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屋外で食べて飲もう!グルメガーデン、魚河岸テラスで初開催 “押し”食材は釜石産トマト

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釜石港の景色を背景にビアガーデンを楽しむ参加者

 
 釜石市で生産される食材の魅力を伝える「かまいしグルメガーデン」は12日、同市のにぎわい創出施設「魚河岸テラス」で初開催された。今回、取り上げられた食材は、加熱調理や加工に向くトマト「すずこま」。“かまとまちゃん”との愛称で、市が特産化に力を注いでいる農産物だ。参加者たちは、そのトマトを使ってピザづくりを体験した後、同施設内にある飲食店でビアガーデンを満喫。地元産食材のおいしさを確かめる機会にした。
 
 同施設指定管理者の観光地域づくり法人かまいしDMC が企画した。イベントを担当する佐々木和江さんによると、最大の目的はカフェ・レストラン「HAMAYUI(ハマユイ)」のテラス席を活用して「ビアガーデンが楽しめる」と知ってもらうこと。そこに何か体験を加えようとハマユイのメニュー表を確認し、目に留まったのがピザだった。「ビールのつまみにもなる」。ピザと言えば、トマトソース。「すずこまでソースをつくろう」。つながった。
 
 グルメガーデンには、市内外から約10人が参加。すずこまを提供した兼業農家、三科宏輔さん(30)=同市橋野町=のミニ講話で幕開けした。市が“押す”この品種は「めちゃくちゃ面白い食材。生でもおいしいが、加工したり、熱を加えて調理してもおいしい」と魅力をアピール。加熱しても鮮やかな色を保ち、煮崩れしにくいといった特徴も紹介した。
 
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自然と触れ合える農業の魅力を伝える三科宏輔さん(左)

 
 栽培のこだわりは「肥料なし、農薬なし、水なし」という自然の力を生かした生産手法。そこで大事にしているのが「土との向き合い方」で、野菜づくりに必要とされるものを使わずに「野菜が育つ土」を残すため日々奮闘する。
 
 畑で野菜を育てるほかに狩猟免許を取得したり、渓流釣りも楽しんだり、「食の恵みを実感する生活」を続ける三科さん。実は都会育ちで、5年前に神奈川県相模原市から移住した。今では「自然の面白さ」を独自に探求しながら、「日常の当たり前を問い直し、捉え直す」取り組みを開始。世界遺産「橋野鉄鉱山」のお膝元・青ノ木にある農園で自然を楽しむ体験ツアーや研修などを受け入れ、「日常の中の疑問を分かち合う時間」「悠久の歴史が息づく地で体感する時間的な奥行き」といった五感を刺激する学びの機会を提供する。
 
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三科さんが育てた釜石産トマトのおいしさを実感する参加者

 
 講話を終えると、調理がスタート。ハマユイのスタッフがソースづくりを教えた。トマト本来の甘さ、酸味を楽しんでもらうため、香辛料は控えてオリーブオイルと塩だけで味付け。作業も、半分に切ったすずこまをフライパンで煮詰めるだけとあって、参加者からは「簡単」と声が上がった。「料理人目線ではどう?」と質問する人も。指導したスタッフは「加熱しても肉厚な果肉が残るがいい」などと答えていた。
 
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ハマユイのスタッフに教わりながらピザをつくる参加者

 
 ソースは1時間ほど煮込むと完成するが、今回は事前に準備したものを使った。ピザの生地もハマユイが用意し、参加者は「厚さを均等にするのが難しい」などと言いながら形を整え、真っ赤なすずこまのソースにウインナーソーセージやチーズなどをトッピング。少し残ったソースを味わい、「より甘さが際立つ感じ」「濃厚」と加熱による変化を感じた。
 
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すずこまを使ったピザづくりを楽しむ参加者たち

 
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完成したピザソースは持ち帰り用にパック詰め

 
 ハマユイにある窯で焼き上げ、完成。参加者は釜石港を望むテラス席で生ビールやワインといったアルコール飲料、ソフトドリンクと一緒に味わった。
 
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パリパリ食感を楽しめるクリスピー生地のピザが完成

 
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おいしいものとの出合いと交流を楽しむ屋外ビアガーデン

 
 市内から参加した40代、50代の女性は「トマトソースだけでもおいしい」と感激。念願のピザづくり体験とともに、「生産者から野菜づくりの深い話を直接聞けた」と収穫を喜んだ。屋外で味わう食事の楽しさも再発見。「釜石ならではの味を知れる企画。また参加したい。ジビエとかお魚を使った体験ができたらいいよね」と笑顔を合わせた。

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ふるさと釜石を応援!深い思いを「はまゆり」に乗せ 画家・石森寛さん、新市庁舎完成で絵画贈る

新市庁舎の完成を祝い絵画を寄贈した石森寛さん(右)

新市庁舎の完成を祝い絵画を寄贈した石森寛さん(右)

 
 「釜石応援ふるさと大使」を務める釜石市出身の画家、石森寛さん(71)=東京都町田市=は10日、新市庁舎完成を祝い、市の花「はまゆり」を描いた絵画を市に贈った。首都圏在住の釜石市出身者やゆかりの人々でつくる釜石はまゆり会の会長なども務める石森さんが、記憶の中にある古里の風景をイメージ化して描写。「古里釜石への深い思いを込めて制作した。まちの象徴として末永く」と願った。
 
 贈られたのはF30号(縦約73センチ、横91センチ)の油彩画で、題名は「はまゆりが咲く頃」。石森さんは古里の風景をテーマの一つに据えているというが、この作品も子どもの頃に見た古里の海とハマユリを「記憶を頼りに」イメージして表現。花のオレンジと海や空の青が溶け込むよう柔らかい色使いにし、「夢のある絵」に仕上げた。
 
 作品の寄贈は今回が初めて。今月24日に開庁予定の新市庁舎で贈呈式があり、石森さんは「見る人によっていろいろなイメージが湧くように描いた。その時の気持ち、天候によっても見え方が違ってくると思う。自由な気持ちで見てもらえたら」と期待を込め、小野共市長に絵を託した。
 
市民に親しまれるハマユリを題材に作品を制作した石森さん

市民に親しまれるハマユリを題材に作品を制作した石森さん

 
ハマユリのつぼみは全て上向き。「未来に続く希望となるように」と願いを込める

ハマユリのつぼみは全て上向き。「未来に続く希望となるように」と願いを込める

 
 石森さんは釜石南高(現・釜石高)から東京芸術大に進み、大橋賞(首席で卒業)を受賞した。文化女子大(現・文化学園大)教授を長く務め、石巻専修大客員教授も歴任。現在は画業に専念し、個展、グループ展への出品は多数。はまゆり会長のほか、東京岩手美術会代表、釜石南高同窓会関東支部長、東京芸大ラグビー部OB会事務局長なども担い、精力的に活動している。
 
 絵の制作は、小野市長が依頼。石森さんは4月から描き始め、5カ月かけて完成させた。好きなものを描いてきたため、題材を与えられた今回は「大変だと思った」と明かした石森さん。もともと古里、三陸の風景を題材にした作品の創作も続けてきたが、改めて自身の記憶を見つめる機会となったようで、「いい経験になった」と表情を明るくした。
 
 油絵の味わい方も紹介。キャンバスに何層もの色をのせる、複雑な描き方をしていると話し、「絵の具の重なり合いや色の溶け込み、凸凹、こだわりの絵肌を近くで楽しんでほしい」と望んだ。
 
小野共市長から感謝状を贈られる石森さん(右)

小野共市長から感謝状を贈られる石森さん(右)

 
再会に感激⁉現庁舎に飾られている石森さんの作品

再会に感激⁉現庁舎に飾られている石森さんの作品

 
 寄贈作品は、新庁舎の市長室に通じる通路に設置する予定だ。「ハマユリは厳しい環境の中でもりんと優しく咲いている花。これまで艦砲射撃や津波災害を経験しながらも、力強く未来につないできた釜石と重なる」と小野市長。古里への深い思いを込めて制作された作品は「まちの魅力と郷土への愛情を広く伝え、多くの市民に感動と潤いを与える貴重な財産」として、石森さんに感謝状を贈った。

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みんなで楽しむ学校生活「白山小の財産」 釜石在住の卒業生 閉校前に贈るメッセージ

白山小で行われた卒業生の話を聞く会

白山小で行われた卒業生の話を聞く会

 
 本年度末に閉校を予定している釜石市嬉石町の白山小(鈴木慎校長、児童27人)で1日、卒業生の話を聞く会が開かれた。全校児童が対象で、自分たちと同じように多くの思い出をつくってきた先輩の記憶に触れながら、伝統の力が脈々と受け継がれていることを確認。「残りの生活を大切にしよう」と思いを共有し、学校への愛着をさらに育んだ。
 
 卒業生を招いた講話は6月から中休み時間を使って行っていて、この日が4回目。70代を代表して、水産加工会社小野食品(同市両石町)の社長として活躍する小野昭男さん(70)=1968年3月卒=が来校した。
 
柔らかな笑みを浮かべ後輩に思いを伝える小野昭男さん

柔らかな笑みを浮かべ後輩に思いを伝える小野昭男さん

 
 今から60年ほど前―。当時は3クラスあり、1学年の児童数は約100人。小野さんは校内や校庭で友達と遊び学んだこと、修学旅行での思い出、先生に怒られたことなど、昔も今も共通する学校生活を話題にした。少し違っているのは海岸の風景。コンクリート製の防潮堤などはなく、砂浜が見え、海岸線がつながっていたという。
 
