タグ別アーカイブ: 文化・教育

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「小川しし踊り」伝承脈々と 小佐野小が「いわてユネスコ文化賞」受賞 旧小川小から活動48年

運動会で「小川しし踊り」を披露する小佐野小児童。長年の伝承の取り組みに「いわてユネスコ文化賞」が贈られた(写真提供=小佐野小)

運動会で「小川しし踊り」を披露する小佐野小児童。長年の伝承の取り組みに「いわてユネスコ文化賞」が贈られた(写真提供=小佐野小)

 
 釜石市立小佐野小(松本孝嗣校長、児童249人)は、岩手県ユネスコ連絡協議会(三田地宣子会長)の2025年度顕彰で「いわてユネスコ文化賞」を受賞した。児童らが代々取り組んできた地元郷土芸能「小川しし踊り」の伝承活動が認められたもの。学校統合前の旧小川小から受け継ぐ活動は今年で48年―。地域の誇り、郷土愛を育む活動は児童らの成長に大きく寄与している。
 
 同協議会は教育、科学、文化の分野で他の模範となる活動を行う児童生徒や指導者を「いわてユネスコ賞」として顕彰している。第30回の本年度は11件(科学賞2、文化賞6、活動奨励賞2、教育賞1)の表彰があり、小中高10校と1個人が受賞した。
 
県ユネスコ連絡協に代わり、釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長(左)が小佐野小の松本孝嗣校長(右)に表彰状と盾を届けた=11月26日、同校

県ユネスコ連絡協に代わり、釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長(左)が小佐野小の松本孝嗣校長(右)に表彰状と盾を届けた=11月26日、同校

 
 小佐野小への表彰伝達は11月26日、同校で行われた。釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長、佐々木聡理事、岩間千枝子理事、高橋宏樹事務局長が訪問。岩切会長が松本校長に表彰状と盾を手渡した。松本校長は「子どもたちにとって、受賞は大きな励みになる」と感謝。全校朝会で報告する際に「受賞の意義をしっかり伝えたい。先輩たちが長い間続けてきた価値を知ることで、『自分たちも』と継続の意識が高まると思う。自己肯定感を得ることにもつながる」と話した。
 
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小佐野小の小川しし踊り伝承活動について懇談する関係者

 
 同校では総合的な学習の時間などを利用し、毎年5、6年生全員がしし踊りに取り組む。小川しし踊り保存会(佐々木義一会長)のメンバーが学校を訪れ、児童らを指導。踊り、太鼓、笛など演舞に必要な役割を分担し、パートごとに練習を重ねる。演舞を披露するのは運動会や学習発表会など。保護者や地域住民の前で練習の成果を発表し、多くの感動を与えている。
 
5月24日に開催された運動会では5、6年生のしし踊りがオープニングを飾った(写真提供:小佐野小)

5月24日に開催された運動会では5、6年生のしし踊りがオープニングを飾った(写真提供:小佐野小)

 
今年度の5、6年生は計約100人。しし頭のほか、小踊り、太鼓、笛などを役割分担(同)

今年度の5、6年生は計約100人。しし頭のほか、小踊り、太鼓、笛などを役割分担(同)

 
 約140年の歴史を誇る小川しし踊り(市指定文化財)。同保存会は地元芸能の伝承、担い手育成を目指し、1977(昭和52)年頃から当時の小川幼稚園、小川小で芸能指導を開始。2005年に小川小と統合した小佐野小でもその取り組みが受け継がれ、現在に至る。保存会は指導者の立場として、昨年度の「いわてユネスコ教育賞」を受賞している。
 
 同保存会副会長として児童らの指導にもあたる釜石協会の佐々木理事は「小川小の運動会でしし踊りを踊り始めたのが私たちの世代」と歴史の重みをかみしめる。全国的に伝統文化の継承が課題となる中、「地元の団体と学校が一緒になって伝承に取り組むのは意義あること。歴史あるものには先人の教えもある。大切にしていくことで、結果的に郷土愛にもつながるのでは」と期待した。
 
小川小卒業生で保存会副会長の佐々木聡さん(右)は学校統合後も続くしし踊りの伝承活動に喜びを表した

小川小卒業生で保存会副会長の佐々木聡さん(右)は学校統合後も続くしし踊りの伝承活動に喜びを表した

 
児童らはそれぞれの役割を果たし、一体感あふれる演舞で保護者や地域住民を魅了した(写真提供:同)

児童らはそれぞれの役割を果たし、一体感あふれる演舞で保護者や地域住民を魅了した(写真提供:同)

 
 同校の活動を推薦した釜石協会の岩切会長は「指導する側と受ける側、双方が受賞できたことは大変うれしい。こうした活動は両者の思いが合致しないと成り立たない。学校のカリキュラムで活動環境を整えてくださっているのは心強い」とし、地域の素晴らしさを感じながら育つ子どもらの健やかな成長を願った。

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釜石中で最後の「長唄三味線」授業 杵家会釜石支所・鈴木絹子さん 23年の学校指導に足跡

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釜石中の2年生に最後の長唄三味線指導を行う杵家会釜石支所代表の杵家弥多穂(本名・鈴木絹子)さん

 
 釜石市内外の学校で長唄三味線の授業を行ってきた杵家(きねいえ)会釜石支所代表の杵家弥多穂(本名・鈴木絹子)さん(79)は13日、釜石中(佐々木一成校長、生徒284人)で最後の指導を行った。2002年の中学校学習指導要領改定で和楽器の実技指導が明示されて以降、同校では毎年2年生が釜石支所の授業を受け、日本の伝統音楽に理解を深めてきた。鈴木さんらメンバーの高齢化で継続が難しくなったため、本年度をもって同授業を終了することになり、最後の生徒となった92人は貴重な学びに感謝しながら邦楽の素晴らしさを心に刻んだ。
 
 午前中は1~3校時を利用し、3学級がそれぞれ順に授業を受けた。鈴木さんは三味線の素材や音が出るしくみを説明。「三味線は弦楽器と打楽器の2つの要素を持っている。すごく面白いし、いい音が出る」などと魅力を伝えた。バチの持ち方や弦の押さえ方を教わった生徒らは、さっそく音出し。聞き覚えのある音が響くと笑顔を見せた。
 
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鈴木さんと門弟が指導にあたった長唄三味線の授業=3校時・2年3組

 
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初めて三味線に触れる生徒らは講師の手ほどきを受けながら実技に挑戦

 
 50分の授業の到達目標は、日本の伝統歌曲「さくら」の演奏。3本の弦を表す横線に指で押さえる場所が数字で書かれた「三味線文化譜」を見ながら練習した。鈴木さんのほか、盛岡、北上からも集まった鈴木さんの門弟9人が生徒の指導にあたった。指の使い方に慣れてくると自然と曲になり、最後は鈴木さんと一緒に演奏に挑戦した。
 
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楽譜を見ながら「さくら」の演奏に挑む。真剣なまなざしで両手を動かす生徒

 
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和楽器に触れる機会はなかなかない。生徒らにとっても思い出に残る授業に…

 
 午後の5校時は2年生全員での授業。冒頭、各学級から選ばれた生徒3人が講師陣と一緒に習いたての曲を演奏した。続く長唄鑑賞では、講師が演奏する「元禄花見踊り」と「雪の合方(あいかた)」の2曲を聞き比べ。春の訪れと雪がしんしんと降り積もる情景をまぶたに浮かべ、季節の表現の違いを感じた。長唄「鶴亀」より「楽の合方」、同「都風流」より「新内流しの合方」も聞き比べ。旋律の違いを味わった。
 
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各学級の代表生徒3人が「さくら」を演奏。練習の成果を披露した

 
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講師陣が長唄の代表曲を演奏。鈴木さんは釜石小唄や釜石中の校歌も演奏し、生徒らの興味を引いた

 
 最後は歌舞伎の舞台について学んだ。舞台仕様やお囃子(はやし)の基礎知識を教わったほか、現在、音楽教科で学習中の歌舞伎十八番「勧進帳」の一場面を生徒有志が寸劇で熱演。源義経が兄頼朝に追われ、山伏に扮(ふん)して奥州に逃れる際、家来の武蔵坊弁慶が機転を利かせ、関守の追及から義経を守る有名な場面を演じてみせた。講師らは三味線伴奏の「寄せ」「こだま」「滝流し」「舞」の4つの合方を高度な技で聞かせた。
 
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鈴木さんはひな人形の“五人ばやし”を例に歌舞伎のお囃子について解説

 
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歌舞伎十八番「勧進帳」の名場面を寸劇で表現する生徒有志

 
 3組代表で演奏した佐々木茜さんは和楽器の音色が大好きで、「いつかはやってみたいと思っていた。バチを持つ小指が痛くなったが、曲が完成していく感じが楽しかった」と感激。最後となった同授業に「後輩たちにもやってほしかったが…残念」。機会があれば「琴もやってみたい」と願った。寸劇で弁慶を演じた2組の岩間英史さんは歴史にも興味があり、自ら手を挙げて役者にも挑戦。「三味線は難しかったが、あまり触れることがない文化に触れられて、良い経験になった」。日本の伝統文化は次世代への継承が課題。「担い手が少ないのは魅力を知らないという側面もあると思う。自分も東前太神楽が楽しくて続けている。こういう体験を通してやってみたいという人が増えればいい」と話した。
 
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弁慶役の豪快な演技に同級生や講師から笑みがこぼれる。最後は拍手喝采で終演

