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「大切な命、どう使う?」腰塚勇人さん講演 釜石東中の生徒ら熟考 熱い思いに感化

釜石東中学校で開かれた「いのちの教育」講演会

釜石東中学校で開かれた「いのちの教育」講演会

 
 釜石市鵜住居町の釜石東中(高橋晃一校長、生徒84人)は5月22日、全校生徒を対象に「いのちの教育」講演会を開いた。「助けられる人から助ける人へ」との目標を掲げて生徒たちが取り組む防災学習や地域貢献活動、命に向き合う気持ちを深めてもらおうと継続。今回は、「命の授業」と題して全国で講演活動を続ける腰塚勇人さん(60)=神奈川県=を講師として招いた。事故による全身まひから社会復帰した、“熱血”がつく元中学教師が届ける「言葉のプレゼント」をじかに受け取った生徒たち。「大切な命をどう使うか」をじっくりと考える機会にした。
 
 腰塚さんは中学校の体育教師だった36歳の時、スキー事故で首を骨折して全身まひとなった。一生寝たきりの宣告を受けたが、家族や看護師、同僚、生徒たちの支えを力にリハビリに励み、障害を残しながらも教壇に復帰した。
 
 ただ、体育教師として「行動で見せる」ことが十分にできず、苦悩。そんな時、ニュース報道でいじめや自殺、不登校といった子どもの世界の問題、大人も関わる虐待などで命、心と体が傷つく状況に触れた。「命と向き合った自分の経験を子どもたちの命を助け、守ることに生かしたい」。2010年に退職した後は全国の学校などで講演。その数は2600回を超える。釜石東中では3年前にも講演しており、今回は2回目となった。
 
「命の授業」で自身の経験を語る腰塚勇人さん

「命の授業」で自身の経験を語る腰塚勇人さん

 
 体育館に集まった生徒らを前に腰塚さんは、首から下の自由を失った身体で病院のベッドに寝ていた時期に抱えていた生きることへの苦悩や葛藤、奇跡的な回復の原動力となった夢や希望を持つことの意味などを熱く語った。
 
 身体が動かなくなった腰塚さんには、さまざまな声がかけられた。両親は「生きていてくれてよかった」、妻からは「何があっても離れない。一緒に頑張ろう」。私の命は私だけのものではなかった。そう感じた腰塚さんは「今ある命の使い方」を考えた。それでも時折襲ってくる絶望。つらいリハビリをやる気にさせてくれた人、身近で見守ってくれる人たちは「一人で頑張るのはやめましょう」「今は助けてって言っていいんです」と応援してくれたという。
 
 事故に遭ったのは3月。その時は2年生の担任だった。4月、3年生の担任名簿に自分の名前があって驚いたという腰塚さん。学年主任から「諦めるな。慌てなくていい、待っているから。卒業式の1日だけでもいいから戻ってきて」と励まされた。当時を振り返り、「子どもたち、仲間の先生たちに会いたかった。その夢が生きる力になった。めちゃくちゃつらかったけど、リハビリを頑張れた」と目頭を熱くした。
 
経験を臨場感あふれる言葉で伝えた腰塚さん

経験を臨場感あふれる言葉で伝えた腰塚さん

 
「君たちにとっては?」。生徒たちに問いかける場面も

「君たちにとっては?」。生徒たちに問いかける場面も

 
 そうした経験を交えながら、絶望を希望に変える支えや応援をしてくれる存在を「ドリー夢(ム)メーカー」、気持ちをくじくものを「ドリー夢キラー」と表現。「どちらも自分の中にもある」と指摘したうえで、「一人で頑張らなくていい。耐えるより、本当の勇気は頼ること。助けてくれる人は必ずいるし、助けてもらうことは悪いことではない。決めつけず、打ち明けて。自分の枠を広げるための成長につながるから」と生徒たちに語りかけた。
 
 枠を広げるという意味で、腰塚さんはけがの後もさまざまな挑戦を続ける。仲間に助けてもらって富士山に登ったり、周囲に後押しされ本を出版したり。未来をわくわくさせる夢について「しゃべることはとっても大事。言葉を変えると行動が変わり、人生も変わるから」と言語化する大切さも語った。
 
生徒は拍手をしたりメモをとったりしながら話に耳を傾けた

生徒は拍手をしたりメモをとったりしながら話に耳を傾けた

 
 動ける身体をどう使うか―。「自分や誰かを喜ばせ、助け、笑顔にするために使う」と腰塚さん。「命の喜ぶ幸動(こうどう)」と呼ぶ5つの誓い(▽口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう▽手足は人を助けるために使おう―など)を示して、生徒たちに読み上げてもらった。
 
 この誓いは、「いのちの教育」に取り組む同校ですでに取り入れられているもので、「助けられる人から助ける人へ」の実践にもつながっている。「これこそドリー夢メーカーだよね」。そう強調した腰塚さんは「人生はたった一度きり。貴重な時間を大切に生きよう。個性を磨き生かして、仲間と幸動して縁joyしよう。命を喜ばせ、楽しい学校生活を」とエールを送った。
 
釜石東中生に根づく「命が喜ぶ5つの誓い」と「新・たんぽぽ宣言」

釜石東中生に根づく「命が喜ぶ5つの誓い」と「新・たんぽぽ宣言」

 
「命の喜ぶ行動を考えて」と願いを込めメッセージを贈った

「命の喜ぶ行動を考えて」と願いを込めメッセージを贈った

 
 質問の時間。「思いで人は変われますか?」と投げかけた新屋碧さん(2年)に、腰塚さんは「思いには温度がある。温度差、調整が必要なことを知ってほしい。相手が受け取りやすい温度で伝えることが大事」とヒントを出した。そうしたやりとりから新屋さんは「(腰塚さんは)本気で命と向き合っているのが伝わってきた。部活とか生活で悩む部分があったり、ドリー夢キラーが顔を出すときもあるけど、ドリー夢メーカーになれるようにしたい」と自分に言い聞かせていた。
 
「みんな誰かの大切な命」。生徒の質問に答えながら思いを伝える

「みんな誰かの大切な命」。生徒の質問に答えながら思いを伝える

 
 小笠原実紅さん(3年)も「支えてくれるドリー夢メーカーの存在を傷つけないよう、困った時は周りを頼り、助けてもらうようにする。そして逆に自分がドリー夢メーカーになれるように生活していこう」と思った。ほかにも、命の大切さや生きること、助け合い、諦めない、夢を持つことの大切さといった言葉の数々が生きる知恵として「すごく心に響いた」と感銘を受けた様子。「自分の人生の主人公は自分。そう思いながら、自分のこと、周りの人を大切にして、これからを生きていく」と思いを熱くした。
 
「今ある命の使い方」を一緒に考えた腰塚さんと釜石東中生ら

「今ある命の使い方」を一緒に考えた腰塚さんと釜石東中生ら

 
 同校では教師らでつくる部がいくつかあり、この講演会は「いのちの教育部」が企画した。腰塚さんの信条とする5つの誓いと、同校がこれまで大切にしてきた「新・たんぽぽ宣言」(支え合い・正し合い・高め合い・話し合い・認め合い)を振り返り、「生徒会、自主防災組織の活動、日々の生活に役立ててほしい」と見守る。

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感謝、感動! 白山小76年の歴史胸に最後の運動会 閉校への1年を地域とともに…

白山小最後の運動会でかけがえのない思い出を作った27人の児童=16日 

白山小最後の運動会でかけがえのない思い出を作った27人の児童=16日

 
 釜石市嬉石町の白山小(鈴木慎校長、児童27人)で16日、運動会が開かれた。本年度で閉校する同校にとって最後の運動会。児童と保護者、教職員、卒業生、地域住民…。これまで同校に関わってきた多くの人たちが集い、思い出いっぱいの校庭で各種種目を楽しんだ。この日に向け、競技や応援練習に一生懸命取り組んできた児童らは、その成果を存分に発揮。自分たちのひたむきな姿で、支えてくれる人たちへ感謝の気持ちを表した。
 
 開会式で鈴木校長は「最後の運動会をこの場所でできることを幸せに思い、全力で競技、応援をしよう。『ありがとう』『がんばってね』と相手を思いやる言葉がたくさん飛び交う運動会に」と児童らに呼びかけた。紅白各組団長の佐々木莉愛さん(6年、赤)、藤井望夢さん(同、白)は「届け感謝! 27人の絆で すてきな思い出を」との児童会スローガンを示し、「一人一人が全力で競技に挑み、仲間と協力し本気で戦い抜く」と宣誓した。
 
1年生2人が開会のことば(左上)。紅白各組の団長(6年)が宣誓した(右上)。校舎の窓には「ありがとう白山小学校」の文字が掲げられた

1年生2人が開会のことば(左上)。紅白各組の団長(6年)が宣誓した(右上)。校舎の窓には「ありがとう白山小学校」の文字が掲げられた

 
両団長が応援団旗を交換し、互いの健闘を誓うエールを送り合った

両団長が応援団旗を交換し、互いの健闘を誓うエールを送り合った

 
 紅白のエール交換のあと、12の種目がスタート。徒競走は1、2年生が50メートル、3、4年生が80メートル、5、6年生が100メートルで競った。最後の運動会の思い出にと、初めて挑んだのが紅白対抗の“全校大縄跳び”。制限時間内に何回跳べるかを2回戦の合計で競うもので、1~6年生全員が心を一つに飛び跳ねた。結果は赤組58回、白組60回で白組の勝ち。
 
徒競走は50(1・2年)、80(3・4年)、100(5・6年)メートルで競い合った

徒競走は50(1・2年)、80(3・4年)、100(5・6年)メートルで競い合った

 
みんなで息を合わせ、大縄跳びに挑戦する赤組児童

みんなで息を合わせ、大縄跳びに挑戦する赤組児童

 
白組も負けじとジャンプ! 最後まで頑張り抜き、大縄跳び対決を制した

白組も負けじとジャンプ! 最後まで頑張り抜き、大縄跳び対決を制した

 
 過去の運動会で行われていた種目“チャンスレース”の復刻版もあった。「スパイミッション2026」と銘打ったのは、仮装と借り物レースを組み合わせた競技。スタート後、4種の服装(1年生、スポーツ選手、アイドル、ハンター)のどれかに早着替え。本部に集まった全員に指令が出され、お題に合った人を会場から探し出し、一緒にゴールするものだ。本部からは「○○に変装して」という、さらなる着替え指令も…。お題が出されると、会場にいる人たちが「こっち、こっち」とアピールし、児童と手をつないでゴールに駆け込んだ。
 
「スパイミッション2026」。最初の早着替えの後は本部前で記念写真も(左上)。その後、ミッションスタート!

