唐丹町本郷 津波記念碑が震災遺構に〜国立民俗学博物館主導で補修

唐丹町本郷 津波記念碑が震災遺構に〜国立民俗学博物館主導で補修

津波記念碑を大震災遺構とする修復作業

津波記念碑を大震災遺構とする修復作業

 

 東日本大震災で損傷した釜石市唐丹町本郷地区の明治三陸大津波記念碑「海嘯遭難記念之碑」の保存事業は、16日に完了した。大津波の波力や漂流物の衝突で欠損、失われた碑文の一部をそのままに、残った板面を補強、接着し直す作業により、市内では珍しい石碑の「東日本大震災遺構」となり、後世に大災害を伝承する。

 

 この津波記念碑は1896(明治29)年6月15日に発生した三陸大津波の被災から三十三回忌に当たる1928(昭和3)年、地元住民の発案で建立された。一部はコンクリート基礎に埋め込まれた石碑の地上高は270センチ、幅160センチ、厚さ155センチのくさび形の自然石。上部に標板(横70センチ、縦35センチ)、碑文は縦1メートル、横75センチ。

 

 全文263文字の碑文は、大津波の発生(旧暦5月5日の端午の節句)、流失家屋300戸、犠牲者800人で、生存者20人の壊滅的な被害のほか、未来に伝え続けるよう強い思いを刻んだ。

 

 本来の建立地は南に約110メートルの地点だが、2008年に道路改良工事に伴い現在地に移転。1933(昭和8)年の三陸大津波、10年前の震災を伝える「伝えつなぐ大津波」と並ぶ。浮き彫りの銘板、刻字した碑文の基盤はアスファルト状の素材という珍しい形式だ。

 

 震災の津波で、碑文が欠損。残存部分は接着面の劣化で浮き上がり、多数の亀裂もあった。保存事業は、それらを修復し、半永久的に残す目的で行われた。全面的な「復元」ではなく、損傷したまま残す「震災遺構」とした。

 

 事業主体は「伝承碑修復事業実行委員会」で、本郷町内会の小池直太郎会長を会長に、市、唐丹地域会議(佐々木啓二議長)、釜石観光物産協会などで構成。公益財団法人東日本鉄道文化財団も参加し、事業費約100万円の半額を助成した。

 

 修復は国立民族学博物館(大阪府吹田市)の日高真吾教授(文化財保存科学専攻)が主導し、京都府の専門業者文化創造巧芸(和高智美代表)が参加。剥離、回収した断片を持ち帰り塩抜き。パーツを炭素繊維で固定し、本郷に持ち込んだ。16日まで3日間かけて元の位置に接着、前面の亀裂にパテを埋めて完了した。

 

 日高教授(49)は「記念碑には建立当時の人々の『伝え、残したい』という強い思いが込められており、感動した。三十三回忌まで建立の時間がかかったことに復興の苦難を感じる」と語った。小池会長(74)は「記念碑が震災の遺構となることは大事だ」と意義を強調した。

 

 同博物館では「復興を支える地域文化~3・11から10年」展を今月4日から5月18日まで開催中で、同記念碑の原寸大レプリカと、同博物館が復興を支援した釜石市の南部藩寿松院年行司支配太神楽、大槌町の大槌虎舞など6団体の衣装が展示されている。

片岸町室浜地区で建築工事が進む宿泊施設「オーシャンV」

ホテルに変身「室浜の宿」、片岸町室浜〜海と食を楽しむ、運営会社「癒しの場所に」

片岸町室浜地区で建築工事が進む宿泊施設「オーシャンV」

片岸町室浜地区で建築工事が進む宿泊施設「オーシャンV」

 

 釜石市片岸町室浜地区で新たな宿泊施設「オーシャンV」の建築工事が進んでいる。地域で親しまれた民宿「室浜の宿」が、景色と食を楽しむホテルに変身。医療センターや老人介護施設などを運営する医療法人中庸会(花巻市、似内裕理事長)の関連会社で、健康づくり事業を手掛ける創健舎(同、菊池寛一社長)が事業を展開し、「癒やしや英気を養う場に」と期待を込めている。

 

