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釜石市民ホールの完成イメージ

文化の殿堂 膨らむ期待〜釜石市民ホール着工 17年秋完成 12月オープンへ、イオンと連動 にぎわい創出

釜石市民ホールの完成イメージ
釜石市民ホールの完成イメージ。2年後のオープンを目指す

 

 東日本大震災で被災し使えなくなった釜石市民文化会館に代わる施設として市が中心市街地に整備する釜石市民ホール(仮称)の建設工事安全祈願祭が23日、大町の現地で行われた。同ホールは芸術文化活動の拠点になるとともに、周辺にある大型商業施設イオンタウン釜石などと連動した、にぎわい創出の核としても期待が膨らむ。完成は2年後の2017年秋を見込み、市は同12月のオープンを目指す。

 

 安全祈願祭には市、工事関係者など約30人が出席。神事でくわ入れした野田武則市長は「震災から4年7カ月、やっと市民ホールに着工できる。釜石の文化発信の拠点として大いに力を発揮してもらいたい」と期待を述べた。

 

市民ホールの工事安全祈願祭で、くわ入れする野田市長
市民ホールの工事安全祈願祭で、くわ入れする野田市長

 

 市民ホールは鉄筋コンクリート造り地上4階建て、地下1階で、延べ床面積は約7千平方メートル。メーンの大ホールは838席で、1階の480席は可動式。可動席を取り外すと、平土間式の小ホール(約200人収容)と平場でつながり、展示やイベントなど多目的の会場としても使える。1階にはこのほか中小3つの防音練習室、ギャラリーなどがある。2階は大ホール固定席のほか、和室、会議室など。3階には幼い子ども連れでも利用できる多目的鑑賞室も設けた。

 

中央の更地部分が市民ホール建設地。東側には隣接して情報交流センターの整備が進む=釜石市大町
中央の更地部分が市民ホール建設地。東側には隣接して情報交流センターの整備が進む=釜石市大町

 

 設計はaat+ヨコミゾマコト建築設計事務所、施工は戸田建設と山崎建設が請け負う。総事業費は約56億円で、資材高騰などで当初の計画より約9億円増えた。予算圧縮のため規模は旧市民文化会館の3分の2程度となるが、外面のほとんどをガラス張りにするなど、にぎわい創出の核施設として集客を促すよう工夫した。

 

 市民ホール建設検討員会の岩切潤委員長(80)=市芸術文化協会会長=は「震災後は宮古市や大槌町など近隣市町の施設を使って活動してきた。文化活動は心の復興につながる。早く完成してほしい」と願いを込める。

 

 市は今後、ホールの愛称の公募も検討する。同ホールに先行する形で隣接して建設が進む情報交流センターは12月に完成を予定する。

 

(復興釜石新聞 2015年10月28日発行 第431号より)

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carecafe_01-min

第2回「ケアカフェかまいし」が開催されました

初めまして、ケアカフェかまいし店の店長の鳩岡です。今回は10月30日に第2回目の開催となる、『ケアカフェかまいし』を取材してきました。

 

第2回 ケアカフェかまいしのチラシ
第2回 ケアカフェかまいしのチラシ
 

『繋がる場、よりどころの場』として2015年4月にプレ開店し、今後は隔月で開店していく予定です。

 

第2回ケアカフェかまいし

 

さて、ケアカフェとは、「ジャズの流れるカフェのような雰囲気の中、コーヒーなどを飲みながら、 4〜5人のグループに分かれてテーマに沿った会話を楽しみます。席替えをして話を深め、さらに内容を全員で共有し、いろいろな意見を持ち帰ることを目的にしています。」(ケアカフェジャパンのサイトより)という集いで、北海道旭川市で始まったこの取り組みは、現在では全国各地で行われています。

 

第2回ケアカフェかまいし開催の様子

 

今回のテーマは「まち」でおこないました。「医療、介護の学校(研修会)の企画」「大渡り橋での市場の開催」「釜石の人口減少・介護職不足など…」医療、福祉の分野から、または違う分野の方々より自分達のまちについてのおしゃべりがたくさんありました。

