タグ別アーカイブ: 文化・教育

完成したばかりの川目集会所。田郷鹿子踊の道具を囲んで交流するNTTドコモ関係者、地域住民ら

NTTドコモ 「東北応援社員募金」140万円寄付 田郷鹿子踊(釜石・鵜住居)活動施設の備品整備に活用

完成したばかりの川目集会所。田郷鹿子踊の道具を囲んで交流するNTTドコモ関係者、地域住民ら

完成したばかりの川目集会所。田郷鹿子踊の道具を囲んで交流するNTTドコモ関係者、地域住民ら

 

 NTTドコモ(本社・東京都千代田区)は4月26日、郷土芸能によるコミュニティー活性化の活動を後押ししようと、釜石市に140万円を贈った。東日本大震災の被災自治体を応援する同社の「東北応援社員募金」を活用。市では、鵜住居町川目地区に伝わる郷土芸能「田郷鹿子踊(たごうししおどり)」の活動施設の備品整備費に役立てる。

 

 釜石地域の鹿踊は、元禄・宝永年間(1688~1709)に扇州生まれの唯喜伝冶がこの地の住民に伝えたのが起源とされる。田郷鹿子踊は、砂子畑鹿踊(栗林町)の系統で、笛や太鼓、短歌調の唄に合わせ、勇壮活発に、時には礼を正して穏やかに舞うのが特徴。鵜住神社例祭などで奉納されてきた。活動拠点の鵜住居公民館川目分館が老朽化で廃止されることになり、市が代わりとなる集会施設の整備を進めてきた。

 

川目集会所は消防屯所との合築施設として整備された

川目集会所は消防屯所との合築施設として整備された

 

 贈呈式は、完成したばかりの川目集会所で行われ、ドコモCS東北岩手支店の田中和裕支店長が野田武則市長に寄付金の目録を手渡した。田中支店長は「少子高齢化が進む中であっても、伝統芸能を通じコミュニティーをつないでほしい」と期待。野田市長は「長い歴史を持つ伝統芸能を生かした地域づくりを応援いただいた。大いに活用し、親しまれる施設にしたい」と感謝した。

 

寄付金を贈った田中支店長(右から2人目)、目録を手にする小澤会長(中央)と野田市長(左から2人目)ら

寄付金を贈った田中支店長(右から2人目)、目録を手にする小澤会長(中央)と野田市長(左から2人目)ら

 

 田郷鹿子踊を伝承するのは川目町内会(小澤修会長、98世帯)。震災後、地域内外から15世帯ほどが移り住むなど、人の動きが加速した。郷土芸能を通じ、新たな住民交流、コミュニティーの活性化を図ろうと担い手を募り、児童生徒の参加が増加。子どもたちの練習を支えようと保護者ら大人たちが加わる形も生まれているという。

 

 寄付を受け、集会所に移動式テーブル10基、折り畳み椅子38脚、ホワイトボード1基、テレビ1台などを配置。小澤会長は「地域の人が集まる場ができた。充実した練習もでき、郷土芸能で地域を盛り上げていきたい」と意欲を見せた。

 

 東北応援社員募金は賛同した社員から毎月311円を募り、会社からの募金を上乗せして被災自治体に寄付する取り組みで、2012年度に開始。今回の20年度分には約7000人が参加し、被災3県の自治体に寄付金として贈られた。釜石市への寄付は4回目で、総額1400万円余りとなった。

来場者と触れ合う澤田麟太郎さん(左)。作品の紹介やものづくりの思いを伝えた

「やきもの日和、楽しんで」釜石生まれの澤田麟太郎さん 地元の作家紹介企画 釜石市民ホール

釜石市民ホールで開催中の「やきもの日和」。一風変わった陶作品が並ぶ

釜石市民ホールで開催中の「やきもの日和」。一風変わった陶作品が並ぶ

 

 釜石市を拠点に活動する陶芸家澤田麟太郎さん(39)=甲子町=の作品展「やきもの日和」が、大町の市民ホールTETTOギャラリーで開かれている。地元で作品を紹介するのは初めて。澤田さんは「見慣れた陶芸と比べると、少し様子が変。茶碗から何かが噴き出していたり、石ころみたいだったり。散歩に行くように気軽に遊びに来てほしい」と来場を呼び掛ける。5月9日まで。

 

 澤田さんは釜石生まれ、東京育ち。得意科目は図工で、小さいころからもの作りが好きだった。進路を決める際、木工を学びたいと考えていたが専攻がなかったため、多美術大美術学部の陶コースを選択。新たな知識を得る中で、「追求しがいがある」と陶芸の面白さにハマった。

