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世界遺産「明治日本の産業革命遺産」をより分かりやすく 釜石でガイドらが研修

世界遺産「明治日本の産業革命遺産」インタープリテーション釜石エリア研修会

世界遺産「明治日本の産業革命遺産」インタープリテーション釜石エリア研修会

 
 2015年7月にユネスコの世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」。8県11市23構成資産の1つである「橋野鉄鉱山」を有する釜石市で6日、同遺産の価値を分かりやすく伝えるための人材育成研修会が開かれた。一般財団法人産業遺産国民会議が主催。東京都新宿区、産業遺産情報センター長の加藤康子さん(同国民会議専務理事)らが講演した。
 
 釜石観光ガイド会員、橋野鉄鉱山インフォメーションセンタースタッフ、市関係職員ら約20人が参加。同遺産の保全、発信に関わる2人の専門家の講演、海外有識者のインタビュースピーチの上映などが行われた。
 
 講演した加藤さんは、同遺産が「製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の3分野、時代的には19世紀半ば~20世紀初頭(江戸後期~明治後期)にわたることをあらためて説明。1つの世界遺産として示している価値について、「鎖国をしていた日本が開国し、わずか50年で工業立国の土台をつくった。急速な産業化の道程を表した遺産」とし、「橋野鉄鉱山を訪れる人たちに、その全体像の中での意義をしっかり伝えてほしい」と願った。
 
産業遺産情報センター長/産業遺産国民会議専務理事 加藤康子さん

産業遺産情報センター長/産業遺産国民会議専務理事 加藤康子さん

 
 同遺産を時系列でみると、次の3つの時代に分けられることも説明した。①試行錯誤の挑戦(1850~60年代)=鎖国をしていた日本が西洋の科学技術の情報が乏しい中で、蘭書を片手に鉄製大砲の鋳造に挑戦していた時代(釜石で洋式高炉による鉄の連続出銑に成功した大島高任らの活躍)。②西洋の科学技術の導入(1860~80年代)=開国により西洋の技術者が入国。日本からの留学も活発になり、ものづくりの人材が急速に成長していった時代。③産業基盤の確立(1890年代~1910年)=大量生産が可能になった時代。
 
講演に聞き入る釜石市の観光ガイド、橋野鉄鉱山インフォメーションセンタースタッフら

講演に聞き入る釜石市の観光ガイド、橋野鉄鉱山インフォメーションセンタースタッフら

 
 同センターで上映している「橋野鉄鉱山」と「官営八幡製鉄所」の紹介映像も見せ、釜石(同鉄鉱山)が世界遺産価値にどう貢献しているのかも示した。加藤さんは「当時、急速に産業国家の土台をつくることができたのは、基礎となる素材産業が国内で確立したから。釜石では木炭高炉法からコークス炉導入まで30年。西洋では3世紀もかかっている」と話した。
 
 釜石市民と鉄との関わりについても言及。特に子どもたちの教育プログラムを絶賛し、「愛情を持って鉄と触れ合い、学んでいる姿は全国オンリーワン。釜石の鉄のDNAは絶対に無くさないでほしい。挑戦をし続けた先人たちの魂が生きている。必ず日本の未来に大きな貢献ができるような人材が育つだろう」と期待した。
 
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 同遺産の世界遺産登録から7年―。加藤さんは、登録時の価値を損なわないようにするため各自治体、関係者間で情報共有する「遺産保全マニュアル」を本年度から2カ年で作成することも報告した。

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釜石の山に眠る「鉄」以外のお宝とは? 市立図書館で学ぶ市民教養講座

釜石市立図書館が開いた市民教養講座「釜石の金山・銅山について」

釜石市立図書館が開いた市民教養講座「釜石の金山・銅山について」

 
 「近代製鉄発祥の地」である釜石市は、洋式高炉による連続出銑の成功とともに、原料となる鉄鉱石の豊富な産出でも知られる。釜石一帯の山々では鉄のほかに金や銅の鉱脈もあり、実際に採掘が行われていた。その歴史を学ぶ講座が4日、釜石市小佐野町の市立図書館(川畑広恵館長)で開かれた。同館主催の市民教養講座の一環。市世界遺産課課長補佐の森一欽さんが講師を務め、16人が聴講した。
 
 同市に眠る鉱床は、約1億2千万年前(中生代白亜紀)の火山活動で生まれた。マグマの熱で石灰岩などが溶かされ変成。冷え固まる過程でさまざまな鉱物が生成された。変成岩の中でも柘榴(ざくろ)石の近くで鉄鉱石(磁鉄鉱)、灰鉄輝石の周りで銅鉱石(黄銅鉱)、石英脈が発達した場所では金鉱石が見つかっている。「理由は証明されていないが、昔の人は現場の勘で鉱脈を探していったと思われる」と森さん。釜石では特に鉄鉱石と銅鉱石が多く見られ、大規模な採掘につながった。
 
金鉱石や銅鉱石ができる過程についても説明した

金鉱石や銅鉱石ができる過程についても説明した

 
講師を務めた釜石市世界遺産課の森一欽課長補佐

講師を務めた釜石市世界遺産課の森一欽課長補佐

 
 県内では、日本最古の金が産出されている陸前高田市の「玉山金山」など気仙地方の金山が有名だが、釜石地方でも小規模ながら採掘が行われていた時代がある。文献などによると、釜石市内では16の金山が確認されており、各地に広く分布する。中でも多いのは橋野町。
 
 橋野鉄鉱山の東側にある「六黒見(むくろみ)金山」は、1807(文化4)年に発見された。地元住民や盛岡藩が採掘に乗り出すが、江戸期の経営はうまくいかなかった。明治期になると近代化が図られ、再興への道が開かれる。1935(昭和10)年、日本鉱業が金増産のため本格的採掘に着手したが、43(昭18)年の全国的な金山整理で閉山。戦後、一時稼働したが、55(昭30)年ごろまでには休山したとみられる。記録によると、35~43年までの鉱石採掘量は約8万5千トン。鉱石1トンから取れる金は約8グラム程度だった。
 
 森さんは六黒見金山に残る社宅、事務所、坑道跡などの写真を紹介。大きいもので横20メートル、縦16メートルの坑道入り口があることも示した。明治期の金山所有者の銘が刻まれた石碑もあったが、2016年の台風豪雨で流失し、行方不明だという。
 
