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火災から地域を守る!釜石市消防団の教育訓練 団員ら、初歩大事に技術高める

釜石市消防団の基本教育訓練で消防車両から放水

釜石市消防団の基本教育訓練で消防車両から放水

 
 釜石市消防団(菊池録郎団長)の基本教育訓練は10月5日、同市鈴子町の釜石消防署で行われ、団員らが複数台の消防車両を用いてホースを中継する手順などを確認した。この日は、幹部団員の研修会も実施。奏功事例をもとに“消防団の強み”を改めて考え、地域の防災を担う意識を高めた。
 
 市消防団は市内を8つの区域に分け、8分団35部で構成される。団員数は計514人(8月1日現在)。東日本大震災以後、被災地域では消火技術を競う操法大会(2年に1回開催)や消防演習などが縮小され、続く新型コロナウイルス禍による団体活動の制限などで訓練の機会も減っていた。団員数の減少がある一方、新入団やキャリアの浅い団員もいることから、代替として昨年から基本教育訓練を実施。今年も継続し、5回に分けて行っている。
 
消防活動の基本となる礼式訓練

消防活動の基本となる礼式訓練

 
 3回目の訓練となった5日は、5分団(甲子地区)と7分団(栗橋地区)から約30人が参加。敬礼などの礼式の訓練や服装点検などの後、消防隊や各分団が連携した中継訓練に取り組んだ。
 
 消火栓やため池などの水利施設から離れた火災現場での活動を想定。各分団に配備されているポンプ車を操作し、離れた場所まで適切な圧力で水を送り出す方法を確認した。団員らはホースを延ばし、車両2台を連結。消火栓近くに待機した車両が送水を開始すると、各分団員は情報をトランシーバーで伝え合い、水圧を一定に保てるよう動作を調節した。水は数分で端まで到達し、放水が行われた。
 
各分団の消防ポンプ車を使った中継訓練の様子

各分団の消防ポンプ車を使った中継訓練の様子

 
訓練で消火活動や情報伝達の流れを確かめた

訓練で消火活動や情報伝達の流れを確かめた

 
火元に見立てた的に放水。緊張感を持って実践

火元に見立てた的に放水。緊張感を持って実践

 
 団員の多くは仕事などで地区外に出ていることから、いざ火災が発生した場合は地区内にいる団員らがいち早く駆け付け初期の準備を進める。分団、部が連携する中継活動は「あり得る」と団員ら。訓練では、全自動型の小型動力ポンプ積載車には他の車両から延びたホースをつなぐ連結口がないことが分かるなど収穫があった。
 
訓練に臨む仲間の様子をじっと見つめる参加者

訓練に臨む仲間の様子をじっと見つめる参加者

 
 7分団1部の前川英之部長代理(54)は「住家、山火事など火災の種類や状況、人員の数によって車両の配置、資機材のセッティングは違ってくる。経験や訓練の積み重ね、一つ一つが大事になる」と話す。礼式は先輩から後輩に伝えられるものの、整列した形で基本姿勢を確認する機会は多くない。入退団による入れ替わりもあり、教育訓練の実施を歓迎。「若手もベテランも一緒に確認し、得たものを共有して地域を守っていく」と気持ちを引き締めた。
 
訓練で得た情報を共有する7分団1部の団員たち

訓練で得た情報を共有する7分団1部の団員たち

 
 幹部研修会には団本部と各分団から50人余りが参加。同署の小笠原研也副署長を講師に、市内で発生した建物火災での消防団の対応を振り返った。住宅の被害は全焼・部分焼を含め計7棟。背後に山林があり延焼の恐れもあったが、包囲隊形の構築や命令系統の確立、地理・水利への精通などが功を奏し、被害の拡大を防いだ。消防団の強みとされる▽地域密着性▽要因動員力▽即時対応力―が発揮された事例となった。
 
消防団の強みが生かされた事例を振り返った幹部研修会

消防団の強みが生かされた事例を振り返った幹部研修会

 
 消防団は地域住民にとって身近な防災機関であり期待も大きいが、それぞれになりわいを持つ人で構成される組織の運営は難しさがある。それらを念頭に置きつつ、部下への指導や後継者づくりへの配慮といった心得を示した小笠原副署長。釜石市を会場に11月8日実施予定の岩手県総合防災訓練での役割分担についても説明した。
 
 菊池団長は「初歩に戻って、しっかりマスターすることで団員が積極的に取り組んでいける」と話し、訓練や研修の意義を強調した。震災後は高度な訓練ができない状況だったが、来年には釜石、遠野、大槌の3市町の消防団が一堂に会す操法競技会が釜石で開かれる予定で、「やっとやれる」とうなずく。今回の訓練の内容や各分団の活動で参考になる事例を仲間と共有し、レベルアップを図ってほしいと求めた。
 

「できることで地域の役に立ちたい」 女性団員、活躍中

 
消防署員から教わりながら訓練に臨む小林真由美さん(右)

消防署員から教わりながら訓練に臨む小林真由美さん(右)

 
 この日の訓練に、女性団員が1人参加した。5分団1部で活動中の小林真由美さん(31)。先輩団員の動きを見ながら後方でホースを延ばす補助役を担った。「まだ知らないことばかり。消火活動の流れを理解してパッパと動けるようにしたい」。基本の姿勢を吸収しようと集中した。
 
 小林さんは「ヤクルトレディ」(販売員)として市内の家庭や企業などにヤクルトを届けている。偶然か必然か、担当区域には消防署も。職場にあった消防団員募集のチラシを目にし、「何か役に立てるなら」と入団、3年目になる。
 
 団員としての活動は月1回、防火の呼びかけで夜間に地域を巡回する。仕事中に防災無線で出動要請を受け駆け付けたのは数回。現在は、先に到着している車両や先輩団員たちの活動を「見守っている状態」だという。
 
 消防車両での移動も後部座席に乗っていて、「申し訳ない気持ち」だった。自分にできることを考え、思いついたのは運転。部に配備されているポンプ車は「準中型」免許(車両総重量3.5トン以上7.5トン未満)が必要で、市の補助金制度を活用し取得した。運転免許はオートマチック(AT)車限定だったことから、その限定も解除。マニュアルトランスミッション(MT)のポンプ車の運転はまだ「コワイ」が、一員として「何かできる」と実感を得る。
 
消防車両の運転席から顔をのぞかせる小林さん

消防車両の運転席から顔をのぞかせる小林さん

 
 小林さんは積極的に訓練に参加することで技術を身につけ、「実際の現場で力を出せるようになりたい」と意気込む。小学生から中学生まで3人の子育て中で、「家族の応援や理解があるからできる」と感謝する。消防出初式に参加した際に子どもたちからかけられた「かっこいいじゃん」との声を心に留めつつ、「地域も家庭も守る意識を持ち続け、頑張ります」と笑顔を見せた。
 
小林さんは所属する5分団1部の先輩団員と訓練に臨んだ

小林さんは所属する5分団1部の先輩団員と訓練に臨んだ

 
 そんな小林さんを部の仲間があたたかく見守る。「本人にやる気があり、女性ならではの視点で指摘してくれるから助かる」と菊池寛部長(53)。同部には女性団員がもう1人おり、2人のこれからの成長に期待を寄せた。
 
 同署によると、市内では現在16人の女性団員が活躍している。基本教育訓練は10月26日、11月16日にも予定される。

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祝20回! 10.2(とうに)「唐丹の日」大会 住民の連帯、地域の誇り胸に住みよいまちを後世に

第20回「唐丹の日」地域安全大会を輪踊りで祝う住民ら(写真提供:唐丹公民館)

第20回「唐丹の日」地域安全大会を輪踊りで祝う住民ら(写真提供:唐丹公民館)

 
 10月2日を数字の語呂合わせで「唐丹(とうに)の日」とする釜石市唐丹町。「地域の安全について考え、一人一人が今できることを」と、唐丹駐在所連絡協議会の呼びかけで2003年に始まった地域の日にちなみ、今年も地域安全大会が開かれた。東日本大震災やコロナ禍を経て、住民の連帯意識をより強めてきた同町。大会は20回目を迎え、住民らは安全で快適な生活ができるまちを後世につなごうと、さらなる結束を誓い合った。
 
 同大会は4日、唐丹小・中体育館で開かれ、地域住民ら約150人が集まった。同協議会前会長の下村恵寿さん、今年度から会長を務める佐々木孝さんがあいさつ。釜石警察署唐丹駐在所の髙田敏宏所長が防犯、交通安全講話を行った。髙田所長は増え続ける特殊詐欺被害に関し、「+(プラス)から始まる電話番号は海外を拠点とする詐欺グループの可能性が高い。最近は警察や裁判所、市役所を名乗り、個人情報を聞き出そうとする手口も多い。そうした電話には出ない、出てしまってもすぐに切る」よう注意を促した。また、県内の交通死亡事故が多発している現状を示し、「速度超過、車間距離には特にも気を付けて」と安全運転を呼びかけた。
 
