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達増知事(中央)と意見を交わした釜石市と大槌町の6人

県政懇談会 定住促進、地域づくりにスポット〜夢や希望 達増知事、6人と意見交換

達増知事(中央)と意見を交わした釜石市と大槌町の6人

達増知事(中央)と意見を交わした釜石市と大槌町の6人

 

 県は27日、「復興~夢と希望を次へつなぐ」をテーマに、釜石市新町の県釜石地区合同庁舎で県政懇談会「がんばろう!岩手」を開いた。観光、都会などからの移住・定住、起業、地域づくりなどにスポットを当て、釜石市と大槌町の企業や団体で復興、復興支援などに取り組む6人と達増拓也知事が意見を交わした。

 

 釜石市から出席したのは、伊藤聡さん(三陸ひとつなぎ自然学校)、菊池成夫さん(橋野町振興協議会)、宮崎敏子さん(三陸いりや水産)、タタナ・ダラスさん(釜石シーウェイブスRFC)の4人。

 

 震災後の12年に社団法人を立ち上げ、滞在型の支援ボランティアを受け入れ、さまざまな形の人材育成事業などに取り組む伊藤さんは「観光を通じて人を増やしたい。地域の人と交流することが移住につながる。互いが育ちあい、地方を発信するモデルをつくりたい」と思いを語った。

 

 橋野鉄鉱山インフォメーションセンターで観光客などのおもてなしに当たる菊池さんは「世界遺産を地域振興につなげたい。小中学生の修学旅行も呼びたい」。和山高原の風力発電事業増強の動きも紹介し、「原発に縁のない岩手をアピールし、グリーンツーリズムを推進したい」と意欲を示した。

 

 津波で浜町の実家が被災、震災後、水産会社を立ち上げた夫と甲子町の仮設住宅で暮らす宮崎さんは「自治会長を務め、人と人がつながるコミュニティーづくりの大切さを痛感した。仮設住宅の集約を控え、次のステップへ向け気持ちの体力づくりを行っている」と近況を報告。「大人が育つことで子どもも育つ。人づくりのバックアップが必要では」と提案した。

 

 ホテルマンとして働くタタナさんは「ラグビーのまち釜石をアピールしたい。試合にも勝ちたい」などと緊張の面持ちで話した。

 

 達増知事は「人材を登用し、まちを磨く。釜石は外からやってきた人の力を組み合わせてやっているところがすごい」と共感。「若い人の住む場所を確保するのが大変だ」などと課題も示した。

 

(復興釜石新聞 2016年4月30日発行 第483号より)

 

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三陸駒舎

馬と触れ合い 地域を元気に、三陸駒舎に2頭〜民宿やトレッキング エコーツリズムを展開

三陸駒舎

やっと到着した2頭の馬をやさしく見守る黍原さん

 

 築90年の古民家を改修した釜石市橋野町中村の一般社団法人「三陸駒舎」(寄田勝彦代表)に20日、2頭の白馬がやってきた。馬と共生する文化の再生と、被災地の子どもらの心のケアなどに取り組むホースセラピーの活動が、いよいよ始まる。5月の大型連休期間中から試験的に、馬との触れ合いイベントを行う予定だ。

 

 馬はいずれも雌の道産子で、2歳と6歳。寄田代表が経営する島根県雲南市の牧場から1日半をかけて運んできた。当初は昨年8月に導入する予定だったが、古民家の改修に時間がかかり、半年以上遅れた。

 

 専用の搬送車から降りた2頭は早速、新たに広さ180平方メートルほどに整備された馬場を元気よく駆け回った。子どもらは水や餌やりを楽しみ、近所から駆け付けた80歳代の男性は「子どものころは、このあたりの農家はどこでも軍馬を育てていた」と懐かしそうに馬を見守った。

 

 馬の到着を心待ちにしていた同法人理事の黍原豊さん(39)は「馬との暮らしを中心とした交流を通して新たな仕事を生み出し、馬も増やして地域を元気にしたい」と夢を膨らませる。現在、古民家の2階を住居に改修しており、来月から妻里枝さん(42)、長女ゆらいちゃん(4)と3人で住み込み、馬の世話に当たる。

