タグ別アーカイブ: 文化・教育

france_haken01

フランスでの異文化体験「未来への財産に」 海外派遣の中学生、釜石で報告会

「メルC」「かまいC」と笑顔で帰国報告する中学生

「メルC」「かまいC」と笑顔で帰国報告する中学生

 
 釜石市の中学生海外体験学習事業でフランスを訪問した中学1、2年計9人の帰国報告会が29日、大町の市民ホールTETTOであった。保護者ら約50人を前に、生徒が外国での生活や異文化体験を振り返った。
 
 生徒たちは14~21日、釜石と姉妹都市提携を結ぶフランス南部のディーニュ・レ・バン市などを訪問した。ディーニュ市の学校では授業に参加し同年代の子と交流。ホームステイ先で現地の生活や文化に触れた。姉妹都市提携のきっかけとなったジオパーク資産・アンモナイト化石群も見学。歴史的建造物も多い市街地の散策、地元ラグビークラブの試合観戦なども楽しんだ。復興支援に尽力した化粧品メーカー「ロクシタン社」(マノスク市)を訪ね、感謝を伝えた。
 
 報告には、釜石中2年の虻川結空さん、阿部紗希さん、久保伶奈さん、若生彩花さん、同1年の三浦碧人さん、大平中1年の今野凛彩さん、唐丹中1年の小野寺頼さん、甲子中1年の佐々舞凪さんと米澤悠真さんの9人全員が参加した。昨年、提携30周年を迎えたこともあり、ディーニュ市では温かい歓迎を受けた。いずれも、多くの出会いや発見があり、視野が広がり、刺激ある体験をさせてもらったことへの感謝を述べた。
 
フランスに派遣された釜石の中学生の帰国報告会

フランスに派遣された釜石の中学生の帰国報告会

 
印象に残った出来事や学びを一人一人が発表した

印象に残った出来事や学びを一人一人が発表した

 
 初めての海外という緊張感や言語に対する不安も共通だったが、現地では翻訳アプリを使いながら不慣れなフランス語や英語でコミュニケーションをとる様子に理解を示し、懸命に耳を傾けるなど親切に接してもらったと声をそろえた。「やっぱり話すことは楽しい」と小野寺さん。虻川さんも「上手に話すよりジェスチャーを交えて伝えようとする姿勢が大切」と実感を込めた。
 
 阿部さんは壁のようなアンモナイト化石群の迫力を語り、佐々さんは同年代の子と音楽を通じた交流を振り返った。フランスの歴史や産業、文化、政策に興味を示したのは三浦さん。SDGs(持続可能な開発目標)に関心を持つ米澤さんは、環境に対する意識の高さに刺激を受けたことを話した。
 
モニターに写真を表示しながら思い出を振り返った

モニターに写真を表示しながら思い出を振り返った

 
 「海外にも友達ができたことが思い出」とはにかむ若生さん。国籍、出身地がさまざまな人が意見を出し合って楽しく学ぶフランスの学校生活が印象的で、「自分も積極的に意見を出していきたい」と背筋を伸ばした。日本語教師との夢を持つ久保さんも多様な価値観に触れ、「互いの文化を知り、認め合うことで考え方は変わる。広い視野を持つためにも言語学習を続ける」と思いを強めた。
 
 聴講した人から「フランスの友達が釜石に来たら何する?」と質問されると、生徒たちは「鉄の歴史を教える」「おいしいものを一緒に食べたい」などと案を出した。今野さんは「ディーニュ市になかった海を紹介したい」と思案。地域を出たことで、自分たちが暮らす古里への関心を深めたようで、「学んだことを地域で生かせるようにしたい」と力を込めた。
 
海外体験で発見したことや感じた日本の良さを伝えた

海外体験で発見したことや感じた日本の良さを伝えた

 
「日本とフランスの架け橋に」と耳を傾けた人たちは期待する

「日本とフランスの架け橋に」と耳を傾けた人たちは期待する

 
 小野共市長は「貴重な体験を楽しいだけで終わらせず、9人それぞれが次なる展開へいいきっかけになったようだ」と成長を実感。高橋勝教育長は本物に触れ続けること、勉強のほかにも打ち込めるものを見つけることへの期待を伝え、「自分自身を伸ばす行動、挑戦をどんどんして。社会との関わりを持ち、生きるための財産、失敗を含めた経験を心の中に増やしてほしい」と激励した。

miniart01

釜石の“宝物”が集う新スポット!?「まちかどミニ美術館」 TETTOに開設

釜石市民ホールTETTOに開設された「まちかどミニ美術館」

釜石市民ホールTETTOに開設された「まちかどミニ美術館」

 
 釜石市大町の市民ホールTETTOに、常設展示コーナー「まちかどミニ美術館」が開設された。地域に眠る“宝物”をみんなで楽しもうと、釜石市芸術文化協会(河東眞澄会長)が企画。思い思いの表現活動に取り組む人たちの“見てもらいたい一作”を紹介している。今後は、3カ月ごとに作品を入れ替える予定。「わが家の宝」「創作活動の力作」などテーマを設けたりしながら公募し、作品10点程度を無料で展示していく。
 
 開設に合わせ22日に行われたセレモニーで、河東会長は「釜石にはさまざまな芸術作品が眠っている。地域には絵を描いたり、ものを作ったり、文化活動を楽しむ人たちがいる。そうした活動の中で生まれた宝物をみんなで楽しみましょう」とあいさつ。芸文協の関係者や出品者らが除幕し、文化芸術に触れる場のオープンを喜んだ。
 
まちかどミニ美術館には市民が手がけた多彩なジャンルの作品が並ぶ

まちかどミニ美術館には市民が手がけた多彩なジャンルの作品が並ぶ

 
 同ホール共通ロビーの一角を活用。毛布に包まれて気持ちよさげに眠る猫を描いたパステル・色鉛筆画「爆睡」(小野寺浩さん作、日仏現代美術世界展準大賞受賞)、破けた障子の穴をのぞき込む瞬間を切り取った写真作品「好奇心」(菊池賢一さん作、第45回岩手県写真連盟公募展大賞受賞)、鶏をモチーフにした複雑で細緻な線をつないだ切り絵「まなざし」(黒須由里江さん作、第76回中美展準会員賞受賞)のほか、版画や俳句、彫金、砂絵など多彩なジャンルの作品が並ぶ。13人が出品。団体に所属している人もいるが、多くは個人で創作活動に取り組んでいる。
 
オープニングセレモニーで出品者が作品に込めた思いを解説

オープニングセレモニーで出品者が作品に込めた思いを解説

 
感性豊かな作品が並び、来場者がじっくりと鑑賞を楽しむ

感性豊かな作品が並び、来場者がじっくりと鑑賞を楽しむ

 
 本業の看板業を発展させながら写真やイラストなどの作品を作り続ける多田國雄さん(82)は、「2011.3.11の記憶」とタイトルを付けたデザイン作品を並べた。東日本大震災で被災し避難生活を送る中で唯一、手元に残った記録媒体・携帯電話で撮った写真を散りばめた。全ての窓が抜け落ち土砂に埋まった当時の自家用車、防潮堤を壊した形で岸壁に乗り上げた貨物船、被災後のまちに戻った街灯の明かり…。被災から3年たった頃に手がけたもので、「次第に当時の記憶が遠のく今、薄れかけた記憶を呼びもどす」との気持ちを閉じ込めた。「(災害は)また来るかもしれないでしょ」。毎年3月に個人的に向き合ってきた一作を公開している。
 
震災をテーマにした「2011.3.11の記憶」(左)と作者の多田國雄さん

震災をテーマにした「2011.3.11の記憶」(左)と作者の多田國雄さん

 
 同美術館には「港かまいし 芸術鑑賞散歩」とのキャッチフレーズが付く。芸文協の関係者は「どの作品も個性が全く違う。作品を楽しみに来てもらい、一作一作をじっくりと楽しんでほしい」と期待。公開された作品に刺激を受け、「新たなことに挑戦したり、趣味を見つけてもらえたら。そして、ぜひ展示してみましょう」と、輪の広がりを待つ。
 