 放課後は自宅周辺の友達と海岸で遊んだり、野球をしたり。その時には1~6年生までが入り交じり、「地域みんなで楽しんだ。高学年が低学年の子をなんとなくケアしながら」と、小野さんは振り返った。現在の白山小は全校で27人だが、「みんなが一緒に楽しんでいる。子どもの頃の思い出の景色と似ている」とうれしそうに話し、「これが白山小の財産」と強調した。
 
日常生活で大事にしてほしいことを伝える小野さん

日常生活で大事にしてほしいことを伝える小野さん

 
先輩の言葉にじっと耳を傾ける児童

先輩の言葉にじっと耳を傾ける児童

 
 来春、平田小(同市平田町)と統合して新しい生活が始まっても「白山小で、みんなで過ごした気持ちを忘れないで」と小野さん。これからの生活で、「どんなことにでも『ありがとう』と素直に気持ちを表す」「自分から動く」「夢や目標をつくる」の3つを大切にして「いろんなことにチャレンジを」とメッセージを送った。
 
 野球に熱中する阿部桜之輔さん(3年)が印象に残った言葉は「三角野球」。二塁がない、野球を簡素化した遊びらしく、興味深く耳を傾けた。「目標を持つ大切さ」も心に響いたようで、「夢はプロ野球選手。練習をいっぱい頑張る」と思いを強めた。児童会長の川﨑仁遥さん(6年)はお礼の言葉で、「『ありがとう』を素直に言えるようにし、学校生活を元気に楽しく過ごしていきたい」と受け止めた。
 
学校に残るアルバムを懐かしそうに見つめる小野さん。「白山小での思い出を財産に」とメッセージを送った

学校に残るアルバムを懐かしそうに見つめる小野さん。「白山小での思い出を財産に」とメッセージを送った

 
 卒業生の話を聞く会はこの後、2回予定する。鈴木校長は「子どもたちには小規模だから培われた良さがある。各年代の先輩たちからメッセージを受け取り、さらに実りある学びの時間になれば」と見守る。

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東京・玉川学園オーケストラ部 仙人の里で6回目の演奏 震災後続く交流に利用者、職員感謝

仙人の里で開かれた玉川学園オーケストラ部の慰問演奏会。ホールには歓迎のメッセージが掲げられた

仙人の里で開かれた玉川学園オーケストラ部の慰問演奏会。ホールには歓迎のメッセージが掲げられた

 
 釜石市甲子町の特別養護老人ホーム仙人の里(千葉敬施設長、長期利用66人、短期同14人)に8月25日、音楽のプレゼントがあった。利用者に弦楽器演奏を披露したのは、東京都町田市の玉川学園中学、高等部のオーケストラ部員ら25人。東日本大震災後、同部が続けるボランティア演奏旅行で訪れたもので、同施設への訪問は6回目。部員らは演奏後、利用者と会話し温かい交流の輪を広げた。
 
 同部は8月24日から28日まで4泊5日の日程で、岩手、宮城両県を訪問。小中学校や公共施設、宿泊先のホテルなどで計16公演を行った。24日に岩手入り。翌25日にかけて内陸と沿岸を回り、28日の平泉町、中尊寺での奉納演奏を含め県内7公演を行った。
 
バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスで奏でるオーケストラ部

バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスで奏でるオーケストラ部

 
歌との共演も。学園高等部の石川正弥さんがのびやかな歌声で魅了した

歌との共演も。学園高等部の石川正弥さんがのびやかな歌声で魅了した

 
 仙人の里には25日午後に訪問。中・高部員に同部出身の大学生3人が加わり、顧問の鈴木孝春教諭の指揮で演奏した。「ディズニークラシック」で開演。オペラやミュージカル曲、日本の曲では「川の流れのように」などを披露した。途中、同学園出身の声楽家伊藤名佳子さん、声楽の道を志す学園高等部3年の石川正弥さんが賛助出演。伊藤さんはオペラ・カルメンの「ハバネラ」、石川さんは「見上げてごらん夜の星を」を歌い、2人で「浜辺の歌」など2曲を歌った。アンコールにも応え、全11曲を演奏した。
 
学園出身の伊藤名佳子さん(左)、石川さんで「浜辺の歌」を披露。会場では涙をにじませながら聞き入る人も

学園出身の伊藤名佳子さん(左)、石川さんで「浜辺の歌」を披露。会場では涙をにじませながら聞き入る人も

 
伊藤さん、石川さんのかけ合いで届ける楽しいステージもあった

伊藤さん、石川さんのかけ合いで届ける楽しいステージもあった

 
 演奏後、部員らは利用者に駆け寄り、いろいろな話をした。孫のような中高校生との触れ合いに、手を握って目を潤ませる人も。帰り際には名前を覚えて「○○ちゃん、来年も来てね」と別れを惜しむ姿も見られた。利用者の粒針千代美さん(88)は初めて聞く演奏に「素晴らしかった。ぐっときました。みんな、かわいくてねぇ。来てくれてありがたい」と感謝。最前列で楽しんだ78歳女性は「音楽、好きだけど、こんなに楽しいのは初めて。すてきな音色に涙が出てきた。生徒たちといろんな話もできてうれしい」と声を弾ませた。
 
演奏後に行われた交流のひととき。部員も利用者も弾ける笑顔!

演奏後に行われた交流のひととき。部員も利用者も弾ける笑顔!

 
楽しい触れ合いで、互いに元気をもらい合った

楽しい触れ合いで、互いに元気をもらい合った

 
 玉川学園は幼児期からの一貫教育を行う総合学園で、大学や大学院もある。オーケストラ部の震災被災地に出向いての演奏は2013年から開始。夏休みを利用して被災3県を回り、仮設住宅や小中学校などで住民を元気づけてきた。仙人の里には2017年に初めて訪れ、コロナ禍による休止を経て、23年から再び縁を結んでいる。
 
 今回は中・高の7人が初めての東北訪問演奏。ビオラを担当する中学部1年の村松優月さんは「腕が疲れたりして大変だけど、観客を前にすると頑張ろうと思える。先輩たちが長い間続けてきた活動なので、受け継ぐ私たちもつながれた思いを大事にしていきたい。現地で学んだことは周りにも伝えていければ」と貴重な経験を心に刻む。
 
 高等部1年の越田真衣さんは祖父母が岩手県人。「被災の話も聞いているし、身内に津波で亡くなった人もいるので、被災者の方々の気持ちが少しですが分かる」と、今回の訪問に特別な思いを寄せる。仙人の里では高齢者と触れ合う時間も持てた。「すごく楽しかったし、『楽器を始めて良かった』と思える瞬間だった」。部活がきっかけで、さらに強まった岩手との絆。被災地に心を寄せ続ける大切さも改めて実感し、「絶対にまた来たい」と望んだ。
 
弦楽器以外の音が出るものでアクセントを加えたり、ピチカート(弓を使わず指で弦を弾く奏法)で演奏したりと各種演出も

弦楽器以外の音が出るものでアクセントを加えたり、ピチカート(弓を使わず指で弦を弾く奏法)で演奏したりと各種演出も

 
かわいらしい振り付けで締めのアンコールもバッチリ!

かわいらしい振り付けで締めのアンコールもバッチリ!

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地域のつながり生む“盆踊り” 震災被災の鵜住居で継続5回目 古里再生に地元商店会が結束

ノリノリで盆踊りを楽しむ子どもら=22日、うのすまい・トモス

ノリノリで盆踊りを楽しむ子どもら=22日、うのすまい・トモス

 
 釜石市鵜住居町の駅前公共施設「うのすまい・トモス」広場で22日、納涼盆踊り大会が開かれた。鵜住居商店会(中里充良会長、30店)が主催し5回目の開催。地元住民のほか、市内外から訪れた家族連れやスポ少の団員らが踊りの輪を作り、夏の夜のひとときを楽しんだ。東日本大震災から15年。甚大な被害から立ち上がり、一歩一歩前に進む同地域に、新たなシンボルイベントが定着しつつある。
 
 同盆踊りは2019年、ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の試合が釜石鵜住居復興スタジアムで行われるのに合わせ、初めて企画された。20年から3年間は新型コロナウイルス感染症の流行で開催できず、23年から再開。市、かまいしDMC、鵜住居地域会議の後援で続けられ、今回で5回目を迎えた。
 
鵜住居商店会主催の「納涼盆踊り大会」。盆明けの8月下旬に行われる

鵜住居商店会主催の「納涼盆踊り大会」。盆明けの8月下旬に行われる

 
 広場には紅白のちょうちんで彩られたやぐらが設置され、景気付けの太鼓とともに6曲の踊りを楽しんだ。「炭坑節」や「東京音頭」、「北海盆唄」といった盆踊りの定番曲に加え、鵜住居町出身の三味線奏者、駒幸夫さんが作詞作曲を手がけた「三陸みなと音頭」、フォークダンスでもおなじみの「マイム・マイム」、リバイバルヒットで脚光を浴びた「ダンシング・ヒーロー」と、さまざまな楽曲で盛り上がった。
 
幅広い年代が夏の風物詩、盆踊りを楽しむ

幅広い年代が夏の風物詩、盆踊りを楽しむ

 
「マイム・マイム」はいつの時代も盛り上がる。子どもたちは笑顔満開!

「マイム・マイム」はいつの時代も盛り上がる。子どもたちは笑顔満開!

