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つなぐ記憶と教訓 発信に一役!?「大震災かまいしの伝承者」に挑戦 記者体験レポート

「大震災かまいしの伝承者」の基礎研修会

「大震災かまいしの伝承者」の基礎研修会

 
 東日本大震災の体験や教訓を後世に語り継ぐ「大震災かまいしの伝承者」。身近な人や市外から訪れる人たちに事実を伝えて記憶の風化を防ぎ、防災意識の向上につなげようと釜石市が養成する。震災から間もなく13年。経験をしていない世代が増える中、記憶を伝え続ける重みは増す。「どう受け継ぎ、残すか」。伝承者の基礎研修会に記者が参加してみた。
 
 この制度は2019年にスタート。地震のメカニズムと津波被害の特質、市が震災後に定めた防災市民憲章などに理解を深める基礎研修を終えると伝承者に認定される。第3期まで実施していて、累計で98人が修了。認定期間はおおむね2年間で、現在は59人が認定されている。伝承手法などを学べるステップアップ研修(任意)もある。
 
 今回、記者が臨んだのは4期目となる基礎研修会。1月28日に鵜住居町の鵜住居公民館で行われ、中学生から50歳代までの12人が参加した。これまで座学とグループワークを組み合わせ“一日がかり”だったが、今期はグループ活動を行わず、半日で終える内容に変更。代わりに、「釜石の震災」に重点を置く形にし、市の伝承施設「いのちをつなぐ未来館」の見学を組み込んだ。
 
基礎研修で配付されたテキスト

基礎研修で配付されたテキスト

 
メモを取りながら熱心に耳を傾ける参加者

メモを取りながら熱心に耳を傾ける参加者

 
 座学の講師は、岩手大学地域防災研究センターの山本英和准教授(地域防災工学)、小笠原敏記教授(海岸工学)、福留邦洋教授(都市防災・都市計画・復興まちづくり)の3人。合わせると90分ほどの講義は駆け足で進んだ印象。振り返りが必要だ。
 
講師を務めた岩手大学地域防災研究センターの教授ら

講師を務めた岩手大学地域防災研究センターの教授ら

 
 講師陣に共通する指摘は「災害は繰り返し発生し、どこにいても災禍に見舞われる可能性があること」。近年はさまざまな自然災害が各地で多発。講義で示された防災科学技術研究所「地震ハザードステーション」によると、今後30年間に岩手県沿岸地域が大きな揺れに見舞われる確率は約3%だという。が、空き巣や火災、ひったくり被害に遭うのと同程度の確率と聞けば、「低くない。あるかも」と感じた。
 
 「いつかはくる」と予想できても、「予知はできない」と講師ら。だからこそ、「備えを」と繰り返した。過去の災害の経験を後世に伝え、次の災害に備えることは大切である―。記憶の橋渡し、伝承者に期待される役割だと背筋が伸びる気がした。
 
いのちをつなぐ未来館を見学する参加者

いのちをつなぐ未来館を見学する参加者

 
語り部の川崎杏樹さん。経験を織り交ぜ教訓を伝える

語り部の川崎杏樹さん。経験を織り交ぜ教訓を伝える

 
 未来館を案内したのは、施設職員で語り部の川崎杏樹(あき)さん(27)。当時の小中学生が命を守り抜くことができた背景にある実践的な防災教育を紹介し、「この教訓を私たちと同じように発信してほしい」と望んだ。
 
 一方、避難した大勢が亡くなった鵜住居地区防災センターの事実を伝えるコーナーで強調したのは「避難場所」(災害から身を守るため一時的に逃げ込む先)と「避難所」(避難者が一定期間滞在し生活環境を確保できる場所)の違い。「2つの言葉の違いを覚えておく。こういう最低限の知識を身に付けていればいいと思う。小さい防災力が集まれば、大きな防災力になる」と訴えた。
 
