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誰もが安心して暮らせるまちへ 釜石市社会福祉大会で誓い新た 子どもらも関心高く

幼児福祉絵画コンクール入賞作品の前で記念撮影する親子ら=釜石市社会福祉大会

幼児福祉絵画コンクール入賞作品の前で記念撮影する親子ら=釜石市社会福祉大会

 
 第45回釜石市社会福祉大会は11月21日、釜石市大町の市民ホールTETTOで開かれた。市社会福祉協議会、市共同募金委員会、市民生児童委員協議会が主催した。福祉功労者と小中高生の福祉作文コンクール、幼児の福祉絵画コンクールの入賞者計29人を表彰。生活課題解決への取り組みを進め、「地域共生社会」の実現を目指す大会宣言を採択し、住民同士の支え合いによる住みよいまちづくりへ誓いを新たにした。
 
 関係者約80人が参加。東野武美大会長(市社会福祉協議会会長)は4月に施行された孤独・孤立対策推進法に触れ、「コロナ禍で孤立、孤独の問題が一層顕在化した。今後、単身(高齢)世帯の増加が見込まれ、問題の深刻化が懸念される。住民が自ら望む地域で生きがいや希望を持ち、安心して生活できるよう重層的支援に努める」と話した。
 
 社会福祉事業功労者として介護職員や福祉施設職員、民生委員児童委員ら14人、共同募金運動功労者として行政連絡員1人を表彰。小佐野地区で民生委員児童委員を務めてきた佐藤國治さんが受賞者を代表し、東野大会長から表彰状を受け取り、謝辞を述べた。
 
社会福祉事業、共同募金運動功労者として15人を表彰。代表して民生委員児童委員の佐藤國治さん(写真左上)が表彰状を受け取り謝辞を述べた<

社会福祉事業、共同募金運動功労者として15人を表彰。代表して民生委員児童委員の佐藤國治さん(写真左上)が表彰状を受け取り謝辞を述べた

 
 同大会の取り組みとして長年続けられる「福祉作文コンクール」には本年度、小中高6校から39点が寄せられた。釜石中1年の菊池すずさんの作品「すべての人の幸せに向けて」が最優秀賞を受賞。他に優秀賞2点、佳作4点が選ばれた。表彰後、菊池さんが作文を朗読した。
 
 菊池さんは小学生の時に知的障害児をからかう上級生を止められなかった経験から、福祉への関心が芽生えた。自分にできることを探そうと、障害者が働く福祉作業所を見学。理解を深めたことで、将来、当事者の役に立ちたいと思うようになったといい、自らの福祉に対する考えを作文につづった。発表後、菊池さんは「障害への偏見はまだまだある。多くの人が福祉について知り、興味を持つことでそうしたものもなくなっていくと思う」と話し、「すべての人が幸せに生活できるように行動する」という福祉の理念の広がりに期待した。
 
福祉作文コンクールの入賞者(写真左) 最優秀賞の釜石中1年菊池すずさんが受賞作品を朗読した(同右)

福祉作文コンクールの入賞者(写真左) 最優秀賞の釜石中1年菊池すずさんが受賞作品を朗読した(同右)

 
 年長児を対象とした福祉絵画コンクールには11施設から148点の応募があった。「ぼくの、わたしのだいすきなひと」をテーマにした作品は、家族や友だちの姿が伸び伸びと表情豊かに描かれる。金賞は正福寺幼稚園の琴畑成太君の作品「だいすきなおともだちとおにごっこ」が受賞した。他に銀賞2点、銅賞4点が選ばれ、入賞者全員に大会で記念品が贈られた。福祉絵画の全応募作品と福祉作文の入賞作品は12月15日から18日まで市民ホールTETTOギャラリーで展示される予定。
 
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絵画コンクールでは琴畑成太君(正福寺幼稚園)の作品が金賞を受賞(写真左)

 
絵画コンクールで入賞した子どもと保護者ら

絵画コンクールで入賞した子どもと保護者ら

 
 最後は地域の現状を踏まえた大会宣言を採択。▽住み慣れた地域で生活ができるよう、互いを思いやり支え合うコミュニティーづくり▽防災意識を高め、震災を風化させることなく被災者を支援。住民同士がつながり支え合う地域づくり▽高齢者の生きがいと健康づくり。障害者が安心して社会参加できるまちづくり▽福祉教育の推進と児童健全育成に向けた取り組み▽福祉人材の確保、福祉サービスの質の向上―に努めることを確認した。
 
 大会運営にあたった市社協の佐々木理香さんは「子どもたちが福祉に対しての考えを持ち続けて成長していけば、釜石の未来も明るいものになっていくと思う。どんな人でもつらい時はある。その時に明るく乗り越えられる底力みたいなものも育まれれば」と願った。
 
第45回釜石市社会福祉大会の出席者ら

第45回釜石市社会福祉大会の出席者ら

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12月1日は「鉄の記念日」 近代製鉄発祥の地・釜石で企画展多彩に 関連3施設無料公開も

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鉄の歴史館で開かれている企画展「1894 転機 ―日本近代製鉄の新たなステージ―」

 
 12月1日は鉄の記念日―。1857(安政4)年、大島高任が釜石・大橋に建設した洋式高炉で国内初の鉄の連続出銑に成功した日だ。“鉄のまち”の歴史を物語る数々の遺産を有する釜石市では、関連施設で各種企画展を開催中。鉄の歴史館(大平町)、釜石鉱山展示室Teson(甲子町大橋)、同市郷土資料館(鈴子町)は11月30日、12月1日の両日、無料で見学できる。普段は公開していない貴重なお宝にも出会えるチャンス。22日から始まった2つの企画展を紹介する。
 
 鉄の歴史館では「1894 転機 ―日本近代製鉄の新たなステージ―」と題した企画展を開催している。日本の近代化を確固たるものとした製鉄産業の転換点1894(明治27)年にスポットを当てた展示。同年は、大橋での成功を受け翌58年から稼働していた橋野鉄鉱山(青ノ木)が終焉(しゅうえん)を迎え、一帯の採掘権を得た釜石鉱山田中製鉄所が栗橋分工場(沢桧川東岸)で操業を開始した年。青ノ木周辺で燃料の木炭原木が不足、沢桧川上流に有力な鉄鉱山があり、製品を海岸部まで運搬する距離的負担が軽減されることで同地を選んだとされる。
 
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橋野町沢桧川沿いで操業した釜石鉱山田中製鉄所栗橋分工場の説明パネル

 
 栗橋分工場の高炉には品質が向上した釜石産の耐火れんがが使われたことで、長期間の連続操業が可能となり、高炉1基で稼働(青ノ木では3基を改修しながら操業)。田中製鉄所は製品運搬のため、橋野-鵜住居間の道路も新設した。峠道の険しさが解消され、途中から導入したトラック輸送の安全、時間短縮にもつながった。企画展では解説パネルのほか、鉄鉱石を運んだ馬車鉄道の軌道が描かれた工場周辺の図面、建設道路のルート図、生産された銑鉄、新旧の耐火れんがなどを見ることができる。
 
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栗橋分工場の設備配置図。二股、高前、細越の採鉱場で鉄鉱石をとりトロッコで工場まで運んだ

 
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写真下:栗橋分工場で生産された木炭銑。長さ約1メートル、重量約60キロ。両石の港から積み出された

 
 もう一つの“1894”は、廃業した鈴子の官営製鉄所の払い下げを受けた田中製鉄所(1887年創業)が、改修した大型の30トン高炉で操業に成功したこと。燃料を木炭からコークスにかえ、出銑量が飛躍的に増加した。官営時代にもコークス窯(ビーハイブ式)を建造し、精製した燃料で出銑を試みたことがあったが、質が悪く操業停止に追い込まれている。田中時代のコークス窯(コペー式)は2018(平成30)年の発掘調査で、下部の煙道部と考えられるれんが構造物が見つかっている。使用れんがは品川白煉瓦(東京)の製品。
 