「スパイミッション2026」。最初の早着替えの後は本部前で記念写真も(左上)。その後、ミッションスタート!

 
サングラス(眼鏡)をかけている人、白山小の卒業生、アイドルのようにすてきなお母さん、釜石SWの選手のようにかっこいいお父さん…などお題はさまざま

サングラス(眼鏡)をかけている人、白山小の卒業生、アイドルのようにすてきなお母さん、釜石SWの選手のようにかっこいいお父さん…などお題はさまざま

 
会場の人たちの協力で全員が無事ゴール。にぎやかな種目となった

会場の人たちの協力で全員が無事ゴール。にぎやかな種目となった

 
 今回の運動会では、しばらく歌われていなかった紅白の応援歌を復活させ、児童らが練習を重ねてきた。2回の応援合戦で応援歌やエール、三三七拍子を披露。声や動きの大きさ、態度を3人の審査員が評価し、勝った組の小旗を挙げた。応援歌復活には、同校卒業生らも記憶のすり合わせなどで協力。当日は、懐かしさを感じながら聞き入る姿もあった。
 
 全校で取り組んだ「白山ソーラン」では半てん姿の児童らが躍動した。2008年、同運動会にソーランを導入し、今回、児童の指導にもあたった元教員の髙橋道明さん(64)も駆け付けた。PTAの綱引き、地域住民や卒業生が参加しての玉入れ、パン食い競走も大盛り上がり。児童らの声援を受けながら、幅広い年代が楽しんだ。最後の全校リレーでは、各組の陣地で児童の父母らが旗を振り全力応援。接戦のレースと相まって会場の熱気は最高潮に達した。
 
地元「松原神社」の名前が入った半てんなどを身にまとい、「白山ソーラン」の演舞

地元「松原神社」の名前が入った半てんなどを身にまとい、「白山ソーラン」の演舞

 
これまでの練習の成果を発揮し、ダイナミックに踊る児童

これまでの練習の成果を発揮し、ダイナミックに踊る児童

 
PTA競技「魂の綱引き」。子どもたちに負けず全力で!

PTA競技「魂の綱引き」。子どもたちに負けず全力で!

 
地域住民参加の玉入れ。相手組の“鬼”が棒の先端の大きな手で、玉が籠に入るのをじゃまする

地域住民参加の玉入れ。相手組の“鬼”が棒の先端の大きな手で、玉が籠に入るのをじゃまする

 
 両組とも持てる力を十二分に発揮した運動会。総合得点は赤組258点、白組247点で赤組が優勝。閉会式では、互いの頑張りをたたえ合い、会場に集まった全員が同校の絆と誇りを再認識した。川﨑仁遥児童会長(6年)は「長い歴史の最後の運動会をみんなで楽しく終えることができた。今日まで支えてくれた皆さん、そして、たくさん走って泣いて笑ったこの校庭にも『ありがとう』を伝えたい」と感謝の思いを口にした。
 
 伊藤來嬉さん(5年)、喜來さん(4年)兄弟は同じ赤組で優勝し、喜びを分かち合った。兄來嬉さんは「応援歌はかなり時間を使って覚えたのでしっかり歌えた。楽しかったのはチャンスレース。いっぱい思い出ができた」とにっこり。弟喜來さんは得意の徒競走で1位に。「(兄と)同じ組で優勝できてうれしい。みんなの力が集まって応援もすごかったから勝てたと思う」と振り返った。
 
心のバトンもつなぐ全校リレー。各組陣地では父母らが旗を振って応援

心のバトンもつなぐ全校リレー。各組陣地では父母らが旗を振って応援

 
リレーは最後まで接戦。果たして勝敗の行方は?

リレーは最後まで接戦。果たして勝敗の行方は?

 
 1951(昭和26)年開校の白山小は本年度で76年の歴史を刻む。学区内には3世代が同校出身、在籍という家族も。息子2人(1、2年)が同校に通う花川由希子さん(42)は自身の小学校時代の記憶を重ねつつ、「母校がなくなるのは本当に寂しい。でも、最後に親も地域の人たちも一緒に(運動会が)でき、やり切った感がある」と充実の表情。次男蓮さん(6)は新1年生2人で「開会のことば」を担当。「練習を頑張った」という通り、暗唱で堂々の開会宣言をした。由希子さんの父與志樹さん(77)は55(昭30)年度の入学。市の人口増加期で「1学級40人、1学年3学級の時代」。運動会では地区対抗の種目があり、「あれが一番盛り上がった」と懐かしむ。閉校は「何とも言えない気持ち」と複雑な思いをにじませるが、残り1年、継続してきた児童の登下校の見守り活動で貢献していきたい考え。
 
 運動会にはさまざまな年代の卒業生も多数集まった。大平中1年の阿部琉芯さん(12)は「統合になるのは少し悲しい」と残念がるも、母校最後の運動会を盛り上げようと同級生らと足を運んだ。3種目に参加し、応援でも後輩たちを後押し。「みんな頑張っている。最後の1年、いろいろなことに挑戦し楽しんでほしい」とエールを送った。
 
卒業生も多数駆け付けた。“白山小愛”あふれる仲間たち

卒業生も多数駆け付けた。“白山小愛”あふれる仲間たち

 
校舎前には県キッチンカー協会から飲食の4台が出店。さまざまなメニューを味わいながら運動会の余韻に浸った

校舎前には県キッチンカー協会から飲食の4台が出店。さまざまなメニューを味わいながら運動会の余韻に浸った

 
 本年度、PTA会長を務める川﨑秀樹さん(40)は「子どもたちはいつもとは違う1年であることを自覚しつつ、各種活動に取り組んでいる。閉校自体は寂しいが、むしろ『こういう1年があって良かった』と(後で)思えるぐらい、楽しく充実した時を過ごしてほしい」と願う。自身も白山小出身。今回、運動会準備のため、同級生はじめOBと連絡を取り合う中で、母校への強い思いを改めて感じた。呼びかけに応え、当日、会に参加してくれた人たちもいたという。釜石を離れている同級生らにはグループLINEで運動会の様子をリアルタイムで伝え、喜ばれたとも。今後の閉校に向けた行事にも地域住民や出身者らの協力を得て取り組んでいきたいと望んだ。
 
輝く笑顔が見られた白山小運動会。思い出は一人一人の脳裏に刻まれる

輝く笑顔が見られた白山小運動会。思い出は一人一人の脳裏に刻まれる

 
 閉会式で「白山小の“閉校物語”はまだまだ続く。みんなで最高の1年にしていこう」と呼びかけた鈴木校長。校舎に掲げた「ありがとう 白山小学校」の言葉を胸に、同校最後の1年が動き出した。

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一緒に楽しもう!郷土色あふれる芸能 釜石虎舞の体験教室 伝承団体「仲間、求む」

釜石虎舞を体験する教室で基本姿勢を教わる子どもたち

釜石虎舞を体験する教室で基本姿勢を教わる子どもたち

 
 釜石市内各地に伝わる郷土芸能の体験教室が2日、同市鈴子町のシープラザ釜石で開かれた。地域が誇る文化遺産を継承するための人材の確保と育成につなげようと、市教委文化財が昨年度から取り組む事業で、第二弾となる今回取り上げられたのは“釜石虎舞”の世界。「尾崎町虎舞」を受け継ぐ尾崎青友会(伊藤広矢会長)がその魅力や活動の楽しさを発信した。
 
 青友会のメンバー約20人がお囃子(はやし)を響かせながら館内を練り歩いて登場。市民や観光客ら大勢が見守る中、「遊び虎(矢車)」「跳虎」「笹喰み」といった伝統演目を迫力ある動きで魅せた。
 
迫力ある演舞を間近で楽しむ人たちに笑顔が広がる

迫力ある演舞を間近で楽しむ人たちに笑顔が広がる

 
威勢のいいかけ声、おはやしに合わせた演舞で観客を魅了

威勢のいいかけ声、おはやしに合わせた演舞で観客を魅了

 
 お待ちかねの体験は、囃子を構成する太鼓、舞に使う「頭(かしら)」を操るグループに分かれて行われた。挑戦者の多くは子どもたち。太鼓が人気で、中にはメンバーをうならせる、ばちさばきを見せる子もいた。
 
