タグ別アーカイブ: 文化・教育

【インタビュー】岩手県立釜石高等学校 第12回全国高校生歴史フォーラム優秀賞・知事賞受賞

【インタビュー】岩手県立釜石高等学校 第12回全国高校生歴史フォーラム優秀賞・知事賞受賞

【インタビュー】岩手県立釜石高等学校 第12回全国高校生歴史フォーラム優秀賞・知事賞受賞

 

【SS探究】SSH地歴公民(髙橋ゼミ)
「南部藩の虎舞の起源を探る~虎舞はどこで生まれ、どのように広まっていったのか~」
菊池知里さん、鈴木笙子さん、佐々木滉士君、多田栞さん

 

岩手県立釜石高等学校は平成24年度から平成28年度まで文部科学省スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に初指定、さらに平成29年度から平成33年度まで第2期として再指定され、「ゼミ活動」(探究活動)を行っています。

 

そのゼミ活動の一つ、地歴公民(髙橋ゼミ) 「南部藩の虎舞の起源を探る~虎舞はどこで生まれ、どのように広まっていったのか~」が、全国高校生歴史フォーラムで45校73編の中から優秀校5校に選ばれ、さらに奈良大学で行われた優秀校による研究発表を行った結果、歴史分野では実質1位となる「知事賞」を受賞しました。

 

受賞した髙橋ゼミの菊池知里さん、鈴木笙子さん、佐々木滉士君、多田栞さん(全員3年生)に聞いてきました。

 

ーーまずは受賞おめでとうございます!今の率直な気持ちを聞かせてください。

 

多田さん:とても頑張って来たので嬉しかったです。
佐々木君:正直驚いたんですけど嬉しかったです。
菊池さん:まさか受賞するとは思っていなかったので、受賞を知った時は嬉しいというよりは信じられない!という気持ちの方が強かったです。あとからじわじわと実感しました。
鈴木さん:優秀校の5校に選ばれただけでもすごい事だったので、まずはその事に「えー私たちが!」とびっくりしました。発表の当日、私は行けなかったんですけど、他の3人が素晴らしい発表をしてくれて賞を頂けて嬉しかったです。

 

【インタビュー】岩手県立釜石高等学校 第12回全国高校生歴史フォーラム優秀賞・知事賞受賞

 

ーーこのテーマを選んだ理由は?

 

「虎が居ないのにどうして釜石には虎舞があるのか?どうして虎舞なのか?」という素朴な疑問から始まりました。

 

ーー実際の研究、調査はどのように?

 

1年生の時は基礎を学び、2年生から歴史について探求活動をし、1年半取り組んできました。

 

まず、由来について文献や資料で調べて、そこに登場してくる人物について深く調べて行きました。
さらに郷土資料館に行って調べたり、由来に尾崎神社が出てきたので、尾崎神社の宮司さんにお話を聞きに行ったり、虎舞分布について研究していらっしゃる盛岡大学の大石先生に学校に来ていただき直接教えて頂きました。

 

虎舞には諸説あって、それぞれ調べて行くうちに辻褄が合わない事も出て、「じゃぁここからどう進めて行ったらいいのかなぁ」とか悩んだりした時もありましたが、髙橋先生からアドバイスももらいながら、本当かどうかわからない所は除いて、事実だけを拾い上げて繋げて行き、自分たちなりの結論を出しまとめました。

 

【インタビュー】岩手県立釜石高等学校 第12回全国高校生歴史フォーラム優秀賞・知事賞受賞

 

ーーこのゼミ活動で印象的だった事は?

 

菊池さん:尾崎神社の宮司さんに直接お話を聞いて、虎舞に対する地域の方々の想いを知る事が出来たのがとても貴重でしたし、自分が住んでいる地域とはまた違っていて、とても新鮮でした。
鈴木さん:SSH指定校だからこそ出来たこのゼミでの経験を通して成長する事が出来ましたし、こうした活動が出来て嬉しいと感じました。
多田さん:ゼミ活動を2年生の時に始めて、最初は少し面倒くさいなぁって思う事もあったんですけど、この4人で協力しながらやって行くうちにどんどん調べるのが楽しくなって来て、学校外での活動は私たちのゼミくらいだったので、そういう事もたくさん出来てとても楽しかったです。
佐々木君:行き詰る時もあったんですけど、そういう時も皆でおしゃべりする感じで相談しながら、ゼミを通して楽しくやって来られて良かったです。

 

ーー調べ終わって感じた事は?

 

調べていった結果、虎舞の始まりには過去に起きた震災とのつながりがある事を知って、虎舞が復興していく過程でとても重要な役割を果たした部分などは、東日本大震災の時と重なりました。郷土芸能にはやはり人を奮い立たせる何かがあって、被災した地域の人たちを元気づけて来たという事も。
そういう事を知ると地域にとって郷土芸能がとても大切な役割を果たしていると分かり、これからも後世に残して行く必要性を感じました。

 
 
 

釜石の郷土芸能の中でも市内外から人気を得る“虎舞”。高校生の皆さんが1年半かけて調べ上げたその研究、どんな内容なのか気になりませんか?
そこで、今回取材させていただいたご縁をきっかけに、研究発表の場を設けさせていただきました。皆さまお誘い合わせのうえ、ぜひお越しください!