研修を終えた参加者に伝承者証が手渡された

研修を終えた参加者に伝承者証が手渡された

 
 こうして研修は無事終了。12人に伝承者証と名札が交付された。これで認定者は71人に。震災の津波で祖父母を亡くした菊池音乃(のんの)さん(釜石高2年)は「当時は何もできなかったけど、これからは語り継ぐことで、災害で悲しむ人を少しでも減らしたい」と意欲を見せた。一緒に伝承者となった妹の音羽さん(甲子中1年)は地域を知る大切さを感じた様子だった。
 
伝承者証を手にする菊池音乃さん(左)と音羽さん姉妹

伝承者証を手にする菊池音乃さん(左)と音羽さん姉妹

 
 国土交通省東北地方整備局職員の沼﨑健(たける)さん(27)は、当時釜石東中2年生。独自に語り部として活動していたが、「独りよがりにならないよう共通認識を」と、古里が勤務地になったのを機に研修を受けた。高校入学時に地域を離れたこともあり、「その間の動きに触れることができ、有意義だった」と感想。同級生の川崎さんが熱心に伝える姿に刺激を受け、そして仲間も得て「語り続ける」気持ちを強めた。
 
 市震災検証室の正木浩二室長は「震災の体験、聞いたこと、学んだこと、防災市民憲章の理念を身近なところで、大切な人に、機会があるごとに語り継いでほしい」と求める。震災から時がたつこともあってか、研修への参加希望者は減少。それでも「未来の命を守るためにも伝え続けなければいけない」と、研修の内容など模索を続ける。
 
伝承者に仲間入りした12人と講師陣

伝承者に仲間入りした12人と講師陣

 
 「覚えてほしい」。講師や語り部たちが時折こぼした言葉。それを誰かに話す―それも伝承になるのではないか。体験者ではなくても、教訓を受け継ぎ、伝えることはできる。その行動が災害に備え、防災意識を高めることにつながるはず。あの日、津波にのまれるまちを「何だろう」とただ眺めていた…気がする。記者となったのは震災後。「自分の記憶も振り返ってみよう」。研修を終え、そんな気持ちになった。その気づきを生かし、まちの動き、市民の思いを伝え続けられるように。

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広報かまいし2024年2月1日号(No.1825)

広報かまいし2024年2月1日号(No.1825)
 

広報かまいし2024年2月1日号(No.1825)

広報かまいし2024年2月1日号(No.1825)

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【P1】
第13回全国虎舞フェスティバル

【P2-3】
令和6年能登半島地震への支援
釜石市地震・津波避難訓練 他

【P4-5】
物価高騰対策給付金
灯油等購入費の一部を助成します 他

【P6-7】
まちのお知らせ

【P8】
イベント案内 他

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 広聴広報課 広聴広報係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8419 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2024020100012/
釜石市

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釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
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井上マスさん(作家井上ひさしさん母)のミュージカル2年ぶりに 昭和の釜石の活気 舞台で再び

パートⅡとして約2年ぶりに上演されたミュージカル「人生はガタゴト列車に乗って」=市民ホールTETTO

パートⅡとして約2年ぶりに上演されたミュージカル「人生はガタゴト列車に乗って」=市民ホールTETTO

 
 作家井上ひさしさん(故人)の母マスさん(1907-91、神奈川県出身)の激動の半生を描いたミュージカル「人生はガタゴト列車に乗って」が21日、親子ゆかりの釜石市で上演された。同市のNPO法人ガバチョ・プロジェクト(山﨑眞行理事長)が主催。2021年10月の初演に次ぐ舞台は新たな顔ぶれも加わり、より音楽色の濃いものに。市内外から約400人が鑑賞し、マスさんの人生をたどるとともに昭和の釜石繁栄の時代を懐かしんだ。
 
 同ミュージカルは、井上マスさんが76歳の時に執筆した同名の自叙伝(1983年刊行)を基にした作品。井上ファミリーの記念館建設を目指す同NPOの山﨑理事長(73)が自ら脚本を書き、劇中歌も手掛けた。震災10年を機に「芸術で釜石を元気に。自分たちの力でできることを」と取り組んだ。
 
