「翳った太陽」に思い込め、悲惨な戦争 歌い継ぐ〜戦没者追悼式8月9日献唱、唄う会が釜石中生に指導

2017/07/25|カテゴリー:復興釜石新聞 文化・教育

市戦没者追悼式で披露する曲を練習する翳った太陽を歌う会と釜石中特設合唱部

市戦没者追悼式で披露する曲を練習する翳った太陽を歌う会と釜石中特設合唱部

 

 釜石市の合唱グループ「翳(かげ)った太陽を歌う会」(種市誓子会長、会員11人)と釜石中(川崎一弘校長、生徒332人)特設合唱部が、8月9日に行われる市戦没者追悼式で献唱することになり、本番に向け練習に励んでいる。釜石中で13日に行われた練習では、指導する同グループが釜石艦砲射撃を伝える紙芝居を上演。艦砲体験者の心に触れた生徒らは「しっかり感情を込め歌いたい」と戦争の悲惨さ、平和の大切さを風化させず語り継ぐ思いを新たにした。

 

 同グループは2005年に活動を始め、今年で13年目。追悼式での献唱、小学校でのコンサートなどを行ってきた。その中で歌い継いできた「翳った太陽」は、市内の戦争体験者2人の短歌や絵手紙を元に創作された計6曲の組曲(全17分)。戦争の悲惨さ、平和の尊さを訴えるものだったが、11年に震災が起こると、戦災の生々しい惨状をつづった歌詞が震災直後の情景と重なり、歌えなくなった。

 

 戦後70年を迎えた一昨年、追悼式で短い前奏曲だけ披露したが、歌う機会は減少。50~80代の会員も年々高齢になり減っていく中、同グループ講師で作曲者の最知節子さん(74)は「このままでは風化してしまう。子どもたちに覚えて歌い継いでもらいたい」と市教委や同校に依頼した。

 

 同校はその思いに応え、今年3月に特設合唱部を創設。吹奏楽部員を中心に生徒36人が参加し、同グループの指導を受けながら練習を重ねている。

 

 練習日の翌14日は、太平洋戦争末期の1945年に釜石市が米英軍から1度目の艦砲射撃を受けた日。同グループは生徒に組曲への理解を深めてもらうため、艦砲戦災体験者で2006年に他界した石橋巌さん(元市働く婦人の家館長)が実体験を踏まえ作った紙芝居「私の昭和20年7月14日」を紹介。生徒たちは改めて「戦争は残酷なもの。二度と起こらないよう願いを込めて歌いたい」との思いを強め、追悼式に向け歌声を完成させようと熱心に練習した。

 

 山﨑歩夏さん(3年)は組曲を初めて聴いた時の印象を「暗い。歌詞も少し怖かった」と振り返る。授業や今回の紙芝居を通して市内の戦災について学び、「自分たちが暮らすまちで戦争があったなんて想像できなかったが、しっかり感情を込めて歌い、世代を超えて艦砲射撃の悲劇を伝えたい」と意気込む。

 

 追悼式は8月9日午前11時から、ホテルサンルート釜石で行われる。種市会長は「子どもたちと一緒に歌えることが本当にうれしい。忘れない、伝えたいという思いをつないでいきたい」と話す。

 

 来年は、今秋に完成する市民ホールで追悼式を行う予定で、同グループと同校が同組曲を献唱することになったという。「震災後は歌う場がないまま練習してきたが、新しい目標ができた。若い仲間と歌い継ぐことができるのは最高の喜び」と最知さん。「命を輝かせ精いっぱい生きて、伝えたい思いを歌っていきましょう」と生徒たちに呼び掛けていた。

 

(復興釜石新聞 2017年7月19日発行 第606号より)

 

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