タグ別アーカイブ: 文化・教育

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歩いて確認!地域の危険箇所 命を守る手作り防災マップで共有 釜石小で発表会

釜石小で開かれた「ぼうさい安全マップ」発表会

釜石小で開かれた「ぼうさい安全マップ」発表会

 
 釜石市大渡町の釜石小(五安城正敏校長、児童62人)で10日、地震や大雨、台風などの災害ごとの危険場所をまとめた「ぼく・わたしのぼうさい安全マップ」の発表会が開かれた。通学路、遊び場など自分たちが住む地域で見つけた気になるポイントを児童同士で共有。自分の命を守る意識を高め合った。
 
 全校児童が参加。発表は6年生(11人)が中心となり、中高学年も加わった。学区内の5地区(浜町、天神・只越、大只越、大町、大渡)の子ども会ごとに発表。マップには「土砂崩れの可能性」「クマが出る」「排水が大雨であふれるかも」などと危険内容を記した付箋が貼られ、発表者は写真も示しながら津波の指定緊急避難場所と併せて説明した。
 
マップに示した危険箇所について発表する児童

マップに示した危険箇所について発表する児童

 
危険な点を書いた付箋や写真が貼られた手作りマップ

危険な点を書いた付箋や写真が貼られた手作りマップ

 
注意が必要な場所をスライドで示しながら説明した

注意が必要な場所をスライドで示しながら説明した

 
 東日本大震災について、家族らから聞いたことも紹介した。釜石を襲った津波の高さは9.3メートル。襲来時に家屋などを巻き込みバキバキという音が響き渡り、ものすごい勢いだった。2波、3波と繰り返し押し寄せると伝え聞いた天神・只越地区の児童は「絶対に戻らないということを大切にしなければいけません」と強調。大只越地区の児童も「地震が来たら逃げ道を作ることも大事。大津波がくる前に逃げ、絶対に引き返さないこと」と重ねて訴えた。
 
児童は家族らから聞いた東日本大震災のことも伝えた

児童は家族らから聞いた東日本大震災のことも伝えた

 
東日本大震災の津波浸水区域を知ってもらう工夫も

東日本大震災の津波浸水区域を知ってもらう工夫も

 
 マップには、震災の津波浸水区域がひと目で分かるような工夫も。山と川に挟まれた大渡地区は震災時、津波が川をさかのぼり、あふれる水が逆流して大きな被害を受けた。説明した児童は災害発生時、さまざまな危険が重なることに触れながら、「大渡地区にいたら釜石小に避難して命を守ってください」と呼びかけた。
 
 浸水区域の表示は今回初めての試み。マップをまとめた5、6年生が「次に大きな災害、津波がきた時、『ここまでだったから大丈夫』ではなく、より高く、もっと上、もっと上の方へ逃げてほしい」と願いを込めたのだという。
 
東日本大震災の津波浸水区域を示して注意を促す

東日本大震災の津波浸水区域を示して注意を促す

 
 発表を聞いた1年生は「津波が怖い」と感想を話した。そのほかの学年の児童は「川が近く心配なので、早く避難したい」「5地区の避難場所や危険な箇所が分かった。遊びに行ったり、一人の時には気をつけて行動したい」などと受け止めた。菊池浩央さん(3年)は「自分の家が震災の時に流されたところに入っていた。より早く避難場所に着けるようにしたい」と学びを深めた。
 
発表を聞いて学んだことや感想を話す児童

発表を聞いて学んだことや感想を話す児童

 
 釜小ぼうさい安全少年団長の山﨑良菜さん(6年)は「きょうの発表を通して、自分の命は自分で守るということを意識し、本当の災害が起きた時に生かしてほしい。登下校の時、危険な場所を確認しながら歩いて、日ごろから気をつけて生活してもらえたら」と願いつつ、自身も行動への心構えを新たにする機会にした。
 
 マップ作りは震災前から続けられている活動。今年も全児童が取り組み、6月上旬から中旬に自宅周辺の危険な場所を地図に記入。その後、持ち寄った情報を5、6年生が大きな地図にまとめた。避難場所や危険箇所、震災の津波の高さを示す看板などの写真も撮ったり、「みんなに分かりやすく伝わるよう」にした。昇降口に掲示する。
 
月に1回取り組む「釜小ぼうさいの日」。防災に関するメッセージを発信する

月に1回取り組む「釜小ぼうさいの日」。防災に関するメッセージを発信する

 
 震災発生日の3月11日にちなみ、同校では毎月11日を「釜小ぼうさいの日」として総合的な学習に取り組む。五安城校長は「命を守るため、きょうの勉強を大事にした上で、いざという時には自分の目で見て、音を聞いて判断できるようになってほしい」と期待。発表を聞いて「危険」「怖さ」を感じる子もいたようだが、「どこにいても危険はある。自分が住むまちのいろんな面を知ることで、いいところ、危ないところが見えてくると思う。だけど、みんなには今いる場所を好きになってほしい」と見守る。

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先人に鉄 宇宙とつながる釜石 天文学者2人が講演 唐丹「星座石、測量之碑」日本天文遺産認定記念で

「星座石と陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」日本天文遺産認定記念講演会=11日、TETTO

「星座石と陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」日本天文遺産認定記念講演会=11日、TETTO

 
 釜石市唐丹町に受け継がれる石碑「星座石」と「陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」の日本天文遺産認定を記念した講演会が11日、市民ホールTETTOで開かれた。同遺産認定に係る現地調査を担当したNPO法人イーハトーブ宇宙実践センター理事の亀谷收さん(同遺産選考委員)、釜石南高(現釜石高)出身で広島大宇宙科学センター長の川端弘治さんが講演。釜石と宇宙をつなぐロマンあふれる話に約150人が聞き入った。
 
 「星座石」と「陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」は江戸時代に全国を歩いて測量し、初の実測日本地図作成に至った伊能忠敬(1745-1818)が唐丹村(当時)で天体測量したことを示す遺産。両石碑は天文学を学んでいた地元唐丹の知識人、葛西昌丕(1765-1836)が建立した。伊能の業績を存命中に顕彰し、現存するものとしては全国唯一とされる。本年3月、公益社団法人日本天文学会が選ぶ「日本天文遺産」に認定された。認定は歴史的に貴重な天文学、暦学関連遺産の価値を広め、保全、活用を図るのが目的。
 
 亀谷さんは認定の理由として、▽江戸時代末期(1800年代前半)、最先端の西洋天文学の知識が文化的中心地(江戸、仙台)から離れた唐丹にまで伝播していたことを明確に示す資料▽測量之碑の中に「地球の微動あらざらんか」という、西洋の学説を後世の人々に確かめてほしいとの記述がある▽伊能の存命中に作られた石碑が地域住民の保存活動により残っている―ことを挙げた。
 
星座石と測量之碑が日本天文遺産に認定された理由などを話した亀谷收さん

星座石と測量之碑が日本天文遺産に認定された理由などを話した亀谷收さん

 
 星座石に刻まれている緯度「北緯39度12分」は、伊能が1801(享和元)年9月24日に唐丹村で天体測量を行い、求めた値とされる。これは現在の地図と合致するが、葛西は「この緯度が不変なのか、あるいは西洋の学説にあるように地球の微動により変動するのかを後世の人々に解明してほしい」とのメッセージを石碑に残している。
 
 亀谷さんは葛西の地球微動の問いかけに答える形で、緯度変化の要因として考えられる4つの可能性「歳差」「光行差」「章動」「極運動」について、自作の模型を示しながら考察した。自身の見解として示したのは、「1803年以降に存在が分かってきた章動と光行差が(葛西の言う)地球の微動に該当するのではないか」ということ。測量之碑は1814(文化11)年に建立されていて、「葛西が天文学を学んだ仙台でそうした知識を得ていた可能性は十分ある。緯度自体を変化させる極運動が発見されたのは1888年なので、こちらは想定していないと思われる」とした。
 
葛西昌丕が後世に解明を託した「地球の微動」について自身の見解を示す亀谷さん

葛西昌丕が後世に解明を託した「地球の微動」について自身の見解を示す亀谷さん

 
 同遺産認定は全国20例目、本県では3例目となる。亀谷さんは「岩手は星がきれいな“銀河県”。今回の認定で、多くの人にその重要性を知ってもらえれば」と願った。
 
 超新星の研究をしている川端さんは、“近代製鉄発祥の地”釜石と深く関わる鉄を、宇宙に存在する元素からひも解いた。宇宙は138億年前にビッグバンで誕生したとされる。これで生まれたのが水素とヘリウムで、水素は現在、宇宙に存在する全元素の9割を占める。その他の元素は、水素のような軽い原子核どうしがくっついて重い原子核をつくる「核融合」という現象によって生まれた。重い原子核をつくるにはプラスどうしの電気の反発力に打ち勝って原子核を融合させる必要があるため、星の内部のような高温、高圧状態が必要。「炭素、酸素から鉄までの元素は星の中での核融合反応でつくられてきた。鉄は原子核の中で最も安定な元素で、核融合の終着点」と川端さん。炭素や酸素などの重元素ができたからこそ、惑星や生命の誕生につながったことを明かした。
 
「ビッグバンから<鉄>へ:宇宙と釜石のつながり」と題した川端弘治さんの講演

「ビッグバンから<鉄>へ:宇宙と釜石のつながり」と題した川端弘治さんの講演

 
 一方、地球に限って見ると一番多い元素は鉄。地球を形作った物質の3分の1は鉄で、その多くは地球の中心部に存在する。地表付近にある鉄は太古の海が酸化して析出した鉄鉱床。これが隆起した地層があるのが釜石で、「鉄鉱石が採れる所は、ほとんどが海の底だった所。釜石鉱山もそう。宇宙から巡り巡ってきている」と話した。
 
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釜石の鉄鉱石の大元は宇宙でできた鉄元素。宇宙の進化とのつながりに驚き

