地域づくりに力を注ぎ感謝状を贈られた澤田さん(右から2人目)

退任の地域会議議長に感謝状 釜石市、地域貢献ねぎらう

地域づくりに力を注ぎ感謝状を贈られた澤田さん(右から2人目)

地域づくりに力を注ぎ感謝状を贈られた澤田さん(右から2人目)

 

 釜石市は22日、地域会議議長退任者3人に感謝状を贈った。市役所で行われた贈呈式には、みなとかまいし地区会議長を2017年6月~21年6月まで、2期4年務めた鈴子町の澤田政男さん(73)が出席。野田武則市長は労をねぎらいつつ、「これまでの経験と知識を生かし、後継者の指導をお願いしたい」と期待した。欠席した鵜住居町の花輪孝吉さん、橋野町の和田松男さんには後日、市職員が訪問し感謝状を贈った。

 

 地域会議は、市民参加型のまちづくりを進めるために市内を8地域に分けて組織。それぞれの会議では構成員の地域住民らが地域の問題を考え、解決策を見いだし実践、意見や要望を行政施策に反映させている。

 

 みなとかまいし地区会議は市東部地区(鈴子町~嬉石町)の住民らで構成。東日本大震災の津波で被災した地域だが、市中心市街地でにぎわいの拠点でもあり、多くの復興公営住宅が建設された。既存町内会の住民と復興住宅入居者の関係づくりが課題となっていて、澤田さんは餅つきイベントやごみ拾いウオーキングなどを企画開催し住民の融合・交流促進を図った。

 

「住民の交流維持には地道な活動が必要」と振り返った澤田さん

「住民の交流維持には地道な活動が必要」と振り返った澤田さん

 

 澤田さんは「被災した地域と免れた地域が混在し、とまどいもあった。イベントの企画や運営は得意で、何とか交流するきっかけを作ろうと考えた。次の世代が続けられるよう見守っていきたい」と目を細めた。

 

 花輪さんは13年6月~21年5月まで、4期8年務めた。震災で被災した鵜住居地区の復興に向けて尽力し、郷土芸能による地域活性化の支援、中学3年生を対象にした学習サポート事業を展開。19年のラグビーワールドカップ(W杯)釜石開催に向け、のぼり旗や看板の設置、おもてなしを学ぶタウンミーティングの実施など機運醸成にも力を尽くした。

 

 和田さんの在任期間は17年6月~21年7月までの2期4年。台風で被害を受けた栗橋地区の河川整備などの復旧活動、大雨・洪水対応の避難施設の設置に向けた提案、県道整備の要望活動などに力を注いだ。世界遺産「橋野鉄鉱山」関連施設の保存に向けた修繕なども実施。食の文化祭、四季まつりなど地域を活性化させる行事にも積極的に協力した。

佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ

佐渡裕さん&SKO 震災被災地に思い寄せ11年 釜石市長が感謝状贈呈

佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ

佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ

 

 世界的指揮者・佐渡裕さんが率いるスーパーキッズ・オーケストラ(SKO、兵庫県西宮市)が、今年も東日本大震災の被災地に鎮魂と復興を願う音色を届けた。釜石市では20日、大町の市民ホールTETTOでコンサートを行った後、鵜住居町根浜で多くの犠牲者が眠る海に向かって献奏。2011年から同市に寄り添い続ける佐渡さんらに野田武則釜石市長は感謝状を贈り、市民の気持ちを代弁した。

 

 SKOのコンサートは本県などが主催する「さんりく音楽祭」として19日から3日間、宮古、釜石、陸前高田の3市で開かれた。釜石会場には野田武則市長が駆け付け、演奏に先立ち感謝状を贈呈。市民の心の復興に多大な貢献をしてきた同団に深い感謝と敬意を表した。

 

野田武則釜石市長から感謝状と虎頭が贈られた

野田武則釜石市長から感謝状と虎頭が贈られた

 

 今回は小学5年生から高校3年生まで26人のメンバーが来釜。クラシックに映画、舞台音楽を織り交ぜた全8プログラムを届けた。「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲」(レスピーギ)は、震災の1年後、仏パリのノートルダム大聖堂で東北を思う2千人規模のミサが開かれた際に、同団が招かれ演奏した思い入れの強い曲。厳しいオーディションで選抜されたメンバーが奏でるクオリティーの高い演奏に、観客約380人が聞き入った。アンコールの拍手が鳴りやまず、さらに2曲を演奏した。

 

さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日

さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日

 

さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日

 

 甲子町の50代女性は、子どもたちの演奏技術と迫力に「すごく上手でびっくり。感動しました。被災地を忘れないでいてくれてありがたい」と感謝。野田町の畠山政美さん(41)は「(SKOの演奏は)初めて聞いた。生の音はやっぱりいい。ピアノを習う娘にも刺激になったよう」と喜んだ。

 

 SKOは、阪神・淡路大震災から10年を機に復興のシンボルとして創設された兵庫県立芸術文化センターのソフト先行事業として、03年から活動を開始。全国の弦楽器に取り組む子どもたちをオーディションで選抜し、同センター芸術監督の佐渡裕さんの指揮、指導でさまざまな活動を展開している。

 

