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釜石オープンウオータースイミング いわて国体のレガシー継ぎ10年 あいにくの天候も選手ら力泳

2016年の希望郷いわて国体を機に17年から継続開催される「釜石オープンウオータースイミング」=2日、根浜海岸

2016年の希望郷いわて国体を機に17年から継続開催される「釜石オープンウオータースイミング」=2日、根浜海岸

 
 釜石オープンウオータースイミング(OWS)2026根浜(実行委主催)は2日、釜石市鵜住居町の根浜海岸特設会場で開かれた。OWSは海などの自然水域で長距離泳のタイムを競う競技。2016年の希望郷いわて国体で同競技の会場となった釜石・根浜では、翌17年から地元主導の同大会がスタート。開始から10年となった今年は、小学生~80代まで304人がエントリーした。降雨に低水温と厳しいコンディションだったが、選手らは持てる力を発揮し完泳を目指した。
 
 昨年はカムチャツカ半島付近で発生した地震による津波注意報、台風9号の影響を考慮し、大会3日前に中止を決めたため、2年ぶりの開催となった。開会式では小泉嘉明実行委会長、小野共釜石市長が選手を歓迎。西原義勝審判長からは「気温、水温ともに低いので決して無理をせずに」との注意喚起があった。選手の代表2人の先導で「ガンバロー釜石、オー!」と気合いを入れた。
 
あいにくの雨を吹き飛ばす元気な掛け声で気合い入れを行う選手ら

あいにくの雨を吹き飛ばす元気な掛け声で気合い入れを行う選手ら

 
小学4~6年生が対象の500メートルの部には男女10人が出場

小学4~6年生が対象の500メートルの部には男女10人が出場

 
スタート地点に向かう1キロの部の選手をハイタッチで激励

スタート地点に向かう1キロの部の選手をハイタッチで激励

 
 競技は海上に設けた周回コースで実施。500メートル(小学4~6年生)、1キロ(小学4年生以上)、3キロ(中学生以上)、5キロ一般(同)、男女上位3人に日本選手権出場権が与えられる5キロトライアル(同)の各部で行われた。OWS検定5級の取得を目指す集団泳(小学3年生以上)もあった。
 
 種目ごとに時間をずらしてスタート。各自の目標タイムや制限時間内での完泳を目指して競技に挑んだ。午前10時時点で気温21度、水温19度。前日から降り続いた雨の影響で、水温はこれまでにない低さ。選手たちは冷たい水や海中の視界の悪さに苦戦しながら懸命にゴールを目指した。砂浜や防潮堤では選手の家族や仲間が見守り、競技を終えて戻った選手に拍手やねぎらいの言葉を送った。
 
競技は1キロ男子の部からスタート。同女子の部、500メートルの部が続く。海上では地元のライフセーバーや漁船が選手の安全を守る

競技は1キロ男子の部からスタート。同女子の部、500メートルの部が続く。海上では地元のライフセーバーや漁船が選手の安全を守る

 
防潮堤や砂浜から選手の家族や仲間が競技の様子を見守る

防潮堤や砂浜から選手の家族や仲間が競技の様子を見守る

 
完泳した選手にはその場で記録証を発行。大会スタッフが選手をねぎらう

完泳した選手にはその場で記録証を発行。大会スタッフが選手をねぎらう

 
 欠場者を除いた当日の出場者は273人。途中でリタイアした人は30人で、完泳したのは243人。“勇気あるリタイア”で大きな事故なく競技を終えた。ゴールした全員に記録証が発行されたほか、各部の男女別総合と年代区分別で1~3位が表彰された。
 
 1キロの部に出場した盛岡一高1年の高橋凛さん(16)は水泳歴10年。OWSの大会出場は今回が初めてで、「プールと違ってコースロープが無いので、何回も方向を見失いそうになり焦った。(雨の影響で)水も冷たいし海中は何も見えなくて」と初挑戦でいきなりの過酷さを体験。それでも「ペース配分とか方向修正する力が身に付いたと思う」と収穫もあった様子。今回は同校から1キロと3キロの部に6人が出場した。「県内でこういう大会があるのを知らなかった。もっと広まれば」と期待した。
 
中学生以上が対象の3キロの部。男子(写真右上)の30秒後に女子(同左上)がスタート。制限時間は2時間

中学生以上が対象の3キロの部。男子(写真右上)の30秒後に女子(同左上)がスタート。制限時間は2時間

 
3キロ男子の部の総合1位は盛岡一高、2位は花巻東高の選手。県内高校生がワンツーフィニッシュ

3キロ男子の部の総合1位は盛岡一高、2位は花巻東高の選手。県内高校生がワンツーフィニッシュ

 
5キロ日本選手権トライアル女子の部には13人が出場し、全員がゴールした

5キロ日本選手権トライアル女子の部には13人が出場し、全員がゴールした

 
 トライアルの選手を抑え、5キロ一般男子の部で1位となった神奈川県の渡辺雅空さん(25)は同大会初参加。「水が思ったより冷たく、自分との闘いに負けないように頑張った。雨も降り続き、いつもより体を動かしにくかった」が、自分のペースで泳ぐことを意識。結果、トライアル1位の選手に5分以上の差をつけた。佐賀県ゆかりのトップアスリートを育成するチームに所属し、2年後の五輪出場を目指して日々、練習に励む。初めて訪れた釜石の海は「流れはあったが比較的泳ぎやすい。いい所なので、旅行とかでまた来たい」と再訪を望んだ。
 