 
 同校音楽教諭の池田百合子さん(46)は「生の音を聞き、実際に三味線を手に取って弾いてみることで初めて分かることがある。本物に触れることは一番の学び」と、生徒たちが貴重な機会を得られたことを喜ぶ。同授業を機に、釜石支所が開く子ども教室に通い始めた生徒もいたといい、鈴木さんらの長年の尽力に改めて深く感謝した。
 
 5歳から三味線を始めた釜石市出身の鈴木さん。「私たちが子どもの頃は三味線を習う人たちがいっぱいいた」というが、自身が指導者となる頃にはその数が大幅に減少。日本の伝統文化継承に年々、危機感を募らせる中、2002年の学習指導要領改定で中学校の音楽授業に和楽器を用いることになり、市内の中学校で指導に着手。市内のみならず、盛岡市や葛巻町など県内各地に出向いて授業を担当するようになった。小学校や高校にも招かれ、これまでに教えた児童生徒は延べ6500人に上る。
 
 2011年の東日本大震災では、経営する大町の旅館が津波で全壊した。門弟15人中3人が犠牲になり、所有する楽器も全て流された。絶望から奮い立たせてくれたのは、子ども教室で学んでいた生徒からの言葉。がれきの中で偶然再会した2人が発したのは「先生、三味線が弾きたい…」。この一言に大きな力をもらい、支援の楽器で学校訪問授業、子ども教室ともに翌12年から再開した。
 
釜石中での最後の授業を終え、生徒にメッセージを送る鈴木絹子さん(中央)

釜石中での最後の授業を終え、生徒にメッセージを送る鈴木絹子さん(中央)

 
 情熱を持って子どもたちの指導にあたってきた鈴木さんだが、自身や手伝ってきた門弟らの高齢化により、今年度での授業終了を決めた。16年間続けた子ども教室も開講を見送った。「本当は続けたいが…。十分な指導態勢が取れないので」。苦渋の決断だが、この20年余りを振り返り、「子どもたちが上手になっていく姿に元気をもらった。震災後は特にも助けられた。教えるのは本当に楽しかった」と語る。
 
 最後の生徒となった釜石中の2年生には「勉強だけでなく、自分の好きなこと、楽しみを見つけて一生ものにしてほしい」と、人生の先輩としてもエールを送った。学校での授業は一区切りとなるが、後進の指導は継続していく考えで、今後の邦楽の普及・継承にも意欲をにじませた。

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“つなごう”釜石の歌声 第45回市民合唱祭 観客と一緒に「第九」も 歌い手増に期待

釜石市民歌を観客と歌い、幕を開けた第45回釜石市民合唱祭(つなコンその2)

釜石市民歌を観客と歌い、幕を開けた第45回釜石市民合唱祭(つなコンその2)

 
 第45回釜石市民合唱祭(市芸術文化協会、市合唱協会主催)は9日、釜石市大町の市民ホールTETTOで開かれた。第55回釜石市民芸術文化祭発表部門の参加事業として実施。市内の合唱7団体が1年の活動の成果を披露した。一昨年、45年の歴史に終止符を打った「かまいしの第九」を、新たな形で歌い継ごうと模索する市合唱協会。今年は同合唱祭の中に、観客がコーラスの一部を歌ってみる体験コーナーを設けた。「歌い手を増やしながら、第九を次世代に“つなぐ”」取り組みを続けていきたい考えだ。
 
 団体名のプラカードを手にした各団体の代表がステージに並び、釜石市民歌を歌って開幕。あいさつに立った市合唱協会の柿崎昌源会長は「市民合唱祭は互いの歌声を聞き合うことで、切磋琢磨できる場でもある。観客の皆さんと共に楽しみ、長く続けていけたら」と願った。
 
 今年の合唱祭に参加したのは▽音楽集団Sing▽釜石フィルハーモニック・ソサィェティ▽釜石童謡を歌う会▽甲子歌う会▽釜石ユネスココーラス▽鵜住居歌う会▽親と子の合唱団ノイホフ・クワィアー。各団体が昨年の同祭以降、取り組んできた楽曲などを2~5曲歌った。混声合唱、女声合唱それぞれのスタイルで、合唱曲、童謡、人気アーティストのヒット曲など多彩なジャンルを聞かせた。
 
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写真上:「Ave Maria」など3曲を歌った音楽集団Sing 同下:「なんとなく・青空」を混声合唱で聞かせた釜石フィルハーモニック・ソサィェティ

 
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手話を交えた「童神(わらびがみ)」など4曲を披露した釜石童謡を歌う会

 
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写真上:活動34年の甲子歌う会は「旅人よ」など3曲を歌唱 同下:釜石ユネスココーラスは女声合唱曲2曲で熟練の歌声を響かせた

 
 「鵜住居歌う会」は東日本大震災の津波で大きな被害を受けた同市鵜住居町の住民有志が2012年2月に立ち上げた。市内で音楽教室を開く山﨑眞行さん、詔子さん夫妻が講師として協力し、活動を継続する。今年の合唱祭には長年、同会の活動に参加を続ける県内陸部のボランティア3人を含む21人が出演。ロシア民謡5曲を歌った。会が同民謡に取り組んだのは10年前。「ともしび」「カリンカ」などの訳詞で知られる森おくじさん(1925-2008)のご子息が震災復興支援で釜石を訪れたのがきっかけだった。講師の眞行さんが森さんのことをよく知っていたこともあり交流が続き、同合唱祭にご子息と森さんの奥様が歌とダンスで参加してくれたこともあったという。
 
震災の翌年から活動する「鵜住居歌う会」。多くの支援を力に活動を継続する

震災の翌年から活動する「鵜住居歌う会」。多くの支援を力に活動を継続する

 
「カリンカ」のリズムに合わせ手拍子をして楽しむ観客

「カリンカ」のリズムに合わせ手拍子をして楽しむ観客

 
 「ロシア民謡は私たちにとっても思い出深い曲。歌う側も楽しいし、お客さんも(手拍子をしてくれるなど)反応が大きくうれしかった」と同会の菊池弘子代表(72)。2度の大病を患いながらも、会員を熱心に指導してくれる眞行さんに深く感謝し、「みんな、先生と一緒に歌うのが大好き。先生が頑張っているから私たちも頑張ろうという気持ちが強い。会員が若々しくいられるのは歌のおかげ」と笑った。
 
親と子の合唱団ノイホフ・クワィアー(上)は2曲を披露。12月14日には恒例のクリスマスコンサートを開催予定

親と子の合唱団ノイホフ・クワィアー(上)は2曲を披露。12月14日には恒例のクリスマスコンサートを開催予定

 
 会場に足を運んだ釜石市の女性(88)は「一人一人の声が合唱という形で一つになって本当に素晴らしい。すごく充実した心が洗われる時間だった」と感激。共に楽しんだ大槌町に暮らす長女(56)は「久しぶりの合唱鑑賞。高齢の方々も声がきれいで驚いた」と話し、親子で合唱の魅力を感じていた。
 
 合唱祭の中盤に入れたベートーベンの交響曲第9番「第九を歌おう」のコーナー。第4楽章の13コーラスのうち、最も耳なじみのある「第6コーラス」を観客と一緒に歌った。ドイツ語の歌詞の発音を練習した後、ステージに上がった合唱協会有志の先導で観客が歌声を重ねた。
 
市合唱協会の小澤一郎さん(右上)からドイツ語の発音を習い発声練習

市合唱協会の小澤一郎さん(右上)からドイツ語の発音を習い発声練習

 
「かまいしの第九」を長年、指揮してきた山﨑眞行さん(右上)が指揮者を務め、会場の全員で“歓喜のうた”を大合唱

「かまいしの第九」を長年、指揮してきた山﨑眞行さん(右上)が指揮者を務め、会場の全員で“歓喜のうた”を大合唱

 
 同協会は一昨年まで続けられた年末恒例の演奏会「かまいしの第九」(実行委主催)を合唱メインで後世につなごうと、昨年12月、「つなコン」という新たな演奏会を企画。合唱が入る第4楽章を抜粋し、協会員を中心とした約50人の合唱、釜石市民吹奏楽団有志ら20人による管楽器主体の演奏で第九を聞かせた。
 
 今年は「第九の歌い手を増やしたい」との思いから、合唱祭の会場で観客にコーラスを体験してもらう企画を用意。参加団体からも初心者を含め数名ずつ壇上に上がってもらい、歌いやすい音域で声を合わせた。同協会の小澤一郎事務局次長(48)は「第九を歌うメンバーが固定化してきている。参加しやすい形を取りながら、少しずつでも歌い手を増やし、何年後かにまた以前のような第九ができれば」と夢を描く。

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よりよい釜石へ 中学生が提案「絆議会」初開催 一般質問で語る未来、まちづくり共に

中学生が議員となり、思いを発信した「かまいし絆議会」

中学生が議員となり、思いを発信した「かまいし絆議会」

 
 釜石市の子どもたちが意見を発信する子ども議会「かまいし絆議会」が7日、市役所内の議場で初めて開かれた。市内14小中学校(9小学校、5中学校)の児童生徒でつくる「かまいし絆会議」を代表し、中学生12人が議員(うち2人は議長)となって「一般質問」に挑戦。教育や防災などをテーマに日々感じている疑問を市当局に投げかけ、より良いまちにするための提案をした。
 
