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第4回 てっと寄席

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『第4回 てっと寄席』
数々の賞を受賞する古典落語の第一人者古今亭菊之丞と古今亭志ん五の真打二人に加え、二ツ目古今亭雛菊、伝統の動物ものまね江戸家猫八が出演する本格寄席公演。TETTOで大笑い!
 

第4回 てっと寄席 – 釜石市民ホールTETTO 公式サイト
 
ご来場される皆様へ【ご協力お願い】
・発熱や体調不良時には来館や来場をお控えください。
・施設内でのマスク着用は個人の判断となります。混雑時や継続的な発声を伴う公演等、必要に応じて着用してください。
・施設内での咳エチケットや手洗いの励行を推奨します。

日時

2024年3月23日(土)14:00〜15:30(開場13:30)

会場

釜石市民ホールTETTO ホールA

出演

古今亭菊之丞 Kokontei Kikunojo(落語)
<芸歴>
1991(平成3)年3月 千葉県立国分高校卒業
1991(平成3)年5月 古今亭圓菊に入門
1991(平成3)年7月 前座となる 前座名「菊之丞」
1994(平成6)年11月 二ツ目昇進
2003(平成15)年9月 真打昇進
2020(令和2)年 落語協会理事に就任
<受賞歴>
1998(平成10)年2月 北とぴあ若手落語家競演会北とぴあ大賞
2001(平成13)年11月 市川市民文化賞奨励賞
2002(平成14)年 NHK新人演芸大賞落語部門大賞
2008(平成20)年6月 平成19年度 国立演芸場花形演芸会金賞
2009(平成21)年6月 平成20年度 国立演芸場花形演芸会金賞
2011(平成23)年6月 平成22年度 国立演芸場花形演芸会金賞
2013(平成25)年3月 平成24年度 第63回芸術選奨 文部科学大臣新人賞(大衆芸能)
2013(平成25)年11月 第5回落語協会大喜利王選手権優勝 第五代落語協会大喜利王
2017(平成29)年2月 平成28年度 第71回 芸術祭賞 優秀賞受賞
 
古今亭志ん五 Kokontei Shingo(落語)
<芸歴>
1998(平成10)年3月 立正大学法学部卒業
2003(平成15)年 幾つかの職業を経て古今亭志ん五に入門 前座名「章五」
2006(平成18)年11月 二ツ目昇進 「古今亭志ん八」を襲名
2010(平成22)年 古今亭志ん五没後、古今亭志ん橋門下となる
2017(平成29)年9月21日 真打昇進 「二代目 古今亭志ん五」を襲名
<受賞歴>
2008(平成20)年 さがみはら若手落語選手権 決勝進出
2010(平成22)年 TENプレゼンツ大ネタ10分バトル 優勝
2019(平成31)年1月 平成30年度 国立演芸場「花形演芸大賞」銀賞
2020(令和2)年3月 令和元年度 国立演芸場「花形演芸大賞」金賞
2022(令和4)年3月 令和3年度 国立演芸場「花形演芸大賞」金賞
 
古今亭雛菊 Kokontei Hinagiku(落語)
<芸歴>
2017(平成29)年4月1日 古今亭菊之丞に入門
2018(平成30)年3月21日 前座となる 前座名「まめ菊」
2022(令和4)年5月21日 二ツ目昇進 「雛菊」と改名
 
江戸家猫八 Edoya Nekohachi(動物ものまね)
<芸歴>
2009(平成21)年 父、四代目猫八に入門
2011(平成23)年 二代目「江戸家小猫」を襲名
2012(平成24)年11月 落語協会に入会
2023(令和5)年3月21日  五代目「江戸家猫八」を襲名
<受賞歴>
2017(平成29)年3月 平成28年度 国立演芸場「花形演芸大賞」銀賞
2018(平成30)年3月 平成29年度 国立演芸場「花形演芸大賞」金賞
2019(平成31)年3月 平成30年度 国立演芸場「花形演芸大賞」大賞
2020(令和2)年 第9回 噺家の手ぬぐい大賞
2020(令和2)年 第36回浅草芸能大賞新人賞
2020(令和2)年 令和元年度(第70回)芸術選奨 文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)
2021(令和3)年 第10回 噺家の手ぬぐい大賞

料金

全席自由 一般:2,000円 高校生以下:1,000円 当日各500円増
 
◎割引 各20%引/各割引チケットはTETTOのみ取扱い
友の会:会員証提示で2枚まで割引
まとめ買い:10枚以上同時購入で割引
シルバー:65歳以上証明書提示で一般チケット1枚まで割引
親子セット券:一般と高校生以下の1セットで割引
 
※未就学児入場不可。多目的鑑賞室有(要申込)
※前売券が完売の場合、当日券の販売はありません。

プレイガイド

前売券販売中
プレイガイド窓口
【釜石】釜石市民ホール、イオンスーパーセンター釜石店
【大槌】シーサイドタウンマスト
【大船渡】サン・リア、リアスホール
【北上】さくらホール
 
電話予約
〇釜石市民ホールTETTO 0193-22-2266へお電話ください。
 
専用申込フォーム
下記QRコードまたはリンクからもお申込みいただけます。
https://forms.gle/6emE3T1kTFm2VHui6

 
〇この申込フォームからの申込可能期間は、2024年2月17日(土)13:00~2024年3月22日(金) 17:00までとなります。
〇お申込いただいた後チケットが確保でき次第、登録のメールアドレスへお知らせいたします。迷惑メール設定や受信設定等のご確認をお願いいたします。お知らせは下記お問合せメールアドレスより送付いたします。
〇チケット代金のお支払いは、釜石市民ホールTETTO総合案内にて現金でお願いいたします。当日精算もできます。
★友の会、シルバー、まとめ買い、親子セット券等割引をご希望の場合は、チケット引換の際にお申し出ください。

お問い合わせ

釜石市民ホールTETTO 0193-22-2266
mail:daihyo*tetto-kamaishi.jp *を@に変えて送付お願いします

備考

【親子鑑賞室について】(要申込)
客席での鑑賞が難しいお子様連れの方に、多目的鑑賞室のご利用ができます。
[定員]約4~5名
ご利用を希望される方はホールまでお申込みください。
※客席後方3階から見下ろす形になります。予めご了承ください。
 
【駐車場について】
当ホールには、専用駐車場がございません。車でご来場の際は、市営大町駐車場など近隣の有料駐車場をご利用くださいますようお願いいたします。
 
【大町駐車場割引券サービス】
公演当日、ホール総合案内にチケットと大町駐車場券を提示いただくと、駐車1時間サービス券を2枚進呈いたします。ぜひご利用ください。

主催等

【主催】釜石市民ホール
【共催】釜石市
【後援】釜石市教育委員会、岩手日報社
【協力】一般社団法人 落語協会
 

釜石市民ホール TETTO

釜石市民ホール TETTO

問い合わせ: TEL 0193-22-2266 / FAX 0193-22-3809 / 公式サイト
〒026-0024 岩手県釜石市大町1-1-9

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広報かまいし2024年3月15日号(No.1828)

広報かまいし2024年3月15日号(No.1828)
 

広報かまいし2024年3月15日号(No.1828)

広報かまいし2024年3月15日号(No.1828)

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【P1】
表紙

【P2-3】
特集 犠牲を出さないために今できる備えを万全に

【P4-5】
イベント案内 
こどもはぐくみ通信

【P6-7】
市民のひろば
まちの話題

【P8】
生涯学習広報紙 まなびぃ釜石

【P9-11】
まちのお知らせ

【P12-13】
保健案内板・保健だより

【P14】
市民百景

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 広聴広報課 広聴広報係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8419 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2024031400026/
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釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
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3.11にささぐ― 釜石SW今季初勝利 九州に28-11 被災跡地ホームうのスタで3947人大声援

大観衆の中、行われた釜石SW(赤)対九州KV(青)の試合=10日、釜石鵜住居復興スタジアム

大観衆の中、行われた釜石SW(赤)対九州KV(青)の試合=10日、釜石鵜住居復興スタジアム

 
 NTTジャパンラグビーリーグワン2部の日本製鉄釜石シーウェイブス(SW)は10日、釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムで九州電力キューデンヴォルテクスと対戦。28-11(前半13-8)で今季初の勝利をもぎとった。翌日は東日本大震災から13年となる日―。被災した小・中学校跡地に建てられたスタジアムで、チームは常に「自分たちがここで戦う意義」を意識し続けてきた。選手たちの思いが体現された特別な勝利に大勢の釜石ファンが沸いた。次の試合は17日。3日に雪の影響で中止された、第7節対NECグリーンロケッツ東葛戦が同スタジアムで行われる。
 
