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東北6県から8チーム、約150人が釜石に集う

ラグビー少年 絆深める、復興スタジアムで交流試合〜スクラム釜石主催、東北6県から8チーム

釜石鵜住居復興スタジアムの芝生の上で熱戦を繰り広げる東北のラグビー少年ら

釜石鵜住居復興スタジアムの芝生の上で熱戦を繰り広げる東北のラグビー少年ら

 

 東北地方のラグビースクールで活動する小学生が交流する「ともだちカップ2019」は24、25の両日、釜石市鵜住居町の釜石鵜住居復興スタジアムで開かれた。6県から8チームが参加。ラグビーワールドカップ(W杯)の試合を間近に控えた芝生の上を約150人のラグビー少年が駆け回った。参加者は山田町の県立陸中海岸青少年の家で合宿。チームの枠を超えて絆を深めた。

 

東北6県から8チーム、約150人が釜石に集う

東北6県から8チーム、約150人が釜石に集う

 

 この大会は、ラグビーW杯釜石開催招致活動の中心を担ったNPO法人スクラム釜石(石山次郎代表)が、ラグビーで東北の復興を後押ししようと東日本大震災後に企画。これまでは宮城県柴田町の陸上自衛隊船岡駐屯地で行われてきたが、8回目にして釜石での交流が実現した。

 

 開会セレモニーで石山代表は「しっかり走り、友達をいっぱいつくろう」とあいさつ。釜石市の山崎秀樹副市長は「ここは、小中学生が津波から必死で避難した学校があった場所。みなさんの手で次の世代に伝えてほしい」と呼び掛けた。釜石シーウェイブス(SW)RFCの桜庭吉彦ゼネラルマネジャー(GM)は「今後もラグビーを続け、将来はSWの選手に」とエールを送った。

 

あいさつする石山代表

あいさつする石山代表

 

 この大会は、新日鉄釜石ラグビー部日本一7連覇メンバーでスクラム釜石の事務局長を務める高橋博行さん(63)らが中心になって企画。高橋さんがコーチを務めていた縁で、船岡自衛隊のホームグラウンドを借りて2012年から開いてきた。1回目は約80人の参加でスタート。8回目の今回は、ほぼ2倍に膨らんだ。今回はスクラム釜石の10人のメンバーが東京などから駆け付け、熱戦を繰り広げる小学生らをスタッフとして支えた。

 

 V7メンバーの石山代表(62)は「当初は釜石での開催を想定していなかった。これ以上(船岡自衛隊に)迷惑をかけられないと思っていたところに復興スタジアムが完成した」と喜ぶ。その上で、「W杯釜石開催の招致活動と同様に、今後も目の前のやることを一つずつ積み重ねていく。スタジアムの利活用促進に少しでも貢献したい」と課題を見据える。

 

 参加選手を代表して宣誓した勿来少年ラグビースクール(福島県)の豊田朝陽主将(汐見丘小6年)は「W杯の試合会場でプレーできて、最高。芝生のグラウンドはすごく走りやすく、楽しかった」と胸を弾ませた。

 

(復興釜石新聞 2019年8月24日発行 第819号より)

関連情報 by 縁とらんす
スクラム釜石|SCRUM KAMAISHI
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お盆野球 世代を超え熱戦〜震災乗り越え 鵜住居に元気、水野旗争奪 66回目

お盆野球 世代を超え熱戦、雨模様の中 6チーム奮闘〜震災乗り越え 鵜住居に元気、水野旗争奪 66回目

接戦となった鵜住居─両石の試合

接戦となった鵜住居─両石の試合

 

 釜石市鵜住居地域のお盆恒例行事「水野旗争奪お盆野球大会」が14日、釜石東中グラウンドで開かれた。震災による中断を経て一昨年復活した大会は今年で66回目。弱雨が降り続く中での試合となったが、なじみの顔触れとの野球の楽しさは悪天候の憂鬱(ゆううつ)を吹き飛ばし、幅広い世代が古里の良さを実感した。

 

 開会式で大里芳章実行委員長は「若い人たちにも“お盆野球”が印象に残りつつある。令和の時代も長く続けていきたい」とあいさつ。釜石東中野球部の佐々木大地(りく)前主将(3年)が「地域の方々と協力し、精いっぱいプレーする」と選手宣誓した。

 

 鵜住居、箱崎、両石の3町から6チーム約100人が参加。7回(コールドなし、80分制限)のトーナメント戦で優勝を競い合った。地区単位のチームは中学生以上の選手で構成。東中野球部も参加チームに名を連ねた。

 

 待望の追加点に大喜びの鵜住居チーム

待望の追加点に大喜びの鵜住居チーム

 

 年に1度の即席チームながら、現役中・高野球部員、元球児、社会人野球経験者ら“野球好き”が集う同大会は、なかなかのレベル。今年は特にも1、2点差の好ゲームが続き、応援に駆け付けた地域住民も見応え十分だった。

 

 両石チームの松本克治さん(43)は高校生のころから参加。「年代関係なく和気あいあい。チーム同士も顔が知れた仲なので冗談も飛び交う。震災後、復活が決まった時はうれしかった」と回顧。震災の津波で母を亡くし、仮設暮らしなどを経て、つい最近、リフォームした両石の自宅に戻った。「海がある地元がやっぱり好き。(8年も)待ったかいがあるぐらいのまちになってきた」と復興の進展を喜ぶ。

 

 戦後の青少年の健全育成を目的に、地元の開業医・水野勇さん(故人)の提案で始まった同大会。過去にはプロ野球選手も輩出している。両石の瀬戸和則さん(故人)は国鉄盛岡からプロの世界へ。ヤクルトや広島で投手として活躍した。瀬戸さんと家が隣で、お盆野球にも一緒に出ていたという久保典男さん(67)は「当時は参加チームも多く、優勝すればパレードをするような盛り上がり。瀬戸さんを筆頭に、この地域からは高校野球で活躍するような実力ある選手が多数出ている」と話す。現在は監督として両石チームを率いる久保さん。「少年野球で指導した子どもたちが今では30~40代に。その子どもたちも中高生になり参加している。大会は地元を離れた子どもたちの成長ぶりを目にする機会でもある」とし、自身も息子、孫との家族3世代での参加を楽しんだ。