 

おしゃべりの様子です。https://youtu.be/LWd9_25P-UM

 

笑いあり、笑いあり、滑りあり…
是非、ケアカフェかまいしにご来店ください。次回は2016年1月16日(土)開催予定です。

 

carecafe_01-min

 

開催告知情報:
ケアカフェかまいし Facebookページ
釜石市公式サイト – かまチョコ

 

無投票で3選を果たし、支持者から万歳の声を受ける野田武則氏

次世代に誇れるまちづくりへ〜野田氏 無投票3選、釜石市長選挙

無投票で3選を果たし、支持者から万歳の声を受ける野田武則氏
無投票で3選を果たし、支持者から万歳の声を受ける野田武則氏=25日午後5時40分

 

 任期満了に伴う釜石市長選は25日告示され、無所属で現職の野田武則氏(62)が無投票で3選を果たした。野田氏以外に立候補はなく、小沢和夫前市長が再選された2007年4月の市長選以降、4回連続の無競争となった。「無風」について賛否両論がある中で、3選を果たした野田氏は「選挙戦の勝利より責任は重い。市民の全面的な負託と受け止める」としつつ、「次世代が誇れるまちづくりにまい進し、釜石が持つ可能性を最大限に引き出していく」と決意を述べた。

 

 野田氏は午前9時すぎ、大町に設けた選挙事務所前で第一声。約200人の支持者を前に、▽住まいと暮らしの早期再建▽防災・減災のまちづくり▽安心できる新たなコミュニティーづくり▽産業振興と雇用確保▽海洋エネルギー開発など先駆的事業による拠点都市化―の基本公約を掲げた上で、「次世代に誇れる品格ある釜石をつくろう」と訴えた。

 

 総括責任者の小泉嘉明氏は「今後の4年が釜石復興の最も重要な時期。野田さんを中心にまちづくりを進めよう」とあいさつ。民主党の黄川田徹衆議院議員、小野共、岩崎友一の両県議、佐々木義昭市議会議長ら市議10人が駆けつけ、激励した。

 

 今回の市長選で、野田氏は政党などへの推薦要請は行わなかったが、自民党釜石市支部(豊田勇支部長)がいち早く支持を表明。元県議で自民党第3選挙区支部長代理の小野寺有一氏は「野田さんは4年前に掲げた公約をすべて果たした。難しい決断を迫られる今後の4年間、リーダーに最もふさわしいのは野田さんだ」とエールを送った。

 

 野田氏はこのあと市内全域を選車で回り、仮設団地など10カ所で演説。午後5時までに他の立候補の届け出はなく、無投票3選が確定した。

 

 選挙事務所に戻った野田氏は支持者らと万歳して当選を喜んだ。妻幸子さん(54)とともに花束を手にした野田氏は「被災者の一日も早い住まいの再建、暮らしの再建と合わせ、心の復興にも力を入れていかねばならない」と3期目の抱負を述べた。

 

 このあと記者団の質問に答える形で、今後のまちづくりについて「次世代の市民が釜石に希望を持ち、住み続けるまちでありたい」と強調。3期目の施策として「地域会議を見直し、より小さな集落単位で話し合う場を設けたい」との考えも示した。

 

記者団の質問に応え3期目の抱負を述べる野田氏
記者団の質問に応え3期目の抱負を述べる野田氏

 

 大規模施設の整備に伴う市財政への影響については「維持管理などについて専門家や地域代表による委員会をつくり、対応を探りたい」とし、4年後に迫ったラグビーワールドカップ(W杯)については「被災3県の代表として開催地に選ばれたと受け止める。震災の教訓を世界に発信する場としたい」と思いを述べた。

 