 

第12回全国高校生歴史フォーラム優秀賞・知事賞受賞!! 【岩手県立釜石高等学校【SS探究】SSH地歴公民(髙橋ゼミ)研究発表会】「南部藩の虎舞の起源を探る~虎舞はどこで生まれ、どのように広まっていったのか~」

 

開催日時

2018年12月22日(土) 午前11時から

開催場所

釜石情報交流センター 1階 ラウンジ(釜石市大町1-1-10)
 
お申込み不要、参加料無料
発表の後に、虎舞グッズ(ストラップ・置物)の当たる抽選会を実施します。

 

岩手県立釜石高等高校公式サイト
http://www2.iwate-ed.jp/kas-h/
岩手県立釜石高等学校SHH Facebookページ
https://www.facebook.com/Kamaishissh

縁とらんす

かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

縁とらんす編集部による記事です。

問い合わせ:0193-22-3607 〒026-0024 岩手県釜石市大町1-1-10 釜石情報交流センター内

復興奏でる「かまいしの第九」〜歴史刻む歓喜の合唱、唐丹中も出演

復興奏でる「かまいしの第九」〜歴史刻む歓喜の合唱、唐丹中も出演

アンコールで客席の人たちも「歓喜の歌」に声を合わせた41回目の「かまいしの第九」

アンコールで客席の人たちも「歓喜の歌」に声を合わせた41回目の「かまいしの第九」

 

 師走恒例「かまいしの第九」演奏会(実行委主催)は9日、釜石市民ホールTETTOで開かれ、市内外から参加した約130人の合唱メンバーがホールいっぱいに「歓喜の歌」を響かせた。1978年、旧釜石市民文化会館の落成を記念してスタートしたかまいしの第九。人と人、時代と時代をつなぎながら長く続き、今年でちょうど40年。震災の惨禍を乗り越え、前に進もうとする市民の熱い思いを重ねた第九を高らかに歌い上げた。

 

 最初のステージでは唐丹中(菊地正道校長、生徒35人)の全校生徒が出演し、「勝利の行進」(ベルディ作曲)など2曲を演奏。少人数ながら、オーケストラの音に負けない元気な歌声を披露した。

 

35人で元気な歌声を披露した唐丹中の全校生徒

35人で元気な歌声を披露した唐丹中の全校生徒

 

 続いて、「第九」。山﨑眞行さんの指揮で47人編成のオーケストラが2楽章まで演奏した後、3楽章から4人のソリストが登場。最終楽章の途中から合唱メンバーも立ち上がり、クライマックスとなった。

 

 アンコールの声に応え、最後は客席も一緒になって「歓喜の歌」を響かせた。

 

 唐丹中の前生徒会長で、今回の合唱リーダーを務めた鈴木萌々夏さん(3年)は個人で第九のフルコーラスにも挑戦。「多くの人を勇気づけられる音楽のすごさを感じた」と感激を口にした。震災の津波で家を流され、大槌町に住んでいた祖父は行方不明のまま。そうした悲しみを乗り越え、高校でさらに深く音楽を学び、声楽家を目指すという。

 

 震災後にUR(都市再生機構)から釜石に派遣され土地区画整理事業に携わった戸塚勇孝さん(57)は、気仙沼市に転勤になったのを機に5年ぶりに釜石の第九に復帰。「合唱の仲間に温かく迎えてもらった。懐かしさと、うれしさでいっぱい。釜石は第二のふるさとになった」と感激をかみしめた。

 

 この春、県沿岸広域振興局長として釜石に赴任した石川義晃さん(56)は第九に初挑戦。「地域の人々と同じことができるいい機会。合唱の練習も楽しくできた」と大満足で、「また来年も」と意欲満々。

 

 山形県米沢市の戸屋進さん(54)は、転勤で4年間釜石に赴任したのが縁で、妻由美さん(53)が合唱に参加。10月に米沢に戻ったが、3年目の出演を決めた妻とともに演奏会に駆け付けた。

 

 進さんは今年、日本で最初に「第九」が演奏された徳島県鳴門市を訪問する機会があった。今年は、その初演から100年の節目にあたる。「今年は特別な感動を味わいながら聞かせていただいた」と声を弾ませた。

 

 盛岡市の大瀧陽子さん(45)は夫の父、粂夫さん(75)が初出演。「素晴らしい演奏に感動。客席から歓声も上がり、みんな楽しんでいるのを感じた」と盛り上がりを共有した。

 

 「75歳のチャレンジ。ドイツ語の歌詞は難しかったが、くじけず続けてきたことで(自分に)合格点をあげたい」と粂夫さん。「長年の歴史を持つ第九で、頑張っている人も多い。そんな姿から生きる力をもらった。残された人生に役立てていきたい」と感謝した。

 

(復興釜石新聞 2018年12月12日発行 第748号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

thum_sanoyoriko

古里釜石に民謡で恩返し、震災で両親犠牲の佐野よりこさん〜民謡と踊りの祭典、新ホールで華やかに

古里釜石に民謡で恩返し、震災で両親犠牲の佐野よりこさん〜民謡と踊りの祭典、新ホールで華やかに

 

 自分を育ててくれた古里釜石に恩返しがしたい―。釜石市鵜住居町出身の民謡歌手、佐野よりこさん(盛岡市在住)が企画した東日本大震災復興支援チャリティーショー「笑福!民謡(うた)と踊りの祭典」(一般社団法人清流会主催)が2日、大町の市民ホールTETTOで開かれた。震災の津波で両親を亡くした佐野さん。計り知れない深い悲しみを乗り越え、念願の舞台で大輪の花を咲かせる姿に、会場を埋めた観客から割れんばかりの拍手が送られた。