 
 川端さんは講演の中で、国立天文台のプロジェクトが開発した4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka(みたか)」の映像も上映。地球から観測可能な太陽系、天の川銀河、宇宙の大規模構造をリアルタイムに可視化するソフトで、広大な宇宙を紹介した。人間が肉眼で見えている星は1000光年ぐらいまで。10億光年スケールで見た銀河の分布は銀河どうしが連なり、網の目状の姿を見せている。
 
4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」の映像も上映。地球から観測されている星や宇宙の構造を知ることができる

4次元デジタル宇宙ビューワー「Mitaka」の映像も上映。地球から観測されている星や宇宙の構造を知ることができる

 
興味深い講演に拍手を送る来場者

興味深い講演に拍手を送る来場者

 
 来場者は普段じっくり触れることのない宇宙の世界に興味をそそられながら、講師2人の話に耳を傾けた。講演後は星座石と測量之碑の管理者、本郷文化財愛護少年団育成会の小池直太郎会長がこれまでの保全活動や今回の遺産認定の住民の受け止めを紹介。認定以降、現地への来訪者が増えていることも話し、さらなる知名度アップに期待を寄せた。
 
本郷文化財愛護少年団育成会の活動などについて紹介した小池直太郎会長(写真左上)。市文化財保護審議会の藤原信孝会長は講演への感謝の気持ちを伝えた(同下)

本郷文化財愛護少年団育成会の活動などについて紹介した小池直太郎会長(写真左上)。市文化財保護審議会の藤原信孝会長は講演への感謝の気持ちを伝えた(同下)

 
ホール前のロビーでは関連資料の展示も行われた

ホール前のロビーでは関連資料の展示も行われた

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「よろしくね!」 来年度統合の栗林小と鵜住居小 学年交流スタート 5年生は宿泊体験学習を合同で

宿泊体験学習を一緒に行い、交流を深める栗林小と鵜住居小の5年生=7月7日、陸中海岸青少年の家

宿泊体験学習を一緒に行い、交流を深める栗林小と鵜住居小の5年生=7月7日、陸中海岸青少年の家

 
 2027年度に統合する釜石市の栗林小(高橋昭英校長、児童25人)と鵜住居小(高橋美友紀校長、児童130人)は、新年度からのスムーズな学校生活につなげようと、同学年児童の交流をスタートさせた。5年生(栗小4人、鵜小21人)は1泊2日の宿泊体験学習を同日程で実施し、自然体験活動やキャンプファイヤーで楽しい時間を共有。児童らは教職員も驚くほど互いに打ち解け、“新生”鵜住居小での学校生活に期待を膨らませた。
 
 両校の5年生は宿泊体験学習に先立ち、6月23日、鵜住居小の校舎で初の顔合わせ。互いに自己紹介した後、同学習で一緒に行うキャンプファイヤーに向け、フォークダンスの「マイムマイム」を練習した。手を取り合って体を動かした後は校内を“探検”。鵜小生が栗小生に教えながら、教室の一部を見て回った。
 
キャンプファイヤーで踊る「マイムマイム」を練習。本番を前にすでに大盛り上がり!=6月23日

キャンプファイヤーで踊る「マイムマイム」を練習。本番を前にすでに大盛り上がり!=6月23日

 
7月の本番を楽しみにフォークダンス練習。たくさんの笑顔が弾ける

7月の本番を楽しみにフォークダンス練習。たくさんの笑顔が弾ける

 
 この日は6年生(栗小5人、鵜小28人)も外国語の授業を一緒に受けた。5年生はその様子も見学。校内には鵜小の5、6年生が栗小生を歓迎しようと黒板に書いたウェルカムボードが置かれていて、心温まる雰囲気の中での交流となった。鵜小の藤原桔平さんは「栗小には保育園の時の友達もいたし、初めて会う人もいて楽しかった。来年、栗小のみんなが来たら笑顔で迎えたい」と心待ちに。栗小の三浦彩南さんは校舎探検で「栗小にはない教室があって驚いた。分からないことも新しい(鵜小の)友達に聞けたので良かった。キャンプファイヤーもみんなと仲良くやりたい」と目を輝かせた。
 
鵜住居小の校内を“探検”。各学年の教室や特別教室などを見て回った

鵜住居小の校内を“探検”。各学年の教室や特別教室などを見て回った

 
外国語の授業を一緒に受けている6年生の教室も見学(写真上)。栗小生は初めて見る校内に興味津々。鵜小の活動を示すものも(同下)

外国語の授業を一緒に受けている6年生の教室も見学(写真上)。栗小生は初めて見る校内に興味津々。鵜小の活動を示すものも(同下)

 
 両校の宿泊体験学習は7月7、8の両日、山田町の県立陸中海岸青少年の家で行われた。7日の日中は同施設の裏山でウオークラリーや沢登りなどの自然体験活動を満喫。夕食後はキャンプファイヤーで交流を深めた。
 
 栗小の高橋校長が扮(ふん)した“火の神”が登場。「友情」「奉仕」「希望」の3つの火を児童の代表に分け与えた。全員で「仲間と助け合う」「世のため人のために尽くす」「明るく素直に生きる」という3つの誓いを唱和。木材を積み上げた井桁に点火すると、勢いよく炎が立ち上った。
 
栗小の高橋校長が扮する「火の神」から3つの誓いが込められた火を分けてもらう

栗小の高橋校長が扮する「火の神」から3つの誓いが込められた火を分けてもらう

 
分火してもらった火を井桁に点火(写真上)。炎を囲みフォークダンス「ジェンカ」を楽しむ(同下)

分火してもらった火を井桁に点火(写真上)。炎を囲みフォークダンス「ジェンカ」を楽しむ(同下)

 
 児童らはたき火を囲んで歌を歌ったほか、5つのグループごとに“出し物”を披露。ダンスやクイズで盛り上がった。栗小の4人は自分たちの紹介を兼ねたクイズを出題。それぞれの好きな漫画、キャラクター、食べ物、色のほか、栗小の全校児童数を3択で答えてもらった。
 
グループの出し物でダンスを披露する鵜小生(写真上)。栗小生も一緒に手を動かし、この笑顔(同下)

グループの出し物でダンスを披露する鵜小生(写真上)。栗小生も一緒に手を動かし、この笑顔(同下)

 
栗小の4人は自分たちの好きなものをクイズで出題。絵を添えた問題を見せながら答えてもらった

栗小の4人は自分たちの好きなものをクイズで出題。絵を添えた問題を見せながら答えてもらった

 
 最後は前回の交流で一緒に練習したマイムマイムの時間。元気な掛け声を響かせながら踊り、一体感を高めた。“火の神”からは「分け与えた3つの火をこれからもそれぞれの心の中で大切に燃やし続けてほしい。楽しかった思い出、みんなで協力したことを忘れずに、明日からまた一歩一歩前進することを誓い、大きく成長していこう」とのお言葉が…。「今日の日はさようなら」を歌って会を締めくくった。
 
辺りが暗くなり始めると、キャンプファイヤーも大詰め。事前に練習してきた「マイムマイム」を踊る

辺りが暗くなり始めると、キャンプファイヤーも大詰め。事前に練習してきた「マイムマイム」を踊る

 
みんなで楽しい時間を共有し、かけがえのない思い出を作った両校の児童

みんなで楽しい時間を共有し、かけがえのない思い出を作った両校の児童

 
 鵜小の藤原奏多さんは「前回の交流会よりも仲が深まった感じ。来年度から一緒に学習するのに向けても一歩進んだのかなって思う。栗小のみんなと一緒になるのが楽しみ」と胸を躍らせた。栗小の栗澤学美さんは「ちょっと不安だったけど、今回のキャンプファイヤーとかで(鵜小の)友達と仲良くなれた。来年、統合しても大丈夫だと思った」と安心できた様子。栗小最後の1年に「もっともっと思い出をたくさん作って、鵜小に行きたい」と思いを込めた。
 
 児童らの活動を見守った鵜小の桜庭大輔副校長は「沢登りとかでも互いに声をかけ合って楽しむ自然な姿が見られ、普段の延長で交流できたのが一番良かった」と実感。スポ少など各種活動ですでに顔見知りという児童もいて、「私たちが思っているより、子どもたちは統合に対する敷居が高くないようだ。鵜小の子たちは一緒になるのをとても楽しみにしている」と話した。
 
夏本番の暑さとなる中、沢登りを楽しんだ児童=写真提供:栗林小

夏本番の暑さとなる中、沢登りを楽しんだ児童=写真提供:栗林小

 
 栗小の高橋校長は「両校の先生方が子どもたちの気持ちづくりを後押ししてくれている。鵜小の子どもたちにも栗小を受け入れてもらっているのがすごく伝わってくる」と感謝。来年4月に顔を合わせる時には「“新生”鵜住居小として、いいスタートを切ってくれると思う」と期待した。両校の来年度統合により、栗小は本年度で閉校する。「まずは各学年の1年をしっかり過ごし、新年度につなげてほしい。“子どもファースト”で負担をかけることなく、やれることは全部やっていきたい」と高橋校長。
 
ウオークラリーはなかなかのアップダウンコース。仲間と力を合わせ10個のチェックポイントを巡る

ウオークラリーはなかなかのアップダウンコース。仲間と力を合わせ10個のチェックポイントを巡る

 
 両校の同学年交流はこの後、鵜小3年生と栗小3、4年生による鵜住居川の水生生物調査を実施。2学期には1、2年生の交流も行っていく予定だ。この他、全校児童の交流も考えているという。

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「釜石艦砲」学ぶ 紙芝居、体験者の生の声に 戦後生まれ「平和」「思い」語り継ぐ