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コペー式窯で作ったコークスを燃料に稼働した鈴子の製鉄所

 
 コークス燃料の高炉の成功は日本初で、初出銑の鉄で作られた釜石製鉄所山神社(桜木町)の鳥居の扁額は市指定文化財となっている。国立科学博物館(東京)は11(平成23)年に同扁額を、21(令和3)年にコークス窯を未来に残したい遺産として登録した。企画展では、田中製鉄所創業者の田中長兵衛が払い下げ時に国産への強い意志をつづった文書、明治30年代前半の鈴子構内の見取り図、コークスでの高炉操業成功の立役者の一人香村小録の日記のコピーなどを展示。コークス導入に関与した人物の相関図、コークス転換の有用性などを解説したパネルもある。これらの功績は新たに加えられた常設展示でも見ることができる。
 
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人物にスポットを当てた展示も興味深い

 
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未来遺産になったコークス窯について解説する新たな常設展示も始まった

 
 同市世界遺産室の森一欽室長は「コークス採用で大量生産に成功した歴史がなければ、日本の産業発展はあり得なかった。近代製鉄発祥の1857年だけでなく、第2のギアがかかる1894年という転機についても知っておいてほしい。普段は見られない原図面なども公開しているのでぜひ来館を」と呼び掛ける。
 
 同館では他に無料公開の2日間限定で、県の文化財指定から50周年となる幕末の高炉操業を描いた絵巻「紙本両鉄鉱山御山内並高炉之図(しほんりょうてっこうざんおやまうちならびにこうろのず)」(1974年指定)を公開する。文久年間(1860年代前半)に盛岡藩のお抱え絵師が描いたとされるもので、大橋、橋野両鉄鉱山の全体図や高炉などの「設備編」、鉄鉱石の採掘から運搬、高炉の操業、出荷までの工程が描かれた「作業編」の2巻から成る。
 
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11月30日、12月1日限定で公開される高炉絵巻。年に1回の見学チャンス

 

釜石鉱山展示室Tesonは「鉱山(やま)の鉄道」展 鉱石運ぶ鉄路にスポット

 
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釜石鉱山展示室Tesonで開催中の企画展「鉱山(やま)の鉄道」

 
 釜石鉱山展示室Teson(旧釜石鉱山事務所)では、「鉱山(やま)の鉄道」と題した企画展を開催している。採掘場から鉱石を運び出し、製鉄所に供給するための重要な輸送手段であった鉄道にスポットを当てる。
 
 明治政府は鈴子に建設した官営製鉄所に鉄鉱石を運ぶため、1880(明治13)年、大橋採鉱所から鈴子、釜石港に至る釜石鉄道を敷設。小川製炭所からの支線と合わせ26.3キロの鉄道は、国内3番目の運行開始で知られる。官営廃止後は釜石鉱山田中製鉄所が馬車鉄道を新設。鉱石のほか物資輸送、客馬車運行も行った。1910(明治43)年には「釜石鉱山専用汽車軽便鉄道」が開通。機関車が走り旅客、貨物も扱った。市民に“社線”として親しまれた鉄道は1965(昭和40)年まで運行した。
 
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社線を走ったさまざまな機関車。左のC1 20形機関車は廃線まで活躍。現在、鉄の歴史館の駐車場内に展示される

 
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1953(昭和28)年ごろの日鉄鉱業釜石鉱業所の構内付近の見取り図には大橋駅周辺が描かれる

 
 鉄道は鉱山内の鉱石運搬でも活躍した。田中製鉄所は1911(明治44)年に蒸気機関車を導入し、山の高さごとに上、中、下段の「運鉱汽車軌道」を敷設した。上段は新山鉱床を始点に第6インクライン上部まで(標高約650メートル)、中段(通称・桜山運鉱線)は同インクライン下部から大橋選鉱場上部まで(同約500~450メートル)、下段は同選鉱場下部から社線大橋駅まで(同約300メートル)。
 
 33(昭和8)年には500メートル坑が開口。高さの違う坑道を縦坑で結び、坑内で下部まで鉱石を落として運ぶ方法も確立されていった。最終的に350メートル坑からの坑外搬出が中心となり、46(同21)年までに上、中段の専用鉄道は廃止された。50(同25)年に国鉄釜石線(花巻-釜石間)が全線開通すると、社線による通勤旅客輸送が廃止された。54(同29)年には選鉱場から陸中大橋駅までのベルトコンベヤー輸送システムが完成。下段の鉄道も廃止された。
 
 企画展では53(昭和28)年ごろの大橋周辺の見取り図、蒸気からガソリン、電気などへと替わっていく機関車の変遷、15トン電気機関車の無線コントローラーなどを展示。鉄鉱石の採掘が終了する93(平成5年)に撮影された周辺の建物などの記録写真も興味深い。鉱山で走った電気、バッテリー機関車は野外展示でも見ることができる。企画展は8日まで開催中(9日から冬季休館)。
 
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左上から右回りに、中段運鉱汽車軌道、500メートル坑道から出るガソリン機関車、国鉄での鉱石運搬用に建設された大橋駅ホッパー、350メートル坑道から選鉱場に鉱石を運ぶ電気機関車

 
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野外展示されている電気機関車(左上が6トン、下が15トン)。右上は6トンバッテリー機関車

 
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常設展示の鉄道コーナーにもさまざまな資料が…。右上は立体交差、右下は並走する国鉄線と釜鉄社線

 
 「鉄の記念日」関連の企画は他施設でも実施。郷土資料館では「釜石の鉄人(スポーツマン)」をテーマにした企画展を28日から開催中(来年1月26日まで)。橋野鉄鉱山インフォメーションセンターでは、本年度の高炉跡発掘調査の出土資料を12月8日まで展示する(センターは9日から冬季休館)。イオンタウン釜石では12月2日まで、県内3世界遺産のパネル展が開催される。市立図書館では12月1日午後1時半から、市世界遺産室の森一欽室長が「改めまして 明治日本の産業革命遺産とは?~世界遺産登録10周年を目前に~」と題して講演する(事前申し込みが必要)。館内では1日から15日まで釜石の鉄の歴史に関する図書とパネルの展示が行われる。

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海中転落事故防止へ釜石海保など啓発パトロール 夜釣り楽しむ人へ「装備しっかりと」

釜石港で釣り人に注意を呼びかける釜石海上保安部の職員

釜石港で釣り人に注意を呼びかける釜石海上保安部の職員

 
 夜釣り中の事故を防止しようと、釜石海上保安部や釜石警察署などは22日夜、釜石市の釜石港と唐丹漁港で合同パトロールを行い、釣り人へ注意を呼びかけた。この時期は日暮れが早く、海水温も低下するため、転落すると発見の遅れや低体温症による危険性が高まるという。そのため、第2管区海上保安本部の管内では11月を「釣り海難防止活動期間」として注意喚起している。
 
 この日は、同保安部と同署、市、岩手県沿岸広域振興局の職員ら約10人が活動。夜間の寒さが増す冬季は気象条件が厳しい反面、漁港の街灯下にイカなどが寄ってくるため釣り人も少なくない。港内もそうした狙いを持った人たちの姿があり、釣り人一人ひとりに注意を促すチラシを手渡した。
 
海中転落事故の防止に向け、釣り人に声をかけながらチラシを配った

海中転落事故の防止に向け、釣り人に声をかけながらチラシを配った

 
 港近くで働く関渡さん(75)は、仕事終わりに釣りを楽しむのが日課。この日も顔なじみの釣り人らと岸壁から釣り糸を垂らしていた。ライフジャケットは着用していたが、事故防止の声がけに「海に落ちたら大変だからね。安全に楽しみたいし、気を付ける」と再確認。狙いのヤリイカは「久しぶりの大漁」だったようで、“いか”にして味わうか考えを巡らせた。
 
 同保安部交通課によると、県内では昨年までの5年間に釣り人の海中転落事故が18件発生。うち夜間に起きたのは12件で半数以上を占める。原因は岸壁などからの足の踏み外し、つまずきなど“不注意”が多いという。
 
