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岩手3世界遺産(平泉・橋野鉄鉱山・御所野遺跡)を同時発信 登録10周年の釜石でまつり

3世界遺産応援団キャラクターと記念撮影!(左から)かまリン、ケロ平、ごしょどん

3世界遺産応援団キャラクターと記念撮影!(左から)かまリン、ケロ平、ごしょどん

 
 国内最多、鹿児島、奈良両県と並んで3つの世界遺産を有する岩手県。その価値を一堂に発信し、理解や誘客につなげようと、県主催の「いわて世界遺産まつり」が今年も開かれた。会場となったのは、登録から10周年を迎えた「橋野鉄鉱山」がある釜石市。11、12の両日、同市大町の市民ホールTETTOで開催され、来場者が講話やディスカッション、展示で遺産への理解を深めるとともに、民俗芸能や音楽ライブを楽しんだ。
 
 本県の世界遺産は2011年登録の「平泉(の文化遺産)」、15年登録の「橋野鉄鉱山」、21年登録の「御所野遺跡(一戸町)」の3つ。橋野鉄鉱山は「明治日本の産業革命遺産(8県11市23資産)」、御所野遺跡は「北海道・北東北の縄文遺跡群(4道県13市町17資産)」の構成資産として登録された。同まつりは22年から始まり4回目の開催。釜石が会場となるのは23年以来2回目となる。
 
本県の3世界遺産を紹介するパネル展示。子どもたちはブロックに目がくぎ付け

本県の3世界遺産を紹介するパネル展示。子どもたちはブロックに目がくぎ付け

 
 12日のイベントではオープンスクールとして、平泉と橋野鉄鉱山の概要などを学べる講話があった。平泉町世界遺産推進室長補佐の島原弘征さんは、奥州藤原氏が目指した仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)について「(世界遺産になった)中尊寺金色堂や毛越寺の浄土庭園は平和の理念を当時の人々に分かりやすく伝えるためのもの。最先端の技術を使い、文化レベルの高さを示すことで、朝廷(京都)と対等な関係を築こうとした」と解説。池の形や道路の位置など当時の地形、風景が状態よく残っていたことも評価のポイントに挙げた。
 
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平泉の文化遺産について説明する島原弘征さん(右下)

 
 釜石市教委文化財課世界遺産室長の森一欽さんは、明治日本の産業革命遺産について「イギリス、フランスでは約200年かかった産業革命を、日本では60年ぐらいで成し遂げている」と、その価値を示した。同遺産は「製鉄・製鋼」「造船」「石炭」の3分野を基盤に急速な発展を遂げていく過程を3段階で示す。①試行錯誤の挑戦…萩や韮山の反射炉建設、大島高任が蘭学書を頼りに釜石で高炉を建設し、鉄鉱石からの鉄づくりに成功した時期。②西洋の科学技術の導入…外国人技術者の招へいによって西洋の科学技術導入が進み、長崎の造船、石炭産業が発展していく時期。③産業基盤の確立…釜石のコークス炉の技術を導入した官営八幡製鉄所が成功。長崎(端島)、三池の石炭産業が近代化され、日本が国際水準に達していく時期。森さんは釜石と他の遺産エリアとのつながりも紹介。製鉄では「近代製鉄発祥は釜石。達成は八幡」と覚えやすいフレーズを残した。
 
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釜石市の森一欽さんは明治日本の産業革命遺産について分かりやすく解説した

 
 会場では岩手の世界遺産に関係したものづくりのワークショップを開催。御所野は組紐、橋野は鋳造、平泉は絵付け体験などを実施。県内高校生による民俗芸能公演もあった。音楽ライブには奥州市出身の鶴田流薩摩琵琶演奏家千山ユキさん、大槌町出身の大久保正人さんを中心に結成する音楽集団「和美東(わびとう)」が出演した。千山さんは源氏物語をテーマにした「春の宴」、奥州藤原氏初代清衡の平和への願いを込めたオリジナル曲「修羅と浄土」を披露。和美東は、自然や神への思いを込めた「光る海」「涙の糸」など4曲を演奏。両者のコラボで「祇園精舎」、宮沢賢治作品「ポラーノ広場」の中の歌曲も披露した。
 
高校生の民俗芸能披露の場を提供するのも目的の一つ。写真は花巻農業高の鹿踊(ししおどり)

高校生の民俗芸能披露の場を提供するのも目的の一つ。写真は花巻農業高の鹿踊(ししおどり)

 
鶴田流薩摩琵琶演奏家の千山ユキさん。なかなか触れる機会のない弾き語りに来場者はじっくりと聞き入った

鶴田流薩摩琵琶演奏家の千山ユキさん。なかなか触れる機会のない弾き語りに来場者はじっくりと聞き入った

 
「和美東」は和と洋を融合させた独自の音楽で観客を魅了。千山さんの琵琶ともコラボした

「和美東」は和と洋を融合させた独自の音楽で観客を魅了。千山さんの琵琶ともコラボした

 
被災家屋のタイルや屋根瓦も楽器に…深みのある音色を作り出す

被災家屋のタイルや屋根瓦も楽器に…深みのある音色を作り出す

 
 母親と訪れた市内の小学生菊池芽生さん(10)は来場とともに体験コーナーへ。スズを溶かして鋳造するキーホルダーづくりを楽しんだ。干支の“羊”をかたどり、「(出来栄えは)まあ、いいほうかな」とにっこり。県内の世界遺産は「橋野と平泉は知っていた。3つもあるのはすごいと思う」。歴史が好きで大河ドラマも視聴。行ってみたい世界遺産を聞いてみると「清水寺(古都京都の文化財、1994年登録)」との答えが返ってきた。
 
釜石・鉄の歴史館でおなじみの鋳造体験。高温で溶かしたスズを流し入れてキーホルダーを作る

釜石・鉄の歴史館でおなじみの鋳造体験。高温で溶かしたスズを流し入れてキーホルダーを作る

 
 県文化スポーツ部文化振興課の和田英子総括課長は「世界遺産は価値の普及が大事。保存の必要性を知り、世界の宝としてみんなで守り、引き継いでいく姿勢が必要」と話す。3遺産は地理的距離があり、「県外の方は1回で回るのは難しいと思うので、先々でのさまざまな観光も楽しみに何回も足を運んでもらえれば」と期待する。

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太古の地球が生んだ絶景ビーチに感激 遊んで学んで自然の両側面知るワンデイキャンプ

12回目を迎えた「海あそびワンデイキャンプ」=8月24日、箱崎半島

12回目を迎えた「海あそびワンデイキャンプ」=8月24日、箱崎半島

 
 釜石市の箱崎半島入り江の海岸で8月24日、親子で海遊びを楽しむ日帰りキャンプが行われた。地元で海に関わる活動を行う団体や漁師らでつくる、海と子どもの未来プロジェクト実行委「さんりくBLUE ADVENTURE(ブルー・アドベンチャー)」が主催。しっかりとした安全管理のもとで海に親しみ、郷土の豊かな自然や危険から身を守るすべを知ってもらおうと始められ、今年で12年目を迎える。中学生以下の子どもと保護者が対象で、今回は市内外から42人が参加した。
 
 キャンプ地の海岸には、箱崎町の白浜漁港から地元漁師が操縦するサッパ船で“上陸”。通称「小白浜」という名で地元住民に古くから親しまれてきた隠れ家的ビーチは大槌湾に面し、美しい白砂、周辺の山林と太陽光で生み出される海面の色合いが目にも鮮やかな景色を見せている。
 
三陸ジオパーク内にある箱崎白浜の絶景ビーチ“小白浜”。手付かずの自然が残る

三陸ジオパーク内にある箱崎白浜の絶景ビーチ“小白浜”。手付かずの自然が残る

 
 ウエットスーツとライフジャケットを身に着けた参加者は、海遊びの前に安全に関する説明を受けた。地震津波発生時は海に流れ込む沢伝いの斜面を駆け上がり、高台のハイキング路に迅速避難すること、人の目の届かない危険な岩場には行かないことなどを確認した。万が一のクマ出没に備えた注意喚起や追い払いの方法の実演も。この日は同イベントを初回から支える釜石ライフセービングクラブのメンバーやダイビング関係者、漁師など“海の専門家”と、大槌高の生徒などボランティアスタッフ計42人が参加者をサポートした。
 
遊びの前に緊急時の避難路やライフセーバー(右上)の役割などを説明

遊びの前に緊急時の避難路やライフセーバー(右上)の役割などを説明

 
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シュノーケリング用の道具は主催者が貸し出し

 
インストラクターから装備やパドルのこぎ方を教わり、海遊びスタート!

インストラクターから装備やパドルのこぎ方を教わり、海遊びスタート!

