東日本大震災15年 「あの日」を思い過ごす一日 捜索、伝承、祈り… それぞれの願いを胸に


2026/03/17
釜石新聞NewS #地域

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 東日本大震災発生から15年となった今年の「3.11」。釜石市内では、津波犠牲者の遺族、被災住民、震災後、同市に通い続ける支援者らが各所に集い、さまざまな形で追悼の気持ちを表した。同市の被災21地区で最多の犠牲者が出た鵜住居町では、根浜海岸や釜石祈りのパークなどで犠牲者に思いを寄せる姿が見られたほか、教訓を伝える活動も行われた。
 

「何とか手掛かりを」 警察、海上保安部職員が行方不明者捜索 遺族に寄り添う活動継続

 
釜石警察署署員による震災津波の行方不明者捜索=11日午後、根浜海岸

釜石警察署署員による震災津波の行方不明者捜索=11日午後、根浜海岸

 
 釜石警察署(松本一夫署長)は11日、根浜海岸で、震災津波による行方不明者の捜索を行った。同署と釜石海上保安部(尾野村研吾部長)から32人、県内の嘱託警察犬と指導手6頭6人が参加。午前と午後の約3時間半にわたり、450メートルの砂浜を掘り起こし、行方不明者の手掛かりを探した。
 
 地域課の小袖雛子巡査(20)は同捜索活動2回目。「今も見つかっていない多くの方々がいる。ご遺族のためにちょっとでも手掛かりになるものを見つけたい」と熱心にレーキを動かした。震災時は5歳で、久慈市に暮らしていた。当時の記憶はあまりないが、小、中学生になって震災を学ぶ機会があり、「自分たちが置かれた境遇を知って改めて考えることができた」という。被災者に寄り添う警察官の姿を見て「自分もそういう存在に」と志した。「(捜索は)これからも続けていかねば…」と意識を高める。
 
 3歳のジャーマンシェパードを連れた大槌町の警察犬指導手、関谷健汰さん(32)は、昨年12月に試験に合格。候補犬として今回が初めての捜索活動となった。震災では地元大槌町でも多くの犠牲者が出た。「犬とともに地域の活動に貢献できるのはうれしい。訓練を続け、今後も頑張っていきたい」と意気込む。この日は“相棒”とともに砂浜や松林を歩き、手掛かりを探した。
 
捜索活動には釜石海上保安部の職員13人も参加。行方不明者につながるものを探した

捜索活動には釜石海上保安部の職員13人も参加。行方不明者につながるものを探した

 
s県警嘱託警察犬指導手会のメンバー6人も訓練を重ねる犬と捜索に協力した

県警嘱託警察犬指導手会のメンバー6人も訓練を重ねる犬と捜索に協力した

 
 同署は毎年、海上保安部や消防と連携し、管内の海岸で同捜索を継続。根浜海岸では2021年3月以来の活動となった。同署管内では17年3月に大槌川河川敷で名前入り会員カードが見つかり、遺族に引き渡されたのを最後に、行方不明者につながる情報は見つかっていない。しかし、昨年9月には宮城県気仙沼市で発見された遺骨が当時、山田町に住んでいた女児(当時6)のものと判明した事例もあり、可能性は閉ざされていない。
 
地震発生時刻の午後2時46分、海に向かって黙とう。犠牲者の冥福、行方不明者の手掛かり発見を願い、祈りをささげた

地震発生時刻の午後2時46分、海に向かって黙とう。犠牲者の冥福、行方不明者の手掛かり発見を願い、祈りをささげた

 

「命をつないだ宿」宝来館で追悼、伝承、未来へつなぐメッセージ 教訓を後世に

 
震災時、根浜地区住民らが避難した宝来館で行われた追悼と伝承の催し=11日夕方

震災時、根浜地区住民らが避難した宝来館で行われた追悼と伝承の催し=11日夕方

 
 3.11祈りと絆「白菊」実行委(岩崎昭子委員長)は、宝来館で追悼と伝承への思いを込めた催しを行った。同実行委はこの日夜、根浜海岸で犠牲者を追悼する花火「白菊」の打ち上げを予定していたが、空気の乾燥など気象状況による火災リスクを回避するため、7月に延期することを事前に決定。この日は花火玉に貼り付ける予定だった「追悼と未来への希望のメッセージ」、地元鵜住居の小中学生の津波避難を題材にした絵本「はしれ、上へ! つなみてんでんこ」の朗読会を開いた。
 
 同メッセージは例年、市内の小中学生から募集。6年目の今年は鵜住居小、釜石東中、唐丹中の児童生徒計85人が寄せた。亡くなった方を思う気持ち、未来の命を守る決意、世界平和を願うものなど、さまざまなメッセージが届いた。この日は、その一部を鵜住居小6年の佐々木智桜さんが朗読した。
 