 

 佐野さんを支える県内の先輩歌手、若手の民謡、舞踊、三味線、尺八の仲間が協力し、2部構成のショーを披露。地元の柳家細川流舞踊(細川艶柳華家元)、桜舞太鼓、おおつち一心会が踊りや演奏で舞台を盛り上げた。漫談やお笑いパフォーマンスもあり、観客は多彩なステージを楽しんだ。

 

 佐野さんは「南部牛追唄」「釜石浜唄」など郷土を代表する民謡を聞かせたほか、師匠の山崎隆男さん(釜石市)と「南部木挽唄」で共演。山崎さんは、3歳から民謡を習い始めた佐野さんの幼いころの様子も明かし、“天才型”と称賛した。

 

 民謡歴45年の佐野さんは、数々の全国大会で日本一を獲得。一昨年には第56回郷土民謡民舞全国大会で最高賞の内閣総理大臣賞を受賞している。歌手のほかラジオDJ、イベント司会者としても活躍する。

 

 最愛の両親を奪った震災はあまりにもつらい出来事だった。ショックで歌えない日々が続いたが、被災した地元住民から「よりこちゃんの歌が聞きたい」と背中を押され、歌唱活動を再開。先輩の漆原栄美子さんが行っていた仮設住宅などを回る活動にも3年前から参加し、昨年は自身で復興支援のための民謡プロジェクトを立ち上げた。

 

 ショーでは、歌が好きだった父祐三さん(震災当時73)の“おはこ”「無法松の一生」も歌い、両親や世話になった人らに感謝の気持ちをささげた。最後は出演者全員で歌声を重ね、感動冷めやらぬ中で閉会した。

 

 花巻市から足を運んだ藤井智子さん(57)は「素晴らしいの一言。よくここまでたどり着いたなと泣けてきちゃって。自分も前向きに頑張らなきゃ」と涙をぬぐった。民謡仲間8人で駆け付けた遠野市の菊池一男さん(80)は「よりちゃんの歌のうまさ、さらには周りで支えている人たちの協力がすごい。お客さんの入りもたいしたもの」とたたえた。

 鵜住居町の尺八奏者古川芳吉さん(71)は、佐野さんが出た民謡大会など各種舞台で伴奏を担当。亡くなった両親とも親しく、互いの家を行き来する間柄だった。佐野さんがステージに立つ姿に「大人になったなぁと思ってね。歌も格段にうまくなった」と成長を実感。両親を失った悲しみを共有し、「これまで本当に大変だったろう…。2人を亡くしたのは非常に悔しい」と言葉を詰まらせた。

 

 古川さんは佐野さんらの復興支援活動に同行することも。「いろいろな所に出向いて顔と名前を知ってもらえた。体だけは気を付け、みんなのために歌ってほしい。釜石、そして鵜住居を忘れずに…」と願った。

 

両親からもらった声を宝物に

 

 「当日を迎えるまでは心配で心配で…」。地元釜石で初めて開く自身企画のショー。佐野さんは市内外から集まった大勢の観客に「感謝の気持ちでいっぱい」と目を潤ませた。

 

 生まれ育った釜石、震災後の支援活動で訪れた沿岸各地で「自分も元気をもらい、皆さんに心を育ててもらった。いつか釜石で恩返しを」と願い、この日を迎えた。支えてくれた人たち、応援してくれた両親への思いを込め、1曲1曲心を込めて歌い上げた。

 

万感の思いを込め歌う佐野さん

万感の思いを込め歌う佐野さん

 

 佐野さんを民謡の世界に導いたのは母マサエさん(震災当時74)。後に民謡を始めた母と二人三脚で精進を重ねた。父祐三さんは献身的に支えた。愛娘の舞台には必ず駆け付けていた両親。「今日も会場のどこかで見守ってくれている感覚がありました」と佐野さん。

 
 「両親からもらった声を一生の宝物とし、思いが伝わるような歌を届けていきたい。それが供養にもなるはず…」。

 

 今公演の収益の一部は釜石市の復興支援に役立ててもらう。釜石観光物産親善大使も務める佐野さんは「まずは住んでいる人たちが元気にならないと。芸能で後押しし、釜石の現状を発信する役目を果たしたい」と未来を見据えた。

 

(復興釜石新聞 2018年12月8日発行 第747号より)

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

釜石の鉄鉱石から生まれた鉄瓶が田山さん(右)から野田市長へ

「鉄のまち」復興と発展の願い込め、南部鉄器寄贈〜釜石産餅鉄を原料に製造、いわてたたら研究会

 釜石の鉄鉱石から生まれた鉄瓶が田山さん(右)から野田市長へ

釜石の鉄鉱石から生まれた鉄瓶が田山さん(右)から野田市長へ

 

 「いわてたたら研究会」(田山和康会長、事務局・岩手県工業技術センター)は「鉄の記念日」の1日、釜石産の鉄鉱石、餅鉄(べいてつ)を原料とした南部鉄瓶を釜石市に寄贈した。この日、情報交流センター釜石PITで開かれた鉄の学習会の会場に田山会長(68)が足を運び、野田武則市長に手渡した。田山会長は「鉄のまちの復興と発展を願って造った。多くの人に見て楽しんでいただきたい」と期待した。市は、この鉄瓶を鉄の歴史館に展示、公開する予定だ。