 
 参加者はインストラクターの手ほどきを受けながら、シーカヤックやスタンドアップパドルボード(SUP=サップ)、シュノーケリングに挑戦。海面を進む爽快感を味わったり、水中の生き物を探したりと思い思いに楽しんだ。救助や監視に使う水上オートバイに乗せてもらえる体験も。浜辺と海上で海の魅力を存分に味わった。午後からは海中転落や溺れそうになった時に取る姿勢「浮いて待て(浮き身)」の方法を学ぶ講習も行われた。
 
ボードに乗って、いざ大海原へ。ワクワク感いっぱい

ボードに乗って、いざ大海原へ。ワクワク感いっぱい

 
さまざま遊びに笑顔を輝かせる子どもら。海の気持ち良さを満喫

さまざま遊びに笑顔を輝かせる子どもら。海の気持ち良さを満喫

 
 大船渡市の熊谷裕子さん(40)、唯さん(15)親子は初めて参加。過去に溺れかけた経験から「海は苦手」という唯さんに「少しでも克服してもらえれば」と、裕子さんが誘った。カヤックや水上オートバイに乗った唯さんは「思ったよりも楽しかった。水上バイクは普段行くことのない海域まで行って、いろいろな発見があった」。深い所に足を踏み入れるのは「まだ怖い」が、美しい景色に癒やされ、夏の思い出を一つ増やした。裕子さんは「海は身近な場所。豊かな自然に触れて感じたことを心にとどめながら成長していってくれれば」と願った。
 
 奥州市の内山輝一さん(6)は「泳ぐの、楽しかった。海の色がきれい」と大喜び。姉の優綾さん(9)は「ゴーグルをつけて泳ぐと魚が見えるので、プールより楽しい。フグとかフナみたいな形の魚がいた。帰ったらママに話したい」とにっこり。父晃太さん(32)がボランティアに誘われた縁で、子ども3人も参加。釣りが好きで、海にはよく来ているという一家だが、この海岸は初めて。「いい所ですね。(岩手にも)こういう場所があることを知れて良かった」と晃太さん。楽しそうな子どもたちの姿に目を細め、「自然に身を置く体験をさせたい。今はどうしてもゲームとか動画とかに夢中になりがちなので…」と野外活動で得られる効果を期待した。
 
海にはいろいろな生き物が… 採集した魚などを見て触って観察

海にはいろいろな生き物が… 採集した魚などを見て触って観察

 
ライフジャケットを着用しているので浮くのも楽々。手足を伸ばして水に体を委ねる

ライフジャケットを着用しているので浮くのも楽々。手足を伸ばして水に体を委ねる

 
 サポートスタッフの中には首都圏からの参加者も。ダイビング仲間の誘いで初めて釜石を訪れた東京都の鈴木洋平さん(48)は、複雑に入り組んだリアス海岸特有の地形や海中の透明度、白砂の美しさに感激。東日本大震災後に進んだ“海離れ”を食い止めようと活動する地元関係者の取り組みに共感し、「自然の厳しさと楽しさ、両面を知って海で遊ぶというのは大事なこと。子どものころの自然体験の思い出が強いほど、大人になった時に日常から自然にふらっと戻れるようになる。自然を大切にしていこうという気持ちも生まれると思う」と話した。
 
ライフセーバーは海上パトロールや水上オートバイ体験の操縦に大忙し

ライフセーバーは海上パトロールや水上オートバイ体験の操縦に大忙し

 
協力団体、企業のフラッグを掲げ、記念写真に収まる参加者とスタッフら

協力団体、企業のフラッグを掲げ、記念写真に収まる参加者とスタッフら

 
 主催する実行委は2013年の設立以降、同キャンプを継続。トライアスロン競技で釜石と縁の深いマイケル・トリーズさんが震災後に立ち上げた支援組織「Tri 4 Japan(トライ・フォー・ジャパン)」が、資金の提供などで活動を支えてきた。20年からは、釜石市のふるさと納税「団体指定寄付」の対象にもなっている。

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マルシェ、ラベンダー、音楽、史跡ガイド 祝10周年! 五感で楽しむ世界遺産「橋野鉄鉱山」 

「橋野鉄鉱山」世界遺産登録10周年を記念したイベント=13日、インフォメーションセンター駐車場

「橋野鉄鉱山」世界遺産登録10周年を記念したイベント=13日、インフォメーションセンター駐車場

 
 明治日本の産業革命遺産「橋野鉄鉱山」の世界遺産登録10周年を祝う現地イベントが13日、釜石市橋野町の同インフォメーションセンター周辺で開かれた。目にも鮮やかな青空と深緑が織りなす空間に飲食や手作り雑貨のマルシェが出現。隣接するフラワーガーデンではラベンダーが見頃を迎え、夏景色を広げた。市内外から約650人が来場。史跡見学とともに各種催しを楽しみ、歴史、文化、自然が融合する同所の魅力を堪能した。
 
 地元郷土芸能「橋野鹿踊り」がオープニングを飾った。“館褒め”から7演目を披露し、世界遺産10周年を盛大に祝った。 橋野鹿踊り・手踊り保存会の菊池郁夫会長は「コロナ禍前以来の久しぶりの披露」と喜びを重ね、「登録時から来訪客は減っているが、市にももっとアピールしてもらって集客につなげられれば。地元団体としても事あるごとに応援していきたい」と協力姿勢を見せた。
 
マルシェ開幕を彩った「橋野鹿踊り」。総勢24人が伝統の舞で盛り上げた

マルシェ開幕を彩った「橋野鹿踊り」。総勢24人が伝統の舞で盛り上げた

 
 センター駐車場のマルシェ会場には市内外のキッチンカー、農水産物業者、ハンドメイド作家など30店舗が軒を連ねた。来場者は店主らとの会話も楽しみながら、気に入った作品を購入したり、飲食を楽しんだりした。宮古市の藤田夏穂さん(22)は貝殻など天然素材の手作りアクセサリーを販売。他のイベントで知り合った出店者から情報を得て、初めて同所に足を運んだ。「空気がきれいで緑豊かな景色が素敵。終わったら高炉跡も見ていきたい」と見学も楽しみに…。世界遺産と絡めたイベントへの出店も初めてで、「インスタグラムとかで自分が出店情報を発信することで、遺産を知らない若い世代が知るきっかけになったらうれしい」と相乗効果にも期待した。
 
多彩な木工品に興味津々の来場者

多彩な木工品に興味津々の来場者

 
「CASIN」の屋号で手作りアクセサリーを販売した藤田さん。5月から始めたイベント出店は「お客さまとの交流が楽しい」という

「CASIN」の屋号で手作りアクセサリーを販売した藤田さん。5月から始めたイベント出店は「お客さまとの交流が楽しい」という

 
 四季折々の自然風景も魅力の橋野鉄鉱山。センター隣にあるフラワーガーデンの夏を彩るのがラベンダーの開花だ。例年この時期は、庭園を管理する橋野町振興協議会による観賞イベントが行われるが、今年は同10周年イベントと共催した。来場者は刈り取りやラベンダースティック作りを体験。さわやかな香りに身も心もリフレッシュしながら、心地よい時間を過ごした。宮古市と山田町から訪れた60代女性2人は「桜の時期に来たことはあるが、ラベンダー畑があるのは知らなかった」と再発見。「いい香りに癒やされました。今日は風もあって最高に気持ちいい。下界はもっと暑いだろうけど」とにっこり。ドライフラワーにするのを楽しみに会場を後にした。
 
橋野鉄鉱山フラワーガーデンでラベンダーの刈り取りを楽しむ親子。トンボもいい香りに誘われて…?

橋野鉄鉱山フラワーガーデンでラベンダーの刈り取りを楽しむ親子。トンボもいい香りに誘われて…?

