消えゆく街の個性 釜石の「呑ん兵衛横丁」 地元出身の写真家、歴史刻む写真集出版


2025/03/12
釜石新聞NewS #地域

釜石市内の書店に並ぶ写真集「釜石呑ん兵衛横丁」

釜石市内の書店に並ぶ写真集「釜石呑ん兵衛横丁」

 
 かつて、釜石市には夜の街を照らす名物飲み屋街があった。「釜石呑ん兵衛(のんべえ)横丁」。この呼び名で親しまれた飲み屋街は、戦後の焦土から立ち上がった屋台を起源にする。地元の労働者、旅人らが肩を寄せ合う憩いの場だったが、東日本大震災の津波で全壊。その後、仮設店舗で復活も2018年、約60年の歴史に幕を下ろした。
 
 そんな「街の個性」と言える横丁の記録を伝える写真集がこのほど、出版された。撮影したのは、釜石出身のフリーカメラマンで釜石応援ふるさと大使も務める佐々木貴範さん(58)=埼玉県所沢市。「横丁は釜石の歴史と文化の象徴だった。単純に懐かしんでもらえたら。それと、もしかしたら新しい発見があるかも」とメッセージを送る。
 

懐かしさと発見を求め 佐々木貴範さん撮影

 
震災前後の釜石の「呑ん兵衛横丁」を撮り続けた佐々木貴範さん

震災前後の釜石の「呑ん兵衛横丁」を撮り続けた佐々木貴範さん

 
 写真集「釜石呑ん兵衛横丁 東日本大震災で消滅した飲み屋街の記録と歴史」はB5判116ページ。09年8月に取材を始め、約15年かけて撮影、取材した集大成だ。震災の津波で流されながらも、さまざまな支援を受けて仮設商店街で営業を再開した横丁の笑顔に満ちた様子を、震災前の写真と合わせて紹介。仮設店舗の退去後、個々に再建した店も追い続け、撮った約1500枚の中から115枚を掲載した。
 
 1957年ごろ、路地で営業していた店が集まり、大町の長屋に軒を連ねた同横丁。最大で36店が営業し、製鉄業で活気づくまちに憩いの場を提供してきた。2011年の震災時には27店が営業していたが、津波で建物は全壊。同年12月、鈴子町に整備された仮設店舗で16店が営業を再開した。市が大町に整備した本設の飲食店街への移転(3店)、自立再建、店主の死去などで最後に残ったのは6店。5店は本設再建へ意欲はあるものの、期限までに道筋をつけることができなかった。そうして消えた地域の文化の象徴。撮影しながら、調べた歴史の変遷も詳しく記す。
 
震災前の呑ん兵衛横丁があった大町付近。川にフタをするように飲み屋が並んでいた

震災前の呑ん兵衛横丁があった大町付近。川にフタをするように飲み屋が並んでいた

 
鈴子町にあった仮設商店街。退去期限が迫る2018年3月に撮影

鈴子町にあった仮設商店街。退去期限が迫る2018年3月に撮影

 
 佐々木さんは横丁と同時代ににぎわい、03年に廃止となった「橋上市場」の写真集も過去に手がけた。「呑ん兵衛横丁と橋上市場は戦後の復興に貢献し、ともに釜石の名物であり、観光の目玉だった。それが街の個性で、文化だった」。その象徴が消えてしまった寂しさの一方で、今ある文化のさらなる消失を危惧。記録としての写真の役割、力を信じて写真集をまとめた。
 
 「お恵」に「とんぼ」「助六」…。店名を記したそろいの看板が店頭にずらりと並び、夜の街を照らす横丁は“釜石の顔”だった。間口約3メートル、奥行き約5.5メートルの店内はカウンターだけで8人も入れば満席。常連の住民、仕事帰りの人、旅行者たちが集い、お気に入りの店で店主との会話を楽しむ。「一人で入ってもすぐに仲間になれる」。そんな誰もがすぐに打ち解ける雰囲気が写真から伝わってくる。
 

残したかった看板、あの頃 「お恵」店主・菊池悠子さん

 
 「懐かしいね」。そうつぶやきながら写真集のページをめくるのは、同横丁で55年にわたり居酒屋「お恵」を営んできた菊池悠子さん(86)。「もう、やめよう」。望んでいた集団での本設再建がかなわず、横丁を閉じることになった時にそう思った。自宅で過ごす日々が続くと、「ボケちゃう、やだな」。仮設店舗退去後、1年の準備期間を経て、かつて横丁があった、同じ大町で営業を再開した。
 
写真集を手に取る「お恵」の菊池悠子さん

写真集を手に取る「お恵」の菊池悠子さん

 
 「あの頃はおもしろかった」。24歳の時、友人から引き継ぐ形で始めた店の営業は「大変だったけど、楽しかった…やっぱり呑ん兵衛横丁が一番だね」と菊池さん。景気が良かったこともあるが、「人が絶えなかった。(店は)狭くて7人も入れば、いっぱい。人がすれ違うのにぶつかったりするくらいなのがいいんだよね」。仮設店舗時代の時もしかり。「大変でも、みんな前向きで懸命だった。おもしろかった」
 
 ページを進める手を止め、「あの人、どうしているかな」とぽつり。なじみ客、仲間だった横丁の店主らの顔を浮かべた様子だった。その中で、印象に残っているのは仮設時代に店ののれんをくぐった初見の客の言葉。店がいくつもある中で「どうしてうちの店に?」と聞くと、「前を通ったら、大きな笑い声が聞こえてきたから」と答えが返ってきたとか。アハハハ…。菊池さんの笑顔は今も変わっていない。「ありのままなのさ」
 
復活した「お恵」。菊池さんは笑顔と笑い声が味

復活した「お恵」。菊池さんは笑顔と笑い声が味

 
 写真集に収められている店主、客の姿に共通なのは笑顔。横丁を歩く酔客のカットからも、楽しそうな様子が伝わってくる。そんな光景は震災前はもちろん、仮設店舗でも同様。たまに顔を出す佐々木さんがたくさん写真を撮っている姿を記憶する菊池さんは「ありがたいね」と目を細める。“残したかったあの看板”“おもしろかったあの頃”を記録として閉じ込めてくれたことが「うれしい」。今は先のことをあまり考えていないというが、「店は人生そのもの。体が続く限り…ね」と表情は明るかった。
 
写真集には笑顔あふれる横丁の記録が刻まれる

写真集には笑顔あふれる横丁の記録が刻まれる

 
 菊池さんはこの写真集を店に置いていて、客らにとっても「昔の思い出話のきっかけになっている」という。「懐かしんでほしい」との佐々木さんの思いは伝わっている。世代が変わって地元では横丁を知らない人が増え、他地域の人は存在すら知らないだろう。「呑ん兵衛横丁の名を残せなかった」とやりきれなさを感じてきた佐々木さんは「釜石の文化の記録として写真集を手に取ってもらえたら」と願う。
 
 発売を記念し、3月29日に釜石市でトークイベントを開く。佐々木さん、菊池さん、「とんぼ」店主の高橋津江子さんが参加し、写真集制作の裏話、横丁や仮設店舗での出来事など語る。司会は、常連客の一人でもある元市職員の大久保孝信さん。会場は大町の市民ホールTETTOギャラリーで午後2時~、入場無料。
 
 写真集は、トークイベントを主催する桑畑書店(釜石・大町)の店頭に並ぶ。価格は税抜き2800円。インターネット書店でも購入できる。問い合わせは無明舎出版(018-832-5680)へ。

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