 マスさんは若くして夫を亡くし、女手一つで3人の息子を育て上げた。家族の生活を支えるため、薬店や美容室、土建業の経営などさまざまな仕事に従事。事業の失敗、息子たちとの別れなど数々の困難を乗り越えながら、最終的にたどり着いた釜石で焼き鳥屋台を繁盛させ、飲食業での成功を遂げた。釜石は製鉄や漁業で栄え、最も隆盛を極めた時代。
 
釜石へ働きに行くため三男修佑と別れるマス(写真左)。偶然出会った工員が「鉄のまち釜石」について教えてくれた(同右)

釜石へ働きに行くため三男修佑と別れるマス(写真左)。偶然出会った工員が「鉄のまち釜石」について教えてくれた(同右)

 
最初に働いた飲食店では、まちの景気を反映し金払いのいい客が…

最初に働いた飲食店では、まちの景気を反映し金払いのいい客が…

 
 パートⅡとした今回の公演は、子どもから大人まで16人が登場人物を演じた。オーケストラは同市出身の指揮者瓦田尚さんが主宰するムジカ・プロムナード(東京)、釜石市民吹奏楽団員ら地元演奏家計19人で結成。コーラス、舞踊、ダンスで、市内の活動グループから42人が協力した。
 
劇中歌は市内3つのコーラスグループが歌声を響かせた

劇中歌は市内3つのコーラスグループが歌声を響かせた

 
ダンスホールのにぎわいは市内の社交ダンス愛好者が再現

ダンスホールのにぎわいは市内の社交ダンス愛好者が再現

 
女形舞踊で人気の尚玉泉さんも舞台を盛り上げた(写真右)。観客も大喜び(同左)

女形舞踊で人気の尚玉泉さんも舞台を盛り上げた(写真右)。観客も大喜び(同左)

 
 来場者は演劇と音楽で繰り広げられる舞台を存分に楽しみ、たくさんの笑顔を広げた。花巻市から訪れた70代女性は「マスさんの本も読んだ。こういう形でミュージカルってできるんだなあと思って」と感心。市民手作りの舞台に「ほのぼのとしていい。特に小さい子どもたちがかわいくてね」と目を細めた。釜石市の米澤英敏さん(81)は「昔の釜石を思い出すよう。30代のころ、仲間とマスさんの店(バー)にも行ったことがある。活気があり、にぎやかだった時代が劇と音楽で再現され、とても楽しめた。懐かしさでいっぱい」と声を弾ませた。
 
劇中歌「夢の街かまいし」を歌とセリフで…。子どもも大人も心を躍らせる

劇中歌「夢の街かまいし」を歌とセリフで…。子どもも大人も心を躍らせる

 
当時のまちの活気をほうふつとさせる満面の笑顔も!

当時のまちの活気をほうふつとさせる満面の笑顔も!

 
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次男ひさし役(成年)は前回に続き柳谷雄介さんが演じた。歌(写真右上)では美声を響かせ、母マスや女衆との掛け合いも…

 
 舞台には夫婦、親子、兄弟での出演も。次男ひさし(子役)を演じた近藤橘平君(6、小佐野小1年)は、オーケストラにバイオリンで参加した兄一葵君(8、同3年)と兄弟初共演。前回公演では一葵君が同役を演じたが、「今回はオケで」と希望した兄に代わり、弟橘平君が同役に手を挙げた。ひさしの歌(作詞・曲:山﨑眞行)で独唱も披露した橘平君は「最初はドキドキしたけど、一歩ずつ自分なりに頑張ってみたら、ちゃんとできた」。難しかった音程も克服し、「出来栄えは500万99点!?」と胸を張った。
 