 

 たたら製鉄は日本古来の製鉄方法で、木炭を燃料に砂鉄などが含まれる酸化鉄を還元して鉄を造る技術。手間と時間はかかるが、低温で還元することにより不純物の少ない鉄が得られる。

 

 鉄瓶の材料のけら(鉄)は、同研究会の初代会長中川淳さん(函館市在住)の指導で、市鉄の歴史館のたたら製鉄体験会で造ったもの。橋野町の沢桧川で採取した餅鉄を原料に簡易高炉で造り、3年分のけらを鉄瓶の製造に充てた。

 

 けらは岩手大学鋳造技術研究センターで精錬(鋳塊作製)。再溶解と成分調整は県工業技術センターが引き受け、田山会長に託された。

 

 田山会長は滝沢市に南部鉄器の田山鐵瓶工房を開く。南部鉄器は経済産業大臣指定の伝統的工芸品で、田山さんは南部鉄器伝統工芸士会の会長も務める。

 

 完成した作品は「釜石産餅鉄製 桜紋布団形鉄瓶」と名付けられた。重さ約1・6キロ、有効容量は1・6リットル。胴、蓋(ふた)一面に桜の花が散りばめられた。彩色はなく、光を受けて日本刀と同じように鈍色(にびいろ)の輝きを放つ。

 

 田山会長によると、鋳型の桜紋は花弁の一つ一つを3日間かけて造形、完成まで1カ月を要した。「胴と蓋が触れ、こすれる時に鳴る(金属音の)余韻がすばらしい。自分の作品の中でも1、2位ではないか」と、会心の作をなでた。

 

 たたら製鉄体験会は甲子中、栗林小、新日鉄住金釜石製鉄所などでも繰り返し行われている。田山会長は「けらを造った子どもたちに、ウエートなど小さな物を贈ることもできる」と思いを膨らませる。

 

(復興釜石新聞 2018年12月5日発行 第746号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

釜石鵜住居復興スタジアムで草取りをする弘前実業高生

弘前実業高校「被災地の力になれたら」〜ラグビー応援団、鵜住居スタジアムで清掃活動

釜石鵜住居復興スタジアムで草取りをする弘前実業高生

釜石鵜住居復興スタジアムで草取りをする弘前実業高生

 

 来年のラグビーワールドカップ(W杯)釜石開催の準備を後押ししようと、青森県弘前市の弘前実業高(福士広司校長、生徒840人)は22日、会場となる釜石市鵜住居町のスタジアムで草取りなどの清掃活動を行った。

 

 同高農業経営科の3年生約40人が活動。篠崎唯太君は「東北の仲間として少しでも助けになれば。大きな大会がこんな近くで開かれるのは珍しく、力になれたらうれしい。震災被災地の復興への意思を強く感じてもらえる大会になるといい」と作業に取り組んだ。

 

 震災を受け、同高は地元青年会議所と協力して釜石に桜を植えるという被災地支援活動を実施してきた。今回は学校独自の取り組みとして、1泊2日の日程で来釜。前日には世界遺産「橋野鉄鉱山」の見学や根浜海岸周辺の清掃活動などを行った。

 

 こうした活動は、釜石市や県などでつくるW杯釜石開催実行委員会(会長・達増拓也知事、会長代行・野田武則釜石市長)が募集する独自ボランティア「いわて・かまいしラグビー応援団」の取り組みの一つ。同高では、来年以降も続けたい考えだ。

 

 実行委によると、応援団には20日時点で、県内外の37グループから応募があった。町内会、企業、学校などが、のぼり旗の設置によるPRや花いっぱい運動などを展開。スポーツ大会の開催やビデオメッセージの制作などを予定しているグループもある。

 

 募集は来年11月2日まで継続。国内外から来る選手や観客の「おもてなし」、機運醸成、地域美化、環境整備など「自由な発想による幅広い活動」をしてくれるグループを求めている。2人以上のグループなら、年齢や居住地などを問わず参加可能。個人での申し込みには、活動可能なグループの紹介などで対応する。

 

 実行委では「応援団に参加して、みんなで一緒に大会を盛り上げよう」と呼び掛けている。

 

 問い合わせは市ラグビーW杯2019推進本部事務局(電話0193・27・8420)へ。

 

(復興釜石新聞 2018年11月24日発行 第743号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

民謡で古里に恩返し、津波で両親犠牲の佐野よりこさん〜震災復興支援チャリティーショー、12月2日釜石で

民謡で古里に恩返し、津波で両親犠牲の佐野よりこさん〜震災復興支援チャリティーショー、12月2日釜石で

古里への感謝を込めて民謡ショーを企画する佐野よりこさん

古里への感謝を込めて民謡ショーを企画する佐野よりこさん

 

 釜石市鵜住居町出身の民謡歌手、佐野よりこさん(48)=盛岡市在住=は20日、小佐野町の特別養護老人ホームアミーガはまゆり(久喜真施設長、長期利用90人、短期利用10人、デイサービス利用25人)を慰問し、歌や踊りで高齢者らを癒やした。東日本大震災で両親を亡くした佐野さんは、ショックで声を出せない時期もあったというが、地元の声に背中を押されて活動を再開。「恩返しをしたい」と思いを込めて歌声を届けている。そんな佐野さんが企画する震災復興支援チャリティーショー「笑福! 民謡(うた)と踊りの祭典」(一般社団法人清流会主催)が12月2日、大町の市民ホールTETTOで開かれる。