 高台にある室浜の宿は東日本大震災で津波の被害を免れ、近隣住民の炊き出し会場となった。鵜住居地区周辺の復興工事が始まると、作業員らが宿泊先として利用。復興を下支えする役割を果たしてきたが、2019年の台風19号で裏山の崖が崩れて建物が全壊、従業員にも負傷者が出た。

 

 震災時の経営者が営業譲渡を考えていることを耳にした同社が、12年に宿を取得し、運営を継続。台風による被災で営業を断念する考えもあったが、当時の管理者から「もう一度ここで」と再起を願う声があったことから、ホテルという新しい形での運営を決めた。

 

 ホテルは3階建て(延べ床面積419平方メートル)で、今年1月中旬に着工した。1階部分は鉄筋コンクリート造りになっていて、今後崖崩れが発生しても建物に被害が出ないように配慮。2、3階は木造で、木のぬくもりを感じてもらえるようにする。

 

 和洋の客室10室、食堂、男女別の湯などを整備。5月上旬のプレオープンを目指し、工事を進めている。数人の地元雇用を予定。建設費の一部に釜石市地域企業再建支援事業補助金を活用している。

 

 22日は似内理事長、菊池社長、施工会社のタクミホーム(八戸市)の木村昌義社長らが釜石市役所を訪問。建設の経緯などを聞いた野田武則市長は、地域資源の再生に期待感を示した=写真。

 

murohamanoyado_02

 

 宿から見える大槌湾の景色にほれ込んだ似内理事長。医師でもあり、患者らの療養地としての活用を視野に入れる。最近の道路整備状況を踏まえて内陸と沿岸をつないだ「医療ツーリズム」の展開も見据え、「釜石のおいしいものと合わせ、息抜きをする場所に。復興、海の大事さや怖さを感じる場にもなれば」と願う。

 

 木村社長もコロナ禍を受け、県内観光に注目。「三陸をイメージでき、復興のシンボルになる施設。マイクロツーリズムの拠点に」と先を見通す。

幻想的な光景に感嘆の声~釜石市指定文化財「上栗林のサクラ」恒例のライトアップ

幻想的な光景に感嘆の声~釜石市指定文化財「上栗林のサクラ」恒例のライトアップ

幻想的な光景に感嘆の声~釜石市指定文化財「上栗林のサクラ」恒例のライトアップ

 

 釜石市指定文化財(天然記念物)の巨木「上栗林のサクラ」は、開花時期恒例のライトアップが1日夜から始まった。市内最大とされる一本桜は今年もボリュームたっぷりの花を咲かせ、夜空に映える幻想的な光景に見物客から感嘆の声が上がっている。

 

 桜はエドヒガン種で、栗林町上栗林集会所に隣接する私有地に自生。地元では「種蒔(たねまき)桜」と呼ばれ、開花は農事の目安にされてきた。樹齢400年以上と推定され、2006年の市の調査では胸高幹周りが約4・9メートル。07年に市の文化財に指定されている。

 

 例年より10日ほど早い3月31日に開花。この時期にしては高い気温の日が続き、3日には一気に8分咲きまで進んだ。同日は点灯時刻を前に見物客が続々と集まり、その瞬間を待ちわびた。周囲に配置される2色の照明20基に明かりがともると、堂々とした枝ぶりが夕闇に浮かび上がった。周囲の暗さが増すと、桜も違った表情に。四方からスマートフォンを向け、美しい姿を写真に収めた。

 

幻想的な光景に感嘆の声~釜石市指定文化財「上栗林のサクラ」恒例のライトアップ

 

 定内町の高橋芳江さん(65)は「ライトアップした瞬間に花がピンク色に浮かび、感動でした。全体も見事だし、下から見る花もきれい」と大喜び。復興支援で入った夫和義さん(65)と震災後、釜石に移住。「1本の木でここまでとは。生きる力をもらった気がする」と興奮冷めやらぬ様子で語った。

 

 ライトアップは地元町内会の上栗林振興会(三浦栄太郎会長、30世帯)が2013年から開始し、今年で9年目。三浦会長(70)は「おかげさまで地域外の人にも存在を知ってもらえるようになった」と効果を実感。「これからは里山の時代。子どもたちにも地元の良さを感じてもらえるよう、環境整備を進めながら守っていきたい」と地域の宝継承に意を強くした。

 