約150人が参加。地域安全に関する講話で防犯意識を高める

約150人が参加。地域安全に関する講話で防犯意識を高める

 
 唐丹中3年の齊藤瑛飛斗さんは「わたしの主張釜石地区大会」で最優秀賞を受賞した弁論を発表した。保育園時代、いつも一緒に遊んでいた親友を病気で亡くした経験、唐丹小、中で得たかけがえのない仲間との信頼関係について語り、「今、私たちに親友がいることは決して当たり前ではない。事故や災害で、ある日突然いなくなってしまうかもしれない。今いる親友を大切にしてください。感謝の気持ちを伝えてください。『親友でいてくれてありがとう』と」。住民らは齊藤さんの思いを受け止め、大きな拍手を送った。大会では唐丹中(生徒27人)の金野学校長、唐丹小(児童38人)の三浦栄一副校長から、生徒、児童の近況も伝えられた。
 
最優秀賞を受賞した弁論を発表する唐丹中の齊藤瑛飛斗さん(右上)。唐丹小・中の近況も報告された(左)

最優秀賞を受賞した弁論を発表する唐丹中の齊藤瑛飛斗さん(右上)。唐丹小・中の近況も報告された(左)

 
 会場では唐丹公民館まつりも同時開催された。同館などで活動する15の自主グループの紹介、手芸などの作品展示、日本女子大学生と住民が行ったワークショップ「唐丹 三世代の遊び場」の展示などがあり、来場者が地域活動への理解を深めた。産直や地元農家の販売、キッチンカーの出店も。
 
唐丹地区で活動する自主グループの作品展示。洋裁リフォームや各種手芸作品が並んだ

唐丹地区で活動する自主グループの作品展示。洋裁リフォームや各種手芸作品が並んだ

 
ワークショップで作った三世代の遊び場マップの展示(上)。農家の野菜や果物販売は大好評(下)

ワークショップで作った三世代の遊び場マップの展示(上)。農家の野菜や果物販売は大好評(下)

 
 講話の後は住民お待ちかねの郷土芸能の披露。今や市内外のイベントに引っ張りだこの同町本郷の「桜舞太鼓」(鼓舞櫻会)が「神楽」「櫻響」「騎馬太鼓」など全5曲を演奏。地元が誇る芸能に盛んな拍手が送られた。過去にも招かれるなど唐丹住民らと深い絆を結ぶ同市鵜住居町出身の民謡歌手、佐野よりこさんは「釜石小唄」「南部俵積唄」「大漁御祝い」など6曲を歌って20回目の大会に華を添えた。
 
7人のメンバーで全5曲を演奏した「桜舞太鼓」

7人のメンバーで全5曲を演奏した「桜舞太鼓」

 
迫力の和太鼓演奏に客席から盛んな拍手が送られた

迫力の和太鼓演奏に客席から盛んな拍手が送られた

 
岩手を代表する民謡などを披露した佐野よりこさん。10月生まれの方に自身のCDをプレゼントした(写真提供:唐丹公民館)

岩手を代表する民謡などを披露した佐野よりこさん。10月生まれの方に自身のCDをプレゼントした(写真提供:唐丹公民館)

 
 初回から欠かさず足を運ぶ住民の上村年恵さん(77)は「地域の人たちみんなで集まって交流できるのがいい。同じ町内でも遠く離れている人と会えたり…。生活のためになることや地域の現状も知ることができる」と、年に一度の楽しみに顔をほころばす。
 
 佐々木会長(69)は「唐丹の人たちは団結力が強い。困難なことにも協力して立ち向かい、祭りなどでもみんなで地域を盛り上げようとする姿勢が根付いている」と話す。20回目を迎えた同大会もその象徴で、「幅広い年代が集い、人と人とのつながりも生んでいる。今後も続けていければ」と意欲を示した。

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「おいで」愛犬との絆 強める 釜石で動物ふれあいイベント 命を守るしつけを

簡単なゲームで愛犬との絆を強める参加者

簡単なゲームで愛犬との絆を強める参加者

 
 「動物ふれあいフェスティバル2025 in釜石」(岩手県獣医師会遠野支会、県沿岸広域振興局主催)は10月5日、釜石市平田のホテルシーガリアマリン・ドッグラン「シーガルパーク」で開かれた。動物愛護週間(9月20~26日)行事の一環として実施。簡単なゲームに挑戦する“ワンちゃん運動会”が繰り広げられ、飼い主のもとに元気よく駆け寄る愛犬の姿がみられた。
 
 イベントは、動物の愛護や適正な飼養について理解を深めてもらおうと、同週間に合わせて釜石、大船渡の両地域で交互に隔年で開催している。今回は市内外から犬と飼い主ら33組が参加した。
 
 盛岡ペットワールド専門学校常勤講師の三上祐太さん(39)が、散歩中に他の犬や人との接触を避けさせる方法、おやつを使った移動などのトレーニングについて助言。実践の場となった運動会で、参加者は「だるまさんがころんだ」やパン食いゲームなどに臨み、愛犬と触れ合った。
 
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三上祐太さん(左)の助言を聞きながら「お散歩レース」に挑む参加者

 
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ゲーム中のお題「アイコンタクト」。絆を深める大切な時間

 
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パン食いゲームに挑戦する愛犬を飼い主らがじっと見つめる

 
 大槌町の小学生黒澤力翔さん(10)は愛犬ろろちゃん(トイプードル2歳、雄)と参加。「呼ぶと来てくれて、うれしかった。かわいくて、癒やしてくれるところが大好き。元気でいてほしい」と笑った。愛息と愛犬の触れ合いを見守った母親は「おいでおいでゲーム」で見せた、ろろちゃんの行動に感激。「離れた場所からでも、呼べば駆け寄ってくる。事故や災害が起こりそうな時に命を守るのにつながる」と、収穫を喜んだ。
 
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愛犬の頑張り、かわいさに笑顔を見せる参加者たち

 
 運動会で種目ごとに、飼い主の歩く速さやリードの操り方、声がけの仕方などポイントを伝えた三上さん。▽犬の性格を考える▽嫌がることは無理にやらせなくてもよい―などと緩やかな接し方を促した。大切になるキーワードは「おいで」。呼んできちんと来れば、命が助かりやすくなると強調し、「しつけは命を守る、一つの方法。こういう機会で見直したり、重要性を再確認してもらえたら。日常にしつけが入っているように接してほしい」と呼びかけた。
 
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飼い主の動きをサポートしながら犬との接し方を伝えた三上さん(左)

 
 イベントでは動物愛護団体の活動紹介、飼い方相談のコーナーも設けられ、犬の健康を心配する飼い主らが熱心に話を聞いた。新しい飼い主を待つ犬や猫の情報をまとめたポスター展示もあった。
 
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イベントは犬も人も情報交換ができる場になった

 
 主催した県獣医師会遠野支会の池上健治支会長はイベントを通じ、ペットを家族の一員とする意識が高まっていることを改めて実感。「一緒に活動することで良いところや悪いところを認識する機会になる」と話した。近年、気になるのは災害時のペットの「同行避難」のこと。理解してもらうためにも「ほかの犬との触れ合いの機会を作り出すことが大事だ」とした上で、「家族の命を守るのは大切なこと。最低限のしつけやマナーを楽しみながら学んでもらえたら」と願った。

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(一社)栗橋地域振興社70周年 先人の労苦に感謝 和山牧場の新たな未来へ関係者一丸

一般社団法人栗橋地域振興社の創立70周年記念式典で万歳三唱する出席者

一般社団法人栗橋地域振興社の創立70周年記念式典で万歳三唱する出席者

 
 釜石市和山牧場の管理、運営を担う一般社団法人栗橋地域振興社(菊池録郎代表理事会長)は、今年で創立70周年を迎えた。時代の変遷で畜産業が衰退してきた中、同牧場地内では近年、風力発電事業が展開されるなど新たな土地利用が進む。9月28日に開かれた記念式典には同振興社のパートナー事業者も出席。今後の事業展開についても報告され、和山の新たな未来創造へ関係者が協力して取り組むことを誓い合った。
 
 橋野ふれあいセンターで開かれた70周年記念式典には、一般社員と役員、来賓ら約70人が出席した。菊池会長はあいさつで、前身の栗橋牧野農業協同組合からの歴史を振り返り、「昭和58年、最盛期には937頭もの放牧が行われ、華々しい時代もあったが、頭数の減少に伴う赤字経営、東日本大震災などの災禍で、今日に至る道のりには多くの辛苦があったと推察する」と先人たちの努力に敬意を表した。
 