「ひさしの歌」を元気いっぱいに歌う近藤橘平君(写真左)。兄一葵君はバイオリンでオーケストラに参加(同右)

「ひさしの歌」を元気いっぱいに歌う近藤橘平君(写真左)。兄一葵君はバイオリンでオーケストラに参加(同右)

 
 4歳からバイオリンを習う一葵君は、今回のオケメンバー最年少で唯一の小学生。「みんなで演奏をつくるのを目標に練習を重ねてきた。『頑張れた』とは言えるけど、もう少し上手に弾けると思う」と向上心満々。ミュージカルは「協力して歌ったり演奏したりするのが楽しい」という。弟橘平君もバイオリンを習っており、兄弟に「次は?」と聞くと「オケで(参加したい)」と口をそろえた。
 
公演を終え、はじける笑顔を見せる(右から)近藤一葵君、橘平君兄弟

公演を終え、はじける笑顔を見せる(右から)近藤一葵君、橘平君兄弟

 
 主人公マス役を演じたのは、東京を拠点に活動するオペラ歌手あすみ和希さん。イタリアオペラで役を演じることが多く、今回は和服での足さばきに苦労したという。母親役も初めてで、「3児の母に見えるよう貫禄を出すのが難しかった」と新たな挑戦を振り返る。マスさんを知る人からも話を聞き、役作り。「マスさんは心(しん)が強く、とても明るい方。本番で私なりのマス像が出来上がった」と明かした。初めての釜石市民との共演も喜び、「エネルギーをもらい支えられた。被災されたが、皆さん本当に強い」と称賛した。
 
マス役を演じたオペラ歌手あすみ和希さん(右)。釜石とつながった縁を喜ぶ

マス役を演じたオペラ歌手あすみ和希さん(右)。釜石とつながった縁を喜ぶ

 
ミュージカルの前には、あすみさんとムジカ・プロムナードのステージも

ミュージカルの前には、あすみさんとムジカ・プロムナードのステージも

 
 今回の公演ではミュージカルに先立ち、主演のあすみさんとムジカ・プロムナードによる歌と演奏のステージもあった。あすみさんは宮澤賢治の「星めぐりの歌」、ジャコモ・プッチーニの「私の愛しいお父さん」など4曲を歌った。ムジカもオケ単体で2曲を披露した。
 
ラストは井上ひさしさんの代表作の一つ「ひょっこりひょうたん島」の歌でお別れ

ラストは井上ひさしさんの代表作の一つ「ひょっこりひょうたん島」の歌でお別れ

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東日本大震災追悼、防災啓発 市民手作り竹灯籠 今年も根浜避難階段に 2/11~点灯へ準備着々

竹灯籠づくりを行った体験会の参加者=20日、根浜シーサイド・レストハウス

竹灯籠づくりを行った体験会の参加者=20日、根浜シーサイド・レストハウス

 
 東北太平洋沿岸に甚大な津波被害をもたらした「東日本大震災」から間もなく13年-。被災した釜石市鵜住居町根浜地区では、犠牲者を追悼する竹灯籠の製作が始まっている。2021年に完成した地区内の津波避難階段に設置するもので、3年目の取り組み。今年は、今月1日に発生した能登半島地震の犠牲者鎮魂、早期復興への祈りも込める。20、27の両日は一般向けの製作体験会が開かれた。市民の思いが詰まった竹灯籠は2月11日から点灯を開始する。
 
 市が整備した観光施設「根浜シーサイド」の指定管理者かまいしDMC(河東英宜代表取締役)が、震災犠牲者の追悼、避難意識の啓発などを目的に実施する。同施設内のキャンプ場と高台の市道箱崎半島線をつなぐ避難階段(111段)に竹灯籠55本を設置予定。同地区を訪れる人に階段の場所を知ってもらうのにも役立てる。
 
キャンプ場から高台の市道に上がれる津波避難階段(左)。昨年の竹灯籠の点灯(右)