トライアルの1位選手に5分以上の差をつけ、5キロトップでゴールした渡辺雅空さん(写真右)。記録は1時間01分01秒0

トライアルの1位選手に5分以上の差をつけ、5キロトップでゴールした渡辺雅空さん(写真右)。記録は1時間01分01秒0

 
 最も遠方から参加したのは長崎県の4人。高校2年時からトライアル女子に出場する福岡大3年の小串優佳さん(20)は4回目の出場で初の1位に輝いた。「寒かったですけど、昨年大会がなかったので、こんな形でも泳ぐことができて楽しかった」と笑顔。本命は競泳(400、800メートル自由形)だが、高校時代から国体のOWS長崎県代表に選ばれる実力者。大学生になり環境が充実、練習量も増えたことで、「体力がつき、OWSもさらに面白くなった」という。釜石の大会は夏休みの時期で参加しやすいのと、「景品がいっぱいもらえる!」と継続参加。「競泳を頑張りながら、OWSも楽しみの一つとして続けていきたい」と気負うことなく競技を続ける構え。
 
長崎県からトライアルに参加した中高大学生選手。小串優佳さん(右から2人目)は女子の部で念願の初優勝。記録は1時間06分32秒7

長崎県からトライアルに参加した中高大学生選手。小串優佳さん(右から2人目)は女子の部で念願の初優勝。記録は1時間06分32秒7

 
 OWSは釜石で開催された2016年の国体から、5キロ競技が正式種目になった。国体のレガシー(遺産)を継承しようと県水泳連盟や釜石水泳協会が中心となって立ち上げたのが本大会。18年の第2回大会からは東北初の日本水泳連盟(日水連)認定大会となり、日本選手権トライアルの部や日水連OWS検定5級の集団泳も新設。初心者から五輪を目指す選手まで、さまざまな競技者に対応した大会で成長を続けてきた。20年の新型コロナ感染症、昨年の津波注意報、台風の影響による中止はあったが、日水連国内サーキットシリーズの大会の一つに位置付けられていることもあり、年々参加者が増加。昨年から、実行委が目標としてきた300人を上回るエントリーが実現している。
 
 いわて国体開催時から大会運営に携わる、同実行委副会長で審判長の西原義勝さん(釜石水泳協会前会長)は「ここまで続けてこられたのは、参加してくれる選手の皆さんと運営に協力してくれる多くの関係者のおかげ」と感謝。300人規模の大会へ成長した要因として、知名度アップとスタッフや地域のおもてなし精神を挙げる。「全国からもっと優秀選手が集まれば大会も盛り上がる。併せて岩手県選手の育成も課題。県水泳連盟と連携しながら競技人口拡大、選手のレベルアップを図っていければ」と今後を見据えた。
 
大会の安全に力を発揮する釜石ライフセービングクラブ。今大会は低水温、気温の影響でリタイア者が続出。事故につながる前に水上バイクで岸まで運んだ。

大会の安全に力を発揮する釜石ライフセービングクラブ。今大会は低水温、気温の影響でリタイア者が続出。事故につながる前に水上バイクで岸まで運んだ。

 
寒さに震える選手にホットレモンや足湯のサービスも。競技を終えた後はリラックスしながら記念撮影や参加者交流を楽しんだ

寒さに震える選手にホットレモンや足湯のサービスも。競技を終えた後はリラックスしながら記念撮影や参加者交流を楽しんだ

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地元ドライバーの車で橋野鉄鉱山へ 道中ガイド楽しく 釜石初の「事業者協力型自家用有償運送」開始

栗橋地域在住ドライバーの自家用車で橋野鉄鉱山へ!「事業者協力型自家用有償旅客運送」の試走会=5日午後

栗橋地域在住ドライバーの自家用車で橋野鉄鉱山へ!「事業者協力型自家用有償旅客運送」の試走会=5日午後

 
 釜石市の世界遺産、橋野鉄鉱山への移動手段確保を目的とした「事業者協力型自家用有償旅客運送」が始まった。運営するのは一般社団法人釜石観光物産協会(新里進会長)。講習を受けた登録ドライバーが自家用車に観光客を乗せ、道中ガイドもしながら現地までを往復するもので、来訪者の利便性向上や旅の満足度アップにつながるものと期待される。5日、登録ドライバー3人に協会から登録証が交付され、試走会が行われた。
 
 釜石駅前で行われた運行開始式で新里会長は、公共交通空白地帯での同運送の導入について説明。橋野鉄鉱山までのルートには歴史的遺産や魅力的な自然景観が多いことを挙げ、「ガイドを添えることで理解が深まる。地域資源をコンテンツとして盛り込み、観光客を呼び込みたい」と話した。運行に必要な講習を受講したドライバー3人(藤原信孝さん、和田利男さん、菊池弘充さん)に新里会長から登録証が手渡された。式の後、市職員が客として乗り込み、3人が橋野鉄鉱山まで試走した。
 
釜石駅前広場で行われた「ガイド de GO!」運行開始式

釜石駅前広場で行われた「ガイド de GO!」運行開始式
 
「自家用有償旅客運送運転者」の登録証を手にする(前列左から)和田利男さん、菊池弘充さん、藤原信孝さん

「自家用有償旅客運送運転者」の登録証を手にする(前列左から)和田利男さん、菊池弘充さん、藤原信孝さん

 
 同運送は道路運送法に基づき、交通空白地などで例外的に自家用車による有償旅客運送を許可する国の制度の一つ。バスやタクシーの会社が運行や車両整備管理を担い、安全確保に努める(事業者協力型)。本県での許可は紫波町に続き2例目。自家用車を使用しての観光での運行は初となる。
 
 釜石市では橋野鉄鉱山までの路線バス運行がなく、移動手段の確保が課題となっていた。昨年6月、市地域公共交通活性化協議会で現状と課題を共有。釜石観光物産協会が実施主体、市内のタクシー会社スクー(平松篤代表取締役)が協力事業者として導入に向けた準備を進めた結果、本年7月30日、岩手運輸支局から運行の許可を受けた。事業名は「ガイド de GO!」。
 
