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12/1「鉄の記念日」にちなみ釜石2施設で企画展 今年のテーマは世界遺産登録10周年の「橋野鉄鉱山」

発掘調査の成果などが公開される企画展「橋野鉄鉱山展」。鉄の歴史館で開催中

発掘調査の成果などが公開される企画展「橋野鉄鉱山展」。鉄の歴史館で開催中

 
 12月1日は“近代製鉄発祥の地釜石”にとって大切な「鉄の記念日」。1857(安政4)年、盛岡藩士大島高任が釜石(甲子村大橋)に建設した高炉で、鉄鉱石(磁鉄鉱)を原料とした鉄の連続出銑に日本で初めて成功した日だ。釜石市大平町の鉄の歴史館、甲子町大橋の釜石鉱山展示室Teson(てっさん)では今、同記念日にちなんだ企画展を開催中。今年は世界遺産登録から10周年を迎えた「橋野鉄鉱山」にスポットを当て、歴史館では高炉場、Tesonでは採掘場を中心に解説する。普段は公開していない貴重な資料もあり、「ぜひ、この機会に」と来場を呼びかける。
 
 大島高任は大橋での成功を受け、翌58(安政5)年、橋野村青ノ木に仮高炉を建設。これが橋野鉄鉱山の始まりだ。後に一番、二番高炉が建設され、仮高炉は改修されて三番高炉と称される。藩営ではあったが、実際は紫波の豪商・小野権右衛門の資本力による支配人経営。68(明治元)年には幕府の許可を得て銭座を併設し、出銑量は年間1千トン以上に上った。69(同2)年に政府が鋳銭禁止令を出すが、密造が続けられ、71(同4)年の大規模検挙により廃座。同時に一番、二番高炉は操業をやめ、三番高炉での銑鉄生産のみとなった。経営権の移譲が繰り返された後、94(同27)年、釜石鉱山田中製鉄所に売却された。田中が栗橋分工場の操業を開始したことで、橋野鉄鉱山は操業をやめたが、採掘は昭和30年代ごろまで細々と続いた。
 
 鉄の歴史館で開かれている「橋野鉄鉱山展」では、26点の関連資料と解説パネル14点を展示する。橋野地域では高炉による製鉄が始まる前から、砂鉄を原料とした“たたら製鉄”が盛んだった。「和山七ヶ山」と言われる鉄山があり、同展では直近の分布調査で見つかった鉄滓を展示する。大橋高炉で原料となる磁鉄鉱の発見は1727(享保12)年。場所を示す「大橋磁石岩絵図」は市指定文化財となっている。同展ではそのレプリカを展示。藩が作成した橋野鉄鉱山操業の予算書(下書き)も展示する。
 
 写真上:橋野鉄鉱山の北側では古くからたたら製鉄が行われていた。右は橋野鉄鉱山と赤芝鉄山の間で見つかった鉄滓とフイゴの羽口。同下:安政6年の橋野鉄鉱山操業経費の調書の下書き

写真上:橋野鉄鉱山の北側では古くからたたら製鉄が行われていた。右は橋野鉄鉱山と赤芝鉄山の間で見つかった鉄滓とフイゴの羽口。同下:安政6年の橋野鉄鉱山操業経費の調書の下書き

 
 同市では2006年から「橋野高炉跡範囲内容確認調査」を実施。東日本大震災で一時中断したが、18年から再開し、毎年エリアごとに発掘調査を進めている。その年の調査結果は橋野鉄鉱山インフォメーションセンターで速報展という形で公開するが、本企画展では主に19年以降の成果をパネルと出土品で総合的に紹介している。
 
 高さ7メートルの高炉に鉄鉱石や燃料の木炭を投入するには、作業するための建物「覆屋(おおいや)」が必要となるが、22年に行われた三番高炉エリアの発掘調査では、その規模が確認されている。柱跡(礎石、柱根など)をつないでいくと、覆屋の規模は約57坪(188平方メートル)と推定され、これは明治時代の記録と合致する。現在見られる高炉石組みの前に広がる平場は、ほぼ建物で覆われていたと考えられる。
 
三番高炉エリアの発掘調査現場(2022年撮影)。「覆屋」の建物規模が分かった

三番高炉エリアの発掘調査現場(2022年撮影)。「覆屋」の建物規模が分かった

 
 同展では1958(昭和33)年ごろ、製鉄所の人たちが作ったという三番高炉と覆屋の木製模型も展示する。覆屋は幕末の高炉操業を描いた絵巻「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図(しほんりょうてっこうざんおやまうちならびにこうろのず)」で描かれるが、立体的な模型だとその形状がよく分かる。
 
三番高炉と覆屋の木製模型。近代製鉄発祥100周年を記念し、「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」を参考に再現した

三番高炉と覆屋の木製模型。近代製鉄発祥100周年を記念し、「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」を参考に再現した

 
 出土品では高炉に使われた花巻産の耐火れんが、高炉の石組み(花こう岩)をつなぐ蝶形の鉄製金具「チキリ」、製品の一部とみられる銑鉄などを展示。三番高炉エリアからは鋳造場跡が確認されていて、鉄瓶の鋳型とみられるものや鉄鍋の耳部分、同所で製造されたとされる鉄瓶も展示している。この他、銭座があったことを示す銭竿や鉄銭、長屋跡から見つかった生活雑貨の皿も。
 
高炉の内部構造を解説するパネル(左)と、部材として使われたチキリ(右上)、耐火れんが(右下)

高炉の内部構造を解説するパネル(左)と、部材として使われたチキリ(右上)、耐火れんが(右下)

