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広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)

広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)
 

広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)

広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)

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【P1】
釜石まつり

【P2-3】
TETTO ロビーコンサート vol.9「MiA &リアスバンド」
わらび座イーハトーブシアター 「真昼の星めぐり」the Musical 他

【P4-5】
令和7年度 インフルエンザ・新型コロナ予防接種
令和7年度の健康診査・肺がん検診がまもなく終了します
10月1日~ マイナ救急が始まります

【P6-7】
令和8年4月入園 幼稚園児を募集します
ツキノワグマの被害に遭わないために 他

【P8-9】
調査票の記入はお済みですか?
10月の粗大ごみ収集予約を受け付けます 他

【P10-11】
まちのお知らせ

【P12】
市民百景

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 オープンシティ・プロモーション室
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8463 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2025092600011/
釜石市

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釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
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新本殿整備事業完遂祝う 澤田八幡神社(栗林町)例大祭 黄金色の秋風景の中、鹿踊&虎舞に住民歓喜

本殿と周辺整備の完了を祝う澤田八幡神社の例大祭=15日、栗林町同神社境内

本殿と周辺整備の完了を祝う澤田八幡神社の例大祭=15日、栗林町同神社境内

 
 釜石市栗林町沢田の澤田八幡神社の例大祭は15日に行われた。昨年、本殿の建て替え工事が行われた同神社は、周辺の環境整備が全て終了。今年の祭りは事業完遂を祝って、郷土芸能の披露などが盛大に行われた。また今年は、三閉伊一揆の指導者の一人として活躍した郷土の偉人、三浦命助の関係資料が県の文化財に指定されたことも記念し、命助の生誕地・上栗林でも踊りが奉納された。
 
 同神社は江戸時代後期、文政(1818-30)年間の建立。木造の本殿は1955年に屋根のふき替えのみ行われていたが、建物の老朽化が顕著となったことから、地元住民組織・沢田新生会(川崎浩一会長、100世帯)が中心となって、一昨年から建て替え事業を進めてきた。本殿は昨年6月に完成していたが、参道整備や新しい扁額の設置などがこのほど終了。例大祭が住民へのお披露目の場となった。
 
新築整備された澤田八幡神社の本殿(右)。新たに整備された参道(左)。参集殿の建物内を通らず参拝できる

新築整備された澤田八幡神社の本殿(右)。新たに整備された参道(左)。参集殿の建物内を通らず参拝できる

 
郷土芸能団体など関係者が三浦命助生誕の地・上栗林に建てられている顕彰碑に足を運んだ

郷土芸能団体など関係者が三浦命助生誕の地・上栗林に建てられている顕彰碑に足を運んだ

 
三閉伊一揆に参加し窮状を救った三浦命助ら村民に敬意を表し、踊りを奉納する「澤田鹿踊」

三閉伊一揆に参加し窮状を救った三浦命助ら村民に敬意を表し、踊りを奉納する「澤田鹿踊」

 
 14日夜に宵宮祭、15日は神社での神事の後、関係者が上栗林の「三浦命助顕彰碑」に足を運んだ。同碑は命助の没後100年にあたる1963年に町民一同によって建てられたもので、裏山には命助の墓がある。今年4月に命助関係資料が県指定文化財となったことを記念し、碑の前で澤田鹿踊と澤田虎舞が踊りを奉納した。命助が信仰した観音堂の前では、郷土の人々を救った命助ら先人の御霊を慰め、感謝の祈りをささげた。
 
住民らが見守る中、伝統の舞を披露する鹿踊の踊り手

住民らが見守る中、伝統の舞を披露する鹿踊の踊り手

 
2頭の雄鹿が雌鹿を奪い合う「突き合い」。観衆の掛け声で最も盛り上がる演目

2頭の雄鹿が雌鹿を奪い合う「突き合い」。観衆の掛け声で最も盛り上がる演目

 
 命助の関係親族の女性(81)は「地域の皆さんが文化財指定を祝ってくれてありがたい。自分のためではなく、みんなのために事を起こした命助さんに敬意を表したい。これからも地元の歴史としてつないでいければ」と願った。
 
子どもや若者が力を発揮した「澤田虎舞」。虎が遊び戯れる様子を表現した「跳虎」

子どもや若者が力を発揮した「澤田虎舞」。虎が遊び戯れる様子を表現した「跳虎」

 
頑張って踊る子どもたちの姿に笑みがこぼれる(下)

頑張って踊る子どもたちの姿に笑みがこぼれる(下)

 
 昼食をはさんで午後からは、神社境内で両芸能が披露された。澤田虎舞(大丸広美代表、30人)は跳虎(はねとら)、笹喰み(ささばみ)、甚句など多彩な踊りを披露した。同虎舞は片岸虎舞の流れをくむもので、明治時代から踊られているとみられる。少子高齢化による担い手不足などで、10年ほど前から近隣の砂子畑道々虎舞と相互交流。両地区神社の祭典では踊り手を出し合い、継承の一助としている。
 
収穫期を迎えた黄金色の田んぼも祭り風景を彩る。秋祭りならではの光景

収穫期を迎えた黄金色の田んぼも祭り風景を彩る。秋祭りならではの光景

 
虎頭の形状の違いも楽しめる複数の虎の競演

虎頭の形状の違いも楽しめる複数の虎の競演

 
次世代を担う子どもたちも躍動。子虎の「笹喰み」(右)に見物客もにっこり

次世代を担う子どもたちも躍動。子虎の「笹喰み」(右)に見物客もにっこり

 
 祭りでは“子虎”も大活躍。小学生らが小さな頭(かしら)を振って踊り、観客から盛んな拍手を浴びた。栗林に父方の祖父が暮らす長谷川諒さん(9、野田町)は幼いころから同虎舞に親しむ。今回も祭りに向けて「頭をちゃんと振るところや笹で歯磨きするところ(笹喰み)を頑張って練習しました」と自信をのぞかせた。出来を聞いてみると「100点!」とのこと。「虎舞はみんなで協力してやるところが楽しい。これからも続けたい」と目を輝かせた。
 
 澤田鹿踊(川崎充代表)は祝入羽(いわいりは)、向返し(こがえし)、花踊りなど5演目を披露した。メンバーは小学1年生から77歳まで約20人。同鹿踊は約330年前、房州(現千葉県)生まれの唯喜伝治という人物が沢田地区の名家に雇われた際、地区の若者たちに教えたのが始まりとされる。市内の鹿踊伝承の先駆けで、1980年に同市指定無形民俗文化財となっている。
 
祭りを盛り上げる郷土芸能は地域の宝。神社境内が一気に華やぐ

祭りを盛り上げる郷土芸能は地域の宝。神社境内が一気に華やぐ

 
幅広い世代が太鼓や笛、踊りを担当。郷土芸能は世代間交流の場にも

幅広い世代が太鼓や笛、踊りを担当。郷土芸能は世代間交流の場にも

 
澤田鹿踊は市内の鹿踊の文化財指定第一号

澤田鹿踊は市内の鹿踊の文化財指定第一号

 
 鹿踊も担い手育成は大きな課題。事務局の小澤英樹さん(53)は「とにかく続けていくことが大事。地元小学校統合の話もあり、子どもたちへの継承は難しさを増すが、何とかつないでいきたい」と伝統芸能の誇りを胸に刻む。この日は同祭りの評判を聞きつけ、県外から足を運んだ客もいて、「地域の良さを内外に広めていければ」との思いも強くする。
 
 沢田地区に暮らす菊池ウメさん(79)は終始、笑顔で郷土芸能を楽しみ、「祭りって本当にいいなあと思って。小さい子どもたちの踊りもかわいくてね…。昨日の宵宮祭もすごく良かった」と心を躍らせた。同神社の本殿が新しくなったことも喜び、「これからもみんな元気で暮らせる地域になれば」とご加護を願った。
 
