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130年の眠りから覚める? 橋野鉄鉱山で「開山碑」発見! 操業開始時期知る貴重な手掛かりに

橋野鉄鉱山で新たに発見された石碑(右)について説明する市教委文化財課世界遺産室の髙橋岳係長(左)

橋野鉄鉱山で新たに発見された石碑(右)について説明する市教委文化財課世界遺産室の髙橋岳係長(左)

 
 昨年、世界遺産登録10周年を迎えた釜石市の「橋野鉄鉱山」で、これまでの調査で確認されていなかった新たな石碑が見つかった。自然石を利用したとみられる碑には「開山」の文字とともに、操業開始当時に関わっていた2人の人物の名前が刻まれる。同鉄鉱山の操業開始は1858(安政5)年であることは分かっているが、月日を示す資料は見つかっておらず、同碑に刻まれる「安政五戊午年 九月十二日」という日付の意味が注目される。
 
 石碑は昨年11月19日、市教委文化財課世界遺産室係長の髙橋岳さんが高炉場跡のモニタリング調査中に発見した。同調査は橋野鉄鉱山構成資産範囲(高炉場、運搬路、採掘場)内にある遺構や周辺景観を定点観測し、保全状況を把握するためのもので、世界遺産登録の翌2016年から毎年11~12月ごろに実施している。
 
「開山碑」とみられる石碑発見の報告は1月31日、鉄の歴史館で行われた

「開山碑」とみられる石碑発見の報告は1月31日、鉄の歴史館で行われた

 
 石碑があった一帯は大きな花こう岩が点在し、タガネで割った跡が見られるなど、高炉建設に必要な石材を切り出していた場所。いつも通り、定点観測用の写真を撮っていた髙橋さん。この日は、石の様子を見ようと近づいて歩いていたところ、一部がこけむした岩の表面に何やら文字らしきものが見えた。周りのコケを取ってみると、梵字と「開山」の文字が…。「たまに気にして見ることはあったが、まさか文字が刻まれているとは!」。偶然の発見に驚きとともに目がくぎ付けになった。現場は山の斜面に残る山神社跡よりさらに高い場所で、見学エリア内の「市之助の墓」から北西に約20メートルの地点。
 
石碑(黄丸)は高炉場ゾーン山神社ブロック西側の国有林内で発見された

石碑(黄丸)は高炉場ゾーン山神社ブロック西側の国有林内で発見された

 
石碑の発見場所と山神社跡など周辺の位置関係図

石碑の発見場所と山神社跡など周辺の位置関係図

 
 髙橋さんが後日、簡易調査したところ、石碑は自然に割れた花こう岩の割れ口の平坦面を利用していて、高さ約259センチ、横幅約176センチ(いずれも最長部分)、奥行き(石の厚さ)は約85~102センチ。人の背丈を優に超える大きさだ。タガネが入った形跡がなく、自然の摂理で生まれた割れ面に文字を刻んだものとみられる。
 
発見時の石碑(左)とコケなどを落とした後の石碑(右)

発見時の石碑(左)とコケなどを落とした後の石碑(右)

 
 記録するため、拓本(乾拓、湿拓)を試みたがうまくいかず、奈良文化財研究所が開発した技術「ひかり拓本」で文字を読み取った。碑の中央には「不動明王」を表す梵字、その下には「開山」と刻まれている。不動信仰に関する文献によると、三陸地方では火をつかさどる神様として不動信仰があり、「おそらく高炉操業の安全祈願として、不動明王を祭ったのではないか」と髙橋さん。1869(明治2)年に建てられた山神社のご神体も不動明王をモチーフにしたものとみられ、共通する。
 
スマホの「ひかり拓本アプリ」を利用し拓本作成。光源をさまざまな方向から石碑に当て写真撮影したものを組み合わせ、文字を浮かび上がらせる方法

スマホの「ひかり拓本アプリ」を利用し拓本作成。光源をさまざまな方向から石碑に当て写真撮影したものを組み合わせ、文字を浮かび上がらせる方法

 
ひかり拓本」で読み取ることができた石碑の文字(右)

「ひかり拓本」で読み取ることができた石碑の文字(右)

 
石碑文字を拡大したもの。左が不動明王を表す梵字と「開山」。右が「田鎖仲 源高守」

石碑文字を拡大したもの。左が不動明王を表す梵字と「開山」。右が「田鎖仲 源高守」

 
 碑の右下には「田鎖仲 源高守」という人物名がある。田鎖仲は高炉建設の技術者で、大島高任の補佐役。田鎖は閉伊氏の末えいで、閉伊氏は元は源氏名を名乗っていたことから“源”姓の名前も併記される。左下には鉱山の事務方を担った「支配人」の(柵山)市之助の名前が刻まれる。
 
 注目は「安政五戊午(つちのえうま)年 九月十二日」という日付だ。前後の文書をひもとくと―。前年の大島高任の大橋高炉での連続出銑成功を受け、盛岡藩は橋野の地に仮高炉を建設するが、その計画を示すのが安政5年5月19日付の南部家文書「覚書」。この中に田鎖仲と市之助の名前がある。地元橋野の和田家に伝わる「和田文書」によると、同年6月初めには大島高任が現地入りしていたとみられる。次に出てくるのが安政6年2月の「大島高任行実」。仮高炉の着工と同時期に安政の大獄があり、大砲製造のための銑鉄の需要が減ってくる中で、すでに着手している高炉事業をどうするかを協議した文書とされる。結果的に事業は継続され、一番高炉、二番高炉の建設につながっていくが…。
 
 これらの文書から推測すると、「仮高炉は安政5年6月ごろに着工。約3カ月で完成し、9月ごろに操業を開始した」との仮説がたつ。明治19年の盛岡藩文書「橋野鉄鉱山書上」には「鉱石の採掘は5~10月に限る」との記述もあり、総合的に考えると、「碑に刻まれている9月12日は仮高炉の操業開始という意味合いを持つのではないか。操業の安全を祈願するため不動明王を山の神として祭り、高炉をスタートした可能性がある」と髙橋さん。今後、専門家に現地を見てもらうなど詳しい調査を進めていきたい考え。
 
 市内で鉄鉱山関連の「開山碑」なるものは、これまで見つかっていなかった。髙橋さんは「将来、鉄鉱山操業時代の文献がさらに見つかっていけば、今回の石碑の関連性も見えてくるかもしれない。橋野鉄鉱山にはまだ見つかっていない遺構があるかもしれず、引き続き調査していきたい」と話す。
 
※記事中の石碑、現地写真、解説図は市教委文化財課世界遺産室提供

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釜石市郷土芸能祭 9団体が熱い演舞 次世代への継承に思い新た 子どもたちも生き生きと

市民ホールTETTOで開かれた「第27回釜石市郷土芸能祭」

市民ホールTETTOで開かれた「第27回釜石市郷土芸能祭」

 
 第27回釜石市郷土芸能祭(市、市教委主催)は8日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。隔年開催で2年ぶりのステージとなった今回は市内の8団体が出演したほか、特別出演として平泉町から1団体が招かれた。各地に伝わる多彩な芸能が披露され、約1千人が楽しんだ。
 
 同市では神楽、虎舞、鹿踊、手踊りなどさまざまな郷土芸能が伝承され、同祭にはこれまでに59団体が出演している。現在、県の無形民俗文化財に1団体(神楽)、市の同文化財に13団体(神楽4、鹿踊4、虎舞5)が指定される。同祭は市内の豊富な芸能を市民に知ってもらうとともに、活動団体に発表の機会を提供することで、次代への継承、担い手育成につなげようと開催される。1977(昭和52)年度に第1回目が開かれ、回を重ねてきた。
 
 今回は市内から市指定文化財の尾崎町虎舞、錦町虎舞、砂子畑鹿踊、東前太神楽のほか、平田神楽、外山鹿踊、只越虎舞、田郷鹿子踊が出演した。各団体は地域の祭りなどで披露している各種演目を舞台上で見せ、観客から盛んな拍手を送られた。
 
