避難所運営へ教訓生かす、被災者支援フォーラム〜地域のつながり、絆を今以上に 62町内会、27団体、213人に感謝状

2016/02/16|カテゴリー:復興釜石新聞 地域

釜石市「被災者支援フォーラム」

3人がそれぞれの立場から震災後の活動を紹介した被災者支援フォーラム

 

 釜石市の「被災者支援フォーラム」は7日、大町の釜石情報交流センター多目的集会室「釜石PIT」で開かれた。関係者約170人が参加。東日本大震災で避難所の開設や運営に尽力した町内会、民間施設や自宅を被災者のために提供した団体や個人を顕彰し、地域の支え合いのあり方を考えた。(被表彰者・団体名は13日付で掲載)

 

 野田武則市長が「震災の検証で、被災者のためにご労苦をいただいた多くの市民の姿が浮き彫りになった。感謝の気持ちを伝えたい」とあいさつ。避難所運営活動を行った62町内会(自主防災組織)、避難所として民間施設などを提供した27団体、自宅などを被災者のために提供した213人に感謝状を贈呈することが発表され、それぞれを代表して荒川町内会の川原清文会長、幸楼(浜町)の金沢敬専務、両石町の澤口勇助さんに野田市長が感謝状を贈った。

 

 岩手大学地域防災研究センターの越野修三教授(釜石市東日本大震災検証委員会委員長)がコーディネーターを務め、「市民による市民のための被災者支援のあり方」をテーマに3人が事例発表した。

 

 松倉町内会の佐野賢治事務局長は、コミュニティ消防センターに自主的に開設した避難所について説明。震災直後の約10日間は町内会員が暖房や食料を持ち寄って炊き出しをし、役員が昼夜常駐。救援物資が届くようになると、物資の受け取りや分配など甲子地区の集積拠点として機能した。町内会一丸となり適材適所での対応ができた一方で、避難者同士の摩擦、不満の仲介、物資配布トラブルの対処などの苦労も。佐野事務局長は「有事の際に即応できる体制づくりが必要。何より”人”。日ごろの町内会活動による住民のつながりが最も大事」と実感を込めた。

 

 釜石パンション(大只越町)の長瀬裕子さんは、近くの石応禅寺の避難者を受け入れるとともに周辺避難所や在宅避難者への炊き出し基地となった当時を振り返った。栄養士の長瀬さんはプロパンガスなどの提供を受け、浸水を免れた厨房(ちゅうぼう)で米を炊き、おにぎりと汁物を提供。弁当配布以降は、揚げ物が苦手な高齢者らのため煮物などの総菜を作った。近隣の被災飲食店主やボランティアが協力し、最大で約700人分の食事作りを担った。施設は情報交換、支援活動の拠点にもなった。「避難者を含め自発的にできることをやった。大規模災害時は行政だけでは対応不可能。地域で中心になる人が必要」と長瀬さん。

 

 やえがし歯科医院(平田)の八重樫祐成院長は震災当日、津波にのまれ消防団に救助された人たちや帰宅困難者を受け入れた。停電で暖房器具が使えない中、濡れた衣服を着替えさせカイロや毛布などで体を温め、負傷者を応急手当て。医療資材や2階の自宅にある物を集めて避難者の命をつないだ。八重樫院長は自身の反省を踏まえ、「飲料水や非常食など最低限の備蓄は必要。車もこまめに給油するなど、いざという時の意識を高めておきたい」と教訓を示した。

 

 震災後、釜石市には最大で104カ所の避難所が設置され約9900人が避難。市指定外の避難所は50カ所と半数近く、地域住民が運営の柱として力を発揮した。越野教授は「支援がうまくいった所は普段の地域活動が活発で、リーダーがいて役割分担ができていた。地域のつながり、絆を今以上に促進することが支援のあり方の最終目標だろう」と話した。

 

(復興釜石新聞 2016年2月10日発行 第460号より)

 

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