六黒見金山に残る、採掘が行われていた痕跡を示す写真

六黒見金山に残る、採掘が行われていた痕跡を示す写真

 
釜石で行われた金、銅採掘について学ぶ参加者

釜石で行われた金、銅採掘について学ぶ参加者

 
 釜石市甲子町大橋の「釜石鉱山」一帯は日本最大の鉄鉱山であるとともに、国内有数の銅鉱山でもある。1907(明治40)年、大橋の新山から産出される銅鉱石の製錬を開始。有力な銅鉱床が発見されると、52(昭和27)年、銅鉱石の選鉱場を建設し、本格的な採掘を始めた。「釜石では粗い製錬はしたが、純度を高める作業はしなかったため、硫化物による大きな公害はなかった」と森さん。
 
 鉄鉱石は精鉱により50~60%が有用な鉄になるが、銅鉱石は12~20%程度と採算がなかなか合わない。釜石鉱山では1992(平成4)年に銅鉱石の採掘を休止。鉄鉱石は93(平5)年、石灰石は2000(平12)年に採掘を休止している。
 
釜石鉱山の銅鉱石の選鉱場は、今は建物の土台だけが残る

釜石鉱山の銅鉱石の選鉱場は、今は建物の土台だけが残る

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節電の冬…イルミネーションも 釜石市内、太陽光発電やLED採用「静かな癒やしを」

国立釜石病院では節電しながらも地域をライトアップする

国立釜石病院では節電しながらも地域をライトアップする

 
 冬の夜を彩るイルミネーションの点灯が釜石市内でも始まっている。ただ今年は、全国の家庭や企業を対象にした政府による節電要請を受け、電力事情に配慮した対応を取って実施。使用する発光ダイオード(LED)電球を増やしたり、太陽光発電を活用するなど、あの手この手で心をほっこりさせる風物詩を市民に届けている。
  
光で彩られた小佐野コミュニティ会館を背に「はい、ポーズ」

光で彩られた小佐野コミュニティ会館を背に「はい、ポーズ」

  
 小佐野町の小佐野コミュニティ会館では建物や通路の樹木が赤や青、黄色などカラフルに輝くイルミネーションで彩られている。近所の子どもたち、市内の家族連れらが足を運び、スマートホンや手持ちカメラで記念にパチリ。「すごくきれい」と笑顔を広げている。
 
「小佐野地域から元気を発信」と住民が力を合わせて続ける

「小佐野地域から元気を発信」と住民が力を合わせて続ける

 
 地域を元気にしようと地元町内会などが企画し、家庭で眠っている電飾を持ち寄って継続。ここ数年はLED電球に切り替えながら節電にも気を配ってきた。今年はさらに、地元事業所から贈られたソーラーパネルと蓄電池を使って昼間に充電した電力を一部に利用。来年1月14日までの日没から夜明けまで点灯する。
 
 小佐野地区生活応援センターの佐藤貴之所長は「施設を利用する子ども、高齢者だけでなく道行く人たちも、この明かりを会話のネタにして交流してもらえたら」と願う。
 
テーマパークのような国立釜石病院のイルミネーション

テーマパークのような国立釜石病院のイルミネーション

 
 定内町の国立病院機構釜石病院の「釜石ルミナリエ」は点灯する電球全てがLEDで、太陽光発電を活用して光をともす区画も設けた節電対応。一見、落ち着いた明るさながら、近づくと華やかさは健在で、例年通りテーマパークのような光景が広がっている。
 
電飾がきらびやかな「釜石ルミナリエ」の光のトンネル

電飾がきらびやかな「釜石ルミナリエ」の光のトンネル

 
 光のトンネルにはアニメやクリスマスにちなんだキャラクターを飾り付け、子どもたちに喜んでもらえるよう工夫。地元ラグビーチーム・釜石シーウェイブス(SW)の応援コーナーもあり、地域愛にあふれる。点灯は日没~午前2時ごろまで。来年1月いっぱい楽しめるが、釜石SWの活躍次第で終了時期が延びる可能性もあるという。
 
 土肥守院長は「コロナ禍で遠出を控える人はいまだ多く、近場で楽しんでもらえたら。大声を出さず、感染予防に気をつけながら静かに癒やされてほしい」と望む。
 
うのすまいトモスの一日限定イルミネーション

うのすまいトモスの一日限定イルミネーション

 
 鵜住居町のうのすまいトモスでは4日に一日限定で点灯。三陸鉄道の明かりと合わせ地域を照らした。
 
 節電の冬。寒さは厳しさを増すが、市内に散らばる輝きを見つめ、光に込められた気持ちを感じると心は温かい。
 

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日本卓球の支援受け9回目 釜石・大槌地区卓球大会に90人参加 試合の喜び味わう

Nittaku杯第9回釜石・大槌地区卓球大会=市民体育館

Nittaku杯第9回釜石・大槌地区卓球大会=市民体育館

 
 Nittaku(ニッタク)杯釜石・大槌地区卓球大会は11日、釜石市鵜住居町の市民体育館で開かれた。東日本大震災後、用具メーカー「日本卓球」の支援を受けて始まった大会は9回目。小学生から一般まで約90人が参加し、個人戦(シングルス)と団体戦で日ごろの練習の成果を競い合った。
 
 同大会は2012年まで行われた釜石市民卓球大会(11年は震災の影響で中止)を衣替えし、13年から始まった。釜石市卓球協会(安久津吉延会長)と大槌町卓球協会(中前繁夫会長)が主催、日本卓球が協賛する。第1回から津波被害を免れた大槌町の城山公園体育館を会場としてきたが、19年の釜石市民体育館の完成で7回大会から会場を移した。
 
家族らがギャラリーで見守る中、試合に挑んだ

家族らがギャラリーで見守る中、試合に挑んだ

 
中学女子1年の部決勝トーナメント。ハイレベルな戦いが展開された

中学女子1年の部決勝トーナメント。ハイレベルな戦いが展開された

 
 新型コロナウイルス感染症の流行で一度大会を中止したが、昨年から再開。コロナ前は150人前後の参加があったが、昨年、今年は100人に満たない規模に。今大会も急きょ出場を取りやめるチームが出るなど、感染症の影響は続く。
 
 競技は8種目。中学生の部は男女、学年(1、2年)別のシングルスで、小学生も参加した。一般の部は男女別のシングルスと団体戦(2単1複)で、高校生も参加。予選リーグと決勝トーナメント・リーグが行われた。競技の合間には日本卓球の新作ラケットを試し打ちできる時間も。五輪日本代表選手も使用するモデルなどを体験した。
 
