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釜石新聞News 2025年プレーバック<その2>

 別れ、積み重ねる歩み、そして新しい挑戦-。主要な出来事を振り返る中で、「入り切らなかったけど、どうしても外せない」場面もあった。静かに、この1年を支えてきた出来事を写真でたどる。
 

惜しまれた別れ

 
 居酒屋「お恵」の店主として釜石の飲食文化を支えてきた菊池悠子さんが12月、急逝した。86歳だった。名物飲み屋街「呑ん兵衛(のんべえ)横丁」でのれんを揺らし、豪快な笑い声とあたたかいもてなしで常連客らに親しまれた。東日本大震災を経験。横丁閉鎖後も市街地で店を営んできたが、持病の悪化などで6月に惜しまれつつ、のれんを下ろした。釜石飲食店組合の組合長を務め地域の飲食文化をけん引し、復興にも尽力したとして、10月に市勢功労者として表彰された。
 
常連客に「お恵さん」と呼ばれ親しまれた菊池悠子さん。左の写真は最終営業の6月25日に店先にのれんを出した菊池さん

常連客に「お恵さん」と呼ばれ親しまれた菊池悠子さん。左の写真は最終営業の6月25日に店先にのれんを出した菊池さん

 

節目を迎えた歩み

 
 釜石市の西の玄関口、道の駅釜石仙人峠は4月で開業10周年を迎えた。釜石自動車道のインターチェンジに隣接する施設は、地元名物の甲子柿や野菜、同市の特産品などを販売。人気の釜石ラーメンを提供する食堂もあり、食や観光の情報発信基地として機能する。和山牧場の管理、運営を担う一般社団法人栗橋地域振興社は創立70周年。牧場地内では肉牛の放牧のほか、風力発電事業が行われている。来年は更新された風車が運転開始予定。新たに養鶏農場も操業する見込みで、参入事業者と手を携えながら牧場の未来を創造する。
 

「開駅10周年」を迎えた道の駅釜石仙人峠。記念の大創業祭は多くの買い物客でにぎわった=4月27日

「開駅10周年」を迎えた道の駅釜石仙人峠。記念の大創業祭は多くの買い物客でにぎわった=4月27日

 

栗橋地域振興社の創立70周年記念式典で万歳三唱する出席者。記念事業で畜産業発展に貢献した先人の業績パネル(右下)を設置=9月28日

栗橋地域振興社の創立70周年記念式典で万歳三唱する出席者。記念事業で畜産業発展に貢献した先人の業績パネル(右下)を設置=9月28日

 

新たな挑戦、ここから

 
 エンターテインメントでまちを盛り上げようと、釜石市初のタレント養成所「C-Zero(シーゼロ)アカデミー」が4月に開校した。演技やダンスなど芸能活動に生かせる知識、技能を学ぶ基礎科に1期生23人が入校。月に8回程度、レッスンを重ねるほか、第一線で活躍する映画監督や演出家らの特別指導を受ける機会も得て、力を蓄積。ラジオドラマや短編映画の出演が決まるなど、夢実現への歩みを着実に前進させている。

 
釜石初のタレント養成所「C-Zeroアカデミー」の開校式に臨んだ第1期生、講師陣ら=4月20日

釜石初のタレント養成所「C-Zeroアカデミー」の開校式に臨んだ第1期生、講師陣ら=4月20日

 
第一線で活躍する演出家の特別指導を受け演技力に磨きをかける生徒ら=8月31日

第一線で活躍する演出家の特別指導を受け演技力に磨きをかける生徒ら=8月31日

 

まちを支える女性の姿

 
 医療、防災、商いの現場で奮闘する女性たちを取材した。命と向き合う新人看護師は、金沢医大が設けた奨学金制度「釜石枠」を利用して勉学に励んだ1期生。火災や災害から地域を守るため活動する消防団員は「準中型」免許を取得して、いざという時に発揮できる力を蓄える。移住者や子育て中の母親らが立ち上げた団体は、地域で愛された公園を新たな憩いの場として開放。女性たちの活躍が、まちに新たな風を吹き込んでいる。

 
患者に寄り添える看護師を目指す佐藤綺美さん。一つ一つ経験を積み重ねていく=5月

患者に寄り添える看護師を目指す佐藤綺美さん。一つ一つ経験を積み重ねていく=5月

 
消防車両の運転席から顔をのぞかせる小林真由美さん。消防団に入団し3年目となる=10月

消防車両の運転席から顔をのぞかせる小林真由美さん。消防団に入団し3年目となる=10月

 

遊び場、農園、カフェを併設する「ココイロこすもすファーム」を8月に開業した石塚佳那子さん=10月

遊び場、農園、カフェを併設する「ココイロこすもすファーム」を8月に開業した石塚佳那子さん=10月

 

受け継ぐ郷土芸能、つなぐ祭り文化

 
 釜石市平田の館山神社の例大祭では11年ぶりに祭り行列が繰り出した。2011年の東日本大震災で津波被害を受けた同地区。復興事業が完了したまちをみこしや神楽、虎舞団体が練り歩き、久しぶりのにぎわいに住民らが喜びの笑顔を広げた。今年は、各地の祭りで奉納される郷土芸能を次世代につなぐ取り組みも活発化した。少子高齢化で担い手不足が課題となる中、市が体験教室を初めて企画。釜石高生はゼミ活動で人材確保の方策を考えた。ゼミメンバーを中心とする生徒有志は虎舞で国際交流し、地域の伝統文化発信に一役買った。

 
11年ぶりに行われた館山神社(平田)例大祭のみこし渡御。担ぎ手たちが笑顔を見せた=5月11日

11年ぶりに行われた館山神社(平田)例大祭のみこし渡御。担ぎ手たちが笑顔を見せた=5月11日

 
郷土芸能の担い手育成を目指し初めて開かれた体験教室。松倉虎舞、太神楽が演舞を披露し、お囃子などを体験してもらった=8月11日

郷土芸能の担い手育成を目指し初めて開かれた体験教室。松倉虎舞、太神楽が演舞を披露し、お囃子などを体験してもらった=8月11日

 
郷土芸能伝承を考える釜石高ゼミの生徒を中心とした有志が釜石を訪れた外国人観光客に虎舞を披露した=10月10日

郷土芸能伝承を考える釜石高ゼミの生徒を中心とした有志が釜石を訪れた外国人観光客に虎舞を披露した=10月10日

 
■後記
 釜石新聞NewSをご覧いただいている皆様、本年のご愛読ありがとうございました。大きなニュースの陰で、確かに積み重ねられた一年の“輪郭”はいかがでしたか?思い返したり、会話のきっかけになりましたら幸いです。どうぞ穏やかな年末をお過ごしください。そして、新しい年が皆様にとって穏やかで希望に満ちた一年となりますように。

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釜石新聞News 2025年プレーバック<その1>

 2025年は戦後80年を迎え、多くの人が平和の尊さを見つめ直す年となった。全国同様、クマの出没や山火事、津波の脅威に脅かされ、防災への意識が改めて問われた。一方で「橋野鉄鉱山」の世界遺産登録10周年など明るい話題もあった。この1年を象徴する出来事を写真で振り返る。

戦後80年・世代超え伝い続ける

 
 太平洋戦争末期の1945年の7月と8月、釜石市は2度にわたり米英連合軍などの艦隊から艦砲射撃を受けた。終戦から80年の節目の今年、「釜石艦砲」の体験者から話を聞く機会が幾度もあった。一方で、戦禍を知る人たちは高齢となり、年々、体験談を聞くのは難しくなっている。そんな中、戦争の記憶をつなごうと、高校生がまちに残る戦跡を巡るツアーを企画し、小学生は永遠の平和を祈念し建立された女神像の塗り替え作業に協力。若い世代に「地域の歴史を伝え継ぐ」という気持ちが芽吹く。
 
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釜石小児童が参加し塗り直し作業が行われた薬師公園の「平和女神像」=4月28日

 
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防空壕跡を案内する高校生佐藤凛汰朗さん(左)と中澤大河さん=7月21日

 
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体験者や高校生らによる討論会。戦争の悲惨さを共有し、平和を誓った=8月3日

 

明治日本の産業革命遺産 世界遺産登録10周年

 
 釜石市の「橋野鉄鉱山」を含む明治日本の産業革命遺産(8県11市23資産)は、世界文化遺産登録から10周年を迎えた。市内では登録が決まった7月を中心に各種記念行事が開催された。釜石での鉄づくりの成功は日本の近代化を急速に推し進める原動力となった。今年は“近代製鉄発祥の地”釜石の誇りを再認識し、橋野鉄鉱山の世界遺産価値を改めて感じる年となった。
 
