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みちのく潮風トレイル全線踏破 環境省職員、歩いて体感!魅力発信 ゴールは釜石

1000キロ超の道のりを踏破し、環境省の職員らに拍手で出迎えられた田村さん(左から3人目)

1000キロ超の道のりを踏破し、環境省の職員らに拍手で出迎えられた田村さん(左から3人目)

 
 長距離自然歩道「みちのく潮風トレイル」(青森県八戸市-福島県相馬市)の全線踏破に挑戦していた環境省東北地方環境事務所(宮城県仙台市)の田村省三所長(57)が20日、ゴール地点・釜石市鈴子町の釜石駅に到着した。9カ月間かけて全長1025キロを踏破。「長いようで短かった。自然や動物との出会い、何が起こるか分からない時間が面白かった」と、すがすがしい表情を見せた。同歩道を管理する立場からトレイル環境を見つめる機会にもした様子。「改善点を整理して、より良いものに。三陸、みちのくの海岸に足を延ばし、自然や味覚、出会いを楽しんでほしい」と呼び掛ける。
   
 潮風トレイルは、東日本大震災からの復興や観光PRにつなげようと環境省が整備し、2019年に全線開通した。東北太平洋沿岸、リアス海岸ならではの海・山・里が連続する自然豊かな景観が見どころ。その中での暮らし、積み重ねられた歴史・文化を感じたり、歩く中で生まれる人との交流も魅力となっている。
   
 田村さんの挑戦は、トレイルの現状確認と啓発が目的。昨年7月1日付で同所長に着任すると、同16日に宮古市の約15キロコースから歩き始めた。活動は週末が中心で、今年4月16日までに計37回に分けて各地を巡った。残すは釜石市エリアの三陸鉄道両石駅から釜石駅間の約12キロとなっていた。
 
踏破に向け、両石駅を出発。国道45号沿いを歩く田村さん

踏破に向け、両石駅を出発。国道45号沿いを歩く田村さん

   
 この日、田村さんは午後9時頃に両石駅を出発。国道45号沿いを歩いて水海公園、その先の林道も軽快に歩を進めた。「テンかな。ゴソゴソと音がした方を見たらいた。こんな出会いが面白い」とにっこり。鏡海岸の近くにトレイルの標柱や木々にくくられた青色のリボンを見つけると、山道に入った。
  
水海公園では桜の出迎えを受けながら海岸に向かう坂道を駆け下りた

水海公園では桜の出迎えを受けながら海岸に向かう坂道を駆け下りた

  
】木々の緑がまぶしい季節に。林道も軽快に進んだ

木々の緑がまぶしい季節に。林道も軽快に進んだ

 
鏡海岸そばにあるトレイルの標柱(左下写真)。右下写真は目印のリボン

鏡海岸そばにあるトレイルの標柱(左下写真)。右下写真は目印のリボン

  
 そこは浜街道・鳥谷坂。田村さんは「途中、少し迷った」と苦笑しつつも、浜町の「史跡浜街道鳥谷坂登り口」と刻まれた石柱の脇を駆け下りてきた。続く避難道路ではシカに遭遇。ルートにもなっている釜石市役所では、野田武則市長や市職員らが大漁旗を振って激励した。
  
旧街道の名残を感じながら向かった先ではシカとの出合いも

旧街道の名残を感じながら向かった先ではシカとの出合いも

  
浜町の避難道路には東日本大震災を伝える看板がある

浜町の避難道路には東日本大震災を伝える看板がある

  
釜石市役所前では野田市長や市職員が大漁旗を振って激励した

釜石市役所前では野田市長や市職員が大漁旗を振って激励した

   
 同11時20分頃に釜石駅前でゴール。同省の出先機関の職員らが拍手で出迎え、田村さんのチャレンジ成功を祝福した。トレイルの維持管理に関わるNPO法人「みちのくトレイルクラブ」(宮城県名取市)によると、100人目の全線踏破だという。
   
全ルート踏破!釜石駅でゴールテープを切った田村さん

全ルート踏破!釜石駅でゴールテープを切った田村さん

   
 「やりました」と充実感をにじませる田村さん。印象に残っているのは北山崎(田野畑村)の断崖から望む海の広がりだったといい、「非日常」の風景に心を揺さぶられた。線路脇を歩いていると、カタンカタンと近づいてくる三鉄車両の音も「いい感じ」だった。ルートからは外れているが、釜石・箱崎半島の先端「御箱崎・千畳敷」にも足を延ばし、三陸の地形を堪能。サッパ船に乗り、海側から見る陸の景色も新鮮だった。「トレイルを活用して各地を巡って、三陸の味覚も楽しんでもらえたら」とアピールも加えた。
  
 「これからがスタート。管理する立場から全線を歩き、見て、体験することで、もっと良くしたいと感じた。今日から仕事したい」とも。釜石ルートは車道を歩く区間があり、「ドライバーにハイカーが歩くこともあることを分かってもらうための手立てが必要」と指摘。また、沿岸各地を巡ったことで「震災復興に終わりはない」と感じた。そして、新たな道を見いだした。「語り部や地元の人からも話を聞き、理解を深めたい」
 

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世界遺産「橋野鉄鉱山」にも春到来! 石割桜、一本桜、桜並木の花景色に来訪者感激

世界遺産「橋野鉄鉱山」の遺跡エリア内に自生する“石割桜”=22日午前撮影

世界遺産「橋野鉄鉱山」の遺跡エリア内に自生する“石割桜”=22日午前撮影

 
 世界遺産「橋野鉄鉱山」を有する釜石市北西部の橋野町青ノ木地区。市街地より遅れて開花する同所の桜は先週末、見ごろを迎えた。高炉場跡に自生する“石割桜”は今年も青空に映える薄桃色の花を咲かせ、来訪者をお出迎え。遺跡周辺の桜も濃淡のグラデーションが美しい花景色を見せ、山里の春を演出している。大型連休が始まる今月末には桜シーズンを締めくくる八重桜も開花する見込みだ。
 
 三番高炉の東側、山神社の拝殿跡近くにある石割桜は、長さ約5.5メートル、高さ約1.5メートルの三角状の花こう岩に根を張る。岩の上にそびえるのは3本のヤマザクラ。樹高は15メートルほどとみられ、樹齢約90年と推定される。
 
 開花時期は例年5月初旬だが、ここ3年は春先の気温が高く推移しているためか4月中の開花が続いている。今年は特にも早く18日ごろから咲き始め、最高気温20度超えの日が続いたことで一気に咲き進んだ。風は冷たいものの青空が広がった22日は8分咲きとなり、陽光に照らされた薄桃色のかれんな花が枝先を彩った。
 
