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広報かまいし2024年8月1日号(No.1837)

広報かまいし2024年8月1日号(No.1837)
 

広報かまいし2024年8月1日号(No.1837)

広報かまいし2024年8月1日号(No.1837)

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【P1】
釜石納涼花火2024

【P2-3】
イベント案内
熱中症にご注意ください

【P4-5】
自動運転バスに試乗できます
物価高騰対策給付金 他

【P6-7】
釜石市戦没者追悼・平和祈念式
飼育犬・猫、地域ねこの不妊・去勢手術助成 他

【P8-9】
まちのお知らせ

【P10】
定額減税に係る補足給付金(調整給付)

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 広聴広報課 広聴広報係
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8419 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2024072600027/
釜石市

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釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
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初の全国大会へ 開設4年目KIKI DANCE SCHOOL(釜石・大槌)小中3チーム  8/2決戦

2日、初の全国大会に挑む「KIKI DANCE SCHOOL」の小中学生チーム

2日、初の全国大会に挑む「KIKI DANCE SCHOOL」の小中学生チーム

 
 釜石市、大槌町でレッスンを行うKIKI DANCE SCHOOL(キキダンススクール、AKKO主宰)の小中学生3チーム(9人)が、子ども向けダンスコンテスト「1st by Soulm8(ファーストバイソウルメイト)」の東日本予選でファイナリストに選ばれ、全国大会に出場する。開設4年目を迎える同スクールのチームが同コンテストに応募したのは今回が初めて。初挑戦で手にした全国大会への切符。メンバーは上位入賞を目指し、8月2日、頂上決戦(東京・滝野川会館)に挑む。
 
 全国大会出場を決めたのは、小学4年以下の部でThree☆Step(スリーステップ)=黒澤結莉、田中穂、三浦千紗(いずれも大槌学園4年)、小学生の部でtwinny(トゥイニー)=金澤花怜(釜石小5年)、佐々萌菜(白山小同)、中学生の部で4MIX(フォーミックス)=飛内アリシア皐(釜石中1年)、今井芭奈(大平中同)、石川夕茜(釜石中2年)、菊地紗愛(同3年)。4月のオーディションで選ばれて結成したチームで、フリースタイルジャズの演技で戦う。
 
 東日本予選(オンライン審査)は6~7月に計4回、応募のチャンスがあり、キキの3チームは最後の7月13日の審査に臨んだ。最終的に全国大会へ進むチームファイナリスト(西日本予選通過を含む)には、小学4年以下の部で15チーム、小学生の部で24チーム、中学生の部で22チームが選ばれている。本県からの出場は同3チームのみ。
 
大槌学園の4年生3人で結成する「Three☆Step」

大槌学園の4年生3人で結成する「Three☆Step」

 
釜石小、白山小の5年生2人で組んだ「twinny」

釜石小、白山小の5年生2人で組んだ「twinny」

 
釜石中、大平中の1~3年生4人による「4MIX」

釜石中、大平中の1~3年生4人による「4MIX」

 
 キキダンススクールは、関東のキッズチームを数々のコンテストで優勝に導いてきた振付師のAKKOさん(35)が2021年に立ち上げた。現在、幼児から中学生まで約60人が7クラスに分かれて指導を受ける。これまで、スクールの発表会や地域のイベント、日本製鉄釜石シーウェイブスホーム戦のハーフタイムショーなどでダンスを披露してきたが、今年からコンテストへの応募を本格化。その最初の挑戦が、愛好者に人気のソウルメイトの大会だ。
 
 大槌学園の4年生3人で組むスリーステップは、吸収力の高さで成長著しいチーム。メンバーの黒澤結莉さんは初の全国大会出場へ、「いろいろな技とかを決めて、最後まで本気でやり抜きたい」と意気込む。指導するAKKOさんは「変わっていく姿を見るのが楽しい。3人ともポテンシャルが高い」と将来にも期待する。
 
メンバー3人が持つ「はつらつさ」や「勢い」を全て振り付けに込めた作品

メンバー3人が持つ「はつらつさ」や「勢い」を全て振り付けに込めた作品

 
kメンバーの豊かな表情も光る「Three☆Step」の演技

メンバーの豊かな表情も光る「Three☆Step」の演技

 
 元々、仲がいいというトゥイニーの2人は、黒ネコをモチーフにしたダンスで本領を発揮。佐々萌菜さんは「他のチームは人数が多いが、その中でもみんなの印象に強く残るような演技をしたい。目標は3位以上」と上を向く。AKKOさんによると、チームの場合、メンバーの関係性が踊りに出るという。「ペアのほうが輝くと思って組ませたが正解。2人の仲、チームワークの良さが完全に作品に表れている」と話す。
 
いたずら好きな黒ネコ2匹が駆け回り、暴れ楽しむ姿がモチーフの作品

いたずら好きな黒ネコ2匹が駆け回り、暴れ楽しむ姿がモチーフの作品

 
ペアならではの息の合った演技を見せる「twinny」8

ペアならではの息の合った演技を見せる「twinny」

 
 フォーミックスの最年長、菊地紗愛さんは4人の動き、表情、間合い、全体のまとまりなど細部まで意識し、作品の完成度を高める。「目指すは優勝のみ。このために練習を重ねてきたので、自信を持って臨みたい。支えてくれる家族にもいい結果を届けたい」と強い意志を見せる。「何があっても前に一歩踏み出そうとする強さを全員が持っている。さらに気持ちが強くなり、それが形になれば一気に化けるチーム」とAKKOさん。
 
催眠術師がモチーフ。不思議な雰囲気から見ている人を一気に自分たちの世界に巻き込む

催眠術師がモチーフ。不思議な雰囲気から見ている人を一気に自分たちの世界に巻き込む

 
中学生チーム「4MIX」は大人の雰囲気漂う演技で魅了

中学生チーム「4MIX」は大人の雰囲気漂う演技で魅了

 
 予選に応募した他チームの動画はオンラインで視聴が可能。コンテスト経験豊富な子どもたちと同じ土俵で戦うため、AKKOさんは「そう簡単にはいかない」と思いつつも、手応えは感じていた。結果は応募全3チームの全国大会進出。「正直驚いたが、すごくうれしい」と、ステップアップにつながる大きなチャンスを喜ぶ。メンバーには「親御さんのサポートや一緒に踊ってくれる仲間のありがたみをかみしめて舞台に立ってほしい。悔いのない戦いを」と願う。
 
子どもたちを指導するAKKOさん(手前右)。衣装や髪型、メークまでトータルプロデュース

子どもたちを指導するAKKOさん(手前右)。衣装や髪型、メークまでトータルプロデュース

 
保護者が見守る中、練習に励む=7月26日、市民ホールTETTO

保護者が見守る中、練習に励む=7月26日、市民ホールTETTO

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子どもも大人も!みんなの「うのたみ食堂」でワイワイ交流 釜石・鵜住居地区で初開設

初開催の「うのたみ食堂」で食事を楽しむ参加者

初開催の「うのたみ食堂」で食事を楽しむ参加者

 
 釜石市の鵜住居地区民生委員児童委員協議会(小澤修会長)は24日、同市鵜住居町の鵜住居公民館で子ども食堂を開いた。食事はもちろん、遊びや防災グッズの工作を楽しんだ参加者。学校が長期休みに入ったこともあり、「夏を目いっぱい楽しむぞー」と元気だ。子ども食堂は市内の他地区で取り組みが先行しているが、同地区では初開催。運営方法や行事内容、食事の献立、食材の調達など手探りながらの“お試しプレ企画”だったが、地元企業が食材を提供したり地域連携の機会として可能性を広げた。
 
