鉄の歴史館見学や市広報のインタビュー取材を受ける様子などを撮影した。
 
職員の案内で鉄の歴史館を見学する猪又康夫さん

職員の案内で鉄の歴史館を見学する猪又康夫さん

 
インタビュー取材を受ける様子をスタッフが撮影

インタビュー取材を受ける様子をスタッフが撮影

 
自身の人生について語る猪又康夫さん(釜石市出身、アルゼンチン在住)。撮影:市広聴広報室

自身の人生について語る猪又康夫さん(釜石市出身、アルゼンチン在住)。撮影:市広聴広報室

 
 猪又さんは1938年生まれ。父と兄は製鉄所勤務で、上中島町に暮らした。釜石高から東京農業大に進み、造園を学んだ。叔父は中国で活躍した造園技師で、その仕事を写真で目にしたのもきっかけだった。大学卒業後は北海道札幌市の造園会社に勤め、技術を磨いた。忙しい日々の中、「行き先が決まった人生は歩みたくない」とゼロからの出発を決断。27歳の時に、アルゼンチンで成功した札幌出身の花き栽培業者の呼び寄せで渡航した。
 
 ブエノスアイレス北部のエスコバル市に住み仕事を受け始めたが、当時、日本庭園の魅力を知るのは戦後、開拓で渡った日本人移民だけ。それでも「造って見せないことには誰も信用しない」と、日本で培ったさまざまな技術を駆使し実績を積んでいった。その実直な仕事ぶりや優れた技術は次第に現地の人たちの注目を集めていく。
 
 69年、エスコバル日本人会の依頼で入植記念の日本庭園を完成させた。78年には在亜日本人会から依頼されたブエノスアイレス日本庭園の大規模改修、拡張工事を完了。パンアメリカン高速道路の拡張工事に伴う大木1080本の移植も実現した。エスコバルで毎年行われる国定花祭りでは、大展示場装飾の総監督を50年余り続けている。公共の仕事のほか私邸の造園も行ってきた。2020年には日本文化の普及、在留邦人、日系人への福祉功労で、日本の叙勲「旭日双光章」を受章。アルゼンチン岩手県人会長も務めた。
 
猪又さんが手掛けた「エスコバル日本庭園」。写真提供:小木曽モニカさん(日本ロケコーディネーター・通訳)

猪又さんが手掛けた「エスコバル日本庭園」。写真提供:小木曽モニカさん(日本ロケコーディネーター・通訳)

 
多くの観光客でにぎわう「ブエノスアイレス日本庭園」。写真提供:清水尚子さん(同)

多くの観光客でにぎわう「ブエノスアイレス日本庭園」。写真提供:清水尚子さん(同)

 
 渡航から56年―。己の造園道を貫き、異国の地で確かな足跡を残してきた猪又さん。「子どもたちには苦労をかけたが、なんとかやってきた。商才がないんですね。ただ、文化としての日本庭園は種をまいた。家族には金は残せなかったが、心の財産は残せたと思っている」。
 
 古里釜石の豊かな自然、美しい景色は造園にも生かされる。「意識はしていないが、幼いころから見たものはやっぱり目に焼き付いているのだろう。自然に絵に浮かんでくる」。自身にとってのもう一つの宝は地元の友人ら。今回のロケでも船や車の手配など全面的な協力をもらった。「遠く離れていても気持ちはつながっている。ありがたい」。
 
猪又さんの友人(左)が漁船を出し、海上での撮影も。写真提供:清水さん

猪又さんの友人(左)が漁船を出し、海上での撮影も。写真提供:清水さん

 
震災後の釜石の海景色を目に焼き付ける猪又さん(左)。写真提供:清水さん

震災後の釜石の海景色を目に焼き付ける猪又さん(左)。写真提供:清水さん

 
 造園は自らの人生そのもの。「体は使えなくなってきたが、仕事がくる間は監督、設計は続けていく。これしかできないから。死ぬまで変わらないと思う―」。仕事への情熱は尽きることがない。
 
 猪又さんを追った映画のアルゼンチンでの公開は来年後半を予定する。「日本、釜石でもぜひ公開したい」と撮影陣。現在、制作のためのクラウドファンディングも展開している。

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挑戦!色の“ない”世界を“ある”に 生活体験発表大会で知事賞 釜石高定時制・大里菜々美さん 全国大会へ

全国大会に向け練習する大里菜々美さん(写真左)。原稿には学校生活で得た学びや気付き、思いをつづる(写真右)

全国大会に向け練習する大里菜々美さん(写真左)。原稿には学校生活で得た学びや気付き、思いをつづる(写真右)

 
 岩手県内の定時制、通信制高校に通う生徒たちの「生活体験発表大会」で、「色」と題して語った釜石高定時制2年の大里菜々美さんが最優秀の知事賞に輝いた。不登校だった小中学校時代の6年間は「色のない世界」。高校生となった今は、新しい仲間との出会いや三つの「挑戦」を課すことで前向きに生きている。「人生を彩るのは『挑戦』。どんな色を塗っていこう。想像するだけで胸が高鳴る」。本県代表として全国大会に臨む大里さんは、かつての自分と同じような境遇の人たちにそう語りかけるつもりだ。
 
 県大会は今年で72回目。9月に盛岡市で開かれ、定時制や通信制のある高校9校から12人が出場した。7分の持ち時間で、自身の体験や思いを語って最高賞を手にした大里さん。釜石高の前身、釜石南高時代を含め初めての受賞で、関係者らは喜びを口にする。
 
県大会の賞状を手にする大里さん。トロフィーのペナントリボンに初めて「釜石高定時制」の名が残る

県大会の賞状を手にする大里さん。トロフィーのペナントリボンに初めて「釜石高定時制」の名が残る

 
 大里さんは全国大会に向け、日々練習中。国語科担当の伊藤裕美教諭が付き添い、間の取り方などを助言する。「(大里さんは)本番に強い。淡々としているが、強い意志を感じる語り。滑舌がいい」と評価。原稿を暗記して読み上げるのではなく、「自然に話しているように言葉が出てくるようになれば」と見守る。
 
