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食、遊びを楽しむ人でにぎわった「うのすまい・トモス」3周年記念イベント

街ににぎわいを!鵜住居・トモス3周年記念イベント 食、郷土芸能で人をつなぐ

食、遊びを楽しむ人でにぎわった「うのすまい・トモス」3周年記念イベント

食、遊びを楽しむ人でにぎわった「うのすまい・トモス」3周年記念イベント

 

 釜石市鵜住居町の「うのすまい・トモス」の3周年記念イベントが3月26日、開かれた。地元の海と山の恵み、市外のおいしいものを販売する店が集合。鵜住居虎舞の演舞、釜石シーウェイブス(SW)RFCによるラグビー体験もあり、家族連れらが食、郷土芸能、遊びを楽しんだ。

 

 指定管理者のかまいしDMCが主催。地元産の海産物や野菜、そば・うどん、から揚げ、パン、和菓子、ジェラートなど多彩なメニューを売る市内外の約20店が並んだ。この日の朝に水揚げしたホタテ焼きが人気で、調理に精を出した三浦紘子さん(77)は「浜のもののおいしさを分かってもらいたい。女性陣も水産業を支え、復興につなげていけたらいい」と思いを込めた。

 

人気のホタテ焼き。網焼き作業では浜の女性たちが力を発揮した

人気のホタテ焼き。網焼き作業では浜の女性たちが力を発揮した

 

 両手いっぱいに買い物袋を持つ小川町の中村友治さん(68)、洋子さん(74)夫妻は「いろんな店を見て、欲しいものを選べるのが楽しい」と喜んだ。そんな2人のお目当ては「釜石と言ったら、虎舞でしょ」。鵜住居虎舞の保存継承活動を続ける鵜住居青年会の勇ましい演舞と威勢のいい掛け声に大きな拍手を送っていた。

 

力強い虎舞を披露した鵜住居青年会。地域住民に元気を届けた

力強い虎舞を披露した鵜住居青年会。地域住民に元気を届けた

 

 野田結月さん(小佐野小6年)と宮川友梨香さん(双葉小4年)はラグビー体験に「楽しい」と声をそろえた。三陸鉄道を利用して来場。「震災で被害を受けた地域だけど、こういうイベントをやって頑張っているのがすごい」と、まちの熱気を感じ取った様子だった。

 

会場ではラグビー体験を楽しむ人の姿も見られた

会場ではラグビー体験を楽しむ人の姿も見られた

 

 イベントは新型コロナウイルス感染症の影響で客足、活動の場、外出の機会が減る飲食業や生産者、郷土芸能などの団体、地域住民をつなぎ、にぎわいを作るのが狙い。うのすまい・トモス事務局管理責任者の佐々学さん(42)は「コロナの収束が見通せず難しい時期だが、気を付けながらできることをやろうと考えた。人との触れ合い、新しいつながりが生まれ、根付き、釜石を好きになってくれる人が増えるといい」と期待した。

SL銀河の前で記念撮影する子どもたち=3月26日、釜石駅

乗って楽しい!SL銀河 JR盛岡 感謝込め、沿線住民を招待

SL銀河の前で記念撮影する子どもたち=3月26日、釜石駅

SL銀河の前で記念撮影する子どもたち=3月26日、釜石駅

  

 JR東日本盛岡支社は3月26日、釜石線(花巻―釜石間)で運行している蒸気機関車「SL銀河」に、沿線市町に住む家族らを無料招待した。2014年度から運転する同列車を歓迎し、大漁旗を振った出迎えなどで盛り上げを後押ししている沿線の住民に感謝を示そうと企画。車内ではさまざまな催しがあり、多くの親子連れが〝のってたのしい列車〟の旅を楽しんだ。

 

 釜石、花巻、遠野、大槌、住田の5市町在住の小学生がいる家族を対象に募集し、約200人を招待。釜石からは約50人が乗車した。花巻駅を出発し、釜石駅に向かい走る車内ではSLクイズ、子ども用制服を着用して写真撮影などの催しを用意。道中の遠野駅ではヘッドマークとナンバープレートが展示された。釜石駅では、実際の運行に使われている石炭をプレゼント。趣向を凝らしたもてなしで乗客たちの笑顔を誘った。

 

多くの家族連れが蒸気機関車の走りを楽しんだ=3月26日、釜石駅

多くの家族連れが蒸気機関車の走りを楽しんだ=3月26日、釜石駅

 

 降車後に蒸気機関車の前で記念撮影を楽しんでいたのは、米澤心優(こころ)さん(甲子小6年)、悠真(ゆうしん)君(同4年)姉弟。「汽笛の音を汽車の中で聞いたら、響いていてすごかった」「初めて乗った。かっこいい」と目を輝かせた。父健人さん(42)、母美紀さん(45)は「2年以上旅行していない。久しぶりの旅が娘の卒業旅行、いい思い出になった」とにっこり。ステンドグラスやカーテンなどしゃれた内装の非日常空間、車窓から景色を眺めて過ごすゆったりとした時間を満喫し、「地元で楽しめるのが最高」と喜んだ。

 

 SL銀河は、東日本大震災からの復興支援や地域活性化を目的に運行。これまでに約5万7000人が乗車し、鉄道ファンに愛されているが、旅客車の老朽化などに伴い来年春の運行後に終了することが決まっている。

 

s煙を吐きながら鉄橋を進むSL銀河=3月27日午前10時3分、第三甲子川橋梁

煙を吐きながら鉄橋を進むSL銀河=3月27日午前10時3分、第三甲子川橋梁

 

 9年目となる今年上期は4月9日から9月25日まで、土日・祝日を中心に上下計52本の運行を予定。釜石駅の吉田正樹駅長(59)は「鉄道の旅の楽しさを広めてもらえたら。再度乗って、音、匂いを感じてほしい。コロナに負けないような元気、復興の力になる走りを届けたい」と意気込む。

佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ

佐渡裕さん&SKO 震災被災地に思い寄せ11年 釜石市長が感謝状贈呈

佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ

佐渡裕さん率いるスーパーキッズ・オーケストラ

 

 世界的指揮者・佐渡裕さんが率いるスーパーキッズ・オーケストラ(SKO、兵庫県西宮市)が、今年も東日本大震災の被災地に鎮魂と復興を願う音色を届けた。釜石市では20日、大町の市民ホールTETTOでコンサートを行った後、鵜住居町根浜で多くの犠牲者が眠る海に向かって献奏。2011年から同市に寄り添い続ける佐渡さんらに野田武則釜石市長は感謝状を贈り、市民の気持ちを代弁した。