選手らは新しいモデルのラケットに興味津々。日本卓球の担当者(右)から説明を受けた

選手らは新しいモデルのラケットに興味津々。日本卓球の担当者(右)から説明を受けた

 
日本代表選手も使用する新作ラケットで試し打ち

日本代表選手も使用する新作ラケットで試し打ち

 
 日本卓球は震災直後、同市に対し試合で使う仕切り用フェンスなどを支援。各地から届く支援物資の仕分け会場などで大いに役立った。市民体育館が完成した際には卓球台4台を寄贈。協賛を続ける同大会では、参加賞や入賞者の景品としてタオルやラケット・シューズケースなどさまざまな用品を提供している。
 
 自身も競技者である同社営業第三部(仙台連絡所)の細井秀剛課長は「大会は自分の力を試す以外に仲間との交流の場でもあり、選手にとって大事」と継続を歓迎。コロナ禍による大会の減少は用具のメンテナンスにも影響しており、「大会が無いとラバーの張り替えをしない人が多い。定期的に替えないとプレーにも影響するので注意が必要」と呼び掛ける。
 
 東京五輪での日本代表選手の活躍で、長く競技を離れていた親世代が久しぶりにラケットを握ったり、その姿を見た子どもが「自分も」と卓球を始めたり…。細井課長は「卓球は生涯スポーツ。始める年齢に早い、遅いはない。勝ちたい、健康維持のためにと、それぞれの目的で長く続けてもらえれば」と願う。
 
一般女子の部に参加した高校生選手も躍動

一般女子の部に参加した高校生選手も躍動

 
一般男子の部にも高校生が参加。社会人選手と技を競い合った

一般男子の部にも高校生が参加。社会人選手と技を競い合った

 
 
 大会の結果は次の通り。
【中学生男子1年シングルス】
1位 髙清水瑛妥(釜石東中) 2位 小國潤(大槌学園) 3位 荒澤想(大槌学園)、小石裕一郎(大槌学園)
【中学生女子1年シングルス】
1位 香川真紀(唐丹中) 2位 小野愛姫(唐丹中) 3位 倉本麗(吉里吉里中)、佐野志央理(大槌Jr卓球スポ少)
【中学生男子2年シングルス】
1位 関谷省吾(吉里吉里中) 2位 菊池寛人(甲子小) 3位 白岩優一朗(甲子中)、得平空(大槌学園)
【中学生女子2年シングルス】
1位 香川彩夏(唐丹中) 2位 堀合美嶺(大槌学園) 3位 佐々木優那(大槌学園)、臼沢梓(大槌学園)
【一般男子シングルス】
1位 藤原周平(釜石クラブ) 2位 鈴木伸二(釜石クラブ) 3位 猪又颯太(釜石高)
【一般女子シングルス】
1位 本多寛奈(釜石高) 2位 田中彩乃(釜石高) 3位 渡邊明日美(釜石未来)
【一般男子団体戦】
1位 釜石クラブ 2位 KTクラブ 3位 チームたまり屋
【一般女子団体戦】
1位 釜石未来 2位 釜石高 3位 フレンズ釜石

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広報かまいし2022年12月15日号(No.1798)

広報かまいし2022年12月1日号(No.1797)
 

広報かまいし2022年12月15日号(No.1798)

広報かまいし2022年12月15日号(No.1798)

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【P1】
表紙

【P2-7】
特集 釜石シーウェイブス シーズン開幕

【P8-9】
チームスマイル 感動をありがとう!

【P10-11】
マイナポイント第2弾・マイナンバーカード
新型コロナワクチン接種のお知らせ 他

【P12-13】
学校規模の適正化・適正配置に関する提言書
釜石大槌地区行政事務組合決算・岩手沿岸南部広域環境組合決算 他

【P14-15】
こどもはぐくみ通信
北海道・三陸沖後発地震注意情報の運用が始まります 他

【P16-17】
まちの話題

【P18-19】
イベント案内
かまいし起業人 

【P20-21】
まちのお知らせ

【P22-23】
保健案内板・保健だより

【P24】
いつまでも変わらぬ故郷への愛 ~造園技師 猪又康夫さん~ 他

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 広聴広報課 広聴広報係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8419 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2022121200013/
釜石市

釜石市

釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
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「釜石ラーメン」映画完成 地元で上映会・トークショー 撮影秘話に市民ら興味津々

完成披露上映会で撮影秘話を紹介する出演者ら

完成披露上映会で撮影秘話を紹介する出演者ら

 
 麺は細いが、絆は太い。人情・根性、釜石ラーメン―。釜石市が舞台の映画「喜劇 釜石ラーメン物語」が完成し、3日に大町の市民ホールTETTOで地元向けの上映会が開かれた。チケットが完売する盛況ぶりで、市民ら約800人が鑑賞。上映後には監督や出演者によるトークショーもあり、作品に込めた思いや撮影秘話を紹介した。
 
 映画は、架空のラーメン店「小川食堂」が舞台。店主として味を守っていた母が東日本大震災で行方不明となり、代わりに父が店を切り盛りしている。苦境の経営を巡って姉妹がぶつかり合う中、父が倒れて入院。心配する町の人が次々と見舞いに来る中で、姉妹は店の存在意義や家族の絆を見つめ直していく。そして、母がつないできた味「最高の一杯」を目指して奮闘する―というストーリー。監督は今関あきよしさん、主人公の姉役を俳優の井桁弘恵さんが演じた。
 
 今年4月に市内で撮影。小川町をメイン舞台に、昭和の風景が色濃く残るノスタルジックな食堂、町並みを映し出した。釜石出身の俳優佐々木琉(りゅう)さんのほか、多くの市民もエキストラとして参加。上映会は全国で公開する前に、協力してくれた住民たちに見てもらおうと催された。
 
記念撮影で観客にポーズを指示する今関監督(前列左)ら出演者

記念撮影で観客にポーズを指示する今関監督(前列左)ら出演者

 
多くの市民らが映画鑑賞とトークショーを楽しんだ

多くの市民らが映画鑑賞とトークショーを楽しんだ

 
 上映後のトークショーで、今関監督は「釜石を訪れ復興の様子を見る中で、この街で映画を撮りたいと考えた。帰りにラーメンを食べた時、『これだ!』と。震災がテーマで暗い部分もあるが、ラーメンを中心に家族愛に満ちた、笑いあり、明るさを散りばめた映画にしたかった」と思いを明かした。
 