 

 大学卒業後はIT関係のエンジニアとして働きながら、東京都昭島市を拠点に創作活動を開始。茶碗やつぼなどの作品を壊すのが特徴で、粘土そのままの色を生かした「かけら」をテーマにした作品をさまざまなグループ展で発表してきた。

 

会場には多彩な色合い、表情を見せる不思議な世界が広がっている

会場には多彩な色合い、表情を見せる不思議な世界が広がっている

 

 2011年3月11日、東日本大震災が発生すると、状況が一変した。釜石には祖父母が暮らし、子どものころから長期休暇期間を過ごすなど親しみがあった。祖父母らの様子が気になり、発災から約3カ月後に来釜。まちの中にある「がれき」に衝撃を受けた。自分の作品と重ったが、「(がれきは)ネガティブな要素にしかなかった」と、もの作りが手につかなくなった。その後数年はエンジニアの仕事に専念した。

 

 17年に創作活動の再開を考えるようになり、「やるなら、愛着のある釜石で」と18年に移住。作風は変わらないが、釉薬(ゆうやく)などカラフルな色を多用するようになり、「ひび割れた作品にもポジティブな何かが出てきた」と手ごたえを感じている。

 

 今回の展示では約60点を紹介する。形作られた器をさまざまな色の釉薬で満たし、焼成後に金づちなどで破壊、かけらを磨いて完成となる作品たち。釉薬の種類や色具合、注ぎ入れるタイミングなどで多彩な表情が生まれるといい、不思議な彩りの世界を楽しむことができる。

 

来場者と触れ合う澤田麟太郎さん(左)。作品の紹介やものづくりの思いを伝えた

来場者と触れ合う澤田麟太郎さん(左)。作品の紹介やものづくりの思いを伝えた

 

 澤田さんは「釜石は心の古里。展示会を開くことでこの地に陶芸の文化が育ち、興味を持ち、やりたいと思う人が増えるとうれしい」を期待。地域の人との触れ合いを楽しみにしている様子で、「陶芸を教えたい」との思いも膨らませている。

 

 同ホール自主事業「art at TETTO」シリーズ(年4回)の1回目。独自の方法で表現を楽しみ、日常に彩りを添える活動を展開する作家を紹介する。担当者は「新しい出会いは、冒険のようなもの。小さな冒険を楽しみ、新しい出会いを発見してほしい」と願う。次回は「写真家 小澤はな」展(8月13-22日)を予定する。

 

 やきもの日和は午前10時~午後5時まで鑑賞でき、入場無料。

大土直哉助教(右)から説明を受ける重茂中の生徒ら

大槌湾を拠点に三陸の海を学べる展示施設「おおつち海の勉強室」開室~子どもたちの探究心を伸ばせる環境を

オサガメのはく製が出迎える「おおつち海の勉強室」の展示室

オサガメのはく製が出迎える「おおつち海の勉強室」の展示室

 

 大槌町赤浜の東京大大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター(青山潤センター長)は、三陸の海の生物や環境などを学べる展示施設「おおつち海の勉強室」を新設。18日、開室記念式典を行い、一般開放を始めた。同大の研究成果を地域に還元しながら、地元の海について共に考える交流・連携拠点を目指す。

 

 同施設は震災の津波で被災したセンターの旧研究実験棟跡地に建設。鉄筋コンクリート造り平屋建てで、建物面積75平方メートル。センターのウミガメ研究者でイラストレーターの木下千尋さんが海の生き物を描いた外壁が目を引く。

 

施設の入り口で行われた式典出席者によるテープカット

施設の入り口で行われた式典出席者によるテープカット

 

 室内ではテーマを変えながら行う企画展示があり、今は「大槌湾の藻場と生物多様性」と題し、生物標本約120点が解説を添えて展示される。2019年にセンターの研究者によって発見された新種のカニ「オオヨツハモガニ」の紹介も。生きたヤドカリやウニ、ヒトデは水槽で見ることができる。写真や動画が見られるタッチパネル式の生き物図鑑、大槌湾の水温、風速・風向データや施設から臨む蓬莱島(ひょうたん島)の映像をリアルタイムで公開するモニターなどもある。

 

大槌湾の藻場の生物標本が並ぶ企画展示

大槌湾の藻場の生物標本が並ぶ企画展示

 

 入り口の「みんなでつくる大槌湾マップ」は、センターの調査活動を地図とともに掲示するほか、一般の人が見つけた生物を写真などで報告すると、研究者が調べて返事を書き、マップ上に反映させる展示。メールや投函での情報提供を呼び掛ける。