 

 熱戦を制したのは鵜住居。3年連続の優勝に輝いた。
大会結果は次の通り。
▽1回戦
両石2―1東中
箱崎2―0日向
▽2回戦
鵜住居4―3両石
箱崎5―3白浜
▽決勝
鵜住居6―5箱崎
最優秀選手賞=菊池健太(鵜住居)
優秀選手賞=萬慎吾(箱崎)

 

(復興釜石新聞 2019年8月21日発行 第817号より)

 

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再生の砂浜で鉄人レース、根浜の復興後押し〜アスリート102人全国から集う、過酷なレース熱走

再生の砂浜で鉄人レース、根浜の復興後押し〜アスリート102人全国から集う、過酷なレース熱走

大会を無事に終え充実した表情の選手、スタッフら

大会を無事に終え充実した表情の選手、スタッフら

 

 第25回釜石はまゆりトライアスロン国際大会(同実行委主催)は7月28日、釜石市鵜住居町の根浜海岸特設会場を発着点に開かれた。例年9月に開催されるが、今年はラグビーワールドカップ(W杯)や統一地方選挙との関係で日程を前倒し。震災を乗り越え歴史を重ねる大会が、復興でスポーツ拠点の集積が進む同地域に活気と未来への希望を与えた。

 

 スイム1・5キロ、バイク23キロ、ラン10キロ(総距離34・5キロ)を個人で競うスタンダードに68人、3種目を2~3人で分担するリレーに8チーム、各種目半分の距離で競うスプリント(同17・75キロ)に12人が出場。北海道から鹿児島県まで全国のアスリート102人が真夏の根浜に集った。

 

 午前10時、スイムからスタート。震災の津波で失われた砂浜の再生工事が進み、9年ぶりに海開きを迎えた同海岸で熱い戦いが幕を開けた。今大会の注目は、復興事業で整備された市道箱崎半島線、同鵜住居線を使ったバイクレース。複数の急坂を含むコースを4周(スプリントは2周)する、過去に例のない過酷さで、選手らは沿道の応援に力をもらいながら、必死にペダルをこいだ。

 

 バイクコースの根浜の「宝来館」前では、従業員が大漁旗を振って応援。北海道からUターンし、同館で働き始めて4カ月という田代幸恵さん(32)は初めてレースを目にし、「ワクワクする。選手が頑張る姿は自分たちにとっても励みになる」と目を輝かせた。前日には釜石鵜住居復興スタジアムでラグビー日本代表の試合が行われ、市民体育館も完成間近。「いろいろなスポーツの選手に来てほしい。国際交流も図られ、三陸全体が盛り上がれば」と今後の地域振興に期待を寄せた。

 

 ランは箱崎臨港道路を周回。強い日差しと30度超えの高温が体力消耗に拍車をかけたが、ゴールした選手らは達成感をにじませ、仲間と完走を喜び合った。

 

 スタンダード女子トップでゴールしたのは、2008年の北京五輪で5位に入賞した神奈川県の井出樹里さん(36)。釜石大会には3年連続で駆け付け、最後の選手がゴールするまで懸命に声援を送り続ける姿が他選手に大きな力を与えている。今回は、来年の東京五輪に向けたテストレース(8月15日)を控える中での来釜。「来年の今日が五輪女子トライアスロンの開催日。その1年前に釜石でレースができたことに運命的なものを感じる。皆さんからいただいたエネルギーを必ず自分の力に変え、来年につなげたい」と出場権獲得へ強い思いをみなぎらせた。

 

 オープン参加を望み今大会の優勝を辞退した井出さんには、東京五輪出場への期待とエールを込め、大会特別表彰として金メダルが贈られた。

 

釜石鵜住居復興スタジアム前を通過し、急坂を駆け上がる選手

釜石鵜住居復興スタジアム前を通過し、急坂を駆け上がる選手

 

20年ぶり釜石大会へ 元プロ選手都議会議員 白戸さん夫婦で出場

 

20年ぶりの釜石大会となったのは、東京都の白戸太朗さん(52)、彩子さん(51)夫妻。元プロ選手の太朗さんは第3、4、10回大会に招待選手として出場。外国人選手も招聘(しょうへい)し“国際大会”の冠を掲げた第3回以降、参加者300~400人規模に成長していく同大会をトップレベルのレースで盛り上げた。

 

 現在はトライアスロン関連の会社を経営しながら、都議会議員としても活躍。後進の指導とともにレースへの出場も続ける。震災後、釜石のことを気にかけながらも足を延ばせずにいたが、今回スケジュール調整がつき、念願の大会参加がかなった。

 

 当時、世話になった釜石トライアスロン協会の小林格也会長、宝来館おかみの岩崎昭子さんらとの再会に「スポーツを通してこの地に戻ってきてくれることがうれしいと言っていただいた。皆さんが震災を乗り越え、元気にやっている姿を見てほっとした」と安堵(あんど)の表情。被災地に足を運ぶ重要性を改めて実感した。

 

 彩子さんは「震災を忘れまい」と2年前に子どもと2人で被災地を訪問。過去に盛岡市で暮らしたこともあり、岩手への愛着を見せる。「砂浜は短くなったが、今日の海は穏やかで泳ぎやすかった。本当にここが、がれきで埋まったのかと思うほど」と復興の道のりを思いやり、住民の変わらぬ応援にも感謝。スタンダード女子で3位に入り、喜びを倍増させた。

 

 「トライアスロンを通した人とのつながりは僕の財産」と太朗さん。「機会があればまた2人で」と夫婦で再訪を誓った。

 

井出樹里さん(中央)のメダル贈呈に立ち会った白戸太朗さん(右)

井出樹里さん(中央)のメダル贈呈に立ち会った白戸太朗さん(右)

 

遠く鹿児島県から 最年長の神園さん 親子でエントリー

 

 今大会の最年長選手、神園和幸さん(76)は鹿児島県から訪れた。釜石大会は2001年に初めて参加して以来で、今回は長男恭一さん(52、大分県)とスタンダードに“親子”エントリー。互いの妻と家族4人で東北被災地を巡る旅を計画し、大会参加もその行程に組み込んだ。