釜石小学校で行われた釜石艦砲射撃や戦争の歴史を学ぶ授業=7月3日

釜石小学校で行われた釜石艦砲射撃や戦争の歴史を学ぶ授業=7月3日

 
 太平洋戦争終戦直前、釜石市が連合軍艦隊による艦砲射撃を受けてから、7月14日で81年を迎えた。8月にも砲撃があり、その2度の「釜石艦砲射撃」の記憶と向き合う取り組みが市内で進められている。記憶のかけらを残す人、経験した親世代から伝え聞いた人たちが、戦争を知らない子どもたちに伝え継ぐ活動をこつこつと継続。その活動に今年は釜石高校の生徒が加わった。同市大渡町の釜石小学校(五安城正敏校長、児童62人)で7月3日に行われた戦禍を語り継ぎ、次世代に平和のバトンを託す授業を紹介する。
 
 釜石小では、市教委が推進する「いのちの教育」の一環で戦災という地元の歴史を学び、命を尊重する心を育む。今年も、市内の小学校などで活動する読書サポーター「颯(かぜ)・2000」(千田雅恵代表)による紙芝居や絵本の読み聞かせがあり、6年生11人が耳を傾けた。
 
 釜石への艦砲射撃は1945(昭和20)年7月14日と8月9日の2度あり、計5300発以上の砲弾が撃ち込まれ、少なくとも782人が亡くなった。「なぜ、釜石は狙われたのか」。概要を説明したメンバーの中嶋るみさん(67)が問いかけた。児童の答えは「鉄を作っていたから」。製鉄所があり、工業都市だった街。「武器をつくらせず、戦えないようにするため」に標的にされたことを改めて理解した。
 
釜石が受けた艦砲射撃の被害状況などを教える中嶋るみさん

釜石が受けた艦砲射撃の被害状況などを教える中嶋るみさん

 
 砲弾の大きさを実感してもらうため、中嶋さんは紙の模型を用意した。最も大きな直径40センチの16インチ砲は重さ約1トン。その重さを想像してもらおうと、メジャーリーガー大谷翔平選手の名を挙げ、「体重はほぼ100キロ。何人分かな?」と質問。艦船の全長については同校の校舎(横幅約80メートル)の2.5倍もあったことを説明に加えた。
 
 攻撃は海上からだけではなかった。艦載機が飛来、機銃掃射を繰り返した。「布団をかぶって逃げた。逃げる人を空から狙い撃ちする機銃掃射も怖かった。弾から逃れるために布団を持って逃げた」。中嶋さんは、かつて父から聞いたことを話した。「両親が亡くなっていたら、私は生まれていない。子ども、孫にも会えなかった。おじいちゃん、そのずっと前の代からつないできた大事な命、そして未来の命も奪うようなひどいことは絶対にしてはいけない」。強い気持ちを込めて訴えた。
 
颯・2000代表の千田雅恵さんの語りに聞き入る釜石小児童

颯・2000代表の千田雅恵さんの語りに聞き入る釜石小児童

 
 読み聞かせで取り上げた紙芝居「私の昭和20年7月14日」は、艦砲射撃で教え子を失った石橋巌さん(故人)が制作したもの。代表の千田さん(63)は「石橋さんが18歳の時に経験したこと、逃げ惑う人、防空壕(ごう)での様子が描かれている。凄惨(せいさん)な表現…怖かったり、気持ちの悪い表現があるかも。気分が悪くなったら耳をふさいでもいいから。無理のないように」と児童に寄り添いながら、ゆっくりと感情の込もった声で朗読した。
 
 「怖い、怖いと言って防空壕に向かって走りました。死ぬ、死ぬと言って逃げた記憶があります」。そう切り出したのは元メンバーで、4歳の時に艦砲射撃を体験した浅沼和子さん(85)。最近、退会したが「じかに経験したことを話すことで伝わることがあると思うから」と語り部は続けることにし、この日も同行した。
 
釜石艦砲射撃から逃れた記憶を伝える浅沼和子さん

釜石艦砲射撃から逃れた記憶を伝える浅沼和子さん

 
体験談に聞き入る児童。地元の歴史や平和に思いを巡らせた

体験談に聞き入る児童。地元の歴史や平和に思いを巡らせた

 
 「4歳の記憶って、特別なことがないと覚えていられないと思う。私は、これ(戦争)で本当に死ぬんじゃないかという思いをしました」
 「夏には花火がありますよね。ヒュー、ヒューと上がる花火。弾が飛んでくると、似たような音がするの。そして短時間でガラスが壊れて、いろんなものが倒れてきて…」
  
 脳裏に焼きついて離れることはない当時の記憶をたどった浅沼さん。太平洋戦争時の南の海の小さな島を舞台に特攻隊の若い兵士と小学生の交流を描いた絵本「すみれ島」の読み聞かせもした。「若い人たちには夢があったはず。かなえられず命を散らせる。戦争はむごい。絶対にしてはダメ。願い、希望がかなう世の中であってほしい」。口調は穏やかながらも、言葉には切なる思い、力が込もっていた。
 
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紙芝居を通して平和の尊さを伝えた(左から)古川明弥さん、川崎夏織さん、川崎由花梨さん

 
 釜石高3年の川崎夏織さん、古川明弥さん、川崎由花梨さんは、釜石艦砲をテーマにした探究活動の学びの成果を発表した。さまざまな文献を調べる中で、戦時中に釜石の捕虜収容所の所長を務めた故稲木誠さんの手記「降伏の時」を知り、「次世代につなぐ必要がある」と実感。手記を元にデジタル紙芝居を制作した。
 
 収容所の管理、捕虜の扱いに最善を尽くしたと考えていた稲木さんだが、終戦後、戦犯とされた。葛藤、苦悩し続けたというが、戦後30年がたったある日、元捕虜のオランダ人から1通の手紙が届いた。その手紙は稲木さんにとって“光”となり、その後、2人は文通を通じて友情を育んだ。
 
 「どんな時でも、人を人として扱うこと。それが戦争をなくす一歩なんだ」
 「戦争は人の心を曇らせ、人を傷つける」
 「だから、あなたたちは戦争を繰り返してはいけない。相手を思いやり、話し合うことを忘れないでほしい」
 
 戦時中、敵国の捕虜であっても大切に扱おうとできる限りのことをした。終生「人を守る心」を語り続けたという稲木さんが残した言葉を「平和のメッセージ」として子どもたちに届けた。
 
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戦時中の写真や戦争を題材にした本などに関心を示す児童

 
 さまざまな視点から戦争の歴史に触れた及川義規さんは「(戦争が)実際に起こったら怖い。『なんで戦争をする必要があるんだろう』ってなる。争いのない世界になってほしい」と強く願った。佐々木結音さんは「教科書だけでは分からないことをたくさん知れた。これからの勉強に生かしたい」と刺激を受け、感謝を口にした。
 
 颯・2000の協力もあって小学生に伝承する機会を得た高校生3人は「戦争の事実を情報として知るだけでなく、そこには人々の生活や気持ちがあったことが伝わればいい」「悲惨な証言もあったが、子どもが負担にならないような言葉を選んだ。前向きになるような表現を」「児童が真剣に受け止めてくれて、頑張ったかいがあった」と感想を話した。今回の学びを高校の後輩にも伝えたいと思っているようで、「さらに深めてもらえたら」と期待していた。
 
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歴史を語り継ぐ思いを強めた颯・2000のメンバー、釜石高の生徒

 
 釜石小では「戦争を身近に考えてもらう機会」として、颯・2000を招いた授業を継続したい考えだ。6年生は今年の市戦没者追悼・平和祈念式(8月9日)で献唱する予定。高校生3人も式の中で、今回の活動を踏まえ成果を発表する。

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釜石でゼミ合宿 東海大観光学部の学生 潮風トレイルで自然体感 地域活性化へ取り組み探る

釜石市の箱崎半島で自然を体感する東海大学の学生たち=6月28日
 

釜石市の箱崎半島で自然を体感する東海大学の学生たち=6月28日

 
 釜石市で6月27日〜29日、東海大学観光学部の学生8人がゼミ合宿を行い、同市内にある「みちのく潮風トレイル」のコースの一つになっている箱崎半島を歩き、地域住民らと交流する中で、資源を生かした地域活性化について考えた。
 
 この合宿は、同学部講師の遠藤晃弘さん(45)=観光学=による遠藤ゼミが昨年から実施。今年も同市箱崎白浜地区の民泊施設「御箱崎の宿」を拠点に、3年のゼミ生が観光メニューのトレイル体験や住民との交流、聞き取り調査に取り組んだ。
 
 27日は、交流会で住民から地域の歴史や東日本大震災での被災、復興の歩みなどを聞いた。同市箱崎町内にある佐々栄商店も訪問。ハイカーと住民の交流拠点となりうる場所として、活用のアイデアを検討した。
 
「御箱崎の千畳敷」のトレッキングに挑んだゼミ生ら

「御箱崎の千畳敷」のトレッキングに挑んだゼミ生ら

 
 28日は、箱崎半島部のトレッキングを体験。潮風トレイルの本コースから外れているが、半島先端部に位置する岩石海岸「御箱崎の千畳敷」に足を延ばした。スタート地点の大沢遺跡駐車場から始まる散策路はアップダウンが続く険しいコース。半島突端の御箱崎灯台までの道のりには、地元住民が漁業繁栄や家内安全を祈願する御箱崎神社があり、学生らは「実は参道」ということを受け止めながら歩を進めた。
 
樹木が生い茂る森の中の散策路を歩く一行

樹木が生い茂る森の中の散策路を歩く一行

 
複数の赤鳥居をくぐり御箱崎神社を参拝。さらに進むと御箱崎灯台

複数の赤鳥居をくぐり御箱崎神社を参拝。さらに進むと御箱崎灯台

 
 半島先端部南側には断崖を下った先に、三陸ジオパークのジオサイトの一つにもなっている千畳敷が広がる。散策路からは崖伝いに急峻、極狭の遊歩道があるが、下りるには十分な注意が必要。学生らは体力、安全を考慮しつつ慎重に下って岩場に立った。
 