 

 三陸はウミガメの回遊コースになっていて、センターでも研究が盛ん。施設では、甲羅だけで長さ1・2メートルもあるオサガメの子のはく製が展示され、来遊する夏季には屋外水槽で生きたウミガメを観察できる。

 

 18日の式典には関係者約40人が出席。テープカットで開室を祝い、施設見学が行われた。説明した大土直哉助教(34)は「自然に興味を持つ子どもたちの探究心を伸ばしてあげられる環境が必要。施設を使って知識を深め、次のステップにつなげてもらえたら」と期待。この日は、センターと連携し海の学習に取り組む重茂中(宮古市)の生徒や、研究者と調査活動などを共にする大槌高「はま研究会」のメンバーも訪れ、新施設の活用に夢を膨らませた。

 

大土直哉助教(右)から説明を受ける重茂中の生徒ら

大土直哉助教(右)から説明を受ける重茂中の生徒ら

 

 青山センター長は「地元だけでなく観光客にも三陸の海の魅力を発信する場にしたい。将来的には、古里の海に思いを持つ人たちが企画や運営を担い、まちとして〝おらほの海〟を全国にアピールできれば」と話す。施設への入場は無料。当面は新型コロナウイルス感染予防のため、事前予約で見学を受け付ける(解説員が同行)。申し込みは同センター(電話0193・42・5611)へ。

旧市民文化会館の懐かしい写真や収蔵品が並ぶ企画展

市民ホールTETTOにて「旧市民文化会館展」開催~津波で被災し解体された旧会館の収蔵品などを公開

旧市民文化会館の懐かしい写真や収蔵品が並ぶ企画展

旧市民文化会館の懐かしい写真や収蔵品が並ぶ企画展

 

 東日本大震災の津波で被災し解体された旧釜石市民文化会館の歴史を振り返る企画展が、後継施設・釜石市大町の市民ホールTETTOギャラリーで開かれている。1978(昭和53)年の開館までの動きを紹介する資料や写真、収蔵品など約20点を展示。「さまざまな公演や催事に通いつめた」といった市民の思い出も並ぶ。25日まで。

 

開館に合わせ企業経営者から贈られた絵画「農村」。作者不明となっているが・・・

 

 旧文化会館は1978年12月に開館し、市民の文化活動や優れた芸術の実践・鑑賞の拠点として幅広く利用されてきた。2011年3月11日、震災の津波で大きな被害を受け、15年3月に解体された。企画展では旧会館の建設工事中の様子、大ホールや和室、研修室などの写真を展示。落成を記念し、連日舞台で行われた演奏会や郷土芸能祭などの公演、「三味線と民謡教室で教えている弟子たちに、ひのき舞台を踏ませてやりたい」「すばらしい会館を大切にしたい」など市民の声をつづった市政広報も掲示している。

 

 市の花、木、鳥が描かれた中ホールの緞帳(どんちょう)のデザイン画、「農村」と題名がついた作者不明の絵画など収蔵作品、建設費や備品など寄付者を刻んだ芳名録も紹介。会場には旧会館の思い出や詳細不明となっている展示作品の情報を書き込めるコーナーもある。

 

開館に合わせ企業経営者から贈られた絵画「農村」。作者不明となっているが・・・

開館に合わせ企業経営者から贈られた絵画「農村」。作者不明となっているが・・・

 

収蔵された経緯、作品名、作者など詳細について記録がない作品

収蔵された経緯、作品名、作者など詳細について記録がない作品

 

企画展は旧会館の収蔵品を保管する市文化振興課が発案。「地域にある優れた作品を埋もれさせたくない」との思いに共感した同ホールが、市郷土資料館の協力を得て開催。同ホールの阿部美香子さん(42)は「展示品には懐かしさ、味があり、当時の楽しい思い出がよみがえってくると思う。脳内タイムトラベルを楽しんでもらえたら」と来場を呼び掛ける。

 

開催時間は午前9時~午後9時までで、入場無料。問い合わせは同ホール(0193・22・2266)へ。

① 各種のフルートで奏でるオーケストラは圧巻

震災から10年となる被災地に癒やしの音色と歌声を~「フルートフェスティバル」

①	各種のフルートで奏でるオーケストラは圧巻

各種のフルートで奏でるオーケストラは圧巻

 

