心躍らせ77歳 喜寿祝う同級会 釜石一中・1964年度卒業生 古里での集い「最後かな」

乾杯!喜寿同級会を楽しむ釜石一中の1964年度卒業生ら
2006年に学校統合で閉校した釜石市立釜石第一中学校の1964(昭和39)年度卒業生らによる「喜寿」記念同級会は6月28日、同市鵜住居町根浜の宿「宝来館」で開かれた。卒業生ら34人が出席。懐かしい顔ぶれとの再会に心を躍らせ、満77歳の節目にたくさんの笑顔の花を開かせた。
喜寿を迎えるのは49(昭24)年から50(昭25)年に生まれた世代。相当する一中卒業生らが開いた同級会には、北は岩手県から南は神奈川県まで各地に散らばる同期の仲間が集った。

各地から古里に集った同級生はピースサインで集合写真に納まる
開会にあたり病気や東日本大震災で亡くなった約70人に黙とうをささげ、校歌を斉唱。同級会を「やろう」と“熱いプッシュ”で働きかけをした葛西(旧姓・菊池)育子さん(76)=東京都江戸川区=が幹事を代表し、「皆さんの元気な顔を見ることができた。やっぱりやってよかった」とあいさつした。
共に幹事を務め、幼なじみで“命の恩人”と話す木村(旧姓・渥美)美智子さん(76)=釜石市=との“あの頃”の秘話も紹介。葛西さんは「皆さんにもたくさんの思い出があるでしょう。きょうはそんな思い出話にたくさんの花を咲かせて、笑顔になってもらえたら幸いです」と思いを伝えた。

「♪太平洋の高潮の 寄せては返す矢の浦や~」。校歌で声を合わせる
元生徒会長の横塚孝さん(77)=東京都北区=の音頭で乾杯し、懇親に移った。「私の顔、分かる?白髪になったけど」「○○ちゃん!△△年ぶり」。そんな声をあちらこちらから上げながら、昔の中学時代に戻って思い出話や近況を報告し合った。幹事の今入大介さん(76)=釜石市=は「誰?という感じの人もいる。恥ずかしいことではないから、ちゃんと聞くこと。『誰ですか』とか『昔、好きだったよ』とかさ。勝手にやって」と呼びかけ、再会の場を盛り上げていた。

久しぶりの再会を喜び、グラスを合わせて笑顔を広げる
出席者らが中学生のころは、釜石製鉄所の全盛時代。人口は9万1000人台を記録し、一中は多数の生徒が通うマンモス校だった。64年度卒業生は9クラスもあり、学年生徒数は400人超。古い木造校舎の教室で生徒らはひしめき合うように机を並べた。64年は東京五輪が開催された年で、都会と同じように釜石も人口、スポーツ、商業などあらゆる面で街ににぎやかさがあった。生徒たちも勉強、学校行事に一致団結して取り組み、「パワーがあった」。

「元気だった?」。懐かしい顔を発見して笑顔を重ねる
「古里に来るための機会。それと生存確認に」と言いながら、ほろ酔い気分で楽しんでいた主浜友季さん(76)=東京都稲城市=は「知らない顔もあるけど、話をすれば、あの頃に戻る」とにっこり。中学時代は勉強も部活動も「そこそこ」と話す一方、当時、世界を席巻していたビートルズに憧れて音楽にハマり、「新しい友達が広がっていったな」と青春時代に思いをはせた。
その横でにこやかな笑みを浮かべていた佐々木剛さん(76)=東京都東大和市=は、小学時代からの友人。中学校では同じクラスになることはなかったが、現在も東京で時折、顔を合わせたりする仲だという。佐々木さんは「勉強が好きだった」と励んだ結果、教育者に。当時の恩師に理科への能力を認められたことが「子どもの好きなことを伸ばす」という自身の指導姿勢につながったと回想した。「そうだったんだ」とうなずく主浜さん。それぞれが持つ記憶を伝え合う機会にもなったようだ。

参加者は酒を酌み交わしながら話に興じ旧交を温めた
同卒業生らが集まるのは、50歳、60歳、70歳に続き4回目。幹事で司会も務めた小池喜八郎さん(76)=神奈川県相模原市=は「私たちは団塊の世代のピーク。釜石にとって最高の時代を経験した。思い出もぎゅっと詰まっているから、顔を合わせると一気に若返る」と笑った。
中学を卒業し60年余り。歳を重ね、喜寿の集まりを最後とすることにした。「次回は東京で」。そんな声が「自然に発生するかも」と、小池さんはひそかに考えている。古里で思いを共有、絆を再認識した仲間たち。地域単位の集まりなど形は変わろうとも、「元気で、また会おう」という気持ちは変わらないようだ。

釜石新聞NewS
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