 子どもの目線や声を議会に生かすとともに、まちの事業に関心を高め、学校や地域をより良くしようとする意識を育むことが目的。「自分が生まれたまちを自分たちでつくっていくという気概、認識を若いうちから持ってほしい」と期待を込め、小野共市長が発案した。
 
 14校の児童生徒代表28人が集う絆会議を8月に開いた際に、各校で決めた▽教育▽防災▽交通安全▽まちづくり▽福祉―のテーマごとに市担当者から各種事業や課題などを聞き取った。感じたことや気になったことを話し合うワークショップも実施。中学生が中心となり学校に持ち帰り、一般質問に向け疑問や意見の検討、まとめ作業などを行いながら準備を進めてきた。
 
釜石市役所議場で開かれた中学生による絆会議

釜石市役所議場で開かれた中学生による絆会議

 
 絆議会は中学校区ごとに25分の持ち時間で進められた。議員役の生徒らは日々の暮らしの中で感じていることや自らの体験、学校の取り組みを交えながら、「交通安全に関する計画を立てる中で具体的にどのような調査を行っているか」「過去に開かれていた防災士の資格取得のための研修を再開できないか」「毎年、国道の清掃を行っているが、ごみは減らない。市として現状をどのようにお考えですか」などと、市事業について質問をした。
 
代表生徒が登壇して一般質問。議長役の生徒(後方)が進行

代表生徒が登壇して一般質問。議長役の生徒(後方)が進行

 
ピシっと手を挙げ意思表示。自席から再質問をする生徒

ピシっと手を挙げ意思表示。自席から再質問をする生徒

 
 幅広い分野にわたる意見や要望も伝えた。学校給食について「小中学校ともフードロスに問題を感じている」とし、「わたしたちの希望を聞くアンケートを行い、みんなが食べやすい味付けやメニューを取り入れてほしい」とリクエスト。小中学校が連携して継続する高齢者への交通安全の呼びかけ活動など、各校の取り組みを地域に知ってもらうため市広報紙での紹介など協力を求める声も上がった。
 
 中学生議員らの発表に対して、市の各担当部長や課長が答弁。まちの現状や抱えている課題などを丁寧に説明した上で、前向きな方針を示す場面もあった。
 
生徒らは市担当者の答弁に真剣な表情で耳を傾けた

生徒らは市担当者の答弁に真剣な表情で耳を傾けた

 
市当局の考えを引き出すために作戦を練る場面も

市当局の考えを引き出すために作戦を練る場面も

 
 唐丹中3年の齊藤瑛飛斗さんは「緊張したが、しっかり思いを伝え、議論ができた」と達成感をにじませた。海に面した地域には釣り人の姿が多く、漁港にごみ箱の設置を提案。「簡単に思っていたが、デメリットもあることを知った。課題だと思うことを調べて話し合うことは大事だと思った」と学びを深めた。
 
 釜石東中3年の千葉心菜さんは、他校の質問内容にも関心を持った様子。「不便さとか地域に向けての考えがたくさんあった。自分たちにできることを考え、みんなと一緒によりよい釜石をつくっていけたらいい」と将来を見据えた。
 
中学生の思いを受け止めた小野共市長(手前)

中学生の思いを受け止めた小野共市長(手前)

 
絆議会で釜石の未来を語った中学生、市幹部職員ら

絆議会で釜石の未来を語った中学生、市幹部職員ら

 
 高橋勝教育長は「どの学校も自分たちの生活や、まちを良くしたいという気持ちが伝わってきた。気づかなかったところ、もっとやらなければならないことがあると皆さんの質問を通して感じた」と講評。今回をスタートとし、「今度はみんなから『声を届けたい』と(絆議会の開催を)提案してほしい」と期待した。

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個性豊かに 釜石市民芸術文化祭 キーワードは「かけあわせ」 年代・ジャンル超え

絵画や書道など多彩な作品が並んだ釜石市民芸術祭

絵画や書道など多彩な作品が並んだ釜石市民芸術祭

 
 釜石市民芸術文化祭(釜石市芸術文化協会主催、市共催)は1、2日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。秋めく街を彩る芸術の祭典は55回目。「子供達の笑顔、未来に紡ぐ芸術の心!!」をテーマに、作品展示や舞台発表などで日ごろの活動の成果を披露した。
 
 展示では書道や絵画、切り絵、ステンドグラス、生け花、郵趣品、編み物、写真など多彩なジャンルの作品がずらりと並んだ。加盟団体に加え、一般参加、学校単位での出品も。岩手芸術祭など県内外の公募展で入賞した美術作品も紹介され、来場者は幅広い年代がみせる豊かな表現力を堪能した。
 
美を追求⁉簡素化された生け花に興味津々

美を追求⁉簡素化された生け花に興味津々

 
ステンドグラスや郵趣品、編み物など多彩な作品がずらり

ステンドグラスや郵趣品、編み物など多彩な作品がずらり

 
 創作活動に触れられる体験コーナーも人気。文字の書き順にこだわらず自由に筆を走らせる「脳活書道」は大人たちを刺激し、タブレット端末と電子ペンを使ったデジタルイラストの塗り絵は子どもたちが夢中になった。
 
デジタルイラスト体験コーナーは子どもに人気

デジタルイラスト体験コーナーは子どもに人気

 
 ステージ発表では大正琴やバンド演奏、バレエ、民謡・舞踊などが連日繰り広げられた。1日に登場した「KIKI(キキ)ダンススクール」の子どもらはキレのある動きで格好良くてかわいらしいパフォーマンスを見せ、社交ダンスサークル「プリンセス釜石」は大人の優雅な踊りで魅了した。
 
息を合わせて踊るキキダンススクール

息を合わせて踊るキキダンススクール

 
華麗なダンスで魅せたプリンセス釜石

華麗なダンスで魅せたプリンセス釜石

 
 初参加の「Dance & Music Departure」は市内で音楽活動を行っている社会人と現役高校生による4人組のグループ。会社員の新谷詩乃さん(38)がピアノと歌、公務員の村井大司さん(65)がカホン(パーカッション)を担当し、高校2年生の菅田悠真さん(17)がサックスの音を重ねた。「星に願いを」はダンスをかけ合わせたステージに。高校1年生のSARAさん(16)がバレエなどの要素を取り入れたオリジナルの振り付けで曲の世界観を表現した。
 
音楽とダンスを組み合わせた「Dance & Music Departure」

音楽とダンスを組み合わせた「Dance & Music Departure」

 
 発表を終えたSARAさんは「ほっとした」と肩の力を抜いた。所属するキキダンススクールではソロとしての活動も始めていて選曲、振り付け、構成などをこなし、今回のステージは「貴重な経験になった。より一層ダンスを極めたい」と刺激にした。
 
 学校の部活動で吹奏楽に熱中する菅田さんは仲間がいない状況に緊張したものの、「頼るのは自分だけ。今までにない感じでサックスを演奏できたのがうれしい」と自信を深めた。「音楽との出合いで生活が変化した」と感じる自身の経験や思いをのせた音色を届けるため、挑戦を続ける。
 
ステージ後に笑顔を見せる(左から)村井大司さん、SARAさん、菅田悠真さん、新谷詩乃さん

ステージ後に笑顔を見せる(左から)村井大司さん、SARAさん、菅田悠真さん、新谷詩乃さん

 
 「若い力っていいな。みずみずしくて、見ていると気持ちがいい」と村井さん。市民吹奏楽団で音の重ね合いを楽しんでいて、「まだしぼんでいられない」と高校生の姿に触発された。
 
 このグループは、SARAさんの希望を実現した形。メンバーの声がけに手を貸した新谷さんは「夢に向かって頑張っていたり、何かに挑戦しようとする若者をサポートする機会になれば。発表の場を作り、経験や人との出会いを手伝いたい」と、継続した取り組みへの進化を思い描いた。
 
鑑賞や体験を楽しみながら表現活動に触れる芸文祭

鑑賞や体験を楽しみながら表現活動に触れる芸文祭

 
 同ホールの常設展示コーナーの一角には画用紙やクレヨンなどが用意された。市内の小学生岩﨑一平さん(6)は画用紙に熱視線。絵を描くことが大好きな理由を聞くと、「想像いっぱいできて楽しいから。もっとうまくなりたい」とはにかんだ。姉花乃さん(10)はステージ上で輝く友達の姿に感化。自身が熱中するレスリング競技へ「楽しむ」と意欲を高めた。母小耶さん(38)は「いろんなものを見て経験し、人に優しい子に、そして強く育ってほしい」と見守った。
 
 芸文協には28団体が所属し、約390人が活動を楽しむ。開会セレモニーで、各団体で貢献してきた17人を功労者として表彰。釜石ビデオクラブの阿部秀次さん(85)は街の話題、芸文祭の様子などを約30年映像に残してきた。撮影だけでなく、音楽やナレーション、字幕など編集に欠かせない技術を学ぶ「視野の広さ」にハマった。最近は静止画のデジタルカメラが相棒となったが、「撮れば、人が喜ぶ。それが財産」とにっこり。ファインダー越しに「思い出を撮る」活動はこれからも続ける。
 