 鵜住居小の夏休み合わせて企画し、児童約40人が公民館に集まった。お楽しみ会として用意された遊びはパラスポーツのボッチャ。協力団体として参加する地域会議や公民館職員、市社会福祉協議会の関係者らも加わり、学年や世代を超え、歓声を上げながら競技に熱中した。
 
ボッチャに挑戦する子どもたち。「あれれー」

ボッチャに挑戦する子どもたち。「あれれー」

 
明暗分かれる…真剣勝負には子どもも大人もなし

明暗分かれる…真剣勝負には子どもも大人もなし

 
 東日本大震災や防災を学ぶ時間も。同地区の主任児童委員市川淳子さん(60)が、地域のお盆恒例行事の復活を描いた絵本「ぼんやきゅう」(ポプラ社、文/指田和、絵/長谷川義史)を読み聞かせした。箱崎白浜地区に住み、被災や避難所生活の経験を伝え、紙皿を使った、こまづくりも紹介。ペットボトルのキャップとストローを使った遊び、新聞紙でつくる即席スリッパを見せながら、「大変な時でも楽しいことを見つけられるんだよ」と子どもたちに語りかけた。
 
市川淳子さん(右)による絵本の読み聞かせを楽しむ児童

市川淳子さん(右)による絵本の読み聞かせを楽しむ児童

 
 昼食は、協議会の会員や公民館で活動する男の手料理教室のメンバーらが手作りした冷やしうどん、サケフレークなどを混ぜ込んだおにぎりを無料で提供した。麺のトッピングとして用意されたワカメは地産地消の箱崎白浜産。米は協議会員の知人から寄せられた熊本県産を使った。
 
おいしいものを味わってもらおうと住民が協力して調理

おいしいものを味わってもらおうと住民が協力して調理

 
「はい、どうぞ」。高学年の児童が料理運びをお手伝い

「はい、どうぞ」。高学年の児童が料理運びをお手伝い

 
 添えられた唐揚げは子どもたちに大人気。1人2個としていたが、澤本大吾さん(1年)は追加を希望して「おいしい」とうれしそうに頬張った。佐々木萌彩(めいあ)さん(6年)は「みんなとワイワイご飯を食べたりできてうれしい。ボッチャでボロ負けしたからリベンジしたい。夏休みの行事はまだあるし、目いっぱい楽しみたい」と笑顔を見せた。
 
口を大きく開けてパクリ。唐揚げを頬張る子ども

口を大きく開けてパクリ。唐揚げを頬張る子ども

 
ずらりと並んだ唐揚げ。おいしさに子どもたちの箸も出る

ずらりと並んだ唐揚げ。おいしさに子どもたちの箸も出る

 
 唐揚げを提供したのは、栗林町に養鶏農場がある鶏肉生産加工販売業オヤマ(本社・一関市)。「からあげグランプリ」で最高賞を複数回獲得する自慢の味わいを知ってもらおうと、「室根からあげ」を200個(100人分)用意した。
 
 この日は、同社の小山達也常務取締役(48)が足を運んで、児童らと交流。岩手県内の自社農場で鶏を育て生産者の顔が見えること、食材のおいしさを上乗せする味付けの秘密などを教えたりした。たくさんの喜ぶ顔に感激した様子で、「釜石には水産だけでなく、畜産もあると知ってもらえたら。次回は、地元の食材とコラボした釜石産ブランド『釜から』を持ってくるよ」と約束。養鶏を通した町おこし、食育への意欲も口にした。後日、平田地区と小佐野地区で開かれた子ども食堂でも唐揚げを振る舞った。
 
「からあげー、イエーイ!」と喜ぶ児童と小山達也常務

 「からあげー、イエーイ!」と喜ぶ児童と小山達也常務

 
 鵜住居地区は震災後、新たに建った学校を中心に地域交流を進めてきたが、新型コロナウイルス禍で行事参加が見送られたことで、「顔つなぎ」の機会が減っていた。昨年から他地区で子ども食堂が開かれ、鵜住居でも同協議会の会員間で機運が高まり事業を計画。今回は低予算で継続できる形をつかむための試行だったが、小澤会長(74)は「うまく手分けしてできたと思う。子どもたちに大人たちの顔を覚えてもらう機会にし、声をかけ合える地域づくりにつながればいい」と会場を見回した。
 
子どもたちの笑顔に小澤修会長も頬を緩ませる

子どもたちの笑顔に小澤修会長も頬を緩ませる

 
 鵜住居地区の子ども食堂は「うのたみ食堂」と銘打つ。集う“鵜住居の民”と主催する“鵜住居の民生委員”から文字をとった。来年度は、子どもだけでなく地域住民を対象にして世代間交流の場として実施する予定だ。

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令和6年度釜石市戦没者追悼・平和祈念式

令和6年度釜石市戦没者追悼・平和祈念式
 
太平洋戦争をはじめ過去の戦争において犠牲となられた戦没者及び戦災殉難者の御霊をお慰めし、再び惨禍を繰り返すことのないよう、恒久平和の確立を祈念するため、戦没者追悼・平和祈念式を執り行います。
 

式典概要

開催日時

令和6年8月9日(金) 午前11時から
(受付開始午前10時から)

場所

釜石市民ホールTETTO (釜石市大町1-1-9)

対象

どなたでも参列できます。

主な内容

黙とう、式辞、追悼のことば、朗読、献唱、献花など
※今年度初めての取組として、読書サポーター「颯(かぜ)・2000」のメンバーによる紙芝居『釜石の艦砲射撃』の朗読があります。

 

ご参列される方へ

 

  • 一般参列者の方は事前申し込みは不要です。
  • 献花用の花は会場に用意します。
  • 服装は、礼服・平服どちらでも構いません。
  • 会場には駐車場がありませんので、公共交通機関でお越しいただくか、近隣の有料駐車場をご利用ください。

※臨時バスによる送迎は行いません。

式典終了後の献花

 
式典時間までに参列できないご遺族及び一般の方が献花できるよう、式典会場内の献花台は午後1時まで設置しています。

展示

 
戦争の悲惨さを継承し、記憶を伝える取り組みとして、太平洋戦争及び釜石艦砲射撃の関連資料を会場に展示します。

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 保健福祉部 地域福祉課
〒026-0025 岩手県釜石市大渡町3丁目15番26号
電話 0193-22-0177 / FAX 0193-22-6375 / メールでの問い合わせ
元記事:
https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2024071800015/
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ラジオって作れるの!? 子どもらの好奇心を刺激 釜石海保、無線の仕組みを知る工作教室

釜石海上保安部が開催した工作教室で、手製のラジオを手に笑顔を見せる子どもたち

釜石海上保安部が開催した工作教室で、手製のラジオを手に笑顔を見せる子どもたち

 
 釜石海上保安部(佐々木篤部長)は20、21日、釜石市魚河岸の同保安部でラジオ工作教室を開いた。海の安全を守る業務などに欠かせない無線の仕組みを学んでもらおうと初企画。小学校中・高学年対象だったが、科学やものづくりに関心がある低学年の児童や中学生も市内外から参加した。「あんな構造で音が聞こえるの?」という不思議に触れた子どもは、2日間で計21人。目には見えなくても身近なところにある電波とその利用についても興味を深めた。
 