市指定文化財の「錦町虎舞」。錦町は現浜町3丁目の前町名。錦町青年会が継承する

市指定文化財の「錦町虎舞」。錦町は現浜町3丁目の前町名。錦町青年会が継承する

 
虎頭による舞のほか甚句も披露。錦町虎舞は刺鳥舞、おかめ漫才、御祝なども伝承している

虎頭による舞のほか甚句も披露。錦町虎舞は刺鳥舞、おかめ漫才、御祝なども伝承している

 
 栗林町砂子畑地区に伝わる「砂子畑鹿踊」は、江戸時代の元禄・宝永(1688~1711)年間に栗林村(当時)に移り住んだ房州(現千葉県南部)生まれの唯喜伝治という人物から伝えられたとされる。礼儀をただし、勇壮、活発な踊りが特徴。地区内の丹内神社の祭りで奉納される。郷土芸能祭への出演は第23回以来4回目。この日は家々を回って踊る門打ちの演目から▽念仏入羽▽回向(二句)▽庭踊り(両入羽、こぎり…など)▽角かけ―の演目を披露した。
 
市指定文化財の「砂子畑鹿踊」。写真の演目は庭踊りの一つ「両入羽」

市指定文化財の「砂子畑鹿踊」。写真の演目は庭踊りの一つ「両入羽」

 
 踊りの師匠である太夫の小笠原成幸さん(75)は「広く市民に見てもらえるのは張り合いがある。鹿頭の踊り手は今、30~40代のメンバーが担っているが、今後は10~20代につなぎ、伝統ある舞を踊り継いでいきたい」と話す。内陸部の同地区には東日本大震災後、被災地域などから約30世帯が移り住んだ。鹿踊の“刀振り”や“金子”という役は主に子どもたちが担うが、今回出演した子の半数は移住家庭の子たち。金子で参加した鈴木葵衣さん(7)もその一人で、「踊りは初めてやったので難しかった。いっぱい練習した」と話す。被災後、同地区に新居を構えた父勇さん(39)は「地域の人に声をかけていただき(娘が)参加できた。先人が紡いできたものを大事に引き継いでいる。少しでも携われて良かった」と喜び、「鹿踊を続けたい」と話す葵衣さんを温かく見守った。
 
「金子」で躍動する子どもたち。本番に向け、一生懸命練習を重ねてきた

「金子」で躍動する子どもたち。本番に向け、一生懸命練習を重ねてきた

 
クライマックスは1頭の雌鹿を2頭の雄鹿が奪い合う様子を表現した「角かけ」。激しい戦いが見どころ

クライマックスは1頭の雌鹿を2頭の雄鹿が奪い合う様子を表現した「角かけ」。激しい戦いが見どころ

 
 同祭には平成以降、市外の団体も特別出演している。今回は平泉町指定無形民俗文化財「達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門神楽」が出演。坂上田村麻呂が801(延暦20)年に創建したと伝えられる同毘沙門堂に奉納された由緒ある神楽だ。この日は式舞の最初に舞う、五穀豊穣、子孫繁栄などを願う「御神楽」に加え、平泉とゆかりが深い源義経(牛若丸)が武蔵坊弁慶に出会った場所として有名な京都「五條の橋」の場面を再現した舞が披露された。
 
特別出演した平泉町の「達谷窟毘沙門神楽」。若手メンバーが源義経関連の演目を披露

特別出演した平泉町の「達谷窟毘沙門神楽」。若手メンバーが源義経関連の演目を披露

 
東前太神楽の代名詞、子どもたちによる「七福神」。市民が楽しみにする演目の一つ

東前太神楽の代名詞、子どもたちによる「七福神」。市民が楽しみにする演目の一つ

 
「通り舞」「クリ(狂い獅子)舞」などを継承する市指定文化財の「東前太神楽」。熟練の舞で観客を魅了

「通り舞」「クリ(狂い獅子)舞」などを継承する市指定文化財の「東前太神楽」。熟練の舞で観客を魅了

 
 同祭に初めて足を運んだ釜石市内の女性(66)は「祭りで郷土芸能は見ているが、舞台で見るとまた違っていいですね。東前の神楽など小さい頃から聞いているお囃子(はやし)のリズムが心地いい。郷土芸能は地域の宝。いつまでも続けば」と願った。ホール入り口のロビーには、出演団体を紹介するポスターが掲示された。釜石高の2年生5人が郷土芸能の担い手育成をテーマに取り組んだゼミ活動で作成したもので、各芸能の歴史、活動情報、参加条件、団体からのメッセージなどを記載。来場者に発信した。
 
釜石高2年生の郷土芸能ゼミが作成した出演団体のポスターに来場者も興味深げに見入った

釜石高2年生の郷土芸能ゼミが作成した出演団体のポスターに来場者も興味深げに見入った

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

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釜石小「ぼうさい甲子園」で2度目の優秀賞 “災害時は自ら考え行動”命を守る教育、実践評価

2025年度「ぼうさい甲子園」で釜石小が優秀賞。6年生児童が教育長らに受賞報告=3日

2025年度「ぼうさい甲子園」で釜石小が優秀賞。6年生児童が教育長らに受賞報告=3日

 
 全国の防災教育に関する先進的取り組みを顕彰する本年度の1.17防災未来賞「ぼうさい甲子園」(兵庫県など主催)で、釜石市の釜石小(五安城正敏校長、児童66人)が、優秀賞を受賞した。東日本大震災前から継続する防災教育を深化させ、児童らが主体的に考え、家庭や地域を巻き込んだ実践的な活動を行っていることが評価された。1月24日、神戸市で開かれた表彰式には6年生児童が出席。自分たちの活動について発表も行った。
 
 6年生9人は今月3日、同市の教育長、危機管理監らに受賞を報告した。表彰式で行った活動発表を報告の場で披露。釜石小ぼうさい安全少年団の山﨑柊琳団長、佐野楓花副団長がこれまでの取り組みについて発表した。
 
1月24日の表彰式での発表を市、市教委の幹部職員らに披露した

1月24日の表彰式での発表を市、市教委の幹部職員らに披露した

 
 同校では三陸沖地震津波の発生確率が高まる中、2008年から市内小中学校に先駆け、下校時津波避難訓練など本格的な防災教育を開始。11年の震災発生時、児童らは帰宅していたが、自ら判断し高台などへ避難。全児童184人が命をつないだ。その後、多様化する災害を見据え、同教育活動は深化を続ける。
 
 震災発生日の3月11日にちなみ、毎月11日を「釜小ぼうさいの日」とし、少年団団長が校内放送で防災に関するメッセージを発信。同少年団通信として地域住民にもメッセージを届けている。火災、垂直避難、不審者対応の訓練なども実施。6年間かけて行う防災学習では地震津波のほか、土砂災害、河川洪水についても学び、年1回、「いのちの学習参観」として保護者と一緒に防災を考える時間を設けている。児童が防災学習シートを持ち帰り、家族がメッセージを返すことも。
 
写真左上:「釜小ぼうさいの日」に行った火災避難訓練。同右上:児童が作成した「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ(写真提供:釜石小)

写真左上:「釜小ぼうさいの日」に行った火災避難訓練。同右上:児童が作成した「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ(写真提供:釜石小)

 
 本年度の6年生は5年時に、「市の避難訓練に地域住民の参加が少ない」ことを知り、参加を呼びかけるチラシやポスターを作成。地域住民に配り、市役所などへの掲示も依頼した。本年度、特に力を入れて取り組んだのが「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ」の作成。全校児童が家族と一緒に居住地区の危険箇所(地震津波、洪水、土砂災害、クマ出没など)を調査。地区リーダーの6年生は地域住民から釜石の昔の災害について教えてもらう聞き取りも行った。調査内容は横幅5メートルほどのパネルにまとめ、全校児童の前で発表。同パネルは昇降口に掲示し、いつでも見られるようにしている。
 
 震災前から続ける下校時津波避難訓練は、市や消防団の協力を得て実施。事前に地域住民にも知らせ、参加を促している。毎年繰り返すことで、児童らの避難意識は格段に向上。昨年12月8日深夜に発生した青森県東方沖地震で津波警報が出た際も、児童らは家族に「逃げよう」と声をかけ、いち早く避難を開始した。
 
釜石小が震災前から続ける「下校時津波避難訓練(2024年10月撮影)」。自ら判断し、最も近い高台の津波避難場所に向かう

釜石小が震災前から続ける「下校時津波避難訓練(2024年10月撮影)」。自ら判断し、最も近い高台の津波避難場所に向かう

 
 こうした経験を重ねてきた6年生は、「防災について学んだことから自ら判断し、命を守る行動をとる」「命はかけがえのない大切なものと思い続ける」ことなどを肝に銘じ、「これからも校内、地域の人たちとつながり、みんなの役に立つ人になりたい」との思いを強くする。
 
