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広報かまいし2021年12月1日号(No.1773)

広報かまいし2021年12月1日号(No.1773)

広報かまいし2021年12月1日号(No.1773)

 

広報かまいし2021年12月1日号(No.1773)

広報かまいし2021年12月1日号(No.1773)

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【P1】
コロナワクチン接種関係

【P2-3】
まちのお知らせ

【P4】
古文書講座
TETTOイベント 他

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釜石市 総務企画部 広聴広報課 広聴広報係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8419 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2021111800011/
釜石市

釜石市

釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
会場全体が大きな感動に包まれたフィナーレ

~釜石ゆかりの故井上マスさん~ミュージカルでよみがえる半生に市民ら感動

ミュージカル「人生はガタゴト列車に乗って」

ミュージカル「人生はガタゴト列車に乗って」

 

 人気作家故井上ひさしさんの母マスさん(1907-91、神奈川県出身)の激動の半生が、親子ゆかりの地釜石でミュージカルとしてよみがえった―。マスさんの自叙伝「人生はガタゴト列車に乗って」を釜石市民が舞台化。10月31日、同市大町の市民ホールTETTOで上演され、困難に立ち向かい、たくましく生きたマスさんの姿が多くの感動を呼んだ。

 

 ミュージカル「人生はガタゴト列車に乗って」(同実行委主催)は、若くして夫を亡くした井上マスさんが3人の息子を育てるため、あらゆる仕事をしながら力強く生きる姿を描いた作品。戦後、たどり着いた釜石で飲食業で成功し、定住したマスさんが76歳の時に執筆した自叙伝(83年刊行)を基に3幕の舞台を作り上げた。

 

 夫と死別後、薬店や美容室、土建業の経営などで家族の生活を支えてきたマスさん。夫の故郷山形県小松町から本県一関市、釜石市と移り住む中、戦禍や事業の失敗、愛する息子たちとの別れなど数々の辛苦を経験する。釜石市では、製鉄や漁業で栄えるまちの勢いを背景に焼き鳥屋台を繁盛させ、安住への足掛かりを得た。

 

三男修佑を預け、後ろ髪を引かれながら一関から釜石へ出発するマス(左)

三男修佑を預け、後ろ髪を引かれながら一関から釜石へ出発するマス(左)

 

マスは一関の知人から釜石の飲食店を任された

マスは一関の知人から釜石の飲食店を任された

 

念願の焼き鳥屋台を開店。金を払わず帰ろうとする柄の悪い客にも正面から渡り合う

念願の焼き鳥屋台を開店。金を払わず帰ろうとする柄の悪い客にも正面から渡り合う

 

 舞台の脚本は、井上ファミリーの記念館建設を目指す同市のNPO法人ガバチョ・プロジェクトの山﨑眞行理事長(70)=実行委会長=が書いた。音楽家の本領を発揮し、劇中歌も自ら作詞作曲。主題歌は釜石出身のシンガー・ソングライターあんべ光俊さんが手掛け、同出身の瓦田尚さんが指揮するオーケストラ(ムジカ・プロムナード、釜石市民吹奏楽団)が生演奏した。

 

 キャストは子どもから大人まで22人。主人公マス役は、東日本大震災後の復興支援コンサートで釜石・大槌を訪れていた東京都のオペラ歌手菊地美奈さん(50)が務めた。釜石のまちのにぎわいを描いた場面には市内の歌やダンスのグループが出演し、舞台を盛り上げた。

 

港町釜石のにぎわいをマドロスの歌とダンスで

港町釜石のにぎわいをマドロスの歌とダンスで

 

市内の愛好者が当時のダンスホールの活気を再現

市内の愛好者が当時のダンスホールの活気を再現

 

 マスさんの自伝は、プロによるテレビドラマや舞台化はあるが、地方で市民手作りのミュージカルとして上演されるのは初めて。2回の公演に計約750人が来場。マスさんの生き方や釜石人の力を結集した舞台を通じ、勇気や希望、明日への活力をもらった。

 

 

 甲子町の田中勝江さん(77)は「マスさんは身近な存在。本も読んだ。釜石でこういう舞台が見られるなんて」と大感激。大渡町で生まれ育ち、マスさんが出していた屋台も記憶にあるといい、「飲みに行っていた父親を迎えに行った覚えもある」と懐かしんだ。

 

 仙台市の白田正行さん(71)は高校まで釜石で暮らし、この日は同級生らと観劇。「釜石の良さを再認識し、古里に誇りを持てるような舞台だった。出演者の表情もすごく明るくて、みんなで力を合わせて作り上げているのを感じた」と絶賛。「いろいろな可能性がある舞台。今後どうなっていくか楽しみ」と期待を込めた。

 

 主役の菊地さんは「マスさんはまさに肝っ玉母さんという感じで、何があっても前向きに頑張る女性。地元の皆さんに受け入れてもらい、このような大役を演じられた」と感謝。今回の舞台、市民との触れ合いを通して「人情の厚さを身に染みて感じた。東京の人たちにも釜石のことを自慢したい」と話した。

 

大学を休学して釜石に帰ってきた次男ひさしとマスの再会。「ひさしの歌」を振り付きで披露

大学を休学して釜石に帰ってきた次男ひさしとマスの再会。「ひさしの歌」を振り付きで披露

 

 次男ひさし(成年)役で演劇初挑戦となった柳谷雄介さん(52)は、合唱活動で培った美声を生かし独唱も披露。「家族の支えもあってここまでこられた。感無量」と胸を熱くし、「マスさんの物語を子どもを含め若い人たちに紹介できたことも良かった。釜石に根付く手作り舞台の文化を次世代に伝えていければ」と願った。

 