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世界遺産登録10周年記念シンポジウムでは歴史作家の河合敦さんが講演した=7月12日

 
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現地の記念イベント「橋野鉄鉱山マルシェ」では地元の橋野鹿踊りが10周年をお祝い=7月13日

 
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23構成資産のガイドが初めて釜石で研修。釜石観光ガイド会が橋野鉄鉱山を案内した=10月23日

 

大船渡市山林火災後方支援

 
 2月下旬に発生した大船渡市の山林火災は平成以降、国内最大規模の被害となり、全国から駆け付けた緊急消防援助隊が連日、消火活動にあたった。釜石市は新潟、茨城、栃木3県の消防隊の宿営地として、鵜住居町の市民体育館を提供。24時間体制で火災現場に向かう隊員らを支えた。避難所運営の応援として市職員も派遣。市民らも義援金募金活動などを行い、被災者に心を寄せた。
 
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約500人の隊員が体育館で寝泊まりしながら交代で現場に出動した=3月3日

 
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釜石中の生徒が感謝を込めて寄せ書きした横断幕。緊急消防援助隊に贈った=3月7日

 
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「困っている人の力に」。市内の児童生徒が募金活動を展開し、思いを託す=5月21日

 

クマ出没続く…市初の緊急銃猟も

 
 岩手県内全域に「ツキノワグマの出没に関する警報」が発表される中、釜石市内でも出没の目撃情報は寄せられ、農作物や人身への被害が懸念されるため注意が必要だ。今年9月に鳥獣保護法が改正され、人の生活圏にクマなどが出没した場合、市町村判断での発砲を可能とする「緊急銃猟」の制度が始まった。11月26日には市街地に長時間居座ったクマ1頭を「緊急銃猟」で駆除した。市内では初めての実施で、県内では2例目となった。
 
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釜石市中心部に出没したクマ。警戒する警察官とのにらみ合いが長時間続き、緊急銃猟で駆除された=11月26日

 

津波警報、初の後発地震注意情報「備えを」

 
 今年、本県沿岸には津波注意報や警報の発表が相次いだ。7月にはロシア・カムチャツカ半島東方沖を震源とする巨大地震で日本の太平洋沿岸などに津波警報、注意報が発表された。避難所が開設された鵜住居小・釜石東中では、今年1月に自主防災組織を立ち上げた釜石東中の生徒らが避難所運営で大きな力を発揮した。12月8日深夜に発生した青森県東方沖を震源とする地震では釜石市で震度4を観測。津波警報が発表された。気象庁などはその後1週間、初の「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表し、日頃の備えの再確認を呼びかけた。
 
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カムチャツカ半島地震による津波警報発表で避難所が開設された釜石東中では、夏休み中の部活動で登校していた生徒らが避難所運営に尽力した=7月30日午前

 
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青森県東方沖地震による津波警報発表で避難所が開設された鵜住居小・釜石東中体育館には多くの地元住民が避難した=12月9日未明

 
■後記
 釜石新聞NewSをご覧いただいている皆様、ご愛読ありがとうございます。今年のまちの話題を振り返り、印象深かったものはありましたか?明日は「その2」として、釜石の2025年をさまざまな視点で振り返ります。

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街照らす冬灯り 釜石・青葉通りでイルミネーション 若手事業者が企画「笑顔に」

星形のオブジェがきらめく光のトンネルを進む子どもたち

星形のオブジェがきらめく光のトンネルを進む子どもたち

 
 冬のまちを彩るイルミネーションイベント「かまいし冬灯り」が11日夕、釜石市大町の青葉通りで始まった。「まちを明るく、人を笑顔に」と願いを込め、地元の若者有志が初めて企画。家庭や事業所など市内に眠る明かり(電飾)を集め、高校生らボランティアの力も借りて作り上げられた光の演出が道行く人の心を温めている。
 
 青葉通り緑地帯(ホテルクラウンヒルズ釜石~青葉ビル前)の花壇や樹木が青やピンク、黄色などカラフルに輝く明かりで彩られている。巨大なハートのオブジェや、星形の電飾が施された光のトンネルなども設置。トナカイや雪だるま、雪の結晶をかたどったオブジェを集めたフォトスポットもある。
 
あたたかな光で照らすハートのオブジェ

あたたかな光で照らすハートのオブジェ

 
ツリー、雪だるま、雪の結晶…光のオブジェが集合

ツリー、雪だるま、雪の結晶…光のオブジェが集合

 
クリスマスシーズンを盛り上げるオブジェやメッセージ

クリスマスシーズンを盛り上げるオブジェやメッセージ

 
 初日に現地で点灯式を実施。関係者がボタンを押すと電飾が一斉にともり、集まった親子連れらが「うわぁ~」「かわいいー」などと歓声を上げた。
 
 近くに住む小学生川村奏音(そら)さん(9)は「めちゃくちゃ、きれい」と瞳を輝かせた。母未樹さん(47)は「この場所で、この規模のイルミネーションは初めて見る。まちが明るくなっていい」と頬を緩めた。
 
釜石の冬の夜を静かに彩るイルミネーション

釜石の冬の夜を静かに彩るイルミネーション

 
 イベントは、30代の若手事業者ら5人を中心とする「かまいし灯り実行委員会」が主催。人口減少が進むまちの現状に寂しさを覚えながらも「何とかして変えたい。にぎわいを取り戻そう」と熱い思いを共有する。
 
「釜石を盛り上げたい」。かまいし灯り実行委のメンバー

「釜石を盛り上げたい」。かまいし灯り実行委のメンバー

 
 11月に始動し準備期間や資金などは限られる中、思いに賛同した地元の企業や団体、市が電飾などの資材、装飾場所の提供などで協力。SNSなどで情報を発信し、設置作業では高校生や住民の手も借りた。
 
 代表で美容師の三浦愛美さん(31)は「釜石を明るく、あたたかくしたい。この明かりが暮らす人、帰ってくる人、訪れる人の心を照らすことができたらいい」と目を細める。発案者でもあり、数年前からあたためていた企画が実現し、「やりたいことができるまちだと、子どもたちの希望になれたらうれしい」とも。来年以降も継続するつもりで、「未来につなぐ一歩になった」とうなずいた。
 
青葉通りを彩るイルミネーション「かまいし冬灯り」

青葉通りを彩るイルミネーション「かまいし冬灯り」

 
 来年1月12日まで。午後4時半~翌午前0時に点灯する。12月27日には屋台やハンドベル演奏などを楽しめる催しを予定。期間中にはインスタグラムを活用したフォトコンテストも行う。詳しくは、インスタの実行委公式アカウント(https://www.instagram.com/kamaishi.akari.project/ )へ。

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受け継ごう!地域の食文化 新巻きザケづくりを体験 釜石小児童、おいしさ心待ち

さばいて水洗いしたサケに塩を擦り込む釜石小の児童

さばいて水洗いしたサケに塩を擦り込む釜石小の児童

 
 釜石小(五安城正敏校長、児童66人)の5、6年生約20人が4日、釜石市平田の岩手県水産技術センターで新巻きザケ作りを体験した。ほとんどの児童が魚をさばくのは初めてだったが、同センター利用加工部の宮田小百合部長らから手ほどきを受け楽しそうに作業。食したことのある子も少なく、味わいを想像しながら地域の食文化に触れた。
 
 新巻きザケは、えらや内臓を取り除いて塩漬けにし、寒風にさらして熟成させる北国の伝統的な保存食。釜石の隣町「大槌町が発祥と言われている」と宮田部長が説明した。この日、用意されたのは北海道産のサケ。使われるのは雄が多いことや、サケの種類や特徴についても解説を加えた。
 
魚をさばく講師の手元を見つめる子どもたち

魚をさばく講師の手元を見つめる子どもたち

 
「わ~」「おー」「へ~」とさまざまな表情を見せる児童

「わ~」「おー」「へ~」とさまざまな表情を見せる児童

 
 宮田部長が魚のさばき方を実演した後、いよいよ児童が挑戦。サケを1本ずつ選び、包丁を手にえら、内臓を丁寧に取り除いた。下処理を終えたら、水で身をしっかり洗浄。保存食として役目を発揮してもらえるよう、隅々まで丁寧に塩を擦り込んだ。
 