運行時には有償運送車両であることを示す右下の表示を車体に付けて走る

運行時には有償運送車両であることを示す右下の表示を車体に付けて走る

 
橋野鉄鉱山へレッツゴー!講習を受けたドライバーが客を送迎

橋野鉄鉱山へレッツゴー!講習を受けたドライバーが客を送迎

 
 発着地点は釜石駅、鵜住居駅のほか、市内宿泊施設からの運行も可能。料金は1台30分あたり2500円。モデルコースの鵜住居駅発着(120分)は1万円、釜石駅発着(150分)は1万2500円。タクシー料金の約7割で利用でき、運行時間や経由地を柔軟に設定できる。一番の魅力は、地元をよく知るドライバーから歴史や文化などの話を聞けること。ルート上には魅力的な観光資源が豊富で、客の希望で史跡や滝、巨木などの景観名所に立ち寄ることも可能。
 
客の希望でルート上の史跡や産直施設などにも立ち寄ることができる

客の希望でルート上の史跡や産直施設などにも立ち寄ることができる

 
試走会では栗林町の偉人三浦命助の碑に立ち寄り、ドライバーの説明を聞いた

試走会では栗林町の偉人三浦命助の碑に立ち寄り、ドライバーの説明を聞いた

 
橋野鉄鉱山インフォメーションセンター駐車場に到着。釜石駅からは直通で約45分

橋野鉄鉱山インフォメーションセンター駐車場に到着。釜石駅からは直通で約45分

 
 試走会では、幕末に起こった三閉伊一揆の指導者の一人「三浦命助」の碑(栗林町)に立ち寄り、ドライバーから話を聞くなどした。参加した市生活環境課の鈴木生真主事は「釜石出身でも知らないような興味深い話をたくさん聞かせてもらい、道中、とても楽しかった」と感激。鉄路などで市外から訪れる観光客が橋野鉄鉱山に向かうには、これまでタクシーやレンタカーしかなかったが、新たな制度の導入で選択肢が増える。「お客さまにとってもメリットが多いサービス。効果的な周知でしっかり情報を届けることができれば、利用者もある程度、出てくるのではないか」と話した。
 
 登録ドライバーの菊池弘充さん(61、橋野町)は試走を終え、「お客さまを乗せてというのはまた違った緊張感があったが、慣れてくれば大丈夫。一生懸命、ガイドしたいほうなので」とにっこり。現役時代は三陸鉄道に勤務し、運転士を20年務めた。釜石観光ガイド会会員でもあり、ガイド歴は24年。「運転者講習では道路状況に応じたお客さまへの心遣いも学んだ。安全安心で快適な観光をサポートできるよう努力していきたい。併せて地元の魅力もたくさんアピールできれば」と運行を楽しみにする。
 
 基本の運行時間は午前9時から午後5時まで。1週間前までの事前申し込みが必要。利用の申し込み、問い合わせは釜石観光物産協会(電話:0193・27・8172、FAX:0193・27・8173、E-mail:info@kamaishi-kankou.jp)へ。

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和山へ牛放牧2年目のエム牧場(福島県) 釜石市と連携協定締結 市内に肉の自販機設置も

連携協定締結式の後、エム牧場の和山放牧を見学する市職員=7月27日

連携協定締結式の後、エム牧場の和山放牧を見学する市職員=7月27日

 
 昨年度から釜石市の和山牧場で肉用牛の放牧を行っている福島県二本松市のエム牧場(吉田和代表取締役)が、釜石市と地域活性化に向けた連携協定を締結した。同社の和山放牧牛はハンバーグに加工した商品「和の風バーグ」が本年1月から同市のふるさと納税返礼品に登録されるなど、地域振興に貢献している。今後、釜石駅前の商業施設入り口に同放牧牛の食肉自動販売機が設置される予定で、市民や観光客にも広くアピールしていく考えだ。
 
 連携協定締結式は7月27日に橋野町で行われ、吉田代表取締役と小野共市長が協定書に署名した。協定は両者が相互に連携し、和山牧場での牛の放牧事業を通じた地域振興策の展開、市内畜産農家などとの交流機会創出を推進することで、同市の畜産業、地域活性化につなげることを目的とする。連携事項には放牧牛への付加価値の企画、新規特産品やふるさと納税返礼品の企画、畜産業に対する理解促進への取り組みなどを盛り込む。
 
署名した協定書を取り交わしたエム牧場の吉田和代表取締役(左)と釜石市の小野共市長

署名した協定書を取り交わしたエム牧場の吉田和代表取締役(左)と釜石市の小野共市長

 
 エム牧場は肉用牛の繁殖から肥育、精肉加工、販売までを手がける農業生産法人。福島、宮城、岩手3県に15カ所の牧場を所有し、2500頭を飼育する。釜石市は和山牧場の活用について2021年度から同社に情報提供。地元との協議も重ねながら放牧の誘致活動を続けてきた。その結果、昨年度から放牧事業が実現。市が管理する公共牧場地の“立岩”エリアで、5月から10月まで5種25頭を放牧した。
 
昨年5月、エム牧場による初めての放牧=和山牧場立岩エリア

昨年5月、エム牧場による初めての放牧=和山牧場立岩エリア

 
今年5月15日に放牧された牛。見学に訪れた市職員らをお出迎え!?

今年5月15日に放牧された牛。見学に訪れた市職員らをお出迎え!?

