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ゆる~く満喫!?音楽×キャンプ×脱炭素 釜石・根浜で環境配慮型イベント

根浜シーサイドキャンプ場で開かれたライブイベント

根浜シーサイドキャンプ場で開かれたライブイベント

 
 釜石市鵜住居町の根浜海岸にある観光施設「根浜シーサイド」のキャンプ場で10日、環境配慮型音楽イベント「NEBAMA MUSIC JAM ~脱炭素ライブ」が初開催された。釜石、大槌を中心に活動するバンド4組が出演。ライブで使用するアンプなど音響機材の電力供給には廃食油から精製されたバイオディーゼル燃料を採用し、CO2排出量削減に努めながら未来につながる取り組みに挑戦した。
 
 キャンプ場フリーサイトに、廃材を活用したステージがお目見え。50年近く活動するジャズバンド「トライデント」、アコースティックバンド「ブラック★かまリンズ」などジャンルを超えて独自に演奏活動を楽しむ地元ミュージシャンたちが熱い思いを音に乗せて聴かせた。
 
心地よいジャズの音色を響かせた「トライデント」

心地よいジャズの音色を響かせた「トライデント」

 
楽しい音を重ね合わせた「ブラック★かまリンズ」

楽しい音を重ね合わせた「ブラック★かまリンズ」

 
出演者も観客も開放的な空間で音楽を楽しむ

出演者も観客も開放的な空間で音楽を楽しむ

 
 来場者はリズムに乗って体を揺らし、歌ったり、手拍子を加えたりしながら楽しんだ。飲食もあり、ノンアルコール飲料を片手に耳を澄ます人も。テントを張って、楽な姿勢でゆったりとした時間を過ごす姿も見られた。
 
 小川町の団体職員新張英明さん(72)は「海が目の前に広がる根浜は夏のイメージだが、新緑を背景にした春も楽しめると思っていた。開放的で音楽を楽しむのにいい」と歓迎。自身もギターをたしなみ、「(出演者は)みんな仲間だから。次があれば、一緒にステージに立ちたいな」と笑顔を見せた。
 
野外で、芝生に座って、テントでゆったりと思い思いに楽しむ

野外で、芝生に座って、テントでゆったりと思い思いに楽しむ

 
 大槌町を拠点とするロックバンド「ムーミンズ」はイーグルスの「テイク・イット・イージー」や、東日本大震災をモチーフにしたオリジナル曲「幻の街にあの娘が」などを披露。バンドマスター(リーダー)の赤﨑潤さん(61)は「ちょっと風が強かったけど、ロケーションがよく、気持ちいい演奏ができた。天気もよくて、ピクニック気分を味わえた」と、サングラスの奥から満ち足りた雰囲気をのぞかせた。
 
春の日差しを浴びながらの演奏を楽しむ「ムーミンズ」

春の日差しを浴びながらの演奏を楽しむ「ムーミンズ」

 
他バントとの協演で熱唱する赤﨑潤さん(右から2人目)

他バントとの協演で熱唱する赤﨑潤さん(右から2人目)

 
 イベント出演の少し前に大槌で山林火災が発生した際、多くの人から心を寄せてもらったと感謝の気持ちも込めて演奏した赤﨑さん。「こうした空間で仲間と集える機会がずっと続くといい」。自身が営む喫茶店「夢宇民(ムーミン)」に集う、70年代の洋楽を愛するメンバーと結成したバンドの活動へ意欲を深めた。
 
大槌町林野火災支援の募金や飲食の販売、子どもの遊び場も用意 width=

大槌町林野火災支援の募金や飲食の販売、子どもの遊び場も用意

 
 キャンプ場で音出ししよう―。この呼びかけが、音楽イベント開催のきっかけとなった。“言い出しっぺ”は、軽音楽バンド「ザ・クロコダイル・ティアーズ」のドラマー木下義則さん(60)。「青空の下で、飲み会をやろうと思った。ミュージシャンだから合間に好きな曲演奏しながら」と、当初は仲間内で楽しむつもりだった。
 
エネルギッシュな演奏で魅せた「ザ・クロコダイル・ティアーズ」

エネルギッシュな演奏で魅せた「ザ・クロコダイル・ティアーズ」

 
野外音楽イベントにつながる企画を考えた木下義則さん(中)

野外音楽イベントにつながる企画を考えた木下義則さん(中)

 
 場所を貸してもらおうと施設を訪れると、管理・運営業務を行う観光地域づくり法人かまいしDMCのスタッフ佐藤奏子さん(47)から「イベントにしてほしい」と求められた。釜石市が環境省の「脱炭素先行地域」に選定され、同法人は推進会員として事業を展開。施設では地域から出る廃食油を回収しており、それを橋野町の一般社団法人ユナイテッドグリーン(山田周生代表理事)が燃料に精製して各種イベントで使う発電機の燃料に活用していた。
 
 佐藤さんがちょうど、キャンプ場と音楽を組み合わせた催しを構想していたのもあり、木下さんのやりたいことに“脱炭素”という要素をかけ合わせてイベント化した。会場ではバイオディーゼルカー(山田代表理事所有)の展示、太陽光発電による携帯充電ステーションの設置なども行い、来場者に「地球環境に優しいエネルギーで持続可能な社会を」という意識を持つ機会にしてもらった。
 
音響機材の電力源は廃食油を精製した燃料を使った発電機

音響機材の電力源は廃食油を精製した燃料を使った発電機

 
音楽を愛する仲間たちが集った「根浜ミュージックジャム」

音楽を愛する仲間たちが集った「根浜ミュージックジャム」

 
 所属バンドのほか、他の出演バンドのヘルプドラマーとしても盛り上げた木下さんは「やっぱり野外は心地いい。気持ちをラクにして演奏できる」と満喫。自然あふれる空間を共有する人たちを見つめ、「最近の世の中は嫌な話が多い。全部忘れて、好きなことをして過ごす時間もないとね」とうなずく。継続性については「気が向いたら。だって、飲み会だもん」。いたずらっぽく笑っていた。
 
 音楽イベントの前には、施設周辺に開設された「根浜ビオトープ」で生物観察会を開催。佐藤さんは「自然環境を守り、地域資源を生かす活動や使用済みの食用油から作ったエコ燃料で循環型社会につなげる取り組みを継続したい。その中で、地域で活動する人たちの応援もできたらいい」と展望した。

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2カ月後の成長に期待 釜石・鵜住居川、甲子川にアユの稚魚放流 解禁は7月5日

「元気に育て!」。鵜住居川へのアユの稚魚放流=10日

「元気に育て!」。鵜住居川へのアユの稚魚放流=10日

 
 県内外の釣り客に愛される釜石市の鵜住居川と甲子川に、今年もアユの稚魚が放流された。大船渡市の盛川漁協で中間育成された稚魚は体長6~8センチ。両河川の関係者が10、11日に放流した。両河川とも解禁日は7月5日。稚魚の繁殖保護のため、6月1日から解禁日前日まで全魚種が禁漁となる。(禁漁区域は現地の立て看板などを参照)
 
 10日の鵜住居川の放流は、鵜住居川漁業協同組合(川崎公夫代表理事組合長、組合員148人)が実施。組合員35人が2班に分かれて作業した。鵜住居町の日ノ神橋下流域から橋野町の産直、橋野どんぐり広場付近までの区間で、約20カ所のポイントに稚魚を放った。放流量は400キロ(約4万6500尾)。
 
鵜住居川漁協の組合員が放流にあたった=鵜住居町田郷

鵜住居川漁協の組合員が放流にあたった=鵜住居町田郷

 
放流された稚魚は1尾平均8.6グラム。解禁日には15センチ以上に成長

放流された稚魚は1尾平均8.6グラム。解禁日には15センチ以上に成長

 
 同組合によると、昨季のアユ釣りは釣果、型ともに良く、県内外から多くの釣り客が訪れた。遠くは関東方面から足を運ぶ人も。例年、シーズン前に組合員らが河川敷のごみ拾いや草刈りを行っていることもあり、釣り場環境の良さで人気を集める。県内の河川は昨年、異常渇水で後半は釣果が落ちた。今季は適度な雨量が欲しいところ。
 