 釜小の校長経験もある髙橋勝教育長は脈々と続く同校の防災教育について、「みんなは形だけでなく、(先輩方の)心も受け継いで防災に取り組んできた。これからも大事にしてほしい。行動を起こすことで現状は変えられる。最初の小さな一歩が大きな力になる」と児童らの取り組みをたたえた。
 
髙橋勝教育長に優秀賞の賞状や盾を見せながら受賞を報告する児童

髙橋勝教育長に優秀賞の賞状や盾を見せながら受賞を報告する児童

 
 同顕彰事業は、阪神・淡路大震災をはじめとする災害の記憶を後世につなぎ、防災教育の推進で未来の安全安心な社会をつくるのが目的。21回目となる本年度は全国111校・団体から応募があり、選考委員会による審査で各賞が決定した。釜石小は小学生部門で、ぼうさい大賞に次ぐ優秀賞を受賞した。同顕彰での同校の受賞は2011年度のぼうさい大賞、12年度の優秀賞、24年度の特別賞(はばタン賞)に続き4回目。
 
関係職員が児童らの取り組みをたたえ、防災への協力に感謝

関係職員が児童らの取り組みをたたえ、防災への協力に感謝

 
 山﨑柊琳団長は「防災の活動を6年間重ねてきた中での受賞なのでうれしい。表彰式では他の地域の発表も聞けて参考になった。今後に生かしたい。後輩たちにもこの活動を引き継いでほしい」と願う。佐野楓花副団長も「釜小の取り組みを全国の人に知ってもらえた」と喜ぶ。生まれる前の大震災で自宅も津波の被害を受けた。「下校時津波避難訓練はすごくためになっている」と話し、次の世代に向け、「小さい頃から防災の学習をして、もしもの時に命が助かれるように行動してほしい」と思いを込める。
 
 11年の震災時も同校にいた“いのちの教育”担当の及川美香子教諭は「防災学習は地域の現状を踏まえ、アレンジしながら継続していくことが大事」と改めて実感。今春、中学に進む6年生に対し、「自分たちがやってきたことを他の小学校出身者にも伝え、みんなでこの地域の命を守れる人になってほしい」と期待した。

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虎舞、餅つき…元気いっぱい楽しむ かまいしこども園・新春まつり 心も体もぽかぽかに

元気いっぱい虎舞を披露する「かまいしこども園」の園児

元気いっぱい虎舞を披露する「かまいしこども園」の園児

 
 釜石市天神町のかまいしこども園(藤原けいと園長、園児81人)は17日、同市大町の市民ホールTETTOで新春まつりを開いた。虎舞の引き継ぎ式、餅つき会、バザーなどの園行事をひとまとめにした楽しさ満点の企画。豚汁のお振る舞いやキッチンカーなど飲食提供もあり、園児や保護者、地域住民らは身も心もぽかぽかにした。
 
 まつりは年長児13人による虎舞の発表でスタート。年中児16人のおはやしに合わせ、年長児たちが扮(ふん)するかわいらしい虎たちが跳ねたり寝転がったり、元気いっぱいに舞を披露した。
 
年長児が虎頭を持って踊り、年中児が後方からおはやしで盛り立てる

年長児が虎頭を持って踊り、年中児が後方からおはやしで盛り立てる

 
 虎頭の引き継ぎでは、年長児が年中児へ「腰を低くして踊るとかっこいいよ」などとアドバイスしながら手渡した。花川蓮君(6)は「緊張したけど頑張った。うまくできたから楽しかった。ちょっと悲しいけど、かっこよく踊ってほしい」と名残惜しそう。受け取った井上陽斗君(4)は「うれしい。めちゃくちゃ頑張りたい」と笑顔を見せた。
 
虎を演じる時に気を付けるポイントを伝える年長児

虎を演じる時に気を付けるポイントを伝える年長児

 
受け取った年中児は虎頭を大事そうに抱えて笑顔を見せた

受け取った年中児は虎頭を大事そうに抱えて笑顔を見せた

 
 虎舞は同園の前身、釜石保育園時代から続く。きっかけは東日本大震災。津波で園舎が全壊し、仮園舎で過ごす中で園児や保護者らを元気づけようと始めた。天神町に再建後も恒例行事として継続。今年度は園行事や市内で開かれるイベントなどで披露した。
 
 式では、長年指導する岩間久一さんらに年長児がお礼の気持ちを伝えた。今年度から指導役を担う北山到さん(33)は「最後の踊りに成果を出し切って楽しく踊っていた」とうれしそうに話した。
 
指導者を交えて記念にパチリ。踊り終えて満足げな年長児

指導者を交えて記念にパチリ。踊り終えて満足げな年長児

 
 郷土芸能として虎舞を継承した後は、餅つき会で盛り上がった。年長児が育てたもち米を使用。子どもたちは、大人からアドバイスを受けたり協力し合いながら、「よいしょ!」の掛け声で思い切りきねを振り下ろし、元気よく餅をついた。
 
「よいしょ」「ぺったん」とのかけ声で餅つきを楽しむ

「よいしょ」「ぺったん」とのかけ声で餅つきを楽しむ

 
「おいしいねー」。つきたてのお餅を味わう親子

「おいしいねー」。つきたてのお餅を味わう親子

 
 つきたての餅はしょうゆ、きな粉で味付け。あたたかい豚汁と合わせて振る舞われた。おいしそうに頬張る蓮君の姿に、母の由希子さん(42)は「最後の踊りに泣いてしまった。切なくなって…お兄ちゃんのまねして踊っていたのが、いつの間にか成長し、うまくなっていた」と感慨深げに話し、「人を思いやれる気持ちを持ち続けてもらえたらいい」と優しいまなざしを向けた。
 
たくさんの人でにぎわった新春まつり

たくさんの人でにぎわった新春まつり

 
 例年、最後の発表の場となっていた全国虎舞フェスティバル(2月)が隔年開催となったため、ステージで踊る楽しい思い出を残してもらおうと企画した。藤原園長は「虎舞は釜石にとって大事な文化。小さい頃から触れることで、音を感じ、仲間と息を合わせることや未来につないでいくという気持ちも育んでいる。これをきっかけに、郷土芸能を続けてもらえたら」と期待。今回は「地域の中のこども園」を目指していることから、誰もが楽しめるようイベント化して街中で開いた。

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花輝く!異質の融和、遊び心で魅せる 草月流・村上マサ子さん、釜石で傘寿生け花展

80歳を迎え集大成の個展を開いた村上マサ子さん

80歳を迎え集大成の個展を開いた村上マサ子さん

 
 生け花の草月流一級師範理事で釜石草月会顧問の村上翠華(本名・マサ子)さん(80)=大槌町吉里々々=は17、18の2日間、傘寿を記念した個展「翠華展」を釜石市大町の市民ホールTETTOで開いた。生け花に親しんで半世紀以上。究めた技と遊び心、異質な物を融合させた“斬新さ”が光る作品10点を展示した。「集大成」と満面の笑顔を見せ、「欲張らないで、『私の花』をいけていきたい」。花道(はなみち)への愛着は変わらない。
 
 色とりどりの和洋の花、形状が面白い草木などをこだわりの花器にいけた作品はどれも豊かな感性があふれる。「花は、いけたら、人になる」「いける、生きる」という流派の根本をたどる中、見いだした遊び心や異質な物との組み合わせで独特の世界観を表現。22歳で始めた生け花だが、色の対比など日々研究を重ねていて、その成果としての“今”を見せた。
 
村上さんの感性があふれ出す作品が配置された展示会場

村上さんの感性があふれ出す作品が配置された展示会場

 
 大作「流木オブジェ」は「床の間風」に仕立てた空間に、縁起の良い松や梅、ストレチア(漢字表記は極楽鳥花)などを配し新年の祝いを表した作品。夫でアマチュアカメラマンの民男さん(78)が拾ってきた流木を組み合わせた夫婦共同作だった。
 
流木を生かした造形美を見せた作品に興味津々

流木を生かした造形美を見せた作品に興味津々

 
縁起の良い松を3種使い、祝いを込めた「流木オブジェ」

縁起の良い松を3種使い、祝いを込めた「流木オブジェ」

 
 村上さんが大切にしているテーマの一つが「銀河」。金色などで色づけした竹やバショウの葉、大輪の花火のようなアリウム・シュベルティや赤い実を付けたノバラを星に見立てた作品が表現したのは、東日本大震災発生当夜の美しい星空だ。
 