太鼓の打ち方を教わり笑顔を見せる子ども

太鼓の打ち方を教わり笑顔を見せる子ども

 
虎頭を持って舞うための基本を練習する子どもたち

虎頭を持って舞うための基本を練習する子どもたち

 
 舞い手として虎頭に触れる体験では、伊藤会長(35)らが基本の姿勢を指導した。▽両足を肩幅に開く▽膝を曲げて腰を落とす▽背中は真っすぐ伸ばす▽腕は耳を隠すようにして真っすぐ上げる―などさまざまある中で、地元の小学生、竹山凛乙さん(7)が印象に残ったのは「(自分の)頭は下げること」。虎頭を持つ手(腕)は上へ伸ばすが、自分の頭も上がっていたら「ポコッとこぶのようなものがある虎に見えてしまうから」で、格好いい舞いを見せるための姿勢は「ちょっと難しかった。けど楽しかった」とはにかんだ。
 
 虎の動きとなる足さばきも教わった後は、それぞれの成果を発表。覚えたての太鼓のリズムに合わせ、かわいらしく動く虎の姿に会場からあたたかい拍手が送られた。後押しとして威勢のいいかけ声、軽快な笛の音を響かせた青友会メンバーの表情も和らいでいた。
 
格好いい虎舞を!教えてもらった動きを実践する参加者

格好いい虎舞を!教えてもらった動きを実践する参加者

 
参加者との触れ合いに笑顔を広げる尾崎青友会のメンバー

参加者との触れ合いに笑顔を広げる尾崎青友会のメンバー

 
 体験教室は「かまいし春まつり」と同時開催され、地域外の人も参加した。お囃子の音に誘われたという花巻市の小学生、佐藤煌星さん(8)は「いろんな音がして、すごかった」とびっくり。その地に根づく文化との思いがけない出合い、触れ合いに「いい経験になった」と笑顔を見せた。
 
 尾崎町虎舞は町を称した名となっているが、もとは台村と言われた現在の浜町2丁目に伝わる「尾崎虎舞」が前身。地元では「台村虎舞」と呼び親しむ人もいる。現山田町の大沢虎舞の流れをくむ釜石・甲子町の「松倉虎舞」に始まるとされる。主に尾崎神社の祭礼で奥宮のご神体が船で海上を渡る際に随行役を担い、海上安全や大漁を祈願して奉納される。漁師町でもあったことから“浜っ子気質”の威勢のいい独特の囃子と虎のたけだけしさを表した舞が特徴。1998年に「釜石虎舞」として、市の無形文化財に指定された。
 
教室に協力した尾崎青友会が伝承する尾崎町虎舞

教室に協力した尾崎青友会が伝承する尾崎町虎舞

 
舞い手としての基本の動きを伝える伊藤広矢会長

舞い手としての基本の動きを伝える伊藤広矢会長

 
 伊藤会長によると、メンバーは子どもから、長く伝承活動を続けるベテランまで合わせると約50人いるが、近年、主に活動するのは約30人。人数的にいると思われるが、30代は2人、中学生は3人など「このままだと途切れる年代がある」と危機感を持つ。伝承する舞で地域を盛り上げながら、会として発展していくためにも「次代への継承は必須」と確信。そして、「歴史あるから絶やすことはできない」と力を込める。
 
 拠点は浜町2丁目だが、現状、その地区に暮らす子どもや担い手は少なくなっている。東日本大震災による転居、進学や就職といった人生の変化もあり、メンバーは市内外に「てんでんばらばらになっている」と伊藤会長。それでも「好きだから」「盛り上げたいから」と、地元の祭りや催しの出演時には「駆け付けてくれる」と頬を緩める。
 
 中学校、高校への働きかけの必要性を考えたりする中で声がかかった体験教室の実施を、伊藤会長は歓迎する。自身も現在は嬉石町に住んでおり、地域にこだわらない参加を熱く呼びかける。「一緒に楽しんでくれる仲間を待っています。ぜひ!」
 
郷土芸能体験教室で触れ合った尾崎青友会メンバーと参加者

郷土芸能体験教室で触れ合った尾崎青友会メンバーと参加者

 
 体験教室は3日も開かれ、同じく市指定文化財「錦町虎舞」が伝統の舞いに触れる機会を提供した。虎舞のほかにも神楽、鹿踊など、さまざまな芸能が伝承される釜石。市教委文化財課では地域に脈々と継がれた文化を市民らが身近に感じ、なじんでもらうため、こうした取り組みを続けていく考えだ。

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夢に続く学びの道へ 釜石市国際外語大学校で入学式 新入生、環境変化「対応も挑戦」

少し緊張した面持ちで入学式に臨む新入生

少し緊張した面持ちで入学式に臨む新入生

 
 釜石市国際外語大学校(及川源太校長)は15日、同市大町の市民ホールTETTOで入学式を行った。開校して3年目の今春、外語観光、日本語の2学科に計11人を受け入れ。夢や目標の実現に向け必要となる学びのスタートラインに立った新入生の成長を支え、後押ししていく。
 
 日本人向けの外語観光学科に市外から3人が入学。外国人対象の日本語学科はネパール、ミャンマー出身の8人を迎え入れるが、入国時期が遅れている学生もおり、入学式にはミャンマーからの留学生2人が参加した。
 
在校生らの歓迎を受けながら入場する新入生

在校生らの歓迎を受けながら入場する新入生

 
 新入生は保護者、鈴子町の校舎で学ぶ在校生、教職員らの拍手を受けながら入場。スーツや母国の民族衣装を着用し、少し緊張した面持ちで臨んだ。一人ずつの呼名に元気な声で応じ、一礼。及川校長から「入学を許可します」と言葉を受けると、晴れ晴れとした表情で背筋を伸ばした。
 
 及川校長は式辞で「失敗を恐れず、たくさんのことにチャレンジしてほしい。挑戦の先には必ず新しい景色が見えてくる。仲間や自分を信じ、釜石という地での学びを存分に楽しんで」とエールを送った。
 
新入生は及川源太校長の激励に耳を傾けた

新入生は及川源太校長の激励に耳を傾けた

 
 新入生2人が誓いの言葉。塾の英語教師を目指す欠ノ下明希さん(19)は「多様な方々と積極的に交流を重ねたい。目の前の課題を自分事として捉え、どうすれば解決できるかを粘り強く考え、それを正確に届けるための語彙(ごい)力を養いたい」と決意を表した。久慈市出身で、進学を機に親元を離れ「一人暮らし」にも挑戦。生活環境の変化に少し不安を感じるというが、「自立した大人へ一歩ずつ着実に前進していく」と前を向いた。
 
新しい挑戦へ誓いの言葉を述べる欠ノ下明希さん

新しい挑戦へ誓いの言葉を述べる欠ノ下明希さん

 
日本で学ぶ意欲を伝えるアウン ミョー トゥーさん

日本で学ぶ意欲を伝えるアウン ミョー トゥーさん

 
 ミャンマー出身のアウン ミョー トゥーさん(21)は「自動車の専門学校に入学して日本の会社で働くことが夢です。先生方、先輩たち、そして釜石のみなさん、2年間どうぞよろしくお願いします」と、はきはきとした声で気持ちを伝えた。すでに釜石での生活は始まっていて、初めて見た「サクラ」に感激。道を歩き「シカ」に出合ったり、写真を撮って楽しんでいる様子。「海と山がある静かな町」で思い描く未来を形にするため「頑張ります」と笑顔を見せた。
 
 各学科の在校生が歓迎の言葉。「(釜国は)全員で学び合う場所。皆さんそれぞれの『らしさ』を存分に発揮して、『やってみたい』を実現できる環境になることを願う。目の前のことを一緒に面白く学んでいきましょう」「新しい仲間を迎えることができて、とっても嬉しい。新しい環境での生活はドキドキすることや分からないことがあるかもしれない。だから、困った時は1人で悩まず、いつでも声をかけて」などと呼びかけた。
 
夢や目標を持って入学した新入生を在校生が歓迎する

夢や目標を持って入学した新入生を在校生が歓迎する

 
記念にパチリ。笑顔を広げる新入生、学校関係者ら

記念にパチリ。笑顔を広げる新入生、学校関係者ら

 
 同校は学校法人龍澤学館(盛岡市)が運営する専門学校で、2024年4月に開校。26年3月には初の卒業式を行い、1期生を送り出した。現在、新入生を含め52人が在籍。外語観光学科では2年間、英語や観光マネジメントのほか、動画編集なども学ぶ。日本語学科の留学生は2年かけて日本語の読む、聞く、話す力を培う。加えて、2学科ともに地域のイベントや祭りに参加したりしながら、市民との交流も深める。
 
 松島理香子副校長は「地域の理解、応援があり、支えられて本校の活動は続けられる。留学生にはマナーやルールを指導していくが、先輩たちがいろいろ伝えてくれる部分も多い。在校生と一体となり、釜国を巣立った後も日本で生かせる力、人間性を育んでいきたい」と見守る。

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釜石の春、目と舌で堪能 祝10回「さくら茶会」 煎茶道三彩流釜石蘭煎会 客人もてなす

「おいしいお茶をどうぞ」。春満開の茶席で釜石蘭煎会の会員がおもてなし

「おいしいお茶をどうぞ」。春満開の茶席で釜石蘭煎会の会員がおもてなし

 
 煎茶道三彩流釜石蘭煎会(佐々木幸渓会長、会員12人)は12日、釜石市大町の青葉ビルで「さくら茶会」を開いた。東日本大震災の2年後、2013年に始められた茶会は今回で10回目。同市の春を彩る催しとして定着し、市内外の茶道ファンに愛されている。来場者は春の草花で彩られた席で、味や香りの異なる2種類の煎茶を味わい、心豊かなひとときを楽しんだ。
 