 ミュージカル公演を発案し、市内外の賛同者の協力で成功させた山﨑実行委会長は「生き生きとした出演者。一緒に楽しんでくれる観客。人間のエネルギーの素晴らしさを見させてもらった。最高の日。私たちの思いに共感し、集まってくれた全ての人たちに感謝したい」と大きな喜びに浸った。

 

会場全体が大きな感動に包まれたフィナーレ

会場全体が大きな感動に包まれたフィナーレ

 

脚本を執筆、実行委会長を務めた山﨑眞行さん(中央)。左隣が主題歌を作ったあんべ光俊さん

脚本を執筆、実行委会長を務めた山﨑眞行さん(中央)。左隣が主題歌を作ったあんべ光俊さん

横断歩道を渡る児童を見守る釜石SWの選手ら

釜石SW、登校する児童の見守り開始~「おはよう」でエネルギー交換

通学路の安全、がっちり!「横断中」の旗を手に児童の登校を見守るモーガン・ミッチェル選手

通学路の安全、がっちり!「横断中」の旗を手に児童の登校を見守るモーガン・ミッチェル選手

 

 釜石市を本拠地にするラグビーチーム「釜石シーウェイブス(SW)RFC」が、甲子町松倉地区の小学生たちの通学路に立ち、交通事故などに巻き込まれないよう見守る活動を始めた。来年1月に開幕する新リーグ「リーグワン」への参戦に向けた「地域密着」型の新たな取り組みで、チームをより身近に感じてもらう初の試みだという。

 

 チームは学校でのタグラグビー教室や運動会など行事参加で児童らと交流し、地域に愛されるチームづくりを進めてきた。地域貢献・連携活動の一環として、チームの練習グラウンド(市球技場)があり、選手やスタッフが多く暮らす甲子地区の甲子小児童が安心、安全に登校できるよう見守り活動を行うことにした。

 

横断歩道を渡る児童を見守る釜石SWの選手ら

横断歩道を渡る児童を見守る釜石SWの選手ら

 

 活動は基本的に週4日、朝の登校時間に合わせて30分間、市球技場付近の通学路で実施する。初回の1日朝は、7時から自動車販売店そばの2カ所の横断歩道に山田龍之介選手(30)とモーガン・ミッチェル選手(28)、牛窪心希(しんき)選手(25)らが立ち、児童らに「おはよう」などと呼びかけながら登校を見守った。

 

 見慣れない体の大きな選手らに「ちょっと怖い」と思った子もいたようだが、「横断中」と書かれた旗を掲げながら体を張って車を止める姿に、和泉心寧(ここね)さん(甲子小4年)は「守ってくれそう。うれしい」と頼もしさを感じていた。普段から選手らが練習する様子を見ていた子もいて、「また会いたい」と楽しみも増やした。

 

朝のあいさつで交流を深める甲子小児童と釜石SW選手

朝のあいさつで交流を深める甲子小児童と釜石SW選手

 

 牛窪選手は「地域の子どもたちに、こういう形で少しでもチームを知ってもらえたら。出勤時間と重なり、思ったより車が走っていた。運転手には通学路だということを認識してもらい、気を付けて走ってほしい」と求めた。

 

 桜庭吉彦ゼネラルマネジャーは「おはよう―という言葉のキャッチボールが子どもと選手の双方にいい効果をもたらすはず。エネルギーを交換し、1日頑張るぞと思ってもらえたら」と期待。誇りを持ってもらえるチームづくりは地域にとって身近な存在になることが大事だと強調し、「ラグビーのまち釜石」の実現に向け地域と結束した取り組みを続ける構えだ。

衣装を替え、フランスの作曲家の曲を奏でた後半

ふるさと釜石での演奏に大きな喜び 高橋碧伊さんピアノリサイタル

高橋碧伊さんによるピアノリサイタル=TETTO

高橋碧伊さんによるピアノリサイタル=TETTO

 

 釜石市出身のピアニスト高橋碧伊さんのリサイタルが10月24日、大町の市民ホールTETTOで開かれた。フランス留学を経て、東京を拠点に演奏活動を続ける高橋さん。今回は、同ホールの自主事業、釜石・大槌ゆかりの演奏家による「地域アーティストコンサート」シリーズの第1弾に招かれた。市内外から約150人が鑑賞。高橋さんの思いがこもった曲の数々を素晴らしい演奏技術と共に堪能した。

 

 プログラムは、ライフワークにしているフランス音楽を中心に組んだ。クープラン(フランス)のチェンバロ(鍵盤楽器)曲「シテール島の鐘」で幕開け。シューマン(ドイツ)の「子供の情景」は、高橋さんが生まれた時に父親が枕元で聞かせてくれていた曲。現在、自身も2人の愛娘(1歳、5歳)の育児真っ最中で、親としての思いを重ねながら演奏した。

 

留学などで培った技、表現力で観客を魅了。音の響きの良いホールで最高の演奏を届けた

留学などで培った技、表現力で観客を魅了。音の響きの良いホールで最高の演奏を届けた

 

 後半はフランスの作曲家ドビュッシー、プーランク、ラベルの作品を集めた。プーランクは15の即興曲集から、有名な「エディット・ピアフを讃えて」など6曲を披露。ラベルの「ラ・バルス」は19世紀の華やかな舞踏会に思いを巡らせた曲で、ワルツの高揚感や優雅さをピアノの調べで届けた。

 

衣装を替え、フランスの作曲家の曲を奏でた後半

衣装を替え、フランスの作曲家の曲を奏でた後半

 

 ピアノを習って3年という高橋杏奈さん(小佐野小5年)は「強弱の付け方や滑らかな演奏がすごかった。迫力があって憧れる」と刺激を受けた様子。奥州市から駆け付けた千田陽子さん(53)は「感動しました。碧伊さんとは親戚関係。活躍はうれしいし、さらに有名になってほしい」とエールを送った。