制作者、鑑賞者がつながる場としての可能性に期待が高まる

制作者、鑑賞者がつながる場としての可能性に期待が高まる

 
 出品は原則釜石在住の個人、芸術文化団体に所属する人が対象。今後、市の広報紙などで募集する予定だ。同美術館には文化芸術に関する催しのチラシなどを配置する情報コーナーも用意。作品公募の案内も置くことにしており、「鑑賞がてらチェックを」と呼びかける。

parkseiso01

釜石祈りのパーク 心を込めて清掃 鵜住居地区の住民、中学生ら≪東日本大震災14年≫

芳名板を磨く釜石東中の生徒=3月7日、釜石祈りのパーク

芳名板を磨く釜石東中の生徒=3月7日、釜石祈りのパーク

 
 東日本大震災から14年、より強く大切な人を思う―。祈りが続く3月11日を前に、釜石市民の慰霊追悼施設「釜石祈りのパーク」(釜石市鵜住居町)で7日、清掃作業が行われた。訪れる人たちに落ち着いた気持ちで手を合わせてもらおうと地域住民らが継続する活動に、釜石東中(佃拓生校長、生徒84人)の3年生31人が協力。「地域の一員として受け継いでいく役目がある」と、布を持つ手に力を込めた。
 
 生徒のほか、地域住民15人ほどが参加。市内全域の震災犠牲者1064人(関連死を含む)のうち1003人の芳名板や防災市民憲章碑などが設置されており、参加者が丁寧に布で拭いた。高圧洗浄機などを使って石畳もしっかりと洗浄し、景観を整えた。
 
「地域の一員」として清掃活動に取り組む釜石東中3年生

「地域の一員」として清掃活動に取り組む釜石東中3年生

 
住民と協力して防災市民憲章碑もしっかりと磨く

住民と協力して防災市民憲章碑もしっかりと磨く

 
鵜住居地区防災センター跡地に整備されたことを示す碑もきれいに

鵜住居地区防災センター跡地に整備されたことを示す碑もきれいに

 
 野沢晄真さんは「3.11を特別な思いで迎える人たちが過ごす場所だから」と真剣な表情で取り組んだ。震災当時は幼かったため「覚えていない」という生徒が多く、小笠原早紀さんは「普通の日常が送れることに感謝して過ごしたい」と向き合う。野沢さんは岩手県外へ、小笠原さんは釜石市内の高校へ進学予定。それぞれの道を歩むも、地域に根づく防災を学びながら住まう人たちの思いを感じてきた2人は「いつまでも忘れない。地域の一員として受け継ぐのが役目で、いろんなことをより深く学び、次の世代に伝えられるようにしたい」と、思いは同じだ。
 
 作業後、生徒たちは施設前に並び、「いつかこの海をこえて」を合唱。被災を経験した同校生の思いを歌にした曲に、「希望ある未来に向かう」との決意を乗せた。
 
祈りのパーク前で思いを一つに合唱。「希望の道を進もう」

祈りのパーク前で思いを一つに合唱。「希望の道を進もう」

 
 毎年参加している両川吉男さん(79)は津波で姉2人を亡くした。活動の前に墓参りし、「こっちは元気でいるよ」と伝えてきた。面倒見がよく、「世話されっぱなし」だった。もっと何かやってあげれば、会いにくればよかった…「申し訳ない」。3.11が近づくと、より強く思う。「14年経とうとも気持ちは変わらない」。少し離れた場所から芳名板を見つめつぶやいた。

shimingekijyo01

甲子大畑「不動の滝」で描く幻想ストーリー 第38回釜石市民劇場450人が楽しむ 

第38回釜石市民劇場 大畑・不動の滝「女神と木伐(きこ)る男」伝奇=2月23日、TETTO

第38回釜石市民劇場 大畑・不動の滝「女神と木伐(きこ)る男」伝奇=2月23日、TETTO

 
 第38回釜石市民劇場(実行委主催)は2月23日、同市大町の市民ホールTETTOで上演された。豊かな自然に囲まれた甲子・大畑の名勝「不動の滝」で繰り広げる創作劇。そこに生きる村人たちに起こる不思議な出来事を通して、人の心のありよう、家族の絆などを描いた。午前と午後の2回公演に約450人が来場し、市民手作りの舞台劇を楽しんだ。
 
 物語の舞台は明治初期の甲子村。釜石村鈴子に製鉄所が稼働し、山あいの村では燃料の木炭を供給するため、村人が炭焼きに精を出していた。ある日、炭焼き人の良吉は地元民の憩いの場「不動の滝」周辺の清掃に出かける。枝払いをしていた時、誤って鉈(なた)を滝つぼに落としてしまう。困惑していると、滝から黄金色の斧を持った水神様が現れる。女神の問いかけに、自分の物ではないと正直に答える良吉。その様子を物陰から見ていた村人の武三は欲に駆られて…。
 
主人公の良吉(右)は妻と娘、村人たちと平穏に暮らしていた

主人公の良吉(右)は妻と娘、村人たちと平穏に暮らしていた

 
滝つぼにわざと斧(おの)を投げ入れ、女神から黄金の斧をもらおうと嘘を重ねる武三(左)

滝つぼにわざと斧(おの)を投げ入れ、女神から黄金の斧をもらおうと嘘を重ねる武三(左)

 
炭焼きの先輩作治(左上写真右)から助言をもらい、10日ほどの山ごもりに意気揚々の良吉

炭焼きの先輩作治(左上写真右)から助言をもらい、10日ほどの山ごもりに意気揚々の良吉

 
 イソップ寓話的な導入部から始まる物語は同実行委の久保秀俊会長(76)が創作。想像される当時の村人の暮らし、自然への敬意を非現実の出来事と絡め、人生訓や助け合いの精神、家族の絆などを描いた。子どもから老人まで各登場人物のキャラクターをキャスト15人が演じ分け、物語が進んだ。
 
 滝での出来事を機に災難に見舞われる武三。炭焼き作業に出かけたまま、行方不明になってしまう良吉。心配して探し回る村人に武三は滝で起こったことを正直に話す。心労で床に伏していた良吉の妻みゑは武三の話を聞き、いちるの望みをかけ、滝の祠にお百度参りを繰り返す。行方不明から1年後…。滝に来ていたみゑの目の前に夫良吉が突然現れる。滝の女神の褒美で1日だけ竜宮御殿に招かれていたという良吉。摩訶不思議な出来事に村人たちも騒然となるも、親子3人の再会を喜び合い、クライマックスを迎える。
 
滝の女神の怒りをかい、災いが降り懸かり倒れ込む武三。驚いた村人が駆け寄る

滝の女神の怒りをかい、災いが降り懸かり倒れ込む武三。驚いた村人が駆け寄る

 
山に入った良吉がいなくなったと告げる作治(左)に詰め寄る娘モモ(中央)と妻みゑ(右)

山に入った良吉がいなくなったと告げる作治(左)に詰め寄る娘モモ(中央)と妻みゑ(右)

 
写真左:滝での出来事を作治に告白する武三(左) 同右:夫の無事を願い、滝の祠にお百度参りを続けるみゑ

写真左:滝での出来事を作治に告白する武三(左) 同右:夫の無事を願い、滝の祠にお百度参りを続けるみゑ

 
写真上:行方不明から1年後、妻の前に姿を現す良吉。驚きと混乱のみゑ 同下:良吉を見て村の子どもたちも騒然

写真上:行方不明から1年後、妻の前に姿を現す良吉。驚きと混乱のみゑ 同下:良吉を見て村の子どもたちも騒然

 
 会場には幅広い年代の観客が足を運び、市民の手作り舞台を楽しんだ。同市中妻町の女性(73)は「子どもたちの演技がよくできていた」と称賛。同劇場には、ほぼ毎年足を運んでいて、「職業も年代もばらばらの人たちが劇を通して、横のつながりを広げていけるのはとてもいいこと」と話した。大槌町の久保晴陽さん(9)は「神様が出てくるところが面白かった。自分も劇をやってみたい」と興味をそそられた様子。妹と弟3人が出演した青山萌華さん(17)は「昨年よりも声が出ていて、演技もうまくなっていた」と頑張りをたたえた。自身も昨年までスタッフとして参加。今回は観客側の目線も体験し、新たな発見もあったよう。
 