散策路から太平洋の絶景を眺め、千畳敷へ向かう学生たち

散策路から太平洋の絶景を眺め、千畳敷へ向かう学生たち

 
展望スポットでの眺めも圧巻。慎重に崖下へ。さらに岩場を進んだ

展望スポットでの眺めも圧巻。慎重に崖下へ。さらに岩場を進んだ

 
壮大な景色を体感する学生。達成感、充実感に笑顔を広げた

壮大な景色を体感する学生。達成感、充実感に笑顔を広げた

 
 見所は満載で、学生はトレイルの魅力を認識した一方で、課題も把握した。駐車場からの往復は約8キロと、なかなかの距離。千畳敷の荒々しい岩場は不安定な場所もある。また散策路は樹木が生い茂る森となっており、動物との遭遇など考えなければいけない要素が増えていることを確認。その上で、地域住民と国内外からのハイカーをつなぐアイデアをそれぞれが思考していた。
 
 トレッキングの後は、箱崎町の桑ノ浜地区に移動。町内会長の小西勝見さん(76)から震災前後の地区の変化、なりわいの漁業など話を聞いた。トレイルの話題では「リアス海岸の景観のすばらしさを生かした観光を歓迎する」と小西さん。ハイカーらしき人を見かける機会が増えていることも話した。
 
潮風トレイルについて感じていることを学生に伝えた小西勝見さん(左の写真)

潮風トレイルについて感じていることを学生に伝えた小西勝見さん(左の写真)

 
 住民は半島部を歩くことの大変さを分かっているが、「ハイカーは十分に理解していないのでは」と不安を口にした小西さん。外国人、一人歩きの人が多いのも心配し、「地域の事情、情報交換ができる立ち寄り場所を設けたらいいのでは」との考えを打ち明けた。そもそもハイカーが地元住民との交流を望んでいるのか、と学生に質問を投げかける場面もあった。
 
 観光を生かしたまちづくりや地域創生に関心が高いゼミ生の宮城侑里さん(20)は「ここでしかできないような体験を大切にしたい」と熱心に活動した。震災復興に取り組んだ住民の地域力、団結力に感心し、漁師と同じ目線となって地域を見つめることも実践。静岡市出身で、Uターンを必須として大学で深めている「地域に密着した観光」への学びをさらに掘り進めた。
 
 学生たちは魚さばき体験などのフィールドワークも展開。29日の活動報告会で気づいたことなどを住民らと共有した。
 
 同ゼミでは、10月に第2弾の合宿を予定。今回の活動を他のゼミ生にも伝え、潮風トレイルを通した地域活性化策を探る。箱崎半島区間はトレイルの中では「難所」と言われるというが、その魅力を多くのハイカーに届け、受け入れる地域の機運醸成にもつながる形を検討。再来する秋にトレイルイベント開催を目指しており、企画立案にも取り組む。
 
学生を見守る東海大講師の遠藤晃弘さん(左)、かまいしDMCの平澤果鈴さん

学生を見守る東海大講師の遠藤晃弘さん(左)、かまいしDMCの平澤果鈴さん

 
 合宿の受け入れは、地元の観光地域づくり法人かまいしDMCが担った。スタッフの平澤果鈴さん(25)が同ゼミの出身で、後輩たちに実践的な学びを提供できると提案。遠藤さんによると、同学部の学生の半数は観光業界を志望するが、希望に沿った道に進むのは難しいのが現状だという。その中で、同法人は草分け的な事業を展開し全国から注目されていることもあり、学生がその取り組みにじかに触れてもらう好機と捉えた。
 
 遠藤さんは「ここはいろんなチャレンジができる学びのフィールド。この小さな集落で若者たちがどんな観光の力を見いだし広げられるか、楽しみ。歩くという基本的なアクティビティで日ごろ活性化していないものを存分に動かしてほしい。五感を開放して」と、学生たちを見守った。平澤さんは「学生目線で新しい釜石PRを」と期待する。

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多彩な創作活動 個性輝く 釜石の美術集団サムディ45 節目の60回記念展

個性豊かな作品で来場者を楽しませた「サムディ45」の60回記念展=6月20日

個性豊かな作品で来場者を楽しませた「サムディ45」の60回記念展=6月20日

 
 釜石市の美術集団「サムディ45」(大野晃平代表)による60回記念展は19日から21日まで、同市大町の市民ホールTETTOで開かれた。市内外の風景や独自の世界観を表現した日本画、洋画、デザイン、切り絵、工芸など幅広いジャンルの作品がずらりと並んだ。その数、150点余り。テーマを決めた企画展示という新たな試みもあり、変化を楽しむ会員たちの熱量が感じられた。
 
 同集団は1967年に結成。メンバーが最初に集まったのが土曜日だったことからフランス語の土曜日「サムディ」と、沿岸の美術愛好家をつなぐ意味で国道45号にちなんだ名称にしたのだとか。創作分野の垣根を超え、個々に活動する表現者たちが参加しているのが特徴だ。現在の会員は20代から80代まで約20人で、年代の幅も広い。県内外の公募展などに出品し入賞入選したり、それぞれが活躍中。そうした中でも作品を持ち寄って展示会を毎年開催しており、節目の60回を迎えた。
 
60回目の展示会を開いたサムディ45のメンバー。笑顔“輝く”

60回目の展示会を開いたサムディ45のメンバー。笑顔“輝く”

 
イカ釣り船や漁港の風景など身近な景色を描いた作品が並んだ

イカ釣り船や漁港の風景など身近な景色を描いた作品が並んだ

 
 今回は15人が出品。県内外の自然風景、四季折々の植物、沿線を走るSL銀河の雄姿などを描いた水彩画や油彩画のほか、繊細な切り絵、フェルトで作った小物作品、コンピューターグラフィックス(CG)といったデジタル技術を駆使して身近な日常や想像の世界をカラフルにポップに表現したイラスト画など、個性あふれる力作がそろった。
 
絵画、イラスト、銅版、彫金などジャンルは多彩。画材もさまざま

絵画、イラスト、銅版、彫金などジャンルは多彩。画材もさまざま

 
ずらりと並んだデジタルアート作品に来場者は興味津々

ずらりと並んだデジタルアート作品に来場者は興味津々

 
 若手会員の発案で、ある画題にちなんだ作品を集めた企画展示コーナーが初めて設けられた。初回のテーマは「釜石の風景」。ショッピングセンターを中心にした街並み、春の漁港、甲子川の夕景、曳(ひ)き船や虎舞といった祭りの様子など9点(7人が出展)を紹介した。会場には、共に腕を磨いた故鈴木睦さん、故菅野幸夫さんの遺作計4点も掲示。どれも会員が所有する作品で、筆致や色づかいの味わい深さを懐かしむ人たちの姿が見られた。
 
「釜石の風景」をテーマにした作品を集めた展示コーナー

「釜石の風景」をテーマにした作品を集めた展示コーナー

 
緻密な技で仕上げられた切り絵作品。体験コーナーもお目見え

緻密な技で仕上げられた切り絵作品。体験コーナーもお目見え

 
フェルトを使った作品に見入る来場者。プレゼントも用意

フェルトを使った作品に見入る来場者。プレゼントも用意

 
 来場した人に喜んでもらおうと、ガラスタイルなど多彩なバーツを使ったデコ写真立てや、花をあしらったちぎり絵のしおりなどのプレゼントを用意するメンバーも。気に入った1点を手に取った人たちは作品との出合いを楽しみ、嬉しそうに持ち帰った。
 
 4月に入会したばかりの木村房子さん(79)は、植物を題材にしたちぎり絵や鳥をモチーフにした木彫りの置物などを多数持ち込んだ。好きな手仕事を独自に続けてきたが、一堂に紹介するのは初めて。「作品を見てもらえてうれしい」と感激した。「きれいだね」との言葉、ものづくりに興味を示してくれる様子をじかに感じられたのも収穫。何かを作り出す楽しさに触れた人たちに「一緒にやりましょう」と声をかけていた。
 
ちぎり絵の作品は柔らかなぬくもりを感じさせ女性に人気

ちぎり絵の作品は柔らかなぬくもりを感じさせ女性に人気

 
簡潔なイラストと文言で訴えかける小田島凌一さんの作品

簡潔なイラストと文言で訴えかける小田島凌一さんの作品

 
 結成当初から在籍している小田島凌一さんは「よく続いてきたな。みんなの協力があってのこと」と感慨深げに会場を見渡した。出展数の多さに驚いたのに加え、さまざまな刺激を受けてか作風が変わった人がいれば、これまでの活動にさらに力を入れ完成度を高めた人もいて、「みんなの頑張りが見える」と会員それぞれの成長、発展に頼もしさを感じている様子だった。
 
 この集団は、当初4人でスタート。今なお精力的に作品を創り出し続けているのは小田島さんだけ。今年出せなかった年賀状や、もう破ることができないはずであろう「ギネス世界記録」として登録されている世界一短い手紙を題材にしたデザイン画など6点(うち4点が新作)を並べた。中東情勢を踏まえ「WARやめろ」と訴える作品も。展示会の看板制作も変わらず担当し、まもなく87歳になろうとも意欲は衰え知らずだ。
 
人が集う一角に展示された大野晃平代表の作品「安養寺」

人が集う一角に展示された大野晃平代表の作品「安養寺」

 
 それに負けず意欲的な大野代表(51)は、50点以上を公開。最新作は大船渡市の安養寺をモチーフにしたデジタルイラストで、檀家や地域との距離感の近さを表現したアットホームな雰囲気に心が和む一作だ。仕事として受けたもので、制作するうえで関係者からヒアリング。そして絵をイメージした後に“忘れる”という作業を幾度か繰り返して仕上げたという。
 
 代表を担い3年目にして、今年から事務局業務も若手が引き継いだ。大野代表は「新生サムディの初めての展示会で、準備にバタバタ…何とか形になった」と息を吐いた。「新しい風を」と考えてはいるが、行動に移すには課題も多いと認識。作品を見てもらうことで会員が創作への意欲を高める機会にする一方、「仕事につながるきっかけに」と望む声もあり、調整に知恵を絞る。「小さくても新しい試みを取り入れていきたい」。会を活性化させながら、さらなる歴史を積み上げていく。