 茶席は野だての雰囲気を感じられる趣向。赤傘の下にコケを敷き詰めて山野の風景を再現し、3種のショウジョウバカマで春の訪れを表現した。舟下りやクマのミニチュアも配置。傘の柄には禅語の「白雲本無心」としたためられた短冊が飾られた。茶席に欠かせない生け花はサクラとヤマブキ。客席にはツバキとユキヤナギも生けられ、春を存分に味わえる空間となった。
 
10回目を迎えた「さくら茶会」。野だて風の茶席で花見気分を演出

10回目を迎えた「さくら茶会」。野だて風の茶席で花見気分を演出

 
赤傘の下にはコケや早春の花で表現した山野の風景が広がる。味わいのある板の上には舟下りの置物も

赤傘の下にはコケや早春の花で表現した山野の風景が広がる。味わいのある板の上には舟下りの置物も

 
茶席には見頃のサクラにヤマブキをそえた生け花を配置。春色の着物姿の会員が煎茶道の「末広点前」を披露

茶席には見頃のサクラにヤマブキをそえた生け花を配置。春色の着物姿の会員が煎茶道の「末広点前」を披露

 
 この日は祝いの席で用いられる「末広点前」を披露。急須や茶わんなどの茶器は明るい色合いのものが使われた。桜色の急須と茶わんは第三代会長を務めた故植田香生さんの遺品。来場者は席主の話に耳を傾けながら、会員が茶を入れる様子に見入った。
 
 煎茶道では小ぶりの茶わんで2回に分けて茶をいただく。この日は2種類の煎茶がふるまわれた。一煎目の後、“さくら”と名付けられた生菓子を食し、二煎目を味わった。この作法で煎茶の甘みと渋みの両方を味わうことができる。飲んだ後は茶わんの模様や茶たくを拝見した。席を閉じると、道具類や野だて傘の周りに集まり、じっくりと観察。会員の心のこもったもてなしに感謝しながら、会場を後にした。
 
明るい色合いの茶器でお点前。会員の美しい所作に客の視線が注がれる

明るい色合いの茶器でお点前。会員の美しい所作に客の視線が注がれる

 
生菓子「さくら」をはさんで2種の煎茶をいただく。手間をかけて丁寧に入れられたお茶の味は格別

生菓子「さくら」をはさんで2種の煎茶をいただく。手間をかけて丁寧に入れられたお茶の味は格別

 
お茶をいただいた後は、茶器などを拝見。スマホカメラで写真を撮る人も width=

お茶をいただいた後は、茶器などを拝見。スマホカメラで写真を撮る人も

 
 釜石市の高校生、遠野愛実さん(16)は同茶会に何度か来場。自身は小学校1年生から表千家のこども教室で茶道を習っている。「煎茶のお点前はやったことがないので、茶会で目にするたびにやってみたいなという気持ちになる」と興味津々。蘭煎会会員が継続する茶会を「ぜひ長く続けてほしい」と望んだ。
 
 同茶会は震災で傷ついた心を癒やし、前を向く一助になればと、第二代会長だった故久喜祥葉さん(当時、釜石茶道協会会長)の発案でスタート。被災し、仮設住宅などで避難生活を送っていた人たちも足を運び、心安らぐ時間に顔をほころばせる様子が見られた。7回目となった2019年まで毎年続けられたが、新型コロナウイルス感染症の影響で4年間の休止を余儀なくされた。24年から再開し、今回で記念すべき10回目を迎えた。
 
二煎の茶を味わい、ほっと一息。日常の慌ただしさを忘れるゆったりとした空間を楽しむ

二煎の茶を味わい、ほっと一息。日常の慌ただしさを忘れるゆったりとした空間を楽しむ

 
 佐々木会長は「震災後、内陸への転居や高齢による退会などで会員数は大幅に減ったが、会員みんなで一致団結して頑張ってきた。引き続き、やれるところまでは続けていきたい」と話す。煎茶の親しみやすさもアピールし、「若い世代にもぜひ、たしなんでもらいたい。市民芸術文化祭で呈茶もしているので、ぜひ足を運んで体験してみて」と呼びかける。

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釜石から発信!新たな才能 タレント養成所C-Zeroアカデミー 1期生、修了発表会で輝き放つ

C-Zeroアカデミーの修了発表会で朗読劇を披露する生徒たち

C-Zeroアカデミーの修了発表会で朗読劇を披露する生徒たち

 
 釜石市のタレント養成所「C-Zero(シーゼロ)アカデミー」(菊池由美子校長)の基礎科第1期生の修了発表会は22日、同市大町の釜石PITで開かれた。2025年4月に開校して初めて迎えた、レッスンの成果を見せる集大成の舞台。演技や歌、ダンスなど表現する力を1年間磨いてきた生徒19人は、それぞれが持つ輝きをステージ上から放った。発表会の後には修了式も実施。夢への扉をこじ開けた生徒たちは実現に向け、そして新たに見いだした目標に向かって進み続ける。
 
 基礎科1期生は8~77歳と幅広い年齢層が所属する。「俳優や歌手など芸能界を目指している生徒もいるが、趣味の幅を広げるためだったり、自分の殻を破りたいという目的で入ってきた人もいる」と菊池校長(58)。生徒たちは専門家の指導を受けながらレッスンを重ね、多彩な力を蓄えてきた。
 
岩手県ゆかりの民謡で声を合わせる1期生

岩手県ゆかりの民謡で声を合わせる1期生

 
 発表会は、民謡で幕開け。「人前で歌うことで自信につながり、強みにもなる」と取り組んできたもので、「チャグチャグ馬コ」と「外山節」を全員で歌った。ほとんどの生徒が、なじみのなかった民謡。始めた頃は声が小さかったというが、本番ではふるさと岩手の情景を思い浮かべてもらえるよう、透明感を加え伸びやかに歌い上げた。
 
 朗読劇「セロ弾きのゴーシュ」は2チームに分かれて上演。主人公のゴーシュが、カッコウや子ダヌキ、ネズミの親子ら動物たちとの交流を通じて音楽家、そして人間として成長していく物語を、それぞれの役になり切り、仲間と呼吸を合わせながら堂々と演じた。
 
声で伝え、体で表現。「セロ弾きのゴーシュ」を演じる生徒たち

声で伝え、体で表現。「セロ弾きのゴーシュ」を演じる生徒たち

 
 アカデミーがコミュニティーFM「きたかみE&Be(いいあんべ)エフエム」(北上市)と組んで制作したラジオドラマ「しいの町ふしぎ通りゼロ丁目」のテーマ曲を、作詞作曲を担当した生徒2人がノリノリのパフォーマンスで披露。体と心をめいっぱい使ったダンスもあり、7人の生徒が踊る楽しさを表現した。
 
作詞作曲した歌で会場を盛り上げた生徒たち

作詞作曲した歌で会場を盛り上げた生徒たち

 
笑顔を弾かせながらダンスパフォーマンス

笑顔を弾かせながらダンスパフォーマンス

 
 生徒4人が出演した短編映画「シグナルとシグナレス」(15分)を上映。作品は信号機同士の恋愛を描いた宮沢賢治の同名童話をモチーフに、進路が分かれる卒業間近の高校生4人の不安と希望を描く。ロケ地となったのは、遠野市の田園地帯。黄金色の稲穂、美しい夕景の中に溶け込んだ女子高生たちのみずみずしさ、そうした環境が身近にあるという豊かさを感じられる一作だ。
 
上映された短編映画「シグナルとシグナレス」

上映された短編映画「シグナルとシグナレス」

 
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今関あきよし監督(左)と出演した4人による舞台あいさつ。右上の写真は映画の一場面

 
 メガホンを取った今関あきよし監督を交えた舞台あいさつもあった。製作のきっかけは、アカデミーが昨年夏に実施した今関監督らによる演技ワークショップ。人、景色などいくつもの“出合い”が重なって生み出された作品のようで、今関監督は「キラキラした、今しか取れない瞬間を切り取り、残してあげたい。これから未来を生きる人たちへの後押しのような気持ちもあった」と振り返った。
 
 出演したのは高校生の森美惠さんと前見琉綺亜さん(ともに今春、大学へ進学)、市内在住の会社員佐藤愛莉さんとパート佐々木瑠奈さん。撮影時のエピソードを紹介しながら、演じる楽しさや新たな一面を発見したこと、一つの夢をかなえた感謝の気持ちなどを明かした。最後に、今関監督は「短編でもいろんなストーリーが入っていることを感じてもらえたのでは。独特な方言、釜石弁もいい味を出している。時間がたてばたつほど、この作品の面白さに気づくと思うので、4人の応援という意味でぜひ映画館で観てほしい」とPRした。
 
修了式で感謝の気持ちや決意を伝えた矢浦望羽さん(手前)

修了式で感謝の気持ちや決意を伝えた矢浦望羽さん(手前)

 
 発表会に続いて行われた修了式で、ケーブルテレビリポーターの矢浦望羽さん(20)が修了生を代表しあいさつ。演技をすることに情熱を持ち、飛び込んだアカデミーではチャンスをつかみ取れず、悔しさや悲しさに思い悩んだり、苦しい時期もあったというが、「そこで感じた気持ちを正直にぶつけたことが成長につながった」と顔を上げた。そして、「私の夢は今も変わらず俳優です」ときっぱり。研究科に進級し、「もっとキラキラした表現を目指し、私らしく、ひたむきに努力していきたい」と力を込めた。
 