 釜石との縁は、震災津波で被災した根浜の旅館「宝来館」のおかみ岩崎昭子さんが佐渡さんに送った手紙がきっかけ。11年8月に初めて根浜海岸を訪れ、鎮魂の演奏をささげた。以来、年1回の献奏が市民の傷ついた心を癒やし、復興に向かう力を与えてきた。「神戸はたくさんの支援で復興を遂げた。亡くなられた方に手を合わせ、もっと豊かなまちを創っていくことは大きな使命。これからも釜石との縁をつなぎ、このまちの未来に寄り添いたい」と佐渡さん。

 

佐渡さんらが釜石と縁を結ぶきっかけを作った宝来館おかみの岩崎昭子さん(右手前)

佐渡さんらが釜石と縁を結ぶきっかけを作った宝来館おかみの岩崎昭子さん(右手前)

 

宝来館から根浜の海に向かって献奏するSKO

宝来館から根浜の海に向かって献奏するSKO

 

 団員らはTETTOでの演奏後、宝来館に移動し、海に向かって献奏。「ふるさと」を含む4曲を奏で、集まった地元住民らとこの11年間に思いをはせた。

 

 今回コンサートマスターを務め、バイオリンソロで観客を魅了した垣内響太さん(18)は、12年に最年少バイオリニスト(当時9歳)としてSKOに入団。翌年、単身で渡英し、名門音楽院で研さんを積んできた。現在、ベルリン芸術大1年生。根浜には12年から足を運ぶ。

 
 「タイスの瞑想曲」でバイオリンソロを聞かせる垣内響太さん(中央)

「タイスの瞑想曲」でバイオリンソロを聞かせる垣内響太さん(中央)

 

 震災の爪跡を目の当たりにした当時を振り返り、「小さかった僕でも衝撃を受けるほど記憶に残っている。今は本当に見違えて別世界のよう」と11年の時の重みを実感。被災地での演奏は「人に寄り添う音楽」の大切さを気付かせた。「音楽は言語のいらない世界共通の言葉。それを世界に広げていけるような音楽家になりたい」と夢を描く。

 

 本県初、唯一の団員、チェロの若林出帆さん(盛岡一高3年)は、小学1年時に震災を経験。SKOの東北ツアーに足を運ぶ中で入団を目指すようになり、高校1年の時に3回目の挑戦で合格を勝ち取った。「周りのレベルが高いので、すごくいい刺激をもらった。演奏後の観客の拍手や手を振ってくれる姿がうれしく、やって良かった」。SKOは本年度で“卒業”となるが、「これからも演奏は続け、音楽を通じていろいろな人と関わっていきたい」と未来を見据える。

 
根浜海岸の松林では地元住民らが演奏を見守った

根浜海岸の松林では地元住民らが演奏を見守った

 

 SKOはこの日、根浜と同様に11年から訪れる大槌町吉里吉里の吉祥寺でも献奏を行った。

シンポジウム冒頭で、活動紹介する釜石高「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」

震災伝承を未来につなぐ 語り部活動する若者ら 現状と課題を発信

シンポジウム冒頭で、活動紹介する釜石高「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」

シンポジウム冒頭で、活動紹介する釜石高「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」

 

 東日本大震災の伝承、防災・減災活動に地域や世代を超えて取り組む「3.11メモリアルネットワーク」(宮城県石巻市、代表・武田真一宮城教育大特任教授)は19日、釜石市の市民ホールTETTOで、震災伝承の今後を考えるシンポジウムを開いた。伝承の未来を担う若い語り部らが集まり意見交換。震災の記憶と教訓を伝え続けるための課題を探った。

 

 岩手、宮城、福島の3県などで震災伝承に関わる活動を行う高校生、大学生、若手社会人ら9人がパネリスト。震災当時は保育園児~中学生、被災経験も異なる若者たちが、活動を始めたきっかけ、これまでの活動で見えてきたこと、続けるための課題などを話し合った。

 

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウム

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウム

 

 震災で祖父母を亡くした宮城県東松島市の志野ほのかさん(23)は、高校2年時から語り部活動を始めた。社会人1年目。仕事との両立に難しさを感じながらも、職場の理解を得て自分のペースで活動を続ける。「語り部や防災活動が命を守るために大切な活動であると社会的に認められ理解が進めば、長く続けられるのでは」と提言した。

 

 釜石高生徒有志で結成する震災伝承、防災活動団体「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」の川原凜乃さん、矢内舞さん(ともに2年)は、卒業後の活動継続に意欲を見せつつも、進学で地元を離れた際の関わり方に不安をのぞかせる。川原さんは「防災活動をしたい人たちが集まれる機会、仲間を紹介してくれる仕組みがあれば」と何らかのサポートを望んだ。

 

活動継続への考えなどを話す釜石高の矢内舞さん(左)、川原凜乃さん

活動継続への考えなどを話す釜石高の矢内舞さん(左)、川原凜乃さん

 

 福島県富岡町の大学生佐藤勇樹さん(22)は小学5年時に被災、原発避難を経験した。昨夏から語り部活動を始めたが、一歩踏み出すハードルの高さも感じている。迷っている人が「語り部を知り、体験できるような機会があれば参入しやすい。他地域で長く活動している人のノウハウ的なことを知る場もあれば」と話した。

 

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウムの写真

 