「大切な人を忘れない」との思いも込めた作品「銀河」

「大切な人を忘れない」との思いも込めた作品「銀河」

 
 震災で、釜石・鵜住居町の母小川静子さん(当時91)、弟満さん(同62)が犠牲になった。「2人を亡くしたが、15年経ってもあの夜の星空は特別だから」と村上さん。自身が創り出した“天の川”に「明るく元気に生活を過ごせるように(なったよ)」との報告や、亡き人への思いをのせている。
 
 「花とあそぶ」は、私生活の一端をのぞかせるシリーズ。自宅で育てるムラサキジキブなどの花材と孫たちが食した菓子の箱などを組み合わせたり、黒のパンプスに真っ赤なアンスリウムをあしらったり、型に縛られない自由な発想がキラリと輝く。「何でも花材になるの」。村上さんはいたずらっぽく笑った。
 
遊び心や異質な物を組み合わせた作品がずらり

遊び心や異質な物を組み合わせた作品がずらり

 
 釜石草月会の会長や草月流岩手支部に所属する「陽の会」のグループ長などの役職を後進につなぎ、「体も頭も暇になった」と感じた時に、「やってみよう」と思ったのが今回の個展。これまで会派の展覧会への出品や民男さんとの「二人展」などを開いてきたが、「80歳。集大成として個展を」とあたためてきた目標を実現させた。
 
 村上さんを知る人や芸術に関心のある人らが来場し、1点1点じっくりと見入った。その中でうれしかったのは「斬新」との声。「50数年培った知識を応用した形。うつり変わる『私の花』は喜びであり、難しさに悩み苦しむことでもあるが、自分の今を表現しているから満足」と充実した表情を見せた。
 
優しく支える夫の民男さんと寄り添い笑顔の村上さん

優しく支える夫の民男さんと寄り添い笑顔の村上さん

 
 一つの目標を達成した村上さん。「欲張らないで、一つ一つ流派の方針についていく」と、生け花への思いは色あせない。次なる目標として掲げるのは「日輪賞」を受けること。草月流の90歳以上の現役指導者に贈られるもので、これからも後進の指導に当たる構えだ。

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音楽の力体感!歌とピアノは「いいコンビ」 釜石市民、美しい音色にニッコリ

演奏に歌声を重ねてコンサートを楽しむ釜石市民

演奏に歌声を重ねてコンサートを楽しむ釜石市民

 
 釜石市小佐野町の小佐野コミュニティ会館で10日、音楽を楽しむ「いきいき小佐野コンサート」が開かれ、住民ら約40人が声楽家らの美しい歌声と演奏に耳を傾けた。小佐野公民館と公益財団法人「音楽の力による復興センター・東北」(仙台市)の共催。釜石高校音楽部が友情出演し、柔らかな歌声で癒やしの空間づくりに一役買った。
 
 声楽家の谷地畝晶子さん(滝沢市)とピアノ奏者の阿部夕季恵さん(盛岡市)が「ふじ山」や「四季の歌」「亜麻色の髪の乙女」「北国の春」など約10曲を披露。住民らはなじみのある曲が演奏されると口ずさんだり、手拍子をして楽しんだ。
 
童謡やクラシックの名曲などを聴かせた谷地畝晶子さん

童謡やクラシックの名曲などを聴かせた谷地畝晶子さん

 
多彩な曲調の演奏を披露した阿部夕季恵さん

多彩な曲調の演奏を披露した阿部夕季恵さん

 
 ゲストの釜高音楽部の2年生4人は「めでたし、まことの御体よ」など、岩手県合唱小アンサンブルコンテスト(1月24日に盛岡市で開催)で披露する2曲を聴かせた。谷地畝さんとのコラボレーションで「アベマリア」を爽やかに歌い上げた。
 
谷地畝さんと声を合わせた釜石高校音楽部

谷地畝さんと声を合わせた釜石高校音楽部

 
 近所に住む柏舘文美子さん(69)は「普段聴かない曲や懐かしい曲とさまざまあって楽しかった。高校生の歌声も聴けて良かった。きれいだったね」と感激。印象に残った曲は「ここに幸あり」。1956(昭和31)年に発表され、かつて結婚式の定番ソングだったとの紹介に「あら、生まれた年が一緒。同級生だ。すてきな曲」と思ったそうで、新発見を喜んだ。
 
美しい歌声と演奏に聴き入り顔をほころばせる参加者

美しい歌声と演奏に聴き入り顔をほころばせる参加者

 
 同センターは2011年3月の東日本大震災を受け、音楽の力で東北復興を後押ししようと、仙台フィルハーモニー管弦楽団と市民有志によって設立され、12年9月に法人化。発災直後から宮城県各地や福島、岩手両県の避難所、仮設住宅などで開催するコンサートのコーディネートを担ってきた。
 
 釜石では14年から寺院や商業施設などで演奏会を開催。20年からは岩手県の「被災者の参画による心の復興事業費補助金」を活用し、災害公営住宅や公民館などで一般向けの音楽会を続け、谷地畝さん、阿部さんが協力してきた。
 
住民との交流に笑顔を見せる谷地畝さんと阿部さん

住民との交流に笑顔を見せる谷地畝さんと阿部さん

 
 今回は10~12日の日程で来釜し、大槌町と合わせて6公演を開催。谷地畝さんは「5年通い、街や人の雰囲気が好きになった」と話し、「復興支援コンサートは最後になりそう。また違った形でお目にかかれたら。元気に過ごしてください」と、来場者に声をかけた。
 
 「最後かも」という言葉に反応した男性は「歌とピアノの、あのコンビ、いいもんな」と名残惜しそうに話した。以前から、公演を“はしご”しているようで、「青葉(12日のコンサート)にも行こうか…な」と、頭の中で展開させた問答を口にした。
 
 公演で来釜した際、谷地畝さんらは釜高音楽部へのボイストレーニングも行い、今回の友情出演が実現した。歌う前の発声準備やトレーニング方法などの助言を思い出しながら舞台に立った同部の八幡陽梛子部長は「思ったより人が多くて驚いたが、練習よりいいハーモニーを響かせられた」と手応えを感じた。
 
コンサートを終え、笑顔を重ねる出演者たち

コンサートを終え、笑顔を重ねる出演者たち

 
 声楽家と一緒に歌う機会は、部員の川崎茜羽さん、乘富優奈さん、佐々木翼光さんにとっても刺激になった様子。1年生部員を含め5人で臨むコンテストでは「コミュニケーションを取りながら響き、音色が調和した一つの歌声を届けたい」と力を込めた。
 
 同館の三浦慎輔館長は、住民らの笑顔を見つめ「楽しい時間はあっという間。高校生も出演して、ひと味違った趣のあるコンサートになった。素晴らしい音楽に触れ、心安らぐ時間を過ごしてもらえたようだ」と感謝。谷地畝さんと阿部さんには住民から花束が贈られた。
 
 同センターシニア・コーディネーターの千田祥子さんは「コンサートは一期一会。聴く人も演奏曲も同じにはならないから、その時を目いっぱい楽しむ。長く続いたことで人がつながり、地元の団体とコラボもできた」と話した。今年度、東北地方の学術や芸術などの発展に貢献した個人や団体に贈られる河北文化賞(河北新報社主催)を受賞したといい、「協力する音楽家、公演を受け入れる各地の方々、みんなで受けた賞」と強調。その上で、「音楽の力」を生かした活動を継続したい考えを示した。

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【新春に聞く】将棋に向き合う 釜石出身・小山怜央四段 変わらぬ姿勢 +「熟考」

年末年始に帰省した小山怜央四段。指導対局で子どもらと交流した

年末年始に帰省した小山怜央四段。指導対局で子どもらと交流した

 
 岩手県釜石市出身の将棋棋士、小山怜央四段(32)は4日、大槌町のシーサイドタウンマストで開かれたマスト子供将棋大会(釜石地域将棋文化普及実行委員会主催)に“審判長”(ゲスト)として登場し、指導対局にも当たった。プロ入りし3年目の今期(2025年度)は対戦成績の各部門で上位争いを演じ、連勝数は現在もトップを走る。古里に話題を届けてきた“憧れの存在”は年末年始に釜石に帰省。「研究、準備を重ね対局に臨む。スタンスは変えない。練習に励む」と、将棋に“一途な人”に新年の抱負を聞いた。
 
