太平洋津波博物館長(アメリカ・ハワイ州)釜石に〜減災の思い共有、鵜住居未来館視察 中学生と再会

復興釜石新聞2020/01/24

釜石訪問と博物館を訪れた中学生との再会を喜ぶムリー館長(右から3人目)

釜石訪問と博物館を訪れた中学生との再会を喜ぶムリー館長(右から3人目)

 

 米国ハワイ州ヒロにある「太平洋津波博物館」のマーリーン・スー・ムリー館長(59)は12日、釜石市鵜住居町の津波伝承施設「いのちをつなぐ未来館」(村上清館長)を視察。昨年9月に市の特命大使として同博物館を訪問した市内の中学3年生4人とも再会し、両地域の津波被災経験を世界の減災に生かすことに思いを新たにした。

 

 博物館を訪問した5人のうち、小林茉央さん(釜石中)、髙木海里君(同)、吉田陽香さん(甲子中)、松下琉奈さん(大平中)が未来館でムリー館長を出迎え、英語のあいさつで歓迎した。

 

 中学生のハワイ訪問にも同行した未来館の蟹江美幸さんが館内を案内。東日本大震災時の小・中学生の避難行動、多くの犠牲者を出した鵜住居地区防災センターの悲劇などを、各種展示物を示しながら説明した。

 

 野田武則市長はムリー館長に、中学生受け入れへの感謝の気持ちを伝え、隣接する「祈りのパーク」に案内。震災犠牲者の芳名板の前で共に手を合わせ、震災の教訓を込めた防災市民憲章の意義を強調した。

 

 1946年にアラスカ州アリューシャン列島で発生した地震により遠隔津波に襲われたハワイ島。同博物館は、その生存者からの働きかけで93年に創立。津波研究機関や大学などと連携し、防災教育に力を入れているのが特徴で、他国の津波被災地へのアドバイスも行っている。

 

 同館は、2011年の東日本の津波で流出し、ハワイ島に流れ着いた国道45号の視線誘導標(道路の端などに設置し、道の形状を分かりやすくしたもの)を展示。漂着したのと同タイプのものは、発災当時、釜石市両石町内だけに設置されていたほか、山田町に保管されていたことが確認されており、いずれかから流出し、約6400キロ離れた地にたどりついたと考えられている。未来館では、同博物館を紹介する展示も行っている。

 

 ムリー館長は未来館訪問で、改めて東日本大震災の被害の大きさを実感。誘導標がハワイに流れ着いたことに「不思議な縁を感じる。両館の情報交流、語り部の話の交換などを通じ、2つの国、まちがもっと強い絆で結ばれれば」と願い、釜石の中学生には「津波防災の学びを深め、発信できるよう育っていってほしい」と期待した。

 

 中学生による博物館視察は、震災の教訓を次世代に継承する上で重要な役割を担っていく若年世代に、伝承への意識を高めてもらおうと計画。現地では、将来的な相互協力を申し入れる野田市長の親書をムリー館長に手渡した。

 

 4人はこの日、折り紙で館長と交流。松下さんは釜石に足を運んでくれたことを喜び、「日本の文化で交流できて良かった」と笑顔。小林さんは津波の流出物がハワイにまで到達した事実に驚き、「自分が現地を訪れる機会をいただいたのも運命的。学校の防災学習、ハワイでの学びから得たことを自ら発信し、防災意識向上につなげられたら」と意欲を見せた。

 

(復興釜石新聞 2020年1月18日発行 第859号より)

 

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