タグ別アーカイブ: 文化・教育

kamokoku01

夢に続く学びの道へ 釜石市国際外語大学校で入学式 新入生、環境変化「対応も挑戦」

少し緊張した面持ちで入学式に臨む新入生

少し緊張した面持ちで入学式に臨む新入生

 
 釜石市国際外語大学校(及川源太校長)は15日、同市大町の市民ホールTETTOで入学式を行った。開校して3年目の今春、外語観光、日本語の2学科に計11人を受け入れ。夢や目標の実現に向け必要となる学びのスタートラインに立った新入生の成長を支え、後押ししていく。
 
 日本人向けの外語観光学科に市外から3人が入学。外国人対象の日本語学科はネパール、ミャンマー出身の8人を迎え入れるが、入国時期が遅れている学生もおり、入学式にはミャンマーからの留学生2人が参加した。
 
在校生らの歓迎を受けながら入場する新入生

在校生らの歓迎を受けながら入場する新入生

 
 新入生は保護者、鈴子町の校舎で学ぶ在校生、教職員らの拍手を受けながら入場。スーツや母国の民族衣装を着用し、少し緊張した面持ちで臨んだ。一人ずつの呼名に元気な声で応じ、一礼。及川校長から「入学を許可します」と言葉を受けると、晴れ晴れとした表情で背筋を伸ばした。
 
 及川校長は式辞で「失敗を恐れず、たくさんのことにチャレンジしてほしい。挑戦の先には必ず新しい景色が見えてくる。仲間や自分を信じ、釜石という地での学びを存分に楽しんで」とエールを送った。
 
新入生は及川源太校長の激励に耳を傾けた

新入生は及川源太校長の激励に耳を傾けた

 
 新入生2人が誓いの言葉。塾の英語教師を目指す欠ノ下明希さん(19)は「多様な方々と積極的に交流を重ねたい。目の前の課題を自分事として捉え、どうすれば解決できるかを粘り強く考え、それを正確に届けるための語彙(ごい)力を養いたい」と決意を表した。久慈市出身で、進学を機に親元を離れ「一人暮らし」にも挑戦。生活環境の変化に少し不安を感じるというが、「自立した大人へ一歩ずつ着実に前進していく」と前を向いた。
 
新しい挑戦へ誓いの言葉を述べる欠ノ下明希さん

新しい挑戦へ誓いの言葉を述べる欠ノ下明希さん

 
日本で学ぶ意欲を伝えるアウン ミョー トゥーさん

日本で学ぶ意欲を伝えるアウン ミョー トゥーさん

 
 ミャンマー出身のアウン ミョー トゥーさん(21)は「自動車の専門学校に入学して日本の会社で働くことが夢です。先生方、先輩たち、そして釜石のみなさん、2年間どうぞよろしくお願いします」と、はきはきとした声で気持ちを伝えた。すでに釜石での生活は始まっていて、初めて見た「サクラ」に感激。道を歩き「シカ」に出合ったり、写真を撮って楽しんでいる様子。「海と山がある静かな町」で思い描く未来を形にするため「頑張ります」と笑顔を見せた。
 
 各学科の在校生が歓迎の言葉。「(釜国は)全員で学び合う場所。皆さんそれぞれの『らしさ』を存分に発揮して、『やってみたい』を実現できる環境になることを願う。目の前のことを一緒に面白く学んでいきましょう」「新しい仲間を迎えることができて、とっても嬉しい。新しい環境での生活はドキドキすることや分からないことがあるかもしれない。だから、困った時は1人で悩まず、いつでも声をかけて」などと呼びかけた。
 
夢や目標を持って入学した新入生を在校生が歓迎する

夢や目標を持って入学した新入生を在校生が歓迎する

 
記念にパチリ。笑顔を広げる新入生、学校関係者ら

記念にパチリ。笑顔を広げる新入生、学校関係者ら

 
 同校は学校法人龍澤学館(盛岡市)が運営する専門学校で、2024年4月に開校。26年3月には初の卒業式を行い、1期生を送り出した。現在、新入生を含め52人が在籍。外語観光学科では2年間、英語や観光マネジメントのほか、動画編集なども学ぶ。日本語学科の留学生は2年かけて日本語の読む、聞く、話す力を培う。加えて、2学科ともに地域のイベントや祭りに参加したりしながら、市民との交流も深める。
 
 松島理香子副校長は「地域の理解、応援があり、支えられて本校の活動は続けられる。留学生にはマナーやルールを指導していくが、先輩たちがいろいろ伝えてくれる部分も多い。在校生と一体となり、釜国を巣立った後も日本で生かせる力、人間性を育んでいきたい」と見守る。

sakuratea01

釜石の春、目と舌で堪能 祝10回「さくら茶会」 煎茶道三彩流釜石蘭煎会 客人もてなす

「おいしいお茶をどうぞ」。春満開の茶席で釜石蘭煎会の会員がおもてなし

「おいしいお茶をどうぞ」。春満開の茶席で釜石蘭煎会の会員がおもてなし

 
 煎茶道三彩流釜石蘭煎会(佐々木幸渓会長、会員12人)は12日、釜石市大町の青葉ビルで「さくら茶会」を開いた。東日本大震災の2年後、2013年に始められた茶会は今回で10回目。同市の春を彩る催しとして定着し、市内外の茶道ファンに愛されている。来場者は春の草花で彩られた席で、味や香りの異なる2種類の煎茶を味わい、心豊かなひとときを楽しんだ。
 
 茶席は野だての雰囲気を感じられる趣向。赤傘の下にコケを敷き詰めて山野の風景を再現し、3種のショウジョウバカマで春の訪れを表現した。舟下りやクマのミニチュアも配置。傘の柄には禅語の「白雲本無心」としたためられた短冊が飾られた。茶席に欠かせない生け花はサクラとヤマブキ。客席にはツバキとユキヤナギも生けられ、春を存分に味わえる空間となった。
 
10回目を迎えた「さくら茶会」。野だて風の茶席で花見気分を演出

10回目を迎えた「さくら茶会」。野だて風の茶席で花見気分を演出

 
赤傘の下にはコケや早春の花で表現した山野の風景が広がる。味わいのある板の上には舟下りの置物も

赤傘の下にはコケや早春の花で表現した山野の風景が広がる。味わいのある板の上には舟下りの置物も

 
茶席には見頃のサクラにヤマブキをそえた生け花を配置。春色の着物姿の会員が煎茶道の「末広点前」を披露

茶席には見頃のサクラにヤマブキをそえた生け花を配置。春色の着物姿の会員が煎茶道の「末広点前」を披露

 
 この日は祝いの席で用いられる「末広点前」を披露。急須や茶わんなどの茶器は明るい色合いのものが使われた。桜色の急須と茶わんは第三代会長を務めた故植田香生さんの遺品。来場者は席主の話に耳を傾けながら、会員が茶を入れる様子に見入った。
 
 煎茶道では小ぶりの茶わんで2回に分けて茶をいただく。この日は2種類の煎茶がふるまわれた。一煎目の後、“さくら”と名付けられた生菓子を食し、二煎目を味わった。この作法で煎茶の甘みと渋みの両方を味わうことができる。飲んだ後は茶わんの模様や茶たくを拝見した。席を閉じると、道具類や野だて傘の周りに集まり、じっくりと観察。会員の心のこもったもてなしに感謝しながら、会場を後にした。
 
明るい色合いの茶器でお点前。会員の美しい所作に客の視線が注がれる

明るい色合いの茶器でお点前。会員の美しい所作に客の視線が注がれる

 
生菓子「さくら」をはさんで2種の煎茶をいただく。手間をかけて丁寧に入れられたお茶の味は格別

生菓子「さくら」をはさんで2種の煎茶をいただく。手間をかけて丁寧に入れられたお茶の味は格別

 
お茶をいただいた後は、茶器などを拝見。スマホカメラで写真を撮る人も width=

お茶をいただいた後は、茶器などを拝見。スマホカメラで写真を撮る人も

 
 釜石市の高校生、遠野愛実さん(16)は同茶会に何度か来場。自身は小学校1年生から表千家のこども教室で茶道を習っている。「煎茶のお点前はやったことがないので、茶会で目にするたびにやってみたいなという気持ちになる」と興味津々。蘭煎会会員が継続する茶会を「ぜひ長く続けてほしい」と望んだ。
 