 

 SKOのコンサートは本県などが主催する「さんりく音楽祭」として19日から3日間、宮古、釜石、陸前高田の3市で開かれた。釜石会場には野田武則市長が駆け付け、演奏に先立ち感謝状を贈呈。市民の心の復興に多大な貢献をしてきた同団に深い感謝と敬意を表した。

 

野田武則釜石市長から感謝状と虎頭が贈られた

野田武則釜石市長から感謝状と虎頭が贈られた

 

 今回は小学5年生から高校3年生まで26人のメンバーが来釜。クラシックに映画、舞台音楽を織り交ぜた全8プログラムを届けた。「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲」(レスピーギ)は、震災の1年後、仏パリのノートルダム大聖堂で東北を思う2千人規模のミサが開かれた際に、同団が招かれ演奏した思い入れの強い曲。厳しいオーディションで選抜されたメンバーが奏でるクオリティーの高い演奏に、観客約380人が聞き入った。アンコールの拍手が鳴りやまず、さらに2曲を演奏した。

 

さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日

さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日

 

さんりく音楽祭2022(こころのビタミンプロジェクトin釜石)=20日

 

 甲子町の50代女性は、子どもたちの演奏技術と迫力に「すごく上手でびっくり。感動しました。被災地を忘れないでいてくれてありがたい」と感謝。野田町の畠山政美さん(41)は「(SKOの演奏は)初めて聞いた。生の音はやっぱりいい。ピアノを習う娘にも刺激になったよう」と喜んだ。

 

 SKOは、阪神・淡路大震災から10年を機に復興のシンボルとして創設された兵庫県立芸術文化センターのソフト先行事業として、03年から活動を開始。全国の弦楽器に取り組む子どもたちをオーディションで選抜し、同センター芸術監督の佐渡裕さんの指揮、指導でさまざまな活動を展開している。

 

 釜石との縁は、震災津波で被災した根浜の旅館「宝来館」のおかみ岩崎昭子さんが佐渡さんに送った手紙がきっかけ。11年8月に初めて根浜海岸を訪れ、鎮魂の演奏をささげた。以来、年1回の献奏が市民の傷ついた心を癒やし、復興に向かう力を与えてきた。「神戸はたくさんの支援で復興を遂げた。亡くなられた方に手を合わせ、もっと豊かなまちを創っていくことは大きな使命。これからも釜石との縁をつなぎ、このまちの未来に寄り添いたい」と佐渡さん。

 

佐渡さんらが釜石と縁を結ぶきっかけを作った宝来館おかみの岩崎昭子さん(右手前)

佐渡さんらが釜石と縁を結ぶきっかけを作った宝来館おかみの岩崎昭子さん(右手前)

 

宝来館から根浜の海に向かって献奏するSKO

宝来館から根浜の海に向かって献奏するSKO

 

 団員らはTETTOでの演奏後、宝来館に移動し、海に向かって献奏。「ふるさと」を含む4曲を奏で、集まった地元住民らとこの11年間に思いをはせた。

 

 今回コンサートマスターを務め、バイオリンソロで観客を魅了した垣内響太さん(18)は、12年に最年少バイオリニスト(当時9歳)としてSKOに入団。翌年、単身で渡英し、名門音楽院で研さんを積んできた。現在、ベルリン芸術大1年生。根浜には12年から足を運ぶ。

 
 「タイスの瞑想曲」でバイオリンソロを聞かせる垣内響太さん(中央)

「タイスの瞑想曲」でバイオリンソロを聞かせる垣内響太さん(中央)

 

 震災の爪跡を目の当たりにした当時を振り返り、「小さかった僕でも衝撃を受けるほど記憶に残っている。今は本当に見違えて別世界のよう」と11年の時の重みを実感。被災地での演奏は「人に寄り添う音楽」の大切さを気付かせた。「音楽は言語のいらない世界共通の言葉。それを世界に広げていけるような音楽家になりたい」と夢を描く。

 

 本県初、唯一の団員、チェロの若林出帆さん(盛岡一高3年)は、小学1年時に震災を経験。SKOの東北ツアーに足を運ぶ中で入団を目指すようになり、高校1年の時に3回目の挑戦で合格を勝ち取った。「周りのレベルが高いので、すごくいい刺激をもらった。演奏後の観客の拍手や手を振ってくれる姿がうれしく、やって良かった」。SKOは本年度で“卒業”となるが、「これからも演奏は続け、音楽を通じていろいろな人と関わっていきたい」と未来を見据える。

 
根浜海岸の松林では地元住民らが演奏を見守った

根浜海岸の松林では地元住民らが演奏を見守った

 

 SKOはこの日、根浜と同様に11年から訪れる大槌町吉里吉里の吉祥寺でも献奏を行った。

シンポジウム冒頭で、活動紹介する釜石高「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」

震災伝承を未来につなぐ 語り部活動する若者ら 現状と課題を発信

シンポジウム冒頭で、活動紹介する釜石高「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」

シンポジウム冒頭で、活動紹介する釜石高「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」

 

 東日本大震災の伝承、防災・減災活動に地域や世代を超えて取り組む「3.11メモリアルネットワーク」(宮城県石巻市、代表・武田真一宮城教育大特任教授)は19日、釜石市の市民ホールTETTOで、震災伝承の今後を考えるシンポジウムを開いた。伝承の未来を担う若い語り部らが集まり意見交換。震災の記憶と教訓を伝え続けるための課題を探った。

 

 岩手、宮城、福島の3県などで震災伝承に関わる活動を行う高校生、大学生、若手社会人ら9人がパネリスト。震災当時は保育園児~中学生、被災経験も異なる若者たちが、活動を始めたきっかけ、これまでの活動で見えてきたこと、続けるための課題などを話し合った。

 

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウム

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウム

 

 震災で祖父母を亡くした宮城県東松島市の志野ほのかさん(23)は、高校2年時から語り部活動を始めた。社会人1年目。仕事との両立に難しさを感じながらも、職場の理解を得て自分のペースで活動を続ける。「語り部や防災活動が命を守るために大切な活動であると社会的に認められ理解が進めば、長く続けられるのでは」と提言した。

 

 釜石高生徒有志で結成する震災伝承、防災活動団体「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」の川原凜乃さん、矢内舞さん(ともに2年)は、卒業後の活動継続に意欲を見せつつも、進学で地元を離れた際の関わり方に不安をのぞかせる。川原さんは「防災活動をしたい人たちが集まれる機会、仲間を紹介してくれる仕組みがあれば」と何らかのサポートを望んだ。