ライトアップは11日(日)まで行われる予定で、点灯時間は午後6時半から午後9時半まで。鵜住居町の国道45号から県道釜石遠野線を橋野町方面に進んでいくと、右手に標識が見える。                                                   

しだれ桜のように枝を垂れる小川川沿いの桜並木

例年よりもひと足早く~釜石に桜シーズン到来

甲子川沿いの桜並木の下は格好の散歩コース=甲子町松倉

甲子川沿いの桜並木の下は格好の散歩コース=甲子町松倉

 

 3月の気温が平年に比べかなり高く推移した今年、釜石市内の桜の開花は下旬から一気に加速。最高気温が平年より8度も高い20・2度を記録した4月3日は、市街地を中心に各地の桜が満開を迎えた。桜の名所には家族連れや若者らが次々に訪れ、美しい花姿を愛(め)でる光景が見られた。

 

 小川町と桜木町に隣接する小川川下流域沿いの桜並木は、枝先が川面に垂れるしだれ桜のような風情が目を引く。3日午前には地元住民のほか、他地域から足を運んだ人たちが散策を楽しんだ。

 

しだれ桜のように枝を垂れる小川川沿いの桜並木

しだれ桜のように枝を垂れる小川川沿いの桜並木

 

 市内の工場で水産加工技術を学ぶベトナム人研修生の女性13人は、おしゃれな春の装いで並木をバックに記念撮影。「桜、すごくきれい。初めて見た時はびっくりした。撮った写真は母国の家族に送る」と、花に負けない〝満開〟の笑顔を輝かせた。

 

 愛犬と散歩中の小川町の70代女性は「今年の開花はだいぶ早い。今日は風も暖かく絶好の日和。春が来た感じで、うきうきする」と声を弾ませた。

 

 大渡町、橋詰広場に立つ一本桜は、橋上市場時代の名残を伝える遺産。東日本大震災による津波をかぶったが、10年たった今も力強く花開く。甲子川をはさんだ対岸には三陸鉄道の線路沿いに連なる桜並木も見ることができる。

 

津波に耐えた桜の前で笑顔も満開!=大渡町橋詰広場

津波に耐えた桜の前で笑顔も満開!=大渡町橋詰広場

 

 家族に連れられ訪れた大渡町の茂泉サダ子さん(99)は「きれいだねー。天気もいいし。見られて良かった」と満足げ。今年9月に迎える満100歳へ力をもらった様子で、広場を後にした。

 

 3年に一度の「大名行列」(天照御祖神社式年大祭)で知られる唐丹町本郷の桜並木は、3日時点で八分咲き。同日昼すぎには車で訪れる見物客がひっきりなしに続いた。道路の両側に立ち並ぶ桜は、1933(昭和8)年の三陸大津波からの復興などを願って植樹されたもの。今年は祭り行列の開催年にあたるが、新型コロナウイルスの感染状況を鑑み、中止が決定している。

 

次回の〝大名行列〟が待ち遠しい唐丹町本郷の桜並木

次回の〝大名行列〟が待ち遠しい唐丹町本郷の桜並木

 

 両石町の復興住宅に暮らす塩谷昭子さん(81)は、東日本大震災後に入居した平田の仮設住宅から毎年足を運んでいたといい、「今年も元気で見られた。津波で全てを失ったが、命があって(桜を)見られるだけでもいいよね」と、ささやかな幸せをかみしめた。

 

 中心市街地を見下ろす大町の薬師公園の桜も見事に咲き誇り、4日から提灯に明かりをともす桜まつりが始まった。点灯は18日まで。

「釜石桜満開牡蠣」水煮缶詰販売開始〜煮汁も格別 食べ方自在に、水産振興組合 挑戦を形に

「釜石桜満開牡蠣」水煮缶詰販売開始〜煮汁も格別 食べ方自在に、水産振興組合 挑戦を形に

販売開始を前に関係者が市長に報告

販売開始を前に関係者が市長に報告

 

 釜石市片岸町の室浜海域で養殖される国内最大級の大粒牡蠣(かき)「釜石桜満開牡蠣」が、今シーズン新たに水煮缶詰として登場。12日から販売を開始した。同牡蠣の販路開拓を担ってきたかまいし水産振興企業組合(三塚浩之代表理事)が、コロナ禍の先を見据えた販売戦略として事業化。新商品を武器に、釜石ブランドの味を一層アピールする。