 
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女性たちはすてきな浴衣姿で…。会では毎年、地元美容室によるレンタル浴衣の着付けサービスもある

 
 踊りの輪でひときわ目を引いたのは“赤”色を身に付けたスポ少の子どもたち。軟式野球の「釜石野球団Jr(ジュニア)」、バレーボールの「栗林ラビー」の団員計約50人が団体参加した。釜石野球団Jrは今年8月、栗林ラビーは昨年12月に全国大会に出場した際、鵜住居商店会から支援金を受けていて、この日はそのお礼を伝えようと盆踊り会場に足を運んだ。
 
赤Tシャツに赤ユニフォームが盆踊り会場を彩る

赤Tシャツに赤ユニフォームが盆踊り会場を彩る

 
栗林小体育館や市民体育館(鵜住居町)で練習に励む「栗林ラビー」の団員ら。この日は盆踊りで地域交流

栗林小体育館や市民体育館(鵜住居町)で練習に励む「栗林ラビー」の団員ら。この日は盆踊りで地域交流
 
やぐらの上で踊る子どもコーナーも毎年人気。親たちはスマホカメラで熱心に撮影

やぐらの上で踊る子どもコーナーも毎年人気。親たちはスマホカメラで熱心に撮影

 
 釜石野球団Jrの阿部結耀主将(鵜住居小6年)はチームメイトと参加する初の盆踊りに「最高ですね。みんなでふざけ合ったり自由に楽しめるので、解放感がある」と、競技とは違う空間を満喫。応援してくれる商店会の人たちに感謝の気持ちを表し、「9月にある三陸学童野球大会でも絶対、優勝します」と強い決意を示した。
 
 そろいの黄色い浴衣姿で参加したのは北日本銀行の市内3支店の行員8人。踊りのほか、会の運営にも協力した。釜石勤務2年目、小佐野支店の畠山誠也さん(23)は「盆踊りは夏らしさを感じてもらえる場。子どもたちが楽しめるよう微力ながらお手伝いできれば」と会の盛り上げに尽力。「周りの人たちが気さくに話しかけてくれるし、商店会の人たちも優しいので、すっと輪の中に入っていける」と自身も楽しい時間を共有。地域住民との貴重な触れ合いの機会を喜んだ。
 
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北日本銀行の行員らは毎年同会に協力。踊りだけでなく会の運営にも力を発揮

 
 震災前、鵜住居町には同銀行の支店店舗があったが、津波で全壊。現在は、大渡町の釜石支店内に鵜住居支店の窓口が置かれている。釜石支店に勤務する古川実佳さん(27)は震災時、鵜住居小の5年生。隣接する釜石東中の生徒と高台に避難し、津波から命を守った。当時、鵜住居駅近くにあった自宅は津波で流失した。あれから15年―。古里は復興まちづくりで大きく姿を変えた。「人口減少は続くが、こうして盆踊りを開催できるまでになりうれしく思う」。社会人になった今、生まれ育ったまちへの貢献を望み、「明るさを届けるなど、できる限りのことをやっていきたい」と意気込む。
 
 同盆踊りには鵜住居以外からも多くの人たちが足を運ぶ。両石町の母親の実家に帰省した群馬県前橋市の中学生山岸佳乃さん(12)は家族やいとこらと初めて来場。「地元では地区単位の盆踊りはあまりない。ここは地域密着で安心できる感じ」と会場の雰囲気を楽しみ、「夏休みのいい思い出になりそう」ときょうだいらと笑顔を広げた。
 
キッチンカーなど各種出店が囲む飲食スペースは開始から大にぎわい

キッチンカーなど各種出店が囲む飲食スペースは開始から大にぎわい

 
甚平や浴衣姿の子どもたちは、とびきりの“うのスマイル”でハイ、ポーズ!

甚平や浴衣姿の子どもたちは、とびきりの“うのスマイル”でハイ、ポーズ!

 
商店会はポップコーンや綿あめを無料サービス

商店会はポップコーンや綿あめを無料サービス

 
 会場には地元商店のほか、市内外のキッチンカーなど計13店が出店。商店会は綿あめとポップコーンを無料サービスし、子どもたちを喜ばせた。辺りが暗くなる頃にはさらに人出が増え、会場内は大にぎわい。恒例の締めの餅まきではパンや菓子を含む約2500個が宙を舞い、熱気冷めやらぬ中、会は終了した。
 
暗くなる頃には多くの人たちが踊りの輪に加わり、昔ながらの盆踊り風景が広がった

暗くなる頃には多くの人たちが踊りの輪に加わり、昔ながらの盆踊り風景が広がった

 
クライマックスの餅まきはこの熱気! パンや菓子が入った袋も宙を舞う

クライマックスの餅まきはこの熱気! パンや菓子が入った袋も宙を舞う

 
 実行委員長の岩﨑健太さん(42)=岩崎商店専務取締役=は、地元企業やボランティアなど多くの協力者に深く感謝。「年代に関わらず、地域のつながりを生んでいるイベント。年齢を重ねてもこういう場があるから集まれる。継続は簡単ではないが、世代交代しながら長く続けていけるよう頑張りたい」と未来を見据える。

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思い出いっぱい! 懐かしき日々よみがえる 今年度で閉校の栗林小 お盆帰省に合わせ校舎見学会

懐かしい写真を指差し、母校の様子を子どもに教える栗林小の卒業生=15日、栗林小校舎内

懐かしい写真を指差し、母校の様子を子どもに教える栗林小の卒業生=15日、栗林小校舎内

 
 「懐かしいー」「久しぶり!」。お盆中日の15日、夏休み中にもかかわらず、にぎやかな声が飛び交った釜石市の栗林小(高橋昭英校長、児童24人)。来年3月末で閉校し鵜住居小と統合する同校で、この日開かれたのは「思い出の校舎見学会」。帰省した卒業生、地域住民ら約200人が足を運び、さまざまな教室を見て回ったり学校の歴史を物語る写真を見たりして、それぞれの在校時代に思いをはせた。夕方からは7年ぶりとなる栗林町納涼大会も開かれ、住民らが思い出話に花を咲かせた。
 
 同見学会は地元住民組織、栗林共栄会(洞口政伸会長)が同校PTAと連携し、閉校記念事業に位置付けて開催。古里を離れている卒業生らも参加しやすいようにと日程を組んだ。午後1時から3時間、校舎内を開放。帰省した家族連れや、町内在住の中学生から高齢者まで幅広い年代が続々と訪れた。各階の教室などを見て回ったほか、古い時代の写真や児童らが所属した地域スポ少の展示も楽しんだ。
 
「校歌、覚えてる?」 卒業制作作品の校歌の版画(右下拡大)を見上げる見学者=視聴覚室

「校歌、覚えてる?」 卒業制作作品の校歌の版画(右下拡大)を見上げる見学者=視聴覚室

 
住民らが寄せた古い時代の写真も多数公開。モニターで過去写真のスライドショーも

住民らが寄せた古い時代の写真も多数公開。モニターで過去写真のスライドショーも

 
地元スポ少、栗林ゼブラ(野球)、栗林ラビー(バレーボール)の歴史を振り返る展示コーナーも設けた

地元スポ少、栗林ゼブラ(野球)、栗林ラビー(バレーボール)の歴史を振り返る展示コーナーも設けた

 
 開始早々に訪れたのは、卒業生の阿部(旧姓大丸)翔子さん(37、北上市)、大丸広希さん(28、愛知県)きょうだい。校舎内に足を踏み入れるのは卒業以来で、懐かしさに浸りながら校内を巡った。翔子さんは「視聴覚室の匂いが当時のまま」、広希さんは「変わっているところ、変わっていないところ両方ある」と年月の経過を実感。プール前では裏山を指差し、「全校児童が休み時間に山を登り、進んだ分だけ磁石の印を上げていくというのもやっていた」と翔子さん。強豪チームに成長したバレーボールスポ少「栗林ラビー」の主将も務め、「栗小生はラビーかゼブラ(栗林の野球スポ少)、どっちかに入っていた」とスポーツが盛んな地域だったことも明かした。2人が在籍した時代から児童数が少なかったこともあり、「閉校、統合は来るべくして来たという感じ。いずれは…とは思っていたので」と受け止めた。
 
帰省した栗小卒業生は家族で見学。思い出のプール前で記念の一枚

帰省した栗小卒業生は家族で見学。思い出のプール前で記念の一枚

 
地元を離れた卒業生は久しぶりに再会した地域住民らと会話が弾む(写真右側)。卒業生の子どもらも父母の小学校時代に興味津々(同左側)

地元を離れた卒業生は久しぶりに再会した地域住民らと会話が弾む(写真右側)。卒業生の子どもらも父母の小学校時代に興味津々(同左側)

 
 千葉県から帰省した藤原隼人さん、直子さん(旧姓駒林)夫妻(ともに48)は栗小の同級生。隼人さんは3年まで、直子さんは6年間を同校で過ごした。教室内に用意された写真アルバムをめくり、知った顔を見つけた隼人さんは「自分がいたころの雰囲気が感じられる」と郷愁に浸った。直子さんが印象に残っているのは6年時の「健康優良校」の受賞。当時、校内では基本的に“はだし”生活で、校庭もはだしで走ったり乾布摩擦をしたりして児童の健康増進を図っていたという。「大会もあって、みんなで一致団結して目標に向かっていたのを覚えている」と直子さん。栗小は自身にとって「人生の土台を作ってくれた大切な場所」と心に刻む。父親の転勤で4年時から千葉に移り住んだ隼人さんも「小学校の思い出はこっちの方があるかも。今から考えると、特別な経験ができた場所なので記憶に残っている」と語った。
 