 同茶会は震災で傷ついた心を癒やし、前を向く一助になればと、第二代会長だった故久喜祥葉さん(当時、釜石茶道協会会長)の発案でスタート。被災し、仮設住宅などで避難生活を送っていた人たちも足を運び、心安らぐ時間に顔をほころばせる様子が見られた。7回目となった2019年まで毎年続けられたが、新型コロナウイルス感染症の影響で4年間の休止を余儀なくされた。24年から再開し、今回で記念すべき10回目を迎えた。
 
二煎の茶を味わい、ほっと一息。日常の慌ただしさを忘れるゆったりとした空間を楽しむ

二煎の茶を味わい、ほっと一息。日常の慌ただしさを忘れるゆったりとした空間を楽しむ

 
 佐々木会長は「震災後、内陸への転居や高齢による退会などで会員数は大幅に減ったが、会員みんなで一致団結して頑張ってきた。引き続き、やれるところまでは続けていきたい」と話す。煎茶の親しみやすさもアピールし、「若い世代にもぜひ、たしなんでもらいたい。市民芸術文化祭で呈茶もしているので、ぜひ足を運んで体験してみて」と呼びかける。

c-zero01

釜石から発信!新たな才能 タレント養成所C-Zeroアカデミー 1期生、修了発表会で輝き放つ

C-Zeroアカデミーの修了発表会で朗読劇を披露する生徒たち

C-Zeroアカデミーの修了発表会で朗読劇を披露する生徒たち

 
 釜石市のタレント養成所「C-Zero(シーゼロ)アカデミー」(菊池由美子校長)の基礎科第1期生の修了発表会は22日、同市大町の釜石PITで開かれた。2025年4月に開校して初めて迎えた、レッスンの成果を見せる集大成の舞台。演技や歌、ダンスなど表現する力を1年間磨いてきた生徒19人は、それぞれが持つ輝きをステージ上から放った。発表会の後には修了式も実施。夢への扉をこじ開けた生徒たちは実現に向け、そして新たに見いだした目標に向かって進み続ける。
 
 基礎科1期生は8~77歳と幅広い年齢層が所属する。「俳優や歌手など芸能界を目指している生徒もいるが、趣味の幅を広げるためだったり、自分の殻を破りたいという目的で入ってきた人もいる」と菊池校長(58)。生徒たちは専門家の指導を受けながらレッスンを重ね、多彩な力を蓄えてきた。
 
岩手県ゆかりの民謡で声を合わせる1期生

岩手県ゆかりの民謡で声を合わせる1期生

 
 発表会は、民謡で幕開け。「人前で歌うことで自信につながり、強みにもなる」と取り組んできたもので、「チャグチャグ馬コ」と「外山節」を全員で歌った。ほとんどの生徒が、なじみのなかった民謡。始めた頃は声が小さかったというが、本番ではふるさと岩手の情景を思い浮かべてもらえるよう、透明感を加え伸びやかに歌い上げた。
 
 朗読劇「セロ弾きのゴーシュ」は2チームに分かれて上演。主人公のゴーシュが、カッコウや子ダヌキ、ネズミの親子ら動物たちとの交流を通じて音楽家、そして人間として成長していく物語を、それぞれの役になり切り、仲間と呼吸を合わせながら堂々と演じた。
 
声で伝え、体で表現。「セロ弾きのゴーシュ」を演じる生徒たち

声で伝え、体で表現。「セロ弾きのゴーシュ」を演じる生徒たち

 
 アカデミーがコミュニティーFM「きたかみE&Be(いいあんべ)エフエム」(北上市)と組んで制作したラジオドラマ「しいの町ふしぎ通りゼロ丁目」のテーマ曲を、作詞作曲を担当した生徒2人がノリノリのパフォーマンスで披露。体と心をめいっぱい使ったダンスもあり、7人の生徒が踊る楽しさを表現した。
 
作詞作曲した歌で会場を盛り上げた生徒たち

作詞作曲した歌で会場を盛り上げた生徒たち

 
笑顔を弾かせながらダンスパフォーマンス

笑顔を弾かせながらダンスパフォーマンス

 
 生徒4人が出演した短編映画「シグナルとシグナレス」(15分)を上映。作品は信号機同士の恋愛を描いた宮沢賢治の同名童話をモチーフに、進路が分かれる卒業間近の高校生4人の不安と希望を描く。ロケ地となったのは、遠野市の田園地帯。黄金色の稲穂、美しい夕景の中に溶け込んだ女子高生たちのみずみずしさ、そうした環境が身近にあるという豊かさを感じられる一作だ。
 
上映された短編映画「シグナルとシグナレス」

上映された短編映画「シグナルとシグナレス」

 
c-zero01

今関あきよし監督(左)と出演した4人による舞台あいさつ。右上の写真は映画の一場面

 
 メガホンを取った今関あきよし監督を交えた舞台あいさつもあった。製作のきっかけは、アカデミーが昨年夏に実施した今関監督らによる演技ワークショップ。人、景色などいくつもの“出合い”が重なって生み出された作品のようで、今関監督は「キラキラした、今しか取れない瞬間を切り取り、残してあげたい。これから未来を生きる人たちへの後押しのような気持ちもあった」と振り返った。
 
 出演したのは高校生の森美惠さんと前見琉綺亜さん(ともに今春、大学へ進学)、市内在住の会社員佐藤愛莉さんとパート佐々木瑠奈さん。撮影時のエピソードを紹介しながら、演じる楽しさや新たな一面を発見したこと、一つの夢をかなえた感謝の気持ちなどを明かした。最後に、今関監督は「短編でもいろんなストーリーが入っていることを感じてもらえたのでは。独特な方言、釜石弁もいい味を出している。時間がたてばたつほど、この作品の面白さに気づくと思うので、4人の応援という意味でぜひ映画館で観てほしい」とPRした。
 
修了式で感謝の気持ちや決意を伝えた矢浦望羽さん(手前)

修了式で感謝の気持ちや決意を伝えた矢浦望羽さん(手前)

 
 発表会に続いて行われた修了式で、ケーブルテレビリポーターの矢浦望羽さん(20)が修了生を代表しあいさつ。演技をすることに情熱を持ち、飛び込んだアカデミーではチャンスをつかみ取れず、悔しさや悲しさに思い悩んだり、苦しい時期もあったというが、「そこで感じた気持ちを正直にぶつけたことが成長につながった」と顔を上げた。そして、「私の夢は今も変わらず俳優です」ときっぱり。研究科に進級し、「もっとキラキラした表現を目指し、私らしく、ひたむきに努力していきたい」と力を込めた。
 
1年間の成果を出し切り笑顔を見せる生徒たち

1年間の成果を出し切り笑顔を見せる生徒たち

 
 1期生の半数以上は矢浦さんと同じく、より実践的なレッスンに取り組む研究科に進む。朗読劇で三毛猫を演じた北上市の中村美海さん(15)は「アカデミーは好きなことをできる居場所になった。ずっと続けてきたダンスだけでなく、歌や演技にも挑戦できた。夢を持つ仲間がいたから楽しくできた」と充実感をにじませた。この春、県内の高校通信制課程へ進学。釜石へ通う日々はこれからも続き、「興味がないではなく、何でもできることを頑張りたい」と意欲を示した。
 
 最年少で小学生の鈴木綾誠さん(8)は「発表会は緊張したけど、練習の時より大きな声でみんなに聞こえるようにできた」と満足そうに話した。演技が好きでレッスンは楽しく続けられたというが、「歌は苦手だ」と小さな声でつぶやく。それでも研究科での学び、経験を待ち望み、「はっきりした夢はまだ分からないけど、自分がやることでみんなを笑わせて元気にしたい」と、目標となるものを芽吹かせた。
 
笑顔がキラリ。菊池由美子校長(中央)を囲む1期生

笑顔がキラリ。菊池由美子校長(中央)を囲む1期生

 
 菊池校長は、生き生きとした生徒たちの姿を見つめ、「みんな成長した」と実感を込めた。1期生を送り出し「ほっとした」気持ちに入りまじり、さみしさも感じている様子だが、アカデミーが目指す「エンターテインメントでまちを盛り上げる」という道のりはまだ始まったばかり。開校1年目にして、ドラマ(テレビやラジオ)、映画、CMなどへの出演オファーを受け、少しずつ実績を積み上げている。子どもや若手だけでなく、シニア世代も「チャンスがある」と強調し、「これからも生徒の夢に合わせた指導を行い、共に夢をかなえていきたい」と熱い思いで先をゆく。
 