担当教諭に助言をもらいながら練習を重ねる大里さん

担当教諭に助言をもらいながら練習を重ねる大里さん

 
 「困難なことに立ち向かうことは、面倒なことでしかなかった。だから挑戦から逃げてきた」。小学4年生から休みがちになったという大里さん。陸上記録会の選手候補になったり、校内の広報委員長に推されたり、挑戦しなければならない局面になると、逃げるように休んだ。そして「本格的に不登校になった」。中学校にはほとんど行かなかった。
  
 時間や曜日の感覚が曖昧な昼夜逆転の生活。逃げ続け、たどり着いたのは「色彩のない世界だった」。真っ暗な夜中に目を覚ましては、孤独感に涙した。そんな白黒の世界の中で、自問自答する日々。「このままでいいはずがない」。焦りを感じるようになった中学3年、高校受験が近づいた。「生活を変えたい。彩りのあるものにするためには挑戦する勇気を持たなくては」。環境を変えようと、地元遠野市の隣町釜石市にある釜石高定時制を受験。自宅から列車などで約50分かけて通う日々が始まった。
 
 「やってみる」という一つの挑戦だった高校生活も2年目に突入。これまでに▽生徒会の役員になる▽接客が必要なコンビニでアルバイトをする▽学校を休まない―という三つのことに挑戦した。1年生で生徒会の会計係になり、今年の後期には自ら手を挙げて生徒会長になった。「リーダーに向いているとは思わないが、集団の先頭に立つ経験をし、成長したい」。アルバイトは1カ月だけだったが、無遅刻無欠勤でやり遂げた。「やればできる」と分かった。そして1年間休まず学校に通い、最大の目標、皆勤賞を手にした。「強くなれた。変われた」と実感。皆勤は今も続けている。
  
 なぜ、かつて学校から逃げたんだろう?―「失敗するのが怖かったんだ」と振り返る。挑戦できるようになった今思うことは…「大切なのは成功することではない。経験が財産になる。人生を彩るのは、挑戦そのものだ」
 
大里さんは思いを込めた言葉を紡ごうと練習に励んでいる

大里さんは思いを込めた言葉を紡ごうと練習に励んでいる

 
 「全国か…」。知事賞を受けた気持ちを聞いた時に大里さんがこぼした一言。喜びより逃げ腰かと一瞬感じられたが、「ガチガチに緊張するタイプ。周りに圧倒されないようにしたい」と自己分析していたからだった。これまでの生活を振り返りながら原稿を考える過程で、前向きな気持ちになったと言い、「『失敗してもいいや』。そう思うと、怖いものなしで生きられちゃう」。本番での強さにつながる「心の強さ」が伝わってきた。
 
友達との交流を楽しむ大里さん(左)。彩り豊かな学校生活を実感する

友達との交流を楽しむ大里さん(左)。彩り豊かな学校生活を実感する

 
「大会では一人芝居のように発表する人が多いが、自分にはハードルが高い。ただ言葉を紡いで発する感じだけど、私らしく思いを伝えたい」
 
 また一つ挑戦を重ねる大里さん。人生というキャンバスに新たな色を加える全国大会は11月20日、六本木ヒルズ・ハリウッドプラザ(東京)で開かれる。
 
 

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残そう!ふるさと釜石の味 かまだんご作りに親子で挑戦 「食の匠」の料理伝承会

食の匠(右)から教わりながら、かまだんご作りに取り組む参加者

食の匠(右)から教わりながら、かまだんご作りに取り組む参加者

  
 釜石・大槌地域郷土料理伝承会(同地域農業振興協議会など主催)は10月29日、釜石市大町の青葉ビルで開かれた。地域に伝わる郷土料理の継承と次代の伝承者育成を狙いに企画。同地域の親子ら14人が参加し、釜石地方の郷土菓子として知られる「かまだんご」作りに挑戦した。
  
かまだんごは、釜石地方の農家などに古くから伝わる定番のおやつ。草を刈る鎌の形に似ていることから名付けられたといわれる。それぞれの家庭によって形や中身のあんは少しずつ異なるが、いずれも米粉や小麦粉でつくられたモッチリとした生地の皮の中にトロリとした砂糖が入っている。
  
 講師は、釜石・大槌郷土料理研究会(前川良子会長、11人)会員で、本県の「食の匠」に認定されている橋野町の藤原政子さん(68)。若いころはポテトチップスが好きだったという藤原さんに、かまだんごを通じてゆで上げた小麦の甘い香りや手作り料理の良さ、身近な食材の魅力を伝えたしゅうとめの調理法を独自に改良したレシピを紹介した。材料の薄力粉、米粉などは岩手県産を使用。あんで使うクルミは橋野産で、参加者に地元食材のおいしさを味わってもらうよう準備した。
  
生地作りからスタート。親子で悪戦苦闘する姿も

生地作りからスタート。親子で悪戦苦闘する姿も

  
 参加者は皮作りから開始。材料を混ぜて、耳たぶほどの硬さになるまでこねていった。80グラムほどに分けて丸くのばした皮であんをしっかり包み、鍋でゆで上げた。藤原さんは「生地づくりには熱湯を使う。柔らかさが持続する」「生地はこねすぎない」「たっぷりの熱湯で浮き上がるまでゆでる」など作業ごとにポイントを教えた。
 
子どもたちの作業を優しいまなざしで見つめる藤原さん(右) 

子どもたちの作業を優しいまなざしで見つめる藤原さん(右)

  
「こぼれないようしっかり」。皮であんを包む作業に集中する参加者

「こぼれないようしっかり」。皮であんを包む作業に集中する参加者

  
上手にゆでるコツはかきまぜること(写真左)。浮き上がったらすくい取る(写真右)

上手にゆでるコツはかきまぜること(写真左)。浮き上がったらすくい取る(写真右)

   
 「おいしいかまだんごを作ってみたい」と参加した宮本聖良(せいら)さん(釜石中1年)は「生地を練る作業が思っていたより大変。力をつけて、休みの日に再挑戦したい」と意欲的。コロナ禍で試食はなく持ち帰りとなったが、「みんなで手作りしたから、おいしいはず」と楽しみを残した。祖母の愛子さん(68)も「いろんなポイントを教えてもらい参考になった。食の匠の知恵はさすがだ」と感心。子どもや若い世代が郷土料理や地元食材の良さに触れるきっかけになる伝承会を歓迎した。
  