 

 一箱3缶入りを5400円(税込み)で販売。1缶には平均約4粒が入る。ネット通販のほか、首都圏を中心とした同牡蠣のサポーター飲食店、鮮魚店で購入可能。釜石市内では魚河岸テラス2階のレストラン「HAMAYUI」で販売される。

 

 缶詰で目指したのは、人気の蒸しガキの再現。無添加で、余計な味付けをしない素材本来のうまさにこだわった。パスタや炊き込みごはんなど食べ方は自由自在。煮汁も格別だという。常温で3年間の保存が可能で、季節を問わず旬の味を楽しめる。

 

うまみたっぷり!「桜満開牡蠣」水煮缶

うまみたっぷり!「桜満開牡蠣」水煮缶

 

 同牡蠣は春の抱卵前の栄養豊富で身が肥えたマガキを2010年に商品化。11年の東日本大震災で漁場は壊滅的な被害を受けたが、各方面の支援で釜石東部漁協の漁師佐々木健一さん(48)、佐々新一さん(54)がカキ養殖を復活させた。生産者、消費者、飲食店を結ぶ新たなネットワーク「里海プロジェクト」で全国にファンを増やしてきたが、16年の台風10号で再び被災。再再起を果たし、軌道に乗り掛けた矢先、今回のコロナ禍に見舞われた。

 

 今シーズンは水揚げ予定の1万5千個のうち、1万個を缶詰加工する。陸前高田市のタイム缶詰に製造を依頼した。これまでに200箱を出荷。最終的に約830箱の販売を見込む。

 

 三塚代表理事は「地元水産物をもっと価値あるものに変えたい。いろいろな挑戦のきっかけになれば」と話す。

センターを訪れた見学者に説明する藤原信孝さん(左)

「橋野鉄鉱山」見学受け入れ再開〜世界遺産登録から7年目、不運続きも「今年こそ」

シーズン入りし、観光客増に期待がかかる「橋野鉄鉱山」

シーズン入りし、観光客増に期待がかかる「橋野鉄鉱山」

 

 釜石市橋野町の「橋野鉄鉱山インフォメーションセンター」は、昨年12月9日からの冬期休館を終え、20日から開館。祝日と重なった初日は天候にも恵まれ、県内外から観光客が訪れた。2015年7月の世界遺産登録から7年目を迎える今シーズン。新型コロナウイルス感染症の影響はまだ続くが、各種予防対策を徹底しながら、見学者を受け入れる。

 

 同センターは積雪が増える冬期は休館。例年4月1日から開館するが、今年は雪解けが進んだことで、10日ほど早く開館した。高炉場跡は一部に雪が残るものの、見学には支障がない状態。20日は県内陸部のほか、愛知県東海市などから見学者が訪れた。

 

 福岡県北九州市の大学生藤井智寛さん(22)は、同市職員の父智靖さん(58)が復興支援で14年から1年間釜石市に派遣された際、初めて同所を見学。今春の大学卒業を控え、「もう一度見たい」と足を運んだ。「高1の夏に連れてきてもらった。それまで日本の製鉄の発祥は地元の八幡製鉄所だと思い込んでいたので衝撃だった」と振り返る。八幡製鉄所は橋野鉄鉱山同様、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界文化遺産に登録されている。「距離は遠いが、父が仕事をさせてもらった縁もあり、自分の中で釜石は割と近い存在。空気感は北九州と似たところがある。機会があれば釜石に住みたい」と親しみを示した。

 

センターを訪れた見学者に説明する藤原信孝さん(左)

センターを訪れた見学者に説明する藤原信孝さん(左)

 

 同センタースタッフで釜石観光ガイド会員でもある藤原信孝さん(72)は「世界遺産登録以降、台風被害やコロナ禍など不運続きだが、今年こそは本来の良い環境で見学者を迎えられたら」と期待。三陸ジオパーク認定ガイドの資格も新たに取得しており、「歴史だけでなく、鉱石産出地、鉄ができる還元の仕組みなど自然科学的視点からも理解を深めてもらえるような話ができれば」と意欲を見せる。

 