キャンプ場から高台の市道に上がれる津波避難階段(左)。昨年の竹灯籠の点灯(右)

 
 20日、レストハウスで行われた午前の体験会には、市内の家族連れのほかJICA海外協力隊の派遣前訓練で同市に滞在中の隊員計13人が参加した。根浜の間伐竹材を長さ1メートル弱に切り分けたものに、明かりが漏れるよう穴を開ける作業を行った。参加者は模様が描かれた型紙を竹に貼り、電動ドリルで大小の穴を開けた。
 
竹灯籠づくりに挑戦する参加者。電動ドリルを使って作業

竹灯籠づくりに挑戦する参加者。電動ドリルを使って作業

 
模様が描かれた型紙を竹に貼り、ドリルの刃を替えながら大小の穴を開けた

模様が描かれた型紙を竹に貼り、ドリルの刃を替えながら大小の穴を開けた

 
 栗林町の竹山凜乙ちゃん(4)は「かわいい模様になった。出来栄えは100点。海の近くの階段に飾る」とにっこり。13年前に被災した凜乙ちゃんの母親(34)は震災後に生まれた2人の子どもに日ごろから防災の話をしており、「(関連行事への参加で)津波の怖さ、人は(誰かに)助けられて生きていることを感じてもらえれば。他で起きている災害も決して人ごととは思ってほしくない」と話した。
 
 昨年3月から震災伝承活動を始めた同市最年少語り部の佐々木智桜さん(9、鵜住居町)は2回目の参加。同避難階段について「ここが道しるべ。(高台の)避難場所に続く道ということを知ってほしい」と願う。自身は“伝える”ことの大切さを実感。「大人になったら防災士の資格を取る。英語で伝えられるように英会話の勉強も始めた」と明かした。
 
同市最年少語り部の佐々木智桜さん(右)も熱心に作業

同市最年少語り部の佐々木智桜さん(右)も熱心に作業

 
完成した竹灯籠に明かりを入れると美しい模様が浮かび上がった。母智恵さん(右)と笑顔を見せる智桜さん

完成した竹灯籠に明かりを入れると美しい模様が浮かび上がった。母智恵さん(右)と笑顔を見せる智桜さん

 
 かまいしDMCで11日から研修を始めたJICA海外協力隊の川口泰広さん(61、山口県出身)は、地域住民から話を聞くなど同震災について勉強中。「学校の命を守る教育、住民の合意形成による地域復興など釜石ならではの取り組みに感心する」。8月から派遣されるラオスでは、これまでの知見を生かし、飲料水の水質改善に携わる予定。「東南アジアも津波被害がある地域。釜石での学びを何らかの形で生かせれば」と願い、今回のような地域貢献活動の経験も糧とする。
 
 竹灯籠は2月11日午後5時に点灯式を行った後、3月まで土日祝日に明かりをともす予定(3月11日も)。竹の中のLED電球は、廃食油を精製したバイオディーゼル燃料による発電で点灯する。同DMC地域創生事業部の佐藤奏子さんは3年目の活動に「追悼の気持ちを共にしながら、震災の記憶をつないでいく機会となっている。各地で災害が多発しており、有事の際はすぐ逃げられるような意識づくりが必要。今年は能登半島地震被災地への思いも皆さんで同じくしたい」と話す。
 
竹灯籠は2月11日から点灯開始。3月まで土日祝日の午後5時~同7時点灯。震災命日の3月11日(月)も同様

竹灯籠は2月11日から点灯開始。3月まで土日祝日の午後5時~同7時点灯。震災命日の3月11日(月)も同様

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夢詰まった贈り物“大谷グローブ”釜石にも届く 栗林小児童、やる気スイッチ刺激される