 教室には、一般財団法人日本航路標識協会(東京都)、日本無線(同)、サンコーシヤ(同)が協力する。21日は釜石市内の児童を中心に10人とその保護者ら約20人が参加。初めに、釜石海保の担当者が▽船舶交通の安全を守る▽命を守る海難救助▽青い海を守る環境保全活動―など「海の警察官」としての業務を説明した。学校の夏休み期間になることから海水浴での事故を防ぐための注意点も強調。夏場の気象にひそむ危険の一つ、雷の発生や落雷から身を守るすべをサンコーシヤの関係者が解説した。
 
海の安全を守る仕事、雷や電波の話に耳を傾ける参加者

海の安全を守る仕事、雷や電波の話に耳を傾ける参加者

 
 落雷のエネルギーに触れて電気、電流とのキーワードを得て、いよいよ無線、電波の話。講師は日本無線の社員が務め、船舶に搭載されたレーダーや交通系IC乗車券などを紹介しながら「電気の信号、電波は身近なところで使われている」と伝えた。電波の利用を感じられるものとして挙げたのがラジオ。待ち構えた子どもたちが工作に挑んだ。
 
ハンダごてを使ってラジオ作りに挑戦する子どもたちを大人がサポート

ハンダごてを使ってラジオ作りに挑戦する子どもたちを大人がサポート

 
 つくるのは日本無線がこの工作教室のために用意する「AM/FM 2バンドラジオ」。子どもらはハンダごてを持ち、回路基板に放送局の切り替えを行うダイヤルなどの部品を付けていった。慣れない手つきだったが徐々にコツをつかんで、1時間ほどで完成。イヤホンを付け、ダイヤルを回して探っていると雑音の中からラジオ放送が聞こえてきて、子どもは笑顔を広げた。
 
基板に細かな部品を差し込んでハンダ付けする作業を繰り返す

基板に細かな部品を差し込んでハンダ付けする作業を繰り返す

 
電波を受け取る部品づくり。エナメル線を何重にも巻いた

電波を受け取る部品づくり。エナメル線を何重にも巻いた

 
 市内の阿部理央さん(10)は「はんだを溶かして付けるのが少し難しかった。ドキドキしながら作ったけど、音がちゃんと聞こえてうれしかった。ラジオってあんな構造なんだ」と学びを深めた。印象に残ったのは雷の話。目に見えていない電流についても興味を持った様子で、「夏休みの自由研究のテーマを決めていなかったから、ヒントになった」と思考を巡らせた。
 
ハンダ付けに挑む子どもの手元を見つめる保護者の視線も真剣

ハンダ付けに挑む子どもの手元を見つめる保護者の視線も真剣

 
完成したラジオから音が聞こえてくると参加者は笑顔になった

完成したラジオから音が聞こえてくると参加者は笑顔になった

 
 日本航路標識協会の佐々木忠男常務理事・事業部長は元海保職員だったといい、東日本大震災発生時に電話回線が不通となる中、漁業無線が災害対応に貢献した事例を紹介。「いざという時に命を守るためには情報を発信すること、集めることが重要になる」と、子どもらに防災の視点も植え付けた。
 
 釜石海保の美野重和交通課長は「無線、電波をフル活用して業務にあたっている。電波は身近にあることに気づいて、無線の仕組みをさらに勉強してもらえたら。いつかは日本の技術者に。そして、誰かを、何かを助けることをやりたいと考えている若い子たちの将来の視野を広げる機会になれば。ぜひ仲間入りを」と期待を込めた。

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力を結集!核兵器のない未来へ 高校生平和大使の釜高生ら署名活動 「釜石艦砲」記憶つなぐ

核兵器廃絶を求める署名への協力を呼びかける釜石高生

核兵器廃絶を求める署名への協力を呼びかける釜石高生

 
 国際社会に平和な世界の実現を訴える「高校生平和大使」に本年度、釜石市から佐藤凛汰朗さん(釜石高2年)が選ばれた。岩手県内各地で核兵器廃絶を求める「高校生一万人署名活動」を展開中。太平洋戦争で釜石が受けた最初の艦砲射撃から79年の14日には、市内中心市街地で声を上げた。
 
 「ビリョクだけれど、ムリョクではない。署名活動によるつながり、結びつきが、やがて核兵器廃絶や戦争のない平和な社会を実現する大きな力になると信じる。協力を」
 
 「釜石艦砲」犠牲者の冥福を祈る黙とうを呼びかける防災行政無線のサイレンが市内に響いた14日午後、イオンタウン釜石前で佐藤さんが訴えた。釜高の生徒有志7人も加わり、大町広場周辺を歩いて署名集め。市民らが足を止め、「戦争はダメ」「若い人たちが頑張っているから応援しないとね」などと応じた。
 
釜石高生らの呼びかけに市民や買い物客らが応じた

釜石高生らの呼びかけに市民や買い物客らが応じた

 
機動力を発揮して地域を歩いて署名を集める生徒ら

機動力を発揮して地域を歩いて署名を集める生徒ら

 
活動をアピールする横断幕を掲げて協力を呼びかけた

活動をアピールする横断幕を掲げて協力を呼びかけた

 
 署名活動は2001年に長崎の高校生から始まり、岩手では東日本大震災後の12年にスタート。「高校生一万人署名活動実行委員会・岩手」が年間を通して呼びかけを続ける。集められた署名は高校生平和大使によってスイス・ジュネーブの国連欧州本部に届けられている。
 
 高校生平和大使は、1990年代後半に世界で核実験が相次いだことを受け、98年に長崎で始まった。佐藤さんは第27代大使として、畠山史子さん(一関一高2年)とともに声を出す。岩手からは2011年以降、毎年2人を選出し、今回で14代目。震災の教訓や復興の姿を発信する役割も担う。釜石からは12年に初選出され、佐藤さんは5人目となる。
 
「戦争のない平和な社会の実現を」と訴える佐々木さん

「戦争のない平和な社会の実現を」と訴える佐藤凛汰朗さん

 
 7月14日…最初の砲撃の日。佐藤さんが地元で活動するのは2回目だったが、「この日」に強い思い入れがあった。歴史や世界情勢に関心があり、国外で戦闘の犠牲者が後を絶たない状況に「何かできることはないか」と考え続けてきた。そんな時に学校で釜石艦砲という戦禍を学び、捕虜収容所があって外国人捕虜が労働させられていたと知った。家庭で家族の恩人の体験談を聞いたことも。「罪もない多くの命が奪われ、この地が火の海になった日の景色を忘れてはいけない」。戦争の記憶を受け継ぎ、発信する大使に使命を見いだした。
 
 この日の活動に思う。「釜石にとって14日と8月9日はただの一日ではないと改めて感じてほしい」
 
道行く人に協力を呼びかける佐々木さん(右から2人目)

道行く人に協力を呼びかける佐藤さん(右から2人目)