 「対局も研究会も、1年目と変わらずやってきた。続けてきた成果が表れて実力以上のものが出せたのかな」。子どもたちが熱戦を繰り広げる将棋大会の会場の一角で、小山四段は25年をこう振り返った。
 
マスト子供将棋大会で熱戦の様子を見つめる小山四段

マスト子供将棋大会で熱戦の様子を見つめる小山四段

 
 日本将棋連盟による棋士ランキング(9日時点)では、連勝数13で1位。「相手のミスを拾ったり、勢いで勝てた部分もあったから…」と、小山四段は謙虚に語る。今期前半は勝数や対局数でも上位に入るなど好調ぶりを見せたが、「落ちてしまった。うまくいかないと思ってしまう局面もあったり…」と低迷する中盤を回想した。
 
 プロ棋士は対局や研究会に加え、テレビでの解説やイベント、将棋スクールでの指導なども行い、忙しい。勝てば対局が増え、スケジュールも重なったり詰まったり、準備の時間をしっかり取れない時もあるという。「大変だ」と話すが、プロ生活に慣れてきたこともあり「対局は続く。うまくリラックスしながらやっていきたい」と受け流す。
 
小山四段と子どもたちの対局に大人も関心を寄せる

小山四段と子どもたちの対局に大人も関心を寄せる

 
 年末から実家で過ごした小山四段。4日の将棋大会への参加が26年の“仕事始め”となった。大会前には多面指しで小中学生らと交流。「“ウマ”い手だったよ。だけど、盤面を広く見てみて。すごく良い手があるよ」などとアドバイスを伝えた。滝沢市から足を運んだ小学生山本悠暉さん(2年)は「(小山四段は)強かった」と憧れ、「強い友達がいっぱいいて、勝ちたいからもっと頑張る」と力にした。
 
 実は小山四段、少年期にこの大会に出場していた。実行委の土橋吉孝実行委員長=日本将棋連盟釜石支部長=によると、「20数年前に第1回大会が行われ、怜央も参加。始めたばかりだったのもあって、全然勝てなかった。『勝ちたい』と頑張って、2回目の大会では優勝した」とニヤリ。その後も出場し、優勝回数が重なってきたある時、「自分ばかり勝つのは悪いと思ったのか、怜央が『もう出ません』と言ってきた。この地域では相手がいなくなった。それくらい強くなった」と笑い話にした。
 
 大会は夏と冬の2回開催していて、今回で30回目。記念の大会には地元や県内の小中学生11人が出場し、初心者による新人王戦、経験者の名人戦の2部門で熱戦を繰り広げた。「年始から頑張っていてすごい」と目を細める小山四段。対局で経験を積み、「これからも強くなっていきましょう」とエールを送った。
 
大会審判長として出場者を激励する小山四段

大会審判長として出場者を激励する小山四段

 
新春企画として用意した「次の一手」を解説する小山四段

新春企画として用意した「次の一手」を解説する小山四段

 
 大会に出場する子どもや見守る保護者らに楽しんでもらおうと、小山四段はある局面での最善手を探す問題「次の一手」を出題。正解者に贈る色紙をその場でしたためた。選んだ言葉は「運気」「逆転」「覇気」「品行」など。もらった人が「意識してほしい」言葉だが、棋士としての自身も「大事にしたい」言葉でもあるという。
 
 新年の抱負は「一局一局、しっかり準備して全力で臨む」。アマ時代から続けてきたであろうこの姿勢は、プロとなっても変えない。日々の大半は将棋のことを考えているようで、「練習に励みたい」と情熱を注ぐ。そして、色紙の中から「熟考」と記された1枚をピックアップ。「成績を伸ばすためには、しっかり考えて指すことが大事。当たり前だけど」と意図を話した。
 
2026年の抱負を「熟考」とした小山四段。成長を誓う

2026年の抱負を「熟考」とした小山四段。成長を誓う

 
 順位戦は持ち時間が6時間と長い。小山四段は「思いついた手をすぐに出してしまったり、集中力が持たなかったりする」と反省を口にした。「これと思っても立ち止まって考えられたら、全力を出し切れる。まだまだ伸びしろがあると思う」と分析。さらに「勝敗以上に、これまで指せなかった手を出せたり、何か成長を感じられる1年になれば」と向上心をのぞかせた。
 
 将棋中心の生活を送る中、励みとなっているのが古里からの応援だ。帰省するたびにじかに届く声は「うれしいこと。頑張る糧になる」と小山四段。そして、指導対局などで交流する子どもたちから送られる熱視線に「憧れの存在となっている」と感じ、「身が引き締まる」と照れくさそうにはにかんだ。
 
憧れの小山四段に色紙を書いてもらい笑顔を見せる子ども

憧れの小山四段に色紙を書いてもらい笑顔を見せる子ども

 
 新年早々、将棋に打ち込む子どもらの姿は小山四段を刺激。「最近は負けが込んだり少し調子を崩しているが、少しずつ上げていきたい」と集中力を高める。つかの間の休息を楽しみ、勝負の世界へ。26年初の対局は8日の順位戦8回戦。高橋道雄九段(65)に勝ち、6勝2敗とした。「2敗だと昇級はない」というが、「勝ちを積めば、来期につながる」と視線はすでに未来へ。竜王戦ランキング戦(6組)、棋王戦コナミグループ杯予選(4組)も控える。
 
将棋を通した交流を刺激にする小山四段と子どもたち

将棋を通した交流を刺激にする小山四段と子どもたち

 
 「岩手の将棋界が発展してほしい。みんなで将棋を続けて、一緒に頑張ろう」とメッセージを残した小山四段。今年は「岩手での仕事がいろいろある」と予想し、「見守ってもらえたら。応援をお願いします」と控えめな笑顔を見せた。
 
 2026年も小山四段の活躍に注目だ。

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言葉がつなぐ学びの場“釜国”!? 初の学園祭で魅力発信 釜石市国際外語大学校

多言語じゃんけん大会で盛り上がる「釜国祭」

多言語じゃんけん大会で盛り上がる「釜国祭」

 
 釜石市国際外語大学校(及川源太学長)の第1回「釜国祭」は20日、同市鈴子町の同校で開かれた。開校2年目で、初の学園祭。外語観光学科の日本人学生と、日本語学科の留学生が協力し、アイデアを凝らした企画を繰り広げ、来校した地域住民らを楽しませた。
 
 同校は2024年4月に開校。日本人向けの外語観光学科(2年制)は英語や観光、ICT(情報通信技術)活用などを学び、外国人対象の日本語学科(1年半と2年制)では日常生活に必要な言葉が分かる程度の習熟を目指す。現在2学科に計60人が在籍。日本語学科ではネパールとミャンマーから留学生を受け入れている。
 
 “釜国”を知ってもらおうと開かれた学園祭のスローガンは「ことばがつなぐ 世界と地域とわたしたち」。日本人学生は、釜石のまち全体を学びの場として地域や人との交流で養う課題解決力、情報発信力などを生かした展示で学校の魅力を紹介した。留学生は民族衣装の試着体験やダンス披露などで自国の文化を伝え、磨いている日本語力を使って来校した人らと積極的にふれ合った。
 
外語観光学科が設けたフォトブースでは笑顔がいっぱい

外語観光学科が設けたフォトブースでは笑顔がいっぱい

 
日本語学科の留学生は民族衣装で伝統の踊りを披露した

日本語学科の留学生は民族衣装で伝統の踊りを披露した

 
 外語観光学科では、市内の観光スポットを題材にしたオリジナルすごろくで遊ぶ体験を提供。挑戦した人たちはサイコロを振り、「世界遺産の橋野鉄鉱山を見学しよう」「甲子柿を食べる」などが書かれたマスにコマを進めて、自分だけの“旅のしおり”をつくった。
 
釜石の観光スポットを巡ってツアーを作るすごろく遊び

釜石の観光スポットを巡ってツアーを作るすごろく遊び

 
 案内役となり体験を促した1年の成田彩華さん(19)は「人が来るか心配したが、たくさん来て、楽しんでもらっているよう。うれしい」と頬を緩めた。少人数のため、学年、学科を超えた連携で学園祭の準備をしてきたことから、仲間と晴れやかな表情を重ねた。学生生活は「常にやることがたくさんある。知らないことをスポンジのように吸収しているところ」と表現。友達という同級生の存在が「助けになっている」と話し、「自分にはできないと思うのではなく、諦めずやってみることが大事。迷ったときは頼ればいいから」と、結束力をアピールした。
 