 

 「一足先に歌っこ届けにきたよ」。慰問では、「南部俵積み唄」「涙そうそう」など民謡、歌謡曲を織り交ぜて披露。三味線の弾き語りでは「釜石浜唄」を、しっとりと聴かせた。

 

 佐野さんは3歳で民謡を習い始めると、めきめきと実力を付け、中学時代には釜石の民謡大会で史上最年少優勝。「南部牛追唄」「外山節」など数々の全国大会で日本一となるなど活躍している。一昨年には第56回郷土民謡民舞全国大会で最高賞の民謡グランプリ大賞に輝き、内閣総理大臣賞を受けている。

 

 震災の津波で実家が流され、父祐三さん(当時73)、母マサエさん(同74)も奪われた。失った衝撃で歌えない日が続いた。そんな中、聞こえてきたのは、地元の被災者の「よりこちゃんの歌が聴きたい」という声。古里の声に押され活動を再開してからは、県内の民謡仲間らと被災地を回る活動にも参加している。

 

 「育て、かわいがってもらった古里に恩返ししたい」と考えていた佐野さん。待望の市民ホールが完成し、「私には民謡しかない。古里の舞台で、歌で思いを伝えたい」と、自分なりの恩返しの場となるショーを企画した。

 

 ショーには佐野さんのほか、民謡の吉田やす子さん、北條真由美さん、舞踊の井上ひとみさん、吉田成美さんら県内の若手メンバーが出演。お笑いパフォーマーの石黒サンペイさんによるステージもある。菊池信夫さん、山崎隆男さん、漆原栄美子さん、細川艶柳華さんが特別出演。「桜舞太鼓」「おおつち一心会」も協力する。

 

 午後0時半開演。全自由席で大人1500円(当日2千円)、高校生以下800円(同1千円)。収益の一部を釜石の復興支援金として寄付する。

 

 慰問で、利用者らは曲が始まると自然と口ずさみ、手拍子を合わせる。佐野さんは「民謡は生活に根ざしたもの。自然と体が反応する」と歌の力を実感。恩返しはもちろん、「地域住民の集いの場となり、世代間交流につながれば。師走のTETTOで笑って楽しんで、笑顔で新しい年を迎えてほしい」と願っている。

 

 問い合わせは佐野よりこ民謡チャリティーショー事務局(電話019・651・8886)へ。

 

(復興釜石新聞 2018年11月24日発行 第743号より)

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

入館者100万人目となった深谷さん夫妻(左)

鉄の歴史館100万人達成、東海市の深谷さん〜「鉄のまち」の発信拠点、開館から33年

入館者100万人目となった深谷さん夫妻(左)

入館者100万人目となった深谷さん夫妻(左)

 

 釜石市大平町の市立鉄の歴史館(佐々木育男館長)の入館者が16日、100万人を達成し、記念セレモニーが行われた。1985年7月に開館し、近代製鉄発祥の地・釜石の歴史と価値を発信する拠点として親しまれ、33年で大台に到達した。

 

 100万人目となったのは、釜石の姉妹都市・愛知県東海市の市民ツアーで訪れた深谷鈴子さん(72)。セレモニーでは、夫の守行さん(75)とくす玉を割って節目を祝った。

 

 野田武則市長がオリジナルピンバッジや地酒「浜千鳥」などを贈呈。ツアー参加者約20人にも記念のクリアファイルなどをプレゼントした。
 深谷さんは「突然でびっくり。大切な場に立ち会えて光栄」と感激。釜石を訪れるのは初めてで、「その土地の文化に触れられるのが旅の楽しみ。釜石は鉄つながりで身近に感じられる。いい思い出をもらった」と笑顔を広げた。

 

大台到達を東海市民も喜んだ

大台到達を東海市民も喜んだ

 

 鉄に関わる資料を数多く展示する同館は、1994年に大規模な改修工事を行って再オープンし、近代製鉄発祥150周年に合わせ2007年に1階の展示パネルをリニューアル。世界遺産登録を機に16年には建物自体の改修やシアター映像の内容を新調、17年に2階の展示パネルを新たにした。

 

 来館者は開館翌年の6万8800人余りをピークに、毎年2万人前後で推移。東日本大震災後は1万2千人前後となっていたが、「橋野鉄鉱山」が世界遺産に登録された2015年度は1万8千人余りと伸びた。

 

 今年度は、例年を若干上回るペース。佐々木館長は「鉄のまち釜石を発信する重要拠点。展示物の整理、見直しを図って新しいものを見せ続け、利用者の増加につなげたい」と気持ちを新たにした。

 

 同館では100万人達成を記念し、特製クリアファイルを5千枚作製、入館者に配布している。「鉄の記念日(12月1日)」特別企画として、23日から同館2階会議室で「高任再考」展を開催。未展示の収蔵資料などを紹介し、大島高任の偉業をひも解く。来年1月7日まで。

 

 開館時間は午前9時~午後5時(入館は同4時まで)。入館料は大人500円、高校生300円、小中学生150円。毎週火曜日と年末年始(12月29日―1月3日)は休館。問い合わせは同館(電話0193・24・2211)へ。

 