創立70周年にあたり、あいさつする菊池録郎代表理事会長(左)

創立70周年にあたり、あいさつする菊池録郎代表理事会長(左)

 
和山牧場の歴史を聞きながら、振興社の歩みに理解を深める出席者

和山牧場の歴史を聞きながら、振興社の歩みに理解を深める出席者

 
 70周年記念事業として▽記念誌発行、DVD作成▽先人の業績パネル設置▽寄付金贈呈―が報告された。地域貢献事業として行う寄付は総額100万円。贈呈先は市、栗林小、釜石東中で、菊池会長が小野共市長と両校の校長に目録を手渡した。業績パネルは明治、大正時代に地域の畜産業発展に多大な貢献をした佐々木福太郎、小笠原勘十郎両氏の功績をたたえるもので、瀞渡(とろわたり)地区の和山牧場記念碑(1981年建立)近くに設置された。
 
70周年記念事業として記念誌の発行や先人の業績パネルの製作・設置を行った

70周年記念事業として記念誌の発行や先人の業績パネルの製作・設置を行った

 
和山牧場の礎を築いた佐々木福太郎、小笠原勘十郎両氏の功績を紹介するパネル

和山牧場の礎を築いた佐々木福太郎、小笠原勘十郎両氏の功績を紹介するパネル

 
寄付を受ける小野共市長(左)、栗林小の高橋昭英校長(右上)、釜石東中の高橋晃一校長(右下)

寄付を受ける小野共市長(左)、栗林小の高橋昭英校長(右上)、釜石東中の高橋晃一校長(右下)

 
 和山牧場は1940(昭和15)年、当時の帝室林野局から栗橋村が払い下げを認可され村営となった。55(昭30)年には栗橋牧野農業協同組合に無償譲渡。組合は71(昭46)年に市と牧場の賃貸契約を結び、市営和山牧場としての経営が始まった。当初、約300頭だった放牧は年々数を増やし、83(昭58)年には最大の937頭を記録。牧場地内は農地やレジャーにも活用され、和山フェスティバルが開かれるなど多くの市民に親しまれる場所となった。
 
 90年代には放牧数が半減。新たな土地活用として風力発電事業の実施が決まり、2004(平成16)年から隣接する大槌町、遠野市にまたがる「釜石広域ウインドファーム」が稼働した。時代の変遷、子牛価格の暴落などで飼養農家は減り、放牧数も年々減少。11(平23)年の東日本大震災が追い打ちをかけた。現在、放牧を行っているのは8人、12~13頭にとどまっている。
 
 そんな中、畜産業振興につながる新たな取り組みも。今年5月には、福島県の「エム牧場」が和山で肥育を目的とした肉用牛25頭の放牧に着手。“ストレスフリーの健康牛”としてブランド化を図る挑戦が始まった。昨年4月、同市栗林町で養鶏事業を始めた一関市の「オヤマ」は和山地内に第2の養鶏農場「和山ファーム」を建設中。鶏舎6棟、16~17万羽の鶏飼育が可能な施設は栗林とほぼ同規模。工事は順調に進んでいて、2026年11月の稼働を見込む。
 
建設中のオヤマの新養鶏場「和山ファーム」(左上) エム牧場は5月から和山で放牧を開始(左下) 今後の釜石市の畜産業振興に期待が寄せられる

建設中のオヤマの新養鶏場「和山ファーム」(左上) エム牧場は5月から和山で放牧を開始(左下) 今後の釜石市の畜産業振興に期待が寄せられる

 
 ユーラス釜石広域ウインドファーム(事業者:ユーラスエナジーホールディングス、東京都)は約20年間運転してきた風車の更新(建て替え)事業が進行中。計画する11基のうち、東エリア(大槌側)の8基は据え付けが完了し、現在、西エリア(遠野側)3基の建設工事が進む。新発電所の営業運転開始は2026年4月を見込む。また、同社は新たに25基を増設する拡張計画も検討している。
 
「ユーラス釜石広域ウインドファーム」の新しい風車。現在は西エリアの風車建設工事が進められている

「ユーラス釜石広域ウインドファーム」の新しい風車。現在は西エリアの風車建設工事が進められている

 
 和山は豊かな自然環境も大きな魅力の一つ。同振興社は「橋野鉄鉱山」の世界遺産登録を契機に、観光振興策にも力を入れる。地元住民組織と連携し、市指定文化財の巨木「和山のシナノキ」がある長鼻地区に八重桜やレンゲツツジを植樹。市民の憩いの場となるような景観復活に取り組んでいる。このほか、長年にわたり、地域振興につながる各種寄付も継続。地域とともに歩む組織として歴史を重ねている。
 
和山・長鼻地区で行われたレンゲツツジの植樹(2022年10月)。以降、順調に花を咲かせているという

和山・長鼻地区で行われたレンゲツツジの植樹(2022年10月)。以降、順調に花を咲かせているという

 
 現在、和山で放牧を行う飼養農家のうち最年長の小笠原松見さん(76)は、祖父の代から畜産業にいそしむ。多い時で25~27頭を育てたが、今は4頭。平成に入り、短角牛から黒毛和牛に替えた。「赤字もあるが、何とかやってきた。体力の続く限りは(畜産を)やっていきたい」と愛着を示す。式典では、「春のべぇご(牛)上げ=放牧時には、牛同士がけんかする様子を大勢の人が見物した。けんかはボスを決めるためのもの」などと思い出を話した。3事業者による新たな取り組みも歓迎し、「牧場活用が増えるのは良いこと。これを機にまた和山がにぎわってくれたら」と願った。
 
式典で和山牧場の思い出を語る小笠原松見さん(左)。18歳から“牛飼い”一筋。振興社の顧問も務める

式典で和山牧場の思い出を語る小笠原松見さん(左)。18歳から“牛飼い”一筋。振興社の顧問も務める

 
式典後、思い出や今後について語り合う栗橋地域振興社の役員ら

式典後、思い出や今後について語り合う栗橋地域振興社の役員ら

 
 旧栗橋牧野農業協同組合は1955年2月25日設立。当時の組合員数は499人。一般社団法人栗橋地域振興社に組織変更されたのは2022年。25年5月の総会時の社員数は298人となっている。

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大人の好奇心を刺激!?日本人が初めて作った海図にまつわる話 つながる釜石と京都

海図「陸中國釜石港之圖」の銅版レプリカに見入る市民ら

海図「陸中國釜石港之圖」の銅版レプリカに見入る市民ら

 
 釜石と京都のつながりとは―。明治時代に日本が初めて単独で製作した海図「陸中國釜石港之圖(りくちゅうのくにかまいしこうのず)」にまつわる秘話を紹介する集いが10月1日、釜石市大町の釜石PITであった。集いの目的は、海図の銅版レプリカのお披露目を兼ねた講話会。企画したのは、京都府京都市東山区にある霊明神社の神主、村上浩継さん(46)だ。
 
釜石と京都を結ぶ海図の秘話をひも解く村上浩継さん

釜石と京都を結ぶ海図の秘話をひも解く村上浩継さん

 
 村上さんはいくつかの偶然が重なり、この日本第1号の海図の銅版を製作した「松田保信(雅号・龍山)」が同神社の「社中」(寺院で言う「檀家」)であることを確認した。同時期、レプリカだがその海図が刻まれた銅版をインターネット上で発見。「何かに導かれるような感覚」を受け、昨年暮れに入手していた。
 
 導かれる感覚は何か―。実は、村上さんは2014年から5年間、任期付き職員として釜石市広聴広報課(当時)に勤務していた。「釜石と神社をつなぐものだ」。だからこそ、思わぬ偶然の連続に身震いしたという。保信を含む松田家と神社の関わりを独自に調査。見つけたことや知ったことを釜石の人たちにも伝えようと、集いの場を設けた。
 
村上さんは調査で分かったことをスライドにまとめて紹介した

村上さんは調査で分かったことをスライドにまとめて紹介した

 
 釜石港之圖は1872(明治5)年、当時の兵部省海軍部水路局(現海上保安庁海洋情報部)が刊行。印刷するために必要となる銅版を保信が手彫りで作った。現物の海図にもしっかりと名が残っている。
 
 村上さんによると、第1号にも用いられた腐食法による海図の銅版は97あり、うち保信が作ったのは「龍山」「儀平」との別名も含め22。京都の銅版画製作所「玄々堂」の六男として生まれ、幼少より父や兄から技術を学び、「素晴らしい腕を持つことから白羽の矢が立った」という。水路部沿革史の一部分を示し「(松田儀平は)海図彫刻の創始者にして(中略)彫刻進歩の基礎をなしたるもの」などと評価されていたことを紹介した。
 