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学びと休暇「どっちも楽しむ」 東京・文京学院大、釜石市で実践型インターンに挑戦

「釜石スタディケーション」に参加する文京学院大の学生ら=5月23日

「釜石スタディケーション」に参加する文京学院大の学生ら=5月23日

 
 学生が就業体験(インターンシップ)先の企業の課題解決に知恵を絞る「釜石スタディケーション」が5月16日から29日までの約2週間、釜石市内で展開された。文京学院大学(東京都文京区)が取り組む実践型教育プログラムで、今年で4年目。経営学部の学生10人が社会人の疑似体験、仕事終わりや休日のまち歩き、地方での生活を通じて視野を広げる機会にした。
 
 同プログラムでは大学を飛び出し地方に滞在しながら授業とフィールドワーク(現地学習)を両立させる。スタディケーションは「Study(学び)」と「Vacation(休暇)」を組み合わせた造語。同大学が10年以上にわたり交流を続ける釜石を実践地として継続実施している。
 
 今年は酒造会社や水産加工会社、市役所など4つの企業、機関がインターンの受け入れ先に。学生たちはSNS(交流サイト)発信やデジタルマーケティング施策の提案、営業・品質保証業務、文化財調査などに取り組んだ。
 
藤勇醸造でインターンに取り組んだ学生(右)=5月18日

藤勇醸造でインターンに取り組んだ学生(右)=5月18日

 
 みそ・しょうゆ製造販売業、藤勇醸造(大渡町)では、阿久津優菜さんと伊藤四葉さん(ともに2年)がインターンシップに挑んだ。2人に託されたミッションは「市内の小学校で行う、みそ造り体験と講演会のPRスライドづくり」。5月18日に同社で会社の歴史や事業内容の説明を受け、みそ造りを体験した。
 
 小学校でのみそ造り体験で講師を務めている「みそソムリエ」の小山和宏専務(61)、広報・商品開発などを担う小山明日奈さん(37)が2人の活動をサポート。スライドに盛り込みたい内容(▽創業124年の歴史▽みそのにおいと味の話▽発酵と腐るの違い▽みそのつくり方―など)を伝えた。聴講者となるのは児童だけでなく、大人の参加も見込まれることから、「分かりやすさに配慮しつつも、バランスの良いものに」「若い柔軟な感性で提案してほしい」と求めた。
 
藤勇醸造が市内の学校で行っているみそ造り体験の工程を確認

藤勇醸造が市内の学校で行っているみそ造り体験の工程を確認

 
インタビューやみそ造り体験をしながらミッションに挑んだ

インタビューやみそ造り体験をしながらミッションに挑んだ

 
 2人は週に3回ほど出勤し、工場でみその仕込み作業を見学したり、スライド作成を進めた。30日にまとめ発表として完成したスライドを披露した。小山専務は「丁寧に作り込んでいる。おおむねイメージ通り。伝えたいことや思いを届けられる」と評価。明日奈さんは「重要なポイントを限られた時間内にまとめてくれた。期待した柔軟性を見られたし、パソコンなどでの資料作成の便利な機能を教えてもらったり、逆に刺激をもらった」と感謝した。
 
 同大の准教授らも同席。「みそは身近にあっても、どう作られるか知らない。みそ造りの背景、文化を知り、効能にも触れていて、大人が見ても面白い」などと感想を伝えた。
 
まとめ発表をする伊藤四葉さん(右)、阿久津優菜さん=5月29日

まとめ発表をする伊藤四葉さん(右)、阿久津優菜さん=5月29日

 
 資料作りが得意という阿久津さんが中心になりスライドをまとめた。文章を簡潔に、写真を多用するなどして見やすさを重視。上々の評価を得て、うれしさをにじませた。大学生活の早い段階から社会経験を積みたいと参加。「課題を解決できるのが魅力。特技を生かせた」と笑顔を見せた。福島出身で、将来はデザイン分野での活躍を目指している。
 
 伊藤さんは、地域を食で支えてきた同社の歴史に感銘を受けた。その感動をミッションに盛り込んだようで「納得のいくものを残せた」と充実感を漂わせた。神奈川の実家では母親がちまき屋を営み、自身も食に関心があり、将来的には「パン屋を」と想像。「東京の企業とは違った職場を見る機会になった。藤勇さんは地域の人との距離が近い『食業』を長く続けていて、学びの場にピッタリだった」と柔らかい笑みを浮かべた。
 
釜石の復興まちづくりに理解を深めるまち歩き=5月23日

釜石の復興まちづくりに理解を深めるまち歩き=5月23日

 
 23日にはプログラムに参加する学生みんなで市内のまち歩きをした。案内人は、釜石市総合政策課長の金野尚史さん(54)。只越町の市役所本庁舎前から鈴子町の三陸鉄道釜石駅に向かう道沿いに建つ災害公営住宅の特徴や、災害時の避難場所を示す避難誘導標識の役割などを紹介した。
 
 大町の市民ホール周辺では、東日本大震災後に市が復興まちづくりの中核に位置付けた「フロントプロジェクト1」事業について説明した。大型ショッピングセンターや文化施設、商店街と一体化して自由な通り抜けができる“まちの散策路”的な開放空間を作ることで、にぎわい創出につなげようと工夫。復興推進本部、オープンシティ推進室などで震災直後の復旧、復興後の将来を見据えたまちづくりに携わってきた金野さんは当時を振り返り、「いろんな人の協力で復興を遂げたのが釜石。まさに市民の総力戦」と熱く語った。
 
金野尚史さん(左)の話に耳を傾ける文京学院大の学生たち

金野尚史さん(左)の話に耳を傾ける文京学院大の学生たち

 
 復興の歩みをじかに見聞きした常松楓さん(2年)は「復興事業には一つひとつに深い理由がある」と受け止めた。インターン先では遺跡見学や文化財の仕分け作業など「貴重な経験」への挑戦を楽しむ。釜石での生活も「思ったより食に困らない」と適応力も養ったようだ。
 
 この後、三鉄に乗車し鵜住居地区へ向かった一行。地域公共交通の現状、中心市街地とは異なる復興まちづくりの実相、地方創生の取り組みを象徴するイベントとなったラグビーワールドカップ日本大会の会場となったスタジアムなどを見て回った。
 
学生は復興まちづくりを視点に散策して防災について考えた

学生は復興まちづくりを視点に散策して防災について考えた

 
 学生リーダーの山後柊季さん(2年)は「講義形式では得られない学びで成長を」と臨んだ。各自、ミッションを果たすため努力はするが、「まずは楽しむこと。釜石生活を一番楽しんでいるのは自分」と主張。活動や仲間と過ごすことで、「見る力」に磨きをかけられたと感じていて、「地域に溶け込んで住んでいる人が見えていない魅力を発見して発信するのは面白い。ここでの気づきを学校生活、社会で生かしたい」と刺激にした。

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「大切な命、どう使う?」腰塚勇人さん講演 釜石東中の生徒ら熟考 熱い思いに感化

釜石東中学校で開かれた「いのちの教育」講演会

釜石東中学校で開かれた「いのちの教育」講演会

 
 釜石市鵜住居町の釜石東中(高橋晃一校長、生徒84人)は5月22日、全校生徒を対象に「いのちの教育」講演会を開いた。「助けられる人から助ける人へ」との目標を掲げて生徒たちが取り組む防災学習や地域貢献活動、命に向き合う気持ちを深めてもらおうと継続。今回は、「命の授業」と題して全国で講演活動を続ける腰塚勇人さん(60)=神奈川県=を講師として招いた。事故による全身まひから社会復帰した、“熱血”がつく元中学教師が届ける「言葉のプレゼント」をじかに受け取った生徒たち。「大切な命をどう使うか」をじっくりと考える機会にした。
 
 腰塚さんは中学校の体育教師だった36歳の時、スキー事故で首を骨折して全身まひとなった。一生寝たきりの宣告を受けたが、家族や看護師、同僚、生徒たちの支えを力にリハビリに励み、障害を残しながらも教壇に復帰した。
 
 ただ、体育教師として「行動で見せる」ことが十分にできず、苦悩。そんな時、ニュース報道でいじめや自殺、不登校といった子どもの世界の問題、大人も関わる虐待などで命、心と体が傷つく状況に触れた。「命と向き合った自分の経験を子どもたちの命を助け、守ることに生かしたい」。2010年に退職した後は全国の学校などで講演。その数は2600回を超える。釜石東中では3年前にも講演しており、今回は2回目となった。
 
「命の授業」で自身の経験を語る腰塚勇人さん

「命の授業」で自身の経験を語る腰塚勇人さん

 
 体育館に集まった生徒らを前に腰塚さんは、首から下の自由を失った身体で病院のベッドに寝ていた時期に抱えていた生きることへの苦悩や葛藤、奇跡的な回復の原動力となった夢や希望を持つことの意味などを熱く語った。
 
 身体が動かなくなった腰塚さんには、さまざまな声がかけられた。両親は「生きていてくれてよかった」、妻からは「何があっても離れない。一緒に頑張ろう」。私の命は私だけのものではなかった。そう感じた腰塚さんは「今ある命の使い方」を考えた。それでも時折襲ってくる絶望。つらいリハビリをやる気にさせてくれた人、身近で見守ってくれる人たちは「一人で頑張るのはやめましょう」「今は助けてって言っていいんです」と応援してくれたという。
 
 事故に遭ったのは3月。その時は2年生の担任だった。4月、3年生の担任名簿に自分の名前があって驚いたという腰塚さん。学年主任から「諦めるな。慌てなくていい、待っているから。卒業式の1日だけでもいいから戻ってきて」と励まされた。当時を振り返り、「子どもたち、仲間の先生たちに会いたかった。その夢が生きる力になった。めちゃくちゃつらかったけど、リハビリを頑張れた」と目頭を熱くした。
 