 野田氏は釜石市出身で、県議、釜石市長を歴任した野田武義氏の長男。専修大卒。甲東幼稚園の園長などを経て03年に県議初当選。2期目だった07年、小沢前市長の死去に伴う市長選に無所属で出馬し、無投票で初当選した。今回の市長選に向け、7月に開かれた後援会の会合で出馬の意向を明らかにし、市議会臨時会で「復興はまだ道半ば。復興計画の実現に向け全力を尽くしたい」と正式に決意を明らかにした。

 

(復興釜石新聞 2015年10月28日発行 第431号より)

 

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広報かまいし2015年11月1日号(No.1627)

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【目次】

表紙:復興住宅の入居者を再募集します、市長のつぶや記
P02:復興情報 被災地区のまちづくり-vol.5
P05:今月のインフォメーション、おもいをつむぐはなみずき
P08:津波避難訓練を実施します、平成28年度保育施設入所申し込みを受け付けます

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〒026-8686 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
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広報かまいし2015年10月15日号(No.1626)

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【目次】

表紙:仮設住宅も家と呼んで!
P02:市民が主役の「地方創生」オープンシティ釜石を目指して~2040年のまちの未来を考える取り組みがスタート~
P04:応急仮設団地集約化計画(第2次)の案がまとまりました
P05:平成28年度 園児を募集します、釜石・大槌地域産業育成センター情報便9
P06:まちの話題
P08:市民のひろば
P10:保健案内板
P12:まちのお知らせ
P16:釜石まつり

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野田市長に寄付金を届けた的場会長ら

「最後に役に立てた」と感慨、紀州造林OB会 市に寄付金

野田市長に寄付金を届けた的場会長ら

野田市長に寄付金を届けた的場会長(中央)ら

 

 物流関連資材製造販売業、紀州造林(本社・東京都中央区)の退職者らでつくる紀州造林OB会(的場香会長、会員55人)は7日、復興に役立ててもらおうと釜石市に8万円を寄付した。的場会長ら3人が釜石市役所を訪れ、野田武則市長に寄付金を手渡した。

 

 同社は釜石市の誘致企業第1号だったが、資材の調達が困難になったことなどから2009年に鵜住居町にあった工場を閉鎖。その工場跡地は現在、被災した鵜住居小・釜石東中の仮設校舎として活用されている。

 

 寄付金は6日に鵜住居町の宝来館で開いたOB会で募った。釜石工場に12年間勤務した花巻市の小松義次さんが呼びかけ、地元の10人のほか、市外に暮らす釜石の勤務経験者、大阪や九州からも参加し約40人が旧交を温めたという。

 

 今回の会は震災から自力再建している企業などの視察研修も目的で、市内の車検工場や水産加工業者などを回った。市役所を訪問する前には工場跡地にある仮設校舎も見学。小松さんは「工場を撤退して申し訳ない気持ちだったが、最後に役に立てたと思い感慨深い」と話した。

 

 釜石工場の工場長を務めた経験を持つ同OB会の新田修之(しゅうし)副会長は、震災の年にあった台風による豪雨で和歌山県新宮市の自宅が被災したといい、「南海トラフ地震の発生も懸念されており、災害は人ごとではない」と語った。

 

 的場会長は震災後に釜石を訪れたのは初めてで、「風景が全く変わっていてびっくりしたが、復興作業が進んでいるのを見ることができて良かった。寄付金は少額だが、会員の『頑張れ釜石』との気持ちが込められている。福祉やラグビーの会場整備など皆さんの役に立つよう使ってほしい」と願った。

 

 野田市長はこれまでの同社の協力に感謝し、「年追うごとに変化すると思うので見守ってほしい」と願った。

 

(復興釜石新聞 2015年10月10日発行 第426号より)

関連情報 by 縁とらんす
紀州造林株式会社
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みんなニコニコ紙芝居

お年寄りが、こども園へ〜みんなニコニコ「おはなしころりん」絵本や紙芝居読み聞かせ

みんなニコニコ紙芝居

読み聞かせ活動を通じて触れ合ったデイサービスセンター善の利用者、かまいしこども園の園児ら

 