木の上部に広がる枝に密集して花を咲かせている

木の上部に広がる枝に密集して花を咲かせている

 
青空や周辺の大木の緑葉に映える花色が美しい

青空や周辺の大木の緑葉に映える花色が美しい

 
斜面に位置し、見る角度によって異なる趣が楽しめる。写真左は高所から、右は低所からの風景

斜面に位置し、見る角度によって異なる趣が楽しめる。写真左は高所から、右は低所からの風景

 
 唐丹町の60代の夫婦は市のLINE(ライン)で開花情報を受け取り、初めて足を運んだ。「山神社の鳥居の所までは来たことがあるが、さらに上に石割桜があったとは。近くで見るとすごい迫力。自然そのものの力でここまで大きくなったとは驚きです」と感嘆の声を上げ、桜を背景に写真を撮り合った。
 
 遺跡周辺では、高炉の石組みなどに使われている花こう岩がよく見られる。石割桜の近くでは、切り出そうとしてノミを入れたとみられる跡が残る岩も見つかっている。地元出身の釜石観光ガイド会員、三浦勉さん(71)は「人が手を加えた割れ目に桜の種が入り、成長していったのではないか」と石割桜の由縁を推測。岩の割れ目から地面に伸びる根もあり、強固な根元を形成。岩を覆うコケからも水や養分を吸収しているものとみられる。冬は雪の重みで枝が折れることもあるが、樹勢は衰えていない。
 
花こう岩の割れ目に沿うように伸び、地面に到達している根も

花こう岩の割れ目に沿うように伸び、地面に到達している根も

 
 三浦さんは二番高炉東側の国有林内にも花こう岩の隙間から生えている桜があることを紹介。周辺の木々に隠れて見えにくいが、今の時期は花が咲いているため、見上げると木々の間からその姿を確認できる。22日は一番高炉近くの一本桜(ヤマザクラ)も満開となり、見学者の目を楽しませた。
 
二番高炉東側の山の急斜面にも石割桜が…。花からたどると根元部分に花こう岩が見える(黄丸部分)。手前は二番高炉の石組み

二番高炉東側の山の急斜面にも石割桜が…。花からたどると根元部分に花こう岩が見える(黄丸部分)。手前は二番高炉の石組み

 
一番高炉の近くに一本だけ生えるヤマザクラも満開に=22日午前撮影

一番高炉の近くに一本だけ生えるヤマザクラも満開に=22日午前撮影

 
 高炉場跡に向かう道路沿いにも複数種の桜の木が連なる。今はヤマザクラやソメイヨシノが満開。同所ではこの後、長年市民に親しまれている名物の八重桜が開花する。昨年は5月8日に満開となったが、寒暖の変化で開花時期は前後する見込み。地元の橋野町振興協議会などが主催する「橋野鉄鉱山八重桜まつり」のイベントは5月14日に開催予定。新型コロナウイルス禍で2020年から中止が続いてきた餅まきや豚汁の振る舞いなどが復活する。橋野の春はこれからが本番!
 
橋野鉄鉱山インフォメーションセンター駐車場から臨む濃淡の桜の花の競演

橋野鉄鉱山インフォメーションセンター駐車場から臨む濃淡の桜の花の競演

 
フラワーガーデン前のソメイヨシノの並木も美しく咲き誇る

フラワーガーデン前のソメイヨシノの並木も美しく咲き誇る

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「SL銀河ありがとう!」写真愛好家がラスト運行を作品展で応援 シープラザ釜石で6/11まで

 「SL銀河を応援する写真展」をPRする高橋弘喜さん(右)と佐々木恒人さん

「SL銀河を応援する写真展」をPRする高橋弘喜さん(右)と佐々木恒人さん

 
 東日本大震災からの復興を後押しし、被災地に夢と希望を届けてきたJR釜石線の観光列車「SL銀河」。今年6月での運行終了に惜しむ声が上がる中、県内外の鉄道写真愛好家らが同列車の魅力と感謝の気持ちを発信する写真展を発着地・釜石市で開いている。沿線住民、全国から足を運ぶ観光客、SLファン…。大勢の人たちに愛され続けた釜石線の象徴を“記憶”と“記録”として残そうと、ラストランの6月11日まで開催する。会場は釜石駅に隣接する観光物産施設「シープラザ釜石」。Webでのメッセージ投稿も呼び掛ける。
 
 写真展は有志による「SL銀河を写真で応援する会」が主催。釜石観光物産協会が共催する。応援する会の世話人、花巻市のフリーカメラマン高橋弘喜さん(62)が撮影を通して知り合ったアマチュア写真家9人に声をかけ、1人4点ずつ写真データを提供してもらった。会場にはA3サイズにプリントした40点を展示。撮影者が寄せたSL銀河への思いも文章で掲示する。
 
季節の風景との競演も人々を魅了するSL銀河の写真の数々 

季節の風景との競演も人々を魅了するSL銀河の写真の数々 

 
煙を吐きながら力強く進む光景はSLならでは。各種記念ヘッドマークも大切な思い出

煙を吐きながら力強く進む光景はSLならでは。各種記念ヘッドマークも大切な思い出

 
釜石駅近くの甲子川橋梁では三陸鉄道の列車とも共演。撮影者の腕が光る一枚

釜石駅近くの甲子川橋梁では三陸鉄道の列車とも共演。撮影者の腕が光る一枚

 
 写真を提供したのは県内在住者のほか、撮影のために東京、大阪、仙台から通い続けた愛好家。四季折々の自然と…。列車に手を振る沿線住民と…。それぞれの視点で切り取られたSL銀河の魅力が一枚一枚に凝縮され、見る人の心を揺さぶる。「SLそのものの迫力、季節の花など周辺景色を絡めたもの、高所からの絶景。いろいろなアプローチの仕方があり、そこが写真の面白いところ」と高橋さん。
 
 「SL銀河」は蒸気機関車C58-239号機が、宮沢賢治(岩手・花巻出身)の童話「銀河鉄道の夜」をモチーフにした客車4両をけん引する。物語の世界観と風土のマッチング、交通の難所(急勾配、急カーブ)・仙人峠を力強く走る姿、沿線住民と乗客の触れ合い―。全国のSL撮影に出向く高橋さんも「乗客、乗務員と沿線の人たちがこんなに手を振り合う光景は他にはない。大漁旗での歓迎もここならでは。だから、みんな夢中になる」と、人々を引きつけてやまない要素に共感する。
 
撮影者のさまざまな視点がSL銀河をより魅力的に見せる

撮影者のさまざまな視点がSL銀河をより魅力的に見せる

 
沿線で手を振る人々の姿に多くの人が癒やされてきた

沿線で手を振る人々の姿に多くの人が癒やされてきた

 
 応援する会は昨年の大型連休期間中にも同じ作品で写真展を開催。今回は観光物産協会から「6月のラストランの日まで長期間で開催してほしい」との打診があり、アンコール展として開催することになった。「この10年、SL銀河が釜石線を走ってきた意味、この地域にもたらしたものを改めて感じてもらえたら。より多くの人に見てもらい、記憶に残してほしい―」。
 
