釜石唐丹「星座石、測量之碑」日本天文遺産に 伊能忠敬の足跡残した地元の葛西昌丕は住民の誇り

「星座石と陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」の日本天文遺産認定を喜ぶ本郷文化財愛護少年団育成会の小池直太郎会長
釜石市唐丹町本郷で200年以上にわたって受け継がれる「星座石」と「陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」が、公益社団法人日本天文学会(太田耕司会長)が選ぶ日本天文遺産に認定された。これらの石碑は、江戸時代に全国を歩いて測量し、初の実測日本地図作成に至った伊能忠敬(1745-1818)が唐丹村(当時)で天体測量したことを示しており、伊能の業績を同時代に顕彰したものとしては全国唯一とされる。認定にあたっては地元の長年にわたる保全活動が高く評価された。
日本天文遺産の認定は、歴史的に貴重な天文学・暦学関連遺産の価値を広め、保全、活用を図るのが目的。唐丹の両石碑は2025年度(第8回)の選考委員会で選ばれ、本年1月の代議員総会で認定が決まった。3月5日に京都府で行われた授賞式には、保全活動に尽力する本郷文化財愛護少年団育成会の小池直太郎会長(79)が出席。学会から認定証と認定パネルを贈られた。

5日に京都府で行われた授賞式に出席した小池会長(中)。日本天文学会・日本天文遺産選考委員会の松尾厚委員長(左)、亀谷收委員(右)と(写真提供:釜石市教委文化財課)
伊能忠敬は測量の際、北極星などの高度から緯度を算出する天文測量を行っていた。その業績を示すのが、唐丹町本郷の高台に保存されている両石碑。伊能と同時代を生き、天文学を習得していた地元の知識人、葛西昌丕(1765-1836)によって作られたものだ。測量之碑は1814(文化11)年建立。星座石も同時期のものと推定される。
測量之碑には、伊能が1801(享和元)年9月24日に唐丹村で測量し、天体観測で「北緯39度12分」の値を得たことが記されている。葛西は伊能の業績をたたえるとともに、この緯度が「時間がたっても不変なのか、あるいは西洋の学説にあるような地球の微動により変動するのかを後世の人々に解明してほしい」というメッセージを刻んでいる。“地球微動”の意味は明確ではないが、「章動や極運動のことと考えられ、19世紀初期の西洋天文学が日本の地方にまで伝わっていたことを示す重要な遺産」とされる。星座石は中央に「北緯39度12分」を意味する文字が刻まれていて、周囲には星座を示す黄道十二宮、季節を示す十二次が交互に刻まれている。

陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑(左、写真提供:釜石市教委文化財課)。測量之碑の前に星座石が置かれている(写真右手前)

星座石。中央に「北極 出地弎 拾九度 十弐分」と刻まれている。「北極出地」は北緯を意味する用語で、「北緯39度12分」を意味している(写真提供:釜石市教委文化財課)
両石碑は当初、設置された場所から移動されていて、正確な原位置は不明だが、▽伊能が唐丹村で緯度観測を行った歴史的証拠の一つ▽葛西が緯度変化(地球微動の有無)の証明を後世の天文学者たちに託そうとした努力の痕跡▽地元で2世紀以上にわたって受け継がれ、市民団体や同市によって管理、保全されている―などで、同遺産に認定された。
唐丹本郷の宝「日本天文遺産」認定に地元住民ら「名誉なこと」と歓迎

日本天文遺産に認定されたことを示すパネル。認定証とともに贈呈された
「星座石」と「陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑」は1985(昭和60)年に県指定有形文化財(歴史資料)となるなど、歴史的価値が評価されてきた。これまで複数の大学教授らの調査も行われてきたが、今回、天文学の観点から再評価を受けたことは地元にとっても大きな喜び。本郷文化財愛護少年団育成会の小池直太郎会長(79)は本郷町内会長でもあり、町内会総会で地区住民にこの朗報を報告。住民らは「名誉なこと」と歓迎したという。
石碑で伊能忠敬の業績を後世に残した葛西昌丕は、唐丹村本郷の生まれ。五十集(いさば=水産加工)業を営む地元の名家で育ち、若くして仙台に出て天文地理学や国学を学んだ。歴史や文学にも精通。天保の大飢饉の際には新道開削などで貧民救済にも尽力した。現在、両石碑がある場所には、葛西の没後に門弟らが建てた遺愛碑(1836年建立)も並ぶ(1978年、市指定文化財)。博識で人格者―。「本郷の住民は地元の天文学者として尊敬してきた。郷土の偉人が残した2つの石碑は地域の宝」と小池会長。

測量之碑は高さ133センチ、幅71~76センチ。覆屋の中に設置されている

星座石の副碑。碑文の損耗が著しく、やがて滅失することを憂慮し、2001年に建立された
これら文化財の保全活動にあたってきたのが同愛護少年団。本郷地区の小学4~6年生が団員で、春と秋に育成会とともに石碑とその周辺、葛西が隠居後に暮らした仏ヶ崎(半島)中央部南岸の屋敷「奇巖(きがん)亭」跡地の清掃を続けてきた。少年団は東日本大震災後、活動を休止しているが、育成会が清掃を継続する。小池会長は「認定の趣旨からすると、今回の授賞は少年団、育成会の長年にわたる保護、保全活動の実績が認められたことによるもの」と自負。地域で文化財愛護の精神、先人を敬う心が自然と育まれ、次世代への継承につながっているとみられる。「今後も市と連携しながら守っていきたい」と小池会長。

唐丹町本郷の高台にある石碑群の設置場所。測量之碑の左隣に葛西昌丕の門弟が建てた遺愛碑がある。覆屋の外には星座石、遺愛碑の副碑も
伊能忠敬に関する顕彰碑は明治以降のものはあるが、伊能が生存中に建立され現存しているのはここだけとされる。当時、伊能の偉業に注目し、後世に残さねばと考えられたのは、葛西昌丕にそれだけ天文学の知識があったということ。残念ながら、明治の大津波やその後の大火で地元には葛西に関する資料はほとんど残っておらず、伊能と葛西の面識の有無や両石碑の原位置、移動された経緯など判明していない部分も多い。星座石は、小池会長が小学生の頃には唐丹小の玄関前にあったという。今後の謎の解明にも期待が高まる。

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