3姉弟で参加した(左から)女神役の青山凜々華さん、荷馬車業一家の子ども役の涼華さん、一樹さん

3姉弟で参加した(左から)女神役の青山凜々華さん、荷馬車業一家の子ども役の涼華さん、一樹さん

 
 今回出演した15人中4人は釜石高の生徒。初挑戦の前見琉綺亜さん(16)は同校音楽部に所属し、「部活が終わってからの劇の稽古で両立が大変だった」と明かしつつ、荷馬車業一家の面倒見の良い姉役を役作りし演じ切った。観客の反応も舞台上で感じ、「笑ったり、悲しい場面に共感している様子を見て、ちゃんと伝わっているんだとうれしくなった」と演劇の醍醐味を感じていた。
 
釜石市民劇場初出演の前見琉綺亜さん(左)と及川蒼太さん(右)

釜石市民劇場初出演の前見琉綺亜さん(左)と及川蒼太さん(右)

 
 大人では唯一の初出演となった及川蒼太さん(25)は、13~14歳設定の子ども役に挑戦。1月後半からの立ち稽古で「セリフと動きを合わせるのに苦労した」というが、本番では「大勢の人の前で演技するのは新鮮で面白かった」と舞台特有の空間を楽しんだ様子。最初の緊張もすぐにほぐれたようで、「いい思い出になった」と貴重な経験に笑顔を見せた。
 
 出演者最年長の両川吉男さん(79)は約20年ぶりに舞台復帰。久保会長から懇願され決断したが、「年を取るとセリフが出てこなくてね。プレッシャーで眠れない日も…。若い人たちに支えてもらって何とかやり遂げられた」と感謝。苦労は多かったが、「孫のようなめんこい子どもたちが『じいちゃん、じいちゃん』って慕ってくれて。今日は地元の茶飲み仲間も見に来てくれてうれしかった」と目尻を下げた。宮古市から駆け付けた長男英寿さん(43)は「父はみんなについていくのが大変だったと思うが、最後まで演じ切れて良かった」と拍手を送った。
 
久しぶりのキャスト両川吉男さん(左から2人目)も熱演。市民劇場にはスタッフとしても関わっていた

久しぶりのキャスト両川吉男さん(左から2人目)も熱演。市民劇場にはスタッフとしても関わっていた

 
 釜石市民劇場は1986(昭和61)年度に、当時の釜石市民文化会館自主事業としてスタート。2003(平成15)年度から実行委員会が実施主体となり、年1回の公演を続ける。東日本大震災で会場の同会館が被災した後は、釜石駅前にあったテント施設、シープラザ遊で公演。現市民ホール完成後の2018(平成30)年度から同ホール公演が実現した。
 
終演後、舞台あいさつをするキャスト、スタッフら。主人公良吉役の菊池圭悟さん(写真左上)が観客と関係者にお礼の言葉を述べた

終演後、舞台あいさつをするキャスト、スタッフら。主人公良吉役の菊池圭悟さん(写真左上)が観客と関係者にお礼の言葉を述べた

 
笑顔で観客をお見送り。改めて来場への感謝の気持ちを伝えた

笑顔で観客をお見送り。改めて来場への感謝の気持ちを伝えた

kogawa01

釜石の郷土芸能・小川しし踊り 保存会、いわてユネスコ教育賞 小学校での伝承活動を評価

小野共市長(中)に受賞を報告した小川しし踊り保存会メンバー

小野共市長(中)に受賞を報告した小川しし踊り保存会メンバー

 
 釜石市の小川しし踊り保存会(佐々木義一会長)はこのほど、岩手県ユネスコ連絡協議会(三田地宣子会長)が主催する第29回いわてユネスコ賞の教育賞を受賞した。同保存会が長年続けている子どもたちへの伝承指導が評価されたもの。2月26日、佐々木会長と顧問の佐々木佳津子さんが小野共市長に喜びを報告し、活動継続への深まる気持ちを伝えた。
 
 いわてユネスコ賞は文化や教育分野などで模範的な活動を行っている児童生徒、教育関係者らをたたえるもの。県内各地の学校やユネスコ協会などから推薦があったものを同協議会で選考。本年度は科学、文化、活動奨励、教育の4分野で合わせて10団体の受賞を決めた。昨年10月に発表し、それぞれ賞状などが伝達された。
 
 同保存会が伝承する「小川しし踊り」(釜石市指定無形民俗文化財)は、遠野郷上郷村火尻(森の下)集落に伝えられている鹿踊が起源とされる。明治15~16年ごろ、小川地区から派遣された3人の若者が習得、持ち帰ったものを地域ぐるみで守ってきた。優雅な群舞であり、時に野に遊ぶシカたちの姿を表し軽快に舞うのが特徴。小川地区にある千晩神社の例大祭で奉納したり、釜石まつりでは釜石製鉄所山神社のみこしに付き従い、舞を披露している。
 
小川しし踊りや保存会の活動に関する資料

小川しし踊りや保存会の活動に関する資料

 
 会の発足は1955(昭和30)年。郷土芸能の後継者育成を目的に、70年代後半から旧小川小で伝承指導活動を始めた。2005年に小佐野小と統合。その時に小佐野小では、小川小の伝統を引き継ごうと伝承活動委員会、特設クラブを設け、学習発表会や地域の交流イベントで演舞を披露してきた。現在、委員会などはなくなったが、授業に取り入れ高学年が継承。17年から運動会のプログラムとしても組み込まれている。こうした50年近く続く取り組みが認められ、児童生徒が行う活動の指導者らが対象の教育賞に選ばれた。
 
 この日、市役所を訪れた佐々木会長は「(受賞は)驚いたが、うれしい。次の世代に引き継ぐのが役目で、今の形を続けていきたい。郷土芸能に触れることは社会勉強にもなり、いい機会だと思う。子どもたちは指導する大人を見ていて、懸命に教えれば応えてくれる。しっかりしようと気も引き締まる。しし(踊り)は本当にいい」と笑顔を見せた。
 
受賞の喜びを報告する佐々木義一会長(左)と佐々木佳津子さん

受賞の喜びを報告する佐々木義一会長(左)と佐々木佳津子さん

 
市長らにユネスコ教育賞の賞状や盾を披露した

市長らにユネスコ教育賞の賞状や盾を披露した

 
 小野市長は「伝承活動を通じて子どもたちが地域を知る貴重な機会になっていると感じる。郷土愛、地域への愛着を生む取り組みを続けてほしい」と期待した。
 
 報告を終えた佐々木会長は小佐野小へ。卒業する6年生に代わり、新たに受け継ぐ4、5年生に改めてしし踊りの歴史や保存会の活動を紹介、演舞の指導も行った。

tetsurekishi01

釜石で洋式高炉操業成功 大島高任の知識はどこから? 鉄の歴史館・小野寺英輝名誉館長が講演

講演した鉄の歴史館名誉館長の小野寺英輝さん(岩手大理工学部准教授)

講演した鉄の歴史館名誉館長の小野寺英輝さん(岩手大理工学部准教授)