 「大きいのがいいよね」。サケを選んで、重さを体感

「大きいのがいいよね」。サケを選んで、重さを体感

 
講師に教わりながら魚をさばく子を友達が見守る

講師に教わりながら魚をさばく子を友達が見守る

 
児童はそれぞれ魚をさばき、水で洗う作業に取り組んだ

児童はそれぞれ魚をさばき、水で洗う作業に取り組んだ

 
サケに塩をたっぷり擦り込む児童。作業を終え「イエーイ」

サケに塩をたっぷり擦り込む児童。作業を終え「イエーイ」

 
 作業には岩手大学釜石キャンパスで学ぶ農学部食料生産環境学科水産システム学コースの学生、特任専門職員らが協力。「この三角形がサケの心臓だよ」などと知識も伝え、児童らはサケの生態に関心を深めた。
 
子どもらの活動を岩手大釜石キャンパスの学生がサポート

子どもらの活動を岩手大釜石キャンパスの学生がサポート

 
 6年の金澤花怜さんは「魚をさばくのは初めて。えらを取るのが難しかった。力が必要で大変だったけど楽しかった。(新巻きザケを)食べたことがないけど、おいしくできたらいい」と、仕上がりを心待ちにした。
 
 5年生は今年度、総合的な学習の時間を活用し、「鉄のまち」「ラグビーのまち」など地域の魅力に理解を深める。今回の新巻ザケ作りは「魚のまち」に関する活動。秋サケの不漁について学んだ後の体験に、佐々木恵太さんは「昔からの伝統を知ることができた。スーパーで売られているのを見たことがあったけど、一から作ると大変だと思った。自分達が食べるものを作ることができてよかった」と喜んだ。
 
地域の食文化に触れられる新巻きザケ作り体験

地域の食文化に触れられる新巻きザケ作り体験

 
 宮田部長は「新巻きザケは大槌発祥の伝統保存食。このおいしくなる技法を子どもたちに受け継いでもらいたい。そして地域にサケが戻ってきたら」と願いを込める。児童の学習をサポートしてきた岩大釜石キャンパス特任専門職員の齋藤孝信さんも「釜石近海の環境が変わっていて、サケが採れなくなった。今では貴重品。おいしく味わってほしい」と望んだ。
 
塩抜きや天日干しは学生が担当。釜石小児童が作ったサケも仲間入り

塩抜きや天日干しは学生が担当。釜石小児童が作ったサケも仲間入り

 
 この後、さらに塩漬けし5日後に水洗いして塩抜きをする。それから1週間ほど寒風にさらして乾かすと出来上がり。この作業は釜石キャンパスの学生らが担当する。完成したものは終業式までに釜石小に届けられ、児童が各家庭に持ち帰るという。

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深夜の強い揺れに恐怖 青森県東方沖地震 釜石で震度4、津波20センチ観測 一時369人が避難

津波警報発表で、避難所が開設されている鵜住居小・釜石東中体育館に急ぐ地元住民ら=9日午前0時

津波警報発表で、避難所が開設されている鵜住居小・釜石東中体育館に急ぐ地元住民ら=9日午前0時

 
 8日午後11時15分ごろ発生した青森県東方沖を震源とするマグニチュード7.5の地震で、北海道から福島県にかけての沿岸に津波警報が発表された。警報は9日午前2時45分に注意報に切り替えられ警戒が続いたが、同日午前6時20分に全て解除された。この地震で釜石市では震度4を観測、釜石港では20センチの津波が観測された。気象庁と内閣府は同日午前2時に「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を発表。今後1週間、日本海溝・千島海溝沿いでは巨大地震が発生する可能性があるとして、備えの確認など十分な注意を呼びかける。
 
写真上:鵜住居町根浜の高台から見下ろす大槌湾=9日未明。同下:避難所のテレビで情報収集する避難者ら(釜石東中校内)

写真上:鵜住居町根浜の高台から見下ろす大槌湾=9日未明。同下:避難所のテレビで情報収集する避難者ら(釜石東中校内)

 
 市は8日午後11時17分、同地震による津波注意報発表に伴い、災害警戒本部を対策本部に引き上げた。同23分、津波警報が発表された(本県沿岸最大予想3メートル)。市は学校体育館など9カ所に避難所を開設。その他の場所への避難を含め、最大で369人が避難した。9日午前6時20分、津波注意報解除と同時に避難指示も解除された。市は9日の一般ごみ収集を中止し、市立小中学校全校を臨時休校とした。同日午後4時現在、地震や津波による人的、物的被害は確認されていない。
 
 市の緊急避難場所、拠点避難所に指定されている鵜住居町の鵜住居小・釜石東中には、8日午後11時30分ごろ、市の拠点避難所担当の職員が駆け付け、地元住民らと体育館に避難所を開設した。避難者が続々と集まる中、大型ストーブや毛布で暖をとれるようにし、段ボールベッドやパーティションも設置して少しでも休めるようにした。同所には避難車両約120台が並び、体育館内には最大85人が身を寄せた。
 
鵜小・東中体育館前の受付で氏名などを記入する避難者

鵜小・東中体育館前の受付で氏名などを記入する避難者

 
体育館では大型ストーブや備蓄品の毛布で暖をとった

体育館では大型ストーブや備蓄品の毛布で暖をとった

 
鵜小・東中の校庭には避難車両が並んだ。車内で待機する人も

鵜小・東中の校庭には避難車両が並んだ。車内で待機する人も

 
 町内に暮らす女性親子は車で避難。東日本大震災津波で被災し、自宅を再建した母親(83)は「ちょこちょこ地震があったから(大きい地震も)予測はしていたが…。またかという感じ。もうたくさんだね」と、被害がないことと警報の早期解除を願った。つえをつく母親を介助しながら避難した長女(54)は「備えはしているつもりでも慌てますね」と避難完了で一息。今年7月のカムチャツカ半島沖地震で避難した時の気付きもあり、夜の防寒対策の備えを強化したという。夜の避難は「辺りの様子が分かりづらいし、最近はクマの出没もあるので、歩いての避難は怖い。迷わず車で来た」と話した。
 
 同町の双日食料水産で働くベトナム人女性ら18人は、日本人社員3人の迎えで工場近くのアパートから車で避難。レーティ・ランさん(28)は「寝る前の地震でびっくりした。怖いですね」と顔をこわばらせた。釜石生活は9年目。津波注意報や警報での避難は3~4回経験していて、「パスポートや銀行のカードなど大事なものに加え、食べ物や服も防災用にすぐ持ち出せるようにしている」と日頃の備えを示した。
 
体育館では市職員と住民らが協力し、段ボールベッドを組み立て。避難者が横になれるようにした

体育館では市職員と住民らが協力し、段ボールベッドを組み立て。避難者が横になれるようにした

 
避難者のプライバシー保護のためのパーティション(間仕切り)も組み立てた

避難者のプライバシー保護のためのパーティション(間仕切り)も組み立てた

 
 同地震では青森県八戸市で最大震度6強を観測。本県では軽米町、一戸町で震度5強を観測するなどし、各地で道路の陥没、建物外壁の落下、断水などの被害が出ている。観測された津波の最大は久慈港の70センチ。
 
 北海道・三陸沖後発地震注意情報は、今後1週間に約1%の確率でマグニチュード8以上の巨大地震が日本海溝、千島海溝沿いで発生する可能性があるとし、地震への備えを呼びかける。避難場所・避難経路、家族との連絡手段、家具の固定、非常食など備蓄品の「確認」を促す。特別な備えとして、「すぐに逃げられる態勢の維持」「非常用持ち出し品の常時携帯」も呼びかける。同注意情報は2022年の運用開始以来、初めての発表。北海道から千葉県にかけての182市町村を “防災対応を取るべき地域”として示している。

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“釜石産”東京ラスクが学校給食に 釜石工場25周年のグランバー 地域に恩返し

「東京ラスク」の給食提供を喜ぶ鵜住居小6年の児童ら=12月2日

「東京ラスク」の給食提供を喜ぶ鵜住居小6年の児童ら=12月2日

 
 釜石市甲子町松倉の菓子メーカー、グランバー東京ラスク(大川浩嗣社長、本社:千葉県松戸市)釜石工場(長松達也工場責任者、従業員80人)は2日、釜石市内の学校給食に自社製品のラスクを無償提供した。同市の誘致で工場が稼働してから25周年を迎えることを記念し、「地域への恩返しを」と企画。12月1日の“東京ラスク発売記念日”に合わせて実施した。今後、年1回「ラスクの日」として、同時期の提供を続けていきたい考え。
 