 アカデミーでは31日まで第2期生を募集している。この日が県内初公開となった「シグナルとシグナレス」は、4月3~9日に盛岡ルミエール(盛岡市)でも上映される。

kamagraduation01

釜石市国際外語大学校で初の卒業式 1期生18人巣立つ それぞれ新たな道へ

及川源太校長(手前)から卒業証書を受け取る卒業生

及川源太校長(手前)から卒業証書を受け取る卒業生

 
 釜石市国際外語大学校(及川源太校長)の卒業式が13日、同市大町の釜石市民ホールTETTOで行われた。2024年4月の開校後、初めての卒業式。日本語学科のネパール人留学生16人、外語観光学科の日本人学生2人が卒業証書を手に、新たな一歩を踏み出した。
 
在校生や教職員、保護者らに見守られ入場する卒業生

在校生や教職員、保護者らに見守られ入場する卒業生

 
サリーなど華やかな民族衣装をまとって卒業式に臨む

サリーなど華やかな民族衣装をまとって卒業式に臨む

 
 及川校長が一人一人に卒業証書を手渡し、「釜石の風、精神を肌で感じてきた皆さんの心の中には、困難に負けない意志の強さ、優しさがしっかりと根付いているはず。1期生としての誇りを胸に、広い世界へ羽ばたいてほしい」と激励した。
 
卒業証書を掲げて笑顔を見せる1期生

卒業証書を掲げて笑顔を見せる1期生

 
卒業生にはなむけの言葉を送る及川校長

卒業生にはなむけの言葉を送る及川校長

 
 在校生を代表し、外語観光学科の成田彩華さん(19)、日本語学科のスワル ロチャンさん(20)が送辞。学業に取り組む姿勢や地域との向き合い方に刺激を受け新たな目標を見いだせたこと、慣れない場所での生活に助言をしたり助けてくれたことなど、1期生との思い出に触れながら感謝を伝えた。
 
在校生が送辞。卒業生(手前)に感謝を伝える

在校生が送辞。卒業生(手前)に感謝を伝える

 
答辞で将来への決意を語るラマ ビサルさん

答辞で将来への決意を語るラマ ビサルさん

 
 日本語学科の卒業生を代表して答辞を述べたラマ ビサルさん(23)は「言葉だけでなく、日本の文化、ルールも教えてもらった。釜石で学んだことを生かしたい」と決意を示した。このあと、岩手県外の専門学校に進み、貿易などを学ぶ。将来の夢は「会社を作りたい。貿易で日本とネパールをつなげたい」と思い描く。
 
 答辞を述べた外語観光学科の1期生は「同じ目標を持つ仲間と出会い、励まし合いながら過ごした2年間は、あっという間だった。多くの人が挑戦を後押しし、見守ってもらったおかげで貴重な体験ができた。挑戦することを恐れず、一日ずつ積み重ねて」と、在校生にメッセージを送った。
 
学校での思い出や将来への思いを胸に式に臨む卒業生

学校での思い出や将来への思いを胸に式に臨む卒業生

 
 皆勤賞の表彰もあり、日本語学科の11人に賞状が贈られた。ブダトキ ルパさん(20)は「日本に来た時はさみしかった」と明かすも、同郷の仲間と励まし合いながら学び、生活する中で釜石にいい印象を持った。なかでも、介護のアルバイトでは高齢者との触れ合いが楽しく、「介護福祉士になる」という夢につながった。盛岡市の医療福祉系の専門学校に進学。資格を取り、「釜石に戻ります」と笑顔を見せた。
 
卒業式の後に開かれたサンクスパーティー

卒業式の後に開かれたサンクスパーティー

 
抱き合って別れを惜しむ卒業生と地域住民

抱き合って別れを惜しむ卒業生と地域住民

 
 式の後には、学校の授業の協力者やアルバイトの受け入れ先企業の関係者らを招いたサンクスパーティーを開いた。地域に溶け込んだ1期生の晴れやかな顔を見つめた同校の松島理香子副校長は「先輩がいない中、1期生と一緒に学校づくりをしてきた。彼らのひたむきさ、向上心を感じた地域の方々が愛情深く迎え入れ、育ててくれた。学生に恵まれた。頑張った学生を心から尊敬している」と感慨深げに話した。
 
 外語観光学科の卒業生は県内外の企業に就職。日本語学科の卒業生は県内外の専門学校などに進学し、ビジネスマネジメントや介護などをさらに学ぶ。

gradupre01

地域へ提言 釜石市国際外語大学校の1期生 卒業研究を発表 留学生は日本語でスピーチ

釜石市国際外語大学校の卒業研究発表会で学びの成果を披露する学生たち

釜石市国際外語大学校の卒業研究発表会で学びの成果を披露する学生たち

 
 3月に卒業を控えた釜石市国際外語大学校(同市鈴子町、及川源太学長)の1期生は2月26日、同市大町の市民ホールTETTOで学びの成果を見せる研究発表会に臨んだ。外語観光学科の日本人学生は地域課題の解決に向けた研究、実践の過程を紹介。日本語学科の留学生は日々の暮らしで感じたこと、気づいたことなどを日本語で伝えた。
 
 2024年4月に開校。英語や観光マネジメントなどを学び地域で活躍する人材を育てる外語観光学科(2年制)と、留学生を対象にした日本語学科(1年半と2年制)があり、1期生計18人が今年卒業を迎える。
 
「魚のまち釜石」をPRする取り組みを発表する学生

「魚のまち釜石」をPRする取り組みを発表する学生

 
 外語観光学科の岩間ひなさん(21)は、同市のキャッチコピー「鉄と魚とラグビーのまち」の中で、まちの印象として「イメージが強くない」と感じた「魚のまち」をテーマに認知度を高め、魅力を発信するプロジェクトに取り組んだ。地元の若手漁師へのインタビュー記事や、コンブ養殖の加工作業の様子をまとめた動画を「インスタグラム」などのSNS(交流サイト)上でアピール。漁師自らがイベント出店する際に使うメニュー紹介の「POP(ポップ)」、のぼりの作成も手がけた。
 
 POP作りでは伝えたいことをシンプルに、瞬間的に捉えてもらえるよう言語化するのに苦労したが、「水産業を盛り上げる一つの形を残すことができた。新しいことへの挑戦で、大きな学びになった」と充実感をにじませた。一方で、水産業界では従事者の高齢化などでSNS運用に不慣れだったり、なり手不足で人員の確保が難しいことを改めて認識。情報発信は「ハードルが高い」と実感を込めた。
 
聴講した人からの質問に答えたりして成果を示した

聴講した人からの質問に答えたりして成果を示した

 
 そのうえで、若者の新規就業につながるきっかけとして、▽学生と企業の連携による商品開発ワークショップ▽漁業インターン―などの実施を提言。期待される効果として「漁業への理解が広がり、人手不足を補える。外部から人を集めることで、消費促進にもなる」と指摘した。
 
 そのほか、「多文化共生」と「防災・減災」を絡めたアンケート調査から見えた日本人市民の意識や年代別の認知度の違いをまとめた発表もあった。
 
日本語の習熟度を披露するネパールからの留学生たち

日本語の習熟度を披露するネパールからの留学生たち

 
 日本語学科のネパール人留学生は4グループに分かれて、母国との文化の違い、日本の暮らし、学生生活、市民との交流について、1年半学んできた日本語を駆使してスピーチ。ブダトキ ルパさん(20)はバスや列車など交通システムが時間通りに運行されていることや、利用の仕方を運転手らが親切に教えてくれたエピソードを披露し、「ルールがあるから安心で、きれいで、住みやすいまちになっている」と、はきはきとした口調で語った。
 
 カトワル スザンさん(19)は「はじめは言葉が分からず本当に困った。戸惑うこともあったが、違いを知ることは大切。交流すると、新しい発見があり、成長につながる。おじぎ、礼儀、静かに電車に乗る、ごみを分けること、多くを知った。責任感、思いやりの気持ちも学んだ。大切にしていきたい」と話し、笑顔を見せた。
 