 近年は飼料代や電気代の高騰で稚魚の価格が上昇。例年並みの放流量を維持するには遊漁券販売の売り上げ増が必須で、組合では多くの釣り客の来訪を願う。川崎組合長(76)は「沿岸地域の人口減に伴い、釣り客も減っている。県内陸部や県外の人にも、さらに足を運んでほしい。河川漁協の経営はどこも厳しさを増す。子どものうちから川に親しむ機会を増やし、将来の釣り人口拡大につなげていければ」と望んだ。
 
橋の上ではトラックの水槽からホースを垂らして放流=栗林町上栗林

橋の上ではトラックの水槽からホースを垂らして放流=栗林町上栗林

 
放流日は晴れて気温も上がり絶好のコンディション。新緑がまぶしい鵜住居川

放流日は晴れて気温も上がり絶好のコンディション。新緑がまぶしい鵜住居川

 
 鵜住居川漁協の組合員費は年間5000円。一般遊漁料は年券が7000円、日券が1500円。遊漁券は市内釣具店や赤いのぼり旗を掲げた流域の販売所で購入できる。スマホアプリ「フィッシュパス」での購入も可能。最近は同アプリの利用が増えているという。
 
 11日は甲子川でアユの稚魚の放流があった。甲子川鮎釣協力会(安久津吉延会長)、クボタ環境エンジニアリング、市水産農林課から約30人が参加。2班に分かれ、上流は甲子町砂子渡、下流は上中島町から放流を開始。それぞれ甲子町松倉まで各ポイントに稚魚を放った。放流量は250キロ(約2万7700尾)。
 
甲子川では甲子川鮎釣協力会の有志らが放流にあたった=11日

甲子川では甲子川鮎釣協力会の有志らが放流にあたった=11日

 
松倉橋上流での稚魚放流。この日も近年では最高の“放流日和”

松倉橋上流での稚魚放流。この日も近年では最高の“放流日和”

 
 甲子川には河川漁協がなく、入漁料を徴収しないため、稚魚の放流費は同協力会に寄せられる釣り人からの協力金や企業の寄付金などで賄われている。安久津会長(85)は「皆さんの協力で昨年並みに資金が集まり、今年も放流できた」と感謝。昨年は釣果が良く、市内の釣り人有志から寄付されたアユ約700匹を道の駅釜石仙人峠で2年ぶりに振る舞った。「甲子川のアユは味で全国一になるなど、おいしさには定評がある。水質がいいんですね。これからもみんなでこの川を守っていきたい」と話した。
 
放流稚魚は1尾平均9グラム。体長15センチぐらいになると縄張りを作る

放流稚魚は1尾平均9グラム。体長15センチぐらいになると縄張りを作る

 
クボタ環境エンジニアリング社員、市水産農林課職員も協力して作業

クボタ環境エンジニアリング社員、市水産農林課職員も協力して作業

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「思い出深い最後の1年に」 白山小 閉校への取り組み始動 16日の運動会で復刻応援歌、種目導入

2026年度で閉校し平田小と統合する白山小。5月16日には最後の運動会が開かれる

2026年度で閉校し平田小と統合する白山小。5月16日には最後の運動会が開かれる

 
 釜石市嬉石町の白山小学校(鈴木慎校長、児童27人)は、児童生徒数の減少に伴う市学校規模適正化・適正配置推進計画により、2026年度をもって閉校する。1951(昭和26)年の開校から76年の歴史を刻む同校最後の1年を、在校生、卒業生、地域住民ら関わってきた大勢の人たちの心に残るものにしようと、各種取り組みが始まっている。16日に開かれる運動会では、かつて歌われていた紅白各組の応援歌や、名物種目を復活。会の後にキッチンカーによる飲食交流の時間も設け、親子や地域住民が思い出を作る機会とする。
 
 同校最後の運動会に向け、児童、教職員らは各種種目や応援合戦の練習に励んでいる。1~6年生を縦割りで紅白2組に分け、対抗で競う運動会。7日午前に行われた“紅白集会”におじゃますると、各組がそれぞれに応援合戦の練習中。応援歌、エール、三三七拍子を太鼓のリズムに合わせて繰り返し練習した。
 
赤組の応援練習。元気いっぱいの声を響かせる=7日、ミーティングルーム

赤組の応援練習。元気いっぱいの声を響かせる=7日、ミーティングルーム

 
復活させた応援歌(左上)などを熱心に練習。上級生の指導のもと三三七拍子も息を合わせて…

復活させた応援歌(左上)などを熱心に練習。上級生の指導のもと三三七拍子も息を合わせて…

 
 紅白の両応援歌は同校運動会の定番だったが、いつからか歌われなくなっていた。卒業生らの思い出の曲をもう一度、みんなで歌おうと、過去の記録媒体などを頼りに復活。応援の要として児童らが元気な声を響かせる。また、過去の運動会で行われていた名物種目「チャンスレース」も復活させる。児童らがより意欲的に取り組めるようにと初めての種目も。少人数の強みを生かし、紅白対抗の「大縄跳び」に挑戦する。
 
 白組応援団長の藤井望夢さん(6年)は初めて歌う応援歌に「最初は難しかったけど、歌えるようになってきた。白組に力をもらえそう」と当日を楽しみに。団長として「率先して声を出し頑張りたい。みんなで跳ぶ大縄跳びも楽しみ」と胸を躍らせる。赤組同の佐々木莉愛さん(同)は「覚えやすい応援歌。下級生も真似してすぐ覚えた」と話し、「みんなで勝てるように練習を頑張る。最後だから優勝したい」と意気込む。
 
上級生が旗を振りながら応援練習する白組=7日、体育館

上級生が旗を振りながら応援練習する白組=7日、体育館

 
運動会当日は紅白応援歌それぞれの歌詞にも注目!

運動会当日は紅白応援歌それぞれの歌詞にも注目!

 
 全校児童で取り組む種目「白山ソーラン」の練習にも力が入る。8日は、運動会に同種目を取り入れた“スターター”で元教員の髙橋道明さん(64)=西和賀町在住=を招き、演舞に磨きをかけた。秋田県を拠点に活動する劇団の「わらび座ソーラン」を取り入れた踊りは高学年が披露してきたが、今回は高学年が低学年に伝える形で練習を重ねる。髙橋さんからは「体全体を使って大きく踊って」などとアドバイスをもらった。
 
 「憧れていた踊りなのでうれしい。キレのいい感じを見てほしい」と意気込むのは平野愛茉さん(3年)。「かっこいい踊りを」と目標を掲げる佐々永翔さん(5年)は「はー、どっこいしょおっ、どっこいしょ!」との元気なかけ声も響かせようと気合を入れる。
 
大きくてかっこいい「白山ソーラン」を目指し練習する児童。体全体を使って踊る

大きくてかっこいい「白山ソーラン」を目指し練習する児童。体全体を使って踊る

 
白山ソーランの生みの親、髙橋道明さん(写真左)から指導を受け、さらにパワーアップ。児童らは気合十分!

白山ソーランの生みの親、髙橋道明さん(写真左)から指導を受け、さらにパワーアップ。児童らは気合十分!

 
 ソーランは髙橋さんが赴任した2008年に導入。以前、取り組んでいた組み体操に代わる新たな種目として試行した。釜石は漁師町でもあることから地域住民の受け止めも好意的で、踊る児童は見てもらう喜びを感じ、定着していった。
 
 東日本大震災があった11年、高台にある同校は避難所になったが、運動会は計画通り、この時期に実施。ソーランの練習をしていると、音や声に誘われ避難者、地域住民が集まってきた。子どもたちが懸命に踊る姿に「元気づけられると泣いていた」と、当時を思い起こす髙橋さん。みんなで踊る本番では「15年前のあの時、地域の力になったように一生懸命さを伝えてほしい」と願う。
 
「行くぞー!」全員で運動会本番に向け心を一つにする

「行くぞー!」全員で運動会本番に向け心を一つにする

 
 同校では26年度で閉校を迎えるにあたり、本年2月、教職員らによる校内閉校事業推進委員会を立ち上げた。これまで学校運営に協力してきた地域住民、保護者、卒業生の熱い思いを受け止め、最後の1年に何ができるか、学校行事や各種活動の在り方について意見交換を行った。今回の運動会に導入したアイデアも同委員会での案を基にしたもの。合わせて4月には、地域、保護者、学校の三者で構成する閉校事業実行委員会(橘内修委員長、33人)を設立。4部会を組織し、閉校式典や記念行事の開催、記念誌発刊、記念碑建立に向け取り組みを進めていくことを決めた。
 