 11月28日、鵜住居町の同市学校給食センター(松下隆一所長)に釜石工場で製造された「東京ラスク(シュガーバター味)」2040枚が納入された。受け取った同センターの土手裕子主任栄養士は「クリスマスなどの行事食の際にちょっとした菓子を添えているが、長引く物価高による食材費の高騰で、コンスタントな提供が難しくなってきている状況。こうした申し入れは非常にありがたい」と感謝。製品を届けた同社製造部生産課の後藤圭課長は「当社の商品を知ってもらう意味でもとてもいい試み。学校の工場見学も受け入れているので、ぜひ製造過程を見に足を運んでもらえれば。将来、工場で働きたいという子が出てくれたらうれしいですね」と話した。
 
グランバー釜石工場から市学校給食センターへの納品作業=11月28日

グランバー東京ラスク釜石工場から市学校給食センターへの納品作業=11月28日

 
グランバーの後藤圭生産課長(右)が給食センターの土手裕子主任栄養士(左)に届けたラスクについて説明

グランバーの後藤圭生産課長(右)が給食センターの土手裕子主任栄養士(左)に届けたラスクについて説明

 
 ラスクは市内の9小学校と5中学校、県立祥雲支援学校(小中高)の2日の給食で一人1枚ずつ提供された(祥雲高等部は3日)。鵜住居小(高橋美友紀校長、児童129人)では給食の時間に校内放送で、提供されたラスクについて説明。前日1日が東京ラスクの発売記念日であることや工場が市内甲子町にあること、同市の誘致企業として2000年に工場ができたことを紹介。「味わっていただきましょう」と呼びかけた。
 
鵜住居小では給食の最初に校内放送でグランバーからのラスク提供について紹介した

鵜住居小では給食の最初に校内放送でグランバーからのラスク提供について紹介した

 
 6年生の教室では、楽しみにしていたラスクを頬張り、笑顔を広げる姿が見られた。藤原菫さんは「前にも食べたことがあるけど、釜石で作られているのは意外だった」と新たな発見。給食への提供について、「みんなに喜んでもらいたいという気持ちが込められていると思う。工場で働く人たちに『おいしいお菓子を作ってくれてありがとう』と伝えたい」と感謝の思いを口にした。「先生、工場見学に行こう!」と担任教諭に要望する児童も。
 
「東京ラスク、いただきます!」。給食デザートを楽しむ児童

「東京ラスク、いただきます!」。給食デザートを楽しむ児童

 
おいしい菓子に笑みがこぼれる。作ってくれた工場の皆さんにも感謝して味わう

おいしい菓子に笑みがこぼれる。作ってくれた工場の皆さんにも感謝して味わう

 
 釜石工場は、茨城県つくば市にあった拠点工場を移設する形で2000年から稼働。02年の「東京ラスク」ブランド化を機にラスク製造が中心となった。11年の東日本大震災では、地震の影響で工場建屋の一部が損壊し操業を停止したが、約2週間後に生産を再開した。復興支援商品「釜石ラスク」も開発し、同年10月には釜石ラスク直営販売店を同市野田町にオープン(現在は閉店)。支援で釜石に入った多くの人たちが買い求めた。同商品は16年まで販売され、売り上げの一部が義援金として市に寄付された。
 
甲子町松倉にあるグランバー東京ラスク釜石工場。約80人が働く(写真提供:釜石工場)

甲子町松倉にあるグランバー東京ラスク釜石工場。約80人が働く(写真提供:釜石工場)

 
 同工場では現在、定番商品6種類のほか、季節商品として3~4種類を製造。市内では道の駅釜石仙人峠やシープラザ釜石などで販売される。月1回、水曜日にアウトレット品の工場直売会も実施。今月は10日午前10時から午後1時まで開かれる。その月の開催週の問い合わせは同工場(電話0193・21・4050)へ。

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栗林ラビー 20年ぶり全国大会へ 団員ら「楽しんで自分たちのバレーを!先輩たちの分まで…」

第42回岩手県小学生バレーボール育成大会(エンジョイ!バレーボールフェスティバル2025県予選)で初優勝した「栗林ラビーバレーボールスポーツ少年団」=11月9日、写真:父母会撮影

第42回岩手県小学生バレーボール育成大会(エンジョイ!バレーボールフェスティバル2025県予選)で初優勝した「栗林ラビーバレーボールスポーツ少年団」=11月9日、写真:父母会撮影

 
 釜石市の栗林ラビーバレーボールスポーツ少年団(団員31人)は、11月の「第42回岩手県小学生バレーボール育成大会」女子の部で初優勝。今月25~28日に京都府で開催される「エンジョイ!バレーボールフェスティバル2025」に本県代表として出場する。同団の全国大会進出は2005年以来20年ぶり。21年にも全国大会出場権を得る大会があったが、新型コロナウイルス禍で中止となったため、団にとって今回の喜びはひとしお。全国の舞台でも「大会を存分に楽しみ“ラビーの”バレーを!」と、練習にも熱がこもる。
 
 11月8、9の両日、奥州市で開かれた県育成大会女子の部には33チームが出場。3チームずつ11組の予選リーグで1位(2勝0敗)となった栗林ラビー(第2シード)は決勝トーナメントに進み、準々決勝の対下矢作・横田(陸前高田市)、準決勝の対矢巾女子(第3シード)、決勝の対高田東Jr(第4シード)戦をいずれも2-0で下し、同大会初優勝に輝いた。
 
決勝トーナメントは3戦とも2-0で勝利(写真:父母会撮影)

決勝トーナメントは3戦とも2-0で勝利(写真:父母会撮影)

 
チーム一の高身長、谷藤怜香さんのスパイクは圧巻(同)

チーム一の高身長、谷藤怜香さんのスパイクは圧巻(同)

 
 藤原明広監督(66)によると、現チームの強みは「拾ってつなぐ」バレー。中高の強豪チームの練習法などを研究し、強化を重ねてきた。攻撃の要は6年の谷藤怜香さん(小佐野小)、藤原朱莉さん(鵜住居小)の両エース。谷藤さんは県内小学生の中でもトップレベルの実力を誇り、藤原さんはブロックと速攻で、ここ1年急成長を見せる。先の県大会でも「つなぎはトップ。サーブも良く、ミスが少なかったのが勝因」と藤原監督。
 
練習を工夫し、レシーブやフォローの技術を磨いてきた栗林ラビー。「床にボールを落とすまい」と必死に食らいつく

練習を工夫し、レシーブやフォローの技術を磨いてきた栗林ラビー。「床にボールを落とすまい」と必死に食らいつく

 
全国大会まで1カ月となった11月24日、団員らはさらなるレベルアップを目指し、練習に励んだ=栗林小体育館

全国大会まで1カ月となった11月24日、団員らはさらなるレベルアップを目指し、練習に励んだ=栗林小体育館

 
 初の県制覇にエースの藤原さんは「全員で頑張って練習してきたことが成果となって表れた」と評価。自身が競技を始めたのは3年生から。約160センチの高身長、磨きをかける跳躍力を武器に、谷藤さんと切磋琢磨しながらチームの攻撃力を高める。全国大会に向け、「スパイカーとセッターのコンビネーションをもっと良くして、相手ブロックをかわすような攻撃ができれば。頭を使って動きたい」と意気込む。
 
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“2枚エース”の一人、藤原朱莉さんは高身長+腕の長さを生かした攻撃が持ち味。ブロック力も抜群

 
 主力の6年生は5人。藤原監督が「オールラウンダー」と、攻守で信頼を寄せる一人が四宮香蓮さん(小佐野小)。競技を始めたのは昨年からだが、「運動能力が高く、どのポジションでもいける(藤原監督)」という。得点源となるサーブも強み。初の全国の舞台、さらには小学生最後となる大会を「積極的に声を出し、試合を楽しみたい」と心待ちにする。
 
昨年からバレーを始めた四宮香蓮さん。どのポジションもこなせる頼りになる存在

昨年からバレーを始めた四宮香蓮さん。どのポジションもこなせる頼りになる存在

 
 同団の県制覇は2021年以来。同年は3大会で優勝したが、コロナ禍で全国、東北大会共に中止となり、先輩団員らは非常に悔しい思いをした。現団員の中には当時の主力メンバーの“妹団員”が3人在籍。その一人、山﨑良菜さん(釜石小5年)は姉新菜さんの思いを受け継ぎ、1年から同団で活動。監督の勧めで4年からセッターを務める。司令塔としての状況判断に面白みを感じていて、「全国の強いチームにも『負けないぞ』という気持ちで臨みたい」と気合十分。県外の強豪校に進んだ姉も“春高バレー”での全国大会出場が決まっていて、家族はダブルの喜びに包まれる。
 