 

活動継続への考えなどを話す釜石高の矢内舞さん(左)、川原凜乃さん

活動継続への考えなどを話す釜石高の矢内舞さん(左)、川原凜乃さん

 

 福島県富岡町の大学生佐藤勇樹さん(22)は小学5年時に被災、原発避難を経験した。昨夏から語り部活動を始めたが、一歩踏み出すハードルの高さも感じている。迷っている人が「語り部を知り、体験できるような機会があれば参入しやすい。他地域で長く活動している人のノウハウ的なことを知る場もあれば」と話した。

 

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウムの写真

 

 自身の体験を交えて話すことが多い語り部活動。被災の度合いや身内の犠牲者の有無などを理由に「自分が語っていいのか」とためらう人がいるのも事実。今回のパネリストも同様の葛藤の経験を明かしたが、それぞれに信念を持って活動を続ける。「被災状況で線引きすべきではない。話したいと思う人が話せる場が必要」。「被害の大きさではなく、『伝えたい』という気持ちが大事」。今後、震災を経験していない世代が増えていく中で、意欲ある伝承人材は不可欠との認識を示した。

 

 震災から11年が経過した今、語り部の需要はどうなっているのか。釜石市鵜住居町の伝承施設「いのちをつなぐ未来館」で働く川崎杏樹さん(25)は「減っている実感はない」とし、求められる内容の変化を挙げた。震災直後は、被害の詳細や当時の避難行動が注目されたが、今は「震災前の活動が発災時、どう生きたのか。次の災害にどう備えていけばいいのか」といった事前対策への関心が高いという。

 

 パネリストからは、11年たったからこその(語り部の)必要性を指摘する声も。「やっと現地に来られた」「話せるようになった」など、聞く側、話す側双方の気持ちの変化も見て取れるといい、対応可能な体制づくりも今後の課題に挙げた。

 

若い世代の語り部活動への参画を呼び掛ける川崎杏樹さん(右)

若い世代の語り部活動への参画を呼び掛ける川崎杏樹さん(右)

 

 未来館の川崎さんは同年代の若者に向け、「伝えたい、発信したいと思ったことを素直に伝えれば、その気持ちは必ず聞き手に伝わる。ぜひ、挑戦してほしい」と伝承活動の広がりに期待。宮城県石巻市出身で、愛知県で学生生活を送る岩倉侑さん(名古屋大1年)は「外の世界、特にも今まで災害がない、少なかった地域にこそ、積極的に発信していくことが大事。『誰かを助けたい』という思いを持ち続けていれば、困難も乗り越えられる。誰でも気軽に関われるような活動になれば」と願う。

 

東北大・佐藤翔輔准教授が基調講演 震災伝承を長く続けるために

 

東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授による基調講演

東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授による基調講演

 

 パネルディスカッションに先立ち行われた基調講演では、東北大災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授が、持続的な伝承活動のヒントとなる事例を紹介した。

 

 新潟県関川村では、1967年8月28日に起こった羽越水害を、地域の大蛇伝説と絡めた祭りで伝え続ける。伝承の媒体で祭りのシンボルの大蛇は、水害発生日にちなみ、長さ82・8メートル。竹とわらでできた胴体は村内54集落が分担して制作し、数年に一度の頻度で更新している。担ぎ手には地域の中学生や外部団体が協力する。

 

 佐藤准教授は「更新による技術継承=対話の機会」が無理のない伝承につながり、幅広い年代の住民、他地域からの参加で継続性や広がりを生んでいる点に注目。災害から50年以上たっても、村民の70%が災害のあった日付を記憶していることを明かした。

 

3.11メモリアルネットワーク 第4回東日本大震災伝承シンポジウムの写真

 

 広島県の原爆伝承の人材養成研修(広島市主催)も紹介した。同研修は「被爆体験伝承者(3年)」と「同証言者(2年)」の2コースを設ける。被爆者の高齢化が進み、直接語り継げる人が減っていく中、被爆体験や平和への思いを次世代に確実に伝える狙いがある。

 

 伝承者は証言を受け継ぎたい人を3人まで指名できるが、その理由や熱意を読んだ証言者が「この人なら任せられる」と判断(マッチング)しなければ、次の段階に進めない。約1年かけて証言者と伝承者(1人の証言者につき2~10数人)がグループミーティングを重ね、伝承者は1人立ちを迎える。

 

 佐藤准教授は「優れた伝承から学ぶことも大切。伝承者になった後のフォローアップ、交流の場があれば、自己研さん、切磋琢磨(せっさたくま)する機会も得られる」とアドバイスした。

 

ライブ配信の映像はこちらからご覧になれます。

ラグビーリーグワン2部 釜石SWホーム初戦 対日野レッドドルフィンズ=12日

釜石SWホーム初戦 気迫あふれるプレーも勝利ならず 日野に7-55

ラグビーリーグワン2部 釜石SWホーム初戦 対日野レッドドルフィンズ=12日

ラグビーリーグワン2部 釜石SWホーム初戦 対日野レッドドルフィンズ=12日

 

 NTTジャパンラグビーリーグワン2部第7節。釜石シーウェイブス(SW)RFCは12日、釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムで、日野レッドドルフィンズと対戦し、7-55(前半7-17)で敗れた。1勝6敗勝ち点5で5位。前日に東日本大震災発生から11年となり、復興の象徴である同スタジアムでの今季初戦を勝利で飾ろうと奮闘したが、力及ばなかった。

 

 前半18分までに2トライ1PGで、0-17と日野にリードを許した釜石は、38分、日野のボックスキックをWTB氏家柊太がキャッチ。自陣10メートル付近から日野を振り切って一気に走り抜け、サポートした新加入のSH村上陽平にパス。村上は左サイドから回り込み、中央にトライ。SOブレット・キャメロンのゴールも決まり、7-17で前半を折り返した。

 

日野のキックをキャッチし、敵陣を目指す氏家柊太選手(左)

日野のキックをキャッチし、敵陣を目指す氏家柊太選手(左)

 

氏家選手からパスを受ける村上陽平選手。そのまま走り切りトライ

氏家選手からパスを受ける村上陽平選手。そのまま走り切りトライ

 