 客車の老朽化で運行を終了するSL銀河―。だが、「何が起こるか分からないのも世の中。違う形でも、また釜石線を走るSLにお目にかかれたら…」と望みをつなぐ高橋さん。「今はだめでも将来、状況が変わっていけば可能性はゼロではないと思う。そのためにも(存続希望の)声は上げておかないと」と思いを込める。
 
SL銀河への感謝を込め、展示作業にいそしむ高橋さん=14日、シープラザ釜石

SL銀河への感謝を込め、展示作業にいそしむ高橋さん=14日、シープラザ釜石

 
展示は6月11日まで。多くの来場を呼び掛ける

展示は6月11日まで。多くの来場を呼び掛ける

 
 会場では、ポスターにあるQRコードをスマートフォンで読み取り、SL銀河へのメッセージを投稿してもらう企画も実施中。展示はシープラザ釜石のステージ前で開催。施設の入館時間は午前9時から午後7時まで。

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*春らんまん* 釜石市内各所で「桜」満開 今季運行終了のSL銀河とのコラボも

小川川沿いのソメイヨシノの並木=9日午前撮影

小川川沿いのソメイヨシノの並木=9日午前撮影

 
 釜石市内は先週末、各所の桜が満開となり、花見を楽しむ人たちが繰り出した。ほとんどの桜が例年より1週間以上早く開花。入園、入学式シーズンを彩った。青空が広がった9日日曜日は、家族連れなどが桜の名所に足を運び、花を愛(め)でたり記念撮影したりする姿が見られた。8、9の両日は、今季で運行を終了するSL銀河と桜を写真や映像に収めようという人たちが沿線各所でカメラを構えた。
 
 釜石駅近くの駐車場内にある線路沿いの桜並木。8日は、午後3時10分釜石着のSL銀河と桜を同時に撮影しようという人たちが市内外から集まった。蒸気や煙を棚引かせ、汽笛を鳴らしながら到着する列車を満開の桜がお出迎え。熱烈なSLファンや地元住民らが今年で最後となる光景をカメラに収めた。
 
満開の桜に迎えられ、釜石駅に到着するSL銀河=8日午後3時9分撮影

満開の桜に迎えられ、釜石駅に到着するSL銀河=8日午後3時9分撮影

 
線路沿いに連なる桜並木=鈴子町/到着後、転車台の前でカメラを向ける人たち(左上写真)

線路沿いに連なる桜並木=鈴子町/到着後、転車台の前でカメラを向ける人たち(左上写真)

 
 一関市から訪れた田辺毅さん(50)は「SL銀河と桜のコラボも今年で見納め。この季節ならではの写真を撮りたいと思って。うまく撮れているかは別ですけど」と笑い、カメラの画像をチェック。4月中に釜石―遠野間を2回乗車予定。「まさか(切符を)取れるとは思っていなくて。ほんと、運が良かった。恵まれています」と車窓からの景色も楽しみにした。
 
 運行開始当初からホームでの出迎え、見送りなどに協力してきた地元・鈴子町内会の女性陣。この日は桜の下で歓迎の手旗を振って出迎えた。夕向有子さん(77)は「今年は一気に咲いた。満開の桜とSL、こんな絵に描いたような光景はめったにない。時期を逃すまいと出てきました」と友人と声をそろえ、「何とも言えない幸せな気分」に浸った。
 
 9日の釜石発の上り運行でも、沿線の桜がある場所に多くのカメラマンが陣取った。桜木町の日本製鉄釜石山神社付近の線路沿いの桜並木。強風で散り始めた花びらが舞う中、SLが通過し、名残惜しい風景を見せた。
 
小川川の橋梁を通過するSL銀河(上り)=9日午前10時3分ごろ

小川川の橋梁を通過するSL銀河(上り)=9日午前10時3分ごろ

 
 小川川下流域沿いのソメイヨシノの並木は市内を代表する花見スポット。枝先が川面に垂れるような木もあり、清流と背後の山々と相まって独特の風情を生み出している。地元住民によると、最高気温が20度を超えた5、6日で一気に満開に。7日は雨に濡れたが花は持ち、天候が回復した9日は家族連れらが訪れ、桜をバックに記念写真を撮る姿が見られた。昨年の桜シーズンには同所で映画の撮影も行われており、さらに知名度もアップしている。
 
川側に張り出す枝ぶりが見事なソメイヨシノ=小川川下流

川側に張り出す枝ぶりが見事なソメイヨシノ=小川川下流

 
きれいな桜をバックに記念の一枚。春の思い出!

きれいな桜をバックに記念の一枚。春の思い出!

 
 市中心市街地を一望できる高台、大町の薬師公園も古くから親しまれる桜の名所。頂上広場のソメイヨシノのほか、坂道の遊歩道沿いでは濃桃色の花が目を引くシダレヒガンザクラなども咲き誇る。赤い花の椿も開花しており、9日は青空を背景に花色の競演が見られた。広場のベンチでは持参した団子などを味わいながら、花見を楽しむ人たちも。桜の合間からのぞく釜石湾、震災復興で形成された新たな街並みも春景色に彩りを添えた。
 
 大町の佐藤なつきさん(36)は「下からは結構見ているが、上まで上ってきたのは久しぶり。近場で桜を見られるのは魅力的。今日は青空に恵まれて最高の花見日和。きれいな花を見るとうれしくなる」と声を弾ませた。夫卓也さん(40)は「スマホやテレビで画面越しに見るのとは違って断然いい。気持ちが和み、すごく癒やされる。明日からまた頑張れそう」と活力をもらった様子。夫婦で春のひとときを楽しんだ。
 
薬師公園には9日、続々と花見客が訪れた/花色の異なる桜が出迎える遊歩道(左下写真)。夜には園内のちょうちんに明かりがともされる

薬師公園には9日、続々と花見客が訪れた/花色の異なる桜が出迎える遊歩道(左下写真)。夜には園内のちょうちんに明かりがともされる

 
薬師公園頂上広場のソメイヨシノはほぼ満開

薬師公園頂上広場のソメイヨシノはほぼ満開

 
園内からは釜石湾の青い海、市街地の街並みを眺望できる

園内からは釜石湾の青い海、市街地の街並みを眺望できる

 
 唐丹町本郷の桜並木は、1933(昭和8)年の三陸大津波からの復興を願って植樹されたもの。道路の両側に立ち並び、毎年見事な桜のトンネルを作り出している。休日の9日は見物に訪れる人たちの車の出入りが続いた。同所では3年に一度、天照御祖神社の式年大祭「大名行列」が行われるが、開催年にあたった2021年は新型コロナウイルス感染症の影響で中止された。コロナ収束後の祭りの復活が待たれる。
 