1年間の成果を出し切り笑顔を見せる生徒たち

1年間の成果を出し切り笑顔を見せる生徒たち

 
 1期生の半数以上は矢浦さんと同じく、より実践的なレッスンに取り組む研究科に進む。朗読劇で三毛猫を演じた北上市の中村美海さん(15)は「アカデミーは好きなことをできる居場所になった。ずっと続けてきたダンスだけでなく、歌や演技にも挑戦できた。夢を持つ仲間がいたから楽しくできた」と充実感をにじませた。この春、県内の高校通信制課程へ進学。釜石へ通う日々はこれからも続き、「興味がないではなく、何でもできることを頑張りたい」と意欲を示した。
 
 最年少で小学生の鈴木綾誠さん(8)は「発表会は緊張したけど、練習の時より大きな声でみんなに聞こえるようにできた」と満足そうに話した。演技が好きでレッスンは楽しく続けられたというが、「歌は苦手だ」と小さな声でつぶやく。それでも研究科での学び、経験を待ち望み、「はっきりした夢はまだ分からないけど、自分がやることでみんなを笑わせて元気にしたい」と、目標となるものを芽吹かせた。
 
笑顔がキラリ。菊池由美子校長(中央)を囲む1期生

笑顔がキラリ。菊池由美子校長(中央)を囲む1期生

 
 菊池校長は、生き生きとした生徒たちの姿を見つめ、「みんな成長した」と実感を込めた。1期生を送り出し「ほっとした」気持ちに入りまじり、さみしさも感じている様子だが、アカデミーが目指す「エンターテインメントでまちを盛り上げる」という道のりはまだ始まったばかり。開校1年目にして、ドラマ(テレビやラジオ)、映画、CMなどへの出演オファーを受け、少しずつ実績を積み上げている。子どもや若手だけでなく、シニア世代も「チャンスがある」と強調し、「これからも生徒の夢に合わせた指導を行い、共に夢をかなえていきたい」と熱い思いで先をゆく。
 
 アカデミーでは31日まで第2期生を募集している。この日が県内初公開となった「シグナルとシグナレス」は、4月3~9日に盛岡ルミエール(盛岡市)でも上映される。

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釜石市国際外語大学校で初の卒業式 1期生18人巣立つ それぞれ新たな道へ

及川源太校長(手前)から卒業証書を受け取る卒業生

及川源太校長(手前)から卒業証書を受け取る卒業生

 
 釜石市国際外語大学校(及川源太校長)の卒業式が13日、同市大町の釜石市民ホールTETTOで行われた。2024年4月の開校後、初めての卒業式。日本語学科のネパール人留学生16人、外語観光学科の日本人学生2人が卒業証書を手に、新たな一歩を踏み出した。
 
在校生や教職員、保護者らに見守られ入場する卒業生

在校生や教職員、保護者らに見守られ入場する卒業生

 
サリーなど華やかな民族衣装をまとって卒業式に臨む

サリーなど華やかな民族衣装をまとって卒業式に臨む

 
 及川校長が一人一人に卒業証書を手渡し、「釜石の風、精神を肌で感じてきた皆さんの心の中には、困難に負けない意志の強さ、優しさがしっかりと根付いているはず。1期生としての誇りを胸に、広い世界へ羽ばたいてほしい」と激励した。
 
卒業証書を掲げて笑顔を見せる1期生

卒業証書を掲げて笑顔を見せる1期生

 
卒業生にはなむけの言葉を送る及川校長

卒業生にはなむけの言葉を送る及川校長

 
 在校生を代表し、外語観光学科の成田彩華さん(19)、日本語学科のスワル ロチャンさん(20)が送辞。学業に取り組む姿勢や地域との向き合い方に刺激を受け新たな目標を見いだせたこと、慣れない場所での生活に助言をしたり助けてくれたことなど、1期生との思い出に触れながら感謝を伝えた。
 
在校生が送辞。卒業生(手前)に感謝を伝える

在校生が送辞。卒業生(手前)に感謝を伝える

 
答辞で将来への決意を語るラマ ビサルさん

答辞で将来への決意を語るラマ ビサルさん

 
 日本語学科の卒業生を代表して答辞を述べたラマ ビサルさん(23)は「言葉だけでなく、日本の文化、ルールも教えてもらった。釜石で学んだことを生かしたい」と決意を示した。このあと、岩手県外の専門学校に進み、貿易などを学ぶ。将来の夢は「会社を作りたい。貿易で日本とネパールをつなげたい」と思い描く。
 
 答辞を述べた外語観光学科の1期生は「同じ目標を持つ仲間と出会い、励まし合いながら過ごした2年間は、あっという間だった。多くの人が挑戦を後押しし、見守ってもらったおかげで貴重な体験ができた。挑戦することを恐れず、一日ずつ積み重ねて」と、在校生にメッセージを送った。
 
学校での思い出や将来への思いを胸に式に臨む卒業生

学校での思い出や将来への思いを胸に式に臨む卒業生

 
 皆勤賞の表彰もあり、日本語学科の11人に賞状が贈られた。ブダトキ ルパさん(20)は「日本に来た時はさみしかった」と明かすも、同郷の仲間と励まし合いながら学び、生活する中で釜石にいい印象を持った。なかでも、介護のアルバイトでは高齢者との触れ合いが楽しく、「介護福祉士になる」という夢につながった。盛岡市の医療福祉系の専門学校に進学。資格を取り、「釜石に戻ります」と笑顔を見せた。
 
卒業式の後に開かれたサンクスパーティー

卒業式の後に開かれたサンクスパーティー

 
抱き合って別れを惜しむ卒業生と地域住民

抱き合って別れを惜しむ卒業生と地域住民

 
 式の後には、学校の授業の協力者やアルバイトの受け入れ先企業の関係者らを招いたサンクスパーティーを開いた。地域に溶け込んだ1期生の晴れやかな顔を見つめた同校の松島理香子副校長は「先輩がいない中、1期生と一緒に学校づくりをしてきた。彼らのひたむきさ、向上心を感じた地域の方々が愛情深く迎え入れ、育ててくれた。学生に恵まれた。頑張った学生を心から尊敬している」と感慨深げに話した。
 
 外語観光学科の卒業生は県内外の企業に就職。日本語学科の卒業生は県内外の専門学校などに進学し、ビジネスマネジメントや介護などをさらに学ぶ。

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地域へ提言 釜石市国際外語大学校の1期生 卒業研究を発表 留学生は日本語でスピーチ

釜石市国際外語大学校の卒業研究発表会で学びの成果を披露する学生たち

釜石市国際外語大学校の卒業研究発表会で学びの成果を披露する学生たち

 
 3月に卒業を控えた釜石市国際外語大学校(同市鈴子町、及川源太学長)の1期生は2月26日、同市大町の市民ホールTETTOで学びの成果を見せる研究発表会に臨んだ。外語観光学科の日本人学生は地域課題の解決に向けた研究、実践の過程を紹介。日本語学科の留学生は日々の暮らしで感じたこと、気づいたことなどを日本語で伝えた。
 
 2024年4月に開校。英語や観光マネジメントなどを学び地域で活躍する人材を育てる外語観光学科(2年制)と、留学生を対象にした日本語学科(1年半と2年制)があり、1期生計18人が今年卒業を迎える。
 
「魚のまち釜石」をPRする取り組みを発表する学生

「魚のまち釜石」をPRする取り組みを発表する学生

 
 外語観光学科の岩間ひなさん(21)は、同市のキャッチコピー「鉄と魚とラグビーのまち」の中で、まちの印象として「イメージが強くない」と感じた「魚のまち」をテーマに認知度を高め、魅力を発信するプロジェクトに取り組んだ。地元の若手漁師へのインタビュー記事や、コンブ養殖の加工作業の様子をまとめた動画を「インスタグラム」などのSNS(交流サイト)上でアピール。漁師自らがイベント出店する際に使うメニュー紹介の「POP(ポップ)」、のぼりの作成も手がけた。
 
 POP作りでは伝えたいことをシンプルに、瞬間的に捉えてもらえるよう言語化するのに苦労したが、「水産業を盛り上げる一つの形を残すことができた。新しいことへの挑戦で、大きな学びになった」と充実感をにじませた。一方で、水産業界では従事者の高齢化などでSNS運用に不慣れだったり、なり手不足で人員の確保が難しいことを改めて認識。情報発信は「ハードルが高い」と実感を込めた。
 
聴講した人からの質問に答えたりして成果を示した

聴講した人からの質問に答えたりして成果を示した

 
 そのうえで、若者の新規就業につながるきっかけとして、▽学生と企業の連携による商品開発ワークショップ▽漁業インターン―などの実施を提言。期待される効果として「漁業への理解が広がり、人手不足を補える。外部から人を集めることで、消費促進にもなる」と指摘した。
 
 そのほか、「多文化共生」と「防災・減災」を絡めたアンケート調査から見えた日本人市民の意識や年代別の認知度の違いをまとめた発表もあった。
 
日本語の習熟度を披露するネパールからの留学生たち

日本語の習熟度を披露するネパールからの留学生たち

 
 日本語学科のネパール人留学生は4グループに分かれて、母国との文化の違い、日本の暮らし、学生生活、市民との交流について、1年半学んできた日本語を駆使してスピーチ。ブダトキ ルパさん(20)はバスや列車など交通システムが時間通りに運行されていることや、利用の仕方を運転手らが親切に教えてくれたエピソードを披露し、「ルールがあるから安心で、きれいで、住みやすいまちになっている」と、はきはきとした口調で語った。
 
 カトワル スザンさん(19)は「はじめは言葉が分からず本当に困った。戸惑うこともあったが、違いを知ることは大切。交流すると、新しい発見があり、成長につながる。おじぎ、礼儀、静かに電車に乗る、ごみを分けること、多くを知った。責任感、思いやりの気持ちも学んだ。大切にしていきたい」と話し、笑顔を見せた。
 