 フルートと合唱による心の復興コンサート「フルートフェスティバル」が3月28日、釜石市大町の市民ホールTETTOで開かれた。
 小佐野町のNPO法人ガバチョ・プロジェクト(山﨑眞行理事長)が主催。東日本大震災から10年となる被災地に癒やしの音色と歌声を届け、約250人の観客を魅了した。

 

 3部構成のステージ。1部は花巻、宮古、釜石のフルート奏者がアンサンブルを披露。ピッコロ、アルト、バスフルートも交え、クラシック、映画音楽などを聞かせた。
 釜石のメンバー18人はディズニー作品から3曲を四重奏で奏でた。

 

 2部は同フェス初参加の気仙沼のメンバーを加えた総勢約50人によるフルートオーケストラ。チャイコフスキー作曲のバレエ音楽「くるみ割り人形」より6曲を演奏し、フルートの心地良い響きで耳なじみの旋律をより強く印象付けた。
 この日は洗足学園音楽大客員教授の酒井秀明さん、講師の山田州子さんがゲスト出演。酒井さんはフルートソロ、山田さんはコントラバスフルートでオーケストラに参加した。

 

 3部は市内の合唱3団体から約50人が共演し、「花は咲く」「見上げてごらん夜の星を」など4曲を披露。震災後、各地で歌われ、被災者に希望をもたらしてきた楽曲を、フルートとコーラスの融合で聞かせた。

 

フィナーレの「ふるさと」の演奏では観客も歌を口ずさんだ

フィナーレの「ふるさと」の演奏では観客も歌を口ずさんだ

 

 高校2年の孫が出演した宮古市の根市知代子さん(70)は「コロナ禍でも対策を施し開催してくれてうれしい。感動の舞台を見せてもらった」、釜石市天神町の鈴木實さん(73)は「フルートだけの演奏がこんなにいいものとは。音色の良さにびっくりした」と余韻とともに会場を後にした。

 

 1978年に初演、震災後は沿岸被災地の心の復興に寄与している同フェスは、14回目を数える今回、「ウィーン・フィル&サントリー音楽復興祈念賞」を受けており、会場で贈呈セレモニーも行われた。
 山﨑理事長はこの10年の音楽活動を通じ、「技術的なうまさや頭で考える音のきれいさではなく、胸の中に直接響く音楽こそが一番大事だと感じた」と話し、演奏者と観客が喜びや幸せを分かち合える音楽舞台にさらなる意欲を示した。

虎舞拠点 改築完了〜浜町 尾崎清友会館、伝承の意欲新たに

虎舞拠点 改築完了〜浜町 尾崎清友会館、伝承の意欲新たに

新たな練習拠点(正面)の完成を喜び、伝統の虎舞を威勢よく披露する尾崎青友会(台村公園)

新たな練習拠点(正面)の完成を喜び、伝統の虎舞を威勢よく披露する尾崎青友会(台村公園)

 

 釜石市浜町2丁目の台村公園にあった尾崎町郷土芸能伝承施設(通称・尾崎清友会館)の改築工事が完了し、2月28日、現地で落成式が行われた。この施設を拠点とする台村虎舞=尾崎清友会(佐藤真輔会長、40人)が、再建事業を支援した関係者ら約20人を前に、感謝を込めて虎舞を披露。郷土芸能活動のさらなる推進を誓い、まちの安全を祈願した。

  

 木造施設の老朽化に伴い改築。地元の尾崎町町内会(西村征勝会長、50世帯)と共同利用する。鉄筋コンクリート造りの地下1階が集会施設。木造の地上1階部分が会館となる共用施設で、延べ床面積54・5平方メートル。事業費3963万円のうち約2千万円は、機能性食品の通販事業を展開する有限会社毎日元気(本社札幌市、瀧澤潤賜社長)が社会貢献として寄付した。

 

 落成式で野田武則市長は「震災時は住民の避難に活用された。新しい施設が住民に親しまれ、活用されるよう願う」とあいさつ。清友会の佐藤会長(29)は「立派な施設を建てていただき、感謝する。会員一同、一層精進する」と謝辞を述べた。佐藤会長は、野田市長、毎日元気と市の〝橋渡し〟を担う三陸いりや水産(釜石市平田)の宮崎洋之社長に額装した「尾崎清友会」の手ぬぐいを贈った。

  

 毎日元気は震災からの復興支援で、釜石市に高額の寄付を続ける。「釜石よいさ」の復活、唐丹町の大石集会所増築、桜の植樹、世界遺産・橋野鉄鉱山がある橋野町青ノ木の環境整備、仙人マラソンなども支援してきた。

 