唐丹町本郷の桜並木。目にも鮮やかな桜のトンネルが来訪者を迎える

唐丹町本郷の桜並木。目にも鮮やかな桜のトンネルが来訪者を迎える

 
美しく咲き誇る桜の下で多くの見物客が散策を楽しんだ=9日

美しく咲き誇る桜の下で多くの見物客が散策を楽しんだ=9日

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市指定文化財「上栗林のサクラ」開花 昼も夜も見応え十分! 11日ごろまでライトアップ実施中

上栗林のサクラ
 
 釜石市指定文化財(天然記念物)の巨木、同市栗林町の「上栗林のサクラ」が見頃を迎えている。地元町内会の上栗林振興会(三浦栄太郎会長、29世帯)が続ける夜のライトアップも2日から始まった。昼と夜で異なる趣を楽しめる市内最大の一本桜。今年は例年以上のボリュームで咲き誇り、訪れる人たちを喜ばせている。ライトアップは11日ごろまでを予定する。点灯は午後6時半から午後9時半まで。
 
 上栗林集会所に隣接する私有地に自生する同サクラはエドヒガン種。樹齢400年以上と推定され、2006年の市の調査では胸高幹周りが約4.9メートル。07年に市の文化財に指定された。地元では「種蒔(たねまき)桜」と呼ばれ、開花は農事の目安とされてきた。剪定(せんてい)など人の手は一切加えておらず、自然の力で成長。古木ながら樹勢は衰えず、毎年美しい花姿を見せている。
 
釜石市指定文化財の「上栗林のサクラ」=同市栗林町、5日午後撮影

釜石市指定文化財の「上栗林のサクラ」=同市栗林町、5日午後撮影

 
枝先にボリューム満点の花を咲かせ、来訪者の目を楽しませている

枝先にボリューム満点の花を咲かせ、来訪者の目を楽しませている

 
 今年は例年より10日ほど早い2日に開花した。この時期としては異例の最高気温23度に達した5日は、朝と昼で開花具合が目に見えて違うほど咲き進み、一気に6分咲きに。地元住民は「いつも開花から2、3日で5~6分ぐらいまで咲き進む。色的には、蕾(つぼみ)が交じるぐらいの段階が薄いピンク色が映えてきれい」と話す。
 
 5日午後に訪れた市内の家族連れも「花色がきれいなうちに1回見ておこうと思って。今が一番なんじゃないかな。もう少しすると色が抜けてきちゃうので…」と、見どころを押さえている様子。春を通り越した暖かな陽気の中で、最高の花見を楽しんでいた。
 
夜のライトアップは圧巻の光景!日中とは違う趣を醸し出す

夜のライトアップは圧巻の光景!日中とは違う趣を醸し出す

 
 同振興会による夜のライトアップは今年で11年目を迎える。2色のLED照明で浮かび上がる見事な枝ぶり、美しい花色は目を見張る光景。陽光に照らされる昼とは違う幻想的な雰囲気が広がる。特に夜は周りの暗さで樹形がくっきりと際立つため、見る角度でさまざまな表情を楽しめるのも魅力の一つとなっている。
 
 ライトアップを始めた当初は東日本大震災の復興工事が盛んな時期で、目の前の県道を行き来する工事関係者らも多数立ち寄るなど、交通整理をするほどのにぎわいだった。新型コロナウイルス感染症の流行が始まってからは道路沿いへの看板掲示も控え、大々的な宣伝は自粛してきた。それでも、同サクラの素晴らしさを知る市民らを中心に、毎年継続して足を運ぶ人たちは多い。
 
暗闇に浮かび上がる花姿は何とも言えない美しさ

暗闇に浮かび上がる花姿は何とも言えない美しさ

 
5日は雲の隙間からのぞく月明かりとのコラボも

5日は雲の隙間からのぞく月明かりとのコラボも

 
 同振興会の三浦会長(72)は「子どものころからなじみのサクラ。隣に集会所もあり、ここは地域の中心的場所。コロナ禍前は地区住民が集まり、花見会もやっていた」と懐かしむ。コロナも収束傾向にあることから「来年は地区の花見会も復活させたい。コロナ禍前から考えていた、同所でのコンサートなどコラボ企画のイベントも実現できれば」と来シーズン以降を見据える。
 
雪の残る片羽山など周辺風景とのマッチングも魅力的な桜写真を見せる振興会の三浦栄太郎会長(左)と川崎悦三郎さん

雪の残る片羽山など周辺風景とのマッチングも魅力的な桜写真を見せる振興会の三浦栄太郎会長(左)と川崎悦三郎さん

 
上栗林振興会では末永い桜の保全、継承を願う

上栗林振興会では末永い桜の保全、継承を願う

 
 釜石市内から同所へのアクセスは、鵜住居町の国道45号寺前交差点から県道釜石遠野線を橋野町方面に進行。栗林町上栗林地区、沿線右手に矢印形の標識が見える。

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あふれる「SL銀河“愛”」ラストシーズンに一層胸熱く! 沿線で全国のファンらお出迎え

今シーズン運行初日、陸中大橋駅に到着したSL銀河=25日

今シーズン運行初日、陸中大橋駅に到着したSL銀河=25日

 
 2014年の運行開始以来、沿線住民をはじめ全国から訪れるファンを魅了し続けてきた「SL銀河」。その姿を愛してやまない人々は、ラストシーズンの運行開始を特別な思いで見つめた。25、26日の上下運行に、沿線各地では多くの人たちがカメラを構え、通過する列車に手を振った。
 
 25日、釜石市最西端の陸中大橋駅。列車到着の1時間前から待ちわびたのは紫波町の譽田貢司さん(53)家族。三女の朱菫さん(24)、禅太朗ちゃん(3)、すみれ子ちゃん(2)親子は、貢司さんお手製のSL銀河Tシャツと帽子、バッジを身に着け、SL愛をアピール。この日は花巻―新花巻駅間しか切符が取れず、1区間だけ乗車後、車で列車を追いかけてきた。興奮冷めやらぬ禅太朗ちゃんは「ぽっぽの音大好き。手を振ったの楽しかった」とにっこり。
 
 「SL銀河大好き!」譽田貢司さん(中央)家族

「SL銀河大好き!」譽田貢司さん(中央)家族

 
譽田さん手作りのSL銀河Tシャツ。2人のお孫さんのために帽子やバッジも作っちゃいました!

譽田さん手作りのSL銀河Tシャツ。2人のお孫さんのために帽子やバッジも作っちゃいました!