 

 高橋さんは1986年生まれ。小佐野小・中、釜石南高から桐朋学園大音楽学部に進んだ。卒業後渡仏し、オルネー・スー・ボア音楽院、パリ地方音楽院最高課程で学び、優秀な成績を修めた。2013年に帰国後は東京を拠点に活動。歌曲伴奏や室内楽奏者として活躍するほか、ピアノ教室を開き、後進の指導にも力を入れる。

 

演奏後、観客の拍手に笑顔で応える高橋碧伊さん

演奏後、観客の拍手に笑顔で応える高橋碧伊さん

 

 釜石でのリサイタルは、15年に平田の古民家で行って以来6年ぶり。震災後に新設された市民ホールでは初めての演奏会となった。「子どものころからお世話になってきた方々も多くみえられ、家族的な雰囲気の中で演奏できた。感謝と幸福感でいっぱい」と高橋さん。

 

 自身にとっても久しぶりのリサイタル。2人の幼子の世話をしながらの準備は大変だったというが、「母親になって曲への思いや音楽に関して深まる部分があったり、新たな発見が多い。抱っこで筋力が鍛えられ、演奏時の体の使い方にも変化が」と思わぬ深化を口にする。今後、挑戦したいこととして「子ども向けのコンサート」を挙げ、「ぜひ、このTETTOでもやってみたい」とふるさと愛をにじませた。

津波を想定した初めての避難訓練。中妻町、千鳥町の住民らは八雲神社を目指した

新たな津波浸水想定 釜石市内陸部・中妻地区で初めての避難訓練

津波を想定した初めての避難訓練。中妻町、千鳥町の住民らは八雲神社を目指した

津波を想定した初めての避難訓練。中妻町、千鳥町の住民らは八雲神社を目指した

 

 日本海溝・千島海溝沿いで起こる巨大地震の想定で新たに津波の浸水域に含まれた釜石市中妻地区で14日、住民主体による初めての津波避難訓練が行われた。中妻地区地域会議(佐藤力議長)が主催し、構成する町内会や学校などから住民、児童生徒ら約700人が参加。近くの避難場所と経路、避難開始までの手順などを確認し、いつか起こりうる津波災害への認識を深めた。

 

釜石市ハザードマップ(中妻地区)

釜石市ハザードマップ(中妻地区)

 

 中妻地区は海まで約3キロあり、東日本大震災の津波では浸水しなかった。内閣府が公表した日本海溝(三陸・日高沖)モデルなどを受け、市が昨年10月に行った中妻地区住民対象の説明会では、津波で防潮堤が破壊された場合、最大で5~10メートル、広い範囲で2~5メートルの浸水の可能性があると示された。

 

 浸水想定エリアとなった町内会などから、▽自主防災組織の結成・再編▽避難時要支援者の把握▽防災マップづくり―といった「備える」取り組みを求める声が上がり、同会議などで協議、検討を重ねてきた。地域でできる取り組みの手始めとして避難訓練の実施を決めた。

 

警報が流れると、下校時の児童はその場にしゃがみ込み、ランドセルで頭を覆って身を守った

警報が流れると、下校時の児童はその場にしゃがみ込み、ランドセルで頭を覆って身を守った

 

 日本海溝沿いでマグニチュード(M)9・1の巨大地震が発生して釜石で震度6弱の揺れを観測、気象庁から大津波警報が発表されたとの想定。住民らは防災無線の呼びかけに応じて身を守る行動をとった後、自宅や職場、学校などから近くの避難所や高台、危険を回避できる場所に向かった。

 

 このうち、浸水が想定される中妻町、千鳥町の住民らは津波災害の緊急避難場所となる高台の八雲神社を目指した。参道の階段を急ぎ足で上る児童や、支えられながら一歩ずつ進む高齢者の姿も。中学生はさらに高台の大天場公園に向かい、車いす利用者やカートに乗った乳幼児などは経路を変えて、緩やかな坂道を進んだ先にある運動公園に避難した。

 

八雲神社境内に続く参道の階段を上る参加者

八雲神社境内に続く参道の階段を上る参加者

 

 近くに川があるという中妻町の阿部秀次さん(81)は徒歩に少し不安があり、自転車で避難。震災時に日用品の購入が大変だったことを思い出し、飲食料品や常備薬、数日の下着などを詰め込んだリュックも持参した。徒歩の妻とは「てんでんこ」に避難したが、あらかじめ決めていた場所で落ち合った。「いつどんな災害が起こるか分からないから、本気になって参加。体験することで大変さが分かった」と認識を深めた。

 

 約1キロある神社までの避難を10分ほどで完了した千鳥町の70~80代の女性たちは「これまで津波は関係ない地域だと思っていたので、今回の想定はびっくり。逃げ道、逃げ場を把握できて良かった」と意見が一致。菊池道子さん(80)は「いざという時に走れるよう、足腰を鍛えよう」と心がける。

 

高台から望む中妻町地区。日本海溝沿いで起こる巨大地震の想定では新たに津波の浸水域に含まれた

高台から望む中妻町地区。日本海溝沿いで起こる巨大地震の想定では新たに津波の浸水域に含まれた

 

 同地区では近年、大雨による水害や土砂災害が続き、住民らの防災に対する意識は低くはない。ただ、津波に関しては「まだ他人事の人が多い」と佐藤議長(72)。訓練を機に、備える取り組みに本腰を入れる考えで、「自主防災に関する今までの組織を見直し、実態に合ったものにしたい」と先を見据えた。

釜石の秋の味覚「甲子柿」出荷開始 ブランド力向上で全国から注目

釜石の秋の味覚「甲子柿」出荷開始 ブランド力向上で全国から注目

組合員らによる今季の目揃え会=18日

組合員らによる今季の目揃え会=18日

 

