企画の実行を心待ちにする佐藤凛汰朗さん(左)と中澤大河さん=6月17日、釜石高校
7月14日。釜石市にとってはどんな日か。太平洋戦争末期の1945(昭和20)年、米艦隊による本州初の艦砲射撃を受けた日だ。まちを襲った1回目の砲撃から80年となる、きょう14日、市内には犠牲者の冥福を祈る黙とうを呼びかける防災行政無線のサイレンが響く。
「戦後80年、どういう意味を持つか。経験者は高齢に、若者が継承していく時代に入っている」。そう思いを巡らす釜石市の高校生2人が、まちに残る戦争の記憶“戦跡”をたどるバスツアーを企画し、実行へ準備を進めている。本番は21日。戦争を体験した人、伝え聞いている人、そして知らない人も「見て感じて、平和を考える機会に」と期待を込める。
メンバーは釜石高3年の佐藤凛汰朗さんと中澤大河さん。地歴・公民・経済ゼミの探究活動として企画を進める。6月17日、企画を後押しする市教育委員会事務局文化財課の課長補佐、手塚新太さん(52)と打ち合わせし、ツアーの行程など確認。7月10日にはシミュレーションを兼ね、下見をした。
バスツアー実施に向け手塚新太さん(左)と打ち合わせ=6月17日、釜石高校
2人が探究活動のテーマに「釜石の戦争」を選んだのは、人口減少が進むまちに新たな見所を加えて発信しようと考えたから。釜石を襲った2回目の艦砲射撃は8月9日にあり、米英両艦隊によるもの。被害の一方で、当時、捕虜収容所があって外国人捕虜が労働させられていたと知った。「加害」との側面も持つまちの歴史を「いかに伝えるか」。両面から考える機会を作ることで学びの場としての個性を感じ、「平和意識を高める教育の拠点になりうる」と想像した。
資料を整理しながらバスツアーの企画を練る
そこで実験として、市が発行する「釜石の戦跡」(戦跡マップ)を用いたウオーキングツアーを今年2月に実施。高校生を対象に、平和像が立つ薬師公園(大町)や捕虜収容所跡地周辺につくられた盛り土避難路(通称・グリーンベルト、港町)、製鉄所につながるトンネルで戦時中は防空壕(ごう)として利用された嬉石隧道(づいどう)避難口を案内した。
「歴史を知り、戦争を身近に感じた」と評価を得た一方で、見学場所や説明内容に参加者も案内役の2人も物足りなさを感じた。残ったモヤモヤ感は何か―。戦跡マップに記された約30の記憶は市内に点在し、当初バスツアー企画を考えたが、高校生の力では難しかった。形を変え実践すると、「一度では伝えきれない。もっと見てもらいたい場所もある」「一過性ではだめ。ツアーを持続的な活動にする必要がある」との考察、展望を持った。地域の持続的なイベント化を目指していたところ、2人の活動が大人たちの目に留まった。
資料を確認したり調べたり企画実現へ準備を進める
戦後80年。世代を超えた語り継ぎの必要性を実感しているのは市も同じだった。手塚さんは「戦争を知らない世代が伝え聞いたことをそしゃくして伝える作業は難しいと思うが、2人はしっかり調べている。すごいと思うし、うれしい」と受け止め、バスツアーの実現を後押し。協力を得た2人は、ガイド役を担う際の知識を増やすべく市郷土資料館(鈴子町)を見学したり職員からレクチャーを受けたりしながら、ツアーコースを決めた。
コースの下見には、釜石観光ガイド会の千葉まき子さんが同行した。本番を想定した2人の語りに助言。「よく調べている。あとは原稿をしっかり読み込むことと、ゆっくり話すことを意識して。今の素直さを出していけば大丈夫」と背中を押した。自身の経験から「何か質問されることもあるから、さらに知識を持っておくと、ゆとりを持って話せる」と、補足となる情報を教えたりした。
本番をイメージしながらガイドを体験する=7月10日、小川町
千葉まき子さん(右)の説明を聞く生徒ら=7月10日、大平町
高校生2人の思いを乗せたバスツアーはまもなく出発する。中澤さんのイチ押しは薬師公園にある「忠魂碑」。砲弾をかたどったもので、「面白いものがある」と印象を受けた戦跡だという。「びっくりしてほしい。そこから戦争や地域の歴史に興味がわくと思うから」。日清・日露戦争の戦死者を弔うために建てられたとされるその碑をきっかけにした探究者の広がりを期待する。
高校生平和大使として活動した経験を持つ佐藤さんは世界情勢が不安定さを増す中、「戦争を身近なものとして考えてほしい」と切に願う。その思いを伝える戦跡としてツアー先に組み込んだのが嬉石隧道。「となりは民家」という住宅街の中に残るその遺構に語ってもらう、「戦争は遠く離れたところの出来事ではなく、ありふれた身近なところにある」と。
ツアー先の下見。新たな情報を仕入れ、時間配分を確認した
下見をして感じたことを伝え合いながら本番に向け準備する
「高校生とめぐる釜石の戦跡」と題したバスツアーは21日に同資料館からスタート。ウオーキングツアーで回った場所のほか、小川防空壕(小川町)や日本中国永遠和平の像(大平町)なども案内する。定員は15人で、すでに満席とのこと。
このツアーのほかにも、市内では地域の歴史を振り返る機会が続く。同資料館では「艦砲戦災展」を開催中。8月9日には市戦没者追悼・平和祈念式も予定される。