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さまざまな資料を示しながら銅板製作者について解説

 
 同神社には玄々堂の初代・保居ら松本家の多くがまつられ、同神社が開拓した墓地に墓がある。ただ、保信はまつられていないとのことだが、村上さんは「家族の霊をまつっていることから神社とのつながりも深い人物」と強調。玄々堂二代目は兄の儀十郎(雅号・緑山)とされているが、調べたところ「実際は弟の保信が継いでいる。銅版画史としては新事実」と、胸躍る様子で解説した。
 
 話し終えると、手に入れた釜石港之圖の銅版レプリカをお披露目した。一昨年に村上さんを訪ね同神社に立ち寄った釜石・栗林町の藤原成子さん(78)は「(銅版レプリカを)早く見せてともどかしく思いつつ、村上さんの話にわくわくした。釜石とのつながりを感じたし、調べて知ったことを教えたいという気持ちが伝わってきた。貴重な時間になった」と楽しんだ。
 
村上さんが入手した海図の銅版レプリカに触れる参加者

村上さんが入手した海図の銅版レプリカに触れる参加者

 
銅版レプリカを囲んだ参加者は感じたことを伝え合った

銅版レプリカを囲んだ参加者は感じたことを伝え合った

 
 市教委文化財課世界遺産室の森一欽室長の姿もあり、披露された銅版レプリカは「記念品の類いでは。偽物ではないが、古いものではない」との見立て。海図の発行などを行う「日本水路協会」への問い合わせを勧めた。今回、印象に残ったのは「震災があったから釜石に来て人と出会い、縁ができた。けど、震災なんてない方がいいに決まっている」という村上さんの言葉。うなずきつつも、「まちに関わり合った人たちとのつながりはこれからの釜石にとって重要な要素になる」との認識を示した。
 
釜石港之圖のコピーと見比べ。本来の印刷用銅版は図や文字が反転しているが、入手した銅版レプリカは…?

釜石港之圖のコピーと見比べ。本来の印刷用銅版は図や文字が反転しているが、入手した銅版レプリカは…?

 
 釜石市職員時代の村上さんは、取材で市内を回り歴史や文化、自然の良さに触れる中、その良さを地元の人が知らないことに気づいた。「街を知るため、ちょっと変わった楽しいことをして思いっきり遊ぼう」とのコンセプトのもと、気持ちを同じくする仲間と市民活動を展開。路上にこたつを並べたり、鬼ごっこと鍋をかけ合わせたイベントや、街にある不思議なものを巡るツアーなどを催した。
 
 そんな面白い視点と感覚を持つ村上さんの人柄に引き付けられた釜石市民ら約20人が聴講した。村上さんは、楽しみながら知った釜石のことや、遠く離れた京都の神社とのつながりという「ちょっとマニアックな話」を伝えられ、満足げな様子。入手した銅版レプリカは「本物でも偽物でも、たとえ記念品だとしても、釜石と霊明神社のつながりを示すものだから、見てもらえてうれしい」と笑った。
 
「知ることは面白い」。参加者は楽しさを共有し笑顔を広げた

「知ることは面白い」。参加者は楽しさを共有し笑顔を広げた

 
 村上さんの探求心は衰え知らずで、さらに調査を進める構え。聴講者の多くは地域や歴史に関心が高く、楽しげに話す村上さんの姿を刺激に「気づき」や「気になること」を深堀りしようと意欲を高めていた。

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“つくる”にありがたみを感じて 釜石・浜千鳥、体験塾で酒米「吟ぎんが」稲刈り

浜千鳥酒造り体験塾で稲刈りに取り組む参加者

浜千鳥酒造り体験塾で稲刈りに取り組む参加者

 
 釜石市小川町の酒造会社「浜千鳥」(新里進社長)が原料とする酒米の稲刈りが9月28日、大槌町の契約農家の田んぼであった。同社が企画する「酒造り体験塾」の第2弾プログラムとし、親子連れら約90人が参加。実りの秋を体感した。一方、供給不足や価格高騰など昨今のコメ問題と、その動向が気になる消費者の目線を持つ人もいて、「酒米だけど、コメのありがたみを感じる」と、動かす手に丁寧さを加えた。
 
 体験の場は、同社に酒米を提供する佐々木重吾さん(68)の田んぼ(約7アール)。5月に体験塾参加者らが「吟ぎんが」という品種を手植えしていた。佐々木さんから説明を受けた後、参加者が田んぼに入り、実りの時期を迎えた稲穂を鎌で収穫。刈り取った穂は束ねて天日干し用に組んだ棒に「はせがけ」した。
 
黄金色に輝く稲穂に頬を緩めながら刈り取り作業に汗を流す

黄金色に輝く稲穂に頬を緩めながら刈り取り作業に汗を流す

 
田んぼで育てた稲を刈り、わらで束ねて運んで、はせがけ

田んぼで育てた稲を刈り、わらで束ねて運んで、はせがけ

 
稲刈りに精を出す父親の傍らに子どもの姿。ほのぼの

稲刈りに精を出す父親の傍らに子どもの姿。ほのぼの

 
 大船渡市の小学生中島龍司さん(8)は田植えにも参加していて、その時に作業した辺りの稲を刈り取った。「大きくなっていて、うれしかった。切る時に鎌を引いたりするのが難しかったけど、楽しい」とにっこり。母の愛海さん(30)は「お酒になるものだけど、コメの成長過程を知ることができた。普段食べているコメへの気持ちも違ってくる」とうなずいた。
 
稲の刈り取りに挑戦する子どもたち。実りの秋を体感

稲の刈り取りに挑戦する子どもたち。実りの秋を体感

 
 佐々木さんによると、この田んぼの実りは猛暑の影響を受けた。すぐ隣には自家用米を植えているが、よく見ると穂の垂れ具合に違いがある。酒米用は穂が短かったり、垂れていない株もあったり。例年と同じ方法で育てたが、「田んぼに有機物を入れているかの差」が今年の夏は顕著に出た形だといい、「植物、作物を育てるためには寄り添わなければいけないと改めて感じた。土が本来持っている力を発揮できるよう、勉強しながら試行していく」と腕をまくる。
 
体験会場となった田んぼで育った酒米「吟ぎんが」の穂

体験会場となった田んぼで育った酒米「吟ぎんが」の穂

 
 生産者の思いにも触れた釜石市の会社員三野宮孝志さん(53)は「コメもお酒も苦労してつくっている人がいる。食べて、飲める、ありがたみを感じながら取り組んでいる」と話し、額の汗をぬぐった。体験塾を通して酒造りの一端に関わることができ、「感動ひとしお」と破顔。吟ぎんがを使った同社の「ゆめほなみ」について「フルーティーで香り高く、ワインみたい」と評し、今年のコメで仕込んだ一品を楽しみに待つ。
 
実りに感謝!酒米の収穫を喜ぶ参加者

実りに感謝!酒米の収穫を喜ぶ参加者

 
稲刈りの作業後には餅つきも楽しんだ

稲刈りの作業後には餅つきも楽しんだ

 
 佐々木さんが会長を務める大槌酒米研究会では今年、6個人1法人が同社に供給する吟ぎんがを栽培し、合わせて約20ヘクタールを作付けした。9月上旬から稲刈りを始めており、「猛暑の中でも割と順調に育ち、平年並みの収量になる」と見込む。
 
 一方で、気になるのがコメの価格高騰。全国的には酒米から食用米の生産へ切り替える農家が増えているというが、「大槌は微増」と佐々木さん。体験塾を通じ、酒を造る人やコメを作る人、消費者、地域住民など多様な関わりが生まれていると感じていて、「浜千鳥は土地柄がよく出た、地元に定着している酒。協同することは、人にとっても地域にとってもの元気の素になる。これからも貢献できれば」と話した。
 
酒造り、米作りに気持ちを合わせる新里進社長(左の写真)と佐々木重吾さん(右の写真、右)

酒造り、米作りに気持ちを合わせる新里進社長(左の写真)と佐々木重吾さん(右の写真、右)

 
 同社では2003年から大槌産酒米・吟ぎんがを使った酒造りを続ける。ゆめほなみのほか「純米大吟醸」「特別純米酒」、大槌・源水地区の湧水で仕込んだ地域おこし酒「源水」などにも広げており、今では同社が使うコメの半数を占める。ただ、コメ不足から続く主食用米の価格高騰のあおりを受ける形で酒米の価格も上がっているのが、懸念材料に。新里社長は「地元のもので酒を造る。地酒メーカーとして大切にするコンセプト。この主力米を大事にしながら、いい酒を造っていくのは変わらない」と力を込める。
 