 サリーを身にまとい、祝祭などで舞うダンスを見せたガレ アクリティさん(26)は、10月にネパールから来釜したばかり。軽快な音楽に合わせ「楽しい気持ち」を込めて踊っていたら、見つめる人たちから盛り上げるように手拍子がわき「とてもうれしかった」とはにかんだ。
 
民族舞踊やボディーアート体験などでネパールの文化を伝えた

民族舞踊やボディーアート体験などでネパールの文化を伝えた

 
 来校した人たちを笑顔でもてなしたネパール出身のバスネト ムスカンさん(21)は、1年半コースの第1期生。「来た頃は分からないことが多くて、(生活するのが)大変だった。アルバイト先の人とか釜石のみんなが教えてくれたから、気持ちよく過ごせている」と話し、「来てくれた人がうれしくなったらいい」と感謝の気持ちを込めた。春には首都圏のビジネス系の専門学校へ進学。釜国から羽ばたき、「夢の実現」へ前進する。
 
 ミャンマーの留学生は、発酵させた茶葉を使ったサラダ「ラペッソー」などの試食も用意し、“心の味(ふるさとの味)”を紹介した。「たくさんの人としゃべるのが楽しい」と活発に動き回っていたシュエー ウェーヤン トゥッさん(20)は、今年4月から釜国に通う。コンビニや菓子製造工場でアルバイトしながら忙しい日々を過ごしているというが、笑顔は絶やさない。ビジネスや自動車整備など学びたいことがいくつかあるようで、「将来、日本で働きたい。だから、言葉を覚えることを頑張る」と向上心を見せた。
 
ミャンマーの特色ある伝統を試食やメーク体験などで紹介した

ミャンマーの特色ある伝統を試食やメーク体験などで紹介した

 
 校内を巡るスタンプラリーもあり、来校者はスタンプを集めながら学生らと交流。ネパール人留学生と一緒に働いていたという市内の佐々木栄子さん(50代)は「明るくて、いろんなことに興味を持っている子たち」との再会を喜びつつ、さまざまな企画を体験し「文化の違いを知ることができて面白かった」と関心を深めた。地元にできた専門学校を歓迎していて、「長く続いてほしい」と期待。地域内外に広く知ってもらうため、「宣伝を考えて、どんどん発信して」と望んだ。
 
スタンプをもらう時は絶好の“おしゃべりタイム”

スタンプをもらう時は絶好の“おしゃべりタイム”

 
 この日はオープンキャンパスも同時開催。進学先にと考えている高校生や保護者らが参加し、外語観光学科の学生が説明する場面もあった。2年の岩間ひなさん(20)は「学校内外でいろんな活動ができるのが魅力」と強調。やりたいことを探せる場所でもあり、「将来のことを悩んでいる人におすすめしたい。人と関わって経験値を高め、人生に役立つ学びがある。『釜国』は楽しい」とPRした。
 
 同校によると、約200人が来場。課外学習や特別授業で関わった人、留学生らのアルバイトの受け入れ先、国際交流に関心のある人のほか、地域イベントとして楽しむ近隣住民や家族連れの姿もあった。「予想を上回った」と関係者。学生や留学生にとっても学校の魅力発信、語学力を高める貴重な機会になったようだ。

 

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ことば・つなぐ 国際色豊かに 初の学園祭「釜国祭」20日開催 釜石市国際外語大学校

チラシを手に来場を呼びかける「釜国祭実行委員会」メンバー

チラシを手に来場を呼びかける「釜国祭実行委員会」メンバー

 
 釜石市鈴子町の釜石市国際外語大学校(及川源太学長)が20日、初めての学園祭「釜国祭」を開く。テーマは「ことばがつなぐ 世界と地域とわたしたち」。日本語学科の留学生は自国の文化を伝える催し、外語観光学科の日本人学生は学びを生かした多彩な企画を準備。学科を超え工夫を凝らした参加型のゲームも用意し、地域住民に楽しんでもらおうと張り切っている。
 
 時間は午前10時~午後4時まで。外語観光学科では市内の観光スポットを題材に作成したオリジナルすごろくの体験、クリスマスをイメージしたフォトブース「世界とつながる写真館」、非常食に関する展示など防災を考えるコーナーを手がける。まち全体を学びの場として地域や人との交流により磨きをかけている課題解決力、コミュニケーション力、語学力、情報発信力を見せる。
 
 日本語を学ぶ留学生は民族衣装サリー(ネパール)やロンジー(ミャンマー)の試着、伝統的なボディアート「ヘナタトゥー」(ネパール)や化粧「タナカ」(ミャンマー)の体験を提供。それぞれダンスも披露する。ネパールに伝わる遊びも紹介。日本の「スイカ割り」に似たゲームで、目隠しをした参加者に留学生がネパール語で指示を出すという。
 
釜国祭の楽しみ方を紹介するチラシ

釜国祭の楽しみ方を紹介するチラシ

 
 留学生が多い学校ならではの国際色豊かな企画として、多言語じゃんけん大会も催す。校内や学校の敷地を巡るスタンプラリー、SNSを活用したフォト投稿など、一日滞在して楽しめる企画が目白押し。各種体験に参加すると菓子などの景品がもらえる。外部からキッチンカーも出店。から揚げ、お好み焼き、海鮮焼き、飲料などを販売する。
 
 同校への入学や進学先の候補にと考えている人らを対象にした特別オープンキャンパス(午後1時半~)を同時開催。学生と一緒に体験活動をしながら、カリキュラムや学生生活で気になることを聞いたりできる。参加者特典として、キッチンカーで使える「500円券」をプレゼント。当日の申し込みも受け付ける。
 
 開校2年目で、現在2学科に計60人が在籍する。学生たちは実行委員会をつくり、本番に向け準備を着々と進める。「初めての学園祭だから」と熱意を持って取り組んでいるのは、外語観光学科2年の前川亜希さん(20)。学びを生かしたり、留学生の思いを聞きながら企画を練り、「形になっていくのがうれしい」と笑顔を見せる。学生5人を中心に打ち合わせを重ね、「生徒自らが頑張っている。みんなが代表」と強調。多くの来場に期待し、「ことばがつなぐ」というテーマの実践を待つ。
 
初めての学園祭に向けて作戦会議をする学生と教員

初めての学園祭に向けて作戦会議をする学生と教員

 
 日本語学科2年でネパール出身のタマン・プラヂプさん(22)、タパ・サミラさん(20)、ボハラ・パビトラさん(22)は「ふるさとのことを伝える機会になる」と声をそろえる。当日はそれぞれゲーム、スタンプラリー、じゃんけん大会を担当する予定。「ワクワクしている。ぜひ、いらっしゃってください。一緒に楽しんでほしいです」と呼びかける。
 
 釜国祭については学校ホームページ(https://www.kiflc.website)で発信中。事前の申し込みは不要(オープンキャンパスは受付中)。すごろく体験やじゃんけん大会、留学生のダンス披露などは午前、午後の2回実施するが、時間は未定。最新情報は、学校インスタグラム(https://www.instagram.com/kiflc.stagram_mcl/ )で確認を。

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幼保小連携推進へ 唐丹小1、2年生が上中島こども園5歳児と交流 「架け橋期」の成長を支援

唐丹小1、2年生が上中島こども園年長児と手作りおもちゃで交流。幼保小連携の取り組み

唐丹小1、2年生が上中島こども園年長児と手作りおもちゃで交流。幼保小連携の取り組み

 
 釜石市教育研究所(市教委内)が進める幼保小連携のモデル事業の一環として11月26日、唐丹小(戸羽太一校長、児童38人)の1、2年生が上中島こども園(楢山知美園長、園児29人)の5歳児と交流活動を行った。幼児期から小学校入学に至る“架け橋期”にふさわしいカリキュラム構築を目指す取り組みで、両小学校・こども園間では初めての試み。同小児童9人が同園を訪問し、自分たちが考えた遊びで5歳児5人を楽しませた。
 