祭りを楽しむ見物客。昨年に続く郷土芸能披露に喜びの表情

祭りを楽しむ見物客。昨年に続く郷土芸能披露に喜びの表情

 
祭りを通して地域の素晴らしさを実感。子どもたちの健やかな成長にもつながっている

祭りを通して地域の素晴らしさを実感。子どもたちの健やかな成長にもつながっている

 
 同神社氏子総代長も務める新生会の川崎会長(61)は「多くの皆さんのご奉賛をいただいて本殿を新しくでき、感謝の気持ちでいっぱい。祭りは伝統芸能の継承にも欠かせない。力を合わせ、芸能を含めた地域文化の継承に努めていきたい」と思いを新たにした。

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三浦命助 一揆指導者の素地、宗教者の顔… 東北学院大 兼平賢治教授が釜石で講演

「三浦命助関係資料」の県文化財指定を記念した講演会=14日、釜石PIT

「三浦命助関係資料」の県文化財指定を記念した講演会=14日、釜石PIT

 
 江戸時代末期、嘉永の三閉伊一揆(1853年)の指導者の一人だった栗林村(現釜石市栗林町)の三浦命助(1820-1864)。本年4月、命助の関係資料が県指定文化財となったことを記念した講演会が14日、同市で開かれた。講師は同文化財指定に尽力した東北学院大学文学部の兼平賢治教授。一揆を率いた命助の知られざる実像に迫り、約100人が耳を傾けた。
 
 県文化財に指定された「三浦命助関係資料」は、一揆後、命助が仙台藩領へ逃走していた時の日記、入牢中に記し家族に送った獄中記、平田番所通行時に着用していた装束など35点(文書31、版木2、装束2)。命助の本家筋にあたる三浦家が所蔵していたもので、命助の足跡や思想、近世後期から幕末期の盛岡藩と民衆の動向をひもとく上で貴重な資料群として、4月11日付けで指定された。記念講演会は釜石市教委が主催。会場となった釜石PITには同文化財リストとともに現物8点が特別展示された。
 
県指定文化財となった資料群。僧侶だったことを物語る版木・折本(左上)、大福帳(右上)、獄中記(下)

県指定文化財となった資料群。僧侶だったことを物語る版木・折本(左上)、大福帳(右上)、獄中記(下)

 
35点の資料の中から8点が講演会会場で公開された。貴重な資料に興味津々の来場者

35点の資料の中から8点が講演会会場で公開された。貴重な資料に興味津々の来場者

 
 三浦命助は村の肝いりだった父のもとに生まれた。大飢饉(ききん)のため、17歳で秋田藩の院内銀山に出稼ぎ。帰村後は農業のほか、沿岸と内陸を行き来し、農海産物の荷駄商いをして生計を立てていた。18歳で結婚し、5人の子どもに恵まれている。
 
 日本最大級とされる三閉伊一揆は、藩の追加課税に苦しむ民衆が1847(弘化4)年11月と、53(嘉永6)年6月の二度にわたり起こした。命助は34歳の時、1万6千人以上が参加した嘉永の一揆に加わり、仙台藩に越訴。45人の代表者の一人として交渉し、免税など要求のほとんどを認められた。一揆後、村に戻るも、村内の騒動で身の危険を感じ仙台藩領へ出奔。出家し寺の住職を務めた後、京都に上り、二条家の家来になった。57(安政4)年、帰村しようと藩境の平田番所を越えたところ、脱藩の罪で捕らえられ、盛岡の牢に入れられた。その後、6年8カ月も勾留され、45歳で牢死した。
 
 講演で兼平教授は、命助が一揆の頭人(指導者)となる要素はどこにあったかに着目。院内銀山への出稼ぎ、広域の商売で幅広く識見を得ていたことに加え、幼いころからの観音信仰でさまざまな知識を蓄えていたことが影響していると明かした。熱心な信仰は、一揆後に命助が宗教者としての道を歩むことにもつながっていく。当初、「義乗」と名乗ったとされるが、三浦家に伝わる版木には「義参」の文字があり、「義参が正しいと考えられる」と兼平教授。出家後は「明英」と名乗っている。
 
記念講演会の講師を務めた東北学院大学文学部の兼平賢治教授。盛岡藩南部家について江戸時代を通して研究している

記念講演会の講師を務めた東北学院大学文学部の兼平賢治教授。盛岡藩南部家について江戸時代を通して研究している

 
三浦命助に関するさまざまな資料をスクリーンで見せながら進んだ講演会

三浦命助に関するさまざまな資料をスクリーンで見せながら進んだ講演会

 
 出奔した仙台藩領では曹洞宗積雲寺(現宮城県加美町)に入り、後に天台宗箆峯寺西ノ坊(同涌谷町)の弟子に。さらに南小牛田村(同美里町)に居住し、当山派修験である東寿院の住持(住職)となった後、京都へ上る。兼平教授は、これまでに研究者が示してきた一揆の指導者や修験になり得た背景を紹介。命助が弁舌や筆のたつ人物だったことが伝えられた。
 
 兼平教授は8月に実施した宮城県公文書館での調査、小牛田のフィールドワークの成果についても説明。同館所蔵の村絵図や命助が記した日記をもとに、関係寺社の場所や居住地域をおおむね特定したという。逃亡の身であった命助が京都に向かい、二条家の家来になった理由については、慶應義塾大文学部古文書室の「二条家文書」展示品解説を引用。二条家の家紋が入った提灯や御用絵符は、命助が帰村するための身の保証であったが、命助が二条家から「永御暇」となったことを知った盛岡藩は、プレッシャーをなくし捕縛に至ったと考えられるという。
 
兼平教授の最新の調査成果も公開。命助が南小牛田村で僧侶をしていた時の暮らしぶりや人間関係について語った

兼平教授の最新の調査成果も公開。命助が南小牛田村で僧侶をしていた時の暮らしぶりや人間関係について語った

 
講演会には市内外から約100人が来場し、関心の高さを伺わせた

講演会には市内外から約100人が来場し、関心の高さを伺わせた

 
 同講演会は「かまいし歴史文化プロモーションを通じた関係人口創出事業」の一環として開催。来場者はこれまであまり知られていなかった三浦命助の素地や逃亡中の生活、宗教者としての顔に触れ、さらなる学びを得ていた。

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ゲリラ豪雨想定で避難、炊き出しなど訓練 中小川町内会自主防が実施 上小川住民も初参加

豪雨災害を想定した避難訓練=13日、釜石市中小川地区

豪雨災害を想定した避難訓練=13日、釜石市中小川地区

 
 釜石市の中小川町内会自主防災会(佐々木正雪会長)は13日、ゲリラ豪雨による洪水、土砂災害を想定した防災訓練を行った。周りを山に囲まれ、沢水の大量流出や小川川の増水で住宅地への浸水、崖崩れなどの恐れがある同地域。住民がいち早く危険を察知し、迅速な避難行動をとれるようにと実施した。避難のほか、炊き出しや消火、防災資機材の使い方も訓練。いざという時の備え、命を守る行動へ意識を高めた。
 
 避難訓練は短時間に集中的に激しい雨が降り、小川川が危険水位に達したとの想定で行われた。地区内3カ所で警戒にあたっていた消防団員らから連絡を受けた佐々木会長が、市防災行政無線の屋外拡声子局の放送設備を使用し、川から離れた高台道路を通っての避難を呼びかけた。住民らは家族や隣近所で声をかけ合い、避難を開始。要支援者は車いすを使って搬送した。集合した上小川・中小川集会所駐車場で5つの地区ごとに避難者数を確認。この日は子どもから大人まで計94人が避難行動を取った。
 