 地域と関わる活動としては、各年代の「卒業生のお話を聞く会」を6月から複数回に分けて開催。地域住民と全児童27人が対話する「トークフォークダンス」も行う。校内職員室前には、来校した人たちに書いてもらったメッセージカードを掲示する「ありがとうの木」のボードを設置中。多くの人たちの白山小への思いを目に見える形で発信する。
 
来校者のメッセージを掲示する「ありがとうの木」。鈴木慎校長(左)らがPR。年度末には白山小への思いが“大樹”となる

来校者のメッセージを掲示する「ありがとうの木」。鈴木慎校長(左)らがPR。年度末には白山小への思いが“大樹”となる

 
 この他、校歌や復活させた応援歌、児童会の歌などを収録し後世に残すことや、閉校式典で披露するオリジナルソングを児童らが参画して制作することなども検討中。鈴木校長は「一番大事にしたいのは本校に関わってきた人たちの思い。地域に学校がなくなる寂しさだけでなく、『いい1年だった』『いい終わり方だった』と感じてもらえるような1年にしたい。みんなが笑顔で終われるように…」と願う。児童には各種活動に主体性を持って取り組むことを望み、「最後の在校生として、白山小のために自分たちが何をしたか、はっきり見えるような1年に」と期待を込める。
 
7日は紅白対抗の全員リレーの練習も。勝利への鍵となるバトンパス

7日は紅白対抗の全員リレーの練習も。勝利への鍵となるバトンパス

 
本番を楽しみに練習に励む。ワクワク感いっぱいの笑顔が花咲く

本番を楽しみに練習に励む。ワクワク感いっぱいの笑顔が花咲く

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歌で応援したい!鉄のまち釜石 奥州市のボランティア団体 作詞楽曲CDを届ける

作詞楽曲のCDを釜石に届けた奥州市のボランティア団体のメンバー(左)

作詞楽曲のCDを釜石に届けた奥州市のボランティア団体のメンバー(左)

 
 東日本大震災から15年を迎えた岩手県沿岸部の被災地域に思いを寄せて作った楽曲をCDにし、配布活動を始めた奥州市のボランティア団体「雑草華のように蘇る会」(伏見慈団長)のメンバーが8日、釜石市を訪れ、「何かしらの励みになれば」と市関係者にCDを手渡した。釜石を題材にした曲があることから、市民らに広く聴いてもらえる方法など、市から助言をもらう機会にもした。
 
 同団体は今年、設立されたばかり。奥州市の佐藤巌さん(81)が作詞した曲を紹介したり、高齢者施設での触れ合いボランティア活動などに取り組む。メンバーとして6~7人が協力。佐藤さんは団体責任者でもあり、以前から自身が考えた歌詞に好きなようにメロディーをつけて歌ってもらうような取り組みもしていた。
 
 佐藤さんは今回、釜石市、大船渡市、遠野市を題材に3曲を作詞。秋田県出身の演歌歌手、山川大介さんが作曲、編曲に協力し、歌唱も担当してCD化した。各市の1曲を収めたものを100枚ずつ、3曲収録したものを50枚制作。大漁旗を掲げる漁船や五葉山の風景などを織まぜた大船渡をテーマにした楽曲「漁港の香り」のCDは、4月に三陸町越喜来であったイベントで無料配布した。
 
釜石や大船渡、遠野を題材にした歌を作詞した佐藤巌さん

釜石や大船渡、遠野を題材にした歌を作詞した佐藤巌さん

 
 釜石での活動を模索する中、佐藤さん、伏見団長(66)、メンバーの藤澤育代さん(71)が来訪し、市保健福祉部の鈴木伸二部長と懇談。近代製鉄発祥の地としての歴史、世界遺産・橋野鉄鉱山が刻む証しなどを盛り込んだ楽曲「心の魂釜石」を聴かせ、詞に込めた思いやCD制作の過程を伝えた。
 
 震災以降、沿岸部の復興は進んだが、人口減少をはじめ活気の低下が指摘される。地域をテーマにした歌で「活気づけたい」と、作詞に取り組んだ佐藤さん。誕生の地であり、製鉄所勤めと仕事場にもなった釜石での思い出を詞につづった。♪自慢の製鉄 煙突は 世界遺産の 風が吹く…。入社後まもなく君津(千葉県)の製鉄所に出向し、約30年働いた。「私が持つ思い出が、皆さんの心のつえ(支え)になれば」。旅立つ若者たちが「古里を誇りに思い、未来あるまちづくりをしてほしい」と思いを込めた。
 
 鈴木部長は「メロディーがすっと入ってくる。駅前に製鉄所の煙突がそびえ立った当時を知る人は懐かしく聴けるのでは」と感想を話した。それぞれ曲に合わせた映像も制作予定との説明を受け、周知の仕方を庁内で検討したいとの対応。CD配付については「福祉まつりなどの催しで紹介するのはどうか」などと案を出した。
 
釜石でできる取り組みについて市関係者と意見を交わした

釜石でできる取り組みについて市関係者と意見を交わした

 
 そうした対応を受け、釜石に嫁ぎ20年生活した藤澤さんは「地域の歌を地元の皆さんに喜んでもらえたら。長く浸透する曲になればうれしい」と期待。夫が釜石出身という伏見団長は「話を聞いてくださって感謝。この曲が地域に定着し歌い継がれていけば、会としての地域貢献になる」と、活動の方向性を探る機会になったことを喜んだ。
 
 佐藤さんは、総本山身延山久遠寺の身延山本願人継承会員「五代当匠継承者龍生」としての肩書も持ち、「龍生」との名で作詞に取り組む。母の生まれ故郷でもあることから作詞した楽曲「ふるさと遠野」は、農作業の厳しさの中に喜びを見いだす農婦の心情を歌う。今後の活動は定まっていないが、「この3曲が、地域が活気を取り戻す一助になればうれしい」と願う。

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「ひとつぼ」から広がる交流 GWの釜石・TETTO ロビーが「好き」を見せる場に

釜石市民ホールのロビーを使った催し「ひとつぼてっと」

釜石市民ホールのロビーを使った催し「ひとつぼてっと」

 
 「ひとつぼてっと!」でやりたかったことをやってみよう―。そんな呼びかけの催しが、大型連休中の釜石市大町の市民ホールTETTOであった。この期間は施設利用が少なく、静まりかえっていることから、何とか人を呼び込もうと考えた突然企画。ロビーを開放し、一坪(縦横約1.8メートル)という限られたスペースを使って好きなことを自由に楽しんでもらった。
 
 この企画は3、4の2日間開催。4日にのぞいてみると、大正琴の教室、陶器や雑貨などを並べたフリーマーケット、マジック体験など楽しめる区画ができていた。ゲーム相手を探したい人が、神経衰弱のカードゲームを用意。バイオリンを奏でる人もいて、BGMとして場を盛り上げるのに一役買った。
 
大正琴の演奏に挑戦する女性。「初めてだけど、なんかできた」

大正琴の演奏に挑戦する女性。「初めてだけど、なんかできた」

 
小道具を使った手品を披露する男性に子どもたちは興味津々

小道具を使った手品を披露する男性に子どもたちは興味津々

 
バイオリンを持ち込んだ男性(奥)は演奏したり教えたりした

バイオリンを持ち込んだ男性(奥)は演奏したり教えたりした

 
 その中、途切れることなく話し声がしていた区画では、女性たちがちぎり絵や新聞紙を活用したブローチづくりを楽しんでいた。「趣味を生かせるのなら」と参加した甲子町の木村房子さん(79)のブース。ものづくりをしていたと思うと、トランプゲームが始まったり、体験しに来た人が持ち込んだ手製のおにぎりを味わったりと、変化するやりたいことを好きなようにやって笑顔の花を咲かせていた。
 
ものづくりを楽しむ女性たち。教えるのは木村房子さん(右から2人目)

ものづくりを楽しむ女性たち。教えるのは木村房子さん(右から2人目)