 物語に登場する釜石ラーメンは、細い縮れ麺と琥珀(こはく)色に透き通ったスープが特徴のシンプルなしょうゆラーメン。市内では約30店舗で提供している。父役の利重剛さんは「3分の1は食べた。あと20軒ある。いつか…」と余韻を残した。思い出深い作品になったと振り返り、「応援しようという気持ちで撮影に臨んだが、結局応援され、励まされて元気をもらって帰ることに。大きな家族愛を感じながら演じた。その雰囲気を楽しんでほしい」と見どころを伝えた。
 
作品に込めた思いを語る今関監督(左)、利重さん

作品に込めた思いを語る今関監督(左)、利重さん

 
 ロケ中の秘話として今関監督が挙げたのは、井桁さんが豪快に麺を落とした湯切りのシーン。井桁さんは「結構難しい。でも特技が湯切りになった。ラーメンを作る役はいつ来ても大丈夫」と胸を張り、会場を沸かせた。
  
 釜石の印象で出演者から多く聞かれたのは、咲き誇る桜や野生のシカとの遭遇といった自然の豊かさ。子グマを目撃したと目を大きくしたのは、小川食堂の常連客で美容室店主役の大島葉子さん。「クスッとするような小川町のお笑い担当」と自己紹介し、思い出深い市民エキストラとの触れ合いを回想した。
 
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撮影中のエピソードを紹介する井桁さん(左)、大島さん(中)、佐々木さん

  
 今作が、映画デビュー作となった佐々木さん。監督から「カット、OK!」と伝えられたが、しっくりせず撮り直しを申し出たエピソードが紹介されると、前向きな姿勢に客席から大きな拍手と声援が届いた。俳優という職業、古里の良さを改めて実感。祖父母が鵜住居町でラーメン店を営んでおり、しっかりと宣伝もした。
 
映画の主題歌「ひかり射し込む場所」を熱唱する洸美さん(左)

映画の主題歌「ひかり射し込む場所」を熱唱する洸美さん(左)

 
 映画の主題歌を担当する日台ハーフのシンガーソングライター洸美(ひろみ)さんも登場し、「ひかり射し込む場所」を披露。許しと希望をテーマに、台本を何度も読み、撮影中の釜石の風景写真を見ながら制作したことを紹介した。
 
 映画は来年4月から県内で上映し、その後全国で公開される予定。今関監督は「英語字幕をつけて海外でも上映し、ワールドワイドに釜石を発信したい。被災したイメージだけではなく、映画を通して釜石のもっといろんな面(麺)を知ってほしい」と熱を込めた。
 
上映会終了後、感動を伝える観客に笑顔で応える出演者ら

上映会終了後、感動を伝える観客に笑顔で応える出演者ら

 
 野田町の佐々木誠治さん(75)、公子さん(74)夫妻は「面白かった」と声をそろえた。「なじみのある景色ばかり。つながり、絆がやっぱり大事だね。映画がヒットして、釜石ラーメンが知られるようになったらうれしい。たくさんの人に来て食べてもらえたら復興につながる」と笑顔を重ねた。

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ラグビー・釜石シーウェイブス 17日に開幕戦 出陣式で勝利への誓い/釜石駅前には横断幕

釜石シーウェイブスRFC 今季のリーグ開幕に向けた出陣式=7日

釜石シーウェイブスRFC 今季のリーグ開幕に向けた出陣式=7日

 
 NTTジャパンラグビーリーグワン2部の釜石シーウェイブス(SW)RFCは17日、今季リーグの開幕戦(対日野レッドドルフィンズ)を迎える。7日、釜石市大町の市民ホールTETTOで出陣式が開かれ、選手、首脳陣らが意気込みを示した。釜石鵜住居復興スタジアムが会場のホストゲームは5試合が組まれ、初戦となる第2節・三重ホンダヒート戦が25日に行われる。
 
 出陣式には選手、スタッフとファンクラブ会員、スポンサー企業の代表ら約100人が参加。会場の様子はオンラインでも配信された。須田康夫ヘッドコーチ(HC)は「選手たちは昨シーズンの悔しさをばねに、さらなる高みを目指して準備してきた。トップ3を目標に、『釜石、また勝ったね』と言ってもらえるようなシーズンにしたい」とあいさつした。
 
 ポジションごとに選手が紹介され、会場の拍手を受けて登壇。今季のリーグ戦について小野航大主将は「レベルが高く、さらに厳しい戦いが予想される。1試合でも多く勝利し皆さんと喜びを分かち合えるよう、チーム一丸となって頑張っていく。『釜石ラグビーの復活』を感じてもらえる熱いゲームをお見せしたい」と意気込んだ。
 
意気込みを語る小野航大主将(中央)

意気込みを語る小野航大主将(中央)

 
 釜石SWは昨季、レギュラーシーズン1勝9敗(不戦敗1)、順位決定戦1勝1敗で、2部残留を決めた。今季は16選手が新加入。1部昇格につながる「2部3位以内」を目標に掲げる。初戦の相手・日野について須田HCは「体の大きな外国人選手も多く、フィジカルなプレーが想定される。自分たちは素早く起き上がり、スピードで勝利したい」。新加入選手について聞かれた中野裕太選手会長は「各選手の経験がチームに還元されている。試合会場で顔と名前を覚え応援を」と願った。
 
新加入選手の活躍にも期待が寄せられる

新加入選手の活躍にも期待が寄せられる

 
現役引退を撤回し、アシスタントコーチ兼任で釜石に復帰した片岡将選手は「役割を全うし、自分なりの恩返しをしたい」と語った(中央)

現役引退を撤回し、アシスタントコーチ兼任で釜石に復帰した片岡将選手は「役割を全うし、自分なりの恩返しをしたい」と語った(中央)

 
ファンクラブ会員らが勝利を誓う選手たちの言葉に聞き入った

ファンクラブ会員らが勝利を誓う選手たちの言葉に聞き入った

 
 チームは今季のホスト5試合に市内の全小中学生約1800人を無料招待する。市と連携した「釜石ドリームパスポート」という企画。配布するオリジナルの入場パスカードを会場で提示すれば、無料で観戦できる。桜庭吉彦ゼネラルマネジャーは「ラグビーのまちで生まれ育つ子どもたちに生で試合を見てもらい、感じたことを将来に生かしてもらえれば」と望んだ。
 