中小川町内会自主防災会の佐々木正雪会長が防災無線で避難を呼びかける

中小川町内会自主防災会の佐々木正雪会長が防災無線で避難を呼びかける

 
住民が小川川から離れた高い場所を目指し避難。上小川・中小川集会所駐車場で地区ごとに避難者数を確認した

住民が小川川から離れた高い場所を目指し避難。上小川・中小川集会所駐車場で地区ごとに避難者数を確認した

 
 駐車場では仮設トイレや担架の組み立て、おにぎりを握る炊き出し訓練などを実施。協力した釜石消防署署員の指導で消火器(この日は訓練用水消火器使用)の操作訓練も行った。同型の消火器1本には3キロの粉末消火薬剤が入っているといい、署員は「少しの量でも視界が悪くなる。必ず逃げ道を確保し、無理をせず、命を守ることを優先して」と注意を促した。火災時の煙の充満を再現したテント内を歩く体験もあった。訓練用の無害な煙の中を進んだが、実際の火災では有毒な一酸化炭素を含む黒い煙が発生するため、口や鼻をタオルなどで覆って低い姿勢で避難することが大事。参加者は見通しのきかない怖さを体験し、火災予防への意識を強めた。
 
仮設トイレ(写真右)や担架(同左)を組み立てる訓練

仮設トイレ(写真右)や担架(同左)を組み立てる訓練

 
消防署員、団員らの指導で消火器(訓練用)の操作も体験した

消防署員、団員らの指導で消火器(訓練用)の操作も体験した

 
火災現場を再現。煙(訓練用)が充満するテントの中を歩く。前が見えず立ち止まってしまう人も…

火災現場を再現。煙(訓練用)が充満するテントの中を歩く。前が見えず立ち止まってしまう人も…

 
 中小川町内会は本年度、町内会活動の休止が続いていた上小川地区の住民を受け入れ、組織を再編。両地区合わせ380世帯、745人の町内会組織となった。同訓練に初めて参加した上小川の岩間みき子さん(68)は「自宅近くの川は少しの雨でも水位が上がりやすく心配。危険を感じたら、警報になる前に安全な場所へ早めの避難をすることを家族で確認している」と話し、訓練にも3世代で参加。孫の羽叶さん(9)は「いざという時はお家の人と一緒に逃げたい。訓練で消火器を初めて使った。ちょっと難しかった」と振り返った。
 
 訓練の様子を見守った市防災危機管理課の大澤翔防災係長は「ゲリラ豪雨の場合、通常の台風と違い、避難のための時間が限られる。気象のほか、昼か夜かによっても状況が異なる点を理解し、より安全に身を守る方法を普段から考えておいてほしい」と願う。地区内では昨年、台風による土砂崩れの影響で、市街地に通じる道路が片側通行になる状態が続いた。「訓練をしてみて分かることもある。地域によって危険性や課題は変わってくるので、地区ごとに訓練を重ね、共助の力を高めてもらえれば」と話す。
 
おにぎりをつくる炊き出し訓練は町内会婦人部を中心に実施

おにぎりをつくる炊き出し訓練は町内会婦人部を中心に実施

 
負傷者などを担架で運ぶ訓練

負傷者などを担架で運ぶ訓練

 
 同町内会自主防は東日本大震災を契機に2014年に発足。以来、年1回の防災避難訓練を続けている。小川川上流には1997年に日向ダムが完成。佐々木会長(75)によると、これまでに大規模な洪水被害はないというが、近年増加するゲリラ豪雨など短時間で集中的に激しい雨が降った場合、想定を上回る川の増水や家屋への浸水、土砂崩れによる道路の寸断なども考えられる。佐々木会長は「緊急連絡網や要支援者の避難誘導など体制は整えているが、近年の異常気象で何が起こるか分からない時代。地区内は山から複数の沢が流れ込む地形で、一番心配なのは川の氾濫。高齢者も多いので、とにかく早め早めの避難を心がけてほしい」と呼びかける。

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知ってほしい!「大槌刺し子」 釜石商工高生、地域イメージし商品づくり 「よいさ」で販売へ

一針一針に思いを込めた手作り品をPRする釜石商工高生

一針一針に思いを込めた手作り品をPRする釜石商工高生

 
 釜石商工高(小松了校長、生徒176人)の総合情報科3年の有志5人が、課題研究の授業の一環で「大槌刺し子」の技術を学んでいる。伝統文化の発信と担い手不足の解決に向け取り組む中で、「普及は地元から」と考察。地域をイメージしたデザインを施した商品を作り、9月23日に開かれる祭り「釜石よいさ」の会場で販売することにした。高校生らしい発想から生まれたデザインとの出合いがあるはず。生徒たちは「一針に込めた思いを感じてほしい」とアピールする。
 
 同校の課題研究で大槌刺し子をテーマにするのは2年目。担い手の育成を考える中で技術の習得にも挑み、昨年は大槌刺し子のブランド「SASHIKO GALS(サシコギャルズ)」の商品づくりの一部を担ったほか、ブランドを東京で紹介する販売会に参加するためクラウドファンディングを実施。販売内容に関わる計画やマーケティング、広報、交通費の算出などに関わり、商業系の学びも深めた。
 
 今年は、捨てられるはずだった廃棄物や不用品に手を加え、より付加価値の高い商品へと生まれ変わらせる「アップサイクル」という視点を取り入れた作品づくりに挑戦。一定の間隔で同じ方向に刺していき、幾何学模様で布地を埋め尽くす「一目(ひとめ)刺し」の技術習得を目指し、週3時間、大槌刺し子の職人から学んでいる。
 
課題研究で生徒たちがつくった一目刺しの刺し子作品

課題研究で生徒たちがつくった一目刺しの刺し子作品

 
 「持続可能な商品づくり」として選んだのは、布でアルミなどの金具を包んだ「くるみボタン」のストラップ。「伝統文化の発信は地元から」と考え、人が集まるイベントでの販売も計画した。それが学校祭(10月)と、地域の祭り・よいさ。より関心を持ってもらえるよう、「釜石と言えば」と思い浮かべた「海」をモチーフにした図柄も取り入れ、5人それぞれがイメージしたデザインを布に描いている。
 
 9月3日には、刺し子を施した布と金具などを組み合わせる作業を授業の中で行った。講師は大槌刺し子事務所スタッフの佐々木加奈子さん(48)。生徒たちは一人30枚、刺し子作品を持ち込み、仕上がり具合を確認してもらった。「糸の状態が緩いね。直せるものはしっかりと」「商品は見栄えが大事。買う人の目線になって」と、ものづくりに必要な視点や大切にすべき心得を教わった。
 
佐々木加奈子さん(手前左)に教わりながら作品づくりに挑戦中

佐々木加奈子さん(手前左)に教わりながら作品づくりに挑戦中

 
刺し子の仕上がりを確認し、くるみボタンづくりを進める

刺し子の仕上がりを確認し、くるみボタンづくりを進める

 
 今回は使われなくなった藍染めの布を再利用する。縫い目が加わった布は厚みが増し、くるみボタンづくりは予想外に苦戦。菊池風音さんは「不器用だから難しいし、大変」と苦笑いした。それでも地域の伝統文化に触れ、「趣味で続けていけたら」と楽しみながら取り組む。海柄のモチーフとして選んだのはヒトデ。「海の星だから、希望という意味を込めた。買ってくれる人の希望になるものになったらうれしい」と期待する。
 
専用の打ち具やハンマーを使った作業に力が入る

専用の打ち具やハンマーを使った作業に力が入る

 
かわいく見えるのは…中心を決める作業は慎重に

かわいく見えるのは…中心を決める作業は慎重に

 
 菊池さん以外の生徒がモチーフにした海柄には、魚やホタテ貝がある。クラゲは2種あり、「絆、再生」との意味や、「きれいだから」といった素直な気持ちを込めたという。「お気に入りのものを手に取ってほしい」。授業のほか、休み時間も使いながら手を動かしている。
 