 後半は運動量に勝る日野が着実に得点を重ねた。釜石はゴールライン目前まで攻め込む場面もあったが、得点には結びつかなかった。釜石の2選手にイエローカードが出され、各10分間の一時退場も。悪い流れを断ち切れず、後半は無得点。7-55で試合を終えた。

 

 試合後の記者会見で釜石の須田康夫ヘッドコーチは「自分たちのペースでゲームを進められず、修正できないまま終わってしまった」。ディフェンスでの失点を抑えるために「いろいろなプレッシャーの中での我慢。ブレイクダウンの見極めが鍵」と課題を見据えた。

 

 開幕戦で負傷し、戦線から離れていた小野航大主将は、日野戦から復帰。「震災11年」の翌日、ホーム初戦と、特別な思いを持って臨んだ試合だったが、「ミスも多く、自分たちがやりたいことをできなかった」。残り3試合に向け、「自分たちがやってきたこと、仲間を信じて切り替えたい」と話した。

 

 唯一のトライを決めた村上選手は「勝利することで県民に元気を届けたかったが、かなわず残念」。今季2トライ、司令塔としても注目され、「アタックリズムの強みを全面的に出し、ゲームメークできたら」と意気込んだ。

 

強風の中1040人が観戦。両チームに熱いエールを送った

強風の中1040人が観戦。両チームに熱いエールを送った

 

 釜石SW、第8節は20日、広島市でマツダスカイアクティブズ広島と対戦する。釜石市大町の釜石PITでパブリックビューイングを予定する。

 

日野、釜石 試合前日「3・11」に釜石祈りのパーク訪問

 

東日本大震災の話を聞く日野の選手=11日午後

東日本大震災の話を聞く日野の選手=11日午後

 

 日野レッドドルフィンズの選手、スタッフら約50人は、試合前日の11日、復興スタジアム近くの震災犠牲者慰霊追悼施設「釜石祈りのパーク」を訪問。同市の被災状況などを聞いた後、釜石SWと合同で献花。地震発生時刻の午後2時46分、黙とうをささげた。

 

 震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」スタッフから、同パークの場所にあった鵜住居地区防災センターで多くの住民が津波の犠牲になったこと、全校避難で津波から逃れた釜石東中、鵜住居小跡地に復興スタジアムが建つことなどを聞き、震災の教訓に理解を深めた。チームとして同震災被災地で学ぶのは、日野にとって初めてのことだという。

 

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祈りのパークでは釜石SWと共に震災犠牲者に献花した。撮影:西条佳泰 Grafica Inc.

 

 講話後、日野、釜石両チームは同市の震災犠牲者の名前が刻まれた芳名板の前で白菊を手向けた。地震発生時刻を告げるサイレンが鳴ると一斉に黙とう。犠牲者の冥福を祈った。

 

釜石から恩返し トンガ支援へラグビー応援団がTシャツ販売

 

トンガ支援Tシャツを着用し、販売する応援団員

トンガ支援Tシャツを着用し、販売する応援団員

 

 釜石ラグビー応援団(中田義仁団長)は、1月に海底火山噴火で津波など深刻な被害を受けたトンガを支援しようと、チャリティーTシャツを作成。売上金の一部を寄付するプロジェクトを始動した。12日、釜石SWのホーム初戦が行われた釜石鵜住居復興スタジアムで販売。限定1千枚のTシャツは引き続き、釜石情報交流センター(大町)、かまいし特産店(鈴子町、シープラザ釜石内)、道の駅釜石仙人峠(甲子町)で販売する。価格は2750円(税込み)。

 

 白地の支援Tシャツは、胸元に「#PRAYforTONGA」のロゴと、トンガの国旗、同応援団のマークを刺しゅうであしらった。1枚につき1千円を寄付する。12日は、Tシャツを着用した応援団員がスタジアム内で観戦客に支援への協力を呼び掛けた。

 

Tシャツ販売ブースにはトンガに思いを寄せる人たちが集まった

Tシャツ販売ブースにはトンガに思いを寄せる人たちが集まった

 

 2011年の東日本大震災発生時、釜石SWにはトンガ出身のピタ・アラティニ選手、ルイ・ラタ選手が所属していた。救出にきた大使館職員の帰国要請を断り、自ら釜石に残った両選手は、支援物資の積み降ろしなど被災者のために力を尽くした。その後も何人ものトンガ出身選手が釜石でプレーし、市民との交流を深めた。

 

 中田団長(53)は「今度は私たちがトンガの皆さんを助ける番。多くのラグビーサポーターにとってもトンガはなじみのある国。今日も多くの人たちが協力してくれている」と感謝。さらなる支援の輪の広がりを期待した。寄せられた善意の寄付先は今後、団で相談して決める。

 

釜石SWの支援Tシャツ(右)とコラボ!!

釜石SWの支援Tシャツ(右)とコラボ!!

 

 同応援団は、ラグビーワールドカップ(W杯)釜石開催のレガシー(遺産)を継承しようと、20年7月に結成。「ラグビーのまち釜石」の発信、地元開催の各種大会のボランティア運営、ラグビーを通じた内外の交流事業などを行う。

唐丹の天文学者・葛西昌丕の人柄を描いた第35回釜石市民劇場の公演

2年ぶりの公演「釜石市民劇場」 人間愛伝える舞台で観客の心潤す

唐丹の天文学者・葛西昌丕の人柄を描いた第35回釜石市民劇場の公演

唐丹の天文学者・葛西昌丕の人柄を描いた第35回釜石市民劇場の公演

 

 第35回釜石市民劇場~満天の星は知っている「天文学者葛西昌丕」若き日の私記~(同実行委主催)は6日、大町の市民ホールTETTOで上演された。江戸時代に天文学者として功績を残した釜石の偉人葛西昌丕の人物像をフィクションで描いた物語。2回の公演に計267人が足を運び、笑いあり涙ありの舞台を楽しんだ。

 

 葛西昌丕(1765―1836)は唐丹村(現唐丹町)本郷生まれ。水産加工業を営む地元の名家に育った昌丕は、若くして仙台に出て、国学や天文地理を学ぶ。江戸幕府の命で全国を測量して歩いた伊能忠敬が唐丹村を訪れた後、その業績を石碑に刻み、忠敬が天測した北緯の数値と星座名などを刻んだ「星座石」を残した。

 

 劇中では、地域愛にあふれた人情家としての側面にスポットをあて、地域住民との関わりを通して昌丕の人柄などを描いた。物語は、漁で両親を亡くしたおユキが一緒に暮らす祖母と妹の元を離れ、遠い親戚のウメが働く葛西家の加工場に連れてこられるところから始まる。2人は優しく接する昌丕に心を開き、それぞれが抱える苦悩を吐露。昌丕のおかげで互いの気持ちを知り、親子のような関係を築いていく。