 日本製鉄がマッチスポンサーとなったこの日の試合は全席無料招待。同スタジアムでの釜石戦最多の3947人が来場し、両チームに声援を送った。前半は九州が先制。釜石は22分、SO落和史がPGを決め波に乗ると、ゲームキャプテンのナンバー8サム・ヘンウッドが26、32分と立て続けにトライ。素早いパス、クイックスローなどの的確な判断で、しっかりと得点に結びつけた。13-8、釜石5点リードで前半を折り返した。
 
3947人が来場。大漁旗や来場者にプレゼントされた赤いミニフラッグが揺れる。試合前には震災犠牲者に黙とうがささげられた(写真右下)

3947人が来場。大漁旗や来場者にプレゼントされた赤いミニフラッグが揺れる。試合前には震災犠牲者に黙とうがささげられた(写真右下)

 
前半26分、ナンバー8サム・ヘンウッドが右サイドを抜け初トライ。仲間の祝福を受ける

前半26分、ナンバー8サム・ヘンウッドが右サイドを抜け初トライ。仲間の祝福を受ける

 
前半32分、ヘンウッドがこの日2本目のトライ。客席に大歓声が響く。クイックスローでパスを出したWTBヘンリージェイミーも喜びの笑顔(写真下段右)

前半32分、ヘンウッドがこの日2本目のトライ。客席に大歓声が響く。クイックスローでパスを出したWTBヘンリージェイミーも喜びの笑顔(写真下段右)

 
 後半も相手にプレッシャーを与えながら果敢に攻め込む釜石は開始3分、ゴール前でショートサイドへのパスを受けたFB中村良真が体を翻してトライ。18-8とリードを広げた。38分には敵陣10メートルライン付近から抜け出した中村が大外のWTBヘンリージェイミーにつなぎ、そのまま独走トライ。後半は相手にトライを許さず、28-11で勝ち切った。釜石のホームでの勝利は、前々季2022年5月の2部残留を決めた日野レッドドルフィンズ戦以来。
 
FW陣は押し負けないスクラムで相手にプレッシャーを与えた

FW陣は押し負けないスクラムで相手にプレッシャーを与えた

 
うのスタ特有の風に悩まされながらも3本のゴールを決めたSO落和史(写真左)。体を張って前へ前へ進む釜石の選手ら(同右)

うのスタ特有の風に悩まされながらも3本のゴールを決めたSO落和史(写真左)。体を張って前へ前へ進む釜石の選手ら(同右)

 
後半38分、FB中村良真(写真左下枠内)のロングパスを受けたヘンリージェイミー(右)が試合を決めるトライに持ち込んだ

後半38分、FB中村良真(写真左下枠内)のロングパスを受けたヘンリージェイミー(右)が試合を決めるトライに持ち込んだ

 
 試合後、釜石の須田康夫ヘッドコーチ(HC)は「やってきたことをパーフェクトに近い内容で遂行できた。自分たちの強みを一番出せる形、得意な分野を自信を持ってやるという仕組みが機能した」と勝因を説明。トレーニングでこだわってきたのはブレイクダウンでの圧力。「強いプレーを常に選択し、前に出続けて勝負サイドを攻略する」。仕切り直しとなる次のGR東葛戦も「自分たちの力が試されるゲームになる」と気を引き締めた。
 
 ゲームキャプテンのサム・ヘンウッド選手は「今まで見た中で最高のパフォーマンスだった。チームをすごく誇りに思う」と胸を張った。釜石でプレーして4年目。毎年、同震災について学ぶ中で「聞けば聞くほど釜石という地域に親近感を持ち、(3月11日が)どれだけ大事な日かが分かる。受け取った思いがパフォーマンスにもつながっている」と話した。
 
今季初勝利に顔をほころばせる釜石の選手ら

今季初勝利に顔をほころばせる釜石の選手ら

 
勝利した選手をたたえるバックスタンド席の観客

勝利した選手をたたえるバックスタンド席の観客

 
試合後、客席に手を振り、応援への感謝の気持ちを表す選手ら

試合後、客席に手を振り、応援への感謝の気持ちを表す選手ら

 
 釜石SWは10日の試合を終え、1勝6敗勝ち点6で最下位。レギュラーシーズンは残り3試合。10日の震災復興祈念試合で見せた勝利への執念を次につなぎ、「最後まであきらめない釜石ラグビー」を見せてくれることを多くのファンが待ち望む。
 

10日のうのスタ 各種企画で大にぎわい 新日鉄釜石V7戦士らのトークイベントも

 
新日鉄釜石ラグビー部V7戦士トークイベント=10日

新日鉄釜石ラグビー部V7戦士トークイベント=10日

 
 釜石SW対九州KV戦の会場となった釜石鵜住居復興スタジアムは、九州を含め全国各地から集まったラグビーファンでごった返した。キッチンカーなどで出店した市内外の業者によるフードコーナー、大型エア遊具やボール遊びを楽しめるキッズ広場がグラウンド周辺に開設された。1月1日に発生した能登半島地震の被災地応援コーナーも。越中の特産品などを釜石SWの選手らが販売した。
 
能登半島地震の被災地復興を応援するための物販ブース。釜石市の友好都市・富山県朝日町の協力で行われた

能登半島地震の被災地復興を応援するための物販ブース。釜石市の友好都市・富山県朝日町の協力で行われた

 
 来場者が楽しみにしていたのは、約40年前に日本選手権で7連覇を果たした新日鉄釜石ラグビー部OBによるトークイベント。森重隆さん(72)=1974~82年・CTB、和田透さん(74)=68~82年・HO、石山次郎さん(66)=76~89年・PR、金野年明さん(66)=75~87年・CTB、千田美智仁さん(65)=77~92年・LO,FL,No8が招かれた(=在籍期間・ポジション)。
 
新日鉄釜石ラグビー部OBの(左から)森重隆さん、金野年明さん、千田美智仁さん、和田透さん、石山次郎さん 

新日鉄釜石ラグビー部OBの(左から)森重隆さん、金野年明さん、千田美智仁さん、和田透さん、石山次郎さん

 
 
 当時のスクラムの強さについて石山さんは洞口孝治さん(PR)、瀬川清さん(LO)らの名前も挙げ、「力関係や方向性がかみ合って形に表れた」と説明。和田さんはFW陣が強い当たりを身に付けるため、相撲部に練習に行っていたことを明かし、「スクラムで勝てないとラグビーは勝てないという精神でやっていた。練習はかなりハードだった」と振り返った。体幹の強さに定評があった千田さんはその要因を問われると、「家業の農業で足腰が鍛えられたのかも」と推測。部ではベンチプレスなどのトレーニング器具を自分たちで作っていたという。
 
和田さん(中央)ら当時のFW陣は釜石のスクラムの強さについて話した

和田さん(中央)ら当時のFW陣は釜石のスクラムの強さについて話した

 
 正確無比のプレースキッカーとして注目された金野さんは「私の場合は間合いだけ。余計なことは一切考えず、無心で蹴るのが一番」と自身の経験を語った。森さんは当時の釜石の強さの秘密を「日本一になろうという気持ちが常にあった。『去年よりも練習しないと勝てない』と努力する姿勢。コミュニケーションがすごくとれていたのも大きい」と分析した。
 
ユーモアを交え、試合のキック秘話を語る金野さん(左から2人目) 

ユーモアを交え、試合のキック秘話を語る金野さん(左から2人目) 

 
 2019年から日本ラグビー協会会長を務め、現在は名誉会長の森さんは「野球の大谷翔平選手のような、みんなが憧れる選手が出てくれるといい」と期待。19年のラグビーワールドカップ(W杯)釜石開催誘致に尽力した石山さんは「このスタジアムがもっとラグビーでにぎわってほしい。ラグビーを通じて人の輪(和)がつながっていけば」と思いを寄せた。
 
 宮古市の山根正敬さん(66)は5人の紹介パネルに掲載された選手時代の顔写真に「当時の活躍が思い浮かぶ。今日は練習風景の裏話も聞けた。皆さんのメッセージも良かった」と大感激。釜石SWにも「1部進出を果たしてほしい」とエールを込めた。
 