 

 和幸さんは48歳から競技を始め、途中10年近くのブランクを経て、3年前から再挑戦。久しぶりの釜石大会はバイクとランの周回回数を間違えて事実上失格となったが、「それも笑い話」とハプニングを楽しむ。一方、競技歴約20年の恭一さんは地元九州の大会とは違う景色や雰囲気を味わい、「いつもより気持ち良く走れた」と笑顔。

 

 震災後初めて足を踏み入れた釜石に「防潮堤が新しくなり、中心市街地の街並みも変わっていて、どんなに大きな被災だったかと思う」と和幸さん。前回の思い出に、焼きサンマやホタテを振る舞うカーボパーティー(前夜祭)を挙げ、当時を懐かしんだ。

 

 神戸市までフェリーを使い、車を走らせ1泊2日がかりで釜石へ。帰りは三陸沿岸道路を南下し、震災から8年が経過した被災地の復興状況を見ていくという。

 

 恭一さんは「元々は練習の成果がレース結果として表れるのが魅力だったが、最近は家族一緒に旅行がてら各地の大会に出向くのが楽しみ。みんなで達成感を味わえるのは最高」と家族の時間を喜ぶ。

 

神園和幸さん、邦子さん夫妻(左側)と恭一さん、由紀さん夫妻

神園和幸さん、邦子さん夫妻(左側)と恭一さん、由紀さん夫妻

 

初挑戦 リレーで奮闘 沿岸振興局の2人

 

 地元釜石からの参加者が減少する中、リレーで奮闘したのが、県沿岸広域振興局に勤務する継枝拓真さん(24)と安保寛隆さん(30)。職場の先輩後輩という2人はトライアスロン初挑戦。「釜石勤務になったのも何かの縁。赴任地での記念に」と完走を目指した。

 

初レースの達成感を味わう安保寛隆さん(左)と継枝拓真さん

初レースの達成感を味わう安保寛隆さん(左)と継枝拓真さん

 

 スイム担当の継枝さんは海で泳ぐこと自体初めて。練習では地元のライフセーバーからアドバイスをもらい、「いい指導をしていただき助かった。足が付かない沖に出るのは少し怖かったが、楽しく泳げた」と満足げ。バイクとランを担当した安保さんは「バイクの坂がこたえた」と言いながらも、日ごろのトレーニング成果をゴールにつなげた。

 

 継枝さんは花巻市出身、安保さんは秋田県鹿角市出身。「こういうイベントを通じて地域の皆さんと知り合い、温かく迎えてもらえるのはすごくうれしい」と感謝する。

 

 震災復興9年目の釜石。根浜周辺では鵜住居川水門や片岸防潮堤の整備、根浜海岸の砂浜再生と、県の復興事業が大詰めを迎える。「完全復興まであと一押し」と安保さん。

 

(復興釜石新聞 2019年8月3日発行 第813号より)

 

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日本−フィジーの激闘に沸く釜石鵜住居復興スタジアム

復興象徴 スタジアム(釜石鵜住居)に歓喜〜激闘日本 フィジー に勝利、ワールドカップ本番を想像させる盛り上がり

日本−フィジーの激闘に沸く釜石鵜住居復興スタジアム

日本−フィジーの激闘に沸く釜石鵜住居復興スタジアム

 

 今秋のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の前哨戦と位置づけられるパシフィック・ネーションズカップ(PNC)の初戦、「日本―フィジー」戦が27日、釜石鵜住居復興スタジアムで行われ、日本が34―21で勝ち、W杯に向けて弾みをつけた。東日本大震災からの復興のシンボルとして、W杯の国内12会場でただ一つ新設された同スタジアムで行われた初の国際試合。スタンドは日本代表と同じ「桜のジャージー」を着たファンなど約1万3千人の観客で埋まり、奮闘する選手を応援する多くの小旗が揺れるなどW杯本番の盛り上がりを想像させた。

 

PNC 1万3千人が興奮

 

約1万3千人の観客が続々と入場

約1万3千人の観客が続々と入場

 

 日本ラグビーの聖地“釜石”での一戦。午後2時50分のキックオフを前に観戦客が続々と到着し、午後1時の段階で約5700人が入場。場内に出店した飲食や物販のブースには長い列ができ、各所で激しい混雑が続いた。

 

 この日の釜石市は午後に最高気温32・5度を記録。熱中症対策としてスタジアム内外に給水所も設けられたが、予想を超える酷暑で、後半は水が不足する事態もあった。

 

最高気温が32度を超え、水分を補給してから入場する観戦客

最高気温が32度を超え、水分を補給してから入場する観戦客

 

 試合が始まると、グラウンドを囲む本設と仮設のスタンドに陣取った客らは、両国選手の迫力の攻防に目がくぎ付けとなった。日本の得点チャンスの場面では「日本」コールや「押せ、押せ」などの掛け声が沸き起こり、フィジーの力強い突進には「おーっ」と驚きのうなり声が響いた。

 

 観戦客には来場時に大漁旗をイメージした赤い手旗を配布。日本がトライを決めると、ひときわ大きな歓声とともに翻った。

 

日本代表の勝利を喜ぶスタンドの観客

日本代表の勝利を喜ぶスタンドの観客

 

 東京都足立区の会社員駒田康孝さん(47)は日本の戦いに「予想通りの戦術できたなという感じ。自力も上がっている」とW杯にも期待。横浜市での2試合のチケットが取れているが、「できれば日本の試合を生で見たい」と最後の購入チャンスに望みをつないだ。

 

 大阪府摂津市から訪れた岡秀幸さん(58)、紀子さん(58)夫妻は「外観とは違い、中はすごくきれいな芝だし、お客さんもこんなに入っていてびっくり。何より日本が調子いいので…」と上機嫌。釜石での宿泊を望んだがかなわず、盛岡から会場直通のライナーバスを利用。「沿岸被災地の現状も見たかったので、ちょっと残念。これを機に、ラグビーだけでなくまた足を運べたら」と再訪を願った。

 