 
鉄銭は主に四文銭を鋳造(左)。鉄瓶の鋳型の土台部分とみられる遺物(右上)も出土

鉄銭は主に四文銭を鋳造(左)。鉄瓶の鋳型の土台部分とみられる遺物(右上)も出土

 
 市教委文化財課世界遺産室の森一欽室長は「この10年の発掘調査だけでも新たな発見が多数あった。本企画展ではその成果を集大成という形で出すが、まだまだ分かっていないことがあり通過点。今後も調査を続け、橋野鉄鉱山の全容をより詳しく解明していければ」と話す。企画展は来年1月12日まで開催。毎週火曜日休館。12月29日~1月3日までは年末年始休館となる。
 
 一方、釜石鉱山展示室Tesonでは「鉱山(やま)を極めるⅡ~青ノ木鉱床編~」と題し、関連資料17点、パネル10点を展示する。橋野高炉に供給する鉄鉱石を採掘した「青ノ木鉱床」は高炉場に隣接する二又沢川の上流(高炉場の南南西約2.6キロ)に位置し、かつては“二又鉱床”や“猫軸山”と呼ばれていた。露天掘りや半地下式の採掘場があり、後に坑道掘りも始まった。橋野鉄鉱山の高炉が閉鎖された後も、断続的に採掘が行われ、1956(昭和31)年の大橋側、大峰鉱床の開発で青ノ木の坑道は大峰とつなげられた。
 
釜石鉱山展示室Tesonで開かれている企画展。鉄鉱石を採掘した青ノ木、高前両鉱床にスポットをあてる

釜石鉱山展示室Tesonで開かれている企画展。鉄鉱石を採掘した青ノ木、高前両鉱床にスポットをあてる

 
「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」で描かれる露天掘りの様子。鉄槌やくさびを使って地表から掘り進めた

「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図」で描かれる露天掘りの様子。鉄槌やくさびを使って地表から掘り進めた

 
 橋野高炉には、沢桧川上流、大平集落の東約1500メートルに位置する「高前鉱床」からも鉄鉱石が供給された。高前の鉱石は、明治初期に沢桧川沿いで稼働した横石、大蕨(わらび)両高炉や栗林高炉にも供給。田中製鉄所栗橋分工場が稼働すると、同工場の主力採掘場となった。
 
 企画展の展示資料、1894(明治27)~1905(同38)年の鉱業施業案綴(つづり)には、田中製鉄所時代の両鉱床の採掘計画(作業人数、採掘量)が記されていて、一部を拡大コピーで紹介。実際の採掘量を記した明細表も合わせて展示する。他にも1906(同39)~11(同44)年に作成された両鉱床の実測図(平面、断面)、明治末頃の青ノ木坑内の写真、1891(同24)年から15年間の高前・男嶽官地の採掘を田中に許可する農商務大臣名の借区券など、普段は見ることができない貴重な資料が並ぶ。
 
明治27~35年の鉱業施業案綴。右下は28年の施業案を読みやすいように文字を打ち直したもの

明治27~35年の鉱業施業案綴。右下は28年の施業案を読みやすいように文字を打ち直したもの

 
青ノ木(二又)、高前両鉱床の坑内実測図の展示。普段は非公開

青ノ木(二又)、高前両鉱床の坑内実測図の展示。普段は非公開

 
高前、男嶽官地の採掘許可を示す「借区券」(右)。左は鉄鉱石や木炭を背負って運ぶための籠「コダス」

高前、男嶽官地の採掘許可を示す「借区券」(右)。左は鉄鉱石や木炭を背負って運ぶための籠「コダス」

 
 同展示室の企画展は12月8日までの開催(火・水曜日休館)。なお、同展示室と橋野鉄鉱山インフォメーションセンターは9日から来年3月31日まで冬季休館となる。

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釜石駅付近にクマ、市内初「緊急銃猟」で1頭駆除 岩手県内で2例目

釜石市中心部に出没したクマ。緊急銃猟で駆除された

釜石市中心部に出没したクマ。緊急銃猟で駆除された

 
 クマの出没を受け、釜石市は11月26日、自治体判断での発砲を可能とする「緊急銃猟」を実施し、1頭を駆除した。岩手県内初の緊急銃猟となった同月20日の洋野町に続いて2例目で、同市では初めて。
 
 市によると、駆除されたクマは体長約120センチの雌(体重80キロ)で、成獣とみられる。26日午前7時25分ごろ、鈴子町で「クマが木に登っている」と住民から市に連絡があった。駆け付けた市職員や釜石大槌猟友会、県警などが木の上にいるクマ1頭を確認。木の下に箱わなを設置し、警戒に当たった。
 
木の上に居座るクマの様子をうかがう関係者

木の上に居座るクマの様子をうかがう関係者

 
 現場はJR釜石駅の沿線で、駅から東側に約200メートルの鈴子排水区雨水ポンプ場近く。国道283号沿いで交通量が多く、日中は人通りもある。周囲には土産物店が入る「シープラザ釜石」や魚屋などが入る市場「サン・フィッシュ釜石」、ホテル、レンタカー店などが点在する。
 
 市は追い払いを試みたものの、クマは木の上からほとんど動かず、付近にとどまり続けた。わなにもかからず、約5時間半こう着状態に。「山に追い払おうにも市街地を通っていかなければいけない状況だった。危険だということで緊急銃猟しかないな…」と関係者間で協議、判断した。
 
木の下に箱わなを設置するもクマは木の上から動かず

木の下に箱わなを設置するもクマは木の上から動かず

 
近くの線路を列車が通ってもクマは木の上から動かず

近くの線路を列車が通ってもクマは木の上から動かず

 
市街地に出没したクマを警戒する警察官とにらみ合い

市街地に出没したクマを警戒する警察官とにらみ合い

 
 クマを貫通するなどした銃弾を遮る「バックストップ」が確保され、列車が通らない時間帯だったことなどの条件もそろい、市長に状況を報告。午後0時半ごろに市長が許可し、緊急銃猟のため釜石署が同0時50分ごろから現場付近で交通規制した。
 