往年の名選手に熱い視線を向けるトークイベントの観客

往年の名選手に熱い視線を向けるトークイベントの観客

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能登応援、相次ぐ義援金 釜石の児童生徒、浜の女性たち動く 震災の「恩返し」込め

能登半島地震の義援金を小野市長に託す「かまいし絆会議」の中学生ら

能登半島地震の義援金を小野市長に託す「かまいし絆会議」の中学生ら

 
 能登半島地震の被災地支援に役立ててもらおうと、日本赤十字社(日赤)岩手県支部釜石市地区に多くの義援金が寄せられている。市内14小中学校の児童生徒で組織する「かまいし絆会議」は各校で募金活動を展開し、釜石湾漁業協同組合平田女性部はバザー開催などでそれぞれ善意を集めた。両者の取り組みに込められているのは、東日本大震災で受けた支援への恩返し、一日も早い現地復興の願い。そして、「できることを続けたい」との思いも共通する。同地区長の小野共市長は「震災を経験した釜石の住民として皆さんの行動、心意気が誇らしい。能登のために大切に使ってもらう」と感謝する。
 
 絆会議は小学校9校、中学校5校でつくる。現在、計1700人を超える児童生徒が在籍する、市内で一番大きな団体。募金活動は冬休み明け後の1週間、各校で行った。釜石中は学区内にある商業施設イオンタウン釜石で市民にも協力を呼びかけ。そうした活動で集まったのは56万4690円に上る。
 
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生徒たちは募金活動に込めた思いを市職員らに伝えた

 
 中学校の代表5人(2年)が6日、市役所を訪問。釜石中生徒会長の山陰宗真さんが「ニュースの映像を見て、つらさを感じて心が痛んだ。釜石も全国の支援で復興に向かうことができた。集まった思いが能登の人たちが希望を持って暮らせる糧になれば」と経緯を報告した。活動で使った募金箱を持参し、大平中の生徒会副会長の佐々木栞奈さんが小野市長に詰まった思いを託した。
 
学校や地域が協力して活動に取り組んだことを報告する生徒

学校や地域が協力して活動に取り組んだことを報告する生徒

 
 釜石東中では、学区内の鵜住居小、栗林小と連携して発行する「絆通信」を使い、目的を共有して活動。東中生徒会長の小笠原早紀さんは「復興が少しでも早くなれば」と話した。唐丹中生徒会長の津田紗良さんは震災支援のお返しになるよう、能登の中学生に応援メッセージを送ったり、石川県の特産品を調べたことを紹介。甲子中生徒会長の米澤心優さんは「役に立ちたい気持ちで活動した。募金によって、復興という希望を届けられたら」と気にかけた。
 
バザーの収益などを義援金として届けた釜石湾漁協平田女性部メンバー

バザーの収益などを義援金として届けた釜石湾漁協平田女性部メンバー

 
 平田女性部は12日に届けた。市役所を訪ねたのは、高澤友子部長と中谷地万惠子副部長(ともに71)。2月11日に平田集会所で実施した「浜のかぁちゃんバザー」の益金と、会場内に設置した募金箱に寄せられた義援金を合わせた5万325円の目録を小野市長に手渡した。
 
 バザーは例年、海難遺児のための募金活動として行っていたが、今回は能登支援を目的に協力を呼びかけた。部員(29人)やその知人らが日用品、衣類、食器、エコクラフトのかごなど手作り品、ワカメなど海産物を安価で並べ、いつも以上に多い住民ら50人余りが品定めを楽しみながら「何か手助けに」との思いを寄せた。
 
「能登の皆さんに届けてほしい」と小野市長に思いを託した

「能登の皆さんに届けてほしい」と小野市長に思いを託した

 
女性部の活動を紹介する高澤部長(左)と中谷地副部長

女性部の活動を紹介する高澤部長(左)と中谷地副部長

 
 震災で自宅を失い、避難所生活をした経験がある部員もいて、中谷地副部長は「自分たちも同じ思いをしたから気持ちが分かる」と気づかう。高澤部長は女性や子どもたちのために役立ててほしいと希望。震災後、「浜の活力再生に女性の力を」と魚食普及活動にも取り組んできた。2人は部の活性化に向け、協力的に動ける体制づくりを思案中。「元気な姿を見せていければ」と顔を見合わせた。

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つなぐ「あの日」の記憶 釜石出身・2人の演劇人「忘れない」 震災題材の舞台2本立て上演

演劇で震災の記憶を伝える小笠原景子さん(左)、内沢雅彦さん

演劇で震災の記憶を伝える小笠原景子さん(左)、内沢雅彦さん

 
 東日本大震災の記憶をつなぐ舞台「あの3月11日を忘れない 一人の芝居」は8~10日、釜石市で上演された。地元の劇団もしょこむの小笠原景子さん(39)、東京の劇団黒テントの内沢雅彦さん(63)による一人芝居2演目。演劇という表現でつながる同郷の2人は、それぞれ地元ゆかりの作家が紡いだ物語やつづった言葉に思いをのせ発信した。毎年巡ってくる“あの日”をどのような日にするか。自らに問いかけ、感情をそっと抱きしめるように。観客と語り合う時間もあり、気持ちを重ねながら地域を見つめた。
 
 この公演は内沢さんが企画した。震災当時に「古里の力になれなかった」という思いを持っていたが、ある物語との出合いで「今こそ、演劇で」と背中を押され、あの日から12年となる昨年、古里公演を実現。「演じることで同郷の人、気持ちと向き合えた」と、今年も続けることにした。今回は、女性目線の震災も伝えようと、小笠原さんにオファー。会場は大只越町出身の内沢さんにとって「抱きしめたくなるような思い出が詰まった地」、青葉通り(大町)に古くからある2つの店を選んだ。
 
ジャズ喫茶タウンホールで朗読劇を披露する小笠原さん(右)

ジャズ喫茶タウンホールで朗読劇を披露する小笠原さん(右)

 
 昼、夜の部合わせて計5公演。小笠原さんは3公演を担当し、8日夜はジャズ喫茶タウンホールで約20人の観客に朗読劇「釜石の風」を届けた。原作(同名著書・コールサック社刊)は、釜石高の教諭だった照井翠さん(俳人)のエッセー。震災後に市内外の被災地を訪ね、見聞きしたこと、感じたことを記す。
 
「釜石の風」を上演する小笠原さん。言葉に感情をのせ伝える

「釜石の風」を上演する小笠原さん。言葉に感情をのせ伝える

 
 「被災地では、私達は三月を愛さないし、三月もまた私達を愛さない」。鵜住居地区防災センターの惨劇をつづったこの文章では深まる苦悩や絶望を色濃く映し出す。〽三・一一神はゐないかとても小さい――。「震災とは」という思索の中で「悲しみは薄まらないし、心の傷も癒えない」と気づかされる。
 
 だが、それだけではない。復興に向かうまちの様子、自然の営みといった希望も伝える。自然災害を「地球のリズム」と表し、太平洋戦争末期にまちを壊滅させた「釜石艦砲射撃」にも触れ、確信を込める。「幾多の悲劇を乗り越え、壊されても喪っても不死鳥のように蘇る釜石の人々。(中略)ここ釜石は、命の尊さを学び、平和を希求する者の聖地なのだ」
 
 小笠原さんは目の動きや表情、声の強弱で言葉に感情をのせた。ショパンの「雨だれ」を挿入歌として聴かせる演出も。短い文章の中に凝縮された思いに触れた観客は「震災を経験していないし、東京にいると、3・11に何か思うことはなかった。けど、いろんな感情を見せてもらった」「感情は人それぞれだが、次の悲劇が起こらないよう語り継いでいくべきだ」などと気持ちを吐き出した。
 
上演後には来場者と語り合って感情を共有、気づきを得た

上演後には来場者と語り合って感情を共有、気づきを得た

 
 「当事者がいる中で悲惨さだけを押し出したくない」と小笠原さん。この地に暮らす自身も当事者であって、今でも跡地を見たりするとフラッシュバックする。被災地で震災の記憶に触れて演じることに迷いはあるが、各地で自然災害が続く今、やはり伝えなければとも思う。「復興の過程という背中を見せていければ。移り変わる心も伝えられたら。それができるのが表現という方法の価値だと思う」と熱く語った。
 