 

 黍原さんは愛知県出身で岩手大農学部卒。専門は林学で、一時、葛巻町の廃校を利用したエコスクール「森と風のがっこう」のスタッフとして活動した。震災後、「釜援隊」に応募して活動。その中で、各地で教育牧場を経営する寄田代表と出会ったことで馬に興味を持つようになった。

 

 昨年4月に立ち上げた三陸駒舎は古民家を拠点に、馬と共生する民泊体験を受け入れるほか、馬による耕作体験やトレッキングなどエコツーリズムを展開。障害のある子どもたちを対象にしたホースセラピーも行う。黍原さんは「馬との暮らしをつなぎ合わせながらコミュニティビジネスへ発展させ、より良い形で地域を次世代に手渡したい」と思いを込める。

 

 とはいえ三陸の山間地で、果たして需要はあるのだろうか。この疑問には、国内外15カ所で教育牧場を展開する寄田代表がこう答える。「馬はセラピーの王様と言われる。牧場はいずれも黒字。釜石でも、きっとやっていける」

 

 引き馬など本格的な触れ合い体験は6月ころから始めたい考えだ。

 

(復興釜石新聞 2016年4月20日発行 第480号より)

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広報かまいし2016年5月1日号(No.1639)

広報かまいし2016年5月1日号(No.1639)

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広報かまいし2016年5月1日号(No.1639)

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【目次】
表紙:「鐵のふるさとスタンプラリー」始めました
P02:新たに鵜住居地区が「商業特区」に認定
P04:犬の登録と狂犬病予防注射を実施しましょう
P05:軽自動車税の減免・非課税制度があります、橋野鉄鉱山八重桜まつり
P06:今月のインフォメーション、おもいをつむぐはなみずき
P08:身近な防災豆知識24、釜石地区被災者相談支援センターをご利用ください、市長のつぶや記

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平田第6仮設団地自治会のメンバー

テーマは「心磨き」 交流のパネル展示、釜石市ー東海市 絆結ぶ

平田第6仮設団地自治会のメンバー

加木屋中美術部員と共同制作した作品を前に笑顔を見せる平田第6仮設団地自治会のメンバー

 

 釜石市と姉妹都市の愛知県東海市との絆を結ぶ作品が、平田第6仮設団地内にある平田パークホールに展示されている。点描のピースを組み合わせたパネル作品で、東海市立加木屋中の美術部と同団地住民との共同制作。同団地自治会の森谷勲会長は「両市の友情と絆を感じる作品。この結びつきを長く大切にしていきたい。その思いを多くの人にも感じてもらう機会にもなれば」と、団地があり続ける間の掲示を決めた。

 

 同校と釜石市との交流活動は、東海市が推進する「輝く学校づくり事業」の一環として2013年度から始まった。「心磨き、釜石との交流」をテーマに、1年目は被災地見学と住民の聞き取り調査を実施。2年目は吹奏楽部の生徒が同団地で演奏会を開いた。昨年は、7月に美術部員6人が訪れ、住民と一緒にパネルの制作に取り組みながら交流。作品は部員が持ち帰って仕上げ、額に収めて東海市で公開した後、今年3月に同団地に贈られた。

 

 パネル作品は「絆」と題し、大きさは縦105センチ、横75センチ。東海市の花ランと釜石市の花ハマユリや海をモチーフに、力強く握手する手で両市民の絆を象徴的に表している。ポスターカラーと綿棒を使って点描技法で彩色した70片のピースを張り合わせて作製。同団地からは住民20人が参加した。

 

 森谷会長は「住民は、孫のような子たちに手を取ってもらったり、声をかけてもらうのがうれしい」と中学生との交流を振り返った。同自治会の菊池隆事務局長は「付き合いを継続してくれているところは少ない」としみじみ。佐々木新治副会長は「気にかけてくれている人がいるのがありがたい。気持ち良く受けとり、思ってくれていることへの感謝の気持ちをなくさないようにしていかないといけないね」と作品を見つめた。