長年にわたり芸術文化に親しむ市民らを功労者として表彰

長年にわたり芸術文化に親しむ市民らを功労者として表彰

 
表彰された阿部秀次さん。カメラを持つ日々は続く

表彰された阿部秀次さん。カメラを持つ日々は続く

 
 芸文協の河東眞澄会長は「芸術文化の素晴らしさを未来に引き継ぎたい」と話し、若い世代の参加を増やしたい考えを示した。複数の団体をかけ持ちする人がいる一方で、「気の置ける人同士での活動も増えているようだ」とし、個人や少人数で活動するグループの参加も受け入れている。課題として感じるのは、小中学校との連携。「子どもたちの作品も並ぶといい。小さいうちからのつながりを大事にできれば」と模索する。

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虎舞を国際交流のツールに 郷土芸能伝承を考える釜石高生ら 魅力再認識し担い手増加策に意欲

釜石高生が披露する虎舞を楽しむハワイからの観光客=10日、箱崎集会所

釜石高生が披露する虎舞を楽しむハワイからの観光客=10日、箱崎集会所

 
 郷土芸能「虎舞」を通じた地元高校生と外国人観光客の交流会が10日、釜石市箱崎町の箱崎集会所で開かれた。虎舞を披露したのは、郷土芸能の担い手不足解消をテーマに研究する釜石高2年のゼミグループメンバーを中心とした有志11人。同市の観光地域づくり法人かまいしDMCの企画に協力した。「みちのく潮風トレイル」を目的にハワイから来日した3人に演舞を披露。お囃子(はやし)や虎の頭(かしら)を操る体験もしてもらい、郷土色豊かな国際交流が繰り広げられた。
 
 この日集まった1、2年生11人は居住する釜石、大槌、山田3市町で、虎舞や神楽、鹿踊(ししおどり)の団体に所属。夏に米国や中国からの訪日学生に虎舞を披露した経験もあり、同社から声がかかった。生徒らは自己紹介や踊りの演目説明を英語で行い、虎舞の代表的演目「矢車」「跳ね虎」「笹ばみ」を披露した。
 
自己紹介や虎舞の解説は日本語の後に英語で。女子生徒2人が担当

自己紹介や虎舞の解説は日本語の後に英語で。女子生徒2人が担当

 
春のうららかな日差しを浴びて虎が遊び戯れる様子を表現した「矢車」

春のうららかな日差しを浴びて虎が遊び戯れる様子を表現した「矢車」

 
威勢のいいお囃子とかけ声で演舞を盛り上げるメンバー(左)。外国人客は初めて見る虎舞にこの笑顔(右)

威勢のいいお囃子とかけ声で演舞を盛り上げるメンバー(左)。外国人客は初めて見る虎舞にこの笑顔(右)

 
 演舞の後は体験コーナー。外国人客は囃子の一節を太鼓で叩いたり、虎頭を動かしてみたりと初めての体験を楽しんだ。生徒らは覚えている英単語と身ぶり手ぶりで、道具の使い方を教え、地域の芸能の魅力を発信した。
 
 同社によると、みちのく潮風トレイルを訪れる訪日客は増加傾向にあり、市内では箱崎白浜の「御箱崎の宿」や根浜の「宝来館」、キャンプ場に宿を取るハイカーが目立つという。こうした訪日客は地元住民との交流も大切にしており、今回は同社が管理する御箱崎の宿の宿泊者向けに同交流会を企画した。リー・ベリンダさん(45)は「とても感動的。踊ってみると簡単じゃないことが分かって、パフォーマンスの素晴らしさを実感した」、チョー・ダンさん(48)は「若い高校生世代が地域に伝承しようと活動する姿に感銘を受けた。踊りや音楽の歴史的、文化的背景について知っているのも素晴らしい」と、貴重な体験を喜んだ。
 
外国人客は虎頭や幕の動かし方を教わって踊り体験

外国人客は虎頭や幕の動かし方を教わって踊り体験

 
お囃子の太鼓にも挑戦!見よう見まねでリズムを刻む

お囃子の太鼓にも挑戦!見よう見まねでリズムを刻む

 
 ゼミメンバーの一人で、幼い頃から只越虎舞で活動する菅田悠真さん(2年)は「郷土芸能の魅力を発信する上で、海外の人の印象を知ることも必要。英語をもっと頑張って発信力を高めたい」と意気込む。国際交流を機に有志で結成する“釜石高虎舞”は「今までの団体間の垣根を超えて、もっと広い視点で虎舞を広めていこう」と、生徒らが各団体の良さを融合させて演舞。男女や居住地関係なく門戸を開き、担い手育成につなげたいとの思いも込め、新たな活動を模索する。
 
最後は集まったみんなでお囃子体験。外国人客も声を出して一体感を味わう

最後は集まったみんなでお囃子体験。外国人客も声を出して一体感を味わう

 
 同企画を立案した、かまいしDMCで活動中の市地域おこし協力隊の木野遥香さん(24)は「箱崎半島を訪れる訪日客は漁村文化の体験にも関心が高い」との感触を得て、海岸部に古くから伝わる虎舞に着目。釜石高“郷土芸能ゼミ”の活動を知り、今回のオファーにつなげた。「高校生が国際交流できる機会を提供すると同時に、訪日客が釜石を訪れる際の付加価値のようなものを見い出せれば。交流会の継続開催を視野に、より良い形を考えていきたい」と木野さん。先輩社員らと今後の展開に夢を膨らませる。
 

現在進行中! 釜石高“郷土芸能ゼミ”とは? 三陸国際芸術祭で活動紹介

 
郷土芸能の担い手不足解消をテーマに探究活動を行う釜石高2年生のゼミメンバー

郷土芸能の担い手不足解消をテーマに探究活動を行う釜石高2年生のゼミメンバー

 
 釜石高の2年生が取り組むゼミ活動は、生徒たちの興味や疑問を出発点に自らテーマを決め、調査・研究などの探究活動を行うもの。数人がグループとなり1年を通して活動するが、今年度、地域課題に目を向けたグループの一つが「郷土芸能ゼミ」。担い手不足をどう解消するか―をテーマに活動している。5日は市民ホールTETTOで開かれた「三陸国際芸術祭」に参加。自分たちの活動についても紹介した。
 
 同ゼミメンバーは普段、各地の郷土芸能団体で活動する5人。釜石市の玉木里空さん(東前太神楽)、菅田悠真さん(只越虎舞)、三浦海斗さん(小川しし踊り)、大槌町の三浦神虎さん(陸中弁天虎舞)、山田町の山﨑柚希さん(八幡太神楽)だ。「年々、郷土芸能に参加する若者が少なくなっている」と感じていたことから、地域の祭りを途切れさせないためにも担い手を増やしたいと考えた。
 
5日に行われた三陸国際芸術祭で自分たちの活動を紹介=TETTO

5日に行われた三陸国際芸術祭で自分たちの活動を紹介=TETTO

 
 「郷土芸能について詳しく知らないため、参加しづらいのでは?」と仮説を立てた5人。検証のため、地域の小中高生にアンケートを行った。郷土芸能に対しての印象、芸能団体への所属状況、祭り参加者を増やすための方策など6項目について聞いた。浮かび上がったのは、参加への敷居の高さや送迎問題、少子化による影響。さまざまなデータを得て、担い手を増やすには▽地域を限定しない受け入れ態勢▽各団体が互いに尊重し合い、協力し合える関係の構築▽効果的な魅力発信―などの必要性を感じた。
 
観客にも問いかけながら活動発表。「郷土芸能は絶対に絶やしてはならない」との声があった

観客にも問いかけながら活動発表。「郷土芸能は絶対に絶やしてはならない」との声があった

 
ゼミメンバーらは会場で演舞を披露した鵜住居虎舞の演目「跳ね虎」も体験

ゼミメンバーらは会場で演舞を披露した鵜住居虎舞の演目「跳ね虎」も体験

 
 4、5の両日、開催された同芸術祭には約3千人が来場。同ゼミメンバーは若手芸能者が継承について語り合う公開ディスカッションにも参加し、多くの学びを得た。玉木さんは郷土芸能への興味、関心の高さを感じ、「担い手の一員としてうれしい。自分たちの芸能に誇りを持ってやっていける」と励みになった様子。ゼミでは今後、釜石、大槌の団体を招いて地元小中高生に伝統芸能の良さを体験してもらう会も開きたい考えで、「次世代を担う自分たちが積極的に動くことで担い手を増やし、地元郷土芸能を盛り上げていきたい」と意を強くする。

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郷土芸能15団体 釜石に集結! 「三陸国際芸術祭」TETTOで初開催 伝統の演舞堪能する2日間

釜石初開催となった「三陸国際芸術祭2025」=4日、TETTO

釜石初開催となった「三陸国際芸術祭2025」=4日、TETTO

 
 三陸国際芸術祭2025が4、5の両日、釜石市大町の市民ホールTETTOで開かれた。三陸国際芸術推進委員会、独立行政法人日本芸術文化振興会、文化庁の3者が主催。三陸の豊富な芸能の発信、国際的な文化交流で東日本大震災被災地域の「創造的復興」を目指そうと、2014年から始まり11回目の開催。釜石市が会場となるのは初めてで、地元からは市指定無形民俗文化財の3団体が出演した。市内外から大勢の人たちが訪れ、見る・学ぶ・体験する郷土芸能を楽しんだ。
 
 本年度の同祭のテーマは「醸ス(かもす)」。各地域の郷土芸能、若者、旅人、地域が交じり合い、醸し出される―をコンセプトに、地域文化の再発見、異なる文化への理解の場を提供しようと開催された。青森県八戸市から岩手県大船渡市までの三陸の郷土芸能15団体が出演。内容盛りだくさんの2日間となった。
 