姉の背中を追ってバレーを始めた山﨑良菜さん。セッターとして攻撃のバリエーションを広げる

姉の背中を追ってバレーを始めた山﨑良菜さん。セッターとして攻撃のバリエーションを広げる

 
 練習中も自ら指示を出し、チームをまとめるのは、主将の金野歩海さん(鵜住居小6年)。姉涼葉さんは三冠を果たした21年時の主将で、「姉の分も…」と全国大会出場への思いは人一倍強かった。昨年の育成大会後、「監督を全国に連れて行く」と全員で誓った。決意表明から1年―。努力を重ねたメンバーは見事、約束を果たした。
 
20年以上にわたり栗林ラビーを率いる藤原明広監督は「スポーツの楽しさを伝えたい」と子どもたちを熱心に指導。現団員らと臨む全国大会を楽しみにする

20年以上にわたり栗林ラビーを率いる藤原明広監督は「スポーツの楽しさを伝えたい」と子どもたちを熱心に指導。現団員らと臨む全国大会を楽しみにする

 
 金野さんにチームの強みを尋ねると意外な言葉が返ってきた。「一番意識しているのは整理整頓。物を雑に扱わない。チーム外の人にもきちんとあいさつをする」。こうした普段の心がけがプレーにも反映されているという。団員、指導者、保護者が一丸となった取り組み姿勢も自負。「ラビー全員のチームワークが岩手で一番だと思う」と誇りを示す。周りを元気にするムードメーカーとしての役割も自覚しつつ、「笛が鳴るまでは絶対にボールを落とさない。最後まであきらめず必死に戦う」と固い決意ものぞかせる。
 
メンバーに声がけしながらチームを盛り上げる主将の金野歩海さん。試合中に足りなかった笑顔と元気を増やそうと、この1年頑張ってきた

メンバーに声がけしながらチームを盛り上げる主将の金野歩海さん。試合中に足りなかった笑顔と元気を増やそうと、この1年頑張ってきた

 
団員の保護者は普段の練習から全面協力。子どもたちと一緒に体を動かし、練習を支える

団員の保護者は普段の練習から全面協力。子どもたちと一緒に体を動かし、練習を支える

 
さまざまな練習メニューを取り入れ、レベルアップにつなげる

さまざまな練習メニューを取り入れ、レベルアップにつなげる

 
 同団は1983年結成。当初は栗林小児童主体のチームだったが、後に広域化を進め、現在は釜石・大槌地区のほか山田町や宮古市からも団員が集う。団員数31人は過去最多。上級生の活躍は下級生のやる気向上にもつながっている。全国大会まで残り20日。藤原監督は「今の精度をさらに上げ、1試合でも多く勝ちたい。現在は所属児童がいない栗林の人たちも応援してくれている。少しでもいい成績を出して恩返ししたい」と言葉に力を込める。
 
全国大会でも「ラビーのバレーを!」。全力で戦うことを誓い合う主要メンバー

全国大会でも「ラビーのバレーを!」。全力で戦うことを誓い合う主要メンバー

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「小川しし踊り」伝承脈々と 小佐野小が「いわてユネスコ文化賞」受賞 旧小川小から活動48年

運動会で「小川しし踊り」を披露する小佐野小児童。長年の伝承の取り組みに「いわてユネスコ文化賞」が贈られた(写真提供=小佐野小)

運動会で「小川しし踊り」を披露する小佐野小児童。長年の伝承の取り組みに「いわてユネスコ文化賞」が贈られた(写真提供=小佐野小)

 
 釜石市立小佐野小(松本孝嗣校長、児童249人)は、岩手県ユネスコ連絡協議会(三田地宣子会長)の2025年度顕彰で「いわてユネスコ文化賞」を受賞した。児童らが代々取り組んできた地元郷土芸能「小川しし踊り」の伝承活動が認められたもの。学校統合前の旧小川小から受け継ぐ活動は今年で48年―。地域の誇り、郷土愛を育む活動は児童らの成長に大きく寄与している。
 
 同協議会は教育、科学、文化の分野で他の模範となる活動を行う児童生徒や指導者を「いわてユネスコ賞」として顕彰している。第30回の本年度は11件(科学賞2、文化賞6、活動奨励賞2、教育賞1)の表彰があり、小中高10校と1個人が受賞した。
 
県ユネスコ連絡協に代わり、釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長(左)が小佐野小の松本孝嗣校長(右)に表彰状と盾を届けた=11月26日、同校

県ユネスコ連絡協に代わり、釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長(左)が小佐野小の松本孝嗣校長(右)に表彰状と盾を届けた=11月26日、同校

 
 小佐野小への表彰伝達は11月26日、同校で行われた。釜石ユネスコ協会の岩切久仁会長、佐々木聡理事、岩間千枝子理事、高橋宏樹事務局長が訪問。岩切会長が松本校長に表彰状と盾を手渡した。松本校長は「子どもたちにとって、受賞は大きな励みになる」と感謝。全校朝会で報告する際に「受賞の意義をしっかり伝えたい。先輩たちが長い間続けてきた価値を知ることで、『自分たちも』と継続の意識が高まると思う。自己肯定感を得ることにもつながる」と話した。
 
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小佐野小の小川しし踊り伝承活動について懇談する関係者

 
 同校では総合的な学習の時間などを利用し、毎年5、6年生全員がしし踊りに取り組む。小川しし踊り保存会(佐々木義一会長)のメンバーが学校を訪れ、児童らを指導。踊り、太鼓、笛など演舞に必要な役割を分担し、パートごとに練習を重ねる。演舞を披露するのは運動会や学習発表会など。保護者や地域住民の前で練習の成果を発表し、多くの感動を与えている。
 
5月24日に開催された運動会では5、6年生のしし踊りがオープニングを飾った(写真提供:小佐野小)

5月24日に開催された運動会では5、6年生のしし踊りがオープニングを飾った(写真提供:小佐野小)

 
今年度の5、6年生は計約100人。しし頭のほか、小踊り、太鼓、笛などを役割分担(同)

今年度の5、6年生は計約100人。しし頭のほか、小踊り、太鼓、笛などを役割分担(同)

 
 約140年の歴史を誇る小川しし踊り(市指定文化財)。同保存会は地元芸能の伝承、担い手育成を目指し、1977(昭和52)年頃から当時の小川幼稚園、小川小で芸能指導を開始。2005年に小川小と統合した小佐野小でもその取り組みが受け継がれ、現在に至る。保存会は指導者の立場として、昨年度の「いわてユネスコ教育賞」を受賞している。
 
 同保存会副会長として児童らの指導にもあたる釜石協会の佐々木理事は「小川小の運動会でしし踊りを踊り始めたのが私たちの世代」と歴史の重みをかみしめる。全国的に伝統文化の継承が課題となる中、「地元の団体と学校が一緒になって伝承に取り組むのは意義あること。歴史あるものには先人の教えもある。大切にしていくことで、結果的に郷土愛にもつながるのでは」と期待した。
 
小川小卒業生で保存会副会長の佐々木聡さん(右)は学校統合後も続くしし踊りの伝承活動に喜びを表した

小川小卒業生で保存会副会長の佐々木聡さん(右)は学校統合後も続くしし踊りの伝承活動に喜びを表した

 
児童らはそれぞれの役割を果たし、一体感あふれる演舞で保護者や地域住民を魅了した(写真提供:同)

児童らはそれぞれの役割を果たし、一体感あふれる演舞で保護者や地域住民を魅了した(写真提供:同)

 
 同校の活動を推薦した釜石協会の岩切会長は「指導する側と受ける側、双方が受賞できたことは大変うれしい。こうした活動は両者の思いが合致しないと成り立たない。学校のカリキュラムで活動環境を整えてくださっているのは心強い」とし、地域の素晴らしさを感じながら育つ子どもらの健やかな成長を願った。

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食の秋だから!山海グルメ堪能 釜石まんぷくフェス 体験、ステージ、遊びも満喫

