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尾崎白浜・佐須地区林野火災に関する情報

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釜石市公式サイトにて、「尾崎白浜・佐須地区林野火災に関する情報」ページが公開されております。なお、林野火災発生からの緊急情報は、釜石市公式サイトトップページにて確認できます。

 

尾崎白浜・佐須地区林野火災に関する情報

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「釜石消防署小佐野出張所」の看板を降納する野田市長、佐藤消防長

小佐野出張所(釜石消防署)閉所、西部地区の防災拠点に幕〜解体し消防屯所に

「釜石消防署小佐野出張所」の看板を降納する野田市長、佐藤消防長

「釜石消防署小佐野出張所」の看板を降納する野田市長、佐藤消防長

 

 釜石消防署小佐野出張所の閉所式は3月30日、釜石市小佐野町の同出張所で行われた。釜石大槌地区行政事務組合議会など行政、住民、消防職員、消防団関係者ら60人が出席。53年5カ月に及ぶ西部地区の防災拠点活動に幕を下ろした。制度的には鵜住居出張所も同時に閉所し、4月1日から釜石消防署と大槌消防署の2署体制に移行した。

 

 同事務組合管理者の野田武則市長は「出張所の業務は地域住民、消防団、釜石警察署に支えられた。今後も装備と職員教育の充実を図り、住民の安全へ万全を期す」と式辞。佐藤正敏消防長が経過報告、「住民の安全安心に努める」と決意を述べた。

 

 小佐野出張所の防災活動に協力した小佐野町内会(佐々木喜一会長、400世帯)と、施設内に屯所を併設する消防団第4分団第1部(柏舘克美部長)に市長感謝状が贈られた。同事務組合議会の古川愛明議長が「消防職員の奮闘、研さん、努力に期待する」と激励。小佐野出張所の看板を野田市長と佐藤消防長が外し、式を終えた。

 

 小佐野出張所の前身、釜石消防署小佐野分遣所は1963年、JR釜石線小佐野駅に近い場所にあった釜石製鉄所・自主消防施設を改修して設置。職員は7人だった。73年に出張所と改称、79年に現在地に移転、新築した。5階建ての訓練塔も併設、人口が増加しつつあった西部地区の防災拠点となった。

 

 東日本大震災では小佐野出張所以外の釜石消防署、同鵜住居出張所、大槌消防署がいずれも全壊したが、2014年に釜石消防庁舎、16年に大槌同庁舎が完成した。通信指令システムの整備を背景に、機能的な人員配置と資機材の運用を図る消防力整備計画に基づき、2出張所の廃止を決めた。

 

 同施設は17年度中に解体し、消防団4分団1部の屯所を建設する予定。その間、小佐野町仮設団地用地に仮の屯所を置く。

 

 小佐野町内会の佐々木会長(75)は「(防災機関が)そばにあったほうが安心だが、一本化することを了承した。今後も、より良い(防災)活動へ協力したい」とする。

 

 OB職員の大町、奥村忠雄さん(73)は「分遣所当時、国道283号の五の橋から西は未舗装で、鉱石を運ぶ社線(鉄道)があった。この庁舎も知っている。訓練塔の塗装は自前、山火事防止の看板も署員で作った。懐かしい。2署体制でも防災、救急の活動に問題ないだろう」と語った。

 

(復興釜石新聞 2017年4月5日発行 第577号より)

 

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津波避難階段を懸命に上がり、避難する鵜住居小児童。命を守る行動を体験しながら確認した

震災忘れない、命を守る行動確認〜鵜住居小で避難訓練、地域住民も参加 避難階段上る

津波避難階段を懸命に上がり、避難する鵜住居小児童。命を守る行動を体験しながら確認した

津波避難階段を懸命に上がり、避難する鵜住居小児童。命を守る行動を体験しながら確認した

 

 釜石市鵜住居町の鵜住居小(村上清校長、児童150人)で9日、下校時の地震・津波を想定した避難訓練が行われた。同校児童の登校方法は徒歩とスクールバスがあり、スクールバスを使用した下校時の訓練は震災後初めて。児童のほか、スクールガードとして登下校時の安全確保に協力する地域住民、保護者らも参加し、いつかまた起こりうる津波に備え、自分の命を守るための適切な行動を確認した。

 

下校時の津波を想定

 

 震災の津波で校舎が壊れ、津波浸水区域外に建設された仮設校舎で授業を続けている同校では地震、火災訓練などを独自に行っている。昨年は市の津波避難訓練にも参加した。震災後、地域の津波避難場所が増えていることから、避難場所や避難の仕方を確認するとともに、帰宅途中に大きな地震や津波が発生した場合を想定した訓練を企画した。

 