 
 釜石市立鉄の歴史館の名誉館長を務める小野寺英輝さん(岩手大理工学部准教授)の講演会が15日、同市大平町の同館で開かれた。2019年の就任以降、年1回実施する同館主催事業。今回は「教育面から見た大島高任」と題し、釜石で鉄鉱石が原料の洋式高炉による鉄づくりに成功した大島の学びの軌跡にスポットを当てた。市民ら22人が聴講した。
 
 1857(安政4)年、盛岡藩甲子村大橋(現釜石市甲子町同)に洋式高炉を築造し、日本初の鉄鉱石を原料とした連続出銑に成功した大島高任(1826-1901)。後に“近代製鉄の父”と称される大島は、全国の主要鉱山の開発も手掛け、日本鉱業界の第一人者としても知られる。その活躍の裏にあるのが、各地に出向いて得た豊富な知識。小野寺さんはその遊学の歩みについて解説した。
 
10代から学びを深め、日本鉱業界に数々の足跡を残した大島高任

10代から学びを深め、日本鉱業界に数々の足跡を残した大島高任

 
 盛岡生まれの大島は藩校「明義堂」で学んだ後、医学修行のため17歳で江戸に留学。オランダ医学やオランダ語、西洋史、兵学、宗教学に精通した箕作阮甫(みつくりげんぽ)に入門、医学は坪井信道にも教わった。一度、盛岡に戻ったが、砲術の習得を命じられ1846年に長崎へ。砲術の大家・高島秋帆の子息浅五郎に学び、発砲の免許皆伝を受けたとされる。3年後、長崎から大坂(大阪)に向かい、緒方洪庵の適塾(西洋医学、オランダ語)で1年ほど学んだ。滞在中、依頼を受け大砲の鋳造を指導。帰藩後、「西洋操銃編」などの冊子を作った。大島唯一の著作物とされる。
 
大島は20代前半に長崎で砲術を学び、免許皆伝を受ける

大島は20代前半に長崎で砲術を学び、免許皆伝を受ける

 
大坂(大阪)から帰藩後、再び江戸へ。伊東玄朴に師事する

大坂(大阪)から帰藩後、再び江戸へ。伊東玄朴に師事する

 
 1852年、西洋砲術研究のため再び江戸へ。入門した伊東玄朴は、オランダ人技師ヒュゲーニンが執筆した大砲鋳造法や高炉技術についての書物を翻訳した一人。小野寺さんは「ヒュゲーニンの著書を翻訳したもののうち、主要な3つ全てに大島が関わっている。本を読むだけでなく、訳した人からも話を聞ける環境にあった」とした。
 
 大島は長崎などで共に学んだ仲間らと水戸藩那珂湊の反射炉建設に従事。1856年、鉄製大砲の鋳造に成功したが、従来の砂鉄原料によるたたら銑では強度に問題があったため、磁鉄鉱を用いる洋式高炉の建設に乗り出した。翌57年、良質な鉄鉱石が産出される釜石・大橋に高炉を築造。国内で初めて連続出銑に成功した。
 
大島はヒュゲーニンの著書を翻訳した「鐵熕鋳鑑(てっこうちゅうかん)」を参考に釜石・大橋の洋式高炉を造ったとされる

大島はヒュゲーニンの著書を翻訳した「鐵熕鋳鑑(てっこうちゅうかん)」を参考に釜石・大橋の洋式高炉を造ったとされる

 
 1862年、江戸幕府が洋書翻訳と洋学研究、教育のために設立した「蕃書調所(ばんしょしらべしょ)」の出役教授となり、新設された製錬学を担当。幕府お雇いの米国人技師パンペリー、ブレークらと蝦夷地(北海道)の炭鉱調査に行き、発破技術も学んだ。時を同じくして、医学と洋学教育を行う私塾「日新堂」を盛岡に設立。藩校・明義堂は武士のみの入校だったが、日新堂は町人も受け入れた。当時の日本の就学率は60~80%(米、仏は30%)。寺子屋は6歳ごろから通え、さらに勉強したい人は私塾に進んだ。大島はパンペリーが箱館(函館)に設立した坑師学校(鉱山技術者養成)にも関わっていたとみられる。
 
 この後も尾去沢、小坂鉱山などの開発に着手。明治に入ると新政府の鉱山権正(鉱山局次長)、大学大助教(筆頭助教授)に任じられ、岩倉使節団に随行。米国や欧州を歴訪し、ドイツのフライベルク鉱山学校も視察した。帰国後の1874年、官営製鉄所の立地調査で釜石を訪れるが、大島の計画案は採用されなかった。後に阿仁銀山や佐渡金山など全国の主要鉱山の開発に尽力し、日本鉱業会の初代会長となった。
 
鉄の歴史館で開かれた名誉館長講演会。来場者は興味深い話に聞き入った

鉄の歴史館で開かれた名誉館長講演会。来場者は興味深い話に聞き入った

 
 小野寺さんによると、大島の若年時の行動が分かるのは自身が書いた精書履歴(履歴書文案)しかないが、履歴には各地の遊学の記述があり、師事した人物と時代から知識獲得の流れが読み取れる。「日本への西洋技術導入は蘭学から。江戸時代の外国語はオランダ語がメインで、多くの蘭書が日本語に翻訳された。大島高任が釜石で高炉を造る時に参考にしたのもオランダのヒュゲーニンの本」と小野寺さん。江戸時代の日本には海外新聞も入ってきていて、翻訳や手彫り印刷などで時間はかかったものの、世界情勢も知ることができた。大島は外国船の入港で海外の製品や技術、情報がもたらされる中で学びを深めていったと考えられる。

artfes01

みんなで体験!多彩な岩手の芸術文化 釜石でフェスタ 伝統から現代まで「魅力、再発見」

見て、聴いて、触れてやってみる企画満載の芸術体験フェスタ

見て、聴いて、触れてやってみる企画満載の芸術体験フェスタ

 
 芸術体験フェスタin釜石・大槌は18、19の両日、釜石市大町の市民ホールTETTOで開かれた。県内各地の文化芸術団体や個人が歌、踊りなど多彩なステージで観客を魅了した。見て、聴いて、触れて、やってみる―。さまざまな体験企画も用意され、来場者が思い思いに楽しんだ。
 
 フェスタは第77回岩手芸術祭の関連企画で、県が主催し、県芸術文化協会が運営を担当した。釜石、大槌の2市町と両市町芸術文化協会、TETTOとの共催。岩手芸術祭美術展と小中学校美術展で入賞した作品が17日から3日間展示された。
 
 18日は舞台公演が行われた。釜石市合唱協会による「岩手県民の歌」で幕開け。県央・沿岸地区で活動する小柳玲子バレエ教室の生徒ら8人による可憐でしなやかな舞、「チャグチャグ馬コ」や「わんこそば」といった岩手の風物を情緒豊かに舞踊化した県邦舞協会のステージと続いた。民謡を歌い継ぐ大槌一心会の若手3人は伸びやかな歌声を披露。盛岡市の団体によるスピード感あふれるチアダンス、切れ味のあるジャズダンス、心あたたまるフルート演奏などもあった。
 
artfes01

華麗な踊りを披露した小柳玲子バレエ教室の生徒

 
artfes01

岩手県邦舞協会は地域の魅力を詰め込んだ演目を見せた

 
 県内各地の郷土芸能を楽しめる機会に観客は興味津々。「浦浜念仏剣舞」(県指定無形民俗文化財)は大船渡市三陸町浦浜地区に伝えられている念仏踊りで、鎮魂を思わせる静かな舞に多くの視線が注がれた。岩泉高郷土芸能同好会の生徒約20人は岩泉町小本地区で五穀豊穣(ほうじょう)などを祈り舞われてきた「中野七頭舞」を披露。「先打ち」「薙刀(なぎなた)」など7種類の道具を手に、農民の営みを軽快なおはやし、躍動的な踊りで表現した。
 