 
ちぎり絵の名札を作ったり、トランプしたり、お茶っこしたり

ちぎり絵の名札を作ったり、トランプしたり、お茶っこしたり

 
 紙製の小さな花を束ねてブローチを完成させた甲子町の小向久子さん(83)は「ぼけ防止になる。新しいことに触れられた」と笑顔を見せた。大型連休中の子どもたちの帰省がずれたことから「来れた」と喜んだのは佐野才子さん(77)。「お友達と過ごす楽しいGWになった」と表情は明るかった。
 
細かな手作業で花束のようなブローチを作る参加者

細かな手作業で花束のようなブローチを作る参加者

 
 木村さんは「好きなことをできる空間があるのはいい。釜石でこういうものづくりをやっている人がいることを知ってもらえたらいい」と、企画を歓迎した。特技を生かした活動を広く提供するのは、初めての挑戦。TETTOスタッフから事前に「人がくるか分からないですよ」と伝えられたこともあり、今回は自分で知人らに声をかけて臨んだ。にぎやかな声はしていたが、「近くに住む人がもう少し来てくれたら」と残念がる。それでも「楽しくできるから、またやってみたい」と意欲を高める。
 
 参加に当たって活動名は「fufufu」とした木村さん。“fu(ふ)”が3つで“ふさこ”だからと言って「フフフ」といたずらっぽく笑った。
 
 射的やボードゲームなどを楽しめる遊びの空間、キッズスペースも用意。「懐かしい」などと言いながら夢中になる親子連れの姿がみられた。
 
ダーツや射的などのゲームを楽しめる遊びの空間も

ダーツや射的などのゲームを楽しめる遊びの空間も

 
カードゲームで参加者と触れ合うTETTOスタッフ(左)

カードゲームで参加者と触れ合うTETTOスタッフ(左)

 
 閑散とした雰囲気をやわらげようと、TETTOスタッフの阿部美香子さん(47)が企画した。きっかけとなったのは、少し前に目にした新聞のコラム。「文化という資源を享受するのが難しい人が増えている」というような視点に触れ、ハッとさせられた。「文化的素養にも経済的な要素が関わる…そうではいけない」。できることと言えば、「やりたいことをやってもらえる場所ならある。提供しよう」と実行した。
 
 ただ、「突然だったから、やっぱり」と苦笑いする阿部さん。こじんまりでも、参加してくれた人たちが思い思いに時間を過ごし、聞こえてくる声や音に総合文化施設としての役割をあらためて考えさせられたようだ。演奏を聴いたり演劇を観たりする時だけでなく、「気軽に立ち寄れる、そして人と関われる場所でありたい」。普段から感じていることを実践させる形として、一坪から生まれる交流を「続けていけたら」と模索する。

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釜石駅前で楽しく!春まつり 自然の恵み、ものづくり、遊び 市民、のびのび満喫

かまいし春まつりで毛ガニ釣りを楽しむ家族連れ

かまいし春まつりで毛ガニ釣りを楽しむ家族連れ

 
 釜石市鈴子町の釜石駅前エリアを中心とした複合イベント「かまいし春まつり」(釜石観光物産協会主催、市共催)は5月の大型連休期間に合わせ、2日と3日に開かれた。駅前のにぎわい創出や交流人口の拡大を目的に、鈴子地区周辺の施設や企業・団体らと連携して地域一体で盛り上げる取り組み。訪れた人たちは、シープラザ釜石とサン・フィッシュ釜石を中心に周遊しながら“ならでは”の体験に触れた。
 
 食や遊び、ものづくり体験など地域の魅力を楽しんでもらおうとさまざまな企画を用意。2日にサン・フィッシュで人だかりができていた毛ガニ釣りでは、子どもも大人も釣り上げるたびに大きな歓声を上げた。妹夫妻(山梨県在住)と訪れ、初めて挑戦した地元釜石の吉田保さん(61)は「釣れたよ」としたり顔。“海なし県”から来訪するたび義弟をもてなそうと海釣り、夜釣りに連れ出しているそうで、「釜石のいいところを感じてもらえたら」と笑った。
 
なかなか釣り上げられず苦戦するも最後はカニをゲット

なかなか釣り上げられず苦戦するも最後はカニをゲット

 
春まつり初登場のニジマスのつかみ取りを楽しむ子ども

春まつり初登場のニジマスのつかみ取りを楽しむ子ども

 
 初企画の釜石産ニジマスのつかみ取りは2日に行われ、子どもたちに人気。素早く泳ぐ魚を追いかけた地元の小学生、白土敦士さん(10)は「めちゃくちゃ面白い」と喜んだ。3回挑み計6匹ゲット。その場で内臓をとるなど下処理をしてもらい、「焼いたりして、すぐ食べる」とうれしそうに持ち帰った。
 
 地酒や海鮮焼きなどを販売する出店も並び、地元ならではの味をPR。大渡町の工藤精肉店は自慢の焼き鳥のほか、来場者が手軽に味わえるよう厚切りベーコン焼き、お好み焼き串なども売り出した。「地元のイベントを盛り上げたい」と毎回協力しており、出店担当の工藤みゆきさん(62)は地域に親しまれている味を求める顔なじみとの再会も楽しみにする。「商売を続けられるのはお客さんあってのこと。うちの味をめがけてきてくれる人がいるから頑張れる。できることをやっていきたい」と忙しそうにしていた。
 
飲食店の出店コーナー。工藤精肉店は自慢の焼き鳥などを提供した

飲食店の出店コーナー。工藤精肉店は自慢の焼き鳥などを提供した

 
焼き物やドリンクなどを味わう親子連れ

焼き物やドリンクなどを味わう親子連れ

 
 サン・フィッシュ内の店舗から買った海の幸をその場で浜焼きにして味わうグループも。家族4人で来場した仙台市の横山克己さん(59)はハマグリやツブ貝などの香ばしい匂いを周囲に広げた。「安い。新鮮。うまい」とビールを手に堪能。三陸道など交通の利便性が高まり、小旅行を楽しんでいるようで、「非日常を味わえる。子どもたちが一緒に出かけられるうちはいろいろ行きたい」と笑顔も広げた。
 
魚屋さんから調達した海の幸をその場で焼いて味わう家族連れ

魚屋さんから調達した海の幸をその場で焼いて味わう家族連れ

 
 地域ならではの体験で盛り上がったのは、シープラザで行われた名物・釜石ラーメンの早食い競争「腹ペコまつり」。“食士”たちはアツアツの麺、スープを汗だくになりながら胃に流し込んだ。特徴の一つ、極細縮れ麺は忙しい労働者のために素早く提供できるよう工夫されたもので、そうした歴史をかみしめる人もいれば、初めて食べる機会にも関わらず味わいより早さを優先させた挑戦者も。会場で見守る応援者たちからは熱い声援が飛んだ。
 
アツアツの釜石ラーメンの食べる早さを競う「腹ペコまつり」

アツアツの釜石ラーメンの食べる早さを競う「腹ペコまつり」

 
ラーメンの早食いで繰り広げられた熱戦。上位3人には景品が贈られた

ラーメンの早食いで繰り広げられた熱戦。上位3人には景品が贈られた

 
 「食べて満腹ー」と叫んだ加賀洋希さん(40)は「いつも食べている。おいしかったけど、熱かった」と汗をぬぐった。4月に大槌町で発生した山林火災の影響で不安な日々が続いた吉里吉里地区に住み、「負けない力強さを見せたい」と参加。釜石地方森林組合の職員で、出店団体の一員として木工教室コーナーも担当し、くぎを打ち込む子どもらに「まっすぐ強く」とアドバイスした。2日午後に延焼拡大の恐れがなくなったとして町が「鎮圧」を宣言。「少しでも早く、もとの豊かな森が戻るように」と再生への思いを強めていた。
 
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汗だくになりながらも笑顔で完食をアピールする加賀洋希さん(左)

 
地元産材の良さをPRする木工教室では子どもたちの活動を見守った

地元産材の良さをPRする木工教室では子どもたちの活動を見守った

 
 家族向けの遊びとして初めて催されたのは、プラスチック製のレールなどをつないで列車を走らせる「おもちゃの電車広場」。4歳の長男と3歳の長女が夢中になる様子を見つめた30代の母親は「家にもあるけど、数は多くないから。広いスペースで伸び伸びできて楽しそう。遠出は時期をずらしてと思っていて、近場で遊ばせることができてよかった」と歓迎した。
 