日本人の友達ができた。同年代ではないけど」と笑いを誘ったり

「日本人の友達ができた。同年代ではないけど」と笑いを誘ったり

 
忘れ物が手元に戻ったエピソードやアルバイト先での経験をスピーチ

忘れ物が手元に戻ったエピソードやアルバイト先での経験をスピーチ

 
 学校の授業について「とても分かりやすく楽しい。読む、書く、聞く、話す…はじめはできなかったけど、日本語で気持ちを伝えられるようなった」と喜びを素直に言葉にした。「釜石よいさ」など地域のイベントに参加した楽しさ、日本人の悪いところ(働きすぎなど)を指摘するスピーチも。アルバイト先でミスした時に先輩が手助けしてくれたと感謝する学生は、「いつか誰かを助けられる人になりたい」と目標を明かした。
 
「ありがとう」。日本語、英語、母国語で感謝の気持ちを伝えた

「ありがとう」。日本語、英語、母国語で感謝の気持ちを伝えた

 
学生たちが撮った街の風景や日常を切り取った写真の展示

学生たちが撮った街の風景や日常を切り取った写真の展示

 
 卒業研究の協力者や助言者、学生のアルバイト先の関係者、地域住民らが発表に耳を傾けた。会を閉じた後は、学生のもとに駆け寄り交流タイム。学生たちがスマートフォンで撮った「釜石の日常」を紹介する写真展示もあり、鑑賞しながら会話を弾ませていた。

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震災復興と歩み10年― 釜石の「劇団もしょこむ」 軌跡刻む集大成公演 観客210人が楽しむ

コメディー劇で楽しませた「劇団もしょこむ」の10周年集大成公演=21日、TETTO

コメディー劇で楽しませた「劇団もしょこむ」の10周年集大成公演=21日、TETTO

 
 釜石市の劇団もしょこむ(小笠原景子代表)は21、22の両日、団結成10周年を記念した集大成公演を市民ホールTETTOで開いた。震災復興のさなかの2015年、「被災地でも芝居がしたい」「演劇をもっと身近に感じられる環境を」と、愛好者らが立ち上げた同劇団。これまでオリジナルの8作品を市内外で公演し、未来につながる新たな文化を芽吹かせてきた。過去作品の軌跡を散りばめた本作のタイトルは、「もし夜が来なくても、夢を見る。」 大槌町在住のライターたておきちはるさんが書き下ろした。コメディー劇ながら、要所に人が生きる上で大切にしたい思いを盛り込み、観客を物語の世界に引き込んだ。
 
 物語の舞台は“いわくつき”のシェアハウス「神木須館(ジンギスカン)」。住民は何げない日常を送るが、実はそれぞれに事情を抱えてこの場所に集まっていた。そんなある日、一人のオカルトライターが現れ、ハウスの隠された秘密が暴かれていく。実はこの場所は100年先を生きるための「コールドスリープ」研究施設。さまざまな悩みから人生を生き直したいと願う人たちが被験を待っていた。しかし、何も知らない役者くずれのダメ男“コースケ”が舞い戻ってきたことで、被験は一時中止に。ライターの暴露で真実を知ったコースケは思わぬきっかけで、コールドスリープ装置の起動に巻き込まれる。果たしてコースケの運命は…?
 
シェアハウスを訪ねてきたオカルトライターを名乗る女“八木”(右)の正体は?

シェアハウスを訪ねてきたオカルトライターを名乗る女“八木”(右)の正体は?

 
役者くずれのダメ男“コースケ”(中央)は髪を切って改心。ハウスに併設するカフェバーで働き始める

役者くずれのダメ男“コースケ”(中央)は髪を切って改心。ハウスに併設するカフェバーで働き始める

 
八木の言葉に心を乱される大学生“沙也加”(右)。沙也加もまたコールドスリープを待つ被験者だった

八木の言葉に心を乱される大学生“沙也加”(右)。沙也加もまたコールドスリープを待つ被験者だった

 
 登場人物8人を演じたのは釜石在住、ゆかりの社会人と高校生。個性際立つキャラクターを見事に演じ切った。劇中のセリフや演出はクスッと笑える場面が多いが、同時にコースケの成長、大切な仲間と自分らしさを取り戻していく住民の姿は、生きづらさに悩む人へのメッセージ性も秘める。
 
ある絵本がきっかけでコールドスリープ装置が起動。羊の椅子に座るコースケは100年の眠りに入ってしまうのか!?

ある絵本がきっかけでコールドスリープ装置が起動。羊の椅子に座るコースケは100年の眠りに入ってしまうのか!?

 
あの手この手を使い、コースケを眠りから覚まそうとするハウスの住人

あの手この手を使い、コースケを眠りから覚まそうとするハウスの住人

 
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仲間たちの祈りが通じ装置が停止。普段と変わらない目覚めを迎えたコースケに住人が駆け寄る

 
 同劇団公演の魅力は舞台と客席の近さ。高さのあるステージ上ではなく、最前列の客席と同じ高さに舞台セットを組むことで、会場の一体感を高めている。今回は特にも細部にまでこだわったセットが目を引き、公演後、舞台に招き入れられた観客は、さまざまな仕掛けに驚きながら見入った。2日間で3公演があり、子どもから大人まで計210人が楽しんだ。観客は市内のほか沿岸各地、内陸部からも訪れ、初めて同劇団公演を見るという人も多かった。
 
最前列の客席と同じ高さに組まれた舞台セット。シェアハウス内で物語が進む

最前列の客席と同じ高さに組まれた舞台セット。シェアハウス内で物語が進む

 
21日夜の公演には約70人が来場。終演後はセットに入り劇の世界観を満喫した

21日夜の公演には約70人が来場。終演後はセットに入り劇の世界観を満喫した

 
 釜石市の村上舞子さん(30)は「知り合いが2人出ている。身近な人たちの演技力にびっくり」と目を丸くした。大槌町の浪板拓朗さん(31)は「明るく始まったが、途中からシリアスな場面もあって面白かった」と初観劇。若い力で地域を盛り上げている活動に感心し、「これからも応援したい」と口をそろえた。
 
 宮古市で演劇活動を行う吉田真理さん(65)は「少ない人数であれだけの完成度はすごい。まだまだこれからの人たちで今後が楽しみ」と期待。沿岸部は震災以降、人口減少が顕著だが、「自ら立ち上がり、まちを元気にしようという気持ちでも、互いにつながっていければ」と願った。
 
このポーズは!?  3作目に登場したご当地ヒーロー“釜んライダー”。当時演じたメンバーが再びの決めポーズ

このポーズは!? 3作目に登場したご当地ヒーロー“釜んライダー”。当時演じたメンバーが再びの決めポーズ

 
シェアハウスに平穏な日常が戻る。コースケはハウスの管理人に…

シェアハウスに平穏な日常が戻る。コースケはハウスの管理人に…

 
 今回の出演者の中で劇団創設時からのメンバーは3人。その一人、建築士の宮崎達也さん(54)は当初、裏方だったが、後に役者に転身。最初の頃、「舞台袖で出番を待っていた時の緊張感は決して忘れられない」と懐かしむ。同劇団には震災復興支援を機に釜石に移住した人たちも多く関わってきた。自身は仕事の関係で三重と釜石の2拠点生活を送りながら、演劇活動も継続。「“外”の人が入ることで化学反応が生まれたり、面白さが増したりする」と、メンバーの入れ替わりも自然の流れとして楽しむ。10年活動する中で、「要求されるレベルが上がってきて大変ではあるが、観客に喜んでいただけていることを聞くと、やってきて良かった」と素直に思う。
 
コーヒー好きのサラリーマン“犬山”を演じた宮崎達也さん(中央)。犬山という役は過去作品にも登場

コーヒー好きのサラリーマン“犬山”を演じた宮崎達也さん(中央)。犬山という役は過去作品にも登場

 
 「立ち上げ当初はがむしゃらで、先のことは全く考えていなかった。10年たち、メンバーも増え、活動が続いているのは夢のよう」と話すのは菅野結花さん(35)。小笠原代表と意気投合、仲間を集め、同劇団創設にこぎ着けたメンバーだ。現在は東京を拠点にプロの俳優として活動するが、古巣にも深い愛着をにじませる。今回もZoom(ズーム)などを活用し、東京から稽古に参加。「本業で忙しい中でも、みんな本気で面白いものを作ろうとする。そういう仲間がいることはこの上ない幸せ」と実感する。陸前高田市出身。元々、演劇に触れる機会が少なかった沿岸部に確かな足跡を残せていることに喜びを感じ、「将来、岩手沿岸が『文化のまち』と言われるようになっていけば」と希望を抱く。
 
左上写真:劇団立ち上げメンバーの小笠原景子さん(左)と菅野結花さん。10周年を迎え喜びもひとしお。次の10年に新たな夢を描く

左上写真:劇団立ち上げメンバーの小笠原景子さん(左)と菅野結花さん。10周年を迎え喜びもひとしお。次の10年に新たな夢を描く

 
 震災被災者の心情をリアルに描いた、仮設団地での旗上げ公演から10年―。この間、復興の進展、コロナ禍による活動休止などを経験し、「劇団に求められるものも変わってきた」と小笠原代表(41)。観客にさらに喜んでもらうためには「個々のレベルアップが必要」と考えていて、舞台公演という演劇のベースは守りつつ、新たな挑戦を模索する。「ラジオドラマや朗読など人前での表現の場を増やしたい。現団員はもちろん、これから演劇をやってみたいという子どもたちの受け皿としても小さな取り組みを重ね、次の10年につなげられたら」と意気込む。