日本人の友達ができた。同年代ではないけど」と笑いを誘ったり

「日本人の友達ができた。同年代ではないけど」と笑いを誘ったり

 
忘れ物が手元に戻ったエピソードやアルバイト先での経験をスピーチ

忘れ物が手元に戻ったエピソードやアルバイト先での経験をスピーチ

 
 学校の授業について「とても分かりやすく楽しい。読む、書く、聞く、話す…はじめはできなかったけど、日本語で気持ちを伝えられるようなった」と喜びを素直に言葉にした。「釜石よいさ」など地域のイベントに参加した楽しさ、日本人の悪いところ(働きすぎなど)を指摘するスピーチも。アルバイト先でミスした時に先輩が手助けしてくれたと感謝する学生は、「いつか誰かを助けられる人になりたい」と目標を明かした。
 
「ありがとう」。日本語、英語、母国語で感謝の気持ちを伝えた

「ありがとう」。日本語、英語、母国語で感謝の気持ちを伝えた

 
学生たちが撮った街の風景や日常を切り取った写真の展示

学生たちが撮った街の風景や日常を切り取った写真の展示

 
 卒業研究の協力者や助言者、学生のアルバイト先の関係者、地域住民らが発表に耳を傾けた。会を閉じた後は、学生のもとに駆け寄り交流タイム。学生たちがスマートフォンで撮った「釜石の日常」を紹介する写真展示もあり、鑑賞しながら会話を弾ませていた。

moshokomu01

震災復興と歩み10年― 釜石の「劇団もしょこむ」 軌跡刻む集大成公演 観客210人が楽しむ

コメディー劇で楽しませた「劇団もしょこむ」の10周年集大成公演=21日、TETTO

コメディー劇で楽しませた「劇団もしょこむ」の10周年集大成公演=21日、TETTO

 
 釜石市の劇団もしょこむ(小笠原景子代表)は21、22の両日、団結成10周年を記念した集大成公演を市民ホールTETTOで開いた。震災復興のさなかの2015年、「被災地でも芝居がしたい」「演劇をもっと身近に感じられる環境を」と、愛好者らが立ち上げた同劇団。これまでオリジナルの8作品を市内外で公演し、未来につながる新たな文化を芽吹かせてきた。過去作品の軌跡を散りばめた本作のタイトルは、「もし夜が来なくても、夢を見る。」 大槌町在住のライターたておきちはるさんが書き下ろした。コメディー劇ながら、要所に人が生きる上で大切にしたい思いを盛り込み、観客を物語の世界に引き込んだ。
 
 物語の舞台は“いわくつき”のシェアハウス「神木須館(ジンギスカン)」。住民は何げない日常を送るが、実はそれぞれに事情を抱えてこの場所に集まっていた。そんなある日、一人のオカルトライターが現れ、ハウスの隠された秘密が暴かれていく。実はこの場所は100年先を生きるための「コールドスリープ」研究施設。さまざまな悩みから人生を生き直したいと願う人たちが被験を待っていた。しかし、何も知らない役者くずれのダメ男“コースケ”が舞い戻ってきたことで、被験は一時中止に。ライターの暴露で真実を知ったコースケは思わぬきっかけで、コールドスリープ装置の起動に巻き込まれる。果たしてコースケの運命は…?
 
シェアハウスを訪ねてきたオカルトライターを名乗る女“八木”(右)の正体は?

シェアハウスを訪ねてきたオカルトライターを名乗る女“八木”(右)の正体は?

 
役者くずれのダメ男“コースケ”(中央)は髪を切って改心。ハウスに併設するカフェバーで働き始める

役者くずれのダメ男“コースケ”(中央)は髪を切って改心。ハウスに併設するカフェバーで働き始める

 
八木の言葉に心を乱される大学生“沙也加”(右)。沙也加もまたコールドスリープを待つ被験者だった

八木の言葉に心を乱される大学生“沙也加”(右)。沙也加もまたコールドスリープを待つ被験者だった

 
 登場人物8人を演じたのは釜石在住、ゆかりの社会人と高校生。個性際立つキャラクターを見事に演じ切った。劇中のセリフや演出はクスッと笑える場面が多いが、同時にコースケの成長、大切な仲間と自分らしさを取り戻していく住民の姿は、生きづらさに悩む人へのメッセージ性も秘める。
 
ある絵本がきっかけでコールドスリープ装置が起動。羊の椅子に座るコースケは100年の眠りに入ってしまうのか!?

ある絵本がきっかけでコールドスリープ装置が起動。羊の椅子に座るコースケは100年の眠りに入ってしまうのか!?

 
あの手この手を使い、コースケを眠りから覚まそうとするハウスの住人

あの手この手を使い、コースケを眠りから覚まそうとするハウスの住人

 
moshokomu01

仲間たちの祈りが通じ装置が停止。普段と変わらない目覚めを迎えたコースケに住人が駆け寄る

 
 同劇団公演の魅力は舞台と客席の近さ。高さのあるステージ上ではなく、最前列の客席と同じ高さに舞台セットを組むことで、会場の一体感を高めている。今回は特にも細部にまでこだわったセットが目を引き、公演後、舞台に招き入れられた観客は、さまざまな仕掛けに驚きながら見入った。2日間で3公演があり、子どもから大人まで計210人が楽しんだ。観客は市内のほか沿岸各地、内陸部からも訪れ、初めて同劇団公演を見るという人も多かった。
 
最前列の客席と同じ高さに組まれた舞台セット。シェアハウス内で物語が進む

最前列の客席と同じ高さに組まれた舞台セット。シェアハウス内で物語が進む

 
21日夜の公演には約70人が来場。終演後はセットに入り劇の世界観を満喫した

21日夜の公演には約70人が来場。終演後はセットに入り劇の世界観を満喫した

 
 釜石市の村上舞子さん(30)は「知り合いが2人出ている。身近な人たちの演技力にびっくり」と目を丸くした。大槌町の浪板拓朗さん(31)は「明るく始まったが、途中からシリアスな場面もあって面白かった」と初観劇。若い力で地域を盛り上げている活動に感心し、「これからも応援したい」と口をそろえた。
 
 宮古市で演劇活動を行う吉田真理さん(65)は「少ない人数であれだけの完成度はすごい。まだまだこれからの人たちで今後が楽しみ」と期待。沿岸部は震災以降、人口減少が顕著だが、「自ら立ち上がり、まちを元気にしようという気持ちでも、互いにつながっていければ」と願った。
 
このポーズは!?  3作目に登場したご当地ヒーロー“釜んライダー”。当時演じたメンバーが再びの決めポーズ

このポーズは!? 3作目に登場したご当地ヒーロー“釜んライダー”。当時演じたメンバーが再びの決めポーズ

 
シェアハウスに平穏な日常が戻る。コースケはハウスの管理人に…

シェアハウスに平穏な日常が戻る。コースケはハウスの管理人に…

 
 今回の出演者の中で劇団創設時からのメンバーは3人。その一人、建築士の宮崎達也さん(54)は当初、裏方だったが、後に役者に転身。最初の頃、「舞台袖で出番を待っていた時の緊張感は決して忘れられない」と懐かしむ。同劇団には震災復興支援を機に釜石に移住した人たちも多く関わってきた。自身は仕事の関係で三重と釜石の2拠点生活を送りながら、演劇活動も継続。「“外”の人が入ることで化学反応が生まれたり、面白さが増したりする」と、メンバーの入れ替わりも自然の流れとして楽しむ。10年活動する中で、「要求されるレベルが上がってきて大変ではあるが、観客に喜んでいただけていることを聞くと、やってきて良かった」と素直に思う。
 
コーヒー好きのサラリーマン“犬山”を演じた宮崎達也さん(中央)。犬山という役は過去作品にも登場

コーヒー好きのサラリーマン“犬山”を演じた宮崎達也さん(中央)。犬山という役は過去作品にも登場

 
 「立ち上げ当初はがむしゃらで、先のことは全く考えていなかった。10年たち、メンバーも増え、活動が続いているのは夢のよう」と話すのは菅野結花さん(35)。小笠原代表と意気投合、仲間を集め、同劇団創設にこぎ着けたメンバーだ。現在は東京を拠点にプロの俳優として活動するが、古巣にも深い愛着をにじませる。今回もZoom(ズーム)などを活用し、東京から稽古に参加。「本業で忙しい中でも、みんな本気で面白いものを作ろうとする。そういう仲間がいることはこの上ない幸せ」と実感する。陸前高田市出身。元々、演劇に触れる機会が少なかった沿岸部に確かな足跡を残せていることに喜びを感じ、「将来、岩手沿岸が『文化のまち』と言われるようになっていけば」と希望を抱く。
 