多くの人でにぎわう釜石まんぷくフェス=11月23日

多くの人でにぎわう釜石まんぷくフェス=11月23日

 
 交流物産展、水産まつり、農業祭、軽トラ市-。釜石市の食の魅力をPRする催しが一度に楽しめる「釜石まんぷくフェス」(釜石観光物産協会主催)が22、23の両日、同市鈴子町のシープラザ釜石周辺で開かれた。サンマ、甲子(かっし)柿など釜石の海や山の幸のほか、釜石と交流がある自治体の自慢の味も集合。子ども向けの電動自動車の試乗体験やステージイベントもあり、連日、家族連れらでにぎわった。
 
 フェスは2022年から開催。これまでは9月に同市鵜住居町の釜石鵜住居復興スタジアムを会場にしていたが、今回は特産品や食材の“旬”を味わってもらおうと時期を変更し、会場も市中心部に移した。
 
 最終日の23日、開始早々に人だかりができたのは鈴子公園。農業祭恒例の餅まき、シイタケまきで老若男女が手を伸ばした。続いて長蛇の列ができたのは、水産まつりの焼きサンマのお振る舞い。地元で水揚げされた500匹(2日間で計1000匹)は大人気で、来場者の食欲をそそった。軽トラ市では“オール釜石産スープ”を提供。市が栽培促進中のトマト「すずこま」(愛称・かまとまちゃん)、オヤマ(一関市)のブランド鶏「奥州いわいどり」のうち釜石の養鶏農場で生産された鶏肉などが使われた。
 
恒例行事で開幕した農業祭。餅やシイタケが宙を舞う

恒例行事で開幕した農業祭。餅やシイタケが宙を舞う

 
ピーマン釣り、甲子柿販売、スープお振る舞いで山の幸堪能

ピーマン釣り、甲子柿販売、スープお振る舞いで山の幸堪能

 
軽トラ市で人気を集めるのは新鮮な地元野菜

軽トラ市で人気を集めるのは新鮮な地元野菜

 
 炭火で香ばしく焼き上げられたサンマを頬張る陸前高田市の小学生菅野湊也さん(10)は「めっちゃ、おいしい」と箸を進めた。サンマを提供したのは釜石の漁業会社濱幸水産。旬の味を求める人の波を見つめていた同社船舶部長の大和田暢宏さん(53)は「地元の船が水揚げしたものを地元で味わってもらい、うれしい。サンマ漁は終盤戦。いいものを届けられたらいい」と目を細めた。
 
長い列ができたサンマ焼きのお振る舞い

長い列ができたサンマ焼きのお振る舞い

 
サンマを頬張る親子連れ「焼きたて、おいしい」

サンマを頬張る親子連れ「焼きたて、おいしい」

 
 シープラザ釜石西側駐車場を使った交流物産展には釜石市内の飲食店のほか、同市の姉妹都市・愛知県東海市の商工会議所、友好交流都市の富山県朝日町や東京都荒川区などから約50団体が出店。浜焼きや肉料理、スイーツなど多彩なグルメが並んだ。
 
出店、キッチンカーがずらりと並んだ交流物産展

出店、キッチンカーがずらりと並んだ交流物産展

 
自慢の味を提供した盛岡市の「花どんたく」の出店

自慢の味を提供した盛岡市の「花どんたく」の出店

 
 来場者は「熱々でおいしい」などと声を弾ませ、食を堪能した。盛岡市の「酒飲み処 花どんたく」が持ち込んだイチ押しメニューは「博多牛もつ鍋」。本場の味(具材はキャベツ、ニラ、肉)に地元の食材(豆腐)を加えた“博多生まれ、盛岡育ち”のこだわりの一品が食欲を刺激した。店主の長谷川さんは「対面で売るのは会話を楽しめていい。『また食べたい』と思ってもらえたら」と腕をまくった。
 
 サン・フィッシュ釜石では、マグロの解体ショーやカキの釣り体験が行われ、大にぎわい。狙いを定めてカキを釣り上げた中妻町の小学生木下真由さん(10)は「難しかったけど、面白かった。ずっしり重たいのが釣れた。焼いて食べたい」と笑った。
 
カキに狙いを定める家族連れ。「やったー、釣れた!」

カキに狙いを定める家族連れ。「やったー、釣れた!」

 
興味津々!人だかりができたマグロの解体ショー

興味津々!人だかりができたマグロの解体ショー

 
 長崎産の養殖ホンマグロ(体長約150センチ)を前に「丸っとして迫力あるし、ギラギラしてきれいだ」と驚いていたのは、仙台市の相原幸雄さん(60)。切り分けられた赤身の“サク”を手に入れ、「食べるのが楽しみ」と声を弾ませた。東日本大震災前に仕事で釜石に来たことがあるといい、「まちがきれい。歩きやすく整備されている。タイミングよく紅葉も見られて気持ちいい。いい思い出になった」と、隣に立つ愛妻と笑顔を重ねていた。
 
 シープラザのステージイベントには、釜石市国際外語大学校の学生有志が登場。日本語学科のネパール、ミャンマーの留学生はそれぞれ民族衣装に身を包み、伝統の踊りを披露した。同科2年生で、ネパール人のガウタム・サンチさん(20)は「私たちの国の文化を伝えられた。うれしい」と笑顔を見せた。日本人学生は外語観光学科の特色を紹介した。
 
笑顔を弾かせながら踊るネパール人留学生

笑顔を弾かせながら踊るネパール人留学生

 
「心を込めて踊ります」とミャンマー人留学生

「心を込めて踊ります」とミャンマー人留学生

 
 来場者は食、遊び、体験を楽しみながら鈴子町を周遊。主催の同協会関係者は「一度に楽しめるのがポイント。いくつかの企画を組み合わせることで人を呼び込める」と手応えを話した。

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12/1「鉄の記念日」にちなみ釜石2施設で企画展 今年のテーマは世界遺産登録10周年の「橋野鉄鉱山」

発掘調査の成果などが公開される企画展「橋野鉄鉱山展」。鉄の歴史館で開催中

発掘調査の成果などが公開される企画展「橋野鉄鉱山展」。鉄の歴史館で開催中

 
 12月1日は“近代製鉄発祥の地釜石”にとって大切な「鉄の記念日」。1857(安政4)年、盛岡藩士大島高任が釜石(甲子村大橋)に建設した高炉で、鉄鉱石(磁鉄鉱)を原料とした鉄の連続出銑に日本で初めて成功した日だ。釜石市大平町の鉄の歴史館、甲子町大橋の釜石鉱山展示室Teson(てっさん)では今、同記念日にちなんだ企画展を開催中。今年は世界遺産登録から10周年を迎えた「橋野鉄鉱山」にスポットを当て、歴史館では高炉場、Tesonでは採掘場を中心に解説する。普段は公開していない貴重な資料もあり、「ぜひ、この機会に」と来場を呼びかける。
 
 大島高任は大橋での成功を受け、翌58(安政5)年、橋野村青ノ木に仮高炉を建設。これが橋野鉄鉱山の始まりだ。後に一番、二番高炉が建設され、仮高炉は改修されて三番高炉と称される。藩営ではあったが、実際は紫波の豪商・小野権右衛門の資本力による支配人経営。68(明治元)年には幕府の許可を得て銭座を併設し、出銑量は年間1千トン以上に上った。69(同2)年に政府が鋳銭禁止令を出すが、密造が続けられ、71(同4)年の大規模検挙により廃座。同時に一番、二番高炉は操業をやめ、三番高炉での銑鉄生産のみとなった。経営権の移譲が繰り返された後、94(同27)年、釜石鉱山田中製鉄所に売却された。田中が栗橋分工場の操業を開始したことで、橋野鉄鉱山は操業をやめたが、採掘は昭和30年代ごろまで細々と続いた。
 
 鉄の歴史館で開かれている「橋野鉄鉱山展」では、26点の関連資料と解説パネル14点を展示する。橋野地域では高炉による製鉄が始まる前から、砂鉄を原料とした“たたら製鉄”が盛んだった。「和山七ヶ山」と言われる鉄山があり、同展では直近の分布調査で見つかった鉄滓を展示する。大橋高炉で原料となる磁鉄鉱の発見は1727(享保12)年。場所を示す「大橋磁石岩絵図」は市指定文化財となっている。同展ではそのレプリカを展示。藩が作成した橋野鉄鉱山操業の予算書(下書き)も展示する。
 
 写真上:橋野鉄鉱山の北側では古くからたたら製鉄が行われていた。右は橋野鉄鉱山と赤芝鉄山の間で見つかった鉄滓とフイゴの羽口。同下:安政6年の橋野鉄鉱山操業経費の調書の下書き