 

 この作品と一緒に同校の生徒から手紙と絵はがき32点も届いた。花や街の風景を描き、「少しでも笑顔になるように」「復興が今以上に進むようにと願いを込めて」などとメッセージが添えられている。住民との交流に「たくさんの知識と元気をもらった。一生忘れられない思い出になりました」とつづられた手紙も。現在、作品とともに展示されている。

 

(復興釜石新聞 2016年4月20日発行 第480号より)

 

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三陸駒舎に来た2頭の馬

釜石市橋野町 曲がり屋の古民家に2頭の馬がやってきました

昨年、本サイトでも復興釜石新聞の記事でお伝えした釜石市橋野町にある築90年「南部曲がり屋」の古民家再生プロジェクト。十数年空き家になっていた古民家を地域資源として、全国からの釜石への関心の掘り起こしや交流促進につなげようと、これまでボランティアらによる改修ワークショップなどが行われてきました。

 

https://en-trance.jp/news/kamaishishinbun/5489.html

古民家再生第1弾オープン祝う〜橋野町の曲がり屋 活用に夢膨らむ、市内外をつなぐ UIターン推進へ

リンク


 

馬屋の改修も進み馬房にはフカフカの稲わら、柵付きの馬用の庭も完成し、いよいよ4月20日、曲り家に2頭の馬がやってきました。

 

三陸駒舎 馬の庭

 

三陸駒舎に来た2頭の馬

 

世界文化遺産「橋野鉄鉱山」がある橋野地域では、曲がり屋が現存しているとおり、もともと人と馬がともに暮らしてきた歴史がありました。”馬とともに生きる暮らし”の再生を地域固有の資源とした地域振興の発展や、馬との触れ合いによる”子どもたちの心と体のケア”が期待されています。

 

南部曲がり屋の母屋

 

南部曲がり屋 台所

 

一般社団法人 三陸駒舎公式サイト
三陸駒舎Facebookページ

 


 

縁とらんす

かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

縁とらんす編集部による記事です。

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鵜住居地区防災センターを解体したコンクリート片に手で触り、犠牲者に思いを寄せる遺族ら

「祈りのパーク」犠牲者追悼の礎に、鵜住居防災センター跡地にがれき搬入

鵜住居地区防災センターを解体したコンクリート片に手で触り、犠牲者に思いを寄せる遺族ら

鵜住居地区防災センターを解体したコンクリート片に手で触り、犠牲者に思いを寄せる遺族ら

 

 東日本大震災で多くの住民が逃げ込み津波の犠牲となった鵜住居地区防災センター跡地に釜石市が整備する追悼公園「祈りのパーク」(仮称)に、センターを解体した際に出たコンクリート片が利用されることになり、震災から5年1カ月の11日、現地に搬入された。追悼公園は年内にも着工、来年3月11日までの完成を目指す。

 

 同センターは2014年2月に解体されたが、市はその際、備品や壁、供物の一部を保管。発生した約420立方メートルのコンクリート片のうち350立方メートルは市内の盛り土工事の資材として使われ、残りの約70立方メートルは、復興スタジアムが建設される鵜住居小・釜石東中跡地に保管していた。

 

 震災メモリアルパーク整備検討委員会の中で、「解体で出たコンクリートを活用したい」との意見が出たことを受け、市が具体化。復興事業の進展で保管場所からの移動が必要になったことや、パーク整備予定地の基盤整備が進んだことから、予定地に運び込むことにした。

 

 同パークに使用されるのは約10立方メートルで、この日はトラック2台に分けて搬入。地元住民や市の幹部職員ら約30人が黙とうした後、野田武則市長が献花し、鎮魂の祈りをささげた。

 

 運び込まれたコンクリート片は、追悼公園に造られる高さ5㍍の築山の基礎部分に埋め込まれる。残りは周囲の盛り土などに使用する予定。築山の頂点には慰霊碑などの追悼施設を整備。周辺には桜などを植樹する。

