クマ目線で移動ルートを把握 長野県の取り組みに学ぶ出没対策 沿岸の地域リーダーが研修会


2026/09/29
釜石新聞NewS #地域

クマの通り道になっている可能性がある場所を確認する研修会参加者=甲子町

クマの通り道になっている可能性がある場所を確認する研修会参加者=甲子町

 
 秋の深まりとともに冬眠前のクマが餌を求めて活発に動き回るこれからの時期。人の生活圏への出没を防ぐにはどのような対策が必要なのか?人身、農作物被害を防ぐための環境整備について学ぶ研修会が16、17の両日、釜石市で開かれた。県沿岸広域振興局保健福祉環境部が主催。ツキノワグマの生息数が本県と同等ながら出没、人身被害件数ともに本県を大幅に下回る長野県から講師を招き、沿岸9市町村の地域リーダーを対象に実施。座学と実地研修を通して、地域の実情を踏まえた出没対策へのヒントを得た。
 
 16日、市民ホールTETTOで開かれた研修会には約50人が参加した。講師を務めたのは、長野県でツキノワグマの生態調査や被害防止対策などに携わるNPO法人信州ツキノワグマ研究会の濱口あかりさん(42)。全国的に大量出没した2023、25年度、長野県は出没、人身被害ともに大きな増加はなかった。25年度の出没件数は本県の6分の1、人身被害件数は19年度以降、本県の半分程度で推移している。長野ではどのような対策が取られているのか?
 
はじめにクマの出没や人身被害の状況について沿岸広域振興局保健福祉環境部環境衛生課から情報提供があった

はじめにクマの出没や人身被害の状況について沿岸広域振興局保健福祉環境部環境衛生課から情報提供があった

 
 濱口さんは前段で、クマが人里に近づくようになった理由について説明した。原因は大きく2つ。戦後復興の木材需要に対応するため人工林が増大したが、外国産材の輸入自由化で国産材は価格競争に負け需要が低迷。活用されない森林が里山に広がり、耕作放棄地も森林化したことで、クマが身を隠せる場所が多くなり、人とクマの生活域が非常に近くなってしまったことが一つ。
 
 もう一つは季節ごとのクマの食べ物の変化の影響。山に食べ物が少ない夏場は、力の弱い親子グマや若い個体が標高を下げ、人の生活域のすぐ近くで生活している傾向がある。サクラやクワの実などを食べてしのぐが、空腹で痩せたクマも多い。秋になると、冬眠に備え大量に食べる必要がある。ブナやミズナラ、クリなどの堅果類が主食だが、ブナ類の不作年は個体間で競争力が増し、何とか食べ物を得ようと人里に出てきてしまうケースが増えるという。
 
 食べ物を得ようとする行動にはクマの生態も関係する。ツキノワグマは縄張りがないため、食べ物がある場所には何頭でも集まる。また、親離れした若い雄の個体は新たな生活圏を求めて移動する中で、人里に迷い込んでしまうケースもあるという。「人里への出没はいろいろな要因が複合的に重なって起きている。捕獲だけで解決できる問題ではない」と濱口さん。
 
NPO法人信州ツキノワグマ研究会の濱口あかりさん(長野県クマ対策員)は前段で、クマが人里に近づく理由を説明した

NPO法人信州ツキノワグマ研究会の濱口あかりさん(長野県クマ対策員)は前段で、クマが人里に近づく理由を説明した

 
 こうした背景を踏まえ、出没を防ぐ対策で重要視するのが「クマ目線」で地域を見ること。「森から出てみようかな」と思わせないのがポイント。クマはやぶに隠れながら移動するため、隠れ場所がない、滞在しにくい環境(森から出づらい場所)をつくること(=緩衝帯の整備)が大切。濱口さんによると林縁から20メートル以上、草木を刈り払った状態にすると、クマだけでなく他の野生動物の滞在も大幅に減るという実験結果もあるそう。
 
 食べ物の気配をなくすこと(=誘引物の管理)は必須。農業残渣(ざんさ)、ごみ、放棄果樹などをなくし、クマが寄ってこないようにする。塗料やガソリンなどの臭いも誘引物になるため、きちんとした管理が必要。人里の味を覚えた母グマの行動は子グマにも受け継がれ、常に高栄養の状態でいると繁殖力が高まり、個体数増加にもつながる。「クマは一度食べ物だと認識したものは忘れない。最初の一口を食べさせないことが大事」と濱口さん。
 
 物理的に入りづらい場所にするには侵入防止柵(電気柵)の設置が有効。20センチ間隔でたるませない、漏電に注意するなどの管理を徹底すればかなり効果的だという。クマの鼻が電気柵に接触し、痛みを感じた経験が後の侵入を抑制する。
 
濱口さんが示したクマ出没防止対策。ポイントは「クマ目線で!」

濱口さんが示したクマ出没防止対策。ポイントは「クマ目線で!」

 
 濱口さんによると、長野県では2006年に最初のクマの大量出没があり、翌07年から野生鳥獣保護管理の体制構築に着手。10地域振興局に鳥獣対策専門員を置き、被害対策チームが3年かけて市町村にヒアリング。実態把握を行った。地域ぐるみの活動も開始。住民らが生態や対策についての学習会、必要な対策の検討、合意形成などを行いながら、各種取り組みを進めてきた。長野県内では広域防護柵の設置が進み、延長距離は3千キロ以上とされる。放棄果樹の伐採は市町村で補助金制度を整備し対応してきた。
 