写真上:橋野鉄鉱山の北側では古くからたたら製鉄が行われていた。右は橋野鉄鉱山と赤芝鉄山の間で見つかった鉄滓とフイゴの羽口。同下:安政6年の橋野鉄鉱山操業経費の調書の下書き

 
 同市では2006年から「橋野高炉跡範囲内容確認調査」を実施。東日本大震災で一時中断したが、18年から再開し、毎年エリアごとに発掘調査を進めている。その年の調査結果は橋野鉄鉱山インフォメーションセンターで速報展という形で公開するが、本企画展では主に19年以降の成果をパネルと出土品で総合的に紹介している。
 
 高さ7メートルの高炉に鉄鉱石や燃料の木炭を投入するには、作業するための建物「覆屋(おおいや)」が必要となるが、22年に行われた三番高炉エリアの発掘調査では、その規模が確認されている。柱跡(礎石、柱根など)をつないでいくと、覆屋の規模は約57坪(188平方メートル)と推定され、これは明治時代の記録と合致する。現在見られる高炉石組みの前に広がる平場は、ほぼ建物で覆われていたと考えられる。
 
三番高炉エリアの発掘調査現場(2022年撮影)。「覆屋」の建物規模が分かった

三番高炉エリアの発掘調査現場(2022年撮影)。「覆屋」の建物規模が分かった

 
 同展では1958(昭和33)年ごろ、製鉄所の人たちが作ったという三番高炉と覆屋の木製模型も展示する。覆屋は幕末の高炉操業を描いた絵巻「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図(しほんりょうてっこうざんおやまうちならびにこうろのず)」で描かれるが、立体的な模型だとその形状がよく分かる。
 
三番高炉と覆屋の木製模型。近代製鉄発祥100周年を記念し、「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」を参考に再現した

三番高炉と覆屋の木製模型。近代製鉄発祥100周年を記念し、「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」を参考に再現した

 
 出土品では高炉に使われた花巻産の耐火れんが、高炉の石組み(花こう岩)をつなぐ蝶形の鉄製金具「チキリ」、製品の一部とみられる銑鉄などを展示。三番高炉エリアからは鋳造場跡が確認されていて、鉄瓶の鋳型とみられるものや鉄鍋の耳部分、同所で製造されたとされる鉄瓶も展示している。この他、銭座があったことを示す銭竿や鉄銭、長屋跡から見つかった生活雑貨の皿も。
 
高炉の内部構造を解説するパネル(左)と、部材として使われたチキリ(右上)、耐火れんが(右下)

高炉の内部構造を解説するパネル(左)と、部材として使われたチキリ(右上)、耐火れんが(右下)

 
鉄銭は主に四文銭を鋳造(左)。鉄瓶の鋳型の土台部分とみられる遺物(右上)も出土

鉄銭は主に四文銭を鋳造(左)。鉄瓶の鋳型の土台部分とみられる遺物(右上)も出土

 
 市教委文化財課世界遺産室の森一欽室長は「この10年の発掘調査だけでも新たな発見が多数あった。本企画展ではその成果を集大成という形で出すが、まだまだ分かっていないことがあり通過点。今後も調査を続け、橋野鉄鉱山の全容をより詳しく解明していければ」と話す。企画展は来年1月12日まで開催。毎週火曜日休館。12月29日~1月3日までは年末年始休館となる。
 
 一方、釜石鉱山展示室Tesonでは「鉱山(やま)を極めるⅡ~青ノ木鉱床編~」と題し、関連資料17点、パネル10点を展示する。橋野高炉に供給する鉄鉱石を採掘した「青ノ木鉱床」は高炉場に隣接する二又沢川の上流(高炉場の南南西約2.6キロ)に位置し、かつては“二又鉱床”や“猫軸山”と呼ばれていた。露天掘りや半地下式の採掘場があり、後に坑道掘りも始まった。橋野鉄鉱山の高炉が閉鎖された後も、断続的に採掘が行われ、1956(昭和31)年の大橋側、大峰鉱床の開発で青ノ木の坑道は大峰とつなげられた。
 
釜石鉱山展示室Tesonで開かれている企画展。鉄鉱石を採掘した青ノ木、高前両鉱床にスポットをあてる

釜石鉱山展示室Tesonで開かれている企画展。鉄鉱石を採掘した青ノ木、高前両鉱床にスポットをあてる

 
「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」で描かれる露天掘りの様子。鉄槌やくさびを使って地表から掘り進めた

「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」で描かれる露天掘りの様子。鉄槌やくさびを使って地表から掘り進めた

 
 橋野高炉には、沢桧川上流、大平集落の東約1500メートルに位置する「高前鉱床」からも鉄鉱石が供給された。高前の鉱石は、明治初期に沢桧川沿いで稼働した横石、大蕨(わらび)両高炉や栗林高炉にも供給。田中製鉄所栗橋分工場が稼働すると、同工場の主力採掘場となった。
 
 企画展の展示資料、1894(明治27)~1905(同38)年の鉱業施業案綴(つづり)には、田中製鉄所時代の両鉱床の採掘計画(作業人数、採掘量)が記されていて、一部を拡大コピーで紹介。実際の採掘量を記した明細表も合わせて展示する。他にも1906(同39)~11(同44)年に作成された両鉱床の実測図(平面、断面)、明治末頃の青ノ木坑内の写真、1891(同24)年から15年間の高前・男嶽官地の採掘を田中に許可する農商務大臣名の借区券など、普段は見ることができない貴重な資料が並ぶ。
 
明治27~35年の鉱業施業案綴。右下は28年の施業案を読みやすいように文字を打ち直したもの

明治27~35年の鉱業施業案綴。右下は28年の施業案を読みやすいように文字を打ち直したもの

 
青ノ木(二又)、高前両鉱床の坑内実測図の展示。普段は非公開

青ノ木(二又)、高前両鉱床の坑内実測図の展示。普段は非公開

 
高前、男嶽官地の採掘許可を示す「借区券」(右)。左は鉄鉱石や木炭を背負って運ぶための籠「コダス」

高前、男嶽官地の採掘許可を示す「借区券」(右)。左は鉄鉱石や木炭を背負って運ぶための籠「コダス」

 
 同展示室の企画展は12月8日までの開催(火・水曜日休館)。なお、同展示室と橋野鉄鉱山インフォメーションセンターは9日から来年3月31日まで冬季休館となる。

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釜石駅付近にクマ、市内初「緊急銃猟」で1頭駆除 岩手県内で2例目

釜石市中心部に出没したクマ。緊急銃猟で駆除された

釜石市中心部に出没したクマ。緊急銃猟で駆除された

 
 クマの出没を受け、釜石市は11月26日、自治体判断での発砲を可能とする「緊急銃猟」を実施し、1頭を駆除した。岩手県内初の緊急銃猟となった同月20日の洋野町に続いて2例目で、同市では初めて。
 
 市によると、駆除されたクマは体長約120センチの雌(体重80キロ)で、成獣とみられる。26日午前7時25分ごろ、鈴子町で「クマが木に登っている」と住民から市に連絡があった。駆け付けた市職員や釜石大槌猟友会、県警などが木の上にいるクマ1頭を確認。木の下に箱わなを設置し、警戒に当たった。
 
木の上に居座るクマの様子をうかがう関係者

木の上に居座るクマの様子をうかがう関係者

 
 現場はJR釜石駅の沿線で、駅から東側に約200メートルの鈴子排水区雨水ポンプ場近く。国道283号沿いで交通量が多く、日中は人通りもある。周囲には土産物店が入る「シープラザ釜石」や魚屋などが入る市場「サン・フィッシュ釜石」、ホテル、レンタカー店などが点在する。
 
 市は追い払いを試みたものの、クマは木の上からほとんど動かず、付近にとどまり続けた。わなにもかからず、約5時間半こう着状態に。「山に追い払おうにも市街地を通っていかなければいけない状況だった。危険だということで緊急銃猟しかないな…」と関係者間で協議、判断した。
 
木の下に箱わなを設置するもクマは木の上から動かず

木の下に箱わなを設置するもクマは木の上から動かず

 
近くの線路を列車が通ってもクマは木の上から動かず

近くの線路を列車が通ってもクマは木の上から動かず

 
市街地に出没したクマを警戒する警察官とにらみ合い

市街地に出没したクマを警戒する警察官とにらみ合い

 
 クマを貫通するなどした銃弾を遮る「バックストップ」が確保され、列車が通らない時間帯だったことなどの条件もそろい、市長に状況を報告。午後0時半ごろに市長が許可し、緊急銃猟のため釜石署が同0時50分ごろから現場付近で交通規制した。
 