 

昌丕(左から2人目)は父親が経営する水産加工場の従業員からも慕われる

昌丕(左から2人目)は父親が経営する水産加工場の従業員からも慕われる

 

夜になっても戻らないおユキを心配し探し回る

夜になっても戻らないおユキを心配し探し回る

 

おユキ(左)を見つけ、優しい言葉をかける昌丕

おユキ(左)を見つけ、優しい言葉をかける昌丕

 

 観劇した中妻町の佐藤弘樹さん(44)は「悲しい出来事を乗り越えていくのに、周りの人たちの助けは大きな力。出会いの縁で互いに救われることもある」と実感。自身も同劇場の出演経験者。コロナ禍で制約がある中での稽古の大変さを思いやりながら、「子役の声がすごく出ていて良かった」と頑張りをたたえた。

 

 市内の60代女性は「皆さん上手で物語の中に引き込まれた。コロナにウクライナの戦禍。暗いニュースばかりだが、ひととき忘れることができた」。県内の感染拡大で外出もままならないが、「TETTOは空調もしっかりしているし、安心感がある」と、地元での娯楽を満喫した。

 

 キャストは総勢14人。昨年11月末から稽古を始め、制作スタッフらと思いを一つに舞台を作り上げた。新型コロナウイルス禍で昨年度は休演、2年ぶりとなる本公演は、感染状況を注視しながらの準備となった。無観客開催も選択肢の1つに考えたが、総合的に判断し、本番5日前に観客を入れての開催を決断した。

 

 主人公・葛西昌丕を演じた久保修二さん(54)は終演後、「楽しかった」と開口一番。自営業を営む花巻市から、毎回稽古に通った。「やり遂げた達成感が大きい。みんなのおかげ。仲間とのつながりも深まった」と感謝した。

 

葛西昌丕役を演じた久保修二さん(右)

葛西昌丕役を演じた久保修二さん(右)

 

 初参加の森美惠さん(14)は、自分とは正反対の静かな女の子を演じた。「言葉のない演技をどう見せるか、考えて工夫した。できは96点ぐらい?!」。最初は不安だったが、仲間と1つの作品を作り上げる楽しさを知った。「来年も参加したい」と望む。

 

 コミカルな演技で笑わせたのは、追いはぎの弟分を演じた木川田光成さん(39)。震災で被災し、今は遠野市に暮らす。遠野の市民劇にも参加し、出演歴は釜石7回、遠野4回。コロナ禍の影響を「職業によっては人が集まる活動を制限されたり、まちをまたぐ活動に厳しい目を向けられたり。精神的葛藤はみんなあるだろう」と語る。無事に公演を終え、ほっとした様子で、「お客さんに見てもらえたのが何より」と喜びをかみしめた。

 

抜群の演技力で観客の笑いを誘った追いはぎ・弥助役の木川田光成さん(中)

抜群の演技力で観客の笑いを誘った追いはぎ・弥助役の木川田光成さん(中)

 

終演のあいさつをするキャスト、スタッフらに大きな拍手が送られた

終演のあいさつをするキャスト、スタッフらに大きな拍手が送られた

甲子町大畑地区の柿畑で行われた甲子柿剪定講習会

甲子柿の品質向上へ 生産組合、剪定講習会 栽培農家の底上げ、ブランド力強化図る

甲子町大畑地区の柿畑で行われた甲子柿剪定講習会

甲子町大畑地区の柿畑で行われた甲子柿剪定講習会

 

 釜石市の甲子柿の里生産組合(佐々木裕一組合長、組合員約30人)は2日、柿の木の剪定(せんてい)講習会を甲子町内の柿畑などで開いた。栽培農家の底上げを狙った試み。組合員ら約20人が参加し、高品質で良い柿を届けようと真剣な表情で臨んだ。

 

 昨年、国の2つの制度(地理的表示[GI]保護制度、機能性表示食品)で特性を認められた甲子柿。ブランド力強化を進める中、高品質安定生産に向けた栽培管理、技術向上を図るため、毎年この時期に講習会を開いている。大船渡農業改良普及センター農業普及員の柳本麻衣さん(29)が講師を務めた。

 

 柏木充夫さん(82)の柿畑(甲子町大畑)にある1本の木を使って、剪定作業を実演した。剪定の目的は「葉や実に光が当たりやすいようにすること」と柳本さん。ノコギリやハサミを手に、収穫期に良い実を出すために軸となる枝を決め、不要な枝を切っていった。摘果や収穫など作業をしやすくするのもポイント。「できるだけ木をコンパクトに。切りすぎかなと思うくらいでも大丈夫、枝は伸びる。素直に伸びている枝を残す」などと指導した。

 

柳本さん(左から2人目)の実演に見入る参加者

柳本さん(左から2人目)の実演に見入る参加者

 

 柏木さんは約200坪の畑で柿の木200本ほどを育てる。昨年は例年に比べると不作の年となったが、柏木さん方では数的に若干影響はあったものの、糖度が高く(20度を超えるものも)味のいい柿を出荷することができた。長男幹彦さん(53)によると、地域外からの問い合わせや購入者もいて、認知度の向上を実感。知識を深める講習会の開催を歓迎していて、「枝を切るのはもったいないと思ってしまうが、学びを生かし、実践したい。消費者が面白いと思ってもらえる農業に取り組み、地域を盛り上げたい」と意欲を高めた。

 

洞関地区コミュニティ消防センターで行われた座学では講師の説明に耳を傾けた

洞関地区コミュニティ消防センターで行われた座学では講師の説明に耳を傾けた

 

 組合員2人の畑を回った後、洞関地区コミュニティ消防センターに移動して病害虫防除を中心に座学。組合では害虫アザミウマ、カイガラムシ、病害の落葉病など徹底防除に取り組むことにしていて、柳本さんは計画的な殺菌・殺虫対策について助言した。

 

 甲子柿に魅了された若者が生産に乗り出す動きがあり、今回の講習にも参加。盛岡市の団体職員佐々木路子さん(38)は「ノー知識できた。内容は難しいが、逆に役立てると思う。農福連携と絡めた取り組みにしたい」と前を見据えた。

 

 佐々木組合長(71)は新たな参入を喜ぶ。「今年こそ豊作で終わりたい。消費者に満足してもらえる、おいしい柿を届けるため、みんなでしっかり取り組みたい」と力を込めた。

