「やっとわが家に」尾崎半島山林火災、鎮圧へ〜尾崎白浜・佐須の避難指示解除、尾崎神社「奥宮」は延焼を逃れる

2017/05/17|カテゴリー:復興釜石新聞 地域

手荷物を自家用車に積み込み、帰宅準備する避難者=11日午後2時46分、旧釜石商高

手荷物を自家用車に積み込み、帰宅準備する避難者=11日午後2時46分、旧釜石商高

 

 釜石市平田の尾崎半島で8日に発生した山林火災は11日までに約400ヘクタールを焼き、沈静化しつつある。尾崎白浜地区(114世帯)と佐須地区(22世帯)に発令した避難指示は11日午後2時、2つの集落への「延焼の危険性がきわめて低くなった」と判断し、解除した。福祉避難所の5世帯(8人)を除く旧釜石商高体育館の避難者38世帯(70人)は同日夕までに帰宅。住民には安堵(あんど)の表情が広がった。消防団50人は12日昼前までに現場活動を終え、撤収した。市は降雨などの条件を加味し、火災の鎮圧を判断する。

 

 11日午後、野田市長が旧釜石商高体育館に出向き、避難者に避難指示の解除を伝えた。

 

 尾崎白浜の佐々木栄一さん(80)、和子さん(78)夫妻は「消防や自衛隊、世話してくれた避難所の職員に感謝する」と笑顔で手荷物をまとめた。

 

 同じく尾崎白浜の久保ケフさん(80)は帯状疱疹を発症する中、避難生活を余儀なくされた。「食事もままならなかった。薬はあるが、本当にひどい病気。無事でよかった」と迎えの家族を待った。

 

 釜石郵便局(佐藤哲也局長)の三浦孝仁郵便部長ら3人は10日夜、局留めとしていた郵便物を持ち込み、配達。「郵便物には母の日のプレゼントもありそうです」と職員も笑顔を見せた。

 

 避難指示を受け、釜石湾漁協(細川道弥組合長)は8日午後から、全組合員の出漁を停止する「浜止め」とした。11日、新浜町の漁業藤佐純一さん(55)は岸壁で漁具の手入れに励んでいた。「水揚げができず大変だが、もう少しで火事も落ち着くだろう」と願った。

 

県内11消防本部の精鋭92人が現場入りの打ち合わせ=12日午前11時04分

県内11消防本部の精鋭92人が現場入りの打ち合わせ=12日午前11時04分

 

 消火活動は8日、最大瞬間風速が25メートルを超える中、監視と防御が中心となった。青出浜の尾崎神社・奥宮の防御に重点が置かれ、消防団員らは漁船で運んだ小型ポンプ2台で海水を放水し、社殿を守った。自衛隊のヘリコプター2機と県防災ヘリ1機は夕方までに37回、約19トンの水を投下した。市は同日の焼損規模を約100ヘクタールとしたが、延焼を続けた。

 

 火は一時、尾崎白浜地区の住宅から約300メートルの所まで迫った。

 

 9日は、自衛隊の大型ヘリを含む14機で空中消火。地上の消防団をはじめ、自衛隊、県警などから約300人が投入され集落の防御に当たった。

 

 空中消火は自衛隊が527回で約2347トン、防災ヘリは127回で約75トンに上り、火勢は急激に衰えた。自衛隊の調整窓口を務めた岩手駐屯地の立川博基2等陸佐は「一日の散水量としては記録的」と説明した。

 

 10日は期待した雨となったが、降水量は10ミリに満たなかった。空中消火は視界が悪いため、午前中の50回、約28トンにとどまった。地上からも消防団、消防職員243人が活動したが、急斜面の足場がぬかるみ現場から下山、監視を続けた。

 

 11日は早朝からのヘリによる観測で、熱と煙3カ所、熱だけを9カ所で確認した。ヘリ14機が活動し、海岸線に残る火点を中心に散水。地上も合わせ400人余りが活動し、地面や木立ちの残火を徹底的に消火した。

 

(復興釜石新聞 2017年5月13日発行 第587号より)

 

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