 同校では栗林、片岸、箱崎、甲子、平田方面などに向かうバス7台を運行し、約120人が利用している。訓練では、帰宅後それぞれの状況に応じて安全を確保した上で、近くにある高台に避難する12のルートを設定。児童館を利用する児童にも近くにある高台を確認してもらうため、2つの避難経路を設けた。

 

 このうち日向・外山地区に向かう2台のバスには38人の児童が乗車した。日向橋停留所で15人ほどがバスを降りて帰宅途中、地震が発生。警報を受け、高さ19メートルの三陸沿岸道路釜石山田道路につながる「津波避難階段」に向かった。

 

 長内集会所に近い、鵜住居第2高架橋南側たもとに整備された避難階段は、上りきると鵜住居トンネル電気室前の広場に出る。通常、敷地の扉は外から開かず、緊急時には扉に取り付けた薄いアクリル板を壊し進入できる仕組みになっている。今回は三陸国道事務所の協力で、児童が実際にアクリル板を壊す体験もし、階段を上って経路や感覚も確かめた。

 

扉に付いたアクリル板を外し、避難階段に進入する児童ら

扉に付いたアクリル板を外し、避難階段に進入する児童ら

 

 訓練終了後の反省会で、「逃げ方の流れが分かった」と話したのは澤田龍斗君(6年)。震災時は幼稚園の年長児だったが、この階段が設置される前の山の斜面を上って津波を逃れた記憶がかすかに残っているという。

 

 一方で震災の記憶がない、知らない子もいる。後藤明衣さん(2年)は「ドキドキした。避難場所を知ったから、地震が来たら走って逃げる」と命を守る行動を学んだ。

 

 村上校長は「いろんな災害の時に守らなければいけないのは自分の命。みんなが自分を守る力を付けることは家族の命を守ることにもつながる。しっかり力を付けよう」と児童に呼び掛け。今回の訓練では地区ごとに1カ所の避難場所を確認するものになったが、地域にはほかにも避難場所があることから本年度中に各家庭で確認してもらうことにしている。

 

 及川美香子副校長は震災を風化させず語り継いでいくための体験として、避難訓練を継続する重要性を強調。スクールバスでの登下校時、実際に地震、津波が発生した時は運転手の判断が重要になってくることから、「今回は来年度以降の土台づくり。違った訓練方法も検討したい」と話していた。

 

(復興釜石新聞 2017年2月11日発行 第562号より)

 

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5班の担当者が張り詰めた表情で業務を進めた

ラグビーW杯想定、テロ対策図上訓練〜国、県、釜石市 連携を確認、初動対応や避難指示

5班の担当者が張り詰めた表情で業務を進めた

5班の担当者が張り詰めた表情で業務を進めた

 

 2年後の2019年にラグビーワールドカップ(W杯)が開かれる釜石市で18日、「会場でテロが発生した」との想定で図上対応訓練が行われた。国、県、市が連携した訓練は、盛岡市内丸の県庁と釜石市役所を結ぶ形で行われ、釜石からは野田武則市長、市職員、関係機関の連絡員ら90人が参加。凶悪事案に対する初動対応、被害拡大防止へ最善の道筋、連携のあり方を探った。市は今後、災害発生の想定を含め、W杯対応の事前訓練を重ねる。

 

豪雨、津波被害などにも応用

 

 県が主体となった同訓練は、国民保護法に基づく「国民保護共同訓練」の一つとして行われた。国は官邸連絡室など、県は情報連絡室を設置し約150人を投入、市も危機連絡調整会議を設けた。釜石を事態発生地域としたテロ対応訓練は初めてだった。

 

 ラグビーW杯の試合会場となる釜石鵜住居復興スタジアム(仮称)で国際テロ組織による化学剤爆弾の爆発があり、多数の観客などが死傷。関連イベントが開かれる釜石市民ホール(仮称)でも爆弾が発見された―との想定。

 

 重大事件の一報を受けて市は緊急事態連絡室本部(本部長・市長)を設置。職員は大会議室(議場)に集まり、情報、通信・広報、統括、対策、総務の5班を組織、活動を開始した。県、自衛隊、警察、消防などの連絡員も派遣された。

 

 ▽負傷者の搬送と医療措置▽現場周辺住民の避難対応▽逃亡するテロ犯人の捕捉▽有害物質の除染―など各機関の動きや応援体制の要請を確認。訓練は3時間半に及んだ。

 

 県の危機管理アドバイザー越野修三さん(岩手大客員教授)は「初めての訓練にしては良くできた。個々の担当者は役割を理解して動いていた」と釜石市での訓練を評価。課題としては、▽全体像のタイムラインを作成していないため、(刻々と変化する事態に)先行した業務ができなかった▽テロだけでなく、豪雨、津波災害にも対応できる体制にグレードアップを▽見積もり、確認の質を高め、どんなことにも対応できるようにする―などを挙げた。