 
 ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ攻撃など連日の報道も気持ちを揺さぶる。佐藤さんは「戦争が日常化するのは異常だ。日本は経験した人が少なくなっているが、いつ関わってしまうかもしれない」と危惧。そして続ける。「戦争は人の意志で起こる。だから人の手で止められるはず。やり始めた人についていかず、乗っからず、発展させないようにできると思うから、訴え続ける。平和を」とひたむきな姿勢を見せた。
 
 幼少期に震災が発生し、復興の歩みとともに育った経験も活動の力にする。「生活できるまちに戻そうと頑張った人たちがいたおかげで今がある」。風化を防ぎ、悲しい記憶や犠牲が増えないよう継承し続ける大切さをかみしめる。国連本部ではスピーチを披露する予定もあり、「悲しい歴史を繰り返さないために自分の言葉で思いを訴えたい」と意気込む。
 
活動を終え充実した表情を見せる釜石高の生徒有志

活動を終え充実した表情を見せる釜石高の生徒有志

 
 活動に参加した他の生徒らも刺激を受けた様子で、「署名する意味を考えてくれていたようで、うれしかった」「地域を知る学びになった。活動を続けたい」などと感想。高校生平和大使派遣委員会・岩手の千葉伸武共同代表が見守り、「署名は数ではなく、何かをやっているという形が重要になる。多くの人に忘れさせない、記憶を継承する活動だ。めげずに呼びかけ続けることが、核廃絶の大きな力になる」と意義を強調した。
 
 本年度の第27代大使は、17都道府県の23人。各地で署名活動を展開し、8月上旬に長崎での研修を経て、同月中旬に国連欧州本部を訪問する。

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5年ぶり飲食復活 上中島こども園夕涼み会 隣の児童館が初出店 幼児~高校生共に育つ環境へ第一歩 

児童館の出店でかき氷を受け取る園児=上中島こども園夕涼み会

児童館の出店でかき氷を受け取る園児=上中島こども園夕涼み会

 
 釜石市立上中島こども園(楢山知美園長、園児40人)の夕涼み会は13日、園庭で開かれた。新型コロナウイルス感染症の影響で休止していた飲食を5年ぶりに復活。隣接する上中島児童館(鈴木崇館長)は、同館を利用する児童生徒らによる出店を開き、参加者を楽しませた。園児と保護者に加え、卒園児らも集まり、夏の夕べのひとときに笑顔の花を咲かせた。
 
 園児の盆踊りで開幕。浴衣や甚平姿で「ピカチュウ音頭」「月夜のぽんちゃらりん」を元気いっぱいに踊った。児童館の建物との間の駐車場を囲み、さまざまな店が並んだ。園が用意したおもちゃ屋のほか、児童館企画のかき氷、トロピカルジュース、各種ゲームコーナーも。スタンプカードやチケットを手に親子や友達同士で店を回った。工藤精肉店(大渡町)は焼きそばやフランクフルト、焼き鳥などを販売。園児手作りのちょうちんや風鈴で彩られた園庭で家族がテーブルを囲み、久しぶりの“飲食あり”の会を楽しんだ。
 
夕涼み会のオープニングを飾った園児の盆踊り

夕涼み会のオープニングを飾った園児の盆踊り

 
暑さに負けず、元気に跳びはねる園児。周りでは保護者が熱心にカメラを向けた

暑さに負けず、元気に跳びはねる園児。周りでは保護者が熱心にカメラを向けた

 
おもちゃに食べ物、飲み物…。さまざまな出店に子どもたちは大喜び

おもちゃに食べ物、飲み物…。さまざまな出店に子どもたちは大喜び

 
園庭では家族で飲食を楽しんだ。夕涼み会の久しぶりの光景

園庭では家族で飲食を楽しんだ。夕涼み会の久しぶりの光景

 
 安斉茉柚ちゃん(5)は「ヨーヨー釣りが楽しかった。唐揚げとソーセージとおにぎりとかき氷を食べたよ。浴衣はお母さんが着せてくれた」とご満悦。4歳男児の母親は「(飲食を伴う)夕涼み会は上の2人のお姉ちゃんの時以来。この子は初めてなので、とても楽しそう。食欲も大人並み」とほほ笑んだ。「子どもたちは外で食べたり飲んだりするのが好き。祭りの夜店のようなわくわく感は今も昔も同じ。親子のすてきな思い出になれば」と楢山園長。
 
 今回、会に協力した上中島児童館は本年度から「健全育成型」に形態を変え、18歳未満の子どもの放課後と土曜日利用が可能に。一日平均20人余りが訪れているという。隣り合う同こども園とは4月から月1回の交流を開始。同館に園児が訪問し、季節の行事などを共に楽しんでいる。この日は児童館側から小中高生10人が協力。園児に喜んでもらおうと、それぞれの持ち場で奮闘した。
 
上中島児童館の中学生らはかき氷などを販売した

上中島児童館の中学生らはかき氷などを販売した

 
児童館のチケット売り場も盛況。園児らが次々に訪れた

児童館のチケット売り場も盛況。園児らが次々に訪れた

 
児童館企画のゲームコーナーも人気。景品のプレゼントも

児童館企画のゲームコーナーも人気。景品のプレゼントも

 
 小山幸亜さん(釜石中1年)は「小さい子とどう関わればいいかとかも分かってくる。自分たちも楽しめている」と笑顔。保育士を目指す村上七望さん(釜石高3年)はこれまでにも市内のこども園のイベントやこども食堂のボランティアとして活動。「みんなにこにこしていて、こっちもうれしくなる。将来は子どもを取り巻く問題を少しでも解決できる保育士に」と意欲を高めた。鈴木館長は「子ども同士、横のつながりだけでなく縦の関わりが増えていくいい機会。今後も一緒にいろいろな活動ができれば」と期待する。
 
 少子化や人口減で子どもの数が減少し続けている同市。市内では小学校の学区ごとに幼児教育・保育施設と小中学校が連携して、地域ぐるみで子どもを育てていこうという動きが出ている。園同士もつながりながら取り組むもの。その一環として、上中島こども園では8月3日から毎週土曜日(午前9時~正午)に、未就学児(0~5歳)と保護者を対象とした遊び場として、園内ホールや園庭を開放する。他園に通う子どもも利用可能。小学生以上の兄、姉は隣接する児童館を利用できる。詳しい利用方法は7月15日号の広報かまいしに掲載。
 
 楢山園長は「当園は三陸道釜石中央インターチェンジ(新町)からも近く、利便のいい場所にある。市内全域の親子にどんどん利用してもらい、より良い環境下での子育てに役立ててもらえれば」と話す。
 
最後は花火の観賞。大きな音と火花に歓声を上げる子どもら

最後は花火の観賞。大きな音と火花に歓声を上げる子どもら

 
写真左:園舎軒下には園児手作りのちょうちんと風鈴が飾られた。同右:会には園児のきょうだいや卒園児らも多く訪れた

写真左:園舎軒下には園児手作りのちょうちんと風鈴が飾られた。同右:会には園児のきょうだいや卒園児らも多く訪れた

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釜石艦砲射撃の惨状、顔知らぬ父への思い 同姓同名の2人が伝える記憶 歌声でつなぐ