左上写真:劇団立ち上げメンバーの小笠原景子さん(左)と菅野結花さん。10周年を迎え喜びもひとしお。次の10年に新たな夢を描く

左上写真:劇団立ち上げメンバーの小笠原景子さん(左)と菅野結花さん。10周年を迎え喜びもひとしお。次の10年に新たな夢を描く

 
 震災被災者の心情をリアルに描いた、仮設団地での旗上げ公演から10年―。この間、復興の進展、コロナ禍による活動休止などを経験し、「劇団に求められるものも変わってきた」と小笠原代表(41)。観客にさらに喜んでもらうためには「個々のレベルアップが必要」と考えていて、舞台公演という演劇のベースは守りつつ、新たな挑戦を模索する。「ラジオドラマや朗読など人前での表現の場を増やしたい。現団員はもちろん、これから演劇をやってみたいという子どもたちの受け皿としても小さな取り組みを重ね、次の10年につなげられたら」と意気込む。

kaizannhi01

130年の眠りから覚める? 橋野鉄鉱山で「開山碑」発見! 操業開始時期知る貴重な手掛かりに

橋野鉄鉱山で新たに発見された石碑(右)について説明する市教委文化財課世界遺産室の髙橋岳係長(左)

橋野鉄鉱山で新たに発見された石碑(右)について説明する市教委文化財課世界遺産室の髙橋岳係長(左)

 
 昨年、世界遺産登録10周年を迎えた釜石市の「橋野鉄鉱山」で、これまでの調査で確認されていなかった新たな石碑が見つかった。自然石を利用したとみられる碑には「開山」の文字とともに、操業開始当時に関わっていた2人の人物の名前が刻まれる。同鉄鉱山の操業開始は1858(安政5)年であることは分かっているが、月日を示す資料は見つかっておらず、同碑に刻まれる「安政五戊午年 九月十二日」という日付の意味が注目される。
 
 石碑は昨年11月19日、市教委文化財課世界遺産室係長の髙橋岳さんが高炉場跡のモニタリング調査中に発見した。同調査は橋野鉄鉱山構成資産範囲(高炉場、運搬路、採掘場)内にある遺構や周辺景観を定点観測し、保全状況を把握するためのもので、世界遺産登録の翌2016年から毎年11~12月ごろに実施している。
 
「開山碑」とみられる石碑発見の報告は1月31日、鉄の歴史館で行われた

「開山碑」とみられる石碑発見の報告は1月31日、鉄の歴史館で行われた

 
 石碑があった一帯は大きな花こう岩が点在し、タガネで割った跡が見られるなど、高炉建設に必要な石材を切り出していた場所。いつも通り、定点観測用の写真を撮っていた髙橋さん。この日は、石の様子を見ようと近づいて歩いていたところ、一部がこけむした岩の表面に何やら文字らしきものが見えた。周りのコケを取ってみると、梵字と「開山」の文字が…。「たまに気にして見ることはあったが、まさか文字が刻まれているとは!」。偶然の発見に驚きとともに目がくぎ付けになった。現場は山の斜面に残る山神社跡よりさらに高い場所で、見学エリア内の「市之助の墓」から北西に約20メートルの地点。
 
石碑(黄丸)は高炉場ゾーン山神社ブロック西側の国有林内で発見された

石碑(黄丸)は高炉場ゾーン山神社ブロック西側の国有林内で発見された

 
石碑の発見場所と山神社跡など周辺の位置関係図

石碑の発見場所と山神社跡など周辺の位置関係図

 
 髙橋さんが後日、簡易調査したところ、石碑は自然に割れた花こう岩の割れ口の平坦面を利用していて、高さ約259センチ、横幅約176センチ(いずれも最長部分)、奥行き(石の厚さ)は約85~102センチ。人の背丈を優に超える大きさだ。タガネが入った形跡がなく、自然の摂理で生まれた割れ面に文字を刻んだものとみられる。
 
発見時の石碑(左)とコケなどを落とした後の石碑(右)

発見時の石碑(左)とコケなどを落とした後の石碑(右)

 
 記録するため、拓本(乾拓、湿拓)を試みたがうまくいかず、奈良文化財研究所が開発した技術「ひかり拓本」で文字を読み取った。碑の中央には「不動明王」を表す梵字、その下には「開山」と刻まれている。不動信仰に関する文献によると、三陸地方では火をつかさどる神様として不動信仰があり、「おそらく高炉操業の安全祈願として、不動明王を祭ったのではないか」と髙橋さん。1869(明治2)年に建てられた山神社のご神体も不動明王をモチーフにしたものとみられ、共通する。
 
スマホの「ひかり拓本アプリ」を利用し拓本作成。光源をさまざまな方向から石碑に当て写真撮影したものを組み合わせ、文字を浮かび上がらせる方法

スマホの「ひかり拓本アプリ」を利用し拓本作成。光源をさまざまな方向から石碑に当て写真撮影したものを組み合わせ、文字を浮かび上がらせる方法

 
ひかり拓本」で読み取ることができた石碑の文字(右)

「ひかり拓本」で読み取ることができた石碑の文字(右)

 
石碑文字を拡大したもの。左が不動明王を表す梵字と「開山」。右が「田鎖仲 源高守」

石碑文字を拡大したもの。左が不動明王を表す梵字と「開山」。右が「田鎖仲 源高守」

 
 碑の右下には「田鎖仲 源高守」という人物名がある。田鎖仲は高炉建設の技術者で、大島高任の補佐役。田鎖は閉伊氏の末えいで、閉伊氏は元は源氏名を名乗っていたことから“源”姓の名前も併記される。左下には鉱山の事務方を担った「支配人」の(柵山)市之助の名前が刻まれる。
 
 注目は「安政五戊午(つちのえうま)年 九月十二日」という日付だ。前後の文書をひもとくと―。前年の大島高任の大橋高炉での連続出銑成功を受け、盛岡藩は橋野の地に仮高炉を建設するが、その計画を示すのが安政5年5月19日付の南部家文書「覚書」。この中に田鎖仲と市之助の名前がある。地元橋野の和田家に伝わる「和田文書」によると、同年6月初めには大島高任が現地入りしていたとみられる。次に出てくるのが安政6年2月の「大島高任行実」。仮高炉の着工と同時期に安政の大獄があり、大砲製造のための銑鉄の需要が減ってくる中で、すでに着手している高炉事業をどうするかを協議した文書とされる。結果的に事業は継続され、一番高炉、二番高炉の建設につながっていくが…。
 
 これらの文書から推測すると、「仮高炉は安政5年6月ごろに着工。約3カ月で完成し、9月ごろに操業を開始した」との仮説がたつ。明治19年の盛岡藩文書「橋野鉄鉱山書上」には「鉱石の採掘は5~10月に限る」との記述もあり、総合的に考えると、「碑に刻まれている9月12日は仮高炉の操業開始という意味合いを持つのではないか。操業の安全を祈願するため不動明王を山の神として祭り、高炉をスタートした可能性がある」と髙橋さん。今後、専門家に現地を見てもらうなど詳しい調査を進めていきたい考え。
 
 市内で鉄鉱山関連の「開山碑」なるものは、これまで見つかっていなかった。髙橋さんは「将来、鉄鉱山操業時代の文献がさらに見つかっていけば、今回の石碑の関連性も見えてくるかもしれない。橋野鉄鉱山にはまだ見つかっていない遺構があるかもしれず、引き続き調査していきたい」と話す。
 
※記事中の石碑、現地写真、解説図は市教委文化財課世界遺産室提供

kyodogeinou01

釜石市郷土芸能祭 9団体が熱い演舞 次世代への継承に思い新た 子どもたちも生き生きと

市民ホールTETTOで開かれた「第27回釜石市郷土芸能祭」

市民ホールTETTOで開かれた「第27回釜石市郷土芸能祭」

 
 第27回釜石市郷土芸能祭(市、市教委主催)は8日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。隔年開催で2年ぶりのステージとなった今回は市内の8団体が出演したほか、特別出演として平泉町から1団体が招かれた。各地に伝わる多彩な芸能が披露され、約1千人が楽しんだ。
 
 同市では神楽、虎舞、鹿踊、手踊りなどさまざまな郷土芸能が伝承され、同祭にはこれまでに59団体が出演している。現在、県の無形民俗文化財に1団体(神楽)、市の同文化財に13団体(神楽4、鹿踊4、虎舞5)が指定される。同祭は市内の豊富な芸能を市民に知ってもらうとともに、活動団体に発表の機会を提供することで、次代への継承、担い手育成につなげようと開催される。1977(昭和52)年度に第1回目が開かれ、回を重ねてきた。
 