 同センターは12月8日まで開館予定(午前9時半〜午後4時半)。期間中は無休で、入館料は無料。4月1日からは釜石観光ガイド会員1人がセンターに毎日常駐し、希望者へのガイドを行う(有料)。

葛藤乗り越え内陸移住、諸事情抱え 苦渋の決断〜釜石市から13世帯入居、盛岡・南青山アパートへ

葛藤乗り越え内陸移住、諸事情抱え 苦渋の決断〜釜石市から13世帯入居、盛岡・南青山アパートへ

震災から10年ー。釜石市で被災し、盛岡市の「南青山アパート」に入居した住民ら。支援員とともに

震災から10年ー。釜石市で被災し、盛岡市の「南青山アパート」に入居した住民ら。支援員とともに

 

 東日本大震災の被災者向けに建設された県内の災害公営住宅のうち、最後に完成した盛岡市の「県営南青山アパート」(4棟99戸)を19日、野田武則釜石市長が訪問。釜石市で被災した入居者と懇談した。盛岡、滝沢市など内陸部で避難生活を続け、震災から10年となる今年、新たな住まいを得た住民ら。懇談では、古里を離れる決断をしたそれぞれの事情を明かし、新天地での生活に希望を託した。

 

 同アパートは昨年12月に完成。2月11日から入居を開始した。釜石市によると、同市で被災し入居するのは13世帯25人。11世帯が既に入居し、2世帯は3月末の入居を予定する(19日現在)。19日の懇談は、同市が住民交流会として企画。敷地内にある集会所「森のテラス」に入居済みの5世帯7人が集まった。

 

 盛岡への居住を決めた理由として挙がったのは、医療や交通、後継者の問題。「家族が病気を抱え、近くに設備の整った医療機関が必要」「いざという時、すぐに子どもたちと行き来できる交通の利便性」「子どもたちが独立し、釜石に自宅を再建しても継ぐ者がいない」。当初、釜石に戻ることを考えていた人たちも、年月を重ねる中でさまざまな事情が生じ、将来を見据えての選択となったという。震災時、迫る津波を目の当たりにした女性は「川の流音や電車の音にも恐怖を感じてきた。やっぱり海の近くには住めない…」。

 

交流会では野田市長が釜石出身の住民らの思いを聞いた

交流会では野田市長が釜石出身の住民らの思いを聞いた

 

 それでも古里釜石への思いは強い。「向こうに行くと深呼吸した時に潮の匂いを感じる。やっぱり、いいなぁって思う」「釜石に足を運ぶと必ず何か買って帰る。『釜石頑張れ』という気持ちだけはずっと変わらない」

 

 内陸に来てから世話になった人たちへの感謝も口にし、「いつまでも甘えてはいけない。これから自分たちで前向きに頑張っていく」と話す人も。心の復興はまだまだ続くが、安住の地で各自の人生を生き抜くことを誓った。

 

 住民らの話に耳を傾けた野田市長は「この地を選んだのは一つ意味のある選択。健康に末永く暮らしてほしい。今後も皆さんの要望に応えられるよう努力していく」と寄り添った。

 

 片岸町室浜の自宅を津波で失った佐々順子さん(74)は、持病があった母リワさん(当時93)のため、震災直後、夫正弘さん(73)の出身地盛岡市に避難した。残念ながらリワさんは震災の翌年5月に他界。同年、順子さんも大きな手術を経験したことから、独立して盛岡にいる息子家族とも相談し、盛岡に残ることを決めた。

 

 あれから10年―。「箱ものはちゃんとできて生活はしていくが、誰しもが心の中に傷を持つ。帰りたくても帰れない。みんな同じ気持ちだろう…」。生まれ育った釜石のことは人生が終わるまで決して忘れることはない。「みんなで声を掛け合ってやっていこう。ゆっくりと一歩一歩かな」

 

 正弘さんは「ここに住むにもいろいろ葛藤があった。本当の生活はこれから」。夫婦二人三脚で今後の人生を歩む。

感謝状を手に笑顔を見せる釜援隊メンバーと活動を支えた市関係者ら

活動終了の釜援隊に感謝状〜官民協働、復興まちづくりへの貢献たたえる

感謝状を手に笑顔を見せる釜援隊メンバーと活動を支えた市関係者ら

感謝状を手に笑顔を見せる釜援隊メンバーと活動を支えた市関係者ら

 