 震災の津波で釜石の自宅、職場が被災し、家族で長野県飯島町に移り住む遠藤光輝さん(41)は「W杯の日本開催でラグビーに興味が出てきた。立派なスタジアムで、選手たちのパワフルなプレーを見られて感動」と、チケットを用意してくれた義父に感謝。釜石が国際大会を開催できるまでになったことを喜び、「いろいろな人に釜石を知ってもらい、さらなる復興につながっていけば」と思いを込めた。

 

「ありがとーニッポン」。スタンドで小旗が揺れる

「ありがとーニッポン」。スタンドで小旗が揺れる

 

 甲子町の齊藤彰さん(69)は「W杯はチケットが取れなくて。PNCは発売と同時に申し込んだ。けっこういい席で、最高でしたね」と夫婦で満面の笑み。スタジアム建設中からこれまでに何度も現地に足を運んでおり、「まさか釜石でW杯ができるとは。大会誘致、スタジアム建設と、人間の力ってのは本当にすごいね」と感嘆の声を上げた。

 

 飲食ブースには、地元釜石の業者やキッチンカーなども出店した。NPOおはこざき市民会議は、浜の味「イカのポッポ焼き」を販売。鈴木匠事務局長は「食材の事前加熱など調理法の規制もあるので、W杯本番に向け見えた課題を検討したい。地元として何とか盛り上げたいという思いがある」と話した。

 

(復興釜石新聞 2019年7月31日発行 第812号より)

 

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多くのファンに囲まれ、W杯の成功を願うリッチー・マコウさん(前列中央)

英雄リッチー・マコウさん、釜石再訪〜トークイベントで市民と交流、ワールドカップ開催の成功願う

多くのファンに囲まれ、W杯の成功を願うリッチー・マコウさん(前列中央)

多くのファンに囲まれ、W杯の成功を願うリッチー・マコウさん(前列中央)

 

 「ラグビー史上最高の選手」と言われるニュージーランド(NZ)代表の元主将リッチー・マコウさん(38)が20日、2年ぶりに釜石市を再訪。情報交流センター釜石PITで開かれたトークイベントに臨み、間近に迫ったラグビーワールドカップ(W杯)に向けて最後の準備に取り組む市民らに「大会の成功を願う」とエールを送った。

 

 マコウさんは2011、15年のW杯でNZ代表を大会史上初の連覇に導いた。ワールドラグビーの年間最優秀選手賞に3度輝いた名選手で、15年に現役引退した。17年5月に釜石を訪れ、今回は自ら希望して再訪した。

 

 この日は、完成した釜石鵜住居復興スタジアムを視察したあと、同スタジアムで釜石シーウェイブス(SW)ジュニアの子どもたちを指導。釜石PITでのトークイベントにはファンら約80人が詰めかけた。 

 

 司会を務めた釜石出身のフリーアナウンサー、民謡歌手としても活動する佐野よりこさんが「釜石浜唄」を披露。本番が迫った釜石よいさの踊りを「よいさ小町」の面々が披露するなど、英雄の再訪をにぎやかに迎えた。

 

 マコウさんは「素晴らしいスタジアムが完成した。本番は大勢のファンでスタンドが埋まり、とてもにぎやかなイベントになるのでは」とあいさつ。被災地で戦うラグビープレーヤーの気持ちを「集中しようとしても、震災で亡くなった多くの人に思いをはせながらプレーすることになるのではないか」と代弁した。

 

 会場の質問に答える形で、ラグビーをやって一番うれしかったことは「チームが一丸となってトライできた時だ」とし、「チームの仲間が体の大きさや力を補い合ってプレーできるのが、他のスポーツにはないラグビーの魅力」と強調した。

 

 釜石応援ふるさと大使で、マコウさんに同行した在日オーストラリア・ニュージーランド商工会議所名誉会頭のメラニー・ブロックさん(55)は「リッチーはとても謙虚な人柄。彼の素晴らしさが伝わったと思う」とし、W杯釜石開催の成功を願った。

 

(復興釜石新聞 2019年7月24日発行 第810号より)

 

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楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

いよいよ、今週末27日(土)、「リポビタンDチャレンジカップ パシフィックネーションズ2019日本ラウンド 日本代表 v フィジー代表」が釜石復興鵜住居スタジアムで開催されます。また、9月25日(水)には、「ラグビーワールドカップ2019™日本大会 フィジー v ウルグアイ」が、同スタジアムで開催されます。

 

「釜石にやってくるフィジーとはどんなチームなのか。釜石のみなさんにその横顔を知っていただきたい。」今回、スポーツライター大友信彦さんのご好意により、2007年にスポーツ雑誌ナンバーPLUSに掲載され、今月よりラグビー専門WEBマガジン「RUGBYJapan365」で有料会員向けに公開されている記事を、縁とらんすでも掲載させて頂けることになりました。

 

提供:大友信彦&RUGBYJapan365

 

 

日本代表のワールドカップイヤーの戦いがいよいよ迫ってきた。

 

ワールドカップシーズンの初戦は、開幕まで2ヵ月を切った7月27日、釜石鵜住居復興スタジアムで行われるフィジー戦だ。
フィジーと言えば、セブンズ王国であり、展開ラグビーの王国であり「世界で最も見る者を楽しませるラグビー」という称号も得てきた。

 

ワールドカップイヤーのジャパンの腕試しの相手として、釜石で行われる初めてのテストマッチにやってくるチーム、フィジーだが、15人制のフィジー代表が来日するのは2012年以来7年ぶりだ。

 

フィジーとはどんな国で、どんな歴史のあるチームなのか。

 

ワールドカップ本番でも注目チームになるに違いない魔術師軍団。日本代表と死闘を繰り広げることになる2007年ワールドカップの前に書かれた紹介記事をアーカイブスとしてお届けする。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

 22歳のジョン・カーワンが衝撃の90m独走トライで世界に衝撃を与えた1987年の第1回ラグビーW杯。個人としてのMIP(モスト・インプレッシブ・プレイヤー)がオールブラックスの身長192㎝の巨漢WTBジョン・カーワンなら、チームとして世界を最も驚かせたMIT(モスト・インプレッシブ・チーム)は、南太平洋の島国からやってきた一団だった。

 