 周囲の安全を確認した上で、市鳥獣被害対策実施隊の隊員が午後1時ごろに1発撃った。銃弾を受けたクマは近くにある別の木の上に移動。同1時半ごろ、さらに2発を発砲し、駆除した。同1時45分ごろに交通規制を解除。けが人や物的被害は確認されていない。
 
国道283号を通行止めにして緊急銃猟を実施。弾を受けたクマは別の木に移ったが、駆除された

国道283号を通行止めにして緊急銃猟を実施。弾を受けたクマは別の木に移ったが、駆除された

 
 市の担当者は「こうした状況(緊急銃猟の実施)にはなりたくないというのが正直な話」としつつ、「関係機関と良好な関係が築けていたのでスムーズにできた」と振り返った。緊急銃猟について、市はマニュアルを作成し、9月には関係機関と対応訓練を行っていたことが、今回の円滑な連携と対応につながったという。
 
 一方で、緊急銃猟の難しさを感じる場面も。1発目の弾丸は命中したもののクマが移動したため、再度、市長への報告や許可を得る必要が生じた。市の担当者は「(緊急銃猟を行う)一連の場所が動けばシチュエーションが変わり、その都度、市長の判断が必要になる。ややもすれば忘れてしまうかもしれないと心配にはなった」と話した。
 
 市によると、昨年11月のクマの目撃情報は4件だったが、今年は26日現在で27件と大幅に増加。クマを人間の生活圏に近寄らせないための対策として、生ごみを出さないことや放置果樹の撤去などを呼びかける。
 
市街地に出没し緊急銃猟で駆除されたクマ

市街地に出没し緊急銃猟で駆除されたクマ

 
 緊急銃猟は鳥獣保護法が改正され、今年9月に始まった制度。人の生活圏にツキノワグマなどが出没した場合、人に弾丸が当たらないよう安全確保した上で市町村の判断で銃猟を可能とする。市町村長は①住宅地などに侵入またはその恐れがある②危害防止のため緊急に対応が必要③銃猟以外で的確かつ迅速な捕獲が困難④住民らに弾丸が当たる恐れがない―と判断した場合、市町村職員や委託したハンターに緊急銃猟をさせることができる。

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“ラグビーのまち”を体感 釜石の小学生 タグラグビー大会で躍動 SW選手もコーチでアシスト

7回目を迎えた釜石東ロータリーカップ釜石市小学校対抗タグラグビー大会

7回目を迎えた釜石東ロータリーカップ釜石市小学校対抗タグラグビー大会

 
 釜石東ロータリーカップ「釜石市小学校対抗タグラグビー大会」(釜石ラグビー応援団主催)は16日、釜石鵜住居復興スタジアムで開かれた。ラグビーワールドカップ(W杯)2019釜石開催の機運醸成を―と2017年から始められた大会は7回目を迎えた。市内5校と釜石シーウェイブス(SW)ジュニアから約120人が参加。日本製鉄釜石SWの選手23人がアシスタントコーチとしてチームをサポートし、“熱い”戦いと“温かい”交流にたくさんの笑顔が弾けた。
 
 開会式で中田義仁大会長(釜石ラグビー応援団団長)は「釜石ラグビーには皆さんを成長させてくれる大きな力がある。ラグビーW杯が行われたこの素晴らしい芝生の上で、他校の仲間とも友情を深めてほしい」とあいさつ。釜石SWの河野良太主将は「練習の成果を全て出し切れるように頑張って。選手もサポートするので一緒に楽しもう」と呼びかけた。
 
釜石SW選手がサポートする14チームが勢ぞろい。選手宣誓(右上)は小佐野バーバリアンズの野田大耀主将

釜石SW選手がサポートする14チームが勢ぞろい。選手宣誓(右上)は小佐野バーバリアンズの野田大耀主将

 
 参加14チームが3ブロックに分かれて予選リーグを行った後、上位8チームによる決勝トーナメントで優勝を競い合った。1チームは4~6年生の男女5人で編成。選手の入れ替えは自由で、登録選手全員が出場するのがルール。予選リーグは1試合7分、決勝トーナメントは前後半5分ずつで行われた。各ブロックの下位チームもフレンドリーマッチで交流を重ねた。
 
平田ブルースターの選手のタグを取り高く掲げる鵜住居エタニティーズの選手(予選Aブロック)

平田ブルースターの選手のタグを取り高く掲げる鵜住居エタニティーズの選手(予選Aブロック)

 
釜小タグラグビー戦隊クックルンAの攻撃を止めようとタグに手を伸ばす鵜住居ゴリラーズ(予選Bブロック)

釜小タグラグビー戦隊クックルンAの攻撃を止めようとタグに手を伸ばす鵜住居ゴリラーズ(予選Bブロック)

 
3年生以下の子どもたちはSW選手とタグやボールを使った遊びを楽しんだ

3年生以下の子どもたちはSW選手とタグやボールを使った遊びを楽しんだ

 
 平田小からは3チームが参加した。4年生5人でチームを結成した猪又葵央斗さんは「みんなの心がつながって決勝トーナメントまでいけた」と初の大会に手応えを感じた様子。普段はミニバス少年団で活動。球技にはなじみはあるが、「ラグビーはボールを後ろに投げるのが大きく違うところ。タグを取るのが面白く、取れた時は『よっしゃー!』って感じ」と心を躍らせる。同級生と「来年も絶対出る」と声を合わせ、「2位ぐらいまではいきたい」と目標を掲げた。
 
平田ファイヤーズvs小佐野バーバリアンズブルー(予選Cブロック)。平田の4年生が小佐野の5年生に挑んだ

平田ファイヤーズvs小佐野バーバリアンズブルー(予選Cブロック)。平田の4年生が小佐野の5年生に挑んだ

 
 今大会では各チームにSW選手が1人ずつアシスタントコーチに就いた。試合の合間には一緒にパス練習をしたり、戦略を話し合うメンバーにアドバイスを送ったり…。試合中は応援にも熱が入り、トライまで持ち込むと両手を挙げて喜びを分かち合った。川上剛右選手(31、WTB)は釜石小のチームをサポート。「学校の仲間と協力しながら(タグ)ラグビーに触れ合う姿がとても新鮮で、釜石ならでは」と感激。(ラグビーの)才能を感じる児童も何人かいて、「SWジュニアへの入団に興味をもってくれた子もいた。この中から将来、SWで活躍する選手が出てくれたらうれしいですね」と顔をほころばせた。
 