「手作り料理に心動かされた経験を若い世代に伝えたい」と藤原さん

「手作り料理に心動かされた経験を若い世代に伝えたい」と藤原さん

  
 同地域の漁業、農業に携わる女性らでつくる研究会は20年近く前から地産地消、郷土料理の伝承活動に取り組んでいる。藤原さんは、しゅうとめから教えられた手作り料理のあたたかさを次代につなごうと意欲的に活動。「地元でとれた食材を利用し、家庭で食べ継がれてきた味は地域の財産。素朴だが、知恵と工夫があり、安心して食べられる。つながれてきた思いを伝えたい。伝承会をきっかけに、家庭で気軽に作って味をつないでほしい」と願った。
 
 

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釜石商工生が商品開発「鹿肉カツバーガー」 3年ぶりに公開「商工祭」で販売

課題研究で開発に取り組んだ「レモンタルタル鹿肉カツバーガー」

課題研究で開発に取り組んだ「レモンタルタル鹿肉カツバーガー」

 
 釜石市大平町の県立釜石商工高(伊東道夫校長、生徒198人)で10月22日に開かれた「商工祭」は、生徒の同居家族に限定して公開された。商業、工業高の統合から14年目の学校祭。工業系、商業系の特徴を生かして成果を発表する中、来校者の人気を集めたのは、総合情報科の3年生7人が地域企業と商品開発・販売した「鹿肉カツバーガー」。1個600円で100個を限定販売すると、約2時間半で完売した。
  
「おいしいよ」。調理、売り込みなど役割分担しながら販売体験する生徒

「おいしいよ」。調理、売り込みなど役割分担しながら販売体験する生徒

  
 カツバーガーは課題研究の一環で開発。7人は、▽市内でシカが多く目撃され、農林業被害だけでなく一般住家の庭木などの食害もある▽わなの設置などで捕獲する対策の実施―などを学び、「駆除したシカをうまく利用できないか」と考え、約半年間取り組んできた。
 
 開発には、農業被害が課題となっている二ホンジカの活用に官民連携で取り組む「大槌ジビエソーシャルプロジェクト」が協力した。カツに使ったのは、調理しやすいモモ肉。ソースはさっぱり系の「レモンタルタル」と、こってり系の「味噌(みそ)カツ」の2種類を用意した。シカ肉が初めてという人も食べやすいよう試行錯誤した。
 
 同日限りの販売だったが、2つの味を楽しもうと複数個買う保護者もいた。開発グループのリーダー中根愛子(あこ)さんは「かみ切りやすい肉の厚さ、肉に合うソースの味を調整するのが大変だったが、納得いく出来。タルタルソースは自分たちで手作りし、レモン風味でさっぱりしている」と自信たっぷり。「地域課題に向き合えた」と手応えを感じていて、カツバーガーをきっかけに「シカ肉を使った料理や革製品づくりが市内でも広がってほしい」と願った。
 
生徒7人が学びや願いを込めて「鹿肉バーガー」を販売した

生徒7人が学びや願いを込めて「鹿肉バーガー」を販売した

 
 学校祭のテーマは「We make everybody smile~伝統を越えろ商工生」。新型コロナウイルス感染症の影響が続く中、制限付きながらも3年ぶりに一般公開できる喜びを込めた。電気電子科は電子回路の実演やエネルギー模型の展示、機械科は旋盤や溶接作業の実演などを行った。総合情報科は伝統の「商工マーケット」を開き、全国から仕入れた菓子や飲料などを販売。ステージ発表もあり、商工虎舞や吹奏楽が登場した。
 
旋盤の実演を見守る来校者。工業系学科はものづくり実習の様子を公開した

旋盤の実演を見守る来校者。工業系学科はものづくり実習の様子を公開した

 
総合情報科(商業系)の「商工マーケット」は全国のおいしいものを販売した

総合情報科(商業系)の「商工マーケット」は全国のおいしいものを販売した

 
文化祭を盛り上げるステージ発表。若々しい虎舞の演舞を披露した

文化祭を盛り上げるステージ発表。若々しい虎舞の演舞を披露した

 
 同校入学時からコロナ禍で過ごした3年生は、修学旅行など多くの行事が中止されてきた。そんな中で保護者らを招いた商工祭の開催に、機械科の前川覇龍(はる)君は「自分の頑張りを親に伝えられたことがとてもうれしかった」と喜ぶ。来春からは県内企業で働くことが決まっていて、「実習の中でやってきたものを生かせるよう努力する」と前を向く。勉強のほか、虎舞にも取り組んできた前川君の様子を見守る両親は「最後の文化祭、よく頑張った。ここでやりたいことを見つけることができたのが一番の成果。希望した仕事も見つけたんだから、熱意を持って取り組んでほしい」と目を細めた。

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防災意識の地域格差を埋めたい! 釜石高生有志「クロスロード」作成 災害時に迫られる選択を追体験

「釜石版クロスロード」を作成した釜石高生

「釜石版クロスロード」を作成した釜石高生

  
 災害時にどのような行動を取るべきかをいくつかの選択肢から選ぶ防災ゲーム「クロスロード」。釜石高の生徒有志で結成する防災・震災伝承グループ「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」のメンバー4人がこのほど、釜石版を作成した。「イオンタウン釜石で買い物中に大地震が起こったら、あなたならイオン内で垂直避難する?より高台の避難場所の薬師公園に逃げる?」。東日本大震災時に釜石市民が置かれた状況や実際の避難行動、実在する場所を盛り込んで選択を迫る。18日、三陸探究実習で釜石市を訪れた盛岡三高1年生40人に体験してもらった。
  
 体験会は鵜住居町の鵜住居公民館で開催。盛岡三高生は5、6人のグループに分かれ、釜石高生の進行に従ってクロスロードに挑んだ。用意された問いは、「避難しないと言い張る祖父母を置いて逃げるか、説得するか、一緒に逃げるか」「車いすの人を自分一人で助けに行ったが、15分たってしまった。諦めて逃げるか、ほかの案を考えるか」「ペットを連れて避難所に入るか」など六つ。「Yes(はい)」「No(いいえ)」の2択、あるいは想定される行動などの3択から「自分ならどうするか」を考えた。
  