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130年の眠りから覚める? 橋野鉄鉱山で「開山碑」発見! 操業開始時期知る貴重な手掛かりに

橋野鉄鉱山で新たに発見された石碑(右)について説明する市教委文化財課世界遺産室の髙橋岳係長(左)

橋野鉄鉱山で新たに発見された石碑(右)について説明する市教委文化財課世界遺産室の髙橋岳係長(左)

 
 昨年、世界遺産登録10周年を迎えた釜石市の「橋野鉄鉱山」で、これまでの調査で確認されていなかった新たな石碑が見つかった。自然石を利用したとみられる碑には「開山」の文字とともに、操業開始当時に関わっていた2人の人物の名前が刻まれる。同鉄鉱山の操業開始は1858(安政5)年であることは分かっているが、月日を示す資料は見つかっておらず、同碑に刻まれる「安政五戊午年 九月十二日」という日付の意味が注目される。
 
 石碑は昨年11月19日、市教委文化財課世界遺産室係長の髙橋岳さんが高炉場跡のモニタリング調査中に発見した。同調査は橋野鉄鉱山構成資産範囲(高炉場、運搬路、採掘場)内にある遺構や周辺景観を定点観測し、保全状況を把握するためのもので、世界遺産登録の翌2016年から毎年11~12月ごろに実施している。
 
「開山碑」とみられる石碑発見の報告は1月31日、鉄の歴史館で行われた

「開山碑」とみられる石碑発見の報告は1月31日、鉄の歴史館で行われた

 
 石碑があった一帯は大きな花こう岩が点在し、タガネで割った跡が見られるなど、高炉建設に必要な石材を切り出していた場所。いつも通り、定点観測用の写真を撮っていた髙橋さん。この日は、石の様子を見ようと近づいて歩いていたところ、一部がこけむした岩の表面に何やら文字らしきものが見えた。周りのコケを取ってみると、梵字と「開山」の文字が…。「たまに気にして見ることはあったが、まさか文字が刻まれているとは!」。偶然の発見に驚きとともに目がくぎ付けになった。現場は山の斜面に残る山神社跡よりさらに高い場所で、見学エリア内の「市之助の墓」から北西に約20メートルの地点。
 
石碑(黄丸)は高炉場ゾーン山神社ブロック西側の国有林内で発見された

石碑(黄丸)は高炉場ゾーン山神社ブロック西側の国有林内で発見された

 
石碑の発見場所と山神社跡など周辺の位置関係図

石碑の発見場所と山神社跡など周辺の位置関係図

 
 髙橋さんが後日、簡易調査したところ、石碑は自然に割れた花こう岩の割れ口の平坦面を利用していて、高さ約259センチ、横幅約176センチ(いずれも最長部分)、奥行き(石の厚さ)は約85~102センチ。人の背丈を優に超える大きさだ。タガネが入った形跡がなく、自然の摂理で生まれた割れ面に文字を刻んだものとみられる。
 
発見時の石碑(左)とコケなどを落とした後の石碑(右)

発見時の石碑(左)とコケなどを落とした後の石碑(右)

 
 記録するため、拓本(乾拓、湿拓)を試みたがうまくいかず、奈良文化財研究所が開発した技術「ひかり拓本」で文字を読み取った。碑の中央には「不動明王」を表す梵字、その下には「開山」と刻まれている。不動信仰に関する文献によると、三陸地方では火をつかさどる神様として不動信仰があり、「おそらく高炉操業の安全祈願として、不動明王を祭ったのではないか」と髙橋さん。1869(明治2)年に建てられた山神社のご神体も不動明王をモチーフにしたものとみられ、共通する。
 
スマホの「ひかり拓本アプリ」を利用し拓本作成。光源をさまざまな方向から石碑に当て写真撮影したものを組み合わせ、文字を浮かび上がらせる方法

スマホの「ひかり拓本アプリ」を利用し拓本作成。光源をさまざまな方向から石碑に当て写真撮影したものを組み合わせ、文字を浮かび上がらせる方法

 
ひかり拓本」で読み取ることができた石碑の文字(右)

「ひかり拓本」で読み取ることができた石碑の文字(右)

 
石碑文字を拡大したもの。左が不動明王を表す梵字と「開山」。右が「田鎖仲 源高守」

石碑文字を拡大したもの。左が不動明王を表す梵字と「開山」。右が「田鎖仲 源高守」

 
 碑の右下には「田鎖仲 源高守」という人物名がある。田鎖仲は高炉建設の技術者で、大島高任の補佐役。田鎖は閉伊氏の末えいで、閉伊氏は元は源氏名を名乗っていたことから“源”姓の名前も併記される。左下には鉱山の事務方を担った「支配人」の(柵山)市之助の名前が刻まれる。
 
 注目は「安政五戊午(つちのえうま)年 九月十二日」という日付だ。前後の文書をひもとくと―。前年の大島高任の大橋高炉での連続出銑成功を受け、盛岡藩は橋野の地に仮高炉を建設するが、その計画を示すのが安政5年5月19日付の南部家文書「覚書」。この中に田鎖仲と市之助の名前がある。地元橋野の和田家に伝わる「和田文書」によると、同年6月初めには大島高任が現地入りしていたとみられる。次に出てくるのが安政6年2月の「大島高任行実」。仮高炉の着工と同時期に安政の大獄があり、大砲製造のための銑鉄の需要が減ってくる中で、すでに着手している高炉事業をどうするかを協議した文書とされる。結果的に事業は継続され、一番高炉、二番高炉の建設につながっていくが…。
 
 これらの文書から推測すると、「仮高炉は安政5年6月ごろに着工。約3カ月で完成し、9月ごろに操業を開始した」との仮説がたつ。明治19年の盛岡藩文書「橋野鉄鉱山書上」には「鉱石の採掘は5~10月に限る」との記述もあり、総合的に考えると、「碑に刻まれている9月12日は仮高炉の操業開始という意味合いを持つのではないか。操業の安全を祈願するため不動明王を山の神として祭り、高炉をスタートした可能性がある」と髙橋さん。今後、専門家に現地を見てもらうなど詳しい調査を進めていきたい考え。
 
 市内で鉄鉱山関連の「開山碑」なるものは、これまで見つかっていなかった。髙橋さんは「将来、鉄鉱山操業時代の文献がさらに見つかっていけば、今回の石碑の関連性も見えてくるかもしれない。橋野鉄鉱山にはまだ見つかっていない遺構があるかもしれず、引き続き調査していきたい」と話す。
 
※記事中の石碑、現地写真、解説図は市教委文化財課世界遺産室提供

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釜石市郷土芸能祭 9団体が熱い演舞 次世代への継承に思い新た 子どもたちも生き生きと

市民ホールTETTOで開かれた「第27回釜石市郷土芸能祭」

市民ホールTETTOで開かれた「第27回釜石市郷土芸能祭」

 
 第27回釜石市郷土芸能祭(市、市教委主催)は8日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。隔年開催で2年ぶりのステージとなった今回は市内の8団体が出演したほか、特別出演として平泉町から1団体が招かれた。各地に伝わる多彩な芸能が披露され、約1千人が楽しんだ。
 
 同市では神楽、虎舞、鹿踊、手踊りなどさまざまな郷土芸能が伝承され、同祭にはこれまでに59団体が出演している。現在、県の無形民俗文化財に1団体(神楽)、市の同文化財に13団体(神楽4、鹿踊4、虎舞5)が指定される。同祭は市内の豊富な芸能を市民に知ってもらうとともに、活動団体に発表の機会を提供することで、次代への継承、担い手育成につなげようと開催される。1977(昭和52)年度に第1回目が開かれ、回を重ねてきた。
 
 今回は市内から市指定文化財の尾崎町虎舞、錦町虎舞、砂子畑鹿踊、東前太神楽のほか、平田神楽、外山鹿踊、只越虎舞、田郷鹿子踊が出演した。各団体は地域の祭りなどで披露している各種演目を舞台上で見せ、観客から盛んな拍手を送られた。
 
市指定文化財の「錦町虎舞」。錦町は現浜町3丁目の前町名。錦町青年会が継承する

市指定文化財の「錦町虎舞」。錦町は現浜町3丁目の前町名。錦町青年会が継承する

 
虎頭による舞のほか甚句も披露。錦町虎舞は刺鳥舞、おかめ漫才、御祝なども伝承している

虎頭による舞のほか甚句も披露。錦町虎舞は刺鳥舞、おかめ漫才、御祝なども伝承している

 
 栗林町砂子畑地区に伝わる「砂子畑鹿踊」は、江戸時代の元禄・宝永(1688~1711)年間に栗林村(当時)に移り住んだ房州(現千葉県南部)生まれの唯喜伝治という人物から伝えられたとされる。礼儀をただし、勇壮、活発な踊りが特徴。地区内の丹内神社の祭りで奉納される。郷土芸能祭への出演は第23回以来4回目。この日は家々を回って踊る門打ちの演目から▽念仏入羽▽回向(二句)▽庭踊り(両入羽、こぎり…など)▽角かけ―の演目を披露した。
 
