佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ
世界的指揮者・佐渡裕さんが率いるスーパーキッズ・オーケストラ(SKO、兵庫県西宮市)が、今年も東日本大震災の被災地に鎮魂と復興を願う音色を届けた。釜石市では20日、大町の市民ホールTETTOでコンサートを行った後、鵜住居町根浜で多くの犠牲者が眠る海に向かって献奏。2011年から同市に寄り添い続ける佐渡さんらに野田武則釜石市長は感謝状を贈り、市民の気持ちを代弁した。
SKOのコンサートは本県などが主催する「さんりく音楽祭」として19日から3日間、宮古、釜石、陸前高田の3市で開かれた。釜石会場には野田武則市長が駆け付け、演奏に先立ち感謝状を贈呈。市民の心の復興に多大な貢献をしてきた同団に深い感謝と敬意を表した。
野田武則釜石市長から感謝状と虎頭が贈られた
今回は小学5年生から高校3年生まで26人のメンバーが来釜。クラシックに映画、舞台音楽を織り交ぜた全8プログラムを届けた。「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲」(レスピーギ)は、震災の1年後、仏パリのノートルダム大聖堂で東北を思う2千人規模のミサが開かれた際に、同団が招かれ演奏した思い入れの強い曲。厳しいオーディションで選抜されたメンバーが奏でるクオリティーの高い演奏に、観客約380人が聞き入った。アンコールの拍手が鳴りやまず、さらに2曲を演奏した。
さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日
甲子町の50代女性は、子どもたちの演奏技術と迫力に「すごく上手でびっくり。感動しました。被災地を忘れないでいてくれてありがたい」と感謝。野田町の畠山政美さん(41)は「(SKOの演奏は)初めて聞いた。生の音はやっぱりいい。ピアノを習う娘にも刺激になったよう」と喜んだ。
SKOは、阪神・淡路大震災から10年を機に復興のシンボルとして創設された兵庫県立芸術文化センターのソフト先行事業として、03年から活動を開始。全国の弦楽器に取り組む子どもたちをオーディションで選抜し、同センター芸術監督の佐渡裕さんの指揮、指導でさまざまな活動を展開している。
釜石との縁は、震災津波で被災した根浜の旅館「宝来館」のおかみ岩崎昭子さんが佐渡さんに送った手紙がきっかけ。11年8月に初めて根浜海岸を訪れ、鎮魂の演奏をささげた。以来、年1回の献奏が市民の傷ついた心を癒やし、復興に向かう力を与えてきた。「神戸はたくさんの支援で復興を遂げた。亡くなられた方に手を合わせ、もっと豊かなまちを創っていくことは大きな使命。これからも釜石との縁をつなぎ、このまちの未来に寄り添いたい」と佐渡さん。
佐渡さんらが釜石と縁を結ぶきっかけを作った宝来館おかみの岩崎昭子さん(右手前)
宝来館から根浜の海に向かって献奏するSKO
団員らはTETTOでの演奏後、宝来館に移動し、海に向かって献奏。「ふるさと」を含む4曲を奏で、集まった地元住民らとこの11年間に思いをはせた。
今回コンサートマスターを務め、バイオリンソロで観客を魅了した垣内響太さん(18)は、12年に最年少バイオリニスト(当時9歳)としてSKOに入団。翌年、単身で渡英し、名門音楽院で研さんを積んできた。現在、ベルリン芸術大1年生。根浜には12年から足を運ぶ。
「タイスの瞑想曲」でバイオリンソロを聞かせる垣内響太さん(中央)
震災の爪跡を目の当たりにした当時を振り返り、「小さかった僕でも衝撃を受けるほど記憶に残っている。今は本当に見違えて別世界のよう」と11年の時の重みを実感。被災地での演奏は「人に寄り添う音楽」の大切さを気付かせた。「音楽は言語のいらない世界共通の言葉。それを世界に広げていけるような音楽家になりたい」と夢を描く。
本県初、唯一の団員、チェロの若林出帆さん(盛岡一高3年)は、小学1年時に震災を経験。SKOの東北ツアーに足を運ぶ中で入団を目指すようになり、高校1年の時に3回目の挑戦で合格を勝ち取った。「周りのレベルが高いので、すごくいい刺激をもらった。演奏後の観客の拍手や手を振ってくれる姿がうれしく、やって良かった」。SKOは本年度で“卒業”となるが、「これからも演奏は続け、音楽を通じていろいろな人と関わっていきたい」と未来を見据える。
根浜海岸の松林では地元住民らが演奏を見守った
SKOはこの日、根浜と同様に11年から訪れる大槌町吉里吉里の吉祥寺でも献奏を行った。