 
和山で行うのは「放牧肥育」。“山で肉を仕上げる” のがコンセプト

和山で行うのは「放牧肥育」。“山で肉を仕上げる” のがコンセプト

 
 同社が和山で行うのは「肥育のための放牧」。肉本来のうまみを味わえる赤身肉の需要拡大に応えるため、新たな挑戦の場に和山を選んだ。「広大な山の牧場で青草を食べて駆け回り、伸び伸び自由に育った牛」という付加価値が食肉卸業者や料理人の心をつかみ、昨年度は全25頭が買い取られた。素材にこだわる東京・六本木のスーパーでは「釜石・和山の牛」として写真付きで紹介されたほか、都内のフランス料理店などでもメニューの一つとして提供されたという。
 
 2年目となる本年度は同エリア14ヘクタールに短黒(日本短角牛と黒毛和牛の交配)、ジャー黒(ジャージー牛と黒毛和牛の交配)、褐黒(褐毛和牛と黒毛和牛の交配)の3種20頭を5月に放牧。昨年度の経験を踏まえ、放牧に向く種類に絞った。本年度も10月まで放牧する予定。
 
黒毛と掛け合わせた3種の牛がそろい踏み!

黒毛と掛け合わせた3種の牛がそろい踏み!

 
「好きな時に草を食べ、暑い時には林の中に入って休む。自由な生き方をしている牛たちです」と吉田代表取締役

「好きな時に草を食べ、暑い時には林の中に入って休む。自由な生き方をしている牛たちです」と吉田代表取締役

 
 昨年度は、興味を持つ人たちを何度も現地に案内したという吉田代表取締役。遠くは京都などから足を運ぶ人もいて、「釜石・和山で半年間過ごしたストレスフリーな牛」というストーリー性や“いいとこ取り”の変わった畜種がうけ、「使ってみたいという声をたくさんいただいた」という。今年もすでに購入の予約が入っていて、耳標に予約業者の名前が入った牛も。
 
耳標に買い取り業者の名前が付いた牛も。「信濃屋」は東京のスーパー

耳標に買い取り業者の名前が付いた牛も。「信濃屋」は東京のスーパー

 
 同社は「地元釜石の皆さんにも食べていただきたい」と、今後、釜石駅前の商業施設サン・フィッシュ釜石の入り口に食肉の自動販売機を設置する。和山放牧牛の冷凍精肉(ステーキ用など)やハンバーグを中心に販売予定。同社の自販機は二本松市にもあり、釜石が2カ所目。吉田代表取締役は「釜石にも牛がいることをどんどんアピールしていきたい。放牧頭数をさらに増やすため、人材育成にも取り組んでいければ」と今後の展開に夢を膨らませる。
 
群れで仲良く暮らす牛たち。広々、ほどよい傾斜地もある牧場を駆け健康に育つ

群れで仲良く暮らす牛たち。広々、ほどよい傾斜地もある牧場を駆け健康に育つ

 
和山牧場の現状について水産農林課職員から説明を聞く小野市長(中央)

和山牧場の現状について水産農林課職員から説明を聞く小野市長(中央)

 
 同社の釜石での放牧は後継者不足が課題の地元畜産業に新たな風をもたらし、再興への起爆剤になるものと期待される。小野市長は「和山牧場の活用は市や市議会、地元の栗橋地域振興社の関心の的だった。吉田社長のご英断に心から感謝したい。協定を機に連携を深め、市としても一次産業の振興に一丸となって取り組んでいきたい」と話した。

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チームづくりを後押し!釜石市、心鍛える学びの場提供 早稲田大学ラグビー蹴球部 合宿で体感

釜石市で初合宿に臨んだ早稲田大学ラグビー蹴球部=7月30日

釜石市で初合宿に臨んだ早稲田大学ラグビー蹴球部=7月30日

 
 「ラグビーのまち」の釜石市は7月末、大学ラグビーの名門、早稲田大学ラグビー蹴球部の合宿を始めて受け入れた。早大ラグビー部にとっては恒例とする長野県・菅平高原での夏合宿を前にした、チームづくりを狙ったプレ合宿。グラウンドで汗を流し技術を磨くことだけでなく、東日本大震災から立ち上がった歩みに触れながら人間性を高め心を鍛える場にしてもらおうと、「釜石だから提供できる」プログラムを用意した。
 
 全国大学選手権で歴代最多の16回優勝している名門は、2019年を最後に選手権の優勝はなく、最近2年は決勝で敗れた。大学ラグビーは「夏が大切」というが、定例化された合宿への変化をもたらす試みとして、プレ合宿を発案。釜石への誘致は、スタジアムの利用促進を官民で進めるために昨年できたコミュニティ・コンソーシアム「チームうのスタトライ!」の構成員に早大ラグビー部出身者がいたことで実現した。
 
 早大ラグビー部の選手やスタッフら計約170人は、7月28~31日の日程で来釜。19年に開かれたラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の会場の一つとなった同市鵜住居町の釜石鵜住居復興スタジアムを中心に練習、地域貢献や交流活動を行った。
 
釜石祈りのパークで献花する早大ラグビー部の選手たち=7月28日

釜石祈りのパークで献花する早大ラグビー部の選手たち=7月28日

 
 初日の28日は鵜住居町の追悼施設「釜石祈りのパーク」を訪れ、フッカーの清水健伸主将(4年)らが献花し、黙とうをささげた。スタジアムに移動し、その日から練習を始めた。29日は、市の復興プログラム・ワークショップに参加。震災の被災状況、W杯が開催されるまでの経緯など、15年余りの被災地の歩み、復興まちづくりとラグビーの関わりについての説明に耳を傾けた。
 