浜千鳥の新里進社長は新ラベルになったSW応援ボトルの商品を紹介

浜千鳥の新里進社長は新ラベルになったSW応援ボトルの商品を紹介

 
 18年前からSW応援ラベルの酒を発売する市内の酒造会社、浜千鳥(新里進社長)は今季から新しくなったラベルを紹介。初のコラボ企画を手掛けたベアレン醸造所(嶌田洋一社長、盛岡市)とヘラルボニー(松田崇弥社長、同)は、釜石出身アーティスト小林覚さんの絵を外箱にデザインしたSW応援ビールのギフト商品を紹介。チームの今季の活躍に大きな期待を寄せた。
 
 SWファン歴10年以上という奥州市の四戸和夫さん(70)は「選手たちも元気そうで、けがをした選手も順調に治っているよう。新加入選手の顔も分かってきた。後は応援に行くだけ」と開幕戦を心待ちに。釜石市の地域おこし協力隊に手を挙げ、11月に着任したばかりの竹中伸明さん(34、大阪府高槻市出身)は、ドリームパスポート企画を称賛。「スローガン・REVIVE(リバイブ)に込めた、すぐ起きて次のプレーへというスタイルにも注目している。ホストゲームに来る人たちを何らかの形で支えられたら」。ラグビーW杯を機に同市にほれ込んだ竹中さんは、夢だったご当地でのラグビーに関する活動に意欲を燃やす。
 
 17日の日野戦は武蔵野陸上競技場で、25日の三重戦はうのスタで、ともに正午キックオフ。
 

SWに熱い声援を! 初の「シーズン横断幕」釜石駅前に設置 高校ラグビー部員が作業に協力

 
釜石駅前に掲げたシーズン横断幕と設置作業に協力した高校生ら=4日

釜石駅前に掲げたシーズン横断幕と設置作業に協力した高校生ら=4日

 
 釜石SWは4日、釜石市鈴子町の国道283号沿いにチームへの応援を呼び掛ける横断幕を設置した。市民に今季の試合日程を告知し、会場に足を運んでもらおうと初めて企画した。地域連携の一環で釜石、釜石商工の両高校ラグビー部員と作業。シーズン開幕に向け、市全体の盛り上がりを願った。
 
 日本製鉄北日本製鉄所釜石地区の国道に面したフェンスに設けられている看板用スペースを借用。横断幕は縦1・8メートル、横16メートル。「D1昇格を目指し、釜石の意地とプライドをかけて迎え撃つ!!」などと記し、ホスト5試合の対戦相手、日程を大きく表示。ビジター5試合の日程も示した。赤地がひときわ目を引く横断幕はシーズン終了まで掲げられる。
 
横断幕は駅に降り立った人や通行人らの目を引く

横断幕は駅に降り立った人や通行人らの目を引く

 
桜庭吉彦ゼネラルマネジャー(右)に教わり、設置作業にあたる高校生

桜庭吉彦ゼネラルマネジャー(右)に教わり、設置作業にあたる高校生

 
 チームスタッフ、両校ラグビー部員ら10人で作業。幕の周りの穴にくくりつけるためのロープを通し、フェンスに取り付けられている鉄パイプに設置した。釜石高ラグビー部の及川佳倫キャプテン(2年)は「地域活性化の手伝いができてうれしい。SWは学校隣の市球技場で練習していて、公開練習を見に行く機会もある。FWに注目している。ホームの試合は全勝して、1部に昇格してほしい」と期待を込めた。
 
 両校ラグビー部は合同チームを結成して大会に出場している。昨年7月から元釜石SW主将で、同市ラグビー人財育成専門員の佐伯悠さん(37)の指導を受けている。

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三陸の歴史は5億年前から 釜石は国内最古の植物化石の発見地 市民らジオの視点学ぶ

市内の地質などについて解説した「かまいしの大地の足跡展」講演会=鉄の歴史館

市内の地質などについて解説した「かまいしの大地の足跡展」講演会=鉄の歴史館

 
 三陸ジオパーク(2013年、日本ジオパークに認定)の再審査を来年にひかえ、釜石市では市内のジオ資源の価値を市民らに理解してもらう取り組みが進む。“鉄のまち釜石”を支えた鉄鉱石などの鉱物の産出は、三陸の大地の成り立ちと深く関係しており、同市の6つのジオサイト(見どころ)には釜石鉱山や橋野鉄鉱山が含まれる。大平町の鉄の歴史館では3日、開催中の特別企画展「かまいしの大地の足跡展―三陸ジオパークと釜石―」に合わせ、同市の地質などを解説する講演会が開かれた。県立博物館専門学芸員の望月貴史さんが講師を務めた。
 
 三陸ジオパークは青森県八戸市から宮城県気仙沼市まで南北約220キロ、東西約80キロに及び日本最大。5億年にもわたる地球の営みが刻まれた大地が特徴で、日本有数の鉱物資源が埋蔵される。釜石市は大地の成り立ちが異なる北部北上帯と南部北上帯の境界に位置し、双方の地質が見られる極めて珍しい地域。古生代デボン紀から中生代白亜紀の地層が確認されている。
 
 水海川上流の千丈ヶ滝(ジオサイト)付近に分布する「千丈ヶ滝層」は古生代デボン紀(約4億2千万年前~3億6千万年前)にできた地層で、北上山地の中でもかなり古い。この時代は陸上に最古の森林が形成され、同層最上部の泥岩からは国内最古の植物化石「リンボク」の化石が見つかっている。うろこ状の樹皮を持ち、樹高40メートルにも達した大型シダ植物で、化石には樹皮の模様が見られる。
 
 「千丈ヶ滝層」の露頭が見られる現場=2020年に開かれた県立博物館主催の地質観察会で撮影

「千丈ヶ滝層」の露頭が見られる現場=2020年に開かれた県立博物館主催の地質観察会で撮影

 
千丈ヶ滝層最上部の泥岩から見つかった「リンボク」の化石。うろこ状の樹皮のあとが見られる

千丈ヶ滝層最上部の泥岩から見つかった「リンボク」の化石。うろこ状の樹皮のあとが見られる

 
 千丈ヶ滝層の北側に広がるのが「小川層」。古生代石炭紀(約3億6千万年前~3億年前)に海中で堆積した地層で、主に生物の遺骸がたまってできる石灰岩で構成され、サンゴの化石がよく見られる。千丈ヶ滝層の北東部に広がる「栗林層」は古生代ぺルム紀(約3億年前~2億5千万年前)の地層。最下部に礫(れき)岩層があり、海中生物のウミユリや腕足動物の化石が見つかっている。今も深海に生息するウミユリ(動物)は、この時代の姿とほとんど変わっておらず、「生きた化石」と言われる。
 