 自身の体験を交えて話すことが多い語り部活動。被災の度合いや身内の犠牲者の有無などを理由に「自分が語っていいのか」とためらう人がいるのも事実。今回のパネリストも同様の葛藤の経験を明かしたが、それぞれに信念を持って活動を続ける。「被災状況で線引きすべきではない。話したいと思う人が話せる場が必要」。「被害の大きさではなく、『伝えたい』という気持ちが大事」。今後、震災を経験していない世代が増えていく中で、意欲ある伝承人材は不可欠との認識を示した。

 

 震災から11年が経過した今、語り部の需要はどうなっているのか。釜石市鵜住居町の伝承施設「いのちをつなぐ未来館」で働く川崎杏樹さん(25)は「減っている実感はない」とし、求められる内容の変化を挙げた。震災直後は、被害の詳細や当時の避難行動が注目されたが、今は「震災前の活動が発災時、どう生きたのか。次の災害にどう備えていけばいいのか」といった事前対策への関心が高いという。

 

 パネリストからは、11年たったからこその(語り部の)必要性を指摘する声も。「やっと現地に来られた」「話せるようになった」など、聞く側、話す側双方の気持ちの変化も見て取れるといい、対応可能な体制づくりも今後の課題に挙げた。

 

若い世代の語り部活動への参画を呼び掛ける川崎杏樹さん(右)

若い世代の語り部活動への参画を呼び掛ける川崎杏樹さん(右)

 

 未来館の川崎さんは同年代の若者に向け、「伝えたい、発信したいと思ったことを素直に伝えれば、その気持ちは必ず聞き手に伝わる。ぜひ、挑戦してほしい」と伝承活動の広がりに期待。宮城県石巻市出身で、愛知県で学生生活を送る岩倉侑さん(名古屋大1年)は「外の世界、特にも今まで災害がない、少なかった地域にこそ、積極的に発信していくことが大事。『誰かを助けたい』という思いを持ち続けていれば、困難も乗り越えられる。誰でも気軽に関われるような活動になれば」と願う。

 

東北大・佐藤翔輔准教授が基調講演 震災伝承を長く続けるために

 

東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授による基調講演

東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授による基調講演

 

 パネルディスカッションに先立ち行われた基調講演では、東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授が、持続的な伝承活動のヒントとなる事例を紹介した。

 

 新潟県関川村では、1967年8月28日に起こった羽越水害を、地域の大蛇伝説と絡めた祭りで伝え続ける。伝承の媒体で祭りのシンボルの大蛇は、水害発生日にちなみ、長さ82・8メートル。竹とわらでできた胴体は村内54集落が分担して制作し、数年に一度の頻度で更新している。担ぎ手には地域の中学生や外部団体が協力する。

 

 佐藤准教授は「更新による技術継承=対話の機会」が無理のない伝承につながり、幅広い年代の住民、他地域からの参加で継続性や広がりを生んでいる点に注目。災害から50年以上たっても、村民の70%が災害のあった日付を記憶していることを明かした。

 

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウムの写真

 

 広島県の原爆伝承の人材養成研修(広島市主催)も紹介した。同研修は「被爆体験伝承者(3年)」と「同証言者(2年)」の2コースを設ける。被爆者の高齢化が進み、直接語り継げる人が減っていく中、被爆体験や平和への思いを次世代に確実に伝える狙いがある。

 

 伝承者は証言を受け継ぎたい人を3人まで指名できるが、その理由や熱意を読んだ証言者が「この人なら任せられる」と判断(マッチング)しなければ、次の段階に進めない。約1年かけて証言者と伝承者(1人の証言者につき2~10数人)がグループミーティングを重ね、伝承者は1人立ちを迎える。

 

 佐藤准教授は「優れた伝承から学ぶことも大切。伝承者になった後のフォローアップ、交流の場があれば、自己研さん、切磋琢磨(せっさたくま)する機会も得られる」とアドバイスした。

 

ライブ配信の映像はこちらからご覧になれます。

協定書を手にする損害保険ジャパン・上野好章岩手支店長(左)、トヨタL&F岩手・高橋一仁社長(右)、野田武則釜石市長

損保ジャパン、トヨタL&F 災害時の車両支援で釜石市と協定締結

協定書を手にする損害保険ジャパン・上野好章岩手支店長(左)、トヨタL&F岩手・高橋一仁社長(右)、野田武則釜石市長

協定書を手にする損害保険ジャパン・上野好章岩手支店長(左)、トヨタL&F岩手・高橋一仁社長(右)、野田武則釜石市長

 

 損害保険ジャパン岩手支店(上野好章支店長、盛岡市)、トヨタL&F岩手(高橋一仁社長、矢巾町)は18日、災害時に両社が保有する電動車両やフォークリフトなどを無償貸与する協定を釜石市と結んだ。防災や福祉などで地域貢献を目指す両社は昨年11月、包括連携協定を締結。その取り組みの一環で、災害時における自治体への車両支援を決めた。釜石市との協定が県内初となる。

 

 協定締結式は市役所で行われ、上野支店長、高橋社長、野田武則市長が協定書に署名。災害時に両社が同市に対して行う応急対策支援の内容を確認した。

 

 協定は、釜石市内で災害が発生、または発生する恐れがある場合に、市の要請に基づき、両社が保有する車両などを貸与するもの。損保ジャパンは「電気自動車、ハイブリッド車、燃料電池自動車、車両からの外部給電に必要な機器」、トヨタL&Fは「フォークリフトなど、災害対応に関する機器」を無償貸与。指定避難所への給電、応急復旧現場での活用を想定する。貸与期間中にかかる費用(電気、燃料、消耗品)は市が負担。円滑な連携を図るため、両社は市が行う防災訓練にも協力する。