 釜石市は18日、本年度末で活動を終える釜石リージョナルコーディネーター(復興支援員、通称・釜援隊)の感謝状贈呈式を市役所で開き、官民協働による地域の課題解決、復興まちづくりへの貢献をたたえた。

 

 釜援隊は総務省の復興支援員制度を活用し2013年に導入。8年間に商社や国際機関、マスコミなどで勤務経験のある29人を受け入れた。本年度まで活動を継続したのは11人。市と住民や企業、NPOなどとの調整役としてまちづくりを支えてきた。

 

 贈呈式には隊員9人が出席。野田武則市長が感謝状、復興支援などへの感謝を伝える市の「サンキューカード」をそれぞれに手渡した。

 

 由木加奈子さん(活動期間約3年)、遠藤眞世さん(同6年)は復興住宅自治会設立など地域連携支援に取り組み、多様な人との出会いや協力で「自分にできる復興支援を実現できた」と振り返った。

 

 Uターン者の若林正義さん(同5年)、常陸奈緒子さん(同8年)は食ブランド開発、高校生の地域活動参画などを支援。古里の未来づくりに役立つ活動に充実感をにじませた。

 

 まちが復興する歩みに関わることで人生観を変化させた人も多い。今回活動を終える11人はみな、釜石に残り地域を見守る決断をした。

 

 震災伝承をテーマに活動した藤沢康雄さん(同3年)、漁業振興に携わった佐藤啓太さん(同4年)、漁業の担い手育成支援などを進めた斎藤孝信さん(同5年)、林業の人材育成支援などを手掛けた手塚さや香さん(同7年)は関連する活動を継続。「交流人口をつくる取り組みを推進したい」「地域を活性化させたい」と思いを新たにする。

 

 隊長としてマネジメントに力を注いだ二宮雄岳さん(同7年)は「持続的なまちづくりを進める人づくりを地域の皆さんと頑張っていきたい」と意欲を高めた。

 

 野田市長は「復興に果たした役割は大きい。それぞれの思いをつないでほしい」と今後の展開に期待した。
 久保竜太さん(同6年)、花坂康志さん(同5年)には後日、感謝状が贈られた。

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

芳野寛選手
1990.11.16生/177cm/100kg/兵庫県出身/天理⼤学卒/日本製鉄(株)東日本製鉄所所属
釜石シーウェイブスRFC公式サイトプロフィールページ

 

インタビュー日:2021年3月5日(オンライン取材)
企画・編集:釜石まちづくり株式会社
取材・文:市川 香織(釜石まちづくり株式会社)
写真:西条 佳泰(株式会社Grafica)

 

人生における全ての事がラグビーのおかげだと思います

 

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

2020.9.26 秋田ノーザンブレッツ戦@釜石鵜住居復興スタジアム

 

ーー今シーズン新加入されました。SWとはどのようなご縁で?

 

芳野選手:

エージェントにチームを探していただいたのと、今シーズンからスキルコーチになった星野さんとは、前のチーム(リコーブラックラムズ)でチームメイトだったんですが、星野さんからもプッシュいただきました。釜石に来られたのは、チームに星野さんがいるのが大きかったです。

 

ーー釜石にいらっしゃるのは初めてですか?それと、過去にSWと対戦したことはありましたか?

 

芳野選手:

そうですね、釜石に来るのは初めてで、SWとはこれまで試合したことはなかったですね。

 

ーー釜石の印象は?

 

芳野選手:

僕、高校時代、実家から離れて島根県で寮生活を経験していて、釜石に来る前に「田舎だよ」というのは聞いて来たんですけど、でも高校時代に住んでいた所よりは田舎じゃないなって感じでしたね。

 

ーー釜石にいらしたのは昨年の7月でチームの活動も再開されている時でしたが、緊急事態宣言が出ている時は、東京にいらしたんですね。どのような生活をされていましたか?

 

芳野選手:

リコーのチーム練習も3月末まででしたから、そのあとは自主練だけでした。出来る事も筋トレとかランニングとかに限られていたので、ラグビーからは離れているなというのはありましたね。

 

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

2020.11.1 ヤクルトレビンズ戦@釜石鵜住居復興スタジアム

 

ーーこの期間を経て、ラグビーに対しての考え方など、変化した事はありますか?