威勢のいい掛け声とともに開幕を飾った釜石市の「錦町虎舞」

威勢のいい掛け声とともに開幕を飾った釜石市の「錦町虎舞」

 
 4日夕方に開幕。釜石市の錦町虎舞がオープニングを飾った。神楽巡行の際、各地の民家など「神楽宿」で舞われてきた夜神楽を再現。鵜鳥神楽(普代村)と金澤神楽(大槌町)が伝統の舞を披露し、観客から盛んな拍手を受けた。演舞の合間には両団体の舞い手から担い手育成について話を聞く場面も。三陸地方の芸能は少子高齢化、震災などによる人口減少で人材確保が課題となっている団体も多い。金澤神楽からは「元々は男性が踊っていたが、(女性も踊るようになり)今では女性の方が多くなった。知り合いを通じて勧誘したり、入りたい人は地区外からも歓迎している」などの話があった。
 
国指定重要無形民俗文化財の「鵜鳥神楽」(普代村)。隔年で行われる釜石までの南廻り巡行でもおなじみ

国指定重要無形民俗文化財の「鵜鳥神楽」(普代村)。隔年で行われる釜石までの南廻り巡行でもおなじみ

 
女性が舞い手を務める大槌町の「金澤神楽」

女性が舞い手を務める大槌町の「金澤神楽」

 
各芸能団体の演舞に熱い拍手を送る観客

各芸能団体の演舞に熱い拍手を送る観客

 
 5日は、若手芸能者が創造的な芸能継承について語り合う公開ディスカッション「三陸芸能ユースミーティング」を皮切りに各種プログラムが夕方まで続いた。「東北の百姓一揆と芸能」と題したプログラムでは、死者への祈りが込められた供養芸能として、瀧澤鶏舞(洋野町)、救沢念仏剣舞(岩泉町)、大宮神楽(田野畑村)が披露された。岩手の百姓一揆や民俗芸能研究で知られる茶谷十六さんと岩手県立図書館長の森本晋也さんが解説。一揆と芸能の関係性について、「日本最大級の三閉伊一揆の中心的指導者の多くは神楽など芸能の名手だった」という古文書の記録を紹介。茶谷さんは「岩手には凶作、飢饉で何万人もの人が亡くなった悲しい歴史がある。その悲しみを共有し、亡くなった人を供養するというのが岩手の芸能の原点ではないか。豊作祈願の田植え踊りで刃物を持って踊るのは圧政を許さない、自分たちの命を守るために戦うという覚悟の表れ」と話した。
 
洋野町の「瀧澤鶏舞」。念仏供養の踊りで、ヤナギ(花)を中心に円陣となって踊る

洋野町の「瀧澤鶏舞」。念仏供養の踊りで、ヤナギ(花)を中心に円陣となって踊る

 
岩泉町の「救沢念仏剣舞」。毎年お盆に寺で踊り、先祖の御霊を慰める

岩泉町の「救沢念仏剣舞」。毎年お盆に寺で踊り、先祖の御霊を慰める

 
 また、岩手の芸能には「住民の結束を強くし、生涯、苦楽を共にする仲間意識を育む側面もある」といい、これは他地域の芸能の在り方とは違うという指摘も。茶谷さんは「芸能が大きな力になったのを一番示したのが東日本大震災。震災から半年後、生活の復興ではなく、芸能の復興(復活)に力を合わせたことが、被災地復興を後押しした」とし、「たましずめ(鎮魂)」「たまふるい(魂を奮い立たせる)」という岩手の芸能の根底を示した。
 
県指定無形民俗文化財の「大宮神楽」(田野畑村)。躍動感あふれるダイナミックな舞で観客を魅了

県指定無形民俗文化財の「大宮神楽」(田野畑村)。躍動感あふれるダイナミックな舞で観客を魅了

 
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岩手の百姓一揆と民俗芸能の関係について語った茶谷十六さん(左上写真左)。出演者からもさまざまな話を聞いた

 
 来場者の体験型企画も複数あった。「三陸祝祭音楽と盆踊りフェス」と題し、なもみ太鼓(野田村)、青森県から出演の田代盆踊(階上町)、八太郎おしまこ(八戸市)が太鼓や踊りを見せた後、体験の時間が設けられた。来場者は、ばちを手に取って大小の太鼓をたたいてみたり、踊りの輪に加わったりして楽しんだ。
 
 なもみ太鼓の会の泉澤弘代表(65)は「震災の津波で太鼓の保管場所が被災した。活動再開には時間がかかったが、一時期、大幅に減ったメンバーも今は20人ほどになり、子どもたちも増えた。今年で活動38年。できる限り、後世につないでいきたい」と話した。
 
野田村の「なもみ太鼓」。演奏後、来場者がメンバーから教わりながら体験した

野田村の「なもみ太鼓」。演奏後、来場者がメンバーから教わりながら体験した

 
青森県階上町の「田代盆踊」。太鼓のリズムに合わせ、来場者も踊りを楽しんだ

青森県階上町の「田代盆踊」。太鼓のリズムに合わせ、来場者も踊りを楽しんだ

 
 「三陸未来芸能祭」と銘打ったプログラムには、虎舞と鹿踊(ししおどり)4団体が出演した。三陸地方には両芸能の伝承団体が数多く存在するが、土地によって頭(かしら)の形状や踊りが大きく異なる。虎舞は江戸時代の盛岡(南部)藩領と仙台(伊達)藩領で違いが見られる。会場では釜石市の鵜住居虎舞、大船渡市の門中組虎舞が演舞。鵜住居虎舞は俗に「雌虎」と称される優雅な舞と数多くの手踊りが伝承されているのが特徴。この日は虎頭の踊りのほか、手踊りの「豊年舞」「傘甚句」が披露された。一方、門中組虎舞は地元神社に伝わる獅子頭信仰に由来し、アクロバット的な踊りが特徴。両団体の演舞の後、釜石の虎舞の演目「跳ね虎」の体験会も行われた。
 
釜石市の「鵜住居虎舞」(左)と大船渡市の「門中組虎舞」(右)。北と南で頭や踊りが全く異なる

釜石市の「鵜住居虎舞」(左)と大船渡市の「門中組虎舞」(右)。北と南で頭や踊りが全く異なる

 
鵜住居虎舞は多くの手踊りも伝承。この日は豊年舞(左上)と傘甚句を披露

鵜住居虎舞は多くの手踊りも伝承。この日は豊年舞(左上)と傘甚句を披露

 
虎舞の演目「跳ね虎」の体験コーナー。頭を握る手の高さや足の運び方を見よう見まねで…

虎舞の演目「跳ね虎」の体験コーナー。頭を握る手の高さや足の運び方を見よう見まねで…

 
 岩手県の鹿踊は大きく分けて、内陸部に多い「太鼓踊系」と沿岸部に多い「幕踊系」の2系統に分類される。出演した釜石市の小川しし踊りは幕踊、住田町の行山流高瀬鹿踊は太鼓踊で、観客は装いや囃子(はやし)、踊りの異なる趣を楽しんだ。未来芸能祭は若手芸能者にスポットを当てた企画で、出演者からは「若い担い手を増やし、次の世代にしっかり伝えていきたい」との声があった。
 
住田町の「行山流高瀬鹿踊」(左)と釜石市の「小川しし踊り」。同じ鹿でも表現が違うのが面白い

住田町の「行山流高瀬鹿踊」(左)と釜石市の「小川しし踊り」。同じ鹿でも表現が違うのが面白い

 
 会場にはオーストラリア、フィリピン、インドなどから国際交流プログラムで訪れた外国人を含め、大勢の人たちが足を運んだ。陸前高田市の及川幹雄さん(70)は「釜石の虎舞を初めて見た時は衝撃を受けた。大好きです」と、この日の演舞も大いに堪能。虎舞や鹿踊の地域性の違いも改めて実感し、「日本の片田舎にこんなにも多くの素晴らしい伝統芸能があるのは誇るべきこと。もっともっとPRしないとね」と、積極的発信に期待を込めた。
 
 会場では、「三陸ブルーラインプロジェクト」で制作を続けるタイルアート作品も公開。今年は、かまいしこども園、釜石高美術部が協力して作り上げ、大船渡市の防潮堤への設置を前に同祭会場でお披露目した。

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自然物の質感そのままに 釜石出身の陶芸家・伊藤正さん、古里で個展「最初で最後かな」

釜石市民ホールで開かれた伊藤正さん(右)の陶芸展

釜石市民ホールで開かれた伊藤正さん(右)の陶芸展

 
 釜石市出身の陶芸家、伊藤正さん(73)の陶芸展が9月25~27日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。花巻市東和町に築窯し、自らの手で土を掘り作陶している伊藤さんの作品は、土そのものの表情を生かした造形が味。ざらざら、でこぼこ、ぷつぷつ…自然物の質感にそっと触れてみたくなるような引力がある約70点が並んだ。古里で作品を紹介するのは地元の陶芸家と二人展を行った駆け出しの頃以来。「最初で最後だろう」という今回の個展には同級生や後輩、市民らが足を運び、独特な作風に見入った。
 
 巻き貝、シュウリ貝といった貝殻をモチーフにした「海の雫」は、20年以上作り続けている造形。「波にもまれ砂浜に打ち上げられた、風化した貝が面白い」と伊藤さん。子どもの頃に古里の海で貝殻拾いをした記憶を表している。3年ほど前から取り組むのは「時の栞」シリーズ。古墳など遺跡から着想を得る。
 