長唄三味線子ども教室発表会=中妻北地区コミュニティ消防センター

コロナに負けず稽古継続 長唄三味線子ども教室10人が成果発表

長唄三味線子ども教室発表会=中妻北地区コミュニティ消防センター

長唄三味線子ども教室発表会=中妻北地区コミュニティ消防センター 

 

 杵家会釜石支所(杵家弥多穂代表)が主催する伝統文化長唄三味線子ども教室は1月23日、本年度の教室最終日を迎え、受講した10人がこれまでの稽古の成果を発表した。新型コロナウイルス影響下での教室は2年目を迎えたが、意欲ある子どもたちの成長を止めまいと、感染防止策を徹底しながら稽古を継続。全15回の日程を終えた受講生は、さらなる上達を願い、来年度の開講に期待した。

 

 同教室は2008年度に開始し、東日本大震災による中断を経て再開。13年目となる本年度は昨年6月に開講し、小中高生9人と大人1人が受講した。継続受講は3~9年目。初受講した釜石中の2年生3人は、同会が昨年9月に学校に出向いて行った三味線体験会を機に教室へ。杵家代表ら4人の講師が、受講年数に応じてきめ細かく指導した。感染症対策として受講生を3組に分け、時間をずらして稽古した。

 

修了証書を授与される濱田真由香さん(右)

修了証書を授与される濱田真由香さん(右)

 

 発表会に先立ち行われた閉講式では、受講9年目となった濱田真由香さん(釜石中3年)が代表で修了証書を受け取った。来賓の市文化振興課・藤井充彦課長は、コロナ禍での学びの機会提供に敬意を表し、「先生方の熱意が子どもたちの意欲につながっているものと思う。教室で学んだことを日々の暮らしにも生かし、心身豊かに成長していくことを願う」と期待した。

 

「釜石市民歌」の演奏、歌で開演した発表会

「釜石市民歌」の演奏、歌で開演した発表会

 

 演奏は「釜石市民歌」からスタート。初心者2人は長唄三味線の入門曲「松の緑」の合いの手(間奏)で稽古の成果を発表。歌舞伎「娘道成寺」の合いの手など2曲が続いた。後半は講師が唄で加わり、「元禄花見踊り」(三部合奏)と「雪」の合方(あいかた)を演奏。春と冬の風情を醸す曲で季節の違いを表現した。最後は歌舞伎十八番の「勧進帳」から「寄せ」「こだま」「滝流し」「舞い」の4つの合方を披露。高度な技と息の合った音色で、見守った保護者や来賓をうならせた。

 

中級、上級者らによる演奏は聞きごたえ十分

中級、上級者らによる演奏は聞きごたえ十分

 

来賓や保護者は見事な調べに感心しながら拍手

来賓や保護者は見事な調べに感心しながら拍手

 

 稽古を始めて5カ月の及川美結さん(釜石中2年)は、学校での体験会を機に興味を持ち、「自分も弾けるようになりたい」と教室に通うように。10回の受講ながら、入門曲を演奏できるまでに上達した。「難しかったが、自分なりに頑張ってこられた」と達成感を見せ、「ちょっとずれただけで音が変わる。難しさもあるけど、それが楽しい。先輩方みたいに弾けるようになるのが目標」と稽古の継続を誓った。

 

 姉妹で三味線を学んできたのは佐藤七海さん(釜石高3年)、永愛さん(小佐野小6年)、あいなさん(同2年)の3人。七海さんは小学6年時に教室のチラシを見て、弟海輝人(みきと)君(現釜石高1年)と受講を開始。その後、2人の姿を追って妹2人も入り、昨年度まで4人で稽古に励んだ。

 

仲良く三味線を学んだ佐藤3姉妹。あいなさん、七海さん、永愛さん(左から)

仲良く三味線を学んだ佐藤3姉妹。あいなさん、七海さん、永愛さん(左から)

 

 就学前から教室に通い、長唄に親しんできたあいなさんは、3年目の本年度から三味線の稽古を本格化。6年目の永愛さんは、名取でも難しいという「滝流し」に初挑戦し、発表会で中高生らと見事な演奏を見せた。七海さんは年の離れた妹らと三味線で絆を深められたことを喜び、「昨年はきょうだいみんなで楽しんで演奏できた」とにっこり。7年の学びを振り返り、「練習を重ねるたびに上達するのがうれしくて。部活で吹奏楽をやってきたので、洋楽、邦楽それぞれの魅力を感じることができた」。高校卒業後は進学のため釜石を離れる予定で、「何らかの形で三味線も続けられたら」と願った。

 

「松の緑」の合いの手を堂々と弾く佐藤あいなさん(左)。将来が楽しみ

「松の緑」の合いの手を堂々と弾く佐藤あいなさん(左)。将来が楽しみ

 

「勧進帳」の合方「滝流し」を弾く佐藤永愛さん(前列右)。姉七海さん(後列左)と難曲に挑む

「勧進帳」の合方「滝流し」を弾く佐藤永愛さん(前列右)。姉七海さん(後列左)と難曲に挑む

 

 杵家代表は「長く続けてくれるのは(三味線が)好きだからこそ。稽古中は私語も無く、覚えるのに真剣。成長とともに難しい曲に挑戦できるのも励みになっているのでは」と話し、今後の開講にも意欲を示した。

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東北電力、「電力ビル釜石」完成 新社屋で三陸沿岸の安定供給守る

地域共生をコンセプトに建設された岩手三陸営業所(右)と釜石電力センター

地域共生をコンセプトに建設された岩手三陸営業所(右)と釜石電力センター

 

 東北電力岩手三陸営業所(熊谷啓一所長)と東北電力ネットワーク釜石電力センター(田中誠所長)の新社屋が釜石市中妻町に完成し、20日に竣工(しゅんこう)式が行われた。東日本大震災で被災し、仮社屋を経て待望の本設施設。地域共生をコンセプトに、鉄とラグビーをイメージさせるデザインを取り入れた建物で、3月1日に完全移転、業務を開始する予定だ。

 

 建物名は「電力ビル釜石」。軽量鉄骨造り平屋建ての三陸営業所(面積272平方メートル)と鉄骨造り2階建ての電力センター(延べ床面積1473平方メートル)からなり、2つの建物は渡り廊下でつながる。三陸営業所は「ラグビーボール」をイメージした茶系の色を使った外観が特徴。グレーを基調にした電力センターは、「鉄」をイメージした黒色をアクセントに入れている。鉄骨平屋の車庫倉庫(面積515平方メートル)も整備した。