 今回は市内から市指定文化財の尾崎町虎舞、錦町虎舞、砂子畑鹿踊、東前太神楽のほか、平田神楽、外山鹿踊、只越虎舞、田郷鹿子踊が出演した。各団体は地域の祭りなどで披露している各種演目を舞台上で見せ、観客から盛んな拍手を送られた。
 
市指定文化財の「錦町虎舞」。錦町は現浜町3丁目の前町名。錦町青年会が継承する

市指定文化財の「錦町虎舞」。錦町は現浜町3丁目の前町名。錦町青年会が継承する

 
虎頭による舞のほか甚句も披露。錦町虎舞は刺鳥舞、おかめ漫才、御祝なども伝承している

虎頭による舞のほか甚句も披露。錦町虎舞は刺鳥舞、おかめ漫才、御祝なども伝承している

 
 栗林町砂子畑地区に伝わる「砂子畑鹿踊」は、江戸時代の元禄・宝永(1688~1711)年間に栗林村(当時)に移り住んだ房州(現千葉県南部)生まれの唯喜伝治という人物から伝えられたとされる。礼儀をただし、勇壮、活発な踊りが特徴。地区内の丹内神社の祭りで奉納される。郷土芸能祭への出演は第23回以来4回目。この日は家々を回って踊る門打ちの演目から▽念仏入羽▽回向(二句)▽庭踊り(両入羽、こぎり…など)▽角かけ―の演目を披露した。
 
市指定文化財の「砂子畑鹿踊」。写真の演目は庭踊りの一つ「両入羽」

市指定文化財の「砂子畑鹿踊」。写真の演目は庭踊りの一つ「両入羽」

 
 踊りの師匠である太夫の小笠原成幸さん(75)は「広く市民に見てもらえるのは張り合いがある。鹿頭の踊り手は今、30~40代のメンバーが担っているが、今後は10~20代につなぎ、伝統ある舞を踊り継いでいきたい」と話す。内陸部の同地区には東日本大震災後、被災地域などから約30世帯が移り住んだ。鹿踊の“刀振り”や“金子”という役は主に子どもたちが担うが、今回出演した子の半数は移住家庭の子たち。金子で参加した鈴木葵衣さん(7)もその一人で、「踊りは初めてやったので難しかった。いっぱい練習した」と話す。被災後、同地区に新居を構えた父勇さん(39)は「地域の人に声をかけていただき(娘が)参加できた。先人が紡いできたものを大事に引き継いでいる。少しでも携われて良かった」と喜び、「鹿踊を続けたい」と話す葵衣さんを温かく見守った。
 
「金子」で躍動する子どもたち。本番に向け、一生懸命練習を重ねてきた

「金子」で躍動する子どもたち。本番に向け、一生懸命練習を重ねてきた

 
クライマックスは1頭の雌鹿を2頭の雄鹿が奪い合う様子を表現した「角かけ」。激しい戦いが見どころ

クライマックスは1頭の雌鹿を2頭の雄鹿が奪い合う様子を表現した「角かけ」。激しい戦いが見どころ

 
 同祭には平成以降、市外の団体も特別出演している。今回は平泉町指定無形民俗文化財「達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門神楽」が出演。坂上田村麻呂が801(延暦20)年に創建したと伝えられる同毘沙門堂に奉納された由緒ある神楽だ。この日は式舞の最初に舞う、五穀豊穣、子孫繁栄などを願う「御神楽」に加え、平泉とゆかりが深い源義経(牛若丸)が武蔵坊弁慶に出会った場所として有名な京都「五條の橋」の場面を再現した舞が披露された。
 
特別出演した平泉町の「達谷窟毘沙門神楽」。若手メンバーが源義経関連の演目を披露

特別出演した平泉町の「達谷窟毘沙門神楽」。若手メンバーが源義経関連の演目を披露

 
東前太神楽の代名詞、子どもたちによる「七福神」。市民が楽しみにする演目の一つ

東前太神楽の代名詞、子どもたちによる「七福神」。市民が楽しみにする演目の一つ

 
「通り舞」「クリ(狂い獅子)舞」などを継承する市指定文化財の「東前太神楽」。熟練の舞で観客を魅了

「通り舞」「クリ(狂い獅子)舞」などを継承する市指定文化財の「東前太神楽」。熟練の舞で観客を魅了

 
 同祭に初めて足を運んだ釜石市内の女性(66)は「祭りで郷土芸能は見ているが、舞台で見るとまた違っていいですね。東前の神楽など小さい頃から聞いているお囃子(はやし)のリズムが心地いい。郷土芸能は地域の宝。いつまでも続けば」と願った。ホール入り口のロビーには、出演団体を紹介するポスターが掲示された。釜石高の2年生5人が郷土芸能の担い手育成をテーマに取り組んだゼミ活動で作成したもので、各芸能の歴史、活動情報、参加条件、団体からのメッセージなどを記載。来場者に発信した。
 
釜石高2年生の郷土芸能ゼミが作成した出演団体のポスターに来場者も興味深げに見入った

釜石高2年生の郷土芸能ゼミが作成した出演団体のポスターに来場者も興味深げに見入った

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

bousai01

釜石小「ぼうさい甲子園」で2度目の優秀賞 “災害時は自ら考え行動”命を守る教育、実践評価

2025年度「ぼうさい甲子園」で釜石小が優秀賞。6年生児童が教育長らに受賞報告=3日

2025年度「ぼうさい甲子園」で釜石小が優秀賞。6年生児童が教育長らに受賞報告=3日

 
 全国の防災教育に関する先進的取り組みを顕彰する本年度の1.17防災未来賞「ぼうさい甲子園」(兵庫県など主催)で、釜石市の釜石小(五安城正敏校長、児童66人)が、優秀賞を受賞した。東日本大震災前から継続する防災教育を深化させ、児童らが主体的に考え、家庭や地域を巻き込んだ実践的な活動を行っていることが評価された。1月24日、神戸市で開かれた表彰式には6年生児童が出席。自分たちの活動について発表も行った。
 
 6年生9人は今月3日、同市の教育長、危機管理監らに受賞を報告した。表彰式で行った活動発表を報告の場で披露。釜石小ぼうさい安全少年団の山﨑柊琳団長、佐野楓花副団長がこれまでの取り組みについて発表した。
 
1月24日の表彰式での発表を市、市教委の幹部職員らに披露した

1月24日の表彰式での発表を市、市教委の幹部職員らに披露した

 
 同校では三陸沖地震津波の発生確率が高まる中、2008年から市内小中学校に先駆け、下校時津波避難訓練など本格的な防災教育を開始。11年の震災発生時、児童らは帰宅していたが、自ら判断し高台などへ避難。全児童184人が命をつないだ。その後、多様化する災害を見据え、同教育活動は深化を続ける。
 
 震災発生日の3月11日にちなみ、毎月11日を「釜小ぼうさいの日」とし、少年団団長が校内放送で防災に関するメッセージを発信。同少年団通信として地域住民にもメッセージを届けている。火災、垂直避難、不審者対応の訓練なども実施。6年間かけて行う防災学習では地震津波のほか、土砂災害、河川洪水についても学び、年1回、「いのちの学習参観」として保護者と一緒に防災を考える時間を設けている。児童が防災学習シートを持ち帰り、家族がメッセージを返すことも。
 
写真左上:「釜小ぼうさいの日」に行った火災避難訓練。同右上:児童が作成した「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ(写真提供:釜石小)

写真左上:「釜小ぼうさいの日」に行った火災避難訓練。同右上:児童が作成した「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ(写真提供:釜石小)

 
 本年度の6年生は5年時に、「市の避難訓練に地域住民の参加が少ない」ことを知り、参加を呼びかけるチラシやポスターを作成。地域住民に配り、市役所などへの掲示も依頼した。本年度、特に力を入れて取り組んだのが「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ」の作成。全校児童が家族と一緒に居住地区の危険箇所(地震津波、洪水、土砂災害、クマ出没など)を調査。地区リーダーの6年生は地域住民から釜石の昔の災害について教えてもらう聞き取りも行った。調査内容は横幅5メートルほどのパネルにまとめ、全校児童の前で発表。同パネルは昇降口に掲示し、いつでも見られるようにしている。
 