栗林小は1989(平成元)年に健康優良学校として全国特別優秀校に輝いた

栗林小は1989(平成元)年に健康優良学校として全国特別優秀校に輝いた

 
教室の机と椅子に座って小学校時代の記憶をたどる卒業生 width=

教室の机と椅子に座って小学校時代の記憶をたどる卒業生

 
 5年時に栗小100周年を迎えた川崎修さん(59、釜石市)は、「この時にプールができ、校門付近に記念植樹もした」と記憶をよみがえらせる。教室の机と椅子に触れ、「こんなに小さかったかな…」とぽつり。在籍時は全校で100人ぐらいの児童がいた。“栗林っ子まつり”という行事で、全校児童が郷土芸能の踊りを覚えて発表したり、他校の教職員がよく視察に来ていたのを覚えているという。栗林ゼブラにも所属し、「夏になると男子は水泳大会に陸上記録会、ゼブラの野球練習と、放課後は大忙しだった」と懐かしむ。展示では昭和時代のゼブラ準優勝の賞状も見つけた。
 
廊下にも思い出がいっぱい。東日本大震災後、校名の漢字が同じという縁で相互交流を続けてきた香川県高松市の栗林(りつりん)小の展示も(左下写真)

廊下にも思い出がいっぱい。東日本大震災後、校名の漢字が同じという縁で相互交流を続けてきた香川県高松市の栗林(りつりん)小の展示も(左下写真)

 
図書室で在校時の思い出に浸る釜石東中生。それほど年数がたたずとも「なつかしー!」

図書室で在校時の思い出に浸る釜石東中生。それほど年数がたたずとも「なつかしー!」

 
 「これを機に最後に見ておきたいと思って…」。同校を卒業した友人と校内を回った釜石東中3年の小笠原楓真さん。わずか3年ぶりとはいえ懐かしさはいっぱいで、図書当番で昼休みを過ごした図書室で自分の名前の入ったものを見つけ、うれしそうな顔を見せた。思い出として挙げたのは体育館裏の学校の畑作りを頑張ったこと。「閉校は少し悲しいが、鵜小と一緒になることで友達も増える」と、新たな環境で学ぶ後輩たちの明るい未来を願った。
 
 栗林小は1877(明治10)年開校。戦後の教育改革で中学校が併設され、栗林小中学校として同じ校舎で学んだ。1969(昭和44)年に火災で校舎が全焼。翌70(同45)年に新校舎が建てられた。中学校は73(同48)年に鵜住居中、箱崎中と統合され、釜石東中となった。後に特別教室の増築、体育館の建て替えなどもあり、現在の形となった。小中学校時代には児童生徒が約300人いた時期もあったという。小学校は2010(平成22)年に橋野小と統合した。
 
火災後に再建された栗林小の校舎。増築や一部改修などはあるが、形は基本的に変わっていない

火災後に再建された栗林小の校舎。増築や一部改修などはあるが、形は基本的に変わっていない

 
校長室では栗林小と統合前の橋野小の歴代校長の顔写真も展示した

校長室では栗林小と統合前の橋野小の歴代校長の顔写真も展示した

 
 高橋校長は「多くの人たちが見学に来てくれて、地域に愛されている学校というのを改めて実感した。皆さん、懐かしい顔にも会えて喜んでいた。こういう機会を持てて本当に良かった」と感謝の気持ちを口にした。
 

校舎見学の後は… みんな集まれ! 栗林のお盆恒例「納涼大会」 7年ぶりに開催

 
「カンパ―イ!」 7年ぶりの納涼大会に笑顔を広げる栗林町民ら=15日、栗小体育館

「カンパ―イ!」 7年ぶりの納涼大会に笑顔を広げる栗林町民ら=15日、栗小体育館

 
 校舎見学に合わせて開催したのは地域のお盆恒例行事、栗林町納涼大会(栗林共栄会主催)。帰省者を含めた住民交流の場は約30年前にスタート。幅広い世代が集まり、カラオケや盆踊り、花火、飲食などを楽しんできた。震災後は町内に建てられた仮設住宅で暮らす被災者も招き、交流の輪を広げた。新型コロナウイルス感染症の影響で2019年を最後に開催できない年が続いていたが、今回の校舎見学会に合わせ7年ぶりに復活させた。
 
 催しの運営に力を発揮するのは2002年に結成された栗林青年団。現会長の川崎仁士さん(45)は「栗林の先輩方はみんな地域のために一生懸命。震災後、町内に移り住んだ人たちも祭りやこうしたイベントを通して地域になじんでもらえている。小学校はなくなるが、今後もこうした交流の場を設けていければ」と話す。前会長の伊藤健さん(45)も「お盆といえば納涼大会というのが栗林住民の通例。再開されてうれしい。こういった場で久しぶりに会う人もいるので地域にとっては大事な行事」と継続を望む。
 
体育館前にはキッチンカー3台が出店。好みの軽食を買い求め館内のテーブルへ

体育館前にはキッチンカー3台が出店。好みの軽食を買い求め館内のテーブルへ

 
子どもたちは浴衣や甚平姿で楽しむ。夏休みの大切な思い出

子どもたちは浴衣や甚平姿で楽しむ。夏休みの大切な思い出

 
 岩﨑涼風さん(20)は就職で一度釜石を離れたがUターン。この日は日中、校舎内も見学し、思い出に浸った。久しぶりに会った2歳上の先輩と意気投合し、納涼大会にも参加。「社会人になると友達と会う機会も減ってしまうので、こういう集まりがあるとうれしい。お盆中は雨が続き、家にばかりいた。今日は天気も良く気分最高。お酒もおいしい」と2人で笑顔を重ねた。
 
再会、交流の場となった栗林町納涼大会。今後も続くことを願って…

再会、交流の場となった栗林町納涼大会。今後も続くことを願って…

 
 共栄会の洞口会長は校舎見学会に高齢者も多数訪れたことに驚き、「この学校にはそれだけ歴史があり、思い出があるということ。地域と学校が一緒になって栗林小を育ててきたことがよく分かる。統合しても先輩方が築いてきた『地域で子どもたちを見守る』という伝統だけは絶やさずに残していってもらいたい」と願った。

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釜石の夏を熱く!夜市「おいでんせ」 おいしく楽しく盛り上げる 盆踊りも

夜市で買ったおいしいものを味わう家族連れ

夜市で買ったおいしいものを味わう家族連れ

 
 釜石市の中心市街地のにぎわいを創り出すイベント「かまいし夜市おいでんせ」(同実行委員会主催)は10日、同市大町周辺で開かれた。帰省客や家族連れが古里の味や多彩なステージを楽しんだ。同日は、すぐそばにあるイオンタウン釜石も市民参加型の「超!盆BON踊り」を開催。2つの催しで夏の“マチナカ”が熱く盛り上がった。
 
 夜市の会場となった市民ホールTETTO前広場には釜石、大槌地域の飲食店など16の業者・団体が屋台や販売ブースを並べた。釜石産鶏肉を使った台湾風唐揚げ「大鶏排(ダージーパイ)」、アユの塩焼き、イカ入りの焼きそば、ホタテやサクラマスが入った釜飯、シカ肉の串カツなど、おいしいものがずらり。訪れた人たちは気になる味を買い求め、地元の日本酒・浜千鳥、ビールとともに堪能した。
 
地元の味を提供する屋台。調理に腕を振るう

地元の味を提供する屋台。調理に腕を振るう

 
餅まきは大にぎわい。あちらこちらから手が伸びる

餅まきは大にぎわい。あちらこちらから手が伸びる

 
 隣接するイオン釜石前の大町広場に設けられたステージでは、郷土芸能の虎舞やバンド演奏、園児によるダンスなどジャンル豊かなステージが繰り広げられた。スペシャルゲストとして出演した沖縄県出身のシンガー・ソングライター成底ゆう子さんは、釜石の桜舞太鼓と協演。迫力あるパフォーマンスで会場を盛り上げた。
 
特設ステージでは虎舞や踊りなどが披露された

特設ステージでは虎舞や踊りなどが披露された

 
成底ゆう子さんと桜舞太鼓がコラボレーション

成底ゆう子さんと桜舞太鼓がコラボレーション

 
 地元の鈴木慧さん(7)は「餅まきが楽しかった。友達と遊べるのもいい」とにっこり。父の一央さん(29)も帰省中の友人と会う場になったと喜び、「やっぱり街の中心部に人が集まるといい」と歓迎した。仲間と相席しアルコール飲料のつまみにしていたのは、唐丹町で育てられているムール貝の酒蒸し。「同じ漁業者だから、応援したい。うまい」と味わった。
 
ムール貝を使った酒蒸しやラーメンを提供したブース

ムール貝を使った酒蒸しやラーメンを提供したブース

 
釜石の海の幸を届けた唐丹ムール貝養殖組合のメンバーら

釜石の海の幸を届けた唐丹ムール貝養殖組合のメンバーら

 
 提供した唐丹ムール貝養殖組合はイベント初出店。酒蒸しのほか、地元産ワカメも添えた磯ラーメンも売り出した。佐々木和則組合長(59)は「釜石を宣伝する海の幸になれば。イベントで知ってもらい、普通に食卓に並ぶ一品になれば、よりうれしい」と笑顔を広げた。
 
 鵜住居町のカフェ&バー「ネバーランドヴィレッジ(NLV)」も初めての出店。今年3月から三陸鉄道鵜住居駅そばの鵜の郷交流館内で営業しており、実店舗のメニューをアレンジしたメキシコ料理「ナチョス」、子ども向けにドーナツやポップコーン、炭酸飲料などを販売した。
 