 釜石の秋を代表する味覚「甲子柿」の今季の出荷が始まった。甲子柿の里生産組合(藤井修一組合長、24組合員)によると、全体の収量は例年より少ないものの、糖度が高く味の良さは抜群。18日は組合員が品質を確認する「目揃(めぞろ)え会」が、21日は消費者目線で出来栄えを評価する審査会が開かれた。同柿は今年、国の2つの制度で特性が認められ、全国から問い合わせが相次ぐ。生産者はさらなるブランド力強化に期待し、安定生産、品質向上へ意欲を高めている。

 

 甲子柿は、小枝柿(渋柿の一種)をおがくずなどを燃やした室(むろ)で1週間ほどいぶし、渋を抜く地域伝統の製法で作られる。完熟トマトのような色味とぷるんとした食感、凝縮された甘味が特長。近年は豊富な栄養素も注目される。今年3月、農林水産物などの地域ブランドを守る国の「地理的表示(GI)保護制度」へ登録されたほか、8月には機能性表示食品の届け出が受理された。

 

3月に取得した地理的表示(GI)の登録証

3月に取得した地理的表示(GI)の登録証

 

 出荷前恒例の目揃え会は甲子町の洞関地区コミュニティ消防センターで開かれ、関係者15人が出席。生産者7人が化粧箱に詰めた柿を持ち寄り、色つやや大きさなど出来栄えを見比べたほか、品質や階級(重量)区分、価格、容器へのGIマークシール貼り付けなど出荷規格を確認した。

 

持ち寄った甲子柿の品質などを確認する組合員

持ち寄った甲子柿の品質などを確認する組合員

 

完熟トマトのような色つやが目を引く甲子柿

完熟トマトのような色つやが目を引く甲子柿

 

 同町松倉地区で約10年前から生産に励む佐野朋彦さん(41)は「天候不順で心配だったが、病気もなく収穫できた。糖度が高く、今で19度ぐらい。今後20度以上にはなりそう。昨年(糖度15)よりおいしさも期待できると思う」と自負。GI登録などを好機と捉え、「若手の挑戦が増え生産拡大できれば、もっと全国に広められる」と期待感を示した。

 

 一方で、課題となっているのが収穫量。昨年、今年と収穫前の自然落果が多く、生産者を悩ませている。春先の低温、夏の猛暑、長雨など気象変動の大きさも要因の一つとみられる。「農業改良普及センターと原因、対策を見いだし、安定生産できるようにしたい。瞬間冷凍により通年出荷も可能なので、十分な数量確保に向け努力していく」と藤井組合長(78)。

 

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やわらかく、凝縮された甘さが魅力の甲子柿。見るからに食欲をそそる

 

生産者が持ち込んだ甲子柿が並ぶ道の駅釜石仙人峠=写真:同駅撮影

生産者が持ち込んだ甲子柿が並ぶ道の駅釜石仙人峠=写真:同駅撮影

 

 組合では今年の市外出荷を、化粧箱12個入りを基準に300~500箱を目標とする。出荷シーズンは例年11月中旬ごろまでだが、今年は数量が少ないため、若干早まりそうとのこと。市内では道の駅釜石仙人峠(甲子町)、産直、スーパー、小売店などで販売される。

 

2年目の甲子柿審査会 委員12人が5品を「出品可」と評価

 

12人の委員が見た目、味などを審査=21日

12人の委員が見た目、味などを審査=21日

 

 昨年から新たな試みとして始まった甲子柿審査会は、大町の市民ホールTETTOで開かれ、食や農業に関わる企業、団体から12人の審査委員が参加。組合員から出品された5品について、▽見た目(色、つや、傷の多少)▽味(甘さ、いぶし風味の有無、脱渋具合)▽食感―を点数で評価した。

 

 審査の結果、5品全てが地方発送や各種販売会への出品に値する品質と判断され、見た目や味、総合ランキングも発表された。審査委員長の佐々木かよさん(市農政推進協議会委員、県食の匠)は「生産量が少ない中から出品されたが、色、形、食味、どれも大きな差はなく、良品質が保たれていた。後継者を育成し、組合がさらに発展することを願う」と総評した。

 

審査結果の発表を聞く委員。高校生委員の姿も

審査結果の発表を聞く委員。高校生委員の姿も

 

総評を述べる佐々木かよ審査委員長(左)

総評を述べる佐々木かよ審査委員長(左)

 

 片岸町の食品加工業「麻生」三陸釜石工場専務付の菅原信好さん(61)は「甲子柿は子どものころから食べているなじみの味。最近は見た目も随分立派で、認証を受けたり、開店前から道の駅に並ぶ客を見たりするとうれしく思う。釜石の特産品として自信を持って薦められる」と話した。

 

 藤井組合長は「審査会の順位は出品組合員に個別に伝える。ランクを競うことは品質、生産意欲向上にもつながる。さらに出品者を増やしたい」と会の意義を示した。

釜石港に今季初水揚げされたサンマ=21午前6時11分

「やっときたな」サンマ初水揚げ 釜石で23トン

ようやく届いた秋味サンマに頬を緩める水産関係者=21日午前5時57分

ようやく届いた秋味サンマに頬を緩める水産関係者=21日午前5時57分

 

 8月10日のサンマ漁解禁からおよそ2カ月。釜石市の新浜町魚市場に21日朝、今季初のサンマが水揚げされた。昨年より2週間ほど遅い初水揚げとなったが、量は約23トンと若干上向きに。全国的に苦戦が続く中、水産関係者は今後の漁模様の回復に期待を込める。

 