経験を臨場感あふれる言葉で伝えた腰塚さん

経験を臨場感あふれる言葉で伝えた腰塚さん

 
「君たちにとっては?」。生徒たちに問いかける場面も

「君たちにとっては?」。生徒たちに問いかける場面も

 
 そうした経験を交えながら、絶望を希望に変える支えや応援をしてくれる存在を「ドリー夢(ム)メーカー」、気持ちをくじくものを「ドリー夢キラー」と表現。「どちらも自分の中にもある」と指摘したうえで、「一人で頑張らなくていい。耐えるより、本当の勇気は頼ること。助けてくれる人は必ずいるし、助けてもらうことは悪いことではない。決めつけず、打ち明けて。自分の枠を広げるための成長につながるから」と生徒たちに語りかけた。
 
 枠を広げるという意味で、腰塚さんはけがの後もさまざまな挑戦を続ける。仲間に助けてもらって富士山に登ったり、周囲に後押しされ本を出版したり。未来をわくわくさせる夢について「しゃべることはとっても大事。言葉を変えると行動が変わり、人生も変わるから」と言語化する大切さも語った。
 
生徒は拍手をしたりメモをとったりしながら話に耳を傾けた

生徒は拍手をしたりメモをとったりしながら話に耳を傾けた

 
 動ける身体をどう使うか―。「自分や誰かを喜ばせ、助け、笑顔にするために使う」と腰塚さん。「命の喜ぶ幸動(こうどう)」と呼ぶ5つの誓い(▽口は人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう▽手足は人を助けるために使おう―など)を示して、生徒たちに読み上げてもらった。
 
 この誓いは、「いのちの教育」に取り組む同校ですでに取り入れられているもので、「助けられる人から助ける人へ」の実践にもつながっている。「これこそドリー夢メーカーだよね」。そう強調した腰塚さんは「人生はたった一度きり。貴重な時間を大切に生きよう。個性を磨き生かして、仲間と幸動して縁joyしよう。命を喜ばせ、楽しい学校生活を」とエールを送った。
 
釜石東中生に根づく「命が喜ぶ5つの誓い」と「新・たんぽぽ宣言」

釜石東中生に根づく「命が喜ぶ5つの誓い」と「新・たんぽぽ宣言」

 
「命の喜ぶ行動を考えて」と願いを込めメッセージを贈った

「命の喜ぶ行動を考えて」と願いを込めメッセージを贈った

 
 質問の時間。「思いで人は変われますか?」と投げかけた新屋碧さん(2年)に、腰塚さんは「思いには温度がある。温度差、調整が必要なことを知ってほしい。相手が受け取りやすい温度で伝えることが大事」とヒントを出した。そうしたやりとりから新屋さんは「(腰塚さんは)本気で命と向き合っているのが伝わってきた。部活とか生活で悩む部分があったり、ドリー夢キラーが顔を出すときもあるけど、ドリー夢メーカーになれるようにしたい」と自分に言い聞かせていた。
 
「みんな誰かの大切な命」。生徒の質問に答えながら思いを伝える

「みんな誰かの大切な命」。生徒の質問に答えながら思いを伝える

 
 小笠原実紅さん(3年)も「支えてくれるドリー夢メーカーの存在を傷つけないよう、困った時は周りを頼り、助けてもらうようにする。そして逆に自分がドリー夢メーカーになれるように生活していこう」と思った。ほかにも、命の大切さや生きること、助け合い、諦めない、夢を持つことの大切さといった言葉の数々が生きる知恵として「すごく心に響いた」と感銘を受けた様子。「自分の人生の主人公は自分。そう思いながら、自分のこと、周りの人を大切にして、これからを生きていく」と思いを熱くした。
 
「今ある命の使い方」を一緒に考えた腰塚さんと釜石東中生ら

「今ある命の使い方」を一緒に考えた腰塚さんと釜石東中生ら

 
 同校では教師らでつくる部がいくつかあり、この講演会は「いのちの教育部」が企画した。腰塚さんの信条とする5つの誓いと、同校がこれまで大切にしてきた「新・たんぽぽ宣言」(支え合い・正し合い・高め合い・話し合い・認め合い)を振り返り、「生徒会、自主防災組織の活動、日々の生活に役立ててほしい」と見守る。

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感謝、感動! 白山小76年の歴史胸に最後の運動会 閉校への1年を地域とともに…

白山小最後の運動会でかけがえのない思い出を作った27人の児童=16日 

白山小最後の運動会でかけがえのない思い出を作った27人の児童=16日

 
 釜石市嬉石町の白山小(鈴木慎校長、児童27人)で16日、運動会が開かれた。本年度で閉校する同校にとって最後の運動会。児童と保護者、教職員、卒業生、地域住民…。これまで同校に関わってきた多くの人たちが集い、思い出いっぱいの校庭で各種種目を楽しんだ。この日に向け、競技や応援練習に一生懸命取り組んできた児童らは、その成果を存分に発揮。自分たちのひたむきな姿で、支えてくれる人たちへ感謝の気持ちを表した。
 
 開会式で鈴木校長は「最後の運動会をこの場所でできることを幸せに思い、全力で競技、応援をしよう。『ありがとう』『がんばってね』と相手を思いやる言葉がたくさん飛び交う運動会に」と児童らに呼びかけた。紅白各組団長の佐々木莉愛さん(6年、赤)、藤井望夢さん(同、白)は「届け感謝! 27人の絆で すてきな思い出を」との児童会スローガンを示し、「一人一人が全力で競技に挑み、仲間と協力し本気で戦い抜く」と宣誓した。
 
1年生2人が開会のことば(左上)。紅白各組の団長(6年)が宣誓した(右上)。校舎の窓には「ありがとう白山小学校」の文字が掲げられた

1年生2人が開会のことば(左上)。紅白各組の団長(6年)が宣誓した(右上)。校舎の窓には「ありがとう白山小学校」の文字が掲げられた

 
両団長が応援団旗を交換し、互いの健闘を誓うエールを送り合った

両団長が応援団旗を交換し、互いの健闘を誓うエールを送り合った

 
 紅白のエール交換のあと、12の種目がスタート。徒競走は1、2年生が50メートル、3、4年生が80メートル、5、6年生が100メートルで競った。最後の運動会の思い出にと、初めて挑んだのが紅白対抗の“全校大縄跳び”。制限時間内に何回跳べるかを2回戦の合計で競うもので、1~6年生全員が心を一つに飛び跳ねた。結果は赤組58回、白組60回で白組の勝ち。
 
徒競走は50(1・2年)、80(3・4年)、100(5・6年)メートルで競い合った

徒競走は50(1・2年)、80(3・4年)、100(5・6年)メートルで競い合った

 
みんなで息を合わせ、大縄跳びに挑戦する赤組児童

みんなで息を合わせ、大縄跳びに挑戦する赤組児童

 
白組も負けじとジャンプ! 最後まで頑張り抜き、大縄跳び対決を制した

白組も負けじとジャンプ! 最後まで頑張り抜き、大縄跳び対決を制した

 
 過去の運動会で行われていた種目“チャンスレース”の復刻版もあった。「スパイミッション2026」と銘打ったのは、仮装と借り物レースを組み合わせた競技。スタート後、4種の服装(1年生、スポーツ選手、アイドル、ハンター)のどれかに早着替え。本部に集まった全員に指令が出され、お題に合った人を会場から探し出し、一緒にゴールするものだ。本部からは「○○に変装して」という、さらなる着替え指令も…。お題が出されると、会場にいる人たちが「こっち、こっち」とアピールし、児童と手をつないでゴールに駆け込んだ。
 
「スパイミッション2026」。最初の早着替えの後は本部前で記念写真も(左上)。その後、ミッションスタート!

「スパイミッション2026」。最初の早着替えの後は本部前で記念写真も(左上)。その後、ミッションスタート!

 
サングラス(眼鏡)をかけている人、白山小の卒業生、アイドルのようにすてきなお母さん、釜石SWの選手のようにかっこいいお父さん…などお題はさまざま

サングラス(眼鏡)をかけている人、白山小の卒業生、アイドルのようにすてきなお母さん、釜石SWの選手のようにかっこいいお父さん…などお題はさまざま

 
会場の人たちの協力で全員が無事ゴール。にぎやかな種目となった

会場の人たちの協力で全員が無事ゴール。にぎやかな種目となった

 
 今回の運動会では、しばらく歌われていなかった紅白の応援歌を復活させ、児童らが練習を重ねてきた。2回の応援合戦で応援歌やエール、三三七拍子を披露。声や動きの大きさ、態度を3人の審査員が評価し、勝った組の小旗を挙げた。応援歌復活には、同校卒業生らも記憶のすり合わせなどで協力。当日は、懐かしさを感じながら聞き入る姿もあった。
 
 全校で取り組んだ「白山ソーラン」では半てん姿の児童らが躍動した。2008年、同運動会にソーランを導入し、今回、児童の指導にもあたった元教員の髙橋道明さん(64)も駆け付けた。PTAの綱引き、地域住民や卒業生が参加しての玉入れ、パン食い競走も大盛り上がり。児童らの声援を受けながら、幅広い年代が楽しんだ。最後の全校リレーでは、各組の陣地で児童の父母らが旗を振り全力応援。接戦のレースと相まって会場の熱気は最高潮に達した。
 
地元「松原神社」の名前が入った半てんなどを身にまとい、「白山ソーラン」の演舞

地元「松原神社」の名前が入った半てんなどを身にまとい、「白山ソーラン」の演舞

 
これまでの練習の成果を発揮し、ダイナミックに踊る児童

これまでの練習の成果を発揮し、ダイナミックに踊る児童

 
PTA競技「魂の綱引き」。子どもたちに負けず全力で!

PTA競技「魂の綱引き」。子どもたちに負けず全力で!