貝殻をモチーフにした「海の雫」は長く取り組む作品シリーズ

貝殻をモチーフにした「海の雫」は長く取り組む作品シリーズ

 
「海の雫」シリーズに見られるのは柔らかな曲線

「海の雫」シリーズに見られるのは柔らかな曲線

 
角ばった造形は「時の栞」シリーズ。遺跡などから想を得る

角ばった造形は「時の栞」シリーズ。遺跡などから想を得る

 
 使うのは、自ら選んだ久慈市の土。山や川原などの地層から掘り出したものだ。チャート、長石などの鉱物が混じった土をあまり精製せず作陶。その土に含まれるさまざまな物質が、焼成の過程で小さな突起となって表面に現れ、独特の質感を生み出している。「石が入った、ざらざらした感じの表情に引かれる。土の採取は人に任せられない」。釉薬もほとんど用いないといい、伊藤さんは自身の作品を「プリミティブ(『原始的な』という意味)」と表現した。
 
使うのは久慈の土。細かい砂粒や溶けた長石の光る粒がみえる

使うのは久慈の土。細かい砂粒や溶けた長石の光る粒がみえる

 
 伊藤さんは釜石南高(現釜石高)から東京の大学に進学。子どもの頃から土器や縄文といった文明にも関心があり、理工系の学部で地学を学んだ。「人生に悩んでいた」という25歳前後の頃にインドを放浪。自然のものから形を起こす、ものづくりを志すきっかけとなった。
 
 1979年から焼き物の街、栃木県益子町の製陶所で修行。作陶技術を得て、30代前半に岩手県に戻り、遠野市に築窯、独立した。修行時代から気になっていたのが、土。焼き物の本質でもある土に「不自然さ」を感じていたことから、自分をわくわくさせてくれるものを求め、周囲の山を掘り始めた。
 
 「土を掘っているとイメージが湧く」と話す伊藤さん。さまざまな土を試し、焼き方の温度、いぶし具合を変えたり組み合わせたり試行した。95年に花巻・東和に移住。自ら土を掘り、窯を築き、薪で焼き上げるスタイルを継続する。
 
 古里での個展は、中学・高校時代の同級生で前釜石市長の野田武則さん(72)からの熱望を受け実現。精力的な作陶、個展などへの出展のほか、県内外の美術展での入選・受賞や国内外の美術館への収蔵など、独自の作風が評価されているのに「知らない人が多い。元気なうちに古里で(個展を)やってくれ」(野田さん)との声に、「たまたま半年だけスケジュールが空いていた」(伊藤さん)と応えた。
 
陶芸展の開催を喜ぶ(左から)野田武則さん、伊藤さん、後輩の桑畑眞一さん

陶芸展の開催を喜ぶ(左から)野田武則さん、伊藤さん、後輩の桑畑眞一さん

 
 陶芸を身近に感じてもらえるよう「不得意」と話す食器も並べた。抹茶碗や小鉢、角皿…。粘土を細長く伸ばしたものを重ねていく「ひも作り」を主にするが、ろくろ形成など手法はさまざま。「一つとして同じものはない」ことから、量産している感覚や、つるんとしたイメージの焼き物を作ると思うと「つまらなくなる」と明かした。
 
土の質感が残る抹茶椀。独特な造形が味わい深い

土の質感が残る抹茶椀。独特な造形が味わい深い

 
 食器も、手が触れる表面はざらざらとした質感は残るが、カップや花入れなどは内側にうわぐすりが塗られ、さらりとした光沢がある。水漏れしないよう飲みやすさや使いやすさにはしっかり配慮。表面に白いカオリンという粘土を薄く塗り、焼成後にワイヤーブラシでカオリンをこそげ落とし土肌をあらわにする独自技法が隠れていて、白色と赤茶色の土のコントラストが味わい深い作品もあった。
 
 独自の造形、土の表情を見て、感じ取れるよう作品はすべて自由に触れることができた。来場者は「素朴」「土そのままで面白い」などと、つぶやきながら鑑賞。元製鉄マンらしき男性は焼き方の工程や窯内の温度など、伊藤さんに熱心に質問していた。
 
顔を寄せ作品にじっくり見入る来場者

顔を寄せ作品にじっくり見入る来場者

 
会場には土そのものの表情を味わう作品がずらりと並んだ

会場には土そのものの表情を味わう作品がずらりと並んだ

 
 「5、60年ぶりにたくさんの懐かしい顔に会えた」と目尻を下げた伊藤さん。「釜石で紹介するのは最後かな。体力も落ちているから」と話すが、実際は今後の展示会の予定が75歳までびっしり詰まっているからだ。
 
 創作意欲は衰えず、「いいものを見て感動する」日々を過ごし、気になるものをデッサンし描きためている。今、興味があるのは「人間」と「文明」。自然物を生かした造形を通し「人間って何なのか、古代の文明の意味を考え、自分なりに納得できるものを見いだしたい」と探究を続ける。そのために欠かせない視点は、面白さ。「ドキドキしなきゃ、ダメ」と笑った。

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釜石・鵜住居幼稚園 元気に餅つき「楽しい思い出を」 26年度から募集停止・休園

餅つきで交流する鵜住居幼稚園の園児と釜石東中の生徒ら

餅つきで交流する鵜住居幼稚園の園児と釜石東中の生徒ら

 
 すてきな思い出をみんなでつくろう―。釜石市立鵜住居幼稚園(同市鵜住居町、磯田育子園長)で17日、子どもたちが楽しみにしている園行事の餅つき会があった。隔年で実施しているため、本来は来年秋まで待たねばならないが、来春から休園することが決まっており前倒し。ちょうど保育体験に来ていた中学生の力も借りて餅をつき、おいしく味わった。
 
 「エイヤー」「ヘイ!ヘイ!」「ぺった~ん」。園児4人の元気な“合いの手”が園舎に響いた。「いっぱい遊んで、たくさんの思い出を」。楽しげな園児を見守る磯田園長ら職員、保護者たちの表情もどんどん柔らかくなった。
 
元気なかけ声で餅つきを応援する園児たち

元気なかけ声で餅つきを応援する園児たち

 
中学生が餅をつく様子を園児はわくわくしながら見つめた

中学生が餅をつく様子を園児はわくわくしながら見つめた

 
 餅つきに協力する陸中海岸青少年の家(山田町)が用意した、もち米2升をふかして準備。園隣接地にある釜石東中(高橋晃一校長)の3年生7人が家庭科の授業(保育単元)の一環で来園し、餅つきのキャリアが豊富な大人と力を合わせて、ある程度ついたあとで、園児にバトンタッチした。
 
 「よいっしょー」。小型のきねを持った園児は、中学生の手助けのもとで振り下ろし、餅つきを楽しんだ。つきたての餅はあんこやクルミ、きな粉などを付けて頬張った。
 
園児は中学生や大人たちの力を借りて餅つきに挑戦した

園児は中学生や大人たちの力を借りて餅つきに挑戦した

 
かけ声、力を合わせて餅をつき上げて満足げな参加者

かけ声、力を合わせて餅をつき上げて満足げな参加者

 
園児が餅を食べやすいよう手助けしたり頬張る笑顔を見つめたり

園児が餅を食べやすいよう手助けしたり頬張る笑顔を見つめたり

 
 運動会を控えた園児たちが「いっしょにれんしゅうしてくれますか」と中学生に尋ねると、生徒は「いいですよ」と返答。綱引きと玉入れで勝負し、触れ合いも楽しんだ。生徒たちはハンドベルの演奏も披露。園児は手拍子でもり立てた。
 
運動会の練習で交流。中学生はハンドベルの演奏も披露した

運動会の練習で交流。中学生はハンドベルの演奏も披露した

 
 お兄さん、お姉さんたちとの交流にはしゃぐ佐々木陽丸ちゃん(5)と小笠原涼真ちゃん(6)は「うれしい。おもしろかった」と声をそろえた。2人とも来年は小学生に。「こうていでいっぱいはしる。サッカーしたい」「せ、のびたいから、グーグーねる」と期待を膨らませていた。
 
楽しい時間を過ごし笑顔を見せる園児、中学生ら

楽しい時間を過ごし笑顔を見せる園児、中学生ら

 
 1979年創立の同園は、市立幼稚園として長年、幼児教育の役割を担ってきた。2011年の東日本大震災で全壊。他地区にあった市立幼稚園での合同保育や仮設園舎での生活を経て、17年に鵜住居小や釜石東中とともに一体で整備された現在の場所で運営する。
 
 近年は少子化の影響で園児数が減少しており、現在は3歳児2人、5歳児2人が利用する。26年度の入園見込みは2人。入園希望の対象となる子どもが「そもそもいない。入園の見込みがない」(磯田園長)といい、保護者の就労状況やニーズの変化などが背景として考えられる。
 
 市教委は、集団生活が子どもの成長に与える影響を考慮。適度な集団の中での規範意識や共同性の育成が難しく、「幼稚園としての十分な教育環境の確保が見込めない」とし、26年度の園児募集を停止して26年3月をもって休園することとした。
 
 餅つき、運動会の練習という園行事を通じた体験活動に懐かしさを感じていたのは、同園を卒園した釜石東中の松下大和さん。「人数が多かった」と仮設園舎での生活を思い出しつつ、休園の話を聞いて残念がる。「人数が少なくなっているが、きょうの交流でしっかり楽しみ合えたと思う。(園児が)けがをせず遊べるよう気を配ったし、話し方も自然にゆっくりになっていた」と笑った。
 