 大船渡市の読書ボランティア「おはなしころりん」(江刺由紀子代表)による絵本や紙芝居の読み聞かせ会が8日、釜石市天神町のかまいしこども園(藤原けいと園長、園児94人)で開かれた。江刺代表と親交があり、平田で「デイサービスセンター善」を運営する大槌町の合同会社ZEN PROJECT(前川寛代表)の共同企画。同センターを利用する高齢者10人も訪れ、読み聞かせを通じた触れ合いを楽しんだ。

 

 江刺代表ら3人は大型絵本「もりのかくれんぼう」、紙芝居「ごきげんのわるいコックさん」などを読み聞かせた。大きな四角い箱をサイコロのように転がしながら物語が展開する「桃太郎」に、園児らは興味津々。童謡を歌ったり、手遊びで触れ合いながら交流する場面もあり、園舎は和やかな雰囲気に包まれていた。

 

 桝澤大輝君(5)は「楽しかった。(高齢者らは)やさしかった。いっしょに写真とってよかった」とにっこり。「またきてねー」と高齢者らの手を握ったり、ハイタッチした。

 

 同センターを利用する平田の平野通子さん(67)、野田町の菊地クニヨさん(86)、甲子町の鎌田浩子さん(78)は「孫が小さかったころを思い出した。みんなかわいい。子どものパワーをもらって、ますます元気になった」と喜んだ。

 

 今回の読み聞かせ会は、昨年7月から半年間、釜石で開かれた人材育成道場「未来創造塾」の2期生として出会った江刺代表と前川代表のコラボ活動。江刺代表は「子どもとの交流で高齢者は元気になる。人と人をお話でつなげる活動を続けたい。要望があればどこへでも伺います」と話した。

 

 同センターは今年5月に開所したばかり。地域に密着、利用者の立場に立ったサービスの提供を目指す前川代表は「(利用者は)普段見せる表情と違い柔らかく、みんなにこにこ。一人で生活されている人も多く、センターで同年代と交流できるが、子どもと会う機会は少ない。小規模ならではのフットワークの軽さを生かし、外出で地域の人たちと交流していければ。読み聞かせなどいろんな活動をしている団体と連携し、活動を広げていきたい」と意欲を語った。

 

(復興釜石新聞 2015年10月10日発行 第426号より)

【かまいしこども園×おはなしころりん×DS善】https://zen-project.jimdo.com/2週連続企画の第二弾として、おはなしころりんの皆様とかまいしこども園を訪問しました。読み聞かせを通してお年寄りと子供達が一緒に時間を…

Posted by デイサービスセンター善 on 2015年10月8日

 

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啄木と釜石のつながり示す〜青葉通りに歌碑建立

石川啄木の歌碑

誰もが足を運びやすいようにと青葉通りに建立された「石川啄木の歌碑」を除幕する式典出席者

 

 岩手を代表する歌人石川啄木と釜石とのつながりを示す歌碑が、釜石市大町の青葉通り緑地に建立された。啄木の母方のいとこで医師として釜石の医療に尽力した工藤大助さん(故人)のひ孫、大町で歯科クリニックを開業する工藤英明さん(53)ら親族が中心となり建立。4日、現地で除幕式が行われ、関係者約60人が釜石初の啄木歌碑の完成を祝った。

 

歌碑建立の協力者にお礼を述べる工藤英明さん

歌碑建立の協力者にお礼を述べる工藤英明さん

 

 啄木の足跡を後世に伝えよう会(工藤英明代表)が主催。英明さんの長女麻純さん(11)、長男純之助君(8)と野田武則市長ら来賓の手で歌碑が除幕された。野田市長は「中心市街地の観光資源ともなり、啄木と釜石の関係を知らせ、啄木の功績を一層発信してくれるものと思う」と祝辞を述べた。

 