 今年は既に3件発生。うち1件が夜釣り中の事案で、釜石市内で起こった。いずれの事故もライフジャケットは未着用だった。
 
多くの人が岸壁から釣り糸を垂らす。今夜の獲物はヤリイカ

多くの人が岸壁から釣り糸を垂らす。今夜の獲物はヤリイカ

 
「決まりを守って安全に夜釣りを楽しんで」と関係者ら

「決まりを守って安全に夜釣りを楽しんで」と関係者ら

 
 港内を巡った同課の美野重和課長は「救命胴衣を着けていない人が多かった。命に関わる事故に発展しかねないので、万一のために着用を心がけてほしい」と強調。加えて、▽気象や海象を確認し無理な行動はしない▽単独行動は控え複数人で行動する▽危険な場所には立ち入らない▽釣り場環境に応じた装備の選択を▽海の緊急通報は118番―といったポイントも呼びかける。

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地場産食材「おいしいの、いっぱい!」 釜石の小中学生、海・山の恵み 給食で味わう

釜石産食材を使った給食を味わう鵜住居小児童

釜石産食材を使った給食を味わう鵜住居小児童

 
 釜石市産の食材を使った「まるごと釜石給食」は20日、市内の小中学校全15校(支援学校を含む)で提供された。子どもたちが地域の海や山で育まれた豊かな恵みに舌鼓。地元の魅力に関心を高めた。鵜住居小(佐藤一成校長、児童144人)では、生産者や市関係者らと食卓を囲んで交流した。
 
 メニューは釜石湾で養殖するサクラマスの塩こうじ焼き、ニンジンやキュウリなどとあえた大根のナムル風、栗林町産ひとめぼれを炊き上げたご飯、三陸ワカメのみそ汁、リンゴ、牛乳で、食材8種類を使った。
 
 鵜小では4年生(29人)の教室で試食会があり、市学校教育課学校給食センターの沢里舞帆栄養教諭が食材を紹介。「釜石のおいしい食材を集めた特別なメニュー。生産者の皆さんが大切に育てて届けてくれた貴重な野菜をたくさん使っています。感謝しながら、みんなで味わいましょう」と呼びかけた。
 
料理を盛り付けて「まるごと釜石給食」が完成

料理を盛り付けて「まるごと釜石給食」が完成

 
作ってくれた人に感謝を込めて「いただきます」

作ってくれた人に感謝を込めて「いただきます」

 
 「いただきます」と声を合わせると、子どもたちは地域の恵みたっぷりの料理に箸を伸ばした。サクラマスの味が気に入った前川幹橙さんは「やわらかくておいしかった。(給食の献立に)もっと増やしてほしい」と満面の笑顔。寒さが増す季節となり甘さが加わったという白菜やネギも入ったみそ汁を「ほど良い味」と表現した佐々木惟楓さんは「釜石にもこんな食材があるんだ」と、おいしい発見を喜んだ。
 
「おいしいね」。生産者と一緒に給食を味わう子どもたち

「おいしいね」。生産者と一緒に給食を味わう子どもたち

 
 ネギを提供した橋野地区直売組合員の小笠原幸太郎さん(70)=甲子町=は児童と会話しながら触れ合いも楽しんだ。別の学校に通う孫たちが同じ献立を味わっている様子を想像し、「こんな風に喜んでくれていると思う。きちんとした良いものをたくさん作りたい」と改めて実感。同組合員でリンゴを届けた二本松誠さん(61)=鵜住居町=も子どもらの笑顔に意欲を高め、「いっぱい食べて元気に育って」と願った。
 
楽しい給食の時間はおいしい笑顔がいっぱい

楽しい給食の時間はおいしい笑顔がいっぱい

 
子どもとの楽しい触れ合いに食材提供者もにっこり

子どもとの楽しい触れ合いに食材提供者もにっこり

 
 市は地産地消、農業や水産業など地域産業への理解促進を狙いに2021年度から、まるごと釜石給食を設けている。新米が出回る時期に合わせ実施しており、今回は約2050食を提供。学校給食センターの山根美保子所長は「地元のおいしい農水産物を知ってほしい。試食会が生産者の意欲向上につながり、たくさん作ってもらえたら、釜石産を提供できる機会が増える…かな」と、おいしい楽しみに余韻を残した。

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釜石が誇る「鉄の歴史」 一年の学びを発信 栗林小児童「先人の熱い思い、つなぐ」

鉄の学習発表会で栗林小児童が取り組みを紹介した

鉄の学習発表会で栗林小児童が取り組みを紹介した

 
 釜石市の児童・生徒による鉄の学習発表会が9日、同市大町の市民ホールTETTOであった。同時開催された「海と希望の学園祭」(市、東京大の連携イベント)のプログラムとして実施。栗林小(同市栗林町、八木澤江利子校長、児童30人)の代表児童4人が近代製鉄の歴史や先人の思いに触れる学びの中で感じた気持ちを素直に伝えた。
 
 世界遺産・橋野鉄鉱山が学区内にある同校では、総合的な学習として隔年で鉄の学習に取り組む。今年度は5、6年生(13人)が市世界遺産室による座学、鉄の歴史館や橋野鉄鉱山の見学などで「鉄の町」の歴史に理解を深めてきた。夏には世界遺産を有する岩手県内3地域の児童交流会が釜石であり、学びを生かしてガイド役を担当。クイズなどで分かりやすく伝える工夫をし、古里の魅力を発信、学ぶ楽しさを共有した。
 
 一年の総まとめとして、民営釜石鉱山田中製鉄所時代の1886年に連続出銑を成功させた功労者の田中長兵衛、横山久太郎、高橋亦助らに焦点を当てた劇を作って同校の学習発表会「栗っ子祭り」(10月)で上演した。その物語のフィナーレ部分を放映し、「何度失敗しても、49回目での成功を迎えるまでの釜石の職工たちの努力や、夢に向かって諦めずに立ち向かうことの大切さを伝えられた」と成果を報告した。
 
学びの成果や地域の魅力を伝える栗林小の児童

学びの成果や地域の魅力を伝える栗林小の児童

 
 発表者の中平栞愛さんと遠野姫瑠さん(ともに5年)、藤原大叶さんと小國怜義さん(同6年)は学習を通し、先人たちの心の強さや粘り強さ、目標や自分で決めたことに向かって進む姿勢が強く印象に残ったと紹介。日本の原動力になった鉄づくりの歴史が続く地域のすばらしさを改めて感じたようで、「釜石には自慢がたくさんある。頑張る人を支えたり、熱い思いを持った人がいたことも誇り。自分たちの生活にも生かし、つなげていきたい」と声を合わせた。
 
 同発表会は例年、「鉄の記念日」(12月1日)を含む「鉄の週間」の関連イベントとして実施。今回は、同学園祭への子どもの参画促進を狙って組み込まれた。市民のほか、大学教授や日本製鉄の関係者らも聴講。終了後には、「先人たちから今に続くチャレンジを調べてくれてうれしい」「地域に伝える活動も学びの成果だ」などと感想を児童に伝えた。釜石市の高橋勝教育長は「地域資源を生かしたり、苦労しても知恵を出し合い工夫しながら学ぶことは今も同じ。考え続けていこう」と声をかけていた。
 
同時開催イベントの来場者も子どもたちの発表に耳を傾けた

同時開催イベントの来場者も子どもたちの発表に耳を傾けた

 
同時開催イベントで展示された作品「橋野鉄鉱山3番高炉」。ブロック約2万個を組み合わせて高炉を再現した

同時開催イベントで展示された作品「橋野鉄鉱山3番高炉」。ブロック約2万個を組み合わせて高炉を再現した

 
 子どもたちの学習を支える市世界遺産室の森一欽室長による講話もあった。鉄の町になった要因について地質や世界との関わりなどの視点を交えて解説。日本と釜石の鉄産業の近代化にも触れ、「皆さんは何回まで失敗できますか?…数回ならいいけど、10回だったらヤバいと思いますよね。釜石では48回失敗しても、やった。そのおかげで鉄の歴史が今なお続く」と強調した。
 
