ガザのみんなへ「忘れてないよ」 釜石から発信 空に舞う たこに平和の願い込め

青空の下、平和の願いを込めたたこを飛ばす子どもたち
東日本大震災を機に交流を続けるパレスチナ自治区ガザの平和を願う「たこ揚げ」が1日、釜石市唐丹町の唐丹グラウンドであった。市内外の有志でつくる「ガザ・ジャパン希望の凧(たこ)揚げ交流会実行委員会」が主催。同市の野球スポーツ少年団・釜石ファイターズの児童や親子連れら約50人が参加し、戦争のない世界を祈るメッセージを釜石の空から送った。
ガザでは、2012年から国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が主催して、現地の子どもたちが震災被災地の復興を願ってたこを飛ばした。その思いに応えようと、釜石でも15年からたこ揚げを開始。“つながる空”を通して交流を続けている。

「舞い上がれ、高く」。子どもらが元気いっぱいに走り出す
「よし、いくぞー」「おーい!」。長い糸を手に野球少年たちが元気に駆け出した。声を大きく上げて、地域や世界中が明るくなるように。「みんな幸せ」「絆」「せんそう ダメ!」など思い思いのメッセージやイラストを描いた、たこを風に乗せて高く揚げた。
斉藤直輝さん(甲子小4年)は、たこに「平和」「希望」と文字を入れた。「戦争がなくなって、世界中の人が幸せになってほしい」から。いつかガザから友達が来たらと想像し、「一緒に野球をしたい」と望んだ。
この日、同市大町の釜石情報交流センターでたこ作りの会もあり、宮城県から参加する人の姿もあった。東北大大学院生でインドネシアからの留学生が書き込んだのは「偃武修文(えんぶしゅうぶん)」という四字熟語。「早く戦争を止めよう。そして子どもたちは勉強を」。そんな呼びかけを託したと話していた。

参加した人たちはガザへ届けたい思いを込めてたこを作った
気仙沼市の小野寺優さん(68)が仕上げたのは、日の出をデザインしたたこ。気仙沼凧の会副会長で、伝統の絵柄だという。たこ揚げでは釜石の子どもらにコツを伝えたりして交流。たこが青空を舞う様子を見つめて「こうした風景がいつまでも残ってくれたらいい」と思いを口にした。

子どもたちが思い思いの言葉や絵を描いたたこ

元気に走り回って、たこ揚げを楽しむ子どもたち
実行委の佐藤直美さん(52)=仙台市=によると、25年10月にイスラエルとの停戦合意が発効され、ガザでは局所的に学校や子どもたちの交流が再開されたとの情報がある。ただ、火種はくすぶったままで、いまだ不安定な状況が続いているという。「少しでも早く安心して暮らせるように」と願う人たちの思いを現地に伝えようと、メッセージ動画を送る取り組みを続けており、今回も撮影を担当した。
佐藤さんが会いたかったと話す一人が、地元の下村恵寿さん(76)。このたこ揚げの協力者で、いつも「子どもは世界の宝」とあたたかく見守ってくれているからだ。15年にガザから子どもらが訪れた際も交流しており、現地に思いを寄せ続ける下村さんからも言葉をもらった。

子どもたちをあたたかく見守る下村恵寿さん(右)
下村さんは「大人がしたことで犠牲になるのはいつも子ども」と悔しさをにじませる。市体育協会員として長くスポーツ界に関わっており「平和で、スポーツができる幸せを世界に」と切望。「子どもは地域みんなで育てる宝物。大人には責任がある。また、ガザの子たちと一緒にたこ揚げできたらいいな」と、硬い表情をやわらげた。

パレスチナの希望と平和の象徴であるたこを掲げる参加者
パレスチナの人にとって、たこ揚げは「ここにいるよ」という意味合いが込められていると、佐藤さんが教えてくれた。今、現地では「忘れられている」「覚えていてほしい」と感じる人もいるとも。「忘れていないよ」「震災の復興を願ってくれて、ありがとう」と発信できる機会が「このたこ揚げ」と佐藤さんは改めて思った様子だ。
今回、県外から参加したり、卒業式を終えたばかりの大船渡市の高校生も駆け付けた。輪の広がりを感じた佐藤さんは「すてきなメッセージをたくさんもらった」とうれしさを隠さなかった。「現地にしっかり届けられるようにしたい」と受け止め、「日本とガザを結ぶ活動を続けていけたら」と話した。

釜石新聞NewS
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