 濱口さんが示したクマ(鳥獣害)対策のポイントは「できることから始め、続けられることを増やすこと」。基本は①地区内の状況の情報共有→②地図で可視化し確認→③地図を持って歩き点検→④課題の洗い出し→⑤可能なことを検討し対策へ―。濱口さんは「クマ(鳥獣害)対策は防災の考え方と同じ。何かあってからやるのではなく、予防対策から始めることで被害を最小限に抑えられる。野生動物と人間の生活域をしっかり分け安全安心な暮らしを守っていくことが大事」と話した。
 
「クマを寄せつけない地域づくりを考える」パネルセッション。釜石、大槌両市町の職員と地域の代表(写真上)、岩手県職員らが意見を交わした

「クマを寄せつけない地域づくりを考える」パネルセッション。釜石、大槌両市町の職員と地域の代表(写真上)、岩手県職員らが意見を交わした

 
 講演後は釜石、大槌両市町の鳥獣担当部署の職員、クマ対策に着手している地域の代表らが参加し、7人でパネルセッション。クマを寄せつけない地域づくりについて意見を交わした。両市町は人の居住地のすぐ背後に山林が広がるという地形特性があり、クマの目撃情報が絶えない。釜石市からは定期的にクマ対策の出前講座や地域の草刈りを行っている甲子町大畑町内会の取り組み、大槌町からは農業人材派遣会社と連携して実施するやぶの刈り払い、吉里吉里地区の事例について説明があった。課題として挙がったのが作業従事者の不足や高齢化。町内会単独で難しい事案は周辺組織と連携。地域と行政が一体となった取り組みに共通認識を得た。
 
2日目に釜石市甲子町で行われた実地研修。濱口さんと一緒に地域を歩き、クマの誘引物や侵入経路の確認方法を学び、助言を得た

2日目に釜石市甲子町で行われた実地研修。濱口さんと一緒に地域を歩き、クマの誘引物や侵入経路の確認方法を学び、助言を得た

 
 2日目17日は釜石市甲子町と平田、大槌町吉里吉里地区で実地研修が行われた。各地区住民が前日の座学の講師、濱口さんと一緒に地域を回り、誘引物の状況やクマの移動ルートと思われる場所を確認し、地図に落とし込んだ。甲子町では甲子地域会議を構成する14自治会の役員ら約30人が参加。大畑地区でフィールドワークを行った。
 
 濱口さんは「クマが山林から集落に侵入する場合、身を隠せるやぶを通って移動している可能性が高い。足の構造上、人間と同じように歩きやすい場所を通る」とし、山とやぶが接近している場所への注意を促した。成獣の体高は約60センチ。大人の腰ぐらいの高さの草丈があれば隠れられるので、自宅周辺で該当箇所があれば草刈りなどの対策を行うよう助言した。
 
山から下りてきたクマは住宅地に点在するやぶを通って移動している可能性が高い。濱口さんは気になった箇所を教え、注意を促した

山から下りてきたクマは住宅地に点在するやぶを通って移動している可能性が高い。濱口さんは気になった箇所を教え、注意を促した

 
 地区内には誘引物となる柿の木も点在。クマが登った爪痕がある木も見つかった。柿はこれから実が熟す時期に入る。「すでに被害や痕跡がある木は『食べられる場所』だとクマにばれてしまっている。集落のどこに木があり、痕跡があるかを地図で可視化し、皆さんで情報共有してもらうことが大切」と濱口さん。農地を囲う電気柵の設置についてもアドバイスした。地域点検を行った参加者は、やぶや柿の被害がある場所、目撃情報などを地図に書き込んだ。
 
クマが登った痕跡が見られる柿の木も。実が熟すこれからの時期は特に要注意

クマが登った痕跡が見られる柿の木も。実が熟すこれからの時期は特に要注意

 
クマの爪痕も確認(写真左)。道路とやぶの間を刈り払った場所も。クマが急に飛び出す危険を回避(同右)

クマの爪痕も確認(写真左)。道路とやぶの間を刈り払った場所も。クマが急に飛び出す危険を回避(同右)

 
目撃情報があった場所や身を隠せそうなやぶの場所などを地図に書き込み情報共有

目撃情報があった場所や身を隠せそうなやぶの場所などを地図に書き込み情報共有

 
 大畑町内会の田畑孝会長(68)=甲子地域会議議長=は「自分たちが危険かなと思っていた場所とは違うクマの通り道になりやすい箇所を教えてもらい、見る視点が変わった。まずは子どもたちの通学路を中心に茂みを少しずつ解消していけるよう具体的な対応を検討していきたい」と話した。甲子地区は特産品の甲子柿の生産地でもある。農業、人身被害を防止するため、さまざまな取り組みを行ってきたが、今回の学びを地域の対策強化につなげていきたい考え。
 
 研修会を主催した県沿岸広域振興局保健福祉環境部の髙橋秀彰環境衛生課長は「昨今、県内ではクマの出没が社会問題化している。市街地への侵入、人身被害を防止するには環境整備が必要だが、個人では限界がある。研修で知識を得たリーダーを中心に地域でどう取り組むか考えていってもらえれば」と期待した。

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