名刻む板に語りかけ、「教訓語り継ぐ」決意を胸に〜鵜住居防災センター跡、釜石祈りのパーク
降りしきる雨の中、遺族らは釜石祈りのパークで犠牲者をしのんだ
多くの犠牲者を出した東日本大震災は11日、発生から8年を迎えた。釜石市が鵜住居町の鵜住居地区防災センター跡地に整備する追悼施設「釜石祈りのパーク」では献花式を行い、人々が鎮魂の祈りをささげた。パーク内に設けられた市防災市民憲章碑、同センター跡地を示す碑の除幕式も。「静かに手を合わせる場に」「未来の命を守るため教訓を語り継ぐ」などとそれぞれ思いや決意を新たにした。
鵜住居地区防災センター跡地を示す碑
同パークには関連死を含む市民1064人の犠牲者のうち997人分の芳名板と献花台を整備。献花台越しに見上げると、同地区に押し寄せた津波と同じ高さの海抜11メートルの津波高モニュメントが視界に飛び込む。「備える」「逃げる」「戻らない」「語り継ぐ」の4つの行動を刻んだ同憲章碑も建立。命をつなぐための教訓を伝えている。
碑の除幕後に行われた献花式で、野田武則市長は「追悼の場であり、教訓を語り継ぎ未来の命を守る施設としての役割を果たすことを願っている。二度とあの悲劇を繰り返さないとの決意とともに災害に強いまちづくりに取り組む」と哀悼の言葉を述べた。
帰らぬ人の名前を見つめ涙ぐむ遺族ら
雨がまちをぬらしたが、遺族らは帰らぬ大切な人に花を手向けた。芳名板に掲示された、犠牲になった人の名前に触れ涙ぐんでいたのは栗林町の栗澤茂子さん(76)。震災で長男の健さん(当時44)を亡くした。「跡取り、大黒柱を失った。いつまでも悲しいだけ」と吐露。祈りをささげた後、「また来るね」とやわらかなまなざしを残した。
両石町の復興住宅で暮らす洞口定子さん(82)は、「今から行って来るよ。バイバイ」と普段言わない言葉を残して逝った夫悦男さん(当時75)をしのんだ。その日あったことを遺影に報告するのが日課。掲げられた名前にも「両石のみんなで支え合って楽しく過ごしていますよ」とつぶやいた。
野田町の西原多美恵さん(83)は夫秀人さん(当時76)の名が刻まれた札を見つけ、「ここに来れば会えるね」と目を細める。同センター被災者遺族の連絡会の三浦芳男会長(73)は「ここであったことを感じながら、静かに手を合わせる祈りの場であってほしい」と願った。
(復興釜石新聞 2019年3月13日発行 第773号より)
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