 歌碑は高さ1・5メートル、幅1・2メートル。啄木の古里、盛岡市玉山区で採掘される花こう岩「姫神小桜」に、短歌「ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬ こころ傷みてたへがたき日に」が刻まれた。啄木が1910(明治43)年に詠んだ歌で、歌集「一握の砂」に収録されている。台座には三陸海岸の石や貝殻が埋め込まれた。製作は釜石市の仲野石材店(清水陵吉社長)が請け負った。

 

 啄木は1900(明33)年、中学の同級生と盛岡から内陸を南下し三陸沿岸を北上する旅を行った。最終地の釜石には当時、いとこの大助さんが医師として赴任しており、啄木は大助さん宅に2週間ほど滞在した。啄木の釜石訪問は、共に旅をした同級生の船越金五郎が残した日記で詳細が明らかになった。歌碑には、その日記の記述も刻まれている。

 

 大助さんは盛岡市出身。1896(明29)年、三陸大津波で医師が不在となった釜石に県の要請で着任。3年の予定だったが、4年目に赤痢が流行し対応のため釜石にとどまった。啄木が訪ねたのは、その4年目のこと。大助さんはいったん、盛岡に戻るが、2年後に釜石鉱山田中製鉄所の付属病院に赴任。以後、釜石で勤務医を続けながら俳句や謡曲などの文化面でも活躍し、その名を知られた。

 

 英明さんは「啄木が釜石に来たのが明治三陸大津波の4年後。今年は東日本大震災から4年。この歌碑が啄木の目に代わって釜石の復興を見届けてもらうシンボルの一つになれば」と願いを込める。

 

 大助さんの孫(英明さんの叔母)で一戸町在住の上田初子さん(73)は「啄木の足跡を風化させず残すことができ、祖父の思いをつなげられた」と多くの協力者に感謝。歌碑の歌について「時に牙をむき、時にたくさんの恵みを与えてくれる海。そのはざまで生きる人々のさまざまな思いと通じる感じがした」と選んだ理由を明かした。

 

コーラスグループ「コールすずらん」による献歌

完成した歌碑を前に盛岡市玉山区のコーラスグループ「コールすずらん」は啄木の歌の合唱曲を献歌した

 

 除幕式には啄木の地元の吟詠会やコーラスグループ、愛好団体などが駆け付け、花を添えた。石川啄木記念館(盛岡市玉山区渋民)の森義真館長(62)は「啄木ゆかりの地に歌碑が建てられ喜んでいる。これを機に釜石の方々が啄木にさらに親しんでくれればありがたい」と期待した。

 

(復興釜石新聞 2015年10月7日発行 第425号より)

 

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25t高炉

10月16日、48回の挫折が実った日

 安政4年に大橋で始まり、橋野で花開いた近代製鉄は明治初期に13の高炉が操業するまでになった。明治に入り「富国強兵」「殖産興業」のスローガンの下、近代化を推し進める明治政府は、イギリス人鉱山師ゴッドフレーの献策により釜石での製鉄の官業化を決めた。

 

 明治6年、明治政府は大橋、橋野、佐比内、栗林にあった鉄山を工部省の所管とし、鈴子に製鉄所をした。イギリスから技術者を呼び寄せ、機械を輸入し250万円(現在の価値で数千億円)もの大金を投じて明治13年に建設されたものの3年足らずで頓挫してしまいます。

 

25t高炉

25t高炉(写真=釜石教育委員会/転載禁止)

 

 頓挫した製鉄所の鉄道施設は藤田組の藤田伝三郎に払下げられ、明治18年12月に大阪と境を結ぶ阪堺鉄道(のちの南海鉄道)を開業した。(前の記事参照)

 

 鉱石とスクラップの払下げを受けた鉄屋の田中長兵衛と田中の娘婿で横須賀支店長の横山久太郎は払い下げのため釜石を訪れ、荒廃した官営製鉄所に驚く。日頃鉄材の輸入に疑問を持ち製鉄業の夢を抱いていた横山は復興を長兵衛に懇願しました。無謀とも言える申し出に長兵衛は当初反対しましたが久太郎の熱意に折れ、製鉄所の復興を決意した。