クロスロードに挑戦する盛岡三高の生徒。いざという時の判断を考えた

クロスロードに挑戦する盛岡三高の生徒。いざという時の判断を考えた

  
 「海で遊んでいると大地震が発生。『これほど大きな揺れでは避難先の宝来館も危険』と言われ、宝来館の裏山まで逃げた。このことを知らない多くの人が宝来館に集まっている。波が見えるほど迫っていることを知らせに行くか」との問題は、「Yes」「No」で判断。「たくさんの命を助けられる」「走れば間に合う」という理由で「Yes」を選ぶ生徒もいれば、「叫べばいい。戻ってはいけない」と「No」を強調する声もあった。どの問題にも正解はなく、ほかの人の意見を聞きながら多様な視点を共有した。
  
選んだ答えとその理由を発表する盛岡三高生

選んだ答えとその理由を発表する盛岡三高生

  
 命を左右する選択が続き、盛岡三高の奥玉悠花さんは「判断が難しい。もっとたくさんの選択肢があると感じたが、沿岸で暮らしたことがなく、その時にならないと分からないことが多い。沿岸で暮らす人の声をもっと聞いてみたら、よりよい選択ができ、考えが深まる。自分の地域の災害に当てはめて考えてみるのもいい」とうなずいた。
  
ほかのグループの活動を見て回り、多様な考えに触れた

ほかのグループの活動を見て回り、多様な考えに触れた

  
 釜石版は、出身中学校によって防災意識の差があることに着目し、その差を埋めようと作成された。発案者は、震災時に津波から避難した経験のある中居林優心(こころ)さん(2年)。1年生の探究活動で、津波に関する防災意識や避難訓練参加の有無などを同級生らから聞き取ったところ、市内の内陸部と沿岸部の学校では格差があることを発見した。同じまちに暮らす全員が同じレベルの防災意識を持ってほしい―。津波からの避難を経験した小笠原桜さんや佐々木太一君、大瀧沙來(さら)さん(ともに2年)とチームを組んで、実在する場所での実体験を交えた設問を考えた。
 
「防災意識が頭の中に長く残るように」。発案者の中居林さん(画面左上)は期待する 

「防災意識が頭の中に長く残るように」。発案者の中居林さん(画面左上)は期待する

  
 盛岡三高生が真剣に取り組む姿に、「想像以上にちゃんと考え、話し合ってくれた。自分の選択とは異なる人の意見を聞くことができて新鮮だった」と4人。「その人」の考えに共感も反対もできる時間、互いの意見が見える機会に手応えを感じ、「市内の小中学校でも活用できたら」と思いを巡らせる。中居林さんは「防災の意識が少しでも長く頭の中に残っていれば。自分の命を守るのは自分しかいない」と言葉に力を込めた。

 

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楽しく撮影、楽しく展示―フォトライフ写真展 “日常”を独自の視点で捉えた60点

四季折々の自然などを独自の視点で切り取った作品が並ぶ=20日・TETTO

四季折々の自然などを独自の視点で切り取った作品が並ぶ=20日・TETTO

 
 「楽しく撮影、楽しく展示」を合言葉に、写真が好きな人なら誰でも自由に出品できる「フォトライフ写真展」(同実行委員会主催)が23日まで、釜石市大町の市民ホールTETTOギャラリーで開かれている。新型コロナウイルス感染症の影響で3年ぶりの開催。同実行委の多田國雄代表(79)は「家族や風景、旅行の記録など、さまざまな作品が並ぶ。社会活動が動き始めたように、やる気になった撮影者たちの視点から日常を感じ、楽しんでほしい」と来場を呼びかける。
 
 作品は6ツ切サイズに統一しているが、展示は気軽な自由参加が基本。市内外の写真愛好者ら15人がこれまでカメラに収めた中からお気に入りの作品2~8点、計56点を出品した。海や山など四季折々の風景、「SL銀河」の雄姿、郷土芸能、旅の思い出、身近にある動植物、家族のスナップ写真…。撮影者が出合い、心動かされた「日常」が並ぶ。
 
何気ない日常の風景を写す作品にじっくり見入る来場者=20日・TETTO

何気ない日常の風景を写す作品にじっくり見入る来場者=20日・TETTO

 
 日常に親しみを―。この写真展は独自に撮影を楽しんでいる写真愛好者らが年に一回、見てもらいたい写真を持ち寄り、展示を通じ交流を深める場となっている。地元の写真家、故浅野幸悦さんが中心になって1997年からスタート。浅野さんの亡き後、遺志を継いだ多田代表らが回を重ねてきた。コロナ禍で2020、21年は自粛。24回目となる今回は会場を変えて気分一新。「ため込んだエネルギーを注ぎ込んだ一枚」を並べる。
 
撮影者のお気に入りの一枚を使った写真展の案内状

撮影者のお気に入りの一枚を使った写真展の案内状

 
 展示会を前に15日、出品者が小川町の市働く婦人の家に集まり、作品のタイトルづくりなどを行った。写真歴が50年を超える小佐野町の市村利幸さん(68)は「光が作り出す景色」を好んで撮影しているといい、今回は釜石大観音と朝日をテーマにした作品など6点を出品。「いい写真はなかなか撮れない。だから続く。満足したら終わり。下手だから、いいんじゃないか」と謙虚さをのぞかせる。
 
展示会に向けた準備に取り組む写真愛好者ら=15日・市働く婦人の家

展示会に向けた準備に取り組む写真愛好者ら=15日・市働く婦人の家

 
 長く続くコツは「批評しないこと」と出品者ら。「好き勝手楽しんでいる人たちが見てもらいたいものを展示。テーマを決めているわけではなく、あれこれ考えず活動できる。束縛がない」と、展示会を通して顔を合わせる機会を楽しんでいる。
 
日常に親しみ、撮影を楽しんでいる出品者たち=15日・市働く婦人の家

日常に親しみ、撮影を楽しんでいる出品者たち=15日・市働く婦人の家

 
展示会場でもカメラを手に「日常」を写す多田代表(左)=20日・TETTO

展示会場でもカメラを手に「日常」を写す多田代表(左)=20日・TETTO

 
 展示する作品は芸術的、商業用写真もあるが、趣味として撮影したもの、家族の記念写真などもある。写真展を開催することで、展示に参加する人が増えることを期待。多田代表は「日常で出合った光景を写すだけ。型にはまらず自由に楽しんでいる様子、年々変化する撮影者の視点から、それぞれの日常を感じてもらえたら」と話す。
 