 
 「一般住宅の窓からも手を振ってくれる。外から来る人にも地元からもこんなに愛されている列車ってあるだろうか?釜石線の象徴がなくなるのは寂しい」と貢司さん。「せめて機関車だけでも胴体展示して、みんなが触れ合えるよう残してほしい」と願う。これまで全区間乗車を目指し、何度も挑戦してきたが夢はかなっていない。妻彩野さん(50)は「何とか6月までに…。すすまみれになりながら釜石の景色が見たい」と最後の望みをつなぐ。
 
 SL到着時刻が近づくにつれ、駅には続々と人が集まった。県外ナンバーの車も多数。「これが最後になるかなと思って…」。新潟ナンバーの車で乗り入れたのは、14年の試運転から追いかけているという高木亘さん(50)。「(終盤になって)混むと、思うように写真が撮れなくなりそうなので」と初日に駆け付けた。今シーズンでの運行終了に「とっても残念。客車の老朽化は仕方ないが、機関車はまだ使えそう。どこかで走ってくれたら」。SL撮影が趣味で全国に足を運ぶが、「勾配のある道のり、風光明媚な沿線はここならでは。季節によって見栄えが変わるのも大きな魅力」と語った。
 
 25日は駅以外でもSLを待つ人たちが多く見られた。野田町の踏切付近、小佐野駅近くの線路をまたぐ歩道橋では複数の人出があった。釜石駅周辺を見下ろす県道水海大渡線に集まった人たちのお目当ては、駅手前の甲子川橋梁を渡るSL。写真や映像を熱心に撮影する人たちが並んだ。
 
甲子川橋梁に近づくSL銀河(左)と高台の県道水海大渡線でカメラを構える人たち(右)

甲子川橋梁に近づくSL銀河(左)と高台の県道水海大渡線でカメラを構える人たち(右)

 
釜石駅手前の甲子川橋梁を進む姿は圧巻!汽笛の音とともにファンを魅了

釜石駅手前の甲子川橋梁を進む姿は圧巻!汽笛の音とともにファンを魅了

 
 大渡町の女性(85)は同県道が日課の散歩コース。テレビのニュースで花巻駅出発の様子を目にし、釜石駅到着時刻に合わせ自宅を出てきた。「汽笛の音だけでもいいもんね~。いつもあの辺で2、3回鳴らすんだ」。被災した釜石に元気をくれたSLに感謝。「もうちょっと走ってくれるといいんだけど。機械のことだから分からないもんねぇ」。最後の運行まで、その姿にエネルギーをもらうつもりだ。
 
雨にぬれながら、緩やかな坂道を上る=甲子町大橋、26日上り

雨にぬれながら、緩やかな坂道を上る=甲子町大橋、26日上り

 
 26日は雨がっぱ姿の“撮り鉄”らが防水対策をした撮影機材で待機。水にぬれ、一層黒光りする蒸気機関車の車体を記録した。14年の試運転以来、毎月1、2回は撮影に来ているという神奈川県横浜市の加辺晃さん(55)。夜行バスと一番列車を乗り継ぎ、沿線に足を運ぶのも10年目となった。写真と映像の“二刀流”。釜石市内の撮影ポイントも熟知していて、この日は桜木町でカメラを構えた。
 
左:春の花々もラストシーズンに彩りを添える=桜木町/右:陸中大橋駅出発直後のSL銀河(ともに26日)

左:春の花々もラストシーズンに彩りを添える=桜木町/右:陸中大橋駅出発直後のSL銀河(ともに26日)

 
 「SL銀河は坂道が多く、煙が多いのがいい。そういう所は人も多く集まる」と加辺さん。沿線に仮設住宅が立ち並ぶころから、復興に向かうまちの様子も目にしてきた。「高速道路ができたり街並みも変わってきたが、まだ復興途中なのだろう。この10年、SL運行が地元の力になってきたのは外から来ても感じている。いつかは終わるとは思っていたが…、ちょっと早いかな」。それでも最後までその雄姿を見届けるつもり。「来月は2回来ます」と声を弾ませた。

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駆け抜けろ!ラストシーズン SL銀河、10年目の運行スタート 釜石駅でも歓迎

最終シーズンの運行が始まったSL銀河。釜石駅周辺でも多くの人が出迎えた=25日

最終シーズンの運行が始まったSL銀河。釜石駅周辺でも多くの人が出迎えた=25日

 
 東日本大震災後の沿岸被災地を活気づけようと、JR釜石線(花巻―釜石駅間、90.2キロ)を走る観光列車「SL銀河」のラストシーズンが始まった。25日の釜石駅ホーム。「おかえり。今年もありがとう」とたくさんの笑顔が出迎えた。見送りの26日はあいにくの雨模様にもかかわらず、駅ホームはもちろん沿線にも多くの鉄道ファンらの姿。2日とも全区間で176席がほぼ満席で、「全区間乗りたい」「残りわずかなシャッターチャンスを逃すまい」と、さまざまな熱気が運行を終える6月上旬まで続く。
 
 SL銀河は、JR東日本盛岡支社が観光面からの復興支援、地域活性化を目的に、2014年4月12日に運行を開始。盛岡市の岩手県営運動公園内の交通公園に展示保存・復元した蒸気機関車「C58形239号機」と、花巻市の童話作家・宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を題材にした客車が人気を呼ぶ。春から初冬の土日を中心に約480本を運行し、約7万人が乗車。被災地の観光客増に一役買っていたが、客車の老朽化などから定期運行を終える。
 
客席はほぼ満席で、釜石駅ホームは家族連れらであふれた=25日

客席はほぼ満席で、釜石駅ホームは家族連れらであふれた=25日

 
 25日は花巻発釜石行きの運行。終点の釜石駅(釜石市鈴子町)では大漁旗が揺れる中、列車がホームに滑り込んだ。郷土芸能・虎舞の出迎えに感激したのは陸前高田市の岸浩子さん(66)。物語の世界観が広がるプラネタリウム、「ガタゴト」という揺れなど独特の鉄道旅に「テンション上がりまくり。病みつきになる」と目を輝かせた。初乗車の藤田幸子さん(56)も一緒に祭り気分を満喫。3回目で全区間通して乗車する機会を得た菅野光江さん(70)は「駅関係者の熱意を感じ、ジーンとくる。手を振ってくれる住民、カメラマンの姿を見るのも楽しい。夏の風景を見ることができないのが心残り」としみじみ語る。それでも3人は最終列車への乗車を計画中。「また会いましょう」と笑顔を残した。
 
 毎週末、釜石に観光客を連れてきたSL銀河。沿線では歓迎、見送りといったおもてなしに励んできた。運行開始に合わせ、釜石観光物産協会はホタテ稚貝汁をお振る舞い。虎舞のお出迎え、住民による小旗振りは毎週末に継続し、5月の大型連休には駅前で春まつりを予定する。佐々木一伸事務局次長(52)は「ありがとう―を込めて最後まで応援したい」と思いを込める。
 
