「釜石艦砲射撃」の記憶、平和の思いどう引き継ぐ 市民ら「考え続ける姿勢を大事に」

戦災の記憶を次世代につなごうと活動した釜石高校の生徒。戦没者を追悼し、平和を願う場で成果を発表した=8月9日
太平洋戦争の終戦が迫っていた1945年夏、釜石市は連合国軍の艦隊から2度の艦砲射撃を受けた。「釜石艦砲」として地元で語り継がれてきたが、体験者から直接話を聞けるのに残された時間は長くはない。戦後81年。戦禍の記憶を継承し、次世代に平和のバトンを託そうと、市民有志らは奮闘する。「戦争の悲惨さ、平和の尊さを『考え続ける』という姿勢を大事にしていかなければいけない」。戦没者の追悼、戦災関連の展示、地域と歴史を知る授業体験の提供などで思いをつなごうとしている。
艦砲射撃は、海上から軍用艦が陸地に向けて砲弾を発射すること。軍需産業に不可欠な製鉄所がある釜石は米英軍の攻撃対象とされ、1945年7月14日と8月9日の2回砲撃された。計5300発以上の砲弾が撃ち込まれ、少なくとも782人が犠牲になった。
戦没者を追悼、平和を願う

釜石市戦没者追悼・平和祈念式で祭壇に花を手向ける参列者=8月9日
釜石市主催の戦没者追悼・平和祈念式は2回目の艦砲射撃を受けた9日に大町の市民ホールTETTOで行われ、約140人が参列した。小野共市長は式辞で「私たちはこの地で失われた一人一人の命に思いを寄せ、その悲しみを決して忘れてはならない。そして平和を守り育てる努力を重ねていくことが必要だ」と述べた。
釜石市遺族連合会の佐々木郁子会長(83)が追悼のことば。満州に出征し病死したとされる父ら過酷な戦場で果てていった兵士を思い、「歳を重ねるごとに新たな悲しみが込み上げてくる。戦争は街や人の心を壊し、故郷さえ失わせてしまう。残るものは憎しみと報復だけなのに、なぜ人間は戦争をするのか。私たちは二度と巻き込まれてはならない」と訴えた。
次世代へつなぐ取り組みとして、岩手県立釜石高3年の川崎夏織さん、川崎由花梨さん、古川明弥さんが釜石艦砲をテーマにした探究活動の成果を発表した。戦時中、市内にあった捕虜収容所の所長だった故稲木誠さんの手記を基に電子紙芝居を作り、7月に小学校で上演。3人は「戦争を経験した世代が少なくなっていく中、伝承活動の担い手不足を実感。戦争の記憶は、私たちのように戦争を体験したことのない世代が次へと継承していく必要がある。この活動がより若い世代に影響を与え、『忘れてはいけない』『自分たちも記憶をつないでく』と感じてもらえたら」と願った。

「未来を守り続ける」と平和への思いを発表する釜石市の中学生
平和学習で交流している青森市と釜石市の中学生計20人も献花。釜石市立甲子中1年の小笠原伊織さんは「平和な暮らしが決して当たり前ではないことを知り、その価値を大切にしていかなければならないと思った。平和な未来を守り続けていきたい」と語った。青森市立佃中1年の葛西椎菜さんも共感し、「何が起こるか分からないから、防災という面でも備え、伝えることが大事だと思った。地元青森のことをもっと深く知りたいし、釜石での学びと関連付けて考えてみたい」と刺激を受けたようだった。
式典に参列した佐々木啓二さん(82)は終戦時1歳。出兵したまま帰らぬ人となった父に花を手向け続ける。「平和になったから、この歳まで生きていられる。自分と同じような父の顔を知らぬ子どもがいない世の中が続いてほしい」と切に望んだ。
授業を体感「中学校で教わる釜石の艦砲射撃」