 
リボンと編み込む「ラベンダースティック」の製作体験。インテリア小物にも

リボンと編み込む「ラベンダースティック」の製作体験。インテリア小物にも

 
園芸店の方から学ぶ寄せ植え体験もあった(写真左が完成品)。刈り取ったラベンダーは各自お持ち帰り。スタッフが活用法なども教えた

園芸店の方から学ぶ寄せ植え体験もあった(写真左が完成品)。刈り取ったラベンダーは各自お持ち帰り。スタッフが活用法なども教えた

 
 センターの建物内では「森の音楽会」と題したバイオリンのミニコンサートが開かれた。仙台フィルハーモニー管弦楽団第2バイオリン副首席奏者で、ハナミズキ音楽アカデミーを主宰する小川有紀子さんが教え子らと演奏。東日本大震災以降、釜石市で継続的に演奏を披露している小川さんが同世界遺産の節目に花を添えた。
 
小川有紀子さん(写真左)によるバイオリンミニコンサート。インフォメーションセンターが音楽堂に早変わり

小川有紀子さん(写真左)によるバイオリンミニコンサート。インフォメーションセンターが音楽堂に早変わり

 
橋野鉄鉱山高炉場跡をガイドが案内。手前が一番高炉、奥が二番高炉。当時の高さは約8メートル。今は花こう岩の石組みだけが残る

橋野鉄鉱山高炉場跡をガイドが案内。手前が一番高炉、奥が二番高炉。当時の高さは約8メートル。今は花こう岩の石組みだけが残る

 
 にぎわい創出と合わせ、もちろん史跡への理解を深める機会も。釜石観光ガイド会の千葉まき子、菊池弘充両ガイドの案内で高炉場跡を見学するツアーが午前と午後に行われた。高炉の石組みに使われた花こう岩や製鉄原料の鉄鉱石を産出した大地の成り立ち、鉄鉱石が発見された経緯、大島高任とその協力者がこの地に高炉を建設し操業に成功した理由、世界遺産としての価値などを説明。参加者は約160年前の製鉄風景を想像しながらガイドの話に聞き入った。
 
釜石観光ガイド会の2人が参加者の質問にも答えながら現地を案内

釜石観光ガイド会の2人が参加者の質問にも答えながら現地を案内

 
炉底塊に磁石が引きつけられる感覚を味わい、製鉄の証拠を確認(写真左)。参加者は高炉稼働時に想像を巡らせながらガイドの話に聞き入った

炉底塊に磁石が引きつけられる感覚を味わい、製鉄の証拠を確認(写真左)。参加者は高炉稼働時に想像を巡らせながらガイドの話に聞き入った

 
 東京都の藤野純一さん(53)は仕事で同市を訪問。駅で同イベントのチラシを見つけ、仕事仲間と足を運んだ。「オランダの技術を勉強したとはいえ、(見たこともない高炉を)ゼロから造り上げたというのは改めてすごいなと。残っていなかったかもしれない史跡がこうして残っているのも素晴らしい」と感心。「ガイドさんの説明も分かりやすく、来られてラッキーでした」と大喜びだった。
 
 この日は唐丹、平田両公民館が合同で企画したバスツアーで約30人が訪れた。両地区は震災の津波で被災。復興へ苦労の道のりを歩む中で、同世界遺産登録は被災住民にとっても希望の光となった。唐丹町の小濱勝子さん(83)は「もう10年になるんですねぇ」と感慨深げ。“鉄のまち”を象徴する遺産を「やっぱり大事にしていかないとね。人口は減ってくるが、釜石として自慢できるものをみんなで力を貸して守っていければ。10年経ったから終わりではなく、これから先の世代にもこの歴史を伝えていかなくては」と継承の大切さを訴えた。
 
幅広い世代が訪れた「橋野鉄鉱山マルシェ」。多くの人に同所を知ってもらう機会にもなった

幅広い世代が訪れた「橋野鉄鉱山マルシェ」。多くの人に同所を知ってもらう機会にもなった

 
 市教委文化財課世界遺産室の森一欽室長は「思ったより盛況で何より。これまで史跡の価値といった部分にPRが集中していたが、あまり堅苦しくなく周知できればとの思いもあり、このような催しを企画した。視点を変えた遺産の活用、人を呼び込む方策も今後、考えていければ」と話した。

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「橋野鉄鉱山」世界遺産登録10周年 価値をどう伝える? シンポジウムで“今後”を考える

世界遺産登録10周年記念シンポジウムでは歴史作家の河合敦さんが講演=12日、TETTO

世界遺産登録10周年記念シンポジウムでは歴史作家の河合敦さんが講演=12日、TETTO

 
 釜石市橋野町の橋野鉄鉱山を含む「明治日本の産業革命遺産」(8県11市23資産)はこの7月で、世界文化遺産登録から10周年を迎えた。同市では12日、記念式典とシンポジウムが大町の市民ホールTETTOで開かれ、約200人が基調講演やパネルトークに耳を傾けた。「釜石での鉄づくりの成功がなければ日本の近代化はなしえなかった―」。参加者は遺産が物語る価値を再認識しながら、今後の発信、活用の在り方を考えた。
 
 式典で達増拓也県知事は、釜石の地で国内初の鉄鉱石による連続出銑に成功した盛岡藩士・大島高任を「そのたゆまぬ努力と功績はわが国、世界の大きな至宝」と称賛。平泉、御所野遺跡(北海道・北東北の縄文遺跡群)と合わせ、「本県は3つの世界遺産を有する。奈良、鹿児島と並び日本最多」と誇りを示した。小野共釜石市長は世界遺産登録に関わる歩みが震災復興期間と重なったことで、「復興途上の沿岸自治体の希望をつなぎ、復興を押し進める力となった」と分析。活用には多くの課題があるが、「価値と魅力を市内外に伝える取り組みを継続していく」と誓った。
 
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の世界遺産登録10周年にあたり、達増拓也県知事(写真左上)があいさつ

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の世界遺産登録10周年にあたり、達増拓也県知事(写真左上)があいさつ

 
 日本製鉄北日本製鉄所釜石地区は、釜石製鉄所関連の所蔵資料1067点を同市に寄贈した。1985年の市立鉄の歴史館建設時に同市に寄託され、展示などに活用されてきたもので、高瀬賢二副所長(釜石地区代表)が小野市長に目録を手渡した。小野市長は同社に感謝状を贈って謝意を表した。
 
日本製鉄北日本製鉄所釜石地区が所蔵資料を釜石市に寄贈。右から高瀬賢二副所長、小野共市長

日本製鉄北日本製鉄所釜石地区が所蔵資料を釜石市に寄贈。右から高瀬賢二副所長、小野共市長

 
 基調講演の講師はテレビ出演でもその名を知られる、歴史作家で多摩大客員教授の河合敦さん。幕末からわずか50年の間に急激な産業化を成し遂げた日本の技術力やその背景について解説した。同世界遺産の大きな価値は「西洋の技術を単に模倣したのではなく、日本の伝統技術を使って近代化に成功しているところ」と河合さん。これは非西欧地域では初めてのことだ。
 
 江戸後期、鎖国下の日本で唯一オランダとの貿易が許されていた長崎では、英軍艦フェートン号の不法侵入事件を機に外国船の脅威が高まる。港の警備にあたる佐賀藩主・鍋島直正は、(後に大島高任も師事する)伊東玄朴に翻訳させた蘭書を基に洋式大砲の研究を重ね、1852年、反射炉を用いた鉄製大砲の鋳造に成功。58年に設置した三重津海軍所では、日本初の本格的な蒸気船を完成させた(同海軍所跡が世界遺産)。佐賀藩の反射炉技術は幕府、萩、薩摩藩に伝播。薩摩藩では石垣の技術を石組みに、薩摩焼の技術をれんがに応用した。
 
幕末から明治の産業革命について話す河合敦さん(右)。分かりやすい解説はテレビでもおなじみ

幕末から明治の産業革命について話す河合敦さん(右)。分かりやすい解説はテレビでもおなじみ

 
 では、なぜ藩主や武士のような知識階級だけでなく、職人などの庶民に高度なことができたのか? 河合さんは「江戸時代に教育施設が普及し、多くの人が寺子屋や私塾に通って、文字の読み書きや計算をできるようになっていたから」と推測する。統計はないが、「幕末の江戸中心部では住民の半数が読み書きできたのでは」と言われているという。実際、同時代にはさまざまな分野の本も出ていて、「高度な教育力や出版文化の広がりが(技術力に)大きく関係している」と話す。こうした背景により、山口県萩市に残る吉田松陰の「松下村塾」(塾舎)も世界遺産の構成資産となっている。
 
 「根底には日本の独立を守らねばという気持ちがあり、大島高任のような(学びを深める)人間が生まれてきたのだと思う。教育、文化水準が高いという素地があったからこそ、日本は短期間で近代国家に転身できたのだろう」と河合さん。橋野鉄鉱山の魅力発信の方策として、「VR(仮想現実)で実際の高炉建屋や鉄が流れ出る様子を体験できるようにすれば、もっと興味を持って足を運んでもらえるのでは」とのアイデアも示した。
 
世界遺産「橋野鉄鉱山」を含む釜石の鉄の歴史を今後、どう生かすか? 意見を交わしたパネルトーク

世界遺産「橋野鉄鉱山」を含む釜石の鉄の歴史を今後、どう生かすか? 意見を交わしたパネルトーク

 
 パネルトークは「釜石の鉄の歴史を活用する」というテーマで行われた。岩手大理工学部准教授で鉄の歴史館名誉館長の小野寺英輝さんがコーディネーターを務め、これまで橋野鉄鉱山に関わる活動を行ってきた3人から話を聞いた。
 