石灰岩の中に見られる「サンゴ」の化石(20年の観察会で発見)

石灰岩の中に見られる「サンゴ」の化石(20年の観察会で発見)

 
礫岩の中に見られる「ウミユリ」の化石(20年の観察会で発見)

礫岩の中に見られる「ウミユリ」の化石(20年の観察会で発見)

 
 講師の望月さんは「千丈ヶ滝周辺は古生代後期の3つの時代の地層を歩いて見られる特殊な場所。7千万年にもまたがる長期の時代の地層をこんなに近い場所で見ることができるのはなかなかない」と話した。
 
 中生代(約2億5千万年前~6千万年前)の地質が見られるジオサイトは根浜海岸、箱崎半島千畳敷、釜石鉱山、橋野鉄鉱山。根浜海岸の岩には中生代ジュラ紀(約2億年前~1億4500万年前)の地層があり、「チャート」と呼ばれる深海の堆積岩でできたしま模様の層を見ることができる。千畳敷は中生代白亜紀(約1億4500万年前~6600万年前)初頭にマグマが地下深くで冷え固まってできた花こう岩で形成される。釜石鉱山、橋野鉄鉱山の形成には、白亜紀(約1億2千万年前)のマグマの貫入が関係する。古生代にできた石灰岩などがマグマの熱で変成して生まれたのが、磁鉄鉱や黄銅鉱。一帯では結晶質石灰岩(大理石)なども見られ、スカルン鉱床(接触鉱床)と呼ばれる。豊富な鉱物資源で釜石は日本最大の鉄鉱山、有数の銅鉱山として栄えた。
 
根浜海岸の防潮堤近くの岩で見られるチャート層

根浜海岸の防潮堤近くの岩で見られるチャート層

 
箱崎半島先端部、ジオサイトになっている「千畳敷」。花こう岩の荒々しい景色が広がる

箱崎半島先端部、ジオサイトになっている「千畳敷」。花こう岩の荒々しい景色が広がる

 
 望月さんは同市で複雑な地質が見られる背景として、三陸の大地の成り立ちを紹介した。三陸は北上山地のほぼ中央に位置する早池峰山を境に、地質学上「北部北上帯」と「南部北上帯」に分けられる。南部は約5億年前、太平洋赤道近くにあったゴンドワナ大陸の辺縁で、約4億4千万年前に大陸から分離。一方、北部は大陸の反対側の海底にたまった海洋堆積物が起源(約3億2千万年前~1億4千万年前)で、海洋プレートに乗って移動。南部、北部ともに長い年月をかけて北上し、アジア大陸の東縁で合体。後に日本列島が分離する。
 
講師の望月貴史さん(左下写真)の講演に聞き入る来場者

講師の望月貴史さん(左下写真)の講演に聞き入る来場者

 
 「世界各地で見つかる化石が当時の大地の場所を教えてくれる。大船渡市で見つかった古生代シルル紀のハチノスサンゴの化石と似たものがオーストラリアでも見つかっている。石炭紀以前は両地域が近い場所にあったと考えられる要素」と望月さん。講演では三陸南部特有の地形「リアス海岸」の成り立ちについても説明した。
 
鉄の歴史館で1月9日まで行われる特別企画展

鉄の歴史館で1月9日まで行われる特別企画展

 
 同館の特別企画展では北部、南部北上帯の解説パネル、各地で見つかっている岩石、化石など40点を展示。同館や旧釜石鉱山事務所の所蔵品のほか、県立博物館から借りたモシリュウ(草食恐竜)の上腕骨の複製、リンボクの化石など貴重な資料が公開される。両石の明治、昭和の津波記念碑がジオサイトになっていることに関連し、市内98の津波記念碑の紹介、明治、昭和の大津波被災の絵図や写真の展示なども行っている。1月9日まで開催される(火曜日、12月29日~1月3日は休館)。

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SL銀河、今季最終運行 釜石駅で見送り~来春の引退決定も…「また絶対乗る!」

今季最終運行を迎えたSL銀河。雄姿をカメラに収める乗客らでにぎわった

今季最終運行を迎えたSL銀河。雄姿をカメラに収める乗客らでにぎわった

 
 JR釜石線(花巻―釜石間)を走る蒸気機関車「SL銀河」が4日、今シーズンの運行を終えた。最終日も家族連れらでにぎわい、乗車率はほぼ満員となった。始発駅の釜石駅ホームでは地元関係者が横断幕を掲げ、大漁旗を振りながら花巻行きの列車をお見送り。来春に運行終了を控える中、鉄道ファンや住民らも雄姿を目に焼き付けようと詰め掛け、SLをバックに記念写真を撮影していた。
 
「ありがとう!また来年」と横断幕を掲げる乗客も

「ありがとう!また来年」と横断幕を掲げる乗客も

 
「C58239」をバックに記念写真。ホームに笑顔が広がった

「C58239」をバックに記念写真。ホームに笑顔が広がった

 
 釜石駅には午前9時57分の発車に合わせ、市外内から多くの人が集まった。機関車の前で機関士と写真を撮ったり、運転台の様子をのぞかせてもらったり交流。「ありがとう!また来年」と横断幕を掲げて客車に乗り込む人もいた。
 
 千葉県茂原市の澤井穂高君(萩原小2年)は今年2回目の乗車。機関車の迫力やレトロな雰囲気の客車、プラネタリウムがお気に入りで、「来年も絶対乗る」と目を輝かせた。首から下げたコンパクトカメラのシャッターを切る息子の様子を見守る父康男さん(39)は「思い出を大切に残してほしい。三陸の魚を味わいにまた来たい」と自身も楽しみをキープした。
 
白い制服に「一日駅長」のたすきを掛けた利重剛さん(右)、髙橋恒平釜石駅長

白い制服に「一日駅長」のたすきを掛けた利重剛さん(右)、髙橋恒平釜石駅長

 
 来年公開予定の映画「釜石ラーメン物語」に出演する俳優の利重剛さんが一日駅長に委嘱され、白い制服姿でホームに登場した。髙橋恒平駅長とともに手を挙げて出発の合図。見送りの大漁旗が翻る中、大きな汽笛、黒煙とともに列車がホームを滑り出した。
 
