復興奏でる「かまいしの第九」〜歴史刻む歓喜の合唱、唐丹中も出演
アンコールで客席の人たちも「歓喜の歌」に声を合わせた41回目の「かまいしの第九」
師走恒例「かまいしの第九」演奏会(実行委主催)は9日、釜石市民ホールTETTOで開かれ、市内外から参加した約130人の合唱メンバーがホールいっぱいに「歓喜の歌」を響かせた。1978年、旧釜石市民文化会館の落成を記念してスタートしたかまいしの第九。人と人、時代と時代をつなぎながら長く続き、今年でちょうど40年。震災の惨禍を乗り越え、前に進もうとする市民の熱い思いを重ねた第九を高らかに歌い上げた。
最初のステージでは唐丹中(菊地正道校長、生徒35人)の全校生徒が出演し、「勝利の行進」(ベルディ作曲)など2曲を演奏。少人数ながら、オーケストラの音に負けない元気な歌声を披露した。
35人で元気な歌声を披露した唐丹中の全校生徒
続いて、「第九」。山﨑眞行さんの指揮で47人編成のオーケストラが2楽章まで演奏した後、3楽章から4人のソリストが登場。最終楽章の途中から合唱メンバーも立ち上がり、クライマックスとなった。
アンコールの声に応え、最後は客席も一緒になって「歓喜の歌」を響かせた。
唐丹中の前生徒会長で、今回の合唱リーダーを務めた鈴木萌々夏さん(3年)は個人で第九のフルコーラスにも挑戦。「多くの人を勇気づけられる音楽のすごさを感じた」と感激を口にした。震災の津波で家を流され、大槌町に住んでいた祖父は行方不明のまま。そうした悲しみを乗り越え、高校でさらに深く音楽を学び、声楽家を目指すという。
震災後にUR(都市再生機構)から釜石に派遣され土地区画整理事業に携わった戸塚勇孝さん(57)は、気仙沼市に転勤になったのを機に5年ぶりに釜石の第九に復帰。「合唱の仲間に温かく迎えてもらった。懐かしさと、うれしさでいっぱい。釜石は第二のふるさとになった」と感激をかみしめた。
この春、県沿岸広域振興局長として釜石に赴任した石川義晃さん(56)は第九に初挑戦。「地域の人々と同じことができるいい機会。合唱の練習も楽しくできた」と大満足で、「また来年も」と意欲満々。
山形県米沢市の戸屋進さん(54)は、転勤で4年間釜石に赴任したのが縁で、妻由美さん(53)が合唱に参加。10月に米沢に戻ったが、3年目の出演を決めた妻とともに演奏会に駆け付けた。
進さんは今年、日本で最初に「第九」が演奏された徳島県鳴門市を訪問する機会があった。今年は、その初演から100年の節目にあたる。「今年は特別な感動を味わいながら聞かせていただいた」と声を弾ませた。
盛岡市の大瀧陽子さん(45)は夫の父、粂夫さん(75)が初出演。「素晴らしい演奏に感動。客席から歓声も上がり、みんな楽しんでいるのを感じた」と盛り上がりを共有した。
「75歳のチャレンジ。ドイツ語の歌詞は難しかったが、くじけず続けてきたことで(自分に)合格点をあげたい」と粂夫さん。「長年の歴史を持つ第九で、頑張っている人も多い。そんな姿から生きる力をもらった。残された人生に役立てていきたい」と感謝した。
(復興釜石新聞 2018年12月12日発行 第748号より)
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