 「杵(きね)」を持ち、収穫の喜びを体現した岩泉高2年の外舘愛美さん(同会副部長)は「笑顔で踊るので、その楽しさが伝わったらうれしい」と頬を緩めた。他の部活動との掛け持ちで参加する生徒が多く、練習は週3回。「知っている人がいなくなると歴史が途切れる。絶やさないよう、いろんな人に興味を持ってもらえるよう活動していきたい」と伝承への気持ちを強めた。
 
artfes01

息ぴったりな岩泉高郷土芸能同好会の「中野七頭舞」

 
artfes01

透き通った歌声を響かせたキッズコーラスあぐどまめ

 
 地元釜石からは鼓舞櫻会(桜舞太鼓)が出演。会所属の新舞踊グループ「桜華颶美(はなぐみ)」とにぎやかなステージを繰り広げ、会場を沸かせた。「うまく踊れた」と満足げな久保樹李さん(唐丹小6年)は、キッズコーラスあぐどまめ(大槌町)のメンバーとしてもステージに立った。「歌も踊りも楽しい。決めるところでしっかり動きを止める、かっこいい踊りができるようになりたい。聞いている人に気持ちが伝わるように歌いたい」と背筋をピンと伸ばした。
 
 19日は体験イベント。川柳や俳句、水墨画、脳活書道、茶道、パステル画、クラシックギター、鹿子踊(ししおどり)など20種類以上のプログラムがあった。マクラメ編みのブレスレットづくり、機織り機を使った「さをり織り」体験は女性たちに人気。和太鼓など伝統芸能は親子連れが楽しんだ。
 
機織り機を使った「さをり織り」体験に熱中する女性

機織り機を使った「さをり織り」体験に熱中する女性

 
artfes01

「好きな曲を自分で奏でたい」とギター演奏に挑戦

 
臼澤鹿子踊を体験する子ども。頭をつけて踊ってみた

臼澤鹿子踊を体験する子ども。頭をつけて踊ってみた

 
 生け花に触れた勝又愛さん(10)は、ハランやスイトピーなど花材をバランスよく配置し、「みんな仲良し」と出来栄えに大満足。大正琴や短歌などを体験した80代女性は「いろんなものを習得している人たちの活動を知ることができた。続けてやってみようかと思うものもあった。いくつになっても始められるし、やればできる。楽しい道を求めていきたい」と元気に笑った。
 
箏を弾く楽しさを伝えた岩手三曲協会釜石支部メンバー

箏を弾く楽しさを伝えた岩手三曲協会釜石支部メンバー

 
 箏(こと)に触れる機会を提供したのは、岩手三曲協会釜石支部。名取を含めた7人が遊びながら弾く、音を出す楽しさを伝えた。親子で連弾を楽しむ姿もあったといい、「いい宣伝になったと思う。音をつくる面白さを感じてもらえたかな」と事務局の紺野節子さん。敷居が高いと思われがちだとし、「時代に合わせて進化させていかなければ」と話した。最近は地域の小中学校などで出前授業を実施。「気軽に触れてもらえるようにしたい」と、仲間と継続への思いを共有した。
 
スポーツ雪合戦の体験会。子どもたちが熱戦を繰り広げた

スポーツ雪合戦の体験会。子どもたちが熱戦を繰り広げた

 
 TETTO前広場ではスポーツ雪合戦の体験会(18日)も開かれた。7人一組のチームに分かれ、相手チームに雪玉を当てて全滅させるか、チームフラッグを奪えば勝ちという競技。国際大会ジュニアの部で優勝経験を持つ小中学生チーム「ウル虎ジュニア釜石」のメンバーがデモンストレーション。市民が白熱する競技を興味深そうに見つめた。
 
ひょっこり顔出し⁉防護壁にはりついて接近戦に挑む子ども

ひょっこり顔出し⁉防護壁にはりついて接近戦に挑む子ども

 
 体験では、お手玉のような室内競技用の専用球を使った。初体験の菅原一慧君(釜石小1年)は「ボールを投げるのが楽しかった。またやってみたい」と面白さを体感。チームメンバーの髙木琉之介君(双葉小3年)は「試合で勝つのが楽しい。仲間が増えたらうれしい。一緒にやろう」と誘っていた。
 
 釜石芸文協の河東眞澄会長は「多様な体験をきっかけに興味、面白いものを発見してもらえたら。それが趣味になり、生きがい、仲間づくりにつながればいい」と期待した。

tsunacon01

「また聞けてうれしい」 釜石の“第九” 合唱協会 継承模索の一歩を市民ら歓迎 歌の力再び

釜石市合唱協会が開いた演奏会でベートーベンの「第九」を歌い上げる参加者

釜石市合唱協会が開いた演奏会でベートーベンの「第九」を歌い上げる参加者

 
 釜石に「歓喜の歌」再び…。昨年、45年の歴史に終止符を打った年末恒例の演奏会「かまいしの第九」を合唱メインで歌い継ぐ初の試みが行われた。「釜石の合唱文化を絶やすまい―」と、釜石市合唱協会(柿崎昌源会長、3団体)が企画した合同演奏会「つなコン」。訪れた観客からは「形は変わっても第九を聞けるのはうれしい」と歓迎の声が聞かれ、同市に根付く“第九愛”を改めて感じさせた。継承への一歩を踏み出した協会は、本演奏会を基に未来につなぐ形を模索する。
 
 「つながろう・つなげよう・絆のコンサート」(つなコン)と銘打った同演奏会は15日、市民ホールTETTOで開かれた。4部構成のステージ。1~3部では協会員が混声合唱による聖歌や賛歌、女声合唱による組曲など全9曲を歌い上げた。賛助出演として釜石高音楽部も歌声を披露。部員7人がアカペラを交え、3曲を聞かせた。
 
合唱協会初の合同演奏会には約230人が来場。開場前から長蛇の列ができた

合唱協会初の合同演奏会には約230人が来場。開場前から長蛇の列ができた

 
賛助出演した釜石高音楽部。若さあふれる美しいハーモニーで観客を魅了した

賛助出演した釜石高音楽部。若さあふれる美しいハーモニーで観客を魅了した

 
市内の合唱団体会員による混声合唱「ケヤキ」。釜石出身で、盛岡などで合唱指導を行う小濱和子さんが指揮した

市内の合唱団体会員による混声合唱「ケヤキ」。釜石出身で、盛岡などで合唱指導を行う小濱和子さんが指揮した

 
 4部が、つなごう「かまいしの第九」と題したステージ。ベートーベンの交響曲第9番(1~4楽章)のうち、合唱が入る第4楽章を抜粋した形で演奏した。合唱メンバーは協会員を中心に地元在住、ゆかりの48人。メンバーの中から男女6人がソリストを務めた。オーケストラは釜石市民吹奏楽団の団員ら有志20人が担当。管楽器主体の編成で演奏した。合唱、楽器演奏ともに、これまでの半分以下の規模となったが、メンバーが心を一つに奏でる第九は変わらず顕在。長年の演奏会で培われた堂々の歌声、新たな編成で魅力を放つオケの音色が相まって感動のフィナーレを迎えた。
 
「かまいしの第九」に参加してきたバス小澤一郎さん(右)、テノール大和田宏明さんはソリストの大役を務めた

「かまいしの第九」に参加してきたバス小澤一郎さん(右)、テノール大和田宏明さんはソリストの大役を務めた

 
第九を歌える喜びを胸に仲間と声を重ねる参加者(前列男女6人がソリスト)

第九を歌える喜びを胸に仲間と声を重ねる参加者(前列男女6人がソリスト)