 教員時代、釜石市の2中学校で鉄の歴史を含む郷土学習に取り組んだ森本晋也さんは「古里を学ぶことで地域への愛着、誇りが生まれる」と実感。当時、生徒と「地域を学ぶ」のか「地域に学ぶ」のかが話題になったと明かし、「先人の生き方や歴史を通して、生徒は『自分はどう生きればいいのか』考える機会にもなった」と振り返った。現県立図書館長の立場から、「シビックプライド」の醸成にも言及。単なる郷土愛ではなく、積極的にまちづくりに関わる当事者意識、地域の一員としての自負心を育もうとするもので、「郷土資料と人々をつなぎ、まちを良くしたいという能動的な態度を育成していければ」と望んだ。
 
釜石二中、釜石東中赴任時に取り組んだ郷土学習について紹介する森本晋也さん。各種教育職を経て、2023年度から県立図書館長を務める

釜石二中、釜石東中赴任時に取り組んだ郷土学習について紹介する森本晋也さん。各種教育職を経て、2023年度から県立図書館長を務める

 
 釜石観光ガイド会に所属し、橋野鉄鉱山を含む地元製鉄の歴史、三陸ジオパークに関わる伝承活動を行う伊藤雅子さんは「いかに興味を持ってもらうか」に重点を置く。難しくなりがちな内容だけに、「聞く人の地元に関わる話を織り交ぜたり、興味を損なわないよう相手の様子を見ながら話すようにしている」という。パンフレットやWeb上の情報だけではなく、その奥に広がる事象を伝えられるのが現地ガイドの魅力。「分かりやすく楽しく」。お客さまの滞在時間に合わせ時間内に収めることも心がける。
 
釜石観光ガイド会の伊藤雅子さん(写真左上)、震災語り部としても活躍する橋野町の菊池のどかさん(同右上)は同市の歴史や魅力に目を向けてもらうための考えを述べた

釜石観光ガイド会の伊藤雅子さん(写真左上)、震災語り部としても活躍する橋野町の菊池のどかさん(同右上)は同市の歴史や魅力に目を向けてもらうための考えを述べた

 
 橋野鉄鉱山がある橋野町に暮らす菊池のどかさんは、小中学校の出前授業や体験学習で、同遺産への理解を深めていった。大学の卒業論文では同鉄鉱山を取り上げ、地元の魅力発信に関わる活動を続けている。歳月の経過は人々の興味、関心を風化させることにもなるが、「風化した後でも何かきっかけがあれば学びの機会は得られる。後の世代の人たちの気付きにつながるものを残していくことはできるのではないか」と今後の活動を見据えた。
 
 会場に足を運んだ橋野町出身、栗林町在住の女性(75)は「先祖が栗橋分工場で働いていた。地元の鉄の歴史は家族の歴史とも重なる。大学生の孫も興味を持ち始めた。貴重な歴史をしっかり後世に伝え、つないでいく必要がある」と語った。

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安心、楽しい登山を 釜石・橋野地区最高峰「片羽(葉)山」 住民ら、合目標識を新調

「迷わないように」と登山道に標識を設置する参加者

「迷わないように」と登山道に標識を設置する参加者

 
 釜石市橋野町の「片羽(かたば)山」(標高1313メートル)の登山道に設置されている合目標識が新しくなった。もともとあった標識は歳月を経て朽ちたりしていたことから、地元の橋野町振興協議会が新たに作製。釜石勤労者山岳会の協力で設置した。「いい山だよ」と住民が誇る里山。実は、“隠れた名峰”として地域外から登山客が訪れているといい、「安心して楽しんでほしい」との思いが込められている。
 
 7月6日に行われた作業には同協議会や同山岳会の会員、一般市民ら約15人が参加した。しっかりとした支柱が付いた標識や設置作業に使うハンマーなどの道具は程よい重さがあり、山岳会員が中心となり背負って歩行。5~9合目と、ルートを示す矢印の標識を計7カ所に設置した。
 
合目標識や穴を掘るための道具などを持ちながら山道を歩く

合目標識や穴を掘るための道具などを持ちながら山道を歩く

 
橋野町振興協議会と釜石勤労者山岳会の会員らが協力して設置

橋野町振興協議会と釜石勤労者山岳会の会員らが協力して設置

 
 標識を新調するきっかけは昨年秋、市の出先機関・栗橋地区生活応援センターが企画した住民向けの登山会。同センターの二本松由美子所長(59)らによると、ペンキやニスで塗装された木製の標識はクマなどがかじり壊されていたり、経年劣化で朽ちたりしていた。また、ルートが二手に分かれた箇所があり、山頂方面とは別の道を進んで戻るという経験もしたことから、「安心して登ってもらうために新しいものを」と同協議会と相談し、作製した。
 
もともとある4合目の木製標識。半分ほどが欠けている

もともとある4合目の木製標識。半分ほどが欠けている

 
迷いそうな場所には矢印の標識。標識の奥に道が続くも山頂とは別ルート

迷いそうな場所には矢印の標識。標識の奥に道が続くも山頂とは別ルート

 
 設置作業は5月に実施する計画だったが、雨天のため延期されていた。「念願かなった」と晴れやかな笑顔を見せたのは、地元の小笠原幸雄さん(70)。今回の最高齢参加者の一人で、「地区の最高峰にこの年で初めて登ることがきた」と喜びもひとしおの様子。力作業も率先し、「道に迷わないで楽しい登山を」と汗をぬぐった。
 
 同山岳会は、昨秋の登山会で先導役を担ったこともあり協力。標識を設置しながらの山行は初めての経験という中軽米一(はじめ)会長(55)は「安心な登山環境の整備に関わることができた。山に親しむ者にとって価値ある取り組みだ」と感慨深げ。不慣れな道で迷ったり、どこまで進んでいるのか分からなくなることもある登山。そんな時に目安となる標識を備えた山道に目を向け、「たくさんの人に登ってほしい」と望んだ。
 
 片羽山は、三角点のある雄岳と南の雌岳(1291メートル)の双子峰で、登山の対象となるのは雄岳。4合目まではダケカンバなどの林の中を進み、足元は柔らかで歩きやすい。その先は少し下ったかと思うと勾配が増し、7合目辺りからは急登に。倒れたまま手つかずの木、張り出た木の根、石が露出している場所もあり、足元には注意が必要になる。
 
道幅は広く、足元も柔らかく歩きやすいが、徐々に…

道幅は広く、足元も柔らかく歩きやすいが、徐々に…

 
傾斜のきつい道を進むとお立ち台のような岩が。山頂は目前

傾斜のきつい道を進むとお立ち台のような岩が。山頂は目前

 
 「きついな」と思いながら、木の幹や岩などの力を借りつつ足を踏み出していくと低木帯になり、気づくと登頂。山頂は360度のパノラマが広がり、五葉山や早池峰山、条件が良ければ鳥海山を臨むことができるというが、今回は霧で視界は遮られていた。
 
 地元の人が「結構きつい山だよ。登山初心者はやめた方がいい」というのも分かる。それでも、登り切った達成感は格別だ。同山岳会の会員たちが「ストレス解消、すがすがしい気持ちになる。つらさも楽しみ」「自然の中を歩くことで今まで気づかなかったことを発見したり、感動も多くなった」と話す“登山の魅力”に共感した。
 
山頂は霧に包まれるも、登頂者の表情は晴れやか

山頂は霧に包まれるも、登頂者の表情は晴れやか

 
 この山の面白さは名前にも。地図上には「片羽山」と表記され、三角点のそばにある看板にもうっすらだが「片羽山」と文字が見えた。が、登山口や登山道にある鳥居などには「片葉山」とつづられていた。そして、地元の人たちになじみ深いのは「葉」の方。遠野物語三十二話に登場する山の中には「片羽山」とある。一方で、地元には「片葉山」と刻まれた碑などが残っているという。
 
「片羽山」と「片葉山」が混在しているところが面白い⁉

「片羽山」と「片葉山」が混在しているところが面白い⁉

 
 そんな山に住民は親しみを持つ。町内にある産地直売所の橋野どんぐり広場の近くから「雄岳と雌岳がきれい見える」と教えてくれたのは、店頭に立つ女性。かつて登ったことを思い出しながら、「いい山だと思う」とほほ笑む。地域の人は高齢になって登る機会は少なくなったというが、「外の人たちが結構来ているみたい。帰りに(産直に)寄っていく」とうれしそうに話した。
 
奥に見える双子峰が「片羽(葉)山」で、右側が雄岳

奥に見える双子峰が「片羽(葉)山」で、右側が雄岳

 
 今回、下山時に二組の登山客とあいさつを交わした。そのうちの一組は「秋田から」と言っていた。新調した標識がさっそく役立ったと実感。二本松所長は「皆さんの協力で設置できたことを広く知らせたい。地元の山を歩く取り組みも続けられたら」と思いをめぐらせた。