大谷翔平選手から贈られたグローブを喜ぶ栗林小児童

大谷翔平選手から贈られたグローブを喜ぶ栗林小児童

 
 「野球しようぜ!」。話題のグローブが釜石市内にも届いた。同じ岩手県出身、投打「二刀流」で活躍する憧れのメジャーリーガー、大谷翔平選手(奥州市出身)からの“すてきでかっこいい贈り物”に子どもたちは、にこにこ顔。栗林町の栗林小(八木澤江利子校長、児童32人)では23日に贈呈式を行い、キャッチボールで使い始めをした。
 
 大谷選手は2023年、子どもたちに野球に興味を持ってもらおうと、全国の小学校約2万校に計約6万個のジュニア用グローブを贈ることを発表。釜石では同年12月25日に市教育委員会に届けられた。すぐに全9小学校に引き渡したが、冬休み期間中だったため、3学期の始業式に合わせ各校で披露された。
 
大谷選手が小学校に贈ったグローブやメッセージ

大谷選手が小学校に贈ったグローブやメッセージ

 
 栗林小でも始業式(1月17日)で紹介した。大谷選手のメッセージを伝え、職員室前の廊下にグローブを展示すると、児童は「わー」と駆け寄って触ったり、はめてみたりと大喜び。「話題の青だね」とドジャースへの移籍を意識した言葉もあったという。
 
 贈呈式で、「大谷選手はなぜ、このグローブを贈ったか」と児童に問いかけた八木澤校長。添えられたメッセージを引用し、「野球を楽しんでほしいという願いはもちろん、これからを生きる皆さんに夢を与え、勇気づけるためのシンボルになることを望んでいるから。そして、野球こそが大谷さんに充実した人生を送る機会を与えてくれたものだから」と伝えた。グローブを手にするたびに夢について考えたり、何かを頑張ろうという思いを持つことを期待している、と贈り主の気持ちを推察。「すてきでかっこいいグローブを大事に、みんなで楽しみながら使っていきましょう」と呼びかけた。
 
八木澤江利子校長(左上の写真)が児童会長にグローブを手渡した

八木澤江利子校長(左上の写真)が児童会長にグローブを手渡した

 
 「やるぞー!」。5年の藤原大叶(ひろと)君と小林彩恋(あこ)さんが“始球式”ならぬ“使い始めキャッチボール”を行い、ほかの児童は「おぉ~」と歓声を上げながら見つめた。小林さんは「なんか軽い。使いやすかった」と感想。児童会長の小笠原実紅(みく)さんは、贈ってくれた大谷選手への感謝を口にした。
 
使い始めのキャッチボールを見守る栗林小の児童

使い始めのキャッチボールを見守る栗林小の児童

 
憧れの人からの贈り物に笑顔を見せる野球少年

憧れの人からの贈り物に笑顔を見せる野球少年

 
 贈られた“大谷グローブ”は、それぞれ大きさの違う右利き用2個と左利き用1個の計3個。いずれも小指の内側の部分に大谷選手のサインが刻まれている。野球に打ち込む藤原君は、憧れの人からの贈り物に感激。「大谷翔平さんみたいに夢をどんどんかなえていきたい」と“やる気スイッチ”を入れた。
 
大谷選手が送るメッセージ「野球しようぜ!」

大谷選手が送るメッセージ「野球しようぜ!」

 
 同校ではグローブに触れたことがない児童もいて、体育の授業で活用して慣れてもらうことからスタート。ボールを真っすぐに投げたり、キャッチできるようになったら、学年ごとに使う順番を決めて、休み時間などでも楽しむことにしている。

第13回全国虎舞フェスティバル

第13回全国虎舞フェスティバル

 

今年も全国虎舞フェスティバルを開催します。虎舞フェスティバルは県外からも虎舞団体が参加する虎舞の祭典です。
今年は、市内9団体(こども虎舞含む)、市外1団体、県外1団体の11団体が参加します。皆様のご来場をお待ちしております。

日時

2024年2月25日(日)
開場9:30 開演10:00 終演14:00(予定)

場所

釜石市民ホールTETTO

入場料

無料

虎舞体験会

時間:フェスティバル終了後
内容:虎舞の踊り方や太鼓さばき体験など
料金:1人1,000円
チラシはこちら

 