 佐藤会長は「会館は畳敷きにしてもらい、エアコンもあって太鼓の管理に最適だ。以前は屋外の公園で練習していたが、今後は室内でもできる。技の伝承に力が入る」と喜びを語った。

春を呼ぶ つるしびな、TETTOで3月3日まで〜手芸教室の女性ら制作

春を呼ぶ つるしびな、釜石市民ホールTETTOで3月3日まで〜手芸教室の女性ら制作

カラフルなつるしびながすだれのように並んだ「ひなまつり展」

カラフルなつるしびながすだれのように並んだ「ひなまつり展」

 

 釜石市の手芸教室に通う女性たちが制作した人形などを紹介する「ひなまつり展」が、釜石市大町の市民ホールTETTOギャラリーで開かれている。3月3日まで。

 

 同ホールの主催。ミシン・手芸用品の販売などを行う大町のニコー商会が協力し、今回で4回目の開催となる。同社の里舘恭子さん(60)が指導する手芸教室に通う14人が制作。花や動物などが連なるつるし飾りや壁掛け、ちりめん細工のえと、大小さまざまな人形など約250点が並んでいる。

  

 会場は色鮮やかで、華やいだ雰囲気。訪れた人たちは「これから春。いい季節になるね」と暖かさを先取りしたり、「コロナでどこにも行けないから。きれいなものを見てほっこり。心豊かになる」と目を細めている。

 

 同じ題材でも作り手によって色合いや表情はさまざまで、個性がにじむ。子どもや孫の成長を願ったり、季節を感じてもらえたら―と、一つ一つ思いを込めた作品ばかり。里舘さんは「見て楽しみ、穏やかな時間を過ごしてほしい。作る人が増えるといいな。作ってみたい方はいつでもどうぞ」と期待する。

  

 午前9時~午後9時まで観覧でき、入場無料。問い合わせは市民ホール(電話0193・22・2266)へ。

釜石市芸術文化協会50周年座談会、記念誌「芸苑」3月に配布へ〜歩みや提言を未来に生かす、文化の担い手 悩みは高齢化

釜石市芸術文化協会50周年座談会、記念誌「芸苑」3月に配布へ〜歩みや提言を未来に生かす、文化の担い手 悩みは高齢化

さまざまな思い出話や提言が出された芸文協50周年記念座談会

さまざまな思い出話や提言が出された芸文協50周年記念座談会

 

 釜石市芸術文化協会(河東眞澄会長、32団体)は6日、協会結成50周年記念史誌「芸苑」の発行に向け、結成当初を知る会員らから話を聞く座談会を開いた。協会の歴史や未来への提言を記録し、後世の活動に生かす目的で開催。会の模様を収録した史誌は3月に完成する予定で、関係者に配布される。

 

 市民ホールTETTOで開かれた座談会には洋画家の菊池政時さん(85)、釜石写光クラブ会長の遠藤顕一さん(78)、釜石郵趣会会長の千坂誠久さん(77)、美術集団サムディ45会員の鈴木睦さん(78)が出席。河東会長と浅利金一事務局長が話を聞いた。

  

 同協会が結成されたのは1970(昭和45)年7月。協会主催の市民芸術文化祭も同年から始まり、市内の文化活動団体が一堂に会する発表の場として今に受け継がれる。芸文祭は78(昭53)年に釜石市民文化会館が新築落成するまでは、旧映画館(錦館)の施設を活用し67(昭42)年に開設されていた市民会館などで開催。約60団体が活動した時代には、周辺の公民館も借りて会場を分散して開催していたという。

 

 釜石の芸術活動の先駆けとなる「サムディ45」を69(昭44)年に立ち上げた菊池さんは、展示ホールを備えた会館の必要性を市に訴えた一人。「市民の発表の場として多目的に使える造りを市長に直訴した。当時は釜石の芸術文化発展への礎が築かれた時期」と回顧。

 

 写真愛好家が集う写光クラブを率いる遠藤さんは、70年の活動開始からの歩みを紹介。会員には県の芸術祭や全国展で入賞する人もいて、「活動の成果を市民に見てもらえる芸文祭は会員の励みになる」と市内での発表機会に感謝。油絵の創作活動を続ける鈴木さんは所属するサムディ45について「切り絵やちぎり絵、デザインなどさまざまな分野で活躍する人たちが会員になり、面白さを増している」と釜石の芸術活動の奥深さを実感する。

 

 切手収集を趣味とする人たちが集まる郵趣会は68(昭43)年に結成。同協会の活動に発足当初から携わる千坂さんは「過去には釜石製鉄所の真道会と一緒に文化祭を開催したこともある」と地域の芸術文化活動の歴史をひもとく。