鉄の歴史やそれを生かした取り組みを説明した森一欽室長

鉄の歴史やそれを生かした取り組みを説明した森一欽室長

 
 釜石の鉄の歴史は「ストーリーとして把握し、なぜそうなったのか、自分ならどうするかを考える学び」と森室長。製鉄所や鉱山の坑道などの見学、たたら製鉄体験、鉄の検定など多彩な体験メニューで、学び考える機会を提供していることを紹介した。世界遺産やジオなどのつながりを生かした他自治体との連携事業も推進。さらに、2025年は橋野鉄鉱山を含む「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産登録10周年を迎える。翌26年には近代製鉄の父・大島高任生誕200周年、27年は釜石鉱山発見300年と続き、周年事業を計画中。「広く釜石のことを伝え、来てもらうネタを考えていきたい」と展望した。

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16年ぶりの祭りに感涙 釜石・尾崎神社本宮(尾崎白浜) 震災、山火事、台風被害乗り越え…

曳き船(みこし海上渡御)などが行われた尾崎神社本宮式年大祭=釜石・尾崎白浜

曳き船(みこし海上渡御)などが行われた尾崎神社本宮式年大祭=釜石・尾崎白浜

 
 釜石市平田尾崎白浜地区にある尾崎神社本宮(佐々木裕基宮司)の式年大祭が10日、16年ぶりに行われた。東日本大震災(2011年)、尾崎半島林野火災(17年)、台風19号による豪雨災害(19年)と度重なる苦難に見舞われながら復旧・復興への道を歩み続けた地区住民にとって、祭りができる喜びはひとしお。地区を離れた元住民らも多数駆け付け、久しぶりの曳き船(みこし海上渡御)や地元の神楽奉納に目を潤ませながら見入った。
 
 3年に1度行われる同祭は、同神社の氏子総代らでつくる奉賛会(佐々木靖男会長)が中心となり復活させた。10日は、浜町の里宮から迎えたみこしに本宮のご神体を移す神事が行われた後、みこしが高台の神社から漁港までを渡御。岸壁から漁業者の船に乗せられた。大漁旗をはためかせる地元漁船が次々に出港。みこしを乗せたお召し船を先導し、防波堤の外に出ると全23隻の船が大漁や地域の平穏を祈願しながら海上を3周した。
 
高台の神社からご神体を乗せたみこしが出発

高台の神社からご神体を乗せたみこしが出発

 
尾崎白浜漁港に向かう祭り行列。漁港では多くの人が行列を出迎えた

尾崎白浜漁港に向かう祭り行列。漁港では多くの人が行列を出迎えた

 
色とりどりの大漁旗で飾られた漁船が次々に出港

色とりどりの大漁旗で飾られた漁船が次々に出港

 
防波堤外側の釜石湾を周回する漁船。紅葉の木々や青い海に大漁旗が映える

防波堤外側の釜石湾を周回する漁船。紅葉の木々や青い海に大漁旗が映える

 
 防波堤から曳き船を見守った地元の70代女性は、約50年にわたり夫婦で漁業を営んできた。「夫も70半ばになり(出船を)迷ったが、娘や孫に見せたいと参加を決めた。久しぶりの光景に感動で涙が出てくる」と胸がいっぱいの様子。地元産業の漁業は後継者不足が顕著だが、「行政などの支援も活用し、何とか継承していってほしい。若い担い手が育つことを期待する」と思いを込めた。
 
 父、兄、夫、息子と一族総出で祭りに参加した同地区出身の及川侑美さん(40、大船渡市)。自身も子どものころ、母と一緒に漁協女性部の手踊りに出ていた。「家族みんな祭りが大好きなので…。太鼓の音が聞こえると胸が高鳴る」と及川さん。今回、夫と次男はみこし担ぎで参加。前回の大祭時は高校生の次男はまだ生まれておらず、16年という時の流れを子どもらの成長と重ね合わせた。実家は漁業で、家族らは2隻の船に乗り込んだ。「祭りがなくなると寂しい。どうにかつないでいってほしい」と愛着を見せた。
 
見物客は防波堤などから船団を見守った。乗船者らが手を振って応える

見物客は防波堤などから船団を見守った。乗船者らが手を振って応える

 
 海上渡御を終えた船団が漁港に戻ると、みこしに向かって祝詞がささげられ、各団体の代表が神前に玉ぐしを供えた。地区唯一の郷土芸能、尾崎神社本宮神楽(佐々木雄大会長、10人)が踊りを奉納。継承する3演目の一つ「操作」は神前でのみ踊られるもので、今回の祭りのために復活させた。3年ほど前に同神楽会に入会した松本大輝さん(30)は初めて同演目を披露。「3人の踊りの輪を崩さないように必死に練習してきた。地区の皆さんに見せることができてうれしい」と声を弾ませた。「メンバーは練習を頑張り、(難しい)踊りも覚えてくれた。ありがたい」と佐々木会長(45)。「頼もしい後継者もいる」と語る視線の先には、紙で手作りした権現様(獅子頭)を手にする子どもの姿があり、将来の担い手として期待した。
 
漁港ではみこしを前に「尾崎神社本宮神楽」が踊りを奉納

漁港ではみこしを前に「尾崎神社本宮神楽」が踊りを奉納

 
16年ぶりに披露された演目「操作」。神前でのみ踊られる

16年ぶりに披露された演目「操作」。神前でのみ踊られる

 
3人の舞い手が息の合った踊りを見せる。見物客もなかなか見られない踊りに興味津々

3人の舞い手が息の合った踊りを見せる。見物客もなかなか見られない踊りに興味津々

 
神楽会は後継者の育成にも意欲。会場では手作りの権現様で踊りをまねる子どもも(写真左下)

神楽会は後継者の育成にも意欲。会場では手作りの権現様で踊りをまねる子どもも(写真左下)

 
 みこしの担ぎ手衆は地元在住、出身、縁故者らで、10代から60代までの約30人。初めてみこしを担いだ同地区の高校生堀内駿汰さん(17)は「ずっしりと重かった。(尾崎の神様に)この地域を見守っていてほしい」と願い、大役を担う責任も実感。祭りで地域が活気づくのも初めての経験で、「みんなでわいわいできるのが最高。自分たちが盛り上げて伝統の祭りを継承していければ」と未来を見据えた。担ぎ手衆をまとめる尾崎神社本宮奉賛会氏子総代の佐々木豊さん(59)は「地区を離れて暮らす若い人たちも祭りには帰ってくる。地元愛がうれしい」と喜び、「浜(漁業)も今、元気がないので、大漁祈願の祭りで少しでも上向けば」と願った。
 
みこし担ぎには高校生ら若手も協力。祭りを通して地域の良さを感じた

みこし担ぎには高校生ら若手も協力。祭りを通して地域の良さを感じた

 
海上渡御を終え、神社に戻るみこし。地域住民らが手を合わせて感謝した

海上渡御を終え、神社に戻るみこし。地域住民らが手を合わせて感謝した

 
地区を見下ろす高台にある尾崎神社本宮。尾崎半島のさらに先には奥宮と奥の院がある

地区を見下ろす高台にある尾崎神社本宮。尾崎半島のさらに先には奥宮と奥の院がある

 
 同神社の大祭は開催年だった2011年に震災でできなくなって以降、休止が続いていた。津波被害を受けた漁港施設の整備に時間を要し、尾崎半島林野火災、台風豪雨による土砂災害、新型コロナウイルス禍もあり、祭り復活の機を逸してきた。開催年の今年、地区内7カ所の砂防ダムの建設が完了したことも後押しし、「何としても今年こそは」と08年以来の実施を決めた。
 
 「感無量…。天候に恵まれたのが一番。海も穏やかで本当に神様のおかげだね」。16年ぶりの華やかな光景に感極まる尾崎白浜町内会の箱石忠男会長(69)。震災前、同地区では124世帯に340人が暮らしたが、今は100世帯を切っているという。人口減少や基幹産業の漁業の不振など課題はあるが、住民同士の助け合いやいざという時のまとまりの良さは今も変わらない。「祭りは町内の団結力も育む。住民の高齢化もあり、今後の形は未定だが、やっぱり(祭りは)必要だと思う」と話した。

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米、雑穀、野菜… 手作りメニューで収穫の喜び味わう 釜石・橋野で18回目の水車まつり