 生徒たちが課題研究に熱を込める理由の一つが、大槌刺し子の立ち上がりの物語にある。東日本大震災で被災した女性たちの生きがいづくりにと、2011年に復興支援プロジェクトで発足。「おばあちゃんたちが避難所で暇にしていた時に始まったというのが心に響いた。残ってほしいし、守りたい」と、5人は同じ思いを重ね合わせる。
 
生徒たちが思いを込めて手づくりする刺し子のくるみボタン

生徒たちが思いを込めて手づくりする刺し子のくるみボタン

 
 釜石よいさは23日に釜石市鵜住居町の釜石鵜住居復興スタジアムで開かれる。午前11時半開場。釜石商工高生の販売ブースは、よいさグッズ販売や縁日コーナーなどが並ぶ「おまつり広場」の一角に設けられる予定。

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釜石・根浜海岸の歌碑「おかえりなさい」 島倉千代子さんの十三回忌前に ファンら集う

島倉千代子さんの歌碑の前でファンらが記念撮影

島倉千代子さんの歌碑の前でファンらが記念撮影

 
 釜石市鵜住居町の根浜海岸に、2013年に亡くなった歌手島倉千代子さんが歌った「おかえりなさい」の歌碑がある。♪あなたの帰りを待っている…。この歌い出しや呼びかけるような歌詞に東日本大震災被災地への思いを重ねていた島倉さんの気持ちをくみ取ったファンらが15年に建立した。今年は十三回忌にあたり、ファンらでつくる後援会が歌碑のそばでしのぶツアーを企画。9月12日、全国から集った18人が刻まれた歌詞を見つめながら「大好きな人」を思い浮かべた。
 
 07年に発表された同曲には「おかえりなさい」「帰っておいで」との歌詞があり、島倉さんは震災(11年)を受け、犠牲になった人やいまだ行方が分からない人へ向けた呼びかけのように感じていたという。「被災地が落ち着いたら、歌いに行きたい」と望んだが、その思いを遂げられぬまま、13年11月8日に他界した。
 
 そうした思いを聞いていた後援会が寄付を募り、縁があって釜石に歌碑を立てた。場所は旅館「宝来館」の裏山にある避難路入り口付近。17年には歌碑近くに音声装置を設置した。
 
根浜海岸に立つ「おかえりなさい」の歌碑と音声装置

根浜海岸に立つ「おかえりなさい」の歌碑と音声装置

 
 後援会メンバーらは除幕式や七回忌など節目に訪れてきた。4回目となる今回は「十三回忌奉納花火パブリックビューイングツアー」として実施。新潟県小千谷市片貝町の「片貝まつり(浅間神社秋季例大祭奉納大煙火)」の模様を、島倉さんが思いを寄せた場所で一緒に見ることにした。
 
 関西、関東を中心に集まったツアー参加者は旅館に着くと、すぐに歌碑の前へ。音声装置のボタンを押し、島倉さんの温かみのある歌声を聴いた。♪あなたの帰りを待っている 変わらぬ心がここにある……おかえりなさい。声を合わせて歌ったりした。
 
避難路の入り口から優しいまなざしの島倉さんが海岸を見守る

避難路の入り口から優しいまなざしの島倉さんが海岸を見守る>

 
島倉さんの曲にちなみ避難路に植えられたカラタチの木を見上げるファンら

島倉さんの曲にちなみ避難路に植えられたカラタチの木を見上げるファンら

 
 島倉さんの付き人だった綿引あつ子さん(82)=千葉県=もファンの一人。「会って話したいことがあるから」と来釜した。着物姿でしっとり、か細く、優しい人柄で守ってあげたい印象の島倉さんに引かれたというが、素は「芯がしっかりし、頼れる人。決断が速い。意外にも普段着はジーパンにTシャツなの」としのぶ。歌碑を見つめ、「今も心にとめ集まってくれるファンがいる。今で言う“押し”への情熱が本当にすごい」と、つぶやいた表情にはうれしさがにじんでいた。
 
ボタンを押すと「おかえりなさい」が流れ、笑顔を見せるファン

ボタンを押すと「おかえりなさい」が流れ、笑顔を見せるファン

 
 夕食時にユーチューブ配信された片貝まつりのライブ映像を視聴。奉納した花火(大スターマイン)には、地震や台風、豪雨などで被災した人らに対し「一日も早く『おかえりなさい』『ただいま』と言えるような心休まる日常を取り戻せますように」との願いを込めた。花火の打ち上げに向け募った寄付金や、関西の後援会が催すビデオ上映会でのグッズ販売の益金などを充てたという。
 
 歌碑建立の計画時から中心的な役割を担った関西地区の後援会代表の吉田恵美子さん(75)=大阪府=は「全国のファンの応援、協力があったからできた」と感謝する。ツアーを企画することで、初めて現地を訪れることができたファンもいて、「良かった。この場所で島倉さんの思いや、震災のことを考えてもらえたら」と希望。「ここは帰る場所。『おかえりなさい』と待っているから、一日も早く『ただいま』と家族の元へ帰ってきてほしい」と祈るように話した。
 
島倉さんをイメージしたポーズで写真撮影したり歌ったりして交流を楽しんだ

島倉さんをイメージしたポーズで写真撮影したり歌ったりして交流を楽しんだ

 
 後援会メンバーやファンは年齢層が高めで、活動は控えめになっているという。そんな中、30代のファンが資料館を運営したりツアーの調整役を担ったり、うれしい動きも。吉田さんは頼もしく感じている。「(島倉さんは)魅力がある人だから」。忘れない―大切な人を思う場所であり続けることを切望する。
 
 片貝まつり奉納花火の模様は10月18日にBSフジで午後7時から放送(録画)される予定だという。

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釜石・大槌エリアで16日からドクターカー試行運用開始 診療開始までの時間短縮で救命率向上へ

釜石、大槌でのドクターカー試行運用に向けた訓練=3日、釜石消防署

釜石、大槌でのドクターカー試行運用に向けた訓練=3日、釜石消防署

 
 県立大船渡病院(星田徹院長)と釜石大槌地区行政事務組合消防本部(駒林博之消防長)は、あす16日から、釜石市と大槌町でドクターカーの試行運用を開始する。同消防からの要請で、緊急度や重症度の高い患者の元に医師と看護師が同車両で駆け付け、いち早く処置を開始して同病院などへ搬送する。医療介入までの時間が短縮されることで、救命率向上や予後の改善につながるものと期待される。
 
 ドクターカー(緊急車両)には必要な医療資機材などが積載され、同病院救命救急センターの医師と看護師、運転手が乗り込む。出動後、両市町内に設定している救急車とのドッキングポイント(幹線道路沿い12カ所)に向かい、傷病者がいる救急車に乗り込み、診察、処置を行いながら病院へ搬送する。救急車内での医師による診療行為には患者の医療費負担が発生するが、全て保険診療の範囲内。ドクターカーの出動料は発生しない。
 
県立大船渡病院のドクターカー。ドッキングポイントに向かう際はサイレンを鳴らしながら緊急走行

県立大船渡病院のドクターカー。ドッキングポイントに向かう際はサイレンを鳴らしながら緊急走行

 
 試行運用を前に3日、同市鈴子町の釜石消防署で運用訓練が行われた。消防職員や医療関係者ら約60人が参加。119番通報を受け、現場に向けて走行中の救急車内から、また、救急車が向かった現場から―と、2例のドクターカー出動要請を想定。▽救急隊とドクターカー間の傷病者情報共有やドッキングポイントの連絡▽救急隊の現場活動と傷病者の収容▽ドッキングポイントで医師と看護師が救急車に乗車。診察、処置を行いながら病院に搬送―という一連の流れをシミュレーションした。胸痛を訴える患者、脳疾患疑いの患者を想定し対応を確認した。
 