大漁旗を振って花巻行きの列車を見送る釜石市民ら

大漁旗を振って花巻行きの列車を見送る釜石市民ら

 
今季最終列車はほぼ満員。乗客は手を振って見送りに応えた

今季最終列車はほぼ満員。乗客は手を振って見送りに応えた

 
 駅から少し離れた場所で、線路を力強く進むSLを待ち構える人の姿も多数。只越町の多田國雄さん(79)は普段、聞こえない汽笛の音がこの日は耳に届き、「(写真を)撮りに来い―ということ。行かねば」と駆け付けた。モクモクと黒煙をはきながら走る機関車を正面から捉えてパチリ。「いいのが撮れた」と満足げだった。
 
釜石駅に停車中のSL銀河。少し離れたところで出発を待ち構えるファンも

釜石駅に停車中のSL銀河。少し離れたところで出発を待ち構えるファンも

 
】黒煙を上げ釜石を後にするSLを沿線から多くの人が見送った

黒煙を上げ釜石を後にするSLを沿線から多くの人が見送った

 
 SL銀河は蒸気機関車C58形239号機を復元し、東日本大震災の復興支援や観光振興を目的に2014年4月に運行を開始した。JR東日本盛岡支社によると、9年目の今季は4~12月の期間で、土日・祝日を中心に上下計72本(定員各176人)を運行。平均乗車率は8割と好調を維持した。14年4月から今年11月までの乗客数は約5万7000人。沿線住民、鉄道ファンらに愛されているが、旅客車の老朽化などに伴い来春の運行後に終了することが決まっている。来年の運行日程は今後決定するという。
 

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震災十三回忌前に 毛越寺(平泉)の僧侶ら 釜石・鵜住居観音堂で「復光」祈り法要

震災の犠牲者供養と被災地復興を願って手を合わせる人たち

震災の犠牲者供養と被災地復興を願って手を合わせる人たち

  
 東日本大震災から来年で十三回忌を迎えるのを前に、釜石市鵜住居町の「鵜住居観音堂」で11月30日、犠牲者供養と復興を祈る法要が営まれた。観音堂再建の歩みを知る平泉町・毛越寺の藤里明久貫主(72)が協力。「復興は進んでも心の中には震災の爪痕が残っていると思う。観音堂が気持ちの落ち着く場所になってほしい」と願いを込めた。
   
 同寺の従業員研修旅行の一環。震災後、毎年3月11日に平泉でも震災物故者の法要を行っており、被災地の現状に理解を深め、「忘れない」「伝える」との思いを共有して、その日を迎えようと、約20人が来釜した。
  
藤里貫主(手前)の話に耳を傾ける毛越寺の従業員ら

藤里貫主(手前)の話に耳を傾ける毛越寺の従業員ら

  
 観音堂は震災の津波で流失。本尊「十一面観音立像」(県指定文化財)は破損したものの流失を免れ、故大矢邦宣さん(震災当時、盛岡大教授)らが見つけて修復した。修復作業の間、本尊の代わりに地域を見守ってもらおうと模刻「身代わり観音像」も制作。本尊とともに今年3月に再建された観音堂に安置する。
   
 大矢さんの遺志を継ぎ、被災地に心を寄せてきた藤里貫主が、その歩みを従業員らに紹介。「光が差し込んで、心豊かに暮らせるよう『復光』を願う」と、身代わり観音像を前に般若心経を唱え、従業員らが手を合わせた。
  
震災十三回忌を前に鵜住居観音堂で営まれた法要

震災十三回忌を前に鵜住居観音堂で営まれた法要

  
 地域住民も足を運び、思いをはせる機会にした。齋藤清子さん(78)は「もうすぐ12年。あっという間、早いね。観音堂は気持ちのよりどころ。子どもたちの声が聞こえるまちになってほしい」と目を細めた。
  
 観音堂を管理する別当の小山士(つかさ)さん(79)は「毛越寺からは毎年のように法要に来ていただきありがたい。先祖代々、500年守ってきた観音様をしっかりお守りしていかなければ」と言葉をかみしめた。
  
研修旅行で来釜した毛越寺の従業員、出迎えた鵜住居町の住民

研修旅行で来釜した毛越寺の従業員、出迎えた鵜住居町の住民

  
 「3月11日に平泉を訪れる方々にも被災地を忘れず、思いを寄せてもらいたい。そのためにもわれわれが現状を知り、伝える役目を果たしたい」と藤里貫主。一行は、陸前高田市の高田松原津波復興記念公園や宮城県南三陸町なども訪ねた。

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第3期「大震災かまいしの伝承者」に15人認定/市震災誌編さん委 進捗状況確認

基礎研修を修了し、「大震災かまいしの伝承者」になった15人と講師陣ら

基礎研修を修了し、「大震災かまいしの伝承者」になった15人と講師陣ら

 
 東日本大震災の体験や教訓を後世に語り継ぐため、釜石市が養成する「大震災かまいしの伝承者」の基礎研修会が3日、上中島町の中妻公民館で開かれた。3期目となる本年度は市内外から応募した15人が、研修を経て伝承者に認定された。今後、家族ら身近な人のほか、非体験者などに震災の事実を伝え、防災意識の向上や確実な避難につなげる一翼を担う。
 
 同制度は2019年にスタート。第1、2期合わせ69人が伝承者に認定されている。今期は小学3年生から75歳までの意欲ある人たちが研修に臨んだ。岩手大の教授陣が講師となり、地震のメカニズムと津波被害の特質、同震災の被害概要、同市が震災後に定めた防災市民憲章について解説。1期の認定者瀬戸元さん(釜石観光ガイド会員)が、自身の伝承活動で伝えている内容などを紹介した。
 
3グループで将来に伝えたい教訓、取り組みを話し合ったワークショップ

3グループで将来に伝えたい教訓、取り組みを話し合ったワークショップ

 
 「将来に伝えたい教訓」をテーマにグループワークも行われた。参加者が実体験や震災伝承への思いを語り合い、今後必要と思われる取り組みや課題を出し合った。共通していたのは「命を守る行動をとってほしい」ということ。避難意識を高めるには訓練や防災教育の充実、日ごろからの地域のつながりが重要との声が上がった。効果的な教訓の伝え方も話題に。市内で行われている「新春韋駄天競走」、鵜住居小の「津波てんでんこマラソン」など行事に絡めた伝承、災害シミュレーションゲームのような防災を身近にする方法を例に、今後増えていく非体験者への伝承の在り方も考えた。
 