市指定文化財の「砂子畑鹿踊」。写真の演目は庭踊りの一つ「両入羽」

市指定文化財の「砂子畑鹿踊」。写真の演目は庭踊りの一つ「両入羽」

 
 踊りの師匠である太夫の小笠原成幸さん(75)は「広く市民に見てもらえるのは張り合いがある。鹿頭の踊り手は今、30~40代のメンバーが担っているが、今後は10~20代につなぎ、伝統ある舞を踊り継いでいきたい」と話す。内陸部の同地区には東日本大震災後、被災地域などから約30世帯が移り住んだ。鹿踊の“刀振り”や“金子”という役は主に子どもたちが担うが、今回出演した子の半数は移住家庭の子たち。金子で参加した鈴木葵衣さん(7)もその一人で、「踊りは初めてやったので難しかった。いっぱい練習した」と話す。被災後、同地区に新居を構えた父勇さん(39)は「地域の人に声をかけていただき(娘が)参加できた。先人が紡いできたものを大事に引き継いでいる。少しでも携われて良かった」と喜び、「鹿踊を続けたい」と話す葵衣さんを温かく見守った。
 
「金子」で躍動する子どもたち。本番に向け、一生懸命練習を重ねてきた

「金子」で躍動する子どもたち。本番に向け、一生懸命練習を重ねてきた

 
クライマックスは1頭の雌鹿を2頭の雄鹿が奪い合う様子を表現した「角かけ」。激しい戦いが見どころ

クライマックスは1頭の雌鹿を2頭の雄鹿が奪い合う様子を表現した「角かけ」。激しい戦いが見どころ

 
 同祭には平成以降、市外の団体も特別出演している。今回は平泉町指定無形民俗文化財「達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門神楽」が出演。坂上田村麻呂が801(延暦20)年に創建したと伝えられる同毘沙門堂に奉納された由緒ある神楽だ。この日は式舞の最初に舞う、五穀豊穣、子孫繁栄などを願う「御神楽」に加え、平泉とゆかりが深い源義経(牛若丸)が武蔵坊弁慶に出会った場所として有名な京都「五條の橋」の場面を再現した舞が披露された。
 
特別出演した平泉町の「達谷窟毘沙門神楽」。若手メンバーが源義経関連の演目を披露

特別出演した平泉町の「達谷窟毘沙門神楽」。若手メンバーが源義経関連の演目を披露

 
東前太神楽の代名詞、子どもたちによる「七福神」。市民が楽しみにする演目の一つ

東前太神楽の代名詞、子どもたちによる「七福神」。市民が楽しみにする演目の一つ

 
「通り舞」「クリ(狂い獅子)舞」などを継承する市指定文化財の「東前太神楽」。熟練の舞で観客を魅了

「通り舞」「クリ(狂い獅子)舞」などを継承する市指定文化財の「東前太神楽」。熟練の舞で観客を魅了

 
 同祭に初めて足を運んだ釜石市内の女性(66)は「祭りで郷土芸能は見ているが、舞台で見るとまた違っていいですね。東前の神楽など小さい頃から聞いているお囃子(はやし)のリズムが心地いい。郷土芸能は地域の宝。いつまでも続けば」と願った。ホール入り口のロビーには、出演団体を紹介するポスターが掲示された。釜石高の2年生5人が郷土芸能の担い手育成をテーマに取り組んだゼミ活動で作成したもので、各芸能の歴史、活動情報、参加条件、団体からのメッセージなどを記載。来場者に発信した。
 
釜石高2年生の郷土芸能ゼミが作成した出演団体のポスターに来場者も興味深げに見入った

釜石高2年生の郷土芸能ゼミが作成した出演団体のポスターに来場者も興味深げに見入った

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

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釜石小「ぼうさい甲子園」で2度目の優秀賞 “災害時は自ら考え行動”命を守る教育、実践評価

2025年度「ぼうさい甲子園」で釜石小が優秀賞。6年生児童が教育長らに受賞報告=3日

2025年度「ぼうさい甲子園」で釜石小が優秀賞。6年生児童が教育長らに受賞報告=3日

 
 全国の防災教育に関する先進的取り組みを顕彰する本年度の1.17防災未来賞「ぼうさい甲子園」(兵庫県など主催)で、釜石市の釜石小(五安城正敏校長、児童66人)が、優秀賞を受賞した。東日本大震災前から継続する防災教育を深化させ、児童らが主体的に考え、家庭や地域を巻き込んだ実践的な活動を行っていることが評価された。1月24日、神戸市で開かれた表彰式には6年生児童が出席。自分たちの活動について発表も行った。
 
 6年生9人は今月3日、同市の教育長、危機管理監らに受賞を報告した。表彰式で行った活動発表を報告の場で披露。釜石小ぼうさい安全少年団の山﨑柊琳団長、佐野楓花副団長がこれまでの取り組みについて発表した。
 
1月24日の表彰式での発表を市、市教委の幹部職員らに披露した

1月24日の表彰式での発表を市、市教委の幹部職員らに披露した

 
 同校では三陸沖地震津波の発生確率が高まる中、2008年から市内小中学校に先駆け、下校時津波避難訓練など本格的な防災教育を開始。11年の震災発生時、児童らは帰宅していたが、自ら判断し高台などへ避難。全児童184人が命をつないだ。その後、多様化する災害を見据え、同教育活動は深化を続ける。
 
 震災発生日の3月11日にちなみ、毎月11日を「釜小ぼうさいの日」とし、少年団団長が校内放送で防災に関するメッセージを発信。同少年団通信として地域住民にもメッセージを届けている。火災、垂直避難、不審者対応の訓練なども実施。6年間かけて行う防災学習では地震津波のほか、土砂災害、河川洪水についても学び、年1回、「いのちの学習参観」として保護者と一緒に防災を考える時間を設けている。児童が防災学習シートを持ち帰り、家族がメッセージを返すことも。
 
写真左上:「釜小ぼうさいの日」に行った火災避難訓練。同右上:児童が作成した「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ(写真提供:釜石小)

写真左上:「釜小ぼうさいの日」に行った火災避難訓練。同右上:児童が作成した「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ(写真提供:釜石小)

 
 本年度の6年生は5年時に、「市の避難訓練に地域住民の参加が少ない」ことを知り、参加を呼びかけるチラシやポスターを作成。地域住民に配り、市役所などへの掲示も依頼した。本年度、特に力を入れて取り組んだのが「ぼく、わたしのぼうさい安全マップ」の作成。全校児童が家族と一緒に居住地区の危険箇所(地震津波、洪水、土砂災害、クマ出没など)を調査。地区リーダーの6年生は地域住民から釜石の昔の災害について教えてもらう聞き取りも行った。調査内容は横幅5メートルほどのパネルにまとめ、全校児童の前で発表。同パネルは昇降口に掲示し、いつでも見られるようにしている。
 
 震災前から続ける下校時津波避難訓練は、市や消防団の協力を得て実施。事前に地域住民にも知らせ、参加を促している。毎年繰り返すことで、児童らの避難意識は格段に向上。昨年12月8日深夜に発生した青森県東方沖地震で津波警報が出た際も、児童らは家族に「逃げよう」と声をかけ、いち早く避難を開始した。
 
釜石小が震災前から続ける「下校時津波避難訓練(2024年10月撮影)」。自ら判断し、最も近い高台の津波避難場所に向かう

釜石小が震災前から続ける「下校時津波避難訓練(2024年10月撮影)」。自ら判断し、最も近い高台の津波避難場所に向かう

 
 こうした経験を重ねてきた6年生は、「防災について学んだことから自ら判断し、命を守る行動をとる」「命はかけがえのない大切なものと思い続ける」ことなどを肝に銘じ、「これからも校内、地域の人たちとつながり、みんなの役に立つ人になりたい」との思いを強くする。
 
 釜小の校長経験もある髙橋勝教育長は脈々と続く同校の防災教育について、「みんなは形だけでなく、(先輩方の)心も受け継いで防災に取り組んできた。これからも大事にしてほしい。行動を起こすことで現状は変えられる。最初の小さな一歩が大きな力になる」と児童らの取り組みをたたえた。
 
髙橋勝教育長に優秀賞の賞状や盾を見せながら受賞を報告する児童

髙橋勝教育長に優秀賞の賞状や盾を見せながら受賞を報告する児童

 
 同顕彰事業は、阪神・淡路大震災をはじめとする災害の記憶を後世につなぎ、防災教育の推進で未来の安全安心な社会をつくるのが目的。21回目となる本年度は全国111校・団体から応募があり、選考委員会による審査で各賞が決定した。釜石小は小学生部門で、ぼうさい大賞に次ぐ優秀賞を受賞した。同顕彰での同校の受賞は2011年度のぼうさい大賞、12年度の優秀賞、24年度の特別賞(はばタン賞)に続き4回目。
 
関係職員が児童らの取り組みをたたえ、防災への協力に感謝

関係職員が児童らの取り組みをたたえ、防災への協力に感謝

 
 山﨑柊琳団長は「防災の活動を6年間重ねてきた中での受賞なのでうれしい。表彰式では他の地域の発表も聞けて参考になった。今後に生かしたい。後輩たちにもこの活動を引き継いでほしい」と願う。佐野楓花副団長も「釜小の取り組みを全国の人に知ってもらえた」と喜ぶ。生まれる前の大震災で自宅も津波の被害を受けた。「下校時津波避難訓練はすごくためになっている」と話し、次の世代に向け、「小さい頃から防災の学習をして、もしもの時に命が助かれるように行動してほしい」と思いを込める。
 
 11年の震災時も同校にいた“いのちの教育”担当の及川美香子教諭は「防災学習は地域の現状を踏まえ、アレンジしながら継続していくことが大事」と改めて実感。今春、中学に進む6年生に対し、「自分たちがやってきたことを他の小学校出身者にも伝え、みんなでこの地域の命を守れる人になってほしい」と期待した。