 この体験塾は、酒造りの工程や同社が込める思い、そして日本酒への理解を深めてもらうための企画。今後、「仕込み」「しぼり」体験を予定する。

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「釜石よいさ」現行の形に一区切り 実行委解散へ 踊り継ぐ方法、開催意義考える機会に

社員の子どもたちも参加し、踊りを楽しむ日本製鉄グループ=第34回釜石よいさ

社員の子どもたちも参加し、踊りを楽しむ日本製鉄グループ=第34回釜石よいさ

 
 第34回釜石よいさ(同実行委主催)は9月23日、釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムで開催された。経費や交通規制、運営人員不足などの課題解決のため、市中心市街地から同スタジアムに会場を移して3年目。実行委は以前のような“街なか開催”を望む声も根強い状況を鑑み、現組織としての開催を今年で終了。今後、街なか開催を担う新たな運営母体への移行も視野に、踊り継ぐ方法を模索していきたい考えだ。
 
 16団体約650人が参加。4こども園・幼稚園の「こどもよいさ」に続き、企業や学校、福祉施設など12団体が群舞を繰り広げた。そろいの浴衣、はんてん、ポロシャツなどを身にまとい、郷土芸能の虎舞をモチーフに創作された踊りを楽しむ参加者。お囃子(はやし)隊が先導する「ヨイサッ、サアーサ ヨイヤッサー」の掛け声に合わせて躍動し、弾ける笑顔を見せた。
 
かわいらしい虎の衣装は正福寺幼稚園こどもよいさの伝統

かわいらしい虎の衣装は正福寺幼稚園こどもよいさの伝統

 
かまいしこども園は大漁旗はんてん姿(右)、上中島こども園は鳴子を手に「よいさっ!」

かまいしこども園は大漁旗はんてん姿(右)、上中島こども園は鳴子を手に「よいさっ!」

 
各園オリジナルの振り付けも楽しい。甲東こども園は元気いっぱいにジャンプ!

各園オリジナルの振り付けも楽しい。甲東こども園は元気いっぱいにジャンプ!

 
 東日本大震災前、同スタジアムの場所に校舎があった釜石東中。生徒、教職員ら有志27人が参加した。岩鼻樹里さん(3年)は「みんなで踊れて楽しかった。思っていたよりも明るい雰囲気。各団体が負けじと踊っていたのが印象的」と話した。同校の参加は震災後初。釜石出身の教諭らが提案し参加を募ったところ、1~3年生まで21人が手を挙げた。提案者の一人、佐々木伊織教諭(29)は「小さなことでも地域を盛り上げられるという実感を持ってもらえたら」と期待を込めた。
 
“うのスタよいさ”は初めての参加。地元開催を盛り上げる釜石東中の生徒有志

“うのスタよいさ”は初めての参加。地元開催を盛り上げる釜石東中の生徒有志

 
 昨春開校した釜石市国際外語大学校からはネパール、ミャンマー出身の学生を中心に約50人が初参加した。ネウパネ パビトラさん(21)は「楽しいです。ネパールの祭りを思い出す」とにっこり。教職員が浴衣を着せてくれたが、「着るのが難しそう」と和装文化にも驚いた様子。タマン プラヂプさん(22)も「日本人と一緒に踊れて気分が上がった」と大喜び。ネパールにもみんなで踊る祭りはあるが、「向こうはごちゃまぜ。日本は順番に並んで踊る」と違いを示した。
 
釜石市国際外語大学校は3カ国の学生が参加。そろいの浴衣で初よいさを楽しんだ

釜石市国際外語大学校は3カ国の学生が参加。そろいの浴衣で初よいさを楽しんだ

 
 市外からの飛び入り参加も。サッカーJFL、いわてグルージャ盛岡の選手らは踊りの輪に加わり、試合への来場も呼び掛けた。昨夏加入のDF山内舟征選手(24、愛知県出身)は釜石初訪問。同スタジアム建設の経緯や祭りの活気に触れ、岩手県民の底力も感じた様子。「会場で直接応援の声もいただき、来て良かった」と笑顔を見せた。チームは今一度、自分たちの原点に立ち返ろうと、ホームタウンなどに出向いて地域を元気にする活動を展開中。広報の田村凌空さんは「地元の皆さんが応援してくれているからこそ、自分たちも活動ができる。選手にはそのありがたみも感じてもらえれば」と話した。
 
「一緒に岩手のスポーツを盛り上げよう!」 いわてグルージャ盛岡の山内舟征選手(左)、嶋津柚杏選手も踊りの輪に…

「一緒に岩手のスポーツを盛り上げよう!」 いわてグルージャ盛岡の山内舟征選手(左)、嶋津柚杏選手も踊りの輪に…

 
 祭りの華「よいさ小町」として参加したのは女性9人。地元出身で社会人1年目の佐々木優奈さん(23)は「今の形でのよいさは最後ということもあり、地域を盛り上げる一員になれれば」と応募した。前囃子や震災を機に生まれたスタコラ音頭など新しい踊りにも挑戦し、「若い世代が覚えていかないと後に残らない」と継承の必要性を実感。中学生の時に学校参加した時とは違う特別な思いを抱き、「市民がこれだけ集まる祭りは貴重。どんな形でも残していければ」と願った。
 
よいさスタートを告げる「前囃子」でしなやかな踊りを披露する「よいさ小町」

よいさスタートを告げる「前囃子」でしなやかな踊りを披露する「よいさ小町」

 
佐野よりこさんが歌う「釜石小唄」に踊りで華を添えるよいさ小町(上)。ステージ前では「ちあ釜」のフラッグパフォーマンスも(左下)

佐野よりこさんが歌う「釜石小唄」に踊りで華を添えるよいさ小町(上)。ステージ前では「ちあ釜」のフラッグパフォーマンスも(左下)

 
 この日は、過去最多50店舗が出店したフードコーナー、子どもが遊べるおまつり広場などもにぎわいの一助に。郷土芸能披露、地元出身の民謡歌手佐野よりこさんのライブ、ギネス記録を持つプロけん玉師伊藤佑介さんのショー&参加者のけん玉対決など、ステージイベントも盛りだくさん。約3500人が来場し、海風が心地良い秋晴れのもと、“みんなで楽しむよいさ”を満喫した。
 
各地のグルメが大集結! 50店舗が並んだフードコーナー

各地のグルメが大集結! 50店舗が並んだフードコーナー

 
子どもたちを楽しませたおまつり広場。さまざまな遊びに興じた。釜石商工高生は課題研究で取り組む「大槌刺し子」の作品を販売(右上)

子どもたちを楽しませたおまつり広場。さまざまな遊びに興じた。釜石商工高生は課題研究で取り組む「大槌刺し子」の作品を販売(右上)

 
プロけん玉師の伊藤佑介さんのパフォーマンスは圧巻(左)。よいさのリズムに合わせ、参加者がけん玉対決(右)

プロけん玉師の伊藤佑介さんのパフォーマンスは圧巻(左)。よいさのリズムに合わせ、参加者がけん玉対決(右)

 
 鵜住居町の田中美貴子さん(45)は子ども2人と来場。「津波で大きな被害を受けた場所にスタジアムができ、イベントで盛り上がるまでに復興したことを思うと感慨深い」と話す。震災前は市中心市街地に暮らし、“街なかよいさ”も参加、見物ともに経験。「街なかもスタジアムもそれぞれの良さ、魅力がある。多くの市民が集まり盛り上がれる場があることが、市全体の活力にもつながっていくのではないか。ずっと続いていってほしい」と期待した。
 
3年目となった“うのスタよいさ”。幅広い世代の交流の場にもなっている

3年目となった“うのスタよいさ”。幅広い世代の交流の場にもなっている

 
 釜石よいさは1987年、釜石製鉄所の高炉休止で活気を失ったまちに元気を取り戻そうと、地元の若者たちによって始められた。長年、8月夜に市中心部の目抜き通りで開催してきたが、2011年の東日本大震災の被災で2年間中断。13年に新たな実行委が復活させ、19年まで続けられたが、新型コロナ禍で再び中止を余儀なくされた。23年の再復活にあたっては、人口減少などに伴う社会経済情勢の変化や夏の猛暑を考慮し、経費や開催時期、運営体制を見直し。同スタジアムでの開催を2年間続けてきたが、以前のような街なか開催を望む声も根強いことから、今回をもって現体制での実施を一区切りとし、実行委の解散を決めた。
 
 下村達志実行委員長(50)は「改めてよいさを一から考えるための決断。新たに市街地でやる組織ができれば可能な限り応援するし、できない場合でも今のような『にぎわい創出の場』は維持していきたい」と話す。今後は新組織の発足次第だが、動きがない場合や新組織の計画が遅れる場合は、スタジアムでの「よいさを踊れる」別イベントの開催を検討したい考え。
 