  

 現在、協会加盟団体の多くが抱える悩みは会員の高齢化。座談会出席者からは「今の若い人たちは組織に入っての活動を好まない傾向がある」との指摘もあり、今後の協会活動存続への懸念の声が上がる。

 

 会では、これまで培ってきた釜石の芸術文化の灯を絶やさないための方策として「市内の学校に働きかけ、子どもたちの作品を芸文祭に出品してもらっては」「協会が個々で活動する人たちの相談窓口になれれば」「心豊かな人間育成に必要な年齢に合った感性を磨く場を協会として支援できないか」―などの意見が出された。

 

 50周年記念史誌は協会の会員のほか、震災以降、各種支援をしてくれた市外の団体などに配ることにしている。

壁アートの完成を喜ぶ制作者ら。このあと写真左側の壁に設置

外壁彩り にぎわい創出〜釜石大観音仲見世通り、新たなアートスポットに

壁アートの完成を喜ぶ制作者ら。このあと写真左側の壁に設置

壁アートの完成を喜ぶ制作者ら。このあと写真左側の壁に設置

 

 釜石市大平町の釜石大観音仲見世通りに1月24日、新たなアートスポットが誕生した。市内の建造物の外壁などをパブリックアートで彩る活動を行う市民グループ「ゼロスポット」(小笠原梓代表)が、公募で選ばれた作品を制作。同通りのシェアオフィス「co-bakamaishi marudai(コーバ釜石マルダイ)」入り口の壁に設置した。見る人の心を明るくし、フォトスポットとしても楽しんでもらう狙いで、まちのにぎわい創出の一助とする。

 

 同グループが進める「マチナカラフル」プロジェクトの一環。昨年8月から実施した作品案の募集には県内各地から10点の応募があり、展示やオンラインでの一般投票と審査員審査の結果、釜石市在住の三浦綾さん(39)、佐々木江利さん(41)が共同出品した案が採用された。2人が中心となり、12月から本格的に制作を開始。24日、総仕上げと設置作業が行われた。

  

 作品は縦160センチ、横95センチ。合板材を白ペンキでビンテージ風に塗り、上部に取り付けた流木から人工の草花を吊り下げた。こだわりはリボンで形作った「Love」の文字。1本でつながるリボンの両端をカップルや友人、家族で手にし、写真を撮ってもらう仕様。草花の間からは、ボードに記した「me&you always」の文字も見え隠れする。

 

 三浦さん(宮城県出身)は夫の仕事の関係で2012年に、佐々木さん(神奈川県同)は結婚を機に16年に釜石市へ移住。子育てイベントなどで顔を合わせるうちに仲良くなった〝ママ友〟で、昨年9月、ゼロスポットが開催したアートイベントに足を運び、同企画への応募を決めた。

 

 もともとインテリアやもの作りに興味があり、好みが似ていた2人。大好きな自然をモチーフに三浦さんがイメージを膨らませ、佐々木さんがパソコンで応募用のイメージ画を作成した。制作作業では写真映えを意識しながら、草花の配置を細かく調整。スマートフォンのカメラで何度も確認し、納得のいく作品に仕上げた。

  

 「テーマは〝愛〟ある日常。外から来ている人も多い釜石。いろいろな人が愛情を持ってつながっていければとの思いを込めた」と三浦さん。想像以上の出来栄えに「手伝ってくれた仲間に感謝です。みんなの優しさ、温かさに触れ、これこそ愛だなって」と感激の表情。

 

 佐々木さんは「他の人たちの作品案を見て正直だめかと思ったが、選ばれてびっくり。思いを形にする機会をいただき、実現できたことが何よりうれしい」と喜びを表す。

 

 さわやかな風が吹き抜けるナチュラルガーデンのような雰囲気を醸すオリジナルアート。2人は「幅広い世代に来てもらい、思い出に残る写真を撮ってほしい。SNS時代の人気スポットになれば」と期待。建物のオーナーで、同仲見世の再生に取り組む宮崎達也さん(49)は「女性らしい感覚で、通りも華やかになる。多くの人の目に触れてほしい」と話す。

新刊の2作にサインをしてもらう朗読会の来場者

鎮魂句集「泥天使」出版、釜石ゆかりの俳人 照井翠さん〜震災10年集大成 三部作完結、震災の様相 今も胸に迫る句を朗読

新刊の2作にサインをしてもらう朗読会の来場者

新刊の2作にサインをしてもらう朗読会の来場者

 