観客でいっぱいの喫茶かりやで一人芝居を上演する内沢さん

観客でいっぱいの喫茶かりやで一人芝居を上演する内沢さん

 
 内沢さんが見せたのは、鵜住居町出身の小説家沢村鐵さんの短編「もう一人の私へ」を原作にした一人芝居。岩手県出身作家12人による震災をテーマにした短編小説集「あの日から」(岩手日報社刊)に収録されている。この作品が古里公演を決意させ、今年も演目は同じ。9日午後の喫茶かりやは、約40人の客でいっぱいになった。
 
 物語の主人公は、鵜住居町出身の作家。転機を求め郷里に戻った直後、まちは津波にのみ込まれた。偶然か、遠野市で暮らしていた母が亡くなり、葬儀のため鵜住居を離れていたことで命をつないだ。「砂漠のような」更地の光景が広がるまちで生活し続け4年。息子に手紙をしたため、そこにある思いを語りかける形で舞台は進む。
 
「もう一人の私へ」。同郷の表現者へ共感を込め演じる内沢さん

「もう一人の私へ」。同郷の表現者へ共感を込め演じる内沢さん

 
 「あの震災の記憶に触れるときに平静でなどいられない。脚色が不要どころか、悲惨すぎてぼかすことが必要な現実なのだから」「母が生きていれば自分は鵜住居にいて、津波にのまれたはず」「隣の宇宙では、海の底で死んでいる自分がいる」―。複雑な胸の内、あったかもしれない過去や並行世界(パラレルワールド)を思案しながら独白していく。
 
 小道具の手紙に書き込んだ文字を声にする。防災センターで多くの人が亡くなった。「到底『悲劇』では収まらない」。同じ町で小中学生が見せた避難行動に触れ、「この町の光と影は落差が大きすぎる。その光で影を吹き払うことはできない。あまりに濃い影だからだ」。目を赤らめ、言葉を詰まらせる内沢さん。観客の真剣なまなざしを受け、言葉を絞り出す。「奇跡も悲劇も要らなかった。できるだけたくさん生き残ってくれていたら…それでよかった」「便利で安易な言葉は本質を小さくしてしまう」。沢村さんがブログにつづった思いを紹介し、幕を閉じた。
 
上演後の触れ合いタイム。演者も来場者にも笑顔が広がる

上演後の触れ合いタイム。演者も来場者にも笑顔が広がる

 
 「災害を生き残った一人の小説家の曖昧ながらも生きていく姿勢が、震災後に『自分に何ができるか』と無力感に襲われた自分に重なった」と内沢さん。そして演じてみた。今も、これが何になるのだろうと思う時もある。「でもやるしか、語るしか、演じるしかない。毎年巡ってくる新たなその日、3月11日を古里の人たちと迎える場所ができたらいい。その日にだけ思い出すのでなく、その日に向けみんなで語り合う、そんな日になってゆくのでは」。来年もまた記憶を共有する空間をつくろうと動き出す。
 
小笠原さんと内沢さん「演劇を通じて感情を伝え合う時間を来年も」

小笠原さんと内沢さん「演劇を通じて感情を伝え合う時間を来年も」

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釜石・高橋幸信さん 満100歳に 身の回りのことは自分で「模範となる人間に」とますます意欲 

100歳を迎えた高橋幸信さん(右から2人目)。小野共市長(右)、長男邦友さん家族(左側)がお祝いに駆け付けた

100歳を迎えた高橋幸信さん(右から2人目)。小野共市長(右)、長男邦友さん家族(左側)がお祝いに駆け付けた

 
 釜石市野田町の高橋幸信さんが8日、満100歳を迎えた。ショートステイ先の鵜住居町の介護老人福祉施設・三峯の杜(齊藤敦子施設長、長期利用29人、短期同20人)で、小野共市長や施設入居者、職員からお祝いを受けた高橋さん。周囲への感謝の気持ちを表し、「ますます元気もりもりで、社会のためにいくらかでも微力を尽くしたい」と誓いを立てた。同市の100歳以上の方は高橋さんを含め25人、うち男性は2人となった。
 
 高橋さんは昨秋から月に2回、三峯の杜のショートステイを利用。今回の退所日が100歳の誕生日と重なり、施設がお祝いの会を開いた。この日は小野共市長が訪れ、市からの特別敬老祝い金(5万円)と記念品の市長直筆額入り祝い状、羽毛肌掛け布団を高橋さんに贈呈した。小野市長は郷土発展への貢献に深く感謝し、「健康に留意してますます長寿を重ね、心豊かな人生をお過ごしいただければ」と願った。
 
小野市長が揮毫した「百寿の証」祝い状を贈呈

小野市長が揮毫した「百寿の証」祝い状を贈呈

 
 高橋さんは1924(大正13)年3月8日、釜石市に生まれた。7人きょうだい(2男5女)の5番目。尋常小学校(当時)卒業後、釜石製鉄所に勤務し、付属病院の看護師だった女性と結婚。2男を授かった。55歳の定年まで勤め上げ、退職後はタクシー会社の配車係として約10年働いた。19年前に妻が他界し、今はヘルパーの力を借りて生活する。身の回りのことは自分でこなし、耳は遠くなったが、はきはきとした言動で周囲を驚かせる。製鉄所時代は弓道や軟式野球にも親しんだ。
 
 会では“虎舞好き”の高橋さんに喜んでもらえればと、各伝承団体のメンバーでもある職員4人が舞を披露。他の入居者と一緒に楽しい時間を過ごした高橋さんは、かけがえのない思い出を胸に刻んだ。たくさんのお祝いを受けた後は自らマイクを握り謝辞。「皆さんの温かい笑顔に接して、また年齢を積み重ねられるよう努力いたします。今後ともよろしく、お世話、お力添えをお願いいたします」などと自分の言葉で伝えた。
 
施設職員が虎舞を披露し祝いムードを盛り上げる

施設職員が虎舞を披露し祝いムードを盛り上げる

 
大迫力の虎舞を楽しむ高橋さん(右)。すてきな誕生日に…

大迫力の虎舞を楽しむ高橋さん(右)。すてきな誕生日に…

 
顔をほころばせながらお礼を述べる高橋さん

顔をほころばせながらお礼を述べる高橋さん

 
 この日は盛岡市に住む長男高橋邦友さん(67)、直子さん(63)夫妻と娘の香緒里さん(30)も駆け付けた。「父はとにかくマイペース。自分のことは自身でやっていきたいタイプ」と邦友さん。数年前から「100歳まで元気で健康に」が口癖だったという父の有言実行ぶりに、「ついにこの日を迎えることができた。親ながら褒めてあげたい」と喜びを共有した。
 
施設からのお酒のプレゼントは100歳の先輩入居者・植田くめさんから贈呈(右上写真)。入居者、職員からたくさんの拍手をもらった

施設からのお酒のプレゼントは100歳の先輩入居者・植田くめさんから贈呈(右上写真)。入居者、職員からたくさんの拍手をもらった

 
施設を運営する社会福祉法人岩手徳栄会齊藤裕基理事長(後列左)、齊藤敦子施設長(同右)らと記念撮影

施設を運営する社会福祉法人岩手徳栄会齊藤裕基理事長(後列左)、齊藤敦子施設長(同右)らと記念撮影

 
 「だんだん体力はなくなってくるが、脳だけは何とかね。今日は市長さんともお話して心強く感じた。あまり難しいことは考えず、皆さんのお世話をいただいて模範になるような人間でありたい」と高橋さん。好きなお酒、趣味の盆栽をたしなみながら、「日々是好日」を願う。

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教訓胸に 備え、命守る 釜石で地震・津波避難訓練 位置情報の活用で行動確認も

高台の避難場所に向かって階段を上る鵜住居地区の住民ら

高台の避難場所に向かって階段を上る鵜住居地区の住民ら

 
 「あの日も寒かった」。3月の第1日曜日、釜石市全域で行われた地震・津波避難訓練で参加者がつぶやいた言葉。13年前の東日本大震災で難を逃れた行動を思い起した様子のその人は続けた。「心配でも、戻ったらいけない」と。訓練のあった3日は、昭和三陸地震津波(1933年)から91年となった日でもある。度重なる災害の教訓をつなぎ、備えるべく、約1500人(速報値)が命を守る行動を積み重ねた。市は、デジタル技術を活用した避難行動分析の実証実験も試行。発災時の迅速な安否把握や情報収集に向け有効性を確かめた。
 
 訓練は、午前8時半に東北地方太平洋沖を震源とするマグニチュード(M)9.0の地震が発生して市内で震度6弱の揺れを観測、3分後に大津波警報が出されたとの想定。震災の津波で大きな被害を受けた鵜住居地区では、町内会ごとに市が指定する緊急避難場所などに向かった。
 