SWの村田オスカロイド選手のアドバイスを受けながらパス練習する小佐野小生

SWの村田オスカロイド選手のアドバイスを受けながらパス練習する小佐野小生

 
試合の合間にはSW選手と記念撮影も! たくさんの思い出を作った

試合の合間にはSW選手と記念撮影も! たくさんの思い出を作った

 
本物ラグビーさながらのダイビングプレーも!

本物ラグビーさながらのダイビングプレーも!

 
子どもたちの頑張りにSW選手や釜石東ロータリークラブ会員の応援も白熱

子どもたちの頑張りにSW選手や釜石東ロータリークラブ会員の応援も白熱

 
 注目の決勝は小佐野バーバリアンズ(6年)と平田ゴブリンズ(5、6年)が対戦し、7-1で小佐野が勝利。大会2連覇を果たした。小佐野バーバリアンズの野田大耀主将は「連覇でき、とてもうれしい。たくさん声をかけ合って、負けても崩れない明るさがチームの持ち味」と自負。重点的に練習したアタックも「作戦がうまくいった。後輩たちにも3連覇に向けて頑張ってほしい」とエールを送った。
 
決勝トーナメント1回戦 釜小タグラグビー戦隊クックルンAvs平田ゴブリンズ

決勝トーナメント1回戦 釜小タグラグビー戦隊クックルンAvs平田ゴブリンズ

 
トーナメント決勝は小佐野バーバリアンズと平田ゴブリンズが対戦。7-1で小佐野が優勝を飾った

トーナメント決勝は小佐野バーバリアンズと平田ゴブリンズが対戦。7-1で小佐野が優勝を飾った

 
 小佐野小の菅原祥太教諭(29)は「いつも仲良く練習していた。作戦も自分たちで組み立て、ポジティブな声がけが多い素敵なチーム」と児童らの取り組み姿勢をたたえた。今大会最多の4チームが参加した同校。タグラグビーの活動は年間を通して行っていて、各種大会に出場している。合言葉は「良きプレーヤーは良き生活者」。日常生活の態度がプレーに直結することを表した言葉で、児童らは肝に銘じて実践。競技力向上につなげているという。次の目標は12月14日のSMBCカップ全国小学生タグラグビー大会県予選(奥州市)。昨年、準決勝で敗れた悔しさをばねにさらなる高みを目指す。
 
小佐野小の4チーム。前列が優勝したチームのメンバー。6年女子で結成したバーバリアンズレッドは同ブルー(5年)と対戦し、5-4で勝利し3位入賞

小佐野小の4チーム。前列が優勝したチームのメンバー。6年女子で結成したバーバリアンズレッドは同ブルー(5年)と対戦し、5-4で勝利し3位入賞

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海×鉄は…“釜石っぽい”脱炭素社会の実現!? 製鉄会社と漁協タッグ、藻場再生へ

脱炭素、藻場再生の取り組みに活用される鉄鋼スラグ製品

脱炭素、藻場再生の取り組みに活用される鉄鋼スラグ製品

 
 環境省の「脱炭素先行地域」に選定されている釜石市では、再生可能エネルギーの導入や脱炭素をテーマにした企業研修受け入れなど、産学官29の共同提案者による各種事業が展開されている。その中で、「釜石ならでは」として挙げられる事業の一つが「鉄鋼スラグ」を使った「藻場再生」。地域資源を活用し、水産資源を守ろうとする取り組みだ。日本製鉄(東京)が釜石東部、唐丹町の両漁業協同組合と連携し、昨年から挑戦を継続。11月14日に市や同社担当者らによる事業の説明があった。
 
 釜石市新浜町の岸壁の一角。鋼製のかごの中に石などが詰め込まれた2つの物体が並んでいた。重さは1つ約9.5トン。鉄鋼スラグと腐植土を配合し人工的に鉄分を供給する施肥材「ビバリーユニット」と、スラグの微粉末などを練り混ぜたもので藻類など生物が着生する基質材となる「ビバリーロック」がぎっしり入っている。
 
鉄鋼スラグが含まれた石がぎっしり。袋に入った施肥材が下部に敷き詰められている

鉄鋼スラグが含まれた石がぎっしり。袋に入った施肥材が下部に敷き詰められている

 
 藻場再生に役立てようと、同社が開発した鉄鋼スラグ製品だ。昨年、両漁協の意向を聞きながらそれぞれの藻場再生希望地に計約50トンを設置。同社によると、その一部で海藻の再生を確認しているという。
 
釜石海域の様子。日本製鉄では一部で海藻の再生を確認する

釜石海域の様子。日本製鉄では一部で海藻の再生を確認する

 
 海と鉄?…近年、漁業関係者を悩ませる磯焼けの原因の一つとされるのが、鉄をはじめとする栄養分の不足。そこで同社は海藻類の鉄分不足解消に向け、鉄鋼スラグを混ぜた施肥材を製品化した。自然にもどせる生分解性の袋に入れることで、スラグ中の鉄分が溶け出し海藻類の成長を促すという流れ。これまで森から川を通じて海へと届けられてきた鉄分を人工的に生成するもので、磯焼け地域に設置して藻場の再生につなげる「海の森づくり」として2004年から全国各地で展開する。
 
 20年以上続く取り組みが、今、鉄の町釜石で進む。鉄は鉄鉱石を主原料に、石炭や石灰石を加えて生産されるが、その過程で副産物として生成されるのが鉄鋼スラグ。鉄1トンあたり300キログラムほどの鉄鋼スラグが生成されるのだという。
 