子どもたちが夢中になった「おもちゃの電車広場」も初開催

子どもたちが夢中になった「おもちゃの電車広場」も初開催

 
 電車広場で使われたおもちゃは市民らからの寄付。3月まで同協会に所属していた市商工観光課の横木寛裕さん(25)=市地域プロジェクトマネジャー=が中心となって準備を進めた。きっかけはJR、三陸鉄道の釜石駅長らの「鉄道のおもちゃで遊べるコーナーが駅周辺にあったらいいよね」といった声。横木さんは「家庭で眠っているものを有効活用できるのでは。次の人、みんなで使っていくのがいいと思う。今後もイベントで活用したい」と考えをめぐらせた。
 
 同協会の菊池公男事務局長は「お祭り的なイベントで、観光で訪れた人には釜石を知ってほしいし、市民の皆さんにも地元の魅力を再認識してもらえたらいい」と話す。春まつりは一時、隣町の大槌町であった山林火災を考慮して開催を迷ったというが、「明るい話題を届けられたら」と実行。また今年、シープラザ釜石は開業30周年を迎えることから、「周辺施設と連動し、人が行き来できるイベントを続けていきたい」と先を見据えた。

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大島高任生誕200年企画展 Teson(大橋)で 5日「こどもの日」は中学生以下無料、プレゼントも

釜石鉱山展示室Tesonで開催中の大島高任生誕200年を記念した企画展

釜石鉱山展示室Tesonで開催中の大島高任生誕200年を記念した企画展

 
 5月11日は、日本の近代製鉄の礎を築いた大島高任(1826-1901)の誕生日。本年は生誕200年にあたる。大島が西洋の技術を導入し、日本で初めて鉄鉱石を原料とした鉄生産に成功した釜石市では18日まで、記念の企画展を開催中。大島の西欧人との交流にスポットを当てていて、その人物像を垣間見ることができる。会場は同市甲子町大橋の釜石鉱山展示室Teson(てっさん)。期間中、来場者には記念品を贈呈。あす5日「こどもの日」は中学生以下の入館が無料になり、子ども向けに鉱石のプレゼントがある。
 
 盛岡藩に生まれた大島は17歳で上京し蘭学を学んだ後、長崎、大阪で砲術や大砲鋳造の技術を習得。水戸藩那珂湊での反射炉建設、大砲鋳造を経て、1857(安政4)年、良質な鉄鉱石が産出される釜石・大橋に高炉を建設し、磁鉄鉱を用いた鉄の連続出銑に成功した。大島は高炉建設に至る前、オランダ人ヒュゲーニンが執筆した大砲鋳造法や高炉技術の書物の翻訳者伊東玄朴に師事し、同翻訳にも関わったとされる。釜石の高炉は外国人の直接的な指導を受けることなく、翻訳した蘭書を頼りに築造された。この時、大島32歳。
 
 と、ここまではよく知られた史実だが、今回の企画展は、その後の大島の活躍につながる西欧人との交流について紹介している。大島は釜石での高炉操業成功から3年後の1860(万延元)年、江戸幕府が洋書翻訳や洋学教育のために設立した蕃書調所(ばんしょしらべしょ)に教授手伝いとして招へいされる。箱館(函館)奉行所勤務となった62(文久2)年には、幕府が雇った米国人パンペリー、ブレイクの北海道の炭鉱調査に同行し、採掘のための発破技術も学ぶ。展示では、オランダ語翻訳の腕を見込まれ、蕃書調所から大島に届いた“早急に来てほしい”という旨の手紙、炭鉱調査のことを記した大島の日記の実物が公開される。
 
蕃書調所から大島に送られた手紙。「プロイセン王国(現ドイツ)条約のオランダ語翻訳のため、明日27日早朝に来てほしい」といった内容

蕃書調所から大島に送られた手紙。「プロイセン王国(現ドイツ)条約のオランダ語翻訳のため、明日27日早朝に来てほしい」といった内容

 
蝦夷地(北海道)の炭鉱調査について記された大島の日記(左)。パンペリーの記載がある。大島の日記などを活字にした「大島高任行実」のコピーも並べて展示

蝦夷地(北海道)の炭鉱調査について記された大島の日記(左)。パンペリーの記載がある。大島の日記などを活字にした「大島高任行実」のコピーも並べて展示

 
 明治に入ると、大島は新政府の鉱山権正(鉱山局次長)に任命され、国内の鉱山開発に着手する。71(明治4)年には、不平等条約の改正交渉を目指した「岩倉使節団」に随行。米国、欧州を歴訪し、ドイツを視察した際、一人残ってフライベルク鉱山学校で学んだ。外遊中に大島が記した“ローマ字日記”は、明治初期としては非常に貴重なものとされる。
 
岩倉使節団の外遊中に大島が記したローマ字日記。写真は1873(明治6)年1月のページ

岩倉使節団の外遊中に大島が記したローマ字日記。写真は1873(明治6)年1月のページ

 
 幕末から明治にかけては、いわゆる“お雇い外国人”が次々に日本に招かれ、西欧の技術が導入されていった時期である。帰国した大島はそうした外国人と関わる機会が増えていく。74(明治7)年には、ドイツ人ビアンヒーと釜石を訪れ、官営製鉄所建設地選定のための調査にあたった。大島は10トン炉5基を大只越に建設する案、ビアンヒーは25トン炉2基を鈴子に建設する案を出したが、政府はビアンヒー案を採用。企画展ではビアンヒーが釜石から帝国鉱山寮に宛てた報告書なども展示される。
 
 76(明治9)年にはフランス人コワニエと北海道の鉱山視察に向かった。札幌では「ボーイズ ビー アンビシャス(少年よ 大志を抱け)」の名言で知られる米国人クラークと会食。クラークは同年、開校した札幌農学校で教頭を務め、数カ月という短い赴任期間ながら学生らに大きな影響を与えている。大島らは、72(明治5)年に来日し、北海道で地質調査を行っていた米国人ライマンの痕跡も確認。コワニエ、クラークらの名前は大島の日記にも登場する。展示会場では、ライマンが中心となって76年に作成した日本初の北海道の地質図の復刻版も見ることができる。
 
コワニエ、クラーク、ライマンの記述がある大島の日記帳(1876年)。この時、大島は51歳

コワニエ、クラーク、ライマンの記述がある大島の日記帳(1876年)。この時、大島は51歳

 
ライマンが作成した「日本蝦夷地質要略之図」の1961(昭和36)年復刻版。北海道の地質調査の結果が記される

ライマンが作成した「日本蝦夷地質要略之図」の1961(昭和36)年復刻版。北海道の地質調査の結果が記される

 
 大島はその後、小坂鉱山(銀・銅)や阿仁鉱山(銀)、佐渡鉱山(金・銀)など全国の主要鉱山の近代化に尽力。90(明治23)年には日本鉱業会初代会長に就任した。大島が日本の近代化に貢献できたのは、生涯を通じてのあくなき探究心、外国人にも物おじせず積極的に学ぼうとする姿勢があったことが要因の一つと考えられる。
 
 生誕200年の節目にあたり、市教委文化財課世界遺産室の森一欽室長は「大島高任のいろいろな側面を周知できれば。今回はそのキックオフ。普段公開していない資料も多く展示しているので、ぜひこの機会にご覧いただければ」とアピール。市では本年度、鉄の週間(鉄の記念日12月1日の前後1週間)を中心に、大島を深く掘り下げるシンポジウムや企画展などを計画する。大島の生誕地である盛岡や、医学、オランダ語などを学んだ大阪・適塾(史跡・重要文化財)でも企画展(5月26日~6月7日)が開かれる予定。なお、現大島家から釜石市に寄託されていた「大島家資料」694件は本年3月、市立鉄の歴史館に寄贈された。
 
 企画展では、ライマンらが日本初の広域的な地質図(北海道)を作成したことに由来する5月10日の「地質の日」にちなみ、ドイツ人ナウマンが手がけた日本列島東北部の地質図の実物とレプリカの比較展示も実施している。
 
ナウマンの地質図(東北部)の実物(1886年)とレプリカ(2024年)を並べて展示。「本物はどっち?」

ナウマンの地質図(東北部)の実物(1886年)とレプリカ(2024年)を並べて展示。「本物はどっち?」

 
 企画展開催期間中は大島高任カード、生誕200年記念缶バッジのどちらかを来館者にプレゼント。あす5日の「こどもの日」特別開館では、中学生以下の子どもに釜石鉱山で取れた鉱石のうち、好きな1点をプレゼントする。
 
企画展開催期間中の来館者にはカードか缶バッジのどちらかを贈呈

企画展開催期間中の来館者にはカードか缶バッジのどちらかを贈呈

 
5日「こどもの日」には訪れた子どもたちに釜石鉱山の鉱石1個をプレゼント。お好きな石をどうぞ!