救急隊は走行中の救急車から通報者(家族など)に折り返し電話し情報収集。救急隊とドクターカーの医師、看護師は患者情報を共有。ドッキングポイントを確認し、到着時間などを相互連絡

救急隊は走行中の救急車から通報者(家族など)に折り返し電話し情報収集。救急隊とドクターカーの医師、看護師は患者情報を共有。ドッキングポイントを確認し、到着時間などを相互連絡

 
救急隊が現場で容体を確認し、現場からドクターカーを要請するケースも

救急隊が現場で容体を確認し、現場からドクターカーを要請するケースも

 
ドッキングポイントで医師と看護師が救急車に乗り込む

ドッキングポイントで医師と看護師が救急車に乗り込む

 
 ドクターカーは両者で定めた要請基準に基づき要請、出動する。基準は呼吸の異変、突然の胸痛、妊産婦症例―など内因性12項目、交通事故関連、溺水、気道熱傷疑い―など外因性15項目、その他4項目が定められる。119番通報を受けた消防本部通信指令や現場に向かった救急隊が判断し、病院に要請する。
 
 大船渡病院のドクターカーは2024年4月から大船渡、住田の2市町で運用を開始。25年2月に陸前高田市が加わった(10月から3市町本格運用)。24年度の出動は231件、25年度は7月末現在で132件。医師の診療開始までの時間が平均で約12分、病院から遠い住田の症例では約20~30分短縮されているという。救急車内から病院に、到着後に行う治療の指示が出せるため、着いてからの時間短縮効果も得られている。
 
救急車内で傷病者を診察。必要な処置を行いながら病院へ搬送

救急車内で傷病者を診察。必要な処置を行いながら病院へ搬送

 
病院到着後、スムーズに次の治療へ…。到着後の時間短縮効果も

病院到着後、スムーズに次の治療へ…。到着後の時間短縮効果も

 
 釜石地域での試行運用開始にあたり、救命救急センターの横沢友樹センター長は「釜石大槌地区から大船渡病院への救急搬送は年間約200件あり、搬送に1時間以上かかることも。(ドクターカー出動で)少しでも早く医療を提供できるのは大きなメリット」と話す。
 
 同消防本部によると現在、緊急処置が必要な心臓、脳疾患患者のほとんどは県立大船渡病院へ搬送。2021年10月から釜石病院での分娩(ぶんべん)業務が休止されたことで、妊産婦の救急症例も大船渡病院への搬送となっている。菊池俊消防課長は「救急隊では不可能な処置を、救急救命医が来ていち早く施してもらえるのは心強い。迅速な医療開始は予後にもつながる。消防と病院の連携を密にし、より良い搬送につなげていければ」と気を引き締める。
 
訓練後の振り返り。救急隊と横沢友樹センター長らが意見を交わした

訓練後の振り返り。救急隊と横沢友樹センター長らが意見を交わした

 
 ドクターカーの運行は平日(月~金、祝日除く)午前9時から午後5時まで。釜石市では9月1日号の市広報で周知している。本格運用は2026年4月からを見込む。

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通学は公共交通で!三陸鉄道乗り方教室 釜石東中生が体験 高校進学後の利用促す

三陸鉄道の車両を使って行われた乗り方教室

三陸鉄道の車両を使って行われた乗り方教室

 
 三陸鉄道乗り方教室は8月27日、釜石市で開かれ、鵜住居町の釜石東中(髙橋晃一校長)の3年生(23人)が鉄道の利用の仕方などを学んだ。岩手県三陸鉄道強化促進協議会の事業の一環。乗車機会の少ない沿線中学生を対象に実施し、進学後の通学定期利用などを促そうとする試みだ。
 
 教室には生徒のほか、保護者らも参加した。講師は、釜石駅の山蔭康明駅長。学校行事などで三鉄を利用したことがある生徒たちはホームに記された黄色い線の内側で臨時列車の到着を待った。
 
 県沿岸部を走る三鉄はワンマン運転を行っている。山蔭駅長は、車掌が乗務せず運転士だけで運行していることを伝え、「車両は(進行方向)前方のドアが開く。乗り降りの時は一番前から」と教えた。そして、乗車の際には整理券発行機から整理券を取ることも加えた。
 
釜石東中の生徒は最寄りの鵜住居駅を利用。車両前方のドアから乗車

釜石東中の生徒は最寄りの鵜住居駅を利用。車両前方のドアから乗車

 
車両に乗り込む生徒ら。「整理券を取るのを忘れずに!」

車両に乗り込む生徒ら。「整理券を取るのを忘れずに!」

 
 生徒らを乗せた臨時列車は、山田駅との間を往復。走行中、山蔭駅長が車内に設置された運賃表の見方や運賃の支払い方などを説明した。支払いに関し、両替機が備えられ1000円札の両替はできるものの、「なるべくおつりがないよう小銭を準備して乗ってほしい」と求めた。定期券や企画乗車券など“お得な情報”も紹介した。
 
運賃箱を示して支払いの方法を伝える山蔭康明駅長

運賃箱を示して支払いの方法を伝える山蔭康明駅長

 
山蔭駅長の説明を聞いたり、車窓からの風景を楽しんだり

山蔭駅長の説明を聞いたり、車窓からの風景を楽しんだり

 
 山蔭駅長は三鉄と共に歴史を刻んでいる入社1期生。東日本大震災、台風、コロナ禍など幾多の苦難を国内外からの支援を力に乗り越えてきた歩みにも触れ、鉄路の維持、公共交通の必要性を語った。近年、人口減により利用者数が伸び悩むなど経営は厳しさを増すが、「運転免許を持たない高齢者や学生など公共交通機関を必要とする人もいる。だからこそ、ずっと走り続けていかなければいけない」と力を込めた。
 
 途中、映画「すずめの戸締まり」に登場する織笠駅で停車。下車した生徒らは駅舎などをスマートフォンのカメラで写したりし、列車旅の雰囲気も味わった。個人的に利用することはこれまでなかったという菊池大舞(ひろむ)さんは「整理券を取り忘れそうになった。景色がいいところだったり乗らないと分からない事があって楽しかった。友達と遊びに出かける時に利用してみたい」と笑顔を見せた。
 
整理券と運賃(または乗車券)を運転士に渡して降車

整理券と運賃(または乗車券)を運転士に渡して降車

 
列車の乗り方を改めて学んだ釜石東中生

列車の乗り方を改めて学んだ釜石東中生

 
 山蔭駅長は「マイレール意識を」と利用を呼びかけつつ、多岐にわたる鉄道の仕事も紹介。「地域の足を守る、地域のためになる仕事をしたいと思ってもらえたらうれしい。一緒に働きましょう」と期待を込めた。

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新鮮!装いも商品も サンデーホームマート釜石店がリニューアルオープン 利便性アップ

店に入ると野菜がずらり。新鮮な風景に買い物客が集まる

店に入ると野菜がずらり。新鮮な風景に買い物客が集まる

 
 東北地方でホームセンターを展開するサンデー(本社・青森県八戸市、大南淳二代表取締役社長)は8月29日、釜石市上中島町の「サンデーホームマート釜石店」(大山直喜店長)をリニューアルオープンさせた。日用雑貨や住宅設備に関する商品を販売するホームセンターの装いを一新。生鮮食品や総菜なども扱うワンストップ型店舗として利便性をプラスし、「日常づかいの暮らし」をサポートする。
 