市民の宝「釜石よいさ」を後世へ… 踊り継ぐための模索が続く

市民の宝「釜石よいさ」を後世へ… 踊り継ぐための模索が続く

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釜石SW トウタイ・ケフ新HCのもと今季初戦 「釜石絆の日」ともだちマッチで静岡BRと

雨の中、プレシーズンマッチ初戦に挑む日本製鉄釜石SW(グレージャージー)と静岡BR(青同)=2025ラグビッグドリーム~釜石絆の日~

雨の中、プレシーズンマッチ初戦に挑む日本製鉄釜石SW(グレージャージー)と静岡BR(青同)=2025ラグビッグドリーム~釜石絆の日~

 
 ラグビーリーグワン2部の日本製鉄釜石シーウェイブス(SW)は9月20日、釜石鵜住居復興スタジアムで同1部の静岡ブルーレヴズ(BR)と対戦した。2019年のラグビーワールドカップ(W杯)釜石開催のレガシー(遺産)を継承する「釜石絆の日(9月25日)」記念イベントでの交流試合。両チームにとってプレシーズンマッチ初戦で、釜石SWは今季から指揮を執るトウタイ・ケフヘッドコーチ(HC)のもと、新チームの力を試す場となったが、27-81(前半3-36)の大差で敗れた。
 
 試合開始後、雨模様となったスタジアム。前半は静岡が先制トライ。若手を中心としたメンバーで臨む釜石は、7分にSO落和史のPGで3点を返すが、その後は防戦一方の苦しい展開。計5トライを許し、3-36と大きくリードされ、折り返した。
 
 悪い流れを断ち切りたい釜石は後半7分、今季新加入のCTBパウラ・マヘ、2年目のフランカー、アンガス・フレッチャーの素早いパス回しで敵陣に切り込むと、10メートルライン付近でボールを受けたWTB千葉健が独走。ゴール前で追い付いた相手にタックルで倒されながらも右手を伸ばし意地のトライを決めた(8-36)。静岡トライ直後の15分には、釜石キックオフのボールをWTB小野航大が走り込んでキャッチ。SH南篤志、ロック山田龍之介らがつなぎ、最後はプロップ髙橋璃玖が押し込みトライ。ゴールも決まって15-43とした。
 
フランカー、アンガス・フレッチャー(右)からパスを受け敵陣に切り込むCTBパウラ・マヘ(左)

フランカー、アンガス・フレッチャー(右)からパスを受け敵陣に切り込むCTBパウラ・マヘ(左)

 
後半7分、ゴール前で相手に倒されるもチーム初トライを決めるWTB千葉健

後半7分、ゴール前で相手に倒されるもチーム初トライを決めるWTB千葉健

 
相手得点直後のキックオフボールをキャッチ。攻撃の起点をつくるWTB小野航大(上)。ここからSH南篤志、ロック山田龍之介とつなぎゴール前に運ぶ

相手得点直後のキックオフボールをキャッチ。攻撃の起点をつくるWTB小野航大(上)。ここからSH南篤志、ロック山田龍之介とつなぎゴール前に運ぶ

 
後半15分、最後はプロップ髙橋璃玖が2人のタックルを左にかわしながらトライ

後半15分、最後はプロップ髙橋璃玖が2人のタックルを左にかわしながらトライ

 
 しかし、勢いは続かず…。釜石はスクラムの圧倒的強さや個々の選手のスキルで力の差を見せる静岡に5連続トライを奪われ、15-74と再び大きく突き放された。試合時間残り10分。“あきらめない釜石”を体現したのは38分。静岡の反則から敵陣5メートルライン付近のラインアウトに持ち込んだ釜石は、すぐさまモールを形成。ボールを投げ込んだ今季新加入のフッカー、ルル・パエアが最後尾で受け、左に抜け出しトライを決めた。終了間際の40分には、センターライン付近で相手がこぼしたボールをCTB齋藤弘毅が前方に蹴り出し、SH岡新之助タフォキタウが相手の意表を突き独走トライ。新加入の2人が的確な判断で得点につなげたが、反撃及ばず、27-81で敗れた。
 
後半38分、ラインアウトモールからフッカー、ルル・パエアがトライ

後半38分、ラインアウトモールからフッカー、ルル・パエアがトライ

 
後半40分、SH岡新之助タフォキタウが釜石4本目のトライ

後半40分、SH岡新之助タフォキタウが釜石4本目のトライ

 
 就任後初の対外試合を終え、ケフHCは「スクラムが一番の課題。ディフェンスも良くなかった。新体制での初戦、格上チームとの対戦であまり期待は高く持っていなかったが、残念な結果」と評価。「もっとアグレッシブに」「コンタクトエリアにもっとコミットを」と、果敢に攻め相手にプレッシャーをかける積極プレー、フィジカル向上の必要性を指摘した。ただ、シーズンは始まったばかり。「ここからさらに良くして、チームとして成長していきたい」と思いを強くした。
 
 ゲームキャプテンを務めたロック山田選手はケフHCの意向を受け、「コネクションを切らさない」ことを選手に伝えた。「悪くはなかったが、その一つ目の仕事、タックルやセットピースといったプレーの始まりのところが良くなかった。しっかり精度を上げて修正していきたい」。2011年の東日本大震災以降、釜石との継続的な交流試合で絆を深める静岡BRに対し、「1部のチームとシーズン開始時点で試合ができるのは本当にありがたい」と感謝。「今、ここでラグビーができているのは当たり前ではない。チームに対しての個々の責任、釜石でプレーする責任をしっかり果たしたい」とシーズン入りに際し、改めて気を引き締める。
 
 イベント会場では、オープニングアトラクションとして市内外の郷土芸能が披露されたほか、震災時に力を発揮した自衛隊などの「働く自動車展」も。予定されていたおもてなしイベントの一部は、雨が強まったため中止された。21日は中学生や高校生の交流試合が行われた。
 
2階スタンドデッキで披露された花巻市の「上根子神楽」

2階スタンドデッキで披露された花巻市の「上根子神楽」

 
自衛隊、警察、消防車両が集まる「働く自動車展」は人気の写真スポット。家族連れらが楽しんだ

自衛隊、警察、消防車両が集まる「働く自動車展」は人気の写真スポット。家族連れらが楽しんだ

 
「絆の日」記念グッズも各種用意。ラグビーでつながるさまざまな交流の輪が広がった

「絆の日」記念グッズも各種用意。ラグビーでつながるさまざまな交流の輪が広がった

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広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)

広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)
 

広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)

広報かまいし2025年10月1日号(No.1865)

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【P1】
釜石まつり

【P2-3】
TETTO ロビーコンサート vol.9「MiA &リアスバンド」
わらび座イーハトーブシアター 「真昼の星めぐり」the Musical 他

【P4-5】
令和7年度 インフルエンザ・新型コロナ予防接種
令和7年度の健康診査・肺がん検診がまもなく終了します
10月1日~ マイナ救急が始まります

【P6-7】
令和8年4月入園 幼稚園児を募集します
ツキノワグマの被害に遭わないために 他

【P8-9】
調査票の記入はお済みですか?
10月の粗大ごみ収集予約を受け付けます 他

【P10-11】
まちのお知らせ

【P12】
市民百景

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 総務企画部 オープンシティ・プロモーション室
〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話:0193-27-8463 / Fax 0193-22-2686 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/docs/2025092600011/
釜石市

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釜石市公式サイトと連携し、縁とらんすがピックアップした記事を掲載しています。記事の内容に関するお問い合わせは、各記事の担当窓口までお問い合わせください。
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新本殿整備事業完遂祝う 澤田八幡神社(栗林町)例大祭 黄金色の秋風景の中、鹿踊&虎舞に住民歓喜

本殿と周辺整備の完了を祝う澤田八幡神社の例大祭=15日、栗林町同神社境内

本殿と周辺整備の完了を祝う澤田八幡神社の例大祭=15日、栗林町同神社境内

 
 釜石市栗林町沢田の澤田八幡神社の例大祭は15日に行われた。昨年、本殿の建て替え工事が行われた同神社は、周辺の環境整備が全て終了。今年の祭りは事業完遂を祝って、郷土芸能の披露などが盛大に行われた。また今年は、三閉伊一揆の指導者の一人として活躍した郷土の偉人、三浦命助の関係資料が県の文化財に指定されたことも記念し、命助の生誕地・上栗林でも踊りが奉納された。
 
 同神社は江戸時代後期、文政(1818-30)年間の建立。木造の本殿は1955年に屋根のふき替えのみ行われていたが、建物の老朽化が顕著となったことから、地元住民組織・沢田新生会(川崎浩一会長、100世帯)が中心となって、一昨年から建て替え事業を進めてきた。本殿は昨年6月に完成していたが、参道整備や新しい扁額の設置などがこのほど終了。例大祭が住民へのお披露目の場となった。
 
