盛岡で世界遺産登録フォーラム〜「橋野」の魅力や価値を広く発信

2015/12/22|カテゴリー:復興釜石新聞 観光

世界遺産フォーラム

「発展の可能性を探りたい」と橋野町振興協議会の菊池成夫会長(右)

 

 「知ればもっと楽しい!明治日本の産業革命遺産」をテーマに、釜石市の橋野鉄鉱山世界遺産登録を記念するフォーラム(県、県教委主催)が13日、盛岡市の盛岡市民文化ホールで開かれた。フォーラムには県内各地から約550人が参加。釜石からもバス2台で市民が駆け付け、歴史コメンテーターとしてテレビなどで活躍する金谷俊一郎さん(東進ハイスクール日本史講師)の講演や史跡保存に取り組む関係者のパネルトークを通し、「橋野」の魅力や価値について理解を深めた。

 

 冒頭で達増拓也知事は「国内で初めて産業ベースの製鉄に成功した釜石は日本の近代化の礎になった。橋野鉄鉱山の世界遺産登録は県民全体の希望でもある」とあいさつ。釜石市の野田武則市長は「橋野の価値を全国に知らしめ、世界遺産登録への支援に復興という形で報いたい」と決意を述べた。

 

 講師に招かれた金谷さんは京都生まれで、歌舞伎狂言作者としても活動。最近では、それぞれの地元の歴史を交えた世界遺産の解説で人気を博している。この日もトレードマークの和服姿で登壇。「明治日本の産業革命遺産を学ぶ世界一楽しい授業」と題し、ユーモアを交えながら講演した。

 

 「世界遺産は遺産の格付けではない。永久に残すべき遺産を世界的に決める制度だ」と指摘。医者の家に生まれた盛岡藩士・大島高任が鉄づくりに興味を持った経緯や、蘭学や洋学を積極的に取り入れ、国際連盟事務次長を務めた新渡戸稲造、物理学者の田中館愛橘らを輩出した盛岡藩の藩校の開明的な取り組みも紹介した。

 

基調講演する金谷さん

基調講演する金谷さん

 

 さらに、何度も失敗を重ねながら連続出銑に成功した高任らの苦闘をたどりながら、「鉄づくり職人のこだわり、辛抱強さや粘り強さが合わさり、奇跡的な産業革命を遂げた。この事実を後世に残していかなければならない。日本が独立国家として続いているのは、こうした人たちの思いや力があったからだ」と強調した。

 

 「登録までの歩みとこれから」と題したパネルトークで、8県11市にまたがる構成資産の取りまとめに尽力した田中完さん(鹿児島県企画部世界遺産総括監)は「構成資産には30の候補があったが、23に絞らざるを得なかった。釜石を加えたのは復興の後押しという意味合いもあった」と明かした。

 

 橋野町振興協議会の菊池成夫会長は「案内に当たるボランティアの高齢化や土産物などの対応が課題。若者を取り込み、NPOと連携しながら発展の可能性を探りたい」と語った。

 

 盛岡市の木村智博さん(62)は任期付き県職員として千葉県から赴任。世界遺産に登録された翌日に妻と2人で橋野を訪れたという。講演やパネルトークに熱心に耳を傾け、「進取の気風にあふれた釜石の特殊な地域性がよく理解できた」と感想を話した。

 

(復興釜石新聞 2015年12月16日発行 第445号より)

 

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