 午前8時の開店時間前には150人ほどの列ができた。開店すると買い物客らは新鮮な野菜や弁当、特売品の岩手県産米や卵、冷凍食品などを次々にカートに入れた。小川町の高橋テミさん(81)は近所の人に「売り出し行くよ」と誘われ、「すっ飛んできた」とにっこり。「小川には店がなくて買い物が大変。ここで一気に買い物が済むから生活が便利になりそう。店内も新しくて、気持ちがいい」と歓迎した。
 
食品売り場では買い物客が特売品や総菜、冷凍食品を品定め

食品売り場では買い物客が特売品や総菜、冷凍食品を品定め

 
リニューアルに合わせセルフレジを導入し利便性を高める

リニューアルに合わせセルフレジを導入し利便性を高める

 
 ホームマートは農村地域を中心とする小商圏向けに同社が開発した業態。売り場面積300坪規模で、農業資材や日用品、食品など地域のニーズに柔軟に対応した品を取り扱い、暮らし密着型の店舗として運営する。
 
 釜石店は2000年4月にホームセンターとして開店した。同社では既存の店舗を維持、強化する戦略の一つとしてホームマート型店舗の拡大を計画。売り場面積1000坪の釜石店は「新生ホームマート1号店」で、同規模店では初の業態となる。
 
リニューアルオープンしたサンデーホームマート釜石店

リニューアルオープンしたサンデーホームマート釜石店

 
 リニューアルの大きな特徴が食品コーナー(約160坪)の設置。豆腐や牛乳といった日配品、冷凍食品、そして野菜、肉、魚介類などの生鮮食品、弁当や総菜類も並ぶ。医薬品の売り場も広げ、健康食品の品ぞろえを拡充。「毎日の買い物」に利用してもらえるよう新鮮さと品質も売りにする。
 
 ホームセンターの要素もしっかり残す。水産のまちという釜石の地域特性に対応した水産関連の作業用品や、シカなどによる農作物、庭木の被害が増えていることから電気柵などの防獣対策用品、災害発生に備えた防災用品、防犯用品も充実させた。家庭菜園や室内ガーデニングを楽しむ人向けのコンパクトな園芸用品、植物の育成用土や肥料、カジュアルウエアなども取りそろえる。
 
地域の特性に合わせホームセンター商材もそろえる

地域の特性に合わせホームセンター商材もそろえる

 
買い物客に対応する店員。質問や要望に耳を傾ける

買い物客に対応する店員。質問や要望に耳を傾ける

 
 市内にはイオンタウン釜石の専門店の一つとしてホームセンターに特化した「サンデー釜石港町店」もあるが、ホームマートという新業態による品ぞろえやサービス提供で特色を出し、両立を図る。釜石店の大山店長(52)は「買い物をして楽しいと思える、衣食住がそろう店になった。ぜひ利用を」と呼びかける。営業時間は午前8時~午後8時。
 
「毎日のお買い物にぜひ」と笑顔を見せる大山直喜店長

「毎日のお買い物にぜひ」と笑顔を見せる大山直喜店長

 
 既存のホームセンターを含むサンデーグループの店舗数は111店になる。1000坪規模のホームマートは釜石店を皮切りに、東北各地で展開させていく。

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太古の地球が生んだ絶景ビーチに感激 遊んで学んで自然の両側面知るワンデイキャンプ

12回目を迎えた「海あそびワンデイキャンプ」=8月24日、箱崎半島

12回目を迎えた「海あそびワンデイキャンプ」=8月24日、箱崎半島

 
 釜石市の箱崎半島入り江の海岸で8月24日、親子で海遊びを楽しむ日帰りキャンプが行われた。地元で海に関わる活動を行う団体や漁師らでつくる、海と子どもの未来プロジェクト実行委「さんりくBLUE ADVENTURE(ブルー・アドベンチャー)」が主催。しっかりとした安全管理のもとで海に親しみ、郷土の豊かな自然や危険から身を守るすべを知ってもらおうと始められ、今年で12年目を迎える。中学生以下の子どもと保護者が対象で、今回は市内外から42人が参加した。
 
 キャンプ地の海岸には、箱崎町の白浜漁港から地元漁師が操縦するサッパ船で“上陸”。通称「小白浜」という名で地元住民に古くから親しまれてきた隠れ家的ビーチは大槌湾に面し、美しい白砂、周辺の山林と太陽光で生み出される海面の色合いが目にも鮮やかな景色を見せている。
 
三陸ジオパーク内にある箱崎白浜の絶景ビーチ“小白浜”。手付かずの自然が残る

三陸ジオパーク内にある箱崎白浜の絶景ビーチ“小白浜”。手付かずの自然が残る

 
 ウエットスーツとライフジャケットを身に着けた参加者は、海遊びの前に安全に関する説明を受けた。地震津波発生時は海に流れ込む沢伝いの斜面を駆け上がり、高台のハイキング路に迅速避難すること、人の目の届かない危険な岩場には行かないことなどを確認した。万が一のクマ出没に備えた注意喚起や追い払いの方法の実演も。この日は同イベントを初回から支える釜石ライフセービングクラブのメンバーやダイビング関係者、漁師など“海の専門家”と、大槌高の生徒などボランティアスタッフ計42人が参加者をサポートした。
 
遊びの前に緊急時の避難路やライフセーバー(右上)の役割などを説明

遊びの前に緊急時の避難路やライフセーバー(右上)の役割などを説明

 
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シュノーケリング用の道具は主催者が貸し出し

 
インストラクターから装備やパドルのこぎ方を教わり、海遊びスタート!

インストラクターから装備やパドルのこぎ方を教わり、海遊びスタート!

 
 参加者はインストラクターの手ほどきを受けながら、シーカヤックやスタンドアップパドルボード(SUP=サップ)、シュノーケリングに挑戦。海面を進む爽快感を味わったり、水中の生き物を探したりと思い思いに楽しんだ。救助や監視に使う水上オートバイに乗せてもらえる体験も。浜辺と海上で海の魅力を存分に味わった。午後からは海中転落や溺れそうになった時に取る姿勢「浮いて待て(浮き身)」の方法を学ぶ講習も行われた。
 
ボードに乗って、いざ大海原へ。ワクワク感いっぱい

ボードに乗って、いざ大海原へ。ワクワク感いっぱい

 
さまざま遊びに笑顔を輝かせる子どもら。海の気持ち良さを満喫

さまざま遊びに笑顔を輝かせる子どもら。海の気持ち良さを満喫

 
 大船渡市の熊谷裕子さん(40)、唯さん(15)親子は初めて参加。過去に溺れかけた経験から「海は苦手」という唯さんに「少しでも克服してもらえれば」と、裕子さんが誘った。カヤックや水上オートバイに乗った唯さんは「思ったよりも楽しかった。水上バイクは普段行くことのない海域まで行って、いろいろな発見があった」。深い所に足を踏み入れるのは「まだ怖い」が、美しい景色に癒やされ、夏の思い出を一つ増やした。裕子さんは「海は身近な場所。豊かな自然に触れて感じたことを心にとどめながら成長していってくれれば」と願った。
 
 奥州市の内山輝一さん(6)は「泳ぐの、楽しかった。海の色がきれい」と大喜び。姉の優綾さん(9)は「ゴーグルをつけて泳ぐと魚が見えるので、プールより楽しい。フグとかフナみたいな形の魚がいた。帰ったらママに話したい」とにっこり。父晃太さん(32)がボランティアに誘われた縁で、子ども3人も参加。釣りが好きで、海にはよく来ているという一家だが、この海岸は初めて。「いい所ですね。(岩手にも)こういう場所があることを知れて良かった」と晃太さん。楽しそうな子どもたちの姿に目を細め、「自然に身を置く体験をさせたい。今はどうしてもゲームとか動画とかに夢中になりがちなので…」と野外活動で得られる効果を期待した。
 