釜石入りしあいさつする清水健伸主将(右上写真)。地域の子どもたちや釜石市民らが歓迎した

釜石入りしあいさつする清水健伸主将(右上写真)。地域の子どもたちや釜石市民らが歓迎した
 
釜石鵜住居復興スタジアムで練習する早大ラグビー部の選手ら=7月30日

釜石鵜住居復興スタジアムで練習する早大ラグビー部の選手ら=7月30日

 
 30日には、高校生を対象にしたラグビークリニックを行った。岩手県内外の7つの高校からラグビー部員ら約90人が参加し、指導を通じて交流。ポジションごとに分かれ、大学生ラガーマンたちが見本を示しながら技術面で助言したりした。
 
ラグビークリニックで地元の高校生らにスクラムの姿勢を指導

ラグビークリニックで地元の高校生らにスクラムの姿勢を指導

 
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大学生ラガーマンと交流した釜石、釜石商工、大船渡東の高校生たち

 
 釜石高校の佐藤和希さん(2年)は「タックルの姿勢など基本を教わった。押されても倒されない、当たり負けしない動きを試合でできるようにしたい」と刺激にした。単独でのチーム編成は難しく、各種大会は釜石商工、大船渡東との合同チームで臨む。大学生の技術やパワー、ラグビーを純粋に楽しんでいる雰囲気を間近で体感できたことも収穫だったといい、「スキルを持ち帰って、花園に向けて練習に取り組んでいく」と気持ちを高めた。
 
丸太を協力して運ぶ早大ラグビー部の選手たち

丸太を協力して運ぶ早大ラグビー部の選手たち

 
 同日は、地域のなりわいを支える復興プログラムを体験する時間も。林業と福祉を連携させた就労支援で復興を後押しする一般社団法人「ゴジョる」(東京、菊池隼代表理事)が釜石で行っている間伐材を使ったまき製造について説明を聞いた。
 
 材料となる木材は、鵜住居町根浜地区の山から切り出したもの。部員たちに、約2キロ先にある箱崎町の加工場まで運んでもらおうと、長さ2メートル、重さ20~60キロの丸太が用意されていた。6、7人のグループに分かれ、担ぎ方など作戦を練りながら人力で運搬。途中にある高さ14メートルの防潮堤では「力貸して」などと声をかけ合いながら上り下りし、結束力を高める機会にした。
 
まき割りにも挑戦。神経を集中させ、おのを振り下ろす

まき割りにも挑戦。神経を集中させ、おのを振り下ろす

 
 部員たちにとって、丸太を運ぶのは初めての体験。ナンバー8の荒木鷲摩さん(2年)は「想像以上に大変だった」と笑いつつ、「ラグビーシーズンはこれから。釜石で印象深い学びは人の気持ちで、マインド面で考えさせられた。『今ある環境が当たり前じゃない』と強く感じたからこそ、毎日を必死に取り組もうと思った。この経験を生かしてレベルアップしたい」と気を引き締めた。
 
 最終日の31日は、感謝を込めスタジアム内の清掃や座席を修繕した。スクラムハーフの平塚英一朗さん(4年)は「実際に被災した方から聞く話は説得力があり、深い学びがあった。自然豊かな環境の中で新鮮な気持ちでラグビーができ、心身ともに成長できた。全国大学選手権の決勝で勝ち、合宿を支えてくれた釜石の方々に恩返ししたい」と力を込めた。
 
釜石合宿の拠点となったスタジアムに感謝を込めベンチをやすりで磨いた=7月31日

釜石合宿の拠点となったスタジアムに感謝を込めベンチをやすりで磨いた=7月31日

 
 ウイングの佐々木豪正さん(4年)は、早大ラグビー部で唯一の岩手県出身選手。紫波町出身で中学生の時、このスタジアムの完成を祝う試合でトライを決めた経験があり、「久しぶり」と懐かしんだ。春先に負ったけがが癒え、釜石合宿から本格的に練習に復帰。震災時のリアルな状況や復興の中でスポーツが果たした役割を改めて振り返る機会にもなったようで、「一日一日を大切に生き、自分が活躍することで岩手に元気を与えられたら。後悔しないよう全力で自分自身を高め、Aチーム入りして試合に出たい。その先に優勝がついてくれば」と気合を入れた。
 
「プレーで岩手に元気を」と釜石合宿に臨んだ佐々木豪正さん(左から3人目)

「プレーで岩手に元気を」と釜石合宿に臨んだ佐々木豪正さん(左から3人目)

 
 清水主将は「地域を盛り上げるスポーツの力を改めて感じた。楽しく充実した経験を積み、人として成長できた」と、釜石合宿を振り返った。「菅平の前に合宿することで日本一に向けてチームの成長を早めたい」と遠征した早大ラグビー部が目指すチーム像は「愛し愛され勝つ早稲田」。自分とラグビーについて見つめ直すワークショップの後に仲間と話し合ったと話し、「自己犠牲―きつい時に盛り上げる、仲間のために動ける、みんなができたら強いチームになる」との思いを共有する。チーム力を強化した先にあるのは日本一奪還。「釜石の皆さんと一緒に、国立の舞台で優勝を勝ち取り、『荒ぶる』(部歌)を歌う」と気持ちを熱くする。
 
 釜石市はスタジアムを活用した合宿の誘致に力を入れている。市文化スポーツ課の山﨑強課長は「1つの団体でこれほどの人数の受け入れは初めてだった。見直しが必要な部分はあるが、大規模でも受け入れられるとPRになったのでは」と手応え。ラグビーのまちの推進、経済活性化につなげる取り組みとすべく、「釜石の強みを生かし、合宿の地としての土壌をつくっていきたい」と先を見据えた。