新築整備された澤田八幡神社の本殿(右)。新たに整備された参道(左)。参集殿の建物内を通らず参拝できる

新築整備された澤田八幡神社の本殿(右)。新たに整備された参道(左)。参集殿の建物内を通らず参拝できる

 
郷土芸能団体など関係者が三浦命助生誕の地・上栗林に建てられている顕彰碑に足を運んだ

郷土芸能団体など関係者が三浦命助生誕の地・上栗林に建てられている顕彰碑に足を運んだ

 
三閉伊一揆に参加し窮状を救った三浦命助ら村民に敬意を表し、踊りを奉納する「澤田鹿踊」

三閉伊一揆に参加し窮状を救った三浦命助ら村民に敬意を表し、踊りを奉納する「澤田鹿踊」

 
 14日夜に宵宮祭、15日は神社での神事の後、関係者が上栗林の「三浦命助顕彰碑」に足を運んだ。同碑は命助の没後100年にあたる1963年に町民一同によって建てられたもので、裏山には命助の墓がある。今年4月に命助関係資料が県指定文化財となったことを記念し、碑の前で澤田鹿踊と澤田虎舞が踊りを奉納した。命助が信仰した観音堂の前では、郷土の人々を救った命助ら先人の御霊を慰め、感謝の祈りをささげた。
 
住民らが見守る中、伝統の舞を披露する鹿踊の踊り手

住民らが見守る中、伝統の舞を披露する鹿踊の踊り手

 
2頭の雄鹿が雌鹿を奪い合う「突き合い」。観衆の掛け声で最も盛り上がる演目

2頭の雄鹿が雌鹿を奪い合う「突き合い」。観衆の掛け声で最も盛り上がる演目

 
 命助の関係親族の女性(81)は「地域の皆さんが文化財指定を祝ってくれてありがたい。自分のためではなく、みんなのために事を起こした命助さんに敬意を表したい。これからも地元の歴史としてつないでいければ」と願った。
 
子どもや若者が力を発揮した「澤田虎舞」。虎が遊び戯れる様子を表現した「跳虎」

子どもや若者が力を発揮した「澤田虎舞」。虎が遊び戯れる様子を表現した「跳虎」

 
頑張って踊る子どもたちの姿に笑みがこぼれる(下)

頑張って踊る子どもたちの姿に笑みがこぼれる(下)

 
 昼食をはさんで午後からは、神社境内で両芸能が披露された。澤田虎舞(大丸広美代表、30人)は跳虎(はねとら)、笹喰み(ささばみ)、甚句など多彩な踊りを披露した。同虎舞は片岸虎舞の流れをくむもので、明治時代から踊られているとみられる。少子高齢化による担い手不足などで、10年ほど前から近隣の砂子畑道々虎舞と相互交流。両地区神社の祭典では踊り手を出し合い、継承の一助としている。
 
収穫期を迎えた黄金色の田んぼも祭り風景を彩る。秋祭りならではの光景

収穫期を迎えた黄金色の田んぼも祭り風景を彩る。秋祭りならではの光景

 
虎頭の形状の違いも楽しめる複数の虎の競演

虎頭の形状の違いも楽しめる複数の虎の競演

 
次世代を担う子どもたちも躍動。子虎の「笹喰み」(右)に見物客もにっこり

次世代を担う子どもたちも躍動。子虎の「笹喰み」(右)に見物客もにっこり

 
 祭りでは“子虎”も大活躍。小学生らが小さな頭(かしら)を振って踊り、観客から盛んな拍手を浴びた。栗林に父方の祖父が暮らす長谷川諒さん(9、野田町)は幼いころから同虎舞に親しむ。今回も祭りに向けて「頭をちゃんと振るところや笹で歯磨きするところ(笹喰み)を頑張って練習しました」と自信をのぞかせた。出来を聞いてみると「100点!」とのこと。「虎舞はみんなで協力してやるところが楽しい。これからも続けたい」と目を輝かせた。
 
 澤田鹿踊(川崎充代表)は祝入羽(いわいりは)、向返し(こがえし)、花踊りなど5演目を披露した。メンバーは小学1年生から77歳まで約20人。同鹿踊は約330年前、房州(現千葉県)生まれの唯喜伝治という人物が沢田地区の名家に雇われた際、地区の若者たちに教えたのが始まりとされる。市内の鹿踊伝承の先駆けで、1980年に同市指定無形民俗文化財となっている。
 
祭りを盛り上げる郷土芸能は地域の宝。神社境内が一気に華やぐ

祭りを盛り上げる郷土芸能は地域の宝。神社境内が一気に華やぐ

 
幅広い世代が太鼓や笛、踊りを担当。郷土芸能は世代間交流の場にも

幅広い世代が太鼓や笛、踊りを担当。郷土芸能は世代間交流の場にも

 
澤田鹿踊は市内の鹿踊の文化財指定第一号

澤田鹿踊は市内の鹿踊の文化財指定第一号

 
 鹿踊も担い手育成は大きな課題。事務局の小澤英樹さん(53)は「とにかく続けていくことが大事。地元小学校統合の話もあり、子どもたちへの継承は難しさを増すが、何とかつないでいきたい」と伝統芸能の誇りを胸に刻む。この日は同祭りの評判を聞きつけ、県外から足を運んだ客もいて、「地域の良さを内外に広めていければ」との思いも強くする。
 
 沢田地区に暮らす菊池ウメさん(79)は終始、笑顔で郷土芸能を楽しみ、「祭りって本当にいいなあと思って。小さい子どもたちの踊りもかわいくてね…。昨日の宵宮祭もすごく良かった」と心を躍らせた。同神社の本殿が新しくなったことも喜び、「これからもみんな元気で暮らせる地域になれば」とご加護を願った。
 
祭りを楽しむ見物客。昨年に続く郷土芸能披露に喜びの表情

祭りを楽しむ見物客。昨年に続く郷土芸能披露に喜びの表情

 
祭りを通して地域の素晴らしさを実感。子どもたちの健やかな成長にもつながっている

祭りを通して地域の素晴らしさを実感。子どもたちの健やかな成長にもつながっている

 
 同神社氏子総代長も務める新生会の川崎会長(61)は「多くの皆さんのご奉賛をいただいて本殿を新しくでき、感謝の気持ちでいっぱい。祭りは伝統芸能の継承にも欠かせない。力を合わせ、芸能を含めた地域文化の継承に努めていきたい」と思いを新たにした。

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三浦命助 一揆指導者の素地、宗教者の顔… 東北学院大 兼平賢治教授が釜石で講演

「三浦命助関係資料」の県文化財指定を記念した講演会=14日、釜石PIT

「三浦命助関係資料」の県文化財指定を記念した講演会=14日、釜石PIT

 
 江戸時代末期、嘉永の三閉伊一揆(1853年)の指導者の一人だった栗林村(現釜石市栗林町)の三浦命助(1820-1864)。本年4月、命助の関係資料が県指定文化財となったことを記念した講演会が14日、同市で開かれた。講師は同文化財指定に尽力した東北学院大学文学部の兼平賢治教授。一揆を率いた命助の知られざる実像に迫り、約100人が耳を傾けた。
 
 県文化財に指定された「三浦命助関係資料」は、一揆後、命助が仙台藩領へ逃走していた時の日記、入牢中に記し家族に送った獄中記、平田番所通行時に着用していた装束など35点(文書31、版木2、装束2)。命助の本家筋にあたる三浦家が所蔵していたもので、命助の足跡や思想、近世後期から幕末期の盛岡藩と民衆の動向をひもとく上で貴重な資料群として、4月11日付けで指定された。記念講演会は釜石市教委が主催。会場となった釜石PITには同文化財リストとともに現物8点が特別展示された。
 
県指定文化財となった資料群。僧侶だったことを物語る版木・折本(左上)、大福帳(右上)、獄中記(下)

県指定文化財となった資料群。僧侶だったことを物語る版木・折本(左上)、大福帳(右上)、獄中記(下)

 
35点の資料の中から8点が講演会会場で公開された。貴重な資料に興味津々の来場者

35点の資料の中から8点が講演会会場で公開された。貴重な資料に興味津々の来場者

 
 三浦命助は村の肝いりだった父のもとに生まれた。大飢饉(ききん)のため、17歳で秋田藩の院内銀山に出稼ぎ。帰村後は農業のほか、沿岸と内陸を行き来し、農海産物の荷駄商いをして生計を立てていた。18歳で結婚し、5人の子どもに恵まれている。
 
