戦争の記憶を未来に 戦後80年 釜石からのメッセージ「世代を超え、伝え続ける」


2025/08/11
釜石新聞NewS #地域

戦争の記憶を語り継ぐ催し「戦後80年 釜石と戦災」

戦争の記憶を語り継ぐ催し「戦後80年 釜石と戦災」

 
 太平洋戦争末期、岩手県釜石市を5300発超の砲弾が襲い、800人近くが犠牲になったとされる米英連合軍の2度の艦砲射撃から80年。戦火を経験した人は高齢となり、年々、戦時中の体験談を聞くのが難しくなってきている。そのような状況を見据え、まちに残された戦争の記憶をつなごうと、「戦後80年 釜石と戦災~未来に伝えるために~」(同市主催)が3日、大町の市民ホールTETTOで開かれた。講演会やパネル討論などを通じて世代を超えた記憶の継承、平和の大切さを考えた。
 
 市民ら約150人が参加。講演会の冒頭、小野共市長が「国内で唯一2度にわたる艦砲射撃を受けた釜石には、戦争の悲惨さや愚かさ、平和の尊さを訴え、伝えていく役割がある。戦災からの復興を推し進めてきた先人たちの足跡を振り返りながら、戦争のない平和な世の中を目指す」とあいさつした。
 
 講演では、市内在住の佐野睦子さん(94)が「わたしの戦争時代の思い出」と題して体験を伝えた。釜石は終戦直前の1945(昭和20)年7月14日と8月9日、米英連合軍などの艦隊から艦砲射撃を受けた。製鉄所があることで敵の攻撃を受ける可能性があると考えられ、佐野さんはその年の4月に故郷の釜石から現在の遠野市にあった女学校へ疎開していた。
 
「若さと忍耐で過ごした戦争時代」を振り返る佐野睦子さん

「若さと忍耐で過ごした戦争時代」を振り返る佐野睦子さん

 
 「ドシーンドシーン」。砲撃による地鳴りは疎開先でもはっきり聞こえた。2度目の砲撃の直後に疎開した同級生らから故郷の過酷な現状を聞いた。「戦争の恐ろしさを深く肝に銘じた日だった」。
  
 釜石には捕虜収容所があり、隊列を組み鉱山での採掘などに向かう姿をよく見た。終戦後、その捕虜が口笛を吹きながら街を歩き回っている光景を見て、日本の敗戦を思い知った。
 
 しばらくして釜石に戻った。「まちは地獄そのもの。この世のものと思われない悲惨さにただ立ち尽くした」。一面焼け野原。まちのシンボルだった製鉄所の5本の大煙突は砲撃で無残に折れ曲がっていた。釜石駅周辺には爆弾でできた大きな穴がいくつもあった。「もっと早く終わっていたら」。涙が止まらなかった。
 
 「戦後80年の日本はなんと豊かでしょう。お腹いっぱい白いご飯を食べたいと切実に願う中で終戦、敗戦の時を見つめた私も94歳」と佐野さん。思い出を語る同級生は少なくなり、残された数ある思い出を語り尽くせていないとしつつ、「こんな時代もあったということを少しでも分かっていただけたら。平和な毎日のありがたさ、尊さを考えてほしいです」と、客席に語りかけた。
 
 戦時中、釜石の捕虜収容所の所長を務めた故稲木誠さんの孫で、ニューズウィーク日本版記者の小暮聡子さん(44)も登壇。「戦争の記憶~未来への継承~」と題し、稲木さんが残した手記を元に記者として捕虜を訪ね、たどった戦争の記憶を語った。
 
「戦争の記憶を大切に受け取り、伝えていく」と話す小暮聡子さん

「戦争の記憶を大切に受け取り、伝えていく」と話す小暮聡子さん

 
 釜石には、釜石鉱山そばの現甲子町天洞の「大橋」と、現港町の矢ノ浦橋のたもとの「釜石」の2つの捕虜収容所があり、終戦時には計約750人が収容されていた。終戦直前の艦砲射撃では32人が犠牲になった。
 
 「あの時の凄惨(せいさん)な光景と死のうめき声を忘れることができない」。そう書き残した稲木さん。戦後、捕虜を死なせたBC級戦犯として東京の巣鴨プリズンに5年半拘禁された。
 
 収容所の管理、捕虜の扱いに最善を尽くしたと考えていた稲木さんは、戦犯とされたことに葛藤、苦悩し続けた。一方で、「祖父の心が救われる出来事があった」と小暮さん。元捕虜と文通して友情を育んだことを紹介した。
 
 「手記を書き続けるのは地獄の苦しみ……戦争を知らない若者たちへの遺書にする」。そうした祖父の手記を高校生の頃に目にした小暮さんは「戦争の記憶は祖父を苦しめたのに…なぜつらい記憶を伝えようと思ったの、何を伝えたかったの」と問いかけながら、記憶をたどり続ける。
 