 

49回目にして出銑に成功した高炉

49回目にして出銑に成功した高炉(写真=釜石教育委員会/転載禁止)

 

 横山は実験炉として橋野高炉と同じサイズの小型高炉を築造しました。操業主任に高橋亦助、機械設備主任に村井源兵衛を地元から採用し、操業を開始しましたが操業はうまくいかず鉱石と木炭の配合を変えるなど幾多の試みの甲斐もなく1年半が過ぎ、操業は46回を数え資金も底をついていました。久太郎は東京の長兵衛に呼び出され操業中止を言い渡されました。横山が不在の間、後を任された高橋は妻の実家の支援を得て2度操業を試みるが失敗に終わった。横山からの「設備の一切を片付ける準備をしておくように」との一報に高橋は職工らに終焉を告げる。しかし、職工は「食べるものさえあれば賃金はいりません」と願い出る。明治19年10月16日久太郎が不在の中、49回目にして最後の操業が始まろうとしていた。職工頭の進言により今まで悪鉱として捨てていた赤みがかった鉱石を使った。操業を開始し煙突から煙が立ち、鉄は途切れることなく流れ出し、長い苦難の道を経てついに成功するに至りました。

 

のちにこの明治19年10月16日は新日鉄住金釜石製鉄所の創業記念日となり山神社の祭日となりました。

 

参考文献  
岩手東海新聞社 釜石物語 横山久太郎伝
菊池 弘著 風雪に舞う 釜石地方人物伝
半沢 周三著 日本製鉄事始 大島高任の生涯
半沢 周三著 大島高任, 日本産業の礎を築いた「近代製鉄の父」
かまいしnet ものづくりDNA 横山久太郎

 

金野義男

タウンレポーター 金野義男

金野義男(こんのよしお)と申します。平田在住です。釜石の好きな風景は新浜町から見た南桟橋を中心とした風景と釜石湾を背景にした釜石大観音の後姿です。得意なジャンルは歴史と自然です。
上中島復興住宅Ⅱ期

2015年度グッドデザイン賞の受賞

9月29日、公益財団法人日本デザイン振興会主催「2015年度グッドデザイン賞」(Gマーク)が発表され、上中島復興住宅Ⅱ期が受賞しましたので、次のとおりお知らせします。

 

上中島復興住宅Ⅱ期は、民間事業者が建設した住宅を取得する買取方式により市内最大規模の復興住宅を整備したものです。当該住宅は、コミュニティ形成を促す施設計画となっており、住宅という生活基盤の供給のみならず、入居者の皆さんが集い、再びつながりを育んでいく場所づくりを念頭に整備されました。

 

物件概要

物件名
釜石市上中島復興住宅Ⅱ期
所在地
上中島町二丁目20-6
整備内容
復興公営住宅 156戸 1LDK 51戸、2LDK 105戸
集会施設、災害用備蓄倉庫、太陽熱温水設備
敷地面積
8,209.03㎡(2,483.23坪)
建物面積
13,187.96㎡(3,989.3坪)
構造規模
2号棟~鉄骨造8階建て(79戸)
3号棟~鉄骨造5階建て(38戸)
4号棟~スチールハウス工法(薄板軽量形構造)3階建て(18戸)
5号棟~スチールハウス工法(薄板軽量形構造)3階建て(21戸)
工期
平成26年3月7日~平成27年2月26日

共同受賞者

所有者
釜石市
土地売主
新日鐵住金株式会社
建物売主
新日鉄興和不動産株式会社
基本計画
株式会社日本設計
設計施工
株式会社竹中工務店、日鉄住金テックスエンジ株式会社
受賞内容の詳細については、公益財団法人日本デザイン振興会のホームページをご覧ください。

 