 

 野田市長は「震災から5年を経過し、やっと一歩を踏み出すことができた。鵜住居地区防災センターは3・11を象徴する場所。二度と悲劇を起こさないよう検証を続けていく」と誓った。

 

(復興釜石新聞 2016年4月13日発行 第478号より)

 

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広報かまいし2016年4月15日号(No.1638)

広報かまいし2016年4月15日号(No.1638)

広報かまいし2016年4月15日号

広報かまいし2016年4月1日号(No.1637)

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【目次】
表紙:5年後の釜石は?あなたは何をしていますか?
P02:平成28年度施政方針
P03:平成28年度当初予算
P06:平成28年度釜石大槌地区行政事務組合会計の予算、平成28年度岩手沿岸南部広域環境組合会計の予算
P07:市任期付職員を募集します、下水道使用料・受益者負担金が変わります、希望郷いわて国体150日前イベント「かまいしリレーマラソン」参加者募集
P08:釜石高校甲子園初勝利 釜石東中強豪校に善戦
P09:『釜石のこれまでと、これから。』(3月19日~21日)を開催しました
P10:まちの話題
P12:保健案内板
P14:まちのお知らせ
P16:釜石市中小企業被災資産復旧事業費補助金の申請を受付けています、新しい補助制度で被災中小企業者の再建を支援します

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釜石市

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根浜海岸に建立された島倉千代子さんの「おかえりなさい」の歌碑

島倉千代子さんの望みかなう 「お帰りなさい」根浜に、震災犠牲者 道しるべに

根浜海岸に建立された島倉千代子さんの「おかえりなさい」の歌碑

根浜海岸に建立された島倉千代子さんの「おかえりなさい」の歌碑。優しいまなざしの島倉さんが被災地を見守る

 

 「あなたの帰りを待っている 変わらぬ心がここにある」――。昭和を代表する歌手、島倉千代子さんの歌「おかえりなさい」の一節だ。この歌詞を刻んだ歌碑が、釜石市鵜住居町根浜の旅館宝来館の裏山にある避難路入り口付近に建立され、島倉さんの誕生日の3月30日に除幕された。島倉さんは「この歌を東日本大震災の被災地で歌いたい」と望んでいたが、実現できないまま2013年に他界。その思いを形にしようと、関西地区のファンらでつくる島倉千代子後援会(事務局・大阪市吹田市、吉田恵美子代表、会員約150人)が中心となって建立した。除幕式には全国から約70人のファンが集合。歌碑が震災で犠牲になった人を迎え、いまだ行方が分からない人の道しるべになるよう祈りを込め除幕した。

 

 歌碑は白御影石製で高さ90センチ、幅約1・4メートル。表に歌詞を刻み、背面には島倉さんが優しくほほ笑むジャケット写真を配した。この日は作詞の友利歩未さん、作曲の杉村俊博さん、制作プロデューサーの境弘邦さんも駆け付け、島倉さんとの思い出を披露。「笑顔は人を集め、笑顔で歌えば人の心に伝わる歌になる。『歌で思いを伝えたい』と言っていた島倉さんのように笑顔で歌ってください」と助言を受け、集まったファンらは歌碑の前で声を合わせて「おかえりなさい」を歌った。

 

集まったファンらは完成した歌碑の前で歌声を合わせた

 

 「人生いろいろ」など多くのヒット曲を残した島倉さんは、2013年11月に75歳で亡くなった。「おかえりなさい」は07年の作品で、定年で職場から離れていく団塊の世代への応援歌として作られた。震災後、「帰っておいで」との歌詞が犠牲者や行方不明者へ向けた呼びかけのように感じた島倉さん。「被災地が落ち着いたら、『おかえりなさい』を歌いに行きたい」と周囲に話していたが、かなわなかった。

 

 この思いを聞いていた同後援会が歌碑建立を計画し、会員に寄付を募った。建立場所は吉田代表と親交があった鵜住居町出身の小松廣子さん(62)、義次さん(66)夫妻(花巻市)の仲立ちがあり、釜石を選択。震災で犠牲になった人に「お帰りなさい」、いまだ行方が分からない人に「帰っておいで」―と呼びかける歌碑を海の見える場所に建て、思いをつないだ。