青空の下で開かれた第18回水車まつり=3日、橋野どんぐり広場

青空の下で開かれた第18回水車まつり=3日、橋野どんぐり広場

 
 釜石市橋野町の初冬の恒例行事「水車まつり」が3日、産地直売所の橋野どんぐり広場周辺で開かれた。米や雑穀、野菜などの農産物を昔ながらの食べ方で味わってもらい、同地域の魅力発信、誘客につなげるイベント。橋野町振興協議会(菊池郁夫会長)、栗橋地区まちづくり会議(洞口政伸議長)が共催する。18回目の今年も市内外から家族連れなど大勢の人が足を運び、地元住民らによる手作りメニューを味わった。
 
 同振興協の菊池会長が歓迎のあいさつをし、餅まきからスタートした。主催、協賛団体の代表が軽トラックの荷台から約800個の紅白餅をまいた。収穫祝いの餅が宙を舞うと、子どもも大人も手を伸ばし、にぎやかな歓声が響いた。
 
水車まつり恒例の餅まき。老若男女が楽しんだ

水車まつり恒例の餅まき。老若男女が楽しんだ

 
 毎回好評の豚汁は約300食分が用意された。地元産の野菜を使い、同振興協女性部が調理。無料のお振る舞いに長い列ができた。手打ちそば、雑穀おにぎり、きびの焼き団子は約150~260食分用意され、安価で販売された。手打ちそばの提供には鵜住居公民館で活動する「そばの三たて会」(奥山英喜会長)が2018年から協力している。来場者は好みのメニューを買い求め、青空の下で農作物の恵みを堪能。周辺の山々の紅葉は始まったばかりだったが、山間部ならではのすがすがしい空気に包まれながら、心地よい時間を過ごした。
 
豚汁のお振る舞いには長い列ができた。この味を求めて足を運ぶ人も多い

豚汁のお振る舞いには長い列ができた。この味を求めて足を運ぶ人も多い

 
豚汁、手打ちそば、雑穀おにぎり…。実りの秋を存分に

豚汁、手打ちそば、雑穀おにぎり…。実りの秋を存分に

 
炭火で焼くきびだんご。手作りのみそだれが香ばしさを倍増

炭火で焼くきびだんご。手作りのみそだれが香ばしさを倍増

 
会員がそば打ちをし、ゆでたてを提供する「そばの三たて会」

会員がそば打ちをし、ゆでたてを提供する「そばの三たて会」

 
 同市箱崎白浜地区から足を運んだいとこ同士という佐々木寧々さん、佐々木蒼さん(ともに小4)は「豚汁はジャガイモが大きくて、味も家で食べるのとは違う。お餅も10個ぐらい拾った。橋野は自然がいっぱいで好き。山にも登ってみたい」と笑顔満開。蒼さんの父隆寛さん(34)は「まつりには初めてきたが、子どもたちが楽しめて良かった。外で食べるのもうれしそう。何でも好き嫌いなく食べて元気に育ってほしい」と望んだ。
 
青空の下で食事を楽しむ来場者

青空の下で食事を楽しむ来場者

 
子どもたちもさまざまなメニューをおいしくいただきました!

子どもたちもさまざまなメニューをおいしくいただきました!

 
 どんぐり広場隣の親水公園には、かやぶき屋根の水車小屋があり、来場者が内と外から見学。橋野町には昔、集落ごとに共同利用の水車小屋があり、水力で動かすきねで米や雑穀をつき、もみ殻をはずす作業を一昼夜かけて行っていたという。この日は、農機具が機械化される前に精米などに使われていた「唐箕(とうみ)」の実演も行われた。7.5キロのもみ米を水車でついた後、木製の唐箕に投入。つまみを回して風を送り、米粒と粉状になったもみなどを分ける作業を公開した。精米した米は2合ずつ見学者にプレゼントされた。
 
今では目にする機会のない「唐箕」の実演に来場者は興味深げに見入った

今では目にする機会のない「唐箕」の実演に来場者は興味深げに見入った

 
 滝沢市から山田町の実家に帰省した吉田陽子さんは「昔はこうやって米を食べられるようにしていたんですね。子どもたちも『これ何するの?』と興味津々でした。昔の農業を知るいい機会」と喜び、ぬか漬け用に米ぬかももらってほくほく顔。「きびだんごとそばがおいしかった」と話す娘の梨緒さん(小2)と「来年も来たいね」と目を合わせた。
 
 橋野どんぐり広場の藤原英彦組合長は今年の農作物の出来について、「大きい台風で稲が倒れることもなく、米の収量はまずまず。野菜も昨年のような酷暑の影響はなく、良いほう。後は野生キノコの出荷制限が早く解除されれば」と来季に期待した。
 
水車が回る親水公園は散策の楽しみも。裏手には「ママシタの滝」がある

水車が回る親水公園は散策の楽しみも。裏手には「ママシタの滝」がある

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好きすぎて…「鳥」 作家・ライター細川博昭さん(釜石出身) 語る「人間に似ている」

書店に並ぶ本をのぞき込む人たち=釜石市大町・桑畑書店

書店に並ぶ本をのぞき込む人たち=釜石市大町・桑畑書店

 
 文化の日の3日、釜石市大町の桑畑書店(桑畑眞一社長)に、あるテーマの書籍を紹介するコーナーがお目見えした。客たちがのぞき込む先にあったのは「身近な鳥のすごい辞典」「鳥と人、交わりの文化誌」「インコのひみつ」などとタイトルが記された本。お気づきの通り、テーマは「鳥」で、釜石出身の作家・サイエンスライター細川博昭さん=神奈川県相模原市在住=が手がけた。その細川さんが来釜中だったことから、同日、トークイベントを開催。市民ら15人ほどが耳を傾け、「初めて聞く話で面白かった」と新たな視点や知識との出合いを楽しんだ。
 
「鳥」にまつわる書籍がずらり。著者は作家の細川博昭さん

「鳥」にまつわる書籍がずらり。著者は作家の細川博昭さん

 
 細川さんは釜石南高(現釜石高)卒。14歳の時に決めた「理系の物書き」になるため物理を学ぼうと上智大理工学部に進んだ。卒業後は一時一般企業で働いたが、執筆活動も行い、フリーに転身。物書き一本に絞ってからは鳥を中心に、歴史と科学の両面から人間と動物の関係をルポルタージュするほか、先端の科学や技術を紹介する記事も精力的に執筆、書籍の編集なども手がける。
 
 イベントでは、物書きという人生設計に至った中学時代の生活や思考、飼育する・しないに関わらず身近に鳥がいる地域性、あたためている鳥にまつわるネタなど、聴講者とやりとりしながら紹介した。
 
細川さん(手前)を迎えて開かれたトークイベント

細川さん(手前)を迎えて開かれたトークイベント

 
 鳥との暮らし、見ることが「自然だった」細川さん。社会人時代は鳥との関わりが薄い時期もあったが、27年前に出合った(拾った)セキセイインコの感情の豊かさに「賢い」と感じ、鳥の調査、研究に注力。鳥の体の機能や性格が人間と近かったり、優れていたり、新たな発見に「人生観が変わる」と改めて実感した。「鳥は一生懸命やっている。人間の方がいい加減で、鳥をもっと理解してほしい」と執筆を続けている。
 
 近著は「人も鳥も好きと嫌いでできている インコ学概論」(春秋社)。細川さんが言うには、鳥には「明確に好き嫌いがある。人間を対等の生き物として見ていて、好きの順番もあったり。面白い」と知的好奇心を刺激されている様子だ。
 
 熱を込めた話題は「恐竜から鳥への進化」について。定説となったその説を著書「鳥を識(し)る」(同)で解説する。その副題にもなった「なぜ鳥と人間は似ているのか」に関し、姉妹本的な新書が間もなく刊行予定。鳥と人間の「行動」の類似点について科学と心理学的要素から掘り下げた内容とのことだ。
 
ページをめくりながら鳥にまつわる話題を聞かせた

ページをめくりながら鳥にまつわる話題を聞かせた

 
参加者は熱心に耳を傾け、質問もさまざま出た

参加者は熱心に耳を傾け、質問もさまざま出た

 
 スズメ、カラス、メジロ、ヒバリ…「鳥ごとにいろんな話がある」と話は尽きない細川さん。ある自著を手に取って、「実は3倍くらいの原稿がある」と明かし、「紙の値段が上がっていて大変だが、売れると次が発行される」としっかり宣伝した。
 