海にはいろいろな生き物が… 採集した魚などを見て触って観察

海にはいろいろな生き物が… 採集した魚などを見て触って観察

 
ライフジャケットを着用しているので浮くのも楽々。手足を伸ばして水に体を委ねる

ライフジャケットを着用しているので浮くのも楽々。手足を伸ばして水に体を委ねる

 
 サポートスタッフの中には首都圏からの参加者も。ダイビング仲間の誘いで初めて釜石を訪れた東京都の鈴木洋平さん(48)は、複雑に入り組んだリアス海岸特有の地形や海中の透明度、白砂の美しさに感激。東日本大震災後に進んだ“海離れ”を食い止めようと活動する地元関係者の取り組みに共感し、「自然の厳しさと楽しさ、両面を知って海で遊ぶというのは大事なこと。子どものころの自然体験の思い出が強いほど、大人になった時に日常から自然にふらっと戻れるようになる。自然を大切にしていこうという気持ちも生まれると思う」と話した。
 
ライフセーバーは海上パトロールや水上オートバイ体験の操縦に大忙し

ライフセーバーは海上パトロールや水上オートバイ体験の操縦に大忙し

 
協力団体、企業のフラッグを掲げ、記念写真に収まる参加者とスタッフら

協力団体、企業のフラッグを掲げ、記念写真に収まる参加者とスタッフら

 
 主催する実行委は2013年の設立以降、同キャンプを継続。トライアスロン競技で釜石と縁の深いマイケル・トリーズさんが震災後に立ち上げた支援組織「Tri 4 Japan(トライ・フォー・ジャパン)」が、資金の提供などで活動を支えてきた。20年からは、釜石市のふるさと納税「団体指定寄付」の対象にもなっている。

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6年目「かまいし軽トラ市」スタート 初回はトモスdeマルシェと一緒に 買い物&遊び楽しむ3時間

今年度1回目の「かまいし軽トラ市」=17日、うのすまい・トモス広場

今年度1回目の「かまいし軽トラ市」=17日、うのすまい・トモス広場

 
 地元の農林水産物、菓子などの加工品販売で人気の「かまいし軽トラ市」(釜石市主催)が今年も始まった。全4回の初回は8月17日、鵜住居町のうのすまい・トモス広場が会場。かまいしDMC主催の「トモスdeマルシェ」と同時開催され、買い物や各種体験で来場者が楽しい時間を過ごした。
 
 軽トラ市は地元生産者の販路拡大、地産地消、交流の場創出などを目的に2020年度から始まった。農作物の収穫時期に合わせ、夏から秋にかけ月1回開催。市民ホールTETTO前広場での単独開催のほか、市内各イベントとの同時開催で集客を図る。6年目の今年は11月までの開催を予定する。
 
二本松農園(鵜住居町)は早生品種のリンゴ「紅ロマン」やリンゴジュースを販売

二本松農園(鵜住居町)は早生品種のリンゴ「紅ロマン」やリンゴジュースを販売

 
 17日、出店したのは9店。農園や産地直売所、水産加工品販売店などがイチオシの商品を持ち寄った。人気はナスやトマト、キュウリ、枝豆などの夏野菜。採れたて新鮮、直売ならではの価格の安さに買い物客は笑顔を広げた。子どもたちが歓声を上げたのは、無料のピーマン釣り。釜石・大槌地域農業振興協議会の企画で、挑戦者は流れるミニプールに浮かんだピーマンと格闘。楽しみながら食材をゲットした。
 
釜石・大槌地域農業振興協議会の「ピーマン釣り」。ペーパークリップが“釣り針”

釜石・大槌地域農業振興協議会の「ピーマン釣り」。ペーパークリップが“釣り針”

 
 元同市地域おこし協力隊員で、現在は兼業農家の三科宏輔さん(29)は橋野町青ノ木で、複数の野菜をビニールハウスや露地で栽培している。この日は、市が栽培促進を目指すトマト「すずこま」を使ったトマトジュースを販売。トマト本来の甘さ、酸味をダイレクトに味わえ、料理にも使える無添加の一品を来場者にアピールした。同ジュース販売は3年目に入るが、「今年はすずこまのハウスがアナグマなどの野生動物に荒らされる被害があり、収量確保が厳しい状況。他の生産者さんの協力を得て、何とかジュース加工ができれば」と三科さん。
 
「すずこま」が原料のトマトジュースを販売した三科宏輔さん

「すずこま」が原料のトマトジュースを販売した三科宏輔さん

 
 同時開催のマルシェには同市と近隣市町から22店が出店した。飲食の移動販売車や商店などが自慢の“おいしいもの”を販売したほか、ハンドメイド作家が販売と合わせワークショップを開催した。
 
 会場内を回って商品を積極的にPRしたのは釜石東中の3年生。生徒ふんする同校の防災キャラクター「てんでんこレンジャー」が地元産の塩蔵ワカメの購入を呼び掛けた。商品は生徒が漁業体験学習で芯抜きを行い、真空パック詰めにしたもの。販促用のオリジナルシールも貼った。この日は地域貢献として、生徒16人が販売活動を展開。用意した約50袋は1時間ほどで完売した。
 
塩蔵ワカメいかがですか~」 自分たちで芯抜き、袋詰めした商品を販売した釜石東中の3年生=トモスdeマルシェ

「塩蔵ワカメいかがですか~」 自分たちで芯抜き、袋詰めした商品を販売した釜石東中の3年生=トモスdeマルシェ

 
「てんでんこレンジャー」も呼び込みに活躍(右上)。完売後、笑顔を輝かせる生徒、教職員ら(下)

「てんでんこレンジャー」も呼び込みに活躍(右上)。完売後、笑顔を輝かせる生徒、教職員ら(下)

 
 震災後、同校の漁業体験を受け入れるNPOおはこざき市民会議の佐藤啓太理事長(43)は「東中は比較的海に近いが、多くの生徒は船や漁業との縁はほとんどないようだ。体験学習は郷土愛を育むためにもいい取り組み。将来の担い手育成にもつながればうれしい」と期待を寄せた。
 
 「Q&Tタピオカ屋」の店名でジュース類を販売したのは門間真由美さん(40)。イベント出店をメインにしていて、タピオカドリンクや生のフルーツが入ったナタデココジュースがお薦め。2019年に鵜住居町に移住した後、同事業を立ち上げ3年目。現在は夫の仕事の関係で埼玉県に暮らすが、「釜石でできたご縁を大事にしたくて、お声掛けいただくたびに出店に帰ってくる。鵜住居に戻ってこられたら常設店舗を持ちたい」と夢を描く。顔なじみの来店客も多く、店頭では再会を喜び合う姿も見られた。
 
タピオカ、ナタデココドリンクを販売した門間真由美さん(左から2人目)。一緒に帰省した子どもらが接客を手伝った

タピオカ、ナタデココドリンクを販売した門間真由美さん(左から2人目)。一緒に帰省した子どもらが接客を手伝った

 
 マルシェでは体験型企画も好評だった。鵜住居町内会はメダカ、金魚すくいコーナーを開設。日本製鉄釜石シーウェイブスは選手2人が参加し、ラグビーボールを使った「ターゲットウォール」で来場者と交流した。
 
鵜住居町内会による夏の好評企画「メダカ、金魚すくい」。多くの子どもたちが挑戦した

鵜住居町内会による夏の好評企画「メダカ、金魚すくい」。多くの子どもたちが挑戦した

 
日本製鉄釜石シーウェイブスが開設した「ターゲットウォール」。川上剛右、アンガス・フレッチャー両選手が来場者と交流した

日本製鉄釜石シーウェイブスが開設した「ターゲットウォール」。川上剛右、アンガス・フレッチャー両選手が来場者と交流した

 
 昨年11月、県内陸部から同町に移住した小田中智さん(70)夫妻はトモスで開催されるイベントを楽しみにする。「いろいろな店があっていい。野菜も安いし、好きな団子もよく買いに来る。今度、盆踊り大会(30日)もあるので、また足を運びたい」と声を弾ませた。
 