2人の佐々木郁子さんが戦争の記憶と平和への願いを伝えた

2人の佐々木郁子さんが戦争の記憶と平和への願いを伝えた

 
 太平洋戦争末期の釜石市を襲った艦砲射撃を題材にした合唱組曲「翳(かげ)った太陽」を歌う会は13日、曲への理解を深めるため「戦争体験者のお話を聞く会」を同市小川町の市働く婦人の家で開いた。語り手を務めたのは市内で暮らす2人の“佐々木郁子”さん。看護師の見習時代に見た艦砲射撃の惨状、顔を知らぬ父への思いをそれぞれ言葉にした。「あのような悲惨さを二度と繰り返さぬよう、平和の意味をかみしめて」。一回り以上、歳の離れた2人が強調したその願いを、合唱メンバーらは心に刻みながら記憶を歌い継ぐ。
 
小学生の手を握って「平和を守って」と語りかける94歳の佐々木郁子さん

小学生の手を握って「平和を守って」と語りかける94歳の佐々木郁子さん

 
 終戦が迫っていた1945年の夏。釜石は、米英連合軍の艦隊から2度の艦砲射撃を受けた。「ビューン!ガーン!ドーン!」。爆撃の始まり、砲弾の炸裂する音、地面の揺れ、避難した防空壕(ごう)や変わり果てた街の様子を生々しく語ったのは甲子町の佐々木郁子さんで、94歳になる。
 
 「戦後79年の歳月が流れた。7月14日と8月9日、釜石艦砲の惨状は…生き地獄でしたよ。その日が来るたびに思い出され、消え去ることはありません」。2度の攻撃で市内に打ち込まれた砲弾は5300発以上。市民ら782人(市調べ)の死亡が判明している。
 
 当時は15歳、看護師の見習として働いていた釜石製鉄所病院には負傷者が次々運ばれてくる。「苦しい、助けて」。他界していった人々、叫ぶような患者の声が今も耳に残る。「どうすることもできず悲しく、つらい日々でした」。絞り出すように胸の内を告白した。
 
 戦後、心は傷つきながらも立ち直り、乗り越え、日本は平和国家になった。「自然が引き起こす天災を防ぐことはできないが、戦争という人災は防ぐことができます。どうか皆さん、力を合わせて永遠の平和国家を守っていくようお願いしたいです」。目を見開き、言葉に力を込めた。
 
顔も知らぬ父の面影をたどった旅について話す80歳の佐々木郁子さん

顔も知らぬ父の面影をたどった旅について話す80歳の佐々木郁子さん

 
 戦争遺児として体験を語った平田・尾崎白浜の佐々木郁子さんは、80歳。1944年9月に満州(中国東北部)に赴いた父正雄さんが故郷に戻ってくることはなかった。45年4月、北安(ペイアン)で病死したらしい。当時は1歳になったばかりの頃。父親という存在自体がよく分からないまま戦後を過ごした。
 
 顔も姿も分からない“父の存在”を感じたのは、2009年に日中友好訪問団として現地を訪れた時。亡くなったとされる病院の敷地に立つと、「白衣を着た父が見ているような思いに駆られた」という。大きくて赤いと言われる満州の太陽を目の当たりにし、「同じ景色を見たんだなと感傷的になった。同時に、同じ土を踏むことができたという喜びもあった」と明かした。
 
 一緒に訪れた青森の男性が発した言葉、姿が忘れられない。「親父―!いま迎えに来たぞ…一緒に帰ろう」。積年の思いが、ほとばしるような叫びに号泣した。
 
 「父は遺骨もない」。同じように家族の元に帰っていない人たちがこの地にいると強く感じた。「日本の平和は大きな犠牲の上にある。戦争は何も生まない。残るのは憎しみ、むなしさ…。生きたくても生きられなかった人たちの思いを大事にしてほしい。平和の意味をかみしめ、命を大切にしなければ」と訴えた。
 
「二度と戦争が起こらないように」。2人の願いは同じ

「二度と戦争が起こらないように」。2人の願いは同じ

 
真剣な表情で話に耳を傾ける「翳った太陽」を歌う会メンバー

真剣な表情で話に耳を傾ける「翳った太陽」を歌う会メンバー

 
 2人の話にじっと耳を傾けた小原湊太さん(甲子小5年)は「平和を守るという思いが伝わってきた」とうなずき、高橋杏奈さん(釜石中2年)は「自分たちが暮らすまちに大変な時期があったと知った。今ある平和の大切さを伝えられるようにしたい」と受け止めた。合唱メンバーは感謝を込めて「青い空は」などを披露。「海」では、戦争の記憶をつなぐ語り手2人も声を重ねた。
 
記憶を受け継ごうと思いを込めて歌う合唱メンバー

記憶を受け継ごうと思いを込めて歌う合唱メンバー

 
 2005年に活動を始めた同グループが歌い継ぐ「翳った太陽」は、艦砲射撃で教え子を亡くした元小学校教師の石橋巌さん(06年他界)が記した絵手紙などを基に創作された全6曲17分の組曲。作曲を手がけた市内のピアノ講師最知節子さん(81)が指導し、市戦没者追悼式での献唱、学校でのコンサートなどを行ってきた。
 
 現在、合唱メンバーは小学5年生~80代の13人。ほとんどが戦争を体験していない世代で、菊地直美会長(61)は「お話し会で体験者のリアルな心に触れるのは大切な学びの機会になっている」と強調する。8回目となった今回も「大変な時代を生き抜いた2人の姿にグッとくる」と感情を揺さぶられた様子。体験者は減ってしまうが、少しでも多くの声を受け取る形は継続させ、「歌詞につづられた思いを感じ、理解し、仲間と気持ちを合わせて歌っていきたい」と前を向く。
 
戦争体験者の2人に寄り添う最知節子さん(左)

戦争体験者の2人に寄り添う最知節子さん(左)

 
 今年は8月2日に行われる原爆死没者追悼式、同9日に開催の市戦没者追悼・平和祈念式での献唱を予定するが、新メンバーの加入などもあって同組曲は歌わない。それでも、戦禍の記憶をつなぐため「声を上げ続けなければ」と最知さん。歌詞の中にある言葉を大切に、思いを一つに歌い上げる日を思い描きながら、練習を続ける。

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水しぶきに笑顔広げる 釜石・根浜海岸で海開き 自然体感!夏の思い出づくり始まる

海開きした根浜海岸海水浴場で初泳ぎを楽しむ子どもたち=7月13日

海開きした根浜海岸海水浴場で初泳ぎを楽しむ子どもたち=7月13日

 
 「海の日」(15日)を含んだ3連休。梅雨明け前にもかかわらず釜石市内では夏日が続き、開設したばかりの根浜海岸海水浴場(鵜住居町)は遊泳やマリンスポーツを楽しむ人でにぎわいを見せた。初日の13日に海開き。地引網体験や海遊びイベントもあり、子どもたちが自然体験を通じ、一足早く夏の思い出を刻んでいた。
 
 海開きの神事を現地で行い、関係者らが海の安全を祈願。子どもたちは海に向かって駆け出し、打ち寄せる波と一緒にジャンプしたり水をかけ合ったりしながら歓声を上げた。砂浜に穴を掘る遊びに夢中な親子、ビーチボールで熱戦を繰り広げる若者グループなど思い思いに楽しむ姿が見られた。
 