5日「こどもの日」には訪れた子どもたちに釜石鉱山の鉱石1個をプレゼント。お好きな石をどうぞ!

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子どもの安全安心守る遊び場「がおー」 イオンタウン釜石内にオープン 楽しい遊具に目キラキラ

室内遊び場のオープンを「がおー」ポーズで祝うセレモニー出席者

室内遊び場のオープンを「がおー」ポーズで祝うセレモニー出席者

 
 釜石市港町の商業施設イオンタウン釜石2階に25日、室内遊び場がオープンした。市が整備したもので、愛称は「あそびば がおー」。虎舞や海などをイメージした釜石らしさ満載の大型遊具、乳幼児用の各種玩具などが設置されている。0歳から小学校低学年程度の子どもが保護者同伴で、無料で利用できる。年中無休(臨時休館あり)。利用時間は午前9時から午後5時まで。
 
 オープニングセレモニーで小野共市長は「子どもたちが元気に遊び、後になって大切な時間を過ごせたと思えるような空間になれば。釜石にとって末永くかけがえのない場所となることを願う」とあいさつ。市の愛称募集で応募総数65点の中から選ばれた「あそびば がおー」の名付け親、鈴木逢さん(8)に表彰状と記念品が贈られた。鈴木さんは、通学する県立釜石祥雲支援学校の授業で愛称を考えた。母親によると、おもちゃの太鼓や笛でお囃子(はやし)をまねるほど「虎舞」が大好きで、虎の鳴き声のイメージ「がおー」を名前に考えたという。足のけがで、この日は遊べなかったが、初めて目にした遊び場にうれしそうな笑顔を見せた。上中島こども園の園児13人が歌とダンスで遊び場の完成をお祝い。関係者のテープカットでオープンした。
 
愛称「あそびば がおー」の名付け親、鈴木逢さんには小野共市長から表彰状と記念品の虎頭が贈られた

愛称「あそびば がおー」の名付け親、鈴木逢さんには小野共市長から表彰状と記念品の虎頭が贈られた

 
企業版ふるさと納税で遊び場整備に貢献したイオンタウンには感謝状を贈呈。東北事業部の渡邊朋子部長が受け取った

企業版ふるさと納税で遊び場整備に貢献したイオンタウンには感謝状を贈呈。東北事業部の渡邊朋子部長が受け取った

 
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上中島こども園の園児が歌とダンスで遊び場オープンをお祝い

 
 セレモニーの後は、同こども園児や買い物に訪れた親子連れなどがさっそく“遊び初め”。真新しい遊具やおもちゃに目を輝かせながら、遊びに夢中になった。甲子小1年の安斉茉柚さん(6)は「めっちゃ楽しい。どれから遊ぼうかなって迷う」とにっこり。回転する遊具が気に入った様子で、「押すのに汗かく。いい運動」と声を弾ませた。2歳の娘が遊ぶ様子を見守った同市の浦島優葉さん(33)は「花粉も気になるし、今は大槌の山林火災で煙の臭いもあるので、外で遊びにくい時にはとても助かる。無料というのもうれしい」と歓迎。楽しそうな娘に「帰るタイミングを逃しそう」と笑った。
 
イソギンチャクをモチーフにした回転遊具に笑顔を広げる子どもたち

イソギンチャクをモチーフにした回転遊具に笑顔を広げる子どもたち

 
漁船をモチーフにした大型遊具には滑り台やタラップ風のネットが据え付けられる

漁船をモチーフにした大型遊具には滑り台やタラップ風のネットが据え付けられる

 
やわらか素材の積み木や、ままごと道具も充実。乳幼児が安心して遊べる

やわらか素材の積み木や、ままごと道具も充実。乳幼児が安心して遊べる

 
 遊び場の広さは約315平方メートル。3つのエリアを設け、「うみのひろば」には漁船を模した大型遊具や海の生き物が描かれたウォールクライム、「とらまいのひろば」には虎デザインの滑り台やトンネル、「おはなのひろば」にはままごとやお店屋さんごっこができるスペースを配置した。視覚や触覚、好奇心を刺激する体験ができ、運動の場にも。障害の有無にかかわらず誰でも楽しめるよう、動線や遊具の使いやすさなどに配慮したインクルーシブ設計となっている。車いすやベビーカー置き場もある。
 
(手前から)おはなのひろば、とらまいのひろば、うみのひろばと3つのエリアが広がる

(手前から)おはなのひろば、とらまいのひろば、うみのひろばと3つのエリアが広がる

 
うみのひろばには大漁旗をあしらった漁船型遊具を設置。船員気分でいざ大海原へ

うみのひろばには大漁旗をあしらった漁船型遊具を設置。船員気分でいざ大海原へ

 
ウォールクライムを楽しむ親子。お母さんに支えてもらいよじ登る

ウォールクライムを楽しむ親子。お母さんに支えてもらいよじ登る

 
とらまいのひろばには虎モチーフの楽しい遊具が…。郷土愛を育む

とらまいのひろばには虎モチーフの楽しい遊具が…。郷土愛を育む

 
マルシェワゴン(右上)や、ままごとキッチン(左上)、切り株テーブルが並ぶおはなのひろば

マルシェワゴン(右上)や、ままごとキッチン(左上)、切り株テーブルが並ぶおはなのひろば

 
 市は子育て世代からの「悪天候でも子どもが元気に遊べる場所が欲しい」という要望を受け、室内遊び場の整備を検討。意見交換で出た「市中心部で、買い物や食事ができる場所」という条件を満たす同商業施設内を選んだ。公募型プロポーザル(企画競争入札)で選ばれたタカオ(高尾典秀代表取締役社長、本社:東京都、広島県)が設計・施工。整備費用にはイオンタウン(加藤久誠代表取締役社長、本社:千葉県)からの企業版ふるさと納税が活用された。総事業費は約3400万円。
 
 市こども家庭センターの村山明子センター長は「(子育て世代の)望まれていた形になって良かった。近年は気象だけでなく、クマやシカの出没などで屋外の公園が思うように使えないこともあった。より良い子育て環境の一助になれば」と期待。管理員などは置かないため、利用の際は必ず保護者が付き添い、危険のないように遊んでほしいと呼びかける。
 
利用の際は必ず保護者が見守りを。安全に楽しく遊ぼう!

利用の際は必ず保護者が見守りを。安全に楽しく遊ぼう!

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春を彩る稚児行列 釜石・正福寺「花まつり」 お釈迦様の誕生日、幼稚園児と祝う

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色鮮やかな衣装を身にまとった子どもたちがまちを練り歩く

 
 お釈迦(しゃか)様の誕生を祝い、子どもたちの健やかな成長を祈る「花まつり」が25日、釜石市甲子町松倉地区で行われた。正福寺(須藤寛人住職)の行事の一つ。隣接する認定こども園の正福寺幼稚園(松岡公浩園長、園児23人)の年中・年長児14人が華やかな衣装を身にまとって地域を練り歩いた。
 
お釈迦様の誕生を祝う行事に参加した正福寺幼稚園の園児たち

お釈迦様の誕生を祝う行事に参加した正福寺幼稚園の園児たち

 
正福寺本堂前ではじめの会。法要を行って誕生を祝福した

正福寺本堂前ではじめの会。法要を行って誕生を祝福した

 
 同寺本堂前で「はじめの会」。法要を営んだあと、須藤住職が行事について「ののさま(お釈迦様の愛称)が生まれた時、山の草木、花が一気に咲いたということにちなんで、花まつりという言葉で呼んでいる」と説明。「ののさまはみんなが元気で幸せであるよう、いつも見守ってくれています。誕生日をお祝いして、これからも見守ってもらいましょう」と呼びかけた。
 