 

評価者の越野さん(左から2人目)が各部門の動きを注視

評価者の越野さん(左から2人目)が各部門の動きを注視

 

 市の佐々木亨危機管理監は「災害と今回の事態では、(国や県の)指示系統が違う。出された対処方針を実行できるようにしないと…。いろいろ課題はあったが、その解決に向けて、さらに検討したい」と語った。

 

 野田市長は「担当職員は初めての経験にも基礎的な理解は得たようだ。(訓練での)混乱の中、東日本大震災の教訓を思った。犠牲者を出さないよう、訓練に参加させていない職員にも危機意識を広める必要がある」と課題を見据えた。

 

(復興釜石新聞 2017年1月21日発行 第556号より)

 

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危機対応について意見を出し合うシンポジウム

釜石の体験、世界に生かそう〜東京大学釜石カレッジ、希望のシンポジウム

危機対応について意見を出し合うシンポジウム

危機対応について意見を出し合うシンポジウム

 

 釜石市と東京大学社会科学研究所(大沢眞理所長)が危機対応研究の覚書を締結したことを受けた東京大学釜石カレッジ「危機対応学シンポジウム」は14日、大町の釜石PITで開かれた。市内で漁業の復活や農業振興、地域コミュニティーづくりなどに取り組む団体や行政の関係者6人が活動内容を紹介。聴講した市民ら約90人も巻き込みながら危機やピンチの捉え方、これからの希望について意見を出し合い、危機対応学という新たな視点への考えを深めた。

 

 同研究所の玄田有史教授が「釜石と希望学のこれから―『危機対応学』始めます」と題して趣旨を説明した。危機は予測したり管理したりできないが、対応することはできると強調した上で、「将来に一切の危機のない世界を想定するのは難しい。今後起こり得る危機に何とか対応できるという見通しや手応えの得られる社会に希望は生まれるはず。危険(リスク)を機会(チャンス)に換える力を持とう」と呼び掛け。東大の危機対応の研究と釜石の人たちが経験してきた危機対応にまつわる話がつながった時に生み出されるものへの期待感を示し、「釜石の数々の危機対応の経験を全国と世界が必要としている」と意義を語った。

 

 シンポジウムでは6人が▽日ごろの活動を象徴▽活動の中の危機やピンチ▽これからの希望を表現―する3枚の写真を紹介しながら意見を交わした。ネクスト釜石の君ケ洞剛一さんは「個性で貢献」とのタイトルで水産業の展望を紹介。仮設住宅でのイベント開催や高校生のボランティア活動のサポート、農業などの後継者不足解消への取り組みなど報告のほか、海を生かした観光の再生への思いを語る人もいた。

 

 市内で子どもの居場所づくりなどに取り組む一般社団法人三陸ひとつなぎ自然学校の柏﨑未来さんはピンチと感じたとき、「ピンチはチャンス、チャンスはチャレンジ、チャレンジはチェンジ」という自身のお気に入り曲のフレーズを何度もつぶやき、「ピンチがあれば次の自分に変われる」と意識することで危機を乗り越えていると紹介。子どもたちの笑顔があふれる1枚を未来への希望として挙げ、「生き生きした釜石になることが夢。震災後、愛着を持って釜石に住もうという子が増えてきているのが誇り。将来の釜石を背負っていく子どもたちに、前向きな背中を見せていきたい」と活動への意欲を話した。

 

(復興釜石新聞 2016年11月19日発行 第539号より)

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東京大学社会学研究所
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覚書を取り交わす野田市長(左)と大沢所長(中)。震災の経験を将来に生かす研究を協働で進める

釜石市と東京大学社会科学研究所、研究センター開設へ〜提言まとめ全国に発信、危機対応へ覚書締結

覚書を取り交わす野田市長(左)と大沢所長(中)。震災の経験を将来に生かす研究を協働で進める

覚書を取り交わす野田市長(左)と大沢所長(中)。震災の経験を将来に生かす研究を協働で進める

 

 釜石市は東京大学社会科学研究所(東京都文京区、大沢眞理所長)と協働で災害などの危機に適切に対応するための方策を研究することにし、14日、危機対応研究センター開設に関する覚書を締結した。同研究所は震災前から釜石でさまざまな調査を続けており、その発展形として震災による津波の記憶継承と危機対応を将来に生かすための調査研究を実施。これを踏まえた提言をまとめて全国に発信する。

 

 締結式は釜石市役所で行われ、市側は野田武則市長、市議会の佐々木義昭議長ら、東京大側は大沢所長らが出席し、覚書を取り交わした。

 