交流会の始まりにカラフルな首飾りとシールカードを園児にかけてあげる児童

交流会の始まりにカラフルな首飾りとシールカードを園児にかけてあげる児童

 
 この日は、1、2年生が生活科の授業で製作してきた手作りおもちゃを持参。自分たちよりも年下の子どもたちが楽しめるものを―と考え、用意してきたという。園内のホールに縁日スタイルで並べたのは、釣りや金魚すくい、すごろく、こまのほか、一緒におもちゃを作る店。段ボールや菓子の空き箱、ペットボトルキャップなど身近な材料で作り上げたオリジナルおもちゃで園児を迎えた。園児は各店を回り、担当児童から遊び方を教わり夢中になって楽しんだ。各店では遊んだ園児に好みのシールをプレゼント。“すごろく屋さん”では、落ち葉で作ったペンダントもプレゼントした。
 
こちらは「釣り屋さん」。竿と魚介類を手作りし、園児を楽しませた

こちらは「釣り屋さん」。竿と魚介類を手作りし、園児を楽しませた

 
児童4人で取り組んだ「すごろく屋さん」。コマは毛糸を巻いた松ぼっくり

児童4人で取り組んだ「すごろく屋さん」。コマは毛糸を巻いた松ぼっくり

 
5つのお店を回って好きなシールをゲット!(左)。すごろく屋さんでは落ち葉で作ったペンダントもプレゼント(右)

5つのお店を回って好きなシールをゲット!(左)。すごろく屋さんでは落ち葉で作ったペンダントもプレゼント(右)

 
 途中からは2、4歳児も合流。児童らは園児にやさしく声をかけながら、お兄さん、お姉さんぶりを発揮。会場内は温かい交流の輪が広がった。今回訪れた児童のうち3人は同園の卒園児。その一人、佐々木聖翔さん(2年)は「小さい子たちも楽しそう」とにっこり。苦労して作ったすごろくやペンダントに自信をのぞかせた。来年、新1年生が入るのも心待ちにし、「(新入生の)お手本になるように頑張りたい」と誓った。
 
 1人で“釣り屋さん”を開いた齊藤瑠美奈さん(1年)は「魚を作るのが大変だった」としつつ、喜んでくれる園児たちに満足げな表情。「新しい1年生が入ってきたら、やさしくしてあげたい」とほほ笑んだ。5歳児クラスの新屋匠真君(6)は「釣りが楽しかった」と目を輝かせ、児童らの姿に「かっこよかった」と憧れのまなざし。来春、唐丹小に入学予定で、「学校行くの、楽しみ。お勉強を頑張りたい」と話した。
 
もう一つの「釣り屋さん」は1年の女子児童が手作り。段ボール箱を海に見立てて…

もう一つの「釣り屋さん」は1年の女子児童が手作り。段ボール箱を海に見立てて…

 
児童らはさりげなく園児をサポート。お兄さん、お姉さんぶりを存分に発揮

児童らはさりげなく園児をサポート。お兄さん、お姉さんぶりを存分に発揮

 
 市教育研究所には同小と同園の教諭が所属していて、幼保小連携の試験的取り組みとして本交流会を企画。1年担任の兼澤桃花教諭は「異年齢交流は相手意識を持たせることにつながる。他者のことも考え、行動できるようになれば」と期待。児童らは今回、年下の子どもたちへの言葉遣いや接し方を考える機会になり、みんなで力を合わせて物事を成し遂げる経験もした。児童の姿を目にした園児にも「学校に入ったら『誰かのために何かやってみよう』という気持ちが芽生えれば…」と願った。
 
 同研究所は同市の教育課題解決に向けた各種研究活動を展開。幼保小連携もその一つで、本年度は幼児期から児童期への「架け橋期カリキュラム」の作成に取り組む。これは幼児期と小学校入学後のギャップを縮め、円滑に移行できるようにするとともに、幼児期に育まれた遊ぶ力、資質、能力を小学校につないでいこうとするもの。同市では少子化の影響で学区内に幼児施設がない地域や、保護者の仕事の関係で居住地から離れた施設に子どもを預けるケースなどもあり、小学校入学で子どもを取り巻く環境が大きく変化する場合も。そうした背景からも幼保小連携の取り組みは重要性を増す。
 
交流会の最後には園児に感想をインタビュー!

交流会の最後には園児に感想をインタビュー!

 
いっぱい遊んでくれたお兄さん、お姉さんに「ありがとう!」(右)。名残惜しそうに手を振る児童(左)

いっぱい遊んでくれたお兄さん、お姉さんに「ありがとう!」(右)。名残惜しそうに手を振る児童(左)

 
 上中島こども園の楢山園長は「これまでは未就学児が児童と交流する機会はほとんどなく、不安を感じながら入学を迎えていたと思う。このような場が増えれば小学校生活へのスムーズな移行にもつながるのではないか」と歓迎。市教委学校教育課課付補佐の小澤幸恵さんは「研究所では今、各校が実践的に取り組む上でのモデル作りを進めている。今回の活動もその一つで、来年1月に開催する研究大会で事例発表する予定」と話した。

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「小川しし踊り」伝承脈々と 小佐野小が「いわてユネスコ文化賞」受賞 旧小川小から活動48年

運動会で「小川しし踊り」を披露する小佐野小児童。長年の伝承の取り組みに「いわてユネスコ文化賞」が贈られた(写真提供=小佐野小)

運動会で「小川しし踊り」を披露する小佐野小児童。長年の伝承の取り組みに「いわてユネスコ文化賞」が贈られた(写真提供=小佐野小)

 
 釜石市立小佐野小(松本孝嗣校長、児童249人)は、岩手県ユネスコ連絡協議会(三田地宣子会長)の2025年度顕彰で「いわてユネスコ文化賞」を受賞した。児童らが代々取り組んできた地元郷土芸能「小川しし踊り」の伝承活動が認められたもの。学校統合前の旧小川小から受け継ぐ活動は今年で48年―。地域の誇り、郷土愛を育む活動は児童らの成長に大きく寄与している。
 
 同協議会は教育、科学、文化の分野で他の模範となる活動を行う児童生徒や指導者を「いわてユネスコ賞」として顕彰している。第30回の本年度は11件(科学賞2、文化賞6、活動奨励賞2、教育賞1)の表彰があり、小中高10校と1個人が受賞した。
 
県ユネスコ連絡協に代わり、釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長(左)が小佐野小の松本孝嗣校長(右)に表彰状と盾を届けた=11月26日、同校

県ユネスコ連絡協に代わり、釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長(左)が小佐野小の松本孝嗣校長(右)に表彰状と盾を届けた=11月26日、同校

 
 小佐野小への表彰伝達は11月26日、同校で行われた。釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長、佐々木聡理事、岩間千枝子理事、高橋宏樹事務局長が訪問。岩切会長が松本校長に表彰状と盾を手渡した。松本校長は「子どもたちにとって、受賞は大きな励みになる」と感謝。全校朝会で報告する際に「受賞の意義をしっかり伝えたい。先輩たちが長い間続けてきた価値を知ることで、『自分たちも』と継続の意識が高まると思う。自己肯定感を得ることにもつながる」と話した。
 
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小佐野小の小川しし踊り伝承活動について懇談する関係者

 
 同校では総合的な学習の時間などを利用し、毎年5、6年生全員がしし踊りに取り組む。小川しし踊り保存会(佐々木義一会長)のメンバーが学校を訪れ、児童らを指導。踊り、太鼓、笛など演舞に必要な役割を分担し、パートごとに練習を重ねる。演舞を披露するのは運動会や学習発表会など。保護者や地域住民の前で練習の成果を発表し、多くの感動を与えている。
 
5月24日に開催された運動会では5、6年生のしし踊りがオープニングを飾った(写真提供:小佐野小)

5月24日に開催された運動会では5、6年生のしし踊りがオープニングを飾った(写真提供:小佐野小)

 
今年度の5、6年生は計約100人。しし頭のほか、小踊り、太鼓、笛などを役割分担(同)

今年度の5、6年生は計約100人。しし頭のほか、小踊り、太鼓、笛などを役割分担(同)

 
 約140年の歴史を誇る小川しし踊り(市指定文化財)。同保存会は地元芸能の伝承、担い手育成を目指し、1977(昭和52)年頃から当時の小川幼稚園、小川小で芸能指導を開始。2005年に小川小と統合した小佐野小でもその取り組みが受け継がれ、現在に至る。保存会は指導者の立場として、昨年度の「いわてユネスコ教育賞」を受賞している。
 