 春らしい陽気の中、赤や緑色の上衣と紫色のはかま、金色の冠、烏帽子(えぼし)を身につけた子どもたちによる稚児行列がスタート。保護者に手を引かれ、住民が見守る中、境内を出て近隣を周回する約1.5メートルの道を歩いた。園に戻ると、子どもたちは“ののさま”に甘茶をかけ、感謝の気持ちを込めて手を合わせた。
 
華やぐ春の喜びをおすそ分けする子どもたち

華やぐ春の喜びをおすそ分けする子どもたち

 
かわいらしく着飾った子どもたち。楽しそうに地域を歩く

かわいらしく着飾った子どもたち。楽しそうに地域を歩く

 
行列には釈迦像を載せた白象をかたどった山車も加わった

行列には釈迦像を載せた白象をかたどった山車も加わった

 
“ののさま”にひしゃくで甘茶をかける園児

“ののさま”にひしゃくで甘茶をかける園児

 
“ののさま“に手を合わせて祈る子どもたち

“ののさま“に手を合わせて祈る子どもたち

 
 にこやかな顔を見せながら歩いていた年長の亀山千月瑠ちゃん(5)は、きれいな衣装を着られて「うれしい。楽しかった」と満足げに話した。父親の慎弥さん(33)はわが子の晴れ姿に口元をほころばせ「いい思い出になった。伸び伸びと成長し、好きなことをやってくれたらいい」と見守った。
 
 花まつりは仏教を開いた釈迦の誕生日とされる4月8日に合わせて行われるもので、灌仏会(かんぶつえ)とも呼ばれる。園を運営する同寺の仏教行事に園児たちが参加する形で継続。気候が安定するこの時期に実施している。
 
稚児行列を見にきた人に縁起物の「散華(さんげ)を手渡す

稚児行列を見にきた人に縁起物の「散華(さんげ)を手渡す

 
花まつりの稚児行列に参加した園児と保護者、園の関係者ら

花まつりの稚児行列に参加した園児と保護者、園の関係者ら

 
 松岡園長は「仏教を起点とした教えを保育に取り入れている。花まつりではにぎやかにお祝いし、おもてなしの心や人としての優しさを感じたり、伝えられたらいい。絶やさないように続けていきたい」と思いを語った。

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山の春到来! 橋野鉄鉱山で“2大”石割桜見頃 インフォセンター周辺の桜ロードもおすすめ

「橋野鉄鉱山」高炉場跡の山神社エリアに自生する“石割桜”=24日午前撮影

「橋野鉄鉱山」高炉場跡の山神社エリアに自生する“石割桜”=24日午前撮影

 
 釜石市内の山々では市街地より遅れて、各種桜が見頃を迎えている。橋野町青ノ木の世界遺産「橋野鉄鉱山」とその周辺は自生するヤマザクラに加え、植樹したさまざまな桜が咲き出し、花色の濃淡が美しい景色を生み出している。高炉場跡にひっそりとたたずむのは、高炉の石組みの材料にもなった花こう岩に根を張る「石割桜」。隣接する国有林地にも同様の石割桜があり、自然の植物の生命力の強さを感じさせている。地元在住で、釜石観光ガイド会副会長の小笠原明彦さん(69)によると、今年の青ノ木の桜の開花は1週間ほど早いという。
 
 三番高炉の東側、山神社の拝殿跡や山神碑、牛馬観世音碑が残るエリアに自生している石割桜は、花こう岩の上に3本のヤマザクラが根を張る唯一無二の姿を見せる。花こう岩は山神碑側から見て、横幅5.84メートル、奥行き4.37メートル(市調べ)の大きさ。桜の根は岩を抱えこむように伸び、岩の割れ目に沿って地面まで到達している部分も見られる。花の開花時期は例年5月初旬だったが、近年は春先の気温が高く、4月中の開花が続く。今年は21日ごろから咲き始め、24日時点で8分咲きまで進んだ。
 
花こう岩の上に3本のヤマザクラの幹がそびえる。岩の割れ目に桜の種が入り成長?

花こう岩の上に3本のヤマザクラの幹がそびえる。岩の割れ目に桜の種が入り成長?

 
岩の上部は傾斜があるが、各方向にしっかりと根を伸ばす。晴れの日には青空にピンク色の花が映える

岩の上部は傾斜があるが、各方向にしっかりと根を伸ばす。晴れの日には青空にピンク色の花が映える

 
 同所には今年、新たな見どころが加わる。石割桜がある場所からさらに斜面を上った先に見えるのが、昨年11月に発見された同鉄鉱山の「開山碑」。見学エリアの外側、国有林地内に鎮座する石碑は、同鉄鉱山の操業開始時期を解明する手がかりになるものとされる。見学エリア柵内から見ることができる。市は今年、同石碑の見学会も予定している。
 
石割桜からさらに斜面を上ると、昨年発見された「開山碑」を見ることができる(写真右)。コケを取り除いた垂直面の岩が開山碑。見学は柵の中から

石割桜からさらに斜面を上ると、昨年発見された「開山碑」を見ることができる(写真右)。コケを取り除いた垂直面の岩が開山碑。見学は柵の中から

 
 もう一つの石割桜が見られるのは二番高炉の東側、国有林地の山肌の急斜面。昨年11月の育樹祭で倒木などの処理作業を行ったことで、その全容が見やすくなった。日光が届きやすい環境になったことも影響してか、今年は特に花色が美しい。二番高炉と石割桜を入れた写真の“映え”スポットとしても注目を集める。高炉場跡は昨年度から見学路と遺構標示の整備が進められていて、舗装された道は車椅子での移動が可能になっている。
 
二番高炉の東側、国有林地に見られる石割桜。岩には切り出そうとしたとみられるタガネの跡が残る。今年は特にも花色がきれい

二番高炉の東側、国有林地に見られる石割桜。岩には切り出そうとしたとみられるタガネの跡が残る。今年は特にも花色がきれい

 
一番高炉と二番高炉の間にある一本桜(写真右)とも花の競演!

一番高炉と二番高炉の間にある一本桜(写真右)とも花の競演!

 
昨年度整備された新たな見学路。舗装された歩道が三番高炉前まで続く

昨年度整備された新たな見学路。舗装された歩道が三番高炉前まで続く

 
 インフォメーションセンター周辺から高炉場跡に続く“桜ロード”も開花が進む。高炉場に向かって右側の道路沿いではソメイヨシノが開花していて、周辺の私有地に自生するヤマザクラと共に花色のグラデーションを楽しめる。同左側に連なる八重桜は大型連休中には開花しそう。橋野町振興協議会が行う恒例の八重桜まつりは5月10日に開催予定。
 
インフォメーションセンター駐車場から高炉場跡に向かう道路沿いは濃淡の花色が重なり、さらに美しい光景を生み出している

インフォメーションセンター駐車場から高炉場跡に向かう道路沿いは濃淡の花色が重なり、さらに美しい光景を生み出している

 
 八重桜が囲む芝生広場では、2018年に震災復興支援の一環で植えられた「宇宙桜」が順調に花をつける。これは2008年、福島県三春町の“三春滝桜”の種をスペースシャトル・エンデバー号で国際宇宙ステーションに届け、日本のモジュール「きぼう」船内で若田光一宇宙飛行士とともに地球を回る旅をした桜。帰還した種を同町の小学生が育て、同市に贈られた。宇宙桜の周りにはドウダンツツジがハート形に植えられている。
 
2018年に植樹された“宇宙桜”(三春滝桜の子孫木)も開花。将来、大きく成長した枝垂れ桜になるのが楽しみ

2018年に植樹された“宇宙桜”(三春滝桜の子孫木)も開花。将来、大きく成長した枝垂れ桜になるのが楽しみ

 
宇宙桜は発芽から16年。順調に花芽を増やしている

宇宙桜は発芽から16年。順調に花芽を増やしている

 
 小笠原さんは青ノ木の桜について、「ヤマザクラから八重桜の開花にかけ、2~3週間が桜のシーズン。石割桜は今年、周りの木々があまり目立たず、樹形や花がきれいに見えるのでおすすめ」とPR。インフォメーションセンターには毎日、観光ガイドが常駐しており、「遺跡や桜について話を聞きながら巡るとさらに楽しめる。ぜひ、山里の春を満喫しに足を運んでいただければ」と呼びかける。
 