 水揚げしたのは富山県魚津市の「第八珠(す)の浦丸」(199トン、猟田雄輔漁労長、16人乗り組み)。北太平洋の公海で漁獲し、釜石まで約850キロを32時間かけて運んだ。同船は6年連続で釜石港のサンマ水揚げ第1船となった。

 

釜石港に今季初水揚げされたサンマ=21午前6時11分

釜石港に今季初水揚げされたサンマ=21午前6時11分

 

 大きさは1匹100~140グラムの中小型が中心で、価格は1キロ当たり1000~1100円で取引された。猟田漁労長(67)は「(魚影が)かなり薄い気がしている。サンマは少ない。見えない。このまま終わったら大変だが、11月中旬ごろから姿が見えるようになるのでは」と望みをかける。

 

 ほぼ全量を買い取った新浜町の水産加工会社「平庄」の平野隆司代表取締役(45)は「やっときたという感じ。去年より型は良さそうだが、量的には全然だめ。(水揚げ時期が)遅くなっている感じもあり、今後、潤沢に取れるのを期待するしかない」と前向きに捉える。サンマは関東方面に出荷するという。

 

 昨年10月6日の初水揚げは15トンだった。今年は量的には上回っているものの、出だしとしては低調で、釜石魚市場(市漁連)関係者らの実感は厳しいものになった。主力の定置網漁、サケ漁の回復が見通せない中、変わる魚種としてサンマに寄せる期待は少なくない。「今後、サンマの群れが南下し漁場が近くなることで、サンマ船の入港が増えてほしい」

 

サンマの初水揚げに活気づく新浜町魚市場=21日午前6時37分

サンマの初水揚げに活気づく新浜町魚市場=21日午前6時37分

 

2020年の全国のサンマ漁獲量は2万9566トンで、前年と比べ27%減。最低記録だった19年の4万517トンを大きく下回った。本県は約7500トンで、前年の7%減にとどめた。釜石港では昨年、サンマ船35隻が入港し、水揚げは812トン、約3億5397万円。前年の16隻、793トン、 約2億2472万円から増やしている。

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コロナを吹っ飛ばせ!おうち&近場で楽しもう! 『秋満喫キャンペーン』

釜石情報交流センターでは「秋満喫キャンペーン」として、市民の皆様を対象としたプレゼント企画を実施します。

【第1弾】『読書の秋』を応援! 本屋さんオススメの本プレゼント

 

「桑畑書店」さん&「さわや書店イオンタウン釜石店」さんにオススメ頂いた本+情報交流センター担当のチョイスした計6冊から、ご希望の1冊をプレゼント

 

【第1弾】『読書の秋』を応援! 本屋さんオススメの本プレゼント

 

【第2弾】『食欲の秋』を応援! 秋の味覚を味わえるお店のお食事券プレゼント

 
「和の膳 みや川」さん&「創作農家こすもす」さん&「Café&Restaurant HAMAYUI」さんのお食事券を、計6名の方にプレゼント(3000円分×各店2名)

 

【第2弾】『食欲の秋』を応援! 秋の味覚を味わえるお店のお食事券プレゼント

 

応募期間

2021年10月7日(木)~10月24日(日)

当選発表

2021年10月27日(木)

応募条件・応募方法

詳細については、チラシにてご確認下さい。
秋満喫キャンペーンチラシ(PDF/1MB)

キャンペーン主催

釜石まちづくり株式会社(釜石情報交流センター指定管理者)

お問合せ

釜石情報交流センター TEL 0193-27-8751

フェリアス釜石

釜石まちづくり株式会社

釜石まちづくり株式会社(愛称 フェリアス釜石)による投稿記事です。

問い合わせ:0193-22-3607
〒026-0024 岩手県釜石市大町1-1-10 釜石情報交流センター内 公式サイト

8年目の運行を開始した「SL銀河」。雄姿再び!

待ってた!お帰り!SL銀河 8年目の運行開始に沿線住民も笑顔

8年目の運行を開始した「SL銀河」。雄姿再び!

8年目の運行を開始した「SL銀河」。雄姿再び!

 

 JR釜石線(花巻―釜石間、90・2キロ)を走る蒸気機関車「SL銀河」は、21日から今季の運行を開始した。初日は「SL銀河東北DC結び号」として、特別に盛岡駅始発で釜石駅まで運行。沿線では、1年ぶりの運行を喜ぶ住民らが手旗を振って歓迎した。12月5日まで、毎週土・日曜日に上下32本の運行を予定する。

 

 東日本大震災で被災した東北の復興支援、地域活性化を目的に、2014年に運行を開始した「SL銀河」。例年は春の観光シーズン入りに合わせ、4月に運行を開始するが、今年は昨年の運行終了後、数年に一度の機関車の大規模な点検整備を実施したことで夏の開始となった。

 

 21、22の両日は、「東北デスティネーションキャンペーン(DC)」(4月1日~9月30日)のヘッドマークを付けて運行した。東北DCは、震災10年に合わせ、東北6県の自治体、観光関係者、JRなどが一体となって行う大型観光キャンペーンだが、新型コロナウイルス感染拡大により、各地で予定されていたイベントや周遊列車は相次いで中止に。同結び号には「駅や鉄道と地域を結ぶ架け橋に」との願いが込められた。

 

釜石駅に到着。周辺では市民らがお出迎え=21日

釜石駅に到着。周辺では市民らがお出迎え=21日

 

 21日は午前8時に盛岡駅を出発。午後3時10分に釜石駅に到着した。当初、各駅では郷土芸能やご当地キャラクターによるおもてなしを予定していたが、県独自の緊急事態宣言発出を受け、一部が取りやめになった。それでも、沿線住民らは列車の通過時に手を振るなど、精いっぱいの歓迎の気持ちを表した。

 