(復興釜石新聞 2018年11月21日発行 第742号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

先人の知恵を地域づくりに、釜石で嚶鳴フォーラム〜童門さんと高橋さん 近代製鉄の父・大島高任を語る

先人の知恵を地域づくりに、釜石で嚶鳴フォーラム〜童門冬二さんと高橋克彦さん、近代製鉄の父・大島高任を語る

公開フォーラムの会場で舞台に勢ぞろいした嚶鳴協議会加盟市町の代表ら

公開フォーラムの会場で舞台に勢ぞろいした嚶鳴協議会加盟市町の代表ら

 

 先人の知恵や経験から普遍的な人間の英知を再発見し、地域づくりに生かす「嚶鳴(おうめい)フォーラムin釜石」(釜石市、市教育委員会主催、嚶鳴協議会共催)が16、17の両日、釜石市を会場に開かれた。17日は作家の童門冬二さん(91)、高橋克彦さん(71)を講師に招き、市民ホールTETTOで公開フォーラムを実施。歴史小説で有名な2人が、近代製鉄の父・大島高任の生き方や地域の歴史を知る意義を語り、約250人が聞き入った。

 

 童門さんは、大島高任と明治の先人をテーマに講演。高任が釜石で日本初の洋式高炉連続出銑に成功した出発点として、17歳で上京、原書を読み込み蘭学の知識を習得していったことを挙げた。

 

 水戸藩で反射炉による大砲鋳造に成功後、南部藩に戻った高任は、砂鉄より強固な原料を求め、磁鉄鉱の鉱脈がある釜石で洋式高炉の建設に着手する。「地域資源を利用しながら自分の仕事を組み立てていく。これが高任の原点。従来の考え方や慣習を変えなければできなかったこと」と童門さん。高任の改革を「物・仕組み(制度)・心(意識)の3つの壁への挑戦」と表現し、「鉄生産の恩人だけでなく、むしろ日本近代化への新しい日本人を生むための教育者だった」と評価した。

 

 高任の人格にも言及。「徳あれば隣あり」という論語の言葉を引用し、「高任の生涯には隣人(理解、協力者)が多い。徳がオーラ(気)となって発せられると自然と人が集まり、手助けをしてくれる」とし、「私利私欲なく、自然科学で生活を豊かにしようとした。日本人、南部藩士の立場を捨てず、自分がやるべきことに一生懸命だった」と、高任の“徳”を示した。

 

 25年ぶりの釜石訪問という高橋さんは、母親の里帰り出産により釜石で生まれたことを明かし、東北を舞台にした小説を書くようになったきっかけなどを話した。「物書きになっていなければ、岩手や東北に全く興味を持たなかった」と高橋さん。上京した学生時代は方言がコンプレックスで、東北生まれに誇りを感じられなかったという。契機は作家になって約3年後。取材に訪れた京都の山中で高齢女性から土地の歴史を聞き、「一番大事なのは自分の住む土地に自信、愛着を持つこと」と気付かされた。

 

 後に、自分が生まれ育ったまちをテーマに書いた短編連作「緋い記憶」が直木賞を受賞。以来、長編にも幅を広げ、NHK大河ドラマ(炎立つ、時宗)の原作を執筆するまでになった。高橋さんは「東北の歴史資料はほとんど残されていないが、口伝という形で伝えられてきた隠された歴史がある。それを発掘するのも必要」と使命感をのぞかせた。

 

高橋さん(左)と童門さん

高橋さん(左)と童門さん

 

 この日は2人の対談も。著書は600冊以上、70歳を過ぎてからも120~30冊もの書籍を出している童門さんに、高橋さんが気力の源を尋ねると、「食事に気を使っているが、休肝日は無い。嫌なことは忘れる。人をとがめない。心穏やかに、前向きに」との答えが。童門さんは東京都庁に30年勤務後、作家活動に専念。1999年には「勲三等瑞宝章」を受章している。

 

(復興釜石新聞 2018年11月21日発行 第742号より)

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

切り絵の「迦楼羅」中美展で初入賞、独学の創作 光放つ〜美術集団「サムディ45」黒須さん

切り絵の「迦楼羅」中美展で初入賞、独学の創作 光放つ〜美術集団「サムディ45」黒須さん

入賞作「迦楼羅」

入賞作「迦楼羅」

 

 中央美術協会が東京都美術館で開いた「第70回記念中美展」で、釜石市の美術集団サムディ45に所属する黒須由里江さん(40)の切り絵作品「迦楼羅(カルラ)」が小品部門賞に選ばれた。中美展には2015年から出品し毎回入選していたが、賞を受けるのは今回が初めて。黒須さんは「びっくりしたが、やっときたかという感じ。独学で頑張ってきたが、やってきたことは間違いでなかった。続けてきて本当に良かった」と喜びをかみしめた。

 

 中美展は協会員が作品を出展するほか、油彩画、日本画、水彩画、版画、工芸、水墨画など多様な美術ジャンルで作品を全国から公募。その中から審査を通過した入選・入賞作品も展示する美術展。今回の記念展は10日から16日まで開かれ、黒須さんの作品も会場に展示された。

 

 入賞作品は、インド神話に登場する鳥神「ガルーダ」がモチーフ。題名は、仏教に取り込まれ守護神となった「迦楼羅天」から付けた。サイズは縦約110センチ、横約80センチ。口から金の火を吹き、赤い翼を持つとされる「鳥頭人身有翼」の姿を繊細な技で作り込み、躍動感あふれる独創的な世界観を表現した。

 