 
地域住民参加の玉入れ。相手組の“鬼”が棒の先端の大きな手で、玉が籠に入るのをじゃまする

地域住民参加の玉入れ。相手組の“鬼”が棒の先端の大きな手で、玉が籠に入るのをじゃまする

 
 両組とも持てる力を十二分に発揮した運動会。総合得点は赤組258点、白組247点で赤組が優勝。閉会式では、互いの頑張りをたたえ合い、会場に集まった全員が同校の絆と誇りを再認識した。川﨑仁遥児童会長(6年)は「長い歴史の最後の運動会をみんなで楽しく終えることができた。今日まで支えてくれた皆さん、そして、たくさん走って泣いて笑ったこの校庭にも『ありがとう』を伝えたい」と感謝の思いを口にした。
 
 伊藤來嬉さん(5年)、喜來さん(4年)兄弟は同じ赤組で優勝し、喜びを分かち合った。兄來嬉さんは「応援歌はかなり時間を使って覚えたのでしっかり歌えた。楽しかったのはチャンスレース。いっぱい思い出ができた」とにっこり。弟喜來さんは得意の徒競走で1位に。「(兄と)同じ組で優勝できてうれしい。みんなの力が集まって応援もすごかったから勝てたと思う」と振り返った。
 
心のバトンもつなぐ全校リレー。各組陣地では父母らが旗を振って応援

心のバトンもつなぐ全校リレー。各組陣地では父母らが旗を振って応援

 
リレーは最後まで接戦。果たして勝敗の行方は?

リレーは最後まで接戦。果たして勝敗の行方は?

 
 1951(昭和26)年開校の白山小は本年度で76年の歴史を刻む。学区内には3世代が同校出身、在籍という家族も。息子2人(1、2年)が同校に通う花川由希子さん(42)は自身の小学校時代の記憶を重ねつつ、「母校がなくなるのは本当に寂しい。でも、最後に親も地域の人たちも一緒に(運動会が)でき、やり切った感がある」と充実の表情。次男蓮さん(6)は新1年生2人で「開会のことば」を担当。「練習を頑張った」という通り、暗唱で堂々の開会宣言をした。由希子さんの父與志樹さん(77)は55(昭30)年度の入学。市の人口増加期で「1学級40人、1学年3学級の時代」。運動会では地区対抗の種目があり、「あれが一番盛り上がった」と懐かしむ。閉校は「何とも言えない気持ち」と複雑な思いをにじませるが、残り1年、継続してきた児童の登下校の見守り活動で貢献していきたい考え。
 
 運動会にはさまざまな年代の卒業生も多数集まった。大平中1年の阿部琉芯さん(12)は「統合になるのは少し悲しい」と残念がるも、母校最後の運動会を盛り上げようと同級生らと足を運んだ。3種目に参加し、応援でも後輩たちを後押し。「みんな頑張っている。最後の1年、いろいろなことに挑戦し楽しんでほしい」とエールを送った。
 
卒業生も多数駆け付けた。“白山小愛”あふれる仲間たち

卒業生も多数駆け付けた。“白山小愛”あふれる仲間たち

 
校舎前には県キッチンカー協会から飲食の4台が出店。さまざまなメニューを味わいながら運動会の余韻に浸った

校舎前には県キッチンカー協会から飲食の4台が出店。さまざまなメニューを味わいながら運動会の余韻に浸った

 
 本年度、PTA会長を務める川﨑秀樹さん(40)は「子どもたちはいつもとは違う1年であることを自覚しつつ、各種活動に取り組んでいる。閉校自体は寂しいが、むしろ『こういう1年があって良かった』と(後で)思えるぐらい、楽しく充実した時を過ごしてほしい」と願う。自身も白山小出身。今回、運動会準備のため、同級生はじめOBと連絡を取り合う中で、母校への強い思いを改めて感じた。呼びかけに応え、当日、会に参加してくれた人たちもいたという。釜石を離れている同級生らにはグループLINEで運動会の様子をリアルタイムで伝え、喜ばれたとも。今後の閉校に向けた行事にも地域住民や出身者らの協力を得て取り組んでいきたいと望んだ。
 
輝く笑顔が見られた白山小運動会。思い出は一人一人の脳裏に刻まれる

輝く笑顔が見られた白山小運動会。思い出は一人一人の脳裏に刻まれる

 
 閉会式で「白山小の“閉校物語”はまだまだ続く。みんなで最高の1年にしていこう」と呼びかけた鈴木校長。校舎に掲げた「ありがとう 白山小学校」の言葉を胸に、同校最後の1年が動き出した。

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一緒に楽しもう!郷土色あふれる芸能 釜石虎舞の体験教室 伝承団体「仲間、求む」

釜石虎舞を体験する教室で基本姿勢を教わる子どもたち

釜石虎舞を体験する教室で基本姿勢を教わる子どもたち

 
 釜石市内各地に伝わる郷土芸能の体験教室が2日、同市鈴子町のシープラザ釜石で開かれた。地域が誇る文化遺産を継承するための人材の確保と育成につなげようと、市教委文化財が昨年度から取り組む事業で、第二弾となる今回取り上げられたのは“釜石虎舞”の世界。「尾崎町虎舞」を受け継ぐ尾崎青友会(伊藤広矢会長)がその魅力や活動の楽しさを発信した。
 
 青友会のメンバー約20人がお囃子(はやし)を響かせながら館内を練り歩いて登場。市民や観光客ら大勢が見守る中、「遊び虎(矢車)」「跳虎」「笹喰み」といった伝統演目を迫力ある動きで魅せた。
 
迫力ある演舞を間近で楽しむ人たちに笑顔が広がる

迫力ある演舞を間近で楽しむ人たちに笑顔が広がる

 
威勢のいいかけ声、おはやしに合わせた演舞で観客を魅了

威勢のいいかけ声、おはやしに合わせた演舞で観客を魅了

 
 お待ちかねの体験は、囃子を構成する太鼓、舞に使う「頭(かしら)」を操るグループに分かれて行われた。挑戦者の多くは子どもたち。太鼓が人気で、中にはメンバーをうならせる、ばちさばきを見せる子もいた。
 
太鼓の打ち方を教わり笑顔を見せる子ども

太鼓の打ち方を教わり笑顔を見せる子ども

 
虎頭を持って舞うための基本を練習する子どもたち

虎頭を持って舞うための基本を練習する子どもたち

 
 舞い手として虎頭に触れる体験では、伊藤会長(35)らが基本の姿勢を指導した。▽両足を肩幅に開く▽膝を曲げて腰を落とす▽背中は真っすぐ伸ばす▽腕は耳を隠すようにして真っすぐ上げる―などさまざまある中で、地元の小学生、竹山凛乙さん(7)が印象に残ったのは「(自分の)頭は下げること」。虎頭を持つ手(腕)は上へ伸ばすが、自分の頭も上がっていたら「ポコッとこぶのようなものがある虎に見えてしまうから」で、格好いい舞いを見せるための姿勢は「ちょっと難しかった。けど楽しかった」とはにかんだ。
 
 虎の動きとなる足さばきも教わった後は、それぞれの成果を発表。覚えたての太鼓のリズムに合わせ、かわいらしく動く虎の姿に会場からあたたかい拍手が送られた。後押しとして威勢のいいかけ声、軽快な笛の音を響かせた青友会メンバーの表情も和らいでいた。
 
格好いい虎舞を!教えてもらった動きを実践する参加者

格好いい虎舞を!教えてもらった動きを実践する参加者

 
参加者との触れ合いに笑顔を広げる尾崎青友会のメンバー

参加者との触れ合いに笑顔を広げる尾崎青友会のメンバー

 
 体験教室は「かまいし春まつり」と同時開催され、地域外の人も参加した。お囃子の音に誘われたという花巻市の小学生、佐藤煌星さん(8)は「いろんな音がして、すごかった」とびっくり。その地に根づく文化との思いがけない出合い、触れ合いに「いい経験になった」と笑顔を見せた。
 
 尾崎町虎舞は町を称した名となっているが、もとは台村と言われた現在の浜町2丁目に伝わる「尾崎虎舞」が前身。地元では「台村虎舞」と呼び親しむ人もいる。現山田町の大沢虎舞の流れをくむ釜石・甲子町の「松倉虎舞」に始まるとされる。主に尾崎神社の祭礼で奥宮のご神体が船で海上を渡る際に随行役を担い、海上安全や大漁を祈願して奉納される。漁師町でもあったことから“浜っ子気質”の威勢のいい独特の囃子と虎のたけだけしさを表した舞が特徴。1998年に「釜石虎舞」として、市の無形文化財に指定された。
 
教室に協力した尾崎青友会が伝承する尾崎町虎舞

教室に協力した尾崎青友会が伝承する尾崎町虎舞

 
舞い手としての基本の動きを伝える伊藤広矢会長

舞い手としての基本の動きを伝える伊藤広矢会長

 
 伊藤会長によると、メンバーは子どもから、長く伝承活動を続けるベテランまで合わせると約50人いるが、近年、主に活動するのは約30人。人数的にいると思われるが、30代は2人、中学生は3人など「このままだと途切れる年代がある」と危機感を持つ。伝承する舞で地域を盛り上げながら、会として発展していくためにも「次代への継承は必須」と確信。そして、「歴史あるから絶やすことはできない」と力を込める。
 
 拠点は浜町2丁目だが、現状、その地区に暮らす子どもや担い手は少なくなっている。東日本大震災による転居、進学や就職といった人生の変化もあり、メンバーは市内外に「てんでんばらばらになっている」と伊藤会長。それでも「好きだから」「盛り上げたいから」と、地元の祭りや催しの出演時には「駆け付けてくれる」と頬を緩める。
 
 中学校、高校への働きかけの必要性を考えたりする中で声がかかった体験教室の実施を、伊藤会長は歓迎する。自身も現在は嬉石町に住んでおり、地域にこだわらない参加を熱く呼びかける。「一緒に楽しんでくれる仲間を待っています。ぜひ!」
 