 覚書によると、同日付で同研究所に危機対応研究センターを開設し、市は役所内にセンターの連絡拠点を設置。▽釜石を含めた三陸地域の震災対応に関する調査研究の実施▽調査研究の成果に基づく危機対応に対する提言▽セミナーや講演会の開催―などに協働で取り組む。期間は2020年3月末まで。センター長に同研究所の玄田有史教授、副センター長には中村尚史教授と市総合政策課の佐々木勝課長が就く予定となっている。

 

 同研究所は震災前の2006年から釜石で希望と社会の関係を考える「希望学」を研究。震災後の2012年からはまちづくりや産業の復興を支える人材づくりのため、教授らが講師となって市民向けの連続講座などを開いてきた。

 

 今回のセンター開設で、社会に発生するさまざまな危機のメカニズムと対応策を社会科学の観点から考察する「危機対応学」の研究が釜石で新たにスタート。大沢所長は「大学や研究機関がつくったものを単に渡すのでなく、地域に住む人と一緒に知識や知恵を生み出す『共創』を進めていきたい」と述べ、玄田教授は「危機が迫った時や予想外の事態が起こった時の行動など人に着目して調査研究し、問題の解決策を見いだしていければ。危機対応学は希望学の発展形と考え、震災後にいただいた釜石の経験や教訓などを地域の皆さんと掘り下げていきたい」と意欲を語った。

 

 野田市長は「連携を深めながら取り組み、釜石だけでなく三陸の復興につなげたい」と期待した。

 

(復興釜石新聞 2016年11月19日発行 第539号より)

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休日と重なった避難訓練でも大津波被災地の住民は幅広い年代が参加した

国連「津波の日」に避難訓練、釜石市では2000人余りが参加〜5年前を思い、備え共有

休日と重なった避難訓練でも大津波被災地の住民は幅広い年代が参加した

休日と重なった避難訓練でも大津波被災地の住民は幅広い年代が参加した=5日、釜石小

 

 国連が昨年創設し、初めて迎えた「世界津波の日」に合わせて5日、釜石市で避難訓練や啓発イベントが行われた。訓練は午後1時から行われ、市は釜石大槌地区行政事務組合消防本部へ災害対策本部を設置。初動対応などを訓練し、万一の際の情報収集、関係機関への情報伝達、避難者の支援体制などを確認した。参加者は市職員が配置された22カ所の指定避難所などで約1300人に上り、任意の避難所を合わせると2千人を超したと推定される。

 

 5日は国の「津波防災の日」でもあり、同日の訓練は昨年に続き2回目。「岩手県沖を震源とする地震で、釜石は震度5強を観測。本県沿岸に大津波警報が発表」との想定で訓練が行われた。

 

 東部地区で最大の避難所となる釜石小には、大渡町を中心に77人が避難した。階段を上る87歳の女性は家族に支えられ、途中で休みながら、ようやく到着した。避難所の運営にかかわる地元町内会の荻野哲郎会長ら役員と市職員は避難者を体育館に誘導、名簿作りに着手した。

 

 避難所の運営スタッフは東日本大震災での経験などをもとに、校庭・校舎・体育館の模式図に部屋割りを書き込んだ。心身の健康管理と衛生の維持、必要最小限のプライバシー確保、外国人のスペース、男女の更衣室設置、ペットの居場所などを再確認。震災時、町内会などの避難所運営では、避難者自身の協力、学校教職員の児童対応などもあって大きな混乱はなかった。

 

 避難した住民は、避難の基本認識のほか、消防による救助活動には限界があることなど、釜石消防署の講話に耳を傾けた。搬送体験では、体重約65キロの男性を女性2人、あるいは4人で抱えた。意識のない人の体は重く、50代の女性は「4人でも長い距離を運ぶのは無理。むしろ背負ったほうが楽のよう」と感覚を話した。

 

 視覚障害者の体験も行われた。釜石小4年の小村涼佑君も白杖を持ち、母親と交互に体験。「一人で動くのだったら、本当に怖かっただろう。お母さんには、状況をよく伝えるようにした」と話した。

 

 津波で只越町の自宅を流失した女性(74)は、旧釜石中体育館に避難した。甲子町の仮設住宅で5年余りを過ごし、現在は大渡町に新築した自宅に住む。「学校までの階段はきつかった。いざとなったら、もっと速く上れるのでしょう」。5年前の経験を生かし、小さな非常持ち出し袋には常備薬、水、肌着、水のいらないシャンプーを入れていた。

 

(復興釜石新聞 2016年11月9日発行 第536号より)

 