 黒須さんは大槌町出身。美術学校を卒業するなど専門的に学んでいないものの、デッサンには自信があったという。「描くだけでは落書きと思われる。形に残したいが、色を塗るのは、学んだ人たちにはかなわない」と、描いた線を際立たせる手段として選んだのが、切り絵。7年ほど前に始め、同じ頃に同集団にも参加した。

 

黒須さん

作者の黒須由里江さん

 

 釜石市内の郵便局に勤める傍ら創作活動に励んでいて、「仕事だけでは得られない、さまざまな人との出会い、体験のできる環境が創造の力になっている。やりがいもある」と黒須さん。展示会で人に見てもらう機会ができたことも、「上達した」との実感につながっている。

 

 全国公募の美術展に応募したのは中美展が初めて。3回の入選で、昨年には会友に推挙された。今回は会友として出品し、念願の初入賞。「テンション、モチベーションが上がる」と満面の笑顔を見せた。

 

 黒須さんの作品づくりの原動力は「今に見てろー」という向上心。この気持ちは変わることはなく、「どこまで勝負できるか。もっと上位の賞を目指す。面白そうな刺激を受けられることにも積極的に挑戦したい」と意欲を高めている。

 

(復興釜石新聞 2018年11月17日発行 第741号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

震災後の活動を来場者に伝える伊藤さんと会員ら

震災乗り越え 不屈の書作展〜津波で師を失うも奮起、沙舟書院釜石教室

震災後の活動を来場者に伝える伊藤さんと会員ら

震災後の活動を来場者に伝える伊藤さんと会員ら

 

 釜石市小川町の小川ふれあいセンターで活動する沙舟書院釜石教室(伊藤沙舟主宰)の書作展が11、12の両日、大町の市民ホールTETTOで開かれた。東日本大震災で師を失いながらも、新たな指導者のもとで書に打ち込んできた会員らが、7年の歩みの成果を披露。被災を乗り越え、全国展で評価を得るまでになった書人魂で、釜石人の“不撓(ふとう)不屈”の精神を体現した。

 

 同教室の会員は震災前、三陸書人社役員で、鵜住居、小川に2教室を開設していた故・木下溪泉(本名・長壽)さん(創玄書道会学生部審査会員、岩手日報書展理事)に師事。木下さんが津波の犠牲になり、鵜住居教室の会員もほとんどが自宅を失ったが、書へのゆるぎない情熱が被災から立ち上がる原動力となった。

 

 会員らは、木下さんと同門で、陸前高田市で教室を開く伊藤沙舟さん(沙舟書院理事長)に指導を懇願。月1回、釜石に来てもらえることになり、震災から半年後の2011年9月、2教室を集約し、同センターでの稽古を再開した。現在、会員は震災後に入会した2人を合わせ14人。50代から80代までが「近代詩文書」に親しむ。同書は現代詩などを漢字と仮名で表現するスタイルで、美しい日本語を書くことを目的に、昭和に入って生まれたものだという。

 

 展示会には、会員と伊藤さんが33点を出品。北原白秋、島崎藤村、宮澤賢治など著名詩人らの作品が味わいのある書体でよみがえり、来場者の目を楽しませた。

 

 書道歴約20年の前川美流(本名・美智子)さん(80)は津波で、鵜住居町新川原の自宅兼店舗を失った。被災後は夫婦で中妻町のアパートに暮らし、「(書道を)もうやめようかとも思った」が、仲間に誘われ奮起。その後、夫が病弱になり、3年ほど休んだ。苦楽を共にした夫は、地元に戻る願いかなわず一昨年逝去。鵜住居の復興住宅に入居した前川さんは今年4月、教室に復帰した。

 

 「夢中になって書いていると余計なことを考えなくて済む。生活の張り合い、気晴らしにも。できる限り長く続け、元気でいたい」と前川さん。小川での月2回の教室に加え、鵜住居の会員らと地元集会所で週2回の自主活動にも励む。

 

 故・木下さんの下で腕を磨いた会員らは、伊藤さんの指導で、さらに実力を開花。岩手日報展のほか、毎日書道展、国内最大組織「創玄書道会」の書展で入選、入賞するまでに成長した。

 

 自身も震災で夫を亡くした伊藤さんは「被災直後は、私も続けられるかどうか悩んだ。みんな同じような気持ちで前に進んできたのでは。よくここまでやってきた」と万感の7年を代弁。各種書展での会員の躍進に「個々の中で、自分に対する可能性が芽生えてきた。若い会員も先輩たちの背中を見て育っている。これからも地道に精進を重ねていければ」と願った。

 

 会場には2日間で、約300人が訪れ、会員らに称賛の声を寄せた。

 

(復興釜石新聞 2018年11月17日発行 第741号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

海の恵みを喜び、人と人との絆を深めて大漁御祝いに興ずる大団演

海に生きる人々 親子の情愛描く、第32回釜石市民劇場「両石村庄助」〜少年漁師の物語、新ホールで初公演

海の恵みを喜び、人と人との絆を深めて大漁御祝いに興ずる大団演

 

 釜石の人々が海を愛しながら生きてきた歴史や絆、親子が思いやる姿を舞台で表現する第32回釜石市民劇場「伝説浜の孝子(こうし)両石村庄助と鐘」(実行委員会主催)は10、11の両日、釜石市民ホールTETTOで上演された。東日本大震災で2年間中断したあと、2013年から鈴子町のシープラザ遊を会場に“テント劇”で活動を継続。新市民ホールの完成を受け、念願の「劇場公演」が復活した。2回公演合わせて約600人が、万感の思いを込めた熱演に大きな拍手を送った。