 写真展は入場無料。開催時間は午前9時~午後6時まで(最終日は午後4時)。
 

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地元漁師、大学職員からサケの定置網漁学ぶ かまいしこども園児 海や魚に興味津々

海や魚について講師に質問する園児=かまいしこども園サケ学習

海や魚について講師に質問する園児=かまいしこども園サケ学習

 
 釜石市天神町のかまいしこども園(藤原けいと園長、園児77人)の年長児11人は11日、地元漁師や大学職員からサケの定置網漁について学んだ。海洋教育パイオニアスクールプログラム(笹川平和財団海洋政策研究所など主催)の助成で取り組むサケ学習の一環。映像を見ながら、サケの特徴や定置網での漁獲方法などを教わった。12月には雌サケの解体も予定する。
 
 7月に平田の県水産技術センターを見学し、本県でとれる魚などを学んだ園児たち。2回目となるこの日の学習は同園で行われた。講師を務めたのは釜石東部漁協所属の漁師佐々木崇真さん(37)と、魚食普及や漁業体験、海洋教育のコーディネートを行う「すなどり舎」代表で、岩手大三陸水産研究センター特任専門職員の齋藤孝信さん(61)。地元で行われる定置網漁の映像を見せながら解説した。
 
実物と同じ重さのサケのぬいぐるみを抱え、その大きさを実感

実物と同じ重さのサケのぬいぐるみを抱え、その大きさを実感

 
定置網でサケを漁獲する様子などを映像で見せた

定置網でサケを漁獲する様子などを映像で見せた

 
初めて見るサケ漁に目がくぎ付け。驚きの表情も

初めて見るサケ漁に目がくぎ付け。驚きの表情も

 
 佐々木さんは「サケの雄と雌は鼻の形で見分けることができ、卵を持つ雌は腹が膨れている」と説明。図を使って定置網漁の仕組みを教えた。定置網では魚が前にしか進めない特性を利用して囲われた網に誘導。周回するうちに魚が入る「落とし網」と呼ばれる場所に2船をつけ、片方の船が近づきながら網を絞り漁獲する。周回中に魚の約6割は網の外に逃げるため、「とりすぎない自然にやさしい漁法」と齋藤さん。
 
漁師の佐々木崇真さん(右下写真)が定置網の構造や魚の動きについて解説

漁師の佐々木崇真さん(右下写真)が定置網の構造や魚の動きについて解説

 
 三陸沿岸の近年のサケ水揚げ量は激減している。佐々木さんは「昔はこの時期になれば1万本ぐらいとれていたが、今は1カ月に3、4本ということも。水温が高くなってしまったことが要因」と海洋環境の変化も示した。この日は、同園の教諭らが撮影した釜石市魚市場の水揚げや競りの様子も上映。園児たちは市場の仕事についても学んだ。
 
 最後は園児からの質問コーナー。「魚はどうやって眠るの?」「サケが戻ってくる川にごみを捨てたらどうなるの?」「深い海にも魚はいるの?」―などなど、好奇心旺盛な疑問が飛び出した。中には、世界的な問題となっている海洋プラスチックごみについて質問する子も。齋藤さんは海ごみの流出原因などを説明し、「2050年には海の中の魚よりもプラスチックごみが多くなるという計算もある。そうなると魚も食べられなくなる。みんなも海にごみを流さないような努力をしてほしい」と話した。
 
「なぜ」「どうして」。子どもたちは知りたいことがいっぱい!

「なぜ」「どうして」。子どもたちは知りたいことがいっぱい!

 
園児の質問に丁寧に答える齋藤孝信さん。海洋環境への関心向上を願う

園児の質問に丁寧に答える齋藤孝信さん。海洋環境への関心向上を願う

 
 佐藤和君(5)は「お話聞くの、楽しかった。サケはお家でも食べる。塩焼きが好き。シャチのお勉強もしてみたい」と海の魚に興味津々。生のサケを見る次回の学習を心待ちにした。
 
 海洋教育パイオニアスクールプログラムは笹川平和財団、日本財団、東京大海洋教育センターが共同で実施。海の学びに取り組もうとする学校などに費用を助成する。幼児教育施設で取り組むのは全国で同園だけ。昨年度に続き2年目の採択を受け、「サケの学習を通して育む郷土愛と釜石のDNAの継承」と題して学習を進める。市内では本年度、同プログラムで釜石小がワカメの学習、釜石高が深海魚の学習に取り組んでいる。

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大正琴で懐かしのメロディー 琴城流・白百合会(釜石) 成果発表「若くあるため挑戦」

稽古の成果を披露する白百合会の「大正琴のつどい」

稽古の成果を披露する白百合会の「大正琴のつどい」

 
 釜石市の琴城流大正琴・白百合会(鈴木琴節永代表)は8日、大町の市民ホールTETTOで「大正琴のつどい」(市民芸術文化祭参加)を開き、日ごろの稽古の成果を発表した。女形舞踊を披露する尚玉泉さん、同会に練習場所を開放する日本キリスト教団新生釜石教会の牧師柳谷雄介さんが賛助出演。演奏に乗せて踊って歌うにぎやかな舞台を約100人の観客が楽しんだ。
 
観客は大正琴の演奏に合わせ踊りや歌も楽しんだ

観客は大正琴の演奏に合わせ踊りや歌も楽しんだ

 
 鈴木代表と会員5人が出演し、「北上夜曲」「南部蝉しぐれ」「上を向いて歩こう」など昭和から平成の歌謡曲など15曲を演奏した。柳谷さんや会員の北條市さんが演奏に乗せて歌う場面では、マスク越しながら観客も歌詞を口ずさみ歌声を重ねた。「津軽の花」「雪椿」「女のしぐれ」では尚さんのあでやかな舞を堪能。「釜石小唄」では手踊りや手拍子で演奏を盛り上げる人の姿も見られた。
  
