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トンボの写真を撮影する菊地利明さん=片岸公園
かつて田畑や沼地が広がり、多くの生き物が見られた釜石市片岸町の防潮堤内側エリア。2011年の東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受け、その生息地が失われたが、環境整備が進んだ近年、さまざまな生き物が戻りつつある。昨年完成した沼地を有する片岸公園では今、多種多様なトンボが飛び交い、愛好家を魅了する。同市出身で、甲子町在住のアマチュアトンボ写真家、菊地利明さん(57)に案内してもらった。
宝石のような目玉(複眼)など、その美しさや格好良さにひかれ、子どものころからトンボを追いかけてきた菊地さん。社会人になると写真撮影も始めた。仕事で一時、釜石を離れたが、その間もトンボの“宝庫”片岸町に継続的に足を運んできた。震災前、一帯では約30種のトンボが見られたという。
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トンボを目で追い、シャッターチャンスを狙う
震災の津波は一瞬にして生息環境を奪った。「もう元には戻らないかもしれない―」。堤防が決壊し、干潟のようになった同所を目の当たりにした菊地さんは、絶望的な状況に心を痛めた。その後、復興工事が進められ、震災から10年が経過した昨年、新しい防潮堤と水門の整備が完了。鵜住居川沿いの一角には、市民の憩いの場と減災機能を兼ね備えた「片岸公園」が整備された。
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防潮堤、水門近くに整備された片岸公園。津波で堤防が決壊し、海水や砂が流れ込んだ状態(右下:11年4月撮影)からここまで復興を遂げた
トンボの幼虫(ヤゴ)は小魚やオタマジャクシなどの水生生物をえさとし、成虫はハエやカ、アブなどを食べる。生息のためには水辺と草地がある環境が必要。片岸公園はその両方を満たす生態園的役割も果たす。園内では今年、水辺の多様な植物が大きく成長。トンボの生息環境が整ってきたことで、多くの種類が目撃されている。
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片岸公園で見られるトンボ(上段/左:シオカラトンボ、右:ショウジョウトンボ、下段/左:ノシメトンボ、右:ミヤマサナエ)
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飛ぶ姿も魅力!飛翔能力が高い「ギンヤンマ」。右下は個体確認のため一時捕獲したオス
ここでトンボが飛ぶ姿を見られるのは5~11月ごろ。種類によってピーク時期が異なり、今はギンヤンマ、シオカラトンボ、ショウジョウトンボ、アキアカネ―などが見られる。菊地さん一番のお薦めは、複眼と腹部斑紋の青色が美しい「マダラヤンマ」(国の準絶滅危惧種、本県レッドデータブックBランク=絶滅の危機が増大している)。羽の付け根がオレンジ色の「ネキトンボ」は元々、東北以南に分布するが、「ここ数年で岩手県内でも見られるようになった。地球温暖化の影響なのか、北へ生息域を広げてきている」と注目する。
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菊地さんイチオシ!「マダラヤンマ」。腹部の青色の繊細なまだら模様が目を引く
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羽の付け根のオレンジ色、腹部の赤が鮮やかな「ネキトンボ」
今シーズン、菊地さんが同公園とその周辺で目撃しているトンボは約20種。大型種の「オオルリボシヤンマ」、震災前にも見たことがなかったという「チョウトンボ」「ミヤマサナエ」も見ることができた。トンボは水辺を求め遠くまで飛ぶこともあり、これまで見られなかった種を“飛来”という形で見ることもあるという。
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上段/左:タイリクアカネ、右:ナツアカネ、下段/左:交尾するアジアイトトンボ(前がオス)、右:セスジイトトンボ
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遊歩道からトンボを探す菊地さん
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震災から11年が経過し、トンボの生息に必要な環境がそろった
再び、この場所でトンボが見られるようになったことを喜ぶ菊地さん。「公園はできたばかり。さらに環境が安定していけば、他から飛んできたトンボがすみつく可能性もある。いろいろな種類が増えていけば」と期待。遊歩道が整備され、観察しやすい環境となったことも歓迎し、「よく見るときれいなトンボがたくさんいる。散歩がてらゆっくり観察してみては。トンボは益虫で昔から人間の役に立ってきた。“勝ち虫”といわれ、日本人の歴史とも関わりが深いトンボにぜひ親しんでほしい」と話す。
※記事中トンボ写真=菊地利明さん提供