 鉄鋼スラグは道路やダム、トンネルなどのコンクリート用骨材、護岸工事、軟弱地盤の改良などの用途で使用される。同社北日本製鉄所で生成されるスラグは東日本大震災の津波で破壊された釜石湾口防波堤などの復旧・復興工事や、がれき(災害廃棄物と津波堆積物)を再生資材に変える改質材として利用されたりした。そして今、海を育む事業へと活用の幅を広げている。
 
鉄鋼スラグ製品を説明する日本製鉄の小野本憲人さん

鉄鋼スラグ製品を説明する日本製鉄の小野本憲人さん

 
 同社スラグ事業・資源化推進部スラグ営業室の小野本憲人さんは「釜石は鉄づくりが始まった地。産業としてだけでなく、環境面でも地域に貢献できる取り組みだ」と意義を強調する。また、「鉄の会社と海はあまり関係がないように思えるかもしれないが…」と前置きしつつ、「海がないと仕事ができない。製品を輸送するため海を使うから」と加えた。
 
 今年度、釜石海域への設置は昨年度と同規模になる見込み。小野本さんは一定の効果を感じながらも、「波があったりする中で、『一年やったからすぐに』と結果がつながるものでもない。継続していくことが重要になる。漁業者のみなさんの声を聞きながら、われわれの持つ資材を生かす形で取り組み、製品をアップデートさせていきたい」と先を見据える。
 
唐丹漁港の様子。藻場再生の取り組みははるか沖合で進む

唐丹漁港の様子。藻場再生の取り組みははるか沖合で進む

 
 取り組みに協力する唐丹町漁協の柏直樹総務課長は「資源回復に期待」と見守る。ウニやアワビなどの魚介類が豊富に採れていた釜石海域では近年、「餌となる海藻が生えていない。魚介類を育む藻場が失われる状態の磯焼けが深刻だ」との認識。現在進められているのは試験的ものと考えており、「費用対効果がどれほどか」「スポット的でもいいのか」と手探りだが、「何か手立ては必要。続ける価値はあると思う」と表情を引き締めた。
 
 脱炭素先行地域の事業期間は29年度まで。鉄鋼スラグを使った藻場再生の取り組みでは、ブルーカーボンクレジット(海洋植物の二酸化炭素吸収量を数値化し取引する仕組み)の創出につなげるほか、ウニ食害対策モデルの可能性も探る。
 
 太陽光発電の導入拡大に向けた取り組みなども進行中。市企業立地港湾課ゼロカーボンシティ推進室の担当者は、市が掲げる50年度の「温室効果ガス排出量実質ゼロ(ゼロカーボンシティ)」の目標達成に向け「各種事業を着実に進めていきたい」とした。

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岩手大釜石キャンパス学生が地元水産資源をPR 今年は街なか開催 2年目のおさかなフェス盛況

「釜石の魚、おいしいよ~」地元の海の幸をPRする岩手大の学生ら=9日、おさかなフェス

「釜石の魚、おいしいよ~」地元の海の幸をPRする岩手大の学生ら=9日、おさかなフェス

 
 釜石市平田の岩手大釜石キャンパスで水産を学ぶ学生らが9日、市中心市街地の大町広場で地元海産物の魅力をアピールする「おさかなフェス」を開いた。昨年の同キャンパス敷地内での開催に次ぐ2年目の取り組み。釜石の海で漁獲された鮮魚の販売、海の生き物に触れられるタッチプール、地元業者の出店などで会場はにぎわいを見せ、学生と市民らの交流、釜石の魅力再発見の場となった。
 
 同大農学部食料生産環境学科水産システム学コースの3、4年生24人が企画から運営までを担うイベント。昨年も好評だった鮮魚販売には約20種類の魚が並んだ。浜町の廻船問屋マルワの協力で仕入れた魚介類は、釜石湾や唐丹湾の定置網漁、かご漁で取れたもの。サバやマダイ、タナゴ、ドンコなどおなじみの地魚のほか、ヤガラ、カスベ、マトウダイなど普段、店頭ではあまり目にする機会のない種が目を引いた。学生らは各魚の特徴やおいしい食べ方なども客に教えた。
 
定置網やかご漁でとれた魚介類を販売。学生らが来場者に説明も

定置網やかご漁でとれた魚介類を販売。学生らが来場者に説明も

 
珍しい魚や価格の安さも来場者の目を引いた

珍しい魚や価格の安さも来場者の目を引いた

 
展示用の(下段左から)マンボウ、チカメキントキ、ハリセンボンに興味津々

展示用の(下段左から)マンボウ、チカメキントキ、ハリセンボンに興味津々

 
 鮮魚のほか、サクラマスやサバのみりん干しも販売。サクラマスは早々に完売する人気ぶりだった。魚類の販売価格は100円から1200円。通常価格の半額近いものもあり、来場者は好みのものを複数買い求めた。ウオーキングの帰りに立ち寄ったという、会場近くの復興住宅に暮らす女性(76)はサバとイナダ(ブリの若魚)を購入。「普段より安いよね。子ども2人も岩手大を卒業しているので親しみを感じる。若い人たちがまちを盛り上げてくれるのはうれしいこと」と喜んだ。
 
 今や釜石キャンパス学生の代名詞となった「タッチプール」には、学生が釜石の海で釣った魚、交流のあるかご漁漁師が提供してくれた珍しい魚介類が放たれた。生きた状態を見られる機会はなかなかないだけに、子どもも大人もその動きに注目しながら観察。もちろん、触れるのもOKで、来場者は地元の海の豊かさも感じながら“タッチ”を楽しんだ。
 
研修で釜石を訪れた外国人学生も釜石の海の生き物にびっくり!

研修で釜石を訪れた外国人学生も釜石の海の生き物にびっくり!