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「石割桜」の子孫木を記念植樹する野田武則市長ら

震災の教訓 後世につなぐ、グリーンベルトに桜植樹〜避難路 防災と緑地機能を併せ持つ、グリーンベルトに桜植樹

市内外から集まった植樹会の参加者。「未来の釜石を桜の里に」と協力し合って作業に励んだ

市内外から集まった植樹会の参加者。「未来の釜石を桜の里に」と協力し合って作業に励んだ

 

 東日本大震災の津波で被災した釜石港周辺に築造される盛り土避難路「グリーンベルト」のうち、造成が完了した港町エリアに22日、桜の木が植えられた。釜石市と「釜石に桜を植える会」(中川淳会長、17人)が植樹会を開き、市内外から約100人が参加。震災犠牲者の鎮魂とまちの復興を願い全国から寄付された、さまざまな種類の桜の木74本を芝生の斜面などに植えた。防災と緑地機能を併せ持つ避難路が、震災の教訓を後世につなぐ。

 

 野田武則市長は「この場所を津波避難や日常的な散策に活用し、津波の恐ろしさも忘れない場にしてほしい」とあいさつ。代表が、国の天然記念物に指定されている福島県三春町の「三春の滝桜」(ベニシダレザクラ)、岐阜県本巣市の「根尾谷淡墨(うすずみ)桜」(エドヒガンザクラ)、盛岡市の「石割桜」(同)の子孫木を記念植樹した。

 

 セレモニーの後、参加者は手分けして植樹。記念植樹した3種のほか、オオシマザクラやヤエザクラなど合わせて約7種類を植えた。鈴子町の高橋光子さん(69)は「桜の木が四季折々の風情を見せる姿を思い描きながら植えた。子どものように成長を見守っていけたら。毎年、見に訪れる楽しみが増えた」と、新たに市民の憩いの場ができることを喜んだ。

 

「石割桜」の子孫木を記念植樹する野田武則市長ら

「石割桜」の子孫木を記念植樹する野田武則市長ら

 

 グリーンベルトは、港湾労働者や港周辺に居る人が津波発生時に、いち早く高台の避難場所まで安全に避難できるようにする盛り土緑地。港町から浜町まで延長750メートル、最大幅約60メートル、高さ8~12メートルの整備を計画し、沖の湾口防波堤、港の防潮堤と合わせ3重の防御壁で市東部地区への津波の浸入を低減する効果も期待する。2018年10月の事業完了を目指し、今後、工事が進められるエリアにも桜を植樹する予定。

 

 13年に発足した「釜石に桜を植える会」は復興のシンボルとして桜を植え、未来への遺産とすることを目的に活動してきた。全国から多くの苗木や支援金が寄せられ、これまでに市内の津波被災地区や老人福祉施設、公園などに約140本を植えた。市にも桜を含む樹木が多数寄付されており、復興工事の進展に合わせ、両者の連携による植樹が本格的に始まった。この日は、桜の提供に協力した北海道や青森、栃木県など遠隔地の支援者も駆け付け、作業に加わった。

 

 千葉県市原市の光福寺住職、山本隆真さん(59)と同長南町の長久寺住職、月﨑了浄さん(55)は、日蓮宗千葉県西部宗務所による東北被災地の慰霊巡行で釜石を訪れた際、同会の活動を知った。その後、同宗務所が中心となり地元で桜を寄付するための募金活動を展開。茂原市の大型ショッピングセンターも活動に協力し、各地の市民から寄せられた善意は、750本分もの桜購入費用に生かされた。2人は「みんなが笑顔で集えるような場所になれば」と作業に汗を流し、「千葉に戻ったら協力者に報告し、今後の植樹作業への支援なども検討したい」と話した。

 

 同会の芝崎惠應事務局長は支援の広がりに感謝し、「桜を植えた場所が悲しみを減らす安らぎの場所になってくれれば」と願った。

 

 植樹は23日も行われ、大町の薬師公園斜面と宅地造成が進む鵜住居町根浜地区の山側高台にも桜が植えられた。市は先ごろ、植樹場所や本数などを検討する委員会「桜プロジェクト」も立ち上げており、植える会と協働で植樹を進めていくことにしている。

 

(復興釜石新聞 2016年10月26日発行 第532号より)

 

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細かく復元された模型を指さしながら学生に建物の名称などを教える住民たち

失われた街並み 模型で再現、鵜住居・片岸地区〜ふるさとの記憶をたどる、28日までワークショップ

細かく復元された模型を指さしながら学生に建物の名称などを教える住民たち

細かく復元された模型を指さしながら学生に建物の名称などを教える住民たち

 