 

協定締結式で、災害時の3者連携について確認

協定締結式で、災害時の3者連携について確認

 

 上野支店長は「有事の際は真に実効性のある対策が必要。蓄積したノウハウ、事業の強みを生かし、釜石市の役に立てれば」、高橋社長は「先日も大きな地震があった。今回の協定で市民に少しでも安心を届けられたら」と願う。野田市長は「2社の力をいただけるのは大変心強い。震災の教訓を生かし、『誰一人として犠牲にならないまちづくり』にまい進していく」と感謝した。

 

 SDGs(持続可能な開発目標)達成への取り組みを進める両社は、昨年11月、「笑顔あふれる岩手づくり」を目指した包括連携協定を締結。防災・減災、健康福祉、環境など市民生活に関わる地域課題解決に向けタッグを組む。釜石市との協定を機に、複合連携をさらに進めていく考えだ。

「独特の技法で作り出す絵は、完成したときの達成感もひとしお」と黒須さん

繊細、複雑…かみわざ!切り絵作家・黒須由里江さん(釜石)作品展

「独特の技法で作り出す絵は、完成したときの達成感もひとしお」と黒須さん

「独特の技法で作り出す絵は、完成したときの達成感もひとしお」と黒須さん

 

 釜石市の美術集団サムディ45所属の切り絵作家、黒須由里江さん(43)の作品展「かみわざ」が、大町の市民ホールTETTOギャラリーで開かれている。釜石・大槌在住の作家を紹介する同ホールの自主事業「art at TETTO(アートアットテット)」の第4弾。神話や仏教、伝承などをモチーフに、複雑で細緻な線をつないだ「どこか色気のある」作品を生み出してきた黒須さん。自身初の個展で、最新作を含め約20点を展示している。27日まで。

 

 黒須さんは大槌町出身。小さい頃から絵を描くことが好きだったが、油彩や水彩、美術学校を卒業するなど専門的に学んでおらず、色を塗るのは苦手。ただ、デッサンには自信があり、描くことはやめなかった。描いた線を作品として残す方法を試行錯誤し、たどり着いたのが切り絵。細かな線を切り抜いた紙(絵)と台紙(背景)が作る2色の世界観が線を際立たせる手段としてピタリとはまり、10年ほど前に始めた。同じ頃に同集団にも加入。釜石市内の郵便局に勤める傍ら創作活動に励んでいる。

 

神話や仏教などをモチーフにした作品が並ぶ

神話や仏教などをモチーフにした作品が並ぶ

 

 神話上の生物や仏像、風俗習慣などに関心があり、「想像上のものを絵にしたら面白い。自分だったら…」と心を動かされるものを作品にしてきた黒須さん。展示では、インド神話や仏教に関わりのある「鳥頭人身有翼」の神をモチーフにした「迦楼羅(かるら)」、千の手で衆生を救うという「千手観音」を主題にした「hands」、最新作でインドネシア・バリ島の伝統的な民族舞踊に登場する「聖獣バロン」と「魔女ランダ」の戦いを描いた「バロンダンス」など、繊細ながらも躍動感あふれる世界を見せる。

 

 19、20日にはワークショップを開催。参加者は、黒須さんがデザインした虎舞などの図案の切り抜きに挑戦した。線が太めの図案でも細かな作業が必要な部分もあり、体験者たちは図案に集中。黙々と手を動かしていた50代の女性は「力の入れ具合、細かいとことから切るというコツをつかむとサクサク作業が進む。出来上がった時の達成感が気持ちいい。リフレッシュしたい時にやってみるのもいいかも」と楽しんでいた。

 

切り絵体験ワークショップで達成感を得る参加者、見守る黒須さん(中)

切り絵体験ワークショップで達成感を得る参加者、見守る黒須さん(中)

 

 黒須さんは、中央美術協会主催の公募展「中美展」に2015年から出品し、入選・入賞を重ねていて、昨年は「バロンダンス」が準会員賞に選ばれた。審査員から「独特の切り絵。どこか色気がある」と評価され、独学ながらも続けてきた作風に手応えを実感。市販で手に入るラシャ紙で一番大きいサイズ(縦約110センチ、横約80センチ)を目いっぱい使った作品を作りたい―と意欲を高めている。

 

 大作は完成までに約半年かかるといい、並んだ作品には「達成感のほかに、(制作から)解放された喜びがあふれている」と黒須さん。「どうやってこれを作ったのか、想像しながら見てもらえたら、うれしい」とほほ笑む。

 

来場者はお気に入りの作品探しを楽しんでいる

来場者はお気に入りの作品探しを楽しんでいる

 

 かみわざは午前9時~午後9時(最終日は午後4時)まで鑑賞できる。26、27日は黒須さんの実演がある。

釜石ガスで行われたカーボンニュートラルLNG受け入れ式=15日

釜石ガス「カーボンニュートラルLNG」導入開始 脱炭素社会貢献へ

釜石ガスで行われたカーボンニュートラルLNG受け入れ式=15日

釜石ガスで行われたカーボンニュートラルLNG受け入れ式=15日

 