 磯田園長は「少人数の教育環境には良さもあるが、課題もある。だけど、多い少ないにかかわらず保育を続けるだけ。普段の生活の中で、さまざま力が育まれるのだから」と話す。遠足や作品展、季節感を味わう各種行事は変わらず行っており、その際に駆け付ける保護者たちの存在に「助けられている」と感謝する。
 
園行事の運営に協力する保護者。餅つき会でも力を発揮

園行事の運営に協力する保護者。餅つき会でも力を発揮

 
体験活動を楽しむ園児をうれしそうに見守る磯田育子園長

体験活動を楽しむ園児をうれしそうに見守る磯田育子園長

 
 笑顔の子どもたちを見つめ、「のびのびと過ごしてほしい」と磯田園長。周囲のあたたかい思いを重ね合わせた運営を続ける。

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三浦命助 一揆指導者の素地、宗教者の顔… 東北学院大 兼平賢治教授が釜石で講演

「三浦命助関係資料」の県文化財指定を記念した講演会=14日、釜石PIT

「三浦命助関係資料」の県文化財指定を記念した講演会=14日、釜石PIT

 
 江戸時代末期、嘉永の三閉伊一揆(1853年)の指導者の一人だった栗林村(現釜石市栗林町)の三浦命助(1820-1864)。本年4月、命助の関係資料が県指定文化財となったことを記念した講演会が14日、同市で開かれた。講師は同文化財指定に尽力した東北学院大学文学部の兼平賢治教授。一揆を率いた命助の知られざる実像に迫り、約100人が耳を傾けた。
 
 県文化財に指定された「三浦命助関係資料」は、一揆後、命助が仙台藩領へ逃走していた時の日記、入牢中に記し家族に送った獄中記、平田番所通行時に着用していた装束など35点(文書31、版木2、装束2)。命助の本家筋にあたる三浦家が所蔵していたもので、命助の足跡や思想、近世後期から幕末期の盛岡藩と民衆の動向をひもとく上で貴重な資料群として、4月11日付けで指定された。記念講演会は釜石市教委が主催。会場となった釜石PITには同文化財リストとともに現物8点が特別展示された。
 
県指定文化財となった資料群。僧侶だったことを物語る版木・折本(左上)、大福帳(右上)、獄中記(下)

県指定文化財となった資料群。僧侶だったことを物語る版木・折本(左上)、大福帳(右上)、獄中記(下)

 
35点の資料の中から8点が講演会会場で公開された。貴重な資料に興味津々の来場者

35点の資料の中から8点が講演会会場で公開された。貴重な資料に興味津々の来場者

 
 三浦命助は村の肝いりだった父のもとに生まれた。大飢饉(ききん)のため、17歳で秋田藩の院内銀山に出稼ぎ。帰村後は農業のほか、沿岸と内陸を行き来し、農海産物の荷駄商いをして生計を立てていた。18歳で結婚し、5人の子どもに恵まれている。
 
 日本最大級とされる三閉伊一揆は、藩の追加課税に苦しむ民衆が1847(弘化4)年11月と、53(嘉永6)年6月の二度にわたり起こした。命助は34歳の時、1万6千人以上が参加した嘉永の一揆に加わり、仙台藩に越訴。45人の代表者の一人として交渉し、免税など要求のほとんどを認められた。一揆後、村に戻るも、村内の騒動で身の危険を感じ仙台藩領へ出奔。出家し寺の住職を務めた後、京都に上り、二条家の家来になった。57(安政4)年、帰村しようと藩境の平田番所を越えたところ、脱藩の罪で捕らえられ、盛岡の牢に入れられた。その後、6年8カ月も勾留され、45歳で牢死した。
 
 講演で兼平教授は、命助が一揆の頭人(指導者)となる要素はどこにあったかに着目。院内銀山への出稼ぎ、広域の商売で幅広く識見を得ていたことに加え、幼いころからの観音信仰でさまざまな知識を蓄えていたことが影響していると明かした。熱心な信仰は、一揆後に命助が宗教者としての道を歩むことにもつながっていく。当初、「義乗」と名乗ったとされるが、三浦家に伝わる版木には「義参」の文字があり、「義参が正しいと考えられる」と兼平教授。出家後は「明英」と名乗っている。
 
記念講演会の講師を務めた東北学院大学文学部の兼平賢治教授。盛岡藩南部家について江戸時代を通して研究している

記念講演会の講師を務めた東北学院大学文学部の兼平賢治教授。盛岡藩南部家について江戸時代を通して研究している

 
三浦命助に関するさまざまな資料をスクリーンで見せながら進んだ講演会

三浦命助に関するさまざまな資料をスクリーンで見せながら進んだ講演会

 
 出奔した仙台藩領では曹洞宗積雲寺(現宮城県加美町)に入り、後に天台宗箆峯寺西ノ坊(同涌谷町)の弟子に。さらに南小牛田村(同美里町)に居住し、当山派修験である東寿院の住持(住職)となった後、京都へ上る。兼平教授は、これまでに研究者が示してきた一揆の指導者や修験になり得た背景を紹介。命助が弁舌や筆のたつ人物だったことが伝えられた。
 
 兼平教授は8月に実施した宮城県公文書館での調査、小牛田のフィールドワークの成果についても説明。同館所蔵の村絵図や命助が記した日記をもとに、関係寺社の場所や居住地域をおおむね特定したという。逃亡の身であった命助が京都に向かい、二条家の家来になった理由については、慶應義塾大文学部古文書室の「二条家文書」展示品解説を引用。二条家の家紋が入った提灯や御用絵符は、命助が帰村するための身の保証であったが、命助が二条家から「永御暇」となったことを知った盛岡藩は、プレッシャーをなくし捕縛に至ったと考えられるという。
 
兼平教授の最新の調査成果も公開。命助が南小牛田村で僧侶をしていた時の暮らしぶりや人間関係について語った

兼平教授の最新の調査成果も公開。命助が南小牛田村で僧侶をしていた時の暮らしぶりや人間関係について語った

 
講演会には市内外から約100人が来場し、関心の高さを伺わせた

講演会には市内外から約100人が来場し、関心の高さを伺わせた

 
 同講演会は「かまいし歴史文化プロモーションを通じた関係人口創出事業」の一環として開催。来場者はこれまであまり知られていなかった三浦命助の素地や逃亡中の生活、宗教者としての顔に触れ、さらなる学びを得ていた。

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奏でる多彩なリズム 地域に元気「うのスタ☆音楽の日」 釜石ゆかりの出演者ら「気持ちいい」

釜石鵜住居復興スタジアムで開かれた「うのスタ☆音楽の日」

釜石鵜住居復興スタジアムで開かれた「うのスタ☆音楽の日」

 
 釜石鵜住居復興スタジアムコンサート「2025うのスタ☆音楽の日」(釜石ラグビー応援団主催、釜石市共催)は14日、同市鵜住居町の現地で開かれた。ゆかりのあるアーティストや一般公募で出演権を得た12組が競演。ジャンルを超えた音色を響かせ、地域を活気づけた。
 
 この音楽イベントはスタジアムの活用策の一つで、交流人口の拡大、にぎわい創出、地域活性化につなげるのを狙いにする。昨年、初めて企画・開催され、ロックバンド「スターダスト☆レビュー」が熱演。流れを継続すべく、今年は岩手を拠点に活動する音楽ユニット「underpath!」(アンダーパス)や、大槌町出身のアーティストNorishige(ノリシゲ)がプロデュースする音楽プロジェクト「ナンダ★モンセ」ら4組をゲストとして招待したほか、アマチュアの出演者らを一般公募。抽選の結果、8組の出演が決まった。
 
「うのスタ☆音楽の日」は絶好の屋外コンサート日和に

「うのスタ☆音楽の日」は絶好の屋外コンサート日和に

 
 出演者は地元釜石のほか、大船渡市、盛岡市、北上市、関東を中心に音楽活動をするバンド、ソロ、楽団などさまざま。ロック、昭和歌謡、ダンスと多彩なジャンルの演奏、演目を披露した。
 
 「音楽の日、みんなでつくっていこう」と盛り上げたのは、アンダーパス。「たらりら」では地元の子ども、ラグビーチーム釜石シーウェイブス(SW)の選手らと元気いっぱいのステージを繰り広げた。正福寺幼稚園の鍵寧花ちゃん(5)は「おもしろかったし、たのしかった。(踊りの振り付けが)むずかしくてきんちょうしたけど、うまくできた」と胸を張った。
 
子どもや釜石SW選手も参加したアンダーバスのステージ

子どもや釜石SW選手も参加したアンダーバスのステージ

 
パフォーマンスも交流も全力で楽しむ笑顔がいっぱい

パフォーマンスも交流も全力で楽しむ笑顔がいっぱい

 
 釜石ゆかりの一般出演者の一人、長山時盛さん=栃木県在住=は、1981~92年に新日鉄釜石ラグビー部で活躍した経歴を持つ異色のミュージシャン。今回、「釜石を盛り上げたい」と応募し、オリジナル曲「恋の峠」「釜石イズオールライト」などを力強く歌った。「空が広い。この素晴らしい環境でアマチュアの私がパフォーマンスできて感激。聴いてくれて、ありがとう」と、客席となったスタンドから届く拍手に応えた。
 