 

 吉田代表は「東北で歌いたかった島倉さんの思いを知ってほしかった。きっと島倉さんもどこかで見ていて、『やるわね』と喜んでいると思う。歌碑が震災で今も行方の分からない人たちの道しるべになって帰ってきてくれたらいい」と感慨深げに話した。

 

 小松さん夫妻は退職後に住むため、廣子さんの実家近くに家を建てていたが、震災の津波で流失。実家も流され、両親も犠牲になった。廣子さんは「母が戻らないので悲しみは終わらないが、被災地の復興は一日ごとに進んでいく。変化するまちを多くの人に見守ってもらいたい」と目を潤ませ、義次さんは「この曲を聞くと、会社の同僚や知り合いなど何人もの顔が思い浮かぶ。亡くなった人だけでなく、事情があって古里に戻れない人もいる。歌碑をきっかけに、足を運んでくれる人が増えればいい」と願った。

 

 除幕式後、ファンらは宝来館で昼食を食べながら親交を深めた。神戸市の佐野慶子さん(68)と奈良市の西幸子さん(66)は「穏やかで暖かい日に、たくさんの人に見守られて除幕できてうれしい。(島倉さんは)雨降りの人だったから」と思いをはせていた。

 

(復興釜石新聞 2016年4月2日発行 第475号より)

関連情報 by 縁とらんす

https://en-trance.jp/news/kamaishishinbun/5512.html

島倉千代子さんの歌碑、根浜に〜震災犠牲者へ「おかえりなさい」の思い込め、除幕式は来年3月に | かまいし情報ポータルサイト〜縁とらんす

昭和を代表する歌手の島倉千代子さんの歌碑が、釜石市鵜住居町根浜の旅館宝来館の裏山にある避難路入り口付近に建立された。
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トンネル完成式を地元の伝統芸能で盛り上げた「八雲神楽」

復興加速へ高まる期待〜釜石トンネル完成、釜石山田道路 住吉町と八雲町結ぶ

式には施工した東急建設関係者、地元住吉町の住民などが出席。トンネルの無事完成を祝った

式には施工した東急建設関係者、地元住吉町の住民などが出席。トンネルの無事完成を祝った

 

 「復興道路」として国が整備する三陸沿岸道路釜石山田道路(釜石市甲子町―山田町船越、23キロ)の釜石トンネル(住吉町―八雲町、延長873メートル)が貫通し、20日、トンネル坑内で完成式が行われた。釜石山田道路の市内の工事中区間6本のトンネルは、これで全て貫通。2018年度に予定する全線開通へ一層、期待が高まる。

 

 完成式は八雲側の終点坑口付近で行われ、関係者約100人が出席。八雲神社の成瀬幸司宮司による神事に続き、式典が行われた。国土交通省南三陸国道事務所の佐藤和徳所長、野田武則市長ら代表7人が幕を引き貫通披露。地元の八雲神楽、唐丹町本郷の桜舞太鼓が祝いの演舞、演奏で盛り上げた。

 

トンネル完成式を地元の伝統芸能で盛り上げた「八雲神楽」

トンネル完成式を地元の伝統芸能で盛り上げた「八雲神楽」

 

 釜石トンネルは釜石山田道路の最も南に位置するトンネルで、新町に整備される釜石中央インターチェンジ(IC、仮称)と高架橋を経てつながる。住吉町の山の斜面に作業道などを整備し、昨年3月の着工式を経て、八雲側に向かって掘り進めた。現場は住宅地が近いことから、防音対策を二重にするなど市民生活に配慮。周辺住民と頻繁にコミュニケーションを取りながら工事を進めた。八雲側は今後、整備される跨(こ)道橋で八雲第1トンネル(仮称)とつなぐ。

 