三陸鉄道鵜住居駅周辺から高台を目指して長い階段を駆け上がる

三陸鉄道鵜住居駅周辺から高台を目指して長い階段を駆け上がる

 
 三陸鉄道鵜住居駅周辺で暮らす住民ら約100人は高台の鵜住居小・釜石東中の校庭に避難した。そばの復興住宅で生活する70代男性は震災時、避難が遅れ、がれきの上で一夜を過ごした。津波で兄夫婦は帰らぬ人に。兄嫁はいったん高台に避難したものの、夫の姿が見えないと戻ってしまった。遠くを見つめてポツリ、「絶対、戻ってはいけない」。多くの支えで今があると感謝し、「助かった命、楽しく生きなければ」と前を向く。だからこそ、「やっておくことが大事」と訓練は欠かさない。この日は、数日前に降った雪がとけずに凍っていて、途中で滑って転んだという。「こういうこともある」とうなずき、ふと空を見上げた。「そういえば、あの時も寒かった。雪もちらついていたな」
 
震災の津波の高さを示すオレンジのラインより高い場所を目指して避難

震災の津波の高さを示すオレンジのラインより高い場所を目指して避難

 
より高く。緊急避難場所の校庭から拠点避難所の体育館へ移動

より高く。緊急避難場所の校庭から拠点避難所の体育館へ移動

 
 釜石東中(佃拓生校長)はこの日に合わせ部活動を行い、1、2年生の約30人が参加。体育館が拠点避難所になっていることから、鵜住居町内会(古川愛明会長、約120世帯)が実施した避難所開設訓練に協力した。千葉心菜さん(1年)は「想定にとらわれないで逃げる」のは身についているが、避難所運営は初めてで「みんなについていくのがやっと」だった。けど、段ボールベッドの作り方を覚えたのが収穫。「次は、知らない人に教えたり、率先して行動したい」と背筋をピンとした。
 
避難所設営訓練で段ボールベッドを組み立てる参加者

避難所設営訓練で段ボールベッドを組み立てる参加者

 
 近くの新川原地区内には緊急避難場所が2カ所あり、国道45号以西の住民は「本行寺奥三陸道」(三陸沿岸道路)に向かうルートを確認。支援が必要な高齢者をリヤカーに乗せて避難する訓練も行った。震災の津波で自宅が被災した八幡亘さん(47)は「1月に能登半島地震もあり、改めて人ごとではないと実感する。訓練を重ね、震災の教訓を忘れないよう意識していきたい」と気を引き締めた。この日は「かまいしワーク・ステーション広場」への避難者と合わせ、約90人が訓練に参加した。
 
新川原地区の津波緊急避難場所「本行寺奥三陸道」に向かう住民ら

新川原地区の津波緊急避難場所「本行寺奥三陸道」に向かう住民ら

 
リヤカーでの避難訓練も実施(写真上段)。この日は積雪による道路凍結(同左下)で転倒の危険があるため、三陸道上り口までの避難とした。防災備蓄倉庫は今後、三陸道脇に移転させる予定

リヤカーでの避難訓練も実施(写真上段)。この日は積雪による道路凍結(同左下)で転倒の危険があるため、三陸道上り口までの避難とした。防災備蓄倉庫は今後、三陸道脇に移転させる予定

 
 同地区は震災の津波で全世帯の約7割が被災。住民28人が犠牲になった。2022年に県が公表した最大クラスの津波浸水想定では、さらなる浸水域の拡大が予想される。新川原町内会(147世帯)の古川幹敏会長は「高齢者ら避難弱者をどう助けるかが課題。徒歩避難が原則だが、屋外で1~2晩過ごさなければならない場合も考えると、駐車スペースを確保できる場所への車避難も検討の余地があるのではないか。鵜住居全体で課題を共有し、対策を講じる必要がある」と述べた。
 
 市は今回、スマートフォンの位置情報アプリを利用して市民の避難行動を分析する実証実験を初めて行った。半島部など発災直後に人員の配置が難しい地域の安否把握や情報収集手段の構築、浸水域を避けて移動するといった安全な行動の検証などが目的。大津波警報発表時に災害対策本部となる小佐野町の市立図書館にモニターを設置し、参加者の移動状況を確認した。
 
災害対策本部に設置されたモニターには市民の避難行動が映し出された

災害対策本部に設置されたモニターには市民の避難行動が映し出された

 
 ソフトバンク子会社Agoop(アグープ、東京都)と連携し、同社が提供する歩数計測アプリをインストールした約200人の位置情報を画面に表示。県が示した津波浸水想定のシミュレーションを重ね合わせ、動きを見守った。市の佐々木道弘危機管理監はリアルタイムな動きを可視化、分析するツールとして可能性、有効性に手応え。「全市民を守るためいろんな手法を積み重ね、事前防災につなげたい」と強調した。
  
 このほか、緊急避難場所(84カ所)や拠点避難場所(18カ所)に配置した職員から避難者数をオンラインで連絡する情報伝達訓練も実施。要支援者の避難方法を検討するため箱崎町白浜地区で車両を使った避難訓練や、浸水域外の中小川町内会は後方支援としての炊き出し訓練を行った。

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釜石SW第7節 雪の影響で中止の試合を17日に/3日はSMCブース、釜石高震災語り部が地元発信に力

釜石SW対GR東葛の試合開催に向け行われた雪かき作業=3日、釜石鵜住居復興スタジアム

釜石SW対GR東葛の試合開催に向け行われた雪かき作業=3日、釜石鵜住居復興スタジアム

 
 NTTジャパンラグビーリーグワン2部の日本製鉄釜石シーウェイブス(SW)は3日、釜石鵜住居復興スタジアムで第7節NECグリーンロケッツ東葛との対戦が予定されていたが、降雪の影響によるグラウンドコンディション不良のため中止となった。この日の試合は、SWのチームスポンサーで釜石市に工場があるSMC(髙田芳樹代表取締役社長、本社:東京都千代田区)のプレゼンツマッチ。試合はできなかったが、会場内に設けられた同社の出展ブースは大勢の来場者でにぎわった。SWホーム戦で継続される釜石高生の震災語り部活動もあった。チームは地元ゲームを支える全ての人々への感謝を胸に10日、同スタジアムで東日本大震災復興祈念試合(対九州電力キューデンヴォルテクス)に挑む。3日に中止された試合は17日に行われることが決まった(7日発表)。
 
 釜石SWのホームの同スタジアムは1日朝までに降り積もった雪が解けず、試合前日の2日は選手、スタッフらが夕方まで雪かき。当日は、前日夕方のSNSでの協力呼びかけに応えた一般ボランティアや相手チーム関係者らが加わり、早朝から雪かき作業に追われた。キックオフの時間を1時間遅らせ開催への準備を進めたが、午前11時時点の判断で安全が確保できないとして、試合中止が発表された。
 
両チームの選手、スタッフ、ボランティアらが雪かきに協力

両チームの選手、スタッフ、ボランティアらが雪かきに協力

 
試合開催を願い、懸命に除雪作業にあたる釜石SWの選手ら

試合開催を願い、懸命に除雪作業にあたる釜石SWの選手ら

 
100人以上の協力で芝生が見える状態にまでなったが…

100人以上の協力で芝生が見える状態にまでなったが…

 
 今季ホーム2戦目。連敗中のSWは地元での勝利を目指し練習を積んできただけに残念な結果となったが、選手らはグラウンド周辺のフードコーナーに出向き来場者と交流。新たに作成された選手個人のプロフィールなどが書かれたカード(数量限定)を自ら配り、記念撮影などでファンとの絆を深めた。
 
試合中止発表後、来場者と交流を深める釜石SWの選手ら。SWのマスコット「フライキー」も活躍(写真右下)

試合中止発表後、来場者と交流を深める釜石SWの選手ら。SWのマスコット「フライキー」も活躍(写真右下)

 
会場では選手との記念撮影も行われた

会場では選手との記念撮影も行われた

 
 SO中村良真選手は100人以上のボランティアが雪かきに協力してくれたことに「ありがたい。本当にいろいろな人に支えられているのを再認識した」と感謝の言葉。「最善の準備をしてきたので、それを発揮できなかったもどかしさはあるが、支えてくれる皆さんの気持ち、今日できなかった分の思いをしっかり背負って次戦に臨みたい」と1週間後を見据えた。チームを率いるWTB小野航大主将も「結果的に試合はできなかったが、地元の皆さんをはじめ多くの人たちのラグビーに対する熱い思いを感じる機会になった。今季はまだ勝てていないが、悪いことばかりではない。ポジティブな部分をつなぎ、次は応援してくれる皆さんに恩返しできるようにしっかり勝利する姿を見せたい」と誓った。
 