 

芳野選手:

そうですね、前のチームから退団することは決まっていたので、今後ラグビー出来るんかな?という不安の方が大きかったです。次のチームが決まっていない状態で、ずっと一人で自主練していたので。
目標は見失ってはいなかったですけど、ほんまに「大丈夫なんかなぁ」と、ちょいちょい不安ではありましたね。

 

ーーラグビーは何歳の頃からどんなきっかけで始めたんですか?

 

芳野選手:

僕は小学校1年生の時から始めました。家の前でやっているラグビースクールがあって、日曜日だけだったんですけど入れられて・・・という感じでした。

 

ーーそこから、中学校、高校、大学、社会人と続けて来られて、「やっぱりラグビーだな」という“芯”の部分にあるのはどういうものでしょうか?

 

芳野選手:

自分自身、ラグビーが無かったらここまで来ていなかったというか、高校と大学の進学もそうですし、社会人も大手に入る事が出来ましたし、ラグビーが無かったら人間として育たなかったんかなと、人生における全ての事がラグビーのおかげだと思います。

 

ーーラグビーから教わった事が大きかったという事でしょうか。

 

芳野選手:

そうですね、ラグビーを通してというか、寮生活もそうですし、何においてもラグビーしかなかったという感じですね。その他の事は、中途半端に辞めたりとかが多かったので、唯一続けられたのがラグビーでした。

 

ーーそういうご縁だったんですね。

 

芳野選手:

ですかね。まぁ、家の前でスクールをやってたのがラグビーを始めたきっかけなので、そうかもしれないですね。

 

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

2020.10.10 クボタスピアーズ戦@釜石鵜住居復興スタジアム

 

ーー天理大学でのキャプテン経験はいかがでしたでしょうか?チームメイトの皆さんとは繋がっていらっしゃるんですか?

 

芳野選手:

特別それで何かというより、色々といい経験をさせてもらったなという感じですね。
高校も大学も、仲のいいメンバーとは今も繋がっています。

 

ーーラグビーのコミュニティってどんどん繋がって行くというイメージがあります。

 

芳野選手:

そうですね、友達のまた友達っていう感じに広がって行きますね。

 

ーーそれと、ラグビーをやっていた皆さんってあっという間に意気投合しますよね。

 

芳野選手:

まだマイナーと言えばマイナーなスポーツで、野球とかサッカーと違って“ちょっとかじってた”くらいの感じでもラグビーをやっていた人に会える確率ってそんなに高いわけじゃないので、経験者に会うとそこからすんなり入って行けるのかなという感じですかね。

 

それぞれが釜石の色に染まろうと頑張っています

 

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

2020.9.26 秋田ノーザンブレッツ戦@釜石鵜住居復興スタジアム

 

ーージャパンラグビートップチャレンジリーグの開幕は、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて延期になりましたが、代替フォーマットで2月13日から開幕。初戦の栗田工業戦で勝利。先日の清水建設戦は惜敗でした。ここまでの2試合を振り返って。

 

芳野選手:

特に清水戦は、やっぱり一つのミスの重要さというか、ミス一つでコロっと曲面が変わって点を取られる時があったので、一つ一つのプレーの重要性が身に沁みました。

 

ーー前半終了後、ロッカールームに帰って、後半へ向けてはどのような会話がありましたか?

 

芳野選手:

前半は自分たちで自分の首を絞めている感じだったので、後半は、無理せずに一つ一つ正確に確実にプレーして行こうと話しました。行けるところではしっかり点を取りに行って、あとはとにかくペナルティ、ミスを減らして行こうという感じでした。

 

ーーミスした事によっての精神的な面への影響が大きかったでしょうか?

 

芳野選手:

良い感じで攻め込んでいた所でミスをして、自分たちがトライを取れそうという所から、逆に相手にポンっとトライを取られてしまったので、ちょっとメンタルに響いたというか・・・取れる気でおったのが、相手に取られて。そこはでも、「一回切り替えよう!」という話をすぐにしていました。

 

ーーFWのプレーの連携はどうですか?