 
市民吹奏楽団団員と釜石ゆかりの弦楽器奏者で編成したオーケストラ。ピアノは釜石の合唱団体の活動を支える高橋伊緒さん

市民吹奏楽団団員と釜石ゆかりの弦楽器奏者で編成したオーケストラ。ピアノは釜石の合唱団体の活動を支える高橋伊緒さん

 
 毎年、かまいしの第九を聞いてきたという市内の65歳女性は「(規模は縮小されたが)想像していた以上に素晴らしい演奏で感動した。第九はみんなで喜びを分かち合い、『これからまた頑張るぞ』という気持ちにさせてくれる。年末に聞けるのはやっぱりうれしい」と笑顔。大槌町の鈴木英彦さん(67)も「昨年、終了と聞いて寂しく思っていたが、こういう形で復帰というか、聞けたのは大きな喜び。楽器も小編成ながら聞き応えがあった。いろいろ苦労もあるだろうが、高校生の合唱応援などもいただいて何とか続いてくれるといい」と願った。
 
 「かまいしの第九」は地元の合唱愛好者のほか、市外から招くプロのオーケストラや声楽家の出演を得て発展を遂げ、長年にわたり釜石の音楽文化をけん引してきた。しかし、人口減少や少子高齢化、市内経済の低迷など時代変化を背景に、資金確保や運営体制の維持が困難となり、実行委は昨年の演奏会をもって終了を決断した。
 
 今年に入り、「釜石の合唱活動の原点となった第九をこのまま絶やしたくない。形を変えて継続できないか」と、同合唱協会が歌い継ぐ方法を模索。協会の合同演奏会という新たな枠組みでの第九演奏を発案した。地元の市民吹奏楽団にも協力を呼び掛けたところ、賛同する仲間が集結。7月から本格練習を重ね、例年通りの年末の第九演奏が実現した。
 
最後は観客と第6コーラス(歓喜の歌)を大合唱。釜石の第九演奏会恒例のフィナーレ。指揮者の小原一穂さん(写真右上)は釜石の演奏会で長年ソリストを務めてきた

最後は観客と第6コーラス(歓喜の歌)を大合唱。釜石の第九演奏会恒例のフィナーレ。指揮者の小原一穂さん(写真右上)は釜石の演奏会で長年ソリストを務めてきた

 
釜石での第九演奏継続への一歩となった演奏会。今後、合唱仲間が増えることを願う

釜石での第九演奏継続への一歩となった演奏会。今後、合唱仲間が増えることを願う

 
 テノールのソリストを務めた大船渡市の大和田宏明さん(53)は、釜石の第九演奏会に10数年参加。昨年まで練習で担当していたソロパートを初めて観客の前で歌った。「一生に一度と思って頑張った。喉が痛いです」と照れ笑い。再び第九を歌える機会が得られたことに喜びを感じ、「この曲はどこまでも挑戦し続けられる面白さがある。形は何であれ、みんなで歌っていければ…釜石の第九は不滅です」と継続への思いを込めた。
 
 昨年まで第九合唱のメンバーとして参加してきた釜石高音楽部。今回は自分たちの発表後、客席最前列で聞く側として演奏を堪能した。前見琉綺亜部長(2年)は「祖母も第九を歌っていた。これまで演奏会が続いてきたのは需要があってのことだと思うし、やはりなくすべきではない」と実感。「私たち世代が受け継ぎ、次の代につないでいければ」と願い、若年層の合唱参加の広がりに期待した。
 
 演奏会実現へ奔走した合唱協会の小澤一郎事務局長(47)は「初の試みで心配なところはあったが、最終的にこれだけの歌い手、演奏者、観客に集まっていただき、何とか成功することができた」と安堵(あんど)の表情。「形式は変われど、釜石の第九をつなげられたのは大きい。やって良かった」と手応えを感じ、今後の形をさらに検討しながら継続の道を探っていく考えを示した。

shogifes01

発信!将棋の魅力 釜石でフェス 地元出身・小山怜央四段ら、子どもたちと触れ合い

shogifes01

「将棋フェスティバルin釜石」に参加した小山怜央四段(右)

 
 釜石市出身で、岩手県初の将棋のプロ棋士となった小山怜央四段(31)。今夏、フリークラスから順位戦C級2組への昇級を決めた。飛躍を続ける地域の星を応援しようと、市民らが棋士と交流する「将棋フェスティバル」を企画。愛棋家や子どもたちと触れ合った小山四段は「釜石に関するいいニュースの発信源になれるよう頑張りたい」と意気込みを見せた。
 
 イベントは8日、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。岩手日報釜石広華会(新里進会長、25会員)、岩手日報社が主催。小山四段、渡辺明九段(40)、本田小百合女流三段(46)を招き、市内外のファンら約200人が集結。憧れの棋士との指導対局やトークを楽しんだ。
 
shogifes01

小山四段、渡辺明九段、本田小百合女流三段によるトークショー

 
 トークショーは、釜石出身のフリーアナウンサー佐野よりこさんが進行役を担当。棋士3人はそれぞれの将棋にまつわる経験や印象に残る対局について語った。将棋界における人工知能(AI)の活用について、渡辺九段は「誰もが使うようになって、むちゃくちゃ大変になった。AIで研究しようと思えば終わりがない。時間がいっぱいあった5、6年前に戻りたい」と苦笑い。本田女流三段は「AIは研究には欠かせない存在」とし、小山四段も「研究すべき視点が明確になった。『これを習得できた』みたいな実感を得られる」と恩恵があることを明かした。
 
 特に注目されたのは「どうやったら強くなれるのか」という質問。渡辺九段が「普段から『分からない』と答えている」と明かすと、本田女流三段が「それを生で聞けた」と返し、和やかな笑いを誘った。そして、「得意戦法を持つことや、詰将棋(つめしょうぎ)をやるのがいい。終盤力を鍛えるのに役立つ」とアドバイス。小山四段は「自分の体験と重なる部分が多い」と同調した。
 
shogifes01

憧れの棋士たちのトークや抽選会をファンらが楽しんだ

 
 また、将棋の普及に関して渡辺九段は「地域にある教室や指導者の存在が大きいが、それがない地域もあるので課題だと思う」と指摘。本田女流三段は「学校教育とかで取り入れてもらえると、初心者や子どもたちにも将棋の楽しさを伝わる」と伝統文化としての魅力の浸透に期待を込めた。
 
shogifes01

子どもたちを相手に対局する「多面指しぐるぐる将棋」

 
 イベント終盤では、棋士3人が小中高生約20人と一斉に戦う「多面指しぐるぐる将棋」が行われた。紫波町から参加した小学6年生の櫻田大貴さんは「すごい人たちと指すことができて楽しかった。感想戦では褒めてもらってうれしい。こつこつ勉強を続けて強くなって、小山四段のように棋士の道を進んでいけたら」と夢を膨らませた。
 
 将棋ファンの大人たちは、受ける棋士の手に視線が集中。地元の佐々木信孝さん(74)、鈴木守義さん(80)は「子どもたちもなかなかの腕前、強い」と“見る将”を満喫した。小山四段の活躍に注目していて、「これからも上がっていくのを期待している」と応援を続ける構えだ。
 
shogifes01

プロ棋士と子どもたちのやり取りに熱視線を送る大人たち

 
shogifes01

盤面に鋭い視線を送り、思考し、繰り広げられる真剣勝負。決すと笑顔も

 
 将棋フェスは、釜石が持つ文化的魅力と将棋界の発展をつなぐ意義深い催しとなった。主催者の新里会長(66)は「小山四段の存在がきっかけとなった。プロ棋士との交流で刺激を受け、将棋人口が増えれば」と願った。
 
shogifes01

名棋士を囲んで記念写真に収まる子どもたち

 

小山四段 市長に昇級報告「常に、いいニュースを」

 
 小山四段は翌9日、父・敏昭さん、母・聖子さん、日本将棋連盟釜石支部長の土橋吉孝さんとともに市役所を訪れ、小野共市長に昇級を報告。「地元の期待に応えたい」と思いを伝えた。
 
shogifes01

昇級を報告するため市役所を訪れた小山四段(中)

 
shogifes01

活躍に祝意を表した小野共市長(右下写真・左)らと懇談

 
 来年度から順位戦に挑む小山四段は「長時間の対局に耐えられる体力と集中力をつけたい。どんな戦型にも対応できるよう準備し、勝率6割を目指したい」と抱負を語った。小野市長は「諦めず夢を持ち続けて取り組めば、かなう。それを体現する怜央さんは我々のスター。徹底的に応援する」とエールを送った。
 