 釜石市鈴子町の都市ガス業者・釜石ガス(渡邉浩二社長)は、自社の二酸化炭素(CO2)排出量を森林の吸収量と相殺し、実質ゼロにするための取り組みを開始した。石油元売り大手のENEOS(エネオス、大田勝幸社長)が昨年11月から販売する「カーボンニュートラルLNG(液化天然ガス)」を購入し、都市ガス製造設備、事務所の給湯や空調などの都市ガス使用分に充てる。年間15トンの供給で、約50トンのCO2排出量削減に貢献する。

 

 カーボンニュートラルLNGは、海外の森林保全プロジェクト由来のCO2クレジットを活用し、「天然ガスの採掘から燃焼までの工程で発生するCO2」を「植林や森林保全によるCO2吸収量」で埋め合わせすることで、実質排出量ゼロとみなされるもの。

 

 両社が同LNGの売買契約を締結。15日、鈴子町の同社で、エネオスの冨士元宏明ガス事業部長が渡邉社長に供給証明書を手渡し、受け入れを開始した。渡邉社長は、国が目指す2050年までのカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現(20年10月宣言)、釜石市のゼロカーボンシティ宣言(昨年10月)に触れ、「エネルギー利用者として少しでも貢献できれば。お客様からの要望があれば、カーボンニュートラル都市ガスの販売も検討していきたい」と努力姿勢を示した。

 

エネオス冨士元ガス事業部長(左)から供給証明書を受け取る釜石ガス渡邉社長

エネオス冨士元ガス事業部長(左)から供給証明書を受け取る釜石ガス渡邉社長

 

 今回のカーボンニュートラルLNGの導入は、県内の都市ガス業4社が足並みをそろえて行い、釜石のほか花巻ガス(花巻市)、水沢ガス(奥州市)、盛岡ガス(盛岡市)も同様の売買契約を結んだ。4社で1年分の使用量計104トンを購入し、約340トンのCO2排出量削減につなげる。

うのすまい・トモス3周年記念イベント

うのすまい・トモス3周年記念イベント

うのすまい・トモス3周年記念イベント

 

うのすまい・トモス3周年を記念し、記念イベントが開催されます。詳しくは添付のチラシをご覧ください。

 

※「岩手ビッグブルズ」のチアリーダーとマスコットキャラクター「BULLZO」によるPRコーナは中止となりました。
※会場内でのマスクの着用、こまめな手洗い及び消毒にご協力をお願いいたします。また、体調のすぐれない方、37.5度以上の発熱のある方は入場をお控えください。 
 
うのすまい・トモス3周年イベント[PDF:910KB]

日時

令和4年3月26日(土)11:00~14:00 記念イベント ※雨天・荒天中止

場所

うのすまい・トモス 「鵜の郷交流館」特設会場 (釜石市鵜住居町4丁目900)

内容

 ・ホタテ焼き、海産物、野菜、漬物、お菓子、パン、お弁当、総菜などの販売や薪ストーブの展示
 ・郷土芸能(鵜住居虎舞)演舞  ○1回目11:30~ ○2回目13:00~
 ・「釜石シーウェイブス」によるラグビー体験コーナー ○11:00~13:00

問合せ・申込み先

 (株)かまいしDMC うのすまい・トモス
 住所:釜石市鵜住居町4丁目900
 電話:0193-27-5666 

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 産業振興部 商工観光課 観光物産係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8421 / Fax 0193-22-2762 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2022032200010/
釜石市

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表彰を受け笑顔を見せる菅原梨花さん(右から2人目)

今春開設、釜石の市民農園「甲子わくわく農園」命名者を表彰

表彰を受け笑顔を見せる菅原梨花さん(右から2人目)

表彰を受け笑顔を見せる菅原梨花さん(右から2人目)

 

 釜石市が今春の開園を予定し甲子町の道の駅釜石仙人峠近くで整備中の市民農園の名称は「甲子わくわく農園」に決まった。考案した甲子小4年の菅原梨花さんに15日、野田武則市長から表彰状と記念品が贈られた。「元気があふれた、楽しいことがたくさんできる場所になってほしい」という意味が込められているという。

 

 市民農園は、▽自然や農業に触れる機会の創出▽定年就農などの担い手対策▽心身の健康維持・増進▽景観維持▽遊休農地の解消-などを目的に設置。名称について、甲子小4年生46人にアイデアを募集した。

 

 市農政推進協議会(佐々木かよ会長)の委員ら十数名で審査。佐々木会長は「栽培、収穫、調理して味わう楽しさ、たくさんのワクワクを想像した。親しみやすく、すてきな名前だ」と評価した。

 

名前に込めた思いや農園への期待を話す菅原さん

名前に込めた思いや農園への期待を話す菅原さん

 

 表彰式は市役所で行われ、野田市長が賞状、佐々木会長は花をかたどった写真立てなどを菅原さんに手渡した。菅原さんは「考えた名前を表彰してくれてありがとうございます。みんなに親しまれて、農園が有名になればうれしい。好きな花や野菜をたくさん育ててほしい」とはにかんだ。

 

 市民農園のほか、国際姉妹都市フランスのディーニュ・レ・バン市で栽培が盛んなラベンダーの鑑賞を楽しめる観光農園の設置も予定する。野田市長は東日本大震災からの「心」の復興、新型コロナウイルスの流行で外出機会が減った市民の癒やしにつながることを期待。菅原さんに「甲子の一員として農園を盛り上げてほしい」と話し掛けた。

