“9月7日”は釜石で国内3番目の鉄道が開業した日です

2015/09/03|カテゴリー:タウンレポーター:金野義男 地域

工部省釜石鉄道同型

工部省釜石鉄道同型(写真=釜石教育委員会/転載禁止)

 

 今から135年前の明治13(1880)年9月7日に、日本で3番目の鉄道はこの街に開業した。

 

 幕末に花開いた釜石の製鉄は、明治7年に明治政府は釜石の鉱山をすべて買い上げ官業による製鉄が行われることとなった。

 

 大只越に製鉄所を作り馬車で鉱石を運ぶ大島高任の案ではなく、鈴子に製鉄所を作り鉄道で鉱石を運ぶビアンヒー案を選択した政府は、明治9年9月にG・パーセルらによって建設が始まり、桟橋~大橋間18kmの本線と小佐野~小川山(わらびの)間4.9kmの支線、さらに工場への支線を含めた総延長26.3kmが建設された。明治13年2月17日には試運転が開始された。ただし全線が完成したのは翌年の9月とされている。

 

 明治13年9月7日には皇族を迎え製鉄所とともに鉄道の開業式を行う予定だったが、都合により来釜されなかったため仮開業式が行われた。日本では新橋~横浜間、京都~神戸間に次ぐ3番目の鉄道となった。ただし着工は京都~神戸間よりも早い。軌間は838mm(2フィート9インチ)で、レールは16kg平底と丈夫なものを使用した。橋梁は本線のみで21カ所あり、それぞれ一の橋、二の橋と名付けられ今も五の橋などは健在です。機関車は、英国シャープ・スチュアート社製のサドルタンク式を3両輸入されました。

 

 国策により西洋の技術、機械を輸入し、現在の価値で数千億円ものが投資された国家プロジェクトは、わずか97日で小川の製炭場の火事によってとん挫してしまう。その後、何度か試みるものも明治16年2月に官業は廃止され、鉄道も廃線となった。鉄道設備の一切を払下げた藤田組の藤田伝三郎は、明治18年12月に大阪と境を結ぶ阪堺鉄道(のちの南海鉄道)を開業した。

 

 もちろん釜石の鉄道はそれで終わらなくて馬車鉄道、釜石線へとつながっていくわけだが厳密にいうと日本で3番目の鉄道は3年で終わっていた。だけど釜石はこの挫折があったからこそ49回目の成功につながったし、不屈の精神が地域に身についたのではないかと私は思います。

 

金野義男

タウンレポーター 金野義男

金野義男(こんのよしお)と申します。平田在住です。釜石の好きな風景は新浜町から見た南桟橋を中心とした風景と釜石湾を背景にした釜石大観音の後姿です。得意なジャンルは歴史と自然です。

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