 IRB(現ワールドラグビー)のオリジナルメンバー以外から唯一ベスト8に進出したフィジーは、この年の5カ国対抗に全勝優勝(グランドスラム)を飾ったフランスと準々決勝で対戦。日本でも深夜の録画ながらNHK総合でオンエアされたこの戦いで、ほとんどのラグビーファンは初めて「フィジアン・マジック」を目撃する。

 

 ボールが出れば迷わず展開。強靱なバネと長い腕を持つ15人は、黒い肌を純白のジャージーに包み、セルジュ・ブランコ、フィリップ・セラ……世界ラグビーに名を轟かせたフランスの英雄たちが霞んでしまうような大活劇を演じた。とても取れそうにないパスも、掌に吸盤がついていそうな腕がグイーンと伸びて難なく捕球。魔法のパスが縦横無尽に飛び交い、次から次へとサポートプレイヤーが湧き出て芝の上を走り回る。ラグビーとはこんなにワクワクするものなのか。それまで見て楽しいラグビーの代名詞といえばフランスの「シャンパン・ラグビー」だったファンの辞書は、この日の華麗で愉快で冒険心に溢れた80分間の目撃により「フィジアン・マジック」と書き換えられ、SHパウロ・ナワル、SOセベロ・コロンデュアデュア、LOイライティア・サバイなどの名が、ワールドラグビーのスター名鑑に新たに加えられた。

 

 世界のどこにもない、フィジーだけのスリリングな展開ラグビー。それはいかにして生まれたのか。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

「フィジーでは午後4時頃になると、毎日、どこでも、タッチラグビーが始まる。公園でも、家の前の道路でも、砂浜でも。ボールがなければ空のボトルでも、ココナツの実でも何でもいいんです」

 

 そう話してくれたのはアルフレッド・ウルイナヤウだ。1996年からサントリーでCTBとして活躍し、フィジー代表としては1999、2003年のW杯に出場。2006年までNZのオークランドでデベロップメント・マネージャーを務め、2007年からサントリーのBKコーチとして再来日したアルフは、フィジーの首都スヴァで生まれ、8歳のときにNZへ移住した。本格的に競技を始めたのはNZ移住後だが、幼少期には「いつでも・どこでも」タッチ大会を始めてしまうフィジアン・マジックの土壌で育った。

 

 南太平洋のラグビー強国といえば、フィジーのほかにサモア、トンガがある。サモアは激しいコンタクトプレーを看板に91、95年のW杯でベスト8に進出。87年W杯で世界の頂点に立ち後にサモア代表監督を務めたマイケル・ジョーンズ、05年までオールブラックスの主将を務めたタナ・ウマンガなどサモア系のNZ代表選手も多い。

 

 『ガリバー旅行記』に登場する巨人国のモデルとなったともいわれるトンガはW杯の決勝ラウンド進出こそないが、NZのジョナ・ロムー、豪州のトータイ・ケフら移住先で世界のトップに立った選手を数多く生んでいる。

 
 3つの国は、日付変更線を挟んで三つ子のように寄り添う。だが国民性は微妙に違う。アルフによれば「フィジアンはいつもリラックスしてハッピー。トンガはやっぱり王国だからなのかマジメな人が多くて、サモアはその中間という感じです」となる。3カ国はいずれも経済的には恵まれず、インフラの整備されたNZや豪州への移住者が後を絶たないが、「NZでも、友達のトンガ人には医者や弁護士になっている人が多い。フィジアンでは、まずないね」とアルフは笑う。

 

 地理学ではトンガ、サモアは、西はニュージーランドから北はハワイ、東はイースター島に至るまで太平洋の大半を占めるポリネシアに属する。人種的には日本人と同じモンゴロイドであり、NZの先住民でオールブラックスにも多くを送り込むマオリ人も遺伝的にはこのグループだ。対してフィジーは、パプアニューギニアやバヌアツなどと同じメラネシアに分類される。メラネシアとはギリシャ語で「黒い島」の意味。この島々の住民たちの黒褐色の肌からこう呼ばれるようになったという。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

 ポリネシア系の有名人といえば、ハワイ人の曙、サモア系のKONISHIKI、プロ野球では米領サモア出身のトニー・ソレイタ(元日本ハム)などが思い浮かぶ。ラグビーではシナリ・ラトゥ、ルアタンギ・侍バツベイなど日本代表入りしたトンガ出身選手たちも、縦にも横にも雄大な体格の持ち主が多い(アルフ曰く「トンガ人はいつも際限なくモノを食べるんだよ」)。

 

それに比べると、フィジアンは意外と細身の人も多い。7人制ラグビーW杯でフィジーを2度の頂点に導いた英雄・ワイサレ・セレビ(身長169センチ)のような小柄な名選手もいる。

 

 だがフィジーの町を歩けば、道行く人の胸板、掌や足の甲の分厚さに驚かされる。それは若い男性に限らず、買い物袋を提げたおばちゃんもそうなのである。面白いのは、そういうおばちゃんたちの多くが普段着としてラグビージャージーを着ていることだ。記者がこれまで訪ねた国の中でも、ラグビーウエアの町中での着用率ではフィジーが世界一だった。

 

 そして、記者の個人的な経験で言うと、フィジーほどフレンドリーな国はない。人が優しい国、暖かい国はたくさんあるが、人々自身が底抜けに明るく、ハッピーな気分を分け与えてくれる点で、フィジーは際だっている。笑顔しか見せないと言っても過言じゃない。

 

 記者はこれをメラネシア人の特質なのかと思っていたのだが、あるとき訪れたニューカレドニア(フランス領)では、見た目はフィジアンそっくりながら「おはよう」とかけた声を無視する人に遭遇した(もしかしたら、フランス語の挨拶は無視する主義の人だったのかも知れない。フィジーへの訪問者はすぐに現地語の挨拶『ブラ!』を覚えるから、単純な比較はフェアでない気もする)。そのかわりと言ってはナンだが、ニューカレドニアは今まで行ったどの国よりもフランス人が陽気に暮らしているところだった……。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

 ともあれ、かくも陽気なフィジアンの国民性は、フィジー代表が見せる魅力的なラグビーと、間違いなく繋がっている。

 