 東日本大震災の津波で失われたまちを模型で復元する「記憶の街ワークショップin鵜住居」(鵜住居地区復興まちづくり協議会、神戸大震災復興支援プラットホーム主催)が、22日から釜石市鵜住居町の旧南三陸国道事務所大ホールで始まった。震災前の街並みを復元した白い模型に、訪れた住民に色を塗ってもらい、自宅や思い出の場所に旗を立ててもらい、記憶の街を再現。ワークショップは28日まで行われ、主催者は「街の記憶を残したい。皆さんの心に残るふるさとの思い出を聞かせてほしい」と参加を呼び掛ける。

 

 神戸大槻橋修研究室を中心に、全国の建築関連学生が連携して進める「失われた街」模型復元プロジェクトの取り組みの一つ。今回の鵜住居町、片岸町の模型は同研究室の学生らが製作した。両町内を24ブロックに分け、500分の1の縮尺模型(1メートル×1メートル)で再現。現地写真やグーグルの空撮画像、地図などから建物の高さや道路の位置など情報を集め、白い発泡スチロールで震災前の街並みを形作った。

 

 ワークショップでは、学生が住民から企業や商店、個人宅の名称、どんな思い出がある場所かなどを聞き取り、5色の半透明の旗に記入して模型に立てていく。「青」は家や店などの名称、「黄」は個人の思い出、「緑」は自然など環境、「赤」は震災の記憶、「紫」は祭りなど伝統や歴史に関わること。旗を色分けすることで、そこが住民にとってどんな場所だったかが、より分かりやすくなっている。

 

 「ここで買い物した」「こっから北は昔全部田んぼ。冬はスケートして遊んだ」「ここで小学校の解剖で使うカエルをとった」。復元模型を前に住民たちの声が弾む。自宅の模型を着色しながら「何回も自分で屋根の色塗ったな」とつぶやく人も。記憶を手繰りながら模型を作り上げていった。

 

 町内の仮設住宅で暮らす菊池章夫さん(69)は「記憶を呼び起こすことができて良かった。知っている人もいて、懐かしさもある。あれこれやりとりが楽しい」と、模型に次々と記憶をプラス。元の場所に自宅を再建する予定で、造成工事の完成を心待ちにする。「人が戻ってくるか」と不安もにじませた。

 

 神戸大工学部建築学科4年、槻橋研究室の岡実侑さん(22)は「模型があると思い出しやすいし、話も弾む。忘れていた記憶が呼び起こされて喜ぶ人たちを見て感動した。少しでも記憶を残す手伝いができれば」と話した。

 

 ワークショップの会場となる旧南三陸国道事務所は、ホーマック鵜住居店向かいにあるプレハブの建物。昼の部が午前10時~午後4時、夜の部は午後6時〜8時。最終日は昼の部のみ開く。参加は無料。24ブロックの模型は常時展示しており、自由に閲覧できる。

 

(復興釜石新聞 2016年9月24日発行 第523号より)

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教訓集「未来の命を守るために」証言・記録集「伝えたい3.11の記憶」

教訓集「未来の命を守るために」証言・記録集「伝えたい3.11の記憶」

教訓集「未来の命を守るために」証言・記録集「伝えたい3.11の記憶」

 

東日本大震災 釜石市教訓集「未来の命を守るために」(3,992 KB pdfファイル)
東日本大震災 釜石市証言・記録集「伝えたい3.11の記憶」(11,472 KB pdfファイル)
※印刷する場合、「右とじ」の原稿となりますので、ご注意ください。

 

1 概要

 
釜石市では、平成23年度以降、東日本大震災に関わる検証委員会を開催して、震災対応の課題、教訓の取りまとめを行い、合計6編の検証報告書を作成しました。

 

これらの検証成果及び市民の証言をもとに、市民向けの「教訓集」及び「証言・記録集」を取りまとめました。

 

2 内容

 

(1)東日本大震災 釜石市教訓集「未来の命を守るために」(43頁)

○教訓は、4つの柱と、18の教訓から構成されています。津波からいのちを守る、つなぐ、備え、震災を未来に伝える大切さを掲げています。

 

1 命を守るための行動
いざというときは想定にとらわれず、最善を尽くせ。率先避難者たれ。
揺れたら、ただちに高台へ避難/避難は「徒歩」が原則/逃げるときは「声かけ」しながら/子どもを学校へ迎えに行かない/避難したら、絶対に戻らない/「命てんでんこ」で行動する

 

2 避難生活で命をつなぐ
津波から逃れても、長期避難生活が待っている。命をつなぐために、必要なものを備えておく。
避難所運営はみんなの手で/情報収集・伝達の確保に最善を尽くす/家庭・地域で備蓄(食料・水など)を進める/「お薬手帳」は命の手帳

 