 震災前から続ける下校時津波避難訓練は、市や消防団の協力を得て実施。事前に地域住民にも知らせ、参加を促している。毎年繰り返すことで、児童らの避難意識は格段に向上。昨年12月8日深夜に発生した青森県東方沖地震で津波警報が出た際も、児童らは家族に「逃げよう」と声をかけ、いち早く避難を開始した。
 
釜石小が震災前から続ける「下校時津波避難訓練(2024年10月撮影)」。自ら判断し、最も近い高台の津波避難場所に向かう

釜石小が震災前から続ける「下校時津波避難訓練(2024年10月撮影)」。自ら判断し、最も近い高台の津波避難場所に向かう

 
 こうした経験を重ねてきた6年生は、「防災について学んだことから自ら判断し、命を守る行動をとる」「命はかけがえのない大切なものと思い続ける」ことなどを肝に銘じ、「これからも校内、地域の人たちとつながり、みんなの役に立つ人になりたい」との思いを強くする。
 
 釜小の校長経験もある髙橋勝教育長は脈々と続く同校の防災教育について、「みんなは形だけでなく、(先輩方の)心も受け継いで防災に取り組んできた。これからも大事にしてほしい。行動を起こすことで現状は変えられる。最初の小さな一歩が大きな力になる」と児童らの取り組みをたたえた。
 
髙橋勝教育長に優秀賞の賞状や盾を見せながら受賞を報告する児童

髙橋勝教育長に優秀賞の賞状や盾を見せながら受賞を報告する児童

 
 同顕彰事業は、阪神・淡路大震災をはじめとする災害の記憶を後世につなぎ、防災教育の推進で未来の安全安心な社会をつくるのが目的。21回目となる本年度は全国111校・団体から応募があり、選考委員会による審査で各賞が決定した。釜石小は小学生部門で、ぼうさい大賞に次ぐ優秀賞を受賞した。同顕彰での同校の受賞は2011年度のぼうさい大賞、12年度の優秀賞、24年度の特別賞(はばタン賞)に続き4回目。
 
関係職員が児童らの取り組みをたたえ、防災への協力に感謝

関係職員が児童らの取り組みをたたえ、防災への協力に感謝

 
 山﨑柊琳団長は「防災の活動を6年間重ねてきた中での受賞なのでうれしい。表彰式では他の地域の発表も聞けて参考になった。今後に生かしたい。後輩たちにもこの活動を引き継いでほしい」と願う。佐野楓花副団長も「釜小の取り組みを全国の人に知ってもらえた」と喜ぶ。生まれる前の大震災で自宅も津波の被害を受けた。「下校時津波避難訓練はすごくためになっている」と話し、次の世代に向け、「小さい頃から防災の学習をして、もしもの時に命が助かれるように行動してほしい」と思いを込める。
 
 11年の震災時も同校にいた“いのちの教育”担当の及川美香子教諭は「防災学習は地域の現状を踏まえ、アレンジしながら継続していくことが大事」と改めて実感。今春、中学に進む6年生に対し、「自分たちがやってきたことを他の小学校出身者にも伝え、みんなでこの地域の命を守れる人になってほしい」と期待した。

spring-fes01

虎舞、餅つき…元気いっぱい楽しむ かまいしこども園・新春まつり 心も体もぽかぽかに

元気いっぱい虎舞を披露する「かまいしこども園」の園児

元気いっぱい虎舞を披露する「かまいしこども園」の園児

 
 釜石市天神町のかまいしこども園(藤原けいと園長、園児81人)は17日、同市大町の市民ホールTETTOで新春まつりを開いた。虎舞の引き継ぎ式、餅つき会、バザーなどの園行事をひとまとめにした楽しさ満点の企画。豚汁のお振る舞いやキッチンカーなど飲食提供もあり、園児や保護者、地域住民らは身も心もぽかぽかにした。
 
 まつりは年長児13人による虎舞の発表でスタート。年中児16人のおはやしに合わせ、年長児たちが扮(ふん)するかわいらしい虎たちが跳ねたり寝転がったり、元気いっぱいに舞を披露した。
 
年長児が虎頭を持って踊り、年中児が後方からおはやしで盛り立てる

年長児が虎頭を持って踊り、年中児が後方からおはやしで盛り立てる

 
 虎頭の引き継ぎでは、年長児が年中児へ「腰を低くして踊るとかっこいいよ」などとアドバイスしながら手渡した。花川蓮君(6)は「緊張したけど頑張った。うまくできたから楽しかった。ちょっと悲しいけど、かっこよく踊ってほしい」と名残惜しそう。受け取った井上陽斗君(4)は「うれしい。めちゃくちゃ頑張りたい」と笑顔を見せた。
 
虎を演じる時に気を付けるポイントを伝える年長児

虎を演じる時に気を付けるポイントを伝える年長児

 
受け取った年中児は虎頭を大事そうに抱えて笑顔を見せた

受け取った年中児は虎頭を大事そうに抱えて笑顔を見せた

 
 虎舞は同園の前身、釜石保育園時代から続く。きっかけは東日本大震災。津波で園舎が全壊し、仮園舎で過ごす中で園児や保護者らを元気づけようと始めた。天神町に再建後も恒例行事として継続。今年度は園行事や市内で開かれるイベントなどで披露した。
 
 式では、長年指導する岩間久一さんらに年長児がお礼の気持ちを伝えた。今年度から指導役を担う北山到さん(33)は「最後の踊りに成果を出し切って楽しく踊っていた」とうれしそうに話した。
 
指導者を交えて記念にパチリ。踊り終えて満足げな年長児

指導者を交えて記念にパチリ。踊り終えて満足げな年長児

 
 郷土芸能として虎舞を継承した後は、餅つき会で盛り上がった。年長児が育てたもち米を使用。子どもたちは、大人からアドバイスを受けたり協力し合いながら、「よいしょ!」の掛け声で思い切りきねを振り下ろし、元気よく餅をついた。
 
「よいしょ」「ぺったん」とのかけ声で餅つきを楽しむ

「よいしょ」「ぺったん」とのかけ声で餅つきを楽しむ

 
「おいしいねー」。つきたてのお餅を味わう親子

「おいしいねー」。つきたてのお餅を味わう親子

 
 つきたての餅はしょうゆ、きな粉で味付け。あたたかい豚汁と合わせて振る舞われた。おいしそうに頬張る蓮君の姿に、母の由希子さん(42)は「最後の踊りに泣いてしまった。切なくなって…お兄ちゃんのまねして踊っていたのが、いつの間にか成長し、うまくなっていた」と感慨深げに話し、「人を思いやれる気持ちを持ち続けてもらえたらいい」と優しいまなざしを向けた。
 
たくさんの人でにぎわった新春まつり

たくさんの人でにぎわった新春まつり

 
 例年、最後の発表の場となっていた全国虎舞フェスティバル(2月)が隔年開催となったため、ステージで踊る楽しい思い出を残してもらおうと企画した。藤原園長は「虎舞は釜石にとって大事な文化。小さい頃から触れることで、音を感じ、仲間と息を合わせることや未来につないでいくという気持ちも育んでいる。これをきっかけに、郷土芸能を続けてもらえたら」と期待。今回は「地域の中のこども園」を目指していることから、誰もが楽しめるようイベント化して街中で開いた。

ikebana01

花輝く!異質の融和、遊び心で魅せる 草月流・村上マサ子さん、釜石で傘寿生け花展

80歳を迎え集大成の個展を開いた村上マサ子さん

80歳を迎え集大成の個展を開いた村上マサ子さん

 
 生け花の草月流一級師範理事で釜石草月会顧問の村上翠華(本名・マサ子)さん(80)=大槌町吉里々々=は17、18の2日間、傘寿を記念した個展「翠華展」を釜石市大町の市民ホールTETTOで開いた。生け花に親しんで半世紀以上。究めた技と遊び心、異質な物を融合させた“斬新さ”が光る作品10点を展示した。「集大成」と満面の笑顔を見せ、「欲張らないで、『私の花』をいけていきたい」。花道(はなみち)への愛着は変わらない。
 
 色とりどりの和洋の花、形状が面白い草木などをこだわりの花器にいけた作品はどれも豊かな感性があふれる。「花は、いけたら、人になる」「いける、生きる」という流派の根本をたどる中、見いだした遊び心や異質な物との組み合わせで独特の世界観を表現。22歳で始めた生け花だが、色の対比など日々研究を重ねていて、その成果としての“今”を見せた。
 