転車台での回転作業も多くの人が見つめた=25日

転車台での回転作業も多くの人が見つめた=25日

 
 やっぱり煙だな、SLは―。そう話すのは、只越町の鈴木哲さん(74)。津波での被災、続く避難生活で「何かやることを」と考え手にしたのが、カメラだった。SLの運行が始まると、力強く走る姿に励まされた。頑張る姿に自身を重ね、運行日に合わせてシャッターを押した。「外に出るきっかけを作ってくれた。引退に寂しさを感じるが、最後まで目に焼き付けたい。そして、記録として残したい」。追っかけ生活を続ける。
 
駅長や機関士らと触れ合ったりSL旅を満喫する親子=25、26日

駅長や機関士らと触れ合ったりSL旅を満喫する親子=25、26日

 
 26日の釜石駅も花巻行きの列車を見送ろうと多くの人でにぎわった。盛岡市の川村瑠成(りゅうせい)さん(上田中2年)は48回目の乗車。前日もSLで釜石入りし、一度自宅に戻って再来した、つわものだ。「人との出会いが楽しい」と飽きはなく、今季も乗車回数を重ねるつもり。「なくなってほしくないけど…安全で楽しくラストを迎えてほしい」と見守る。
 
SLをバックに記念写真(写真左)。SL乗車48回目の川村さん(同右)=26日

SLをバックに記念写真(写真左)。SL乗車48回目の川村さん(同右)=26日

 
雨模様にもかかわらず多くの人が見送り(写真左)、それに応える機関士(同右)=26日

雨模様にもかかわらず多くの人が見送り(写真左)、それに応える機関士(同右)=26日

 
 10年目となる今季の運行は土日を中心に上下計24本を予定する。最終定期運行は6月3日(釜石行き)と4日(花巻行き)。10、11日の旅行商品専用の団体臨時列車が最後の運行となる。
 
 同支社ではラストを盛り上げるためプロジェクトを立ち上げ、多彩なイベントを展開している。もてなしに協力してもらおうと、沿線5市町の新小学1年生にオリジナル手旗をプレゼント。釜石市内では約190人に配られる予定で、釜石駅の髙橋恒平駅長は「いつでもどこでもSLを見かけたら笑顔で小旗を振って、応援してもらえたらうれしい」と期待する。また、同駅では運行日に合わせ改札内通路に夜空をイメージしたイルミネーションを点灯している。
 
SL銀河オリジナル手旗(写真左)と釜石駅改札内通路のイルミネーション(同右)=26日

SL銀河オリジナル手旗(写真左)と釜石駅改札内通路のイルミネーション(同右)=26日

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SL銀河 釜石の「ものづくりの灯」でラストシーズン運行へ 初日は3月25日

SL銀河点火用の種火を手にする釜石駅の髙橋駅長(右)とJR盛岡車両センターの本倉所長

SL銀河点火用の種火を手にする釜石駅の髙橋駅長(右)とJR盛岡車両センターの本倉所長

 
3月からラストシーズンの運行を始めるSL銀河

3月からラストシーズンの運行を始めるSL銀河

 
 2014年4月からJR釜石線(花巻―釜石間、90.2キロ)で運行されてきた蒸気機関車「SL銀河」が、客車の老朽化のため、本年6月で運行を終了する。3月から始まるラストシーズンに向け21日、機関車に火が入れられた。点火用の種火となったのは、近代製鉄発祥の地・釜石市の象徴「ものづくりの灯(ひ)」。釜石人の魂が込められた高炉の火が、見納めとなるSL運行を力強く支える。
 
 火入れ前日の20日、同市鈴子町釜石駅前広場の「鉄のモニュメント」から採火が行われた。上部で燃え続ける「ものづくりの灯」を釜石ガスの社員がトーチに分灯。釜石駅の髙橋恒平駅長が受け取り、ランタンに火を移した。火はSLの整備を担当するJR東日本盛岡車両センターの本倉幹弘所長に託された。翌21日には盛岡のSL検修庫で火入れ式が行われ、石炭を燃焼させるボイラーに点火された。
 
「鉄のモニュメント」にともされる「ものづくりの灯」を釜石ガスの社員が採火

「鉄のモニュメント」にともされる「ものづくりの灯」を釜石ガスの社員が採火

 
髙橋釜石駅長(右)が採火した火をトーチからランタンに移した

髙橋釜石駅長(右)が採火した火をトーチからランタンに移した

 
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 鉄のモニュメントは近代製鉄発祥150周年を記念し2007年に設置。新日鉄釜石製鉄所(現日本製鉄)構内で保存されてきた高炉の火を分けてもらい、「ものづくりの灯を永遠に」と記した磁鉄鉱石碑と共に“鉄のまち釜石”を発信している。東日本大震災の津波被害で火は一時消えたが、再びともされ、14年のSL銀河運行開始時には今回同様、この火を採火し火入れを行った。
 
 採火に立ち会った髙橋駅長は「ラストシーズンも釜石の大切な火を頂戴し、力強く運行していく。これまで全国から大勢のご乗車をいただいた。感謝の気持ちを込め、最後まで安全、安定輸送に努める」と思いを強くした。今シーズンも沿線の駅などで、さまざまなイベントが企画される。
 
 被災した沿岸地域への誘客など観光面からの復興支援、地域活性化を目的に運行を続けてきたSL銀河。14年4月12日の運行開始以来、春から初冬の土日祝日などに約480本を運行し、約7万人が乗車している。
 
2014年4月の運行開始から人気を集めてきたSL銀河。沿線住民に夢と希望を与えた(写真:復興釜石新聞)

2014年4月の運行開始から人気を集めてきたSL銀河。沿線住民に夢と希望を与えた(写真:復興釜石新聞)

 
各駅では多くの鉄道ファンがカメラを構える=2021年、陸中大橋駅

各駅では多くの鉄道ファンがカメラを構える=2021年、陸中大橋駅

 
 SL銀河ラストシーズンの運行は3月25日から。土日を中心に上下計24本の運行を予定する。最終定期運行は6月3日(釜石行き)と4日(花巻行き)。10、11日の旅行商品専用の団体臨時列車が最後の運行となる。

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「持続可能な観光地域づくり」へ全国8市町が共同宣言 釜石市で初のサミット開催

全国8市町が「持続可能な観光の推進に向けた共同宣言」を行ったサミット=14日、釜石市

全国8市町が「持続可能な観光の推進に向けた共同宣言」を行ったサミット=14日、釜石市

 
 釜石市など全国8市町でつくる日本「持続可能な観光」地域協議会は14日、釜石市民ホールTETTOで初のサミットを開いた。各市町の首長らが集い、「持続可能な観光の推進に向けた共同宣言」を採択。将来を見据え、国際基準を取り入れた観光地域づくりを広域連携で進めていくことをあらためて確認した。専門家の基調講演や各地域の取り組み報告もあり、民間の観光関係者を含め約150人が参加した。
 