「フィジアンは、リラックスして毎日を送っています。お互いがどうハッピーなのかを感じ合いながら過ごしている。ラグビーでも、まずボールを持った人が、何か自分で思いついたことを始める。そこに周りが反応していく。そこにボールがあれば、何かが起こると皆が分かっている。皆が期待している。だから反応できるんです」(アルフ)

 

 背番号とポジショニングに制約はなく、体格や体型によるポジションの決めつけもない。試合が始まれば、大柄なFWがバックスラインに走り込み、片手で頭越しのロングパスを繰り出す。まったくノーサイン、アイコンタクトもない場面で苦し紛れに蹴ったキックにもどこからか味方が反応して走り込み、スリリングなトライが生まれる。フィールドでは選手たちの自由なイマジネーションが化学反応を起こし、相手の予想もラグビー理論も関係なく、誰もが初めて目にする極上のパフォーマンスが生まれるのだ。

 

 ……と、良い面ばかりを書き並べると、世界の頂点を掴んでもおかしくないように思えるフィジーだが、実は重大な問題がある。スクラムやモールなど集団によるFW戦にはからきし弱いのだ。先の87年準々決勝でも、フランスFWが塊となって攻めると無抵抗状態でゴールラインを明け渡した。その後は世界ラグビーのプロ化、パワー重視の潮流が強まり、91年W杯ではプール戦全敗、95年W杯には出場さえ逃してしまった。

 

 フィジーのラグビーは、ここから方針を転換する。NZからコーチを招き、タイトなFWプレー、あらかじめ計画されたゲームプランの遂行などNZ流のラグビー理論注入を試みた。並行して、NZなど海外でプレーするフィジアンの代表召集を積極的に始めた。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

 その転換期のさなか、94年にフィジーは来日。日本代表と2テストを戦い、2敗という結果で帰国した。そのツアーの際、記者は象徴的な場面を目撃した。NZ人コーチの課すモールやハイパントの練習を嫌そうに、ダルそうにこなしていたフィジアンたちは、練習が終わり、クールダウンを命じられるや突如、ボールを持ち全員で走り始めたのだ。日本の呼び方なら『ランパス』。シゴキの代名詞となっている練習メニューだが、フィジアンたちは2時間の練習後というのに全力疾走を繰り返し、誇張ではなく本当に「ヒャッホウ!」という声まで飛び交っていた。それは、エリス少年がボールを抱えて走り出したラグビー誕生の伝説を連想させるほど楽しげな光景だった……。

 

 しかし、伝統的なフィジアン・マジックは年を追うごとに影をひそめている。それは世界ラグビーのプロ化とも密接に関係している。

 

 後に長く日本で活躍し、セブンズ日本代表監督も務めたパウロ・ナワルが教員だったように、87年W杯で世界に衝撃を与えたフィジー代表は全員がフィジー国内でプレーするアマチュア選手だった。しかしW杯によってフィジー選手のポテンシャルが世界的に認知されると同時に世界ラグビーにプロ化の波が押し寄せ、フィジーの有能な選手はNZや豪州、英国やフランス、そして日本のクラブへと流出を続けた。99年W杯では代表30人のうち国内クラブ所属の選手は13人と減り、03年は僅か7人に。多くの国に散らばる代表選手が一緒に練習できる機会は減り、かつて華麗なマジックを育んだ濃密なコミュニケーションは影を潜めていった(世界サーキットで長く活動をともにする7人制では英雄セレヴィの後継者にウィリアム・ライダーが育つなど人材のリサイクルが上手くいき、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは五輪初採用の7人制ラグビーでみごと金メダルを獲得した。それを祝って7フィジードルの記念紙幣も刷られた)。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

 一方で、マジックを担うはずの人材が他国で代表になる現象も後を絶たない。2003年、2007年W杯でNZ代表のエースWTBとして活躍したジョー・ロコゾコは5歳のとき両親と共にNZへ移住した生粋のフィジアンだ。ロコゾコの従弟でもあるシティヴェニ・シヴィバトゥは、高校時代に奨学金を得てNZへ留学し、後にオールブラックスに選ばれた。このようにフィジーの有望な若手を『青田買い』し、自国の代表候補として育成する動きは近年盛んになった。2003年W杯で活躍し「世界最高のWTBの一人」と評されるルペニ・ザウザウニンブサを生んだブザレヴ島(人口百数十人という小島)のような地方の村々をスカウト陣が訪ね回っているという。

 

「小さな島や村では遊ぶ道具もないから、ココナツを投げたり砂浜を走ったり、海で泳いだりして身体がナチュラルに強くなるんだな」(アルフ)。
 人材流出の面だけを見れば深刻な事態に思えるが、結果的にNZ代表入りを逃した選手が、FWの密集プレーなどフィジーでは学べない理論と経験を持ち帰り、フィジー代表の強化に技術を環流している一面もある。

 

楕円球タイムトラベル「PNC直前企画・フィジーマジックは再び起きるか」 BACK TO 2007」

 

 今のフィジー代表のイリ・タンブア監督は95年W杯に豪州代表で、99年W杯にフィジー代表で出場した経歴の持ち主だ。

 

「彼は昔のフィジアン・スタイルを復活させたいようです。ゲームを構築(ストラクチュア)することと、個人の閃き(フレア)のバランスを取ることはフィジーにとって永遠の課題ですが、今回の代表には経験豊富なSOのニッキー・リトル(31歳、英国サラセンズ)を2年ぶりで呼び戻した。彼はゲームを作りながら他の選手のフレアを引き出す能力があるので心強いです」(アルフ)

 

 フィジーにとって日本戦はこのW杯の初戦になる。どうか、魔術を炸裂させるのは、チームが熟成する2戦目以降にしてくれないか……。切にお願いする次第である。

 

(初出『ナンバーPLUS』2007年9月)

 

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夏の高校野球 県大会〜釜石勢 無念の初戦敗退

夏の高校野球 岩手県大会〜釜石勢 無念の初戦敗退

第101回全国高校野球選手権岩手大会が開幕し、釜石勢の2校はともに2回戦から登場。釜石商工は13日に盛岡市の県営球場で盛岡商と対戦し、1―4で敗れた。2番手で三回から継投した石川優良が1失点で踏ん張ったが、援護の打線がつながらなかった。一方、釜石は15日に同球場で優勝候補の一角の盛岡大付属と対戦し、0―11(五回コールド)で完敗。チームの要、捕手の新沼康生主将が体調不良で先発から外れたことが響いた。2校はいずれも力を出し切れず、初戦で早々と姿を消した。
 