 
カイメンを住みかにしたヤドカリ(右上)やキタムラサキウニ(右下)も登場。さまざまな海の生き物に触れられるタッチプール

カイメンを住みかにしたヤドカリ(右上)やキタムラサキウニ(右下)も登場。さまざまな海の生き物に触れられるタッチプール

 
学生(右)は子どもたちに生態なども教えながら釜石の海の素晴らしさを伝えた

学生(右)は子どもたちに生態なども教えながら釜石の海の素晴らしさを伝えた

 
 「岩手大との付き合いは15年ぐらい」という釜石湾漁協白浜浦女性部は昨年に続いて出店協力。えびせんべい、タコの唐揚げ、ウニご飯などを販売した。いち推しは「アカモク」の加工品。塩分の排出効果があるカリウムを多く含む海藻で、この日は、ふりかけや各種料理にアレンジ可能な湯通しした商品を並べた。アカモクを入れたみそ汁のお振る舞いも。同女性部は商品化の取り組みを始めて9年目になるといい、今では同市ふるさと納税の返礼品にも採用される。
 
アカモクの加工品などをPRする釜石湾漁協白浜浦女性部のメンバー

アカモクの加工品などをPRする釜石湾漁協白浜浦女性部のメンバー

 
浜の食文化を伝える機会にもなったおさかなフェス。白浜浦女性部自慢の味覚が並ぶ

浜の食文化を伝える機会にもなったおさかなフェス。白浜浦女性部自慢の味覚が並ぶ

 
 同女性部長の佐々木淳子さん(70)は「釜石市は脳卒中の罹患率が高い。アカモクの普及で市民の健康を守る手助けができれば」とアピール。地元水産物の魅力発信に積極的な岩大生を「頼もしい。同じ仲間として心強いし応援したい」と話し、継続的な連携を望んだ。
 
 水産システム学コースの学生は3年の秋から卒業までの1年半、釜石キャンパスで学ぶ。学生らは学業のかたわら、地元水産業者とタイアップしたイベント開催や小中学生の水産授業のサポートなど、地域住民とつながる各種活動を展開。おさかなフェスもその一つで、学生らは多くの学びを得て成長につなげている。
 
 3年の大友梨央さん(21)は釜石で学び始めて1カ月余り。初めての同フェスでは鮮魚販売を担当した。「思った以上に皆さん買ってくれてびっくり。魚の紹介をしたり、コミュニケーションを取りながら販売できるのがいい」と市民との交流を楽しんだ。人口、若年層の減少が続く沿岸地域において、「学生の出店が集客やにぎわいを生むのなら、地域にある大学として貢献できているのではないか」とも感じた。
 
会場では来場者にアンケートも実施。後輩たちの活動に役立てられる

会場では来場者にアンケートも実施。後輩たちの活動に役立てられる

 
地元販売店や漁師も出店し、にぎわいを見せた大町広場

地元販売店や漁師も出店し、にぎわいを見せた大町広場

 
 「水産のみならず釜石の魅力を幅広く発信できるように」と企画した今年の同フェス。会場には精肉店や菓子店なども出店し、学生企画のイベントを盛り上げた。イベントリーダーを務めた4年の浅野蒼矢さん(22)は「各種申請など事務手続きも全部、自分たちでやった。社会に出てから経験するようなことを先取りできたのは大きい。地域の方とのコミュニケーションの仕方も学べた」と貴重な体験を心に刻む。自分たちの経験は後輩にも伝えたい考えだ。

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元プロ選手の指導に目キラキラ! 釜石で野球教室 4市町のスポ少団員レベルアップへ気合十分

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釜石リアスライオンズクラブなど5クラブが開いた野球教室=8日、平田公園野球場

 
 元プロ野球選手がスポ少団員を指導する野球教室が8日、釜石市の平田公園野球場で開かれた。釜石リアスライオンズクラブ(LC、大澤賢一会長、会員20人)が青少年健全育成事業として初めて企画。釜石、遠野、大槌、陸中山田4LCが共催した。講師として招かれたのは現役時代、読売ジャイアンツ(巨人)や横浜DeNAベイスターズに所属し、現在はジャイアンツアカデミーコーチを務める東野峻さん(39)と大田泰示さん(35)。4市町から6チーム計80人が参加し、憧れのプロ経験者からの指導を受けた。
 
講師として招かれたジャイアンツアカデミーコーチの東野峻さん(左)と大田泰示さん

講師として招かれたジャイアンツアカデミーコーチの東野峻さん(左)と大田泰示さん

 
 教室は午前と午後の2時間ずつ行われ、午後からは釜石野球団Jrとおおつちタイガース(大槌町)の計35人が参加した。教室は投球、捕球、打撃の3本立て。2人は各フォームの良い例と悪い例を示して、どれが正解かを団員らに問いかけながら、正しい姿勢を保つために意識すべきポイント、練習方法などを教えた。3球団で投手として活躍した東野さんは、肘のけがを防ぐためのボールの投げ方を指導。「トップの形をつくる時は肩の位置より肘が高くなるように。ボールは外側に向けて。肘が下がるとけがをしやすくなる」とし、意識しながらのキャッチボールを促した。
 
投球フォームを学び、実践してみる釜石野球団Jrの団員

投球フォームを学び、実践してみる釜石野球団Jrの団員

 
トップの形を意識しながらキャッチボールに励むおおつちタイガースの団員

トップの形を意識しながらキャッチボールに励むおおつちタイガースの団員

 
 大田さんはゴロの捕球について、「グローブは必ずボールの真正面に出して。送球に移る時はグローブの真下に右足を出してステップ」と教えた。団員らは捕って投げる一連の動作を繰り返し練習。大田さんと東野さんが足の開き具合や体の向き、ステップの良し悪しをチェックした。来季の巨人二軍打撃コーチ就任が発表されたばかりの大田さんはバッティングも指導。構え→テイクバック(力をためる予備動作)→トップと動作の流れを示し、弓矢をたとえに「手の位置が後ろにあるほうがいい。トップの形を大きく取って大きく振って」と呼びかけた。素振りの練習の一つとして、歩きながらスイングする方法を紹介。「1、2、3」の掛け声に合わせ、団員らが実践した。「練習から相手ピッチャーをしっかりイメージし、タイミングを取って振ることが大事」と大田さん。
 