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戦後80年…記憶継承へ 高校生発案!釜石の戦跡めぐるバスツアー、まもなく出発

企画の実行を心待ちにする佐藤凛汰朗さん(左)と中澤大河さん=6月17日、釜石高校

企画の実行を心待ちにする佐藤凛汰朗さん(左)と中澤大河さん=6月17日、釜石高校

 
 7月14日。釜石市にとってはどんな日か。太平洋戦争末期の1945(昭和20)年、米艦隊による本州初の艦砲射撃を受けた日だ。まちを襲った1回目の砲撃から80年となる、きょう14日、市内には犠牲者の冥福を祈る黙とうを呼びかける防災行政無線のサイレンが響く。
 
 「戦後80年、どういう意味を持つか。経験者は高齢に、若者が継承していく時代に入っている」。そう思いを巡らす釜石市の高校生2人が、まちに残る戦争の記憶“戦跡”をたどるバスツアーを企画し、実行へ準備を進めている。本番は21日。戦争を体験した人、伝え聞いている人、そして知らない人も「見て感じて、平和を考える機会に」と期待を込める。
 
 メンバーは釜石高3年の佐藤凛汰朗さんと中澤大河さん。地歴・公民・経済ゼミの探究活動として企画を進める。6月17日、企画を後押しする市教育委員会事務局文化財課の課長補佐、手塚新太さん(52)と打ち合わせし、ツアーの行程など確認。7月10日にはシミュレーションを兼ね、下見をした。
 
バスツアー実施に向け手塚新太さん(左)と打ち合わせ=6月17日、釜石高校

バスツアー実施に向け手塚新太さん(左)と打ち合わせ=6月17日、釜石高校

 
 2人が探究活動のテーマに「釜石の戦争」を選んだのは、人口減少が進むまちに新たな見所を加えて発信しようと考えたから。釜石を襲った2回目の艦砲射撃は8月9日にあり、米英両艦隊によるもの。被害の一方で、当時、捕虜収容所があって外国人捕虜が労働させられていたと知った。「加害」との側面も持つまちの歴史を「いかに伝えるか」。両面から考える機会を作ることで学びの場としての個性を感じ、「平和意識を高める教育の拠点になりうる」と想像した。
 
資料を整理しながらバスツアーの企画を練る

資料を整理しながらバスツアーの企画を練る

 
 そこで実験として、市が発行する「釜石の戦跡」(戦跡マップ)を用いたウオーキングツアーを今年2月に実施。高校生を対象に、平和像が立つ薬師公園(大町)や捕虜収容所跡地周辺につくられた盛り土避難路(通称・グリーンベルト、港町)、製鉄所につながるトンネルで戦時中は防空壕(ごう)として利用された嬉石隧道(づいどう)避難口を案内した。
 
 「歴史を知り、戦争を身近に感じた」と評価を得た一方で、見学場所や説明内容に参加者も案内役の2人も物足りなさを感じた。残ったモヤモヤ感は何か―。戦跡マップに記された約30の記憶は市内に点在し、当初バスツアー企画を考えたが、高校生の力では難しかった。形を変え実践すると、「一度では伝えきれない。もっと見てもらいたい場所もある」「一過性ではだめ。ツアーを持続的な活動にする必要がある」との考察、展望を持った。地域の持続的なイベント化を目指していたところ、2人の活動が大人たちの目に留まった。
 
資料を確認したり調べたり企画実現へ準備を進める

資料を確認したり調べたり企画実現へ準備を進める

 
 戦後80年。世代を超えた語り継ぎの必要性を実感しているのは市も同じだった。手塚さんは「戦争を知らない世代が伝え聞いたことをそしゃくして伝える作業は難しいと思うが、2人はしっかり調べている。すごいと思うし、うれしい」と受け止め、バスツアーの実現を後押し。協力を得た2人は、ガイド役を担う際の知識を増やすべく市郷土資料館(鈴子町)を見学したり職員からレクチャーを受けたりしながら、ツアーコースを決めた。
 
 コースの下見には、釜石観光ガイド会の千葉まき子さんが同行した。本番を想定した2人の語りに助言。「よく調べている。あとは原稿をしっかり読み込むことと、ゆっくり話すことを意識して。今の素直さを出していけば大丈夫」と背中を押した。自身の経験から「何か質問されることもあるから、さらに知識を持っておくと、ゆとりを持って話せる」と、補足となる情報を教えたりした。
 
本番をイメージしながらガイドを体験する=7月10日、小川町

本番をイメージしながらガイドを体験する=7月10日、小川町

 
千葉まき子さん(右)の説明を聞く生徒ら=7月10日、大平町

千葉まき子さん(右)の説明を聞く生徒ら=7月10日、大平町

 
 高校生2人の思いを乗せたバスツアーはまもなく出発する。中澤さんのイチ押しは薬師公園にある「忠魂碑」。砲弾をかたどったもので、「面白いものがある」と印象を受けた戦跡だという。「びっくりしてほしい。そこから戦争や地域の歴史に興味がわくと思うから」。日清・日露戦争の戦死者を弔うために建てられたとされるその碑をきっかけにした探究者の広がりを期待する。
 
 高校生平和大使として活動した経験を持つ佐藤さんは世界情勢が不安定さを増す中、「戦争を身近なものとして考えてほしい」と切に願う。その思いを伝える戦跡としてツアー先に組み込んだのが嬉石隧道。「となりは民家」という住宅街の中に残るその遺構に語ってもらう、「戦争は遠く離れたところの出来事ではなく、ありふれた身近なところにある」と。
 
ツアー先の下見。新たな情報を仕入れ、時間配分を確認した

ツアー先の下見。新たな情報を仕入れ、時間配分を確認した

 
下見をして感じたことを伝え合いながら本番に向け準備する

下見をして感じたことを伝え合いながら本番に向け準備する

 
 「高校生とめぐる釜石の戦跡」と題したバスツアーは21日に同資料館からスタート。ウオーキングツアーで回った場所のほか、小川防空壕(小川町)や日本中国永遠和平の像(大平町)なども案内する。定員は15人で、すでに満席とのこと。
 
 このツアーのほかにも、市内では地域の歴史を振り返る機会が続く。同資料館では「艦砲戦災展」を開催中。8月9日には市戦没者追悼・平和祈念式も予定される。

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世界遺産登録10周年の「橋野鉄鉱山」 高炉場跡で見学路整備に伴う発掘調査実施中

橋野高炉跡で行われている発掘調査の成果を公開=6月28日午後、現地説明会

橋野高炉跡で行われている発掘調査の成果を公開=6月28日午後、現地説明会

 
 釜石市橋野町青ノ木の「橋野鉄鉱山」は、明治日本の産業革命遺産(8県11市23資産)の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録されてから、今年7月で10周年を迎える。資産範囲となっている採掘場、運搬路、高炉場の3遺跡のうち、一般公開されている高炉場跡には国内現存最古の洋式高炉の石組みが残る。現地では今、見学路の整備に伴う発掘調査を実施中。6月28日、その成果を紹介する説明会が開かれ、午前と午後合わせて計30人が足を運んだ。
 
 5月21日から始まった発掘調査は、大門跡から三番高炉跡に向かう途中の砂利道部分で行われている。昭和初期に国有林に向かう道路を盛り土整備した場所にあたり、調査は4つのポイントで実施されている。担当する市世界遺産室、髙橋岳係長が説明した。
 
調査箇所① 大門礎石周辺 黄丸の部分を深く掘ってみると、ノロかすや炭の層を含む盛り土造成の跡が確認された(写真右下)

調査箇所① 大門礎石周辺 黄丸の部分を深く掘ってみると、ノロかすや炭の層を含む盛り土造成の跡が確認された(写真右下)

 
 見学路整備のルート上には、南北に走る水路跡と交差する部分がある。一帯はこれまで土砂に覆われ、水路跡を分断する形になっていた。新たな整備では水路石垣内の埋没土砂を撤去。石垣が見える状態にし、新たに水路をまたぐ橋をかける計画。発掘調査では埋没していた石垣を検出。幅約1.4メートルの水路跡を確認できた。埋没土の上層からは鉄鉱石や茶碗、ガラス製の薬瓶、短いタイプのきせるなどが見つかった。昭和初期のものと考えられ、下層からは明治、大正期の遺物も出てきた。
 
