無投票で3選を果たし、支持者から万歳の声を受ける野田武則氏=25日午後5時40分
任期満了に伴う釜石市長選は25日告示され、無所属で現職の野田武則氏(62)が無投票で3選を果たした。野田氏以外に立候補はなく、小沢和夫前市長が再選された2007年4月の市長選以降、4回連続の無競争となった。「無風」について賛否両論がある中で、3選を果たした野田氏は「選挙戦の勝利より責任は重い。市民の全面的な負託と受け止める」としつつ、「次世代が誇れるまちづくりにまい進し、釜石が持つ可能性を最大限に引き出していく」と決意を述べた。
野田氏は午前9時すぎ、大町に設けた選挙事務所前で第一声。約200人の支持者を前に、▽住まいと暮らしの早期再建▽防災・減災のまちづくり▽安心できる新たなコミュニティーづくり▽産業振興と雇用確保▽海洋エネルギー開発など先駆的事業による拠点都市化―の基本公約を掲げた上で、「次世代に誇れる品格ある釜石をつくろう」と訴えた。
総括責任者の小泉嘉明氏は「今後の4年が釜石復興の最も重要な時期。野田さんを中心にまちづくりを進めよう」とあいさつ。民主党の黄川田徹衆議院議員、小野共、岩崎友一の両県議、佐々木義昭市議会議長ら市議10人が駆けつけ、激励した。
今回の市長選で、野田氏は政党などへの推薦要請は行わなかったが、自民党釜石市支部(豊田勇支部長)がいち早く支持を表明。元県議で自民党第3選挙区支部長代理の小野寺有一氏は「野田さんは4年前に掲げた公約をすべて果たした。難しい決断を迫られる今後の4年間、リーダーに最もふさわしいのは野田さんだ」とエールを送った。
野田氏はこのあと市内全域を選車で回り、仮設団地など10カ所で演説。午後5時までに他の立候補の届け出はなく、無投票3選が確定した。
選挙事務所に戻った野田氏は支持者らと万歳して当選を喜んだ。妻幸子さん(54)とともに花束を手にした野田氏は「被災者の一日も早い住まいの再建、暮らしの再建と合わせ、心の復興にも力を入れていかねばならない」と3期目の抱負を述べた。
このあと記者団の質問に答える形で、今後のまちづくりについて「次世代の市民が釜石に希望を持ち、住み続けるまちでありたい」と強調。3期目の施策として「地域会議を見直し、より小さな集落単位で話し合う場を設けたい」との考えも示した。
記者団の質問に応え3期目の抱負を述べる野田氏
大規模施設の整備に伴う市財政への影響については「維持管理などについて専門家や地域代表による委員会をつくり、対応を探りたい」とし、4年後に迫ったラグビーワールドカップ(W杯)については「被災3県の代表として開催地に選ばれたと受け止める。震災の教訓を世界に発信する場としたい」と思いを述べた。
野田氏は釜石市出身で、県議、釜石市長を歴任した野田武義氏の長男。専修大卒。甲東幼稚園の園長などを経て03年に県議初当選。2期目だった07年、小沢前市長の死去に伴う市長選に無所属で出馬し、無投票で初当選した。今回の市長選に向け、7月に開かれた後援会の会合で出馬の意向を明らかにし、市議会臨時会で「復興はまだ道半ば。復興計画の実現に向け全力を尽くしたい」と正式に決意を明らかにした。
(復興釜石新聞 2015年10月28日発行 第431号より)
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