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【8/12 順延決定】釜石納涼花火2026

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【釜石納涼花火 順延決定】
8月11日(火・祝)に予定していた釜石納涼花火は台風接近に伴い、荒天が予想されるため順延が決定しました。
釜石納涼花火2026は、翌日の8月12日(水)を予定しています。
なお、12日の開催については11日午前中に最終判断を行い、釜石市・釜石観光物産協会のSNSにてお知らせいたします。

 

お盆に帰省される方々と一緒に東日本大震災における犠牲者を慰霊すると同時に、潤いと活力に富んだ故郷の実現のため実施します。

 

釜石納涼花火2026

打ち上げ日時

令和8年8月11日(火・祝) 19:00〜20:00
※荒天時は翌12日(水)に順延

打ち上げ場所

釜石港内 南防波堤

観覧場所

港町漁港付近、グリーンベルト、釜石市魚市場付近、イオンタウン釜石屋上の4箇所
魚市場2階展望デッキを当日有料で開放します。

交通規制情報

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駐車場

臨時駐車場:中番庫付近に2ヵ所、魚市場裏側に1ヶ所、東側に1ヶ所、釜石市役所一般駐車場
その他は市内有料駐車場をご案内します。

主催

釜石市、(一社)釜石観光物産協会

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(一社)釜石観光物産協会

釜石市内の観光情報やイベント情報をお届けします。

公式サイト / TEL 0193-27-8172 / 〒026-0031 釜石市鈴子町22-1 シープラザ釜石

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【9/6(日)開催】今年は釜石から走ります! サントリー生ビール号

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サントリー株式会社東北営業本部では、三陸鉄道を応援するため、 サントリー生ビールが飲み放題となる特別列車を運転いたします。
お弁当とおつまみが付くほか、楽しい車内イベントも企画していますので、ぜひご参加ください。
 

釜石駅発「サントリー生ビール号」運行について | 三陸鉄道
【イベントレポート】景色と美酒に酔いしれる 三陸鉄道「海街ワイン列車」を満喫

 

■運航日

2026年9月6日(日)

■発着時刻

釜石駅発 16:10~盛駅にて折返し~釜石駅着 18:27

■参加費

4,000円(2人1組)
・サントリー生ビール飲み放題
・お弁当、おつまみ、運賃込

■申込み方法

8月1日(土)9時より、お電話でお申込みください。
20歳以上の方、20組40名先着順です。
3名以上での申し込みはできません。

【お申込み先】

三陸鉄道釜石駅 電話番号:0193-22-1616(9:00~16:30)

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写真でたどる“鉄のまち”の変遷 釜石製鉄所開業140周年記念で鉄の歴史館が企画展

鉄の歴史館で開かれている企画展「日本最古の稼働製鉄所『釜石製鉄所』の140年の変遷」

鉄の歴史館で開かれている企画展「日本最古の稼働製鉄所『釜石製鉄所』の140年の変遷」

 
 “鉄のまち釜石”の象徴、釜石製鉄所は開業から本年で140周年を迎える。明治時代に稼働を開始した製鉄所は釜石市の玄関口、釜石駅前(鈴子地区)に立地。圧倒的な存在感を放ってきたが、時代の移り変わりとともにその姿も大きく変貌してきた。現代に至るまでの工場と周辺の街並みを写真でたどる企画展が、大平町の市立鉄の歴史館で開かれている。展示は2階会議室で行われ、8月31日まで見学できる。
 
 釜石製鉄所の始まりは、廃業した官営製鉄所の払い下げを受けた田中長兵衛が部下の横山久太郎、地元の製鉄経験者高橋亦助、村井源兵衛らと3トン高炉を建設。試行錯誤の末、1886(明治19)年10月16日、49回目にして製鉄に成功したことに由来する。翌87(同20)年、「釜石鉱山田中製鉄所」が設立され、鈴子に4基、大橋に2基、栗橋に1基の計7基の小高炉が稼働する。94(同27)年には官営時代の高炉を改修し、国内初のコークスを用いる30トン高炉の操業に成功。1903(同36)年には銑鋼一貫体制を確立し、翌04(同37)年には明治期最大の60トン高炉が建設された。
 
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写真左:釜石製鉄所の経営変遷を示すパネル 同右:田中製鉄所時代の製鉄所。上が明治20年代、下が明治40年代

 
大正5年(田中時代)の製鉄所。大渡橋の先に左に折れる鈴子橋が架かり、工場の前には多くの社宅が並ぶ(写真右上)。三の橋の奥には第8高炉が見える(同左上)

大正5年(田中時代)の製鉄所。大渡橋の先に左に折れる鈴子橋が架かり、工場の前には多くの社宅が並ぶ(写真右上)。三の橋の奥には第8高炉が見える(同左上)

 
 企画展では明治20年代からの製鉄所の全景写真を公開する。構内施設の変遷のほか、大正、昭和初期にかけ、鈴子の工場前に社宅が建ち並ぶ様子、周辺に鉱山小学校(大橋は分校)や病院、旅館などが整備されていく過程を見ることができる。現在、商業施設が建つ中番庫地区は湿地帯で、現公共ふ頭の辺りは砂浜が広がる海水浴場だったという。
 
 2度の組織変更を経て、1934(昭和9)年には日本製鉄釜石製鉄所となる。現在地に本事務所が建ったのは41(同16)年。この頃には第8~10の大高炉が稼働し、戦争が始まると軍需工場と化した。太平洋戦争末期の45(同20)年には、2度にわたる艦砲射撃を受け、製鉄所や市街地は壊滅的な被害を受けた。戦後は高炉などの設備復旧が進められ、48(同23)年、第10高炉に火入れ。本格的な操業が再開される。製鉄所の発展で、63(同38)年には人口が9万1千人に達するが、その後の合理化で生産規模が縮小され、89(平成元)年には最後の第1高炉が休止した。
 