調査箇所② 埋没していた水路跡 南(一番高炉側)から北(三番同)に流れる水路(黄線ルート)の石垣が掘削で検出された

調査箇所② 埋没していた水路跡 南(一番高炉側)から北(三番同)に流れる水路(黄線ルート)の石垣が掘削で検出された

 
水路跡の埋没土層からは(写真左上から時計回りに)カッチャ?、ガラス製薬瓶、きせる、花巻「臺(だい)焼」の陶磁器片…などが見つかった

水路跡の埋没土層からは(写真左上から時計回りに)カッチャ?、ガラス製薬瓶、きせる、花巻「臺(だい)焼」の陶磁器片…などが見つかった

 
 見学路ルートにかかる別の調査箇所からは、建物遺構が検出された。直線上に掘立柱の柱穴が見つかり、クリ材と推定される柱根も一つあった。2017年度に行われた台風被害復旧に伴う発掘調査で、鍛冶場の存在が想定されていたが、検出面に鋳物砂が多く、鋳型を成形する工房の可能性も考えられる。江戸末期(1860年代初頭)に描かれた高炉絵巻には該当箇所に建物は見当たらないことから、それ以降に建てられたものとみられる。遺構の規模は精査中。
 
調査箇所③ 建物遺構を示す柱穴(黄丸)を検出。柱根が残る穴も(写真左下)

調査箇所③ 建物遺構を示す柱穴(黄丸)を検出。柱根が残る穴も(写真左下)

 
 三番高炉周辺の区画が分かる石垣も見つかった。2023年度に実施した三番高炉南側の石垣調査で、土砂埋没箇所に石垣の東隅が埋蔵されているのを確認していたが、今回の調査では、長さ約3.8メートルの東面石垣を検出した。切石と丸石で構築され、斜面を利用した積み方もしているという。蹄鉄が出土していることから、橋野鉄鉱山廃業後に埋没したとみられる。石垣から現在の地表までは約80~90センチあり、昭和初期の道路整備時にかなりの量の土砂を盛ったとみられる。
 
調査箇所④ 三番高炉南側の石垣 東隅から東面の石垣を検出。黄丸部分を上から見ると写真右下に

調査箇所④ 三番高炉南側の石垣 東隅から東面の石垣を検出。黄丸部分を上から見ると写真右下に

 
石垣よりも80~90センチほど高く盛り土されているのが分かる

石垣よりも80~90センチほど高く盛り土されているのが分かる

 
 髙橋係長は「鉄鉱山稼働時と比べ、だいぶ地形が変わっている。埋没箇所の発掘で、当時の雰囲気が分かってきた」と話す。橋野高炉跡は1957(昭和32)年に国史跡に指定されているが、発掘調査自体はそれほど多くは行われていない。「回数を重ねていけば、もっといろいろなことが分かってくる。これからの調査で明らかにしていきたい」と髙橋係長。現調査は8月上旬まで行われる。終了後、2018年から計画的に進められている範囲内容確認調査に着手する予定。

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釜石・橋野鉄鉱山、世界遺産登録10年 歴史と自然感じる記念ウオーク 雨に負けず笑顔満開

満開の八重桜のトンネルを歩き笑顔を見せる参加者

満開の八重桜のトンネルを歩き笑顔を見せる参加者

 
 世界遺産に登録されて7月で10周年を迎える釜石市橋野町青ノ木の「橋野鉄鉱山」を巡るウオーキングイベント(釜石市ウォーキング協会主催)が17日にあり、市内外の約20人が自然と歴史に触れながら歩いた。あいにくの雨模様ながら、ちょうど満開となった八重桜の歓迎を受けた参加者には天候を吹き飛ばす笑顔の花が咲いた。
 
 10周年を記念したイベントは同協会の例会行事。一般参加もあり、盛岡市など市外からも集まった。案内役は、同協会員で釜石観光ガイドとしても活動する地元の小笠原明彦さん(68)。インフォメーションセンターを発着点に、高炉跡、普段は立ち入りが制限されている区域にある青ノ木橋、旧道・笛吹街道(地元では青ノ木街道とも言う)の一部をたどる往復約5キロのコースを歩いた。
 
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インフォメーションセンターを出発し高炉跡方面へ向かう

 
二番高炉跡を見学し、さらに歩みを進める参加者

二番高炉跡を見学し、さらに歩みを進める参加者

 
 高炉跡周辺には「種焼窯」「種置場」と記された遺跡が点在していて、小笠原さんは「種って何?…鉄鉱石のことをそう呼んでいた。名付け方が日本人ぽいよね」と解説。高炉の石組みにある凸凹を示し、「これは日本独自のもの。西洋を参考にはしたが、日本の技術も生かした鉄づくりが橋野にはあった」と強調した。寛永年間の時代からあったとされる旧街道では「子どもの頃のあそび場だった」と話し、地元ならではの魅力もこっそり教えたりした。
 
ガイドの説明を聞いたり、ゆっくりと遺跡周辺を歩く

ガイドの説明を聞いたり、ゆっくりと遺跡周辺を歩く

 
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笛吹街道を踏みしめた参加者。後方は遠野方面に続く

 
 「鉄の話を聞くうちに歩けちゃった」とうれしそうに話したのは80代の女性。「行ったことのないところに行ける」のが団体に所属するメリットだが、年齢を重ね「みんなと歩くのは大変」になり、今回のコースも途中で離脱するつもりだった。高炉跡周辺や旧街道に続く道が明るく、手入れされているのも歩が進む要因になったようで、「健康づくりに歩くことを続けたい」と前を向いていた。
 
雨にも負けず、参加者はぐんぐんと力強く歩いた

雨にも負けず、参加者はぐんぐんと力強く歩いた

 
自然との出合いや仲間との会話もウオーキングの楽しみ

自然との出合いや仲間との会話もウオーキングの楽しみ

 
 同協会の遠野健一会長(81)は「ガイドの説明を聞いて頭の体操にもなり、健康を感じてもらえただろう。製鉄の歴史を見ても、製造工程や鉄の品質、技術、日本はどこにも負けないものを持っている。そのスタートが釜石。世界遺産登録10周年を機に歴史の重みを再認識し、170年ほど前に働いていた人たちのことを思いながら、この地を踏みしめてもらえたならいい」と充実感をにじませた。
 
満開の八重桜に参加者は表情をほころばせる

満開の八重桜に参加者は表情をほころばせる

 
橋野鉄鉱山がデザインされたパネル前で記念にパチリ

橋野鉄鉱山がデザインされたパネル前で記念にパチリ

 
 2025年度は24回のウオーキング行事を計画。釜石市内だけでなく、岩手県内各地の協会主催行事にも参加する。6月には「魹ケ崎灯台散策ウオーク」(宮古市重茂・姉吉キャンプ場駐車場集合)や「栗林・大沢川流域化石探訪ウオーク」(釜石市栗林町・砂子畑集会所集合)を予定。9月には三陸鉄道の旅と「三陸大王杉」(大船渡市三陸町越喜来)の見物を楽しむ企画を用意。10月実施の「鉄と魚とラグビーのまち釜石潮騒ウオーク」は、今回と同じく橋野鉄鉱山世界遺産登録10周年記念の冠を掲げる。

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マグロ、毛ガニ…海産物で「魚のまち」アピール 釜石で春まつり 観光客でにぎわう

かまいし春まつりで買い物客を沸かせたマグロの解体ショー=4日

かまいし春まつりで買い物客を沸かせたマグロの解体ショー=4日

 
 5月の大型連休中の3、4日、釜石市鈴子町の釜石駅前周辺で「かまいし春まつり」(釜石観光物産協会主催)が開かれた。駅前橋上市場サン・フィッシュ釜石では海の恵みを体感する多彩な企画を展開。駅に隣接する観光物産施設シープラザ釜石の西側駐車場には出店ブースや遊びのコーナーが設けられ、市内外から訪れた観光客が思い思いに楽しんだ。
 
 サン・フィッシュでは「魚のまち」をアピールする催しを多数用意。地元で水揚げされた新鮮な魚介類を市価の半額ほどの“浜値”で販売し、その場で焼いて食べられる「浜焼き」を提供した。毛ガニ釣りチャレンジは好評で、4日は開始早々に終了。マダコやトゲクリガニ、リュウグウハゼなどの釜石海域の生き物に触れられるタッチプール(岩手大釜石キャンパスが協力)は子どもたちの人気を集めた。
 
海の生き物に触れられるタッチプールは子どもに大人気

海の生き物に触れられるタッチプールは子どもに大人気

 
毛ガニ釣りに挑む子どもたちに周囲の大人が声援を送る

毛ガニ釣りに挑む子どもたちに周囲の大人が声援を送る
 
マグロの重さ当てクイズも。じっと目を凝らす挑戦者

マグロの重さ当てクイズも。じっと目を凝らす挑戦者

 
 4日、大にぎわいとなったのはマグロの解体ショー。施設を運営する釜石駅前商業協同組合の八幡雪夫理事長が中心となって、長崎・五島産の養殖クロマグロ(ホンマグロ)を出刃包丁などで手際よくさばいた。
 