両チームの選手が並ぶと多くのファンがカメラを向けた

両チームの選手が並ぶと多くのファンがカメラを向けた

 
マッチスポンサー「SMC」の社員らも加わり記念撮影

マッチスポンサー「SMC」の社員らも加わり記念撮影

 
 ひな祭りでもあるこの日は、試合後の「ラグビーのまち釜石教室」で女性向けの体験コーナーも企画され、県内唯一の高校女子チームである花巻東高女子ラグビー部が、試合や体験教室のサポートをする予定だった。後藤渚菜主将は「やっぱり試合は見たかったですが…(仕方ない)。(地元岩手の)SWの活躍は自分たちの励みにもなっているので頑張ってほしい」とエールを送った。
 

空気圧制御機器 世界首位「SMC」が初のマッチスポンサーに うのスタ出展のブース大にぎわい

 
会社の業務や製品が紹介された「SMC」のブース

会社の業務や製品が紹介された「SMC」のブース

 
 3日の試合は、釜石SWのチームスポンサーでもあるSMCがマッチスポンサーとなった。会場内には大型の仮設ハウスが設置され、同社と遠野市のサプライヤー4社が出展。普段、一般の人は見られない業務内容を写真パネルや動画、製品などで紹介した。
 
 SMCは空気圧制御機器製造では世界首位の実績を誇り、国内6カ所の生産拠点のほか海外にも工場を持つ。本県には釜石、遠野両市に工場があり、外国人を含む約2500人が就労。釜石市では5工場が稼働する。
 
 空気圧制御機器は工場の生産ラインなどの自動化に欠かせないもので、あらゆる産業で使われるが、一般の人が目にする機会はほとんどない。今回の出展では同社の使用機材や製品を応用した体験型ブースも展開。子どもから大人まで幅広い年代が、楽しみながらその技術に触れた。
 
空気の力でペットボトルカーを走らせピンを倒すボーリングゲーム

空気の力でペットボトルカーを走らせピンを倒すボーリングゲーム

 
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真空パットを操作しボールやチョコレートをゲット!

 
SMCとサプライヤー4社のブースは終始、大勢の来場者でにぎわった

SMCとサプライヤー4社のブースは終始、大勢の来場者でにぎわった

 
 新年度、同社に入社予定の大槌高3年の生徒2人は「仕事内容を見て4月から頑張ろうという気持ちが高まった。具体的な説明が聞けたので来て良かった」と目を輝かせた。陸前高田市の平野真綾さん(28)は「日本を支えていただいてありがたい。母も働いているので、どんな仕事なのか分かって感慨深い」と喜んだ。
 
 浦島勝樹釜石工場長は「皆さん、興味を持って見てくださった。これを機に弊社の製品、会社自体の認知度も高まれば」と期待。メインの試合はできなかったが、「少しでも地域貢献につながったならうれしい」と話した。
 

釜石高「夢団」は祈念碑前で震災伝承活動 新たに4人が語り部デビュー

 
釜石高「夢団」のメンバーによる東日本大震災の伝承活動

釜石高「夢団」のメンバーによる東日本大震災の伝承活動

 
 釜石高の生徒有志による防災・震災伝承グループ「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」(60人)は3日、釜石SWのホーム戦に合わせ、同スタジアムで東日本大震災の経験や教訓を伝える語り部活動を行った。1~3年生9人が活動。生徒たちの呼び掛けに応え、来場者73人が話を聞いた。
 
 スタジアム内に建立されている震災犠牲者の鎮魂、教訓伝承のための祈念碑前で1、2年生の語り部5人が話をした。うち4人はこの日が語り部デビュー。生徒らは2月に経験者から話を聞く研修などを行い、それぞれに語り伝えたい内容をまとめて当日を迎えた。時折、雪が吹き付ける中、生徒らは自分の言葉で「命を守る大切さ」などを伝えた。
 
避難時に利用する「オリジナル安否札」も配布しながら「語り部活動」をPR

避難時に利用する「オリジナル安否札」も配布しながら「語り部活動」をPR

 
スタジアム内に建てられた祈念碑の前で震災の経験や教訓を伝えた

スタジアム内に建てられた祈念碑の前で震災の経験や教訓を伝えた

 
 震災時3歳だった政屋璃緒さん(1年)は宮古市のショッピングモールにいた時に地震に見舞われた。大きな揺れの感覚や周囲のざわつきを覚えているという。伝承活動では「いつどこで被害に遭うか分からない。常に(防災)意識を持っていてほしい」と訴える。宮古からの通学で最初に感じたのは「津波の時、どこに逃げればいいか分からなかった」こと。「普段から初めての場所に行く時は近くの高い所を探しておくといい。いざという時、心の余裕につながると思う」と話した。
 
 双子の妹とともに語り部デビューとなった佐々有寿さん(2年)は祖父の家が津波で流された。がれきの中、祖父宅に置いていたぬいぐるみを探した記憶があるという。自身の唯一の記憶と祈念碑に刻まれた「あなたも逃げて」という言葉を使い、自分の思いを伝えた佐々さん。「命を守る最善の方法は逃げること」と言葉に力を込める。この日は「お客さんの反応が見え、ちゃんと思いが伝わっているのを感じた」。
 
立ち寄った来場者(右側)は生徒らの話に熱心に耳を傾けた

立ち寄った来場者(右側)は生徒らの話に熱心に耳を傾けた

 
 同震災から11日で13年-。夢団の語り部活動はSWの次戦10日にも同スタジアムで行われる予定。生徒たちの思いを現地でじかに聞いてみては?

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ピアノで全国へ 釜石・吉田真唯さん(甲子中) 初切符に「悔い残さず楽しむ」

ピアノ・オーディション全国大会に挑む吉田真唯さん

ピアノ・オーディション全国大会に挑む吉田真唯さん

 
 今月下旬に東京で開かれる「第40回JPTAピアノ・オーディション」(日本ピアノ教育連盟主催)の全国大会に、釜石市から吉田真唯(まい)さん(甲子中3年)が出場する。「ピアノは中学校まで」と考えていたところ、思いがけず手にした全国への切符。「周りのレベルに負けないよう、楽しみながら演奏したい」と練習を重ねている。
 
 同オーディションは、子どもの豊かな音楽性を培うことなどを目的に開かれている。吉田さんは昨年11月に仙台市であった東北地区大会の中学生部門(約30人出場)に挑み、ハイドンの「ソナタ 変ホ長調 Hob.XVI-28 第1楽章」で優秀賞を受けた。同賞の9人が全国大会へ進み、岩手県からは吉田さんを含め2人が参加するという。
 
 吉田さんがピアノを習い始めたのは3歳の頃。市内でピアノ教室を主宰する髙橋伊緒さんに師事する。「手が小さいのがハンデ」と思っていたこともあり、中学生で区切りをつけるため「悔いが残らないように」と練習に励み、自信を持って地区大会に臨んだ。
 
 「実はハプニングが…」と吉田さん。審査結果はエントリー番号を発表する形だったが、呼ばれず落ち込んで帰路についた。すると、髙橋さんから「おめでとう」と祝いの言葉が届き、びっくり。主催者のホームページ上には吉田さんの番号があり、問い合わせてみると、会場では手違いがあって「本当は全国行きを手にしていた」と確認できた。
 
全国大会への出場を決め、練習を重ねる吉田さん

全国大会への出場を決め、練習を重ねる吉田さん

 
 全国大会への出場は今回が初めてで、素直にうれしさをにじませる。より高いレベルへの挑戦となり、緊張感も上昇。そんな中でも、「楽しみながら自分らしい演奏を」と鍵盤に向かう。学校の応援もあり、放課後に2時間ほど音楽室のグランドピアノを触り、さらに自宅のアップライトピアノで音出し。週末など休みにはグランドピアノが設置された市内や隣町の公共施設を借り、音が響く環境で指を動かす。
 