思い思いに海遊びを楽しむ人たちでにぎわう根浜海岸

思い思いに海遊びを楽しむ人たちでにぎわう根浜海岸

 
波打ち際も遊び場。水しぶきと歓声を上げる子どもたち

波打ち際も遊び場。水しぶきと歓声を上げる子どもたち

 
ビーチボールに砂遊び…浮いているだけでも海は楽しい

ビーチボールに砂遊び…浮いているだけでも海は楽しい

 
 地引き網体験では子どもから大人まで参加者全員で力を合わせ、海から伸びた2本の綱を引っぱった。「よーいしょ」との掛け声を数回繰り返して網が波打ち際まで来ると、跳びはねる魚がたくさん。トビウオやフグ、サバ、ウミタナゴなどがかかり、子どもたちは興味深そうに観察した。
 
地引き網に挑戦。懸命に網をたぐり寄せる

地引き網に挑戦。懸命に網をたぐり寄せる

 
子どもも大人もみんなで力を合わせて綱を引く

子どもも大人もみんなで力を合わせて綱を引く

 
「おさかなゲット!」。うれしそうな子どもたち

「おさかなゲット!」。うれしそうな子どもたち

 
 釜石・小佐野小4年の越野杏音(あのん)さん、同2年の斗葵(とあ)さん姉弟は、お目当ての地引き網体験で多様な魚との触れ合いを満喫した。自転車競技バイシクルモトクロス(BMX)に打ち込み、週末となればレースや練習の日々という2人にとって、久しぶりの息抜きタイムになった様子。杏音さんは「水は少し冷たいけど、気持ちいい。海は楽しいから、また来たい」とはにかんだ。
 
波と戯れたり泳いだり水遊びを楽しむ海水浴客

波と戯れたり泳いだり水遊びを楽しむ海水浴客

 
レスキューボードの試乗体験も。ライフセーバーが見守る

レスキューボードの試乗体験も。ライフセーバーが見守る

 
 海水浴場は8月18日まで開設。午前10時~午後4時に遊泳できる。期間中は監視員が常駐。釜石ライフセービングクラブの菊池健一代表(52)によると、東日本大震災の津波で失われた砂浜の再生工事が完了し全面開放での海開きが行われた2021年以降、開設期間中に事故は発生していない。
 
 それでも、菊池代表は「ここの海は急に深くなるので、保護者は子どもから目を離さないよう、しっかり見守ってほしい。風の向きによっては浮輪やビーチボールが沖に流されることがあるかもしれないが、無理に取りに行かないこと」と注意を促す。安全に遊泳してもらうための声がけを積極的に行う考えで、「泳いでいて不安になったら、手を振ってアピールしてほしい。ルールを守って思いっきり楽しんでもらえたら」と海岸に目を向けた。

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つなぐ「釜石艦砲」の記憶 市内小学校で紙芝居学習/郷土資料館は戦災企画展開催

 1945(昭和20)年7月14日。釜石市にとって決して忘れることのできない日―。太平洋戦争末期のこの日、同市は米艦隊による本州初の艦砲射撃を受け、多くの尊い命が奪われ、まちは焼け野原と化した。8月9日には米英両艦隊が砲撃。2度の攻撃による死者は782人、全焼家屋は2930戸に及んだ(市調べ)。戦後79年が経過し、体験者も減少していく中、市内ではその記憶を確実に後世につなぎ、非戦の思いを強める取り組みが続く。

釜石小6年生 艦砲射撃を学ぶ 紙芝居、体験者の生の声に「戦争は絶対ダメ」心に刻む

 
颯・2000のメンバーによる艦砲射撃を伝える紙芝居の上演=2日、釜石小

颯・2000のメンバーによる艦砲射撃を伝える紙芝居の上演=2日、釜石小

 
 大渡町の釜石小(五安城正敏校長、児童80人)では2日、6年生(19人)が艦砲射撃の学習を行った。読書サポーター、颯(かぜ)・2000(佐久間良子代表、11人)の4人が来校。体験者が制作した紙芝居の上演、手記の朗読のほか、メンバーが自身の体験を語った。児童らは生まれ育ったまちで実際にあった戦禍を知り、平和な世界の実現を願った。
 
 千田雅恵さん(事務局長)が艦砲射撃について解説。釜石湾に米英の大きな船がやってきて、積んでいる大砲からまちを目がけて5300発以上の砲弾が撃ち込まれたと説明した。「なぜ、釜石は狙われたのか?」。千田さんから問われると、児童から「鉄を多く作っていたから」との声が…。東北唯一の製鉄所があり、日本有数の工業都市だったことで標的にされた。
 
写真上:釜石が受けた艦砲射撃の被害状況などを教える千田雅恵事務局長、同下:話を聞く釜石小6年生

写真上:釜石が受けた艦砲射撃の被害状況などを教える千田雅恵事務局長、同下:話を聞く釜石小6年生

 
 砲弾の大きさを実感してもらおうと、紙の模型でも説明した。最も大きな直径40センチの16インチ砲は重さ約1トン。多くの着弾で、同校がある一帯は一面焼け野原になってしまった。遠くは中妻、小佐野、小川まで被害が及んだ。機銃掃射でも大勢の人が命を落としたという。
 
 釜石艦砲の紙芝居は、元教員で画家としても活躍した鈴木洋一さん(故人)が自身の体験を伝えようと制作したもの。製鉄所がある鈴子町に住んでいた鈴木さんは、逃げ込んだ防空壕(ごう)で次々に撃ち込まれる砲弾の炸裂音、地響きにおののきながら、腹ばいの姿勢で2時間半も耐え続けたという。放心状態でしばらく動けず、外に出ると直径8メートルものすり鉢状の砲弾跡が…。がれきで足の踏み場もなかったと記している。鈴木さんは「戦争は悲劇。おろかで罪悪です。絶対にやってはいけない。皆さんは平和を願う気持ちを持ち続けてください」と紙芝居を締めている。
 
故鈴木洋一さんが制作した紙芝居を読み聞かせる佐野順子さん(写真右)

故鈴木洋一さんが制作した紙芝居を読み聞かせる佐野順子さん(写真右)

 
 同会メンバーの浅沼和子さんは4歳の時に艦砲射撃を経験した。「命に関わることだったので忘れることができない―」。只越町の自宅では爆風でふすまなどが次々に倒れた。防空頭巾をかぶり、母親と近くの防空壕に走った。「死ぬんじゃないかと思いながら必死に母の後を追って逃げた」という。この日は戦争をテーマにした絵本も読み聞かせた。「戦争に勝ち負けはない。憎しみだけが残る」と浅沼さん。
 
写真左:学徒動員の体験手記を朗読する佐々木麻貴子さん、同右:自身の艦砲体験を語る浅沼和子さん

写真左:学徒動員の体験手記を朗読する佐々木麻貴子さん、同右:自身の艦砲体験を語る浅沼和子さん

 
 佐藤風河さんは「戦争は何もうれしいことはない。人の命を奪うことになるのでやめたほうがいい。釜石から発信し、戦争の危なさを世界中に伝えていくことが大事」とメンバーの話を心に刻んだ。
 
 児童らの様子について、「目線をしっかり向けて聞いていたので何かしら響くものはあったと思う」と千田さん。「艦砲射撃は“どこか遠くであったかわいそうなこと”ではなく、ここ釜石であったこと。ガザやウクライナのことも(戦争が)あって当たり前という意識を持たれるのが怖い。戦争をしないためにどうすればいいか、みんなでよく考えてほしい」と願う。
 
