世界遺産・橋野鉄鉱山、大切に次世代へ〜近代製鉄発祥160周年 国史跡指定60周年、たたら研究会 佐々木さん記念講演

2017/06/14|カテゴリー:復興釜石新聞 観光

「日本最古熔鉱炉記念碑」をきれいにする地元住民ら。橋野高炉跡周辺の大規模な清掃活動は世界遺産登録後は初めて

「日本最古熔鉱炉記念碑」をきれいにする地元住民ら。橋野高炉跡周辺の大規模な清掃活動は世界遺産登録後は初めて

 

 「近代製鉄発祥160周年」と「橋野高炉跡国史跡指定60周年」を記念した環境美化活動と講演会が3日、釜石市橋野町の世界遺産「橋野鉄鉱山」で行われた。釜石の発展に大きく貢献した製鉄業の歴史的節目を祝う記念事業の第1弾。市と市教委が主催した。

 

 橋野高炉跡とその周辺の環境美化活動には、地元栗橋地区の住民や釜石観光ボランティアガイドを中心に約100人が参加。草刈りや落ち葉回収、ごみ拾いなどの清掃に加え、高炉跡入り口に建つ「史跡橋野高炉跡碑(標柱)」「日本最古熔鉱炉記念碑」の洗浄が行われた。

 

 両碑は高炉跡が国の文化財に指定された1957(昭和32)年に建立された。記念碑裏面の碑文には「熔鉱炉百年祭を行うに当り日本産業発展の基盤を築いた大島高任翁の不滅の功績を敬仰してこの碑を建てる」とあり、当時の鈴木東民釜石市長、富士製鉄の永野重雄社長ら4人の名前が刻まれている。

 

 清掃日は史跡指定月日の6月3日と重なり、参加者は60年前から文化遺産として評価されてきた高炉跡に特別な思いを抱きながら、熱心に作業にあたった。

 

 続いて、橋野鉄鉱山インフォメーションセンターで記念講演が行われた。講師に招かれたのは、元県埋蔵文化財センター調査第一課長で、県内の発掘調査を数多く手がけてきた佐々木清文さん(盛岡市在住)。橋野高炉跡の史跡整備検討委員会の委員も務めている。

 

 たたら研究会全国委員の佐々木さんは、県内のたたら製鉄遺跡の発掘、論文執筆なども行っており、「たたら製鉄から高炉製鉄」と題し、国内外の製鉄の歴史や両製鉄技術の違いなどについて解説した。

 

インフォメーションセンターで行われた記念講演

インフォメーションセンターで行われた記念講演

 

 本県では大槌、山田、宮古などで古代の製鉄遺跡が発見されている。南部藩時代には、仙台藩から先進技術が伝えられ、18世紀には鉄生産が盛んになった。当時は1カ所で操業する永代たたらではなく、木炭産地を求めて炉を移動したため、各地に遺跡が残る。高炉製鉄が始まってからも、たたら製鉄は続き、20(大正9)年ごろまで行われたという。

 

 釜石市内のたたら製鉄は、片岸町の室浜遺跡で古代製鉄の跡が見られ、同じ室浜の川原遺跡からは中世の鉄製品が大量に見つかっている。近世になると、栗林や和山高原でもたたらが行われ、「和山7鉄山」などとも呼ばれた。栗林では釣り針に使う針金も作られていたことが分かっている。

 

 仙台藩からの技術指導だけでなく、独自に技術を学んできて、釜石でたたらを広めた人物もいた。たたらの原料は砂鉄。磁石が発見されると、たたらによる鉄鉱石精錬も試みられたが、連続操業には至らなかった。

 

 佐々木さんは「日本に製鉄が伝わって1500年余り。世界で最も進んだ製鉄を行うまでになった。近代化を物語る産業革命遺産の中で、初期の高炉跡が遺跡として残るのは釜石だけ。これは地元のたゆまぬ努力と情熱があったればこそ。大事にし、次の世代にもつないでいこう」と講演を締めくくった。

 

 市は本年度、同記念事業として12月の「鉄の週間」行事の拡大、鉄の歴史館のリニューアル、市制施行80周年と連動した記念行事の開催などを計画。世界遺産を含む鉄のまち釜石を内外にアピールする。

 

(復興釜石新聞 2017年6月10日発行 第595号より)

 

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