 住吉町内会の佐々木幸三郎副会長(68)は「現場を見て驚いた。早い完成に住民も喜んでいると思う。残りの工事も事故なく進めてほしい」、八雲神楽保存会の佐々木清海代表(68)は「こんなに早くつながるとは。地元はもちろん釜石全体のためにも良いこと。復興が加速すれば」と願った。

 

 釜石山田道路は両石町水海―片岸町間4・6キロが11年3月5日に開通。6日後に発生した東日本大震災では、津波で寸断された国道45号に代わり同地の往来を可能にした。同道路が全て開通すれば防災対策、産業、観光振興など多方面で整備効果が期待される。

 

 野田市長は「被災した三陸全体の発展に必要不可欠な道路。共に手を携えて一層の進展を図り、横断道とつなげていただくことを願う」とあいさつ。佐藤所長は「釜石中央IC周辺の用地買収を地域、関係機関の協力を得ながら進め、復興道路を一日も早く使っていただけるよう努力していく」と決意を述べた。

 

(復興釜石新聞 2016年3月26日発行 第473号より)

 

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広報かまいし2016年4月1日号(No.1637)

広報かまいし2016年4月1日号(No.1637)

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【目次】
表紙:釜石駅前広場が新しくなりました~一般車両の通行経路が変更になります~、釜石市オンデマンドバス「にこにこバス」のお知らせ、バス運行のお知らせ
P02:釜石鵜住居復興スタジアム(仮称)整備計画の検討状況をお知らせします
P06:今月のインフォメーション、おもいをつむぐはなみずき
P08:身近な防災豆知識23、釜石地区被災者相談支援センターをご利用ください、市長のつぶや記

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オープンシティフォーラムのパネル討論

まちづくり 次のステップへ、支援団体に感謝 絆深める〜「釜石のこれまでと、これから。」オープンシティフォーラム

オープンシティフォーラムのパネル討論

これまでの釜石復興の歩みを振り返り、新たな5年への糧としたオープンシティフォーラムのパネル討論

 

 東日本大震災後の復旧・復興の歩みを振り返り、まちづくりの次のステップにつなげるイベント「釜石のこれまでと、これから。」が19~21日まで、釜石市内で行われた。民間、行政の10団体で組織する釜石シティプロモーション推進委員会(柏﨑龍太郎委員長)が主催。震災から5年にあたり、市民と協働で復興を支えてきた市内外の団体に感謝し、さらに絆を深めてもらおうと企画した。

 

 19日、大町の情報交流センター釜石PITで開かれた「オープンシティフォーラム」では、震災後の釜石に深く関わってきた4人が「多様な主体による復興まちづくり」をテーマにパネル討論。釜石に住み支援活動を行う一般社団法人RCFマネジャーの山口里美さんが進行役を務め、5年間の復興への取り組みを振り返った。

 

市内外からの参加者が釜石のさらなる復興へ思いを共有した

市内外からの参加者が釜石のさらなる復興へ思いを共有した

 

 釜石市は復興方針を固めるため、いち早く行動を起こした。専門家から被災地域再生の可能性を探り、土地利用など住民の考えを聴くワークショップを震災から間もない5、6月の段階で実施。多くの釜石復興プロジェクトをけん引する東北大大学院工学研究科の小野田泰明教授は「釜石の方針の早さは他の被災自治体にはなかったこと。国の動きを待たずに技術面の検証、民意の確認に着手した」と初動体制を評価した。

 

 2011年6月から4年間、釜石市副市長として復興事業に携わった若崎正光さんは、湾口防波堤、防潮堤、グリーンベルトの多重防御でまちづくりの方向性を絞り込んでいった東部地区を例に挙げ、「住民からじっくり話を聴き、複数の選択肢から要望に沿う形で復興計画をまとめていった。被災21地区で細かい集会も重ねた。『急がば回れ』。合意形成には〝説得〟ではなく〝納得〟が必要」と実感を込めた。

 