 合間を縫って、1日は釜石市役所を訪れ、小野共市長に意気込みを伝えた。同行した父の智さん(55)は「釜石からピアノで全国へいくのは久々と聞く。同じように頑張る子どもたちの励みになれば」と期待を込め、練習や事前準備、体調管理に気を配りつつサポートしていると説明。小野市長は「まず自分をほめてほしい。本番を楽しんで、いい思い出、経験を積んできて」と激励した。
 
小野共市長(手前)に抱負を伝えた吉田さん

小野共市長(手前)に抱負を伝えた吉田さん

 
 2日は市民ホールTETTOのピアノ練習室で鍵盤をはじいた。本番で奏でるのはリストの「3つの演奏会用練習曲第3番ため息」。吉田さんによると、「水が流れるようなきれいな曲だけど、タッチが早い。高い音から低い音を駆け上がって下りてくるような感じで難しい。手が小さいから、指を目いっぱい広げても大変」という。それでも、挑戦できる喜びが上回り、「会場にいる人が居心地よく聴けるよう演奏したい」と心を弾ませる。
 
TETTOピアノ練習室で笑顔を見せる吉田さん

TETTOピアノ練習室で笑顔を見せる吉田さん

 
愛娘の頑張りを智さんが優しく見守っている

愛娘の頑張りを智さんが優しく見守っている

 
 本番は26日。そばで見守る智さんは「今までで一番練習している。全国では肩の力を抜いて自信を持ってやってほしい」と、晴れの舞台に挑む娘にエールを送る。

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新たな魅力発信!釜石商工高 資格取得で快挙 「ジュニアマイスター」特別表彰3人

ジュニアマイスターに認定された釜石商工高電気電子科の3年生

ジュニアマイスターに認定された釜石商工高電気電子科の3年生

 
 釜石商工高(今野晋校長、生徒175人)の電気電子科3年生8人が、資格取得などを点数化して顕彰する「ジュニアマイスター」に認定され、そのうち3人が高度な資格取得で高得点を獲得し「特別表彰者」に輝いた。特別表彰者の誕生は同科では初めてで、生徒や教員らは喜びをかみ締めている。互いに励まし合って技術を磨いてきた3人は4月から、行政機関や電力会社などで社会インフラを支える技術者として働き始める。
 
 顕彰制度は全国工業高校長協会(東京)が実施。全国の工業系高校の生徒を対象に、在学中の活躍や身に付けた知識、技術、技能を評価する。取得資格や検定、競技会などの成績、難易度に応じた得点が加算され、上からゴールド(45点以上)、シルバー(44~30点)、ブロンズ(29~20点)の3種類があるほか、高難易度の資格を持ち、合計点数が60点以上の場合に特別表彰が贈られる。
 
 特別表彰を受けたのは、小野寺雄磨さん(72点、11資格)、久保琉唯さん(72点、10資格)、佐藤輝河さん(64点、8資格)。同科では資格取得に力を入れており、3人は難易度が高い電気工事士(1種)、電気工事施工監理技術検定(2級技師補)、電子機器組立て技能士(3級)などを取得した。
 
特別表彰を受けた(左から)佐藤輝河さん、小野寺雄磨さん、久保琉唯さん

特別表彰を受けた(左から)佐藤輝河さん、小野寺雄磨さん、久保琉唯さん

 
 小野寺さんは「持っておいて損はない」と1年時から積極的に資格取得に挑戦。「勉強は大変だった」が、指導する教員らが高度な技術、知識を教え、「背中を押し続けてくれたから」と感謝する。「応援の恩返しを」と選んだ道は岩手県職員。技術職(電気)での採用で、「電気の安全安心を守れるよう、日々の仕事を頑張る」と背筋を伸ばす。
 
 久保さんは、原子力発電の危険性や仕組みが気になり独自に調べているうちに電気に興味を持ち、同科に入学。資格をとるための勉強は苦にならなかった。ただ、実技が得意ではなく、図面通りの回路づくりなどは「かなり頑張って練習した」という。ものづくりにも関心があり、日本製鉄北日本製鉄所釜石地区への就職を決めた。
 
 佐藤さんも「不器用」だといい、細かな作業が多い実技では失敗することも。そんな時、励まし合える仲間の存在が力になり、「達成感がすごい」学校生活につながった。就職先は学びや資格を生かせると東北電力ネットワークを選択。「安定した送電で住民生活を支える」のを目標に、さらに資格取得にも励みたいと先を見据えた。
  
 学校統合により2009年に発足した同校は少子化で定員割れが続き、同科もその影響を受ける。普段の学びの成果を把握したり、就職活動に役立ててもらおうと、資格取得に力を入れ始めたのは2017年度から。2年後にジュニアマイスターの称号を得る生徒が生まれ、その後も在籍数は伸び悩んでいるが、資格取得率は上がっている。今年度、3年生は13人。初の快挙となった特別表彰獲得(3人も)のほか、ゴールドとシルバーが各2人、ブロンズに1人が認定された。1年ごとに認定の機会があり、13人全員が一度は何らかの称号を獲得している。
 
3年間学業に励んだ生徒と見守った小野寺一也教諭(後列右)

3年間学業に励んだ生徒と見守った小野寺一也教諭(後列右)

 
 生徒たちの努力が実ったことを喜ぶのは、同科長の小野寺一也教諭(55)。分野の異なる試験が同時期に重なり、並行して勉強する生徒もいた中で、「信じられないくらい頑張った。期待以上」と目を細める。「国家資格は一生もの。持つことで、できる仕事の幅も広がる」とした上で、卒業する13人に「これからも資格を取り続けるだろう。高い目標を持ち、勉強する癖を身に付けてほしい」とエール。残る下級生には「快挙」ではなく「継続」を望んでハッパをかける。指導教員や学校関係者は「釜石商工の新たな魅力になる。一人でも多くの中学生に興味を持ってもらえたら」と期待する。

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バリアフリーな環境で心豊かな体験を 子どもたちが旬の魚マダラをさばいて食す 生態にも興味津々

インクルーシブおさかな体験教室=根浜海岸レストハウス

インクルーシブおさかな体験教室=根浜海岸レストハウス

 
 障害の有無や性別、人種などに関係なく、互いを認め合い共生していく「インクルーシブ」社会。その理念を基にした各種取り組みが釜石市でも行われている。2月25日、鵜住居町の根浜海岸レストハウスでは「インクルーシブおさかな体験教室」が開かれた。バリアフリーでつくる釜石自然遊びの会(佐々木江利代表)が主催。市内外から13家族37人が参加し、旬のマダラをさばいて調理。食事も楽しんだ。
 
 講師は同市地域おこし協力隊員で、魚食普及活動を行っている清原拓磨さん(26)。この日は地元の定置網で漁獲された体長60~80センチのマダラ3匹が用意された。はじめに生態を説明。水深約200メートルの深海に住み、口元のひげでにおいなどを感知して餌を探すこと、雄は白子に価値があり、雌の倍の値段で取引されることなどを教えた。子どもたちは体を触ったりしながら観察。疑問に思ったことを次々に質問した。
 
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体のまだら模様が特徴の魚「マダラ」。触ってみると?

 
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マダラの生態について教える清原拓磨さん(左)

 
 観察後はさばき方。子どもたちが最初に体験したのはうろこ取り。専用の道具や金たわしを使って、きれいにうろこを取り除いた後、清原さんが腹を切り開き、身と内臓を分けた。子どもたちは初めて見る腹の中に興味津々。驚きの声を上げながら見入った。切り分けた身から細かい骨を取り除く作業も体験した。切り身はタラフライに。衣をつける調理にも挑戦した。
 
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うろこ取りを体験。清原さんいわく、残っていると食感が悪くなったり、においが出てしまうそう

 
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目を凝らして細かい骨抜きにも挑戦した

 
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清原さんが丁寧にさばき、体の中の各部位も観察した=写真提供:主催者

 
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切り身はタラフライに。衣をつける作業も子どもたちで

 
 盛岡市の菅原蓮君(10)は「タラの体は思ったよりやわらかい。胃袋は大きくてイワシが入っていたのにはびっくり」と目を丸くした。友人の冨澤えみりさん(7)は「ちょっと魚がかわいそうだけど、人は魚を食べて生きているので感謝しないと。自分で調理したのを食べるのは楽しみ」と声を弾ませた。2人の母親は、切り身になる前の魚の姿を見る貴重な機会を歓迎。「魚への興味、調理への関心も高まれば」と期待した。
 