 八雲町の踏切で待ち構えた前田雄基君(釜石小6年)は、「釜石線からありがとう」「結(むすび)」などの文字が入った手旗を振って歓迎した。自宅は線路のすぐ近くで、「乗り鉄」「撮り鉄」「音鉄」を自称する大の鉄道好き。黒煙を上げる姿をタブレット端末に収め、「手を振ったら汽笛を鳴らしてくれた。乗客も手を振ってくれた」と大喜び。「やっぱりSLっていい。ずっと走ってほしい」と、隣に立つ母親と笑顔を重ねた。

 

 釜石駅では、例年行っている虎舞による歓迎は中止されたが、JR社員や観光関係者がホームで横断幕や大漁旗を掲げ、乗客を迎えた。長野県のホテル勤務の男性(30)は、観光業の視察を兼ねてSL銀河に初乗車。「(宮沢賢治の)『銀河鉄道の夜』の世界観が最高。子どもも大人も楽しめる」と感動。今年に入り4路線のSLに乗っており、「それぞれに違う魅力があるのが、SLの楽しみの1つ」と目を輝かせた。

 

対面ホームも使い、距離を取りながら乗客を歓迎

対面ホームも使い、距離を取りながら乗客を歓迎

 

旅の思い出に歓迎の様子をカメラに収める乗客

旅の思い出に歓迎の様子をカメラに収める乗客

 

 吉田正樹釜石駅長は「私たちも心待ちにしていた。乗客からも『やっと乗ることができた』という喜びが伝わってくる。コロナ禍で不安もあったが、お客様の笑顔が見られて何より」と一安心。8年目の運行に「SLの蒸気の音を聞くと元気がもらえるという声をよく耳にする。沿線住民にも乗ってもらい、素晴らしさを体験してほしい」と願う。

 

 SL銀河では、消毒液を用いた車内の拭き清掃、乗員、乗客のマスク着用、手指消毒、検温、停車駅での換気強化など感染防止策を徹底。人気の車内プラネタリウムは当面、休止するが、代わりにスマートフォンでQRコードを読み込むと、映像が見られるようにしている。

 

運行2日目 上り列車も市内各所で歓迎ムード 家族連れらが熱視線

 

上り運行で陸中大橋駅に入るSL銀河=22日

上り運行で陸中大橋駅に入るSL銀河=22日

 

 運行2日目22日は前日からの雨も上がり、市内の各駅や線路沿いのポイントで鉄道ファンや家族連れが花巻行きのSL銀河の到着、通過を待ちわびた。

 

 上りの始発・釜石駅の発車時刻は、昨年までと比べ約1時間早い午前9時57分になった。遠野駅での停車時間を約2時間と長くし、駅周辺観光を楽しんでもらう狙い。花巻駅には午後3時19分に到着する。

 

 仙人峠手前の陸中大橋駅には、午前10時29分の到着時刻を前に、市内や近隣市町から続々と見物客が訪れた。山の緑を背景に黒煙をたなびかせながら走る雄姿を写真に収めようと、周辺では思い思いのポイントでカメラを構える人の姿が。列車がホームに滑り込むと、集まった人たちが手を振って歓迎した。

 

到着した列車に手を振る家族連れら

到着した列車に手を振る家族連れら

 

 約10分の停車時間には、列車を降りた乗客が、周囲の景色とともに車体をカメラに収める光景も。山あいの無人駅がひととき華やいだ。

 

黒煙を上げる機関車の姿は、かつて大橋から鈴子に鉄鉱石を運んだ「釜石鉱山鉄道」時代をほうふつとさせる

黒煙を上げる機関車の姿は、かつて大橋から鈴子に鉄鉱石を運んだ「釜石鉱山鉄道」時代をほうふつとさせる

 

「よい旅を!」花巻に向け出発する列車を見送る

「よい旅を!」花巻に向け出発する列車を見送る

 

 遠野市の佐藤義孝(よしゆき)さん(45)、梨紗さん(35)夫妻は、愛娘の希空(のあ)ちゃん(1)を連れて来駅。「いつも遠くからは見ていたが、こんなに近くで見るのは初めて。すごい迫力。娘も汽笛の音にびっくりしていた」と堪能。職場が釜石という義孝さんは「沿線のまちを元気にする意味でも釜石線を走ってくれるのはいいこと」と歓迎。梨紗さんは「今度はぜひ乗ってみたい」と望んだ。

鉄鉱石の採掘(露天掘り)が行われていた現場

橋野鉄鉱山〝非公開エリア〟で見学会 鉱山労働者の労苦 肌で実感

鉄鉱石の採掘(露天掘り)が行われていた現場

鉄鉱石の採掘(露天掘り)が行われていた現場

 

 釜石市橋野町の世界遺産「橋野鉄鉱山」のうち、普段は一般公開されていない「採掘場跡」と「運搬路跡」の見学会が、7月24日行われた。市内を中心に18人が参加。険しい山道を往復し、人力で鉄鉱石を採掘して運んでいた約160年前に思いをはせた。

 

 見学会は、同鉄鉱山が「明治日本の産業革命遺産」(23資産)の1つとして世界文化遺産に登録された2015年から開始。16年の台風10号による豪雨被害で中止されていたが、昨年から再開された。

 

 参加者が目指すのは高炉場跡から南に約2・6キロの山中にある鉄鉱石の採掘場跡。市世界遺産課課長補佐の森一欽さんが案内した。二又沢川に沿って林道を進み、川が東西に分かれる付近で、採掘場跡がある西又沢上流に向かった。

 

採掘場跡を目指して険しい道を進む参加者

採掘場跡を目指して険しい道を進む参加者

 

人や牛が行き来していた運搬路跡をたどる。写真右側には急斜面が広がる

人や牛が行き来していた運搬路跡をたどる。写真右側には急斜面が広がる

 