 

 物語は、江戸中期の両石村(現・釜石市両石町)に生きる人々の姿を描いた。主人公の少年庄助は両親と暮らし、釜石村に奉公する姉がいる。病弱の父親に代わり漁師として一家を支え、優しい庄助は誰からも好かれる。

 

 父親が病没し、消沈する庄助はある日、浜から見事な鐘を持ち帰る。その話は遠方にも伝わり、庄助の孝行ぶりとともに南部侯の耳に入る。藩がその鐘を預かり、庄助には褒美に扶持米が与えられた。

 

父(武田仁一さん)は庄助に感謝しながら…

父(武田仁一さん)は庄助に感謝しながら…

 

 キャストは18人。ありがたい鐘の出現に村人が「大漁御祝い」を歌い踊る場面では、釜石民謡保存会(山崎隆男会長、5人)と柳家細川流舞踊(家元・細川艶柳華さん、10人)が特別出演し、舞台を盛り上げた。

 

 踊りの輪には、舞台装置の製作を手伝ったベトナムの水産加工技能実習生チン・ティ・タイン・タインさん(21)、レ・ティ・フェさん(21)も着物姿で加わった。

 

 舞台装置を製作するスタッフは時間的な制約、テント劇との違いを懸命にカバー。キャストも数人がダブルキャストで出演するなど工夫して乗り切った。

 

荒海の波は子役が青のコスチュームで表現

荒海の波は子役が青のコスチュームで表現

 

 1997年の第12回公演「漁(すなどり)の孝子」の脚本を実行委の久保秀俊会長がリメークした作品。演出も担当する久保会長は「家族や周囲の人を思う優しさにあふれる舞台で、震災の恐怖や悲しみが少しでもやわらげることができれば」と再上演に願いを込めた。公演2日目は、震災から7年8カ月の月命日でもあった。

 

 2日目の公演では、野田武則市長が「両石も数多い困難から立ち上がった。劇が伝える村人の思いと、それをすくい上げる行政には、今につながる意義と教訓がある」とあいさつした。

 

 みなし仮設を経て、自宅を自力再建して家族と戻った山本洋子さん(81)は「初めて(市民劇場を)見た。いがった。演技も、子どもの言葉も、うまかった」と喜んだ。両石町出身で野田町に住む作山松子さん(81)も山本さんら旧知の人たちと語らい、交流を楽しんだ。

 

新ホールの上演を終え、観客に感謝

新ホールの上演を終え、観客に感謝

 

 久保会長は「多くの市民、演劇仲間が来場し、成功だった。大型テントで再開し続けたのは、本格的な劇場公演のノウハウを絶やさず、継承する願いがあった。みんなの努力で、それが生かされたことがうれしい」と総括した。

 

(復興釜石新聞 2018年11月14日発行 第740号より)

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3

開会式の全体合唱で声出しする釜石・大槌地区の児童ら

リズムに乗り 明るく元気に、新ホールに歌声あふれる〜釜石・大槌小中学校連合音楽会

開会式の全体合唱で声出しする釜石・大槌地区の児童ら

開会式の全体合唱で声出しする釜石・大槌地区の児童ら

 

 釜石市、大槌町の小学校、中学校による連合音楽会は6日、釜石市民ホールTETTOで開かれた。東日本大震災で会場となっていた市民文化会館が被災したため、震災後は市内の学校体育館で開催。本年度は新しいホールでの初めての音楽会となり、18校の児童・生徒が合唱や合奏などで元気な歌声、音色を響かせた。

 

 小学校の部は両市町の教育委員会が主催し、11校が参加。開会式で、大槌町の伊藤正治教育長は「初めての場所で緊張しているかもしれないが、みんなは歌の持つ不思議な魔法の力や心を学んできた。思いっきり心を響かせよう」と激励した。

 

白と黒のそろいの衣装で、息の合った合唱を披露した釜石小児童

白と黒のそろいの衣装で、息の合った合唱を披露した釜石小児童

 

 唐丹小3~6年生約30人の合唱でスタート。「いつも何度でも」ではトーンチャイムで息の合った演奏も披露した。釜石小4年生約20人は「帰りの会のサンバ」などを軽快に歌い上げ、栗林小の全校児童約40人は「もしも宝物をひとつ」などで息の合った歌声を聞かせた。

 

 平田小4年生27人は、明るく元気に「たいようのサンバ」を合唱。佐々木悠真君は「緊張したけど、リズムに乗ってうまく歌えた。(市民ホールは)音が響いて、歌っていて気持ち良かった」と満足げだった。

 

 中学校の部(釜石学校教育文化活動連絡協議会、釜石地区中学校文化連盟主催)には7校が出演し、ポップスやクラシックの名曲など多彩な曲目で練習の成果を披露。会場には家族らも駆け付け、子どもたちの音楽に大きな拍手を送った。

 

(復興釜石新聞 2018年11月10日発行 第739号より)

 

復興釜石新聞

復興釜石新聞(合同会社 釜石新聞社)

復興釜石新聞と連携し、各号紙面より数日の期間を設け記者のピックアップ記事を2〜3点掲載しています。

問い合わせ:0193-55-4713 〒026-0044 岩手県釜石市住吉町3-3