<舞体験会お申込み・問い合わせ先>
釜石観光総合案内所
電話 0193-22-5835
受付時間 9:00~18:00

かまいし宿泊キャンペーン

「第13回全国虎舞フェスティバル」に併せ「かまいし宿泊キャンペーン」を実施します。
釜石市外からお泊まりで虎舞フェスティバルを観覧に来られる方は1人1泊あたり2,000円の助成と、虎舞体験会が半額で体験出来ます。
各施設定員に達し次第終了となりますので、詳しくは こちらのページ をご確認ください。

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(一社)釜石観光物産協会

釜石市内の観光情報やイベント情報をお届けします。

公式サイト / TEL 0193-27-8172 / 〒026-0031 釜石市鈴子町22-1 シープラザ釜石

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「助けたい…」能登半島地震被災者思い、釜石で募金活動 13年前の経験重ね、突き動かされる市民

イオンタウン釜石で行われた「能登半島地震災害義援金」募金活動=8日

イオンタウン釜石で行われた「能登半島地震災害義援金」募金活動=8日

 
 1日夕に発生した能登半島地震は日を追うにつれ、甚大な被害が明らかになっている。2011年に東日本大震災を経験した釜石市では、当時の記憶を重ねる市民らが被災者の心情を思い、支援活動に乗り出している。釜石市赤十字奉仕団(中川カヨ子団長、15人)は7日から市内で募金活動を開始。「少しでも力になりたい」と、息の長い活動に取り組む構えだ。
 
 同団は7日、「はたちのつどい」が行われた市民ホールTETTO(大町)で、8日は市内最大の商業施設・イオンタウン釜石(港町)で、被災地支援の募金を呼び掛けた。7日は団員10人で活動。8日は東日本大震災の伝承、防災啓発に取り組む釜石高生徒のグループ「夢団~未来へつなげるONE TEAM~」、釜石市社会福祉協議会も協力し、15人で活動した。団員らの呼び掛けに施設利用者や買い物客が応え、「何らかの助けになれば」と義援金を投じた。
 
釜石市赤十字奉仕団と釜石高の生徒らが募金を呼び掛けた

釜石市赤十字奉仕団と釜石高の生徒らが募金を呼び掛けた

 
ためていた硬貨を箱ごと手渡す人も…

ためていた硬貨を箱ごと手渡す人も…

 
呼び掛けに応え、多くの人たちが募金に協力した

呼び掛けに応え、多くの人たちが募金に協力した

 
 夢団のメンバーとして活動する釜石高1年の政屋璃緒さん(16)は、連日の報道で被災地の惨状を目の当たりにし、「少しでも何かお手伝いになれたら」と募金活動に参加。赤十字奉仕団の団員と一緒に「ご協力お願いします」と声をあげた。13年前の東日本大震災では居住する宮古市田老地区も大きな被害を受けた。能登半島地震の被災者に「今は大変だけど、助けてくれる人たちが必ずいる。周りを頼って何とか頑張ってほしい」と寄り添った。
 
夢団で活動する政屋璃緒さん(左)。昨年、東日本大震災の経験を伝える語り部としてもデビュー

夢団で活動する政屋璃緒さん(左)。昨年、東日本大震災の経験を伝える語り部としてもデビュー

 
 「一夜明けたら本当に居たたまれなくて…」。建物の倒壊、火災、道路の寸断…。壊滅的な被害状況が明らかになるにつれ、心を痛めてきた同奉仕団の中川団長(76)。13年前の大震災では、夫婦で営んでいた飲食店から避難する途中、津波にのまれた。商店街のアーケード上に引き上げられ、何とか命をつないだものの、一緒に逃げていた夫は帰らぬ人となった。被災の苦しみ、悲しみを知るだけに、今回の地震、津波災害でも「何かしなければ」という強い思いに突き動かされた。他の団員も「すぐにでも活動したい」と同じ思いだった。
 