 同保存会副会長として児童らの指導にもあたる釜石協会の佐々木理事は「小川小の運動会でしし踊りを踊り始めたのが私たちの世代」と歴史の重みをかみしめる。全国的に伝統文化の継承が課題となる中、「地元の団体と学校が一緒になって伝承に取り組むのは意義あること。歴史あるものには先人の教えもある。大切にしていくことで、結果的に郷土愛にもつながるのでは」と期待した。
 
小川小卒業生で保存会副会長の佐々木聡さん(右)は学校統合後も続くしし踊りの伝承活動に喜びを表した

小川小卒業生で保存会副会長の佐々木聡さん(右)は学校統合後も続くしし踊りの伝承活動に喜びを表した

 
児童らはそれぞれの役割を果たし、一体感あふれる演舞で保護者や地域住民を魅了した(写真提供:同)

児童らはそれぞれの役割を果たし、一体感あふれる演舞で保護者や地域住民を魅了した(写真提供:同)

 
 同校の活動を推薦した釜石協会の岩切会長は「指導する側と受ける側、双方が受賞できたことは大変うれしい。こうした活動は両者の思いが合致しないと成り立たない。学校のカリキュラムで活動環境を整えてくださっているのは心強い」とし、地域の素晴らしさを感じながら育つ子どもらの健やかな成長を願った。

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釜石中で最後の「長唄三味線」授業 杵家会釜石支所・鈴木絹子さん 23年の学校指導に足跡

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釜石中の2年生に最後の長唄三味線指導を行う杵家会釜石支所代表の杵家弥多穂(本名・鈴木絹子)さん

 
 釜石市内外の学校で長唄三味線の授業を行ってきた杵家(きねいえ)会釜石支所代表の杵家弥多穂(本名・鈴木絹子)さん(79)は13日、釜石中(佐々木一成校長、生徒284人)で最後の指導を行った。2002年の中学校学習指導要領改定で和楽器の実技指導が明示されて以降、同校では毎年2年生が釜石支所の授業を受け、日本の伝統音楽に理解を深めてきた。鈴木さんらメンバーの高齢化で継続が難しくなったため、本年度をもって同授業を終了することになり、最後の生徒となった92人は貴重な学びに感謝しながら邦楽の素晴らしさを心に刻んだ。
 
 午前中は1~3校時を利用し、3学級がそれぞれ順に授業を受けた。鈴木さんは三味線の素材や音が出るしくみを説明。「三味線は弦楽器と打楽器の2つの要素を持っている。すごく面白いし、いい音が出る」などと魅力を伝えた。バチの持ち方や弦の押さえ方を教わった生徒らは、さっそく音出し。聞き覚えのある音が響くと笑顔を見せた。
 
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鈴木さんと門弟が指導にあたった長唄三味線の授業=3校時・2年3組

 
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初めて三味線に触れる生徒らは講師の手ほどきを受けながら実技に挑戦

 
 50分の授業の到達目標は、日本の伝統歌曲「さくら」の演奏。3本の弦を表す横線に指で押さえる場所が数字で書かれた「三味線文化譜」を見ながら練習した。鈴木さんのほか、盛岡、北上からも集まった鈴木さんの門弟9人が生徒の指導にあたった。指の使い方に慣れてくると自然と曲になり、最後は鈴木さんと一緒に演奏に挑戦した。
 
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楽譜を見ながら「さくら」の演奏に挑む。真剣なまなざしで両手を動かす生徒

 
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和楽器に触れる機会はなかなかない。生徒らにとっても思い出に残る授業に…

 
 午後の5校時は2年生全員での授業。冒頭、各学級から選ばれた生徒3人が講師陣と一緒に習いたての曲を演奏した。続く長唄鑑賞では、講師が演奏する「元禄花見踊り」と「雪の合方(あいかた)」の2曲を聞き比べ。春の訪れと雪がしんしんと降り積もる情景をまぶたに浮かべ、季節の表現の違いを感じた。長唄「鶴亀」より「楽の合方」、同「都風流」より「新内流しの合方」も聞き比べ。旋律の違いを味わった。
 
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各学級の代表生徒3人が「さくら」を演奏。練習の成果を披露した

 
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講師陣が長唄の代表曲を演奏。鈴木さんは釜石小唄や釜石中の校歌も演奏し、生徒らの興味を引いた

 
 最後は歌舞伎の舞台について学んだ。舞台仕様やお囃子(はやし)の基礎知識を教わったほか、現在、音楽教科で学習中の歌舞伎十八番「勧進帳」の一場面を生徒有志が寸劇で熱演。源義経が兄頼朝に追われ、山伏に扮(ふん)して奥州に逃れる際、家来の武蔵坊弁慶が機転を利かせ、関守の追及から義経を守る有名な場面を演じてみせた。講師らは三味線伴奏の「寄せ」「こだま」「滝流し」「舞」の4つの合方を高度な技で聞かせた。
 
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鈴木さんはひな人形の“五人ばやし”を例に歌舞伎のお囃子について解説

 
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歌舞伎十八番「勧進帳」の名場面を寸劇で表現する生徒有志

 
 3組代表で演奏した佐々木茜さんは和楽器の音色が大好きで、「いつかはやってみたいと思っていた。バチを持つ小指が痛くなったが、曲が完成していく感じが楽しかった」と感激。最後となった同授業に「後輩たちにもやってほしかったが…残念」。機会があれば「琴もやってみたい」と願った。寸劇で弁慶を演じた2組の岩間英史さんは歴史にも興味があり、自ら手を挙げて役者にも挑戦。「三味線は難しかったが、あまり触れることがない文化に触れられて、良い経験になった」。日本の伝統文化は次世代への継承が課題。「担い手が少ないのは魅力を知らないという側面もあると思う。自分も東前太神楽が楽しくて続けている。こういう体験を通してやってみたいという人が増えればいい」と話した。
 
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弁慶役の豪快な演技に同級生や講師から笑みがこぼれる。最後は拍手喝采で終演

 
 同校音楽教諭の池田百合子さん(46)は「生の音を聞き、実際に三味線を手に取って弾いてみることで初めて分かることがある。本物に触れることは一番の学び」と、生徒たちが貴重な機会を得られたことを喜ぶ。同授業を機に、釜石支所が開く子ども教室に通い始めた生徒もいたといい、鈴木さんらの長年の尽力に改めて深く感謝した。
 
 5歳から三味線を始めた釜石市出身の鈴木さん。「私たちが子どもの頃は三味線を習う人たちがいっぱいいた」というが、自身が指導者となる頃にはその数が大幅に減少。日本の伝統文化継承に年々、危機感を募らせる中、2002年の学習指導要領改定で中学校の音楽授業に和楽器を用いることになり、市内の中学校で指導に着手。市内のみならず、盛岡市や葛巻町など県内各地に出向いて授業を担当するようになった。小学校や高校にも招かれ、これまでに教えた児童生徒は延べ6500人に上る。
 
 2011年の東日本大震災では、経営する大町の旅館が津波で全壊した。門弟15人中3人が犠牲になり、所有する楽器も全て流された。絶望から奮い立たせてくれたのは、子ども教室で学んでいた生徒からの言葉。がれきの中で偶然再会した2人が発したのは「先生、三味線が弾きたい…」。この一言に大きな力をもらい、支援の楽器で学校訪問授業、子ども教室ともに翌12年から再開した。
 
釜石中での最後の授業を終え、生徒にメッセージを送る鈴木絹子さん(中央)

釜石中での最後の授業を終え、生徒にメッセージを送る鈴木絹子さん(中央)

 
 情熱を持って子どもたちの指導にあたってきた鈴木さんだが、自身や手伝ってきた門弟らの高齢化により、今年度での授業終了を決めた。16年間続けた子ども教室も開講を見送った。「本当は続けたいが…。十分な指導態勢が取れないので」。苦渋の決断だが、この20年余りを振り返り、「子どもたちが上手になっていく姿に元気をもらった。震災後は特にも助けられた。教えるのは本当に楽しかった」と語る。
 
 最後の生徒となった釜石中の2年生には「勉強だけでなく、自分の好きなこと、楽しみを見つけて一生ものにしてほしい」と、人生の先輩としてもエールを送った。学校での授業は一区切りとなるが、後進の指導は継続していく考えで、今後の邦楽の普及・継承にも意欲をにじませた。