 山あいの気候は春でも朝晩の冷え込みがあり、花の開花が足踏みすることもある。訪れる前にインフォメーションセンターに問い合わせしてみるといいかも。橋野鉄鉱山インフォメーションセンターの電話番号は0193・54・5250(営業時間:午前9時半~午後4時半)。
 
高炉場跡のおまけの春景色。ハート形の葉が風に揺れるカツラの木(写真左上、右)。地面にはカタクリの花(写真左下)も…

高炉場跡のおまけの春景色。ハート形の葉が風に揺れるカツラの木(写真左上、右)。地面にはカタクリの花(写真左下)も…

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開放的に新装!釜石・野田中央公園 震災後の仮設住宅用地から復旧 利用再開に歓声

新しくなった野田中央公園で遊ぶ子どもたち

新しくなった野田中央公園で遊ぶ子どもたち

 
 東日本大震災後に被災者向けの仮設住宅用地となった釜石市野田町の野田中央公園の復旧整備工事が完了し、9日、現地で開園式が開かれた。生い茂っていた樹木を伐採し、グラウンドを新しくするなど、市民の憩いの場は明るく開放的な空間にリニューアル。久しぶりの開放を待ちわびた子どもたちがさっそく公園内を元気に駆け回っていた。
 
 住民や関係者ら約60人が出席。小野共市長は「地域の憩いの場として幅広い世代に愛される公園に。子どもたちの健やかでたくましい成長の一助となることを願う」とあいさつした。
 
開園式に参加した野田町の住民や釜石市の関係者ら

開園式に参加した野田町の住民や釜石市の関係者ら

 
 「お花見スポット」としても地域に親しまれる公園では、早咲きのサクラがちょうど見頃に。木の下でひと休みする大人たち、風に舞った花びらを拾い集めて遊んだりする子どもらの姿も見られた。
 
 小佐野小6年の石田晃悠さんは「久しぶりに開放された。気分、いい感じ。友達とキャッチボールとかして遊びたい」と笑顔を見せた。
 
花見スポットとしても地域に親しまれる野田中央公園

花見スポットとしても地域に親しまれる野田中央公園

 
子どもたちは桜の花びらを集めたり、グランドを駆け回ったり

子どもたちは桜の花びらを集めたり、グランドを駆け回ったり

 
 公園は老朽化したフェンスの更新や、周囲を覆っていた大木化した樹木(ヒマラヤスギを中心に)の伐採などで見通しを確保。水はけ力が低下していたグラウンドは土を入れ替え、排水設備も整えた。新たに駐車場(10区画)を設け、利便性の向上を図った。整備面積は約6000平方メートル。事業費は約5000万円。
 
利用しやすいようにと新たに駐車場が設けられた

利用しやすいようにと新たに駐車場が設けられた

 
 野田集会所に隣接する同公園は1986年に供用が始まり、地域住民の活動の場として利用されてきた。震災後は被災した人たちの生活再建を支える仮設住宅用地として使用され、市は6棟36戸を整備。2019年12月まで使われ、20年10月に撤去された。
 
2019年の桜の季節には仮設住宅が並んでいた

2019年の桜の季節には仮設住宅が並んでいた

 
憩いの場としてリニューアルした野田中央公園

憩いの場としてリニューアルした野田中央公園

 
 公園の復旧整備に向け、市は地域住民らを交えたワークショップなどを実施。寄せられた声をもとに整備内容を検討し、昨年9月に工事に着手。今年3月に整備を終えた。
 
 近くに住む野田十和町内会の木谷哲会長(78)は「さっぱりしたいい公園が戻ってきた。子どもたちが自由に遊びまわる姿を見るのが楽しみ。どんどん使ってほしい」と願った。
 
子どもたちをうれしそうに見守る木谷哲さん(左)

子どもたちをうれしそうに見守る木谷哲さん(左)

 
 野田中央公園の近くにはほかにも仮設住宅用地として使われた公園が2カ所あり、市は同時に整備内容を検討。まず野田中央を憩いの場として再整備し、今後予定する野田西は子どもの遊び場、向定内は運動の場としての利用を見込み、復旧整備事業を進める。

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市指定文化財「上栗林のサクラ」 堂々の巨木 14年目のライトアップ 夜空に浮かぶ花姿圧巻

ライトアップ14年目を迎えた「上栗林のサクラ」=11日撮影

ライトアップ14年目を迎えた「上栗林のサクラ」=11日撮影

 
 釜石市栗林町の市指定文化財(天然記念物)「上栗林のサクラ」は、今年も花の開花に合わせ、夜のライトアップが行われている。地元住民組織、上栗林振興会(三浦栄太郎会長)が2013年から始めた取り組みは春の風物詩として定着。樹齢400年以上と推定される巨木の見事な花姿と枝ぶりを暗闇に浮かび上がらせている。ライトアップは葉桜になる一歩手前ごろまで実施予定。点灯時間は午後6時半から同9時半まで。
 
 上栗林集会所そばの私有地に自生する同桜はエドヒガン種。2006年の市の調査では胸高幹周りが約4.9メートル、根元周りは約8メートル。07年に市の文化財に指定された。地元では「種蒔(たねまき)桜」と呼ばれ、開花は農事の目安とされてきた。住民によると、以前は4月下旬に満開を迎えていたが、近年は地球温暖化が影響してか開花が早まっている。
 
 今年はつぼみ状態の5日に照明機器を設置。翌6日から花が開き始めた。週末の11日には見頃を迎えたが、この日の市内は強風に見舞われ、早めに開花した花は花びらを散らしてしまった。夜も風の強い状態が続き、見物客はまばらだったが、いい状態の桜を愛でようと市民らが足を運んだ。
 
さまざまな角度からの照明で樹形を浮かび上がらせる

さまざまな角度からの照明で樹形を浮かび上がらせる

 
枝いっぱいに薄桃色の花をつけ、美しい光景をみせる

枝いっぱいに薄桃色の花をつけ、美しい光景をみせる

 
開花後、最初の週末となった11日はあいにくの強風となったが、楽しみにしていた見物客がマイカーなどで訪れた

開花後、最初の週末となった11日はあいにくの強風となったが、楽しみにしていた見物客がマイカーなどで訪れた

 
 橋野町の83歳女性は「車で(県道を)通行する際に見てはいたが、近づいて見るのは今日が初めて」と、頭上高く枝を伸ばした桜を見上げた。「素晴らしいねぇ。これだけ太い幹もなかなか無い。本当に立派。地域の誇りだね」と感嘆の声。同所より標高が高い橋野の桜はこれからが開花時期で、「あとは地元の桜を楽しみに…」と一緒に訪れた友人と顔を見合わせた。
 
 同桜のライトアップは、振興会の夜の会合後、役員が懐中電灯で試しに照らしてみたのがきっかけ。当初は地元建設会社の協力で工事用投光器を用いていたが、後に花の色がより美しく見えるよう光源の種類や数、角度など試行錯誤を重ね、2色のLED照明による現在の形を確立した。始めた頃は震災復興のさなかで、沿線の県道釜石遠野線を工事関係車両が行き交い、仕事帰りに足を止める人も。上栗林集会所で避難生活を送った被災者らも仮設住宅から足を運び、交通整理をするほどのにぎわいだった。復興工事の終了、高速道路網の整備で同県道の通行車両が減り、見物客も少なくなったが、今でも市内外から訪れる人が後を絶たない。
 
2色の照明で幻想的な姿を生み出す。幹の太さが長い年月を積み重ねてきたことを物語る

2色の照明で幻想的な姿を生み出す。幹の太さが長い年月を積み重ねてきたことを物語る

 
真っ暗になる前は背後の空色ともコラボ。暗くなってからは、晴れていれば星や月との競演も

真っ暗になる前は背後の空色ともコラボ。暗くなってからは、晴れていれば星や月との競演も

 
 「毎年楽しみに見に来る人のほか、初めて足を運ぶ人もいる。美しい里山の風景を後世につなぎ、地域に活力を生む一助にしたい」と三浦会長(75)。同桜は古木ながら樹勢は衰えず、毎年花を咲かせている。「市と連携し防虫対策などもしっかり行い、今後も注意深く見守っていきたい」と話した。