 「今すぐ駆け付けたい気持ちだが、現地は混乱している。自分たちができる場所で、できることを」と義援金を募る活動に着手した。中川団長は「私たちもたくさんの支援を受け、ここまでくることができた。復旧復興、被災者の生活再建には時間がかかる。今後も募金を継続し、息の長い支援活動をしていきたい」と意を強くする。
 
 2日間の活動で寄せられた義援金は41万7659円。日本赤十字社を通じて、被災地の人たちの生活支援に役立ててもらう。

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釜石市の震災記録誌「撓まず屈せず」完成 復興の過程、教訓「未来の指針に」

復興の道のりをまとめた釜石市震災誌「撓まず屈せず」

復興の道のりをまとめた釜石市震災誌「撓まず屈せず」

 
 釜石市は、東日本大震災を後世に伝える震災誌「撓(たわ)まず屈せず」を発刊した。野田武則市長、編さん委員会委員長の齋藤徳美岩手大名誉教授(地域防災学)が10日、市役所で完成を報告。被害状況、復旧・復興の施策や事業、課題をまとめた震災誌を手に、「未来の子どもたちへのメッセージであり、これから災禍に遭うかもしれない地域への教訓。災害の備え、応急・復旧対応の指針として大いに生かしてほしい」と望む。
 
 震災誌はA4判カラーで332ページ。▽いのちをつなぐ▽まちづくり▽くらし▽なりわい▽安心と安全―などの9部構成で、発災当日からの市民らの行動や復旧・復興の過程を記す。さらに、「災害対策本部の初動対応」「復興まちづくり基本計画の策定」「心のケア」といった61の項目ごとに事実、市に求められた役割、具体的な活動と結果、教訓を記述。有識者のメッセージやトピックス、市民の声も盛り込み、より理解が深まるよう工夫した。
 
市民の証言も教訓として添えられている

市民の証言も教訓として添えられている

 
 編さん委員会は2021年11月に発足し、市の震災検証に関わった大学教授や被災地域の住民、発災時から対応にあたってきた元市職員らで構成。市の庁内検証委員会が年度ごとにまとめてきた記録誌を基にまとめ、22年度内の完成を目指していた。発災から復旧、復興の歩みを体系的に記録し、得られた教訓を今後に生かしてもらうべく内容を精査。会合での協議、各種作業に時間を要し発刊時期が遅れていたが、今年10月にようやく完成した。
 
 第9部「未来のいのちを守るために」には、市内で1000人を超える犠牲者を出した検証、震災前から続く小中学校の防災教育の結果・検証などを記載。「災禍を繰り返さないために検証が不可欠。減災と復興の在り方に議論を続けて進化を」と教訓を示す。野田市長は「事実関係に加え、教訓もしっかり精査されている。ただ、教訓に関してはまだまだ議論の余地がある。読んだ人が考え、得られるものをつけ足していってもらいたい」と委ねる。
 
完成を報告する野田市長(右)と齋藤委員長

完成を報告する野田市長(右)と齋藤委員長

 
 「12年という一つの区切りにまとめができたのは非常に価値があった」と齋藤委員長。「自然災害は必ず発生する。災禍を繰り返さないためには、とにかく逃げる」と訴え続ける。震災では避難という基本に対する認識に個人差があったのか、大きな被害につながったとも指摘。「普段から、非常時の体制づくりを」と求める。そして、この震災誌に願いを込める。「未来への指針としてほしい」。巻末資料に索引がついており、市民の振り返りだけでなく、他市町村も参考にしやすい形を取り入れた。
 
 300部を発行し、市内の学校や図書館、国や岩手県の関係機関、復興応援を受けた自治体などに配布する。市役所(震災検証室)や市の出先機関(釜石地区を除いた生活応援センター)で販売(1部2000円、税込み)も。市ホームページでも無料で公開する。