おつまみにもご飯にもおやつにもなるメニューを用意したブース

おつまみにもご飯にもおやつにもなるメニューを用意したブース

 
出店を楽しむ「ネバーランドヴィレッジ」のメンバー

出店を楽しむ「ネバーランドヴィレッジ」のメンバー

 
 「ターゲットに合わせて提供するものを考えたり、いい経験になった」と話すのは、オーナーの髙橋一美さん(50)。店の営業を軌道に乗せることで「手いっぱい」だが、今回「まちをにぎやかにする」という夜市の思いに共感した。「みんなが楽しいならいい」。客はもちろん、普段から店の運営を手伝ってくれる友人や家族らが和気あいあいとした雰囲気で調理したり接客する様子をうれしそうに見つめた。
 
 夜市は昨年に続き、2回目の開催。実行委員長の小澤伸之助さん(釜石商工会議所会頭)は「『おいでんせ』は釜石小唄の歌詞にある言葉。聴くと思い出す、古き良き釜石を取り戻せたらとイベントを始めた。食と音楽で地域を盛り上げながら、釜石の元気を届けたい」と話した。
 
イオンタウン釜石の「超!盆BON踊り」

イオンタウン釜石の「超!盆BON踊り」

 
 イオン釜石の盆踊りも昨年に続いて2回目。港町の第2駐車場の一角を会場に、日暮れ前は子どもたちが輪をつくり、夜が更けると老若男女が踊りを楽しんだ。市内の60代女性は「盆踊りと言えば夏の楽しみだったが、近ごろはやっているところは少ない。初めて参加したけど、やっぱり楽しい。体が覚えている。うまい、へたに関係なくみんなでできるのがいい。活気がある催しを継続してほしい」と望んだ。
 
 日本語を学ぶため釜石で生活するネパール、ミャンマー出身の留学生8人は浴衣姿で参加。ネパール人のタマン アーシシュさん(21)は「(踊りは)難しいけど、楽しい。ゆかた、かっこいい。いい思い出になった」と満足げに話した。
 
日本語を学ぶ留学生らも浴衣姿で踊りの輪に加わった

日本語を学ぶ留学生らも浴衣姿で踊りの輪に加わった

 
踊りの動きを練習する子どもたちに笑顔が広がった

踊りの動きを練習する子どもたちに笑顔が広がった

 
 「にぎやかでいいね」とうれしそうなのは、盆踊りの企画を発案したイオン釜石の大沼秀璽モールマネジャー。自身も夏に古里に帰省した際の楽しみの一つが盆踊りだった。今回は若手スタッフを踊りの輪に加え、「市民とより近く、率先して楽しむ」のを体験してもらった。
 
 そこで、工夫したのが選曲。釜石小唄を始め「炭坑節」「三陸みなと音頭」などの定番曲に加え、「好きすぎて滅」「タッチ」「盆ギリ恋歌」といった若者に聴きなじみのある曲も流した。功を奏し、自然と輪が広がり、手応えを感じた様子の大沼マネジャー。「来年はもっとパワーアップさせたい」と思いを膨らませた。

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スタートから20年 人気衰えぬ魚のつかみどり 甲子・松倉地区住民つなぐ夏行事 今年も

スタートの合図で特設いけすに足を踏み入れる子ども=松倉町内会行事「魚のつかみどり」

スタートの合図で特設いけすに足を踏み入れる子ども=松倉町内会行事「魚のつかみどり」

 
 釜石市甲子町松倉地区で続けられる夏の恒例行事、魚のつかみどりが今年も行われた。地域自慢の清流、甲子川で夏休みの楽しい思い出をと、松倉町内会(佐野賢治会長)が2006年に始めた催しは今年で丸20年。幅広い世代が交流を深める人気イベントとして定着している。今回も親子連れを中心に約90人が集まり、特設いけすで泳ぎ回る川魚と格闘しながら弾ける笑顔を見せた。
 
 例年、7月最終週の週末に開催している同行事。今年は当初、7月25日に予定していたが、雨天で2週にわたり延期を余儀なくされ、天候が回復した8月8日にやっと実現した。県立釜石高裏の松倉橋下の河川敷には、この日を待ちわびていた地域の子どもらが元気に顔をそろえた。佐野会長が参加者を歓迎。町内会が用意した飲み物を配り、熱中症への対策を呼びかけた。
 
 網を張って作った特設いけすに放たれたのは、両石町の千丈ヶ滝養魚場から購入したヤマメ、イワナ、ニジマス計約400匹。幼児から年代ごとに分かれて川に入り、生魚のつかみどりに挑戦した。小学校中学年までは15分、同高学年以上は10分の時間が設けられ、1人3匹とれたら終了。子どもたちは素早く泳ぎ回る魚と格闘し、いけすの端に追い込んだ魚を両手でぎゅっとつかむと、ビニール袋を持つ家族のもとに“今晩のおかず”を届けた。
 
幼児は父母らと一緒に挑戦。うまくつかまえられるかな?

幼児は父母らと一緒に挑戦。うまくつかまえられるかな?

 
いけすの中の魚に視線が注がれる。どの辺をねらう?

いけすの中の魚に視線が注がれる。どの辺をねらう?

 
水の中にそーっと手を伸ばしタイミングを見計らってぎゅっ! とった魚は家族が持つビニール袋にIN

水の中にそーっと手を伸ばしタイミングを見計らってぎゅっ! とった魚は家族が持つビニール袋にIN

 
「とったよ!」。食べごたえがありそうな大物に笑顔を広げる

「とったよ!」。食べごたえがありそうな大物に笑顔を広げる

 
 同行事では帰省した人たちや地区外の友人を誘っての参加も歓迎する。4年前まで祖父がいる松倉に暮らしていた佐藤うたさん(17)、雅久さん(15)、ほのさん(10)きょうだいは小佐野町に移住後も同行事に参加。ほのさんは「毎年来ているけど、今日は天気も晴れてすごく楽しめた。絵日記にも書きたい」とにっこり。兄雅久さんは「夏休み期間でなかなか会えない友だちや地域の人とも関わりを持てるいい行事。魚をつかむのも慣れてきた」と難なく3匹をゲット。幼児期から参加する姉うたさんは「松倉は自然が豊かだし、地域行事もたくさんあるので楽しい」と古里愛をにじませる。計9匹の獲物は「家族で分け合って食べたい。みんな大食いなので、すぐなくなっちゃうかも」と笑った。
 
ベテラン?のお姉さんたちがいけすの周りでコツを伝授。頼もしい応援団!

ベテラン?のお姉さんたちがいけすの周りでコツを伝授。頼もしい応援団!

 
きょうだいで夏の思い出づくり。魚のつかみどりは何回やっても楽しい!

きょうだいで夏の思い出づくり。魚のつかみどりは何回やっても楽しい!

 
太ももまで水に漬かり、魚の様子をうかがう(写真右)。生きのいい魚におっかなびっくり。逃がさないように袋の中へ(同左)

太ももまで水に漬かり、魚の様子をうかがう(写真右)。生きのいい魚におっかなびっくり。逃がさないように袋の中へ(同左)

 
女性陣も頑張りました!年齢、性別関係なく楽しめるつかみどり

女性陣も頑張りました!年齢、性別関係なく楽しめるつかみどり

 
 地元在住の小学生、小笠原旦晃さん(7)は3回目のつかみどり。「魚が暴れて怖かったけど、自分で3匹とれた。食べるの、楽しみ」と満足げ。この日は都合がつかず参加できなかったが、いつもは姉2人も参加。父将太さん(41)は「毎年、子どもたちが楽しませてもらっている。生きた魚をつかまえるのは新鮮な経験。自然と触れ合う機会を大事にしたいので、こういう場があるのは非常に助かる」と喜んだ。
 
 松倉地区には甲子小PTAが組織する北松倉、南松倉両こども会があり、町内会と連携。魚のつかみどりなどの地区行事も共催事業として実施しており、住民同士が世代を超えて交流できる機会を増やしている。佐野町内会長は「ここまで続けてこられたのは、こども会PTAの皆さんの協力があってこそ。町内会役員も高齢化する中で、子育て世代のお父さん、お母さん方が力を発揮してくれるのは大変ありがたい。子どもたちが楽しみにしている行事なので、世代交代しながら何とか今後も続けていければ」と願う。
 
豊かな自然が残る甲子川。この日は大人の見守りで水遊びも楽しんだ

豊かな自然が残る甲子川。この日は大人の見守りで水遊びも楽しんだ

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「釜石艦砲射撃」の記憶、平和の思いどう引き継ぐ 市民ら「考え続ける姿勢を大事に」

戦災の記憶を次世代につなごうと活動した釜石高校の生徒。戦没者を追悼し、平和を願う場で成果を発表した=8月9日

戦災の記憶を次世代につなごうと活動した釜石高校の生徒。戦没者を追悼し、平和を願う場で成果を発表した=8月9日

 
 太平洋戦争の終戦が迫っていた1945年夏、釜石市は連合国軍の艦隊から2度の艦砲射撃を受けた。「釜石艦砲」として地元で語り継がれてきたが、体験者から直接話を聞けるのに残された時間は長くはない。戦後81年。戦禍の記憶を継承し、次世代に平和のバトンを託そうと、市民有志らは奮闘する。「戦争の悲惨さ、平和の尊さを『考え続ける』という姿勢を大事にしていかなければいけない」。戦没者の追悼、戦災関連の展示、地域と歴史を知る授業体験の提供などで思いをつなごうとしている。
 