 同教室を企画した「バリアフリーでつくる釜石自然遊びの会」は昨年発足。医療的ケア児の母である佐々木代表(44)が根浜でのバリアフリービーチ実現への第一歩として、インクルーシブを理念とした交流の場を持ちたいと立ち上げた。これまでに海辺でのお茶会、たき火やカレー調理、ピザ作りなどのキャンプ体験を観光施設・根浜シーサイドの協力で実施。当事者家族だけでなく同年代の子を持つ家族を含めた活動の機会を通じて、互いに助け合える関係づくりの構築を進めてきた。
 
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タラフライは手作りパンにはさんでバーガー風に(写真上段)。楽しい体験を終え笑顔を輝かせる参加者(同下段)=写真提供:主催者

 
 今回の教室には障害などで支援が必要な親子4組が参加した。親の一人は「これまで海に行くのはすごくハードルが高かった。今回、室内ではあるが、魚と触れ合えたことで、海にも一歩近づけた気がする」と話した。
 
 医療的ケアや支援が必要な子どもたちの親は、助けが必要な場面でも「自分たち家族の問題」と我慢してしまいがちだという。しかし、家族だけが頼りでは限界がきてしまう。佐々木代表は「本人にとっても家族以外の人に甘えられる環境は必要。まずは顔見知りになり、お互いを理解するところから」と小さな一歩の積み重ねを願う。未来に生きる同様の家族のためにも「『これが大変だから手伝ってほしい』と声をあげられる環境をみんなで作っていきたい」と思いを込めた。

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天明の大飢饉(ききん)苦悩、葛藤、命の大切さ描く 釜石市民劇場 栗林村舞台に創作劇

第37回釜石市民劇場 天明飢餓事変「栗林村 タエの物語」=TETTO

第37回釜石市民劇場 天明飢餓事変「栗林村 タエの物語」=TETTO

 
 第37回釜石市民劇場(同実行委主催)は2月23日、同市大町の市民ホールTETTOで上演された。1986年の初演以来、郷土の先人の活躍や困難に立ち向かう人々の姿を描き続ける市民劇。今作は1780年代(江戸時代中期)に全国を襲った「天明の大飢饉(ききん)」にスポットをあて、地元民も直面したであろう窮状を物語化。栗林村(現同市栗林町)を舞台に据えて創作した。同地は1853年の「三閉伊一揆」で農漁民を率いた三浦命助(1820-64)の出身地。冷害、不作、飢饉で苦しい生活を強いられた時代が劇で浮き彫りになった。
 
 天明飢餓事変「栗林村 タエの物語」―と題して公演。脚本は、同劇場6年ぶりの作品提供となる川端美津雄さん(釜石市)が手がけた。天明の大飢饉は冷害や火山噴火で農作物が育たず、深刻な食糧難、疫病の流行により、全国で90万人もの死者が出たとされる未曽有の大惨事。東北は特にも被害が大きかったという。釜石地方の被害が明確に分かる資料は残っていないが、その惨状は想像に難くない。
 
物語は江戸時代中期の栗林村を舞台にしたフィクション

物語は江戸時代中期の栗林村を舞台にしたフィクション

 
いたずらで困らせるも、村人からかわいがられる少女タエ(右)が主人公

いたずらで困らせるも、村人からかわいがられる少女タエ(右)が主人公

 
 フィクションで描いた劇は、栗林村に住む少女タエを主人公に展開する。幼くして両親を亡くしたタエは祖母と生活。猟師の叔父にも助けられ明るく元気に育つが、冷夏や降霜による大凶作で村の生活は一変。村人は種もみや家畜を食べ尽くし、草や木の皮まで食して飢えをしのぐが、状況はさらに悪化。餓死者があふれ、地獄のような惨状が広がった。自然の猛威を鎮めるため、村人たちは長老おババ(婆)が発した言い伝え「人身御供」を信じ、村の子ども(タエ)を差し出そうとする。一度は逃げたタエだが、「自分が犠牲にならなければ他の子どもたちが…」。再び村人の前に現れたタエは、自ら人柱になろうとする。
 
冷害による凶作で飢餓状態の村を救うため、長老おババ(右から3人目)にすがる村人たち

冷害による凶作で飢餓状態の村を救うため、長老おババ(右から3人目)にすがる村人たち

 
タエを犠牲にしようとする村人に必死に抵抗する祖母サツ(右から3人目)と猟師の叔父善蔵(同2人目)

タエを犠牲にしようとする村人に必死に抵抗する祖母サツ(右から3人目)と猟師の叔父善蔵(同2人目)

 
天の神を鎮める「人身御供」の言い伝えを村人に教えてしまったおババにも、体を気遣う優しさを見せるタエ

天の神を鎮める「人身御供」の言い伝えを村人に教えてしまったおババにも、体を気遣う優しさを見せるタエ

 
 キャストは小学生から70代まで13人。スタッフ約30人が舞台を支えた。昨年11月から稽古や舞台製作などを進め、迎えた本番。メンバーが総力を結集した演劇に幅広い世代が感動とともに見入った。午前と午後の2回公演に計約500人が来場した。
 
 主人公タエを演じたのは、同市の小学6年生川端俐湖さん(12)。同劇への出演は2回目で、「主役はまだ回ってこないだろうと油断していた」と笑うが、堂々たる演技で観客を物語の世界に引き込んだ。村人を思い、自ら犠牲になることを決断するシーンには涙する客も多数。タエが崖から身を投げるクライマックスでは「自分も感情移入しすぎて泣いてしまった」と役者魂を見せた。異常気象、大規模自然災害、戦禍…と不安要素を抱える現代。川端さんは「食糧難は条件がそろえば、いつどこでも起こりうることを覚えて帰ってほしい」とメッセージを残した。
 
飢えで子どもを亡くした母親がやり場のない悲しみをタエにぶつけようとする

飢えで子どもを亡くした母親がやり場のない悲しみをタエにぶつけようとする

 
タエは「他の子が犠牲になるのは嫌」と自分の命を差し出す覚悟を決める(写真上、左下)。身を投げたタエへの思いを叫ぶ(右下)

タエは「他の子が犠牲になるのは嫌」と自分の命を差し出す覚悟を決める(写真上、左下)。身を投げたタエへの思いを叫ぶ(右下)

 
 今回は5人が初出演。肝いりの娘のいいなずけ(婚約者)俣作役の佐々木進輔さん(31)は演劇自体も初挑戦で、「やってみれば面白いものですね。普段、関わることがないような若い人たちとも交流できた」と貴重な機会に感謝。転勤で釜石に来て3年。「地域の歴史とかを知れたのも意義深い。お客さんにも喜んでいただけたよう」と充実感をにじませた。この日は職場の仲間も観劇。佐々木さんの上司樋口健さん(46)は「勤務時とはまた違う姿が見られた。練習もかなり頑張っていたようだ」と称賛。飢饉をテーマとした劇に「今の生活と比べると想像を絶するが、過去に起きた惨事を忘れないことも大事」と心に刻んだ。
 
肝いりの娘ハナ(右)と婚約した俣作役を演じた佐々木進輔さん(左)

肝いりの娘ハナ(右)と婚約した俣作役を演じた佐々木進輔さん(左)

 
 劇の舞台となった栗林町に住む川崎通さん(67)は肝いり加平役で初出演。町内会に「ぜひ地元からも」と出演依頼があり、引き受けることになった。「一番苦労したのはセリフを覚えること。動作を付けて演じるのは難しい」と実感する。定年後は、釜石観光ガイド会に所属し、市内の史跡などを案内することも。地元には三閉伊一揆の指導者の一人、三浦命助の顕彰碑(1963年建立)や墓もある。「栗林といえば三浦命助だが、その活躍の70年前にも苦難に立ち向かった先人たちがいた。そういう歴史にスポットが当たったのは地元にとっても良かった」と話した。
 
地元栗林を舞台にした演劇に初挑戦!肝いり加平役の川崎通さん(右)

地元栗林を舞台にした演劇に初挑戦!肝いり加平役の川崎通さん(右)

 
カーテンコールであいさつするおババ役の岩鼻美奈子さん(前列左)とタエ役の川端俐湖さん(同右)。写真左上は脚本の川端美津雄さん

カーテンコールであいさつするおババ役の岩鼻美奈子さん(前列左)とタエ役の川端俐湖さん(同右)。写真左上は脚本の川端美津雄さん

 
キャストの熱演、スタッフの労をねぎらい大きな拍手を送る観客

キャストの熱演、スタッフの労をねぎらい大きな拍手を送る観客