 途中、高炉稼働時代に人や牛が鉄鉱石を背負って運んでいた運搬路跡にも足を踏み入れた。幅2メートルに満たない当時の道は、一歩間違えば谷に転落する危険な場所もあり、鉱山労働者の労苦を強く感じさせた。

 

2016年の台風10号豪雨被害を受け、通行不能になった道。ゲートの基礎部分がむき出しになっている

2016年の台風10号豪雨被害を受け、通行不能になった道。ゲートの基礎部分がむき出しになっている

 

 5年前の台風10号では西又沢上流部が決壊し、採掘場跡に通じる道の一部が大規模流失した。参加者はその被害も目にしながら進み、採掘場エリアにたどり着いた。この日見学した最も奥の採掘場は標高約900メートル。人力で岩を砕き、地表に出てきた鉄鉱石を採る「露天掘り」が行われていた。

 

 「日本で一番、鉄鉱石が採れる鉱山だったのが釜石。まだまだ良質な鉄鉱石はあるが、採算が合わないため、採掘はやめてしまった」と森さん。マグマの上昇で元々あった石が溶かされ、変成してできるのが鉄鉱石や銅鉱石。釜石では銅鉱石も採れ、釜石鉱山に大きな利益をもたらしたという。

 

採掘場跡で説明を受ける参加者。写真奥のさらに登った場所には切り立った岩の下に半地下式の採掘場跡が残る

採掘場跡で説明を受ける参加者。写真奥のさらに登った場所には切り立った岩の下に半地下式の採掘場跡が残る

 

付近の岩には磁石がくっつく部分があり、鉄分を含んでいることが分かる

付近の岩には磁石がくっつく部分があり、鉄分を含んでいることが分かる

 

 見学会では、後に使われたトロッコの軌道跡、甲子町大橋につながる坑道の入り口、坑道の発破用火薬を収納する火薬庫跡なども見ることができた。

 

 野田町の栗原蒼育君(小佐野小3年)は「鉄鉱石がある場所へ行くのは、あんなにつらいんだなと思った。昔の人はきっと筋肉ムキムキ!当時の鉄づくりはすごい」と驚きの表情。母希実子さんも「今とは比べものにならないぐらい根気や体力があったのだろう」と想像を巡らせた。熱心に話を聞く蒼育君に「釜石人として鉄の歴史への学びを深めてほしい」と期待した。

 

 雫石町の久保賢治さん(41)は「当時の採掘場が失われずに残っているのは世界に誇れること。現地に行って初めて分かる空気や雰囲気を感じると、より一層想像が膨らむ」と実感を込めた。

 

火薬庫があった場所には石垣が残り、足元には建物の壁に使われたれんがが散らばる

火薬庫があった場所には石垣が残り、足元には建物の壁に使われたれんがが散らばる

 

 橋野鉄鉱山の高炉場跡では7月9日から御日払所跡の発掘調査が始まった。9月ごろに一般向けの現地説明会を予定する。15日に開かれた市橋野高炉跡史跡整備検討委員会では、昭和20年代に建てられた山神社の鳥居の老朽化についても協議。修復する方向で検討していくことになった。

海図第1号の複製パネルを手にする松吉慎一郎部長(右)と山陰宗真君

広く深く海に関心を~「海図第1号」複製寄贈 釜石市に第2管区海保本部

海図第1号の複製パネルを手にする松吉慎一郎部長(右)と山陰宗真君

海図第1号の複製パネルを手にする松吉慎一郎部長(右)と山陰宗真君

 

 船が安全に航行できるよう、海岸の地形や水深、灯台などの目標物を分かりやすく示した海の地図「海図」。150年前に近代的技術を用いた日本単独の海図づくりが始まり、最初の作成地となったのは釜石市だった―。12日、「陸中國釜石港之圖(りくちゅうのくにかまいしこうのず)」と題された海図第1号の複製パネルが市に贈られた。海上保安庁の海図150周年記念事業の一環。市では教育委員会を通じ市内全14小中学校に届け、海との関わりや歴史を学ぶ機会に活用してもらう。

 

 国内では1871(明治4)年、兵部省海軍部に水路局(現同庁海洋情報部)が設置され、日本人の手だけで海洋調査から海図作成までを一貫して行う「水路業務」がスタート。今年は150年の節目に当たる。72(同5)年、水路局によって初めて刊行されたのが、釜石港の海図だった。当時の釜石は、東京―函館間航路の中間補給地点として重要な港であったことに加え、官営製鉄所が建設される直前だったこともあり、船舶の安全性や利便性を確保するために作成された。

 

 贈呈式は釜石市役所で行われ、第2管区海上保安本部(宮城県塩釜市)や市の関係者、代表校の児童らが出席。釜石海上保安部の松吉慎一郎部長が双葉小児童会長の山陰宗真君(6年)にパネルを手渡した。

 

 贈られたのは原物(縦25・3センチ、横31・7センチ)を約2倍に拡大したもの。「第1号になった土地の海を誇りに、興味を持っていきたい」と山陰君。釣りが好きで釜石港も釣り場の一つと言い、「海の深さとかが細かく書かれていて、必要で大切なものだと思う」とうなずいた。

 

海保本部の関係者が海図に書かれた文字などを解説した

海保本部の関係者が海図に書かれた文字などを解説した

 

 松吉部長は「日本が近代化を図っていく時に選ばれ、当時から重要な要衝であった証し。海図を通じ、広く深く海に関心を持ってもらえたら。地域の誇りとして受け継いでほしい」と期待。同席した野田武則市長は「脈々と続く歴史の重み、誇りを大切に、海とともに生活していく中で新しい発展を目指していく」と港湾の重要性を再認識した。

 