多くの見物客でにぎわったマグロ解体ショー

多くの見物客でにぎわったマグロ解体ショー

 
 「脂、ヤバー」。頭やカマ、身を切り落とす度に、買い物客から歓声が上がった。解体後は大トロや中トロ、赤身に切り分けてパック詰めされ、安価で販売。解体を見守っていた人らが次々と買い求めた。
 
マグロの解体ショーを通じて触れ合う鮮魚店と買い物客ら

マグロの解体ショーを通じて触れ合う鮮魚店と買い物客ら

 
解体後、マグロを買い求める人たちで長い列ができた

解体後、マグロを買い求める人たちで長い列ができた

 
 マグロの重さ当てクイズも行われ、269人が挑んだ。「55キロ」とぴったり当てた2人にはトロと赤身の「サク」の詰め合わせをプレゼント。「当たっちゃった」と驚く神奈川県藤沢市の会社員八木俊明さん(44)は思いがけない戦利品を手に、「刺し身にして味わう」と頬を緩めた。妻の実家への帰省に合わせ、毎年この時期に来釜。「海鮮はおいしいし、山と海の景色もすごくいい。落ち着く」と目を細めた。
 
 八幡理事長は「どこから人がくるのか…ありがたい。いかにして人を集めるか、周辺施設や行政、出店者らの協力があってこそ」と予想以上の人出に手応えを口にした。漁獲量の減少、水揚げされる魚種の変化への対応など鮮魚店の経営は厳しさもあるが、「駅前を盛り上げたい」との思いは変わらず、「計画中」という秋のイベントに向け、早くも腕をまくった。
 
春の陽気と食を楽しむ家族連れでにぎわった

春の陽気と食を楽しむ家族連れでにぎわった

 
 春まつり開催中は晴れの日が続き、行楽日和となった。屋外では串焼きやかき氷などを味わったり、ゴーカートなど子ども用の乗り物での走行を楽しむ家族連れらでにぎわった。

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三陸が誇る宝「五葉山」山開き 登山者ら四季の風景に期待! 花の季節ももうすぐ

五葉山の山開き「安全祈願祭」=4月29日、赤坂峠登山口

五葉山の山開き「安全祈願祭」=4月29日、赤坂峠登山口

 
 釜石、大船渡、住田3市町にまたがる三陸沿岸最高峰の五葉山(標高1351メートル)が4月29日、山開きした。釜石、大船渡両市境、赤坂峠登山口で安全祈願祭が行われ、関係者約40人がシーズン中の無事故を祈った。「花の百名山」の一つとしても知られ、県内外の登山客に愛される五葉山。これからの季節はツツジやシャクナゲの群落が愛好家の目を楽しませる。
 
 安全祈願祭は3市町でつくる五葉山自然保護協議会(会長=小野共釜石市長)が主催。神事に先立ち渕上清大船渡市長が、2月26日に同市で発生した大規模林野火災への消火協力、物資支援などに深く感謝。「今後の火災予防を徹底し、新たな視点で災害対策を考える起点にしたい」と決意を述べた。五葉山神社の奥山行正宮司が祝詞を奏上。自治体、警察、各関係団体の代表が玉串をささげ、登山者の安全を祈った。小野共釜石市長は三陸ジオパークのジオサイトに五葉山を登録する方向で協議が進んでいることを明かし、「五葉山が三陸の大きな魅力の一つとして数えられる日も近い。今年1年、十分に安全に留意し、四季折々の美しさを堪能していただければ」と願った。
 
大規模林野火災への対応、支援に対する感謝を述べる渕上清大船渡市長(左)。五葉山自然保護協議会会長の小野共市長(右)は登山者らの環境整備への協力に感謝

大規模林野火災への対応、支援に対する感謝を述べる渕上清大船渡市長(左)。五葉山自然保護協議会会長の小野共市長(右)は登山者らの環境整備への協力に感謝

 
登山道を清める五葉山神社の奥山行正宮司

登山道を清める五葉山神社の奥山行正宮司

 
自治体、警察、観光関係者らが神前に玉串をささげ、今年1年の登山の無事を祈った

自治体、警察、観光関係者らが神前に玉串をささげ、今年1年の登山の無事を祈った

 
 この日朝の同登山口周辺は雨が降ったりやんだりで、一時、濃霧や強風に見舞われる時間帯も。祈願祭後には雨雲が流れて日が差すなど、「山の天気は変わりやすい」との言葉通りの天候となった。このため、頂上を目指す登山客は少なめ。例年見られるグループ登山のにぎわいもしばしお預けとなった。
 
 装備を整え登山道に向かった釜石市の米澤英敏さん(82)は、同市の「アトラス山岳会」に所属。年に5~6回は五葉山に登るという。「季節ごとの花々や新緑、紅葉などいつ来ても楽しめる山。今年も何回か登れれば」と意欲。20代から始めた登山。年齢を重ねても「年相応に達成感、満足感がある」と魅力を語った。
 
雨の中、山開き登山に出発する愛好家ら。例年より気温も低め。手袋も装着して…

雨の中、山開き登山に出発する愛好家ら。例年より気温も低め。手袋も装着して…

 
 祈願祭から程なくして軽い足取りで下山してきたのは、釜石市の菅野愛子さんと佐藤伯子さん(ともに78)。五葉山の山開きには毎年足を運ぶが、今年は「雨なので最初から途中までと思って…」と、3合目まで行って戻ってきたという。「釜石岳友会」のメンバーで、毎月1~2回は岩手、秋田の山を中心に登山を楽しんでいる。「てっぺんで食べるご飯は最高。何を食べてもおいしい」と菅野さん。「今年もいっぱい登りたい。あとは体力と気力次第」と笑う。2人とも登山歴は長く、「登っている時は日々の煩わしさも忘れる。何も考えずに登れて、行って帰ってくると気持ちも晴れ晴れ」と佐藤さん。今年1年の山行に期待を膨らませた。
 
沿道の木々の芽吹きは見られるものの、まだ冬枯れの印象の登山道

沿道の木々の芽吹きは見られるものの、まだ冬枯れの印象の登山道

 
登山口付近の花芽はまだ閉じたまま。山の本格的春の到来が待ち遠しい

登山口付近の花芽はまだ閉じたまま。山の本格的春の到来が待ち遠しい

 
 五葉山自然保護管理員の松田陽一さん(61、釜石市)によると、例年に比べ残雪は少なめだが、8合目から上には雪があり“踏み抜き”(下の雪がやわらかく足が沈み込む現象)への注意が必要。管理員らによる整備で、赤坂峠からの登山道は歩きやすくなっていて、9合目にある山小屋「石楠花(しゃくなげ)荘」のトイレや水場も問題なく使える。松田さんは「三陸道や釜石道の開通後、登山者は増えている印象。遠くからの車のナンバーも見受けられる」とし、五葉山の認知度アップを実感する。
 
 今の時期はヤマザクラが咲き誇り、例年5月中旬にはツツジ、6月下旬にはシャクナゲが開花。山頂付近にはヒノキアスナロの原生林が広がり、頂上からは三陸のリアス海岸や奥羽山系の山々を一望できる。野生動物も豊富。登山の際にはクマ鈴やラジオの携帯で、人間の存在を知らせることも大切だ。

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おかげさまで開駅10周年 道の駅釜石仙人峠で大創業祭 「ありがとう」を還元

買い物客らでにぎわう道の駅「釜石仙人峠」

買い物客らでにぎわう道の駅「釜石仙人峠」

 
 釜石市甲子町の道の駅「釜石仙人峠」が10周年を迎え、4月27日から大創業祭を開いている。観光客を呼び込む施設として地元の特産品や“ソウルフード”の釜石ラーメンなどの特売品を並べ、地元住民に親しまれる施設にと全国のうまいものを紹介。「お客さんあっての道の駅」と日頃の感謝を込めた売り出し企画を5月6日まで繰り広げる。
 
 初日の27日は松倉町内会(甲子町)の約30人が郷土芸能「松倉太神楽」と「松倉虎舞」を披露。元気なかけ声と踊りで地域の祝い事を華やかに盛り上げた。
 
食や観光の発信基地として「開駅10周年」を迎えた道の駅「釜石仙人峠」

食や観光の発信基地として「開駅10周年」を迎えた道の駅「釜石仙人峠」

 
10周年を祝って威勢良く踊る松倉虎舞。創業祭を活気づけた

10周年を祝って威勢良く踊る松倉虎舞。創業祭を活気づけた

 
 売り場では、物価高の今だからこその生活応援企画「ファイトキャンペーン」を展開中。釜石ラーメンは生麺のほか、味比べを楽しめる土産品タイプのインスタント麺もお買い得価格で売り出す。挑戦し続ける人を応援しようと、大規模林野火災があった大船渡市や、地震被害を受けた石川県能登地域の商品も販売。品定めする観光客や住民らでにぎわっている。
 