 釜石リージョナルコーディネーター(釜援隊)の制度設計にも貢献した公益社団法人中越防災安全推進機構震災アーカイブス・メモリアルセンター長の稲垣文彦さんは、住民と行政の調整役を担い、住民からまちづくりの主体意識を引き出す復興支援員の有用性を示し、04年に発生した新潟県中越地震の復興経験を基に主体形成のアドバイスを行った。

 

 同地震から12年となる旧山古志村の現状を「人口は被災前に比べ半減したものの、交流人口が増え移住も始まっている」と説明。「共感を得る一番の原点は〝人〟。住む人が地域に誇りを持ってやっているかどうかだ。住民が主体的に動くには▽外部者との交流(交流の鏡効果で地域の良さを再確認)▽小さな成功体験▽共通体験―を繰り返すことが重要」とした。

 

 討論後は、釜石復興に向けさまざまな活動を行ってきた市内外の16団体(企業、NPO、大学など)がこれまでの取り組みを発表。参加者約150人が理解を深め合い、今後の連携や継続的な活動へ意欲を新たにした。市内各所では釜石の産業、歴史、文化、食などを体験する20のプログラムが3日間展開され、参加者がまちの魅力や釜石の今を感じた。

 

(復興釜石新聞 2016年3月26日発行 第473号より)

 

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阿部志穂さん(左)ら釜石市民が復興の現状を全国に発信したラジオ番組の公開生放送

TOKYO FM「心の復興」全国へ配信〜震災5年 被災者の声 ラジオに乗せ

阿部志穂さん(左)ら釜石市民が復興の現状を全国に発信したラジオ番組の公開生放送

阿部志穂さん(左)ら釜石市民が復興の現状を全国に発信したラジオ番組の公開生放送

 

 TOKYO FMグループの衛星デジタルラジオ「ミュージックバード」は11日、震災から5年を迎えるにあたり、釜石市から全国のコミュニティーFM108局を結ぶ特別番組「KIZUNA STATION」を公開生放送した。

 

 鈴子町のシープラザ釜石1階イベントステージが会場。シンガーソングライターの因幡晃さんがメーンパーソナリティーを務め、震災を経験した釜石市民らがゲスト出演した。

 

 浜町で車ごと津波にのまれ一命を取り留めた菊池真智子さん(54)=菊鶴商店経営=は、自身の被災体験や震災後の商業環境などを紹介。「直後は多くのボランティアに来ていただき、(商売でも)助けられた。3年過ぎてから訪れる人も減ってきている」とし、全国に三陸の海の幸をアピールしながら来訪を呼びかけた。

 

 出演後、「復興はまだ途上。実際に釜石に来て、自分の目で見て人と話して、状況を知ってほしい」と菊池さん。住宅再建への不安も口にし、「被災したみんなが一日も早く穏やかな生活を送れるようになるのが何よりの願い」と実感を込めた。

 

 「かまいしさいがいエフエム」パーソナリティーの阿部志穂さんは、これまでの取材活動で感じた被災者の心の葛藤などを伝えた。仮設住宅から災害公営住宅への転居でコミュニティーの再構築が課題となっている現状にも触れ、「心の復興」の難しさを浮き彫りにした。全国のリスナーへ多くの支援に対する感謝の気持ちを述べ、「震災時、地域のつながりが大きな力を発揮した事例は多い。防災対策とともに、今、周りにいる人たちをぜひ大切にしてほしい」と呼びかけた。

 

 他にも釜石観光ボランティアガイドなどが出演し、震災後の状況と今後の展望などを発信した。因幡さんは鎮魂の祈りを込めた歌も披露し、4時間にわたる放送を全国に届けた。

 

(復興釜石新聞 2016年3月19日発行 第471号より)

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スタッフです。今日は岩手県釜石市からミュージックバードの特別番組「KIZUNA station」をお送りしました。全国108局のコミュニティFMを結んだ4時間の生放送。無事に終えることが出来ました。「ことづて」と 「涙よ今祈りになれ 」も歌わせてもらい、被災地の方にお届けできたと思います。会場に来てくれた方々、スタッフの方々、聴いてくれた方々ありがとうございました。

因幡 晃さんの投稿 2016年3月11日

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