栗林小で開かれた第63次南極地域観測隊同行・菊池健生さん(岩手日報社記者)講演会
釜石市の栗林小(八木澤江利子校長、児童32人)で9月28日、第63次南極地域観測隊(越冬隊)に同行した岩手日報社報道部記者・菊池健生さん(32)の講演会が開かれた。同校と栗橋地区まちづくり会議(洞口政伸議長)が共催。49次隊(夏隊)に同行した同社報道部第二部長の鹿糠敏和さん(44)も来校し、2人で南極の自然環境や観測隊の任務、昭和基地での暮らしぶりなどを伝えた。全校児童、教職員、地域住民ら約50人が聞き入った。
菊池さんは2021年11月から同隊に同行。1年5カ月にわたる取材活動で現地から記事を発信し、本年3月に帰国した。この日は07~08年に同行取材した鹿糠さんとともに講演。映像や写真を見せながら南極がどういう場所かを話した。
昭和基地で越冬した菊池さんは、氷点下45度の世界を体験。自分が吐く息でまつげや髪の毛が瞬時に凍ること、最も強いレベルのブリザード(猛吹雪)は風速60メートルにも達し、ロープにつかまりながらでないと移動できないことなどを伝えた。鹿糠さんは紫外線の強さや夏季の極度な乾燥に言及。夏には白夜、冬には極夜の時期があることも説明した。厳しい環境が生み出す美しい光景も紹介。「オーロラ」の映像を見せると、児童らは「きれーい」「生き物みたい」と目を輝かせた。
氷点下25度の南極空間で熱湯をまいた時に見られた現象「お湯花火」を紹介する菊池健生さん
南極の厳しい環境が生む各種光景に興味津々
49次隊に同行した鹿糠敏和さん(右)は今回、菊池さんの派遣をサポート。講演では自身の15年前の体験も語った。
南極観測隊の任務は大きく分けて2つ。天文、気象、地質などの観測と、基地の設営・保守、物資の運搬。隊には研究者だけでなく電気、通信、車両、調理担当などさまざまな職種の人が参加。土木作業など自分の専門以外の仕事も協力して行っている。同基地には60数棟の建物があり、隊員たちは居住棟で寝泊まり。娯楽が少ないため、自分たちで楽しみを作り出すクラブ活動のようなことをしていたという。カフェ、釣り、野球大会…。菊池さんは基地内で野菜を栽培していたことを明かした。
南極観測の主要目的の一つが地球の気候変動を知るためのデータ収集。日本の観測隊は昭和基地から約1千キロ離れた「ドームふじ」と呼ばれる場所(標高3800メートル)で氷の柱(アイスコア)を掘り、中に入っている空気の成分を比較することで、温暖化解明の手掛かりを得ている。20年前に約3000メートルの深さまで掘った際の一番古い空気は72万年前のもの。菊池さんが同行した63次隊は、世界最古となる100万年前の氷を採取するプロジェクトの第一弾で派遣された。
隊は2~3週間かけて現場にたどり着き、後に掘削にあたる隊員が生活するための拠点(建物)づくりに従事。菊池さんも作業を手伝い、狭い雪上車での生活は2カ月半に及んだ。「観測によって地球の過去、現在、未来が分かってくる。謎を解き明かす鍵が厚い氷の下に眠っているかもしれない」と菊池さん。
南極観測の報道記録集の表紙を飾ったアザラシの写真についても説明
鹿糠さんは自身が撮影した写真や映像で南極の動植物も紹介。ペンギンやアザラシに出会った時の様子、湖に潜って目にした貴重なコケの集合体について話した。この他、閉鎖された他国の観測場所に残る金属やガラスが動物に危険を与える可能性も指摘。人間の不注意で持ち込まれた種から南極にはない植物が発芽してしまい、駆除した事例も示し、人間は自然に十分配慮して行動する必要があることを教えた。
児童らは新聞やテレビ、書籍などでしか知ることのなかった南極について、さらに興味をそそられた様子で、2人の話を熱心に聞いていた。小笠原楓真君(6年)は「南極には何千、何万年も前のものが残っていて、氷からも調べられるのがすごいと思った。知らなかった情報がたくさんあって面白かった。いつか行ってみたいな」。小林彩恋さん(5年)は「寒いので生き物は少ないと思っていたけど、意外とたくさんいることが分かった。岩手から観測隊に入っていた人がいたこともびっくり。恐竜とか昔の生き物に興味がある。話にあった化石のことも調べてみたい」と声を弾ませた。
南極大陸、観測隊について楽しく学ぶ栗林小児童
児童からはさまざまな感想や質問も出された
1957年に昭和基地ができて以降、南極観測隊には国内の新聞社やテレビ局の記者が同行し代表取材。各社に記事を配信している。今回の菊池さんの派遣は、東日本大震災から10年にあたり、「本県が全国から受けた支援に対し地元新聞社としてできる恩返しを」と、岩手日報社が送り出したもの。地方紙記者としては初の越冬隊同行となった。
菊池さんは帰国後、県内各地に招かれ自らの経験を話している。小学校での講演は栗林小が初めて。同校の学区・橋野町は菊池さんの祖父の出身地ということもあり、「すごく縁を感じる。伝えられたのは南極の一部ではあるが、少しでも興味を広げてもらえたらありがたい」。児童からの「行ってみたい」との声に「将来、この中から観測隊員が生まれたら、ぜひ取材させてほしい」と笑った。鹿糠さんも自分たちの経験を講演で届けられることを喜び、「地球環境の未来を守ることに多少でもつながれば」と期待していた。