昭和15年(日本製鉄時代)の製鉄所。社宅だった場所に製鋼工場が建ち、後に釜石駅前のシンボルとなった5本の煙突が並ぶ(写真右上)。三の橋の背後には第8、第9、第10高炉3基が並ぶ(同左上)

昭和15年(日本製鉄時代)の製鉄所。社宅だった場所に製鋼工場が建ち、後に釜石駅前のシンボルとなった5本の煙突が並ぶ(写真右上)。三の橋の背後には第8、第9、第10高炉3基が並ぶ(同左上)

 
昭和25年(富士製鉄時代)の製鉄所。写真右端中央に現在も使われる本事務所(白い建物)があり、その下には附属病院の建物も見える。左端には釜石線の線路が走る

昭和25年(富士製鉄時代)の製鉄所。写真右端中央に現在も使われる本事務所(白い建物)があり、その下には附属病院の建物も見える。左端には釜石線の線路が走る

 
昭和60年(新日鉄時代)の製鉄所。手前に大渡橋に並行して架かる橋上市場(赤屋根)が見える(写真右上)ほか、三陸鉄道のトラス橋りょうの背後には第1(元第10)高炉と第2(元第8)高炉が見える(同左上)。写真は第2高炉休止時に撮影

昭和60年(新日鉄時代)の製鉄所。手前に大渡橋に並行して架かる橋上市場(赤屋根)が見える(写真右上)ほか、三陸鉄道のトラス橋りょうの背後には第1(元第10)高炉と第2(元第8)高炉が見える(同左上)。写真は第2高炉休止時に撮影

 
 企画展では写真のほか、時代とともに変わる製鉄所構内の施設配置図も展示され、両者を照らし合わせて各時代の製鉄所の姿を知ることができる。写真では1950(昭和25)年の国鉄釜石線全線開通、84(同59)年の三陸鉄道開業で変わる製鉄所周辺の街並みの変化も見て取れる。2011(平成23)年の東日本大震災前後の空撮写真もあり、製鉄所を中心に釜石湾から上中島町に至るエリアを俯瞰(ふかん)できる。
 
平成26年(新日鉄住金時代)に撮影された空撮写真。上中島多目的グラウンドや昭和園グラウンドに仮設住宅が建ち並ぶ。海上には津波で破壊された湾口防波堤の跡が…

平成26年(新日鉄住金時代)に撮影された空撮写真。上中島多目的グラウンドや昭和園グラウンドに仮設住宅が建ち並ぶ。海上には津波で破壊された湾口防波堤の跡が…

 
釜石製鉄所の風景は多くの人たちが描いてきた。写真は最近寄贈された油彩画

釜石製鉄所の風景は多くの人たちが描いてきた。写真は最近寄贈された油彩画

 
 会場には釜石製鉄所をモチーフとした絵画2点、絵はがき2セット、関連する古文書2点も展示する。市教委文化財課世界遺産室の森一欽室長(鉄の歴史館長)は「今回の企画展では釜石製鉄所の風景の変化にスポットを当てた。昭和の時代を知る市民には懐かしさを感じてもらい、観光客には釜石が鉄のまちであるということを改めて知ってもらえれば」と来館を呼びかける。
 
 鉄の歴史館の開館時間は午前9時から午後5時(最終入館午後4時)。火曜日休館。入館料は大人500円、高校生300円、小中学生150円。

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おいしい“ハート”届けます!釜石・唐丹町の漁師3人が養殖 海と人を結ぶムール貝

釜石市唐丹町から“おいしいもの”を届けようと奮闘する3人の漁師

釜石市唐丹町から“おいしいもの”を届けようと奮闘する3人の漁師

 
 豊かな海を生かした漁業をなりわいとしてきた三陸沿岸は、近年の気候変動や海洋環境の変化に伴って、秋サケなど主要魚種が歴史的な不漁に見舞われている。先行きは見通せないが、釜石市唐丹町では海洋変化に対応すべく新たな養殖がスタート。「副産物」を主役としてブランド化し、販路を拡大させている。「信用第一」に安定供給に向けて技術を高めている地元の漁師3人を地域も後押し。ひらくとハート型に見える二枚貝に添えて届ける“あたたかい気持ち”が海と人をつなぎ、浜を活気づけている。
 
 唐丹町漁業協同組合に所属する佐々木和則さん(59)、佐々木武さん(44)、小野寺計さん(41)の3人が唐丹の海で育てるのは、ホタテの養殖いかだや綱などにくっついている「シュウリ貝」。「ムラサキイガイ」とも呼ばれるヨーロッパ原産の外来種で、都市部では「ムール貝」として高級レストランなどで使われる人気の食材だ。
 
「はーとふるムール」として売り出す唐丹産ムール貝

「はーとふるムール」として売り出す唐丹産ムール貝

 
ムール貝の養殖に取り組む(左から)小野寺計さん、佐々木和則さん、佐々木武さん

ムール貝の養殖に取り組む(左から)小野寺計さん、佐々木和則さん、佐々木武さん

 
 現在、水揚げは週1回。「新鮮なうちに」と、水揚げ後すぐに出荷までを行う。7月末、今シーズン一番の注文が入ったため、2日間かけて作業。29日、漁師たちは日の出とともに唐丹湾内の養殖場に出航。30分ほどの作業で、かごはムール貝でいっぱいになった。家族らが待つ港の岸壁に戻ると皆で力を合わせ、貝にこびりついた海藻や小さな貝を丁寧に除去。翌30日朝、唐丹町漁協の職員らの力も借りて箱詰めし、計約300キロを出荷した。
 