 艦砲射撃は、海上から軍用艦が陸地に向けて砲弾を発射すること。軍需産業に不可欠な製鉄所がある釜石は米英軍の攻撃対象とされ、1945年7月14日と8月9日の2回砲撃された。計5300発以上の砲弾が撃ち込まれ、少なくとも782人が犠牲になった。
 

戦没者を追悼、平和を願う

 
釜石市戦没者追悼・平和祈念式で祭壇に花を手向ける参列者=8月9日

釜石市戦没者追悼・平和祈念式で祭壇に花を手向ける参列者=8月9日

 
 釜石市主催の戦没者追悼・平和祈念式は2回目の艦砲射撃を受けた9日に大町の市民ホールTETTOで行われ、約140人が参列した。小野共市長は式辞で「私たちはこの地で失われた一人一人の命に思いを寄せ、その悲しみを決して忘れてはならない。そして平和を守り育てる努力を重ねていくことが必要だ」と述べた。
 
 釜石市遺族連合会の佐々木郁子会長(83)が追悼のことば。満州に出征し病死したとされる父ら過酷な戦場で果てていった兵士を思い、「歳を重ねるごとに新たな悲しみが込み上げてくる。戦争は街や人の心を壊し、故郷さえ失わせてしまう。残るものは憎しみと報復だけなのに、なぜ人間は戦争をするのか。私たちは二度と巻き込まれてはならない」と訴えた。
 
 次世代へつなぐ取り組みとして、岩手県立釜石高3年の川崎夏織さん、川崎由花梨さん、古川明弥さんが釜石艦砲をテーマにした探究活動の成果を発表した。戦時中、市内にあった捕虜収容所の所長だった故稲木誠さんの手記を基に電子紙芝居を作り、7月に小学校で上演。3人は「戦争を経験した世代が少なくなっていく中、伝承活動の担い手不足を実感。戦争の記憶は、私たちのように戦争を体験したことのない世代が次へと継承していく必要がある。この活動がより若い世代に影響を与え、『忘れてはいけない』『自分たちも記憶をつないでく』と感じてもらえたら」と願った。
 
「未来を守り続ける」と平和への思いを発表する釜石市の中学生

「未来を守り続ける」と平和への思いを発表する釜石市の中学生

 
 平和学習で交流している青森市と釜石市の中学生計20人も献花。釜石市立甲子中1年の小笠原伊織さんは「平和な暮らしが決して当たり前ではないことを知り、その価値を大切にしていかなければならないと思った。平和な未来を守り続けていきたい」と語った。青森市立佃中1年の葛西椎菜さんも共感し、「何が起こるか分からないから、防災という面でも備え、伝えることが大事だと思った。地元青森のことをもっと深く知りたいし、釜石での学びと関連付けて考えてみたい」と刺激を受けたようだった。
 
 式典に参列した佐々木啓二さん(82)は終戦時1歳。出兵したまま帰らぬ人となった父に花を手向け続ける。「平和になったから、この歳まで生きていられる。自分と同じような父の顔を知らぬ子どもがいない世の中が続いてほしい」と切に望んだ。
 

授業を体感「中学校で教わる釜石の艦砲射撃」

 
「釜石の艦砲射撃」をテーマにした中学校の授業の体験講座=7月25日、釜石市提供

「釜石の艦砲射撃」をテーマにした中学校の授業の体験講座=7月25日、釜石市提供

 
 学校の授業を体感してみませんか-。釜石市教育委員会主催の講座「中学校で教わる釜石の艦砲射撃」は7月25日、港町のイオンタウンホール(イオンタウン釜石内)で開かれた。講師は甲子中教諭の川村吉さんが務め、10~80代と幅広い世代の市民ら約50人が参加した。
 
 講座は、地域の歴史への理解を深めるとともに、戦争の記憶をいかに次世代へ継承していくかを考える機会とするのが目的。一方通行になりがちな講演会とは違い、中学生が受ける授業のように「学び」「考え」「伝える」ことに重点を置いた。講師の話を聞いた後、参加者同士で話し合いながら考え、答えを探し、伝え合う形で進行した。
 
 参加者から「とても詳しい資料や説明で、今の中学生が受けている授業のことを知れて良かった」「戦争当時を生きた人々の事例から、とても多くのことを学んだ。戦争の恐ろしさを忘れず、次世代に語り継いでいく必要性を身に染みて感じた」といった声が聞かれた。それぞれが授業を受けるという久しぶりの感覚を楽しみつつ、学びを深める貴重な機会とした。
 
 市教委事務局文化財課の担当者は「学校での授業の一端に触れた参加者は生き生きとした様子で、学びの重要性を再確認したようだ。戦争体験者から戦争を知らない世代に、そして子どもたちに釜石の艦砲射撃をいかにして伝えていくかを考えさせられる講座となった」と手応えを得た様子だった。
 

郷土資料館で艦砲戦災企画展

 
釜石市郷土資料館で開催中の艦砲戦災展

釜石市郷土資料館で開催中の艦砲戦災展

 
 同市鈴子町の市郷土資料館では、艦砲戦災展「戦火から立ち上がった釜石~戦災と復興の記録~」が開催中。釜石艦砲による戦災を伝えると共に、まちの再生について考えてもらうのを狙いに、関連資料や写真など約50点を紹介する。同展では、今年1月に新たに提供された艦砲射撃の様子を収めた写真も公開されている。
 
 今年は2011年の東日本大震災から15年の節目でもあり、戦災と震災に共通する「再生する力」に焦点を当てた内容に。再建が進む市街地の写真や戦後建てられた「戦災復興配給住宅」の図面、1947年の昭和天皇の釜石訪問、50年の国鉄(現JR)釜石線の開通式典のパネル資料などが並んでいる。
 
8月9日には青森市や釜石市の中学生が見学に訪れた

8月9日には青森市や釜石市の中学生が見学に訪れた

 
 注目は、釜石への砲撃の様子を捉えた19枚の写真。「1945年7月14日、米国の艦船『USSクインシー』から撮影」などとの説明があり、砲撃によって白煙や黒煙を上げる市街地の状況、攻撃に向かう米軍艦隊の船舶などが写し出されている。稲木さんの孫で、米誌ニューズウィーク日本版記者の小暮聡子さんが米国立公文書館で発見し、市に撮影データを寄贈した。
 
小暮聡子さんが米国立公文書館で確認した1回目の釜石艦砲射撃の写真。説明に「炎上する釜石に接近するUSSクインシー」とある=釜石市郷土資料館提供

小暮聡子さんが米国立公文書館で確認した1回目の釜石艦砲射撃の写真。説明に「炎上する釜石に接近するUSSクインシー」とある=釜石市郷土資料館提供

 
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写真説明に「最初の砲撃で炎上する釜石の製鉄所 USSクインシー撮影」と書かれた一枚=釜石市郷土資料館提供

 
 市は2度目の艦砲射撃の写真は持っていたが、1度目の写真はなかった。佐々木寿館長補佐は「おびただしい煙の量に当時の惨状が想像される。貴重な資料だ」と強調。この写真を含めた今年の企画展を通して「砲火の記憶から今を考えるきっかけに。戦争がもたらすものとは、災害があった時にどう向き合うか、平和を守るとはどういうことか、考え続けることが大事。戦災と震災の記憶、そして復興の歩みを未来につないでいくことが、戦争を起こさないことにもなるのではないか」と問いかけた。
 
 艦砲戦災展は9月6日まで。入館料は大人200円、高校生以下無料。火曜休館。
 

アニメで記憶をつなぐ 北銀ひまわり会、郷土資料館にDVD寄贈

 
釜石市郷土資料館の戦災コーナーで放映中のアニメーション

釜石市郷土資料館の戦災コーナーで放映中のアニメーション

 
 郷土資料館の戦災コーナーにも新たな映像資料が加わった。「釜石・艦砲射撃の記憶」と題したアニメーション(約6分)で、戦火を生き延び、街の復興を見つめた男性が伝承への思いをかみしめる内容。北日本銀行釜石支店の親睦団体「ひまわり会」(庄子忠良会長)が、将来を担う子どもや市民に広く知ってもらいたいと作成し、DVDに収録して贈ったものだ。
 
釜石艦砲射撃のアニメーションDVDを手にする庄子忠良会長(左)、髙橋勝教育長=7月30日、釜石市提供

釜石艦砲射撃のアニメーションDVDを手にする庄子忠良会長(左)、髙橋勝教育長=7月30日、釜石市提供

 
 DVDの贈呈式は7月30日に同館であり、庄子会長が髙橋勝教育長に手渡した。作成を提案した庄子会長は、釜石艦砲の体験者。「この艦砲射撃のアニメーションを多くの人に見ていただきたい。戦争の悲惨さを知り、平和を考えるきっかけとなってほしい」と願いを託した。
 
 市教委や同館では、分かりやすくまとめられたDVDが子どもから大人まで世代を超えて継承する、新たな平和学習の教材になりうると期待。市内小学校の授業で活用してもらおうと、各校に配布。同館ではもともとある艦砲射撃の紹介映像と併せ、常時公開している。

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地元ドライバーの車で橋野鉄鉱山へ 道中ガイド楽しく 釜石初の「事業者協力型自家用有償運送」開始

栗橋地域在住ドライバーの自家用車で橋野鉄鉱山へ!「事業者協力型自家用有償旅客運送」の試走会=5日午後

栗橋地域在住ドライバーの自家用車で橋野鉄鉱山へ!「事業者協力型自家用有償旅客運送」の試走会=5日午後

 
 釜石市の世界遺産、橋野鉄鉱山への移動手段確保を目的とした「事業者協力型自家用有償旅客運送」が始まった。運営するのは一般社団法人釜石観光物産協会(新里進会長)。講習を受けた登録ドライバーが自家用車に観光客を乗せ、道中ガイドもしながら現地までを往復するもので、来訪者の利便性向上や旅の満足度アップにつながるものと期待される。5日、登録ドライバー3人に協会から登録証が交付され、試走会が行われた。
 