ギターの弾き語りで釜石への思いを熱く歌う長山時盛さん

ギターの弾き語りで釜石への思いを熱く歌う長山時盛さん

 
 ゲスト出演の臼澤鹿子踊保存会=大槌町=は荒々しく激しい舞いを披露。ナンダ★モンセは中南米・ラテン音楽と大槌の方言を融合させた、ご当地感満載の楽曲で新感覚の音や言葉の世界を発信し、聴衆の心に不可思議な余韻を残した。
 
力強い舞いで魅せた大槌町の郷土芸能「臼澤鹿子踊」

力強い舞いで魅せた大槌町の郷土芸能「臼澤鹿子踊」

 
方言を交えた楽曲で聴衆を楽しませた「ナンダ★モンセ」

方言を交えた楽曲で聴衆を楽しませた「ナンダ★モンセ」

 
釜石やラグビーにゆかりのある出演者が奏でる音色を楽しむ

釜石やラグビーにゆかりのある出演者が奏でる音色を楽しむ

 
 陸前高田市の外国語指導助手(ALT)、イヴォンナ カスティリヨさん(27)=フィリピン出身=は県内のALT仲間と足を運び、「すごく楽しい。思いや言いたいことをミュージックで伝えていると感じた。天気もいいし、気持ちいい」と喜んだ。釜石・浜町の60代男性は「このスタジアムを遊ばせておくのはもったいない。人が集うよう、だめもとで、何でもやってみてほしい。若者のためにも」と望んだ。
 
 ゲスト出演した釜石高校音楽部は2年生部員4人が「星影のエール」「サザンカ」を伸びやかに、爽やかに歌い上げた。ラグビーやスタジアムに「ぴったり」と選んだ2曲に込めたのは、明るさと夢を追う人への応援。八幡陽梛子部長は「マイクの反響がすごくて戸惑いもあったけど、練習してきたことを出しきれた。すごく気持ちよかった。何かを頑張っている人たちに思いが届いたら、うれしい」と充実感をにじませた。
 
「思い届け」。爽やかな風に歌声を乗せた釜石高校音楽部

「思い届け」。爽やかな風に歌声を乗せた釜石高校音楽部

 
来場者は演奏に合わせ歓声を送ったり、拍手でもり立てた

来場者は演奏に合わせ歓声を送ったり、拍手でもり立てた

 
 主催者らは今後も音楽イベントの開催を続ける考えで、「演奏しやすい環境づくりやプロモーション活動を行いながらコンサート誘致を進めたい」としている。

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「夢をかなえるには?」 元空手道日本代表の大内美里沙さん 釜石商工高生に授業 部活指導も

釜石商工高で行われた元空手道日本代表・大内美里沙さん(左)の保健体育特別授業=2日

釜石商工高で行われた元空手道日本代表・大内美里沙さん(左)の保健体育特別授業=2日

 
 元空手道日本代表で俳優の大内美里沙さん(23)が2日、釜石商工高(小松了校長、生徒176人)を訪れ、1年生(55人)に特別授業を行った。日本テレビ放送網がスポーツ庁の委託を受けて行う「アスリート全国学校派遣プロジェクト」の一環で来校。自身の競技人生で得たことなどを語り、空手の動きを取り入れた体づくりの講習を行ったほか、空手道部の部員にも実技指導した。
 
 大内さんは大阪府出身。4歳から祖父の空手道場で競技を始め、中学3年時から9年間、日本代表メンバーとして戦った。世界大会で2度優勝、計6回の日本一にも輝いた。昨年12月に現役を引退。今春上京し、子どもの頃からの夢だった俳優の道を歩み始めた。
 
授業は1年生を対象に実施。はじめに講話が行われた

授業は1年生を対象に実施。はじめに講話が行われた

 
 講話では、空手の目標達成のために進学した日本航空高(山梨県)時代を振り返り、「日本一を目指して切磋琢磨した仲間や監督との出会いが、自分の空手人生の考え方を大きく変えた」と話した。高校生に伝えたいこととして、▽徳積みをする▽食事をきちんと取る▽目標設定を明確に▽挫折を挫折と思わない▽周りの人を大切に―という5つの人生訓を示した。
 
 大内さんは「徳積み=自分に恥じない行動」とし、“ごみを拾う”“スリッパをそろえる”など、「気付いたら見て見ぬふりをせず即行動」を提案。日々の小さな積み重ねが自信となり、「いざという時に(自分が望む)結果につながったりする」と述べた。食事がメンタルに及ぼす影響も指摘。「必要な栄養を取らないとマイナス思考になりがち」と自らの経験を明かし、「未来の体は今、摂取するもので作られる。5大栄養素をバランス良く取って」とアドバイスした。
 
自身の空手人生で得たことなどを話す大内さん

自身の空手人生で得たことなどを話す大内さん

 
生徒らは今後に生かそうと、メモを取りながら大内さんの話に聞き入った

生徒らは今後に生かそうと、メモを取りながら大内さんの話に聞き入った

 
 夢や目標をかなえるために有効な方策として「マンダラチャート」を紹介。小学校時に始めたという大内さんは「自分が今やるべきことが明確になる。その通りにやっていたら結果につながっていった」と実体験を示した。さらに「かなえた先の未来の設定」も呼び掛けた大内さん。自身は中学3年時に立てた「空手日本一、世界一」の後に「俳優になる」という目標をしっかり果たした。
 
 日常で重要視するのは「時間の有効活用」と「逃げない姿勢」。与えられた時間は平等で、どう使うかでその先の未来が変わってくる。大内さんは「逃げ癖がつくと目標達成が遠のく。やるべきことが分かっているなら、自分に甘えず、向き合い続けることが大事」と言葉に力を込めた。
 
講話後、生徒からはさまざまな質問が…。貴重な学びの時間となった

講話後、生徒からはさまざまな質問が…。貴重な学びの時間となった

 
「体づくりを部活に生かしたい」との学校の要望で行われた運動の授業

「体づくりを部活に生かしたい」との学校の要望で行われた運動の授業

 
空手の基本動作「突き」を学ぶ。大内さん(右上)の動きをまねて…

空手の基本動作「突き」を学ぶ。大内さん(右上)の動きをまねて…

 
 講話後は道着に着替えた大内さんが、空手の礼儀や基本動作を教えた。生徒らは「突き」や「蹴り」、上下左右の動きを取り入れた連続動作を実践。初めての経験に新鮮さを感じつつ、楽しみながら体を動かした。
 
 ラグビー部に所属する舘洞愛実さん(総合情報科)は「(掲げた)目標のさらに上の目標まで立てるということを学んだ。自分も取り入れて、輝ける選手になりたい。日々の感謝や礼儀、食事管理も見直し、東北選抜選手に選ばれるよう頑張る」と意識を高めた。
 
 同アスリート派遣事業は3年目。釜石商工高は初めて応募し、実施校に選ばれた。本県では今年度、小中高23校で、各競技のトップアスリートによる授業が行われている。高校生を相手に授業をするのは初めてという大内さんは「進めていくうちにみんなの顔が緩んできて、空手の実技もノリノリでやってくれたので私自身も楽しかった。競技を通して学んできたことに加え、日々の生活の中で人間性を高めていくために大事なことが伝わっていれば…」と期待を込めた。
 
教諭が持つミット目がけ「蹴り」にも挑戦! なかなかない体験にこの笑顔

教諭が持つミット目がけ「蹴り」にも挑戦! なかなかない体験にこの笑顔

 
複数の基本動作を組み合わせ、空手の「形」を疑似体験

複数の基本動作を組み合わせ、空手の「形」を疑似体験

 
 授業の後、大内さんは同校空手道部の指導にもあたった。3年生部員が引退し、現在2年生2人で活動中の同部。2人は1年生と一緒に特別授業も受けた。現役時代「形」の種目で戦ってきた大内さんは、1時間半という限られた時間の中で基本動作の重要ポイントを伝授。肩などに力が入りすぎていることを指摘し、「丹田(へそ下の部位)に重心を落とす感覚でやると余分な力が抜ける」「関節を開放し、丹田から技を繰り出すイメージで」などと助言した。“脱力”はスピードやパワーを発揮するのに重要な要素で、意識して練習することで感覚をつかめるようになるという。
 
授業の後に行われた空手道部の部員への実技指導

授業の後に行われた空手道部の部員への実技指導

 
体の重心を意識しながら前に踏み出す練習

体の重心を意識しながら前に踏み出す練習

 
 高校から空手を始めたという堤久夢希さんは「突きや引手で、できていなかった部分を指摘してもらい、すごく勉強になった。教わったことを生かして、大会でいい結果を残したい」と感謝。小学2年から空手を続ける佐藤怜磨さんは大内さんの演武を直接目にし、「体がぶれないところや(動作の)強弱、息の使い方がうまかった。音も何か違う」とトップレベルの技に驚き、刺激を受けていた。
 
部員らは大内さんに「形」の演武も見てもらい、アドバイスを受けた

部員らは大内さんに「形」の演武も見てもらい、アドバイスを受けた

 
 同部顧問の山田英之教諭は「ナショナルチームにいたトップレベルの先生に教えてもらえる機会はなかなかない。私たちの普段の指導とは発想が違い、発見が多かった。生徒たちも楽しそうで、いろいろなことを吸収させてもらった。ありがたい」と喜んだ。