 小山四段は7月の棋戦で谷川浩司十七世名人に勝利し、成績要件(30局以上指して勝率が6割5分以上)を満たして昇級を果たした。プロ入りから約1年半での達成に「思ったより早い」と振り返りながらも、「厳しい世界なので、現実を見据えながら頑張りたい」と気を引き締めた。
 
shogifes01

地元からの応援を力にさらなる高みを目指す小山四段

 
 地元からの応援を実感している小山四段は「常に釜石のいいニュースになるよう、一つひとつ結果を残していきたい。最近は負けが込んでいるが、しっかり頑張るので安心してください」と笑顔で決意を語った。

boat01

手づくり小型ボート、いざ進水 釜石商工高・機械科の課題研究 試行錯誤で成長実感

鵜住居川を進む小型ボート。釜石商工高生が製作した

鵜住居川を進む小型ボート。釜石商工高生が製作した

 
 釜石市大平町の釜石商工高(今野晋校長、生徒180人)の機械科3年生21人は、バイク製作やボードゲーム作りなど4つのテーマで課題研究カリキュラムに取り組んでいる。このうち、小型ボート(2人乗り)の製作に挑んだ7人が6日、同市鵜住居町の鵜住居川で出来栄えを確認。「学びや実習の経験を生かせた。楽しい」と納得の笑顔を連鎖させた。
 
課題研究で小型ボートづくりに挑戦した機械科の生徒7人

課題研究で小型ボートづくりに挑戦した機械科の生徒7人

 
 課題研究は5月に本格化。小型ボート班は、製作や運航を通じて安全に関する知識や理解を深めることも目的に、今年初めてテーマに組み込まれた。楽しいことが好きな7人が選択し、週3時間、ものづくりを通じた学びの深化に取り組んできた。
 
 ボートは発泡スチロール製。ガラス繊維で強化し、さらに繊維強化プラスチック(FRP)樹脂で固めて船体を作り、船舶用塗料で塗装した。手こぎ用にオールも作製。旋盤を使って加工し、固定する金具部分は溶接で仕上げた。製作の過程では、船体の曲げ加工や樹脂の塗布で隙間ができるなどの課題に直面。試行錯誤を重ねて完成させた。
 
 川で実運転をする一週間ほど前に、市営プールで試験運転を行った。その際、船体の下部から水が浸入するトラブルが発生。この問題を受け、塗料を3度重ね塗りし、再度運航に臨んだ。
 
進水場所を探して堤防を歩く釜石商工高の生徒ら

進水場所を探して堤防を歩く釜石商工高の生徒ら

 
 進水場所は鵜住居水門付近。初めにオールを使った手こぎで船を出した。想定通りに船が進むと、生徒らは「おー、やったー」と歓声を上げた。さらにボート用のエンジンを取り付けた運航も確認。交代で2人ずつ乗り込み、安定性や耐久性に好感触を得た。
 
期待を込めて鵜住居川に船を運ぶ生徒ら。浸水なし「よし」

期待を込めて鵜住居川に船を運ぶ生徒ら。浸水なし「よし」

 
ライフジャケットや救助用のロープを用意し安全対策もよし

ライフジャケットや救助用のロープを用意し安全対策もよし

 
エンジンを取り付けてスムーズに進むボートに「よっしゃー」

エンジンを取り付けてスムーズに進むボートに「よっしゃー」

 
 この取り組みで生徒たちは、模型作りに3次元(3D)CADを使い、ボートやオールで使うパーツの寸法を測ったり、切り抜く作業でも校内にある機械を活用。船体とオールの製作を担当する班に分かれ、進ちょくを確認しながら作業を進め、計画性とチームワークの重要性を学んだ。試験運転での問題点を本番前に修正できたことも成長につながった。
 
鵜住居水門そばでボートを走らせて成果を確認した

鵜住居水門そばでボートを走らせて成果を確認した

 
仲間と挑むものづくりの楽しさを共有した生徒たち

仲間と挑むものづくりの楽しさを共有した生徒たち

 
 リーダーの栗澤大翔さんは「実習の経験を生かしたものづくりができた。苦労もあったが、みんなで意見を出し合い、改善した結果。みんなが楽しそうに乗っていたのがうれしい」と胸を張った。地元の空気圧機器メーカーに就職が決まっていて、「技能職として力を発揮したい。仕事以外でも地域を盛り上げられたら」と未来を思い描いていた。
 
 活動を見守り、指導や助言をしてきた同科の似内拓也教諭(34)は「樹脂の固まりのでこぼこをなくすため、ひたすら削ったり、細かい作業、根気のいる作業が多かったが、粘り強く取り組んでいた。船体の表面の滑らかさ、船の浮いたバランスも良かった」と肩の力を抜いた。最後まで楽しそうな姿が印象的な7人に目を向け、「職場で粘り強く頑張ってほしい」と願った。
 
小型ボート製作に取り組んできた生徒と見守った教師ら

小型ボート製作に取り組んできた生徒と見守った教師ら

 
 今回、浮かぶ船の製作には成功したが、7人はさらなる改良の余地があると感じている。年内に科内の成果発表会があり、1、2年生に活動を紹介。「ハンドルなど船内の改装をしてほしい」などと希望を伝え、次年度以降、引き継ぎたいと名乗り出る後輩の出現を待つ。
 

tsunacon01

かまいしの第九“原点回帰”で歌い継ぐ 15日開催の合唱協会初の試み「つなコン」で

15日のコンサートに向け「第九」の合唱練習に励む参加者=8日、中妻公民館

15日のコンサートに向け「第九」の合唱練習に励む参加者=8日、中妻公民館

 
 釜石の合唱文化の原点、ベートーベンの「第九」が有志の熱い思いで歌い継がれる―。昨年12月、惜しまれながら45年の歴史に幕を下ろした「かまいしの第九」演奏会(実行委主催)。その合唱メンバーに名を連ねてきた釜石市合唱協会(柿崎昌源会長、3団体)所属の各団体会員らが、形を変えて歌い継ぐ方法を模索。新たな試みとなる協会の合同演奏会「つなコン」で、第4楽章(抜粋)を響かせることになった。演奏会は15日午後1時半から市民ホールTETTOで開かれる。
 
 「つながろう・つなげよう・絆のコンサート」と銘打った合同演奏会は4部構成。典礼聖歌などの混声合唱で幕を開け、賛助出演の釜石高音楽部の合唱、女声合唱組曲「遙かな歩み」と続き、合同演奏の「ケヤキ(合唱組曲「よかったなあ」より)」で前半を締めくくる。
 
 休憩後の第4部が「第九」のステージ。第4楽章を通常の3分の2ほどの長さにし、合唱メインの構成で届ける。合唱メンバーは約40人。これまでプロの声楽家を招待していたソリスト(独唱者)は、今回の参加メンバーから男女6人を選出。ソプラノは永田理恵さんと川畑薫さん、アルトは中野和子さん、テノールは大和田宏明さんと石田昌玄さん、バスは小澤一郎さんが務める。指揮は、かまいしの第九で昨年までソリスト(バス)を務め、合唱指導も行ってきた小原一穂さん(盛岡市)。演奏は釜石市民吹奏楽団の団員を中心とした19人で編成し、管楽器主体のミニオーケストラとなる。
 
ソリストは地元在住者を中心とした男女6人が務める。ソプラノとテノールは2人体制

ソリストは地元在住者を中心とした男女6人が務める。ソプラノとテノールは2人体制

 
釜石市民吹奏楽団の団員を中心とした有志が楽器演奏を担当

釜石市民吹奏楽団の団員を中心とした有志が楽器演奏を担当

 
 8日、中妻公民館で行われた最後の合同練習では、指揮者の小原さんの指導のもと、テンポやタイミング、強弱など細かな部分を調整。1週間後に控えた本番に向け、約2時間にわたって熱のこもった練習が続いた。
 