 東日本大震災を釜石市で経験し、震災を詠んだ句が注目を集めてきた俳人の照井翠さん(58)=北上市在住=が、このほど震災10年の鎮魂句集「泥天使」を出版した。表現者として震災に向き合い続けた10年の集大成。2012年初版の句集「龍宮」も文庫新装版として同時発売され、19年刊行のエッセー集「釜石の風」と合わせ、照井さんの〝震災三部作〟が完結した。

 

 高校の国語教諭である照井さん(現北上翔南高教諭)は震災時、勤務先の釜石高で被災。避難所となった同校で、自宅や家族を失った生徒、住民らと約1カ月間、避難生活を共にした。

 

 被災直後から移り変わる季節ごと目にした光景や湧き起こる感情を言葉に紡ぎ、震災を俳句で表してきた照井さん。震災句集第2弾となる「泥天使」は全8章の構成で、奇数章に「龍宮」以降の震災詠、偶数章に〝コロナ禍〟の今を含む日常詠、計408句を収めた。

 

震災10年にあたり句集「泥天使」、「龍宮」(文庫新装版)を発刊した照井翠さん

震災10年にあたり句集「泥天使」、「龍宮」(文庫新装版)を発刊した照井翠さん

 

 前作から8年が経過する中で生み出された震災句は「直後の生々しさにフィルターがかかり、ろ過されてよりピュアな部分が出てきた」と説明する。時の流れは、直後の混乱で理解しきれなかったことも「今なら分かる」というように思索を深め、「それが作品の結実につながっていった」と明かす。

 

 「寄するもの容るるが湾よ春の雪」「蜩(ひぐらし)や海ひと粒の涙なる」―津波から数年後に生まれた句。「海を憎むだけだった以前には絶対詠めなかった句。時がたったからこそ本質を捉え、凝縮して表現できたところがある」

 

 震災10年にあたり「詩(俳)人の端くれとして、自分なりに震災に向き合ってきたつもり。今回の句集はその総決算。全てを出し切った」と照井さん。

 

 今後、震災の風化がさらに進むことは確実。自身の句集を「紙の石文(石碑)」と称し、「折りに触れ、忘れかけた時にひもといてもらえば、震災の大変さ、揺れ動く気持ちを感じてもらえるのではないか。多くの人の心に届くといい」と思いを込める。

 

 「泥天使」(税込み1980円)、文庫版「龍宮」(同1100円)、「釜石の風」(同1650円)は、いずれもコールサック社から発売中。

  

 照井翠さんの2作品出版を記念し、1月30日、釜石市大町の市民ホールTETTOで、照井さんによる句集の朗読&サイン会(桑畑書店主催)が開かれた。市民ら約20人が震災句を通して当時に思いをはせ、句に込められた意味を学んだ。

 

 「龍宮」から、震災1年目に詠んだ35句を朗読。池澤夏樹さん、伊集院静さんら著名作家も取り上げた「春の星こんなに人が死んだのか」「逢へるなら魂にでも なりたしよ」―など、印象的な句の解釈を示した。

 

 「泥天使」の震災句からは16句。「三月や何処へも引かぬ黄泉の泥」「抱いて寝る雪舞ふ遺体安置所で」「死が横で 息をしてゐる春の宵」―。多くの犠牲者を出した大津波、大切な人を失った深い悲しみ。17音が伝える震災の様相は、10年たった今も胸に迫る。

 

 「三・一一死者に添ひ伏す泥天使」。句集のタイトルに引用された同句には、犠牲者の救いを願う気持ちが込められる。「亡くなった人たちの最期には、天使のような寄り添ってくれた存在がいたのではないか。先祖の御霊でもいい。優しい言葉をかけてくれて天に召されたなら、少しは癒やされる」と照井さん。

 

 散りゆく桜に犠牲者の御霊を重ねた句も。訪れた人たちは照井さんが生む言葉の力を感じながら、解説に聞き入った。

 

 大平町の紺野きぬえさん(76)は、小佐野公民館で活動する俳句サークル「まゆみの会」の会員。震災後、照井さんから指導を受けている。「照井先生の句は心に響く。解説を聞いて震災当時の様子が目に浮かんだ。災害はこれで終わりではない。後世に語り継ぐ上でも先生の句は大きな意味を持つと思う」と話した。

藤原さん(右)と磯崎さんによる方言劇「なもす」劇場

方言継承を復興の糧に、南部弁サミット〜巧みな話術 絶妙な掛け合い、コロナ禍をやわらげる

〝おらほ弁〟で各地の昔話を語り、観客に心温まる時間を届けた釜石、遠野の語り部ら

〝おらほ弁〟で各地の昔話を語り、観客に心温まる時間を届けた釜石、遠野の語り部ら

 