 同協議会は2021年7月、釜石市の呼び掛けで発足。北海道ニセコ町、同弟子屈町、長野県小布施町、京都府宮津市、徳島県三好市、熊本県小国町、鹿児島県与論町が参画する。持続可能な観光を目指すための専門的支援、知見や情報の共有、連携する自治体のプロモーションに資する取り組みを推進し、地方創生のモデル地域を形成していくのが狙い。
 
日本「持続可能な観光」地域協議会代表理事の野田武則釜石市長があいさつ

日本「持続可能な観光」地域協議会代表理事の野田武則釜石市長があいさつ

 
 協議会の代表理事を務める野田武則釜石市長はサミット開催にあたり、「他市町の取り組みを参考にしながら共に切磋琢磨(せっさたくま)し、全国に持続可能な観光を発信してもらえれば」とあいさつ。共同宣言文には地域独自の文化と自然環境を保全し、持続可能な観光の国際基準(GSTC)に基づき、地域に貢献する観光を推進していくことが記され、8市町の首長が署名した。各市町からは、これまで経験した観光に関わる問題、課題解決への取り組み、協議会による連携への期待などが述べられた。
 
共同宣言署名に先立ち、協議会に参画する8市町の首長らが思いを述べた

共同宣言署名に先立ち、協議会に参画する8市町の首長らが思いを述べた

 
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 日本三景の一つ「天橋立(あまのはしだて)」を有する京都府宮津市の城崎雅文市長は、観光客による交通渋滞やごみ問題を経験した過去を踏まえ、「開発と保全のバランス、まさに持続可能な開発目標(SDGs)に関わる部分が重要になる。本協議会を中心に世界から選ばれる観光地を共に作っていきたい」と意気込んだ。
 
 町面積の約65%が「阿寒摩周国立公園」内という北海道弟子屈町の吉備津民夫副町長は、隣接4市町での「ゼロカーボンパーク」登録を紹介。「サミットを機に気候変動や資源の枯渇、生物多様性の保全など、問題解決への取り組みが全国に広がっていけば」と期待した。
 
 西日本第2の高峰「剣山」を有し、山と川が9割を占める徳島県三好市の高井美穂市長は、日本ジオパークの認定を目指していることを明かし、「自然と共存し、無理なく続けていける観光が地域課題の解決につながる。住民が喜んでもてなし、来た人にも喜んでもらえる好循環が持続可能な観光」との考えを示した。
 
 鹿児島県最南端の離島、与論町は沖縄復帰の前後で観光客数が大きく増減。最盛期に建設された観光施設の廃墟化など負の遺産問題を経験した。久留満博副町長は「一過性、消費型観光ではなく、島に残る美しい環境や貴重な文化、暮らしに配慮した取り組みが必要と考え、協議会に参加した。観光地のマネジメント、危機管理体制の構築などを早急に進めたい」と話した。
 
基調講演する高山傑さん(国連世界観光機関持続可能な観光プログラム諮問委員、観光庁「日本版持続可能な観光ガイドライン」アドバイザー)

基調講演する高山傑さん(国連世界観光機関持続可能な観光プログラム諮問委員、観光庁「日本版持続可能な観光ガイドライン」アドバイザー)

 
 基調講演の講師は、持続可能な観光の国際基準策定、評価における日本での第一人者、高山傑さん(一般社団法人JARTA代表理事)。GSTCの概要や持続可能な観光に必要なマネジメントなどについて説明した。
 
 高山さんは持続可能な観光の国際的定義を「経済、社会、環境への影響を十分に考慮した観光」とし、GSTCを活用した国際社会にも受け入れられる観光地づくりを促した。全ての関係者に支持されるマネジメント、数世代先を見据えた観光戦略の必要性も示し、▽土地の豊かさを失わない方針▽ブームではなく、ルーツにこだわる本物体験の加速▽地域住民の意見を反映した資源マネジメント▽地域で稼ぐための方策と後方支援―などをポイントに挙げた。
 
 GSTCは世界持続可能観光協議会が策定した達成すべき基準で、協議会から認定された第三者機関が実際の認証を行う。グリーン・デスティネーションズ(オランダ)は100項目の評価基準を設け、GSTC認証獲得への第一段階となる「世界の持続可能な観光地トップ100選」を2015年から発表。サミットを開いた地域協議会の8市町では釜石市(18年~5年連続)、ニセコ町(20、21年)、与論町(21年)、小国町(22年)が選出されている。釜石市は22年、全項目の70%で評価を得て、国内で唯一「シルバー賞」も受賞した。
 
釜石市の取り組みについて発表する市の担当者

釜石市の取り組みについて発表する市の担当者

 
 講演後は8市町と、同100選受賞に貢献してきた釜石市の観光地域づくり法人・かまいしDMC(河東英宜代表取締役)の取り組み報告も行われた。

釜石ラーメンスタンプラリー開催のお知らせ

昨年、釜石市で撮影され、年末に完成披露上映会を開催した映画「釜石ラーメン物語」は、今春4月7日より岩手県各所にて全国公開に先駆けて先行公開をいたします。

 

プロモーション実行委員会では、映画と釜石ラーメンのPRを兼ねてスタンプラリーを2/23〜5/31の期間で実施します。豪華な賞品も準備していますので、映画も観ていただき、釜石でラーメンも食べていただきたいと思います。

 

スタンプラリーの詳細は準備が出来次第告知します。

 

 

かまリン

(一社)釜石観光物産協会

釜石市内の観光情報やイベント情報をお届けします。

公式サイト / TEL 0193-27-8172 / 〒026-0031 釜石市鈴子町22-1 シープラザ釜石

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世界遺産「明治日本の産業革命遺産」をより分かりやすく 釜石でガイドらが研修

世界遺産「明治日本の産業革命遺産」インタープリテーション釜石エリア研修会

世界遺産「明治日本の産業革命遺産」インタープリテーション釜石エリア研修会

 
 2015年7月にユネスコの世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」。8県11市23構成資産の1つである「橋野鉄鉱山」を有する釜石市で6日、同遺産の価値を分かりやすく伝えるための人材育成研修会が開かれた。一般財団法人産業遺産国民会議が主催。東京都新宿区、産業遺産情報センター長の加藤康子さん(同国民会議専務理事)らが講演した。
 
 釜石観光ガイド会員、橋野鉄鉱山インフォメーションセンタースタッフ、市関係職員ら約20人が参加。同遺産の保全、発信に関わる2人の専門家の講演、海外有識者のインタビュースピーチの上映などが行われた。
 