 釜石駅前で行われた運行開始式で新里会長は、公共交通空白地帯での同運送の導入について説明。橋野鉄鉱山までのルートには歴史的遺産や魅力的な自然景観が多いことを挙げ、「ガイドを添えることで理解が深まる。地域資源をコンテンツとして盛り込み、観光客を呼び込みたい」と話した。運行に必要な講習を受講したドライバー3人(藤原信孝さん、和田利男さん、菊池弘充さん)に新里会長から登録証が手渡された。式の後、市職員が客として乗り込み、3人が橋野鉄鉱山まで試走した。
 
釜石駅前広場で行われた「ガイド de GO!」運行開始式

釜石駅前広場で行われた「ガイド de GO!」運行開始式
 
「自家用有償旅客運送運転者」の登録証を手にする(前列左から)和田利男さん、菊池弘充さん、藤原信孝さん

「自家用有償旅客運送運転者」の登録証を手にする(前列左から)和田利男さん、菊池弘充さん、藤原信孝さん

 
 同運送は道路運送法に基づき、交通空白地などで例外的に自家用車による有償旅客運送を許可する国の制度の一つ。バスやタクシーの会社が運行や車両整備管理を担い、安全確保に努める(事業者協力型)。本県での許可は紫波町に続き2例目。自家用車を使用しての観光での運行は初となる。
 
 釜石市では橋野鉄鉱山までの路線バス運行がなく、移動手段の確保が課題となっていた。昨年6月、市地域公共交通活性化協議会で現状と課題を共有。釜石観光物産協会が実施主体、市内のタクシー会社スクー(平松篤代表取締役)が協力事業者として導入に向けた準備を進めた結果、本年7月30日、岩手運輸支局から運行の許可を受けた。事業名は「ガイド de GO!」。
 
運行時には有償運送車両であることを示す右下の表示を車体に付けて走る

運行時には有償運送車両であることを示す右下の表示を車体に付けて走る

 
橋野鉄鉱山へレッツゴー!講習を受けたドライバーが客を送迎

橋野鉄鉱山へレッツゴー!講習を受けたドライバーが客を送迎

 
 発着地点は釜石駅、鵜住居駅のほか、市内宿泊施設からの運行も可能。料金は1台30分あたり2500円。モデルコースの鵜住居駅発着(120分)は1万円、釜石駅発着(150分)は1万2500円。タクシー料金の約7割で利用でき、運行時間や経由地を柔軟に設定できる。一番の魅力は、地元をよく知るドライバーから歴史や文化などの話を聞けること。ルート上には魅力的な観光資源が豊富で、客の希望で史跡や滝、巨木などの景観名所に立ち寄ることも可能。
 
客の希望でルート上の史跡や産直施設などにも立ち寄ることができる

客の希望でルート上の史跡や産直施設などにも立ち寄ることができる

 
試走会では栗林町の偉人三浦命助の碑に立ち寄り、ドライバーの説明を聞いた

試走会では栗林町の偉人三浦命助の碑に立ち寄り、ドライバーの説明を聞いた

 
橋野鉄鉱山インフォメーションセンター駐車場に到着。釜石駅からは直通で約45分

橋野鉄鉱山インフォメーションセンター駐車場に到着。釜石駅からは直通で約45分

 
 試走会では、幕末に起こった三閉伊一揆の指導者の一人「三浦命助」の碑(栗林町)に立ち寄り、ドライバーから話を聞くなどした。参加した市生活環境課の鈴木生真主事は「釜石出身でも知らないような興味深い話をたくさん聞かせてもらい、道中、とても楽しかった」と感激。鉄路などで市外から訪れる観光客が橋野鉄鉱山に向かうには、これまでタクシーやレンタカーしかなかったが、新たな制度の導入で選択肢が増える。「お客さまにとってもメリットが多いサービス。効果的な周知でしっかり情報を届けることができれば、利用者もある程度、出てくるのではないか」と話した。
 
 登録ドライバーの菊池弘充さん(61、橋野町)は試走を終え、「お客さまを乗せてというのはまた違った緊張感があったが、慣れてくれば大丈夫。一生懸命、ガイドしたいほうなので」とにっこり。現役時代は三陸鉄道に勤務し、運転士を20年務めた。釜石観光ガイド会会員でもあり、ガイド歴は24年。「運転者講習では道路状況に応じたお客さまへの心遣いも学んだ。安全安心で快適な観光をサポートできるよう努力していきたい。併せて地元の魅力もたくさんアピールできれば」と運行を楽しみにする。
 
 基本の運行時間は午前9時から午後5時まで。1週間前までの事前申し込みが必要。利用の申し込み、問い合わせは釜石観光物産協会(電話:0193・27・8172、FAX:0193・27・8173、E-mail:info@kamaishi-kankou.jp)へ。

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チームづくりを後押し!釜石市、心鍛える学びの場提供 早稲田大学ラグビー蹴球部 合宿で体感

釜石市で初合宿に臨んだ早稲田大学ラグビー蹴球部=7月30日

釜石市で初合宿に臨んだ早稲田大学ラグビー蹴球部=7月30日

 
 「ラグビーのまち」の釜石市は7月末、大学ラグビーの名門、早稲田大学ラグビー蹴球部の合宿を始めて受け入れた。早大ラグビー部にとっては恒例とする長野県・菅平高原での夏合宿を前にした、チームづくりを狙ったプレ合宿。グラウンドで汗を流し技術を磨くことだけでなく、東日本大震災から立ち上がった歩みに触れながら人間性を高め心を鍛える場にしてもらおうと、「釜石だから提供できる」プログラムを用意した。
 
 全国大学選手権で歴代最多の16回優勝している名門は、2019年を最後に選手権の優勝はなく、最近2年は決勝で敗れた。大学ラグビーは「夏が大切」というが、定例化された合宿への変化をもたらす試みとして、プレ合宿を発案。釜石への誘致は、スタジアムの利用促進を官民で進めるために昨年できたコミュニティ・コンソーシアム「チームうのスタトライ!」の構成員に早大ラグビー部出身者がいたことで実現した。
 
 早大ラグビー部の選手やスタッフら計約170人は、7月28~31日の日程で来釜。19年に開かれたラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の会場の一つとなった同市鵜住居町の釜石鵜住居復興スタジアムを中心に練習、地域貢献や交流活動を行った。
 
釜石祈りのパークで献花する早大ラグビー部の選手たち=7月28日

釜石祈りのパークで献花する早大ラグビー部の選手たち=7月28日

 
 初日の28日は鵜住居町の追悼施設「釜石祈りのパーク」を訪れ、フッカーの清水健伸主将(4年)らが献花し、黙とうをささげた。スタジアムに移動し、その日から練習を始めた。29日は、市の復興プログラム・ワークショップに参加。震災の被災状況、W杯が開催されるまでの経緯など、15年余りの被災地の歩み、復興まちづくりとラグビーの関わりについての説明に耳を傾けた。
 
釜石入りしあいさつする清水健伸主将(右上写真)。地域の子どもたちや釜石市民らが歓迎した

釜石入りしあいさつする清水健伸主将(右上写真)。地域の子どもたちや釜石市民らが歓迎した
 
釜石鵜住居復興スタジアムで練習する早大ラグビー部の選手ら=7月30日

釜石鵜住居復興スタジアムで練習する早大ラグビー部の選手ら=7月30日

 
 30日には、高校生を対象にしたラグビークリニックを行った。岩手県内外の7つの高校からラグビー部員ら約90人が参加し、指導を通じて交流。ポジションごとに分かれ、大学生ラガーマンたちが見本を示しながら技術面で助言したりした。
 
ラグビークリニックで地元の高校生らにスクラムの姿勢を指導

ラグビークリニックで地元の高校生らにスクラムの姿勢を指導

 
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大学生ラガーマンと交流した釜石、釜石商工、大船渡東の高校生たち

 
 釜石高校の佐藤和希さん(2年)は「タックルの姿勢など基本を教わった。押されても倒されない、当たり負けしない動きを試合でできるようにしたい」と刺激にした。単独でのチーム編成は難しく、各種大会は釜石商工、大船渡東との合同チームで臨む。大学生の技術やパワー、ラグビーを純粋に楽しんでいる雰囲気を間近で体感できたことも収穫だったといい、「スキルを持ち帰って、花園に向けて練習に取り組んでいく」と気持ちを高めた。
 
丸太を協力して運ぶ早大ラグビー部の選手たち

丸太を協力して運ぶ早大ラグビー部の選手たち

 
 同日は、地域のなりわいを支える復興プログラムを体験する時間も。林業と福祉を連携させた就労支援で復興を後押しする一般社団法人「ゴジョる」(東京、菊池隼代表理事)が釜石で行っている間伐材を使ったまき製造について説明を聞いた。
 
 材料となる木材は、鵜住居町根浜地区の山から切り出したもの。部員たちに、約2キロ先にある箱崎町の加工場まで運んでもらおうと、長さ2メートル、重さ20~60キロの丸太が用意されていた。6、7人のグループに分かれ、担ぎ方など作戦を練りながら人力で運搬。途中にある高さ14メートルの防潮堤では「力貸して」などと声をかけ合いながら上り下りし、結束力を高める機会にした。
 