 元捕虜や釜石艦砲の体験者、元兵士、遺族らに話を聞く中で、共通して感じるのは「戦争を2度と起こしてはならないという強い思いだ」と小暮さん。「戦争の非人道性を生々しく語れば語るほど、語る人の負担は大きい。それでも後世のため、私たちのために話してくれるからこそ、戦争の記憶の深い部分に想像力を働かせることが必要なのではないか」「なぜ語ってくれたのか。考え続けることが、記憶を主体的に継承し、自分事として考え続けることにつながるのではないか」と訴えた。
 
 登壇者の一人として、釜石の収容所で捕虜生活を送ったオランダ人男性の孫、エローイ・リンダイヤさん(60)が思いを語った。祖父エヴェルト・ウィレム・リンダイヤさん(1908-81年)はオランダ領のインドネシアから連行され、大橋を主として生活し、機械整備や病人の看護などをさせられた。45年9月に解放されるまで書き続けていたのが、家族にあてた日記形式の手紙。「祖父にとって希望を持ち続けるための大切な手段であり、父にとっては生きていく上で非常に大事な命綱となった」と明かした。
 
釜石で捕虜生活を送った祖父について語るエローイ・リンダイヤさん

釜石で捕虜生活を送った祖父について語るエローイ・リンダイヤさん

 
 この節目の集いは「戦争の恐ろしさを忘れず、勇気と人間性を持って平和を深く願った人たちをたたえるため」と、エローイさんは意義を強調。「戦争犠牲者への追悼と戦火を交えた国同士の和解が未来に続く指針になるように」と願った。
 
 リンダイヤ一家の物語を4月に出版した米オハイオ州のメリンダ・バーンハートさん(81)も壇上でメッセージを発信。一家の物語は、釜石というまちの物語でもあったとし、「過酷な収容生活の一方で、思いやりの物語を見つけられた」と明かした。
 
 パネル討論では、佐野さんや小暮さん、市内外で戦争の伝承活動や平和教育を実践する6人が「戦争と平和を考える」をテーマに取り組みを紹介した。釜石艦砲の歴史を教育に取り入れている甲子中学校の川村吉(はじめ)教諭(36)は「授業を終えた後に市内の戦跡に行った子もいて、関心を高めることにつながっている」と成果を説明。「知ること、自分事として主体的に捉えることを意識して授業を進めたい」と展望した。
 
「戦争と平和を考える」をテーマにしたパネル討論

「戦争と平和を考える」をテーマにしたパネル討論

 
 市内外の小中学校で釜石艦砲の体験者が制作した紙芝居の読み聞かせなどを行っている読書サポーター「颯(かぜ)・2000」の千田雅恵代表(62)は、活動を通じた語り継ぎに手応えを感じる一方で、「小中学校以外の世代にどうやって伝えていけばいいか」と課題を認識。「学校や地域、行政、市民の力を借りて解決したい」とした。
 
 戦争の歴史を平和教育に生かすべきと考え、7月に市内の戦跡を巡るバスツアーを企画した釜石高校3年の佐藤凛汰朗さんと中澤大河さんは「持続的な活動にしなければ戦争の記憶の継承も実現できない」と考察。一過性の取り組みではなく、「後輩やさらに下の世代に受け継いでほしい」と望んだ。
 
 小暮さん、佐野さんは、祖父の手記や自身の経験などが記憶の継承に生かされていることをうれしく感じた様子。小暮さんは「捕虜、収容所のことを釜石市の記憶として伝えていくことはものすごく重要だ」、佐野さんは「若い世代に戦争の残虐さ、平和のありがたさを(戦後)90年、100年になろうとも未来に伝えてほしい」と願った。
 
戦後80年の節目に幅広い世代が集い、継承への思いを共有した

戦後80年の節目に幅広い世代が集い、継承への思いを共有した

 
「戦争と平和を考える機会になった」と感想を話す中学生

「戦争と平和を考える機会になった」と感想を話す中学生

 
 大平中1年の田原薫さんは、戦時中に釜石に捕虜収容所があったこと、艦砲射撃や病気などで多くの外国人が亡くなったことを初めて知った。戦争体験者の話から、当時の状況や苦労を感じ取り、「聞いたことや覚えたことを忘れずに周りに伝えたい。艦砲射撃のことや戦争の歴史をさらに調べてみる」とうなずいた。
 
「人の縁、どう巡るか分からないね」と捕虜収容所の関係者の子孫ら。右から、小暮さん、エローイさん、吉田武子さん、メリンダ・バーンハートさん

「人の縁、どう巡るか分からないね」と捕虜収容所の関係者の子孫ら。右から、小暮さん、エローイさん、吉田武子さん、メリンダ・バーンハートさん

 
 聴講した人の中には、稲木さんの部下だった故岩淵清己さんの遺族の姿も。岩淵さんの三女で、宮城県気仙沼市の吉田武子さん(87)は終戦時7歳だった。父が自宅に背の高い外国人を連れてきたことや、戦後戦犯として収監されたことを覚えているという。今回は、小暮さんに会うために来場。言葉を交わし、「良かった」と胸を熱くした。今なお調査を追い続ける小暮さんの姿に敬意を示し、「これからの時代を生きる人たちのためにも歴史、記憶をつないでいかなければ」と言葉をかみしめた。

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