颯・2000が持参した艦砲射撃の各種資料も見学。さらに学びを深めた

颯・2000が持参した艦砲射撃の各種資料も見学。さらに学びを深めた

 
 同校が颯・2000のメンバーを招いて釜石艦砲を学ぶのは今年で2年目。五安城(いなぎ)正敏校長は「地域の方に話してもらうことで、より具体的に実感を伴って聞くことができた。地元の地名が出てきたり、いつも朝読書でお世話になっている浅沼さんが話してくれたことで身近さも感じたと思う。ぜひ続けていきたい」と話した。
 

「銃後(じゅうご)もまた戦場」 戦時中の市民の暮らしにスポット当て郷土資料館が企画展

 
市郷土資料館で開催中の企画展「銃後のくらし-釜石はどう生きたか-」

市郷土資料館で開催中の企画展「銃後のくらし-釜石はどう生きたか-」

 
 鈴子町の市郷土資料館(正木浩二館長)では12日から、戦災企画展「銃後のくらし ―釜石はどう生きたか―」が開かれている。戦地で戦う兵士を支え、幅広い活動で古里防衛に力を尽くした市民の生活にスポットを当てた。厳しい環境下でも「国のため」と衣食住の我慢をいとわず、勤労奉仕に汗を流す人々。全てが戦時色に染まった生活の一端を所蔵資料から垣間見ることができる。
 
 企画展示室には関係する64点の資料が並ぶ。当時の暮らしの解説パネル、衣食住、動員に関わる写真や書類など。開戦当初の1941(昭和16)年、鈴子駅から出征兵士を見送る人々の写真は日本の勢いを感じさせる一方、兵士が着物姿の家族と収まる写真は双方の複雑な心境ものぞかせる。戦時体制を色濃く反映するのは、金属献納運動を伝え、供出を促すパンフレット。寺の釣り鐘も集められている様子が掲載されている。
 
市民などから寄せられた戦時下の様子が分かる貴重な資料を公開

市民などから寄せられた戦時下の様子が分かる貴重な資料を公開

 
 戦時中はあらゆる物資が不足した。繊維製品も軍需用が優先され、一般向けの衣類は42(昭17)年から配給制に。各家庭の人数に応じて「衣料切符」が配られたが、実際には欲しいものは手に入りにくかったという。食糧難も深刻。釜石では米に海藻を混ぜて炊く“めのこ飯”が有名だが、県は「山菜野草の食べ方と貯え方」という文書も発行し、飢えをしのぐ手立てとしていた。
 
 戦時中も学校教育は続いたが、こちらも戦時色が強いものに。今回初めて公開された釜石商業高校の43(昭18)年の卒業アルバムは写真はもちろん、校歌や教諭からの送る言葉も戦争を意識した内容で、時代がうかがえる。戦況が悪化し本土決戦が叫ばれるようになると、児童生徒も勤労学徒として工場などに動員された。釜石高等女学校の生徒は小銃発射訓練にも励み、その様子が写真に残されている。企画展では訓練用の木銃も見ることができる。
 
昭和18年の釜石商業高校の卒業アルバムは本展が初公開

昭和18年の釜石商業高校の卒業アルバムは本展が初公開

 
戦力増強のため、市民は各方面に動員された。女性も防空演習や銃の訓練に励んだ

戦力増強のため、市民は各方面に動員された。女性も防空演習や銃の訓練に励んだ

 
雑誌などの出版物も戦時色に染まった

雑誌などの出版物も戦時色に染まった

 
 出征以外の男性は警備、消防、対空監視など釜石防衛の任務に就き、成年女性は大日本婦人会の会員として出征兵士や職場の激励、慰問など幅広い活動で戦時下の守りを支えた。当時の地区組織、隣組は防空演習を盛んに行った。
 
 佐々木寿館長補佐は「子どもから高齢者まで生活全てが戦争に向かっていた時代。今の自由さとは全然違う暮らしをしていたことにも目を向けてもらえれば」と話す。来年は戦後80年という大きな節目を迎える。「釜石艦砲をはじめ戦争体験者のいる(いた)家庭にはまだまだ眠っている資料があると思われる。家の整理などで発見したら、ぜひお寄せいただきたい」と呼び掛ける。
 
 本企画展は9月8日まで開催。毎週火曜日休館。開館時間は午前9時半~午後4時半(最終入館:午後4時)。

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熱さしのぎ“涼”空間へGO! 釜石市、クーリングシェルター開設中 熱中症防止に17施設

クーリングシェルターの掲示が設置された釜石市民ホールTETTO

クーリングシェルターの掲示が設置された釜石市民ホールTETTO

 
 今年の夏も厳しい暑さが予想される中、釜石市は熱中症を防ぐため、冷房を備えた公共施設などを「クーリングシェルター」(指定暑熱避難施設)として活用する取り組みを始めた。4日には市内最大の商業施設「イオンタウン釜石」(港町)を指定し、協定を締結。公共・民間施設を合わせて17カ所を設け、計約300人の受け入れが可能だ。市では「暑さを感じたら涼しい所へ。熱中症リスクの低減につなげたい」と利用を呼びかける。
 
 クーリングシェルターは改正気候変動適応法に基づき、危険な暑さから住民などが避難できる場所として市区町村長によって指定される施設のこと。過去に例のない広域的な暑さを想定しており、「熱中症特別警戒アラート」が追加された。特別警戒アラートは、従来の「熱中症警戒アラート」より一段強い呼びかけで、気温や湿度などから算出する「暑さ指数」が県内全地点で「35」以上になると予想される場合、前日に発表される。
 
 国が特別警戒アラートを発令した際に自治体がクーリングシェルターを開放するため、自治体にシェルターを指定するよう求められている。「適当な冷房設備を有すること」「椅子などの適切な休息が取れる空間が確保できること」などが指定基準となっている。2024年度のシェルターの運用は10月23日まで。
 
クーリングシェルターとして開放される釜石情報交流センター

クーリングシェルターとして開放される釜石情報交流センター

 
 釜石市内のクーリングシェルターのうち、公共施設は16カ所。8地区にある各生活応援センター、市立図書館(小佐野町)、シープラザ釜石(鈴子町)、市民ホールTETTO(大町)、釜石情報交流センター(同)、魚河岸テラス(魚河岸)、根浜シーサイド(鵜住居町)、いのちをつなぐ未来館(同)、鵜の郷交流館(同)で、施設ごとに3~50人の受け入れ数が設けられている。
 
 民間施設ではイオンタウン釜石が開放される。買い物利用の有無にかかわらず休憩所として使ってもらえるよう、通路や空きスペースなどに椅子やソファを増設。100人程度の利用を想定するが、上限は設けない。
 
協定を結んだ小野共市長(左から2人目)、渡邊朋子事業部長(同3人目)ら
 

協定を結んだ小野共市長(左から2人目)、渡邊朋子事業部長(同3人目)ら

 
 7月4日に市役所であった締結式には、イオンタウン東北事業部(仙台市)の渡邊朋子事業部長、釜石店の大沼秀璽モールマネジャーが出席。小野共市長と協定書を取り交わした渡邊事業部長は「週に何度でも気軽に足を運んでほしい」と利用を促した。全国展開するイオンタウン(本社千葉市)では各自治体と連携したシェルターの指定を促進中。東北では釜石が「締結の一発目」だという。小野市長は「猛暑が見込まれており、協力はとてもありがたい」と感謝した。
 
 釜石では、県内全ての「暑さ指数情報提供地点」の指数が「35」に達すると予想された場合に発令される「熱中症特別警戒アラート」だけでなく、いずれかの地点で指数が「33」に達すると予測された場合に発表されている「熱中症警戒アラート」が出た際も防災行政無線で周知する。ただ、アラートが発令されていなくてもシェルターの利用は可能。施設の名称や住所、受け入れ可能人数を市ホームページで公表している。
 
クーリングシェルターを示す掲示物が目印

クーリングシェルターを示す掲示物が目印

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今年もキター!太公望わくわく 鵜住居川、甲子川アユ釣り“七夕”解禁 釣果は?

