啄木さん、こんにちは 歌碑建立1周年を記念〜釜石とのつながり示す、歌人の足跡「かるた」でたどる

2016/10/27|カテゴリー:復興釜石新聞 文化・教育

青葉通りの"啄木歌碑"の前で、上田初子さんから啄木の旅について話を聞く参加者

青葉通りの”啄木歌碑”の前で、上田初子さんから啄木の旅について話を聞く参加者

 

 岩手を代表する歌人石川啄木の歌碑が昨年10月、釜石市大町の青葉通りに建立されてから1周年を迎えるのを記念し、16日、「啄木さん、こんにちは!」と題した集いが青葉ビルで開かれた。歌碑を建立した大町の工藤英明さん(55)ら親族と支援者でつくる「啄木の足跡を後世に伝えよう会」が主催。市内の小学生など12人が、啄木の歌のかるたや言葉遊びを楽しみ、啄木の世界の一端に触れた。

 

 参加者は、啄木の短歌25首を集めたかるたに挑戦。言葉遊びでは、啄木の歌集「一握の砂」から抜粋した5音と7音の歌の一節を自由に組み合わせ、「五・七・五」の作品を作った。子どもたちは「初めて啄木のことを知った」「たくさん歌を作っているのが印象的だった」などと感想を話した。

 

 啄木の歌のかるたで、下の句の絵札取りに挑戦する子どもら

啄木の歌のかるたで、下の句の絵札取りに挑戦する子どもら

 

 青葉通りの歌碑は、啄木と釜石とのつながりを多くの人に知ってもらおうと建てられた。啄木は1900(明治33)年、中学の同級生と盛岡から一関まで南下し、三陸沿岸に出て、陸前高田から釜石まで北上する旅を行った。当時、釜石には、啄木のいとこの工藤大助さん(故人、英明さんの曽祖父)が医師として赴任しており、啄木は旅の終わりに大助さん宅に2週間ほど滞在した。その時の様子は、共に旅をした同級生の船越金五郎の日記に記されている。

 

 歌碑には、啄木が10(明治43)年に詠んだ短歌「ゆゑもなく海が見たくて海に来ぬ こころ傷みてたへがたき日に」のほか、釜石を訪れたことを示す船越の日記の一部も刻まれている。集いの参加者は歌碑の前で、大助さんの孫(英明さんの叔母)の上田初子さん(74)=一戸町在住=から、啄木らが9日間にわたる旅のほとんどを徒歩で移動したことなどを聞いた。

 

 国際啄木学会盛岡支部会員の照井モトさん(79)=甲子町=は「インドや台湾など海外でも啄木の研究が盛んで、学生の卒論テーマになるほど。世界から愛される啄木の歌碑がゆかりの地釜石に建ったのは、市民にとってもうれしいこと。もっと啄木を知る機会を設けなければ」と関心の広がりを期待。照井さんによると、釜石の啄木歌碑は全国で181番目。岩手県内には、これまでに125基の歌碑が建立されているという。

 

 「啄木に詳しい人たちから『やっと釜石も(歌碑が)できたね』と言われ、皆さんが待ち望んでいたのを実感する。1周年にあたり、子どもたちも貴重な経験ができた。市とも相談して、今後の生かし方を考えたい」と英明さん。

 

 釜石の歌碑は、旅行会社が企画する「啄木歌碑巡りツアー」に組み込まれたり、ホテルの観光案内パンフレットで紹介されるなど、観光資源としても注目され始めている。

 

(復興釜石新聞 2016年10月22日発行 第531号より)

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