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津波避難場所の仙寿院境内を目指し、急坂を駆け上がる中学生ら=新春韋駄天競走
「津波発生時は迷わず、近くの高台へ―」。釜石市の津波避難啓発行事「新春韋駄天競走」が4日、大只越町の日蓮宗仙寿院(芝﨑恵応住職)周辺で行われた。同寺、釜石仏教会が主催し11回目の開催。市内外の2~63歳まで89人が参加し、地域の津波避難場所となっている高台の寺までの急坂を必死に駆け上がった。東日本大震災から間もなく13年となる沿岸被災地。今年は能登半島地震もあり、災害への心構えの大切さをより意識する日々が続く。参加者は震災の教訓を心に刻み、命を守る行動を体で覚えた。
同行事は兵庫県西宮神社の新年開門神事「福男選び」をヒントに、“競走”という楽しみを盛り込みながら津波避難を体験してもらう節分行事。只越町の津波浸水域から震災時、1000人余りが避難した寺まで286メートル(高低差約26メートル)を駆け上がる。途中には急カーブや傾斜がきつい坂も。幼い子どもたちは父母に手を引かれながら、小学生以上は日ごろのスポーツ活動で鍛えた脚力も発揮しながら、それぞれにゴールを目指した。
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午前11時、「親子の部」からスタート
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父親に背中を押され、懸命に坂を上る子ども(左)。沿道では見物客が温かい拍手で応援(右)
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只越町の消防屯所(集会所)前をスタート。高台の仙寿院までは高低差約26メートル
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女子、女性陣もありったけの力を振り絞り前へ進む
6部門を設け、それぞれの1位に「福○○」の称号を授与。芝﨑住職から認定書を受け取った人たちは、午後から行われた豆まきにも参加した。閉会式の最後には参加者や応援に集まった見物客全員で、海の方角に向かって黙とう。震災や能登半島地震の犠牲者の冥福を祈るとともに、同地震被災地の早期復興を願った。会場では能登支援の募金も呼び掛けた。
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各部門で1位になった人たち。「福○○」のたすきをかけて感想を述べる
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東日本大震災、能登半島地震の犠牲者を思い、黙とうをささげた
例年、お囃子の太鼓で参加者を鼓舞している「只越虎舞」は、閉会式準備の間、踊りも披露。今年はメンバー3人がはんてん姿で競走にも参加した。応援側から初めて走る側になった菊池幸紘さん(31)は「きつかったですねー。ゴール直前の坂はかなりこたえた」と息を切らした。自身は震災時、浜町の自宅にいて津波にのまれ、がれきの山に流れついて一命をとりとめた。「早く逃げていれば…という思いは今でもある。『大丈夫だろう』という過信は絶対禁物。やっぱり、すぐに逃げるのが一番」と、教訓を深く心にとどめる。
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今年初めて競走にも参加した「只越虎舞」のメンバーら
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ゴールまであと少し!沿道の声援を受けひたすら前へ…
男性35歳以上の部で「福男」になったのは、一戸町の健康運動指導士西舘敦さん(44)。陸上競技に励む娘の朱里さん(18)と「思い出づくり、力試しに」と初参加。朱里さんも女性の部で「福女」になり、見事“親子福”で新春を飾った。
なかなかの難コースに「気持ちで進まないとゴールにたどりつけない。後続の人を津波と思って、『逃げろ』という一心で駆け上がった」と敦さん。災害時は「誰かの手を引いたり、声を掛けながら一緒に逃げることも考えられる。自分の身は守って当たり前。訓練を重ねることで他の人も助けられる力をつけたい」と話す。親子で2カ月間練習を積んで、この日を迎えた。朱里さんは「いろいろな坂を見つけては走ってきた。今日のコースは本当にきつかったが、最後の最後まで競って福女になれたのは良かった」と喜びの表情。13年前の震災では「大きな揺れに怖い思いをした」記憶が残る。「津波はいつ起きてもおかしくないと聞く。沿岸部にいたら、すぐに逃げることを心がけたい」と気を引き締めた。
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「福女」の西舘朱里さん(写真左側奥)は僅差で1位に。父親の敦さん(写真右)は後続を寄せ付けず断トツの1位で「福男」に
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福男、福女の認定書を手に笑顔を見せる西舘さん親子。母と一緒に記念の一枚!
こうした防災の取り組みに父敦さんは「釜石市は震災伝承や避難の啓蒙活動がすごく盛んな印象。私たちも教訓とさせてもらっている」と刺激を受け、朱里さんも「この行事を周りに広め、避難の大切さを知ってもらいたい」と意識を高めた。
芝﨑住職は「(震災を経験していない)子どもたちの参加が増えているのはありがたい。『大きな地震があったら必ず津波が来ると思って高台に避難をする』。この行事で学んだことを多くの方々に教えていただきたい」と望んだ。
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震災後に生まれた子どもたちも父母と一緒に参加。津波避難を体で覚える
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ゴール前では芝﨑住職ら釜石仏教会のメンバーが参加者の頑張りをたたえた