 

 2つの農園は道の駅そばを流れる甲子川を挟んだ向かい側、釜石自動車道沿いの面積1746平方メートルの土地を活用し整備。市民農園は全55区画(1区画9平方メートル)で、4月1日号の市広報誌や市ホームページで周知、利用希望者の公募を始める。開園は10日を予定する。観光農園は今夏に一部を開園し、3年後のフルオープンを目指す。

新しい集会所の完成を喜ぶ向定内町内会の住民ら

新集会所完成で開所式 釜石の向定内町内会、住民交流の促進期待

新しい集会所の完成を喜ぶ向定内町内会の住民ら

新しい集会所の完成を喜ぶ向定内町内会の住民ら

 

 釜石市が定内町に整備した向定内集会所が完成し12日、開所式が現地で開かれた。管理を担う向定内町内会(三浦一志会長)の役員や野田武則市長ら市関係者約20人が出席。新集会所が町内活動の核となり、地域の活性化につながることを願った。

 

 定内町2丁目で暮らす約220世帯、420人で構成する同町内会では、小佐野公民館向定内分館を町内活動の拠点として活用してきたが、築50年以上が経過し、雨漏りや床板の傷みなど老朽化が目立っていた。10年以上前から新しい集会施設の整備を市に要望。土地の確保や予算など、一つずつ問題を解決し、念願の新集会所が完成した。

 

 定内橋そばに建てられた新集会所は木造平屋で延べ床面積168・93平方メートル。ホール(約70平方メートル)や和室1室(12畳)、調理室、倉庫・納戸などを備えた。車いすでホールに入ることができるようスロープデッキを設置。建設地は山際で土砂災害などの危険性があり、擁壁を整備。建設費用は8536万円で、過疎債を活用した。

 

完成した集会所を見学する住民ら

完成した集会所を見学する住民ら

 

 開所式で、野田市長は「大いに活用し、互いに見守り合い、安心して暮らせる地域づくりに役立ててほしい」と期待。住民らは、日高寺(礼ケ口町)により営まれた神事で「あたたかな笑顔を発信できる、和合の象徴」となることを願った。

 

 同町内会では集会所を町内会の会合や、住民によるグループ活動、子ども会の集まり、高齢者の体操などに活用する方針。三浦会長(79)は「立派な集会所を大切に使い、地域の交流を図っていきたい」と意欲を見せた。

新しい消防ポンプ車の配備を喜ぶ第3分団3部団員

地域防災機能アップ 新消防ポンプ車配備、釜石・平田地区の第3分団3部

新しい消防ポンプ車の配備を喜ぶ第3分団3部団員

新しい消防ポンプ車の配備を喜ぶ第3分団3部団員

 

 釜石市消防団(川﨑喜久治団長、団員563人)の第3分団第3部(平田地区、川向真吾部長、11人)に、新しい消防ポンプ車1台が配備された。新車両の操作説明会が9日に鈴子町の釜石大槌地区行政事務組合消防本部庁舎で行われ、川向部長(52)ら4人が参加。納入業者から車両の付帯装置について説明を聞き、積載ポンプの放水能力を確認した。

 

 新車両は四輪駆動のオートマチック車で、毎分2000リットルの放水能力を持つポンプを搭載している。乗車定員5人。自動ブレーキシステム、電子サイレン、カーナビとバックモニター連動装置、ドライブレコーダーなど防火・広報活動に必要な最新機器を装備した。購入金額は2629万円。

 

 庁舎前で車両の運転特性や装備の操作など説明を受けた後、甲子川の対岸、千鳥町の河川敷に移動し、実際に放水能力を確認した。川向部長は「新しい車両に気持ちも引き締まる。操作に早く慣れるため、しっかりと訓練する必要がある。初心に帰り、みんなと協力しながら活動を頑張りたい」と力を込めた。

 

新車両の装備について説明を受ける団員ら

新車両の装備について説明を受ける団員ら

 

甲子川河川敷で新車両の放水能力を確認した

甲子川河川敷で新車両の放水能力を確認した

 

 旧車両は1998年に配備され、20年以上が経過した。この後廃車となる予定で、団員歴約30年の川向部長は「愛着があるから…寂しい」とぽつり。東日本大震災(2011年)時には車両で寝泊まりしながら地区の見守りをし、尾崎半島の大規模山林火災(17年)ではともに懸命に取り組んだ消火活動を振り返り、感慨深げな様子だった。

 

 2021年度の車両更新は今月中に資機材搬送車1台も見込む。

ラグビーリーグワン2部 釜石SWホーム初戦 対日野レッドドルフィンズ=12日

釜石SWホーム初戦 気迫あふれるプレーも勝利ならず 日野に7-55

ラグビーリーグワン2部 釜石SWホーム初戦 対日野レッドドルフィンズ=12日

ラグビーリーグワン2部 釜石SWホーム初戦 対日野レッドドルフィンズ=12日

 

 NTTジャパンラグビーリーグワン2部第7節。釜石シーウェイブス(SW)RFCは12日、釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムで、日野レッドドルフィンズと対戦し、7-55(前半7-17)で敗れた。1勝6敗勝ち点5で5位。前日に東日本大震災発生から11年となり、復興の象徴である同スタジアムでの今季初戦を勝利で飾ろうと奮闘したが、力及ばなかった。