市内小中学生のメッセージを同市最年少震災語り部、佐々木智桜さん(鵜住居小6年)が朗読した(写真右)

市内小中学生のメッセージを同市最年少震災語り部、佐々木智桜さん(鵜住居小6年)が朗読した(写真右)

 
 「私のおじいちゃん、天国で見守っていてね」「亡くなった方の思いを受け継いで強く生きていく」「3.11のようにたくさんの人の命が失われないように、自分たちの力で守れるよう努力していこう」「津波の記憶を忘れずに引き継いでいく」「争いのない平和な世界になりますように」・・・子どもたちの願いが込められた“空への手紙”に、集まった人たちが共感しながら聞き入った。智桜さんは弟と一緒に、津波避難を体で覚える「てんでんこダンス」も披露した。
 
智桜さんは弟智琉さんと津波避難を表した「てんでんこダンス」も披露

智桜さんは弟智琉さんと津波避難を表した「てんでんこダンス」も披露

 
 絵本は作者である指田和さん(埼玉県在住)が朗読した。児童文学作家の指田さんは釜石に住むいとこが被災。「少しでも自分ができることを」と釜石に通うようになった。発災時、いち早い避難行動で津波から逃れた鵜住居小、釜石東中の児童生徒らと交流を重ね、2013年2月に同絵本を出版。子どもたちへの教訓の伝承に一役買っている。この日は、第71回青少年読書感想文全国コンクール(公益社団法人全国学校図書館協議会、毎日新聞社主催)で、同絵本の感想文が内閣総理大臣賞を受賞した静岡県焼津市立小川小3年の北村那捺さんの感想文も紹介した。
 
当時の鵜住居小・釜石東中の津波避難を題材にした絵本「はしれ、上へ!」の作者、指田和さん(写真右上)が作品を朗読した

当時の鵜住居小・釜石東中の津波避難を題材にした絵本「はしれ、上へ!」の作者、指田和さん(写真右上)が作品を朗読した

 
 「この絵本を通じていろいろな世代の子どもたちにちゃんと伝わったのが何よりうれしい。これからも災害の大変さ、どう復興していくかを伝える本を書いていきたい」と指田さん。今後も釜石市民とのつながりを大事にしながら、記憶の伝承に励む。
 
 愛知県名古屋市から足を運ぶ67歳女性は阪神・淡路大震災で実家が被災した。「現地に出向き、お金を落とすのが一番の支援」と考え、東日本大震災はじめ各地の大規模災害被災地を訪問し、各種活動を応援している。15年という時を重ねてきた東北被災地の人たちのことを考えると、「言葉では言い表せない感情が込み上げる。震災を風化させまいと取り組む子どもらの姿も心に響く。“津波てんでんこ”など、ここで教わったことは孫にもしっかり伝えていきたい」と話した。
 

釜石祈りのパークで竹灯籠供養 夕闇に浮かぶ「忘れない」の文字 亡き人の魂 明かりに重ね

 
釜石祈りのパークで行われた竹灯籠供養。芳名板の前に「忘れない」の文字が浮かび上がった=11日夜

釜石祈りのパークで行われた竹灯籠供養。芳名板の前に「忘れない」の文字が浮かび上がった=11日夜

 
 日中から遺族らが慰霊に訪れた釜石祈りのパーク。夕方には犠牲者の芳名板の前で竹灯籠供養が行われた。1153本の灯籠で「忘れない」の文字をつくり、市内と東京、千葉から駆け付けた僧侶4人が読経。訪れた人たちが焼香し、祈りをささげた。
 
 小川町の及川千恵子さん(34)は家族と訪れ、祖父生田正彰さん(当時71)の芳名板の前で献花し、静かに手を合わせた。当時、只越町で一緒に暮らしていた祖父は高校生だった及川さんの妹と一緒に逃げる際、津波にのまれた。妹は助かったが、祖父は帰らぬ人に。「あの時、こうしていたら…」。悔やむ気持ちはあるが、思い出すのは「孫に甘く、優しいじいちゃん」との思い出。自身は震災後、結婚し新しい家族ができた。「息子たちをじいちゃんに会わせてあげたかった」。ひ孫を溺愛する姿も想像する。生かされた自分たちがすべきは「毎日を大事に生きること。大切な人がいつ、いなくなるかも分からない」。家族への感謝とともに日々、歩んでいくことを誓う。
 
訪れた人たちが焼香。花を手向け、手を合わせて故人に思いを伝えた

訪れた人たちが焼香。花を手向け、手を合わせて故人に思いを伝えた

 
 同供養を続ける仙寿院(大只越町)の芝﨑恵応住職は「あの時のような亡くなり方は二度と見たくない。この場所が慰霊とともに教訓がきちんと伝わる場所となるよう、施設の改善など市にも努力してほしい」と願う。

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