 

芳野選手:

外国人選手や新加入も多いですけど、それぞれが釜石の色に染まろうと頑張っていますし、須田FWコーチの下、目指す形へ向けて一つになって行っているなと思います。

 

ーー今シーズン、セットプレーも「強いな!」と見ています。

 

芳野選手:

ラインアウトの成功率も高いと思いますし、スクラムもシーズン前にトップリーグ(TL)のチームと組み合って“自分たちもやれる”と手ごたえを掴んでシーズンに入れましたし、セットプレーは自信を持ってやっています。

 

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

2020.9.26 秋田ノーザンブレッツ戦@釜石鵜住居復興スタジアム

 

ーーFWは若い選手が多いですが、芳野選手からみて、若い世代の選手はどう映っていますか?

 

芳野選手:

若いけど言った事をきちんと吸収してくれますね。それから、疑問に思っていることも僕に聞いて来てくれますし、そこはとても助かってますね。

 

ーーそれはすごいですね、自分からちゃんと聞いて来てくれるんですね。

 

芳野選手:

そうですね、そこが無いと、やっぱり成長出来ないというか。ちゃんと聞いて来てくれる、言った事に対してもまた応えてくれようとしてくれますし、そこはFWとして一つになって行く上で、本当に助かっています。

 

ーー教えを乞う時に、まずは自分の何が問題点なのかを把握しないと、聞くにしても何を聞けばいいのか分からない時もあるかなと思うんですが、若い選手たちはまずは自分を内省する事が出来ているんでしょうね。

 

芳野選手:

そういう部分ももちろんありますし、あと、言い方がちょっときつくなるかもしれないんですが、まだ経験が無い時は、ひとまず“経験を持っている人に聞こう”という姿勢で良いと思うんですよ。「一旦、聞いてみよう」という姿勢で来てもらえるので、僕も説明しやすいですし。
 
そこは、このチームの良いとこかなって思います。特にFWに関しては。色んなことをいっぱい聞いて来てくれるというのが一番でかいですね。話をしてコミュニケーションを取れるというのが。

 

釜石シーウェイブスRFC選手紹介2020-2021シーズンインタビュー 第7弾『芳野寛選手』

2020.11.8 秋田ノーザンブレッツRFC@あきぎんスタジアム

 

ーー経験豊富な芳野選手の存在が大きいなと見ていました。個人的にコンディションはいかがですか?

 

芳野選手:

今年は怪我も全然ないですし、調子は良いです。
 

ーーコロナ禍でスケジュールに余裕があったというか、身体を休められたという事はありますか?

 

芳野選手:

休められたかもしれないですけど、休みすぎな感じもありました。やっとシーズン始まる!とエンジンつけたら、ちょっと延びることになってまたエンジン切らなあかん・・・ってなり、何て言うかメンタル面がちょっと。
で、始まったら始まったで「また終わるんちゃうか・・・?」とか思ったり、そこら辺がちょっと複雑でした。

 

ーー最後に、読者の皆さんへ、今シーズンの抱負を含め、メッセージをお願いします。

 

芳野選手:

今はまず目の前の一戦一戦を大事にして、SWの強みであるFWのプレーで圧倒して行きたいと思います。
強い相手にも、モールでトライを取ってスクラムでも圧倒してFWから良い流れを作りたいなと思っています。

 
 

チーム活動情報、リーグ戦日程等の最新情報は、釜石シーウェイブスRFC公式サイトをご覧ください。
https://www.kamaishi-seawaves.com/

広報かまいし2021年4月1日号(No.1757)

広報かまいし2021年4月1日号(No.1757)

広報かまいし2021年4月1日号(No.1757)

 

広報かまいし2021年4月1日号(No.1757)

広報かまいし2021年3月1日号(No.1757)

ファイル形式: PDFファイル
データ容量: 1.95MB
ダウンロード


 

【P1】
土地区画整理事業による公園の利用開始
【P2-3】
新型コロナワクチン接種のお知らせ
キャッシュレス決済ポイント還元事業 他
【P4-5】
第六次釜石市総合計画を策定しました
【P6-7】
市の組織機構見直し
市職員の給与状況などのお知らせ
【P8-9】
固定資産税のあらまし
【P10-11】
まちのお知らせ
【P12】
福祉タクシー助成券交付のお知らせ
ふくしトピック 他

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 広聴広報課 広聴広報係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8419 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2021032500014/
釜石市

釜石市

釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。