 

 前半18分までに2トライ1PGで、0-17と日野にリードを許した釜石は、38分、日野のボックスキックをWTB氏家柊太がキャッチ。自陣10メートル付近から日野を振り切って一気に走り抜け、サポートした新加入のSH村上陽平にパス。村上は左サイドから回り込み、中央にトライ。SOブレット・キャメロンのゴールも決まり、7-17で前半を折り返した。

 

日野のキックをキャッチし、敵陣を目指す氏家柊太選手(左)

日野のキックをキャッチし、敵陣を目指す氏家柊太選手(左)

 

氏家選手からパスを受ける村上陽平選手。そのまま走り切りトライ

氏家選手からパスを受ける村上陽平選手。そのまま走り切りトライ

 

 後半は運動量に勝る日野が着実に得点を重ねた。釜石はゴールライン目前まで攻め込む場面もあったが、得点には結びつかなかった。釜石の2選手にイエローカードが出され、各10分間の一時退場も。悪い流れを断ち切れず、後半は無得点。7-55で試合を終えた。

 

 試合後の記者会見で釜石の須田康夫ヘッドコーチは「自分たちのペースでゲームを進められず、修正できないまま終わってしまった」。ディフェンスでの失点を抑えるために「いろいろなプレッシャーの中での我慢。ブレイクダウンの見極めが鍵」と課題を見据えた。

 

 開幕戦で負傷し、戦線から離れていた小野航大主将は、日野戦から復帰。「震災11年」の翌日、ホーム初戦と、特別な思いを持って臨んだ試合だったが、「ミスも多く、自分たちがやりたいことをできなかった」。残り3試合に向け、「自分たちがやってきたこと、仲間を信じて切り替えたい」と話した。

 

 唯一のトライを決めた村上選手は「勝利することで県民に元気を届けたかったが、かなわず残念」。今季2トライ、司令塔としても注目され、「アタックリズムの強みを全面的に出し、ゲームメークできたら」と意気込んだ。

 

強風の中1040人が観戦。両チームに熱いエールを送った

強風の中1040人が観戦。両チームに熱いエールを送った

 

 釜石SW、第8節は20日、広島市でマツダスカイアクティブズ広島と対戦する。釜石市大町の釜石PITでパブリックビューイングを予定する。

 

日野、釜石 試合前日「3・11」に釜石祈りのパーク訪問

 

東日本大震災の話を聞く日野の選手=11日午後

東日本大震災の話を聞く日野の選手=11日午後

 

 日野レッドドルフィンズの選手、スタッフら約50人は、試合前日の11日、復興スタジアム近くの震災犠牲者慰霊追悼施設「釜石祈りのパーク」を訪問。同市の被災状況などを聞いた後、釜石SWと合同で献花。地震発生時刻の午後2時46分、黙とうをささげた。

 

 震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」スタッフから、同パークの場所にあった鵜住居地区防災センターで多くの住民が津波の犠牲になったこと、全校避難で津波から逃れた釜石東中、鵜住居小跡地に復興スタジアムが建つことなどを聞き、震災の教訓に理解を深めた。チームとして同震災被災地で学ぶのは、日野にとって初めてのことだという。

 

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祈りのパークでは釜石SWと共に震災犠牲者に献花した。撮影:西条佳泰 Grafica Inc.

 

 講話後、日野、釜石両チームは同市の震災犠牲者の名前が刻まれた芳名板の前で白菊を手向けた。地震発生時刻を告げるサイレンが鳴ると一斉に黙とう。犠牲者の冥福を祈った。

 

釜石から恩返し トンガ支援へラグビー応援団がTシャツ販売

 

トンガ支援Tシャツを着用し、販売する応援団員

トンガ支援Tシャツを着用し、販売する応援団員

 

 釜石ラグビー応援団(中田義仁団長)は、1月に海底火山噴火で津波など深刻な被害を受けたトンガを支援しようと、チャリティーTシャツを作成。売上金の一部を寄付するプロジェクトを始動した。12日、釜石SWのホーム初戦が行われた釜石鵜住居復興スタジアムで販売。限定1千枚のTシャツは引き続き、釜石情報交流センター(大町)、かまいし特産店(鈴子町、シープラザ釜石内)、道の駅釜石仙人峠(甲子町)で販売する。価格は2750円(税込み)。

 

 白地の支援Tシャツは、胸元に「#PRAYforTONGA」のロゴと、トンガの国旗、同応援団のマークを刺しゅうであしらった。1枚につき1千円を寄付する。12日は、Tシャツを着用した応援団員がスタジアム内で観戦客に支援への協力を呼び掛けた。

 

Tシャツ販売ブースにはトンガに思いを寄せる人たちが集まった

Tシャツ販売ブースにはトンガに思いを寄せる人たちが集まった

 

 2011年の東日本大震災発生時、釜石SWにはトンガ出身のピタ・アラティニ選手、ルイ・ラタ選手が所属していた。救出にきた大使館職員の帰国要請を断り、自ら釜石に残った両選手は、支援物資の積み降ろしなど被災者のために力を尽くした。その後も何人ものトンガ出身選手が釜石でプレーし、市民との交流を深めた。

 

 中田団長(53)は「今度は私たちがトンガの皆さんを助ける番。多くのラグビーサポーターにとってもトンガはなじみのある国。今日も多くの人たちが協力してくれている」と感謝。さらなる支援の輪の広がりを期待した。寄せられた善意の寄付先は今後、団で相談して決める。

 

釜石SWの支援Tシャツ(右)とコラボ!!