3 命を守るための備え
それぞれの地域で、個別具体的に十分検討し、備え、実践を積み重ねる。
地域ぐるみで「防災教育」に取り組む/知識・経験・想定にとらわれ過ぎない/避難訓練に必ず参加する/要配慮者を守る方法を地域で考える/消防団(救助者)の安全確保に取り組む/地域で自主防災組織を作る

 

4 津波の記憶を未来へ伝える
自然の恵みを享受し、豊かな暮らしを持続させるためにいたずらに海を恐れず、十分に備え、記憶を伝えていく。
津波の教訓を地域でルール化する/釜石の「災害文化」を創る

 

○ 「未来のあなたへ 10 のメッセージ」

 

(2)東日本大震災 釜石市証言・記録集「伝えたい3.11の記憶」(55頁)

○避難行動に関わる市民の証言をもとに、震災時におかれた状況ごとに整理し「なぜ避難したのか、しなかったのか、できなかったのか」などを明らかにしたほか、震災の事実関係を整理しました。

 

被災状況(鵜住居・東部・平田・唐丹地区)/発災時の避難行動の証言(自宅、外出先、仕事先、海・沿岸)/鵜住居地区防災センター(調査報告書のまとめ)/子どもたちの避難行動(東中・鵜住居小・釜石小)/災害対策本部の対応(7日間)

 

●教訓集の配布について
教訓集は平成28年11月中に各家庭に配布します。(H28.11.1更新)
配布については、平成28年11月1日号の広報かまいしに記事を掲載しています。
11月末までに教訓集が届かない場合は、市震災検証室(☎22-2111 内線113)にお問い合わせください。
※証言・記録集は、全戸配布しません。ただし、市役所及び図書館などに閲覧用の冊子を備え付けます。

 

●出前講座のメニュー登録について
教訓集のとりまとめについては、釜石市生涯学習まちづくり出前講座のメニューに登録されております。震災の教訓を学ぶ機会として、団体・グループ単位で講座の活用をご検討願います。
詳細はこちら → 平成28年度生涯学習まちづくり出前講座

(3)東日本大震災 釜石市教訓集概要版「釜石からのメッセージ」(8頁)

○平成28年度にとりまとめた教訓集「未来の命を守るために」の内容を一部抜粋し、要約してとりまとめた概要版「釜石からのメッセージ」(日本語版・英語版)を作成しました。(H30.9.18追記)
 
東日本大震災 釜石市教訓集概要版「釜石からのメッセージ」(1,181 KB pdfファイル)
The summary of lessons learned from Great East Japan Earthquake and Tsunami, “Messages from Kamaishi”(1,878 KB pdfファイル)
※印刷する場合、「左とじ」の原稿となります。

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 教育委員会 生涯学習文化課 生涯学習係
〒026-0031 岩手県釜石市鈴子町15番2号
電話:0193-22-8835 / 0193-22-3633 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2018091800049/
釜石市

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釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
神事の後、救命艇を海に運ぶ関係者。開校式に続き、さっそくスクールの講習がスタートした

復興支援の救命艇 根浜で進水、スクール開校 水難救助技術向上へ〜便利なコンテナ格納型、英国人が中心となり開発

神事の後、救命艇を海に運ぶ関係者。開校式に続き、さっそくスクールの講習がスタートした

神事の後、救命艇を海に運ぶ関係者。開校式に続き、さっそくスクールの講習がスタートした

 

 東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた釜石市鵜住居町根浜で18日、新たに導入された救命艇による水難救助のスクールが開校した。コンテナ格納型の救命艇は、復興支援活動で釜石を訪れた英国・ウェールズのロビン・ジェンキンスさん(ロンドン芸術大講師)が中心となり開発。根浜での活用をモデルに、日本の水難救助技術向上の一翼として貢献したい考えだ。

 

 同スクールは、救命艇を贈られた一般社団法人根浜MIND(岩崎昭子理事長)とジェンキンスさんが代表を務めるNGO「アトランティック パシフィック レスキューボートプロジェクト」が主催。開校式には受講する県内外の大学生や地元関係者ら約30人が出席し、救命艇の安全を祈る神事や進水式が行われた。

 

 ジェンキンスさんは2013年12月、芸術文化による心の復興支援を行うフューチャーラボ東北実行委(東京都)の活動で来釜。根浜の惨状に心を痛め、自身がボランティアで取り組む水難救助活動を通じた支援を思い立った。地域奉仕の一環で海難救助員を養成するウェールズのアトランティックカレッジ(国際的高等教育機関)の教師、生徒らと2年をかけて救命艇を製作。今回のスクールには、製作に携わり訓練を積んでクルー資格を取得した5人も指導者として参加している。

 