 ソプラノソリストの2人は「素人が出すのは難しい音域。声帯も筋肉なので、運動しながら頑張ってきた」と口をそろえ、永田さんは「この半年間、生活のほとんどが第九練習」、川畑さんは「コロナ禍前以来の参加で、声を戻すためにレッスンを受けた」と苦労を明かした。それでも第九を歌える喜びは大きく、「みんなのやりたいという気持ちが原動力。(釜石の第九演奏会を始めた)渡邊顯麿先生(故人)もきっと見ていてくれていると思う」と川畑さん。永田さんは「プロのような演奏ではないが、同じ市民目線であたたかく見守っていただければ」と本番を心待ちにする。
 
 トランペットの岡本崇子さん(44)は3回目の第九オケ参加。「弦楽器のプロが主体だったこれまでに比べ個々の負担が大きく心配もあるが、アットホームでもいいからきちんと形にして届けたい」と意欲を見せる。形を変え続く第九には「楽器が吹けなくなったら合唱で…という夢も持ち続けてきた。希望がつながった」とうれしさをのぞかせた。
 
合唱にはこれまでかまいしの第九を歌ってきたメンバーらが集う

合唱にはこれまでかまいしの第九を歌ってきたメンバーらが集う

 
小原一穂さん(写真左上)の指揮で届ける初めての第九。本番へ意欲を高める

小原一穂さん(写真左上)の指揮で届ける初めての第九。本番へ意欲を高める

 
 指揮者の小原さん(65)は、かまいしの第九のソリストを約30年務めてきた。今回の試みに「新鮮な驚きとともに、やっぱり皆さん、歌いたいんだな」と思いを受け止める。小原さんが第九演奏で指揮するのは初めて。「出演者の第九を愛する気持ちを届けられれば。昨年の演奏会終了後、観客の寂しがる声も多数あったので、『また聞けて良かった』と思ってもらえるような演奏ができれば」と本番を見据える。
 
 1978年の「かまいしの第九」スタートの礎となったのは、前年77年に釜石混声合唱団が行った釜石初の第九演奏。合唱メンバー27人、吹奏楽10人足らずの編成だったという。今回の試みは、いわば“原点回帰”。釜石の合唱文化を次世代につなぐ方策を考える中、合唱協会が中心となって「新たな一歩を踏み出せれば」と、第九を含めた合同演奏会開催を発案した。
 
 合唱協会事務局長の小澤一郎さん(47)は「コロナ禍で演奏活動が休止になった時、その後の再開には大きな労力を要した。何とか間を空けずに…と考え、有志で動き出すことにした」と開催経緯を説明。「釜石で培われた合唱をつないでいきたいというのが一番の思い。その一部が第九。来場をきっかけに、歌い継いでいく仲間が増えてほしい」と願う。
 
合唱メンバーは約40人。一人一人がこれまで培った力を発揮する

合唱メンバーは約40人。一人一人がこれまで培った力を発揮する

 
10人ほどが初めての第九演奏。経験者のアドバイスを受けながら練習に励む

10人ほどが初めての第九演奏。経験者のアドバイスを受けながら練習に励む

 
 釜石市合唱協会合同演奏会「つなコン」は15日午後1時半開演(同1時開場)。入場料は500円(未就学児無料)。プレイガイドは釜石市合唱協会、市民ホールTETTO。

matsunaga01

ボーイスカウト指導者54年 釜石市の末永正志さん(県連副連盟長) 社会教育功労で県教育表彰

県教育表彰受賞を報告した末永正志さん(左から3人目)と市幹部ら

県教育表彰受賞を報告した末永正志さん(左から3人目)と市幹部ら

 
 日本ボーイスカウト岩手連盟の副連盟長で、本県の指導者養成などに尽力してきた釜石第2団先達の末永正志さん(74)が、社会教育振興に貢献したとして県教育表彰を受けた。社会教育活動の指導者の功績で同表彰を受けるのは同市では初めて。末永さんは「ボーイスカウトそのものの活動が広く認められたようでうれしい。今後は次に続く指導者の育成にもさらに力を入れたい」と思いを強くする。
 
 本県の教育振興、文化財保護に貢献した団体や個人をたたえる同表彰は県教委が実施。毎年11月1日の「いわて教育の日」のつどいで伝達している。本年度は各分野での功績が認められ、12団体37人が表彰を受けた。盛岡市で開かれたつどいに出席した末永さんは26日、釜石市の小野共市長を訪ね、受賞を報告した。
 
これまでのボーイスカウト活動について話す末永正志さん。現在、日本ボーイスカウト岩手連盟の副連盟長を務める

これまでのボーイスカウト活動について話す末永正志さん。現在、日本ボーイスカウト岩手連盟の副連盟長を務める

 
 末永さんは小学6年時に釜石第2団の団員となり、21歳からは指導者として活動。野外活動や奉仕活動を通じて、子どもの自立心や協調性、リーダーシップなど社会で役立つ力を育んできた。40歳で日本連盟の指導者養成のためのトレーナー資格を取得。プログラム開発や各種活動のマネジメントなどに携わってきた。岩手連盟の要職も歴任。2006年からコミッショナーを4年、12年から8年間は理事長、20年から副連盟長に就任し現在に至る。
 
 岩手連盟は東日本大震災後、関係団体と連携し、被災地の子どもの傷ついた心をケアする活動を展開。2011年から年2回、釜石、大槌、大船渡3市町の小学4~6年生を滝沢市の国立岩手山青少年交流の家に招待し、キャンプや自然観察、乗馬など各種体験活動で心身の回復を図ってきた。12年からは釜石市などで「遊びの広場」を開設。被災で遊び場の減った子どもたちのために、昔遊びやボーイスカウトで行う野外活動の体験プログラムを用意し、訪れた親子らを楽しませた。
 
震災後に滝沢市で開催したグリーフケアのための「岩手しぜんとあそぼキャンプ」=写真提供:末永さん

震災後に滝沢市で開催したグリーフケアのための「岩手しぜんとあそぼキャンプ」=写真提供:末永さん

 
釜石・シープラザ遊で開いた第1回目の「遊びの広場」=2012年5月

釜石・シープラザ遊で開いた第1回目の「遊びの広場」=2012年5月

 
 末永さんは、連盟理事長を務める釜石第2団の山崎義勝団委員長(71)とともに市役所を訪問。長年にわたる青少年の健全育成活動を振り返りながら、今回の受賞について報告した。
 
 市職員として働きながらボーイスカウト活動を続けてきた末永さんは、同活動の理念“備えよ常に”に触れ、「ボーイスカウトで培ったことが市職員としての下地になったと思う。防災課長時代には小中学校の防災教育にも着手することができた。震災後の支援活動で市にも恩返しができたかな」。同活動は人と交わる楽しさも魅力といい、未来を担う子どもらに「ぜひ経験してほしい」と願った。
 
末永さんと連盟理事長を務める山崎義勝さん(右)はボーイスカウト活動の現状なども説明した

末永さんと連盟理事長を務める山崎義勝さん(右)はボーイスカウト活動の現状なども説明した

 
 「大きな課題の一つが指導者の確保」と山崎さん。少子高齢化の影響もあり、近年、担い手不足が顕著という。末永さんは「指導者の育成には時間がかかる。われわれの経験を若いリーダーに伝え、活動を広げる手助けができれば」と今後を見据える。
 
 報告を受けた小野市長は「子どもたちの健全な成長、健康増進に多大な貢献をいただいている」と感謝。学校以外での学びの多さも実感し、「今後も健康に留意し、釜石の教育、子どもたちの育成にお力添えを」と期待を込めた。