村上さんの感性があふれ出す作品が配置された展示会場

村上さんの感性があふれ出す作品が配置された展示会場

 
 大作「流木オブジェ」は「床の間風」に仕立てた空間に、縁起の良い松や梅、ストレチア(漢字表記は極楽鳥花)などを配し新年の祝いを表した作品。夫でアマチュアカメラマンの民男さん(78)が拾ってきた流木を組み合わせた夫婦共同作だった。
 
流木を生かした造形美を見せた作品に興味津々

流木を生かした造形美を見せた作品に興味津々

 
縁起の良い松を3種使い、祝いを込めた「流木オブジェ」

縁起の良い松を3種使い、祝いを込めた「流木オブジェ」

 
 村上さんが大切にしているテーマの一つが「銀河」。金色などで色づけした竹やバショウの葉、大輪の花火のようなアリウム・シュベルティや赤い実を付けたノバラを星に見立てた作品が表現したのは、東日本大震災発生当夜の美しい星空だ。
 
「大切な人を忘れない」との思いも込めた作品「銀河」

「大切な人を忘れない」との思いも込めた作品「銀河」

 
 震災で、釜石・鵜住居町の母小川静子さん(当時91)、弟満さん(同62)が犠牲になった。「2人を亡くしたが、15年経ってもあの夜の星空は特別だから」と村上さん。自身が創り出した“天の川”に「明るく元気に生活を過ごせるように(なったよ)」との報告や、亡き人への思いをのせている。
 
 「花とあそぶ」は、私生活の一端をのぞかせるシリーズ。自宅で育てるムラサキジキブなどの花材と孫たちが食した菓子の箱などを組み合わせたり、黒のパンプスに真っ赤なアンスリウムをあしらったり、型に縛られない自由な発想がキラリと輝く。「何でも花材になるの」。村上さんはいたずらっぽく笑った。
 
遊び心や異質な物を組み合わせた作品がずらり

遊び心や異質な物を組み合わせた作品がずらり

 
 釜石草月会の会長や草月流岩手支部に所属する「陽の会」のグループ長などの役職を後進につなぎ、「体も頭も暇になった」と感じた時に、「やってみよう」と思ったのが今回の個展。これまで会派の展覧会への出品や民男さんとの「二人展」などを開いてきたが、「80歳。集大成として個展を」とあたためてきた目標を実現させた。
 
 村上さんを知る人や芸術に関心のある人らが来場し、1点1点じっくりと見入った。その中でうれしかったのは「斬新」との声。「50数年培った知識を応用した形。うつり変わる『私の花』は喜びであり、難しさに悩み苦しむことでもあるが、自分の今を表現しているから満足」と充実した表情を見せた。
 
優しく支える夫の民男さんと寄り添い笑顔の村上さん

優しく支える夫の民男さんと寄り添い笑顔の村上さん

 
 一つの目標を達成した村上さん。「欲張らないで、一つ一つ流派の方針についていく」と、生け花への思いは色あせない。次なる目標として掲げるのは「日輪賞」を受けること。草月流の90歳以上の現役指導者に贈られるもので、これからも後進の指導に当たる構えだ。

ongakukai01

音楽の力体感!歌とピアノは「いいコンビ」 釜石市民、美しい音色にニッコリ

演奏に歌声を重ねてコンサートを楽しむ釜石市民

演奏に歌声を重ねてコンサートを楽しむ釜石市民

 
 釜石市小佐野町の小佐野コミュニティ会館で10日、音楽を楽しむ「いきいき小佐野コンサート」が開かれ、住民ら約40人が声楽家らの美しい歌声と演奏に耳を傾けた。小佐野公民館と公益財団法人「音楽の力による復興センター・東北」(仙台市)の共催。釜石高校音楽部が友情出演し、柔らかな歌声で癒やしの空間づくりに一役買った。
 
 声楽家の谷地畝晶子さん(滝沢市)とピアノ奏者の阿部夕季恵さん(盛岡市)が「ふじ山」や「四季の歌」「亜麻色の髪の乙女」「北国の春」など約10曲を披露。住民らはなじみのある曲が演奏されると口ずさんだり、手拍子をして楽しんだ。
 
童謡やクラシックの名曲などを聴かせた谷地畝晶子さん

童謡やクラシックの名曲などを聴かせた谷地畝晶子さん

 
多彩な曲調の演奏を披露した阿部夕季恵さん

多彩な曲調の演奏を披露した阿部夕季恵さん

 
 ゲストの釜高音楽部の2年生4人は「めでたし、まことの御体よ」など、岩手県合唱小アンサンブルコンテスト(1月24日に盛岡市で開催)で披露する2曲を聴かせた。谷地畝さんとのコラボレーションで「アベマリア」を爽やかに歌い上げた。
 
谷地畝さんと声を合わせた釜石高校音楽部

谷地畝さんと声を合わせた釜石高校音楽部

 
 近所に住む柏舘文美子さん(69)は「普段聴かない曲や懐かしい曲とさまざまあって楽しかった。高校生の歌声も聴けて良かった。きれいだったね」と感激。印象に残った曲は「ここに幸あり」。1956(昭和31)年に発表され、かつて結婚式の定番ソングだったとの紹介に「あら、生まれた年が一緒。同級生だ。すてきな曲」と思ったそうで、新発見を喜んだ。
 
美しい歌声と演奏に聴き入り顔をほころばせる参加者

美しい歌声と演奏に聴き入り顔をほころばせる参加者

 
 同センターは2011年3月の東日本大震災を受け、音楽の力で東北復興を後押ししようと、仙台フィルハーモニー管弦楽団と市民有志によって設立され、12年9月に法人化。発災直後から宮城県各地や福島、岩手両県の避難所、仮設住宅などで開催するコンサートのコーディネートを担ってきた。
 
 釜石では14年から寺院や商業施設などで演奏会を開催。20年からは岩手県の「被災者の参画による心の復興事業費補助金」を活用し、災害公営住宅や公民館などで一般向けの音楽会を続け、谷地畝さん、阿部さんが協力してきた。
 
住民との交流に笑顔を見せる谷地畝さんと阿部さん

住民との交流に笑顔を見せる谷地畝さんと阿部さん

 
 今回は10~12日の日程で来釜し、大槌町と合わせて6公演を開催。谷地畝さんは「5年通い、街や人の雰囲気が好きになった」と話し、「復興支援コンサートは最後になりそう。また違った形でお目にかかれたら。元気に過ごしてください」と、来場者に声をかけた。
 
 「最後かも」という言葉に反応した男性は「歌とピアノの、あのコンビ、いいもんな」と名残惜しそうに話した。以前から、公演を“はしご”しているようで、「青葉(12日のコンサート)にも行こうか…な」と、頭の中で展開させた問答を口にした。
 
 公演で来釜した際、谷地畝さんらは釜高音楽部へのボイストレーニングも行い、今回の友情出演が実現した。歌う前の発声準備やトレーニング方法などの助言を思い出しながら舞台に立った同部の八幡陽梛子部長は「思ったより人が多くて驚いたが、練習よりいいハーモニーを響かせられた」と手応えを感じた。
 
コンサートを終え、笑顔を重ねる出演者たち

コンサートを終え、笑顔を重ねる出演者たち

 
 声楽家と一緒に歌う機会は、部員の川崎茜羽さん、乘富優奈さん、佐々木翼光さんにとっても刺激になった様子。1年生部員を含め5人で臨むコンテストでは「コミュニケーションを取りながら響き、音色が調和した一つの歌声を届けたい」と力を込めた。
 
 同館の三浦慎輔館長は、住民らの笑顔を見つめ「楽しい時間はあっという間。高校生も出演して、ひと味違った趣のあるコンサートになった。素晴らしい音楽に触れ、心安らぐ時間を過ごしてもらえたようだ」と感謝。谷地畝さんと阿部さんには住民から花束が贈られた。
 
 同センターシニア・コーディネーターの千田祥子さんは「コンサートは一期一会。聴く人も演奏曲も同じにはならないから、その時を目いっぱい楽しむ。長く続いたことで人がつながり、地元の団体とコラボもできた」と話した。今年度、東北地方の学術や芸術などの発展に貢献した個人や団体に贈られる河北文化賞(河北新報社主催)を受賞したといい、「協力する音楽家、公演を受け入れる各地の方々、みんなで受けた賞」と強調。その上で、「音楽の力」を生かした活動を継続したい考えを示した。