大田さん(左)から捕球の仕方を学ぶ。基礎習得の重要性も伝えられた

大田さん(左)から捕球の仕方を学ぶ。基礎習得の重要性も伝えられた

 
大田さんと東野さんが見守る中、捕球の実践練習。コツをつかむと動作もスムーズに

大田さんと東野さんが見守る中、捕球の実践練習。コツをつかむと動作もスムーズに

 
スムーズな体重移動など打撃力向上に有効なトレーニング「ウオーキングスイング」に挑戦

スムーズな体重移動など打撃力向上に有効なトレーニング「ウオーキングスイング」に挑戦

 
 2人の特別講師の話に熱心に耳を傾けた団員ら。短時間の指導ながら、コツをつかんで改善につなげる子も多く、今後の成長への期待が高まる貴重な時間となった。釜石野球団Jrに所属する佐々木耀太さん(鵜住居小5年)は「分かりやすく教えてもらった。守備の基礎練習で、今までできていなかったところも改善できた」と満足げ。「歩きながら素振りをするとか、家でもできる練習を教わったのでやってみたい」と上達への意欲を見せ、「野球は長く続けたい」と願った。
 
 同団Jrコーチの阿部駿さん(32)も2人の教え方に感動。「子どもたちを引き付ける力がすごい。まとめるのもうまい」と、指導者目線でも多くの学びがあったよう。野球人口が減っている中でも「まずは楽しく。野球の楽しさを感じながら、どんどん打ち込んでいってほしい」と期待を寄せた。
 
「うまくなりたい」と熱心に練習する団員。元プロ選手からの学びは大きな糧に…

「うまくなりたい」と熱心に練習する団員。元プロ選手からの学びは大きな糧に…

 
 閉会式で、父母ら家族や一緒にプレーする仲間への感謝の気持ちを持つことの大切さを説いた2人。「プロ野球選手になりたい人!」との問いには複数の団員が手を挙げた。同地域からは30年ぐらいプロ野球選手が出ていない。東野さんは「震災があったことも忘れずに、誰よりも努力してプロ選手を目指してほしい」。大田さんは「プロ野球に憧れを持ってほしい。ドラフトにかかるような選手が1人でも多く輩出されることを願う」とし、野球選手の輩出がまち自体の活力を生むことも示した。
 
大田さんのバッティングを見学。その飛距離に驚きの声を上げた

大田さんのバッティングを見学。その飛距離に驚きの声を上げた

 
希望者は東野さんからトスされたボールを打ってみた

希望者は東野さんからトスされたボールを打ってみた

 
 釜石リアスLCの大澤会長(45)は紫波町出身。2001~17年度まで、母校の不来方高(当時)で野球部のコーチをしていた。その間、11年度から3年間、同部のマネジャーをしていたのが本年度、釜石市地域おこし協力隊に着任した佐々川有妃さん(日本製鉄釜石シーウェイブス広報担当)。2人の釜石での再会が今回の野球教室実現のきっかけとなった。LCの奉仕活動として「未来ある子どもたちに何かできれば」と考えていた大澤会長に、前職でDeNAの二軍場内アナウンスをしていた佐々川さんが東野さんを紹介し、同クラブ初の企画に至った。
 
 大澤会長は「子どもたちがキラキラした目で教わっていたのが印象的。指導者からも感謝の声をいただき、やって良かった」と肩の荷を下ろした。野球指導の経験者の立場から「野球を選んでくれた子たちが高校までやってくれるようなきっかけを作ってあげたい」とも話し、今後、教室の継続開催への道も探っていきたい考えだ。

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新本殿整備事業完遂祝う 澤田八幡神社(栗林町)例大祭 黄金色の秋風景の中、鹿踊&虎舞に住民歓喜

本殿と周辺整備の完了を祝う澤田八幡神社の例大祭=15日、栗林町同神社境内

本殿と周辺整備の完了を祝う澤田八幡神社の例大祭=15日、栗林町同神社境内

 
 釜石市栗林町沢田の澤田八幡神社の例大祭は15日に行われた。昨年、本殿の建て替え工事が行われた同神社は、周辺の環境整備が全て終了。今年の祭りは事業完遂を祝って、郷土芸能の披露などが盛大に行われた。また今年は、三閉伊一揆の指導者の一人として活躍した郷土の偉人、三浦命助の関係資料が県の文化財に指定されたことも記念し、命助の生誕地・上栗林でも踊りが奉納された。
 
 同神社は江戸時代後期、文政(1818-30)年間の建立。木造の本殿は1955年に屋根のふき替えのみ行われていたが、建物の老朽化が顕著となったことから、地元住民組織・沢田新生会(川崎浩一会長、100世帯)が中心となって、一昨年から建て替え事業を進めてきた。本殿は昨年6月に完成していたが、参道整備や新しい扁額の設置などがこのほど終了。例大祭が住民へのお披露目の場となった。
 