会員は稽古の成果を発揮し息の合った演奏を披露した

会員は稽古の成果を発揮し息の合った演奏を披露した

  
はつらつとした歌声を響かせた柳谷さん(右)

はつらつとした歌声を響かせた柳谷さん(右)

 
尚さんはあでやかな舞で観客を魅了した

尚さんはあでやかな舞で観客を魅了した

  
 大渡町の佐々木かつのさん(80)は東日本大震災後の避難生活で親交を深めた友人2人と鑑賞。懐かしさがにじむような大正琴の音色、朗らかな歌声、華麗な踊りを一度に楽しんで満足な様子で、「耳と目の保養になった」と目を細めた。
  
 同会の活動は35年続く。現在の会員は70~90代の8人。月2回、同教会で稽古に励む。市内の復興住宅や各地区の生活応援センターなどで開く演奏会は新型コロナウイルスの感染状況に配慮しながら継続。つどいも欠かさず開催し、回を重ねてきた。
  
 大正琴を始めて22年目の小笠原みき子さん(72)=栗林町=は「お客さんとの距離が近くて緊張したが、手拍子などの反応があってだんだん気分が乗って楽しく演奏できた。老化で覚えは悪くなっているが、仲間がいるから続けられる。演奏会を見て興味を持ってもらえたら、うれしい。知っているような曲ばかりなので、一人でも多くの人に触れてもらえたら」と期待した。
 
演奏会を終え、充実感あふれる笑顔を見せる会員ら

演奏会を終え、充実感あふれる笑顔を見せる会員ら

  
 つどいでは会員5人に琴城流大正琴振興会本部表彰の伝達も行われた。80歳以上の永年表彰は北條さん、増田ツル子さん、川畑節さんが受賞。大正琴の普及に貢献した功労者として小笠原さん、阿部孝子さんに賞状が贈られた。
  
 鈴木代表は「35年、いろんな人に出会い、助けられた。それが何より。『若くあるためには挑戦すること』がいいと聞く。新しい曲に挑みながら、活動を続けたい。趣味や活動の場が広がるような演奏会も開いていきたい」と前を向いた。
 

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浴衣姿で茶道の稽古 釜石・表千家こども教室 秋色の月見茶会、おもてなし学ぶ

浴衣姿でお茶をいただく表千家茶道教室の子どもたち

浴衣姿でお茶をいただく表千家茶道教室の子どもたち

 
 釜石市伝統文化表千家茶道こども教室が8日、只越町集会所で行われ、受講生らが浴衣姿で参加した。十五夜の「後の月」とも呼ばれる十三夜にちなみ月見茶会を企画し、和装に親しんでもらおうとの趣向。子どもたちは、おしとやかな立ち居振る舞いを心掛けながら稽古に励んだ。
  
 同教室は表千家成和会(互野宗哲会長)を母体に実行委員会を組織し開催(文化庁の伝統文化親子教室助成事業)。19回目の今年は7月に開講。小中学生10人が、礼儀作法からお点前まで茶道の知識や技を学ぶ。新型コロナウイルス感染症の影響で8月と9月の稽古は休み、この日が2回目の勉強会となった。
 
今年2回目の稽古に臨む浴衣姿の受講生ら

今年2回目の稽古に臨む浴衣姿の受講生ら

 
 集会所には「旦坐喫茶」と書かれた掛け軸、ススキやツキミソウ、シュウメイギクなど季節の花を生けた席が用意された。講師陣を客として迎え、受講9年目の川﨑拓真君(釜石東中3年)が「立礼点前」を披露。千田愛結(あゆみ)さん(双葉小4年)、千葉結花さん(平田小5年)らはお運びでもてなしに協力した後、客側も体験した。
 
月見茶会では長年稽古に励んできた中学生がお点前を披露した

月見茶会では長年稽古に励んできた中学生がお点前を披露した

 
 継続年数や習熟度に合わせグループ分けした稽古では、ふくささばき、お茶やお菓子のいただき方、お運びなどの所作をおさらい。ほぼ完璧なお点前を披露した川﨑君は、もてなしのために準備した茶器や茶わん、茶しゃくなどの道具を「拝見」に出す所作を確認したいと講師に申し出て、向上心を見せた。
 
 受講3年目の白野真心(まみ)さん(釜石小6年)は「浴衣を着ると懐紙(かいし)とかを入れるところがあって便利。普段より歩幅が狭くなって、決められた所作で歩くことができる」と実感。指導を受けているお点前を「一人でしっかりできるようにする」のが目標だという。
 
「一服どうぞ」。所作を確認しながらお点前の稽古

「一服どうぞ」。所作を確認しながらお点前の稽古

 
習熟度別指導に生徒たちは熱心に取り組んだ

習熟度別指導に生徒たちは熱心に取り組んだ

 
 勉強会は来年1月まで月に2回程度を予定する。互野会長は「世の中は不安定でも季節は忘れずにめぐり、美しいものや喜びをもたらす。茶の世界で、秋は趣のある豊かな季節。工夫しながら一服のお茶を楽しんでもらえたら。稽古に楽しみを見いだし、茶道の心を学んでほしい」と期待する。

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釜石の音楽文化継承へ決断の一歩 「市民合唱祭」感染症対策施し3年ぶりに開催

2年の中止を経て再開された「釜石市民合唱祭」

2年の中止を経て再開された「釜石市民合唱祭」

 
 第42回釜石市民合唱祭(市、市芸術文化協会、市合唱協会主催)は2日、大町の市民ホールTETTOで開かれた。新型コロナウイルス感染症の影響で一昨年、昨年と開催が見送られてきたが、同市が誇る合唱文化を絶やすまいと、感染防止対策を施しての実施を決断。3年ぶりのステージが実現した。市内で活動する8団体約100人が出演し、再開を待ち望んだ観客と喜びの時間を共有した。
 
 同祭は、釜石市内で活動する合唱団体や高校音楽部が一堂に会する年1回の発表の場。市民芸術文化祭の発表部門の一つとして位置づけられる。初演は1978年12月。同ホールの前身「釜石市民文化会館」の落成を記念して開催されたのが始まりで、翌79年4月に市合唱協会が設立された。
 