 記念事業の一環として、29日まで盛岡市の県立図書館でパネル展を実施している。10月には釜石市鈴子町のシープラザ釜石でも同様の展示を開催する予定。複製パネルは市内の高校2校にも贈られた。

大石漁港付近で採取した貝と出土品を照らし合わせてみる参加者=8日

屋形遺跡(唐丹町大石)が国史跡に~古代の釜石の姿に思いはせ 記念の史跡めぐり、企画展

屋形遺跡の全景(2015年発掘調査当時の釜石市の空撮資料)

屋形遺跡の全景(2015年発掘調査当時の釜石市の空撮資料)

 

 東日本大震災の復興事業で初めて発掘調査された縄文時代の集落跡とされる釜石市唐丹町大石地区の「屋形遺跡」が今年3月に国史跡に指定された。これを記念し、市内では遺跡見学や出土品を紹介する企画展が開かれている。貝塚と集落が一体となった同遺跡は、当時の自然環境と生活の営みの変遷がわかる貴重な史料。現在は保存のため埋め戻されていて見ることはできないが、現地に残される形跡や企画展に並ぶ出土品から、古代の釜石の姿に思いをはせることができる。

 

 屋形遺跡は唐丹湾南側半島部の大石地区、標高26~30メートルの海岸段丘にある縄文時代から近世までの痕跡が残る集落。震災で高さ16・8メートルの津波に襲われ、建物20棟が被災したが、人的被害はなく、遺跡も被害を免れた。

 

 2015年、市が津波に備えて高台に向かう避難経路を建設する際に発掘調査を実施。縄文時代中期末から後期初頭(4000~3800年前)を主体とする竪穴住居や貯蔵蔵の遺構とともに、三陸沿岸では数少ない希少な事例の貝塚が発見され、市は避難経路の計画を変更し、遺跡の保存を決めた。

 

 三陸沿岸のなりわいの実体を示す遺跡として重要であることなどが評価され、今年3月26日、国史跡に指定された。市内では国指定史跡名勝天然記念物の史跡分野で2件目、1957年の橋野高炉跡以来、64年ぶりとなるという。

 

遺跡めぐりで地域の歴史を知る 釜石公民館

 

 国史跡指定を祝い、釜石公民館は6月8日、みなとかまいし歴史講座「屋形遺跡めぐり」を開催。市文化振興課文化財係主任の加藤幹樹さん(36)が市民ら約10人を案内した。

 

 同遺跡の範囲は約2万平方メートル。貝塚は遺跡頂上部の平場から南の斜面に広がり、広さ約140平方メートル、深さ1・2~1・4メートルの厚さがある。現在、遺跡周辺には民家が建ち、畑として利用されていたりして見ることはできない。ただ、整備された避難道路を歩き、ふと脇にある草地などに目をやると、縄による模様付けをされた土器のかけらが転がっていたりする。

 

「持ち出し厳禁」。遺跡周辺に転がる土器のかけらに参加者は興味津々=8日

「持ち出し厳禁」。遺跡周辺に転がる土器のかけらに参加者は興味津々=8日

 

 加藤さんは大石地区の地形や自然環境を解説し、「海、山に囲まれ、住むのに適した場所。今ある生活の営みを続けてもらうことが遺跡を守り、次代に残すことにつながる」と説明した。文化財は敷居が高いと思われがちだが、「知れば面白い」と強調。普段から地形や周辺環境を気にして歩くと、「面白い釜石の姿が見えてくる」と教えた。

 

大石漁港付近で採取した貝と出土品を照らし合わせてみる参加者=8日

大石漁港付近で採取した貝と出土品を照らし合わせてみる参加者=8日

 

 現地を歩いて、足元に眠る歴史に思いを巡らせた大平町の佐久間司さん(72)は「まだ知らない、いい部分が釜石にはあるようだ」と好奇心をくすぐられた様子だった。

 

海に関わるモノに焦点当て企画展 市郷土資料館

 

 鈴子町の市郷土資料館では企画展「国史跡屋形遺跡展~縄文漁撈集落から見つかったモノたち」が開かれている。同遺跡から見つかった出土品やパネル展示を通して、遺跡の概要や当時の生活の様子を紹介している。

 

屋形遺跡から出土した土器や貝殻などが並ぶ市郷土資料館の企画展=14日

屋形遺跡から出土した土器や貝殻などが並ぶ市郷土資料館の企画展=14日

 

 会場には、土器、石器類(石鏃・石斧・耳飾りなど)、土偶、骨角器(釣り針・へらなど)など生活道具、発掘作業の様子を紹介する写真パネルなど244点が並ぶ。顔のようなものが施された「人面装飾付深鉢」(縄文時代前期)は、見る方向によって異なる表情や動きが感じ取れるユニークな出土品。貝塚から見つかった貝殻、魚や動物の骨からは、縄文人の食生活を知ることができる。

 

 常設展示されている「貝塚パネル」も見どころ。貝塚の断面の一部をはぎ取ったもので、土器や骨などの遺物がそのまま残っている。同館では「豊かな海洋資源、海に関わる遺物が多く出土し、魚のまち釜石が縄文時代までさかのぼることを示す」としている。

 

縄文時代の食生活を知ることができる「貝塚パネル」は常設展示されている=14日

縄文時代の食生活を知ることができる「貝塚パネル」は常設展示されている=14日

 

 14日は平田地区の住民ら12人が見学。事前に現地を訪れていた80代の女性は「昔からの集落の暮らし、海の生活に理解が深まった。目新しく、不思議な感じ」と展示品に目を凝らした。

 

 企画展は7月4日まで。開館時間は午前9時半~午後4時半まで。火曜休館。6月27日午前10時から、市文化財調査員でもある加藤さんによる特別解説が行われる。