 売り込みの工夫として、読者の力も借りているという。飼育書的な内容の本では写真を多用しているが、SNS(交流サイト)を活用して鳥の写真を募集。2000枚ほど寄せられ、整理という作業の労力は侮れないが、「購買者にもなってもらっている」と利点を挙げる。こうした読者との接点を持つ取り組みとして、トーク後にはサイン会も。「本が売れれば、書店のサポートにもなる。共存、共栄で執筆活動をしていければ」とペンを走らせた。
 
細川さんと読者や市民が触れ合ったサイン会

細川さんと読者や市民が触れ合ったサイン会

 
好奇心を刺激され、気になる本を手に取る市民

好奇心を刺激され、気になる本を手に取る市民

 
 桑畑書店の客のように平積みされた一角をのぞいてみると、「老鳥との暮らしかた」「くらべてわかる 文鳥の心、インコの気持ち」(誠文堂新光社)など、「確かに人間も…」と考えさせられるようなタイトルの本があったり、「オカメインコとともに」(グラフィック社)など写真が目を引くものが並んでいた。「宇宙をあるく」(WAVE出版)と毛色の違った本もあった。
 
 他にも「鳥を読む」(春秋社)、「大江戸飼い鳥草紙」(吉川弘文館)、「江戸の鳥類図譜」(秀和システム)、「知っているようで知らない鳥の話」(SBクリエイティブ)など多数出版されていて、支倉槇人名義での著作(文芸、パソコン関連など)もあるとか。手に取って、新しい文化の扉を開いてみるのもいいのでは―。

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平田に廃プラ対応のリサイクルセンター開設 11月から産廃処理開始、家庭プラは来年4月から

岩手資源循環 釜石総合リサイクルセンター完成見学会(自治体、報道機関向け)=10月31日

岩手資源循環 釜石総合リサイクルセンター完成見学会(自治体、報道機関向け)=10月31日

 
 岩手資源循環(谷博之代表取締役)が釜石市平田に建設を進めていた「釜石総合リサイクルセンター」が完成した。同施設は自治体収集の家庭プラスチックごみの再資源化を主に、産業廃棄物処理にも対応。来年度からの家庭プラごみ分別収集を計画する同市を含め、沿岸地域の資源再生への取り組み加速が期待される。11月からの施設稼働を前に10月31日から11月3日まで、自治体や法人関係者、地域住民向けの見学会が開かれた。
 
 31日は同市関係者約30人が見学。谷代表取締役(49)が工場棟を案内した。同施設は敷地面積約8120平方メートル。釜石など3市2町のごみ処理を行う岩手沿岸南部クリーンセンター隣の日本製鉄所有地を借りて整備された。工場棟(約1500平方メートル)はテント型の鉄骨組み幕構造。中に、家庭プラスチックごみと産業廃棄物を処理する装置がある。
 
釜石市平田第3地割に整備された「釜石総合リサイクルセンター」 写真上:左が工場棟、右が事務所棟

釜石市平田第3地割に整備された「釜石総合リサイクルセンター」 写真上:左が工場棟、右が事務所棟

 
 自治体が分別収集した家庭排出のプラスチックごみは検品後、機械に投入。2台の破集袋機で回収時の袋をはずし、手選別ラインでプラスチック再生できないものを除去。磁選機を経て、最終的に圧縮梱包機で「プラスチックベール」という固まりにし、再生業者に引き渡す。1日(8時間稼働)に12トンまで処理可能。釜石市のプラごみ分別収集が始まる来年4月から、市の委託事業として操業を開始する。
 
自治体回収の家庭プラごみを選別、圧縮梱包する機械装置

自治体回収の家庭プラごみを選別、圧縮梱包する機械装置

 
再生可能なプラごみを圧縮梱包機でプラスチックベール(写真左下)にする。プラベールは1個300キロ

再生可能なプラごみを圧縮梱包機でプラスチックベール(写真左下)にする。プラベールは1個300キロ

 
 産業廃棄物は機械投入前に、危険物のチェックを含め人の手でしっかり分別。廃プラスチック、木くず、繊維くず、ガラス・陶磁器くずなどに分け、品目ごとに機械に入れる。1次破砕機で約5センチ角に破砕。磁選機を経てベルトコンベヤーで運ばれ、品目ごとに下部の保管ボックスに落ちる仕組み。廃プラは2次破砕機でさらに細かく粉砕(約2センチ角)。再生プラスチックを成型するための原料、または化石(石炭)代替燃料として出荷する。廃プラは1日(同)100トンの処理が可能。産廃処理は11月中に開始する。 
 
産業廃棄物を破砕処理する機械。一番奥に2次破砕機がある

産業廃棄物を破砕処理する機械。一番奥に2次破砕機がある

 
 同社は、東日本を中心に廃棄物処理や再資源化事業を行う有明興業(東京都江東区)グループの3社が共同出資し、2022年5月に設立。23年2月、同市と工場立地協定を締結し、同年12月から建設工事が進められてきた。工場棟のほか、事務所棟(木造平屋建て、約250平方メートル)を有する。事業費は約10億円。従業員は地元雇用の24人。今後、選別作業に高齢者や障害者を含むパート採用も行っていきたい考え。
 
 谷代表取締役は「廃プラスチックの再生を一番の目的とした工場。家庭プラごみの選別、梱包は釜石市から始めて、他の沿岸自治体の受け皿にもなっていければ。沿岸特有の漁業系廃棄物はプラスチックが多く使われている。一つでも多くリサイクルし、新たな原料として生かせるようにしたい」と話す。既に多くの漁業関係者や一般法人が関心を寄せているという。全体で年間約9000トンの処理を当初目標とする。
 
左上写真:施設について説明する谷博之代表取締役 右上写真:説明を聞く小野共釜石市長ら

左上写真:施設について説明する谷博之代表取締役 右上写真:説明を聞く小野共釜石市長ら

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険しさも和らぐ秋景色かな 釜石・仙人峠マラソン 急坂挑むランナーら「楽しい」

標高差約400メートルの険しいコースに挑んだ「かまいし仙人峠マラソン大会」

標高差約400メートルの険しいコースに挑んだ「かまいし仙人峠マラソン大会」

 
 急勾配を駆け抜ける「かまいし仙人峠マラソン大会」(同実行委主催)は10月27日、釜石市甲子町大橋の旧釜石鉱山事務所を発着点に行われた。15回目となった大会には、国内外から122人が参加。秋色深まる峠道は見るに楽しいが、アップダウンの激しさも併せ持ち、そんな難コースにランナーたちは果敢に挑んだ。
 
自然や季節を体感!峠道の特徴を生かしたコースが持ち味

自然や季節を体感!峠道の特徴を生かしたコースが持ち味

 
 2010年に始まった同大会は、仙人峠の紅葉のように美しく明るいまち、険しい道のりを乗り越える力を育むことを目標に掲げる。新型コロナウイルス禍で中止していたが、昨年4年ぶりに復活。従来の2コース(17.2キロ、10キロ)を一本化させた形の、約10キロの峠コースに絞って実施した。
 
 今回は昨年の峠コースを16.9キロに延伸。国道283号を下った大松と、標高差約400メートル、平均斜度約5%の坂を上った遠野市との境となる仙人トンネルの釜石側入り口付近の2地点で折り返すコースにした。
 
峠コースの挑戦者たちがにこやかな表情で一斉にスタート

峠コースの挑戦者たちがにこやかな表情で一斉にスタート

 
 高校生から80歳までのランナーは一斉にスタートし、大松までの下りを快走。4.8キロ地点で折り返すと、一転して緩やかな上りとなり、大橋トンネルを抜けた10キロ地点に姿を見せた挑戦者の表情はさまざまだった。軽快さを残す人もいれば、顔を赤らめたり、息があがっていたり。すでに歩きを取り入れている様子も見受けられたが、さらに険しさを増す急坂へ向かった。
 