郷土芸能体験教室で触れ合った尾崎青友会メンバーと参加者

郷土芸能体験教室で触れ合った尾崎青友会メンバーと参加者

 
 体験教室は3日も開かれ、同じく市指定文化財「錦町虎舞」が伝統の舞いに触れる機会を提供した。虎舞のほかにも神楽、鹿踊など、さまざまな芸能が伝承される釜石。市教委文化財課では地域に脈々と継がれた文化を市民らが身近に感じ、なじんでもらうため、こうした取り組みを続けていく考えだ。

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夢に続く学びの道へ 釜石市国際外語大学校で入学式 新入生、環境変化「対応も挑戦」

少し緊張した面持ちで入学式に臨む新入生

少し緊張した面持ちで入学式に臨む新入生

 
 釜石市国際外語大学校(及川源太校長)は15日、同市大町の市民ホールTETTOで入学式を行った。開校して3年目の今春、外語観光、日本語の2学科に計11人を受け入れ。夢や目標の実現に向け必要となる学びのスタートラインに立った新入生の成長を支え、後押ししていく。
 
 日本人向けの外語観光学科に市外から3人が入学。外国人対象の日本語学科はネパール、ミャンマー出身の8人を迎え入れるが、入国時期が遅れている学生もおり、入学式にはミャンマーからの留学生2人が参加した。
 
在校生らの歓迎を受けながら入場する新入生

在校生らの歓迎を受けながら入場する新入生

 
 新入生は保護者、鈴子町の校舎で学ぶ在校生、教職員らの拍手を受けながら入場。スーツや母国の民族衣装を着用し、少し緊張した面持ちで臨んだ。一人ずつの呼名に元気な声で応じ、一礼。及川校長から「入学を許可します」と言葉を受けると、晴れ晴れとした表情で背筋を伸ばした。
 
 及川校長は式辞で「失敗を恐れず、たくさんのことにチャレンジしてほしい。挑戦の先には必ず新しい景色が見えてくる。仲間や自分を信じ、釜石という地での学びを存分に楽しんで」とエールを送った。
 
新入生は及川源太校長の激励に耳を傾けた

新入生は及川源太校長の激励に耳を傾けた

 
 新入生2人が誓いの言葉。塾の英語教師を目指す欠ノ下明希さん(19)は「多様な方々と積極的に交流を重ねたい。目の前の課題を自分事として捉え、どうすれば解決できるかを粘り強く考え、それを正確に届けるための語彙(ごい)力を養いたい」と決意を表した。久慈市出身で、進学を機に親元を離れ「一人暮らし」にも挑戦。生活環境の変化に少し不安を感じるというが、「自立した大人へ一歩ずつ着実に前進していく」と前を向いた。
 
新しい挑戦へ誓いの言葉を述べる欠ノ下明希さん

新しい挑戦へ誓いの言葉を述べる欠ノ下明希さん

 
日本で学ぶ意欲を伝えるアウン ミョー トゥーさん

日本で学ぶ意欲を伝えるアウン ミョー トゥーさん

 
 ミャンマー出身のアウン ミョー トゥーさん(21)は「自動車の専門学校に入学して日本の会社で働くことが夢です。先生方、先輩たち、そして釜石のみなさん、2年間どうぞよろしくお願いします」と、はきはきとした声で気持ちを伝えた。すでに釜石での生活は始まっていて、初めて見た「サクラ」に感激。道を歩き「シカ」に出合ったり、写真を撮って楽しんでいる様子。「海と山がある静かな町」で思い描く未来を形にするため「頑張ります」と笑顔を見せた。
 
 各学科の在校生が歓迎の言葉。「(釜国は)全員で学び合う場所。皆さんそれぞれの『らしさ』を存分に発揮して、『やってみたい』を実現できる環境になることを願う。目の前のことを一緒に面白く学んでいきましょう」「新しい仲間を迎えることができて、とっても嬉しい。新しい環境での生活はドキドキすることや分からないことがあるかもしれない。だから、困った時は1人で悩まず、いつでも声をかけて」などと呼びかけた。
 
夢や目標を持って入学した新入生を在校生が歓迎する

夢や目標を持って入学した新入生を在校生が歓迎する

 
記念にパチリ。笑顔を広げる新入生、学校関係者ら

記念にパチリ。笑顔を広げる新入生、学校関係者ら

 
 同校は学校法人龍澤学館(盛岡市)が運営する専門学校で、2024年4月に開校。26年3月には初の卒業式を行い、1期生を送り出した。現在、新入生を含め52人が在籍。外語観光学科では2年間、英語や観光マネジメントのほか、動画編集なども学ぶ。日本語学科の留学生は2年かけて日本語の読む、聞く、話す力を培う。加えて、2学科ともに地域のイベントや祭りに参加したりしながら、市民との交流も深める。
 
 松島理香子副校長は「地域の理解、応援があり、支えられて本校の活動は続けられる。留学生にはマナーやルールを指導していくが、先輩たちがいろいろ伝えてくれる部分も多い。在校生と一体となり、釜国を巣立った後も日本で生かせる力、人間性を育んでいきたい」と見守る。

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釜石の春、目と舌で堪能 祝10回「さくら茶会」 煎茶道三彩流釜石蘭煎会 客人もてなす

「おいしいお茶をどうぞ」。春満開の茶席で釜石蘭煎会の会員がおもてなし

「おいしいお茶をどうぞ」。春満開の茶席で釜石蘭煎会の会員がおもてなし

 
 煎茶道三彩流釜石蘭煎会(佐々木幸渓会長、会員12人)は12日、釜石市大町の青葉ビルで「さくら茶会」を開いた。東日本大震災の2年後、2013年に始められた茶会は今回で10回目。同市の春を彩る催しとして定着し、市内外の茶道ファンに愛されている。来場者は春の草花で彩られた席で、味や香りの異なる2種類の煎茶を味わい、心豊かなひとときを楽しんだ。
 
 茶席は野だての雰囲気を感じられる趣向。赤傘の下にコケを敷き詰めて山野の風景を再現し、3種のショウジョウバカマで春の訪れを表現した。舟下りやクマのミニチュアも配置。傘の柄には禅語の「白雲本無心」としたためられた短冊が飾られた。茶席に欠かせない生け花はサクラとヤマブキ。客席にはツバキとユキヤナギも生けられ、春を存分に味わえる空間となった。
 
10回目を迎えた「さくら茶会」。野だて風の茶席で花見気分を演出

10回目を迎えた「さくら茶会」。野だて風の茶席で花見気分を演出

 
赤傘の下にはコケや早春の花で表現した山野の風景が広がる。味わいのある板の上には舟下りの置物も

赤傘の下にはコケや早春の花で表現した山野の風景が広がる。味わいのある板の上には舟下りの置物も

 
茶席には見頃のサクラにヤマブキをそえた生け花を配置。春色の着物姿の会員が煎茶道の「末広点前」を披露

茶席には見頃のサクラにヤマブキをそえた生け花を配置。春色の着物姿の会員が煎茶道の「末広点前」を披露

 
 この日は祝いの席で用いられる「末広点前」を披露。急須や茶わんなどの茶器は明るい色合いのものが使われた。桜色の急須と茶わんは第三代会長を務めた故植田香生さんの遺品。来場者は席主の話に耳を傾けながら、会員が茶を入れる様子に見入った。
 
 煎茶道では小ぶりの茶わんで2回に分けて茶をいただく。この日は2種類の煎茶がふるまわれた。一煎目の後、“さくら”と名付けられた生菓子を食し、二煎目を味わった。この作法で煎茶の甘みと渋みの両方を味わうことができる。飲んだ後は茶わんの模様や茶たくを拝見した。席を閉じると、道具類や野だて傘の周りに集まり、じっくりと観察。会員の心のこもったもてなしに感謝しながら、会場を後にした。
 
明るい色合いの茶器でお点前。会員の美しい所作に客の視線が注がれる

明るい色合いの茶器でお点前。会員の美しい所作に客の視線が注がれる

 
生菓子「さくら」をはさんで2種の煎茶をいただく。手間をかけて丁寧に入れられたお茶の味は格別

生菓子「さくら」をはさんで2種の煎茶をいただく。手間をかけて丁寧に入れられたお茶の味は格別

 
お茶をいただいた後は、茶器などを拝見。スマホカメラで写真を撮る人も width=

お茶をいただいた後は、茶器などを拝見。スマホカメラで写真を撮る人も

 
 釜石市の高校生、遠野愛実さん(16)は同茶会に何度か来場。自身は小学校1年生から表千家のこども教室で茶道を習っている。「煎茶のお点前はやったことがないので、茶会で目にするたびにやってみたいなという気持ちになる」と興味津々。蘭煎会会員が継続する茶会を「ぜひ長く続けてほしい」と望んだ。
 
 同茶会は震災で傷ついた心を癒やし、前を向く一助になればと、第二代会長だった故久喜祥葉さん(当時、釜石茶道協会会長)の発案でスタート。被災し、仮設住宅などで避難生活を送っていた人たちも足を運び、心安らぐ時間に顔をほころばせる様子が見られた。7回目となった2019年まで毎年続けられたが、新型コロナウイルス感染症の影響で4年間の休止を余儀なくされた。24年から再開し、今回で記念すべき10回目を迎えた。
 
二煎の茶を味わい、ほっと一息。日常の慌ただしさを忘れるゆったりとした空間を楽しむ

二煎の茶を味わい、ほっと一息。日常の慌ただしさを忘れるゆったりとした空間を楽しむ

 
 佐々木会長は「震災後、内陸への転居や高齢による退会などで会員数は大幅に減ったが、会員みんなで一致団結して頑張ってきた。引き続き、やれるところまでは続けていきたい」と話す。煎茶の親しみやすさもアピールし、「若い世代にもぜひ、たしなんでもらいたい。市民芸術文化祭で呈茶もしているので、ぜひ足を運んで体験してみて」と呼びかける。