釜石商工 打線つながらず 盛岡商に1-4 石川の好継投も実らず

 

父母らに初戦敗退を報告する釜石商工の三浦大武主将(前列右)

父母らに初戦敗退を報告する釜石商工の三浦大武主将(前列右)

 

 序盤にリードを許した釜石商工は四回、二死満塁から暴投で1点を返す。六回は洞口滉太朗、堀内海希の連打で無死一、二塁としたが、後続が倒れて得点ならず。八回にも堀内が二塁打で好機を作ったが、後が続かなかった。

 

 先発の岡崎蓮は初回、2四死球を与えたあと、暴投で失点。二回も2つの死球を出すなど荒れ、2点を奪われた。2番手石川優良は三回以降を1失点で踏ん張った。

 

 初回に先制した盛岡商は二回、佐々木の左中間2点二塁打でリードを広げた。先発杉村は何度も腕をつるなどアクシデントはあったが、要所を締め、被安打4、1失点で完投した。

 

スタンドから声援を送る釜石商工の生徒ら

スタンドから声援を送る釜石商工の生徒ら

 

 「盛岡商は似たような戦力。打ち勝つつもりだったが」と山崎善輝監督。相手投手の低めにコントロールされた球に打線が次々と手を出し、4安打に押さえ込まれた。

 

 「チャンスをつくって長打で還すつもりだった。まだ負けた気がしない。力を出し切れず本当に悔しい」。三浦大武主将は、ぼう然と下を向いた。春季は5割近くの打率を残し、夏本番での活躍が期待されたが、キャッチャーフライに3三振と不発に終わった。チームの大黒柱の不振に、山崎監督は「真面目な性格。初戦の雰囲気に余計な力が入ってしまったか」と首をかしげた。

 

 先発の岡崎蓮も初回に四死球を連発するなど誤算。山崎監督は「彼もまた真面目で頑固な性格。雰囲気にのまれたか」と思いやった。

 

 「勝てなかったことは悔しいが、自分の投球には満足している」。背番号5を付けた石川優良は、三回からのロングリリーフを1失点に抑えた。

 

 ゲームプランでは五回終了後から継投の予定だった。先発の不調で出番は早まったが、「心の準備はできていた」。

 

 「自分は球があまり速くない」と自覚。コントロールを意識して投げた。八回は、最後の攻撃で逆転できるように流れをつくろうと思い切り投げ込んだ。

 

釜石高 シード校に完敗 森大付にコールドで 主将新沼、意地の二塁打

 

先発を外れ、無念の報告をする釜石の新沼康生主将(前列左)

先発を外れ、無念の報告をする釜石の新沼康生主将(前列左)

 

 釜石はシード校の盛大付に果敢に立ち向かったが、大量失点の完敗に終わった。打線はわずか2安打に押さえ込まれ、無得点。体調不良で先発から外れた主将の新沼康生が五回に代打で登場。右中間を破る二塁打を放ち気を吐いた。

 

 春の県大会3位の盛大付は、二回二死から本塁打を含む6本の長短打を集めて一挙6点を先制。三回にも集中打で4点を奪い、釜石を圧倒した。

 

 「打たれること、点を取られることも想定はしていた」と佐々木偉彦監督。先発でマウンドに送り出した菊池健太は、初回は3人で討ち取ったものの、二回2死から集中打を浴びて崩れた。

 

 佐々木監督は「我慢し切れなかった。(強力打線を相手に)気持ちで負けていたのかもしれない。チームの要、捕手の新沼が出られないこともあって、ちょっと厳しかったかな」と思いやった。

 

 29人の部員の中で3年生は9人。「この学年は1年から担任し、長い時間を共有してきた。それだけに悔しい」と佐々木監督。試合終了後、父母らの前であいさつに立つと、「満足な結果ではなかったが、できることはやったと思う」と声を詰まらせた。

 

 「負けてしまったけど、全力でプレーしました」。見守る父母らの前で、新沼康生主将は小さな声を絞り出した。攻守の要と期待されたが、体調を崩し、先発から外れた。

 

 熱と頭痛で青ざめた表情ながらも、最終五回に代打で登場。見事二塁打を放ち、力の片鱗(へんりん)を見せつけた。

 

新沼の意地の二塁打に盛り上がる釜石応援席

新沼の意地の二塁打に盛り上がる釜石応援席

 

 小学校の時からチームメートだった菊池健太が先発。集中打を浴びる姿を見て、「(捕手として)助けてやることができなかった」と悔やんだ。

 

 スタンドでは、2つ年上の兄で3年前に甲子園の土を踏んだ康大さんが声援を送ったが、実らなかった。その兄の背中を追い、大学への進学を目指す。

 

(復興釜石新聞 2019年7月17日発行 第808号より)

 

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練習試合で相手を圧倒した釜石SW

増設完了のスタジアムで公式戦、釜石シーウェイブス は練習試合で圧勝〜多くのファン ワールドカップ成功を願う

練習試合で相手を圧倒した釜石SW

 

 ラグビーワールドカップ(W杯)本番へ向けて仮設スタンドの増設工事が完了した釜石鵜住居復興スタジアムで6日、トップリーグカップ(TLC)「NTTコミュニケーションズ―九州電力」の公式戦が行われ、スタンドを埋めた約700人の観客が熱い声援を送った。釜石シーウェイブス(SW)RFCの練習試合も行われ、W杯本番を想定してスタジアムの周辺に並んだ飲食などの出店もにぎわいを見せた。

 

 あいにくの梅雨模様となったが、スタンドを埋めたラグビーファンはトップチームの激突を堪能。試合終了後は選手のもとに駆け寄り、握手を求めていた。

 

選手と握手を交わすファン。W杯でもこうした光景が期待される

選手と握手を交わすファン。W杯でもこうした光景が期待される

 

 この日は「釜石SW―トヨタ自動車」の公式戦も組まれていたが、トヨタ側選手の不祥事で中止に。SWは練習試合に切り替え、岩手ブレイズラガーを招いて対戦した。

 