 

 竣工式には関係者約50人が出席。神事の後には内覧会があり、執務室や共有フリースペースなどが披露された。立地場所の周辺には警察署やファミリーレストランなどがあり、市民や事業者らは生活を支えるインフラの安定稼働を歓迎した。

 

完成した新社屋を見学する関係者ら

完成した新社屋を見学する関係者ら

 

 大町にあった旧釜石営業所は津波で全壊し、2011年11月からは甲子町のプレハブの仮社屋で業務を続けてきた。旧営業所は18年7月、販売業務などを担う岩手三陸営業所と送配電業務を担当する釜石電力センターに再編された。

 

 社屋の整備に当たっては当初、元の場所での再建を考えていた。市が商業とにぎわいの拠点として大町地区の土地利用を計画したことから売却。現在は市民ホールが建ち、市民の憩いの場になっている。代替えとして、現地の利用を提案され、同社で取得。19年11月に着工し、2年以上に及ぶ再建工事を経て竣工した。

 

 三陸営業所は田野畑村から陸前高田市までをカバーする。従業員は16人。熊谷所長は「やっと竣工を迎え、感慨深い。『寄り添う力』のスローガンの下、安定供給と暮らしに役立つサービスを提供していく」と気を引き締めた。電力センターは釜石、大槌町エリアを担当し、従業員は37人。田中所長は「地域のシンボル的な事業所になるよう、住民のニーズを聞きながら業務を展開する」と力を込めた。

東北清酒鑑評会の吟醸酒、純米酒両部門で優等賞を受賞した浜千鳥(釜石市小川町)の社員ら

釜石の浜千鳥 味や香り高評価 東北清酒鑑評会で吟醸、純米酒ダブルで優等賞

東北清酒鑑評会の吟醸酒、純米酒両部門で優等賞を受賞した浜千鳥(釜石市小川町)の社員ら

東北清酒鑑評会の吟醸酒、純米酒両部門で優等賞を受賞した浜千鳥(釜石市小川町)の社員ら

 

 釜石市の酒造会社、浜千鳥(新里進社長)は2021年の東北清酒鑑評会(仙台国税局主催)吟醸酒、純米酒の2部門で優等賞を受賞した。2年連続のダブル受賞。春の全国新酒鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)で群を抜いた金賞受賞率を誇る東北6県の酒蔵が出品する鑑評会は、非常に高レベルで入賞が難しいとされる。新里社長は「各蔵とも年々、技術が上がってきている中での連続受賞はうれしい。今後も品質向上に励んでいく」と意気込む。

 

 東北清酒鑑評会は、吟醸酒と純米酒の味や香りについて総合的に判断し、製造技術の優劣の観点から品質評価を行う。予審、決審を行い、決審の成績が上位の出品酒を「優等賞」とする。部門ごとに優等賞の製造場の中から決審の成績上位3場を選定。1位に「最優秀賞」、他2場に「評価員特別賞」を授与する。評価員は国税局鑑定官、管内の指導機関職員、製造場の技術者など。

 

 本年は144の製造場から吟醸酒145点(121場)、純米酒127点(111場)の出品があり、10月上旬に行われた評価の結果、吟醸51点(45場)、純米41点(38場)が優等賞を獲得した。本県からは両部門で7製造場(社)が受賞したが、ダブル受賞は浜千鳥のみが成し遂げた。

 

釜石税務署の霜崎良人署長から表彰状を受け取る浜千鳥の新里進社長(左)

釜石税務署の霜崎良人署長から表彰状を受け取る浜千鳥の新里進社長(左)

 

 今月17日、同社で表彰式が行われ、釜石税務署の霜崎良人署長が表彰状を伝達。新里社長、奥村康太郎杜氏(とうじ)・醸造部長が受け取り、社員らと喜びを分かち合った。霜崎署長は「東北清酒鑑評会には全国トップクラスの杜氏、蔵人らが醸造、管理してきた酒が出品される。その中でのダブル受賞はまさに皆さんの努力のたまもの」とたたえ、「岩手の酒がどんどん世に出て飲まれるといい」と期待した。

 

新里社長、霜崎署長、奥村康太郎杜氏(右から)

新里社長、霜崎署長、奥村康太郎杜氏(右から)

 

酒造りの現場で働く社員らも受賞の喜びを共有

酒造りの現場で働く社員らも受賞の喜びを共有

 

 吟醸酒の部受賞の「浜千鳥 大吟醸」、純米酒の部受賞の「浜千鳥 純米大吟醸 結の香」は、共に岩手オリジナル酵母「ジョバンニの調べ」で醸造。純米大吟醸は本県最上級のオリジナル酒米「結の香」を原料とする。「岩手の香りが認められた」と新里社長。結の香で仕込んだ酒は県内他社も入賞し、「県酒造組合としても非常にうれしいこと。結の香は使い始めて来年で10年。徐々に入賞率も上がり、岩手の米の優秀さが認められてきている」と喜んだ。

 

 鑑評会ではインバウンド消費や輸出促進に役立ててもらうため、受賞者に英語の賞状も授与している。18年からは評価員に外国人専門家も加えた。

 

 同社は2012年に奥村杜氏(41)が就任以降、東北鑑評会8回(今年含む)の出品中、吟醸酒で6回、純米酒で4回の優等賞を受賞。このうち4回がダブル受賞で、昨年は純米酒で東北1位の栄誉となる最優秀賞に初めて輝いた。

鉄鉱石と石灰を混ぜたものを炉に投入する児童=12日

鉄づくりの歴史文化に理解 釜石小でたたら製鉄体験

釜石小5年生が挑んだ鉄づくり。れんがで積んだ炉に炭を入れる=12日

釜石小5年生が挑んだ鉄づくり。れんがで積んだ炉に炭を入れる=12日

 

 釜石小(及川靖浩校長、児童109人)で11、12の両日、昔ながらの鉄づくり「たたら製鉄」体験が行われた。5年生16人が築炉から粗鉄(ケラ)の取り出しまでを体験。鉄産地の歴史文化に理解を深めながら、ものづくりの面白さに触れた。

 

 同校の製鉄体験は釜石市地域学校協働本部事業の一環で実施し、今年で4回目。鉄づくりに関する市の出前講座を活用し、市文化振興課文化財係の加藤幹樹主任(36)らが指導した。

 