新築整備された澤田八幡神社の本殿(右)。新たに整備された参道(左)。参集殿の建物内を通らず参拝できる

新築整備された澤田八幡神社の本殿(右)。新たに整備された参道(左)。参集殿の建物内を通らず参拝できる

 
郷土芸能団体など関係者が三浦命助生誕の地・上栗林に建てられている顕彰碑に足を運んだ

郷土芸能団体など関係者が三浦命助生誕の地・上栗林に建てられている顕彰碑に足を運んだ

 
三閉伊一揆に参加し窮状を救った三浦命助ら村民に敬意を表し、踊りを奉納する「澤田鹿踊」

三閉伊一揆に参加し窮状を救った三浦命助ら村民に敬意を表し、踊りを奉納する「澤田鹿踊」

 
 14日夜に宵宮祭、15日は神社での神事の後、関係者が上栗林の「三浦命助顕彰碑」に足を運んだ。同碑は命助の没後100年にあたる1963年に町民一同によって建てられたもので、裏山には命助の墓がある。今年4月に命助関係資料が県指定文化財となったことを記念し、碑の前で澤田鹿踊と澤田虎舞が踊りを奉納した。命助が信仰した観音堂の前では、郷土の人々を救った命助ら先人の御霊を慰め、感謝の祈りをささげた。
 
住民らが見守る中、伝統の舞を披露する鹿踊の踊り手

住民らが見守る中、伝統の舞を披露する鹿踊の踊り手

 
2頭の雄鹿が雌鹿を奪い合う「突き合い」。観衆の掛け声で最も盛り上がる演目

2頭の雄鹿が雌鹿を奪い合う「突き合い」。観衆の掛け声で最も盛り上がる演目

 
 命助の関係親族の女性(81)は「地域の皆さんが文化財指定を祝ってくれてありがたい。自分のためではなく、みんなのために事を起こした命助さんに敬意を表したい。これからも地元の歴史としてつないでいければ」と願った。
 
子どもや若者が力を発揮した「澤田虎舞」。虎が遊び戯れる様子を表現した「跳虎」

子どもや若者が力を発揮した「澤田虎舞」。虎が遊び戯れる様子を表現した「跳虎」

 
頑張って踊る子どもたちの姿に笑みがこぼれる(下)

頑張って踊る子どもたちの姿に笑みがこぼれる(下)

 
 昼食をはさんで午後からは、神社境内で両芸能が披露された。澤田虎舞(大丸広美代表、30人)は跳虎(はねとら)、笹喰み(ささばみ)、甚句など多彩な踊りを披露した。同虎舞は片岸虎舞の流れをくむもので、明治時代から踊られているとみられる。少子高齢化による担い手不足などで、10年ほど前から近隣の砂子畑道々虎舞と相互交流。両地区神社の祭典では踊り手を出し合い、継承の一助としている。
 
収穫期を迎えた黄金色の田んぼも祭り風景を彩る。秋祭りならではの光景

収穫期を迎えた黄金色の田んぼも祭り風景を彩る。秋祭りならではの光景

 
虎頭の形状の違いも楽しめる複数の虎の競演

虎頭の形状の違いも楽しめる複数の虎の競演

 
次世代を担う子どもたちも躍動。子虎の「笹喰み」(右)に見物客もにっこり

次世代を担う子どもたちも躍動。子虎の「笹喰み」(右)に見物客もにっこり

 
 祭りでは“子虎”も大活躍。小学生らが小さな頭(かしら)を振って踊り、観客から盛んな拍手を浴びた。栗林に父方の祖父が暮らす長谷川諒さん(9、野田町)は幼いころから同虎舞に親しむ。今回も祭りに向けて「頭をちゃんと振るところや笹で歯磨きするところ(笹喰み)を頑張って練習しました」と自信をのぞかせた。出来を聞いてみると「100点!」とのこと。「虎舞はみんなで協力してやるところが楽しい。これからも続けたい」と目を輝かせた。
 
 澤田鹿踊(川崎充代表)は祝入羽(いわいりは)、向返し(こがえし)、花踊りなど5演目を披露した。メンバーは小学1年生から77歳まで約20人。同鹿踊は約330年前、房州(現千葉県)生まれの唯喜伝治という人物が沢田地区の名家に雇われた際、地区の若者たちに教えたのが始まりとされる。市内の鹿踊伝承の先駆けで、1980年に同市指定無形民俗文化財となっている。
 
祭りを盛り上げる郷土芸能は地域の宝。神社境内が一気に華やぐ

祭りを盛り上げる郷土芸能は地域の宝。神社境内が一気に華やぐ

 
幅広い世代が太鼓や笛、踊りを担当。郷土芸能は世代間交流の場にも

幅広い世代が太鼓や笛、踊りを担当。郷土芸能は世代間交流の場にも

 
澤田鹿踊は市内の鹿踊の文化財指定第一号

澤田鹿踊は市内の鹿踊の文化財指定第一号

 
 鹿踊も担い手育成は大きな課題。事務局の小澤英樹さん(53)は「とにかく続けていくことが大事。地元小学校統合の話もあり、子どもたちへの継承は難しさを増すが、何とかつないでいきたい」と伝統芸能の誇りを胸に刻む。この日は同祭りの評判を聞きつけ、県外から足を運んだ客もいて、「地域の良さを内外に広めていければ」との思いも強くする。
 
 沢田地区に暮らす菊池ウメさん(79)は終始、笑顔で郷土芸能を楽しみ、「祭りって本当にいいなあと思って。小さい子どもたちの踊りもかわいくてね…。昨日の宵宮祭もすごく良かった」と心を躍らせた。同神社の本殿が新しくなったことも喜び、「これからもみんな元気で暮らせる地域になれば」とご加護を願った。
 
祭りを楽しむ見物客。昨年に続く郷土芸能披露に喜びの表情

祭りを楽しむ見物客。昨年に続く郷土芸能披露に喜びの表情

 
祭りを通して地域の素晴らしさを実感。子どもたちの健やかな成長にもつながっている

祭りを通して地域の素晴らしさを実感。子どもたちの健やかな成長にもつながっている

 
 同神社氏子総代長も務める新生会の川崎会長(61)は「多くの皆さんのご奉賛をいただいて本殿を新しくでき、感謝の気持ちでいっぱい。祭りは伝統芸能の継承にも欠かせない。力を合わせ、芸能を含めた地域文化の継承に努めていきたい」と思いを新たにした。