解禁日を迎え、アユ釣りを楽しむ釣り人(写真左:甲子川、同右:鵜住居川)

解禁日を迎え、アユ釣りを楽しむ釣り人(写真左:甲子川、同右:鵜住居川)

 
 川釣りファン待望の季節が今年もやってきた。釜石市の鵜住居川、甲子川は7日、今季のアユ釣りが解禁された。早朝はあいにくの雨模様となったが、両河川ではこの日を待ちわびた釣り人らが長い竿(さお)を繰り出し、1年ぶりの“引き”を楽しんだ。悪天候ながらまずまずの釣果で、解禁日としては大きめの体長22センチほどのアユも見られた。
 
 鵜住居川では鵜住居川漁業協同組合(川崎公夫代表理事組合長、組合員154人)の組合員や遊漁券購入者が早朝から各ポイントに散らばった。午前4時半解禁。釣り人らは水流などを見極めながら狙った場所でおとりアユを泳がせ、糸の動きを目で追いながらアタリを待った。竿を握る手に確かな手応えを感じると、竿先を上げて2匹をたも網に誘導。アユの縄張り特性を利用した「友釣り」の醍醐味(だいごみ)を味わった。
 
鵜住居川長持橋付近では県内各地から訪れた人たちが竿を出した

鵜住居川長持橋付近では県内各地から訪れた人たちが竿を出した

 
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おとりアユを泳がせて釣る「友釣り」。独特の“引き”が釣り人を魅了する

 
 同河川には5月12日に、同漁協によってアユの稚魚400キロ(約4万4700匹)が放流された。それから約2カ月―。釣り上げたアユは20センチ前後にまで成長。昨年の解禁日より釣果は少なめながら、久しぶりの感触を楽しむ釣り人からは笑みがこぼれた。
 
 栗林町の道々橋上流で竿を構えた同町の千葉啓太さん(32)は「解禁日前夜は眠れないぐらい気持ちが高ぶる」と待ちに待った様子。シーズン中は県内各河川へ飛び回るが、「鵜住居川のアユは引きがいい。特に天然(アユ)は強い。これが何とも言えない」と地元の魅力をアピール。「水面から2匹が姿を現す瞬間は最高の喜び」と話す。例年だと解禁日は午前8時ごろまでに10匹はいくが、「今年はまだ一桁」と、その後の釣果に期待した。
 
解禁日にしては大きめのアユが釣れた。順調に成育しているよう

解禁日にしては大きめのアユが釣れた。順調に成育しているよう

 
地元釜石のベテランは巧みな竿さばきで多くのアユを釣り上げた

地元釜石のベテランは巧みな竿さばきで多くのアユを釣り上げた

 
 一関市の“アユ釣り歴30年”という男性(65)は、長持橋下流で午前9時ごろまでに17~18匹を釣り上げた。「雨でいくらか水温が下がり、(野アユの)追いが悪いようだ」と言いつつ、「型はいい。解禁日でこの大きさは珍しいのでは」とヒットを重ねた。同河川の解禁に足を運ぶのは昨年に続き2回目。「高速(三陸沿岸道路)を降りてすぐという近さがいい。新しい道路ができるまでは来たことがなかった」と、沿岸に足を延ばしたきっかけを明かした。釣った魚は冷凍し、「お盆に息子たちが帰省した時にバーベキューをしながらみんなで食べる」と心待ちにした。
 
 漁協の巡回監視員は解禁と同時にパトロール。組合員証、遊漁券不保持などの違反、危険行為がないかなどを見て回った。梅雨入り後、まとまった雨が降らず、川の水量不足を懸念していた組合員ら。川崎組合長は「解禁日前にもう少し降ってくれていれば」と苦笑い。この日は沿岸南部5河川の解禁が重なったが、「県内陸部からの釣り客の姿も見られ、思ったほどの減少ではない」と一安心。「天然遡上も8月には大きくなる。適度な雨で新しいコケ(アユの餌)も生えてくれれば。9月初旬まで長く楽しめるといい」と期待する。
 
鵜住居川漁協の監視員が巡回。釣り人から話を聞いて情報も集める

鵜住居川漁協の監視員が巡回。釣り人から話を聞いて情報も集める

 
 甲子川でも早朝から釣り人が繰り出した。こちらも朝方は雨に見舞われたが、日中は天候が回復。日も差した。毎年、足を運ぶ地元の愛好者によると、解禁初日としては例年より人出は少なめ。五の橋下流域から甲子町大松まで広範囲に釣り人が散らばった。
 
 河川漁協のない甲子川では入漁料を徴収しないため、春先の稚アユの放流は、資源保全に取り組む甲子川鮎釣協力会(安久津吉延会長)に寄せられる協力金や市、流域の企業からの助成金で行われている。今年は大雨による増水の影響で、当初予定より3週間ほど遅い6月7日に250キロ(約3万匹)を放流した。
 
甲子川の県立釜石病院裏エリア(甲子町松倉)は毎年人気のスポット

甲子川の県立釜石病院裏エリア(甲子町松倉)は毎年人気のスポット

 
午前10時ごろには雨も上がり、日差しが出る時間帯も

午前10時ごろには雨も上がり、日差しが出る時間帯も

 
 県立釜石病院裏で釣り糸を垂れた甲子町の男性(49)は午前10時ごろまでに8~10匹を釣り上げた。サイズは大きいもので20センチほどと例年並み。「コケが良ければ成長もいいだろうが、あまり良くないようなので…。数も昨年の解禁日よりは少なめ」とちょっと残念そう。それでも、水質の良い河川で育ったアユ特有の“スイカの香り”は顕在で、「おいしそう」と頬を緩めた。
 
 同協力会の安久津会長は「解禁前に見て回った時は魚影は見えていたので、今年(の解禁)はいいかなと思ったが…。今朝の雨が影響したのかな。早めに切り上げた人もいた。今後に期待です」とシーズン本番を楽しみにした。
 
甲子川も水量は少なめ。濁らない程度のまとまった雨がほしいところ

甲子川も水量は少なめ。濁らない程度のまとまった雨がほしいところ

 
こちらの方は鵜住居川から甲子川へ“はしご”。到着早々、立て続けに2匹を釣り上げた

こちらの方は鵜住居川から甲子川へ“はしご”。到着早々、立て続けに2匹を釣り上げた

 
 甲子地域会議と同協力会は味の良さで定評のある甲子川のアユを多くの人に味わってもらおうと、道の駅釜石仙人峠での2年ぶりとなるお振る舞いイベントを計画中。甲子川で釣ったアユを寄付してくれる方を募集しているという。(広報かまいし7月1日号掲載)