高炉づくりに取り組む児童。れんがを積み上げる作業に「重労働だ」と実感した=11日

高炉づくりに取り組む児童。れんがを積み上げる作業に「重労働だ」と実感した=11日

 

 初日は校庭の一角で高炉の築造、木炭を割る作業に取り組んだ。高炉はコンクリートブロックを基盤に耐火レンガ約100個を組み上げ、モルタルで隙間をふさいで補強。送風口、炉内を見る接眼レンズなどを固定した。木炭は、炉を温めるために使う分も合わせて約50キロ必要で、児童は「炭まみれ」になりつつ黙々とハンマーで砕いた。

 

鉄鉱石と石灰を混ぜたものを炉に投入する児童=12日

鉄鉱石と石灰を混ぜたものを炉に投入する児童=12日

 

 2日目が本格的な製鉄体験。木炭20キロ、釜石鉱山が提供した鉄鉱石10キロ、石灰1キロを原料に鉄の生産に挑んだ。炉に火入れし、順調に加熱。炎を上げた炉は内部が1300度ほどにもなる。児童は5分に1度、鉄鉱石と石灰を混ぜたものや炭を入れる作業を20回ほど繰り返した。

 

 昼前から鉱滓(ノロ)の抽出を行い、午後に炉を解体。粗鉄を取り出した。加藤主任はハンマーでたたいて鉄とノロの違いを示した。

 

不純物のノロ出しを見守る児童たち。鉄づくりの作業が順調に進んでいることを確認した=12日

不純物のノロ出しを見守る児童たち。鉄づくりの作業が順調に進んでいることを確認した=12日

 

作業の合間に行われた鍛冶体験。ものづくりの大変さ、楽しさを味わった=12日

作業の合間に行われた鍛冶体験。ものづくりの大変さ、楽しさを味わった=12日

 

 合間には、鍛冶体験も。児童は炭火で熱してオレンジ色になったくぎを何度もハンマーでたたいて薄くし、ペーパーナイフ風に仕上げた。同課の手塚新太課長補佐(49)がサポートした。

 

 5年生は総合的学習として事前に、鉄の歴史館の見学や近代製鉄の父・大島高任に関する講話で「鉄のまち釜石」について理解を深めてきた。木炭の破砕作業を担当した佐々木愛菜さんは「いろんな役割があり、しかもすべて手作業なので大変だった。鉄ができるか、わくわくしたし、みんなでやって達成感がある。一生懸命にやったことをこれからの生活に生かしたい」と充実感をにじませた。

出来上がった2品を手に笑顔を輝かせる参加者ら

釜石・大槌の食文化を次世代に! 食の匠を講師に郷土料理伝承会

釜石・大槌郷土料理伝承会=根浜シーサイド

釜石・大槌郷土料理伝承会=根浜シーサイド

 

 釜石・大槌郷土料理伝承会(同地域農業振興協議会など主催)は1日、釜石市鵜住居町の観光施設「根浜シーサイド」レストハウスで開かれた。地域に伝わる郷土料理を若い世代に継承し、次代の伝承者育成につなげようと企画。釜石・大槌郷土料理研究会(前川良子会長、11人)会員で、本県の「食の匠」に認定されている2人を講師に迎え、公募で集まった7人が「がんづき」と「しそ巻きずし」の作り方を学んだ。

 

 講師を務めたのは、釜石市の藤原政子さん(67)=2012年度、食の匠認定=と大槌町の飛田奈都子さん(58)=19年度、同認定=。藤原さんは幅広い世代に愛される郷土菓子「がんづき」を、飛田さんは同町の山間部で祝い事の際によく出されてきた「しそ巻きずし」の作り方を教えた。

 

 「がんづき」は蒸し上がった丸い形を“月”に、上に散らすくるみやごまを夜空を飛ぶ鳥“ガン”に見立て、そう呼ばれるようになったとされる(諸説あり)。ふわふわの食感とやさしい甘さが特長。農作業の休憩時のおやつ、お茶請けなどとして長年、親しまれてきた。この日は、藤原さんが研究を重ねたレシピを伝授。生地をきれいに膨らませる重曹の分量や材料の混ぜ方のポイントなどを教えた。

 

藤原政子さん(左から2人目)から、がんづきの作り方を教わる参加者

藤原政子さん(左から2人目)から、がんづきの作り方を教わる参加者

 

がんづきの蒸し上がり具合を串を刺してチェック

がんづきの蒸し上がり具合を串を刺してチェック

 

 「しそ巻きずし」は酢漬けした赤シソの葉を巻きすに並べ、広げたすし飯の上にさまざまな具を配置して巻く。赤シソは、のりが貴重だった時代に代用品として重宝され、塩や酢に付け込んだものを常備し、さまざまな料理に活用されたという。飛田さんはシソの並べ方や、すし飯が崩れないように巻く方法などを実演。今回の具材は厚焼き卵、シイタケの煮物、キュウリの塩漬け、くるみ、梅干しの5種で、巻いた後に切ってみると断面の色合いも食欲をそそった。

 

しそ巻きずしの巻き方を実演する飛田奈都子さん

しそ巻きずしの巻き方を実演する飛田奈都子さん

 

酢漬けした赤シソの葉を巻きすに並べていく作業。隙間ができないように並べるのがポイント

酢漬けした赤シソの葉を巻きすに並べていく作業。隙間ができないように並べるのがポイント

 

 参加者は講師に教わりながら調理に挑戦。初めて体験するメニューに興味津々だった。同市中妻町の櫻井京子さん(37)は「しそ巻きずしは初めて知った。大槌出身でも私は海側で、山側にはまた違った地域性があるんだなと。こうして教わる機会がもっとあれば」と期待。10歳と7歳の子ども(女子)は料理に興味を持ち始めていて、「家で一緒に作ってみたい。食べる専門から卒業して、自分も伝承活動などに携われたらいい」と笑った。

 

出来上がった2品を手に笑顔を輝かせる参加者ら

出来上がった2品を手に笑顔を輝かせる参加者ら

 
 同研究会は震災前、年4回ペースで一般客を対象にした郷土料理を楽しむ会を開催。震災後は、市外から訪れるボランティアらに「郷土料理を教えてほしい」と頼まれることも多く、「伝承会」という形で調理体験の場を設けてきた。藤原さんは「地元の身近な食材を使っていたからこそ、郷土料理として残ってきたと思う。手作りは食材選びからでき、家族の栄養や健康にも配慮できる。昔の人の知恵と工夫を今のお母さんたちにも教えたい」と望んだ。