釜石SWの支援Tシャツ(右)とコラボ!!

 

 同応援団は、ラグビーワールドカップ(W杯)釜石開催のレガシー(遺産)を継承しようと、20年7月に結成。「ラグビーのまち釜石」の発信、地元開催の各種大会のボランティア運営、ラグビーを通じた内外の交流事業などを行う。

唐丹の天文学者・葛西昌丕の人柄を描いた第35回釜石市民劇場の公演

2年ぶりの公演「釜石市民劇場」 人間愛伝える舞台で観客の心潤す

唐丹の天文学者・葛西昌丕の人柄を描いた第35回釜石市民劇場の公演

唐丹の天文学者・葛西昌丕の人柄を描いた第35回釜石市民劇場の公演

 

 第35回釜石市民劇場~満天の星は知っている「天文学者葛西昌丕」若き日の私記~(同実行委主催)は6日、大町の市民ホールTETTOで上演された。江戸時代に天文学者として功績を残した釜石の偉人葛西昌丕の人物像をフィクションで描いた物語。2回の公演に計267人が足を運び、笑いあり涙ありの舞台を楽しんだ。

 

 葛西昌丕(1765―1836)は唐丹村(現唐丹町)本郷生まれ。水産加工業を営む地元の名家に育った昌丕は、若くして仙台に出て、国学や天文地理を学ぶ。江戸幕府の命で全国を測量して歩いた伊能忠敬が唐丹村を訪れた後、その業績を石碑に刻み、忠敬が天測した北緯の数値と星座名などを刻んだ「星座石」を残した。

 

 劇中では、地域愛にあふれた人情家としての側面にスポットをあて、地域住民との関わりを通して昌丕の人柄などを描いた。物語は、漁で両親を亡くしたおユキが一緒に暮らす祖母と妹の元を離れ、遠い親戚のウメが働く葛西家の加工場に連れてこられるところから始まる。2人は優しく接する昌丕に心を開き、それぞれが抱える苦悩を吐露。昌丕のおかげで互いの気持ちを知り、親子のような関係を築いていく。

 

昌丕(左から2人目)は父親が経営する水産加工場の従業員からも慕われる

昌丕(左から2人目)は父親が経営する水産加工場の従業員からも慕われる

 

夜になっても戻らないおユキを心配し探し回る

夜になっても戻らないおユキを心配し探し回る

 

おユキ(左)を見つけ、優しい言葉をかける昌丕

おユキ(左)を見つけ、優しい言葉をかける昌丕

 

 観劇した中妻町の佐藤弘樹さん(44)は「悲しい出来事を乗り越えていくのに、周りの人たちの助けは大きな力。出会いの縁で互いに救われることもある」と実感。自身も同劇場の出演経験者。コロナ禍で制約がある中での稽古の大変さを思いやりながら、「子役の声がすごく出ていて良かった」と頑張りをたたえた。

 

 市内の60代女性は「皆さん上手で物語の中に引き込まれた。コロナにウクライナの戦禍。暗いニュースばかりだが、ひととき忘れることができた」。県内の感染拡大で外出もままならないが、「TETTOは空調もしっかりしているし、安心感がある」と、地元での娯楽を満喫した。

 

 キャストは総勢14人。昨年11月末から稽古を始め、制作スタッフらと思いを一つに舞台を作り上げた。新型コロナウイルス禍で昨年度は休演、2年ぶりとなる本公演は、感染状況を注視しながらの準備となった。無観客開催も選択肢の1つに考えたが、総合的に判断し、本番5日前に観客を入れての開催を決断した。

 

 主人公・葛西昌丕を演じた久保修二さん(54)は終演後、「楽しかった」と開口一番。自営業を営む花巻市から、毎回稽古に通った。「やり遂げた達成感が大きい。みんなのおかげ。仲間とのつながりも深まった」と感謝した。

 

葛西昌丕役を演じた久保修二さん(右)

葛西昌丕役を演じた久保修二さん(右)

 

 初参加の森美惠さん(14)は、自分とは正反対の静かな女の子を演じた。「言葉のない演技をどう見せるか、考えて工夫した。できは96点ぐらい?!」。最初は不安だったが、仲間と1つの作品を作り上げる楽しさを知った。「来年も参加したい」と望む。

 

 コミカルな演技で笑わせたのは、追いはぎの弟分を演じた木川田光成さん(39)。震災で被災し、今は遠野市に暮らす。遠野の市民劇にも参加し、出演歴は釜石7回、遠野4回。コロナ禍の影響を「職業によっては人が集まる活動を制限されたり、まちをまたぐ活動に厳しい目を向けられたり。精神的葛藤はみんなあるだろう」と語る。無事に公演を終え、ほっとした様子で、「お客さんに見てもらえたのが何より」と喜びをかみしめた。

 

抜群の演技力で観客の笑いを誘った追いはぎ・弥助役の木川田光成さん(中)

抜群の演技力で観客の笑いを誘った追いはぎ・弥助役の木川田光成さん(中)

 

終演のあいさつをするキャスト、スタッフらに大きな拍手が送られた

終演のあいさつをするキャスト、スタッフらに大きな拍手が送られた