 長い歴史を誇る同祭だが、感染症が原因での2年連続の中止は異例のこと。収束が見通せない中で、各団体の活動意欲を維持し、釜石の合唱の灯(ひ)をともし続けるためには発表の機会は不可欠と、同協会は開催への道を模索してきた。各団体が日々の練習から基本的な予防策を忠実に実行すること、ステージでもマスクを着用し、間隔をとって並ぶことなどを申し合わせ、開催にこぎ着けた。参加団体は3年分の思いを胸に、女声合唱や混成合唱などで美しいハーモニーを響かせた。
 
 親と子の合唱団ノイホフ・クワィアーは今年で創立45年。3月のコンサート後、44年在籍した団員が急逝するという深い悲しみを経験した。この日は3月に共に歌った「群青」「未来へ」の2曲を歌唱。小澤一郎代表(45)は「きっと会場のどこかで一緒に歌ってくれていたと思う。唯一の大先輩で、多くのことを学ばせてもらった。教えを受け継ぎ活動していきたい」と誓いを新たにした。
 
亡くなった先輩団員への思いを胸に声を合わせるノイホフ・クワィアー

亡くなった先輩団員への思いを胸に声を合わせるノイホフ・クワィアー

 
 釜石童謡を歌う会は平均年齢76歳。手話を交えた「小さな世界」と、花がテーマの曲でメドレーを聞かせた。現在、3人で活動中の釜石高音楽部は「AVE MARIA Ⅱ」をアカペラで、「パプリカ」を振り付きで発表。少ない人数で最大限の力を発揮した。昨年30周年を迎えた甲子歌う会は、地元ミュージカルで歌った「夢の街かまいし」などを披露。懐かしいまちの姿を思い起こさせるセリフの掛け合いも交え、楽しいステージを繰り広げた。
 
手話を交えた合唱を披露した釜石童謡を歌う会

手話を交えた合唱を披露した釜石童謡を歌う会

 
一人一人が持てる力を発揮した釜石高校音楽部

一人一人が持てる力を発揮した釜石高校音楽部

 
セリフを盛り込んだ舞台で楽しませた甲子歌う会

セリフを盛り込んだ舞台で楽しませた甲子歌う会

 
 大渡町の中村健勇さん(27)、真偉佳さん(26)夫妻は同祭に初めて来場。「マスクをしながらも皆さん、声がよく響いていて、きれいな歌声だった。知っている曲もあり楽しめた」と心地良い時間を堪能。コロナに負けず、頑張っている各団体に「元気をもらう。さまざまな困難の中でも活動をつないでいこうという姿勢は素晴らしい」と口をそろえた。
 
震災後に発足し、精力的に活動する鵜住居歌う会

震災後に発足し、精力的に活動する鵜住居歌う会

 
各団体の発表を楽しみ、大きな拍手を送る観客

各団体の発表を楽しみ、大きな拍手を送る観客

 
 合唱協会の柿崎昌源会長(66)は「これ以上中止が続くと、釜石の合唱そのものが消滅してしまうのではという危機感もあった。(感染症を)怖がるだけでは何も解決しない、どんな形であれやってみようと準備を進めてきた。今回やり遂げたことは、みんなの自信にもなったと思う。次につながる一歩になれば」と願った。

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栗林小3、4年生 エネルギー学習の成果発表 好奇心くすぐるサイエンスショーも

 「東北電力エネルギーチャレンジ校」として取り組んだ学習の成果を発表する栗林小の3、4年生

「東北電力エネルギーチャレンジ校」として取り組んだ学習の成果を発表する栗林小の3、4年生

 
 東北電力岩手支店(山中貞一支店長)の支援を受け、電気やエネルギーの学習を進めてきた釜石市の栗林小(八木澤江利子校長、児童33人)で9月28日、成果発表会が開かれた。5月から同学習に取り組んできた3、4年生13人が、3つのテーマでまとめ発表。自分たちの未来に関わるエネルギー問題について、他学年の児童らに分かりやすく伝えた。発表後は岩手大理工学部の高木浩一教授によるサイエンスショーもあり、科学の楽しさを体感した。
 
 同校は、同支店が取り組む本年度の「東北電力エネルギーチャレンジ校」に応募。社員によるエネルギー出前講座、同社の栗橋発電所(水力)見学から得た学びの成果を児童たちがまとめた。縦割りで作った3グループがそれぞれ、1.いろいろな発電の種類2.地球温暖化とエネルギー3.環境にやさしいエネルギー、というテーマで発表した。
 
 1グループは火力、原子力、風力、バイオマスの各発電方法と長所、短所を紹介。2グループは地球温暖化(二酸化炭素増加)の原因、温暖化が及ぼす影響、防止策について説明した。3グループは水力、太陽光発電に着目。自作したミニ発電機やソーラーカーでの実験、発電機の分解などに挑戦した様子を映像で見せた。
 
各グループがそれぞれのテーマで学習成果を発表

各グループがそれぞれのテーマで学習成果を発表

 
発電実験の映像を見せながら発表したグループも

発電実験の映像を見せながら発表したグループも

 
 限りある資源、安定的な電力確保、地球環境への負荷低減などの視点で、今後必要な施策として3つのグループが導き出した答えは「エネルギーミックス」という考え方。長所を生かし短所を補うためにさまざまな発電方法を組み合わせることが大事とし、同時に節電など自分たちができる行動も不可欠とした。
 
 実験に取り組んだ小國怜義君(4年)は「電気を作るのは大変だった。使う量を減らすなどエネルギーを大切にしていきたい。学んだことは家族にも伝える」と意欲的。学習機会をくれた東北電力の仕事にも興味をそそられた様子で、「将来、入れたら」と憧れをのぞかせた。
 
電気やエネルギーに関わる楽しい実験を見せた岩手大理工学部電気電子通信コースの高木浩一教授

電気やエネルギーに関わる楽しい実験を見せた岩手大理工学部電気電子通信コースの高木浩一教授

 
 発表会の後はお待ちかね、サイエンスショーの開演。前段で高木教授は児童たちにクイズを出しながら、エネルギーや二酸化炭素の特性について解説。日本人1人が1日に使っているエネルギーを石油の重さで表すとどのくらいか、二酸化炭素が増えすぎるとどうなるか―など具体例を紹介した。この後、マイナス190度の液体窒素を使い、空気も熱をエネルギー源に動いていることを示す実験などを行った。目の前で起こる不思議な現象に、児童らは驚きの声を上げながら見入った。
 
日本人1人が1日に使うエネルギー10キロの重さを体験する児童

日本人1人が1日に使うエネルギー10キロの重さを体験する児童

 
膨らませた風船をマイナス190度の液体窒素に入れると一瞬でこんな形に

膨らませた風船をマイナス190度の液体窒素に入れると一瞬でこんな形に

 
液体窒素に漬けたスナック菓子を口に入れた児童は思わぬ感覚にこの表情!

