戦時中の不発弾を爆破処分〜艦砲思い起こす住民も、唐丹町大曽根の山中


2018/09/07
復興釜石新聞アーカイブ #地域

破壊処分後の不発弾。右が弾頭=釜石市提供爆

爆破壊処分後の不発弾。右が弾頭=釜石市提供

 

 釜石市唐丹町大曽根の山中で発見された戦時中の不発弾の爆破処分が8月30日午前11時30分、現地で行われた。市不発弾処理合同対策本部(本部長・野田武則市長)は、砲弾が完全に破壊され安全が確認された―として同日午後2時5分、同本部を廃止。現場に近い市道唐丹21号線の通行規制も解除された。

 

 不発弾は6月27日、唐丹町大曽根の国道45号から西へ約2キロの山中で発見、土地所有者が市に通報した。陸上自衛隊が調べたところ、砲弾は直径約45センチ、長さ約145センチ。終戦直前の1945年7月14日と8月9日のいずれかに、英米連合軍艦船が釜石を攻撃した際の戦艦の主砲(16インチ)砲弾とみられる。

 

地図

 

 爆破処分は陸上自衛隊第9後方支援連隊第1整備大隊(八戸市)所属の爆発物処理班6人が行った。事前に不発弾の周囲に約6メートルの土のうを積み上げ、爆薬、起爆装置をセットし、電気コードを延長。作業部を土砂で覆った。

 

 爆破は30日午前11時半に行われた。唐丹町大曽根の国道45号沿いにある三陸沿岸道唐丹インターチェンジ(仮称)から、現場の斜面から白煙とともに土止めの補強材として使った木片が弾けるのが見えた。現場から約2キロ離れていることもあり、爆発音は聞こえなかった。

 

破の瞬間、白煙が上がった

破の瞬間、白煙が上がった

 

 午後2時5分、現場で処分の結果を検証。弾頭は残ったものの、爆薬が詰まった鉄製の胴部は引きちぎられたように原形をとどめず、処分が確認された。

 

 艦砲射撃を経験した地元の女性(84)は「あの時は小学3年生だった。爆発はすごい音で、恐ろしかった。終戦後間もなく、畑地だった板木山のふもとで不発弾が見つかり、住民が人力で下ろしたことがある。進駐したアメリカ兵が処理する様子を見ていた。砲弾の表面は鏡のようにピカピカだった。(砲弾から取り出した)火薬は黄色だった」と振り返った。

 

 野田市長は「不発弾の完全な破壊を確認した。爆破処分には自衛隊をはじめ警察、消防など関係機関、地元、市民の協力に感謝する」とコメントした。

 

(復興釜石新聞 2018年9月1日発行 第719号より)

 

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