概要:https://www.g-mark.org/activity/2015/

https://www.g-mark.org/activity/2015/

メッセージ | 2015年度グッドデザイン賞受賞概要 | 過去受賞や年鑑など | Good Design Award

グッドデザイン賞の仕組みや、過去のすべての受賞対象が検索できる「グッドデザインファインダー」など、グッドデザイン賞に関する情報をご紹介するサイトです。毎年1回(4~6月頃)募集する、グッドデザイン賞への応募もこのサイトから行うことができます。
リンク


 

受賞内容詳細:https://www.g-mark.org/award/describe/42834

https://www.g-mark.org/award/describe/42834

復興公営住宅 [釜石市上中島町復興公営住宅Ⅱ期] | 受賞対象一覧 | Good Design Award

グッドデザイン賞の仕組みや、過去のすべての受賞対象が検索できる「グッドデザインファインダー」など、グッドデザイン賞に関する情報をご紹介するサイトです。毎年1回(4~6月頃)募集する、グッドデザイン賞への応募もこのサイトから行うことができます。
リンク


 

問い合わせ

市復興推進本部復興住宅整備室 細川
電話 0193-22-2111(内線433)

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 復興推進本部 復興住宅整備室
〒026-0025 岩手県釜石市只越町3丁目9番13号
電話 0193-22-2111(内線 433) / FAX 0193-22-9505 / メールでの問い合わせ
元記事:
https://www.city.kamaishi.iwate.jp/shisei_joho/press/detail/1196690_2628.html
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津波による上水道水源汚染,その保全とシステム復旧に関するワークショップ

【参加者募集】「津波による上水道水源汚染,その保全とシステム復旧に関するワークショップ」

市は、広島大学が主催する「津波による上水道水源汚染,その保全とシステム復旧に関するワークショップ」の参加者を募集します。

 

2011年3月11日の津波被災後、皆さんの水道水源や水道システムがどのように守られ、回復してきたかが分かります。どなたでも無料で参加できますので、お気軽にご参加ください!

 

https://www.city.kamaishi.iwate.jp/kurasu/suido/oshirase/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/09/25/20150925.pdf

「津波による上水道水源汚染,その保全とシステム復旧に関するワークショップ」のご案内

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日時

平成27年11月8日(日)午前9時30分~午後12時40分

会場

岩手大学三陸水産研究センター(釜石市平田第3地割75-1)

参加費

無料

申し込み

不要です。当日会場にお越しください。

お問い合わせ

広島大学総合科学研究科 教授 開發一郎 氏
(電話:082-424-6497 メール:kaihotu@hiroshima-u.ac.jp

 
 

◆◇プログラム◇◆

第一部(司会 広島大学総合科学研究科 教授 市川浩 氏)
①9:30~9:35
◎ワークショップ開催に当たって
広島大学総合科学研究科 教授 開發一郎 氏(主催代表)

 

②9:35~9:55
◎三陸沿岸地域における東北大地震巨大津波被災に伴う上水道水源の汚染と地下水水質レジリアンス(回復能力)
広島大学総合科学研究科 教授 開發一郎 氏(主催代表)

 

③9:55~10:15
◎津波被災地域における地下水水質特性 -塩水化と重金属汚染リスク-
広島大学総合科学研究科 教授 小野寺真一 氏

 

④10:15~10:35
◎東北地方太平洋沖地震で津波により冠水した岩手県内の農地における塩分濃度モニタリング
岩手大学農学部 講師 武藤由子 氏

 

休憩(10:35~10:45)

 

第二部(司会 東北大学災害科学国際研究所 教授 小野裕一 氏)
⑤10:45~11:05
◎釜石市の津波被災による水道システムの破壊と復旧
釜石市水道事業所 元所長 川崎悦三郎 氏

 

⑥11:05~11:25
◎被災地の飲料水を守れ -全国の支援と派遣職員の役割-
盛岡市上下水道水道建設課・副主幹兼計画係長 山路聡 氏

 

⑦11:25~12:00
◎特別講演:地震/津波被災による水道システムの事業継続
京都大学防災研究所巨大災害研究センター 教授 林春男 氏

 

