東日本大震災から15年― 各地で続く祈り 箱崎町庵寺では8日に初の追悼供養法要


2026/03/11
釜石新聞NewS #防災・安全

合掌し、震災犠牲者に祈りをささげる箱崎町の住民ら=8日、庵寺1

合掌し、震災犠牲者に祈りをささげる箱崎町の住民ら=8日、庵寺

 
 未曽有の津波被害をもたらした東日本大震災から15年となるきょう11日、沿岸被災地は朝から追悼の祈りに包まれている。死者、行方不明者合わせ1064人(関連死含む)が犠牲となった釜石市では、墓地や海岸などで大切な人を思い、手を合わせる姿が見られる。市北東の半島部に位置する箱崎町では8日、箱崎町内会(髙橋道夫会長142世帯)による震災犠牲者の追悼供養法要が営まれた。同町内会主催の法要は初めてとなる。
 
箱崎町内会が初めて行った東日本大震災犠牲者の追悼供養法要

箱崎町内会が初めて行った東日本大震災犠牲者の追悼供養法要

 
 法要は町内の庵寺で開かれ、在住者と町外に暮らす元住民ら43人が参列した。鵜住居町、常楽寺の藤原育夫住職、藤原政成副住職が読経。津波にのまれるなどし、犠牲となった72人の御霊を慰めた。参列者は順に焼香し、犠牲者の鎮魂、冥福を祈った。法要後、藤原住職は「15年がたち、いろいろな感情が出てくる。人間はつらいことだけを思い浮かべがちだが、その中にも光明がある。仏様に感謝し、手をつないで生きていくことが大事」と話した。
 
常楽寺(鵜住居町)の藤原育夫住職の読経が響く中、参列者が焼香

常楽寺(鵜住居町)の藤原育夫住職の読経が響く中、参列者が焼香

 
亡くなった大切な人たちに手を合わせ、心の中で思いを伝える参列者

亡くなった大切な人たちに手を合わせ、心の中で思いを伝える参列者

 
法要後は藤原育夫住職(写真左)が法話。遺族らの気持ちに寄り添った

法要後は藤原育夫住職(写真左)が法話。遺族らの気持ちに寄り添った

 
 参列した76歳の女性は、町内に暮らしていた父方の叔母夫婦ら親族5人を一度に亡くした。避難途中で津波にのまれたほか、避難したものの、忘れ物を取りに自宅に戻ってしまうなどし、命を落としたという。「おば、おじにはいつも頼りっきりで…。今も何かあるたび胸にぽっかり穴が開く感じ…。何年たってもその穴は埋まらない」。あふれる涙に声を詰まらせる。当時、自身も母と避難する途中で津波にのまれた。同じ波に流され、亡くなった5人を思うと「余計つらい。私たちだけ生きて…と思う時もあった」。被災後、町内の戸建て復興住宅に入居した。共に生き延びた母は昨年2月に亡くなり、「本当に一人になってしまった…」。深い悲しみを抱えながら「母が残した畑を耕すのが今の生きがい」と懸命に前を向く。
 
 箱崎漁港に面する同地域には震災前、273世帯、734人が暮らしていた。津波で47人が死亡、14人の行方が分かっておらず、犠牲者は関連死を含め72人。全体の86%にあたる235世帯が被災した。地域は明治、昭和の三陸大津波でも大きな被害を受けていたが、過去に被害が及ばなかった場所に住む人が避難せず、津波に巻き込まれる事例が多くあった。
 
箱崎町の玄関口の市道沿いには(左から)明治、昭和、平成の津波記念碑が並ぶ。東日本大震災を表す“平成”の記念碑は2021年3月建立。裏面には被災状況が刻まれる

箱崎町の玄関口の市道沿いには(左から)明治、昭和、平成の津波記念碑が並ぶ。東日本大震災を表す“平成”の記念碑は2021年3月建立。裏面には被災状況が刻まれる

 
関係者の協力で箱崎町内会の法要を実現させた髙橋道夫会長(中央)

関係者の協力で箱崎町内会の法要を実現させた髙橋道夫会長(中央)

 
 法要に先立ち、髙橋町内会長(75)は「震災で犠牲になった御霊を供養するとともに、皆さん一人一人が災害に対する意識を高め、地域から犠牲者を絶対に出さないという強い意志を持っていただくことを願う」と参列者に呼びかけた。世帯数は震災前からほぼ半減。高齢者世帯の増加が顕著で、災害時の自助、共助力のさらなる強化が求められる。髙橋会長は「震災後、高さ14.5メートルの防潮堤はできたが、過信してはだめ。自然の脅威は時に想像を超える。過去の教訓を決して忘れず、後世に伝え続けていかなければならない」と誓う。町内会主催の同法要は今後も続けていく予定。

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