 試合は釜石SWが圧倒。FW滝沢祐樹の先制トライを皮切りに、前半8本、後半は12本のトライを奪い、スタンドを埋めたファンを喜ばせた。

 

 TLCで釜石SWは連敗し、この日は不戦勝扱いとなった。練習試合に急きょ出場した佐伯悠コーチ(33)は「残り2戦に向けて若い選手の力を試す、いい機会になった」とした上で、「TLCで今後対戦するライバルの三菱重工相模原、コカ・コーラにはどうしても負けられない」と気を引き締めた。

 

 試合の合間には、グラウンドの中で子どもや大人を対象にしたラグビー体験会も。入場者は青々と整備されたハイブリッド芝生の感触を確かめ、SWの選手らによるリフティング体験を楽しんだ。

 

 クラブチームの仲間5人と夜行バスに乗って駆けつけたという東京都江戸川区の会社員、米本達也さん(49)はSWの選手に持ち上げてもらい大喜び。「海や山に囲まれ、すてきなスタジアムですね。苦しい戦いが続くSWには、あきらめずにがんばってほしい」とエールを送った。

 

 試合終了後には、一般入場者を対象にスタジアム見学会も行われた。

 

仮設スタンド増設工事完了の説明を受ける見学者

仮設スタンド増設工事完了の説明を受ける見学者

 

 説明に当たった市ラグビーワールドカップ推進本部事務局の担当者は、地震で被災した熊本市や、解体された国立競技場などから支援で贈られた「絆シート」を最前列に配置したことを強調。熱心に耳を傾けた八幡平市の会社員高橋俊二さん(63)は「にわかラグビーファンですが、ふるさとは釜石。W杯の成功を願い、チケットも手に入れた」と開幕を心待ちにする。

 

(復興釜石新聞 2019年7月10日発行 第806号より)

 

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ラグビー教室で、子どもらを見守る五郎丸歩選手

五郎丸選手らがラグビー指導〜子どもら楽しく「強くなる」、岩手銀行など支援

ラグビー教室で、子どもらを見守る五郎丸歩選手

ラグビー教室で、子どもらを見守る五郎丸歩選手

 

 元ラグビー日本代表で主将も務めた広瀬俊朗さん(37)、トップリーグ・ヤマハ発動機の五郎丸歩選手(33)をコーチに迎えたラグビー教室が9日、釜石市甲子町の市球技場で開かれた。2015年ラグビーワールドカップ(W杯)英国大会で大活躍し、一躍スターとなった五郎丸選手。ラグビースクールで練習に取り組む子どもらは、あこがれの選手と一緒に、だ円のボールを追いかけ、元気な声を響かせた。 

 

 この教室は、ラグビーW杯釜石開催を盛り上げようと、岩手銀行(田口幸雄頭取)、フランスの証券会社ソシエテ・ジェネラル証券(ラファエル・シェミナ代表取締役)が共同企画した。

 

 釜石シーウェイブス(SW)ジュニアで活動する児童・生徒45人が参加。広瀬さんは「みんなで協力して何かをやり遂げる喜びを体感しよう」、五郎丸選手は「基本プレーを楽しく学ぼう」と呼び掛けた。

 

ラグビー教室に参加した釜石SWジュニアの子どもら

ラグビー教室に参加した釜石SWジュニアの子どもら

 

 トップ選手らは、パス練習やタッチラグビーに元気に取り組む子どもらにラグビーの楽しさや心構えを伝えた。五郎丸選手が鮮やかなコンバージョンキックを決めて見せると、大きな歓声が上がった。子どもらは「ルールを守ってプレーすれば、楽しいし、強くなる」と話した。

 

 子どもらと一緒に汗を流した五郎丸選手は「(釜石を舞台に先日NHKテレビで放送された)『鶴瓶の家族に乾杯』ではお世話になりました」とあいさつ。「ラグビーワールドカップを機に、ますます釜石が元気を取り戻してくれれば」とエールを送った。

 

(復興釜石新聞 2019年6月12日発行 第798号より)

 

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独自ボランティア「いわて・かまいしラグビー応援団活動交流会」

独自ボランティア「いわて・かまいしラグビー応援団活動交流会」

独自ボランティア「いわて・かまいしラグビー応援団活動交流会」

 

外国人おもてなしに関する有識者による講演をはじめ、活動グループの活動内容を知るとともに、活動グループ同士の交流を深める機会として、下記のとおり『独自ボランティア「いわて・かまいしラグビー応援団」活動交流会』を開催することといたしました。

 

「いわて・かまいしラグビー応援団」活動グループや「いわて・かまいしラグビー応援の店」登録事業所をはじめ、どなたでもご参加いただけます。皆様のご参加をお待ちしています。

 

日時

令和元年6月22日(土) 13:30~16:00(受付13:00~)

場所

釜石PIT(釜石市大町1-1-10)

内容

(1)講演
・講師
希望郷いわて文化大使、いわて・かまいしラグビー応援団公式アドバイザー 村尾 隆介 氏
・内容
ラグビーファンがやってくる!最高のおもてなしは 相手の国や文化に興味を持つこと!
~岩手を訪れる世界いわての人たちを知るセミナー!~
(2)いわて・かまいしラグビー応援団活動グループの活動発表
(3)懇親交流会

入場料

無料

申込書・応募申込先・お問い合わせ(申込締切:6月14日まで)

(1)申込書
チラシ・申込書(690 KB pdfファイル)
~~申込書に必要事項を記入し、FAX、メール又は郵便で次までお申し込みください。~~
(2)住所
〒020-8622岩手県盛岡市内丸3-7 岩手日報社企画推進部「活動交流会」係
(3)電話
019-653-4119/FAX:019-626-1881
(4)E-mail:
ouendan@iwate-np.co.jp

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 ラグビーワールドカップ2019推進本部
〒026-0031 岩手県釜石市鈴子町22-1(シープラザ釜石内)
電話 0193-27-8420 / FAX 0193-31-1170 / メール
元記事:http://www.city.kamaishi.iwate.jp/shisei_joho/shokai/rugby_city/detail/1228398_3208.html
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