ジェンキンスさん(後列右から3人目)ら開校式の出席者

ジェンキンスさん(後列右から3人目)ら開校式の出席者

 

 救命艇は、強固な素材を用いた全長4・8メートル、幅1・8メートルのゴムボート。動力付きでエンジン込みの全重量は230キロ、乗員3人での最高速度は26ノット。艇庫となるコンテナは長さ12・5メートル、高さ、幅ともに2・7メートル。内部には乗組員が装備を整えるスペースもある。コンテナは、フィッシャリーナの復興工事終了後、防潮堤に隣接して据え付けられる予定。

 

 根浜MINDの三浦勝理事(釜石ヨットクラブ会長)は「緊急時の救命活動はもちろん、トライアスロンやヨット大会での救助支援体制にも活用したい。根浜を先駆けに他の水域にも広げていければ」と将来を見据える。

 

 スクールの訓練は、150年の歴史を誇るイギリス王立救命艇協会の救助法を基に実施。19日まで初級・中級コースの指導が行われ、22~26日まで消防職員などを対象としたプロフェッショナルコースが開講する。

 

 ジェンキンスさんは「24時間対応できるアクティブなボートになることを願う。スクールの期間中、皆さんと話し合いを重ね、継続的な使われ方、訓練体制を模索していきたい」と話した。

 

(復興釜石新聞 2016年8月20日発行 第513号より)

 

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復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

「教訓集」「証言・記録集」を野田市長に手渡す越野・震災検証委員会委員長(右)

震災「教訓集」完成、全戸配布へ、「悲劇を繰り返さない」の思い込め〜激しい議論交わし、まとめる 市震災検証委 市民アンケートを基に作成

「教訓集」「証言・記録集」を野田市長に手渡す越野・震災検証委員会委員長(右)

「教訓集」「証言・記録集」を野田市長に手渡す越野・震災検証委員会委員長(右)

 

 東日本大震災に遭遇した釜石市民の体験を基にまとめた「教訓集」と「証言・記録集」が完成し、取りまとめに当たった市震災検証委員会(委員長・越野修三岩手大客員教授)が13日、野田武則市長に報告した。二度と悲劇を繰り返してはならない―との市民の痛切な思いが込められた2冊。このうち教訓集は11月に市内全戸に配布される。「教訓に特化した冊子の完成は、全国でも初めてではないか」と越野委員長。市は「教訓が各家庭に浸透し、後世に継承されれば」と願う。

 

 「未来の命を守るために」と題した教訓集はA4判43ページ。
▽命を守るための行動
▽避難生活で命をつなぐ
▽命を守るための備え
▽津波の記憶を未来に伝える
―の4章で構成し、合わせて18の教訓を盛り込んだ。

 

 このうち「命を守るための行動」としては、
▽揺れたら、ただちに高台に避難
▽避難は「徒歩」が原則
▽逃げるときは「声かけ」しながら
▽子どもを学校に迎えに行かない
▽避難したら、絶対に戻らない
▽「命てんでんこ」で行動する
―の6つの教訓を示している。それぞれの教訓には、津波に遭遇した市民の生々しい証言が裏付けとして添えられている。

 

 2冊は、震災直後に発足した同委員会が作成した検証報告書を基に、昨年度から編集作業が進められてきた。委員会は自主防災組織や消防団、専門家ら21人で構成。市内全世帯を対象に市が行ったアンケート調査に回答した1690件の証言を基に、委員や事務局の担当者、出版社がまとめた。教訓は、いざという時の命に直結することから、一つの文言の扱いをめぐり委員らの間で激しい議論が交わされた。

 

 この日は委員ら11人が市役所を訪れ、野田武則市長に完成した冊子の見本を提出。越野委員長は「市民一人一人の思いが込められた素晴らしい教訓集ができた。これが終わりではなく、これから市民がどのように生かして行くかが課題」と話した。

 

 委員らは「感情的になることもあった。こういう形で完成し安心した」「本当にまとまるのか心配だった。完成がゴールではなく、これからが教訓を活用するスタート」などと編集の苦労を振り返った。「災害に直面した時の女性の役割の大きさを痛感させられた」という指摘もあった。

 

 教訓集を手にした野田市長は「経験した人でなければ分からない思いが形になった。各家庭の座右の書とし、家族で教訓を共有してほしい」と願った。

 

 「伝えたい3・11の記憶」と題した証言・記録集はA4判55ページ。被災状況を地区別に写真などを添えて記録したほか、震災時の避難行動や市災害対策本部の7日間の動きをまとめた。こちらは全戸配布せず、公共施設などで市民が閲覧できるようにする。

 

(復興釜石新聞 2016年7月16日発行 第504号より)

 

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