 会場では両イベントの共通企画として、スタンプラリーも実施された。各店で商品を購入し、スタンプを3つ集めると、先着150人に釜石産採れたて野菜をプレゼントするもの。野菜は数種類用意され、客が好きなものを選んだ。次回の軽トラ市は9月28日に大町の市民ホールTETTO前広場で開かれる。時間は午前10時から正午まで。

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未来につなぐために… 郷土芸能の担い手育成へ初の体験教室 第1弾は松倉虎舞、太神楽

松倉太神楽の獅子頭に目がくぎ付けになる子ども=郷土芸能体験教室、11日

松倉太神楽の獅子頭に目がくぎ付けになる子ども=郷土芸能体験教室、11日

 
 神楽、虎舞、鹿踊り、太鼓…。釜石市には各地に伝わる郷土芸能が多数あり、地域の祭りや祝い事に欠かせないものとなっているが、人口減少や少子高齢化で近年、その担い手の確保が大きな課題となっている。民俗文化財としての価値も高い同芸能を将来にわたって継承するため、市は本年度、一般向けの体験教室開催に着手した。第一弾として11日、体験会を開いたのは甲子町の「松倉虎舞」と「松倉太神楽」。港町のイオンタウン釜石が会場となり、市内外から集まった約130人が両芸能の魅力に触れた。
 
 両芸能は現在、松倉町内会芸能部(小久保謙治部長)が伝承活動を担う。体験会にはメンバー約30人が協力。午前に虎舞、午後に神楽と各1時間実施された。両回とも始めに、お囃子(はやし)を響かせながら館内を練り歩き、開催をアピール。2階イベントスペースに戻ると演舞が披露された。続いて、囃子を構成する和楽器や踊りに使う「頭(かしら)」に触れられる“体験”の時間。来場者は太鼓をたたいたり、笛を吹いたりしたほか、体が隠れる幕のついた頭を実際に動かしてみたりした。両回で約70人が体験した。
 
体験教室に先立ち、お囃子を響かせながらイオン館内を練り歩く松倉町内会芸能部メンバー

体験教室に先立ち、お囃子を響かせながらイオン館内を練り歩く松倉町内会芸能部メンバー

 
午後から行われた松倉太神楽の演舞。「通りの舞」を披露した

午後から行われた松倉太神楽の演舞。「通りの舞」を披露した

 
芸能部メンバーに教わりながら太鼓や笛に挑戦。やってみると「たのしー!」

芸能部メンバーに教わりながら太鼓や笛に挑戦。やってみると「たのしー!」

 
 甲子小3年の森奏心さんは横笛を体験。「お姉ちゃんが吹くのを見てきた。意外に楽しいけど、息を吐くのが難しい」と一緒に体験した友人と顔を見合わせた。会場には帰省客の姿も。栃木県在住の阿部洋一郎さん(57)は釜石南高(現釜石高)出身。同校は松倉地区にあり、「高校生の時、祭りで虎舞や神楽が地域を練り歩いているのを見ていたので、すごく懐かしい」と当時の活気をまぶたに浮かべた。長男真大さん(21)は神楽の太鼓を体験し、「楽しかった」とにっこり。洋一郎さんは「釜石を離れても古里の芸能はやっぱりいいですね。若い子たちが継承しているのも頼もしい」と目を細めた。
 
各芸能のお囃子に欠かせない横笛。「うまく音が出るかな?」

各芸能のお囃子に欠かせない横笛。「うまく音が出るかな?」

 
5つの演目があるという松倉太神楽。しばらく踊られていない演目も今後、復活させたい考え

5つの演目があるという松倉太神楽。しばらく踊られていない演目も今後、復活させたい考え

 
 松倉虎舞は現山田町の大沢虎舞の流れをくむ。大沢虎舞は江戸時代中期、三陸髄一の豪商として名をはせた前川(吉里吉里)善兵衛の千石船が江戸や長崎に交易した際、大嵐に見舞われ、流れ着いた島で乗組員だった大沢の人たちが虎舞を習い覚え、地元に持ち帰り奉納したのが始まりとされる(諸説あり)。演目に近松門左衛門の浄瑠璃「国姓爺合戦」の劇中に登場する「和藤内の虎退治」を描いた舞があり、松倉虎舞は同演目を受け継ぐ数少ない団体の一つ。釜石、大槌地域の虎舞の多くは大沢虎舞から広まったと考えられている。
 
午前に行われた松倉虎舞の演舞。海岸部の虎舞団体の人たちも「この機会に」と見に来たという 写真提供=市教委文化財課

午前に行われた松倉虎舞の演舞。海岸部の虎舞団体の人たちも「この機会に」と見に来たという 写真提供=市教委文化財課

 
間近で見る虎頭におっかなびっくり?!(左)。子虎の頭は小さな子どもでも支えられる(右) 写真提供=市教委文化財課

間近で見る虎頭におっかなびっくり?!(左)。子虎の頭は小さな子どもでも支えられる(右) 写真提供=市教委文化財課

 
 一方、松倉太神楽は甲子町洞泉、関沢地区に伝わる洞関太神楽と対をなすものとされる(夫婦神楽)。洞泉日月神社に伝わる獅子頭に「天保3年」(1832年)と刻まれており、踊られ始めたのは安政(1854-1860)時代と推察される。宿場町として栄えた甲子地域には盛岡の「七軒丁」から芸能者の来訪があったと伝えられていて、盛岡藩主南部利敬の庇護(ひご)を受けた盛岡多賀神楽がルーツとみられる。栗林町の澤田太神楽と同一系統ともいわれている。戦後、衰退したが、昭和50年代に松倉町内会が復活に乗り出し、後継者育成を図りながら活動を続けている。
 
 同神楽の舞い手は現在、地元在住の小久保瑞希さん(26)と、兄で盛岡市在住の小久保友樹さん(28)の実質2人。体験会では5演目の一つ「通りの舞」を披露した。友樹さんは初の体験会を「一緒に継承してくれる仲間を増やすチャンス」と歓迎。歴史ある芸能を次世代につなぐため、「子どもから大人まで興味のある方はぜひ」と地域を問わない参加を呼び掛け。瑞希さんは「子どもたちの『かっこいい』『踊ってみたい』という声も増えてきた。これからは松倉太神楽の存在を市内外にもっと広めていきたい」とし、舞い手の確保など安定的な伝承活動に意欲を見せた。
 
「一緒にやってみませんか?」 松倉太神楽の舞い手、小久保友樹さん(右)、瑞希さん兄弟がアピール

「一緒にやってみませんか?」 松倉太神楽の舞い手、小久保友樹さん(右)、瑞希さん兄弟がアピール

 
将来の担い手が1人でも増えることを願って…

将来の担い手が1人でも増えることを願って…

 
 友樹さん、瑞希さんの父で、同町内会芸能部部長を務める謙治さん(52)は「太鼓も頭もまずは触って、こういうものだという感触を得てもらうことが大事。興味をもってもらう一歩として、今日はいい機会になった」と感謝。今後は“夫婦神楽”の雄にあたる洞関太神楽(活動休止中)の復活に向け、関係者とタッグを組んで取り組みたい意向を示した。
 
 主催した市教委文化財課によると、市内の郷土芸能団体へのアンケート調査では、担い手不足が一番の問題として挙がっていて、その解消策の一助として今回の体験教室を発案したという。手塚新太課長補佐は「初めてのことなので、各団体とも様子見のところはあったと思う。今回の経験で、こちらもより具体的な提案が可能になる。多くの団体に参加してもらえるよう調整を図っていきたい」と話した。