 日本最大級とされる三閉伊一揆は、藩の追加課税に苦しむ民衆が1847(弘化4)年11月と、53(嘉永6)年6月の二度にわたり起こした。命助は34歳の時、1万6千人以上が参加した嘉永の一揆に加わり、仙台藩に越訴。45人の代表者の一人として交渉し、免税など要求のほとんどを認められた。一揆後、村に戻るも、村内の騒動で身の危険を感じ仙台藩領へ出奔。出家し寺の住職を務めた後、京都に上り、二条家の家来になった。57(安政4)年、帰村しようと藩境の平田番所を越えたところ、脱藩の罪で捕らえられ、盛岡の牢に入れられた。その後、6年8カ月も勾留され、45歳で牢死した。
 
 講演で兼平教授は、命助が一揆の頭人(指導者)となる要素はどこにあったかに着目。院内銀山への出稼ぎ、広域の商売で幅広く識見を得ていたことに加え、幼いころからの観音信仰でさまざまな知識を蓄えていたことが影響していると明かした。熱心な信仰は、一揆後に命助が宗教者としての道を歩むことにもつながっていく。当初、「義乗」と名乗ったとされるが、三浦家に伝わる版木には「義参」の文字があり、「義参が正しいと考えられる」と兼平教授。出家後は「明英」と名乗っている。
 
記念講演会の講師を務めた東北学院大学文学部の兼平賢治教授。盛岡藩南部家について江戸時代を通して研究している

記念講演会の講師を務めた東北学院大学文学部の兼平賢治教授。盛岡藩南部家について江戸時代を通して研究している

 
三浦命助に関するさまざまな資料をスクリーンで見せながら進んだ講演会

三浦命助に関するさまざまな資料をスクリーンで見せながら進んだ講演会

 
 出奔した仙台藩領では曹洞宗積雲寺(現宮城県加美町)に入り、後に天台宗箆峯寺西ノ坊(同涌谷町)の弟子に。さらに南小牛田村(同美里町)に居住し、当山派修験である東寿院の住持(住職)となった後、京都へ上る。兼平教授は、これまでに研究者が示してきた一揆の指導者や修験になり得た背景を紹介。命助が弁舌や筆のたつ人物だったことが伝えられた。
 
 兼平教授は8月に実施した宮城県公文書館での調査、小牛田のフィールドワークの成果についても説明。同館所蔵の村絵図や命助が記した日記をもとに、関係寺社の場所や居住地域をおおむね特定したという。逃亡の身であった命助が京都に向かい、二条家の家来になった理由については、慶應義塾大文学部古文書室の「二条家文書」展示品解説を引用。二条家の家紋が入った提灯や御用絵符は、命助が帰村するための身の保証であったが、命助が二条家から「永御暇」となったことを知った盛岡藩は、プレッシャーをなくし捕縛に至ったと考えられるという。
 
兼平教授の最新の調査成果も公開。命助が南小牛田村で僧侶をしていた時の暮らしぶりや人間関係について語った

兼平教授の最新の調査成果も公開。命助が南小牛田村で僧侶をしていた時の暮らしぶりや人間関係について語った

 
講演会には市内外から約100人が来場し、関心の高さを伺わせた

講演会には市内外から約100人が来場し、関心の高さを伺わせた

 
 同講演会は「かまいし歴史文化プロモーションを通じた関係人口創出事業」の一環として開催。来場者はこれまであまり知られていなかった三浦命助の素地や逃亡中の生活、宗教者としての顔に触れ、さらなる学びを得ていた。

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ゲリラ豪雨想定で避難、炊き出しなど訓練 中小川町内会自主防が実施 上小川住民も初参加

豪雨災害を想定した避難訓練=13日、釜石市中小川地区

豪雨災害を想定した避難訓練=13日、釜石市中小川地区

 
 釜石市の中小川町内会自主防災会(佐々木正雪会長)は13日、ゲリラ豪雨による洪水、土砂災害を想定した防災訓練を行った。周りを山に囲まれ、沢水の大量流出や小川川の増水で住宅地への浸水、崖崩れなどの恐れがある同地域。住民がいち早く危険を察知し、迅速な避難行動をとれるようにと実施した。避難のほか、炊き出しや消火、防災資機材の使い方も訓練。いざという時の備え、命を守る行動へ意識を高めた。
 
 避難訓練は短時間に集中的に激しい雨が降り、小川川が危険水位に達したとの想定で行われた。地区内3カ所で警戒にあたっていた消防団員らから連絡を受けた佐々木会長が、市防災行政無線の屋外拡声子局の放送設備を使用し、川から離れた高台道路を通っての避難を呼びかけた。住民らは家族や隣近所で声をかけ合い、避難を開始。要支援者は車いすを使って搬送した。集合した上小川・中小川集会所駐車場で5つの地区ごとに避難者数を確認。この日は子どもから大人まで計94人が避難行動を取った。
 
中小川町内会自主防災会の佐々木正雪会長が防災無線で避難を呼びかける

中小川町内会自主防災会の佐々木正雪会長が防災無線で避難を呼びかける

 
住民が小川川から離れた高い場所を目指し避難。上小川・中小川集会所駐車場で地区ごとに避難者数を確認した

住民が小川川から離れた高い場所を目指し避難。上小川・中小川集会所駐車場で地区ごとに避難者数を確認した

 
 駐車場では仮設トイレや担架の組み立て、おにぎりを握る炊き出し訓練などを実施。協力した釜石消防署署員の指導で消火器(この日は訓練用水消火器使用)の操作訓練も行った。同型の消火器1本には3キロの粉末消火薬剤が入っているといい、署員は「少しの量でも視界が悪くなる。必ず逃げ道を確保し、無理をせず、命を守ることを優先して」と注意を促した。火災時の煙の充満を再現したテント内を歩く体験もあった。訓練用の無害な煙の中を進んだが、実際の火災では有毒な一酸化炭素を含む黒い煙が発生するため、口や鼻をタオルなどで覆って低い姿勢で避難することが大事。参加者は見通しのきかない怖さを体験し、火災予防への意識を強めた。
 
仮設トイレ(写真右)や担架(同左)を組み立てる訓練

仮設トイレ(写真右)や担架(同左)を組み立てる訓練

 
消防署員、団員らの指導で消火器(訓練用)の操作も体験した

消防署員、団員らの指導で消火器(訓練用)の操作も体験した

 
火災現場を再現。煙(訓練用)が充満するテントの中を歩く。前が見えず立ち止まってしまう人も…

火災現場を再現。煙(訓練用)が充満するテントの中を歩く。前が見えず立ち止まってしまう人も…

 
 中小川町内会は本年度、町内会活動の休止が続いていた上小川地区の住民を受け入れ、組織を再編。両地区合わせ380世帯、745人の町内会組織となった。同訓練に初めて参加した上小川の岩間みき子さん(68)は「自宅近くの川は少しの雨でも水位が上がりやすく心配。危険を感じたら、警報になる前に安全な場所へ早めの避難をすることを家族で確認している」と話し、訓練にも3世代で参加。孫の羽叶さん(9)は「いざという時はお家の人と一緒に逃げたい。訓練で消火器を初めて使った。ちょっと難しかった」と振り返った。
 
 訓練の様子を見守った市防災危機管理課の大澤翔防災係長は「ゲリラ豪雨の場合、通常の台風と違い、避難のための時間が限られる。気象のほか、昼か夜かによっても状況が異なる点を理解し、より安全に身を守る方法を普段から考えておいてほしい」と願う。地区内では昨年、台風による土砂崩れの影響で、市街地に通じる道路が片側通行になる状態が続いた。「訓練をしてみて分かることもある。地域によって危険性や課題は変わってくるので、地区ごとに訓練を重ね、共助の力を高めてもらえれば」と話す。
 
おにぎりをつくる炊き出し訓練は町内会婦人部を中心に実施

おにぎりをつくる炊き出し訓練は町内会婦人部を中心に実施

 
負傷者などを担架で運ぶ訓練

負傷者などを担架で運ぶ訓練

 
 同町内会自主防は東日本大震災を契機に2014年に発足。以来、年1回の防災避難訓練を続けている。小川川上流には1997年に日向ダムが完成。佐々木会長(75)によると、これまでに大規模な洪水被害はないというが、近年増加するゲリラ豪雨など短時間で集中的に激しい雨が降った場合、想定を上回る川の増水や家屋への浸水、土砂崩れによる道路の寸断なども考えられる。佐々木会長は「緊急連絡網や要支援者の避難誘導など体制は整えているが、近年の異常気象で何が起こるか分からない時代。地区内は山から複数の沢が流れ込む地形で、一番心配なのは川の氾濫。高齢者も多いので、とにかく早め早めの避難を心がけてほしい」と呼びかける。