 講演した加藤さんは、同遺産が「製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の3分野、時代的には19世紀半ば~20世紀初頭(江戸後期~明治後期)にわたることをあらためて説明。1つの世界遺産として示している価値について、「鎖国をしていた日本が開国し、わずか50年で工業立国の土台をつくった。急速な産業化の道程を表した遺産」とし、「橋野鉄鉱山を訪れる人たちに、その全体像の中での意義をしっかり伝えてほしい」と願った。
 
産業遺産情報センター長/産業遺産国民会議専務理事 加藤康子さん

産業遺産情報センター長/産業遺産国民会議専務理事 加藤康子さん

 
 同遺産を時系列でみると、次の3つの時代に分けられることも説明した。①試行錯誤の挑戦(1850~60年代)=鎖国をしていた日本が西洋の科学技術の情報が乏しい中で、蘭書を片手に鉄製大砲の鋳造に挑戦していた時代(釜石で洋式高炉による鉄の連続出銑に成功した大島高任らの活躍)。②西洋の科学技術の導入(1860~80年代)=開国により西洋の技術者が入国。日本からの留学も活発になり、ものづくりの人材が急速に成長していった時代。③産業基盤の確立(1890年代~1910年)=大量生産が可能になった時代。
 
講演に聞き入る釜石市の観光ガイド、橋野鉄鉱山インフォメーションセンタースタッフら

講演に聞き入る釜石市の観光ガイド、橋野鉄鉱山インフォメーションセンタースタッフら

 
 同センターで上映している「橋野鉄鉱山」と「官営八幡製鉄所」の紹介映像も見せ、釜石(同鉄鉱山)が世界遺産価値にどう貢献しているのかも示した。加藤さんは「当時、急速に産業国家の土台をつくることができたのは、基礎となる素材産業が国内で確立したから。釜石では木炭高炉法からコークス炉導入まで30年。西洋では3世紀もかかっている」と話した。
 
 釜石市民と鉄との関わりについても言及。特に子どもたちの教育プログラムを絶賛し、「愛情を持って鉄と触れ合い、学んでいる姿は全国オンリーワン。釜石の鉄のDNAは絶対に無くさないでほしい。挑戦をし続けた先人たちの魂が生きている。必ず日本の未来に大きな貢献ができるような人材が育つだろう」と期待した。
 
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 同遺産の世界遺産登録から7年―。加藤さんは、登録時の価値を損なわないようにするため各自治体、関係者間で情報共有する「遺産保全マニュアル」を本年度から2カ年で作成することも報告した。

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釜石の山に眠る「鉄」以外のお宝とは? 市立図書館で学ぶ市民教養講座

釜石市立図書館が開いた市民教養講座「釜石の金山・銅山について」

釜石市立図書館が開いた市民教養講座「釜石の金山・銅山について」

 
 「近代製鉄発祥の地」である釜石市は、洋式高炉による連続出銑の成功とともに、原料となる鉄鉱石の豊富な産出でも知られる。釜石一帯の山々では鉄のほかに金や銅の鉱脈もあり、実際に採掘が行われていた。その歴史を学ぶ講座が4日、釜石市小佐野町の市立図書館(川畑広恵館長)で開かれた。同館主催の市民教養講座の一環。市世界遺産課課長補佐の森一欽さんが講師を務め、16人が聴講した。
 
 同市に眠る鉱床は、約1億2千万年前(中生代白亜紀)の火山活動で生まれた。マグマの熱で石灰岩などが溶かされ変成。冷え固まる過程でさまざまな鉱物が生成された。変成岩の中でも柘榴(ざくろ)石の近くで鉄鉱石(磁鉄鉱)、灰鉄輝石の周りで銅鉱石(黄銅鉱)、石英脈が発達した場所では金鉱石が見つかっている。「理由は証明されていないが、昔の人は現場の勘で鉱脈を探していったと思われる」と森さん。釜石では特に鉄鉱石と銅鉱石が多く見られ、大規模な採掘につながった。
 
金鉱石や銅鉱石ができる過程についても説明した

金鉱石や銅鉱石ができる過程についても説明した

 
講師を務めた釜石市世界遺産課の森一欽課長補佐

講師を務めた釜石市世界遺産課の森一欽課長補佐

 
 県内では、日本最古の金が産出されている陸前高田市の「玉山金山」など気仙地方の金山が有名だが、釜石地方でも小規模ながら採掘が行われていた時代がある。文献などによると、釜石市内では16の金山が確認されており、各地に広く分布する。中でも多いのは橋野町。
 
 橋野鉄鉱山の東側にある「六黒見(むくろみ)金山」は、1807(文化4)年に発見された。地元住民や盛岡藩が採掘に乗り出すが、江戸期の経営はうまくいかなかった。明治期になると近代化が図られ、再興への道が開かれる。1935(昭和10)年、日本鉱業が金増産のため本格的採掘に着手したが、43(昭18)年の全国的な金山整理で閉山。戦後、一時稼働したが、55(昭30)年ごろまでには休山したとみられる。記録によると、35~43年までの鉱石採掘量は約8万5千トン。鉱石1トンから取れる金は約8グラム程度だった。
 
 森さんは六黒見金山に残る社宅、事務所、坑道跡などの写真を紹介。大きいもので横20メートル、縦16メートルの坑道入り口があることも示した。明治期の金山所有者の銘が刻まれた石碑もあったが、2016年の台風豪雨で流失し、行方不明だという。
 
六黒見金山に残る、採掘が行われていた痕跡を示す写真

六黒見金山に残る、採掘が行われていた痕跡を示す写真

 
釜石で行われた金、銅採掘について学ぶ参加者

釜石で行われた金、銅採掘について学ぶ参加者

 
 釜石市甲子町大橋の「釜石鉱山」一帯は日本最大の鉄鉱山であるとともに、国内有数の銅鉱山でもある。1907(明治40)年、大橋の新山から産出される銅鉱石の製錬を開始。有力な銅鉱床が発見されると、52(昭和27)年、銅鉱石の選鉱場を建設し、本格的な採掘を始めた。「釜石では粗い製錬はしたが、純度を高める作業はしなかったため、硫化物による大きな公害はなかった」と森さん。
 
 鉄鉱石は精鉱により50~60%が有用な鉄になるが、銅鉱石は12~20%程度と採算がなかなか合わない。釜石鉱山では1992(平成4)年に銅鉱石の採掘を休止。鉄鉱石は93(平5)年、石灰石は2000(平12)年に採掘を休止している。
 
釜石鉱山の銅鉱石の選鉱場は、今は建物の土台だけが残る

釜石鉱山の銅鉱石の選鉱場は、今は建物の土台だけが残る