まき割りにも挑戦。神経を集中させ、おのを振り下ろす

まき割りにも挑戦。神経を集中させ、おのを振り下ろす

 
 部員たちにとって、丸太を運ぶのは初めての体験。ナンバー8の荒木鷲摩さん(2年)は「想像以上に大変だった」と笑いつつ、「ラグビーシーズンはこれから。釜石で印象深い学びは人の気持ちで、マインド面で考えさせられた。『今ある環境が当たり前じゃない』と強く感じたからこそ、毎日を必死に取り組もうと思った。この経験を生かしてレベルアップしたい」と気を引き締めた。
 
 最終日の31日は、感謝を込めスタジアム内の清掃や座席を修繕した。スクラムハーフの平塚英一朗さん(4年)は「実際に被災した方から聞く話は説得力があり、深い学びがあった。自然豊かな環境の中で新鮮な気持ちでラグビーができ、心身ともに成長できた。全国大学選手権の決勝で勝ち、合宿を支えてくれた釜石の方々に恩返ししたい」と力を込めた。
 
釜石合宿の拠点となったスタジアムに感謝を込めベンチをやすりで磨いた=7月31日

釜石合宿の拠点となったスタジアムに感謝を込めベンチをやすりで磨いた=7月31日

 
 ウイングの佐々木豪正さん(4年)は、早大ラグビー部で唯一の岩手県出身選手。紫波町出身で中学生の時、このスタジアムの完成を祝う試合でトライを決めた経験があり、「久しぶり」と懐かしんだ。春先に負ったけがが癒え、釜石合宿から本格的に練習に復帰。震災時のリアルな状況や復興の中でスポーツが果たした役割を改めて振り返る機会にもなったようで、「一日一日を大切に生き、自分が活躍することで岩手に元気を与えられたら。後悔しないよう全力で自分自身を高め、Aチーム入りして試合に出たい。その先に優勝がついてくれば」と気合を入れた。
 
「プレーで岩手に元気を」と釜石合宿に臨んだ佐々木豪正さん(左から3人目)

「プレーで岩手に元気を」と釜石合宿に臨んだ佐々木豪正さん(左から3人目)

 
 清水主将は「地域を盛り上げるスポーツの力を改めて感じた。楽しく充実した経験を積み、人として成長できた」と、釜石合宿を振り返った。「菅平の前に合宿することで日本一に向けてチームの成長を早めたい」と遠征した早大ラグビー部が目指すチーム像は「愛し愛され勝つ早稲田」。自分とラグビーについて見つめ直すワークショップの後に仲間と話し合ったと話し、「自己犠牲―きつい時に盛り上げる、仲間のために動ける、みんなができたら強いチームになる」との思いを共有する。チーム力を強化した先にあるのは日本一奪還。「釜石の皆さんと一緒に、国立の舞台で優勝を勝ち取り、『荒ぶる』(部歌)を歌う」と気持ちを熱くする。
 
 釜石市はスタジアムを活用した合宿の誘致に力を入れている。市文化スポーツ課の山﨑強課長は「1つの団体でこれほどの人数の受け入れは初めてだった。見直しが必要な部分はあるが、大規模でも受け入れられるとPRになったのでは」と手応え。ラグビーのまちの推進、経済活性化につなげる取り組みとすべく、「釜石の強みを生かし、合宿の地としての土壌をつくっていきたい」と先を見据えた。

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スタートから38年 今年で最後 かみなかしまフェスティバル 夏のにぎわいに惜しむ声

大勢の来場者でにぎわった第33回かみなかしまフェスティバル=23日夕

大勢の来場者でにぎわった第33回かみなかしまフェスティバル=23日夕

 
 釜石市西部地区の夏の夜の一大イベント、かみなかしまフェスティバル(同実行委主催)が23日、上中島町のサンパルク・サンデー駐車場で開かれた。1989(平成元)年にスタートした同フェスは今回で終了することが発表され、訪れた人たちからは惜しむ声が聞かれた。
 
 同フェスは上中島商店会(千葉博規会長、36店)が実行委を組織して開催。飲食の出店と音楽や郷土芸能、ダンスなどのステージ発表を組み合わせたイベントで、毎回大勢の客を集めてきた。東日本大震災や新型コロナウイルス感染症の影響で、中止を余儀なくされた年もあり、開催数としては今回で33回目となった。
 
オープニングを飾った神愛こども園のマーチング。旗を使った演技を披露

オープニングを飾った神愛こども園のマーチング。旗を使った演技を披露

 
 オープニングを飾ったのは地元の神愛こども園(高橋仁美園長、園児28人)の年長児8人。カラーガードを取り入れたマーチングを披露した。同園は長年、同フェスの開会を盛り上げてきた。高橋園長は「今年で最後と聞いて寂しい限り。年中の子たちも来年を楽しみにしていたので…」。同園では秋の運動会での披露を目指し、年長児がマーチングに取り組む。フェスは園児らの1回目の目標。「のびのび、堂々と発表してくれた。楽しんでいる様子が見られてうれしい」と高橋園長。
 
上中島こども園の3~5歳児クラスの園児はかわいらしい衣装で“ラーメン体操”を披露

上中島こども園の3~5歳児クラスの園児はかわいらしい衣装で“ラーメン体操”を披露

 
 上中島こども園(楢山知美園長、園児31人)は3歳以上の17人が歌とダンスを披露した。ラーメンどんぶりの帽子をかぶった“ラーメン体操”では、曲に合わせて元気に体を動かした。大人のジャズバンド「トライデント」は心地良い音楽を奏で、夕涼み気分の来場者に届けた。ステージ発表には計7団体が出演し、夏の夜のひとときを盛り上げた。
 
 会場には同商店会が出した焼き鳥、焼きそば、綿あめ、かき氷の出店と、お好み焼きやラーメンのキッチンカーが並んだ。子どもたちを喜ばせるくじ引きの店も。計12店が出店し、来場者のお腹と心を満たした。家族連れや仲間同士でテーブルを囲み、飲食をしながら多彩な発表を楽しんだ。
 
まつりの定番、焼きそばは大人気! 調理に精を出す実行委のスタッフら width=

まつりの定番、焼きそばは大人気! 調理に精を出す実行委のスタッフら

 
各店の前には好みのメニューを求める人たちが列を作った

各店の前には好みのメニューを求める人たちが列を作った

 
「何が当たるかな?」 いろいろなおもちゃが並ぶくじ引きの店は子どもたちで大にぎわい

「何が当たるかな?」 いろいろなおもちゃが並ぶくじ引きの店は子どもたちで大にぎわい

 
 釜石中3年の堤樹希さん(15)は友人3人で来場。毎年来ているといい、「今年で最後は悲しい。人がいっぱい集まって、めっちゃ楽しいイベントなので」と残念そう。それでも気分が高揚するひとときは相変わらずで、中学校生活最後の夏に楽しい思い出を心に刻んだ。
 
「かみなかフェス、楽しいー!」。笑顔いっぱいの中学生ら

「かみなかフェス、楽しいー!」。笑顔いっぱいの中学生ら

 
 「今年最後と聞いたので…」と向定内から足を運んだのは藤原京子さん(81)。お目当ては女形舞踊で人気を集める尚玉泉さんのステージ。「追っかけです」と自称し、友人らと踊りを楽しんだ。同フェスには過去にも複数回来場。「ホットな時間。気持ちが温まるよね」と笑顔を広げた。
 
ジャズバンド「トライデント」(写真上)、尚玉泉さんと舞踊仲間(写真下)のステージ

ジャズバンド「トライデント」(写真上)、尚玉泉さんと舞踊仲間(写真下)のステージ

 
釜石の女形舞踊といえばこの人! 尚玉泉さんはどこに行っても大人気

釜石の女形舞踊といえばこの人! 尚玉泉さんはどこに行っても大人気

 
 長い歴史を重ねてきた同フェスには2世代、3世代で足を運ぶ家族連れも。八雲町の井上里咲さん(35)は「自分も子どもの頃から親しんできたので、なくなるのはとても寂しい。これだけ人が集まるのはやはり地域密着のまつりだからではないか」と改めて実感。「子どもたちも毎年楽しみにしてきた」と家族の思い出作りの場に愛着をにじませた。
 
虎舞の「尾崎青友会」は白虎と黄虎が競演。釜石人の魂をゆさぶる舞に観客の目がくぎ付け

虎舞の「尾崎青友会」は白虎と黄虎が競演。釜石人の魂をゆさぶる舞に観客の目がくぎ付け

 
辺りが暗くなってくると演舞にスポットライトが当てられ、幻想的な雰囲気に

辺りが暗くなってくると演舞にスポットライトが当てられ、幻想的な雰囲気に

 
 商店会の各店舗は代替わりし、同フェス開始当初を知る人は少なくなった。千葉会長(70)は「隣町のスーパーでやっていた夜市をヒントに始まったのがこの催し。当時はサンパルクの向い側にボウリング場があり、玄関階段をステージにカラオケ大会もやった」と懐かしむ。昼と夜の2部に分け、隣の上中島グラウンドを会場に新日鉄アパート(当時)の屋上から“○×(まるばつ)クイズ”をやったことも。東日本大震災後は同グラウンドに仮設住宅が建ち、多くの被災者が暮らした。同フェスに足を運ぶ姿も見られ、「大変な中、少しでも心安らぐ時間になったのではないか」と振り返る。「地域の皆さんが楽しんで、盛り上がればとの思いでやってきた」が、来年以降は会場確保など不確定な要素があるため、今回で一区切りとすることを決めた。