液体窒素に漬けたスナック菓子を口に入れた児童は思わぬ感覚にこの表情!

 
 液体窒素に浸したスナック菓子を口にした佐々木さやかさん(5年)は「アイスとも違う初めての感覚。鼻から出る空気も冷たいまま」と貴重な経験に大喜び。さまざまな実験で起こる現象に目を輝かせ、「面白いし不思議。どうしてそうなるのか仕組みも調べてみたい」と科学(理科)に対する学習意欲をかき立てられた様子。
 
 高木教授は「児童たちが水力発電をやってみて難しいと感じたように、自分で試して初めて分かることは多い。知識だけで分かった気にならず、試してみようという気持ちが大事。経験することで身になっていく」と話した。
 
しぼんだ風船はしばらくすると元通りに。児童らは不思議な現象に興味津々

しぼんだ風船はしばらくすると元通りに。児童らは不思議な現象に興味津々

 
電気エネルギーの実験に目がくぎ付け!

電気エネルギーの実験に目がくぎ付け!

 
酸素と二酸化炭素を入れた2つの風船の重さを体験

酸素と二酸化炭素を入れた2つの風船の重さを体験

 
 東北電力エネルギーチャレンジ校は岩手支店独自の取り組みで、2019年にスタート。小中学生の電気やエネルギーへの関心を引き出し、未来につなげることを目的とする。本年度は県内3小学校で実施された。参加した栗林小には同支店から教育備品としてプログラミングスイッチが寄贈された。

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たたら製鉄を体験 釜石・甲子中1年生の学習は15年目 炭にまみれながら奮闘

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炉内から不純物を取り出す「ノロ出し」と呼ばれる作業を見守る甲子中1年生=16日

 
 甲子中(柏舘秀一校長、生徒128人)の1年生45人による「鉄づくり体験」は15、16の両日、釜石市甲子町大橋の旧釜石鉱山事務所前で行われた。2クラス4班がたたら技法による製鉄に挑戦。木炭にまみれながら粗鉄(ケラ)の取り出しに成功した。生徒たちはものづくりの大変さ、力を合わせる大切さ、達成感などを味わいながら、「鉄のまち」の歴史に理解を深めた。
 
 初日は炉の構築、木炭を割る作業に取り組んだ。炉はコンクリートブロックを基盤に耐火レンガ約100個を組み上げ、湯出し口や送風管などを固定した。生徒たちは設計図と写真を基にした炉づくりに悪戦苦闘。土台などを設置せずに作業を進めてしまい、最初からやり直しする班もあった。市文化振興課文化財係の加藤幹樹主任(37)らが指導。「平面の設計図を立体にイメージして」などと助言し、生徒たちの活動を見守った。
 
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設計図を手に話し合いながら炉をつくる生徒たち=15日

 
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子どもたちの活動をそっと見守る加藤主任(後列左)=15日

 
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炉の完成を喜びつつ、炭割り作業にも精を出した=15日

 
 2日目が本格的な製鉄体験。火入れし、木炭約30キロで炉を加熱していった。釜石鉱山産の磁鉄鉱10キロ、石灰1キロを、木炭20キロと共に10回に分けて投入。時間を計り、炉内の温度を確認しながら、炭にまみれる地道な作業を続けた。昼前から不純物(ノロ)の抽出を行い、1000度以上の熱を確認。午後1時過ぎ、前後して4基の炉が解体された。全ての炉でケラが得られ、生徒たちの奮闘は報われた。
 
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鉄鉱石と石灰をまぜたもの、砕いた炭を投入する作業を10回繰り返した=16日

 
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ノロ出しし、作業が順調に進んでいることを確認した=16日

 
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熱さを感じながら炉の解体作業を見つめる生徒たち=16日

 
 B組2班リーダーの佐々木凌空(りく)君は「初めての体験だったが、みんなと力を合わせてできた。レンガは重いし、火は熱いし、この方法でつくっていた人たちのつらさが分かった。大変な中でやり切ったという達成感がすごい。感動」と目を輝かせた。
 
 A組1班リーダーの本多莉奈さんは「今の時代は機械もいろいろとあるが、大島高任は何もないところから作って本当にすごい」と感心。炉づくりで手間取ったというが、「班員をまとめ工夫と試行錯誤を重ねる経験ができた」と充実した表情。10月には文化祭があり、「みんなで協力する必要がある。スムーズに進められるよう、学びを生かしたい」と前を向いた。
 
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全ての炉で鉄の混合物「ケラ」の取り出しに成功。左下写真で白っぽく見える部分が鉄=16日

 
 同校の鉄づくり体験は、総合的学習の一環。近代製鉄発祥の地・釜石の歴史や製鉄の今昔を体験的に学ぶ。幕末に大島高任が近代製鉄技法による鉄の連続出銑に成功して150周年に当たる2008年度から始まり、今年で15年目。1年生は大島に関する講話、鉄の歴史観の見学・鋳造体験、世界遺産「橋野鉄鉱山」の見学も重ねた。一連の学習成果は文化祭「愛校祭」で発表。市などが実施する「鉄の検定」にも挑む。
 
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大島高任が洋式高炉による鉄づくりに挑んだ地で続く子どもたちの製鉄体験

 
 本年度から市内の中学校全5校の1年生が鉄づくり体験に取り組む。加藤主任は「近代製鉄発祥の地で歴史を学び、ものづくりの大変さや大切さを知ってほしい。失敗から学ぶ体験や、同じ目標に向かうチームをまとめ指示を出す人、それを支えるという体験ができる場でもあり、次世代のリーダー育成につながれば」と期待した。