唐丹・小白浜漁港から船で5分ほどの養殖場でムール貝を育てる。以前はホタテを養殖していた場所を活用。春に養殖用ロープを垂らし、翌年に収穫する形で継続する

唐丹・小白浜漁港から船で5分ほどの養殖場でムール貝を育てる。以前はホタテを養殖していた場所を活用。春に養殖用ロープを垂らし、翌年に収穫する形で継続する

 
 シュウリ貝は地元では副産物として水揚げされるが、売っても「二束三文」、養殖施設に付着したものは作業の妨げとなる「やっかいもの」だった。一方、主力とするホタテやワカメの養殖は海水温の上昇などの影響で大量へい死や品質低下が見られ、なりわいの継続に危機感を持った3人。この副産物は岸壁などでも見かけ、力強く自生していることもあり、「高水温環境への対応力」に目を付けた。
 
 「養殖で品質や収量を安定させることができれば」。新たな水産資源として可能性を見いだした3人は2023年、和則さんを組合長に「唐丹ムール貝養殖組合」を設立。釜石市内にある岩手県水産技術センターなどの協力を得ながら養殖試験に取り組んだ。
 
 “言い出しっぺ”の武さんいわく、「もっと簡単だと思った。こんなに苦戦するとは…甘くなかった」。もともと自生しているため種となる幼生は容易に手に入り「お金をかけず」にスタートできた。数年育てて付着密度と成長の関係性を確かめ、養殖施設となる綱を設置する時期や方法も確立させた。
 
水揚げ後、陸に戻って貝の洗浄作業。船の帰港を見計らって集まった家族らと力を合わせる

水揚げ後、陸に戻って貝の洗浄作業。船の帰港を見計らって集まった家族らと力を合わせる

 
 そうした中で課題となったのが、貝の洗浄作業。貝にこびりついたものを取り除くのは大変な手間と時間を要した。先進地視察として北海道余市町の漁業者と交流した際に見せてもらった洗浄機をヒントに、独自の洗浄機を試作。和則さんが、以前からつながりがあった宮城県気仙沼市の業者に依頼したもので、導入により作業時間が半分以下と省力化できた。
 
独自の洗浄機を導入して作業の省力化を図る

独自の洗浄機を導入して作業の省力化を図る

 
洗浄機から出した後、さらに磨きをかける

洗浄機から出した後、さらに磨きをかける

 
 次の課題は売り先。高単価な直接取引を目指し、首都圏の水産卸などへ持ち込んだものの、知名度がなく、高くは売れなかった。ただ、クリスマスシーズンの需要をつかみ、約500キロを出荷。3人にとって「大きなモチベーションになった」という。
 
 「(シュウリ貝は)よく食べていて、好きだったから」と話すのは、武さん。味には自信があった。特においしい夏の味わいを知ってもらうべく、人づてに県内外の飲食店への売り込みを開始。釜石市内の飲食店との定期取引も実現した。
 
 昨年からは「はーとふるムール」と名付けてブランド化。「貝を開いた形がハートに見えるから」と、和則さんは笑う。東日本大震災後にもらった多くの「優しさ」「愛情」「真心」を力に復興したこともあり、「復興の証し」「感謝」を届けようと思いを込め、ロゴマークもデザイン。生産者の顔が見える取り組みとして、料理研究家と一緒に試食会や商談会を開いたり消費者との接点を増やしながら、少しずつ販路を切り開いた。
 
貝を開くとハート型に!ブランド性を高めて販路を拡大中 width=

貝を開くとハート型に!ブランド性を高めて販路を拡大中

 
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水揚げしたムール貝を箱詰め。唐丹町漁協の職員も協力

 
 生産から出荷、売り込みまで手がける体制を継続し、昨年は1.6トンを出荷。今季は12月までの収穫期に2トンを目標にしている。価格も、地元では1キロ当たり200~300円ほどだったが、今は1000円ほどで売れるようになった。
 
 こうした取り組みは、3月に東京であった「第31回全国青年・女性漁業者交流大会」(全国漁業協同組合連合会主催)の流通・消費拡大部門で最高賞に次ぐ水産庁長官賞を受賞した。和則さんは「ゼロから始め、手探りでやってきたことが評価されてうれしい。唐丹から新しい産物を届けられたらいい」と率直に喜ぶ。
 
 武さんは「誰もやっていないことだからこそ、やってみようと思った。生産、開発、流通のすべてに関わり、いろいろな経験ができた。売れた時の喜びは最高。やってよかった」と熱い思いを吐露。小野寺さんは「楽しい。いっぱい売れるように考え、模索し、やりがいもある」と言って、笑顔を見せた。
 
 3人で始めた取り組みを地域も後押し。唐丹町漁協加工課長の佐々木憲佑さん(42)は「高水温の環境に対応できる新事業として期待。流通面やできることで軌道に乗るよう協力したい」と見守る。
 
「新たな名産品に」。これからも唐丹の海でムール貝を育てていく

「新たな名産品に」。これからも唐丹の海でムール貝を育てていく

 
 和則さんと武さんは主にワカメやコンブの養殖、イカ釣り漁業に携わる。小野寺さんはメインとしていたホヤ漁が危機的状況となり、ワカメ養殖に転向すべく試行中とのこと。それぞれの本業と組み合わせつつ、「無理のない、できる形で収入源を増やしていければ」というのが、3人共通の意識だ。
 
 そして、地域や人とのつながり、販売先や消費者の顔が見える関係性から「信頼の大切さ」を改めて実感。注文に応えるべく、海の状況や天候の変化を読みながら漁に出る。「唐丹の海と人を結び、水産業の未来を照らす存在として『はーとふるムール』を育てていきたい」。3人はこれからも“こころ”を届けていく。