種類豊富な味を楽しめる釜石ラーメンの販売コーナー

種類豊富な味を楽しめる釜石ラーメンの販売コーナー

 
 国道283号沿いにある同駅は2015年4月に開業した。釜石自動車道釜石仙人峠インターチェンジ(IC)に隣接し、内陸部から市中心部に入る「玄関口」の拠点施設。指定管理者の釜石振興開発(新里進社長)が運営する。地元を中心にした農家でつくる販売組合が特産の甲子柿や季節の野菜などを直売するほか、海産物、地酒などもあり、食や観光の情報発信基地として力を発揮。トイレ棟もあり、休憩のために立ち寄る人も多い。
 
 食堂もあり、釜石ラーメンやご当地ソフトクリームなどを味わう人の姿も多く見られた。休憩を楽しんだ源太沢町の川村保さん(76)、ミサ子さん(71)夫妻は「(施設は)小さいけど、品数が多い。コンパクトに買い物を楽しめる。スタッフも明るくていい」と好印象を持つ。釜石道を利用する際には立ち寄っているようで、店員とは顔なじみ。郷土芸能を見て、ネギや菜花など野菜を購入した後は、「新緑の季節だから、ふらっとドライブに」と笑顔を重ねた。
 
新鮮野菜、海産物、土産物などを並べて地域発信「これからも」

新鮮野菜、海産物、土産物などを並べて地域発信「これからも」

 
 佐々木雅浩駅長(62)によると、ここ数年は新型コロナウイルスの影響を受けたものの、客足の落ち込みは2割程度にとどまった。「狭い店舗だけど」「小さいからこそ」と従業員がアイデアを出し合い陳列を工夫したり、客との触れ合いを重視したり、「短所を逆手に取った運営」を展開。すると、23年には客足が戻り、利用者数はこれまでの記録を更新した。
 
 「遠方からの来訪者に釜石を紹介するだけでなく、地元のお客さんにも寄り添った運営を目指している」と佐々木駅長。利用への「ありがとう」を形にしたのが大創業祭で、「おいしさと特価でお返し。至る所に特売品があるのでお立ち寄りを」と呼びかける。
 
特別販売の「うにぎり」。豊かな風味にファンも多いとか

特別販売の「うにぎり」。豊かな風味にファンも多いとか

 
 10周年を記念した売り出しのほか、催しも用意。5月3~4日はホタテの浜焼き販売(各日とも午前10時~なくなり次第終了)、4~5日は地元・永野商店の訳あり干物即売会(各日とも午前9時~午後1時まで)を予定する。同駅の名物として人気の「うにぎり」(磯スープで炊いた米やウニみそを使った風味豊かなおにぎり)を1個250円で特別限定販売。500円以上の買い物をした希望者には「10周年記念切符」を贈る。

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樹形、ボリューム、夜桜…見どころ満載 釜石2巨木桜満開 大畑/上栗林 地域が誇る春風景今年も

「大畑の一本桜」の愛称で親しまれる巨木桜=甲子町、15日午前撮影

「大畑の一本桜」の愛称で親しまれる巨木桜=甲子町、15日午前撮影

 
今年もライトアップが行われている市指定文化財「上栗林のサクラ」=栗林町、14日夕方撮影

今年もライトアップが行われている市指定文化財「上栗林のサクラ」=栗林町、14日夕方撮影

 
 釜石市内はさまざまな種類の桜が咲き誇り、各所で花の競演が見られている。先週から今週前半にかけては曇りや雨の日が続き肌寒さも感じたが、市街地を中心にほぼ満開を迎えた。中でもひときわ存在感を放つのが、長い年月をかけて大きく成長した「一本桜」。甲子町大畑、栗林町上栗林に根付く一本桜は、古くから地域住民に親しまれてきた2大巨木で、樹形やボリューム感たっぷりの花姿が訪れる人を魅了している。市指定文化財(天然記念物)となっている上栗林の一本桜は今年も、夜のライトアップが行われていて、20日まで夜桜見物も楽しめる。
 
 甲子町大畑の一本桜は、市老人福祉センター隣の私有地に生える。一段高い農地跡の斜面から太い幹が斜めに伸び、複数の枝が上方と横方向に張り出す。土地を所有する一族の方によると、この地で製氷や稲作の仕事をしていた先祖が植えたものとみられ、「樹齢は100年以上ではないか」と話す。数年前に樹木医に見てもらったところ、エドヒガン系の品種とのこと。車両の通行に支障が出ないよう枝払いをしたことはあるが、ほぼ手を入れることなく、現在に至っている。
 
農地の斜面に根を張り、独特な樹形を見せる一本桜

農地の斜面に根を張り、独特な樹形を見せる一本桜

 
根元の左右に連なる石垣は製氷場の跡。冬季に水を張って氷を作り、市街地に卸していたという

根元の左右に連なる石垣は製氷場の跡。冬季に水を張って氷を作り、市街地に卸していたという

 
 昨春は開花前に野鳥に花芽を食べられる被害があり、見られる花が大幅に減少したが、今年は食害もなく、「花の付きもいいよう」。11日ごろから開花が進み、15日午前には9分咲きにまでなった。周辺には他の桜の木も点在。近くにある自然散策路が整備された「福祉の森」では桜以外にもツバキなどが花を咲かせていて、色彩のコラボレーションも楽しめる。
 
野鳥の食害もなく、枝いっぱいに花を咲かせている。咲き始めは淡い桃色が際立つ

野鳥の食害もなく、枝いっぱいに花を咲かせている。咲き始めは淡い桃色が際立つ

 
周辺ではツバキやレンギョウ、スイセンも開花。春ならではの色彩風景

周辺ではツバキやレンギョウ、スイセンも開花。春ならではの色彩風景

 
 所有者一族の女性(83)は「開花時期としては少し寒いので、逆に花も長く楽しめそう。近所の人だけでなく、地区外から写真を撮りにくる人もいて、皆さん楽しみにしているようだ。枝ぶりもいいので、ぜひ多くの人に見てもらいたい」と話す。市中心部から向かう場合は国道283号を西進。左手の甲子中を過ぎてまもなく、「老人福祉センター滝の家」への左折看板が見える。左折後は上り坂を道なりに進み、釜石自動車道をまたぐ陸橋を渡って左折すると、すぐ右手に見えるのが大畑の一本桜。
 
 一方、栗林町上栗林の一本桜は、県道釜石遠野線を橋野町方面に進む途中の右手にある。道路から見え、昼なら「上栗林のサクラ」の標識で、夜ならライトアップで識別可能。地元町内会「上栗林振興会」が行う夜のライトアップは13年目を迎え、12日から点灯が始まった。
 
 上栗林集会所に隣接する私有地に自生している同桜はエドヒガン種。地元では「種蒔(たねまき)桜」と呼ばれ、開花が農事の目安にされてきた。樹齢は400年以上と推定される。2007年に市の文化財に指定された。13年から始めたライトアップで認知度が一気に高まった。幹や枝は今も成長を続けているとみられる。
 
雨上がりの夕空を背景に一味違った風情を醸す「上栗林のサクラ」

雨上がりの夕空を背景に一味違った風情を醸す「上栗林のサクラ」

 
夕方(写真上)から夜のライトアップ(同下)にかけて目に映る色彩の変化も楽しめる

夕方(写真上)から夜のライトアップ(同下)にかけて目に映る色彩の変化も楽しめる

 
 今年は9日に5~6輪咲いているのが確認され、その後、順調に開花が進んだ。14日は日中、強雨に見舞われたものの、花の落下はほぼ無く満開を迎えた。夕方には雨も上がり、日が落ちて暗くなると空には星が輝いた。雨で足元はぬかるんでいたが、貴重な“やみ間”を逃すまいと、見物客が足を運んだ。
 
上栗林集会所側から臨む桜。暗闇に浮かび上がる花姿が美しい

上栗林集会所側から臨む桜。暗闇に浮かび上がる花姿が美しい

 
枝が垂れ、シダレザクラのようになった箇所も。撮影アングルにもおすすめ

枝が垂れ、シダレザクラのようになった箇所も。撮影アングルにもおすすめ

 
 愛用のカメラで写真撮影にいそしんだのは鵜住居町の男性(62)。東日本大震災で被災し栗林町の仮設住宅に入居していた当時、笛吹峠を通って出張から帰る機会があり、ライトアップ中の桜を偶然目にした。以来、同桜のとりこに…。開花時期には欠かさず足を運んでいるという。「素晴らしいですね。これほどの巨木(桜)は県内にはないのではないか。目の前にすると厳かな気持ちになる」。支柱や枝吊りもなく、自然のままの状態で維持されていることにも驚いた様子。「貴重な文化財。ぜひ後世にまでつないでいってほしい」と願った。
 
 上栗林のサクラのライトアップは20日までを予定。点灯時間は午後6時半から午後9時半まで。