⑧12:00~12:35
◎総合討論(発表者、コメンテーター、参加者全員)

 

⑨12:35~12:40
◎終わりに
広島大学総合科学研究科 教授 開發一郎 氏(主催代表)

 

主催:広島大学大学院総合科学研究科総合科学推進プロジェクト(代表開發一郎)
共催:広島大学大学院総合科学研究科、広島大学大学院総合科学研究科21世紀科学プロジェクト群、一般社団法人水文・水資源学会東日本大震災地下水資源影響評価研究グループ
後援:岩手大学三陸水産研究センター、広島大学、一般社団法人水文・水資源学会、公益社団法人日本地下水学会
開催協力:釜石市水道事業所

この記事に関するお問い合わせ
釜石市 水道事業所
〒026-0043 岩手県釜石市新町1番26号
電話:0193-23-5881 / 0193-23-5880 / メール
元記事:https://www.city.kamaishi.iwate.jp/kurasu/suido/oshirase/detail/1196449_2129.html
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造成が進む鵜住居地区、片岸地区を一望できる見晴らし台にて

高台からさまざまな思い交錯、進む造成「早く戻りたい」、鵜住居まちづくり協議会「見晴らし台」住民に公開

造成が進む鵜住居地区、片岸地区を一望できる見晴らし台にて

造成が進む鵜住居地区、片岸地区を一望できる見晴らし台で、工事関係者から説明を受ける住民ら

 

 釜石市鵜住居町の鵜住神社北側で進む鵜住居小・釜石東中の新校舎整備事業に伴い、グラウンド予定地に設置された「見晴らし台」が26日、一般開放された。鵜住居地区、片岸地区のかさ上げ工事などの状況を見てもらおうと、鵜住居地区復興まちづくり協議会が主催。「涙が出る」「不安だ」「楽しみ」など、訪れた人らはさまざまな思いを抱えながら工事が進むまちを見下ろした。

 

 海抜14・7メートルの地点にある見晴らし台は、学校建設用地の造成や両地区の震災復興土地区画整理事業でかさ上げ工事などを行っているUR都市機構が設置した。一般開放に合わせ両地区の将来の計画図(案)などのパネルも掲示。同機構の職員らは工事の進ちょく状況のほか、現在整備が進められている高さ14・5メートルの防潮堤、近く建設工事が始まるという災害公営住宅の5階部分が、見晴らし台と同様の位置に見えることなどを訪れた人たちに説明した。

 

 2017年度からの使用開始を目指して建設が進む小・中学校の完成予定の模型も展示。鵜住居小1年の佐々木真央さんは「早く3年生になりたい。休み時間に何しようかな。本もたくさん借りたい。新しい学校楽しみ」と夢を膨らませた。弟の一真ちゃん(3)は「高いねー」と笑顔。母親の孝子さん(47)は「多くの子どもたちが楽しそうに通う姿を早く見たい」と期待した。

 

 「大変だったあの時を思い出し、涙が出る」と言葉を詰まらせたのは、震災で自宅が浸水したという鵜住居町日向地区に暮らす女性(66)。71歳の夫は「まちの状態を見ることができると思って来たが、見学しても将来の姿が想像できない。ここで生きていこうと思っているが、人が戻ってくるか心配。まちになるのか不安だ」と故郷の行く末を案じた。

 

 栗林町の仮設住宅で暮らす佐々木幸一さん(77)は根浜地区で漁業を営み、見晴らし台の前を毎日通っている。「工事をやっている人も一生懸命頑張っている」と労をねぎらい、「早く根浜に帰りたい。海は怒ると怖いが、広くて気持ちよく、やっぱり見ていたい」と待ち望んでいる。

 

 同協議会では今後も同様の見学会を実施したい考え。同機構釜石復興支援事務所の横山裕主査は「復興するまちのイメージを膨らませてもらえれば。多くの人に見てもらいたいので、機会があれば協力したい」と話した。

 

(復興釜石新聞 2015年9月30日発行 第423号より)

 

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