大橋トンネルを抜けた辺りでランナーは笑顔を見せるも…

大橋トンネルを抜けた辺りでランナーは笑顔を見せるも…

 
峠のきつい坂を懸命に駆け上がる参加者ら=仙人大橋手前

峠のきつい坂を懸命に駆け上がる参加者ら=仙人大橋手前

 
女子は18~68歳の11人がエントリー。上位者はまだ余裕の表情

女子は18~68歳の11人がエントリー。上位者はまだ余裕の表情

 
それぞれのペースで完走を目指す。下りは大幅にスピードアップ(写真下)

それぞれのペースで完走を目指す。下りは大幅にスピードアップ(写真下)

 
 仙人トンネル手前の地点までひたすら続く坂道を体力と精神力で駆け上がり、下るランナーを沿道からの声援が後押し。「ファイト!」「がんばれー」「あと少し」を力にゴールした挑戦者たちには「達成感」という笑顔が共通していた。
 
釜石スポーツ界のレジェンドも見事な走り(左:新日鉄釜石ラグビーV7戦士の氏家靖男さん  右:はまゆりトライアスロンで活躍した東洋さん)

釜石スポーツ界のレジェンドも見事な走り(左:新日鉄釜石ラグビーV7戦士の氏家靖男さん 右:はまゆりトライアスロンで活躍した東洋さん)

 
ゴールテープはすぐ目の前!ランナーを中学生らが迎えた

ゴールテープはすぐ目の前!ランナーを中学生らが迎えた

 
 最も遠くからの参加者に贈られる「遠来賞」を受けた川本啓さん(44)は知人の誘いがあって、12年以来2回目の参加。コースの“きつさ”を知っていたことから余力を残す形で、木々で色づく景色やあたたかい応援を楽しみに走った。開会式で担当した選手宣誓を有言実行。「参加者同士で励まし合いながら、幸せや釜石の未来を思って走り抜いた」とすがすがしい表情を見せた。
 
 誘った知人というのが、釜石出身のリンドステット佳奈さん(42)。スウェーデンから里帰り中で、夫のトーマスさん(45)が初参加していて「本当は私たちが遠来賞だね」と笑っていた。ゴール近くで待ち構えた子どもたち、コンラッドさん(8)、クヌートさん(6)の歓迎を受けたトーマスさんは「ハードで、ちょっとタフなコースだったが、とっても楽しかった。距離は短いかな」とニヤリ。沿道から聞こえてきた野球少年の声や自然の美しさが印象に残ったと満足そうだった。
 
「遠来賞」の川本啓さん(左)とリンドステット トーマスさん一家

「遠来賞」の川本啓さん(左)とリンドステット トーマスさん一家

 
 「満身創痍(そうい)」「いや、余裕っスよ」。完走後にそんなやりとりをしていたのは釜石海上保安部の5人で、巡視艇「きじかぜ」に乗って海の安全・保全業務に励む仲間だ。2回目の参加となる船長の昆諒平さん(35)が「釜石勤務時の思い出づくりに」と声をかけ、いずれも初エントリーの岩波健太郎さん(37)、小野潤一さん(28)、小谷涼太さん(21)、岡安健太さん(28)とともに力走した。海上から陸上へ足場を移した活動に、「山は海の恋人といいますから」と笑い合い、団結力を強化。体力アップも図り、「愛します!守ります!海のもしもは118番」とアピールも忘れなかった。
 
完走し達成感をにじませる釜石海上保安部の5人

完走し達成感をにじませる釜石海上保安部の5人

 
 大漁旗Tシャツとラグビーボールのかぶりもので“釜石愛”を見せたのは、東京都の会社員飛澤潔一さん(39)。第1回大会から欠かさず参加し、「ちょうどハロウィーンの時期なので」と、ちょんまげやネコ耳など毎回、頭のプチ仮装で楽しませる。「昨年は10キロだったので、今年は途中からすごくきつくて…。沿道の応援やきれいな紅葉が励みになった」。釜石に親戚がいて、「遊びにくる口実に」と大会参加を続ける。「39歳以下の部への参加は今回で最後。振り返ると感慨深い。今年は参加者が少ないようだが、来年また盛り返してくれるといい」と望んだ。
 
釜石を全力応援!東京都の飛澤潔一さんは同大会“皆勤賞”。今年のかぶりものは「ラグビーボール」

釜石を全力応援!東京都の飛澤潔一さんは同大会“皆勤賞”。今年のかぶりものは「ラグビーボール」

 
 難コースでつらさを予想するも、意外と多いのが笑い顔。東京都北区の笹岡由喜枝さん(65)も満面の笑みを蓄えながらゴールした。東日本大震災の復興支援が縁で同大会への参加を重ねてきたが、昨年はケガで断念。再戦を果たした今回、喜びを体現しながら走り切った。沿道から届く「走りに寄り添うような応援がありがたくて笑顔を返すの」と話し、信条とする「スマイルラン」で再来を思い浮かべていた。
 
笑顔が印象的な笹岡由喜枝さん。3位入賞(男女年齢別)で8個目のトロフィーを手にした

笑顔が印象的な笹岡由喜枝さん。3位入賞(男女年齢別)で8個目のトロフィーを手にした

 
 挑戦者たちの走りを地域住民、小中学生ボランティアが支えた。甲子中生はゴール付近で計測タグを回収したり水を手渡したり補助員として活躍。6カ所に分かれ給水係を担ったのは甲子地域会議内の各町内会員ら約50人で、釜石野球団Jr.(ジュニア)など野球少年も加わった。
 
 釜石ファイターズから20人余りが参加。小原璃青さん(小学5年)は「みんな、最後まで走り切ろうと頑張っていてすごい。自分たちの応援でゴールまで行ってほしい」と気持ちを込めて声を出した。「ゴーゴー仙人?」「さーいきましょう。やってきました仙人マラソン」など、野球の応援をアレンジした節や替え歌で盛り上げたり、選手とハイタッチする姿も。松本航汰さん(同2年)は「懸命に走っていてかっこよかった。地域の活動をお手伝いして、役に立つことができた」とうなずき、八重樫光彦コーチ(41)は「子どもたちがスポーツの力を感じ、刺激になれば」と期待した。
 
野球の応援をアレンジし参加者に声援を送る釜石ファイターズの団員。ハイタッチで交流も=仙人大橋付近

野球の応援をアレンジし参加者に声援を送る釜石ファイターズの団員。ハイタッチで交流も=仙人大橋付近

 
給水係には甲子地域会議の各町内会員約50人が協力。拍手で参加者を迎えた=仙人大橋たもと

給水係には甲子地域会議の各町内会員約50人が協力。拍手で参加者を迎えた=仙人大橋たもと

 
大橋トンネル付近の給水所やコース沿いでも市民が声援を送った

大橋トンネル付近の給水所やコース沿いでも市民が声援を送った

 
 「マニアックなコースを楽しんでもらった」と小泉嘉明実行委会長(市体育協会長)。昨年に続き、運営体制などを考慮し規模を縮小した形となったが、「このコースはまれ。どうにか生かしたい。親子で楽しめることを考えてみたり…」と、継続への思いは上向きのようだ。
 
美しい紅葉に元気をもらい一歩一歩前へ…。仙人峠の秋風景も参加者を引きつける大きな魅力

美しい紅葉に元気をもらい一歩一歩前へ…。仙人峠の秋風景も参加者を引きつける大きな魅力

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保健福祉、文化財保護、消防防災、林業振興の4分野で活躍 釜石・市勢功労者6人

釜石の市勢発展に貢献し功労者表彰を受けた受賞者ら

釜石の市勢発展に貢献し功労者表彰を受けた受賞者ら

 
 釜石市は10月31日、2024年度の市勢功労者表彰式を港町の陸中海岸グランドホテルで開いた。保健福祉の向上や文化財の保護管理、消防防災の各分野で市勢の発展に貢献した自治功労者として5人を表彰。林業の振興に尽くした1人を特別功労者としてたたえた。
 
 自治功労では、学校歯科医として及川陽次さん(61)=大町、学校医としては小笠原善郎さん(65)と濱登文寿さん(60)=ともに上中島町=が表彰を受けた。それぞれ保健福祉の向上、子どもへの献身的な活動を継続中。市文化財保護審議会長を4年余り務めた川原清文さん(81)=唐丹町、消防団員として47年間活動し、市消防団本部分団長などの要職も務めた千葉茂さん(71)=同=も受賞した。
 