 周囲の安全を確認した上で、市鳥獣被害対策実施隊の隊員が午後1時ごろに1発撃った。銃弾を受けたクマは近くにある別の木の上に移動。同1時半ごろ、さらに2発を発砲し、駆除した。同1時45分ごろに交通規制を解除。けが人や物的被害は確認されていない。
 
国道283号を通行止めにして緊急銃猟を実施。弾を受けたクマは別の木に移ったが、駆除された

国道283号を通行止めにして緊急銃猟を実施。弾を受けたクマは別の木に移ったが、駆除された

 
 市の担当者は「こうした状況(緊急銃猟の実施)にはなりたくないというのが正直な話」としつつ、「関係機関と良好な関係が築けていたのでスムーズにできた」と振り返った。緊急銃猟について、市はマニュアルを作成し、9月には関係機関と対応訓練を行っていたことが、今回の円滑な連携と対応につながったという。
 
 一方で、緊急銃猟の難しさを感じる場面も。1発目の弾丸は命中したもののクマが移動したため、再度、市長への報告や許可を得る必要が生じた。市の担当者は「(緊急銃猟を行う)一連の場所が動けばシチュエーションが変わり、その都度、市長の判断が必要になる。ややもすれば忘れてしまうかもしれないと心配にはなった」と話した。
 
 市によると、昨年11月のクマの目撃情報は4件だったが、今年は26日現在で27件と大幅に増加。クマを人間の生活圏に近寄らせないための対策として、生ごみを出さないことや放置果樹の撤去などを呼びかける。
 
市街地に出没し緊急銃猟で駆除されたクマ

市街地に出没し緊急銃猟で駆除されたクマ

 
 緊急銃猟は鳥獣保護法が改正され、今年9月に始まった制度。人の生活圏にツキノワグマなどが出没した場合、人に弾丸が当たらないよう安全確保した上で市町村の判断で銃猟を可能とする。市町村長は①住宅地などに侵入またはその恐れがある②危害防止のため緊急に対応が必要③銃猟以外で的確かつ迅速な捕獲が困難④住民らに弾丸が当たる恐れがない―と判断した場合、市町村職員や委託したハンターに緊急銃猟をさせることができる。

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読書の秋だから!? 釜石市と東京大の連携イベント「海と希望の学園祭」 テーマは“本”

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本を通し交流が広がった「海と希望の学園祭」

 
 釜石市と東京大学がタッグを組み展開する交流イベント「海と希望の学園祭 in Kamaishi」は22日と23日、同市大町の市民ホールTETTOを主会場に開かれた。4回目となった今回のテーマは「本」。同大教授らが“推し本”との思い出を振り返るトークを繰り広げた。市が進める「本のまちプロジェクト」にちなんだもので、PRポスターコンクールの表彰式やコンサートを開催。鉄文化や郷土芸能にまつわる物語に触れる鉄の学習発表会も催され、新たな“知”との出合いや読書の秋を体感する機会とした。
 
 「いつでも、どこでも、だれでも」をキーワードに読書に親しめるまちづくりを目指し、今年から本格的な取り組が進む同プロジェクト。市内8地区の生活応援センターにある図書コーナーを充実させたり、市広報紙などで市民のおススメ本を紹介している。TETTOにも可動式の本棚「お楽しみ図書館」がお目見え。誰かが読み終えた本が棚に並び、読みたい誰かが手に取る方式で、気になる一冊との出合いを楽しむ姿がみられた。
 
umitokibou01TETTOに置かれた「本のまちプロジェクト・お楽しみ図書館」

 
 市民らを対象に10月末まで募集したPRポスターコンクールの表彰式は22日に実施。市長賞に輝いた今入美智瑠さん(30)の作品「開けば飛び出す物語」は、読書の楽しさやページをめくるワクワク感が表現されている。ほか、未就学児から中学生まで7人が入賞。「日本一、本を読むまちにしたい。読書をきっかけに新しい交流が生まれることを期待」と話した小野共市長らが入賞者に賞状を手渡した。
 
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本のまちをPRするポスターが並ぶ会場で表彰式が行われた

 
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本や物語にちなんだ曲が披露されたコンサート

 
 イベントは同大や社会科学研究所(社研)、大気海洋研究所(大海研)、先端科学技術研究センター(先端研)と結んだ覚書・協定に基づいたもの。生産技術研究所(生研)を加え、各種研究をパネルなどで紹介した。同大の玄田有史副学長や4研究所長、釜石市の高橋勝教育長によるトークイベントは「大切な本」をテーマに和やかに展開。「発見がある」本との出合い、「複数冊を同時に読み進める」など独自の読書スタイルを明かした。
 
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「大切な本」にまつわるエピソードを語る東京大教授ら

 
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東京大学社会科学研究所の所員らの“推し本”がずらり

 
 社研の所員らの“推しの本”42冊を集めた展示コーナーも登場。宇野所長が監修した「選挙、誰に入れる?」など社会科学関連度が高めのものから、「不良のための読書術」など関連度は低めながらも気になるタイトルの本がずらりと並んだ。市内の及川幸世さん(68)は「普段読まないようなものもあったけど、紹介文を見て興味を持った。偏らず、いろんなものを広く浅く読んでみたい」と刺激にした。
 
 海を身近に感じられる展示やワークショップもあり、親子連れらが楽しんだ。岩手大釜石キャンパスは海生生物に触れられるタッチプール、文京学院大(東京)の学生クループはペットボトルのキャップなどを使った巨大絵本の制作体験などを用意。大海研の作品展示の一つ、ヤドカリを模した巨大バルーンアートは写真スポットとして人気だった。
 
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ヤドカリを模した巨大なバルーンアートは子どもに人気

 
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来場者は海に関する展示やワークショップを楽しんだ

 
 今回の学園祭は、複数のイベントが同時開催され、盛りだくさんの内容に。環境省の「脱炭素先行地域」に選定されている釜石市で進行中の取り組みを紹介する「ゼロカーボンフェスタ」はイオンタウン釜石も会場となり、東北電力グループが岩手大生のサイエンスショーや脱炭素化に向けた行動を学ぶアプリの体験などを用意した。
 
 手回し発電や磁力を活用した釣り遊びを楽しんだ小学生藤元爽和さん(3年)は「学校での科学の実験が楽しみなった」とはにかみ、妹の叶和さん(1年)はTETTOで巨大バルーンアートの中に入る体験が「ふわふわで不思議だった」と目を輝かせた。母の聡美さん(40)は「いろいろなことに興味を持ったようだ」と見守った。
 
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同時開催の「ゼロカーボンフェスタ」を楽しむ子どもら

 
 脱炭素化に向け、東北電力は太陽光発電など再生可能エネルギーを活用した各種メニューを提案。同社岩手支店の佐藤利幸部長(岩手三陸営業所長も兼務)は「脱炭素と聞くとハードルが高いと感じられがちだが、実際は身近なところからできる取り組みがいくつもある。体験を通して、感じてもらえたら」と期待した。
 
 鉄の学習発表会は釜石PITであり、釜石小5年生(11人)の代表5人が「鉄の町釜石」と呼ばれる理由を紹介した。釜石の鉄文化や戦争の歴史、暮らし、郷土芸能などを散りばめた物語を朗読で伝える「かまいしのこえ」も上演。京都を拠点に活動するアーティスト集団「安住の地」の作家・演出家、私道かぴさんが地元の人たちに話を聞いて創作し、釜石のタレント養成所「C-Zero(シーゼロ)アカデミー」の生徒らが言葉に感情をのせ届けた。
 
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鉄の学習発表会で発表する釜石小5年生。佐々木結音さんは「鉄の連続出銑ができるまで諦めず努力したのがすごい」と感心した

 
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私道かぴさん(右の写真)が創作した短編作を朗読で披露した

 
 朗読に耳を傾けた佐々木伸一さん(81)は、釜石製鉄所OBで私道さんに話題を提供した一人。「鉄の話、まちの様子、住む人の思いをよくまとめてくれた。私たちの代わりに伝えてくれて、うれしい」とにこやかに話した。
 
 23日は、海に関する本や南極の魅力を紹介するトークイベントなどが行われた。