 第7回南部弁サミットin釜石「おらほ弁で昔話を語っぺし」が23日、釜石市大町の市民ホールTETTOで開かれた。文化庁の「被災地における方言の活性化支援事業」に取り組む岩手大が主催。方言による民話の伝承活動を行う同市の「漁火の会」(須知ナヨ会長、9人)が、市内各所に残る逸話を語り聞かせたほか、地元の方言で繰り広げる寸劇を披露し、観客86人を楽しませた。

 

 方言の保存、継承を震災復興の糧とし、地域再生につなげる同事業は、被災各県の大学が中心となり推進。本県では岩手大が立ち上げたプロジェクトの一環で、2015年から釜石市で同サミットが継続開催されている。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が危ぶまれたが、会場の変更や各種感染防止策を講じることで実現にこぎつけた。

 

 小佐野小2年瓦田莉桜さんが語る「小川の山姥」で幕開け。漁火の会は須知会長と娘の安部三枝さんによる〝親子語り〟を皮切りに、全会員が計8話を聞かせた。両石町の海岸部に残る地名「狐磯」の名前の由来、明治、昭和、平成と3度の大津波で流出しながらも、その都度住民に助けられてきた唐丹町本郷の「十一面観音」の話など、地元釜石の知られざる物語は特にも観客の興味を引き付けた。

 

 恒例のゲストコーナーには、昔話語りで全国にその名をとどろかせる遠野市から2人の語り部が出演。「虎猫と和尚様」「四十九日の一升餅」を巧みな話術で聞かせ、観客をうならせた。青森県で同事業を推進する弘前学院大の協力で、毎回サミットに参加してきた同県の語り部は、感染予防のためビデオ出演となった。

 

 観客を笑いの渦に包んだのは、地元の方言満載の寸劇。漁火の会会員の藤原マチ子さんと磯崎彬子さんが高齢者の日常会話を面白おかしく再現。話の内容は、昨年11月に86歳で亡くなった藤原さんの長姉の実際のエピソードで、方言による絶妙な掛け合いと温かい言葉の響きが観客を和ませた。

 

藤原さん(右)と磯崎さんによる方言劇「なもす」劇場

藤原さん(右)と磯崎さんによる方言劇「なもす」劇場

 

 天神町の野崎富男さん(83)、諒子さん(82)夫婦は「最高に楽しかった。最後の寸劇が特にね」と笑顔満開。宮古市出身の富男さんは「生まれ故郷の言葉は絶対忘れない。私も今でも宮古弁が出る。方言はやっぱりいいね」と実感。釜石市出身の諒子さんは「釜石の昔話は初めて聞くものも多かった。地元でも知らなかった言葉があり、新たな発見」と喜んだ。

 

 寸劇を披露した藤原さん(68)は「家族や仲間の『いい供養になるから』という言葉に後押しされ、ほぼぶっつけ本番ながら何とかやり切った。衣装は姉の形見。人を笑わせるのが好きな楽しい姉だったので、喜んでくれたかな」と目を潤ませた。

「きれいだね」。カラフルに飾り付けられたミズキを見上げる園児たち

「コロナに負けるな」と思い込め〜健康願う みずき団子、かまいしこども園

「きれいだね」。カラフルに飾り付けられたミズキを見上げる園児たち

「きれいだね」。カラフルに飾り付けられたミズキを見上げる園児たち

 

 釜石市天神町のかまいしこども園(藤原けいと園長、園児84人)で12日、小正月の伝統行事が行われ、4、5歳児約40人が今年一年の健康を願って「みずき団子」を作った。

 

 子どもたちは、団子粉で作った赤、白、緑、黄、だいだい色の団子をミズキの枝先に一つ一つ丁寧に飾り付け。色鮮やかな出来栄えに、笑顔の輪を広げた。

 

 中村妃那ちゃん(6)はカラフルな飾りの完成に「きれい。みんなと一緒につくって楽しかった」とうなずいた。

 

 例年は地域の住民も招いて交流を楽しむ機会にしていたが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響を考慮し自粛。作ったミズキ飾りの一部は隣接する復興住宅に届け、触れ合いをつないだ。

 

 藤原園長は「子どもも大人も、地域のみんなの健康が守られる一年に。こういう世の中だが、行事を減らすのではなく、子どもたちに伝統や季節を感じてもらえるよう、できる形を考え続けていきたい」と見守った。