各分野で力を尽くし自治功労表彰を受けた5人

各分野で力を尽くし自治功労表彰を受けた5人

 
 特別功労には、釜石地方森林組合代表理事組合長を通算5年間務めた久保知久さん(76)=平田町=を選出。長年、地域林業の振興発展に力を注いでおり、16年に自治功労表彰を受けている。
 
釜石市が開いた2024年度の市勢功労者表彰式

釜石市が開いた2024年度の市勢功労者表彰式

 
 式辞に立った小野共市長は「新たな時代、新しい釜石を築き、持続可能なまちづくりを進めるには市民の力添えが欠かせない。これまで培ってきた豊かな識見と経験のもと、一層の支援と協力をお願いする」と述べた。
 
市勢の発展に尽くす6人をたたえた小野共市長

市勢の発展に尽くす6人をたたえた小野共市長

 
代表して謝辞を述べる川原清文さん

代表して謝辞を述べる川原清文さん

 
 受賞者を代表し、川原さんが「それぞれの分野で活動してきたことが、人とのつながりや地域、市勢の発展に少しでも貢献できたことはこの上ない喜び。受賞は、周囲の支援や協力のおかげ」と謝辞を述べた。人の営みや歴史をうかがい知れる文化財の魅力を語り、「深みにはまった」とニヤリ。後進の活躍に期待を寄せつつ、「これからも市民が安心して暮らせるような、より魅力的なまちとなるよう努力していきたい」と話した。
 
リラックスした様子で写真撮影に臨む受賞者ら

リラックスした様子で写真撮影に臨む受賞者ら

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秋空にキラリ!神輿に活気づく・釜石まつり 曳き船中止も、伝統継ぐ試みで盛り上げ

市街地を進む尾崎神社と日本製鉄北日本製鉄所釜石地区山神社の神輿=20日

市街地を進む尾崎神社と日本製鉄北日本製鉄所釜石地区山神社の神輿=20日

 
 釜石市の尾崎神社(浜町)と日本製鉄北日本製鉄所釜石地区山神社(桜木町)合同の「釜石まつり」は18日から3日間にわたって行われた。19日に予定していた尾崎神社の神輿(みこし)を乗せた漁船十数隻がパレードする「曳(ひ)き船まつり」は悪天候が予想されたため中止され、ご神体を迎える船など数隻のお渡りとなった。最終20日は秋晴れの下、市街地を背景に両神輿が渡御。沿道は多くの見物人でにぎわった。
 
 19日の釜石港。曳き船のパレードは中止となったが、尾崎神社奥宮から里宮に移るご神体を載せた神輿を迎えようと、岸壁では虎舞や神楽などの芸能団体、市民らが待ち構えた。大漁旗をなびかせた御召船が着岸すると、威勢のいい掛け声やおはやしが響き渡り、活気づいた。
 
大漁旗で彩られた御召船を虎舞などの芸能団体が迎えた=19日

大漁旗で彩られた御召船を虎舞などの芸能団体が迎えた=19日

 
 大漁祈願に―。萬漁業生産組合(箱崎町桑ノ浜)は、色鮮やかな大漁旗を掲げた2隻の船を岸壁に寄せ迎えた。「まつりだから。漁ができる感謝もあるし」と萬文貴組合長。今年の漁は上向き基調だったが、ここ1カ月ほどは厳しい状況とのこと。サバ、ソッコなどのブリ系統を狙っていて、「回遊してくる可能性はある。漁師たるもの、もうけねば」と、乗組員14人とともに腕をまくった。
 
海への感謝、漁の好転へ願いを込める萬漁業生産組合の漁師ら

海への感謝、漁の好転へ願いを込める萬漁業生産組合の漁師ら

 
 この日は、家々の前で舞を披露する門打ちが早い時間から行われた。大町の釜石情報交流センター周辺でも各団体が虎舞や神楽を繰り広げ、市民らが見物。近くの青葉通りには縁日広場が開設され、夜遅くまで屋台遊びを楽しむ姿が見られた。
 
k虎舞、神楽、七福神…門打ちで祭り気分を盛り上げる芸能団体

虎舞、神楽、七福神…門打ちで祭り気分を盛り上げる芸能団体

 
青葉通りにずらりと並んだ屋台は夜遅くまでにぎわった

青葉通りにずらりと並んだ屋台は夜遅くまでにぎわった

 
 神輿の合同渡御は20日昼過ぎに鈴子町を出発。市内15団体、約1000人の行列は魚河岸の釜石魚市場を目指した。途中の「御旅所」周辺など目抜き通りで各団体が神楽や虎舞、鹿踊りなどを披露。沿道を埋めた見物客から盛んな拍手を受けた。
 
 神輿の担ぎ手として参加した父親の姿を「かっこいい」と見つめた松澤優之介君(5)。きらめく神輿が「きれいだった」と笑った。一緒に訪れた60代の祖母らは東日本大震災の影響で海から少し離れた場所に転居し、まつり見物は「久しぶりだ」という。笛や太鼓のおはやし、掛け声といった祭りの音、大勢が集うまちの景色をしみじみと懐かしんだ。
 
日差しを受けた2基の神輿が市街地を練り歩く=20日

日差しを受けた2基の神輿が市街地を練り歩く=20日

 
色鮮やかな衣装をまとった踊り手たちが行列を華やかに彩る

色鮮やかな衣装をまとった踊り手たちが行列を華やかに彩る

 
子孫繁栄の願いを込めた鹿踊り、自前の神輿や山車も参加

子孫繁栄の願いを込めた鹿踊り、自前の神輿や山車も参加

 
さい銭をあげて手を合わせたり、大勢が行列を見守った

さい銭をあげて手を合わせたり、大勢が行列を見守った

 
 山神社の神輿に続いて「わっしょーい」とかわいらしい掛け声が聞こえてきた。小さな神輿の担ぎ手は、製鉄所や関連企業に勤める社員の子どもら13人。山口伊織さん(9)、橙利さん(7)の兄弟は「初めて参加した。楽しかったし、また担ぎたい」と笑顔を見せ、母親の彩乃さん(32)は「迫力あるまつり。子どもたちの頑張り、かわいい姿を見ることができた」とうれしそうだった。
 
修繕された神輿を担いで行列を盛り上げた子どもたち

修繕された神輿を担いで行列を盛り上げた子どもたち

 
 製鉄所で働く人が暮らす社宅は市内各地にあり、社宅ごとに神輿もあったという。今回、小川地区に残っていた神輿を修繕、復活させた。同社釜石総務室の高橋聡太郎さん(30)は「子どもの頃から地域の取り組みに参加することで愛着を持ってもらえる。まつりの盛り上げにもなる」と意義を強調。大人たちの神輿も「釜石の地で長く事業を続けられているのは地域の支えがあってこそ。感謝を伝える機会として、まつりは重要な位置づけ。人数の確保は容易ではないが、(参加を)定着、継続したい」と熱を込めた。
 
薬師公園御旅所に入る尾崎神社の六角大神輿と山神社の神輿(右)

薬師公園御旅所に入る尾崎神社の六角大神輿と山神社の神輿(右)

 
 尾崎神社六角大神輿の担ぎ手にも助っ人が加わった。防災や伝統文化の継承をテーマにした体験研修で来釜した東海大学観光学部の服部泰講師のゼミに所属する3、4年生計25人で、男子学生8人が力を貸した。東京出身の竹中凌さん(3年)は「神様、昔ながらの伝統を感じながら神輿を担ぐのは初めて。手を合わせて迎える人がいたり、そんな重みが肩にのしかかった。まち全体が文化を大切にしていた」と新鮮な経験を楽しみつつ、爽やかな汗を流した。女子学生は物持ちとして列に加わった。
 
大学生や近隣市町からの助っ人も加わった渡御行列でまちが活気づく

大学生や近隣市町からの助っ人も加わった渡御行列でまちが活気づく

 
 魚市場御旅所では神輿還御式が行われ、奥宮にかえるご神体を各団体がおはやしで見送った。主催の同まつり実行委事務局によると、19、20の2日間で計約1万人の人出があった。