震災時の自分の体験などを話す研修参加者

震災時の自分の体験などを話す研修参加者

 
経験者の思いを共有し、何を伝えるべきか考えた

経験者の思いを共有し、何を伝えるべきか考えた

 
各グループで活発な意見交換が行われた

各グループで活発な意見交換が行われた

 
 岩手大地域防災研究センターの越野修三客員教授は「伝承は語るだけでなく、いろいろな手段がある。伝承者が協力し合い、何ができるか、どうしたら伝えていけるかを考え実践していってほしい」と期待した。
 
 最年少伝承者となった佐々木智桜さん(鵜住居小3年)は2014年3月11日生まれ。3年前の同じ日、祖母と伯母が津波の犠牲になった。「二度と死亡者を出してほしくない―」。震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」で働く母智恵さん(40)にお願いして研修に臨んだ。「困っている人の避難の準備をお手伝いして、1秒でも早く津波から逃げられるようにしたい。今日聞いたことは海の近くにいる人に伝えたい」と智桜さん。
 
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母智恵さんと参加者の話に聞き入る佐々木智桜さん(左)

 
 大槌町地域おこし協力隊の北浦知幸さん(35、京都出身)は震災伝承の仕事を担当中。13年から2年間、応援職員として釜石市に派遣された経歴を持つ。「震災経験者が伝えたい思いをきちんと理解し、次につなぐことが大切。震災直後と今では伝えたい内容も同じではないと思う。年数がたって出てきた課題など、12年の流れを踏まえて伝えられたら」。教訓を生かしてもらうためには「伝承のゴールはない」と、末永い活動に意欲を示した。
 
 基礎研修を修了した15人には伝承者証と名札が交付された。来年度、伝承手法などを学べるステップアップ研修(任意)も行われる予定。
 

釜石市震災誌 2022年度内の素案完成へ全力 第2回編さん委で作業の進捗状況確認

 
第2回釜石市震災誌編さん委員会=5日、市役所

第2回釜石市震災誌編さん委員会=5日、市役所

 
 東日本大震災の記憶を後世に伝える釜石市震災誌(仮称)の作成に取り組む同市は5日、2回目の編さん委員会(委員長=齋藤徳美岩手大名誉教授、委員15人)を市役所で開いた。当初予定より作業が遅れていることが説明され、今後の進め方などについて委員の意見を聞いた。市は本年度内の素案の完成を目指す。
 
 同震災誌は庁内検証委員会が年度ごとにまとめてきた記録誌を基に作る。9つの項目を柱に58のテーマで構成。発災から復興に向けた取り組み、避難行動の検証、防災の課題など、多様な視点で未来に生かされる内容を目指す。各項目冒頭の特集ページに事実やデータの記載だけでは分からない教訓や証言、トピックスを盛り込み、ストーリーが見える誌面にする。日本海溝北部での地震による津波対応についても記載する。
 
 委員からは、先人の教訓や防災教育先進地としての取り組み、復興過程の課題など次世代に求められる内容を盛り込む必要性が指摘された。齋藤委員長は「本年度内にたたき台を出してもらい、来年度早々には意見交換に着手したい。委員会でしっかり議論を重ね、中身のあるものにしたい」と話した。

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多彩な音色、楽器の掛け合いで聴衆魅了 釜石市民吹奏楽団 第56回定演

息の合った演奏を披露する釜石市民吹奏楽団

息の合った演奏を披露する釜石市民吹奏楽団

  
 釜石市民吹奏楽団(山内真紀人団長、約50人)の第56回定期演奏会は11月27日、大町の市民ホールTETTOで開かれた。「ウィズ コロナ」を掲げて時勢に応じた演奏活動を模索する中、今夏の東北吹奏楽コンクールに県代表として36年ぶりに出場し、「困難に負けず進んでいこう」との思いを乗せて今できる精いっぱいの熱奏を届けた団員ら。自信に満ちた迫力あるステージを繰り広げ、聴衆560人余りを魅了した。
  
1部のステージでは吹奏楽コンクール課題曲などを披露した

1部のステージでは吹奏楽コンクール課題曲などを披露した

  
 2部構成で、全9曲を演奏。1部では、本年度の全日本コンクール課題曲の一つ「ジェネシス」(鈴木英史作曲)、自由曲として東北大会でも演奏した「Comet(コメット)」(堀田庸元作曲)などを披露した。新型コロナウイルス禍で集まって音を奏でることの難しさを感じながらも、「いいものを作りたい」と挑み続けてきた同団。気持ちを一つにした息の合ったハーモニーを響かせた。
  
画像や照明を使って目も耳も楽しませた2部のステージ

画像や照明を使って目も耳も楽しませた2部のステージ

 
楽器ごとに衣装をそろえたり、ソロや掛け合い演奏も

楽器ごとに衣装をそろえたり、ソロや掛け合い演奏も

  
 2部は映画音楽、演歌、ジャズなど多彩なジャンルの楽曲を吹奏楽バージョンで聴かせた。ミュージカル「レ・ミゼラブル」の劇中歌7曲メドレーは低音が響くドラマティックなオープニングに始まり、「夢やぶれて」「民衆の歌」など、さまざまな曲調、楽器の掛け合いで壮大な世界観を展開させた。ステージのバックスクリーンには曲に合わせたイメージ画が映し出され、雰囲気のある照明とともに聴衆を劇中にいざなった。
 
 観客は声を出しての感動表現を控え、代わりに「ブラボー!」カードを掲げたり、盛んな拍手を送ってアンコールを求めた。2曲を追加演奏した団員らは「サンキュー!」カードで気持ちを返礼。舞台上と客席が音楽を分かち合う喜びにあふれた。
  
感染対策として観客に配られた「ブラボー!」カード

感染対策として観客に配られた「ブラボー!」カード

 
観客の拍手に応え、感謝の気持ちを掲げる団員たち

観客の拍手に応え、感謝の気持ちを掲げる団員たち

  
 毎回足を運んでいる甲子町の佐々美枝子さん(69)は「自信に満ちていて圧倒された。映像と一緒に音が体に入ってくるようで、すごく楽しかった」と感激。定内町の横田みゑ子さん(70)は「コロナで外に出るのを迷ったが、来て良かった」と目を細めた。
  
東北大会での入賞を紹介するコーナーもお目見えした

東北大会での入賞を紹介するコーナーもお目見えした

  
 同団は、第65回東北吹奏楽コンクール(9月4日、福島県いわき市)の職場・一般の部に県代表として出場し、銅賞に入った。会場ではその記録を紹介。山内団長は「聴いてくださる方のために―との思いを心に留め、精進していきたい」と力を込めた。