「釜石の艦砲射撃」をテーマにした中学校の授業の体験講座=7月25日、釜石市提供
学校の授業を体感してみませんか-。釜石市教育委員会主催の講座「中学校で教わる釜石の艦砲射撃」は7月25日、港町のイオンタウンホール(イオンタウン釜石内)で開かれた。講師は甲子中教諭の川村吉さんが務め、10~80代と幅広い世代の市民ら約50人が参加した。
講座は、地域の歴史への理解を深めるとともに、戦争の記憶をいかに次世代へ継承していくかを考える機会とするのが目的。一方通行になりがちな講演会とは違い、中学生が受ける授業のように「学び」「考え」「伝える」ことに重点を置いた。講師の話を聞いた後、参加者同士で話し合いながら考え、答えを探し、伝え合う形で進行した。
参加者から「とても詳しい資料や説明で、今の中学生が受けている授業のことを知れて良かった」「戦争当時を生きた人々の事例から、とても多くのことを学んだ。戦争の恐ろしさを忘れず、次世代に語り継いでいく必要性を身に染みて感じた」といった声が聞かれた。それぞれが授業を受けるという久しぶりの感覚を楽しみつつ、学びを深める貴重な機会とした。
市教委事務局文化財課の担当者は「学校での授業の一端に触れた参加者は生き生きとした様子で、学びの重要性を再確認したようだ。戦争体験者から戦争を知らない世代に、そして子どもたちに釜石の艦砲射撃をいかにして伝えていくかを考えさせられる講座となった」と手応えを得た様子だった。
郷土資料館で艦砲戦災企画展

釜石市郷土資料館で開催中の艦砲戦災展
同市鈴子町の市郷土資料館では、艦砲戦災展「戦火から立ち上がった釜石~戦災と復興の記録~」が開催中。釜石艦砲による戦災を伝えると共に、まちの再生について考えてもらうのを狙いに、関連資料や写真など約50点を紹介する。同展では、今年1月に新たに提供された艦砲射撃の様子を収めた写真も公開されている。
今年は2011年の東日本大震災から15年の節目でもあり、戦災と震災に共通する「再生する力」に焦点を当てた内容に。再建が進む市街地の写真や戦後建てられた「戦災復興配給住宅」の図面、1947年の昭和天皇の釜石訪問、50年の国鉄(現JR)釜石線の開通式典のパネル資料などが並んでいる。

8月9日には青森市や釜石市の中学生が見学に訪れた
注目は、釜石への砲撃の様子を捉えた19枚の写真。「1945年7月14日、米国の艦船『USSクインシー』から撮影」などとの説明があり、砲撃によって白煙や黒煙を上げる市街地の状況、攻撃に向かう米軍艦隊の船舶などが写し出されている。稲木さんの孫で、米誌ニューズウィーク日本版記者の小暮聡子さんが米国立公文書館で発見し、市に撮影データを寄贈した。

小暮聡子さんが米国立公文書館で確認した1回目の釜石艦砲射撃の写真。説明に「炎上する釜石に接近するUSSクインシー」とある=釜石市郷土資料館提供

写真説明に「最初の砲撃で炎上する釜石の製鉄所 USSクインシー撮影」と書かれた一枚=釜石市郷土資料館提供
市は2度目の艦砲射撃の写真は持っていたが、1度目の写真はなかった。佐々木寿館長補佐は「おびただしい煙の量に当時の惨状が想像される。貴重な資料だ」と強調。この写真を含めた今年の企画展を通して「砲火の記憶から今を考えるきっかけに。戦争がもたらすものとは、災害があった時にどう向き合うか、平和を守るとはどういうことか、考え続けることが大事。戦災と震災の記憶、そして復興の歩みを未来につないでいくことが、戦争を起こさないことにもなるのではないか」と問いかけた。
艦砲戦災展は9月6日まで。入館料は大人200円、高校生以下無料。火曜休館。
アニメで記憶をつなぐ 北銀ひまわり会、郷土資料館にDVD寄贈

釜石市郷土資料館の戦災コーナーで放映中のアニメーション
郷土資料館の戦災コーナーにも新たな映像資料が加わった。「釜石・艦砲射撃の記憶」と題したアニメーション(約6分)で、戦火を生き延び、街の復興を見つめた男性が伝承への思いをかみしめる内容。北日本銀行釜石支店の親睦団体「ひまわり会」(庄子忠良会長)が、将来を担う子どもや市民に広く知ってもらいたいと作成し、DVDに収録して贈ったものだ。

釜石艦砲射撃のアニメーションDVDを手にする庄子忠良会長(左)、髙橋勝教育長=7月30日、釜石市提供
DVDの贈呈式は7月30日に同館であり、庄子会長が髙橋勝教育長に手渡した。作成を提案した庄子会長は、釜石艦砲の体験者。「この艦砲射撃のアニメーションを多くの人に見ていただきたい。戦争の悲惨さを知り、平和を考えるきっかけとなってほしい」と願いを託した。
市教委や同館では、分かりやすくまとめられたDVDが子どもから大人まで世代を超えて継承する、新たな平和学習の教材になりうると期待。市内小学校の授業で活用してもらおうと、各校に配布。同館ではもともとある艦砲射撃の紹介映像と併せ、常時公開している。

釜石新聞NewS
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